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オタク会議あるいはクラスター分析の社会的な意味について





■4月11日(土)のNHKスペシャル▽新型コロナウイルス瀬戸際の攻防~感染拡大阻止最前線からの報告の中で、専門家会議の東北大学の押谷仁教授が衝撃的なことを述べている。この部分を書き起こしされた方がいて、それを引用させていただく。出典「健康になるためのブログ」2020年4月12日

(質問)ウイルスを抑え込む感染症対策としてPCR検査をもっとやった方がいいという意見がずっと出ているかと思うのですが、前回ご出演頂いた時には、むやみに検査を広げるのは病院などでの院内感染などを起こして危険だというお話もされてたと思うんですが、現状含めてどんなふうに考えたらいいんでしょう?

押谷氏
《我々が政府に提言をするというような活動を始めた2月25日の時点で、既に国内では150例以上の感染者が出ていました。で、北海道だけではなくてかなり広範に感染者が見られていて、いわゆる弧発例、感染源がわからない感染者もその中には相当数含まれていました。つまりその時点でですね、もうシンガポールや韓国で行われてたPCR検査を徹底的にやるということだけではですね、感染連鎖をすべて見つけることはできないような状況にありました。そうなるとそういう状況を政府に説明して、その状況だとこのウイルスは症状がないあるいは非常に軽症の人が多いので、その状況で本当にすべての感染者を見つけようと思うと、日本に住むすべての人を一斉にPCRをかけないといけないということになるので、それは到底できないことなので、そうなると我々の戦略としては、クラスターを見つけて、そのクラスターの周りに存在する弧発例を見つけていくと、その弧発例の多さから流行規模を推計して、それによって対策の強弱を判断していくという戦略になります。これを支えてきたのは、保健所、自治体、感染症研究所からのデータ、さらにはそれを疫学的に解析してきた我々のチーム、それを数理モデルで推計してきた西浦さんたちのチームです。当初のPCR検査はクラスターを見つけるきっかけとなる感染者、さらにクラスターの調査、さらに重症者を見つけるには十分な検査がされてきたというふうに考えています。》

(質問)高熱が出ても保健所と病院をたらい回しになってしまって検査が受けられないという不安の声も多いんですけど、そういった声に対してはどのように受け止められていますか?

押谷氏
《現状は様々な理由で、PCR検査を行う数が増えていかないという状況です。本来、医師が検査を必要と判断しても検査ができないというような状況はあってはいけない状況だと思います。当初は先ほど言ったように、クラスター戦略を支えるのに十分な、さらに重症者を見つけるのに十分なPCR検査がなされていたというふうに判断しています。一部に、本当に検査が必要で、検査がされていない例があったということも我々は承知していますけれども、しかし、クラスターさえ起きなければ感染が広がらない、さらにほとんどの多くの症例で軽症例、もしくは症状のない人だということを考えるとですね、すべての感染者を見つけなくてもですね、多くの感染連鎖は自然に消滅していくというウイルスなので、ここがインフルエンザとかSARSというウイルスとはまったく違うウイルスだということになります。明らかな肺炎症状があるような重症例についてはかなりの割合でPCR検査がされていたというふうに我々は考えています。しかし現在感染者が急増している状況の中で、PCR検査が増えていかないという状況にあるのは明らかに大きな問題です。このことは専門家会議でも繰り返し提言をしてきて基本的対処方針にも記載されていることです。行政もさまざまな形で取組を進めていることは承知していますけれども十分なスピード感と実効性のある形で検査センターの立ち上げが進んできていないということが、今の状況を生んでいるというふうに理解しています。しかし、いくつかの地域では自治体、医師会、病院などが連携して検査や患者の受け入れ体制が急速に整備されているという状況です。そのような地域では事態は好転していくと私は信じています。》

ここからわかるのは、①2月25日の時点で、既に国内では150例以上(2月25日時点の累積患者数は171人)の感染者が出ていた。北海道だけではなくてかなり広範に感染者が見られていて、いわゆる弧発例、感染源がわからない感染者もその中には相当数含まれていた。その時点で、もうシンガポールや韓国で行われてたPCR検査を徹底的にやるということだけでは感染連鎖をすべて見つけることはできないような状況にあった。②この状況だとこのウイルスは症状がないあるいは非常に軽症の人が多いので、その状況で本当にすべての感染者を見つけようと思うと、日本に住むすべての人を一斉にPCRをかけないといけないということになるので、できない。だから、クラスター戦略をとった。

つまり、不顕性の患者も含めて患者数が2月下旬の段階で非常に多いことを専門家会議は把握していたのである。したがって、PCRの検査数を増やしても不顕性の患者も相当いるので、とても追いきれないから、クラスターとして現象した患者集団を追跡して、重症者を見つけようとしたということだろう。

2月下旬の段階で、専門家会議の認識は「クラスターさえ起きなければ感染が広がらない、さらにほとんどの多くの症例で軽症例、もしくは症状のない人だということを考えるとですね、すべての感染者を見つけなくてもですね、多くの感染連鎖は自然に消滅していくというウイルスなので、ここがインフルエンザとかSARSというウイルスとはまったく違うウイルスだということになります」ということだった。

この認識は、不顕性患者や軽症患者が病院や施設の院内感染を「同時多発的」に媒介するという可能性を考慮していない。現在の状況がまさにこれで、これは2月下旬の段階で当然に予測できた。つまり、院内感染の回避のための医療体制の再編・再構築のための「組織的な行動」を、クラスター分析と同じか、それ以上の強度をもって当初から行うべきだったということである。これは専門家会議の範疇を超えるということなら、それは専門家会議ではなく、「オタク会議」であろう。伝家の宝刀のクラスター分析は、「初めから」、そういう宿命だった。クラスター分析の社会的な意味は、クラスター分析では追いきれなくなり、結果的に集団免疫戦略に移行するまでに、医療・経済体制の構築を完了させておくことにあり、その意味では、クラスター分析は体制構築までの時間稼ぎという側面が強い。体制構築の中心的なプレイヤーは当然のことながら、財政出動も含めた政権である。ここが「やってる感」だけで全然機能していない。

ここから言えるのは、専門家会議が「専門家」に閉じこもらずに、あるいは矜持を捨てて、最初から、情報を公開して広く議論するスタンスをもっていれば、問題点は明らかだったし、その解決策もまた明らかで、関係者のオリンピック忖度など吹き飛んでいただろうということである。






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一日一句(2452)






花水木ひとを怖るる悲しさよ






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