(ハノイで、ベトナム訪問中の中国の習近平国家主席(左)と握手するベトナムのチュオン・タン・サン国家主席【11月6日 ロイター】
中国メディアの環球網は、日米の「対中包囲網の幻想」を揶揄する記事で、南シナ海問題で中国と対立するベトナムとフィリピンでも姿勢が異なると指摘。ベトナムはフィリピンのように激烈な姿勢を見せておらず「日本がASEANの他の国を“フィリピン化”できると思っているのは、実に純情だ」と皮肉っています。【11月29日 Searchinaより】
確かに、「中国の横暴にアジア各国がみな憤慨している」というのは日本の期待ではあっても、現実とは少し違うかも。経済的に中国なしでは回らなくなっている多くのアジア諸国は、これまで以上にその顔を中国に向けつつあるというのが現実の姿でしょう。
ただ、中国の横暴とも言える独善的行動が続けば、各国における反中感情も高まり、“フィリピン化”も起きてきます。)
【不審船による襲撃で、ベトナム漁船乗組員死亡】
南シナ海・南沙諸島海域で30日、ベトナム漁船乗組員が「武装集団」の銃撃を受け死亡しました。
****ベトナム漁民、撃たれ死亡=武装集団が襲撃―南シナ海****
ベトナム紙トイチェは30日、南シナ海・南沙(英語名・スプラトリー)諸島のミスチーフ(中国名・美済)礁に近い海域で26日、操業中のベトナム漁船の乗組員1人が銃で撃たれ、死亡したと報じた。不審船が接近して、武装した5人組が漁船に乗り込み、発砲したという。
南シナ海でベトナム漁民が銃撃で死亡する事件は珍しい。トイチェによれば、この海域では同国漁船が長年操業してきたが、不審船による襲撃はこれまで起きていなかった。
現場はミスチーフ礁とは別の岩礁から約30カイリ(約56キロ)の海域。ベトナム中部クアンガイ省の漁船が操業していたところ、1隻の船が近づき、5人が乗り込んできた。発砲により、42歳の男性乗組員が死亡。漁船には薬きょう4個が残っていたという。
南沙海域では、ベトナムや中国などが領有権をめぐって対立している。【11月30日 時事】
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「不審船」ということで、銃撃した武装集団が何者だったのかは、まだ明らかにされていません。
【現実的対応のベトナム共産党 習近平主席訪問を歓迎】
ベトナムはかねてより南シナ海において、西沙諸島や南沙諸島において中国と対立・衝突を続けており、ASEAN諸国の中にあっては、対中国ではフィリピンとともに強硬姿勢を示してきています。
国民感情のうえでも、南シナ海問題に限らず、中国に対する反発は根深いものがあるようにも見えます。
ただ、中国と国境を接し、これまでも中国と戦火を交えたこともあるベトナムにとっては、中国との関係は安全保障上の最重要課題でもあり、また、中国との経済的な関係が深まっているのは他の東南アジア諸国同様であることもあって、ベトナム共産党指導部の中国への対応は、例えば中国批判のデモを一定に容認しながらも、過激化・拡大することは抑えるといったように、抜き差しならない事態にならないよう現実的な対応を行っているように見えます。
そんなベトナムを、今月初め中国・習近平国家主席が訪問しました。中国主席のベトナム訪問はは2006年の胡錦濤主席以来、9年ぶりでした。
****南シナ海で対立回避演出=友好関係を強調―中越首脳****
中国の習近平国家主席(共産党総書記)は5日、ベトナムを訪れ、最高指導者グエン・フー・チョン共産党書記長とハノイで会談し、南シナ海の領有権争いでは対立を回避し、両国関係に悪影響を及ぼさないよう努力することで合意した。ベトナム政府によると、両首脳は、友好関係が「新しい次元に入った」と認識を一致させた。
中国主席の訪越は、2006年の胡錦濤氏以来9年ぶり。両首脳は、インフラ建設や貿易、投資などに関する協力文書に署名した。経済関係を一段と深める契機とする。
ベトナム政府によれば、会談でチョン書記長は、南シナ海問題を念頭に「事態をさらに複雑にし、緊張をもたらさないよう努力することが重要だ」と強調。軍事基地化を目指すような動きを控え、国際法に従って問題を解決する必要があると訴えた。
習主席は「ベトナムと共に、両国関係および南シナ海の平和と安定の維持に努力する」と応じたという。【11月5日 時事】
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隣国で、また、同じ共産党政権にもかかわらず、9年間訪問がなかったことにも、両国の微妙な関係が窺われます。
逆に言えば、南シナ海で中国が造成する人工島近海へのアメリカ艦航行を受け、米中対立が深まるこの時期に敢えてそんなベトナムを訪問した習近平主席の、領有権をめぐり対立するベトナムに接近することで中国包囲網にくさびを打ち込もうとする強い意向が窺えます。
習近平主席訪問中も首都ハノイでは反中国デモが容認されていたようです。
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・・・・現地からの報道によると、習氏の訪問直前から首都ハノイでは抗議活動が続いた。参加者は「スプラトリー(中国名・南沙)諸島とパラセル(同・西沙)諸島をベトナムに返せ!」などと訴える横断幕を掲げて抗議。5日は中国大使館周辺にバリケードが築かれ、道路が封鎖された。
しかし、3日にハノイ中心部で行われた抗議活動の参加者は「警官はほとんど抗議者を放っておいた。すぐに追い払われた昨年の反中デモと違った」と証言しており、ベトナム政府の対応にも変化が表れている。(後略)【11月5日 産経】
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先述のような反中国の国民感情はありますので一定に”ガス抜き”は行いつつも、ベトナム共産党指導部は、安全保障・経済両面での対中国関係を重視する立場から、習主席を歓迎したようです。
【ベトナム取り込みを狙う習主席】
習近平国家主席は6日にベトナム国会で演説し、中国とベトナムとの関係について「(幾つかの部分で)対立を避けるのは難しい」と認めたうえで「(双方の)党や国家の指導の下で、友好関係の『新たなページ』を書き続けることができる」と呼び掛け、対話継続が重要と訴えたとのことです。【11月6日 時事より】
指導層レベルでは概ね友好的な雰囲気で行われ、習主席の狙うベトナム取り込みが一定に成功したようにも見えた習主席の訪問でしたが、その後は不協和音を出ているように報じられています。
****中国主席発言に不快感=南シナ海で「二枚舌」―ベトナム****
中国の習近平国家主席による南シナ海領有権に関する最近の発言に対し、ベトナムで不快感が高まっている。ベトナムを5、6の両日訪問した際に、領有権をめぐる対立を回避する姿勢を示した一方、7日のシンガポールでの演説では「古くから中国の領土」と主張したためだ。メディアは「二枚舌」(トイチェ紙)と厳しく批判している。
ベトナム政府によれば、習主席とグエン・フー・チョン共産党書記長は5日の会談で、南シナ海問題が両国関係に悪影響を及ぼさないよう「適切に処理」することで合意。習主席は「平和と安定の維持に努力する」と語ったとされる。ベトナム国会での6日の演説でも、両国間の問題では対話を通じた解決を目指す考えを表明した。
その翌日、シンガポールという「南シナ海問題と(直接には)無関係の国」(トイチェ紙)で、友好ムードに水を差すような発言が出たことに、メディアは「化けの皮が剥がれた」(ペトロ・タイムズ紙)と反発。中国の主張は身勝手として、国際法に従うよう訴えている。
ベトナム政府高官や外務省は、習主席のシンガポールでの演説に関してコメントしていない。【11月10日 時事】
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【“現場”海上で相次ぐ衝突・トラブル】
一方、南シナ海などの“現場”では、最近両国の衝突・トラブルが相次いでいます。
****中国漁船数百隻がベトナム漁船を「襲撃」か ベトナム報道「漁網次々に引きちぎる」「過去30年で最悪」****
中国漁船数百隻がベトナム漁船5隻を襲撃した模様だ。環球時報がベトナムでの報道を引用して伝えた。ベトナムでは漁網30網以上が引きちぎられ、「過去30年来、最悪の事態」と報じられているという。
ベトナム漁船の船長が16日、ダナン市ソンチャー区の自国当局に報告したことで明らかになったという。船長によると8日に出港して、仲間の船との計5隻でトンキン湾で操業していた。トンキン湾はベトナムと中国の広西チワン族自治区、海南省(海南島)など囲まれた海域だ。
船長は、14日午前2時ごろ、「無数の中国漁船が突然出現し、蜂のように押し寄せてきた」と説明したという。記事は、ベトナム漁船を襲撃した中国漁船は「数百隻」だったと伝えた。
中国漁船はベトナム漁船が漁網を投じていた水面に次々に突入。30網程度が引きちぎられたという。ベトナム当局関係者は「中国漁船がベトナムの領海に進入したかどうかを確認する」と述べたという。
以前にも中国とベトナムの漁船が海上で「抗争」することはあったが、最近では少なくなっていた。中国政府・外交部の華春瑩報道官は、「海上で問題が出たことはあったが2014年以来、双方は問題を妥当に処理し、密接な意思疎通を保っている」と説明していた。
中国社会科学院の研究室主任で東南アジア研究の専門家である許利平主任は、「仮に、(権益関連の)境界線が定まっていない『グレー・ゾーン』で操業する場合には、双方が協力の気持ちを持たねばならない。相手を一方的に批判するのはフェアでない」と述べた。(後略)【11月19日 Searchina】
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****中国、ベトナム船を銃で威嚇か 南沙海域、現地紙報道****
ベトナム国営紙トイチェは27日、南シナ海・南沙(スプラトリー)諸島の周辺海域で今月13日、ベトナムの輸送船が中国の艦船から「銃を向けられ、威嚇された」と報じた。輸送船船長の証言として報じた。発砲やけが人はなかった。
報道によると、現場は米駆逐艦が10月27日に「航行の自由作戦」を実施した南沙・スビ礁の西約12カイリ。
13日午前9時、ベトナム輸送船が自国が管理する灯台へ補給活動を行うため付近を航行したところ、所属不明の中国船1隻が近づき、立ち去った。その後2隻の中国海警局の巡視船が接近。午前11時には、人工島の方向から中国軍の艦船とみられる別の艦船が現れ、拡声機で中国語で警告した。さらに同11時半、10人以上の迷彩服の隊員が甲板に出て、輸送船に銃口を向けた。緊迫した状態が約2時間続いたのち、中国船は立ち去ったという。
南沙諸島の周辺では、ベトナムの漁船や輸送船が中国船から妨害を受けることはたびたび報告されているが、銃を向けられたのは異例。ベトナム外務省のレ・ハイ・ビン報道官は同日、「力の行使や威嚇に激しく抗議する」とする声明を発表した。【11月27日 時事】
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こうしたトラブル・事件を経ての冒頭銃撃事件です。中国の影を感じてしまいますが、事実関係はまだわかりません。
もし、「不審船」が中国の船ということになれば、ベトナム側の対応が硬化することは避けられないでしょう。
ただ、その場合、一連の中国側の強圧的な姿勢が習近平指導部の意向を反映したものかどうかは疑問もあります。
これではベトナム訪問による「ベトナム取り込み」も無駄になってしまいます。
中国では軍部などにおける強硬派や反習近平勢力の動きを政権指導部が必ずしもコントロールできていないという話はよく聞くところですが、一連のベトナムへの強圧的な行動もそうした線でしょうか。