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翻訳詩の試み(18)

■旧暦3月8日、日曜日、

(写真)友だち

今日は句会の日だが、仕事が遅れているため、そちらに専念しなけれなならない。昨日、初めて見つけた古本屋で、子規・虚子・啄木の入った「日本の文学」(中央公論)と永井龍男、阿部知二の入った「日本の文学」(中央公論)を購う。各190円。



アファナシエフの一次訳稿をアップ。


遠くの幸福


                        ヴァレリー・アファナシエフ
生まれた街の通りを歩くと
いつも遠い過去にもどったような気がする

知らない家の窓や溝に
なぜ自分の過去を見るのだろう
その家に住んだこともないし
野良犬や酔っ払いと溝に眠り込んだこともない
どうしてそんなものを見つめつづけるのだろう
どうしていたるところに自分自身を見つけるのだろう
わたしはモスクワが好きではないが
わたしはこの都市なのだ
わたしの過去は新しい家や新しい廃墟と一緒に
遠くまでもどっていく
わたしはどうしてあんなに多くの人を殺したのだろう
どうやって自分の無数の傷を治したのだろう
その傷はすべて致命傷だったというのに
わたしは不道徳だろうか わたしはイワン雷帝なのだろうか

だがイワン雷帝はフランスに住まなかったし
あなたと電話で話などしなかった
イワン雷帝にはすべてが必然だったのだ


LONG-DISTANCE HAPPINESS

Whenever I walk along the streets of my native city
I find my past has grown much longer.

Why should I see my past in ditches
and beyond unknown window? I never
lived in those houses nor slept in those ditches
beside stray dogs and drunkards. Why do I keep
looking at them? Why do I recognize myself
everywhere ? I don’t like Moscow,
but I am this city and my past
grows longer with every new house
and every new ruin. Why have I killed
so many people? How have I managed
to heal my uncountable wounds-
all of them nearly fatal?
Am I immoral? Am I Ivan the Terrible?

But Ivan the Terrible did not live in France,
nor did he talk with you on the telephone:
he never had a chance in life.


■こういう詩を読むと、ボルヘスの詩との類縁性を感じるし、ニーチェの永劫回帰にも通じるものを感じる。
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