孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

インドネシア  イスラム的価値観とぶつかる民族的多様性

2009-03-31 23:05:49 | 世相

(インドネシア・バリ島での“キスの祭典” “flickr”より By Bram & Vera
http://www.flickr.com/photos/bramvera/120718054/)

【キスの祭典】
インドネシア・バリ島では“キスの祭典”という行事があるとか。

****水もしたたる美男美女、バリ島でキスの祭典 インドネシア****
インドネシアのリゾート地、バリ島デンパサールで27日、「キスの祭典」として知られる伝統行事「Omed-Omedan」が行われた。
この儀式の前日はバリの暦で元旦にあたる「ニュピ」の日で、人びとは断食と瞑想に専念し、全ての職場や商店も休業となることから「静寂の日」とも呼ばれる。
しかし、その翌日に行われる「Omed-Omedan」は雰囲気も一転。参加者たちに水を浴びせられるなか、地元の若い男女たちが祈りながら集団で踊り続け、意中の男女はキスにこぎつける。【3月30日 AFP】
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「ニュピ」の日は聞いたことがあります。
この日は家から1歩も出てはいけない、火も使ってはいけない(当然料理もできません)、夜になっても灯りをともしてはいけない・・・ということで、働いているのは警察とホテルぐらいとのことです。
(とにかく、バリは365日・24時間、バリ・ヒンズーの宗教儀式で明け暮れている島ですので、そんな日があるのも、さもありなんというところです。)
しかし、翌日に行われる「Omed-Omedan」は初耳でした。

【反ポルノ法】
日本人からすれば、「へえ~」ということでおしまいですが、インドネシアという国は人口の大多数をイスラム教徒が占める一方で、バリ島のヒンズー教徒のほか、キリスト教徒やパプア・ニューギニアの伝統文化の中で暮らす人々なども存在する国です。
そんなインドネシアでは昨年10月にイスラムの価値観を前面に押し出した「反ポルノ法」が成立し、バリダンスなどもポルノ扱いされるのではないかといった懸念が広まりました。
「キスの祭典」なんて言ったら、ちょっとトラブルになるのではないか、大げさに言えば異民族間の文化的軋轢を強めるのではないかと思った次第です。

「反ポルノ法」は写真や動画、漫画やアニメ、イラストや文章などだけでなく動作や会話も取り締まりの対象になります。
この法案は1997年に初めてイスラム系政党の手で提出されて以来、何度も修正を提案されてきたそうで、さく年成立したのは、今年の総選挙での苦戦が予想される与党が「イスラム票取り込みを狙った」(地元紙ジャカルタ・ポスト)との見方がもっぱらだとか。
インドネシア政府は「あらゆる民族の伝統や儀式は尊重される」としていますが、法律ではワイセツの定義があいまいで、しかも一般市民が告発できるため、「対立相手を陥れる手段に使われかねない」(同紙)との指摘は根強いそうです。【08年11月19日 産経】

このイスラムの価値観に基づく法律に反対する人々は、「反ポルノ法は、文化の単一化を進めるもので、多様性を尊ぶインドネシアの精神に反する」と主張しています。
また、「文化、芸術、伝統に属するものは認める」とされていることについても、「宗教的シンボルや伝統を『ポルノ』扱いしたうえで、例外的に許可するということ。侮辱に他ならない」と批判しています。

問題となりそうなものに、バリのダンスや裸像が彫られたヒンズー寺院といったもののほかに、パプア・ニューギニアの男性が愛用するペニスケース「コテカ」もあります。

【ヨガ禁止に禁煙令のファトワ】
反ポルノ法は法律ですが、法律以外にイスラム指導者によるファトワ(宗教見解)として、ときおり“変わった”ものが出されます。
ファトワはイスラム教徒の行動を規制するものでしょうが、イスラム教徒が90%以上を占める社会にあっては、世の中全体の流れを決めるものにもなってきます。

今年1月には“ヨガ禁止”のファトワが出されました。
「純粋な運動だけなら問題ないが、トレーニング中にヒンズーのマントラを唱えることや、祈りを含んだ瞑想(めいそう)などは認められない」「イスラム信仰の妨げになる」という理由だそうです。

*****インドネシア:ヨガ禁止「イスラム信仰の妨げ」指導者会議****
インドネシアではここ数年、都市部を中心にヨガが普及し、女性誌や健康雑誌も取り上げるなどブームになっている。中所得層の増加とともに、イスラム教徒の間でもダイエット志向や健康への関心が高まっていることが背景にある。国立インドネシア大のオト・ヘルノウォノディ講師(社会学)は「ヨガがファッション感覚で多くのイスラム教徒を引きつけるようになり、イスラム指導者会議が危機感を持った」と話す。
ただ、ヨガ愛好者のあるイスラム教徒の女性は「インドネシアでは罰則がある法律さえ守らない人が多い。この宗教令を気にする人はあまりいないと思う」と冷ややかで、実効性がどの程度あるかは不明。
同様の宗教令は、昨年11月に隣国マレーシアでも出された。【1月30日 毎日】
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2月には、公共の場での“禁煙令”のファトワも出されています。
ただ、たばこを生産する農家が多い地域では反対も強いとか。

****イスラム指導者が禁煙令 たばこ大国インドネシアで波紋****
インドネシアのイスラム指導者たちが、公共の場での喫煙をハラーム(禁忌)とするファトワ(宗教見解)を出したことが波紋を広げている。2億人を超える国民の3人に1人が喫煙する世界有数のたばこ大国で、産地などから反発が強まっている。
国内のイスラム教の指導者で構成する「イスラム指導者評議会」は先月末、公共の場での喫煙や未成年・妊婦の喫煙をハラームと認定し、喫煙の行為そのものも「ハラームとマクルーフ(忌むべき行為)の中間」と位置づけた。法的規制はないが、人口の約9割を占めるイスラム教徒への心理的影響は大きい。

NGO「たばこ規制同盟」によると、インドネシア国民の喫煙率は34%(04年)で、未成年から喫煙を始める人が多い。政府は、たばこの健康被害を防ぐための世界保健機関(WHO)の「たばこ規制枠組み条約」に東南アジアで唯一、加盟しておらず、分煙や広告規制は進んでいない。
国内のNGOなどからは、今回の認定について「限定的な言及だが、道徳の向上につながる」と評価の声が上がるが、ジャワ島各地のたばこ産地では反発が高まる。
地元報道によると、東ジャワ州のイスラム教住民組織の幹部は「国民の喫煙は、産地に仕事をもたらしている。評議会はファトワの意味を誇張しており拒否する」と発言。中部ジャワ州トゥマングン県では16日、数千人のたばこ農家たちが禁煙に反対してデモ行進した。【2月24日 朝日】
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【総選挙でのイスラム政党退潮傾向】
反ポルノ法や各種のファトワの話題を聞くと、インドネシアでイスラム原理主義的な動きが広まっているのか・・・とも感じられるのですが、来月に行われるインドネシアの総選挙予測に関する記事によれば、イスラム系諸政党の退潮傾向が指摘されています。

****インドネシア:ユドヨノ人気、安定感 総選挙まで2週間*****
インドネシア総選挙は来月9日の投票まで約2週間となった。ユドヨノ大統領の民主党が優位を保ち、メガワティ前大統領率いる闘争民主党、カラ副大統領のゴルカル党が追う展開。各党は激しい選挙戦を繰り広げる一方、7月の大統領選を視野に連携を模索する動きも活発化している。
最近の各種世論調査では、民主党の支持率は22%前後。野党第1党の闘争民主党が15~17%で続き、現在第1党のゴルカル党は14~15%。今回から、総選挙で国会議席の20%以上か、得票率25%以上を獲得した政党・政党連合しか大統領候補を擁立できない規定が設けられ、与野党の枠を超えた合従連衡の駆け引きが早くも熱を帯びている。(中略)
また、イスラム系諸政党の退潮傾向も指摘されている。開発統一党などイスラム系政党は、スハルト体制崩壊後初の総選挙(99年)で3割強、前回(04年)は4割弱と得票を伸ばしてきたが、最近の世論調査で「イスラム政党に投票する」という回答は2割台にとどまった。
党内の勢力争いなどが理由とみられるが、インドネシア科学院のシャフアン・ロジ・スブハン研究員は「既成イスラム政党の後退は、逆に過激なイスラム主義組織の伸長に結びつく危険性がある」と分析している。【3月24日 毎日】
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相次ぐファトワは、イスラム政党退潮を生むような世相に対するイスラム側からの抵抗・焦燥なのでしょうか。
それはともかく、スハルト時代の統治システムでもあったゴルカルが、大きく議席を減らしそうなことも注目されます。


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タイ  暴露戦術のタクシン元首相、退路を断って支配層との戦い決意

2009-03-30 20:49:36 | 国際情勢

(バンコクの首相府を包囲するタクシン派「反独裁民主同盟」(UDD)のメンバー 今日30日の様子 昨年の反タクシン派「民主主義市民連合」(PAD)は黄色がシンボルカラーでしたが、UDDは赤色がシンボルカラーです。
“flickr”より By adaptorplug
http://www.flickr.com/photos/11401580@N03/3398373194/)

【意外に安定したアピシット政権】
タイでは昨年、反タクシン派市民グループの「民主主義市民連合」(PAD)が、タクシン元首相によってその権益を脅かされている経済界・司法・軍などの旧支配層の支援も受けた形で、首相府を長期間占拠、更に空港に突入。
この混乱のなかで、タクシン派のサマック政権とソムチャイ政権が相次いで崩壊、現在の民主党の若きエリート、アピシット首相が誕生しました。

当然のこととして、今度はアピシット政権に対するタクシン派側の揺さぶり・攻勢が予想されていましたし、実際、タクシン派は昨年末から3回ほどの総選挙実施を求める大規模デモを行っています。
しかし、アピシット首相は大方の予想に反して、王室や軍、財界の強い支援で、政権基盤を固めつつあるというのが、もっぱらの見方のようです。

“政府は今月初め、昨年12月のバンコク国際空港占拠事件で延期されていた東南アジア諸国連合(ASEAN)首脳会議を議長国として開催し、政治混乱からの回復を国際社会にアピールした。国内では、首相自身が地方を遊説して「国民和解」を訴えるなど、誠実な政治姿勢が国民の好感を呼んでいる。
私立アサンプション大学が今月初めに全国で実施した世論調査では、首相の支持率は79.3%を記録した。
実刑判決を受けて海外逃亡中のタクシン元首相は12日のビデオ会見で、「私は戦士であり、正義のために戦い続ける」と、復権をあきらめない姿勢を強調した。しかし、国民の政争疲れもあって徐々に求心力を失い、デモ参加者は回を追って減りつつある。” 【3月14日 毎日】

【タクシン派の首相府包囲】
そんなタクシン首相、タクシン派がここにきて、再度首相府を包囲する形で攻勢をかけています。

****タクシン元首相派が首相府包囲 最大規模の3.7万人****
タイのタクシン元首相を支持する「反独裁民主同盟」は26日、アピシット政権退陣を求めバンコクの首相府を包囲した。警察によると、約3万7千人が参加。元首相派の反政府集会としては最大規模となった。警察と軍が約9千人を動員し警戒にあたっている。
元首相派のプアタイ党はアピシット首相らの不信任案を国会に提出したが21日に否決されており、街頭活動以外に政権に圧力をかけるすべはない。幹部は「退陣まで続ける」と話しているが、資産を凍結された元首相からの財政支援は期待できず、反元首相派の「民主主義市民連合」(PAD)が昨年展開したような長期の活動は難しいとみられる。【3月26日 朝日】
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集会参加者のうち約3000人が集会後も首相府の包囲を続けています。
しかし、「民主主義市民連合」(PAD)の場合は、タクシン元首相と利権上の対立があった経済界からの潤沢な資金援助が噂されており、その結果あのような長期間の闘争が実行できた訳ですが、タクシン元首相は現在その膨大な資産を凍結され、また、どこにいるのかさえ定かでない状態であり、タクシン派の街頭活動支援は困難な状況です。
“金の切れ目が縁の切れ目”という現実です。

【06年クーデターの“真相”暴露】
そうした財政的な困難を補うためでしょうか、タクシン元首相は、自身が追放されたクーデターに枢密院議員スラユット元首相が関与していたとする“真相”を暴露することで、運動の活発化をはかっています。

****「クーデター、スラユット元首相ら関与」タクシン氏*****
タイのタクシン元首相を追放した06年9月のクーデターの前にスラユット元首相を中心とした謀議があったとタクシン氏が発言し、波紋が広がっている。タクシン氏はさらなる暴露を宣言し、王党派などの反タクシン勢力に揺さぶりをかける構えだ。
タクシン氏は22日にチェンマイで催された支持者の集会で、海外からビデオを通じて演説。謀議に招かれた退役軍人から聞いたとして、06年初め、枢密院議員だったスラユット氏がバンコクの邸宅にこの軍人を呼び、最高行政裁判所長ら裁判官らとともにタクシン氏の追放計画を練った、と話した。クーデター以外に暗殺の企てもあったという。
「王室を敬愛しない」ことが追放理由とされたが、タクシン氏は、スラユット氏が陸軍司令官をタクシン氏により解任されたことを逆恨みしたと指摘した。スラユット氏はクーデター後、軍に指名されて首相に就任。名指しされた判事らは枢密院議員や憲法裁判事になった。 【3月24日 朝日】
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更に、タクシン元首相は27日、国王側近のプレム枢密院議長を名指しでクーデターの黒幕と批判しました。
国王の番頭である議長を罵倒する演説は「一線を超えた」との受け止め方がされており、“議長側との和解を断念し、退路を断って枢密院、軍、司法、官僚といった支配層と戦う意思を示した”とも報じられています。

****「クーデター黒幕は国王側近」 タクシン元首相、名指し****
タイのタクシン元首相は27日夜、バンコクで開かれた反政府集会で国外からビデオ演説し、06年9月のクーデターの黒幕はプレム枢密院議長(88)だと初めて名指しして非難した。議長はプミポン国王の側近中の側近で元陸軍司令官。王室と軍の権威を代表するとみられる議長を批判の俎上(そじょう)に載せたことで、元首相は退路を断って支配層と戦う意思を示したことになり、社会の分断が一層深まりそうだ。

タクシン派の「反独裁民主同盟」は26日からバンコクの首相府を包囲。タクシン氏は連日、発信場所を明かさないままビデオで登場して支持者に檄(げき)を飛ばしている。27日には約2万人を前に「プレム議長がすべての黒幕であり、枢密院議員のスラユット元首相らと協力して私を追い落とした」と話した。
さらにタクシン氏は、プレム議長は政権与党の民主党を後押ししてきた▽クーデターを遂行したソンティ前陸軍司令官がタクシン氏暗殺計画にも関与した▽スラユット氏は反タクシン運動を進めた民主主義市民連合(PAD)を支援した――などと暴露。そのうえで「国王と王妃は関与していない。だが枢密院が政治に介入することで、国王も関係しているような誤解を世間に与えている」となじった。

これに対しスラユット氏は28日、記者会見してクーデターへの関与を否定。議長の秘書や軍高官らも相次いでタクシン氏を激しく批判した。
政変後、タクシン派の支持者らは議長を「黒幕」と批判してきたが、タクシン氏本人は名指しを避ける一方、知人の葬儀で議長に話しかけたり関係者が議長を訪ねたりして、和解を模索してきた。議長と和解すれば恩赦の道も開けるとみられるからだ。
だが議長側の対応は硬く、タクシン派は政権から転落、元首相も海外逃亡中に有罪判決を受け財産も凍結された。追いつめられたタクシン氏は和解を断念し、枢密院、軍、司法、官僚といった支配層と戦う決意を示した形だ。
演説でタクシン氏は王室への忠誠を繰り返し語った。しかし長幼の序を重んじるタイで、長い首相経験があり国王の番頭である議長を罵倒(ばとう)する演説は「一線を超えた」との受け止め方が一般的だ。

タクシン氏は、残る頼みの綱である支持者らを激しい言葉で鼓舞し、街頭活動の継続を訴えた。「お墨付き」をもらった支持者らは今後、枢密院や軍への批判を強めるとみられ、28日の集会では早速「プレム、出て行け」といったかけ声が響いた。
反タクシン派は政府、議会も押さえ、体制を整えたかにみえるが、選挙で対立の解消をめざす気配はない。都市貧困層や東北・北部で根強いタクシン人気を恐れるからだ。
社会階層や地域間対立が深刻化することは確実で、解消のめどはまったく立たない。【3月28日 朝日】
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【経済混乱に拍車をかける政局混乱】
首相府包囲3日目となった28日、アピシット首相は記者団に対し、タクシン元首相が要求している下院の解散を拒否した上で、政局の混乱を収拾させることが最優先課題だと強調しています。
また、タクシン元首相が国王側近のプレム枢密院議長とスラユット同議員(元暫定政権首相)を06年のタクシン氏追放クーデターの黒幕だと批判したことに関して「古い話だ」と取り合いませんでした。

また、アピシット首相は29日、「タクシン氏は自分の利益のために人々を扇動しようとしている」と述べるとともに、「抗議デモは法律で認められているが、デモ参加者は経済の混乱ですでに打撃を受けている人たちを、さらにもめ事に巻き込むべきではない」と強調しています。

手負いのタクシン元首相による必死の反撃とも見られますが、資金的な支援もなく、国民も昨年来のこうした街頭活動にはいささかうんざりしていますので、先行きは難しいように思えます。
ただ、記事にもあるように、選挙となるとタクシン派が強みを持っているということで、アピシット政権としても完全にタクシン派の活動を封じ込める力はなさそうです。

タイ政府は今年第1・四半期は少なくとも4%のマイナス成長を予想しており、アピシット首相は22日、世界的金融混乱を背景にタイの失業者数が年内に2倍近くに増え、100万人に達する可能性があると警告しています。

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フィリピン  戦闘が続くミンダナオ島 求心力を失うアロヨ大統領

2009-03-29 12:34:47 | 国際情勢

(昨年2月29日、マニラで行われたアロヨ大統領の退陣を求める大規模集会に出席した、マルコス独裁政権を打倒した「民主化運動」の象徴コラソン・アキノ元大統領と、恩赦後政治活動を復活したエストラダ前大統領 “flickr”より By gmaresign
http://www.flickr.com/photos/gloriaresign/2325624949/in/set-72157604091600236/)

【ミンダナオ島 交渉再開のめど立たず】
フィリピンのミンダナオ島では、反政府活動が相変わらず続いています。

****フィリピン:ミンダナオ島で戦闘 27人が死亡*****
フィリピン国軍は28日、南部ミンダナオ島マギンダナオ州で反政府勢力「モロ・イスラム解放戦線」(MILF)の一部部隊と国軍の間で26日から2日間、戦闘があり、MILF側20人、国軍側7人の少なくとも計27人が死亡したと発表した。住民の犠牲者はないとみられる。今年に入って最大規模の戦闘で、犠牲者数も最多という。【3月28日 毎日】

昨年8月、MILFと政府が5年間かけてまとめてきた和平合意の覚書を、土壇場になって最高裁が違憲と判断したため交渉が振り出しに戻り、国軍とMILFの一部部隊の戦闘が再燃した経緯があります。
国際停戦監視団の主力をなすマレーシアは、こうした状況を不服として監視団メンバーを引き揚げ、汚職問題などで求心力を失っているアロヨ政権では解決の目処がたたない状況です。

****比ミンダナオ島:戦闘激化半年、交渉再開のめど立たず*****
フィリピン南部ミンダナオ島で、反政府勢力「モロ・イスラム解放戦線」(MILF)と国軍側の戦闘が昨年8月に激化し、和平交渉が中断して半年が過ぎた。住民約30万人が自宅を追われ避難生活を強いられる状況が続き、比政府は日本など国際社会に対し、交渉再開への支援を強く呼びかける。だが、MILFや仲介役のマレーシアには比政府への不信が根強く、交渉再開のめども立たないままだ。

「国際停戦監視団に参加するマレーシア、ブルネイ、日本、リビアのほか、欧州連合(EU)や米国に和平への支援を期待している」。アロヨ大統領は1月26日、具体的な国名を挙げて、和平交渉への協力を求めた。各国は停戦を呼びかけていたが、それ以上の動きは出ていない。
MILFと政府は昨年8月まで5年間かけて、和平合意の覚書を練り上げた。しかし土壇場になって最高裁が覚書を違憲と判断したため交渉が振り出しに戻り、国軍とMILFの一部部隊の戦闘が再燃した。
交渉を仲介するマレーシアは交渉難航に業を煮やし11月末、停戦監視団の全メンバーを引き揚げた。比政府はMILFとの接触を試みるが、「仲介国を通すのが筋」と門前払いを食らっている。

国軍関係者は「和平実現を退陣の花道とする筋書きが崩れかけているため、アロヨ大統領は危機感を募らせている」と説明する。大統領は10年6月までの任期中の和平構築を公約に掲げるが、MILFは、一度は双方が合意した覚書を最高裁がひっくり返したことに強い不信感を抱いており、大統領の任期中の和平合意は困難になったとの見方が強い。
政府への不信感は現地のNGOにも広がる。避難民への支援を行う「ミンダナオ民衆幹部会」のサリさんは「この半年間、状況は全く変わっていない。アロヨ政権に何かを期待するのは幻想だ」と語った。【2月7日 毎日】
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【「最も不人気な大統領」 お騒がせ前大統領】
アロヨ大統領はまだ任期が1年以上残っていますが、政権が絡む汚職疑惑などで大統領の支持率は低迷、「もはや政権末期」、1986年にマルコス独裁政権が倒れてから「最も不人気な大統領」とも言われています。
国民の関心はすでに次期大統領選挙に移っており、有力候補者はすでに事実上のキャンペーンを開始しているとか。【08年11月22日 共同】

次期大統領選挙と言うと、現段階でどのようになっているのかは知りませんが、昨年4月の報道では、不正蓄財で終身刑の判決を受けた後、恩赦で釈放されたエストラダ前大統領(70)が次期大統領選への立候補に意欲を示しているとも伝えられていました。
もっとも、エストラダ前大統領はアロヨ大統領に反対する野党勢力の結集に向けて動いており、大統領選出馬をちらつかせながら、キングメーカーとしての地位を確立するのが狙いとの見方もあるとか。【08年4月9日 毎日】

エストラダ前大統領は庶民層に根強い人気を持っており、昨年2月末にマニラで行われたアロヨ大統領の退陣を求める大規模集会には、マルコス独裁政権を打倒した「民主化運動」の象徴コラソン・アキノ元大統領とともに出席して、政治活動を再開しています。

前大統領は恩赦の際に、「政治活動は慎む」というのが恩赦の条件だったとされ、今後どのような公職にも就かないことを約束した発表されていましたが・・・。
もともと、この恩赦自体が、中国企業と政権幹部の癒着疑惑、大統領府から州知事らへの贈賄疑惑、04年の大統領選の不正疑惑などで足元が揺らぐアヨロ政権側が、逮捕・軟禁下でも政界に影響力を持ち、07年5月の上院選では野党候補を大量に当選させたエストラダ前大統領と政治的に妥協したものと見られていましたので、アロヨ大統領の力次第でいかようにもなるのかも。

そのエストラダ前大統領に関する最近のニュースとして、こんなものが。

****フィリピン前大統領、レプリカ銃付き車両で走行し取り調べ****
フィリピンのジョセフ・エストラダ前大統領が、車上にレプリカの銃を装備したジープで首都マニラの街中を走り回ったとして、取り調べを受けている。フィリピン警察が24日明らかにした。
フィリピン国家警察のヘスース・ベルソーサ長官は、レプリカを含む銃での威嚇を禁止する法に違反したとして、前大統領とジープに同乗していた野党連合の指導者ヘヨマール・ビナイ・マカティ市長の罪を問う方針だと発表した。問題となったレプリカ銃はすでに地元警察に押収された。 
エストラダ氏の広報担当者は警察の動きについて、退任後も人気の衰えない前大統領の「脅威」に対する政府の政治的嫌がらせだと見解を述べた。【3月25日 AFP】
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「脅威」を未だ保持しているのかどうかは知りませんが、元銀幕のスターのエストラダ前大統領と“レプリカの銃”・・・何を考えているのやら。

労働力人口の2割が海外で就労する「出稼ぎ大国」のフィリピンですが、金融危機に伴う世界的な景気後退によって、就労先の海外企業から解雇された労働者が相次いで帰国しています。
海外からの送金に国家経済を依存する政府は、この対策に苦慮しています。

こうした経済問題、ミンダナオ島の反政府活動など問題は山積していますが、国内政治が“空白”状態で有効な対策が打ち出せないのはどこの国も同じのようです。


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マレーシア  ナジブ新首相誕生へ 変わるのかブミプトラ政策

2009-03-28 21:06:06 | 国際情勢

(マレーシア次期首相のナジブ氏 公邸の書斎で。なかなかの読書家のようです。
昨年5月には、2006年に起きたモンゴル人女性殺害事件にナジブ氏が関与していたとブログに書き込んだブロガーが逮捕される事件もありましたが・・・。
“flickr”より By KamalSell
http://www.flickr.com/photos/kamalsell/424267887/)

【政治的混乱が続いたマレーシア】
マレーシアでは、昨年3月の総選挙で、04年選挙では議席の9割を占めた与党連合(国民戦線)が6割に留まり、安定多数の3分の2を確保できませんでした。
“政治的ツナミ”とも呼ばれた与党の歴史的大敗の背景としては、物価高や治安の悪化、汚職の蔓延に対する政権への失望感、多数派マレー系住民を優遇するブミプトラ政策への不満などが挙げられていました。

選挙後の5月には、アブドラ首相への批判を強めるマハティール前首相は、アブドラ首相が与党、統一マレー国民組織(UMNO)の総裁と首相の地位にとどまっていることに抗議してUMNOから離党。
6月には、総選挙で躍進した野党勢力の指導者のアンワル元副首相を異常性行為(同性愛)の容疑で警察が捜査、アンワル元副首相はクアラルンプールにあるトルコ大使館に一時避難。
アンワル氏は以前も同様の容疑をかけられ、マハティール前首相の後継者と思われていた副首相の地位から追放されています。

そのアンワル元副首相は、8月のペナン州下院選挙区補欠選挙に出馬して勝利。政権奪取へ向けての攻勢を強めます。
与党議員を切り崩して野党に寝返らせさせ、野党が過半数の議員から支持を得たことを明らかにして、アブドラ首相に首相の座を明け渡たすように迫りました。
しかし、結局この与党切り崩し策は、アブドラ首相の「ナジブ氏への禅譲」などもあって、うまくいかなかったようです。

そんなこんなで混乱が続いていたマレーシア政局ですが、マハティール元首相や党内若手議員の批判、野党・人民正義党のアンワル元副首相の攻勢によって、アブドラ首相はナジブ副首相に党の総裁を禅譲することを余儀なくされ、これによって、来月にはナジブ首相が誕生することになります。

****マレーシア与党 新総裁選出 ナジブ政権、来月発足*****
ナジブ氏は、父親の死去を受け、1976年に政界入りした。マハティール元首相の薫陶を受け、早くから将来の総裁候補として注目されていた。ただ、近年は金権政治や女性問題をめぐるスキャンダルが取りざたされていた。こうしたこともあり、ナジブ氏は党大会が開幕した24日の演説で、不正が多いとされる党内選挙の見直しに取り組む考えを示していた。

一方、将来の党指導者の“登竜門”とされる青年局長には、アブドラ現首相の義理の息子のカイリ氏(33)が、マハティール前首相の3男ムクリズ氏(44)らを破って当選した。ただ、事前の調査では、ムクリズ氏に対する支持が最も多く、カイリ氏は3番手だった。このため、カイリ氏の逆転当選に対し、ムクリズ氏の支持者を中心に「買収工作が行われた」などとの批判があがっており、早くもナジブ氏は、金権腐敗問題での対応を迫られる格好となった。

さらに、マハティール元首相が今回の結果を受けて、UMNO批判を強めることは確実だ。マハティール氏は2003年にアブドラ氏に首相の座を禅譲。昨年3月の選挙でUMNOを中心とする与党連合が大敗して以降、アブドラ政権批判を強め党籍も離脱した。今回、アブドラ氏が退陣するため大会に出席するとされていたが、結局、出席を取りやめた。
ナジブ氏についてもマハティール氏は、最近のロイター通信のインタビューで「私がアブドラ(首相)に、ナジブを副首相にするよう頼んだ。大いに期待していたが、彼は期待に応えることはなかった」などと述べ、批判していた。
来月7日には、下院の補欠選挙が2カ所で行われる予定で、ナジブ新体制は発足早々、国民の審判を仰ぐことになる。【3月27日 産経】
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【ブミプトラ政策】
マレー系・中国系・インド系の住民が共存する多民族国家マレーシアにあっては、民族間のバランスを維持しながら、経済的に劣った地位にある多数派マレー系住民を資本・雇用(例えば銀行融資、入学試験、就職など)で優遇することで、その地位を穏やかに引き上げていこうとする“ブミプトラ政策”がとられています。

このマレー系優遇策には当然ながら、中国系、インド系住民の反発もあります。
(中国系・インド系のなかにはマレー系に協力することで既得権益を守っていこうする階層もあって、必ずしも一様ではありませんが。)
また、ブミプトラ政策の結果、マレー系住民にも経済的に成功した層がうまれており、“マレー人は華人・インド人より劣っているので、保護が必要だ”とするブミプトラ政策、統制的な経済政策、強権的な社会体制に対する不満が大きくなっています。

更に、ブミプトラ政策の根幹といえる新経済政策(NEP)においては、マレー系優遇の反面として、外国資本の活動に様々な制約が課されていますが、これが金融危機のなかで外国資本のマレーシアからの引き揚げに繋がったと考えられています。
今回首相就任が確実となったナジブ副首相兼財務相は昨年10月末、新経済政策(NEP)を見直す考えを表明。
その第1弾として11月、株式公開の際のマレー系住民への30%の株式割り当て義務の緩和を発表しています。【08年11月18日 産経】

これに対し、マハティール前首相は見直しは時期尚早と反対しています。
ブミプトラ政策の生みの親であるマハティール前首相は、昨年の選挙前、「ブミプトラ政策を変更する時期にきている。ただし、急激な停止は成果を失うことになる。」と発言しています。

マレーシアの政局自体はともかく、“ブミプトラ政策”の今後、ひいては多民族国家マレーシアの今後には関心がもたれます。

(追記)
アップした直後に新しいニュースが入っていました。

****マハティール前首相、マレーシア与党復党へ…党大会で表明****
マレーシアのアブドラ首相との対立から昨年、与党連合の中核政党・統一マレー国民組織(UMNO)を離党したマハティール前首相は28日、復党の意向を表明した。
アブドラ氏が同日まで開かれた党大会で党総裁を正式に退任し、近く首相も辞任するのを受けた動きとみられる。
同国のニュースサイトなどによると、党大会最終日のこの日、マハティール氏は予告なしに大会会場に現れ、「条件が整えれば党に戻る」と述べた。マハティール氏は、自ら後継指名したアブドラ首相が昨年3月の総選挙で同党が敗北した後も党総裁職に固執したことを批判、同年5月に離党していた。【3月28日 読売】
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温室効果ガス削減目標の達成に向けて グリーン投資スキーム(GIS)、クリーン開発メカニズム(CDM)

2009-03-27 22:59:30 | 世相

(シロクマたちはオバマ支持のようです。オバマ大統領は施政方針演説で、国内の二酸化炭素排出量の上限を設け、再生可能エネルギーの生産を促進する法案を可決するよう議会に求めています。
また、予算案では、風力・太陽光発電、バイオ燃料やクリーン・コール(環境調和型の石炭利用)および低燃費の国産車の普及に年間150億ドル拠出することが盛り込まれることを明らかにしました。
ただ、米世論調査企業ギャラップが今月12日に発表した調査結果によると、地球温暖化の深刻さは誇張されていると考える米国人の割合は、ここ10年でもっとも高くなっていることが明らかになっています。
“flickr”より By Mike Licht, NotionsCapital.com
http://www.flickr.com/photos/notionscapital/2809862420/)

【14%の削減】
温室効果ガスの話。
現在、京都議定書に定める第一約束期間(2008年~2012年)に入っています。

この期間にける日本の温室効果ガス削減目標は、1990年(代替フロンについては1995年)を基準として6%ですが、2007年度の国内の排出量は逆に基準年に対して8.7%上回っており現状から約14%の削減が必要となっています。
仮に達成できなかった場合、2013年以降の削減目標にペナルティが上乗せされるなどの罰則の適用を受けることになります。
約束期間に入っても対策は進んでおらず、約束を満たすために7000億円以上、場合によっては数兆円分の排出権の購入を迫られることが危惧されています。【ウィキペディア】

この排出権購入については、日本は国内対策に最大限努力しても約束達成に不足する差分(基準年総排出量比1.6%)について、補足性の原則を踏まえつつ京都メカニズム(クリーン開発メカニズム(CDM)やグリーン投資スキーム(GIS)など 仕組みの説明は後述)を活用することとなっています。

****日本がチェコの排出量枠を500億円程度で購入=関係筋****
日本政府が、京都議定書に基づく温室効果ガスの排出量取引について、現在交渉中のチェコと来週にも最終合意に達する見通しが明らかになった。政府関係者がロイターの取材に答えた。
日本政府は、2009年度と2010年度にチェコの排出枠4000万トンを500億円程度で購入する方針だ。

関係者によると、日本政府は、2009年度と2010年度にチェコから排出枠2000万トンずつ、計4000万トンを購入する。来週にも正式合意する見通し。価格については「市場価格に比べてそん色のないレベルで、(1トン当たりの価格は)ウクライナとほぼ同じ」(関係者)と明らかにしていないが、500億円程度とみられている。日本が外国政府から排出枠を調達するのは先のウクライナに続き2例目。
日本政府が交渉を進めてきた排出量取引は、具体的な環境対策と関連付けられた排出量取引の仕組みである「グリーン投資スキーム」(GIS)。東欧諸国は旧ソ連邦を中心に排出余剰枠を抱えている。交渉してきたポーランドとは、ポーランド側の国内制度の整備が遅れているため、今回の合意は見送られたもよう。

京都議定書では、日本の温暖化ガスの排出削減目標は1990年比で6%。ただ、排出量は増大する傾向にあり、国内の努力だけでは達成が困難とされる。このため、日本の削減分として算入できる排出権獲得に向け、他国に排出権として売却できる余剰が生じている東欧諸国との間で交渉を進めてきた。
日本政府は2008年から2012年までの5年間で排出権を計1億トン取得する方針。これまでは、途上国で温暖化ガス排出を減らすプロジェクトに投資し、見返りに排出権を得る「クリーン開発メカニズム」(CDM)での契約規模が2008年度までに2300万トン以上あり、ウクライナの3000万トン、チェコの4000万トンと合わせ、日本政府の排出権取得はほぼクリアしたとみられる。【3月25日 ロイター】
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【ホットエアとグリーン投資スキーム】
「グリーン投資スキーム」(GIS)とか「クリーン開発メカニズム」(CDM)など、馴染みがない言葉が並んでいます。
そこで、基本的なところだけ少し勉強してみました。
先ず、「グリーン投資スキーム」(GIS)については、「ECOマネジメント」のサイトにわかりやすい解説がありました。(http://premium.nikkeibp.co.jp/em/keyword/20/

ソ連崩壊後の経済破綻により、ロシアや東欧諸国の温室効果ガス(GHG)排出量が激減し、1990年の半分以下まで落ち込んだために、こうした国では京都議定書が定める達成目標に対する“余剰分”が発生しています。
この“余剰分”を“ホットエア”とも呼んでいますが、ホットエアの量は、二酸化炭素(CO2)換算でロシアが約12億t、ウクライナが約4億t、中東欧諸国が約5億t程度と見られています。
日本の第一約束期間に向けた必要削減量は2.25億t程度と試算されていますから、ホットアエアの大きさがわかります。

ホットエアを有する国々は、削減努力をしなくても京都議定書の目標数値を達成しているためGHG排出量削減へのインセンティブが働きません。
また、日本など先進国がロシアからホットエアを排出権取引で購入してGHG排出削減の目標数値を達成しても、地球全体で見るとGHGの排出量を削減できたことにはなりません。

こうしたなかで、ロシアから提案された仕組みが、排出権取引で得た資金を供給国内の環境対策に充当する「グリーン投資スキーム(GIS:Green Investment Scheme )」というものです。
GISは余剰枠に過ぎないホットエアの取引を“環境投資”と捉え直す仕組みであり、市場経済移行国が環境改善の機会とその資金を得る大きな可能性を秘めているとされています。
先進国にすれば、単に余剰枠を金で買ったという批判を受けることなく、地球全体のGHGを減らす方向で余剰枠を入手できます。
例えば今回のチェコからのGISによる排出権購入の場合、その資金によるチェコにおける具体的な環境対策活動の実施に向けた協議をこれから日本・チェコの間でしていくことになります。

なんだか言いくるめられたような気もしますが、経済危機が深刻化し政情が不安定化している東欧諸国(チェコなどは、24日、議会がトポラーネク内閣の不信任案を可決しています。)において、“濡れ手に粟”のような“ホットエア”取引による資金が本当にきちんと環境対策に使用されるのか・・・若干の危惧も感じます。

また、こうした資金が動くところには、恐らく利権絡みの問題も発生するのではないでしょうか。
排出権を購入する日本側も、チェコでの環境対策事業に日本企業が参画して、その利益を還流させる・・・といったODAと似たような問題もおきそうな気がしますが、どうでしょうか。

【クリーン開発メカニズム】
クリーン開発メカニズム(CDM:Clean Development Mechanism)の方は、先進国が開発途上国において技術・資金等の支援を行い、温室効果ガス排出量の削減または吸収量を増加する事業を実施した結果、削減できた排出量の一定量を支援元の国の温室効果ガス排出量の削減分の一部に充当することができる制度で、京都議定書の第12条に規定されています。

“技術的に温室効果ガスの削減がすでに進んでいる先進国では、更なる技術革新による温室効果ガス削減は多くの労力と費用がかかり、思うように進まないことが考えられていた。京都メカニズムが「柔軟性措置」と呼ばれるように、この問題を柔軟な措置によって解決するため、途上国での削減を認め、国内で行うよりも少ない労力や費用で排出量の削減をできるようにするものである。
途上国への削減技術の普及、途上国への投資の増加、先進国と途上国との格差(南北問題)の軽減といった副次的な効果もある。
一方で、このメカニズムによって、先進国の温室効果ガス削減技術の向上が停滞するといった影響を懸念する声もあり、一部の環境保護団体やEUは、クリーン開発メカニズムの濫用を避けるよう求めている。”【ウィキペディア】

【削減の負担】
「グリーン投資スキーム」(GIS)にしても、「クリーン開発メカニズム」(CDM)しても、適正に行われれば、それなりの意義のあることのようには思えますが、日本など先進国にすれば、やはり自国における生産・生活スタイルの変更、技術開発による排出量削減が先ずは第一義的なものでしょう。
冒頭の日本の排出権購入に対する取組みとして“補足性の原則を踏まえつつ”とあるのは、そういう自戒を示したものです。

しかし、国内におけるこれ以上の排出量削減は大きな負担を伴うという声もあります。
日本経団連や日本商工会議所などが連名で17日新聞各紙に「(90年比)3%削減でも1世帯あたり約105万円の負担」「裏付けのない過大な削減には国民全体に大変な痛みが伴う」といった意見広告を掲載しています。
この意見広告に、斉藤環境相は19日の閣議後の記者会見で「大変悲しい。産業界の本気度が疑われる」と批判しています。

なお、政府の中期目標検討委員会も厳しい見方を明らかにしています。
2020年までの温室効果ガスの削減目標(中期目標)を最も厳しい25%減とした場合、実質国内総生産(GDP)が20年までの累積で最大6%押し下げられ、失業率も最大年平均1.9%の増加要因になるという試算を示しています。
しかも、この試算は現在の経済危機の影響を考慮しておらず、GDPが年1.3%ずつ増加する成長モデルを前提としているとか。【3月27日 毎日】

最終的には温暖化の影響をどれだけ深刻に考えるかによる訳ですが、その温暖化の実態がなかなかよくわからないところもあって難しい問題です。
素人としては、「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」などの考えを信用するしかありません。

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インド  「世界最大の民主主義国」の総選挙  ばらまき選挙、犯罪者議員、「ダリットの女王」

2009-03-26 22:43:32 | 国際情勢

(07年、ウッタル・プラデシュ州の首相を手にした「ダリットの女王」マヤワティを報じる新聞各紙 当時、彼女は「次の目的地はデリーだ」と豪語したそうですが、その可能性もなくはない・・・そんな展開のようで
“flickr”より By counterclockwise
http://www.flickr.com/photos/xclockwise/530720366/)

【インド流ばらまき公約】
「世界最大の民主主義国」インドの総選挙が4月16日から5月13日まで5回に分けて実施されます。
計82万8,000カ所の投票所に110万台の電子投票機(読み書きができない多数の有権者が存在するため、候補者名と、政党のマークをボタンで選ぶもの)を設置して、有権者7億1400万人を対象に行われます。

投票は地方ごとに行われるようですが、開票というのか集計結果の公表は5回の投票が全て終了してから行われます。
ただ、各回の出口調査結果は発表されるそうで、当然その結果が次回投票に影響します。

インドの総選挙は5年に1回行われる一種のお祭りみたいなもの・・・という見方があるぐらいで、各党は膨大な貧困層からの得票を狙って、盛大なばらまき公約を行います。

****「電気代ただ」「食料破格値」の公約やめて=ばらまき選挙に苦言-印商工会****
インド商工会議所連合会は25日、4月に迫った総選挙に関し、電気の無料供給や、コメなど食料の極端に低価格での販売を農家や貧困層向けに公約しないよう各政党に呼び掛ける声明を出した。
これらは選挙のたび批判の的になりながら、長く続いているインド流ばらまき公約の典型例。声明は、公約を実行した結果生じる財政負担が経済成長を阻害しかねないと懸念を表明した。【3月25日 時事】 
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ちなみに、インド最大与党、国民会議派のマニフェストにも「低所得者層にコメ25キロを3ルピー(5円強)で供給」という項目があるそうです。【3月25日 読売】

【「全員落選することを望む。」】
“ばらまき”も問題ですが、近年選ばれる国会議員に殺人犯を含む犯罪者が増加しているという、とんでもない実態があります。
前回04年総選挙で当選した543人の国会議員のうち、犯罪の嫌疑をかけられた経験のある人物が128人(殺人が84件、強盗が17件、窃盗及び恐喝が28件)いたそうで、犯罪とのかかわりを指摘される議員が多すぎて議会が混乱状態に陥ったこともあって、この1年間で審議を行った日数は史上最低の46日。
殺人で有罪判決を受けて辞職した閣僚もいたとか。【3月18日号 Newsweek日本語版】

そう言えば、映画にもなった“女盗賊プーラン”なんて女性もかつていました。
プーランは1980年代にインドで最も恐れられた山賊の1人で、自分を集団暴行した男たちに報復するため、バレンタインデーの22人射殺した件で有名です。彼女は83年に投降、94年に釈放され、96年には国会議員に当選しています。
大体、“盗賊”なる集団が存在すること自体に、当時驚いた記憶があります。

話を元に戻すと、インドというより、世界の核管理体制に大きな転機をもたらしたアメリカとの原子力協力協定をめぐり、内閣信任案が“かろうじて”成立した際も、与党側は刑務所に服役中の議員(殺人罪の2名を含む)を刑務所から議事堂に移送して採決に加えています。
また、この採決をめぐっては反対する左派政党が連立を離脱しましたが、党首が汚職容疑で刑事捜査を受けていた社会党の支持を取り付けることで乗り切りました。
前出【3月18日号 Newsweek日本語版】によると、この社会党党首の捜査は信任投票後打ち切りになったとか。

先月26日の議会閉会の際、チャタジー下院議長が再選を目指す議員達に、「あなたたちは国民の血税を受け取る資格がまったくない。全員落選することを望む。」と述べたそうです。
しかし、こうした議事堂に犯罪者が溢れる傾向は今後も続きそうで、国民会議派広報担当は「職業的犯罪者や常習的な犯罪者を擁立することはしない」と発言しています。
1回や2回程度の犯罪ならOKということのようです。

【「ダリットの女王」がキングメーカーに】
肝心の選挙の中身の話についてですが、国民会議派のソニア・ガンジー総裁は24日、連立与党が勝利すれば、シン首相を続投させる方針を正式に発表しました。
(ソニア・ガンジー総裁自身は、ネール王朝の血を引き母インディラ・ガンジー同様暗殺に倒れたラジブ・ガンジーの妻ですが、もともとはイタリア人のため、前回は首相就任を辞退しています。)
シン首相は1月に心臓バイパス手術を受けたため、ガンジー総裁自身や、長男のラフル・ガンジー幹事長(38)が首相候補になるとの見方が出ていましたが、総裁の発表はこうした憶測を打ち消し、現首相を担いで選挙戦に臨む態勢を打ち出したものと見られています。【3月25日 読売】

これに対抗するのが、前回選挙で予想に反して敗北したアドバニ元副首相率いるヒンドゥー至上主義の最大野党・インド人民党(BJP)、更に、インド共産党マルクス主義派(CPI-M)と小政党の連合が「第3戦線」を形成という構図ではあります。
しかし、近年、全国規模の大政党の力が弱まり、特定民族・カーストに基盤を置く政党が台頭しており、今回選挙についても、国民会議派にしても、インド人民党にしても、苦戦を強いられそうな予測がされています。
現在でも与党国民会議派は単独では過半数に届かず、連立でしのいでいます。

そういう状況で、台風の目になるのではないかと注目されているのが、ウッタル・プラデシュ州の地域政党である大衆社会党(BSP)の女性党首で、「最下位カースト・ダリット(「抑圧されし者」を意味する)の女王」と称されるマヤワティ氏です。

****注目の女性党首 *****
いま大きな注目を浴びているのはクマリ・マヤワティ大衆社会党(BSP)党首だ。
インドで最も人口の多いウッタル・プラデシュ州の首相も務める。
国民会議派率いる連立与党「統一進歩同盟」と野党BJPが中核となる「国民民主同盟」の双方が弱体化するなかで、ウッタル・プラデシュ州に堅固な基盤を持つBSPのマヤワティ氏が、次の中央政府首相を決めるキャスチングボートを握っているといえる。
マヤワティ氏は女性で、かつ、ダリット(低カースト)出身だ。インドの国家の将来は、かつて卑しまれた階層の手に握られている。インド版「オバマ旋風」が巻き起こる可能性もありそうだ。【1月30日 朝日】
**********************

マヤワティ氏は、今回のインド総選挙でキングメーカーになる可能性があります。
インドの人口の六分の一を占めるダリットが、もし彼女のもとに団結すれば、従来“ばらまき公約”などでダリット票を頼りにしてきた全国的大政党は痛手を受け、インドの政治力学はこれまでとは様相が一変します。
“巨大州・ウッタル・プラデシュ州の首相の座についたマヤワティは、上位カースト・ブラーミン(僧侶階級)の支持も取り付けて、さらなる野望を隠そうともしない。
「ウッタル・プラデシュで起きたことは、これから全国で起きることの前触れに過ぎない」。勝利宣言の後、彼女は豪語した。「次の目的地はデリーだ」。つまり、狙いはインド首相の座である、と。”【08年7月 フォーサイト】

BSPは総選挙は独自に戦うが、総選挙後はインド共産党マルクス主義派等の「第3戦線」と連携してマヤワティ氏がその首相候補になるのではないかといった報道も最近ありました。

日本の総選挙がいつになるのかも分かりませんし、“不人気比べ”の様相を示していますので、他国インドの総選挙でも楽しむことにします。


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イスラエル  「パレスチナ人の命はイスラエル兵の命に比べ、非常に軽視されていた」

2009-03-25 19:42:11 | 世相

(アラブ人の妊婦に銃の照準を合わせた絵に「1発で2人殺害」と書き添えた図柄などのTシャツ “flickr”より By planspark
http://www.flickr.com/photos/planspark/3373293084/)

イスラエルのガザ侵攻による一般住民死者は926人、うち313人が子供、116人が女性でした。

****ガザ攻撃:死者1417人の全氏名公表 人権団体****
パレスチナ自治区のガザ市にある人権団体、パレスチナ人権センターは19日、イスラエルが昨年12月からことし1月まで22日間行ったガザ地区への大規模攻撃による死者が計1417人だったとの調査結果を発表、全氏名を公表した。
926人が一般住民で、うち313人が18歳未満の子ども、116人が女性。一般住民以外は戦闘員が236人、警察官が255人だった。
同期間のイスラエル人死者は一般住民3人を含む13人だった。【3月21日 毎日】
******************

戦争・紛争・テロの被害者は、いつもニュースでは“死者何名”という総数でしか語られることがありませんが、氏名を個々に公表することで、それぞれの人生・生活が失われたことを再確認することは意義があることかと思われます。

このところ、イスラエル軍による住民攻撃の実態に関する告発が相次いでいます。

****無抵抗のガザ市民殺害 イスラエル兵証言次々、軍調査へ****
イスラエル軍が昨年12月から約3週間にわたってパレスチナ自治区ガザを攻撃した際に、無抵抗の市民を殺害したとする兵士の証言が相次ぎ、国内で波紋が広がっている。軍は19日、軍警察に「作戦上や道徳上の問題」について調べるよう命じたと発表した。

地元紙によると、ガザから帰還した複数の兵士が2月、同僚らによる民間人殺害の実態を、入隊前に通っていた教育施設で証言。事態を重く見た施設の責任者が、軍上層部に「告発」したという。民間人殺害については、これまでもメディアや人権団体が住民の声として伝えてきたが、イスラエル兵の証言で明らかになるのは極めてまれだ。

19日付ハアレツ紙は、ガザ攻撃に加わった歩兵分隊長の証言を掲載。小隊がパレスチナ人家族を家の外に出す際、「右側へ進め」と指示したが母子3人は理解せず左側に進んだため、狙撃兵に射殺された。小隊は、この母子の移動が「問題ない」ものであることを狙撃兵に伝えることを忘れていたという。
分隊長は「パレスチナ人の命はイスラエル兵の命に比べ、非常に軽視されていたと感じた」と話した。
イスラエルのオルメルト暫定首相は、停戦を決めた1月17日の国民向けのテレビ演説で、「罪のない市民を傷つけることにつながる疑いが少しでもあれば、我々は行動を控えた」と説明していた。
一方で、イスラエル軍はガザ攻撃にかかわった部隊司令官の名前などがわかる報道を禁止。政府も1月下旬、外国で軍幹部や兵士が戦争犯罪などで訴追された場合には、全面的な支援を保証する方針を閣議決定している。

ガザの「パレスチナ人権センター」が19日に発表した調査結果では、イスラエル軍によるガザ攻撃で1417人が死亡。そのうち18歳未満の子ども313人を含む926人が一般住民だった。国連関連施設や避難所になっていた学校も攻撃を受け、国連は独自の調査委員会を設置すると発表している。【3月20日 朝日】
******************

この話は以前から指摘されてものですが、これ以外にも“アラブ人の妊婦に銃の照準を合わせた絵に「1発で2人殺害」と書き添えた図柄などのTシャツ”“パレスチナ人の少年を「人間の盾」として利用”といったことが報道されています。

*****イスラエル兵の背に「妊婦撃てば1発で2人殺害」****
イスラエル軍の兵士が、アラブ人の妊婦に銃の照準を合わせた絵に「1発で2人殺害」と書き添えた図柄などのTシャツを作り、着用していたことが分かった。イスラエル紙ハアレツなどが報じた。
イスラエル軍によるパレスチナ自治区ガザへの攻撃が国際的な批判を浴びる中で、アラブ人の命を軽視するようなTシャツの着用は非難の的になりそうだ。
Tシャツの図柄は妊婦のほか、少年に照準を合わせ「小さいほど難しい」と書かれたもの、モスク(イスラム教礼拝所)を爆破するもの、日本刀を持った男が立ち「私たちの熱は冷めない。殺したことを確認するまでは」と書かれたものもある。
図柄は兵士が考えて業者に発注。部隊単位で着用することが多いが、家の周りをジョギングする際に着る兵士もいるという。兵士の一人はハアレツ紙に「一種の冗談」と釈明した。軍は「兵士が私的に作ったものだが、軍の価値観にそぐわない」として関係者の処分を検討する方針。【3月24日 朝日】
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悪趣味としかいいようのないTシャツです。

****イスラエル、パレスチナの少年を「盾」に利用****
イスラエル軍によるパレスチナ自治区ガザへの攻撃をめぐり、人権問題などを調査していた国連事務総長特別代表のラディカ・クマラスワミ氏が23日、ジュネーブで開催中の国連人権理事会で、イスラエル軍がパレスチナ人の少年を「人間の盾」として利用したと報告した。ロイター通信などが伝えた。

クマラスワミ氏は2月にガザで現地調査を実施。その結果、イスラエル軍がガザ市南部に侵攻した1月15日、11歳のパレスチナ人少年に軍の前方を歩くよう命じ、建物にも先に入らせるなど「盾」として利用した事例があったとした。爆発物の有無などを調べるため、複数のパレスチナ人のカバンを少年に開けさせたりもしたという。
また、母子が残る家屋をブルドーザーで破壊したり、住民を建物に移動させた後に砲撃を加えたりした事例もあるとし、「イスラエル軍の『違反』があまりに多すぎる」と述べた。
同氏は一方で、ガザを支配するイスラム過激派ハマスも人口密集地からイスラエル軍を攻撃したと述べ、ハマスが民間人を危険にさらした実態を指摘した。
これに対し、イスラエルの代表は「報告はイスラエルが直面しているテロリストからの脅威を意図的に無視している」と反論した。【3月24日 朝日】
**************************
ハマスもガザ住民を“盾”としていることは、指摘のとおりだと思います。

今回はイスラエル軍の行為が問題となっていますが、同様の行為はひとりイスラエルだけのものではなく、戦争・紛争にかかわる国家・組織にはありふれた話でもあるでしょう。
お互い、自分達の命を危険にさらしながら、相手への憎しみをかきたてながら殺しあう訳ですから。

アメリカなどは、そうした極限状態に兵士を置くことを避けて、空爆等の戦術を多用するようになっていますが、それはそれで誤爆等による住民被害を引き起こしています。
戦争は決してコンピュータ画面上のシュミレーションではなく、極限状態で狂気と憎しみがあふれ出し、多くの血が流されるという当たり前の事実を、改めて確認する必要があります。

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クルドをめぐるイラク・トルコの動き  PKK対策で協調 クルド語使用の規制緩和

2009-03-24 21:30:38 | 国際情勢

(カラシニコフを手にしたPKKのメンバー “flickr”より By jamesdale10
http://www.flickr.com/photos/31910792@N05/3133338945/)

【クルド人対アラブ人の対立の火種】
治安改善が進むイラクにあって積み残された大きな問題のひとつにクルド問題があります。
クルド人はイラク北部・トルコ・イラン北西部などに分布し、人口は2500万~3000万人。
独自の国家を持たない世界最大の民族とも言われています。

イラクおいてはクルド人自治区を形成して一定の自治権を得ていますが、隣接する油田地帯キルクーク一帯もクルド人居住区で、クルド人自治区に編入するかの帰属問題についてはイラク憲法には07年末までに住民投票で決することとされていましたが、08年6月に延期。
その後、住民投票が実施されたという話は聞きませんので、再延期だか棚上げだかにされていると思われます。

キルクークはかつてクルド人とトルクメン人が多数を占めていましたが、クルド人を弾圧した旧フセイン政権がアラブ人を移住させる政策を推進。フセイン政権崩壊後、帰還したクルド人は自治区への帰属を主張し、アラブ人と対立しています。
もし住民投票を実施してクルド人自治区へ編入ということになると、イラク有数の油田地帯ということもあって、クルド人対アラブ人の対立に火がつきかねないことから、先延ばしにされている現状と思われます。

そんなクルド人自治区に隣接するディヤラ州で、23日、クルド人を標的にした自爆テロがありました。

****クルド人の葬儀中に自爆攻撃、25人が死亡 イラク****
イラク・バグダッドの北東130キロメートルのJalawlaで23日、クルド人の葬儀中に自爆攻撃があり、少なくとも25人が死亡、50人が負傷した。
Jalawlaは、情勢不安なディヤラ州にあり、イスラム教シーア派のクルド人とスンニ派アラブ人の住民が混在している。スンニ派アラブ人の多くは国際テロ組織アルカイダに近いとされている。
********************

クルド人対アラブ人の対立が激化すると、キルクークの帰属だけに留まらず、クルド人居住地域の分離独立の動きを加速させる懸念もあります。

【PKK対策でトルコ・イラク・自治政府が協調】
更にクルド問題が厄介なのは、トルコで反政府武装活動を展開するクルド労働者党(PKK)の動きとイラクのクルド人自治区が動きが連動しやすいことです。
もし、イラクでクルド人の分離独立という動きに火がつくと、トルコのPKKや、イランで同様の活動を行っている組織も同調することが予想され、イラクに留まらず、トルコ・イランを巻き込んだ問題になります。

また、トルコはPKKがイラク・クルド人自治区を活動拠点にしているとして、イラク領内への越境攻撃を行ってきています。
イラク側はこうした越境攻撃を批判しており、また、その展開如何ではクルド人の反発を刺激することも考えられ、07年末には、イラクの安定を維持したいアメリカが間に入って、トルコに自制を求めた経緯があります。

08年春にもPKK掃討を目的としたトルコによる大規模なイラク越境攻撃があるのでは・・・と一時懸念されましたが、小規模な越境攻撃は別として、大規模・長期の侵攻はありませんでした。
そんな、トルコ・イラクの関係について、最近動きが見られます。

昨年12月24日、イラクのマリキ首相はトルコの首都アンカラを訪問してギュル大統領、エルドアン首相と相次いで会談し、PKKへの対応で協力関係を強めることで合意しました。
また、12月23日には、クルド人であるタリバニ・イラク大統領は、イラク政府とクルド人自治政府が協力してイラク北部からPKKを一掃すると述べています。
こうした動きを背景に、12月28日にはトルコ空軍がイラク領内のPKK拠点を空爆しています。

更に今月23日にはトルコのギュル大統領がバグダッドを訪問しています。

****33年ぶり トルコ大統領がイラク訪問****
トルコのギュル大統領が23日、バグダッドを訪問した。イラクのタラバニ大統領やマリキ首相と会談する。トルコ大統領のイラク訪問は33年ぶり。両国間の経済関係強化のほか治安問題などを協議する。
トルコ政府は、反政府武装闘争を続けるクルド労働者党(PKK)がイラク北部を拠点に越境攻撃をしているとして、イラク政府やイラク北部のクルド自治政府に対策を強化するよう求めてきた。クルド人はトルコ、イラク、イラン、シリアなどで少数派として暮らし、各地で独立運動を続けている。

自らもクルド人のタラバニ大統領は今月、トルコ紙との会見で、4月に各国のクルド政党を集めた会議を開き、PKKに武闘路線を放棄するよう求めることを明らかにした。一方、PKKは23日、イラクの声通信に対し「ギュル大統領の訪問は問題の平和的解決ではなくPKKの崩壊を狙ったものだ」と批判した。【3月23日 朝日】
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タラバニ・イラク大統領はクルド人自治区の二大政党のひとつPUKを率いる立場でもありますが、クルド人自治政府がどこまで本気でPKKに相対するつもりなのかは、定かではありません。

【自治政府内の二大政党の確執】
そのクルド人自治区は、タラバニ・イラク大統領のPUK(クルド愛国同盟)と、バルザニ氏の率いるKDP(クルド民主党)が、要職を分け合う形で今は連携していますが、この両組織は激しく対立・抗争してきた経緯があり、その不協和音がまた高まっているとの報道もあります。

****クルド2大政党の確執再燃も 自治政府副議長が会見****
イラク北部クルド自治政府のコスラト・ラスール副議長は6日、自治区スレイマニヤで共同通信と会見し、5月に予定される自治議会選挙後、同政府の首相ポストなどをめぐり、クルド2大政党のクルド愛国同盟(PUK)とクルド民主党(KDP)との確執が再燃する可能性があるとの認識を示した。
ラスール氏は、イラクのタラバニ大統領が議長を務めるPUKの副議長も務める。

2大政党は、2005年の自治議会選などの際もポストをめぐり対立、KDPが自治政府議長と首相、PUKが連邦大統領と、ポストを分け合った。
ラスール副議長は、選挙結果について「(2大政党が議席の大半を占める)政治地図に大きな変化はないだろう」と予測。一方で「KDPとの合意では次の自治政府首相はPUKからだが、KDPが異議を唱える可能性がある」と述べた。【3月7日 共同】
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また、長年のPUKとKDPによるクルド人自治政府支配によって、かつてはイラクの他の地域にくらべ政情が安定してテロもなく、経済も順調に展開しているとされていたクルド人居住地域が、今は汚職が蔓延し、“民主化”が停滞しているとの指摘もあります。【3月25日号 Newsweek日本版】

【トルコ・エルドアン首相 板ばさみ】
一方、PKK掃討に力をいれるトルコのエルドアン首相は、国内的には人口の5分の1を占めるクルド人の擁護者の立場をとってきているそうです。
公共の場でのクルド語使用を認めたり、クルド語による教育・放送を認める法整備を進めてきたとか。

しかし、2月末にクルド系の政党の党首がクルド語で議会演説を行ったことから、トルコ国内では強硬派のクルド人に対する反発が強まり、エルドアン首相は板ばさみ状態にあるとか。
今月末の統一地方選挙を控えて、エルドアン首相のAKP(公正発展党)はどうしてもクルド人の票が欲しい、イラクのクルド人自治政府とのPKK対策での協力関係も維持したい、しかし、クルド語規制緩和を進めるとAKPの中核支持層が離反しかねない・・・というところだそうです。【3月11日号 Newsweek日本版】
AKPのエルドアン首相が“クルド人の擁護者”だったとは、全く知りませんでした。

クルドに関しては、キルクーク帰属問題、分離独立の動き、PKKへの対応、自治政府内部での二大政党の確執、トルコでのクルド語規制緩和・・・いろんな問題が関連しあいながら蠢いています。

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パキスタン  低下するザルダリ大統領の求心力 シャリフ元首相、ギラニ首相の思惑

2009-03-23 21:36:34 | 国際情勢

(テロで命を落としたブット元首相 彼女が生きていればパキスタンの政治混乱も今とは違った展開になったでしょうか・・・・?
“flickr”より By innocent_tauruscian
http://www.flickr.com/photos/22088557@N08/2145345285/)

【シャリフ元首相のデモに屈したザルダリ大統領】
パキスタンについては3月15日ブログで、その政治情勢の窮状について取り上げたところです。
チョードリー前最高裁長官の復職を要求する弁護士・市民グループと、これを機に政権に揺さぶりをかけるシャリフ元首相のグループが仕掛けた大規模デモに対し、政府は火に油をそそぐような、シャリフ元首相を自宅軟禁にするという措置で対抗、政権側はこの事態を一体どうするつもりなのか・・・というのがそのときの内容でした。

部族支配地域ではイスラム武装勢力が跋扈し、アメリカからはこれを押さえ込むように要求され、一方国民の反米感情は高まり・・・といったパキスタンの大統領なんて、誰がやってもうまくいきそうには思えません。
しかも、ザルダリ大統領は、過去の汚職という古傷があり、前長官を復職させればこの古傷から血が噴出しかねない、しかも、ザルダリ大統領は暗殺されたブット元首相の夫というだけで、政治的実績もなく人気も低い、軍はおろか党内にも確固たる支持基盤がない・・・こんな状況ではいかんともしがたいところでしょう。
よくこんな困難なポストに手をあげたものだと感心します。

現在の困難な情勢は当初から予想されたものですが、いよいよザルダリ大統領の立場は危ういものになりつつあります。
自宅軟禁されたシャリフ元首相は軟禁を突破し支持者に合流、デモがラホールに迫るなかで、デモ勢力の要求を容れる形で、チョードリー前長官の復職を認めることをギラニ首相がTV演説で発表しました。
この決定でシャリフ元首相はデモ中止し、ひとまず混乱はおさまりました。

ひとまずはおさまりましたが、チョードリー前最高裁長官はザルダリ大統領の過去の汚職罪を「無罪」とした前ムシャラフ政権の「国民和解協定」や、同協定を認めた新憲法に反発しています。
前長官は昨日復職しましたが、今後新憲法の破棄を命じ、大統領失職を宣告する可能性もあり、新たな政治的混乱が予想されています。

【“復職”決定の背景】
なお今回の混乱に際し、アメリカのクリントン長官は、ザルダリ大統領やギラニ首相、大規模デモを計画したシャリフ元首相らに電話し、混乱が続けばパキスタンへの資金援助が止まる恐れがあると“圧力”をかけたようです。
01年の米同時多発テロ以降、アメリカはパキスタンに100億ドル以上の経済、軍事支援をしてきています。
今後、アメリカの圧力がどこまで通用するか・・・。

政府幹部によると大統領周辺は今回のシャリフ元首相らのデモに対し軍の「鎮圧出動」を検討したそうです。
しかし、前政権の非常事態宣言で国民の反感を買った軍は出動を嫌がったとか。【3月16日 毎日】
ザルダリ大統領は政権第一党のパキスタン人民党総裁ですが、最近は「ブット氏の側近を遠ざけ、党内の自分の側近を重用している」と批判され、党内基盤が揺らいでいるとも言われています。
今回の混乱でも、ザルダリ氏と数人の側近以外は、チョードリー氏の復職要求を受け入れるべきだという考えだったようです。
ギラニ首相も“復職止む無し”の立場で、国軍トップのキアニ陸軍参謀長もギラニ首相を支持し、今回決定に至ったと報じられています。【3月17日 産経】

【勢いを増すシャリフ元首相、次の標的は“大統領権限”】
一方、反政府デモを主導したシャリフ元首相は国民的人気が高く、今回要求を認めさせたことで、政権に対する発言力を強めるとみられています。
パキスタン政府はギラニ首相の命令で19日、刑事事件で有罪判決を受けたことを理由に、最大野党を率いるシャリフ元首相と、弟のシャリフ元パンジャブ州首相の被選挙権を無効とした最高裁決定を不服として、最高裁に再審を請求しています。
これは今回のデモ中止の際にギラニ首相が、チョードリー前長官の復職と併せて、シャリフ氏らの被選挙権停止について再審を求める考えを示していたことによるものです。

そのシャリフ元首相は18日、東部ラホールで「ザルダリ大統領は大統領権限を首相に戻す約束をまだ果たしていない」と演説するなど、再び対決姿勢を強めています。
“ムシャラフ前大統領は対テロ戦争の推進を理由に、最高裁長官や陸軍参謀長の任免権などを首相から大統領に移し、反対勢力を力で押さえ込んできた。
前大統領と対立していたシャリフ氏と故ブット元首相(07年12月暗殺)は06年、大統領権限の縮小に向け共闘関係を構築。ブット氏の夫であるザルダリ氏も昨年9月の大統領就任前に権限縮小を約束しながら、就任後もこの問題を棚上げしていた。”【3月19日 毎日】という背景があります。

【ギラニ首相とシャリフ元首相の連携】
次第に追い詰められるザルダリ大統領、勢いを増すシャリフ首相、ザルダリ大統領を見限るようなギラニ首相・・・そんな感じの展開ですが、下記の記事はそのあたりの事情を裏付けています。

****パキスタン:首相とシャリフ氏連携へ 反大統領で呉越同舟
パキスタンで22日、ギラニ首相と最大野党「イスラム教徒連盟ナワズ・シャリフ派」のシャリフ元首相が会談し、政局の安定化を目指す模索が始まった。「連立政府樹立に向けた協議」としているが、ギラニ氏側は、国民の人気が高まっているシャリフ氏の圧力を借りてザルダリ大統領の政治権限を首相に戻すのが狙いなのに対し、シャリフ氏側は与党「パキスタン人民党」を分裂させて政権奪取につなげたい考えで、思惑は異なる。呉越同舟の2人の急接近は、政局を逆に不安定化させる可能性もある。
会談は、政府が16日にチャウダリー最高裁長官の復職を決定(22日復職)した後、シャリフ氏が呼びかけた。開催地はシャリフ派の拠点・東部ラホールで、同派の優位性を印象づけた。

人民党内の有力幹部の間には、ザルダリ氏への反感が根深い。カリスマ指導者だった故ブット元首相(07年12月暗殺)の夫ではあるが、「党内の意思決定を無視する独裁ぶり」(党幹部)が目立つからだ。大統領は首相解任権など強大な権限を持ち、ムシャラフ前大統領はその強権ぶりを非難されたが、ザルダリ氏は党内の反発勢力の巻き返しを恐れ、手放そうとしない。

シャリフ氏はチャウダリー氏の復職などを求めた大規模デモの前から「ザルダリ氏とは話をしない」と繰り返し、一方でギラニ氏には「信用できる政治家」とラブコールを送って人民党内の対立をあおった。
この結果、デモ中に閣僚2人が辞任する騒動に発展。ザルダリ氏が大統領の権限削減に応じれば、人民党は分裂し、シャリフ派が最大勢力となる可能性が高まる。
両党は90年代、激しい権力闘争を繰り広げた政敵で、今も相互不信は根深い。ギラニ氏がシャリフ氏の思惑を承知しながら会談に応じたのは、シャリフ氏の圧力を利用するだけ利用して「ザルダリ後」は党内融和を図る考えとみられる。

ザルダリ氏が権限削減を拒否し続ければ、シャリフ派は大規模デモを再開する構えだ。その場合、米国が「対テロ戦争」でのパキスタン支援の条件として求める政情の安定は望めなくなる。人民党内には、シャリフ派に主要閣僚ポストを与えて連立を結ぶべきだとの意見もある。【3月22日 毎日】
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どこの国でも政治の世界は狸とキツネの化かし合いのようなところがありますが、シャリフ元首相とギラニ首相の関係もそんな感じです。
「ザルダリ後」なんて言われるザルダリ大統領も少し哀れです。
最後に笑うのはシャリフ元首相か、ギラニ首相か?
ザルダリ大統領の粘りがあるのか?



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キューバ  若手“後継者”失脚の真相???

2009-03-22 13:04:55 | 国際情勢

(先月21日のカーニバルに興じるキューバ市民 ラテン系のノリで、“国内では経済・社会的な不満が高まっており・・・”といった様子は感じられませんが、それはそれ、これはこれ、別問題なのでしょうか。
“flickr”より By chandimak
http://www.flickr.com/photos/digitalmelon/3302653083/)

【閣僚解任 自己批判】
すべてのことがめまぐるしく移り変わる今日ではすでにかなり古い話にもなりますが、キューバ政府は今月2日、27の省庁を25に再編し、閣僚評議会(内閣)のメンバー11人を交代させる大幅な内閣改造を発表しました。
省庁再編は、兄フィデル・カストロ前議長から権限を委譲され「緩やかな改革」を進めるラウル・カストロ国家評議会議長の公約課題でもありましたが、この内閣改造において、カストロ兄弟の後継者と目されていた若手幹部、カルロス・ラヘ執行委員会書記(57)とフェリペ・ペレス外相(43)が解任されたことが話題となりました。
ふたりは単に要職を更迭されただけでなく、“自己批判”の公表という形で、“失脚”に追い込まれています。

****キューバ:若手2人完全失脚…閣僚解任 自己批判を公表******
キューバ共産党機関紙は5日、閣僚評議会(内閣)メンバーから解任されたカルロス・ラヘ前執行委員会書記(57)とフェリペ・ペレス前外相(43)が「過ち」の責任を取り、すべての要職から辞職するとした両氏の手紙を掲載した。同国の将来の指導者候補として国内外で注目されてきた若手2人は、完全に失脚した模様だ。
手紙は2人が閣僚を解任された翌日の今月3日付で、ラウル・カストロ国家評議会議長にあてたもの。両氏はともに、国家評議会、共産党中央委員会のメンバー、国会議員を辞職するとし、「過ちを犯したことを認め、責任を取る」としている。「過ち」は複数形だが内容は明らかにされていない。ラヘ氏は国家評議会副議長を務め、将来の指導者候補とみられていた。

フィデル・カストロ前議長は3日発表した論評で、名指しはしなかったものの、解任された2人について「権力の蜜(みつ)で不適切な役割に向かうという野心が生まれた。外敵が彼らを幻想でいっぱいにさせた」などと批判していた。
カストロ前議長に近く国際的にも知られたラヘ、ペレス両氏の閣僚解任は、さまざまな憶測を呼んだが、前議長は「報道機関はフィデル派だのラウル派だのと騒いでいる」と、派閥争いとの観測を一蹴(いっしゅう)している。
キューバで更迭された要人の手紙が発表されるのは極めて異例。ラヘ、ペレス両氏は国民に人気があったため、国民の動揺を回避する狙いもあったとみられる。【3月6日 毎日】
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【憶測を呼ぶ政変の背景】
今回の“政変”の背景については、フィデル・カストロ前議長自身が触れているように、前議長に近いとされている両者を排除してラウル・カストロが自前の政権作りに着手したという見方もあります。
「今回の内閣改造はラウル議長がカストロ前議長の相続人としてではなく、自身の政権の体制を整えたものだ」(カナダ軍事大のクレパック名誉教授)【3月3日 毎日】

あるいは、今回改造でベテラン軍人の起用が目立ったことから、軍人や革命世代による統治が強まるという“革命世代の揺り戻し”の観点で見る向きもあります。

また、キューバでは他の社会主義国家同様、これまでも権力者カストロの後継者と目される人物が失脚するということがままあり(92年のカルロス・アルダナ、99年のロベルト・ロバイナ)、今回もそのひとつという見方もあります。

何らかの権力闘争があったのは事実でしょうが、今日この話題を取り上げたのは、3月25日号Newsweek誌であまりに面白い記事「暴かれたカストロ降ろし」(ホルヘ・カスタニェダ)を読んだからです。
カスタニェダ氏は元メキシコ外相だそうです。
以下、カスタニェダ氏の語る“陰謀”を簡単に紹介します。

【チャベスも巻き込む“陰謀”】
ラウル・カストロは議長就任直後に国民の携帯電話所有を認めるなど、「改革派」としての姿勢を内外にアピールし、さらに私営タクシーを解禁したほか、食糧増産の一環として遊休地を約4万5000人の農民に提供するなど「緩やかな改革」を進めています。
ただ、カスタニェダ氏によると、国内では経済・社会的な不満が高まっており、フィデルが死亡した場合ラウルの力では混乱を抑えきれないおそれがあるとのこと。

その場合、ラウルが取り得る唯一の即効性ある処方箋は対米関係を正常化し、大幅な経済・政治改革へ踏み切ることだそうです。
しかし、今回失脚したラヘたちにすると、これは革命への裏切りであり、キューバ社会主義体制の終わりの始まりを意味するとのこと。

そこでラヘたちはラウル失脚を狙ったクーデターのような陰謀を画策していた、更にこの計画への支援をベネズエラ・チャベス大統領に依頼、チャベス大統領は他の中南米諸国指導者にも話を持ちかけた。(話を持ちかけられたドミニカのフェルナンデス大統領は関与を拒否)
この動きを察知したラウルは兄フィデルに証拠を示し、今後も自分の後ろ盾となるか、ラヘやペレスの側につくか選択を迫り、フィデルは弟ラウルを選んだ。
次いでラウルは、チャベスをハバナに呼びつけ、陰謀から手を引くように迫った・・・。

ざっと、以上のような内容です。
まるでフレデリック・フォーサイスの小説のようです。
真偽の程はまったくわかりませんが。

【変わるかアメリカの対キューバ政策】
確かに、北朝鮮の崩壊を中国が嫌がるように、キューバが混乱して何万人もの難民が、麻薬・犯罪・テロなどともにアメリカに押し寄せる事態はアメリカにとっても困ったことではないでしょうか。
オバマ大統領は、キューバ系市民の母国への送金を自由化、定期的里帰りを認める・・・といった関係改善に踏み出そうとしています。
4月に開催される米州機構(OAS)首脳会議に先立ち、ブッシュ前政権下で強化された制裁が一部解除されるとの見方も報じられています。
今後、更に踏み込んだ関係正常化に進展することも考えられます。

ただ、90年代初頭、ソ連圏崩壊・アメリカの経済制裁によってキューバが最悪の経済危機に陥った際に、国民の個人営業認可や外貨保有解禁、観光振興や外資導入積極化など経済開放政策でこの事態を乗り切った中心人物がラヘだったと言われていますので、対米関係正常化を“革命への裏切りであり、キューバ社会主義体制の終わりの始まり”として云々・・・というのはどうでしょうか?
チャベス大統領云々はいかにもありそうな話ではあります。

今回政変の真相はともかく、アメリカの対キューバ政策がどう変わるのか、変わらないのか・・・4月の米州機構(OAS)首脳会議が注目されます。

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