孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

米中対立  気球に続いて、露への武器供与、更には新型コロナ起源で加速 中国は「米の偽情報」

2023-02-28 23:26:37 | アメリカ

(ロシアへの兵器供与検討否定し、米の主張は「虚偽」だとする中国外務省の汪文斌報道官(2023年2月20日撮影【2月20日 AFP】)

【中国のロシアへの武器供与について、ウクライナがアメリカ主張を否定】
中国によるロシアへの「殺傷力のある」武器供与をめぐっては、ブリンケン米国務長官が懸念を表明。2月17~19日にドイツで開かれたミュンヘン安全保障会議で、中国外交部門トップの王毅(ワンイー)・共産党政治局員と会談した際に「深刻な結果」もたらすと警告したと報じられています。

また、同時期の2月23日には、ドイツ誌シュピーゲルがロシアが35~50キロの弾頭を搭載可能なドローン100機の購入について中国企業と協議していると報じました。

このあたりの話は、中国とロシアの接近に対するアメリカの牽制ということで、2月24日ブログ“中国 王毅氏のロシア訪問で連携をアピールするも慎重対応は崩さず 米は中国のロシア接近を牽制”でも取り上げました。

もちろん、中国は強く否定しています。

****「戦場に武器を提供しているのはアメリカだ」米高官の“武器供与”発言に中国政府が強く反発****
アメリカのブリンケン国務長官がウクライナへの侵攻を続けるロシアに対し「中国が武器の供与を検討している情報がある」と発言したことを受け、中国政府は「戦場に絶え間なく武器を提供しているのはアメリカだ」と強く反発しました。(中略)

中国外務省 汪文斌 報道官
「戦場に絶え間なく武器を提供しているのは中国ではなくアメリカだ。アメリカ側は中国に命令する資格がない」

一方、中国外務省の汪文斌報道官は20日の記者会見で強く反発し、「アメリカ側に偽の情報を広めることを停止するよう促す」とけん制しました。(後略)【2月20日 TBS NEWS DIG】
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「悪いのはロシアだ」という前提を抜きにして言えば、「戦場に武器を提供しているのはアメリカだ」という中国の言い分は至極“もっとも”です。

興味深いのは、前述のドイツ誌シュピーゲルのドローン報道の位置づけはよくわかりませんが、ウクライナがアメリカの主張を否定し、中国のロシアへの武器供与に関して「議論の兆しもない」と強調したとのことです。

****中国のロシアへの武器供与検討を否定 ウクライナ情報局長****
ウクライナのキリロ・ブダノフ情報局長は27日放送の米メディアとのインタビューで、中国がロシアに武器供与を検討しているとの米国の主張を否定し、「議論の兆しもない」と強調した。

米政府高官らは最近、中国がロシアに対し殺傷兵器の供与を検討していることを「確信」しており、供与を断念するよう外交的圧力を強めていると述べていた。

ブダノフ氏は米政府系放送局ボイス・オブ・アメリカのインタビューで、米国の主張に同意しないとし、「現時点では、中国がロシアへの武器供与に合意するとは思えない」「そのような議論の兆しさえもない」と述べた。(中略)

ロシアの武器調達先についてブダノフ氏は、確認が取れない北朝鮮を除いては、「実際に何らかの供与をしているのはイランだけだ」と述べた。 【2月28日 AFP】
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上記のウクライナ側の発言は、そもそもアメリカの言うような“疑惑”の根拠があるのか? という問題と、全面的にアメリカに支えられているウクライナがアメリカ主張を否定して、中国の肩を持つ背景が何かあるのか? という問題の二つの側面で興味深いところです。

ウクライナが中国を擁護するということの背景には、昨日ブログ“中国「停戦案」の反響 ウクライナには一定の期待感も 積極関与に対応を変えた中国の意図”でも触れた、ウクライナと中国の関係、中国への期待などもあってのことでしょうか。

そもそもアメリカ主張に根拠がないということであれば、単に事実を言ったまで・・・ということでしょうが。

【確証もない“揺さぶり”?】
アメリカの主張は確証もない“揺さぶり”だとの指摘も。

****ロシアへの「武器支援疑惑」で中国を揺さぶり始めたアメリカの“狙い”****
ロシアによるウクライナ侵攻から1年が経過し、欧米はウクライナへのさらなる武器支援を約束。一方で中国によるロシアへの武器支援疑惑を喧伝し、メディアもその論調に乗って中国を揺さぶっています。

この状況を「デジャブ」と語るのは、多くの中国関連書を執筆している拓殖大学教授の富坂聰さん。(中略)1年前にも確証のないまま同様の疑惑を騒ぎ立て、その後に打ち消していたと指摘。アメリカによる中国のイメージを悪化させる戦略が繰り返されているとして、その狙いを解説しています。

気球の次は「ロシアへの武器支援」で中国を揺さぶり。わかりやすい対立の裏で交錯する各国の動き
(中略)そもそもバイデン政権は、(ウクライナ和平仲介に関して)中国の建設的な役割など望んではいない。中国とロシアを反目させ、それがかなわなければ、ロシアの同類として国際社会から孤立させたいからだ。

筆者も1年前、同じ内容の原稿を書いた。まるでデジャヴだ。そしてデジャヴといえば、「中国がロシアに兵器の支援をする」という疑惑をアメリカの政府高官が、ここにきて声高に叫び始めたこともそうだ。

匿名の高官の発言から始まるのはアメリカの対中攻勢のパターンだ。最後はアントニー・ブリンケン国務長官が出てきて疑惑に拍車をかける。

一年前にも同じことが起きた。当然、中国は反発するが、ほどなくして匿名の高官が再び登場し「中国にロシア支援の動き見られず」と火消し。疑惑の幕は閉じられた。

要するに実態のない疑惑なのだが、この間、検証能力を欠くメディアは疑惑を流し続け、世界には「中国が裏でロシアを支援」というイメージが定着してしまう。

今年2月18日、ブリンケンがミュンヘン安全保障会議に出席し、中国の王毅党中央政治局委員と会談した後、SNSで「中国がロシアに物質的な支援を提供しないよう警告した」と投稿したのは、まさにデジャヴだ。

同じタイミングで20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議のためインドを訪れたジャネット・イエレンも中国を名指しし、「ロシアへの物資提供やあらゆる形の組織的な制裁回避に対し我々は深刻な懸念を抱いている」と追い打ちをかけた。

中国側はこれに激しく反発。定例会見で中国外交部汪文斌報道官は「根拠なき中傷」、「戦場に武器を提供し続けているのは米国であって中国ではない。米国には中国に指図や命令をする資格はない」と応じたが、情報の拡散を止められたとは思えない。

中国は自国の気球がアメリカに撃墜された問題でも、「アメリカは残骸を拾い上げ、分析した。中国はその進展を明かすように求めたが、アメリカ側からの反応はない」と不満を漏らしていた。証拠がなくても情報は拡散され、イメージは造られるのだ。

実際、アメリカのテレビPBSの番組「ニュースアワー」に出演したウィンディ・シャーマン米国務副長官も、中国のロシア支援疑惑についてキャスターから「具体的に中国が検討しているどのような支援のことを指すのか」と問われても明確には答えなかった。

不思議なのは、米中のこうした攻防の舞台となったインド(南部ベンガルール)に対しては、バイデン政権も中国とは違ってどこまでも寛容な点だ──【2月28日 富坂聰氏 MAG2NEWS】
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気に入らない相手に関しては、証拠の有無を問わず徹底的に攻撃する、見方につけたい相手に関しては、おおくのことに目をつぶる・・・というのは、世間一般の常識ではありますが・・・

アメリカには、イラクの大量破壊兵器という“前科”もありますので、そうしたことも考慮する必要があるのかも。

中国のロシアへの軍事支援に関しては、ベラルーシのルカシェンコ大統領の訪中も注目されています。

****ベラルーシ大統領、習近平氏と会談へ…同盟国ロシアへの軍事支援働きかけるとの見方も***
ロシアの同盟国ベラルーシのアレクサンドル・ルカシェンコ大統領が2月28日、北京に到着し、中国の習近平シージンピン国家主席と会談する。

ロシアのウクライナ侵略を手助けする立場として、ルカシェンコ氏が自国を介した対露軍事支援を中国に働きかけるとの見方が出ている。

ルカシェンコ氏の訪中は昨年2月のロシアの侵略開始後初めてで、習氏が招待した。訪中は3月2日までの日程で、中国はベラルーシとの関係強化を誇示し、対露軍事支援の供与を懸念する米国をけん制する意図があるとみられる。

米政策研究機関「戦争研究所」は2月27日、ルカシェンコ氏が訪中を通じ、ロシアに「制裁の抜け穴」を提供するための道筋を付ける可能性があると指摘した。ルカシェンコ氏は訪中前の27日、攻撃用無人機の国内での量産に意欲を見せた。

露軍はウクライナ北方にあるベラルーシに侵略開始前から演習名目で駐留しており、現在もウクライナへのミサイル攻撃の拠点としている。ベラルーシは露軍動員兵の訓練などにも協力する一方で、直接参戦は拒み続けている。【2月28日 読売】
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いくら協調パートナーあるいは同盟国と言っても、自国の利益が第一。中国・ベラルーシがアメリカの怒りを買ってまでロシア・プーチン大統領を支援するというのも、やや考えにくいところではありますが・・・。

【加速する米中対立】
軍事支援・武器供与以外でも、ロシア支援で米中の対立は強まっています。

****ウクライナ侵攻めぐり中国企業への制裁に中国政府「強烈な不満」****
アメリカがロシアに対する新たな経済制裁を発表し、その中に中国企業が含まれていることについて、中国政府は「強烈な不満を表明する」と強く反発しています。

アメリカ政府は24日、ロシアのウクライナ侵攻から1年になるのにあわせ、ロシアに対する新しい経済制裁を発表しました。

また、ロシアの制裁逃れに加担していた中国を含む第3国の個人や団体も制裁対象に加えられ、これについて中国政府は次のように反発しました。

中国外務省 毛寧報道官
「中国はこれに強烈な不満と断固たる反対を表明し、すでにアメリカ側に厳正な申し入れを行った」

そのうえで、「偽情報をばらまき、道理なく中国企業に制裁を科すのは、あからさまないじめとダブルスタンダードだ」と批判、制裁を撤回するよう求めています。【2月27日 TBS NEWS DIG】
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【再び新型コロナ「中国武漢研究所由来」説】
根拠が定かでないアメリカの中国批判ということでは、今頃・・・という感はありますが、例の新型コロナ「中国の研究所由来」説もまた再燃しています。

****新型コロナは「研究所由来」=米エネルギー省が結論―報道****
米紙ウォール・ストリート・ジャーナルは26日、新型コロナウイルスの起源を調査するエネルギー省が、自然由来ではなく「研究所から漏出した可能性が最も高い」と結論付けたと報じた。ホワイトハウスや議会関係者に新たに共有された機密報告書の内容として伝えた。

エネルギー省は、高度な生物学的研究を行う国立研究所を所管する。報道に関し、サリバン大統領補佐官(国家安全保障担当)はCNNテレビで「否定も肯定もできない」と語った。その上で、「バイデン大統領は特に、エネルギー省傘下の国立研究所を真相究明の作業に参加させるよう求めた」と付言した。【2月27日 時事】 
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ただ、「武漢のウイルス研究所から流出した可能性が高い」という見解は、アメリカ政府の統一見解ではありません。

****新型コロナ研究所流出説「統一見解ない」 米高官****
米国家安全保障会議(NSC)のカービー戦略広報調整官は27日の記者会見で、エネルギー省が新型コロナウイルスの起源について、中国湖北省武漢のウイルス研究所から流出した可能性が高いとの分析結果をまとめたと米メディアが報じたことについて、「現時点では米政府内で一致した見解はない」と述べた。

米紙ウォールストリート・ジャーナル(電子版)などが26日報じたもので、エネルギー省は機密扱いの報告書の中で「低い信頼度」の判断としながら、武漢のウイルス研究所から流出した可能性が高いと結論付けた。

カービー調整官は、新型コロナの起源に関する米情報機関の統一見解や政府としての明確な結論は出ていないと指摘。「バイデン大統領は将来の新たな感染症のパンデミック(世界的大流行)を予防するために調査を継続することが重要と考えている」と強調した。結論が出れば米議会などに説明するとしている。

同紙によると、エネルギー省と同様に連邦捜査局(FBI)も先に、新型コロナが武漢の研究所から意図しない形で流出した可能性が高いと結論付けた。

だが、米政府内の4機関はウイルスが自然界から伝播した可能性を指摘、2機関は判断を下していないとし、同紙は「米情報当局の中でいかに判断が異なるかを浮き彫りにしている」と指摘した。

中国政府はウイルス研究所起源説をめぐる米国の報告書に強く反発している。【2月28日 産経】
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「現時点では米政府内で一致した見解はない」とは言っても、こういう情報が流れると「やっぱり中国が・・・」という世間の反応を惹起します。

アメリカ世論は、ロシアより中国の影響力拡大に懸念を強めています。
そういう土壌にあっては、中国叩きが世論を味方につけやすい政治的“正解”ともなりがちです。(別に、アメリカの主張が、そういう根拠なき“中国叩き”だと言っている訳ではありませんが)

****米国人の6割、中国の世界的影響力に深刻な懸念―独メディア****
独ドイチェ・ヴェレの中国語版サイトによると、米国人の60%が米国に次ぐ世界第2の経済大国である中国の世界的影響力について深刻な懸念を抱いていることが、米国のAP通信と全国世論調査センター(NORC)の共同調査で分かった。
調査は16〜20日にかけて実施され、成人1247人から回答を得た。誤差幅±3.7ポイント。

バイデン米大統領は16日、中国の偵察気球の撃墜で緊張する米中関係に関して「中国とは対立ではなく競争を望む」「中国と新冷戦に向かうとは考えていない」「競争が衝突に発展しないよう責任を持って管理する」などと表明した。

AP通信によると、中国の世界的影響力について深刻な懸念を抱いている人の割合は、20年1月時点の48%と21年1月のバイデン政権発足直後の54%から着実に増加している。

一方、ドイチェ・ヴェレによると、ロシアに対して深刻な懸念を抱いていると回答したのは全体の53%にとどまり、ウクライナ侵攻直後の22年3月時点の64%から低下した。【2月27日 レコードチャイナ】
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中国は「アメリカ政府が結論づけた」と反発しています。

****「コロナ起源は武漢の研究所」に中国反発 米政府が結論づけたと報道****
アメリカ政府が新型コロナウイルスの起源について、「武漢の研究所から漏れ出た可能性が高い」と結論づけたとの報道に中国が反発した。

中国外務省報道官「実験室から漏れ出たという論調を蒸し返し、中国に泥を塗り、発生源の究明を政治化することをやめるべきだ」

中国外務省は、27日の会見で、「武漢の研究所から漏れ出た可能性が極めて低いことは、中国とWHO(世界保健機関)の共同調査による科学的な結論で、国際社会にも広く認められている」と反論した。(後略)【2月28日 FNNプライムオンライン】
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【米中間に必要な衝突回避の「ガードレール」】
意図した対応に意図せざる情報の流布なども相まって過熱する米中の政治対立ですが、米ソ冷戦時代と異なるのは、米中は経済的には密接な関係にあることです。

****米中対立を加速させる、気球の「次」の危機は何か?****
2月9日付の米ワシントン・ポスト紙(WP)に、同紙コラムニストのファリード・ザカリアが、「次の気球のような危機は萎ませるのがより難しいだろう」との論説を書いている。

一般教書演説でバイデンは中国の気球事件に一行しか言及しなかったが、この事件からの波及を封じ込めようとの努力を示唆する。

われわれは、経済的に深く相互に連結されている2カ国の増大する地政学的対決を見ている。この偵察気球事件の中で、今週は米中貿易額がこれまで最大の 6900 億ドルになった。

これは、トランプ政権以降の対中関税と、それへの中国の対米報復関税にもかかわらず達成された。ハイテク製品輸出を規制するバイデン政権の新しい規則とも逆方向である。

われわれは中国とは二つのレベルで作用している。一つには、地政学レベルで緊張は急速に高まっている。もう一つは商業レベルで、これは政府ではなく米中の消費者や企業によって決められている。この関係は相互依存である。この二つの領域は、目的が逆であるのに引き続き前進できるだろうか。そうはならない可能性が高い。

地政学的緊張は迅速に大きくなる可能性がある。今週、気球よりもっと意義あるニュースがあった。核兵器を監督している米戦略司令部は、議会に中国は米国よりも多くの大陸間弾道ミサイル(ICBM)発射機を持っていると通知した。米中関係が悪化する中、中国は核兵器庫を急速に建設する方向に動いている。(中略)

米中間では、誤解が生じないように十分な意思疎通をしていくことがアジア、太平洋地域での紛争を処理するために重要である。

米中間に必要な「ガードレール」
米国は米中間の衝突回避のための「ガードレール」の必要性を強調しているが、軍の間の意思疎通はガードレールの一要素として重要である。誤解から衝突を起こし、それを内外の事情から収められなくなるというのが最も馬鹿げているという意識を米中双方が持つべきであろう。(後略)【2月28日 WEDGE】
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中国「停戦案」の反響 ウクライナには一定の期待感も 積極関与に対応を変えた中国の意図

2023-02-27 22:55:14 | 欧州情勢

(24日、キーウで記者会見するウクライナのゼレンスキー大統領=ロイター【2月26日 読売】)

【中国和平案  ロシア 歓迎、米 否定的】
中国外務省が24日、ロシアとウクライナの双方に対し「互いに歩み寄り、できるだけ早期に直接対話を再開することを支持する」と表明し、全面的な停戦を目指すよう呼び掛けたことは、同日ブログ“中国 王毅氏のロシア訪問で連携をアピールするも慎重対応は崩さず 米は中国のロシア接近を牽制”でも最後に取り上げました。

同ブログでも書いたように、ロシア軍のウクライナ侵攻1年にあたり、中国の“公正かつ客観的立場”をアピールするものですが、停戦に向けた具体策は示されていません。

中国としては、ロシアと協調してアメリカに対抗するという形がとれれば一番望ましいのでしょうが、さりとて、いつ沈むかわからないプーチン大統領の泥船に乗り込むのは厄介ですし、ロシア支援を明確にしてアメリカとの関係が更に悪化するのも困る・・・あと、ウクライナとも中国は関係が深い・・・ということでの“公正かつ客観的立場”でしょう。

ただ、これまでウクライナ問題から距離を置いてきた感のある中国が、停戦案を持ちだしたことはそれなりの反響も呼んでいるようです。

ロシアは中国の停戦案を歓迎しています。

****中国文書「高く評価」=ロシア外務省****
ロシア外務省は24日、同国によるウクライナ侵攻から1年に合わせて中国が双方に対話を促す文書を発表したことについて「平和的手段によってウクライナ紛争の解決に貢献したいという、中国の友人の心からの願いを高く評価する」と表明した。ザハロワ情報局長名で声明を出した。【2月25日 時事】 
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ロシアが歓迎するということは、現状で停戦交渉となればロシアにとって有利な結果になる可能性が高いということでもあり、アメリカは相手にしない構えです。

****バイデン氏、中国の12項目提案に否定的見解「ロシア以外の誰も利することはない」****
バイデン米大統領は24日、米ABCニュースのインタビューで、中国外務省がウクライナ侵略の政治解決に向けて発表した12項目の提案文書について、「ロシア以外の誰も利することはない」と否定的な見解を示した。

バイデン氏は、「ウクライナにとって不当な戦争の結果を、中国が交渉するのは合理的ではない」とも述べた。

中国の提案を巡っては、ブリンケン国務長官も24日、別のインタビューで「中国は中立的な立場で平和を追求していると見せかけ、ロシアの誤った言説を広めている」と指摘した。

項目に「主権の尊重」が入っていることに触れ、「プーチン露大統領がウクライナの主権を無視していることが問題の核心だ」と批判した。【2月26日 読売】
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【ウクライナ 一定の期待も ゼレンスキー大統領、習近平主席との会談も希望】
一方、ウクライナ・ゼレンスキー大統領の反応はやや微妙。

****中国「12項目」文書にゼレンスキー氏「当事国だけが和平案を提案できる」****
ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領は24日、ロシアによる侵略開始から1年に合わせて記者会見を開いた。中国外務省が、ウクライナ危機の政治解決に向けた文書を発表したことに対し、「戦争の当事国だけが和平案を提案できる」と慎重な立場を示した。一方で、 習近平シージンピン 国家主席と会談する用意があると明らかにした。

ゼレンスキー氏は12項目の中に「いくつか同意できない項目がある」と述べ、ウクライナの領土保全や露軍のウクライナからの撤退などが明記されていないことに不満をにじませた。

ウクライナは、露軍の完全撤退や全領土の返還などを求める「10項目の和平案」を公表している。ウクライナの外相は24日、地元メディアに対し、中国が項目に「一方的な制裁の停止」を盛り込んだことについて、「(対露)制裁は重要な手段で制裁停止には同意できない」と述べた。(後略)【2月26日 読売】
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上記のように実質的にウクライナの領土奪還を断念させ、ロシアを利することになりかねない中国案の内容については不満を表明していますが、一方で、中国がウクライナ問題に腰を上げたことについては一定に評価する考えも示しています。

****ゼレンスキー大統領 中国の停戦呼びかけ文書評価も 今後に注視****
ウクライナのゼレンスキー大統領は24日、ロシアによる軍事侵攻から1年となったのにあわせて記者会見を行い、中国がロシアとウクライナに対話と停戦を呼びかける文書を発表したことについて一定の評価をしたうえで、今後の中国の出方を注視する考えを示しました。(中略)

中国が発表したロシアとウクライナに対話と停戦を呼びかける文書について「中国がウクライナのことを話し始めている。これはよいことだ」と指摘し、一定の評価をしました。

そして「この先、どうなるか分からないが、次のステップ次第だ。中国がロシアに兵器を供給しないと信じたい。これが非常に重要だ」と述べて、今後の中国の出方を注視する考えを示しました。(後略)【2月25日 NHK】
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更に、ゼレンスキー大統領は習近平国家主席との会談を希望する旨も語っています。

****ゼレンスキー氏、「習主席との会談を予定」 中国の和平案提案を受け****
ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領は24日、ロシアの侵攻開始から1年を迎えたのに合わせて首都キーウで記者会見を開いた。

ゼレンスキー氏は、同国での戦争終結に関する中国政府の提案について協議するため、習近平国家主席との会談を計画していると述べた。 

中国は、和平交渉や国家主権の尊重などを提案している。 内外の記者を大勢招き、その質問に2時間以上にわたり原稿なしで次々と答え続けたゼレンスキー氏は、中国の和平案について質問され、平和実現の方法探しに中国がかかわっていることの表れだろうと述べた。 

その上で、「中国がロシアに兵器を提供したりしないと、本当に信じたい」とした。 

ただ、中国の和平案に盛り込まれた12項目には、ロシアがウクライナから自軍を撤退させなければならないとは明記されていない。また、ロシアに対する「一方的な制裁」の使用を非難する内容が含まれており、ウクライナに協力する西側諸国を暗に批判しているとみられる。 

中国当局はこれまでのところ、習氏との首脳会談を呼びかけたゼレンスキー氏の申し出に、公式には反応していない。(後略)【2月25日 BBC】
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ウクライナと中国はこれまで「ワクチン外交」などで一定の関係が構築されており、今回和平案についても一定の“期待”があるようです。

****ウクライナ停戦に乗り出す中国 雪解けか中露ブロックか****
ロシア軍のウクライナ侵攻開始から1年。中国がここにきて戦闘停止と和平の仲介に向け積極的な姿勢を見せ始めた。2月24日には、ウクライナ危機の政治解決に向けた「中国の立場」を示す文書を発表し、エスカレーション抑止を呼びかけた。

モスクワでプーチン大統領と会談した王毅共産党政治局員は今春にも予定される習近平国家主席の訪露の地ならしを行ったとみられ、ゼレンスキー大統領も中国の仲介は「心強い」として会合を希望している。

1年の死傷者数は32万人超。戦争の先行きが見えない中で、両国の最大貿易相手国でもある中国の和平案は事態を好転させる期待感がある。

しかし、プーチン政権寄りの姿勢を見せれば、ウクライナは反発し、このことをきっかけに一気に西側諸国と対峙する中露ブロック結成につながるリスクもはらむ。

ロシア、ウクライナともに関係を深めていた中国
(中略)一方で、14年の首都キーウの中心部を占拠した市民と治安部隊が衝突した「マイダン革命」以降、脱ロシアが顕著になったウクライナにとっても、国内のあらゆる社会・経済層で中国の存在感は増していた。

21年4月、ゼレンスキー政権は中国のシノバック・バイオテック(科興控股生物技術)が開発した新型コロナウイルスワクチンの使用を承認。パンデミックが拡大する中で、ウクライナは欧州諸国の中でもワクチン接種プログラムは後れを取っており、保健省は声明で「このワクチンは信頼できる」と説明した。自らの影響力を高めようとする中国の「ワクチン外交」を受け入れた。

21年3月には今後のさらなる発展を促進させるため、中国国民を対象にビザ(査証)を免除することを決めた。22年は奇しくも両国が国交を樹立して30年にあたり、ゼレンスキー大統領と習主席が正月に30周年を祝う電報を交換している。

これまで、両国の仲裁にはトルコのエルドアン大統領が間に入り、精力を注いできた。昨年8月には、アフリカ諸国などでの食糧危機打開のため、黒海上に安全な海の回廊を作って、タンカー船の航行を再開させるなどの成功例はあったが、戦闘停止にまで至ることはなかった。むしろ、犠牲者数は膨らむ一方だった。

習近平の和平12提案の意味
ウクライナ側に第一印象として中国の和平案への期待感が広がったのは、王氏がミュンヘンでウクライナのクレバ外相とも会談し、この戦争におけるウクライナ側の譲れない一線に理解を示したことだ。

クレバ外相は「中国は戦略的パートナー」と述べ、「領土保全の原則は両国にとって神聖であることを確認した」のだという。

23日、記者会見に応じたゼレンスキー大統領は習氏との会談の可能性に関する質問にふれ、「中国との会合を希望する。こうした会合は現在、ウクライナの国益にかなう」「大きな影響力を持つ国を含む多くの国が、ウクライナの主権を尊重しながら戦争終結に向けた方法を検討すれば、より早く実現する」と語った。(後略)【2月26日 WEDGE】
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【これまでの“及び腰”から“人気取り作戦”に変わった中国】
これまで両国の交渉による解決を呼びかけるだけで、どちらかと言えば仲介に及び腰だった中国の姿勢に変化が起こった理由として、上記記事は以下の3点をあげています。

“①戦争によって不確実性が高まり、長期化は中国の発展や国内情勢にもマイナス面をもたらす、②ウクライナ危機の解決に関与し、欧米への発言力を高める、③大国としてのイメージをあげ、アフリカ・アジアなどの「グローバルサウス」諸国への影響力を高める――ことが背景にあるとみられる。”【同上】

BBCは、中国和平案、それに先立つ外交トップの王毅氏の欧州歴訪の中国側の意図について、本気で戦争終結を目指して関係国を説得するというより、アメリカ主導の世界秩序とは異なるビジョンを示すことで「グローバルサウス」の支持を得ようとしていること、緊張が高まっているアメリカに対する「強気なメッセージ」、欧州の一部を中国の側に引き込めないかという試みをあげています。

****なぜ中国はウクライナをめぐる人気取り作戦に出たのか****
この1年間、西側諸国の首脳陣はウクライナでの戦争を終わらせるため、自分たちに協力するよう中国を説得しようとしてきた。そして今、中国政府はこれまでで一番はっきりした反応を示したものの、それは西側の大勢が求めていたものではなかった。

中国はここ数日、人気取り活動を精力的に繰り広げている。外交トップの王毅氏の欧州歴訪は、モスクワでのウラジーミル・プーチン大統領による温かい歓迎で締めくくられた。

中国はこれまでに2つの方針書を示している。1つ目は中国なりの戦争解決方法を提示したもので、もうひとつは世界平和への計画書だ。これは昨年の中国の論点の焼き直しで、(ウクライナの)主権尊重を呼びかけ、(ロシアの)国家安全保障上の利益保護を求め、(アメリカによる)一方的な制裁に反対するものだ。

西側諸国はこれに感心しないだろう。しかしそももそも中国はおそらく、西側の説得を主眼としていない。

中国の目標:アメリカへの明確なメッセージ
まず、中国は明らかに、世界の平和を形作る仲裁者を目指している。方針書のひとつでは、東南アジアやアフリカ、南米など、いわゆる「グローバルサウス(世界の南側に偏っている途上国)」に関わっていくと記されており、中国が誰の機嫌を取ろうとしているのかは明らかだ。

西側諸国がウクライナ危機をどう扱うか注視している国々に、中国はアメリカ主導の世界秩序とは異なるビジョンを示すことで、支持を得ようとしている。

一方で、アメリカに明確なメッセージを送ることも、中国の目標のひとつだ。
豪ニューサウスウェールズ大学の中ロ関係専門家、アレクサンデル・コロレフ博士は、「強気なメッセージでもある」と指摘した。

「米中関係が悪化しても、こちらには手がある。ロシアは孤立していない。ということは、対立があっても中国は孤立しない。気楽に中国をいじめられると思うな……そういう警告が、中国の姿勢には込められている」

中国がこのタイミングで動いたことも、その意図の手がかりになっていると専門家たちは言う。米中関係は、偵察用との疑いのある気球騒動によって、これまでになく悪化している。戦争終結を助けることが本当に中国の狙いなら、なぜ今になって初めて、ウクライナ和平への大々的な外交努力を始めたのかと、疑問視する声もある。

コロレフ氏は、「中国にはリーダーシップ発揮の機会がこれまでもたくさんあったし、早くから戦争終結に貢献するよう求められていあ(中略)もし真の意味で世界的な指導者としてのイメージを示すことが目的なら、1年間も遠くから傍観して外交術で巧みに切り抜けようとする必要もなかった」と指摘する。

3つめの目標は、王氏の旅程表に表れているかもしれない。
王氏はフランス、ドイツ、イタリア、ハンガリーという、ロシアに対する姿勢が相対的に特に強硬ではなかった諸国の指導者たちを訪問した。王氏は、欧州の一部を中国の側に引き込めないか、具合を試していたのかもしれない。

中国政府はこれらの国々の「利害関係が論理的に収束」するものとみている。上海の華東師範大学の国際政治経済専門家、張昕副教授はそう指摘する。

「アメリカには覇権国としての力があるが、大西洋を超えた大部分の地域は、アメリカの覇権システムから切り離された方が得策だと、中国政府は考えている」のだという。

しかし、中国がこの目標を達成できるのかは疑問だ。王氏はミュンヘン安全保障会議で演説してアメリカを批判したが、アメリカを強固に支持する盟友諸国が集まった会議の場では、その言い分はあまり歓迎されなかった。むしろ中国の真意に対する不信感が増しただけだと言う外交官もいた。

米シンクタンク「ジャーマン・マーシャル財団」で欧中関係を専門するアンドリュー・スモール上級研究員は、「王氏の欧州歴訪には、明確なメッセージがあった。『中国と欧州の間には、特になんの問題もない。中国とアメリカの間には、問題がある。中国は欧州の皆さんと一緒に問題を解決できる。皆さんは、アメリカが欧州を連れて危険な道を突き進んでいると理解するべきだ』と、欧州に向けて強調していた」と話した。

「だが、このメッセージは欧州のほとんどの場所で、あまり支持されなかったと思う」と、スモール氏は指摘した。【2月26日 BBC】
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【欧州要人の訪中の動きも】
中国の欧州への働きかけが「欧州のほとんどの場所で、あまり支持されなかった」かどうか・・・そこはわかりません。

前出のゼレンスキー大統領の習近平主席との会談希望以外にも、(中国の姿勢とは一線を画しながらも)欧州側からの中国へのアプローチが明らかになっています。

****欧州委員長とEU大統領訪中も、今年半ばまでに=中国大使****
中国の傅聡・駐欧州連合(EU)大使は、欧州委員会のフォンデアライエン委員長とEUのミシェル大統領が2023年上期に中国を訪問する可能性があると述べた。中国共産党系紙「環球時報」が伝えた。

傅氏は24日に掲載されたインタビュー記事で、両氏訪問の準備が進んでおり、EUと中国の「非常に頻繁なハイレベル相互訪問」が間もなく始まる見込みだと語った。

双方はウクライナ戦争を巡り異なる立場を取っており、EU側は中国が侵攻と呼ぶことや、ロシアにウクライナ領土からの撤退を求めることを拒否していると批判している。

傅氏は、ウクライナを巡るEUの中国批判は「非常に不合理」だとし、中国はこの問題がEUとの関係発展に影響を与えることを望んでいないと述べた。

中国外務省は24日、ウクライナ危機の政治的解決に関する中国の立場を示す文書を公表。これを受け、EUのアルビニャーナ駐中国大使は「侵略する側とされる側がいることは明らかなのに侵略者への言及がないのは奇妙だ。(侵攻は)は違法かつ理不尽」とし、文書に懸念を示した。【2月27日 ロイター】
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****仏大統領、4月初旬に中国訪問 ロシアへの圧力で協力要請****
マクロン仏大統領は25日、4月初旬に中国を訪問すると明らかにした。ロシアによるウクライナ侵攻を終わらせるため中国の協力を要請する。

中国外務省は24日、ウクライナ危機の政治的解決に関する中国の立場を示す文書を公表し、危機が制御不能になるのを回避することを望むと表明した。

マクロン氏は国際農業見本市を視察中に記者団に対し「中国が和平に向けた取り組みに関与しているのは良いことだ」と評価した。

その上で「ロシアが化学・核兵器を決して使用しないようわれわれが圧力をかけるのを中国は手助けする必要がある」と述べた。【2月27日 ロイター】
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中国のウクライナ問題への関与姿勢、あるいは“人気取り作戦”は、それなりの効果をあげているようにも見えます。
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イギリス  スコットランド自治政府のスタージョン首相、突然の辞任発表 背景と影響

2023-02-26 23:41:01 | 欧州情勢

(辞任を発表する英スコットランド自治政府のスタージョン首相(15日、エディンバラ)【2月15日 BBC】)

【首相としての責務に全力を尽くしてきたが「それを続けるには誰であろうと限界がある」】
周知のように、スコットランドでは2014年の住民投票でイギリスからの独立が否決されましたが、その後もスコットランド自治政府のスタージョン首相が牽引する形で独立を求める運動が続けられてきました。

独立に向けた世論の動向は拮抗しており、スコットランドでは不人気なイギリスEU離脱という枠組み変化もあったことで、スタージョン首相としては再度住民投票に持ち込みたいところでしたが、最高裁は昨年11月、実施には中央政府の同意が必要だとする判断を示し、住民投票に反対のイギリス政府のもとでは住民投票の実現が困難になっていました。

更に、今年1月、スコットランド議会が可決した性別変更を容易にする法案もイギリス政府に寄って阻止されるということで、スタージョン首相としては“手詰まり”感も。

****英政府 スコットランド議会の法案成立阻止 独立派の反発招くか****
イギリス政府は、北部のスコットランド議会が可決した出生証明書の性別変更を容易にする法案は「悪意ある申請を許す危険性がある」などとして成立を阻止する異例の手続きを取りました。スコットランドでは自治権のあり方を揺るがす事態だとして批判が出ています。

イギリスでは、心と体の性が一致しないトランスジェンダーの人が出生証明書の性別の変更を申請する際医師の診断書が必要ですが、北部のスコットランド議会は先月、自己申告だけで変更できるなどとする法案を可決しました。

これについてイギリス政府は17日、トランスジェンダーになりすました人が女性に性別を変更することで女性の安全が脅かされるおそれがあり「悪意ある申請を許す危険性がある」などとして、スナク首相の指示で法案の成立を阻止する手続きを取りました。

イギリス政府は、スコットランド議会の法案が国民全体の権利や生活に悪影響を及ぼすと判断した場合成立を阻止できることになっていますが、現地メディアによりますと実際に阻止するのは初めてです。

スコットランド自治政府のスタージョン首相は「スコットランド議会に対する全面的な攻撃だ」と批判し、自治権のあり方を揺るがすとして裁判所に提訴する考えを示しました。

スコットランドでは2014年の住民投票でイギリスからの独立が否決されたあとも独立を求める動きが続いていて、イギリス政府の対応は独立派の反発を招きそうです。【1月18日 NHK】
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独立派の反発云々の前に、“手詰まり”感のあるスタージョン首相の求心力が低下したようで、2月15日、突然の辞任を発表しています。

****英スコットランド独立派に打撃 地方政府首相が辞任****
8年以上英北部スコットランド行政府(地方政府)の首相を務めてきたニコラ・スタージョン氏(52)が15日に突如辞任を表明した。行政府初の女性首相で、英国からの分離独立を目指す勢力の象徴的存在だった。

同氏は地方議会の最大会派のスコットランド民族党(SNP)の党首も辞任する。スタージョン氏は新首相が選任されるまで首相職を続ける。15日の記者会見では辞任が「深く長期的な決断」だったと述べ、政治家の生活には「激しさ」と「残忍さ」があったと語った。

スタージョン氏は、2014年の前回の独立住民投票で独立が否決された後、引責辞任した前任のSNP党首と行政府首相の後を継いだ。

国政を握る保守党政権を鋭く批判し、地域の独立と欧州連合(EU)再加盟を唱え続けた。新型コロナウイルス危機下では連日記者会見に応じ、行政府の対応を説明するなどして地域住民の信頼を集めた。

ただ最近はその求心力に陰りも見え始めていた。英最高裁は昨年11月、スコットランド行政府が英政府の同意なしに地域の独立を問う住民投票はできないと判断した。スタージョン氏は23年10月に再度の住民投票を実施する計画を掲げていたが、保守党政権が反対しているため実現は不可能になっていた。

スタージョン氏は代替策として25年1月までにある英議会下院の次期総選挙を事実上の住民投票に位置づけると訴えていた。

直近の世論調査では独立反対が数ポイントリードしているが、昨年末には賛成がわずかに優勢な時期もあった。

独立派の中でスタージョン氏のような存在感のある後任候補は見当たらない。同氏の辞任は世論の動向や独立派の戦略に変化を与える可能性が大きい。

スタージョン氏は記者会見で「私は政治家であると同時に一人の人間でもある」と訴え、首相職に座り続ける意欲が衰えたこともにじませた。英国では辞任したニュージーランドのアーダーン前首相との類似性も指摘されている。【2月16日 日経】
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同氏は、首相としての責務に全力を尽くしてきたが「それを続けるには誰であろうと限界がある」とも語っています。

【ニュージーランドのアーダーン前首相も】
上記記事で類似性が指摘されているニュージーランドのアーダーン前首相は、首相として初めて6週間の産休を取得するとか、危機に際して率直に国民に語りかける姿勢などで、新しいリーダー像を示す政治家として高い支持を得てきました。コロナ対策でも1人感染者が確認されただけで全土をロックダウンするなど強い指導力でニュージーランドの感染を抑えてきました。

ただ、最近は高騰する住宅価格や税制改革などの問題で、労働党は最大野党の国民党に支持率で抜かれたといったこともあるようです。

そして、1月19日、こちらも突然辞任を発表しています。

****ニュージーランド・アーダーン首相が来月7日の辞任を発表「再選を目指すエネルギーがない」****
ニュージーランドのアーダーン首相は、19日、記者会見を開き、来月、辞任すると表明しました。

地元メディアによりますと、ニュージーランドのアーダーン首相は、19日、記者会見で、来月7日に辞任すると表明しました。会見で、次の総選挙を今年10月に実施するとした上で、「再選を目指すためのエネルギーがない」と辞任の理由について述べました。

また、在任期間について、「人生で最も充実した5年半だった」と振り返りました。

アーダーン首相は、2018年の現職時に、第1子の女の子を出産し、産休を取得したことでも注目されました。その後も、首相としての職務と育児を両立してきました。

アーダーン首相が所属する労働党は、3日以内に新しいリーダーを選ぶとしています。【1月19日 日テレNEWS】
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個人的には、異様なまでに権力に固執する政治家が多い状況に「どうしてそんなに権力にしがみつこうとするのだろうか?」と不思議に思っていただけに、スコットランド自治政府のスタージョン首相やニュージーランドのアーダーン前首相のように、モチベーションが維持できなくなったので辞めるという方が理解はしやすいです。責任論云々はあるでしょうが。

【ワンイシューのナショナリストやポピュリストの政治家が権力を握った後に陥る欠点】
ただ、“スコットランド独立”というワンイシューで政権を引っ張ってきたスタージョン首相については、“ナショナリストやポピュリストの政治家が権力を握った後に陥る欠点の多くが露呈した”との指摘も。

****きっかけは自己申告で性別を変えられる法案──スコットランド首相辞任が示す「人気者の限界」****
<思いがけずスコットランドで最も有名な政治家になったニコラ・スタージョン。1つの政策とスローガンで統治し続けるには8年は長すぎた>

スコットランドで最も強い政治家ニコラ・スタージョンが、自治政府首相を辞任する意向を明らかにした。スコットランドの政界にとって、8年以上続いたスタージョン時代の終わりだ。

主要目標がイギリスからの独立だったことを考えれば、スタージョンは決定的に失敗した。2014年、独立を問う住民投票で手痛い敗北を喫した後にスコットランド民族党(SNP)の党首と自治政府首相に就任したが、ボールを前に進められなかった。

スタージョンは2度目の住民投票を目指したが、結局実現しなかった。SNPは地方や国政レベルの選挙を「事実上の住民投票」にしようとしたが、イギリス最高裁が昨年11月、英国政府の同意のない新たな住民投票は違憲と判断。この強引な試みも頓挫した。

スタージョンは最高レベルのアピール力を持ち、自治政府首相の広報チームは事実上、スコットランドの全ての反対勢力を圧倒していた。

さらにスタージョンは記者会見を巧みに利用し、英国政府の足を引っ張った。時には英国政府の発表内容を1時間ほど早く公表したり、公然と反対意見を述べたりしてメディアの関心をさらうことに成功した。

反対派はスタンドプレーだと批判したが、この作戦は成功し続け、スタージョンはSNP党首として一度も選挙に負けなかった。

だがスタージョン時代は、ナショナリストやポピュリストの政治家が権力を握った後に陥る欠点の多くが露呈した時期でもあった。彼らはもっぱら単一のスローガンと政策を選挙戦で訴えて当選するが、その後で苦悩と苦闘が始まる。

批判派によれば、スタージョンは自治政府首相として何をするかのプランをほとんど持たず、関心もほとんど示さなかった。むしろ自分は世界の舞台で活躍する国家元首や政府の長にふさわしい国際的人物だと考えていたようだ。

スタージョンは2度目の住民投票では解決できない長期的な「国内問題」に直面していた。スコットランドは経済の生産性がイングランドよりも低く、医療サービスも貧弱で、経済成長も概して低い。

薬物の過剰摂取による死亡率は、イギリスや欧州全体と比べてかなり高い。21年には1330人が死亡。死亡率はイギリス全体の約3.6倍だ。今回の辞任表明に直接つながった問題は、法的な性別変更を本人の自己申告で認める法案だった。

この問題でSNPは内部対立を起こし、一部はスタージョンの前任者でライバルのアレックス・サモンド率いる新党に参加。さらに分裂を招く恐れがあったが、スタージョンは考えを変えず、スコットランド議会はSNPとスコットランド緑の党の賛成多数で法案を可決した。

SNPは10年以上、自治政府を掌握してきたが、数カ月後にスコットランド議会の選挙を控えている。この問題で世論が割れるなか、スタージョンが現在の姿勢を貫けば、選挙の強力な武器だったはずの党首が今度は選挙の足かせになりかねないところだった。

スタージョンは自身が最も選挙に強いSNPのリーダーであることを証明してきた。当初は派手なサモンドの陰に隠れていたが、思いがけずスコットランドで最も有名な政治家になった。

だが8年間という在任期間は、1つの政策とスローガンで統治し続けるには長すぎる。特に、それがスコットランドの未来を永遠に変えるものである場合には。【2月24日 Newsweek】
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【スコットランド民族党(SNP)の退潮は中央政府総選挙で労働党復権に資する影響も】
スタージョン首相辞任の影響については、スコットランド独立運動の混迷のほかに、スコットランドで最大勢力であるスコットランド民族党(SNP)の退潮がイギリス全土における労働党政権復活に寄与するのではないかとの見方もあります。

****スコットランド首相辞任が持つ2つの意味****
~独立問題と英政権交代の鍵を握る~

(中略)
スタージョン氏の辞任は今後の英国政局にとって2つのインプリケーションを持つ。

1つはスコットランドの独立を重要な政治目標としてきた同氏の辞任により、独立運動が下火となるかどうか。

スコットランドでは2016年の英国のEU離脱の是非を問う国民投票で、EU残留支持が多数を占めた。同氏は英国のEU離脱でスコットランドを取り巻く環境が変わったとし、独立の是非を問う住民投票の再実施を英国政府に求めてきた。

英国の最高裁判所は昨年11月、スコットランド議会に一定の自治を認める法律は、スコットランドとイングランドとの連合関係について定めたものではなく、英国議会の同意なしにスコットランド議会が英国からの独立の是非を問う住民投票を実施することができないとする判決を下した。

同氏は投票再実施に向けて、次の総選挙を独立の是非を問う事実上の住民投票と位置づけ、そこで圧倒的多数の支持を取り付け、英国政府に正式な投票実施を要求していく方針だった。

現在、後任候補として名前が挙がっているのは、自治政府のフォーブス財務相、スウィーニー副首相、ロバートソン憲法・外交・文化相、ユーサフ健康・社会保障相、英国議会でSNPの議員代表を務めるフリン氏など。これらの後継候補が独立投票にどれだけの意欲を持っているのかは定かでない。

スタージョン氏の辞任が持つもう1つの政治的な意味合いは、2025年1月の議会任期満了を待たずに2024年中の実施が有力視される英国の次回総選挙で、最大野党・労働党が勝利する確率を高める可能性があることだ。

スコットランドの有権者はイングランドと比べて社会民主主義的な志向が強く、SNPもスコットランドの独立のみを訴えるのではなく、社会福祉の拡充や労働者の権利保護などを重視する中道左派政党だ。

保守党サッチャー政権下での炭鉱閉鎖などの政策に反発。英国の支配政党とスコットランドの有権者の選択が食い違うことに強い不満を抱いてきた。

スコットランド議会が設置され、SNPが政治基盤を固める以前は、スコットランド選挙区の議席の多くは労働党が持っていた。

カリスマ的なリーダーであるスタージョン氏の党首辞任により、労働党はスコットランドでの党勢回復を目指している。

スキャンダルが相次いだジョンソン政権の末期や、政策迷走で早期退陣を余儀なくされたトラス前首相の下、保守党の支持率は史上最低圏に落ち込み、スナク首相の就任後も労働党に20%ポイント余りのリードを許している。

スコットランド選挙区をSNPから奪還すれば、労働党の勝利はより確実なものとなる。【2月16日 田中 理氏 第一生命経済研究所】
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パレスチナ・イスラエル 止まらない報復の応酬 アメリカの自制要請も効果見られず

2023-02-25 22:58:49 | パレスチナ

(エルサレムのパレスチナ人地区に踏み込むイスラエル治安部隊【2月25日 共同】)

【繰り返される事件 止まらない報復の連鎖】
イスラエルでネタニヤフ首相が復権し、極右勢力を取り込んだ「最も右寄り」の政権となったこともあって、パレスチナでの緊張が高まっていることは、1月5日ブログ“イスラエル 「最も右寄り」政権の閣僚で極右政党党首の聖地訪問が惹起した緊張”でも取り上げました。

その後も緊張の高まりに歯止めがかからず、イスラエル軍とパレスチナ武装勢力の間で攻撃と報復の連鎖が続いています。

****イスラエルの対パレスチナ武装勢力の作戦が激化 1日で9人死亡****
中東・パレスチナ自治区ヨルダン川西岸地区で、イスラエルの治安部隊が掃討作戦を行い、9人が死亡しました。周辺では去年から衝突が激化していて、イスラエル側・パレスチナ側合わせて200人以上が死亡しています。

イスラエル軍は26日、ヨルダン川西岸地区にあるジェニン難民キャンプで、イスラエル治安部隊が掃討作戦を行ったと発表しました。

ロイター通信などによりますと、治安部隊と武装組織のメンバーとの間で銃撃戦となり、高齢女性を含むパレスチナ人9人が死亡し、20人以上がけがをしたということです。

イスラエル軍は声明で、イスラム武装組織イスラム聖戦が「大規模テロの準備をしていた」として、3人の戦闘員を排除したと説明。巻き添えになった犠牲者について調査するとしていますが、パレスチナ自治政府は「国際的な沈黙の中で大虐殺が起きた」と反発しています。

周辺の地域では、去年4月からパレスチナ人とイスラエル人の衝突が激化していて、イギリスBBCによると、これまでに29人のイスラエル人が死亡。イスラエル治安部隊による掃討作戦でパレスチナ人180人以上が死亡していて、緊張が高まっています。【1月27日 TBS NEWS DIG】
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パレスチナ自治政府はこの事件を受けて、安全保障に関するイスラエル政府との協力関係を見直すと発表。

****パレスチナ、イスラエルとの協力見直し示唆 襲撃事件受け****
パレスチナ自治政府は26日、ヨルダン川西岸にあるジェニン難民キャンプでイスラエル軍とパレスチナ武装組織が衝突し、パレスチナ人9人が死亡したことを受け、安全保障に関するイスラエル政府との協力関係を見直すと発表した。(後略)【1月27日 WSJ】
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また、ガザ地区からはイスラエルへのロケット弾攻撃が行われました。

****イスラエル南部にガザからロケット弾、急襲作戦に報復か****
イスラエル軍によると、パレスチナの武装勢力が27日、ガザ地区からイスラエル南部に向けてロケット弾2発を発射したが、防衛システムに撃墜された。負傷者は報告されていない。

(中略)ガザ地区を実効支配するイスラム組織「ハマス」と過激派「イスラム聖戦」は報復を予告したが、ロケット弾について犯行声明は出ていない。(後略)【1月27日 ロイター】
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後日、パレスチナの過激派「イスラム聖戦」が犯行声明を出しています。

攻撃を受けたイスラエルはガザ地区を空爆。

****イスラエル、ガザを空爆 報復の応酬、緊張続く****
イスラエル軍は27日、パレスチナ自治区ガザからイスラエル領内に向けてロケット弾が発射され、報復としてガザを空爆したと発表した。イスラエル、ガザ双方に死傷者は確認されていない。(後略)【1月27日 共同】
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アメリカはブリンケン国務長官の中東歴訪を前に、双方に鎮静化を呼び掛けています。

****ヨルダン川西岸の衝突を懸念 鎮静化呼びかけ****
米ホワイトハウス国家安全保障会議(NSC)のカービー戦略広報調整官は27日、イスラエルとパレスチナ自治区ガザとの間で発生している攻撃の応酬について米国は深く懸念しているとし、全ての当事者が事態の鎮静化に直ちに取り組む必要があると述べた。(中略)

ブリンケン国務長官は29─31日に中東を歴訪。カービー氏は、ブリンケン長官はヨルダン川西岸地区の事態鎮静化の必要性など、さまざまな問題について議論すると述べた。【1月28日 ロイター】
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しかし、緊張状態では触発・刺激された事件も起きます。そのことで緊張は更に高まります。

****エルサレムで銃撃テロ、ユダヤ人7人死亡 緊張高まる****
エルサレム北部にあるシナゴーグ(ユダヤ教会堂)付近で27日夜、パレスチナ人の男(21)による銃撃テロ事件があり、ユダヤ人7人が死亡、3人が負傷した。イスラエルで起きたテロでは犠牲者数がここ数年で最多となり、イスラエルとパレスチナの関係がさらに悪化しそうだ。

イスラエル警察によると、男はエルサレム在住。27日午後8時ごろ、シナゴーグ付近で通行人を銃撃した後、礼拝を終えて出てきたユダヤ人数人に銃を乱射した。男は現場から車で逃げたが、駆けつけた警察官と銃撃戦になり、射殺された。

男は単独犯で、武装組織には所属していないとみられる。イスラエルメディアによると、イスラエルで7人以上が殺害されたテロは2011年以来。

パレスチナへの強硬姿勢で知られるベングビール国家治安相は27日、テロ防止のため、市民の銃規制を緩和する意向を示した。ネタニヤフ首相は27日、テロに対して「緊急の対策を取ることを決めた」と述べたが、詳細は明かさなかった。

パレスチナ自治区ガザ地区を支配するイスラム組織ハマスの報道官は27日、「占領者(イスラエル)の犯罪に対する自然な反応だ」と述べ、テロを称賛した。(後略)【1月28日 毎日】
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1月28日にも

****エルサレムでまた銃撃、2人負傷****
イスラエル警察によると、エルサレム旧市街付近で28日午前、銃撃事件があり、2人が負傷した。撃ったのは少年(13)で、パレスチナ人とみられる。【1月28日 共同】
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イスラエルはこうした事態への報復として、入植地の拡大を強化することを発表。

****イスラエル政府、報復策を発表 入植地の拡大策を強化 銃撃事件受け***
エルサレムでパレスチナ人による2件の銃撃事件が起きたことを受け、イスラエル政府は28日、新たなテロ対策を発表した。パレスチナへの報復として、ヨルダン川西岸でのユダヤ人入植地の拡大を念頭にした政策の推進や、市民への銃規制の緩和などを行う。

ネタニヤフ政権の極右閣僚は、国際法違反とされる入植地を拡大し、パレスチナ人が多く住むヨルダン川西岸の併合をもくろむ。

発表によると、ネタニヤフ首相は今回の銃撃事件を受け、入植地政策の「強化」を決めた。具体策については今後、協議する。

また市民が自衛できるように銃取得の条件を緩和し、取得の手続きを早める。また、テロを起こす容疑者の家族から社会保障の権利などを剥奪し、移動を制限する。ネタニヤフ氏は28日、「(銃撃事件に対して)我々は強く、素早く対応する。我々に害を与えようとする者に対し、我々は危害を加える」と述べた。(後略)【1月29日 毎日】
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【アメリカ・ブリンケン国務長官が中東歴訪で双方に自制を求めるも効果なし】
前記のように中東を歴訪したアメリカ・ブリンケン国務長官は1月30日、ネタニヤフ首相と会談し、改めて「自制」を求めています。

****米国務長官、緊張緩和訴え イスラエル首相と会談****
ブリンケン米国務長官は30日、イスラエルを訪問しネタニヤフ首相と会談した。同国とパレスチナの暴力の応酬で悪化する治安情勢について協議。

ブリンケン氏は会談後「緊張緩和に向け対策を講じるよう求める」と述べ、双方に自制を要求した。事態の沈静化に向けたバイデン米政権の役割や具体策は語らなかった。

イスラエル政府はパレスチナ人による暴力への対抗策として、占領地ヨルダン川西岸でのユダヤ人入植地拡大に言及している。ブリンケン氏の訪問が緊張緩和につながるかどうかは不透明だ。【1月31日 共同】
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ブリンケン国務長官は31日にはパレスチナ自治政府・アッバス議長と会談、パレスチナ国家建設の「2国家共存案」への支持を再確認し、イスラエルの入植地拡大に反対しています。

*****米国務長官、パレスチナ議長と会談 2国家共存案への支持再確認****
ブリンケン米国務長官は31日、ヨルダン川西岸ラマラを訪れ、パレスチナ自治政府のアッバス議長と会談した。激化しているイスラエルとパレスチナ間の暴力の応酬を終わらせるよう訴え、「2国家共存案」を脅かすいかなる行動にも反対すると表明した。

1月だけでもイスラエルとパレスチナ間の暴力の応酬でパレスチナ人35人が死亡したとみられている。

ブリンケン長官はエルサレムでの記者会見で、2国家共存案こそが「人々に安心感をもたらす状況を作り出す唯一の方法だ」と指摘。

2国家共存案を脅かし得る行為について、あらゆる当事者に対して警鐘を鳴らした上で、「このような行為には入植地の拡大、前哨部隊の合法化、取り壊しや立ち退き、聖地の歴史的地位の崩壊、そしてもちろん暴力の扇動や黙認といったものを含むことを明確にしてきた」と述べた。

アッバス議長は「今日の情勢はイスラエル政府に責任がある。2国家共存案を損ない、署名された協定に反している」と非難した。

ブリンケン長官は30日にエルサレムで行ったイスラエルのネタニヤフ首相との会談でも激化している情勢の沈静化を促し、「2国家共存案が紛争解決に向けた唯一の道」という認識を再確認した。(中略)

ブリンケン氏はまた、海外からの援助に大きく依存しているパレスチナ経済に対する米国の支援についても強調。米国が国連を通じて5000万ドルの追加資金を提供するほか、パレスチナ人に対する高速通信規格「4G」サービスの提供で合意に達したと語った。【2月1日 ロイター】
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しかし、双方に自制を求めたブリンケン米国務長官帰国直後にイスラム過激派の攻撃が再開。イスラエルの報復も。

***イスラエルにガザ地区からロケット弾…ブリンケン米国務長官の訪問直後****
イスラエル軍は1日、パレスチナ自治区ガザ地区からイスラエル南部にロケット弾1発が発射され、対空防衛システム「アイアン・ドーム」で迎撃したと発表した。ブリンケン米国務長官がイスラエルとパレスチナを訪問し、緊張緩和に向け自制を求めた直後の攻撃で、事態収束のメドは立たない。

被害は確認されていない。ガザを実効支配するイスラム主義組織ハマスや、ハマスと共闘する武装組織「イスラム聖戦」はいずれも、犯行声明を出していない。(後略)【2月2日 読売】
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****イスラエルがガザ空爆、ロケット弾発射に報復****
イスラエル軍は2日、パレスチナ自治区ガザを夜間に空爆したことを明らかにした。1日のロケット弾発射に対抗し、ガザを実効支配するイスラム組織ハマスが使用するロケット・武器製造拠点を標的に空爆を行ったと述べた。

現時点で死者や重傷者は報告されていない。(後略)【2月2日 ロイター】
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2月13日にも

****イスラエル、ハマスのロケット弾製造拠点を空爆****
イスラエル軍は、パレスチナ自治区ガザを実効支配するイスラム組織ハマスの地下のロケット弾製造拠点を空爆したと発表した。ロイター記者は13日未明にガザで爆発が数回起きたのを確認した。

空爆による負傷者はこれまでのところ報告されていない。イスラエルは週末にガザから発射されたロケット弾を撃墜したと発表していた。パレスチナ側から犯行声明は出ていない。

また、ヨルダン川西岸のナブルスでは部隊が民家を包囲し、銃撃戦が起きたとの目撃情報がある。

ナブルス周辺のパレスチナ人による武装組織「デン・オブ・ライオンズ(ライオンの巣)」は、軍部隊を待ち伏せして攻撃したと表明。イスラエルはコメントしていない。【2月13日 ロイター】
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【イスラエル新たな入植地 アメリカは6年ぶりに安保理でのイスラエル批判に同調】
更に、イスラエルはヨルダン川西岸で新たに9カ所のユダヤ人入植地を承認。これに対し、アメリカを含む欧米は反他を表明しています。

****イスラエル政府の新たな入植地承認、欧米主要国が反対表明****
英国、フランス、ドイツ、イタリアおよび米国の外相らは14日、イスラエルのネタニヤフ首相が、同国が占領するヨルダン川西岸で新たに9カ所のユダヤ人入植地を承認したことを非難する共同声明を発表した。

共同声明で5カ国外相は「イスラエル人とパレスチナ人の緊張を悪化させ、交渉による2国家間解決を達成するための努力を損ねることにしかつながらない一方的な行動に強く反対する」としている。(中略)

ブリンケン米国務長官は「非常に憂慮している」と述べていた。

1967年の第3次中東戦争でイスラエルが占領したパレスチナ自治区ヨルダン川西岸のユダヤ人入植地について、世界の大半の国は国際法違反とみなしている。

イスラエルはこれに反論し、聖書や歴的、政治におけるヨルダン川西岸とのつながりや安全保障上の利益を主張している。

民間非営利団体のピース・ナウによると、第3次中東戦争以降、イスラエルは占領地で入植活動を進め、パレスチナ人が将来の国家の中核と見なす土地で入植地の数は現在132となっている。【2月15日 ロイター】
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国連安保理も「深い懸念と失望」を表明する議長声明案を全会一致で採択しましたが、アメリカがイスラエル非難に米国が同調するのは2016年12月以来、約6年ぶりとのこと。

****イスラエル入植非難、米国が6年ぶりに同調…トランプ前政権から変化****
国連安全保障理事会は20日、イスラエルが占領地で加速させる入植活動について、「深い懸念と失望」を表明する議長声明案を全会一致で採択した。安保理のイスラエル非難に米国が同調するのは2016年12月以来、約6年ぶり。

声明では、イスラエルの入植地拡大に伴う「パレスチナ人の土地の没収や民家の取り壊し」などを非難し、「(イスラエルとパレスチナの)『2国家共存』による解決策を危険なほど脅かしている」と指摘した。

 議長声明の採択を受け、イスラエル首相府は20日に声明を出し、「ユダヤ人が歴史的な故郷に住む権利を否定する一方的なものだ」と反発し、「米国は決してそれ(声明の採択)に加わるべきではなかった」と批判した。

 米国のトランプ前政権は親イスラエルを鮮明にし、安保理でイスラエルを非難する声明を採択できない状況が続いていたが、バイデン政権は、入植地拡大に反対姿勢を明確にしている。【2月22日 読売】
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【イスラエル軍の急襲作戦で本格衝突の懸念も】
しかし、2月22日にはヨルダン川西岸地区でイスラエル軍の大規模作戦が行われ、対立・緊張は拡大の方向。

****イスラエル軍、西岸で急襲 パレスチナ人10人死亡****
イスラエル軍が占領するヨルダン川西岸北部ナブルスで22日、軍が反イスラエルのパレスチナ人武装勢力を拘束しようと急襲作戦を実施し、パレスチナ自治政府保健省によると、パレスチナ人10人が死亡、100人以上が負傷した。

昨年末にイスラエルで対パレスチナ強硬派の極右政党が参加するネタニヤフ政権が発足して以後、イスラエル、パレスチナ双方による暴力が相次いでいる。

自治区ガザを実効支配するイスラム組織ハマスは「西岸でエスカレートする占領軍(イスラエル軍)の犯罪を静観してきたが、我慢の限界だ」との声明を発表した。【2月23日 共同】
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この作戦後も、ロケット弾と空爆の応酬が。

****イスラエルとパレスチナ 本格衝突の懸念****
イスラエルとパレスチナ武装勢力の衝突が激化しつつある。イスラエル軍が22日、ヨルダン川西岸のナブルスで実施した武装勢力に対する急襲作戦で多数の死傷者が出たのを受け、パレスチナ側はロケット弾を発射して報復。イスラエル軍は23日、これに空爆で応戦した。本格的な軍事衝突への懸念が高まり、国連などが調停に乗り出した。(後略)【2月24日 産経】
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アメリカは再びイスラエルに自制を求めてはいますが・・・

****米国防長官、西岸の緊張緩和促す イスラエル国防相と電話会談****
オースティン米国防長官は24日、パレスチナ武装勢力との衝突が激しさを増しているイスラエルのガラント国防相と電話会談した。

イスラエル軍がパレスチナ武装勢力を拘束しようとヨルダン川西岸で22日に実施した急襲作戦で民間人の死傷者が出た事態を踏まえ、イスラエル、パレスチナ双方で高まる緊張を緩和するよう促した。

イスラエルでは、対パレスチナ強硬派の極右政党が参加するネタニヤフ政権が発足後、暴力の応酬が続いている。オースティン氏は、イスラエルの安全保障に対する断固とした関与を強調。テロから国民を守るとするイスラエルの主張には理解を示した。【2月25日 共同】
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これまでの経緯を見ると、アメリカの自制を求める要請にイスラエル側は「無視」の構えです。
水面下でそのように“話がついている”のか、アメリカの存在感が低下しているのか。

一方、ハマスは「(イスラエル軍の)犯罪を静観してきたが、我慢の限界だ」と言っていますが、要するにイスラエル相手に本格的にことを構える力が今はない・・・ということのようにも見えます。
そうであれば、“小競り合い”は別にして、衝突が本格化することもないのかも。ただし、事態は当事者が意図しない形にもなりえます。
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中国  王毅氏のロシア訪問で連携をアピールするも慎重対応は崩さず 米は中国のロシア接近を牽制

2023-02-24 23:04:02 | 国際情勢


(ロシアのプーチン大統領は、同国を訪問した中国外交担当トップの王毅氏と会談した。【2月23日 ロイター】)

【侵略開始1年のウクライナへの国際社会の連帯】
ロシアのウクライナ侵攻から1年という節目にあたり、国連では欧米主導でロシア軍の即時撤退などを求める決議が採択されました。

****国連総会、露軍撤退求める和平決議案を採択 賛成141カ国****
国連総会(加盟193カ国)は23日、ロシアのウクライナ侵略を巡る緊急特別会合で、領土保全や主権の尊重など国連憲章の原則に基づく永続的な和平を目指し、露軍の即時撤退などを求める決議案を141カ国の賛成で採択した。

反対はロシアなど7カ国。中国など32カ国が棄権した。賛成国の数は、国連総会が昨年採択したウクライナ侵略を巡る決議5本で最多の143カ国とほぼ同数で、24日で侵略開始1年のウクライナへの国際社会の連帯を示した。

決議は、公正な和平の早期達成に向け、露軍の即時撤退のほか、電力施設などの重要インフラや民間人への意図的な攻撃の即時停止▽ロシアへ強制移送された子供ら抑留者の帰還などを求めている。

また、ウクライナで起きた国際法上の重大犯罪を調査・訴追し、責任を追及する必要性を強調し、侵略に伴う食糧・エネルギー価格高騰などに深い懸念を示している。【2月24日 産経】
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欧米ではロシア批判が“当たり前”のことともみなされていますが、世界全体では必ずしもそうしたロシア批判一色ではなく、“グローバルサウス”と呼ばれるアフリカ・南米などの途上国には欧米主張とも一線を画する国が少なくないことも以前から指摘されています。

決議には法的拘束力はありませんが、そうした状況でロシア軍撤退決議がどのくらいの賛成国を集められるか注目されていましたが、141ヶ国ということで“国際社会の中でロシアの孤立を浮き彫りにすることに成功した”【日系メディア】という評価がなされているようです。

ウクライナのクレバ外相は決議採択後、報道陣に「我々は結果に満足している。(賛成に)141票は、(支援が)西側諸国以上ということを示している。(主に南半球の新興国や発展途上国を指す)グローバルサウスが、ウクライナの側に立っていないという議論も覆した」と語っています。

【王毅氏のロシア訪問 ロシア側の「期待」は大きいものの、中国は慎重姿勢を堅持】
採決でロシアの他に反対したのは、ベラルーシ、北朝鮮、エリトリア、マリ、ニカラグア、シリア。
中国やインド、イラン、南アフリカなど32カ国は棄権票を投じ、13カ国は投票しませんでした。

ほぼ、これまでと同じ顔ぶれで、中国の「棄権」もこれまで同様です。

ロシアにとってアメリカに対抗できる「大国」中国の支援が極めて重要なものとなっていますが、中国はロシアに寄り添う姿勢はみせ、経済取引でも欧米の穴を埋める役割を担っているものの、軍事支援は行っておらず、ロシアとの経済関係も中国の利益優先の側面があるなど、欧米からロシア支援の批判を受けないよう、一線を越えない範囲にとどまる慎重な姿勢を続けています。

中国としても、ロシアとのパートナーシップを強調してアメリカを牽制するのはいいとして、ロシア・プーチン大統領の出口の見えない“泥船”に不用意に乗るのは、避けたいところでしょう。

その中国の外交担当トップの王毅氏がロシアを訪問し、プーチン大統領とも会談したということで、その動向が注目されています。今回訪問は習近平国家主席のロシアへの公式訪問に向けて調整を図る意味合いがあるとも指摘されています。

****プーチン氏が中国外交トップと会談、習氏訪ロに期待 関係「新境地」****
ロシアのプーチン大統領は、同国を訪問した中国外交担当トップの王毅氏と会談した。中ロ関係が「新境地」に達したと指摘し、習近平国家主席の訪ロに期待を示した。

プーチン大統領は王氏に「国家主席のロシア訪問を待っている。このことでわれわれは合意している」と言及。「全てが前進し発展している。われわれは新境地に到達している」と述べた。

また、二国間貿易が予想以上に好調で、2022年の1850億ドルから、近く年間2000億ドルに達する可能性があると伝えた。

一方、王氏は、中ロ関係は不安定な国際情勢の圧力に耐えたとし、危機は一定の機会を提供すると指摘。
中ロ関係は、いかなる第三者に対抗するものでなく、同時に「第三者からの圧力に屈しない」と述べた。

「われわれは共に国際関係における多極化と民主化を支持している」とし「これは時代と歴史の流れに完全に合致しており、大多数の国の利益にも合致している」と説明した。

またタス通信によると、王氏はプーチン大統領に対し、ウクライナ情勢を巡り「中国はこれまでと同様、客観的で公平な立場を堅持し、危機の政治的解決に建設的な役割を果たす」と述べた。

プーチン氏との会談に先立ち王氏はラブロフ外相と会談し、訪問中に新たな協定を締結することを楽しみにしていると述べた。協定の詳細は不明。

ロシア外務省は、ウクライナ戦争の解決に向け、中国がより積極的な役割を果たすことを歓迎し、中国の「バランスのとれたアプローチ」を評価すると表明。ただ、別の声明では王・ラブロフ両氏は中国の和平案について協議していないと明かした。

王氏はラブロフ氏に「国際情勢がどのように変化しようとも、中国はロシアとともに、大国間の関係発展における前向きなトレンドを維持する努力を続けてきた。これからもそうすることに引き続きコミットする」と表明。中ロ関係の「強化・深化」に取り組むと述べた。【2月23日 ロイター】
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プーチン大統領は会談で、習近平国家主席の今春のモスクワ訪問に期待を表明したとも報じられています。

ロシア側の中国への「期待」が強いことがうかがえますが、中国・王毅氏の対応はこれまで同様に“慎重”です。

****中国とロシア“接近”に見えて……思惑に「3つのズレ」 専門家「中国は二股をかけて調停役を演じたい」 習主席の訪ロは?****
ロシアを訪れた中国の政治局員に対し、プーチン大統領は、習近平主席の訪露を「期待している」とラブコールを送りました。両国は接近しているようにも見えますが、専門家によると思惑には3つのズレがあります。習主席の訪問はあるのでしょうか?

■ロシアの「期待」に対して中国は?
日テレNEWS有働由美子キャスター
「今注目されているのが、中国の習近平国家主席です。プーチン大統領は、習主席のロシア訪問を『期待している』と、ロシアを訪れた中国の王毅政治局員に伝えました。中国とロシアが、ここに来て一気に接近しているという感じを受けます」

小栗泉・日本テレビ解説委員
「そう見えますが、中国に詳しい神田外語大学の興梠一郎教授は、『ロシアと中国の思惑にはズレがある』と分析しています」

「興梠教授によると、王毅氏の訪露の中で、ズレが大きく分けて3つあります。まず、王毅氏が会ったのは外交担当者だけではありませんでした。プーチン大統領自ら直々に会談して、もてなしました。ロシア側の期待感の大きさが見えます」

「次に、習主席のロシア訪問についてプーチン大統領は『期待している』と言ったのに対し、中国外交部の会談記録にはその記載がありません。つまり、行くとも行かないともコメントしていません」

「さらに、中国側の記録には『ウクライナ問題について深く意見交換した』とあるのに対し、ロシア側の記録には記載が全くありません。

■王毅氏「政治的解決へ建設的な役割
(中略)
有働キャスター 「ロシアはラブコールを送っているのに、中国側は態度がはっきりしない、つれない感じがします」
小栗委員 「そうですね。興梠教授によると中国は今も、欧米とロシア、双方に二股をかけています。もっと言うと、今回のウクライナ侵攻の調停役を演じたい、それによって中国の世界的なイメージを良くしたいと考えているといいます」

「実際、王毅氏はプーチン大統領に『中国はこれからも公正かつ客観的立場を堅持し、ウクライナ問題の政治的解決のために建設的な役割を果たす』と言っています」

■ロシア訪問は「今は前のめりでない」
日テレNEWS有働キャスター 「プーチン大統領は『おいおい』と思ったのではないでしょうか。そうすると、習主席はロシアを訪問しないのでしょうか?」

小栗委員 「興梠教授は『ロシアと中国は、使ったり使われたりする関係なので、ロシア訪問のタイミングは今後の戦況や、アメリカの出方などを見ながら決めるだろう。ただ少なくとも、今は前のめりではない』と話しています」(後略)【2月24日 日テレEWS】
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【アメリカ 中国の「ロシアへの殺傷兵器提供」で警告 ロシア接近を牽制】
この中国・王毅氏のロシア訪問・プーチン大統領との会談と同じ時期に中国・ロシア関係として注目されているのが、中国がロシアに向けて、ひそかに殺傷力のある兵器を提供しようとしているとのアメリカの懸念。

****米国務長官、中国が「ロシアへの殺傷兵器提供を検討」「深刻な結果」もたらすと警告****
アメリカのアントニー・ブリンケン国務長官は19日、ウクライナ侵攻を続けるロシアに対して中国が、「殺傷力のある」兵器と弾薬の提供を検討しているとの見方を示した。

ブリンケン長官は18日、ドイツ・ミュンヘンでの安全保障会議で中国の外交トップの王毅氏と会談後、米CBSニュースのインタビューに応じた。

ロシアへの支援をめぐっては、すでに中国企業がロシアに「殺傷力のない支援」を提供しているものの、ブリンケン氏は中国政府が「殺傷力のある支援」を提供する可能性があると示す新情報を得たと述べた。そして、このようなエスカレーションは中国にとって「深刻な結果」を意味すると警告した。

中国は、軍装備品の提供をロシア政府から要求されているとの報道を否定している。

ロシアのウラジーミル・プーチン大統領を支持する中国の習近平国家主席は、ロシアによるウクライナ侵攻をいまだ非難していない。

ただ、習氏はこの戦闘をめぐり中立の立場を維持しようとしており、平和を呼びかけている。

中国外務省は、ロシアとの関係についてアメリカから「非難」されたり「強制」されることは受け入れないとしている。

外交トップに「深い懸念」表明
ブリンケン氏は王氏との会談の中で、「中国がロシアに殺傷力のある支援を提供する可能性」について「深い懸念」を表明したという。

「現在に至るまで、我々は複数の中国企業が(中略)ウクライナで使用するための殺傷力のない支援をロシアに提供しているのを確認してきた。それが今では、中国が殺傷力のある支援提供を検討していると情報を得ており、我々はこれを懸念している」と、ブリンケン氏は述べた。

中国の計画についてアメリカがどのような情報を入手したのかは、長官は明らかにしなかった。中国がロシアに具体的に何を提供しそうだと、アメリカとして考えているのか重ねて問われると、ブリンケン氏は主に兵器と弾薬だろうと述べた。

米政府は1月26日、ロシアの雇い兵組織「ワグネル・グループ」にウクライナの人工衛星画像を提供していたとして、中国企業に制裁を科したと発表した。

ブリンケン氏はCBSに対し、「言うまでもなく、中国では民間企業と国家の間に、実質的な区別がない」と述べた。
そして、中国がロシアに兵器を提供すれば、「アメリカにとって、そして米中関係にとって、深刻な問題」を引き起こすことになると付け加えた。【2月20日 BBC】
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NATO=北大西洋条約機構のストルテンベルグ事務総長も、中国がロシアに武器供与を検討している兆候を確認したと述べ、中国に自制を呼びかけています。

プーチン・王毅会談が22日ですから、時間的にはこのアメリカからの“殺傷兵器供与への懸念表明”の方が先です。

アメリカの疑惑指摘を裏付けるように、中国企業によるロシアへのドローン輸出が報じられています。

****ドイツ有力誌 「ロシアが中国企業とドローン100機購入を協議」****
ウクライナへの侵攻を続けるロシアが「ドローン100機の購入について中国企業と協議中」だとドイツの有力誌「シュピーゲル」が報じました。

ドイツの有力誌「シュピーゲル」の23日付の記事によりますと、ロシア軍は中国の無人機メーカーとドローン取引を協議し、メーカー側は「『ZT─180』というドローン100機を製造し、4月までに提供する用意がある」と伝えたということです。

軍事専門家の話として『ZT─180』は35キログラムから50キログラムの弾頭を搭載することができ、ロシアがウクライナへの攻撃に使用しているイランの無人機に似ているということです。

さらに次の段階として、この中国企業はドローンの部品や製造のためのノウハウをロシア側に提供する計画で、そうすれば、ロシア国内で月におよそ100機のドローン製造が可能だとしています。

また、「シュピーゲル」は去年には、中国の「ある企業」がロシアの戦闘機の部品などを提供することを計画、民間航空機の部品と見せかけて輸出するため書類の偽造も計画されていたとも報じています。

さらに中国政府の管轄下にある貿易会社がUAE=アラブ首長国連邦経由で軍民両用のドローンをロシア側に輸出し、実際にロシア軍がウクライナ前線での偵察に使用しているとしています。

「シュピーゲル」の取材に対し、中国外務省はロシアへの武器提供を否定しているということです。【2月24日 TBS NEWS DIG】
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時期的に王毅氏のロシア訪問と重なったあたりは、中国へのロシア接近を牽制するアメリカ側の警告のようにも思えます。

【中国 ロシア・ウクライナ双方に配慮した全面停戦の呼び掛け 具体策はなし】
王毅氏はプーチン大統領に『中国はこれからも公正かつ客観的立場を堅持し、ウクライナ問題の政治的解決のために建設的な役割を果たす』と語ったそうですが、そうした立場の表明でしょうか、あるいは、調停役を演じて国際評価を高めたいという思惑でしょうか、中国はロシア・ウクライナ双方に全面的停戦を呼び掛けています。

****中国、ロシア・ウクライナに全面的な停戦呼びかけ「早期に直接対話再開を」****
中国外務省は24日、ウクライナ危機に関する中国の立場を示す文書を発表した。ロシアとウクライナの双方に対し「互いに歩み寄り、できるだけ早期に直接対話を再開することを支持する」と表明し、全面的な停戦を目指すよう呼び掛けた。

文書では、ロシアが使用をちらつかせる核兵器について「使用や威嚇には反対すべきだ」と表明。生物化学兵器についても「いかなる国がいかなる状況においても、研究開発や使用することに反対する」との考えを示した。

米国が主導する対露制裁を念頭に「国連安全保障理事会による権限委託を受けていない一方的な制裁に反対する」と牽制(けんせい)した。

文書は「各国の主権、独立、領土保全は適切に保障されなければならない」と指摘し、侵略を受けたウクライナ側の立場に配慮した。

同時に、北大西洋条約機構(NATO)の東方拡大に原因があるとするロシア側の主張を念頭に、「地域の安全は、軍事グループの強化や拡大によって保障することはできない」と主張した。

中国は、米国との対立激化をにらみ、ロシアとの連携を強化する一方で、ウクライナ問題では過度にロシア寄りの姿勢をとって国際的に孤立することを避けようとしている。【2月24日 産経】
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侵攻1年にあたり、中国の“公正かつ客観的立場”をアピールするものですが、停戦に向けた具体策は示されていません。
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タイとカンボジア  総選挙に向けた政治状況 タイは親軍勢力の「分裂選挙」 独裁色強めるカンボジア

2023-02-23 23:21:50 | 東南アジア

(タイの首都バンコクで、新内閣の写真撮影の際に高級時計を垣間見せた、軍事政権ナンバー2のプラウィット・ウォンスワン副首相兼国防相(2017年12月4日撮影、資料写真)【2018年1月24日 AFP】 この人物が総選挙後の政局のカギを握っているようです。)

【タイとカンボジアの近親憎悪的関係】
一般に隣国関係というのは、侵略したり、されたりという歴史、あるいは経済的競合などもあって「近親憎悪」的な関係にあることが珍しくありません。(“珍しくない”というより、“そういうことの方が多い”と言うべきかも)

日本に関しても思い当たるところはありますが、それはさておき、タイとカンボジアもそうした近親憎悪的関係のひとつ。

両国は隣国であるだけでなく、言語的にも非常に近いという文化的類似性がありますが、カンボジア側からすれば圧倒的なタイの経済力に対する屈折した思いもあります。

2008年に始まった国境に位置するプレアビヒア寺院の帰属をめぐる両国の国境紛争も、そうした複雑・屈折した関係を背景としてのものであり、また結果的に、複雑な関係を更に複雑化させるものでもありました。

そうしたカンボジア・タイ関係ですが、独裁色を強めるカンボジアのフン・セン政権と、タイの軍事政権・プラユット政権という似た者同士ということもあってか、近年は順調なようです。

****カンボジアとタイを結ぶ鉄道、45年ぶりに開通****
カンボジアとタイを結ぶ鉄道が22日、45年ぶりに正式に開通した。隣り合う両国間の移動時間の縮小と貿易の促進が狙いだ。
 
カンボジアのフン・セン首相とタイのプラユット・チャンオーチャー首相は、タイ側の国境で開かれた調印式に出席した。両首相はその後、タイ政府が寄付した車両に乗りカンボジアのポイペトへ移動。列車から降りた2人は、固く握り合った手を掲げ、両国旗を振る群衆の歓声を受けた。
 
フン・セン首相は、今回の2人の旅を「歴史的」と評し、タイ政府による、両国を結ぶ鉄道復旧の取り組みに感謝の意を表した。さらに、この鉄道がカンボジアと他の隣国との関係を深め、経済と貿易を拡大させることに期待も寄せた。
 
カンボジア政府は昨年、首都プノンペンからタイ国境へ向かう全長370キロの鉄道の、最終区間の運行を再開していた。 【2019年4月23日 AFP】
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ただ、複雑な両国感情はそう簡単に払拭されるものでもなく、折に触れ噴出することにもなります。

****「ムエタイ」ではなく「クンクメール」 タイとカンボジアが対立****
タイ政府は24日、格闘技「ムエタイ」について、5月にカンボジアで開催される東南アジア競技大会(SEA Games)でタイ語の名称ではなくカンボジア語の名称を使用する計画があることに反発し、大会をボイコットすると発表した。
タイ政府当局者は、同国の国技であるムエタイをカンボジアは自らの国技であるとして「クンクメール」という名称を使おうとしていると非難している。

一方、カンボジア政府は、世界的にはムエタイという名称の方が知られているが、競技の発祥地はカンボジアだと主張している。カンボジアが同大会を主催するのは初めて。

タイのオリンピック委員会のチャルーン・ワタナシン副委員長は、国際オリンピック委員会(IOC)はクンクメールという名称を承認していないと指摘。AFPの取材に対し、「国際的な規則に違反しており、タイからのムエタイ選手の参加は見送る」と述べた。

カンボジアの東南アジア競技大会組織委員会の幹部バット・チャムロン氏は、「開催国には競技名をクンクメールに変える権利がある。競技はクメール発祥で、われわれの文化だ」と、AFPに説明した。

世界プロムエタイ連盟(IFMA)のステファン・フォックス事務局長はAFPに対し、「柔道が空手ではないように、クンクメールはムエタイではない。似ている点はあるかもしれないが、クンクメールには公認の連盟がない」と述べた。【1月25日 AFP】
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【タイ 5月7日総選挙 親軍勢力の「分裂選挙」 選挙戦は野党がリードするも、カギを握るのはプラウィット副首相】
でもって、ともに総選挙を控えた両国の最近の政治情勢。
先ずタイの話。タイでは5月7日の総選挙に向けて「政治の季節」に突入しています。

****タイ首相、3月の下院解散表明 総選挙5月7日の公算****
タイのプラユット首相は21日、3月に下院を解散すると表明した。総選挙は5月7日となる可能性が高い。

プラユット氏は、選挙委員会が日程で合意するには今月末まで時間が必要だと指摘。3月の下院解散により候補者準備に十分な時間が取れると説明した。

記者団から選挙は5月7日になるのかと問われると「もちろんだ」と答えた。

選挙戦は既に始まっており、世論調査によるとプラユット氏(68)は、タクシン元首相の娘のペートンタン氏(36)にリードされている。ペートンタン氏は、最大野党「タイ貢献党」を代表することになる。

プラユット氏は2019年の総選挙では「国民国家の力党」の首相候補だったが、今回の選挙では新党「タイ団結国家建設党」に加わり続投を目指す。

一方、国民国家の力党はプラウィット副首相(77)を首相候補とする方針。同氏はプラユット氏の陸軍時代の上官に当たる。

政府報道担当官はこの日の会見で、総選挙は5月初旬に実施し、結果は7月上旬に発表される見通しだと述べた。

7月末までに新議会が首相を選出し、組閣は8月上旬になるとし、それまではプラユット政権が暫定的に政権運営を行う予定だと説明した。【5月22日 ロイター】
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上記記事もあるように、プラユット氏は与党「国家の力党」を離脱して、独自の新党を結成、一方与党「国家の力党」はプラウィット副首相を首相候補として戦うという軍人政党の“分裂選挙”となっています。

一方で、選挙戦をリードするのはタクシン元首相の娘のペートンタン氏が牽引する「タイ貢献党」です。ただ、野党「タイ貢献党」が選挙で第1党になっても、軍部が政権を維持できる制度になっています。

****タイ次期首相、軍出身2人が競う 権力争いが激化****
5月までに下院総選挙が実施予定のタイで、親軍派の権力争いが激化している。国軍出身のプラウィット副首相が親軍最大与党「国民国家の力党」から次期首相候補として正式に指名され、続投を目指して新党から出馬するプラユット首相と対決する構図になった。多数派形成に向けて、双方による政治家の引き抜きが活発になっている。

「首相になる準備はできている」。力党の党首でもあるプラウィット氏は1月末、政治資金パーティーで意欲を示した。同氏はプラユット氏が2014年に軍事クーデターを決行した時からナンバー2として支えてきた。19年の下院総選挙後にプラユット氏は力党の支持で首相に就いたが、党務はプラウィット氏が取り仕切ってきた。

プラウィット氏はプラユット氏の元上官で「兄弟」と呼ばれる間柄だ。調整力にたけており政財界に強い影響力を持つ。首相を目指す決心をしたのは、有権者の人気が低下するプラユット氏では選挙に勝てず政権を失う可能性があるためだ。

力党の後押しを得られなくなったプラユット氏は、自身の支持派が立ち上げた新党「タイ団結国家建設党」に参加して首相続投を狙う。水面下で力党所属の下院議員などに移籍を呼び掛けている。

力党は19年の下院選で定数500議席のうち116議席を獲得したが、相次ぐ離党で足元では70議席程度まで減った。

プラウィット氏は巻き返しに動いている。政治資金パーティーを開いた日に、20年に離党したウッタマ前党首の復党を発表した。学者出身のウッタマ氏は財務相を務めていたが、党内の閣僚ポストを巡る争いに巻き込まれ辞職した。その後、自ら政党を立ち上げた同氏をプラウィット氏が再び招き入れた。

世論調査ではタクシン元首相派の最大野党「タイ貢献党」に勢いがあるが、下院選後も親軍政権が続く可能性は高い。首相指名選挙は下院議員(定数500)と、軍政下で任命された上院議員(定数250)の合同投票となる。上院議員は国軍の意向に従うとみられ、親軍派に有利な仕組みのためだ。

下院選後のシナリオは大きく2つある。一つは親軍政権を維持するための力党と建設党の連立。もう一つは力党と貢献党の連立だ。貢献党はタクシン派政権をクーデターで倒した張本人であるプラユット氏とは組めないが、プラウィット氏なら許容できるという見立てだ。「今後はプラウィット氏を中心として政局が動く可能性が高い」(外交筋)との見方が出ている。【2月7日 日経】
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前にも書きましたが、タクシン支持「タイ貢献党」と親軍「国民の力党」の大連立・・・以前は考えられない仇敵同士の組み合わせですが、そんなことがあるのでしょうか。

政局の中心にいるプラウィット副首相は表舞台に名前が出ることは少なかったのですが、唯一話題になったのは2018年の“高級腕時計”

****タイ副首相、未申告の高級時計25個所持? 友人から借りたと釈明****
タイ軍事政権ナンバー2のプラウィット・ウォンスワン副首相兼国防相が多数の高級時計を未申告で所持している疑いが浮上し、政権に対するあからさまな批判が珍しい同国で、辞任や徹底追及を求める声が高まっている。
 
12月以降、プラウィット氏が身に着けている腕時計を数えているフェイスブック(Facebook)ユーザーのページによると、高級腕時計は25個に上っている。

内訳はロレックス(Rolex)11個、パテックフィリップ(Patek Philippes)8個、リシャール・ミル(Richard Milles)3個などで、総額120万ドル(約1億3000万円)相当。

これらの時計は就任時に公開された資産目録には含まれておらず、比較的質素な公務員給与でどうやって高級時計を入手できたのか疑問が生じているが、プラウィット氏本人は、友人からの借り物ですでに返却したと説明している。【2018年1月24日 AFP】
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野党「タイ貢献党」の首相候補に担がれたタクシン元首相の次女ペートンタン氏は妊娠中で、丁度投票日の頃が出産予定日。

****タクシン元首相の娘、「タイ貢献党は未完の仕事やり遂げる」****
5月に予定されているタイ総選挙で最大野党「タイ貢献党」からの出馬が見込まれる、タクシン元首相の次女ペートンタン・シナワット氏(36)はロイターのインタビューで、タイ貢献党は2001年以来3度にわたり政権の座に就きながら裁判所の判決やクーデターで中断し、未完となっている仕事をやり遂げると決意を示した。

ペートンタン氏が総選挙を控えて外国メディアの正式なインタビューに応じたのは初めて。

シナワット家はタクシン元首相やインラック元首相などを排出した富豪の一族で、大衆迎合的な政策を掲げ、選挙で大きな勝利を上げてきた実績を持つ。

ペートンタン氏は地滑り的大勝利でタクシン氏やインラック氏を政権の座に押し上げた熱気を再び巻き起こそうと、タイ貢献党の地盤である地方で懸命に選挙戦を展開中。昔を懐かしむ労働者階級からの支持を集め、有力候補に浮上している。

タイ貢献党の政策について「政権を握った最初の年に全て解決しようとしたが、その4年後にクーデターで追放され、やり残していることがある」と指摘。「だから私たちの政策がいかに人々の生活を変えることができるかを各段階で伝える。安定した政治によってのみ人々の生活の持続的な変化は可能になる」と訴えた。

自身が妊娠7カ月目であることについては「大丈夫だ。2度目の妊娠で自分のことは分かっている。無理はしない」と述べた。【2月20日 ロイター】
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前回総選挙で躍進した、タクシン対反タクシン・軍部の構図からの脱却を目指す“第3極”の「新未来党」は2019年にタナトーン党首が議員資格をはく奪され、翌20年には憲法裁による解党命令を受けましたが、後継政党である「前進党」がタナトーン氏とともに新未来党結党に参画したピタ氏を首班候補に立てて戦う形になっています。

【カンボジア 7月23日に総選挙 独裁色を強めるフン・セン首相、次男を後継者として政権批判メディアへの圧力を強める】
カンボジアの方は7月23日に総選挙が予定されています。
カンボジアに関しては情報が限られていますが、フン・セン首相の独裁傾向がいよいよ強まり、自身の長男を後継者にすることを目論んでいるようです。政権に批判的なメディアへの圧力も強まっています。

****最後の言論の自由が奪われる 総選挙控えたカンボジア首相、独立系メディアの免許剥奪****
<事実上の一党独裁体制がより堅固なものになるのか......>

カンボジアのフンセン政権は2月13日、政府批判など国民の立場に立った言論活動を続けていた独立系ネットメディア「ボイス・オブ・デモクラシー(VOD=民主主義の声)」のメディアとしての免許を停止することを関係機関に命じた。これにより14日以降VODのウェブサイトへアクセスできない事態に陥っている。

VODは政府による言論弾圧が続くカンボジアで唯一残されたメディアといわれ、過去約20年間にわたって社会の不正や政府の腐敗を鋭く追及。国民や国際社会から注目されたメディアだった。

フンセン政権は7月23日に総選挙を控えており、選挙前にメディアによる政権批判を封じ込めようとの思惑が今回のVOD閉鎖命令になったとみられている。

引き金は首相の息子批判
今回の免許取り消しはフンセン首相の長男であるフンマネット国軍副司令官に関わる報道が直接的なきっかけになったとされている。

それは2月9日にフンマネット氏がトルコ・シリア地震被害に対する政府支援金として1万ドルの政府支出を承認したことが「重大な権限違反」としてVODが報道したことにあるという。カンボジアの法律ではこうした対外援助を承認できるのは首相のみとされている。

フンセン首相は自分が不在だったため息子が代わって承認したもので「なんら問題ない」とフンマネット氏の承認を正当なものであると主張している。

フンマネット氏はフンセン首相の後継者の最有力候補であり、身内でもあることからカンボジアではフンセン首相とならんで「アンタッチャブル(触れることのできない)」な存在となっており、VODの報道はその一線を越えてフンセン首相の怒りを買ったとの見方が有力だ。

独裁政権への歩み フンセン首相
カンボジアは一部の独立系メディアを除いて報道の自由は存在しないマスコミ暗黒の国とされてきた。それはとりもなおさず1998年から続く長期独裁政権を続けるフンセン首相の強権弾圧政治の反映でもある。

実質的な1党独裁国家ともいわれるカンボジアはフンセン首相による政敵排除と反政府系メディア弾圧が特徴とされている。

2017年にはフンセン首相の専制を批判する野党救国党のサム・ランシー党首を逮捕、告訴(名誉棄損)などで辞任させ、後継者のケム・ソカー氏も逮捕するなどして救国党を解散に追い込み、フンセン首相の人民党の実質1党支配が現在まで続いている。

サム・ランシー氏はフランスに亡命しており現在もカンボジアへの帰国ができない状況が続いている。

フンセン首相は元々ポルポト率いるクメール・ルージュの下級指揮官だったが、ポルポトの極端な政策に嫌気をさしてベトナムに亡命、ベトナムがカンボジアに侵攻してポルポト政権を倒すと同時にカンボジアに帰国。以後、政治家として着実に地歩を固め、連立政権を組んでいたフンシンペック党のラナリット殿下が外遊中の1997年に軍事クーデターを起こし最終的に実権を掌握したという過去がある。

各国政府や人権団体が一斉に政権批判
今回のVODの閉鎖命令に対し各国政府や人権団体などから大きな批判を浴びている。

プノンペンの米国大使館は声明を出して「自由で独立した報道機関は民主主義が機能するうえで重要な役割を果たし、国民が意思決定するに際して事実を提供し政府に説明責任を負わせる」とメディアの存在意義を強調してVOD閉鎖の再考を求めた。

またカンボジアの「欧州連合(EU)」代表団は声明を出し「情報へのアクセスと言論の自由は民主主義の社会の基本的心情であり、自由で公正な選挙の基盤でもある」とフンセン首相の決定を批判した。

英ロンドンの人権団体「アムネスティ・インターナショナル」は「今回の措置はカンボジア国内の独立系メディアの残された者に扉を閉めようとする露骨な試みであり、総選挙前に批判的な声に明確な警告を発した」と批判した。

仏パリに本部を置く「国境なき記者団」は2022年の世界各国の報道自由度ランキングでカンボジアを180カ国中142位に位置づけている。事実、フンセン政権は2017年にも「カンボジア・デイリー紙」と米系の「ラジオ・フリー・アジア」、「ボイス・オブ・アメリカ」など少なくとも15のラジオ局を閉鎖させている。

こうしたメディア弾圧の動きは翌2018年に総選挙が実施されることを前提にして行われたとされ、今回のVODの閉鎖も総選挙前という一致点がある。裏を返せばフンセン首相がそれだけ独立系メディアの存在が総選挙に与える影響力を懸念していることの表れともいえるだろう。【2月22日 大塚智彦氏 Newsweek】
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フン・セン首相が中国との関係を強化しているのは周知のところであり、カンボジアはASEANにあって中国の代理人的存在にもなっています。そうしたフン・セン首相にすれば、欧米の批判などとるに足らないものでしょう。
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韓国  止まらない少子化の流れ 「異次元の少子化対策」の日本も同じ轍を踏むのか

2023-02-22 23:23:25 | 人口問題

(【2月22日 東京】)

「異次元の少子化対策」なるものが議論される日本ですが、これまでも取り上げてきたように、日本や中国を含めた東アジア各国が少子化問題を抱えており、とりわけ日本以上に深刻なのが韓国です。

本日、韓国の新たな合計特殊出生率が発表されましたが、「0.78」となかなか驚異的です。今後更に0.70まで低下することも予想されています。(経済予測と異なり、変動要素が少ない人口統計予測はほぼ当たります。)

****22年出生率0.78で最低更新 OECD平均の半分以下=韓国****
韓国統計庁が22日発表した2022年の出生・死亡統計(暫定)によると、昨年の合計特殊出生率(1人の女性が生涯に産む子どもの推定数)は前年より0.03低い0.78で、統計を取り始めた1970年以降で最も低かった。

経済協力開発機構(OECD)加盟国の平均(1.59人)の半分にも満たない。韓国政府が対策に多額の予算を投じてきたにもかかわらず少子化に歯止めがかからず、昨年の出生数は25万人弱と、20年前の半分に落ち込んだ。

◇出生率 OECDで10年連続最低 
韓国の合計特殊出生率は1974年(3.77)に4を下回り、77年が2.99、84年が1.74と低下。2018年には0.98と、1を切った。19年が0.92、20年が0.84、21年が0.81、昨年が0.78と、過去最低を更新している。

OECD加盟国の中では13年から10年連続して最も低い。20年統計の比較でも、1を下回ったのは韓国だけだった。

韓国の22年の合計特殊出生率を広域自治体別にみると、ソウル市が0.59で最も低く、釜山市が0.72、仁川市が0.75と続いた。最も高かったのは世宗市で1.12。

昨年の合計特殊出生率0.78は、統計庁が昨年発表した将来推計人口上の予測(0.77)に近い。政府は、新型コロナウイルス禍による婚姻件数の減少などに伴い合計特殊出生率が24年には0.70まで落ち込むとみている。

◇出生数は20年前の半分 30年前の3分の1
22年の出生数は前年比4.4%減の24万9000人で、過去最少となった。02年(49万7000人)から20年でほぼ半減し、30年前の1992年(73万1000人)の3分の1に減った。(中略)

◇婚姻件数減少に晩婚化 少子化対策の効果も薄く
政府は少子化対策予算として06年から21年までに約280兆ウォン(約29兆円)を投じた。だが対策は総花的で実感できる効果が薄く、少子化の流れを根本から変えることはできなかったと指摘される。

仕事と育児の両立が難しい環境や私教育費の負担などを理由に、子どもを持つことをためらう人が多い。婚姻件数自体が減っている上、晩婚化も少子化に拍車をかけている。

婚姻件数は21年(19万3000件)に初めて20万件を下回り、22年も1000件減の19万2000件で過去最低を更新した。昨年の離婚件数は9万3000件だった。

女性が第1子を生む年齢は平均33.0歳で、前年から0.3歳上がった。韓国はOECD加盟国の中で最も高く、OECD平均(29.3歳)を3.7歳上回っている。

子どもの数にかかわらず、韓国で女性の出産年齢は平均33.5歳だった。前年より0.2歳高い。35歳以上での出産が全体の35.7%を占めた。(後略)【2月22日 聯合ニュース】
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韓国政府も上記記事にもあるように資金を投じた対策は行っていますが、少子化の流れを止める効果は出ていません。

少子化に拍車をかけているとされる晩婚化も進んでいます。

****晩婚化社会突入の韓国で驚きの調査結果…30代女性の結婚数が初めて“20代越え”、その要因は?****
自民党の麻生太郎副総裁は1月15日、福岡県で開かれた講演会で「少子化の最大の原因は晩婚化」との見方を示した。これが物議を醸し、各方面から多大なバッシングを受けている。

そんななか、お隣・韓国では結婚と関連した興味深い統計調査の結果が明らかになった。

国民からも苦言「育児の責任負うの厳しい」
1月10日、韓国統計庁国家統計ポータル(KOSIS)によると、1990年の統計作成開始以降初めて、30代女性の初婚件数が20代女性の初婚件数を追い越したことがわかった。

2021年の年齢別女性初婚は30代が7万6900件(49.1%)と、およそ半分を占める結果となった。
30代以下では20代が7万1263件(45.5%)、40代が6564件(4.2%)、10代が798件(0.5%)と続いた。

これに伴い、女性の出産年齢も平均32歳に上昇した。出産年齢高齢化の要因には子育ての負担増加など分析されている。

実際、韓国の出生児数は2020年に27万2300人、2021年に26万6000人と歴代最低記録を更新し続けている。出生児数平均である合計出産率を見ても、2021年は0.81人とOECD(経済協力開発機構)加盟国38カ国中最下位だった。

この結果を受け、韓国国内では「最近は結婚が早い人のほうがまれだ」「住宅価格が狂ったように上がっている現在、20代で家を持っている人も少ない。そんな状況で子どもを育てる責任を負うのは厳しい」など、自国が抱える経済状況の悪化が原因と分析する声が多く挙がっていた

確かに晩婚化は出生率を低める一因かもしれない。とはいえ、そもそも経済的な厳しさから結婚に踏み切れない人も多いのではないだろうか。日本でも韓国でも政府にはその部分を理解してほしいものだが…。【1月21日 サーチコリア】
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日本も、少子化・晩婚化は韓国同様であり、また、「異次元の少子化対策」なるものには(1)児童手当など経済支援強化、(2)産後ケアや学童保育への支援、(3)子育て関連分野の働き方改革推進などが盛り込まれるものとみられ、主に子育て世帯への支援を中心とする対策という点で韓国と似たような政策方針です。

ということは、少子化が止まらない韓国の状況を見ると、日本の「異次元の少子化対策」なるものの結果もあまり期待できないようにも思えます。

****なぜ、日本より出生率がはるかに下回る韓国と同じ道をたどるのか。岸田総理の「異次元の少子化対策」を不安視する理由****
岸田文雄首相が「異次元の少子化対策」を行うとの発表に声が集まっている。その中心となるのが子育て世帯へのバラマキ。

当然ないよりマシだが、似たような子育て世帯へのバラマキを行って出生率が上がらない国がある。それが隣国、韓国だ。なぜ隣国の失敗と同じ道を選ぶのか。

子育て世帯へのバラマキで出生率は上がるのか?
岸田首相が今月、「異次元の少子化対策」を行うと発言し、大きな議論を呼んでいます。具体的な内容は今後検討され、6月頃に骨太方針2023にてその全貌が見えてくると思われます。

現時点でわかっているのは、異次元の少子化対策は以下の3つが中心となるのではということです。
① 児童手当などの経済支援
② 学童や病児保育を含めた幼児・保育支援の拡充
③ 育児休業強化などの働き方改革

上記3点からわかるとおり、基本的には子育て世帯支援となっています。筆者の意見としては子育て世帯支援は必要と考えていますが、それにより出生率が上がるのか、というと疑問があります。

そう考える理由は2点あり、まず1点目は出生率低下の原因は未婚・晩婚化が大きな理由と考えているから。2点目はお隣の韓国が所得制限なしの給付など子育て世帯支援を行いながらも出生率が上がっていないことから、効果があまり出ないのではないかと考えています。

事実、日本が目指すような子育て世帯支援をすでに行っている韓国の出生率低下は止まっていません。それどころか、2021年の韓国の出生率は0.81となっており、日本を遙かに下回る状況となっています。

2013年から0〜5歳までの保育料は所得に関係なく無償
では、韓国の少子化対策として行われている政策を見てみましょう。まず保育料ですが、2013年3月から所得に関係なく0〜5歳までの保育料は無償となっています。さらに保育園に預けない家庭に対しても補助金を支給しています。(※2022「一般社団法人 平和政策研究所」調べ)

この保育料無償化の意外な結果として、各家庭の教育費支出は倍増しました。理由は、浮いたお金は結局習い事などに回り、家庭の教育費は負担減どころか負担増となったのです。

これは少し考えればシンプルなことです。教育が生み出す人的資本の上乗せとは相対的なものです。周りより優れているから良い大学に入り、より多くの所得を得ることになります。子供は放っておいても育つのは事実ですが、放っておいても多くの所得を稼げるようになるわけではありません。

教育熱心な都市部の人は、自身の経験からそれを理解しているからこそ、子供に対する教育費をたくさん使うのです。つまり所得制限を撤廃し、どの家庭にも給付が行われたとしても多くの家庭がその浮いた資金を教育に使う限り、終わりがありません。

事実、東京の出生率は全国平均より低く、韓国もソウルの出生率は全国平均より低い状態となっています。都市部の場合、浮いたお金は2人目の子供のためではなく、1人目の子供の教育費になる可能性が高いと思われます。

子育て世帯へのバラマキは他にもある
韓国の少子化対策は保育料無償のみではなく、他にも多く実施されています。8歳未満の子供がいる場合に支給される児童手当10万ウォン(日本円で約1万円)に加えて、さらに0〜1歳の期間には乳児手当(2023年から親給与という名称に変更)が支給されます。

導入初年の2022年は月30万ウォンからスタートし、2023年度は月70万ウォン、2024年度は計画通りいけば、月100万ウォンの支給となります。満1歳児は半額支給される予定となっており、親給与は現金支給となっています。

さらに出産時に200万ウォンを支給する制度も2022年に導入され、さらに医療費などに使用できるデビッドカード「国民幸福カード」の限度額も100万ウォンに引き上げ、合計すると300万ウォンの給付となります。

これらの給付額を見れば十分に感じそうなものですが、何度も言うとおり教育費とは相対的に増えていくものです。国が給付をしても使える人は周りより良い教育を与えようとします。

教育から得られるリターンとは不確実ですので、子供の幸せを望む親としてはできる限りの教育を与えてあげたいと思うものでしょう。英語を話せないより話せる方がいいと思うのであれば、お金があれば習わせたいと思うのは普通のことです。

絶対的な満足のいく教育水準など存在しません。大切なことは周りより良い教育を与えることです。だからこそ、どれだけ所得の高い人であっても教育費で大変と言うのです。

子供を望めない所得層を置き去りにする政府
さらに深掘りすると、子育て世帯支援は誰をターゲットにしているのか、という点です。かつて、階級闘争といえば「労働者と資本」でしたが、現在は「都市部エリート層と低所得労働者」の構造もできつつあります。

都市部のハイスペック夫婦は子育て支援の所得制限をなくすことを望んでいますが、一方で子供を産めること自体、贅沢と感じる人たちもいます。格差が広がると対極にいる人が増えるため、見ている世界が異なっていきます。そして、国はどちらをサポートしたいと思っているのかということです。

本当は子供を産みたいと望んでいたが、所得の問題で子供や結婚を諦めた人を想像してみてください。その人からすれば、子供を産める環境にいる人を優遇し、その財源として自分の税金や保険料の一部を利用されるかもしれないということです。これは納得できることなのでしょうか?

住宅ローン控除も同様で、家を買える人間を優遇し、家を買えない人間には何も優遇する制度がないということを気持ちよく思わない人が少なくないということです。

日本は韓国同様、婚外子が少ない社会です。つまり、未婚率を上げない限り出生率は上がらないという指摘は多くの識者がしています。

とはいえ、結婚するかどうかは個人の自由であるという意見がありますので、それよりは万人受けする子育て世帯支援を選ぶ政府の気持ちもわからなくはありません。

異次元の少子化対策をするのはいいですが、韓国のようにならないことを願うばかりです。【2月19日 集英社オンライン】
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仕事と育児の両立が難しい環境、教育費の負担(単に絶対額だけの話ではなく、上記記事のように、とにかく周囲より良い教育を受けさせたいという行動パターン)を改善変更するというのは、「異次元」以上の突っ込んだ「改革」が必要でしょう。そこにメスが入らない限り、いくら子育て支援でバラまいても限界があるということにも。

上記記事でも指定されているように、日本と韓国は出産に関して世界の他の国々と比較したとき「婚外子が少ない」という際立った特徴があります。

「出産=婚姻カップルが行う」というのは、日本の常識ではあっても、世界的には必ずしも常識ではないようになりつつあります。

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日本においては皆婚慣習がなお根強く、婚外子への風当たりも厳しい。このため、非正規労働者など若い貧困層が増えていても、米国とは異なり、結婚する余裕のない者は、男女のカップル形成に至らない、あるいはカップルを形成しても出産しないため、婚外子は少ないままなのだといえる。

もっとも、日本で、皆婚慣習が根強く、婚外子が少ない理由としては、他のアジア諸国と同様に古い家族形態が存続しているためというより、戦後、新しい自由な結婚制度が世界に先駆けて成立したからという見方も成り立つ。

日本国憲法は第24条1項で「婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない」としている。「合意のみ」とは、年齢や健康上の理由、親や親族の意見・強制、あるいは宗教、教会や地域の慣習による制約などは法律上は認めないという意味であり、そうした制約を前提とした一切の法令上の規定は憲法違反となる。

例えば、フランスのような結婚前の血液検査の義務付けなどはもってのほかだ。(中略)
こうして、日本では、役所への届出だけで婚姻が成立し、離婚も協議離婚が容易に認められるという世界でも最も簡便で自由な結婚制度が生まれた。

こうして、事実婚を選択する大きな理由が日本では欠落することになったことが、極端に低い婚外子比率にむすびついている側面もあろう。

そうした意味では、戦前の家制度等による伝統的結婚制度への反動が強かったため成立した世界で最も自由な結婚制度が、現代では、世界で最も遅れているかに見える極端に低い婚外子比率を生んでいることになろう。すなわち、日本は遅れているのではなく、進みすぎていて、未婚のカップルと婚外子が少なくなっているとも言えるのである。【「社会実情データ図録」】
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上記の「世界で最も自由な結婚制度によって日本では事実婚を選択する大きな理由がなく、その結果、極端に低い婚外子比率を生んでいる」という見方は、なんだか誤魔化されたような詭弁にも聞こえます。ごく常識的に、「日本においては皆婚慣習がなお根強く、婚外子への風当たりも厳しいため極端に低い婚外子比率を生んでいる」という方が実態に近いように思えます。

韓国では「非婚主義」も。
文化体育観光省が昨年12月に発表した世論調査では「結婚は必ずしなければならない」と考える人の割合は17・6%で、1996年の36・7%に比べて大きく減少しています。

結婚自体への価値観が大きく変わりつつあるなかで、出生数を増加させようとすれば、シングルマザーや事実婚カップルの出産・子育て支援という方面にも力を注ぐ必要があるのではないでしょうか。

今の日本の政治では「社会が変わってしまう」ということで忌避されそうですが、積極的に社会を変えるような取り組みでなければ、少子化の流れは止まらないようにも。
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ロシア  戦争遂行能力を左右する経済状況と国内政治情勢

2023-02-21 23:11:42 | ロシア

(【2022年8月22日 時事】)

【プーチン大統領 「年次教書演説」で侵略作戦を継続する姿勢を強調】
ウクライナ侵攻1年を前に、ロシアではプーチン大統領が侵攻後初めての「年次教書演説」を行い、改めて戦争遂行への意思を明らかにしています。

****プーチン氏、ウクライナ侵略「注意深く一歩一歩続ける」…モスクワで年次教書演説****
ロシアのプーチン大統領は21日正午(日本時間午後6時)頃、モスクワ中心部で外交と内政の施政方針を表明する「年次教書演説」を開始した。プーチン氏は「特殊軍事作戦」と称するロシアのウクライナ侵略に関し「任務を注意深く一歩一歩、続ける」と述べ、侵略作戦を継続する姿勢を強調した。

露軍が全域制圧を目指しているウクライナ東部ドンバス地方(ドネツク、ルハンスク両州)などを「歴史的なロシア」と主張し、侵略の正当化も改めて図った。

ロイター通信によると、プーチン氏はロシアが「特殊軍事作戦」と称するウクライナ侵略について、「我々は平和的な解決に向けて取り組んだが、西側諸国は異なるシナリオを用意していた」などと述べ、ウクライナ支援を展開する欧米を非難した。

プーチン氏が年次教書演説を行うのは、ウクライナ侵略以降初めて。【2月21日 読売】
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“西側諸国は異なるシナリオを用意していた”ということに関しては、以下のようにも。

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「われわれはこの問題を平和的に解決するため可能なあらゆることをして、この困難な紛争から抜け出す平和的方法を交渉していたが、背後では非常に異なるシナリオが準備されていた」と述べた。

ウクライナ紛争を始めたのは西側だと非難し、米国を筆頭に西側諸国は世界において「無限の力」を求めていると述べた。西側諸国が紛争をロシアとの世界的な対立に発展させようとしており、ロシアの存立が危ぶまれているとの認識も示した。

「彼らは地域の紛争を世界的な対立に変えるつもりだ。われわれはこのように理解しており、それに基づいて対応するだろう」と語った。【2月21日 ロイター】
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紛争を始めたのがどっちかという点はともかく、アメリカなどはこの戦争でロシアが国力を消耗し、衰退するのを期待しているでしょうから、上記のようなプーチン大統領の懸念は必ずしも的外れではないかも。

【予想されたより「堅調」なロシア経済 今後については悪化の懸念も】
ロシアがウクライナ侵攻をあきらめる筋書としては、軍事的敗北、経済悪化による遂行能力喪失、ロシア国内の政治的事情などがかんがえられますが、軍事的状況は一進一退の状況で、ロシア側の攻勢が報じられれる一方で、ロシア側の犠牲者の多さも。また、春にはウクライナ側の欧米支援兵器も動員した攻勢も予想されており、今後は不透明です。

戦争遂行能力を左右する経済状況については、西側の制裁を跳ね返したと自信を示しています。

****経済的危機は克服されたとプーチン氏****
プーチン大統領は21日、ロシアのウクライナ侵攻後の日米欧の制裁による経済的危機は克服されたと述べ、今後の安定化に自信を示した。(共同)【2月21日 共同】
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“前例のない制裁によってロシア経済を破滅させようとする西側の試みにロシアが対抗しているとし、西側にとっては数兆ドルもの金がかかっているが、ロシアの所得フローは枯渇していないと述べた。”【2月21日 ロイター】とも。

確かに、ここまでのロシア経済はマイナスに落ち込んだものの、当初予想されたものに比べると遥かに軽度です。

****ロシアGDP、22年は2.1%減 侵攻直後の予想より改善****
ロシア連邦統計局が20日発表した2022年国内総生産(GDP)は前年比2.1%減少した。ウクライナ侵攻の影響で21年の5.6%増からマイナスに転じた。

侵攻開始直後の予想よりは小幅なマイナスにとどまった。経済省は12%を超える落ち込みを予測していた時期もあった。侵攻前の政府見通しは3%のプラス成長だった。

統計によると、GDPは製造業、卸売・小売業などで減少した一方、農業、接客業、建設業、鉱業では増加。また、行政および「軍事安全保障」が4.1%増となった。

アナリストらは、軍事支出の増加が工業生産の落ち込みを一部相殺していると指摘した。(後略)【2月21日 ロイター】
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今後については“去年前半に資源価格が高く推移したエネルギー輸出が支えとなり、当初予想されたほどの大幅な悪化はみられなかったものの、制裁などでエネルギー輸出の収益減が見込まれ、先行きは不透明です。”【2月21日 TBS NEWS DIG】との見方も。

中国やインドによる資源購入など、欧米の制裁が有効に機能していないことはしばしば指摘されているところですが、今後のエネルギー価格や需要に関してはロシアにとって厳しいものになるとの予測も。

****ロシア経済、一見「堅調」も悪化の兆候じわり****
ロシア経済はウクライナ侵略開始後、米欧の大規模な制裁の下に置かれたが、予想ほどの大幅な悪化はみられなかった。ただ、露経済の「屋台骨」である石油や天然ガスなどエネルギー輸出の収益は減少が続くと見込まれ、制裁は中長期的に露経済をむしばんでいく公算が大きい。

侵略開始後、露通貨ルーブルは対ドルで70ルーブル台から一時140ルーブル近くに急落したが、その後回復し、最近は60ルーブル台後半〜70ルーブル台前半で推移している。

欧米は金融制裁でロシアの貿易代金決済の困難化を図ったが、露側は天然ガス代金のルーブル払いを求めるなどの防衛措置をとったことが効果を上げたとされる。

欧米は露産石油の禁輸措置をとったが、中国やインドが買い支えた。米欧企業は露市場から撤退したが、露側は資産を引き継がせるなどして国内企業にその穴も埋めさせた。

国際通貨基金(IMF)は侵略当初、2022年のロシアの国内総生産(GDP)が8・5%減少すると予測したが、順次、上方修正。今年1月、最終的に2・2%減にとどまったとの試算を公表した。失業率は3・7%に収まっている。

ただ、先行きは明るくない。エネルギー高は一段落し、欧米は露産原油価格に上限を設定。欧州はエネルギーの脱露依存からの脱却も進める。このため、ロシアの国家歳入の3〜4割を占めてきたエネルギー輸出の収益は悪化するとみられている。国際エネルギー機関(IEA)は原油の輸出量が30年までに22年比で30%程度、天然ガスも40%程度減ると予測する。

露経済発展省によると、昨年12月の工業生産指数は前年同期比4・3%減で、昨年最大の減少幅を記録した。米欧に依存してきた部品不足の加速などが背景にあるとの見方が出ている。【2月20日 産経】
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“米欧に依存してきた部品不足”ということでは、影響が大きいと思われているのが半導体。
今のところは何とかやりくりしているようです。

また、ロシア経済には強いインフレ圧力がかかっています。

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ロシアのインフレ圧力依然強い、ルーブル下落で=中銀****
ロシア中央銀行は17日、2月前半の経済全般に対するインフレ圧力は引き続き強かったと明らかにし、ルーブル相場下落を要因に挙げた。

1月のインフレ率は前年同月比11.8%と、中銀目標である4%の約3倍に達した。中銀は先週、インフレ抑制のため利上げを準備していると示唆した。

中銀は「2月前半2週のデータは、インフレ圧力が強まる傾向が続いていることを示した」と説明した。

ウクライナ侵攻開始以降、ロシアの物価は西側からの制裁で極めて不安定となっている。また、今年は原油とガスからの収入減少で通貨安が新たに加速した。

ルーブル相場は、欧州連合(EU)によるロシア産原油の禁輸措置と主要7カ国(G7)による価格上限設定が導入された昨年12月初めから16%下落している。

中銀のアナリストは「1月の為替レートは、最も輸入に依存している製品の価格に既に影響している。ルーブルが現水準にとどまった場合、今後数カ月間はインフレ押し上げが続くだろう」と述べた。【2月20日 ロイター】
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ロシア国内の“街の様子”は、あまり変化が見られないようで、ロシアの市民生活は、侵攻前とほとんど変わらないとも報じられています。

国外の仲介業者を経由し、欧州などから輸入した「並行輸入」品の活用も行われている様子。

【以前から疑われるプーチン氏の健康状態 政権内部の確執が露わに】
次に、ロシア国内の政治状況。
もしプーチン大統領の健康状態が悪化すれば、状況は劇的に変化する可能性もあります。その“健康状態”に関しては以前からいろんな情報が乱れ飛んでおり、その真偽はよくわかりません。

確かに、一見すると、足の絶え間ない動きを自分で制御できないパーキンソン病を思わせるような“尋常ではない”ような動画なども。

****やはり重病?外交の舞台でプーチンが見せた酷い「症状」****
<ウクライナ侵攻以降、繰り返しプーチン重病説が流れているが、最近のベラルーシ大統領との会談の映像では、外交の舞台とは思えないほどの異常な震えが見て取れる>

もう何カ月も重病説が飛び交っているウラジーミル・プーチンの健康状態について、また疑わしい映像が公開されて波紋が広がっている。

映像はベラルーシのアレクサンドル・ルカシェンコ大統領と会談したときのもの。椅子に座ったプーチンが絶えず足を動かしている。その様子に対して、ジョークから健康不安説までさまざまな反応が寄せられた。(中略)

不治の病で死が間近?
もう一人のユーザーは、「映像が加工されているのではないかと疑う人のためにオリジナルの動画をアップする」と申し出た上、父親をパーキンソン病で失った、と言う。

「父を介護した経験から、プーチンは重症の初期のように見えるが、皆さんの判断にお任せしたい。落ち着きがないのか、病気なのかはわからないが、世界の舞台では普通とはいえない行動だ」

パーキンソン病は、ジストニア、すなわち筋肉のねじれや痙攣などを引き起こす疾患で、プーチンが罹患しているのではないかという疑いがしばらく前から取り沙汰されている。つい最近も、イギリスのMI-6(英国情報部国外部門)リチャード・ディアラブ元長官がタブロイド紙ザ・サンのインタビューでこの病名を口にしていた。

ウクライナへの本格的な侵攻が始まって以来、プーチンが癌かパーキンソン病、あるいはその両方ではないかという報道が相次いだが、ロシア政府は本誌の問い合わせに対して、ロシアの指導者は健康だと繰り返し表明している。

欧米の情報機関は以前からプーチンの体調不良を疑っており、ここ数カ月、プーチンの健康不安に関する噂は絶えない。昨年7月、イランの首都テヘランを訪問した際も、プーチンは右腕に力が入らないようだと取り沙汰された。(後略)【2月20日 Newsweek】
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また、ウクライナの攻撃を恐れてクレムリンを離れることも少なくなく、国内にある邸宅や地下壕などを転々としているプーチン大統領の精神状態も懸念されています。

これらについては、西側の希望的観測も入り混じって、実際のところはよくわかりません。

一方、政権内部で軍主流派と最近注目されていた民間軍事会社「ワグネル」を率いるプリゴジン氏らとの確執は間違いなくあるようです。

****愛人と地下壕でパーティー 四面楚歌のプーチンは「身体的にも、精神的にもガタがきている」****
軍によるミニ・クーデターか
昨年2月24日にロシアがウクライナへ電撃的に戦闘を仕掛けてから1年が経とうとしている。戦況が膠着する中、政権内部で深刻な亀裂が生じているといわれるが、侵攻を仕掛けた張本人であるプーチン大統領は地下壕を転々とする日々。新年にはその地下壕で愛人とパーティーを開いたといわれており…。

現在、プーチン政権には、二つの火種があるといわれている。元読売新聞国際部長でモスクワ支局長も務めた、ジャーナリストの古本朗氏によると、

「一つ目は軍内部です。今年1月にウクライナ侵攻軍のセルゲイ・スロビキン将軍が総司令官を解任され、ワレリー・ゲラシモフ参謀総長が任命されました。これを巡っては、軍によるミニ・クーデターではないか、との見方も出ているのです」

今回のウクライナ侵攻におけるロシア軍には二つの勢力がある。一つは正規軍、もう一つは非公式に投入されてきた民間軍事会社「ワグネル」などの傭兵部隊だ。そして解任されたスロビキンは「ワグネル」創設者、エフゲニー・プリゴジンの盟友と目されている。

「戦況が悪化するに連れ、比較的高度な戦闘能力を持つ『ワグネル』の力が増してきた。プリゴジンはその功をアピールし、スロビキンを総司令官に推しましたが、それに不満と危機感を抱いたゲラシモフら軍部がプーチンに直訴し、交代を迫ったとの見方が出ているのです」(同)

二つ目の火種は、プーチン大統領の権力基盤であるシロヴィキにあるという。シロヴィキとは、ロシアの支配階級である軍、治安、情報機関系の勢力を指す言葉だ。

「現在、この筆頭といわれるのが、安全保障会議のニコライ・パトルシェフ書記です。KGB出身の彼はプーチンの最側近で盟友。しかし、最近、プーチンと彼の間に対立が生まれたとの情報が出ているのです」(同)

ここでも見られるのは内部での権力闘争だ。時事通信モスクワ支局長を務めた、拓殖大学の名越健郎・特任教授も言う。
「パトルシェフは従来、戦争終結後、プーチンの後継者に農相を務める自らの息子を据えることをもくろんでいたが、プーチンが応える気配が見えない。それに激怒し、安全保障会議のオンライン会議を欠席しているとの話があります」(後略)【2月21日 デイリー新潮)】
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プリゴジン氏はショイグ国防相とゲラシモフ参謀総長を「反逆に等しい」と激しく非難しています。それだけ追い詰められたということでしょう。

****ワグネル創設者、ロシア国防相と参謀総長を批判 「反逆に等しい」****
ロシアのウクライナ侵攻に部隊を派遣しているロシア民間軍事会社ワグネルの創設者プリゴジン氏は21日、ロシアのショイグ国防相とゲラシモフ参謀総長がワグネルへの弾薬の供給を拒否し、ワグネルを崩壊させようとしていると批判した。

プリゴジン氏はメッセージアプリ「テレグラム」に投稿した音声メッセージで「正反対のことが行われている。これは反逆に等しい」と主張。

ショイグ国防相とゲラシモフ参謀総長が意図的に武器が不足する状態を作り出し、ウクライナ東部ドネツク州の要衝バフムトで戦うワグネルの部隊に大きな損失を与えていると訴えた。

「ワグネルに対する弾薬の供給だけでなく、航空輸送の支援も行わないよう参謀総長と国防相が片っ端から指示を出している」としている。

プリゴジン氏は前日も、ロシア軍が自身への個人的な恨みからワグネルへの武器の供給を拒否していると主張。過去には、軍司令官の無能ぶりを批判し、ワグネルがバフムトで上げた戦果を国防省が自らの手柄にしようとしていると批判していた。国防省のコメントは取れていない。【2月21日 ロイター】
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健康問題あるいは政権内の混乱でプーチン大統領が政権の座を降りることになれば、あるいは求心力を失えば・・・・という想像もできますが・・・・誰も明言はできません。
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トルコ・シリア  被災者の苦難とは別次元の“政治的”対応、更には震災を機とした国際情勢変化も

2023-02-20 22:58:16 | 中東情勢

(被災地を訪問するシリアのアサド大統領(左から2番目)【2月20日 WEDGE】)

【トルコ国内被災者には多くのシリア難民も】
トルコ・シリアで4万6000人を越える死者(おそらく数字は今後さらに増加することが予想されます)を出した2月6日の大地震については、トルコでは一部地域をのぞき捜索活動を終えた・・・というか、時間的に終了を余儀なくされた状況です。

****トルコ地震2週間、死者4万6000人超…南部2県を除き捜索活動は終了****
トルコ南部で6日に起きた地震は、20日で発生から2週間となった。トルコ政府は被害が甚大な南部カフラマンマラシュ、ハタイ両県を除き、被災地で続けていた捜索活動を19日で終えたと発表した。トルコと隣国シリアを合わせた死者は4万6000人を超えた。

トルコのアナトリア通信やシリア保健省などによると、トルコでの死者は4万1156人、シリアでの死者は5800人以上となっている。

トルコでは、ハタイ県で18日に40歳代の夫婦が296時間ぶりに救助されて以降、新たな生存者の救出は伝えられていない。倒壊した約40棟では19日現在でも捜索が続いているという。

トルコ政府の調査では、倒壊したか修復不能の建物は11万棟以上で、46万900人以上が被災地から他県に避難した。避難者は220万人以上との推計もある。

一方、内戦下のシリアでは被害の調査が進んでいない地域もあるとみられる。反体制派が支配する北西部では、政権側の妨害で支援も滞っているという。【2月20日 読売】
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被災者の支援が十分でないこと、被災者が緊急の支援を必要とする状況にあることはすべての災害にも共通することですが、特に内戦下のシリアで、政府の支配が及ばない地域(より正確には、政府と敵対する地域)が大きな被害を受けたことで、その支援活動が非常に困難なものになっていることが多く報じられています。

一方、トルコには400万人とも言われる多くのシリアからの難民が暮らしていますが、被災者にはそうしたシリア難民も多く含まれています。

故郷のシリアで住む家を失い、避難先のトルコで再び悲劇に・・・という惨状です。

【震災で悪化するシリア難民へのトルコ国内の感情 顕在化する差別】
生活が苦しいときに「この困難はあいつらのせいだ!」という差別意識が台頭するのはありがちなことですが、経済が悪化するトルコでもかねてよりシリア難民に対する非好意的な感情も存在していました。今回の大惨事によってそうしたシリア難民に対する感情が噴出している状況も報じられています。

****トルコでシリア難民差別が悪化、地震が影響 「略奪していた」との非難も****
トルコ南部のシリア国境近くを震源とする大地震が2月6日に発生して以来、トルコでは400万人のシリア難民に対する差別が悪化している。被害後の混乱の中、シリア難民が略奪行為に及んでいたと非難する向きもいるという。

現地では避難所で、トルコ人とシリア難民の居住スペースを分ける措置も取られようとしている。 

トルコでは、シリアとの国境付近を震源とする地震の影響が、トルコに住むシリア難民400万人への差別を助長している。 地震被害を受けた街で、シリア難民が略奪をしていたと非難する声もある。

ツイッターでは「シリア人はいらない」「移民は国外退去させるべき」など反シリア的なスローガンがトレンドになった。 地震ですみかを失ったシリア難民には、避難所から追い出されたという人も。 

シリア難民のビラル・エルシェイクさん 「皆を受け入れる避難所だったのに、深夜2時に突然、追い出された。 誰か分からない人に連れ出された。午前2時に人が来てドアをノックし、バスに乗せられ、どこか別の場所に連れて行かれ、そこに泊まった。 私たちは1週間もこの状況で苦しんでいる」

シリア難民への反感は今に始まったことではない。トルコには、シリアの内戦から逃れた400万人の難民が住んでおり、安価な労働力としてトルコの雇用を圧迫しているとみなされていたが、地震が反感をさらに悪化させた。

シリア野党の元政治家、ムスタファ・アリ氏はトルコ南部のメルシンで約250人のシリア難民向け仮設シェルターを運営。彼らは人種差別的な中傷を受けており、居住者の半数は子どもだ。 

アリ氏は、トルコ人避難民とシリア難民の住居を別にすることを地元当局と合意したと言う。 

シリア野党の元政治家、ムスタファ・アリ氏 「私は、住む場所を分けることは良いことだと思う。文化や生活様式、言葉の違いもある。別にすることで、細かい問題を解決できるかもしれない」【2月15日 ロイター】
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避難生活だけでなく、救助活動においても「トルコ人優先」という差別があるとの報道も。捜索はトルコ人が優先で、埋もれているのがシリア人だとわかると後回しされたといったシリア人被災者の言葉も。

入院もトルコ人だけで、シリア人は門前払いにされたとも。

自国民優先という感情はわからないでもないですが、やはり“人間”としてどうか・・・・という感があります。

【大統領選挙に向けて“政治的対応”を迫られるエルドアン大統領】
政治的な話で言えば、5月にも大統領選挙を控えたトルコ・エルドアン大統領としては、こうしたトルコ国民の“感情”に配慮する必要もあります。

ただでさえ、今回の甚大な被害は“人災”ではないかとの批判も出ている状況です。

****10階建てビルのがれきの山、主婦「違法建築か」「人命軽視だ」…トルコ地震に人災の声****
トルコ南部で6日に起きた地震は、今も被害の全容が見えない。ここまで深刻化した被害に、何度も大規模地震に見舞われながら対策を軽んじてきた結果の「人災」との見方が強まる。

震源に近い南部ヌルダウ。古い建物に加え、新しい建物も多数崩れた。近くの村の主婦アシエ・アスラムさん(36)は、兄が倒壊に巻き込まれた10階建てビルのがれきの山を見つめ、「違法建築だったのでは。人命軽視だ」と憤った。アンタキヤでも800人超が住む築約10年の12階建て建物が倒壊するなど、多くの住人が今も行方不明だ。

トルコでは1999年に1万7000人超が犠牲となった地震以降、耐震基準が強化され、現在では日本と同水準とされる。だが、違法建築や手抜き工事が今でも横行し、基準は空文化しているのが実情だ。

国内約2100万棟の建物の半数以上は無許可建築ともいわれる。トルコの建築事情に詳しい安藤ハザマトルコの森脇義則代表(67)は「もうけを優先する業者が費用を抑えるため、貧弱な鉄筋やコンクリートを使い、地盤調査もまともにしない例が多くある」と指摘する。

完成時に建物を検査する仕組みも機能せず、行政の腐敗体質が対策の徹底を長年、放置してきた。

違法建築が、時限法による「恩赦」で合法化されてきたことも深刻な被害を招いた一因とされる。業者が一定金額を払えば、基準を満たさない建物にも許可を与える制度で、最近では2018年の大統領選前にタイップ・エルドアン政権が主導した。

経済発展を重視し、大衆迎合的な政策で約20年の長期政権を築くエルドアン大統領が支持基盤の建設業界におもねったとも指摘される。トルコ土木協会のタネル・ユズゲチュ元会長は「命よりも業界票の獲得を優先した結果がこれだ。まさに『人災』だ」と訴える。

司法当局は各地で倒壊した建物の建設責任者130人以上の捜査を始めたが、「政府の責任逃れ」との声も上がる。エルドアン氏は14日のテレビ演説で「人類史上類を見ない自然災害だ」と述べ、「天災」被害を強調した。

被災地の被害調査にあたるトルコのクルッカレ大学のオルハン・ドアン教授(構造設計)は「本当にこの地震を教訓にできるのか」と危惧する。【2月16日 読売】
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違法建築に関してカネで「恩赦」を与える・・・政権批判が出るのも当然でしょう。

エルドアン大統領としては、こうした批判をかわし、更に前述のような悪化している対シリア難民感情にも対応することを再選に向けて求められています。

【シリア・アサド大統領にとっては、国際的孤立からの脱却の“好機”にも 中東情勢に変化も】
一方、国際的に孤立するシリアのアサド大統領にとっては、今回の震災への対応は事態改善の糸口となる可能性があります。

こうした震災に対する両者の思惑、さらには周辺国のシリア接近は、今後の中東情勢に変化をもたらす可能性があります。

****大地震を孤立脱却に利用 アサド・シリア政権の深謀遠慮****
内戦での化学兵器使用などで世界から締め出されてきたシリアのアサド政権はトルコ・シリア大地震を国際的な孤立脱却の機会に利用している。

地震対策の無策ぶりを批判されているトルコのエルドアン大統領も難民の送還やクルド人問題でシリアの協力が必要なことから急接近。

資格停止されたシリアの「アラブ連盟」復帰も現実味を帯びてきた。アサド大統領の深謀遠慮を探った。

反政府勢力の被災はアサド政権に好都合
2月18日の時点で大地震の死者は約4万6000人を超えたが、行方不明者が膨大な数に上ることから犠牲者は最終的に10万人に達するとの見方もある。特に懸念されているのは支援が届かないシリアの被害だ。被災地の中心は内戦での反政府勢力の「最後の牙城」である北西部イドリブ県だ。

トルコ国境に近い同県には450万人ほどが居住していたが、今のところ死者は約6000人と伝えられている。政府軍やロシア軍による度重なる砲撃で多くの建物が弱体化していたところに地震が追い打ちを掛けた。国連などの援助は地震発生から4日目になってやっと国境から搬入され始めたが、被災地の1割にも届いていない状況という。

反政府勢力はスンニ派イスラム教徒が中心で、その中核組織は「シリア解放委員会」(旧ヌスラ戦線)。かつては国際テロ組織アルカイダのシリア分派だった。エルドアン政権はこれら反政府勢力に支援を与えて取り込み、トルコ国境の安全保障を支える〝駒〟としている。

今回の地震は反政府勢力にも大きな損害をもたらしたのは確実だ。反政府勢力が地震で打撃を受けたのはアサド政権にとっては好都合だ。アサド政権は2011年に内戦がぼっ発した後、反政府勢力に押し込まれて政権崩壊の瀬戸際までいった。

そこを救ったのがロシアとイランだった。イランは革命防衛隊を、ロシアは空軍を送って反政府勢力を撃退、イドリブ県に追い詰めた。

敗北を重ねていたアサド政権は化学兵器や焼夷弾を使用、捕虜や住民に激しい拷問を加えた。こうした残虐行為に「アラブ連盟」はシリアの加盟資格をはく奪、米欧はアサド政権に厳しい制裁を科した。内戦で国民の半数は難民となって離散、シリア経済はどん底に陥った。

一時は内戦に加え、過激派組織「イスラム国」(IS)が国土の一部を占領した。現在でも反政府勢力が北西部を、北東部をクルド人勢力が支配しており、国土統一にはほど遠い状態だ。

アラブ世界復帰目論む
だが、内戦発生から10年が経過した頃からシリアを取り巻く状況に変化が生まれ始めた。和解の流れを作ったのはアラブ首長国連邦(UAE)のムハンマド大統領だ。

ムハンマド大統領(当時皇太子)がアサド大統領と電話会談、それにヨルダンのアブドラ国王らも続いた。背景には同じイスラム教徒という同胞意識やシリアの混乱が中東全体を不安定にさせる、との危機感があったようだ。

ムハンマド大統領は地震後の支援でも、シリアに1億ドルの供与を早々と決めた。エジプトのシシ大統領も内戦以降初めてアサド氏と電話会談、他のアラブ諸国も次々と支援を送った。だが、何と言っても注目されたのはサウジアラビアが被災地のアレッポに支援物資を空輸したことだろう。 

というのも、サウジはアサド政権がイランとの連携を強めていることもあり、シリアの「アラブ連盟資格停止」の旗振り役を演じるなど、アサド政権を敵視してきたからだ。被災支援とはいえ、大国サウジの行動はシリアに対する姿勢を軟化させたものと受け取られてる。

米紙によると、シリアに対して最も大規模かつ厳しい制裁を科している米国のバイデン政権も人道的な理由からとして「半年間、シリアの国際的な取引を容認する」と異例の制裁緩和に踏み切った。

アサド大統領がこうした状況を好機ととらえたのは間違いない。地震直後には、トルコ国境の援助物資搬入地点は1カ所しかなかったが、国連高官との会談で、搬入地点を2カ所増やすことに同意した。

アサド氏にしてみれば、〝敵(反政府勢力)に塩を送る〟ことになるが、善意を示すことで結果的に得をする道を選んだのではないか。ターゲットはアラブ世界への復帰、つまりは「アラブ連盟」の資格停止解除だろう。

急接近するエルドアンの狙い
こうしたアサド氏に急接近を図っていたのがエルドアン大統領だ。大統領は1月初め、アサド氏との首脳会談に言及し、関係改善に意欲を見せた。両国はロシアの仲介で昨年末、モスクワで国防相会談を行っていたが、エルドアン大統領は近く外相会談を開き、その後に首脳会談を開催すると具体的な見通しまで示していた。

トルコとシリアは内戦以来、断交状態にあるが、エルドアン大統領はなぜ今、関係改善に舵を切ろうとしているのだろうか。

エルドアン氏の戦略的な狙いは2つ指摘できるだろう。第1に、トルコが抱える約400万人のシリア難民を早急に送還する必要に迫られているからだ。

その理由はトルコの経済低迷が背景にある。トルコはインフレ、通貨暴落など経済が悪化し、難民を国内に収容し続ける余裕がなくなっている上、愛国主義の高まりで反難民感情が増大しているという事情がある。

エルドアン大統領はすでに、「難民送還計画」に基づいてシリア領内に数万戸の難民住宅を建設しており、最終的にはここに100万人を収容したい考えだ。

第2に、トルコ国境沿いのシリア北東部を支配するクルド人の掃討問題がある。エルドアン氏はトルコ国内の反体制クルド人組織と敵対してきたが、シリアのクルド人も一体と見なしており、シリアに侵攻して一掃する構想を描いてきた。これにはアサド政権の協力が不可欠になる。

この2つがエルドアン大統領のシリア接近の理由だ。だが、米国は現在もシリアのクルド人勢力と連携してIS壊滅作戦を続行しており、トルコ軍のシリア侵攻には反対だ。エルドアン大統領の思惑通りに運ぶかは予断を許さない。

地震の被害拡大はエルドアン政権が建物の建築審査に手心を加えてきた結果の「人災」という批判が強まっており、このままでは5月に迫る大統領選挙での当選は危うい。このため大統領が国民の怒りを解消するべく大胆な決断や行動に打って出るとの憶測も根強い。トルコ情勢からますます目が離せなくなった。【2月20日 佐々木伸氏 WEDGE】
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震災の被害に苦しむ被災者の思いとは別次元で、“震災を好機とする”ような国家間の駆け引きが進んでいます。

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香港  圧殺された「自由と民主」を求める声

2023-02-19 22:28:20 | 東アジア

(創業者の黎智英氏が香港国家安全維持法違反容疑で逮捕されたと報じる2020年8月11日付の「蘋果日報」朝刊。「蘋果日報はきっと耐えてみせる」と大きな見出しをつけた【1月24日 毎日】

【日本の生卵が香港でブーム】
最近、香港に関してメディアが好んで取り上げているのが、日本から輸入した卵を使った「卵かけご飯」が人気になっているという話題。

“香港では今や、“日本の卵ブーム”になっているといいます。専門店「Tamago-EN たまご園」の1番人気は、香港流にアレンジされた卵かけご飯「究極のTKG(卵かけご飯)」です。(日本円で約660円)白身をメレンゲ状にするのが香港スタイルです。”【2月15日 日テレNEWS】

周知のように、日本国内では“物価の優等生”と言われてきた卵の値段が上昇していることが注目されています。上記のように香港では“円安で相殺”とは言うものの、このままいくとやはり値上がりが懸念されています。

****日本の食材が「だ〜い好き」な香港人、日本での卵の値上がりがニュースに****
(中略)香港メディアの香港01はこのほど、日本における鶏卵価格の上昇を紹介する記事を配信した。

(中略)日本産の鶏卵は、香港で大歓迎されている。日本鶏卵協会によると、2022年の香港への輸出量は前年比30%増の2万8250トンだった。香港への輸出量は過去3年間で4.3倍になったという。香港への卵輸出は個数では約4億個で、日本から輸出される鶏卵の92%が香港向けだった。

日本の農林水産省が発表した22年における農林水産物及び食品の輸出実績によると、日本からの同年における輸出総額は1兆4148円で過去最高だった。国や地域別では、最も多かったのは中国大陸部向けで2783億円、第2位が香港向けで2086億円、第3位は米国向けで1939億円だった。

しかし輸出先で1人当たりの金額を見ると、中国大陸部向けは約197円で、香港向けは約2万8500円だ。香港人は世界の中でも、日本の食材や食品がとりわけ「だ〜い好き」な人々と言える。【2月19日 レコードチャイナ】
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1人当たりの「日本からの農林水産物及び食品輸出金額」が約2万8500円・・・・とんでもなく大きな数字です。
農林水産物及び食品の輸出を増やしていきたい日本としては香港は最上級のお客さまです。

日本国内の卵の値上がりが、この最上級のお客さまの“卵かけご飯ブーム”に水をささないか気がかりなところ。

【圧殺される「自由と民主」】
今は上記のような卵の話題が目立ちますが、香港に関してひと頃連日のように日本メディアも取り上げていたは「自由の民主」を求める香港の人々の抵抗と、中国本土の統制のもとでこの動きを圧殺しようとする当局とのせめぎあいでした。

今はその話題はすっかり影をひそめました。理由は・・・当局の圧殺が成功し、「自由の民主」を求める声がもはや聞こえなくなっているからでしょう。

「自由と民主」を求め、100万人以上の市民のデモが続いていた香港は、力の統治を強める中国が2020年6月に施「香港国家安全維持法」(国家安全法)を施行したことで激変しました。民主派の新聞は業務停止に追い込まれ、教育現場では愛国教育が始まりました。

もちろん、香港にはいわゆる“民主派”だけでなく、“親中派”の人々も存在し、格差など資本主義の負の側面が顕在化していた香港では中国式統治の方が豊かになると考える人たちも少なくないとも言われています。

いずれにしてもこの2年半あまりは、当初から予想されていたことではありますが、「一国二制度」という幻想、その幻想のもとでの「自由と民主」の脆弱さを香港の人々が思い知らされた「変貌」でした。

100万人以上の市民のデモ・・・それで香港当局を追い詰めれば社会が変わると考えたのは香港の人々の錯覚でした。むしろ外部の人間には「そんなことしても、結局は北京の決定次第。「天安門事件」の再現を覚悟するぐらいでなければ「中国主権の香港」という現実は変わらないだろう」というように見えていましたが。

そんな香港の「自由」に関する久しぶりの話題。

****香港ジョニー・トー監督がベルリン映画祭で香港・自由について発言、大陸ではアカウント封殺****
第73回ベルリン国際映画祭で審査員を務める香港の杜●峯(ジョニー・トー)監督(●は王へんに「其」)は16日、同地で臨んだ記者会見で、映画と権力や自由についての考えを披露した。発言の中には「香港」の語もあった。

その後、多くの中国大陸部住人が利用するミニブログ投稿サイトの微博(ウェイボー)で、杜監督の「語録」を紹介するアカウントが閲覧不能になった。杜監督が手掛けた作品は今後、中国大陸部では公開に不能になる可能性があると指摘する報道もある。

杜監督は記者からの質問に答えて「映画は永遠に前衛だと思う」「全体主義が出現して人々が自由を失った時、映画館はいつも、真っ先に影響を受ける。多くの地域でそうだった。(独裁者は)必ず、文化を停止させる」などと述べた。

杜監督は発言の途中で、「香港は」と言いかけてから、微笑みを浮かべて、「いや、申し訳ない。(香港だけではなく)世界において自由を勝ち取ろうとする国と人々は、映画を支持するべきだと思う。映画はあなたのために声を上げるからだ」と述べた。

中国大陸ではその後、多くの人が利用するミニブログ掲載サイトの微博で、杜監督の「語録」を紹介するアカウントが閲覧不能になった。「このアカウントは関連規定に違反しているとの通報があったため、現在は閲覧できません」と表示されたという。

中国大陸では、杜監督が第73回ベルリン国際映画祭に際して不正な発言をしたとして、今後は杜監督の9作品が(中国大陸では)上映されない可能性があると論じる記事も発表された。

同記事は杜監督について「大監督として自分の影響力を知るべきだ。しかも、自らの多くの映画は未公開だ。それらの作品は多くの人が心血を注いだものだ」などと主張した。【2月19日 レコードチャイナ】
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【民主派香港紙、蘋果日報(リンゴ日報)創業者である黎智英氏の裁判が示す香港の現在地】
映画以上に中国による自由の圧殺が進んでいるメディア界。
その象徴が廃刊に追い込まれた民主派香港紙、蘋果日報(リンゴ日報)創業者である黎智英氏の裁判です。

香港最高裁は香港当局の主張を退けイギリスの外国弁護士の参加を認める判断を示していましたが、香港当局は中国本土にお伺いを立て、この最高裁決定を覆してしまいました。

****中国、香港最高裁の判断覆す 国安法、外国弁護士許可巡り****
中国の全国人民代表大会(全人代)常務委員会は30日、香港国家安全維持法(国安法)違反事件の被告の弁護人を外国の弁護士が務めることができるかどうかを巡り、香港政府トップの行政長官の許可が必要だとの解釈を示し、香港最高裁の判断を事実上覆した。許可がない場合は、香港国家安全維持委員会の決定が必要だとした。

同法違反罪に問われた民主派香港紙、蘋果日報(リンゴ日報=廃刊)創業者、黎智英氏の裁判で、香港最高裁が香港当局の主張を退け英国の弁護士の参加を認める判断を示していた。司法の独立性が後退したとの懸念がさらに高まりそうだ。【2022年12月30日 共同】
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中国は、国家安全の問題では香港政府トップの行政長官らの判断の方が最高裁など司法判断より優先されるとの法解釈を示したということです。そして香港政府トップは中国指導部の判断に従います。
この一件の背景等を解説したのが下記記事。

****緊迫する「香港メディア王」裁判 中国が香港政府に与えた絶大な権限****
2020年6月に施行された「香港国家安全維持法」(国家安全法)の影に覆われた香港で、同法最大の「ターゲット」と言われる「メディア王」、黎智英(ジミー・ライ)被告をめぐる動きが白熱化している。
 
同年8月に「国家安全を損ねる海外勢力との共謀」容疑で逮捕された黎被告は、中国に対して批判的な論調で知られた新聞「アップルデイリー」(蘋果日報・りんご日報、廃刊)などを運営する「ネクスト・デジタル」(壱伝媒)の社主だった。

もともとアパレル業で大成功した同被告は熱烈な伝統的民主派支持者でもあり、複数の民主派政党の党外寄付のほとんどを黎被告の献金に頼ってきたといわれる。

逮捕後一時的な保釈期間を経て、21年初めからまた拘束されたままで、逮捕時73歳だった高齢からその健康状態を不安視する声もある中、ようやく昨年12月1日にその黎被告らネクスト・デジタル運営者の裁判が開廷することになっていた。

その直前になって、香港律政司(法務省)が同氏の英国人法廷弁護士ティム・オーウェン氏起用を不服とし、差し止めを求める訴えを起こした。

香港は主権返還以降も英国植民地時代のコモン・ロー制度を維持することが憲法にあたる「香港基本法」でうたわれており、伝統にのっとって、コモン・ロー制度下の国々(主に英連邦)の司法従事者を裁判官及び弁護士として起用することが認められている。

特に国家安全法の「ターゲット」黎氏の場合、その容疑に真っ向から立ち向かい、弁護を展開できる香港人弁護士はほぼいないともいわれ、英国王の法律顧問も務めるオーウェン氏起用は最良の選択肢といえた。

香港律政司はそれに対し、「中国語が理解できない人物や外国人には、国家安全法の制定意図が理解できない」と訴えた。

しかし、1審、最高法院、上訴法院はすべて「雇用は合法」と裁定。香港律政司は11月25日、最高裁判所にあたる終審法院に持ち込んだものの、終審法院も原審を支持してその訴えを棄却した。

4回(あるいは3回半ともいわれる)の敗訴にもかかわらず、どうしてもオーウェン弁護士起用を阻止したい李家超・行政長官は、外国人弁護士の起用に関する規定のない国家安全法の再解釈を、その解釈権を有する全国人民代表大会(全人代)に要請するという手段に出た。

中国に泣きついた香港行政長官
香港ではこれまで5回、香港基本法の法解釈が行われている。同法にはもともと起草委員会の延長で香港基本法委員会という、香港と中国の法律関係者で構成された諮問機関が存在し、そこで法解釈が必要な条文など具体的内容を明らかにした上で全人代(常務委)に解釈を求めるという手順が採られてきた。

だが、国家安全法にはそのような機関が存在せず、また李行政長官も「どの条文を再解釈するのか?」と問われて言葉を濁した。

それでも法解釈に持ち込んだことに、人々は「結局政府は司法で負けて中国政府に泣きついただけ」というイメージを持った。その後、裁判所は法解釈要請中であることを理由に裁判を23年9月まで延期することを決定した。

12月30日、休会中の全体会議に代わって全人代の常務委員会会議が開かれ、再解釈が行われた。結果は国家安全法の一部を書き換え、裁判所は案件が国家安全法に触れるものかどうかの判断をまず行政長官に仰ぎ、同長官が発行する「保証書」に従って裁判を進めるとすることになった。

さらに、もし裁判所がお伺いを立てなかった場合、行政長官ら政府高官と中国政府の香港事務担当者が構成する国家安全法委員会が直接介入し、案件の国家安全法との関連を判断する。加えて、その過程はすべて非公開とし、その決定に対する疑義も一切受け付けない。

これはつまり、中国政府は行政長官に新たな権限を付した上で、「良きに計らえ」と言ったに等しいことになる。「これで行政長官たちはやりたい放題。一旦目をつけられれば、ただの駐車違反が突然国家安全法違反と言われかねない」という不安の声も上がる。

相次ぐ中国政府関係者の司法介入発言
オーウェン弁護士が黎被告の法廷に立つことはもうないだろう。さらに親中派の中から、外国人弁護士だけではなく香港人弁護士も対象にし、「国家安全法案件弁護に立つことができる弁護士リスト」を作るべきだという主張も出はじめた。そして、李行政長官はこれに対して「国家安全法委員会」はこれを支持し、関連法規の改定を進めると述べた。

さらには1月に開かれた中国政府主導の会議で、国務院(内閣に相当)の香港マカオ事務責任者である夏宝竜・香港マカオ弁公室主任が「香港の現行法をすべて国家安全法に合わせて改定すべきだ」と発言。

香港の法体系をひっくり返してしまいかねないこの衝撃的な発言に対しても、香港律政司長官は「前向きに対応していく」と応じた。

こうした中国政府関係者による司法への介入発言は国家安全法施行後ずっと増えており、香港の司法界からは海外に脱出する人たちが激増している。

そんな中、主権返還後英国外務省がずっと続けてきた「香港問題半年報告」の最新報告が、1月12日に同国国会に提出された。その中でクレバリー外相は「中国が香港の自由を弾圧している」とし、李家超・行政長官に対して香港の権利と自由を尊重し、法治を守り、香港の独特性を守ることが中国自らの利益にあたるはずだと呼びかけた。

またこれと同時にその英国に黎被告の三男が姿を現し、国際弁護団とともに「黎被告は英国籍であり、英国はその人身保護を行う義務がある」としてスナク英首相との面談を要求した。【1月24日 ふるまいよしこ・フリーランスライター 毎日】
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【現在の香港の在り様を決めた1984年の英中共同声明】
現在の香港の状況は、1984年12月19日に、中国・イギリスが署名した英中共同声明で決まっていたと思えます。

****香港返還*****
香港返還、あるいは香港主権移譲は、1997年7月1日に、香港の主権がイギリスから中華人民共和国へ返還、移譲された出来事である。

背景
1842年の南京条約(第1次アヘン戦争の講和条約)によって、香港島が清朝からイギリスに割譲され、イギリスの永久領土となった。さらに、1860年の北京条約(第2次アヘン戦争(アロー戦争)の講和条約)によって、九龍半島の南端が割譲された。

その後、イギリス領となった2地域の緩衝地帯として新界が注目され、1898年の展拓香港界址専条によって、99年間の租借が決まった。以後、3地域はイギリスの統治下に置かれることとなった。

1941年に太平洋戦争が勃発し、イギリス植民地軍を放逐した日本軍が香港を占領したが、1945年の日本の降伏によりイギリスの植民地に復帰した。その後1950年にイギリスは前年建国された中華人民共和国を承認した。この後イギリスは中華民国ではなく中華人民共和国を返還、再譲渡先として扱うようになる。

1960年代には香港は水不足危機に陥り、中華人民共和国の東江から香港に送水するパイプライン(東深供水プロジェクト(中国語版))も築かれた。(中略)

二国間交渉
(中略)1982年9月には首相マーガレット・サッチャーが訪中し、ここに英中交渉が開始されることになった。

サッチャーは同年6月にフォークランド紛争でアルゼンチンに勝利して自信を深めていたが、鄧小平中央顧問委員会主任は「香港はフォークランドではないし、中国はアルゼンチンではない」と激しく応酬し、「港人治港」の要求で妥協せず、イギリスが交渉で応じない場合は、武力行使や水の供給の停止などの実力行使もありうることを示唆した。

当初イギリス側は租借期間が終了する新界のみの返還を検討していたものの、イギリスの永久領土である香港島や九龍半島の返還も求める猛烈な鄧小平に押されてサッチャーは折れた恰好となった。

1984年12月19日に、両国が署名した英中共同声明が発表され、イギリスは1997年7月1日に香港の主権を中華人民共和国に返還し、香港は中華人民共和国の特別行政区となることが明らかにされた。

共産党政府は鄧小平が提示した一国二制度(一国両制)をもとに、社会主義政策を将来50年(2047年まで)にわたって香港で実施しないことを約束した。

この発表は、中国共産党の一党独裁国家である中華人民共和国の支配を受けることを良しとしない香港住民を不安に陥れ、イギリス連邦内のカナダやオーストラリアへの移民ブームが起こった。【ウィキペディア】
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尻込みする男性閣僚を押し切ってフォークランドに軍隊を派遣した「鉄の女」サッチャーをもってしても・・・というところですが、おそらく当時は香港の経済的価値が問題とされていたのではないでしょうか。香港の人々の「自由と民主」という問題は今のように意識されていなかったのでは。イギリスの一般国民の関心もさほど大きくなかったのでは。
コメント
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