孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

インド  “世界最大の民主主義国”に対する“特例的”原子力協定

2008-07-23 15:17:55 | 国際情勢

(“taj mahal nuclear plant”というタイトルがついていますが、実際にタージ・マハール近郊に原発施設があると言う訳ではない・・・と思います。“flickr” By jrambow
http://www.flickr.com/photos/rambow/127532058/)

【内閣信任 可決はしたものの・・・】
インドはときに“世界最大の民主主義国”と呼ばれます。
それは欧米的“民主主義国”とは異なる政治体制の中国を除くと、世界最大の国民を有しているということだけでなく、1947年に英植民地支配から独立したインドの政権交代が、つねに選挙または決められた法的手続きによって実現されてきたこと、クーデター等による非合法な政治変革を経験していないということによるものです。

しかし、人口の過半数を占める貧困層の存在、宗教・カースト・種族による対立や差別・・・“世界最大の民主主義国”にふさわしくない側面を色濃く残す社会でもあります。

そんなインドで昨日、アメリカからの核燃料や原子炉の供給を可能にする米印原子力協力協定を推進するシン内閣の信任投票が行われ、賛成275、反対256の9票差で内閣は信任されました。
これまで与党国民会議派と連立を組んできた左翼4党が“原子力協力協定によって、伝統的に非同盟を維持してきたインドと米国との結びつきが強くなりすぎる”と反対して連立を解消、最大野党の右派インド人民党も“協定はインドの核実験再開の余地を奪う”と反対。
左翼4党の連立解消で過半数割れに追い込まれたシン首相は、“成長著しいインド経済のエネルギー需要を満たすためには米印原子力協力協定は必要不可欠”と、自身の内閣の信任を問う“賭け”に出て、その結果の信任獲得でした。

この信任を得るため、社会党など少数政党に閣僚ポストをばらまく多数派工作も行われましたが、僅差の勝負が予想され、政府は収監中の下院議員6人(多分与党側の議員)に対し投票のために保釈を認める措置を取ったそうです。
一方の野党側も、心臓のバイパス手術を受けた議員を含む、病気療養中の下院議員を召集するため、チャーター機を手配したとか。【7月22日 AFP】

更に、投票直前に、最大野党インド人民党の議員が「投票を棄権するようにと現金を渡された」と告発。
与党側から受け取ったとされる大量の現金の札束を議場で示し、議場は紛糾して審議が一時ストップする事態もありました。
人民党は議長に調査を求めるとともに「倫理的責任を求める」としてシン首相の辞任を要求しており、今後に尾をひくものと報道されています。

こうした話を聞くと、“世界最大の民主主義国”も日本と五十歩百歩かと安心するところもあります。
しかし、この米印原子力協力協定の問題は、1年近く前の昨年8月19日ブログ「インド 民生用核協力協定の行方、そしてアジアは」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20070819)で取り上げたところで、そのときと状況は全く変わっていません。

【動き出す米印原子力協力協定】
この1年間、全く進展が見られなかったというか、辛抱強く反対勢力への民主的説得が続けられていたというか・・・いずれにしても強権国家ではありえない話です。
その意味では、確かに“民主主義国家”に値するのかも。

インドの原子力発電事情は厳しい状態にあります。
国営の原子力発電公社(NPCIL)によると、民生用原子炉17基のうち1基はウラン燃料不足のために運転停止を強いられているほか、稼働中の原子炉も同じ理由から軒並み発電量を大幅(50~70%)に落としています。
核拡散防止条約(NPT)未加盟のインドは、ウラン燃料の輸入に国際的な規制が掛かっており、2002年に90%だった設備稼働率は年々低下を続けています。 【07年10月23日 時事】
シン首相が内閣の命運をかけて協定を推進する背景にはこのような事情があると思われます。

上記“現金買収”騒動がどう展開するのかはわかりませんが、一応インド国内はこれでクリアしたかたちです。
しかし、国際的な手続き・ハードルが待ち受けているのは各紙が報道しているところですし、上記1年前のブログで取り上げた問題がそっくりそのまま残っています。

北海道洞爺湖サミットで、インドのシン首相はブッシュ米大統領に対し、米印の民生用原子力協定の発効に向けた国際原子力機関(IAEA)との査察協定締結手続きを開始したと伝えました。
今後IAEAが査察協定を締結すること、更に、査察協定締結後に原子力供給国グループ(NSG)と米議会の承認が必要となります。
まず、8月1日にはIAEA理事会が開かれ、査察協定が討議されます。
日本など45カ国が参加するNSGは、ウランなど原子力燃料や技術の国際間取引を管理していますが、参加国の中には核拡散防止条約(NPT)非加盟のインドを例外扱いすることへの懸念が潜在しています。
米議会内にもこの点について反対する向きがあると聞きます。

【アメリカの“ダブル・スタンダード”】
“例外扱い”と言えば、確かにアメリカのインド厚遇は“ダブル・スタンダード”でしょう。
「平和目的で原子力を求める国々にウラン濃縮や再処理は必要ない」と強調し、核兵器につながる再処理・ウラン濃縮技術の拡散防止を振りかざしてイラン・北朝鮮に制裁を課し、場合によっては実力で排除しようかというブッシュ政権が、一方で核拡散防止条約(NPT)枠外の核保有国インドに米国製核燃料の再処理を認めるという二重基準に他なりません。

また、インドが核実験を実施した場合、米国は燃料返還を求める権利を確保する一方で、供給継続の担保として戦略備蓄や国際市場へのアクセス確保で支援を約束。米国が仮に供給を停止しても、インドが他国から燃料を輸入する道は残した内容になっています。
これを受けてシン首相は“インドの核実験再開が制約される”という野党からの批判に対して、下院本会議で「合意は、インドが将来必要に迫られれば核実験を実施する権利に何ら影響を及ぼすものではない」と述べ、核実験の権利を保留していることを明言しています。

なぜ、NPT非加盟のインドを例外扱いしないといけないのか?
民生用核の支援が、軍事目的に援用され、核実験再開につながらないのか?
今後、NSGの一員である日本も、その判断を求められます。
アメリカがインドを“例外”とする“二重基準”を使うのは、インドが将来ますますプレゼンスを高める“最大の民主主義国”であるからに他なりません。
中国やイランをにらんだ世界戦略の一環でしょう。

理屈を言えば“おかしな話”ですが、すでに核兵器保有している一部の国以外の核兵器保有を禁じるというNPT自体が、極めて“現実妥協的”な存在です。
そんな現実を踏まえて、昨年8月のブログでは“このまま国際監視の枠外にインドを放置するよりは、不完全でも国際監視の枠内に取り込んでいったほうが、世界全体の核管理の視点からベターではないか・・・”という個人的意見を述べています。

しかし、ここ1年のイラン・北朝鮮への制裁、シリア核施設攻撃、イラン核施設爆撃の噂・・・そういったものを考えると、やはりインドの特別扱いには釈然としないものが残ります。
“世界最大の民主主義国”と“ならずもの国家”の違いと言えばそれまでですが。
せめて、核実験再開に対する何らかの歯止めが担保されない限りは、例外を認めるべきではないのでは・・・そんな思いがしています。


コメント
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