孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

南アフリカ 2010年ワールドカップは?

2007-06-29 13:59:34 | 国際情勢

写真は南アフリカ、ヨハネスブルグの貧困黒人居住区ソウェトの少女
(“flickr”より By Chico Almendra)

2010年のワールドカップは南アフリカで開催されることになっていますが、スタジアム建設など準備の遅れがしばしば伝えられており、万一南アで開催できないときの代替候補地のひとつとして日本の名前が大会関係者の口に出たりすることもありました。

この南アフリカの準備遅延の背景には、アパルトヘイト撤廃後の社会の混乱・人材不足があげられています。
アパルトヘイト時代には国民の8割を占める黒人は高等教育を受けておらず、94年の民主化後大量の白人が国外に流出したことで、技術者・管理職等の人材が決定的に不足しているとのことです。

更に、治安の悪化、公共交通機関システムの崩壊も重大な問題となっています。
アパルトヘイト廃止によって、都心部へ大量の黒人が流入しましたが、教育を受けておらず、読み書き計算も不十分な彼等に職はなく、必然的に犯罪に手を染めることも多くなったようです。
国民の11%が感染しているというエイズの影響も深刻です。自暴自棄になる者が多くいても不思議ではありません。
(このエイズ問題だけでも国家崩壊の危険がありそうな大問題ですが・・・)

ヨハネスブルグは「都市中心部では白昼から強盗が多発。特に白人やアジア人は格好の標的だ。治安は世界最悪の状況にあり、殺人発生率は日本の35倍、米国の7倍」(毎日新聞 2007年6月28日)という状態です。
また「観光客が空港に降り立っても出迎えの車を手配しておかなければ、どこへも行けない。空港と市街地を結ぶ電車、バスはない」(同上)ということで、2010年に大量の応援観客が押し寄せたらどうなるのでしょうか?

この“民主化で差別は撤廃されたが、治安は崩壊した”という現状を物語るエピソードをフリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』で見ました。
「交差点の赤信号で自動車を停車した日本人ドライバーが武装ギャングに襲撃され殺された」事件に対する地元警察のコメント・・・「たとえ赤信号であっても事故の恐れが無ければ乗用車でも『停止しない』のが常識である」
「乗用車の故障のため高速道路の脇に車を停め、車外に出てボンネットを開けていた白人ドライバーがギャングに殺された」事件に対する地元警察のコメント・・・「如何なる理由があろうとも、車外に出るとは非常識で、携帯電話で警察の救援を求めるべきだった」
殆どお笑いネタみたいな話です。

まあ、この手の話は針小棒大に語られるのが常であり、ヨハネスブルグ全体がこういった状態という訳でもないでしょう。
実際に南アで生活している日本人もいますし、観光で訪れる日本人もいますので。
ただ、やはり世界一治安の悪い都市という評価は揺るがないようです。

もちろん民主化、アパルトヘイト撤廃自体をどうこう言うつもりはないですが、一般的にひとつの達成は新たな困難との闘いのスタートであり、南アでも然りということです。
民主化は社会の安定とトレードオフの関係にあるように思えることもしばしば見られるところです。
不平等、不条理な格差は単なる貧しさよりも人の心を蝕みます。
白人が特権を手放したとはいってもそれまでの蓄積によって厳然と存在する圧倒的な貧富の差、教育水準にみられる黒人側の負の蓄積、蔓延するエイズ・・・。

事態の解決には、時間はかかってもとにかく教育水準の引き上げが不可欠です。
「教育を受ける世代が一巡したことで、白人・黒人間の失業率格差は縮小しつつある。また政府は、単純労働者からIT技術者の育成など技術労働者へ教育プログラムなどを用意し、国民のスキルアップに努めている。今後、失業率の問題は、人種間失業率格差から、数十あると言われる各部族間格差を縮小させるような政策が期待されている。」(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)というような記述もあるようですので、少しずつ前進しているのでしょう。

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従軍慰安婦問題は安倍自民党に神風?

2007-06-28 11:13:19 | 世相


いわゆる“従軍慰安婦”に対する謝罪要求決議案は、26日のアメリカ下院外交委員会において圧倒的多数で可決されました。
決議は本会議に送られ7月中旬に採決されるが、可決されても法的拘束力はないとのこと。

この一件、日米関係、日本を取り巻く国際関係には大きな波紋を広げる大問題ですが、こと安倍自民党にとっては支持率回復のチャンスになるのでは?

内政で行き詰った政権が国民・有権者の目を対外問題に向けるのは古今東西の常套手段ですが、年金問題で行き詰っている安倍内閣にとっては、意図したのか、そうでないのかは定かではないですが、今後強まるアメリカ・韓国等からの“理不尽な”圧力に対し抵抗し、日本の主張を守る」という“毅然とした”姿勢をとることで支持率は急反転する可能性もあるのではないかと思われます。

時期的にもアメリカ本会議が7月中旬と延期した参院選直前、安倍自民党にとって神風となるか?
写真はアメリカ議会で証言を待つ元慰安婦。
(“flickr”より By Uschools.com)

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“強いリベラル”

2007-06-27 22:26:54 | 世相


このところ農水産大臣が「豚ミンチが・・・、コロッケが・・・」なんて、晩御飯のおかずを考えている主婦みたいなことを大真面目で会見してたりして、なかなか笑えます。

ところで、あの“加藤の乱”の加藤紘一自民党元幹事長が「強いリベラル」という著書を出版し、小泉政治について「市場原理主義が地域・会社・家庭という共同体を破壊し、格差社会をもたらした。」と批判。
今日の社会情勢について、「格差社会で下に吐き出された人々が糸の切れた風船となり、閉塞感の中で、現状を変えてくれそうな『英雄』に一気になびく危険な状態」と指摘しているそうです。

個人的には、特に若い人達の間で“反日的”などという、かつての“非国民”“売国奴”を連想させるようなレッテル貼りが横行する、閉塞感のなかの攻撃的傾向に馴染めない危ういものを感じます。

強いリベラル・・・中身はよくわかりませんが、語感としては悪くないないですね。
加藤氏はこの前の挫折を経験して、ひとまわり成長した・・・との評価もあるようです。
保守化の動きが目立つ政治の世界で今後頑張って欲しいとは思いますが、先のダメージが大きすぎて政界中央への復帰は無理でしょうね・・・。

写真は沖縄の“平和の礎”
(“flickr”より By kristi-san)

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カンボジア援助  日本の存在

2007-06-26 12:13:53 | 世相


今月14日、カンボジアのフン・セン首相が来日して安倍首相と会見し、カンボジアの民主化推進や投資環境の整備に向けた協力を柱とする「新たなパートナーシップに関する共同声明」に署名したそうです。
また、プノンペン市内の防災計画や人材育成計画に関し、約30億円の無償資金協力を行うことで合意したと報道されています。

この記事で一番印象に残ったのは「フン・セン首相の訪日は今回で15回目だが、公賓としての招へいは初めて。」という部分でした。
フン・セン首相がいつから来日しているのか知りませんが、彼が首相になったのが93年ですから、それからだとするとほぼ毎年のように来日していたことになります。
それだけの必要性・メリットがカンボジア側にあるのでしょう。

また、「安倍首相は会談で、カンボジアが旧ポル・ポト派による虐殺を検証する特別法廷を設置したことを歓迎。」とのこと。
この“ようやく動き始めた”特別法廷については、運営予算5600万ドルのうち2160万ドルを日本が拠出しているそうです。

先日のスリランカに対する2国間資金援助の3分の2を日本が占めていることといい、あらためてアジア世界における日本のプレゼンスを感じました。
普段日本人は殆ど意識することはありませんが、自分の国を運営することさえままならないアジア各国のなかで、相当額の援助が可能なのは日本しかなかったということでしょう。(最近の中国の動向は知りませんが。)

ただ、国民もあまり意識しないなかで資金援助だけがなされている実態は、なにかスッキリしないものを感じます。
今回フン・セン首相は「北朝鮮問題では、国連総会で過去2年間棄権した北朝鮮の人権状況非難決議に関し、賛成に転じる考えを示した。」そうですが、“援助に見合った国益を実現しろ”といった類のことを言いたいのではありません。
資金援助が結局日本大企業の現地事業で還流し・・・云々という話でもありません。

何か、“お金は払うけども、それ以上は関知しない”といった近隣諸国に対する“無関心”が透けて見えるような気がするのです。
もちろん、お金をもらう側はそれでもいいのでしょうが・・・。

援助する日本側の問題として、単にお金を出して済ませるのではなく、国民全体がそのような援助を必要としている国々の実情に対してきちんと目を向ける、必要なら人的に援助する・・・そういった取組みを促していくことが重要なのではないかと思います。
いまどき流行らない青臭い物の言い様ですが、そういった“外に目を向ける姿勢”が日本人自身の意識を変え、国内諸問題への対応にも影響するのでは、また、外に対しては近隣諸国との絆を強めることで日本の将来に貢献するのでは・・・。

人口700万人のうち150万人(!)の自国民を殺したとも言われるポル・ポトやクメール・ルージュの虐殺の話、その罪を裁く特別法廷の話はまた別の機会で。

写真は2002年の暮れから翌年正月にかけてカンボジアを観光した際のもの。
アンコールワット観光で賑わうシェムリアップ。
将来のアプサラダンスのダンサーを目指し練習する若者達。

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「微笑みの国」タイの抱える“宗教対立”

2007-06-25 16:44:36 | 国際情勢

写真はタイ深南部パッターニの少女
“flickr”より (By Chandler Vandergrift) 

多くの国々が紛争を抱えている今日、「微笑みの国」タイも例外ではありません。
インドシナのタイ・ミャンマーから海に突き出したマレーシア半島、この細長く延びる回廊部分は以外にもタイ領土です。
リゾート地プーケットなどもこの半島部に沿った島です。
更に南に下り、マレーシアとの国境沿いに位置するナラティワート、ヤラー、パッターニの深南部三県がその紛争の地です。

タイ人口6500万人の95%が仏教徒ですが、イスラム教徒も4%います。
そして深南部三県ではイスラム教徒130万人に対し仏教徒は36万人と比率は逆転し、仏教徒側が“異教徒”“少数派”の立場になっています。

このエリアはタイの直轄に入る20世紀初頭までマレー人王朝パタニ王国が栄えた土地で、マレー半島でもいち早くイスラム教が広まった地域だそうです。
そのような事情もあってタイ社会に馴染まない傾向あり、以前から分離独立運動が繰り返されてきた場所でもあります。

タイ政府が強硬なゲリラ掃討作戦を取るとかえって住民を中東の過激なイスラム原理主義へと追いやる結果となったため、80年代にはイスラム文化を容認し、地域開発を進める融和策に転じました。
これにより地域は安定しましたが、タイ人・華人資本の進出で貧富の差が拡大する問題も生じたそうです。
しかし、タクシン首相の強権政治はこの地域の対立を一気に激化し、2004年4月には大規模な武力衝突も発生しています。
タクシン追放後、タイ政府は和平を優先させる政策に転換したそうですが、仏教僧侶の首を切るとか、仏教系教師を殺害するなどの事件が続いています。
僧侶は托鉢の中止を余儀なくされ、住民は移住したいが貧しくそれもできない・・・という緊張状態のようです。

写真はタイ ヤラー県 訓練に励む兵士
“flickr”より (By Chandler Vandergrift)

タイには3回ほど行ったことがありますが、南部には足を運んでいません。
バンコクなどにいる限りはイスラム住民との対立などといったことは想像もできません。
ただ、5年前の2002年(比較的情勢は安定していた時期ですが)、マレーシアのコタバル(イスラム原理主義政党が地方政府を抑えているエリアです)を観光したことがあります。
コタバルは東海岸にありタイ国境も近い都市です。
更にタイ国境付近に向けて車を走らせると、仏教徒も多いらしく涅槃仏のある仏教寺院などもありましたが、道路は軍隊で警備され検問所が設けられるものものしさが印象に残っています。

タイ深南部の問題からいくつかのことを確認することができます。
ひとつは、強硬策で弾圧すればするほど地域住民の抵抗は先鋭・激化すること。
もうひとつ、単に仏教対イスラム教という宗教対立ではなく、その背後には経済的格差に対する不満、過去の栄光・歴史への憧れ、中東などの外部からの刺激などの要因が存在すること。
歴史はどうにもなりませんが、経済・社会・文化の問題であれば摩擦を和らげる方策も可能でしょう。

もし、社会・文化的に融和を進め、地域開発を促し・・・といった施策をとっても分離独立の動きが収まらず、事件が多発するようなら?
私は面倒なことがきらいですし、国家・領土というものにあまり執着しないので、「そんなに揉めるなら、いっそこと分離したら?」なんて思ってしまいます。
タイ政府はこれまで深南部三県を汚職官僚・警官の流刑地にするなどこのエリアを殆ど顧みてこなかった訳ですから、面倒な紛争を抱え込むより切り離したほうがスッキリするのでは、特に資源等がある訳でもないし・・・なんて。
その分離過程で仏教徒住民のタイ側への移住を促し、分離後は国境を封鎖して影響を遮断・・・これは民族浄化や南アのアパルトヘイトにつがる思考ですね。

2002年に旅行したマレーシア、コタバルの旅行記
http://4travel.jp/traveler/azianokaze/album/10026431/
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スリランカの民族紛争解決に果たす日本の役割

2007-06-24 11:59:02 | 国際情勢

写真はスリランカ東部のBatticaloa(タミル人勢力の強いエリアの都市)の難民避難所と思われます。
“flickr”より (By keithng)

今月初旬、明石康政府代表(スリランカの平和構築および復旧・復興担当)がスリランカに向かいました。
日本政府に“スリランカの平和構築および復旧・復興担当”なんて役職があること、明石氏がそのポストに就いていることは初めて知りました。

スリランカというと仏教遺跡、椰子の木と青い海、赤道直下の島、紅茶の栽培・・・など穏やかなイメージです。
実際、観光的には多くの見所・ポイントがコンパクトな島に収まった素敵な国です。

しかし、この国は激しい民族紛争に苦しむ国でもあります。
人口の74%を占めるシンハラ人(主に仏教)が政治の実権を握っており、これに対し人口の18%を占めるタミル人(南インドにも居住 主にヒンドゥー教)が激しく抵抗しており、多数の犠牲者が今も出続けています。

特に1972年につくられたタミル人組織“タミル・イーラム解放のトラ”(LTTE)は激烈な武装闘争を展開して、今現在も島の北・東部の一部を事実上占拠して政府の権限の及ばない独自の国を形成しています。

この民族紛争の背景・経緯・現状などは、長くなりますし、私には荷が重いので割愛します。
どれだけ“激烈な”闘争かということだけ2,3紹介すると、ここ数年イスラム原理主義の闘争手段として頻繁に自爆テロが行われますが、この自爆テロを実際に戦術として使用したのはLTTEが最初だと言われています。
政権トップの暗殺だけでも次のような事件があります。

1991年 自爆テロにより元インド首相ラジーヴ・ガンディーを暗殺。
(インドはタミル人寄りの立場で軍事介入したが、LTTEはこのインドにも抵抗)
1993年 ラナシングフ・プレマサダ大統領を暗殺。
1999年 コロンボでの集会で爆破、15人が死亡。チャンドリカ・クマラトゥンガ大統領は失明。

また、捕虜となることを認めず、LTTEメンバーには青酸入りカプセルが渡され、実際に頻繁に使用されるそうです。
「LTTEの兵士は、自分自身の生命も、他人の生命も評価していない」(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)

更に、世界の人権団体から批判を浴びているのが、タミル人の農村から未成年者を強制的に“徴兵”している“少年兵問題”です。
誘拐・強奪した少年を思想教育し、自爆テロ・青酸自殺をもいとわない兵士に育てるわけです。

私は2回スリランカを観光したことがありますが、1回目は93年で、古都キャンディを訪れていた際にプレマサダ大統領が暗殺される事件があり、外出禁止令が出され一晩ホテルに缶詰めになりました。
2回目は昨年のGWで、2000年から続いていた停戦が崩れ始め、LTTEと政府軍の衝突がニュースで散見されるようになった頃です。帰国後まもなく政府軍による空爆が開始され再び戦闘状態に入っています。
2回の旅行で、シンハラ人のガイド・運転手がタミル人の居住するエリアを車で通り抜けるとき傍目でもわかるぐらい緊張していることが印象的でした。

さて、明石氏のスリランカ訪問に戻ると、この訪問を伝える記事で初めて知ったもうひとつのことがあります。
「日本はスリランカの主要援助国で、同国への全援助金の3分の2を出資している。ただし日本政府はこれまで、スリランカ国内の「暴力の連鎖」を断ち切るため同国に圧力をかけるべきだと訴える国際人権支援団体から求められている、援助と人権および平和の進展との連結については抵抗している。」ということです。
イギリス・ドイツは債務救済措置を凍結したそうですが、これに対し明石氏は「われわれの援助は、戦闘の被害者に対するもの。指導者の行動や方針が原因で他の人々が罰せられるべきではない」と述べているそうです。

正論です。
世論ではありますが、「暴力の連鎖」で犠牲になる“戦闘の被害者”が今現在も増加しつつあることをどのように考えるべきでしょうか。
全援助金の3分の2を出資しているという、他国にない強力な梃子を持っている日本はどのように振舞うべきできしょうか。
これ以上の犠牲者を出さないために、この梃子をうまく使う方策はないものでしょうか。

明石氏が帰国してすでに2週間が経ちます。
スリランカ情勢については何も聞こえてきません。

昨年スリランカを観光した際の旅行記です。
http://4travel.jp/traveler/azianokaze/album/10065897/



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アフガニスタン、空爆で民間人犠牲者 命の重さ

2007-06-23 10:57:43 | 国際情勢

写真:アフガニスタン 米軍の誤爆により結婚式のパーティ出席者に犠牲者 墓前で悲しむ男性
   “flickr”より(By nataliebehring.com)

アフガニスタンにおいて、北大西洋条約機構(NATO)主導の国際治安支援部隊(ISAF)が22日未明、南部へルマンド州を空爆し、女性と幼児を含む住民25人が死亡したと現地の警察当局が発表しました。
イスラム原理主義勢力タリバンが村の居住区域から行ったISAFの車列への攻撃後、空爆が実施されたとのこと。
警察当局によると、ISAFの空爆で住宅2、3棟が爆破され女性9人と生後6か月から2歳の子ども3人を含む25人が死亡しており、また村のモスクの指導者も犠牲になったそうです。
ISAFは“「少数」の民間人が犠牲になったとの報告については調査中だ”としています。

戦闘のなかにあっては“よくあること”のひとつなのでしょうが、ニューヨーク、ロンドンあるいは東京で幼児を含む25人の死者がでる自爆テロでもあれば“少数の民間人が犠牲”ではすまない事態になります。
生まれた場所で命の重さには深刻な格差があるという現実にやりきれないものを感じます。

しかし、命の重さが軽いアフガニスタンといえども、このようなことが度重なれば人々の心は次第に離れていきます。
ひいては戦闘行動自体の遂行を困難にしていくことも考えられます。
地元の人々の支持を失った戦いに身を置く兵士は「一体この戦いは何のためなのか?」という疑問に悩むことにもなります。

攻撃を受ける側はどうしても住民を盾にとるような作戦になりがちですが、戦闘といえども住民を巻き込んだ“皆殺し”が許されなくなった今日、また、その実態が逐一即座に世界中に報道される今日、このような住民が生活する場における戦闘行為は、非常に難しいものになっているように思われます。

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イギリス 「悪魔の詩」著者に爵位授与

2007-06-22 19:03:09 | 国際情勢


イギリスで16日、エリザベス女王の誕生日を記念して毎年発表される受勲者リスト「Queen’s Birthday Honours List」の2007年度版が発表されましたが、この中に小説「悪魔の詩」の著者のサルマン・ラシュディ氏が含まれていたことが大きな問題になっています。

1989年にサルマン・ラシュディ氏が書いた小説「悪魔の詩」は、イスラムを揶揄・挑発する内容で、イスラム社会の反発を招きました。
当時のイラン革命の最高指導者ホメイニ師は、イスラム法にのっとったサルマン・ラシュディ氏の死刑宣告(ファトワー)を発動し、イランの財団からは実行者に対する高額の懸賞金も提示されました。
この“暗殺指令”でまた世界中が大騒ぎになりました。
1991年には日本語訳の翻訳者五十嵐一氏が何者かによって喉を切られて殺されました。

今回イギリスのサルマン・ラシュディ氏に対する爵位授与の発表は、当然のことながらイスラム社会に大きな波紋を起こしています。
普段抗議活動はあまり見られないマレーシアでも抗議がなされているそうです。
パキスタンの商業者組合では、サルマン・ラシュディ氏の首を刎ねた者に日本円で約2060万円の賞金をかけたそうです。

この事態を受けて20日、イギリスのベケット外相は「ラシュディ氏への爵位授与は同氏が生涯にわたって創作してきた文学作品に対するものだが、これを重く受け止めた人々に対し謝罪する。」と陳謝しました。

現在のところは上記のような経緯ですが、それにしてもイギリスも「なんでこんな騒ぎになるとわかりきったことをするのかな・・・」という気がします。
他の国ならまだしも、イギリスは現在イラク、アフガニスタンというイスラム国家に多数の兵士を派遣し、彼らは激しい戦闘のなかで苦境に立っている訳ですから、民衆の反発を煽る今回の爵位授与は彼ら兵士の首にロープをかけて足を引っ張るような行為ではないかと思います。

氏の文学的功績とか、表現の自由の問題等々いろいろありますが、今現在世界でイスラム社会との関係が非常にデリケートになっており、あちこちで火を噴いているとき、「どうして・・・」という感じです。
こういう問題は、特に扇動する者・グループが存在すると、全体の流れに大きく影響することも懸念されます。

写真はパキスタン・カラチでの抗議行動 “flickr”より(By BHowdy)

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忘れられた国アフガニスタンで戦闘拡大

2007-06-21 16:59:43 | 国際情勢

写真は“flickr”より(By pingnews.com)

今月17日、アフガニスタンの首都カブールで警察官の乗ったバスをねらった自爆テロがあり、日本人2名もこの巻き添えで負傷したと報道されています。

アフガニスタンではイスラム原理主義のタリバン政権が崩壊して5年半、世界の関心がイラクに向いている中で、昨年からタリバンが復活して南部を中心に戦闘が激しさを増していると言われていましたが、首都カブールでもこのような事件が起きるようになっているようです。

タリバン復活の背景には、隣国パキスタン国内で支援を受けて態勢を立て直していることや、アメリカの意向を受けてケシ栽培撲滅を進めるカルザイ政権が有効な補償策を実施できないため農民が困窮し、この農民をタリバンが支援することで支持を広げていることなどがあげられています。
また、カルザイ政権になってなかなか暮らしが改善しないことへの国民の不満・苛立ちが根底にあると思われます。

更に、戦闘が激化するなかで、米軍・NATOの爆撃などで民間人被害が拡大していることも、民心の離反を招いているようです。
今年3月には軍の車列が自爆テロ攻撃を受けたあと、アメリカ軍の兵士が16kmにわたって道路沿いの車や歩行者を無差別に銃撃し、市民19人が死亡するという事件なども起きているそうです。
“戦争”で極限状態におかれている訳ですから、ときに“無茶苦茶”なことも起きるようです。
(アメリカは謝罪して弔慰金を払ったとか。アフガニスタンやイラクから帰還したアメリカ退役軍人のうち、4分の1が精神的障害と診断されたとの報道もあります。 )

今回のバス自爆テロの中継で、警察当局責任者がTVインタヴューで開口一番「被害者は警察官で、民間人は含まれていません」といったようなことをコメントしていたのに若干奇異な感じを持ったのですが、その背景にはこのような民間人被害の増大、それへの市民の怨嗟ということがあるのかも。

イラクが“泥沼化”しつつあるアメリカ軍は一昨年12月にアフガニスタンでの兵力大幅削減を発表し、カナダ・英国・オランダ、さらにNATOが指揮する国際治安支援部隊ISAF(International Security Assistance Force)が増強されていますが、タリバンとの戦闘は苦戦の様相を呈しているようです。
NATOとはいっても、イラク以来アメリカとは一線を画するフランス・ドイツは比較的穏やかな北部で復興支援にあたるということで、南部での戦闘には極力関わりたくない姿勢を見せています。

そんな南部戦闘地域で苦戦するイギリスでは、国防省が12か月以内にイラク駐留英軍を完全撤退させアフガニスタンへの増派を検討していると伝えられます。
“戦闘的にも苦しく国民の批判も強いイラクはあきらめ、まだ勝ち目のあるアフガニスタンに集中しよう”とのことでしょうか。
アメリカとの共同作戦の“つけ”は重いものがあるようです。
将来日本も気をつけないと。

ただ、イギリスが増派しても事態が改善するかは疑問です。
民心を失いつつあるカルザイ政権、アメリカ・NATO軍の将来は厳しいものに思えます。
かつてのタリバン政権の勧善懲悪省によるイスラム原理主義的・狂信的な締め付けにはどうしても馴染めないものを感じますので、タリバンの復活を喜んでいる訳ではないですが・・・。
戦火のなかで苦しい生活を余儀なくされる国民にとって少しでもよい方向に政情が向かってほしいのですが。


写真は“flickr”より(By pingnews.com)

そう言えば、オマル師は今どうしているのでしょうか。
パキスタン国境付近で活動しているとの説、パキスタン国内で軍に保護されているとの説などがあるようです。
タリバン復活にしても、オマル師の所在にしてもパキスタンが深く関与しているようです。
タリバンはもともとパキスタンが送り込んだ勢力ですから。

そのパキスタンとの国境付近で、5月にアフガニスタン政府軍とパキスタン国軍の間で迫撃砲などを使用した戦闘があったと伝えられています。
パキスタンのムシャラフ大統領は一応アメリカに同調する形で国境付近の過激武装組織を取り締まるとはしていますが、国軍内にはタリバン支援勢力も強く、実効ある手がうてないようです。
アフガニスタンでの戦闘が更に拡大・激化して、反米的な風潮が国内で強まるとムシャラフ政権自体の命運にもかかわってくるかもしれません。

イラクは泥沼化し、アフガニスタンでは戦闘が拡大・・・アメリカの9.11以降の軍事政策は手詰まり感が強くなっています。
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元ペルー大統領フジモリ氏に国民新党出馬要請

2007-06-20 13:28:25 | 世相
マチュピチュ遺跡
マチュピチュ遺跡
posted by (C)大銀杏

数日前新聞に掲載されている週刊誌の広告見出しで見て「なんのこっちゃ?」と思っていたら、本当にそんな動きがあるみたい。

まあ、二重国籍で日本国籍を保有しているので法律的にはありえるそうですが・・・。
しかし、現在本国ペルーからは大統領就任期間に公金の着服、汚職を行った容疑に加え、反対派25人の殺害、拉致、拷問を承認した容疑で訴えられており、隣国チリで自宅軟禁状態にあって当然議員活動などできない同氏を担ぎ出すというのはいかがなものでしょうか。

フジモリ氏の政治的評価には現ペルー政府からつきつけられている容疑に見られるような強権的側面を批判するむきと、左派ゲリラ活動を抑えて社会を安定させたと評価するむきと両方あるようです。
立場によって政治家の評価が分かれるのは当然と言えば当然でしょう。
写真はチリのサンチャゴでのフジモリ氏への抗議デモ。(“flickr”より By juan pedro catepillán)



それにしても、事なかれ主義の私としては「亀井さんもまた面倒なことを・・・」というのが素直な感想。
フジモリ氏が応諾して、万一当選したら、“日本の現職国会議員がチリ政府に軟禁されており、ペルー政府から身柄引き渡しを要求されている”という事態になります。
どうするのでしょうか。
詳しいことは知りませんが、国会議員の不逮捕特権とかは?
議員でなければ、日本国籍を持つ一個人だったら逮捕されていいのか?ということにもなりますが、生活の本拠地であるペルーの法律によって裁かれるのであればいたし方ないのではないでしょうか。

フジモリ氏はペルー国民として政治活動し、ペルー人民のために大統領職を務めた人間です。
それが、自分に都合が悪くなったとたんに、「いや、私は日本国籍も持っていて・・・」と言われてもね・・・。
大統領まで努めた人物なら、その身の処し方はペルー国民の意思に従うのが筋ではないかと思うのです。
本人も先月13日ペルーのテレビ局のインタビューで、チリ最高裁がペルー側の身柄引渡し要求に応じる決定を下した場合は「従う」との考えを表明しており、また、チリ国外への逃亡や、送還を避けるため日本大使館に亡命申請をするなどの対処は「考えていない」と述べたと言われています。
そうであれば、今回の一件は氏にとっても迷惑な話か。

また、どうしても現ペルー政権に対し政治的に承服できずに日本等に亡命するというのであれば、それもありえるでしょうが、最低限表向きは“おとなしく”していてもらわないと受入国としても困ります。
日本としては現ペルー政府・ペルー国民とことを構える意向はありませんから。(少なくとも私は)

ペルーには8万人の日系の方がいるそうですが、そういった特別なつながりもある国との関係がいたずらに悪化しないことを願います。

冒頭写真は“フォト蔵”より。
ペルーと言えばインカ遺跡。
インカと言えばマチュピチュでしょう。いつか行きたや・・・。


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