孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

改革進むエチオピアが建設するナイル川巨大ダム 下流エジプトでは「ナイルの賜物」の変容も

2019-08-18 21:51:35 | 北アフリカ

(【8月18日 朝日】)

 

【“政治の民主化と経済の自由化が成長と安定を確実なものにする実例”】

これまでも何度か取り上げてきたように、東アフリカ・エチオピアでは、アビィ首相による内政・外交の改革が進行しており、一部にはノーベル平和賞候補に推す声があがっているような高い評価を得ています。

 

下記は、日本の在エチオピア大使である松永氏のエチオピアの状況に関するレポートです。

 

****エチオピアが何故いま熱いのか【アフリカと日本】*****

注目の原因 

いまエチオピアに注目が集まっている。

2桁の経済成長を過去10年以上ほぼ毎年続けてきたのは、サブサハラ・アフリカでは、異例のことだ。この結果、1990年から現在までで、GDPは倍増した。

 

人口では、ナイジェリアに次ぐアフリカ第2の大国であり、GDPの規模(2018年IMF統計)では、サブサハラ・アフリカでナイジェリア,南アに次ぐ第3位である。ナイジェリアが産油国であることを考慮すれば、非産油国としては第2位となる。

 

もっとも、エチオピアが現在注目されているのは経済成長だけが理由ではない。昨20184月に就任したアビィ・アフメッド首相が大胆に政治や社会の改革を進めていることも、もう一つの注目点になっている。

 

筆者が当地赴任後、内閣改造が行われたが、閣僚の半数が女性で占められることになった。また、新たに女性の大統領(象徴的に国を代表する)が指名され、その後最高裁長官にも女性が任命された。

 

エチオピアでは、現在新しい風が吹いている。アビィ首相がノーベル平和賞のショートリストに入っているとの報道もなされている。(中略)

 

アビィ政権による改革とその背景

近年の経済成長の背景にはこうした産業政策(メレス前首相が採用した、市場経済を活用しつつ政府が産業育成に積極的に関与する、計画経済でもなく自由放任主義でもない産業政策)がそれなりの功を奏した事実があると思われる。

 

しかし、経済成長の実現は社会の不安定化をもたらすことが多い。急速な都市化の伸展、成長にうまく乗れたものと乗り遅れたものとの間の格差拡大、そして今日の社会特有のソーシャルメディアの発達による現状への不満の組織化が起こってくる。

 

それは、建前上は四民族のアンブレラ組織でありながら事実上はTPLF(2007年国勢調査で総人口の6%にすぎないティグライ民族を基盤とするティグライ民族解放戦線)が牛耳る政権の実体に対する不満と批判の広がりという形として現れ、2015年頃から頻繁に反政府活動が起こるようになり,2016年10月には非常事態宣言が発出され政治的な不安定は深まっていった。

 

これは、TPLFを中心とする現政権内で既得権益化が進み、権力の濫用や汚職が一般大衆の許容範囲を越えたためと思われる。

 

これ以上混乱を続かせることは国家・社会のためにならないと判断したハイレマリアム首相(メレス首相の死去に伴いその後任として南部諸民族州の出身でありながら2012年に首相に就任)は昨2018年2月に急遽辞意を表明し、その後を多数派であるオロモ民族(2007年国勢調査で総人口の37%)出身のアビィ首相が引き継いだ。(中略)

 

アビィ首相は就任以来、内政・外政の改革を進めている。

 

内政面では、前政権に対する抗議運動で投獄されていた多くの人々が解放されている。海外に逃れて反政府活動をしていた人々も続々帰国している。また、前政権の中にいて弾圧や人権抑圧(不当な拘禁・処刑・拷問など)を行った疑惑のある者たちが逮捕されている。その中には、巨大国営企業であるMETEC社の幹部の汚職容疑による逮捕も含まれる。

 

前政権の間に対外債務が大きく膨らんだことは無視できない。アビィ首相は、これについても新たな政策を打ち出し、政府自身及び国営企業による非譲許的借款を一切認めないことにした。

 

また、債務負担軽減のため、アディス・アベバ-ジブチ間鉄道に関わる対中債務の返済期間を10年から30年に延長させることに成功している。

 

旧政権時代に中国からの借款が大きく増えたこともあり、現政権は中国との間にはある程度の距離を置きつつ、先進諸国やドナー諸国(エチオピア人は、パートナー諸国という言葉を好む)とのつながりを深めることで対外関係を多様化しようとしている。(中略)

 

なお、アビィ首相の改革は外政にも及んでいる。1993年の分離独立以来、紛争の絶えなかったエリトリアとの和解がその最も注目される例である。

 

エリトリアとの和解は、経済的にも大きな意味を持つ。エリトリアの分離独立以来、内陸国としてジブチをほぼ唯一の海へのアクセスとしてきたエチオピアが、アッサブ港とマッサワ港という代替的なルートを確保できる希望が生まれたからである。

 

物流ルートが増えることは、外貨不足と並んで日本企業を含む外国企業進出の最大の障害とされる物流コストの高さの是正につながることが期待される。

 

欧米諸国や世界銀行は、アビィ政権の推進する改革路線を定着させるべくこれをテコ入れして行こうとの姿勢を示している。

 

欧米諸国は従来、TPLFを中核とする前政権を人権、民主主義、法の支配の面で問題ありとしてきたのに対し、アビィ首相がこれを反転させて改革を進めているのを後戻りさせてはならない、との立場からである。(中略)

 

アビィ首相による改革が実を結び、エチオピアが目標とする2025年までの中進国入り(一人当りGDP1,000ドル以上)が実現すれば、政治の民主化と経済の自由化が成長と安定を確実なものにする実例が東アフリカに誕生することになる。それは、後に続こうとする国々に対する前向きなメッセージとなるであろう。(後略)【424日 松永 大介氏 霞関会】

*******************

 

“政治の民主化と経済の自由化が成長と安定を確実なものにする実例”・・・・今どき珍しい明るい希望です。

(もちろん細かく見ていけば、アビィ首相の改革にも問題はいろいろあるのでしょうが・・・)

 

【ナイル川巨大ダム建設をめぐるエチオピアとエジプトの対立

ところで、エチオピアはナイル川上流国になりますが、今後の経済成長を支える電力を確保すべくナイル川に巨大ダムを建設していること、それに対し、これまでナイル川の水資源管理を牛耳っていた下流国エジプトが反対していることは、2018121日ブログ“水資源をめぐる対立  インダス川のインド・パキスタン ナイル川のエジプト・エチオピア 生命線が断層線に”でも取り上げました。

 

エチオピアは、エジプトの反対にもかかわらず、ダム建設を続けています。このあたりはエジプトの国際影響力低下という近年の国際事情を反映したもののようにも思えます。

 

****ナイル川、巨大ダムの衝撃 上流のエチオピア、建設****

人口が急激に増加し、経済発展を続けるアフリカ大陸。エチオピアで今、成長を支えるアフリカ最大級となるダムの建設がナイル川上流で進められている。水資源をナイル川に頼る下流のエジプトを大きく揺さぶっている。

 

 ■経済成長、電力不足解消狙う

エチオピアの首都アディスアベバから北西に500キロの拠点都市アソサ。そこからデコボコ道を車で3時間かけて走る。スーダンとの国境に近い山間部に巨大なコンクリートの壁が現れた。建設中の「グランド・エチオピアン・ルネサンス・ダム」だ。

 

メインのコンクリート製ダムは全長1800メートル、高さ155メートル。さらに全長5千メートル、高さ50メートルの岩石などで造るロックフィル式の補助ダムが続く。(中略)

 

名前に付けられた「ルネサンス(再生)」には、かつて世界最貧国とされた時代から決別し、大きな飛躍を願う思いが込められた。

 

エチオピアは近年、年10%前後の経済成長を遂げている。国内総生産(GDP)は843億ドル(約9兆円)。この20年間で11倍近くに拡大した。人口もこの間、1・7倍以上に増加して約1億900万人に達した。

 

だが、電力は不足しており、送電線などの整備も途上にある。地方を中心に多くの人が明かりや炊事を牛ふんなどバイオ燃料に頼っているのが現状で、経済成長を支える海外企業の誘致にも電力インフラの拡充は欠かせない。このダムが稼働すれば、スーダンなどの周辺国への売電も視野にしており、国家収入の柱の一つになる。

 

この期待を一手に背負うダムの規模は桁違いだ。総貯水容量は740億立方メートルで、世界7位。日本最大の徳山ダム岐阜県)の100倍以上の規模だ。

 

発電能力は全16基の発電タービンで合計6千メガワットになる。総工費は33億9700万ユーロ(約4千億円)とされ、国民や在外エチオピア人に向けた国債を発行して多くをまかなう形を取っている。

 

 ■「流域国、協調を」

水資源をめぐる政治学を専門とするアディスアベバ大学のヤコブ・アサノ教授は、このダムの建設を「上流の流域国が水資源利用の正当な権利を行使できる時代が到来したことの象徴だ」と話す。

 

エチオピアはナイル川の上流に位置するにもかかわらず、その水利権を下流域の国に無視されてきた。

 

ナイル川の取水権は1959年にエジプトとスーダンが協定を結び、エジプトが8割、スーダンが2割を持つとされた。エチオピアなどの上流域国が水資源を利用するプロジェクトを実施するには、エジプトに監督権があるとされた。

 

エチオピアは反発し続けたが、地域大国エジプトとの力関係は明白だった。ダム建設は、エジプトの影響力低下を如実に物語っている。

 

アサノ教授は協定の有効性はすでに消滅しているとしつつ、「エチオピアが電力供給拠点となれば、エジプトはそれを利用した工業振興につなげられる。スーダンは地域の食糧供給拠点になる。このダムが契機となり、水資源を有効活用する流域国の協調の枠組みができる」と語った。

 

関係者によると、ダム本体は80%、発電施設は60%ほど工事が完了している状況だという。エチオピア側は近く貯水を開始し、2022年にも発電設備を稼働させる意向だ。

 

 ■下流のエジプト、危機感 人口増、水不足に拍車の恐れ

エチオピア政府は下流への流量を変えないと強調している。だがエジプトの警戒心は強い。

 

「ナイルの水が2%減っただけで、農民ら100万人が収入を失うとの試算がある」

ムハンマド・アブドルアティ水資源灌漑(かんがい)相は朝日新聞の取材にこう強調した。 

 

エジプトは水資源の約95%をナイル川に依存しており、そのうち青ナイル川の流量は80%以上を占める。アブドルアティ氏は「ナイル川に全面的に依存する我が国が、リスクを排除することは当然の権利だ」とし、科学的なダムの影響調査の必要性を訴えた。

 

調査実施について、15年にスーダンも含めた3カ国が合意し、調査は始まったが、結果がまとまる時期ははっきりしていない。エジプト側は結果を踏まえて、貯水にかける期間や量などをエチオピアと協議したい意向だが、エチオピアが調査結果を待たずに貯水を始めるのではとの懸念も出ている。

 

アブドルアティ氏は、ダムがナイル川の水量に影響を与えれば、社会の混乱を招き、不法移民の増大やテロ組織の伸長さえ想定されているとした。

 

 ■生命線に「蛇口」

エジプトの人口は00年に6883万人だったが、18年には9842万人となり、1億人突破は目前。人口増に伴い、水の需要も高まっている。

 

国連食糧農業機関(FAO)によると、1人あたりの年間の水消費は14年で700立方メートルだが、30年には「絶対的な不足」とされる500立方メートルを割り込むことが予想されている。

 

この予想にはダム建設による影響は考慮されていない。まさに生命線である青ナイル川に「蛇口」を取り付けられ、エジプトの命運をエチオピアに握られる形だ。

 

ダムを巡っては、ムルシ前政権下では、与党議員がダム建設阻止のために軍事行動を示唆するなど強硬姿勢も目立った。

 

しかし、14年に誕生したシーシ政権は、ダム建設を容認する姿勢を示す。現実に建設阻止は不可能と判断したとされる。ただ、ナイル川の流量を変化させるなどの悪影響を排除することが絶対条件としてきた。

 

水資源問題が専門のナーデル・ヌールエルディン・カイロ大学教授は「このダムはあまりにも巨大過ぎる」と指摘。貯水時の下流への流量変化やダム湖からの大量蒸発、地下への浸水などの可能性が排除できないという。また、その規模ゆえに想定外の事態が起きた場合、エジプトが被る影響は甚大だとし、「国の存亡にも関わる」と警鐘を鳴らした。

 

ヌールエルディン氏は「リスク回避のため、今後のエチオピアとの協議が重要だ」とした上で、「協議で折り合わなければやがて紛争となり、『水戦争』になる可能性もはらんでいる」と語った。(後略)【818日 朝日】

*********************

 

エチオピア発展の生命線ともなる巨大ダム建設に関しては、アビィ首相も従来政権の強気な姿勢を踏襲しているようです。エチオピアにすれば、「当然の権利」ということでしょう。

 

【「ナイルの賜物」の変容】

ただ、古来よりエジプトは「ナイルの賜物」と言われてきているように、下流国エジプトにとってもナイルの水は生命線です。

 

しかし、「グランド・エチオピアン・ルネサンス・ダム」の話を別にしても、ナイルの水資源利用とともに、その様相は変化してきています。

 

****「ナイルの賜物」今は昔 塩害に苦しむエジプト文明の地****

「エジプトはナイルの賜物(たまもの)」。この有名な言葉は、ギリシャの歴史家ヘロドトスのものだ。ナイル川が運ぶ肥沃な土が文明を育んだと、世界史の授業で学んだ人も多いだろう。

 

しかし、現代のナイルデルタを歩くと、まったく異なる光景が広がっていた。(中略)

 

ナイル川の最下流域カフルシェイク県。首都カイロから北へ車で4時間以上かかる。ナイル川の支流を使った運河の終点に行くと、底を掘り返して盛った土手が白いもので覆われていた。塩だ。 

 

エジプトのような乾燥地では、雨がほとんど降らない。農業用水や地下水には塩分が溶け込んでいるので、灌漑した農地の地表からの蒸発量が多いと、塩を残してしまう。

 

しかも、ここのようなナイルデルタの下流では、水量が作物栽培に十分でない。農地からの排水を農業用水に再利用するうちに、さらに塩分濃度が高まる。(中略)

 

さらに北上すると、塩分濃度が高すぎて農業には適さないため、土地が養魚場に変えられた地域もあった。一度塩分を含んだ土地はなかなか元に戻せない。

 

なぜ、こんなことになったのか。地元の人たちは、19世紀に造った「せき」と、1970年にできたアスワンハイダムの影響が大きいという。

 

以前はナイル川が定期的に洪水を起こし、それを利用した伝統的な灌漑が流域に肥沃な土をもたらしていた。ダムのおかげで洪水はなくなり、水力発電による電力をもたらした一方、土は徐々に疲弊し、肥料を大量に投入しなければならなくなった。

 

さらに急激な人口増加が追い打ちをかけた。エジプトの人口は今年、1億人を突破するといわれる。エジプトは世界有数の小麦輸入国だ。政府は砂漠の農地開発を進めており、それにはナイル川の水が大量に必要となる。最下流域に回る水が少なくなり、塩害を加速させているともいわれる。(中略)

 

エジプトではずっと、人々は国土の4%ほどしかないナイル川沿いの土地に住み、その恵みに頼って生きてきた。東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所助教の熊倉和歌子(39)によると、12世紀の土地文書には、すでに土の肥沃度と水はけを考慮した「地力」が記されていたという。(中略)

 

世界四大文明のひとつに数えられるエジプト文明は、ナイル川と流域の土地に支えられてきた。人口増加や水不足で、その土に疲れが目立ってきたのは、悠久の歴史の中で、ごく最近になってからだ。

 

政府系シンクタンクのアハラム政治・戦略研究センター研究員アマーニ・タウィール(59)は「ナイル川流域のデルタは5000年以上にわたって人々を養ってきたが、いまや、やせて疲弊してしまった」と嘆いた。

 

やはり四大文明のひとつメソポタミア文明も、大河が運ぶ豊かな土で栄えたが、人口増に伴う森林伐採による土壌侵食や塩害が滅亡の原因になったといわれる。

 

こうした状況に、エジプト政府は力ずくで立ち向かおうとしている。疲弊したデルタ下流地帯に固執することなく、砂漠に農地を広げようというのだ。

 

カイロから約60キロ北東の砂漠地帯に車を走らせると、スプリンクラー灌漑が施された大規模な農地でジャガイモや小麦が栽培されていた。土はさらさらとして黄色い。砂漠の土そのものだ。50年余りで約60万ヘクタールを新たに開墾。更にシナイ半島やアスワンより上流の砂漠計49万ヘクタールの開発計画もある。

 

耕す人は確保できるのだろうか。タウィールはいう。「エジプト人は仕事や糧を求めて、移動を繰り返してきた。道路が整備されれば、塩害に悩む農民は新たに開墾された砂漠に移動するだろう」。隣国スーダンやエチオピアでも、農地の確保を目指す。(後略)【55日 GLOBE+

*************************

 

“疲弊したデルタ下流地帯に固執することなく、砂漠に農地を広げよう”とは言っても、その砂漠開墾のための水はナイル川ではないでしょうか。

 

結局はナイル頼みの構造には変わりなく、「グランド・エチオピアン・ルネサンス・ダム」建設で水利用が制約されることになれば、大きな影響を受けます。農業以前に、カイロ等に暮らす1億人の飲料水確保も難しくなります。

 

今後、世界は石油以上に、水資源をめぐって争う状況が懸念されます。

 

コメント

スーダン  軍事評議会とデモ指導部、新統治機構の仕組みで歴史的合意に到達

2019-07-06 22:58:11 | 北アフリカ

(スーダンの首都ハルツームで、軍事評議会とデモ隊指導部が新統治機構について歴史的合意を結んだことを祝う人々(201975日撮影)【76日 AFP】) この喜びが失望と混乱に変わらないためには、持続的なこれまで以上の努力が求められます。)

 

【自制的にコントロールされた反政府デモ】

北アフリカ・アルジェリアと並んで、市民の抗議行動によって独裁政権に終止符がうたれたスーダンの状況にについては、これまでも2回ほど取り上げてきました。

 

スーダンでは、バシル大統領失脚後、今後の政治体制をどのようにしていくのかという点で、軍主導の暫定軍事評議会と市民の側で主導権をめぐる対立が起きました。

 

510日ブログ“スーダン バシル失脚後の今も続く軍と市民の緊張 抗議行動の前面に立つ女性たち

 

上記ブログでは、市民の抗議行動が“意外にも”混乱に陥らないように自主的にコントールされていること、また、表題にもあるように、イスラム社会で表に立つことが少ない女性が前面にでるという、これも“意外な”展開になっていることを取り上げました。

 

****【市民によってコントロールされている反政府行動】****

アフリカにおける政変というと、政党間の争いというよりは民族・部族を背景とした争いであることが多かったり、また、「アラブの春」が多くの中東イスラム国家で失敗と混乱に終わっていることもあって、スーダンのバシル大統領失脚・軍と反政府デモの対立という政変についても、個人的にはいささか先行きを懸念するような感じで見ていました。

 

しかし、今後の展開は不透明ながら、現段階における反政府デモは上記のようなイメージとは異なり、市民の手でコントロールされる形で行われているようです。(後略)【510日ブログ】

*************

 

そのコントロールの具体例については、以下のようにも。

 

****検問も警備員もボランティア 民主化求めるスーダンの抗議デモの現場は****

(中略)連日抗議デモが続く軍本部前に向かうと、3カ所の検問所があった。運営していたのは、抗議デモの参加者たち。武器などを持った不審者が入らないように、自分たちで警戒しているのだという。

 

現場では、太鼓をたたいたり、国旗を顔にペイントしたりした多くの若者たちが集まっていた。最高気温は42度。強烈な日差しを避けようとテントや給水所も設置され、露天商も繰り出していた。

 

気温が少しだけ下がる夕暮れ時になると、仕事を終えた人たちも加わり、数万人でごった返した。時折、デモ隊と治安部隊との衝突で負傷者は出ていたものの、幼い子どもを連れて来る人もいるなど、平和的な抗議デモが続いているように見えた。(後略)【510日 GLOBE+

*****************

 

また、女性の活躍については、抗議行動の先頭に立つ22歳女子大生アラ・サッラーが「革命の象徴」、さらには「ヌビアの女王」と呼ばれるようになっていました。

 

****スーダン「市民革命」の象徴は22歳女子大生アラ・サッラー****

スーダン「市民革命」のアイコン
2019
48日、スーダン共和国の首都ハルツームで撮られ、ツイッターにアップされたある写真が世界中で注目されている。

白いトーブに身を包み、金色の大きな耳飾りをつけた若い女性が、乗用車のルーフパネル上に立ち、右手を挙げ、人差し指で天を指している。

この女性の名はアラ・サッラー、ハルツームで建築学を学ぶ22歳の大学生だ。(後略)【418日 クーリエ・ジャポン】

*****************

 

抗議行動の参加者にも女性が目立ち、“特に女性たちは強権的な前政権から長く抑圧されてきた。紛争で夫や子を失った人も多く、今回の政変で民主化や平等の実現を期待する思いはとりわけ強い。”【430日 朝日】とも。

 

【デモ隊強制排除で、民兵組織の暴力が猛威を振るう場面も】

しかし、なかなか進展しない交渉のなかで、治安部隊によるデモ隊の強制排除が行われ、死者を伴う混乱状態にもなりました。その暗転については

65日ブログ“スーダン  デモ隊強制排除で混乱拡大 「アフリカの天安門事件」とも

 

****スーダン虐殺、暴走する治安部隊 軍事評議会内に確執も 死者113人以上****

「第二のアラブの春」とも言われたバシル前大統領失脚後のスーダンで混迷が深まっている。実権を握る軍事評議会は民政移管を求めるデモ隊を弾圧し、100人以上が死亡する惨事に。

 

民衆の不満を暴力で抑え込む姿勢を鮮明にした。今後の対応を巡り軍事評議会内部での確執も伝えられ、さらなる流血の事態への懸念が高まっている。

 

3日に行われたデモ隊の強制排除。スーダン人記者が元治安当局者の話としてツイートした内容によると、市内を流れるナイル川には、何度も銃撃を受けたり、ナタで首を切られたりして死亡した人々の遺体が次々に投げ込まれた。

 

治安部隊は国防省前で座り込みを続ける群衆に向けて無差別に発砲。事実上の虐殺で、救護テントは焼き払われ、治療に当たっていた女性医師がレイプされたという。

 

首都ハルツームの住民によると、多数の民兵が市内を徘徊(はいかい)し「市民にムチをふるい、略奪を繰り返した」。証拠となる映像の拡散を防ぐため、インターネットは切断された。

 

デモ隊の中心組織の一つ、医師委員会は7日までに各地で少なくとも113人の死亡を確認。40人の遺体がナイル川から収容された。負傷者は500人以上で、死者はさらに増える見通しだという。

 

4月のクーデター後に設置された軍事評議会と民主化勢力は、移行政権を軍人と文民のどちらが主導するかで対立。交渉は手詰まり状態となっていた。

 

評議会トップのブルハン議長は4日、民政移管を巡る合意を破棄し、9カ月以内に総選挙を実施すると表明。ただ、バシル強権体制を支えた勢力の下では公正な選挙は期待できないため、民主化勢力にとっては受け入れがたい内容だった。

 

その後、軍事評議会を支援するサウジアラビアなどからの要請を受け、ブルハン議長は「制限なしに協議する」と態度を軟化させたが、民主化勢力の代表は「市民を虐殺する評議会は信用できない」と対話の再開を拒絶している。

 

一方、事態の対応を巡る評議会内の不協和音も伝えられる。

デモ隊を排除したのは正規軍ではなく、評議会ナンバー2のヘメティ将軍の指揮下にある部隊。もともとジャンジャウィードと呼ばれる民兵組織で、30万人の犠牲者を出した西部ダルフール地方の紛争で戦争犯罪を繰り返してきた。

 

ブルハン議長は民主化勢力と協議する一定の姿勢を見せるが、デモ隊を排除した治安部隊を指揮するヘメティ将軍は、「中にギャングがいた」などと「虐殺」を正当化している。

 

そもそもバシル氏の失脚以降、影響力を強めるヘメティ将軍の強硬路線や民兵の台頭について、軍内では反発も広がっているとされる。「特に若手将校が(ヘメティ将軍に)不満を持っている」として、軍の一部が離反して内戦状態に陥る可能性を指摘する専門家もいる。

 

国連はすでに一部の職員を国外に退避させ、各国も治安の悪化に警戒を強めている。【67日 毎日】

*********************

 

西部ダルフール地方の紛争で戦争犯罪を繰り返した民兵組織ジャンジャウィードが抗議行動潰しの前面に出てきたことで、今後の更なる悲劇が懸念されました。

 

ただ、こうした混乱状態になったこと自体には正直なところ「やっぱりね・・・スーダンで平和的な交渉というのは無理でしょう」という感想を持ちました。

 

【なんとか踏みとどまり、新統治機構の在り方で合意に】

その後、市民のゼネスト、不服従運動を経て、612日には交渉が再開されることに。

交渉では、アフリカ連合とともに、隣国エリトリアとの和平を実現してノーベル平和賞候補とも目されているエチオピアのアビー・アハメド首相も仲介に努めました。

 

事態は一進一退で、71日には大規模デモに対し民兵組織による発砲があり、死傷者を出す事態にも。

 

****大規模デモで発砲 7人死亡、181人負傷 スーダン首都*****

スーダンの首都ハルツームで6月30日、数万人が参加する大規模なデモが行われ、少なくとも7人が死亡した。

 

スーダンでは6月上旬に民主化を求めるデモに対して強制排除が行われたが、今回のデモは、これ以降で最大規模のものとみられる。

 

地元メディアによれば、保健省はデモの最中に181人が負傷したと明らかにした。保健省幹部によれば、けが人のうち27人が銃によって負傷した。

 

医師グループのCCSDによれば、重体に陥っている負傷者の多くは暫定軍事評議会の民兵の発砲によるものだという。暫定軍事評議会はバシル大統領失脚後、国のかじ取りを担っている。

 

地元メディアによれば、暫定軍事評議会の民兵組織RSFのメンバー3人も撃たれた。RSFの司令官はRSFのメンバーはデモ参加者から銃撃されたと主張している。【71日 CNN

*****************

 

しかし、軍事評議会とデモ隊側もなんとか踏みとどまることができ、対立が続いていた新たな統治機構のトップについて合意に達しました。

 

****スーダン軍事評議会とデモ指導部が新統治機構で合意、トップを軍民の輪番制に****

スーダンを暫定的に統治している軍事評議会と民政移管を求めるデモ隊の指導部は5日、懸案事項だった新統治機構のトップについて、軍人と文民の輪番制とすることで合意した。

 

両者は3日、隣国エチオピアとアフリカ連合の懸命な仲介を受けて交渉を再開し、4日に新たな統治体制について話し合っていた。

 

スーダンではオマル・ハッサン・アハメド・バシル前大統領に対する抗議デモが拡大した後、4月に軍事クーデターでバシル氏が失脚。実権を握った軍事評議会はデモ隊が要求する民政移管を認めず、政治危機に陥っている。

 

軍事評議会は以前、多数の文民から成る統治機構の設置に同意していたが、トップを文民とするか軍人にするかをめぐってデモ隊指導部と対立。交渉は5月に中断された。

 

63日未明に首都ハルツームの軍本部前で数週間前から座り込みを続けていたデモ隊が強制排除され、多数の死傷者が出たことで、両者の緊張はさらに高まっていた。

 

仲介したエチオピアとAUによると、交渉初日には統治機構のトップを文民とするか軍人にするかという重要課題は議論されなかったが、紛争地域ダルフールの反体制派に属し、デモに参加していた戦闘員235人の釈放を決定。4日に実行した。

 

エチオピアとAUはスーダンの危機解決のため、新たな共同提案を起草。文民が多数派を占める統治機構の設置を求める内容で、AFPが確認した暫定案では、文民8人と軍人7人の構成になっていた。

 

エチオピアのマフムド・ディリール氏によると、新統治機構のトップをどうするかは、両者の間の「唯一の相違点」だった。

 

AUのモハメド・エルハセン・レバット氏は記者らに対し、「双方は軍と文民による輪番(大統領)制の統治評議会を設立することで合意した」と述べ、輪番の間隔は「3年か、もう少し長い期間」になるとした。 【75日 AFPAFPBB News

****************

 

輪番制の順番や期間でも合意できているようです。

 

****スーダンのデモ隊、軍事評議会との歴史的合意に歓喜****

スーダンを暫定的に統治している軍事評議会と民政移管を求めるデモ隊の指導部が新統治機構について歴史的な合意を結び、首都ハルツームでは5日、大勢が街頭で祝福した。(中略)

 

昨年12月にオマル・ハッサン・アハメド・バシル前大統領に対する抗議デモを開始し、反政府デモを主導してきたスーダン専門職組合は合意を歓迎。声明で、「きょう、われわれの革命は勝利を収め、われわれの勝利は輝いている」と述べた。

 

ハルツームの街頭では大勢が合意を祝い、「犠牲者が流した血は無駄ではなかった」「民政、民政」とシュプレヒコールを上げた。

 

デモ指導者のアハメド・ラビ氏がAFPに語ったところによると、新統治機構の構成は軍人5人、文民6人になる見通し。文民のうち5人をデモ隊が指名するという。

 

SPAによると、新たな機構の統治期間は3年と3カ月になる見通し。機構のトップは始めの19か月は軍人が、残りの16か月は文民が務めるという。

 

民主化勢力の一派「自由・変革同盟」の指導部は5日、最終合意は来週、各州知事の立ち会いの下で結ばれると発表した。新統治機構のメンバー候補と首相候補について、来週までに指名の用意をするという。

 

国連のアントニオ・グテレス事務総長は、「全ての利害関係者が、時宜にかなった包括的で透明性ある合意の履行を実施し、あらゆる懸案事項を対話によって解決する」ことを呼び掛けた。

 

軍事評議会に賛同していたアラブ首長国連邦とサウジアラビアも、今回の合意を歓迎した。

 

国際人権団体アムネスティ・インターナショナルは、この合意によりスーダン国民に対して長年行われてきた「恐ろしい犯罪」に終止符が打たれることを期待すると表明した。 【76日 AFP

*************************

 

喜ばしいことに、「やっぱりね・・・スーダンで平和的な交渉というのは無理でしょう」という私の印象は誤りでした。

 

途中、流血を伴う混乱もありましたが、なんとか踏みとどまることで、歴史的合意が得られました。

 

そうであるにしても、混乱・対立・衝突が多い国際情勢のなかで、ここまで粘り強い交渉を続けてこれたスーダン国民に対し祝意を表したいと思います。

 

【「民政、民政」のシュプレヒコールだけでは済まない今後の統治】

もちろん、軍内部も一枚岩ではなく、市民を殺戮することに躊躇しない民兵組織の存在などもありますので、今後も紆余曲折はあるのかも。

 

更に、もっと根本的なことを言えば、エジプトの「アラブの春」が失敗し、混乱の末に、国民が強権的なシシ大統領を選択することになっているように、民主化ですべてがうまくいく訳でもありません。

 

今は人々は“「民政、民政」とシュプレヒコールを上げた”という熱狂の中にありますが、すべてはこれからです。

民政のもとで成果をだしていくためには、これまで以上に自制された努力が必要になります。

 

それは、一時的な熱狂で強権体制に立ち向かうこと以上に困難な取り組みでもあります。

また、人々が“変化による目に見える成果”を性急に求めがちなことも、新たな統治を困難にもするでしょう。

 

ようやくスタート台に立てたというところすが、今後の新生スーダンが実り多いことを期待します。

コメント

エジプト シシ大統領の進める新首都建設 政権と軍部の利益共同体強化で長期政権の基盤にも

2019-05-07 22:25:55 | 北アフリカ

(【38日 産経】 建設が進む新首都 住居エリアのように見えます。 ただ、この新首都に移転するのは富裕層で、一般市民はそのままカイロに残る(残される?)ことにも)

 

【シシ大統領任期延長 2030年までの長期政権を視野に 社会安定の一方で強権的支配も】

周知のように、エジプトではシシ大統領が憲法を改正し、国民投票での88%という圧倒的多数の賛成をもって、2030年までの任期延長を実現しています。

 

シシ大統領の統治については、人権・民主主義という面では強権的性格が目立ち、国際的にも評判は芳しくありませんが、経済運営・治安回復向けた強い指導力という点では、特に国内的に多くの国民から支持を受けています。

 

治安については、2月にもカイロ旧市街やギザで爆弾テロがあり、シナイ半島ではテロが相次いでいるように、イスラム過激派のテロを封じ込めてはいませんが、ムバラク政権崩壊から前政権時に至る政治・社会混乱は力で抑え込んでいる状況であり、そこが国民から支持されるところでしょう。

 

****エジプトに広がる異論許さぬ閉塞感 抵抗の火種まく****

シーシー氏が大統領に就任した2014年以降、エジプトでは反体制派やメディアの弾圧が強化されてきた。今回の憲法改正で同氏の出身母体である軍の政治介入が進み、司法にも大統領の意向が強く反映される公算が大きい。

 

「シーシー時代」の長期化で、異論を許さない閉塞(へいそく)感が拡大するのは確実な情勢だ。

 

「2期8年(の任期)を守る」。シーシー氏は17年、米メディアのインタビューでこう確約していた。国民投票で示された「民意」に従うとの立場を示すとみられるが、正当性をめぐる疑問は少なくない。

 

国会は16日、531対22の圧倒的多数で改憲案を可決し、その4日後には投票が始まった。内容を理解せず賛成票を投じた人もおり、ネット上には投票後に食べ物などが配られたとする写真も出た。

 

国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウオッチなどによると、政権は2、3月、160人以上の反体制派を拘束または訴追。改憲反対を呼びかけたネットのサイトは開設の数時間後、アクセス不能になった。

 

有力メディアはほぼ国家の統制下にあるとされ、野党議員のタンタウィ氏(39)は「人権状況はムバラク政権時代(1981〜2011年)より劣悪だ」と話す。

 

シーシー氏は歴史的に政権と緊張関係にあるイスラム原理主義組織「ムスリム同胞団」や、スンニ派過激組織「イスラム国」(IS)の制圧を進め、世俗派の支持を得てきた。

 

ただ、「治安に対する脅威」という大義名分は反体制派の摘発にも使われているとの見方がある。首都カイロのある大学教授は「政権は同胞団の脅威を誇張しすぎだ。政権浮揚に利用しているようにみえる」と話した。

 

軍は幅広く経済分野に進出し、カイロ郊外で建設が進む首都機能移転やスエズ運河拡張など、国の威信をかけた巨大プロジェクトを手がける。改憲を機に軍の肥大化がさらに顕著になり、民間の成長や競争を妨げることになりそうだ。

 

政治的な締め付けや経済低迷が長引けば、「アラブの春」でムバラク政権が崩壊したように、いずれ民衆の大規模な抗議デモとなって政権を揺るがしかねない危うさをはらんでいる。【424日 産経】

******************

 

****強権で「盟主」目指すエジプト シシ大統領2030年まで任期延長****

(中略)強権的なシシ政権には治安回復などへの期待がある一方、軍の力が一層強まり、司法の独立が脅かされる懸念も指摘される。

 

「エジプトは再びアラブのリーダー国家を目指している。シシ氏はそのために権力を自身に集中させ、改革を一気に進めたいと考えている」。中東政治に詳しいヨルダン大学戦略研究所のムーサ・シュテイウィー所長はそう分析する。

 

エジプトは20世紀の中東戦争でイスラエルと何度も戦火を交え、「アラブの盟主」として君臨した。だが資源大国サウジアラビアの影響力拡大、非アラブのトルコやイランの台頭もあり、近年は中東での存在感が相対的に低下。

 

11年の中東民主化要求運動「アラブの春」では約30年続いたムバラク政権が崩壊し、その後モルシ政権もクーデターで倒され、混乱が続いた。

 

14年に発足したシシ政権は「治安維持」を理由に反政府活動家らを次々に拘束し、強権で国民の不満を抑えてきた。

 

東部シナイ半島や砂漠地帯ではイスラム過激派によるテロも起きるが、シシ政権は過激派掃討作戦を強化。11〜12年に1〜2%台だった経済成長率は15年以降、4%台に回復した。シシ氏は首都機能移転などの大型事業も進め、ある国会議員は「強権で息苦しいが、経済改革には手腕を発揮している」と話す。

 

近隣国では今月に入り、強権的な指導者が国民の抗議デモを受けて相次いで失脚し、「アラブの春第2幕」などと評されている。(中略)

 

こうした中、今回の改憲案ではエジプト軍の義務について「憲法と民主主義の擁護」との項目が加えられ、軍による政治介入強化の懸念も浮上。近隣国の動きの「飛び火」を防ぐため、国民への締め付けが強まる可能性もある。

 

改憲案では、司法当局者の任命権限も大統領に大幅に付与されるため、国際人権団体アムネスティ・インターナショナルは「軍が強化され、司法の独立も脅かされている」と警告した。(後略)【419日 毎日】

******************

 

【威信をかけて進める新首都建設 「現代のファラオ」による「現代のピラミッド」】

そのシシ大統領が、IMFから財政支援を受ける厳しい財政事情にありながら、自らの威信と政治生命をかけ、巨額の資金を投下して進めるのが首都カイロの移転です。

 

おそらく今回の任期延長も、首都移転をなんとしても自分の手で実現し、歴史に名を残したいという思いもあってのことではないでしょうか。

 

「ナセル氏はアスワンハイダム(1970年開業)を建設し、サダト氏は第4次中東戦争(73年)のときの大統領として国民の記憶に残っている。シーシー氏はこれらの過去の大統領にならって新首都計画を成し遂げ、歴史に名を刻みたいのでは」(カイロ大のサイエド教授)【38日 産経】

 

首都移転の背景には、人口爆発によるカイロ人口の増加、それを上回る自動車の増加で、交通渋滞が深刻化し、都市機能が低下する現状があります。

 

新首都はカイロの東45~60kmほど、カイロとスエズの中間地帯の広大な砂漠エリアに建設されています。そのスケールは「現代のピラミッド」とも評されています。建設するのは「現代のファラオ」。

 

****不毛の砂漠に超高層ビルも エジプトの首都機能移転は「現代のピラミッド」か****

エジプトの首都カイロ。首都圏の人口は約2500万で、アフリカ大陸最大の都市だ。交通渋滞は年々悪化する。

 

エジプト政府は首都の混雑を解消するためとして、砂漠の真ん中に行政機関を移す計画を打ち上げ、2015年から建設を始めている。

 

カイロから東に45キロのところに建設中の新行政首都に行ってみると、古代エジプト文明のピラミッド建設を想起させる大規模な都市建設が進んでおり、度肝を抜かれた。

 

在日エジプト大使館によると、約700平方キロの面積に700万人を擁する都市を建設する計画で、今年末から大統領府や議会、中央省庁の移転を始め、2022年までに完了する予定という。

 

600を超す病院や教育施設や、1000を超す宗教施設、計4万室のホテル、米ニューヨークのセントラルパークの2倍の大きさの公園などをつくる予定という。発電所や空港に加え、中国企業が参画し、アフリカで最も高い超高層ビルを建てる計画だ。

 

アイマン・アリ・カーメル駐日エジプト大使は、インタビューに「現在のカイロはそのまま残るが、新行政首都には官庁、企業、大使館などが移る。空港や基幹道路もできることで『生きたハブ』になる」と話した。(中略)

 

案内をしてくれた政府系研究機関の研究員によると、勤め先の一部は新行政首都にオフィスを移したという。通勤を考えて、その研究員もカイロの外に自宅を構えていた。


政府系アハラム紙電子版に4月に載った記事は、政府が新行政首都を「国内初のキャッシュレス都市」にすると報じていた。

 

新首都内の住宅は高額で、まず公務員と富裕層だけが移り住むようだ。カイロに戻るタクシーで、運転手に新行政首都の話を振ると、「政府は国民の血税を新首都の建設や道路建設につぎ込み、新しい道路を通るたびに通行料をとられる。物価は高騰し、生活は苦しくなるばかり。国民のことを少しも考えていない」と怒りをあらわにした。会社の助手に聞いても、「行政機関が移るだけ」と素っ気ない。

 

カイロの混雑を解消する、という目的は理解できる。ひどい交通渋滞はカイロの空気を汚し、人々のイライラを悪化させているように思えるからだ。

 

だが、このような砂漠の真ん中に大規模な都市を造るとなれば、目的はそれだけではないだろう。HPのイメージ画像を見ていると、「美しく、近代的なエジプト」を諸外国に印象付けたいのでは、と思えてならなかった。

 

新行政首都の建設と並行して、カイロでは最近、街中のスラム街が行政により壊されている。新行政首都は、現代のファラオによる「ピラミッド建設」に思えてきた。【55日 GLOBE+

****************

 

ピラミッドがどういう目的で建設されたのかはいまでも諸説・議論があるところですが、この「現代のピラミッド」も後世いろいろな議論を呼ぶのかも。

 

【新首都建設でカイロに残される住民は?】

カイロの首都機能がマヒ状態に近づいているのは間違いない話です。

 

****新首都建設が進むエジプトの今****

人口増加が続くカイロ市

問 エジプトの首都カイロ市は、エジプトの総人口約9,000万人に対し、約2,000万人弱が居住していると言われ、人口集中が顕著だと 思われますが、現在はどのような状況にありますか。

 

答 カイロ市への人口流入が続き、総人口は増加傾向にあります。先日までエジプトの総人口は8,500万と言われていましたが、最近 9,300万人に修正されました。エジプトは正確な統計が得られにくい国であるため、大幅な修正が発表されることがあります。そのため、 総人口は1億人に達しているのではないかという憶測すらあるほどです。

 

カイロ市では出生率が高く、1世帯あたり45人の子供がいると思われます。出生率の減少傾向も見られません。

 

2009年頃からカイロ市の過密が顕著となり、都市としての機能不全を実感しています。渋滞に左右されない地下鉄などの交通手段を 用いるなど、渋滞を考慮して移動する必要があります。歩いて30分程度の距離に2時間以上かかることもあり、タクシーにも乗れなく なってしまいました。

 

そうした中で、大統領が首都移転を打ち出したのは自然な話だと思います。ムバラク大統領時代にも首都移転の話はありましたが、これまでは時間、資金の目途がつかなかったのでしょう。 【201612月 早稲田大学地域・地域間研究機構 主任研究員 研究院准教授 鈴木 恵美氏】

*******************

 

カイロは観光旅行で2回行ったことがあり、交通渋滞の一端も経験したことがありますが、渋滞・駐車スペース不足はエジプト・カイロだけでなく、インフラ投資を行わないまま人口・車が急増いている多くのアジアの国々の大都市でごく普通に見られることなので、特段の印象は残っていません。

 

新首都に移住するのは政府関係者や富裕層が中心になると思われますが、カイロに残る2000万人とも言われる一般市民の生活はどうかわるのか?

 

********************

労働者向け住宅も建築される予定ですが、中心部の瀟洒(しょうしゃ)な地域は富裕層向けの住宅のみになるでしょう。 また、実業家や軍関係者を中心とした富裕層は新首都に移動し、現首都には中産階級以下の階層が居住することになる可能性が高いで しょう。

 

既に大気汚染の悪化を受けて、富裕層や政府関係者はカイロ市の郊外に建設中のニュー・カイロ・シティの西端に位置する第5 集合地区に居住し、カイロ市に通勤しています。ニュー・カイロ・シティの東部でも開発が進んでいて、ビルが多く建設されています。

 

問 カイロ市の現首都に残る居住者にとっては、生活環境の改善ニーズが残るのではないでしょうか。また、スラム街は解消されないのでしょうか。

 

答 新首都建設に伴う移住を受けて、多少の混雑は改善されることが期待できます。 しかし、半ば違法状態のスラム地区は手つかずのままでしょう。

 

かつて、スラム地区の近隣に居住していましたが、見捨てられているといった印象を受けました。ただ、政府の意向によりスラムクリアランスが行われることはあり得ます。過去にも公園建設を理由に、100万人程度が居住すると思われる地区を一掃したことがありました。

 

資金の目処がつけば現首都の大規模開発も実施されるのではないでしょうか。カイロ市への思い入れもあるでしょうし、カイロ市周辺 にベッドタウンが建設され成功した事例もあります。そのことから、新首都を建設する能力はあると考えています。【同上 鈴木 恵美氏】

******************

 

100万人程度が居住すると思われる地区を一掃”・・・・強権シシ政権なら可能でしょうが、不満爆発の導火線になる危険もあります。

 

なお、上記の“ニュー・カイロ・シティ”は、カイロ市街の東に隣接する形で建設が進むニュータウンです。この更に数十km東に新首都が建設されます。

 

“現時点では、ニュー・カイロ・シティは新首都と は一体化しない計画のようですが、最終的にはベッドタウン的な位置づけになると思われます。ニュー・カイロ・シティの開発と新首都 の開発は並行して実施されるようです。”【同上 鈴木 恵美氏】

 

【経済における軍の比重増大 長期政権の基盤に 民業圧迫の懸念も】

新首都建設は、現在すでに経済分野に広く進出している軍関係企業の比重を更に増大させ、そうした軍関連の利益を増大させることで政権と軍の関係をより強固にし、長期政権の基盤とする・・・といった構図・思惑も見えてきます。

 

ただ、そのような経済分野における軍の更なる比重増大は、民業圧迫ともなり、長期的に見た場合、エジプトにとって問題を深める恐れもあります。

 

****政治生命かけた首都機能移転 エジプト・シーシー大統領****

エジプトの首都カイロ近郊で首都機能移転に向けた大規模建設が進んでいる。2020年末には大統領府のほか首相府や国会など政府の中枢が先陣を切って「新首都」(ニュー・キャピタル)に移転する計画だ。

 

カイロの人口増加や渋滞、公害などの都市問題を緩和する狙いがあるが、国際機関から財政支援を受ける現状の下、移転の推進には懐疑的な見方もある。シーシー大統領(64)はなぜ、政治生命を賭して巨大プロジェクトを推進するのか。背景とその成否を探った。

 

「新たな世代の街」

(中略)シーシー氏も「新たな世代の街を創造するのだ」などと意義を述べ、現場にしばしば足を運んで進行状況を見守っている。

 

プロジェクト担当企業のソリマンさんによると、エジプト軍が同社の株51%を持ち、450億ドル(約5兆円)と発表された総工費は「建設用地の売却」で捻出したという。

 

シーシー氏や担当企業のトップは軍の出身。自らも同様だというソリマンさんは、「軍は新首都の建設事業を管理、監督するのが主な業務だ」と話したものの、それ以上の詳細に踏み込むのを避けた。

 

シーシー政権下ではここ数年、国防相や内務相、陸軍参謀総長など軍・治安当局幹部の異動が相次いだ。担当企業の持ち株を考慮すれば同政権が新首都建設で軍を重用して、重要な支持基盤の引き締めを図っているように受け取れる。

 

軍は全国でホテルやガソリンスタンド、スーパーなどのチェーン展開も行い、幅広くビジネスを手がける。こうした事業の目的として、貧しい人々の暮らしの支援を掲げている。

 

経済活動の詳細な規模は明らかになっていないものの、こうした軍に連なる組織が新首都建設で恩恵を受け、軍の経済活動が水面下で肥大化している可能性も否定できない。

 

広がる貧富の格差

エジプトの対外債務は2月現在で約930億ドルに上り、国際通貨基金(IMF)の支援を受けている。昨年には燃料や水道などの料金が値上げされ、インフレ率は10%以上で推移。貧富の格差も広がっているといわれる。

 

こうした状況の下、新首都建設に伴って軍の経済活動が拡大するようであれば、民間企業の成長を圧迫するといった弊害をもたらしかねない。

 

カイロ大のサイエド教授は取材に対し、「首都機能移転事業は、その是非を問う国民規模の対話もなしに計画が進んでいる。建設の財源など詳細も不透明だ」とし、国際競争力がある製造業の育成や教育レベルの向上など、ほかに優先すべき課題があると主張した。(中略)

 

シーシー氏が長期在任の実現を視野に入れているとすれば、出身母体で国内に大きな影響力を誇る軍に加え、それを取り巻く企業集団の支持は不可欠だ。軍を重用した上で、新首都建設を是が非でも成功に導きたいと願っていたとしても不思議ではない。

 

半面、政権と軍の持ちつ持たれつの関係が深まれば、エジプト経済の将来を担う民間の活力を奪うことにもなりかねないという危険性をはらんでいる。

 

サダト氏の後で約30年間、大統領を務めたムバラク氏は在任中、南部アスワン近郊に運河を建設してナイル川から水を引き、砂漠の中に都市を建設してカイロなどからの移住を促進する大規模開発計画をぶち上げた。しかし移住は進まず、「政府の失敗」として人々に記憶されている。

 

ムバラク氏の教訓を乗り越えて巨大プロジェクトを成功に導き、自らの権力の長期化に道筋をつけられるか。新首都建設がその過程における重要な一歩だとすれば、失敗が許されないことはシーシー氏自身が最もよく理解しているはずだ。(後略)【38日 産経】

*****************

コメント

リビア  東西地域対立、イスラム主義との関係、石油利権なども絡み周辺国を巻き込む戦乱

2019-04-30 23:03:46 | 北アフリカ

(映画「砂漠のライオン」ポスター 20世紀初頭、イタリアムッソリーニ政権のリビア占領政策に立ち向かったリビアの国民的英雄・オマー・ムクターの生涯を描いた作品。衝突する東西両勢力とも、自分こそがオマー・ムクターを継ぐ者だと考えているのでしょうが・・・)

 

【従前からの地域対立に加え、ムスリム同胞団などイスラム主義への距離感の差も】

北アフリカ・リビア情勢については、4月21日ブログで、東部のハフタル将軍の首都トリポリ侵攻に対し、トリポリの国民合意政府(統一政府)側の反撃も始まっていること、アメリカ・トランプ大統領が従来からの国民合意政府支持からハフタル将軍側に転向したのかも・・・といった話題にも触れましたが、「リビアの状況は、現段階では情報が少ないこともあって、また別機会に。」とも。

 

相変わらずリビア情勢に関する情報は少なく、戦闘がどちらに優位にすすんでいるのかも定かではありません。

 

まず、リビアの東西対立という現状の背景、それぞれを支援する周辺国の事情等について、改めて概観すると以下のようにも指摘されています。

 

****東西に割れるリビア、全国民の心つかむ英雄は再来するか****

(中略)『砂漠のライオン』というハリウッド映画をご覧になったことがあるだろうか。

 

20世紀前半に活躍したリビア独立の英雄、オマル・ムフタールの生涯を描いた作品で、リビアの最高指導者だったムアンマル・ガッダーフィー(カダフィ)が私財を投じて作らせたといわれている。(中略)

 

オマル・ムフタールは、リビア東部キレナイカ(バルカ)地方を拠点とするイスラーム神秘主義(スーフィズム)教団サヌーシー教団のメンバーで、キレナイカを中心にベドウィン部族らを糾合し、反イタリア闘争を展開、砂漠での戦いに不慣れなイタリア軍を大いに苦しめた。しかし、最後にはイタリア軍に捕らえられ、処刑されてしまう。(中略)

 

国連はトリポリ政府を支持するが……

2011年のいわゆる「アラブの春」を経て、リビアが内戦状態になったのはご存じのとおり。ここで考えなければならないのは、リビアの地理的背景である。

 

現在の形式上のリビアの首都は西北部トリポリタニアにあるトリポリである(アラビア語では両方ともタラーブルス)。(中略)

 

一方、キレナイカは、リビアの東半分を占め、中心地はベンガジ(ベンガージー)である。リビア王国時代は、トリポリとベンガジが交互に首都の役割をつとめていたが、革命後はトリポリが首都に定められた。

 

現在、リビアでは、トリポリに国連の支援を受けて成立した国民合意政府があり、キレナイカでは、東端のトブルクに代議院の主導するいわゆるトブルク政府がいる。

 

今、トリポリ政府と軍事的に衝突してメディアを騒がせているハリーファ・ハフタル将軍もキレナイカ出身であり、このトブルク政府から軍司令官に任命されている(もう一つ、リビアにはフェッザーンと呼ばれる地域がある。ここは、トリポリタニアの南に位置し、ほとんどが砂漠で、人口も少ないので、政治的な役割は小さい)。

 

エジプトやUAEはハフタル将軍を支援

当然のことながら、リビアを考える際には、トリポリとベンガジのあいだのライバル関係を前提にする必要がある。

 

実際、2011年以降のリビア内戦では、キレナイカは、トリポリタニア出身のカダフィ打倒のための武装闘争の拠点となり、暫定政権が置かれることとなった。

 

カダフィ打倒後に新政府が掲げた国旗は、キレナイカで生まれたリビア王国時代のそれである。

 

ハフタル将軍を支援しているのはエジプトやアラブ首長国連邦(UAE)とされている。キレナイカと国境を接するエジプトが、リビアを安定化させる軍事力をもつ勢力を支援するのは当然かもしれない。実際、オマル・ムフタールもエジプトの支援を受けていた。

 

一方、トリポリ政府に対するムスリム同胞団の影響を指摘する声も少なくない。同胞団の影響を受けた国家が隣にできるのは、同胞団政権を軍事クーデターで打倒したエジプトのシシ大統領からみれば悪夢であり、エジプトが、同じく同胞団を毛嫌いするUAEとともに、ハフタルに肩入れするのはわかりやすい構図である。

 

他方、トリポリ政府は、同胞団を支援するカタールやトルコの支援を得ているといわれている。国際的に承認されているのはこちらである。実際、欧米諸国を中心にハフタル非難の声明が出されている。

 

ハフタル側からみれば、テロ撲滅の大義は彼らにある

だが、果たして、欧米やカタール、トルコがどこまでトリポリ政府を守ることができるのか。

 

ややこしいのは、国際社会でテロ組織あつかいされているジハード主義系組織の多くが反ハフタルでまとまっている点だ。

 

ハフタル側からみれば、テロ撲滅の大義は自分たちにあるということだろう。すでに、ロシアやフランスも、そして米国もハフタル寄りの姿勢を示しているとされる。

 

トリポリとキレナイカの衝突の行方は不明だが、たとえ、一方が勝利を収めたとしても、このままでは、地域対立という紛争の火種が消えることはない。オマル・ムフタールのように全国民によって共有される救国のヒーローがリビアに果たして現れるであろうか。

 

ここにきてリビアだけでなく、アルジェリア、そしてスーダンと、アフリカのアラブ諸国の状況が風雲急を告げている。アラブの春第2ラウンドとの声も上がるなか、ふたたび中東・北アフリカに混乱が訪れるのか。目が離せなくなっている。【4月30日 保坂 修司氏 日経ビジネス】

*******************

 

【周辺国介入でシリア化の様相も】

でもって、最近の戦況については、首都トリポリでの攻防が続いているようです。

 

****リビア情勢と外国の介入****

リビアの情勢は相変わらず不透明と言うか流動的な模様ですが、同時に外国の介入の報道が増えています
アラビア語メディアから、取りあえず次の通り

・トリポリを巡る戦いは、その後も基本的に(市街地を含む)市の南部で激しく戦われている模様ですが、haftar軍に近いメディアは、haftar軍 は優勢に作戦を進め、市の中心に向かっていると報じています・

これに対して統一政府に近いメディアは、同軍の反撃が功を奏して、haftar 軍は1km上後退したと報じています。

またこれまでも統一政府軍の主力はミスラタ民兵だった模様ですが、29日更に新たな増援部隊がミスラタから到着し、陣容が強化されたと報じています。


・またこれまでは(現在でもそうか)空爆を行っているのは、主としてhaftar軍と伝えられてきましたが、29日には統一政府軍が2回の空爆を行った由


・他方外国の介入については、al jazeera net が、現地目撃者の談として、エジプトがhaftar軍に支援物資等を続々と送り込んでいる報じています。


リビア国境に近いマルサマトルーフ近郊にエジプトが一大軍事基地を建設したことは前に報告の通りで、この基地がエジプト機やUAE機のリビア空爆の拠点として使われていることも何度か報告の通りです。

目撃者によると、この基地からリビアに向かって、装甲車を含む、武器弾薬類の車列が送り込まれ、両国の国境は車列の通過する間閉鎖されたとのことです

また、この基地からはリビアの統一政府軍攻撃のために、UAEのドローンが飛び立っている由
(この話が事実であれば、UAEはイエメンのhothy軍からドローンでアブダビやドバイを攻撃するとの威嚇を受けていることもあり、忙しいことです)


・他方、haftar軍報道官は同じく29日、トルコが統一政府軍にドローン及びその操縦要員を供与している確かな証拠があると非難した由


(今のところ統一政府がドローンを使用したという報道はないが、ついにリビア内戦もドローンの相互使用という近代戦?になるのでしょうか)(中略)


どうやら戦線が膠着している一方で、双方に対する外国からの支援もあり、今後戦闘がトリポリの中心に近づけば、民間人の被害もさらに増える危険が強いですね。【4月30日 「中東の窓」】

*****************

 

戦線の膠着、エジプト、UAE、トルコなどの軍事介入・・・シリアの混乱にも似てきました。

 

戦況は伝えるメディアの“色合い”によってニュアンスが異なりますが、一応、ハフタル将軍側がエジプトなどの支援を得て攻勢を続けている、国民合意政府(統一政府)側が抵抗しているというところです。

 

支援国についていえば、国連は国民合意政府(統一政府)を認めていますが、支援国はむしろハフタル将軍側に有利なようです。

 

****リビア情勢ハフタル軍優位か*****

リビアの首都トリポリでは、激戦が続けられているという情報が伝わってきているが、どうも東リビアのハフタル軍(LNA)が、優位に立っているようだ。

 

それは、ハフタル軍に対する支援が、エジプト、アラブ首長国連邦、サウジアラビアから、寄せられているからであろう。

加えて、ヨーロッパからはフランスとイタリアが、やはりハフタル軍を支援しており、ロシアも然りだ。またアメリカももともと、20年にも渡って、ハフタル将軍を匿ってきていた国であり、リビア革命勃発時には、彼をリビアに戻している。つまり、アメリカもハフタル軍を支援している、ということであろう。

その結果、ハフタル軍はいまリビアの3分の2を、支配しているといわれている。

 

アラブ首長国連邦は沿岸警備艇アルカラマを、ハフタル軍側に送っており、その警備艇が最近、ラース・ラヌーフの石油積出港に。進出しているのだ。

また、エジプトは軍事空港を建設し、軍用ヘリを送り、軍人も送っているといわれている。

こうした情況を見ると、エジプトやアラブ首長国連邦、サウジアラビアに加え、フランスやイタリアもハフタル軍が、出来るだけ早くリビアを完全掌握して欲しい、ということであろう。ヨーロッパ諸国にとってリビアの石油は、非常に重要なのだ。

トランプ大統領のイラン石油締め付けのおかげで、ヨーロッパだけではなく、多くの国々が石油不安に、陥っているのだから、当然であろう。【4月30日 「中東TODAY」】

*****************

 

石油・・・という話になると、そもそもリビアの混乱は石油利権をめぐる旧宗主国イタリアと、やはりリビアに利権を有するフランスの対立が背景にあるとも言われています。

そのフランスは、以前からハフタル将軍に近いとされています。

 

イスラム過激派との距離、石油利権も絡んで、周辺国がそれぞれの立場で介入・支援する形になります。

 

【行き惑う難民 混乱に乗じて勢力拡大を狙うIS】

戦況は定かではありませんが、戦火の拡大によって、住民はもちろん、他の地域からの難民に多大な影響が出ていることは確かです。

 

****移民ら数千人が収容所に足止め、リビア首都の戦闘で****

アフリカ各地の戦闘地域から逃れてきた移民ら数千人が、リビア首都トリポリ西方ザウィヤの収容センターで足止めされている。

 

首都周辺では過去3週間にわたり、国民合意政府(GNA)と元国軍将校の実力者ハリファ・ハフタル氏率いる軍事組織「リビア国民軍(LNA)」との間で、激しい衝突が続いている。

 

人道支援団体や国際機関は、移民たちが置かれた状況に危機感を募らせている。取材に応じたセンターの移民男性によると、兵士らのグループがセンターを襲撃し、礼拝中の移民1人が殺害されたという。【4月30日 AFP】

******************

 

各地の戦乱から逃れてきたリビアも、また同様に戦乱・・・という悲惨な状況です。

 

もうひとつ確かなのは、こうした混乱がISなどの過激派にとっては格好の勢力拡大の土壌となることです。

 

****騒乱続く北アフリカ イスラム過激派活発化の懸念 リビアではISによるテロも****

北アフリカのリビアとアルジェリアで続く騒乱に乗じ、両国に潜伏するイスラム過激派の台頭が懸念されている。特に内戦の危機にあるリビアでは、一時は沈静化した過激派組織「イスラム国」(IS)によるテロ再発の兆しがあり、勢力拡大を警戒する声が上がっている。

 

リビアは2011年の中東民主化要求運動「アラブの春」でカダフィ独裁政権が崩壊後、複数の武装勢力が割拠する事実上の内戦状態に突入。

 

ISや国際テロ組織アルカイダ系の組織も台頭し、「過激派天国」(AP通信)に陥った。

 

15年に国連の仲介で統一政府が樹立され、西部の首都トリポリを拠点とするシラージュ暫定政権が誕生したが、東部を拠点とするハフタル将軍が西部の政府を拒否。

 

今月4日以降、ハフタル氏が率いる民兵組織「リビア国民軍」が西部に進軍し、トリポリ近郊で暫定政府側との衝突が続く。

 

こうした中、ISはリビア中部フカハで9日、住民3人を殺害するテロを起こした。テロ組織に詳しいエジプト紙「バワバ」元編集長のサラハディン・ハッサン氏は「リビアでは国家が機能しておらず、今ISが台頭しても治安当局に戦う余裕がない」と話す。(中略)

 

アラブ諸国では政治が混乱した際、その隙(すき)を突く形で過激派が伸長するケースが多い。宗派対立が続いたイラク、内戦に陥ったシリアの両国では14年ごろからISが勢力を拡大。

 

今年3月までに米軍などの掃討作戦で両国のIS戦闘員はほぼ一掃されたが、「残党は偽造旅券を使って周辺国に拡散している」(中東の政治学者)との指摘もある。【4月15日 毎日】

******************

 

コメント

北アフリカ(アルジェリア・スーダン)でうごめく抗議行動 「アラブの春」再燃? リビアも緊迫

2019-04-07 22:43:34 | 北アフリカ

(スーダンの首都ハルツームの軍本部前で、シュプレヒコールを上げるデモ隊(201946日撮影)【47日 AFP】)

 

【生活苦が抗議デモの引き金に】

20101210日、北アフリカ・チュニジアの一青年の焼身自殺を契機にアラブ世界に広がった「アラブの春」は、発祥国チュニジアでは一定の成果を維持しているものの、その他の国々ではシリア・イエメン・リビアなど、内戦・混乱を惹起する結果に終わったとされています。

 

しかし、強権的・独裁的政治体制が続き、インフレ・失業などの住民の生活苦が改善されないまま放置されれば、同様の抗議運動は繰り返されます。

 

今また、アルジェリアやスーダンなどで生活苦を改善できない長期政権に対する抗議の動きが起きており、「アラブの春」の再来の兆しと見る向きもあります。

 

このうちアルジェリアでは、長期政権を維持してきたブーテフリカ大統領が辞任に追い込まれたのは周知のところですが、下記記事はその辞任発表以前に書かれたものです。

 

****「アラブの春」再び? 中東で広がる抗議デモの嵐****

アラブ諸国では政府への抗議デモが各地で発生しており、その背景には生活苦がある。2011年に発生した政治変動「アラブの春」はその後、シリア内戦や「イスラーム国」(IS)台頭を引き起こしたが、今回の各地での抗議デモも地域の不安定化材料になる危険性を抱えている。

 

82歳の大統領

中東・北アフリカでは政府への抗議デモが広がっている。そのうちの一つ、アルジェリアでは38日、ブーテフリカ大統領の辞任を求める数万人のデモが首都アルジェで発生し、195人以上の逮捕者を出した。

 

82歳と高齢のブーテフリカ氏は1999年から大統領の座にあり、2013年に脳梗塞で倒れて以来、車いす生活を送っている。しかし、それ以前と同様、公の場に出るときには灼熱のさなかでも常にスリーピースのスーツを欠かさない。

 

抗議デモのきっかけは、4月に行われる大統領選挙に、ブーテフリカ氏が出馬を表明したことだった。高齢であるうえ、健康状態さえ疑わしいブーテフリカ大統領による長期政権には、とりわけ若い世代からの批判が目立つ。

 

広がる批判に、ブーテフリカ氏は大統領選挙に立候補するとしながらも、「任期を全うするつもりはない」とも述べ、任期途中で降板することを示唆した。

 

つまり、「すぐ辞めるから5期目の入り口だけは認めてくれ」ということだが、任期途中で辞める前提で立候補するという支離滅裂さは、それだけブーテフリカ政権への批判の高まりを象徴する。

 

黄色いベストの販売を禁止

抗議デモが広がるのはアルジェリアだけではない。

政府への抗議デモは、昨年末あたりから中東・北アフリカの各地で発生しているが、とりわけ先月からはスーダン、ヨルダン、エジプト、モロッコなどで治安部隊との衝突も相次いでいる。

 

このうち、エジプトではフランスで発生した「イエロー・ベスト」の波及を恐れ、昨年末に政府が黄色いベストの販売を禁止している。

 

また、スーダンではバシール大統領が223日、1年間の非常事態を宣言。これによって、「治安を乱す」デモに対する発砲や、デモ参加者を裁判や令状なしで拘留することも可能になった。

 

アルジェリアの生活苦

こうしたデモの広がりの背景には、生活苦がある。単純化するため、アルジェリアに絞ってみていこう。

アルジェリアはアフリカ大陸有数の産油国だが、そのGDP成長率は2010年代を通じて緩やかに減少し続け、2018年段階で2.5パーセントだった。

 

この水準は、伸びしろの小さい先進国なら御の字だが、開発途上国としては決して高くない。

 

資源が豊富であることは、資源の国際価格によって経済が左右されることを意味する。2014年に資源価格が急落して以来、アルジェリアをはじめ、この地域の各国の経済にはブレーキがかかっている。

 

これと連動して、物価も上昇しており、昨年の平均インフレ率は10パーセントを超え、今年に入ってリーマンショック後の最高水準に近付きつつある。

 

さらに、資源経済は雇用をあまり生まないため、失業率は下げ止まっており、昨年段階で11.6パーセントだった。これだけでもかなり高い水準だが、世界銀行の統計によると、1524歳の失業率(2017)は24パーセントで、ほぼ倍だった。

 

冒頭で述べたように、ブーテフリカ大統領に対する抗議デモには若者が目立つことは、これらをみれば不思議ではない。

 

それぞれで事情は多少異なるものの、基本的にはどの国でも、こうした生活苦が抗議デモの引き金になっている。

 

「アラブの春」前夜との類似性

こうして広がる抗議デモには、「アラブの春」との類似性が見て取れる。

2011年の「アラブの春」は、2010年末にチュニジアで抗議デモの拡大によってベン・アリ大統領(当時)が失脚したことに端を発し、同様に各国で「独裁者」を打ち倒すことを目指して拡大した。

 

その背景には、アラブ諸国で民主化が遅れていたことなどの政治的要因もあったが、少なくともきっかけになったのは生活の困窮への不満だった。その引き金は、2008年のリーマンショックにあった。

 

2000年代の資源価格の高騰は、中東・北アフリカ向けの投資を急増させ、インフレを引き起こしていた。ところが、2008年のリーマンショック後、海外からの投資が急に引き上げたことで、これら各国では急速にデフレが進行した。

 

海外の資金に左右される、もろい経済構造のもと、生活を振り回される人々の怒りは、国民生活を放置し、利権と汚職に浸る権力者に向かったのだ。

 

こうしてみたとき、2014年に資源価格が急落して以来、資源頼みの経済に大きくブレーキがかかる現在の状況は、「アラブの春」前夜と共通するところが目立つ。

 

4つのシナリオ

それでは、2010年前後を思い起こさせる国民の大規模な抗議は、中東・北アフリカに何をもたらすのだろうか。「アラブの春」の場合、大規模な抗議デモの行き着いた先は、大きく4つある。

 

・抗議デモの高まりで「独裁者」が失脚する(チュニジア、エジプト、リビア、イエメンなど)
・大きな政治変動は発生しないが、政府が政治改革を行うことで事態を収拾する(モロッコ、ヨルダンなど)
・政治改革はほぼゼロで、最低賃金の引き上げなどの「アメ」と鎮圧の「ムチ」でデモを抑え込む(アルジェリア、スーダン、サウジアラビアなど)
・「独裁者」が権力を維持したまま反体制派との間で内乱に陥る(シリア)

 

今回、抗議デモが発生している各国がこれらのどのパターンをたどるかは予断を許さないが、なかでも注目すべきはアルジェリアとスーダンの行方だ。

 

アルジェリアとスーダンでは「アラブの春」で抗議デモに見舞われた「独裁者」が、「アメとムチ」でこれを抑え込んだ。その意味で、良くも悪くも政治的に安定してきたといえるが、その両国政府がこれまでになく抗議デモに追い詰められる様子は、盤石にみえた「独裁者」の支配にほころびが入っていることを示唆する。

 

テロとの戦いへの影響

それだけでなく、アルジェリアとスーダンにおける政治変動は、「テロとの戦い」のなかで、それぞれ大きな意味をもつ。

 

まず、アルジェリアにはアフリカ屈指のテロ組織「イスラーム・マグレブのアルカイダ」の拠点があり、ブーテフリカ大統領は国内のイスラーム勢力を「過激派」とみなして弾圧することで、西側先進国とも近い距離を保ってきた。

 

ブーテフリカ大統領は若者が抗議デモを行うこと自体は認めながらも、「そこに紛れている勢力が混沌をもたらしかねない」と過激派の台頭に懸念を示すことで自らの地位を保とうとしている。

 

これが権力を維持したい「独裁者」の方便であることは疑いない。とはいえ、「独裁者」の支配のタガが緩んだことで、それまで抑え込まれていたイスラーム過激派の活動が活発化したリビアの事例をみれば、ブーテフリカ大統領の主張に一片の真実が含まれていることも確かだ。

 

一方、スーダンはアルジェリアとは対照的に、アメリカ政府から「テロ支援国家」に指定され、バシール大統領は「人道に対する罪」などで国際刑事裁判所(ICC)から国際指名手配されている。

 

その意味で、ブーテフリカ大統領と異なり、バシール大統領の失脚は欧米諸国にとって好ましいことだろうが、他方で大きな混乱がイスラーム過激派の活動を容易にするという意味では、スーダンとアルジェリアはほぼ共通する。

 

シリアの二の舞?

もはや多くの人は記憶していないが、40万人以上の死者を出したシリア内戦は、もともと「アラブの春」のなかで広がった抗議デモをシリア政府が鎮圧するなかで発生した。その混乱は、イスラーム過激派「イスラーム国」(IS)の台頭を促し、560万人以上の難民を生んだ。

 

そのシリア内戦は、クルド人勢力によるバグズ陥落を目前に控え、終結を迎えつつあるが、そのなかでIS戦闘員の飛散は加速している。IS戦闘員の多くは母国への帰国を目指しているが、なかには新たな戦場を求めて移動する者もある。その一部はフィリピンなどにも流入しているが、アルジェリアやスーダンでの混乱はIS戦闘員に「シリアの次」を提供しかねない。

 

「秩序」を強調して自らの支配を正当化する「独裁者」の論理と、その打倒を名目に過激派がテロを重ねる状況は、どちらも人々の生活を脅かす点では同じだ。シリア内戦が終結しても、中東・北アフリカの混迷の先はみえないのである。【311日 六辻彰二氏 Newsweek

***********************

 

【アルジェリア 「(ブーテフリカ氏の辞任後も)デモを続ける」】

アルジェリアについては、先述のようにブーテフリカ大統領の辞任発表に至っていますが、これで収まるのかは定かではありません。

 

****アルジェリア大統領が辞任 長期政権に抗議デモやまず****

北アフリカ・アルジェリアで4期20年にわたる長期政権を続けてきたブーテフリカ大統領が2日、辞任した。

 

2013年に脳卒中を患ってからは公の場に姿をほとんど見せてこなかったが、5期目に向けて大統領選に立候補したことに市民が反発し、辞任を求める大規模デモが続いていた。

 

辞任は国営メディアを通じて報じられた。ブーテフリカ氏は声明で、「国民の心を静め、よりよい未来を共に築くため」と辞任理由を説明した。

 

抗議運動の広がりを受け、ブーテフリカ氏は5期目への立候補取りやめと大統領選の延期を発表していたが、即時辞任を求める大規模デモはやまなかった。

 

若者中心のデモ参加者らは、高齢者ばかりの現体制を支えるエリート層に強い不満を示し、抜本的な政治改革を求めている。ロイター通信によると、抗議活動のリーダーは「(ブーテフリカ氏の辞任後も)デモを続ける」と話している。【43日 朝日】

**************

 

【スーダン バシル大統領の封じ込めにもかかわらず、抗議デモ拡大】

一方、スーダンの情勢も緊迫しています。

 

****スーダンの反政府デモ、初めて軍本部前に到達 「国民の側に付け」と軍に要求****

スーダンの首都ハルツームで6日、オマル・ハッサン・アハメド・バシル大統領に対する抗議運動のデモ行進が行われ、昨年12月の運動開始後初めて、軍本部前に大勢のデモ隊がたどり着いた。

 

目撃者によると、デモ隊は「平和、正義、自由」とシュプレヒコールを上げながら、バシル大統領の官邸や国防省も入る軍本部施設に向かって行進した。

 

デモ参加者のアミール・オメルさんは、「運動の目的はまだ達成できていないが、『われわれの側に付け』というメッセージを軍に届けることはできた」と語った。

 

医師やジャーナリスト、弁護士らの団体、スーダン専門職組合を中心とするデモ主催者側は先週、6日にデモ行進を実施し、「国民と独裁者、どちらの側に付くのか」態度を明確にするよう軍に求める方針を発表していた。

 

警察は、首都ハルツームおよび複数の州で「違法な集会」があり、ハルツームに隣接するオムドゥルマン市で起きた騒ぎの中でデモ参加者1人が死亡したと発表した。デモの開催を支援した医師の団体は、死亡したのは医療関係者だったと明らかにした。

 

これにより、昨年12月に始まった一連のデモに関連して死亡した人は当局発表で32人になったが、国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウオッチは子どもと医療関係者を含め51人だとしている。

 

一連の運動開始以来、デモの取り締まりは治安部隊や機動隊が行い、これまで軍は介入してこなかった。デモ隊は6日夜になっても軍本部前にとどまっていた。中には歌ったり踊ったりする参加者もいた。

 

バシル大統領に対する抗議行動は昨年1219日、政府がパンの価格を3倍に引き上げたことをきっかけに始まり、またたく間に全国的な反体制運動に発展。

 

怒れる民衆たちが食料価格の高騰や慢性的な燃料・外貨不足を招いた経済運営の失敗を非難してきた。 【47日 AFP

****************

 

バシル大統領は222日、テレビ演説を行い、全土に1年間の非常事態を宣言し、内閣を解散すると発表、首相と第1副大統領をそれぞれ交代させる「譲歩」の姿勢はみせたものの、デモ隊の辞任要求に応じる姿勢は見せていません。

 

下記のような「力による抑え込み」で抗議運動の沈静化を図ろうとしています。

 

****スーダン大統領、無許可集会の禁止を命令 ソーシャルメディア制限も****

スーダンのオマル・ハッサン・アハメド・バシル大統領は25日、自身に対する抗議行動の終息を目指す諸措置の一環として、当局の許可を受けていない会合や集会を禁止する命令を交付した。スーダン大統領府が発表した。

 

大統領は治安部隊に対し、強制的な家宅捜索や個人に対する身体検査の実施を含む広範な権限を与えた。

 

さらに大統領府は「市民あるいは立憲制に害を及ぼすものについて、ソーシャルメディアを含むあらゆる媒体におけるニュースの公開あるいはニュースのやりとりを一切禁止する」と発表した。(中略)

 

抗議は数週にわたる取り締まりにもかかわらず続き、大統領が22日に非常事態宣言を出していた。

大統領府は今回の命令について「非常事態宣言の一環」としている。

 

一方、全土での反政府運動を主導するスーダン職業団体連合は25日、集会禁止に反対する街頭デモを呼び掛けた。 【226日 AFPAFPBB News

******************

 

上記のような強権的封じ込め策がとられるなかで、今回、軍本部前に大勢のデモ隊が押し寄せるといった事態となっていることは、バシル大統領の威光に陰りが見られるというようにも思われます。

 

【リビア 東のハフタル将軍、首都トリポリに向け進軍 国連事務総長の自制要求も奏功せず】

一方、「アラブの春」でカダフィ政権が崩壊したのちも、統一政府を樹立できない分裂・混乱状態が続いていたリビアは、更に大きな戦火が燃え盛る危機に瀕しています。

 

****リビア首都、武装組織が接近 国連総長の直談判も実らず****

国が東西に分裂した状態の北アフリカ・リビアで、東部を拠点とする武装組織「リビア国民軍」の部隊が、暫定政府が支配する西部の首都トリポリに迫っている。

 

今月には国連が仲介する和平協議が予定されているが、リビア国民軍はすでに首都近郊の都市を制圧し、緊張が高まっている。

 

AP通信などによると、リビア国民軍を率いるハフタル司令官は4日にトリポリへの進軍を命じ、部隊はトリポリの南約80キロのガリヤンを制圧した。

 

これに反発する暫定政府側は、傘下の部隊に「あらゆる脅威に備えろ」と命じ、すでにトリポリ近郊で武力衝突も起きている。

 

リビアでは14~16日、国連の仲介で国家統一に向けた「国民会議」の開催が予定される。リビア入りしていた国連のグテーレス事務総長は5日、ハフタル氏と会談し、進軍をやめるように説得したが、不調に終わった模様だ。

 

ツイッターに「重苦しい気持ちと深い懸念をもってリビアを去る。国連は政治的解決を促し、何が起きてもリビアの人々を支える」と投稿した。

 

また、主要7カ国(G7)外相会議は5日の共同声明で、「リビアでの紛争に軍事的解決はない」とし、全ての関係勢力に軍事行動を控えるよう求めた。

 

2011年にカダフィ独裁政権が崩壊した後、リビアでは新政府ができたが、14年になって東西両地域に分裂。各地の民兵組織による戦闘も散発的に起き、治安が回復していない。【46日 朝日】

**************

 

国連やトルコ・カタールは暫定政府を支える一方、エジプトやUAE・サウジはハフタル氏を支持しており、国際社会の対応も割れています。フランスもハフタル氏に近いとも言われています。

 

国連のグテーレス事務総長がリビア入りしているこの時期に進軍を開始したハフタル将軍の意図は?

暫定政府を支援してきた国連に、その力を誇示し、今後の交渉を有利に運ぼうとするものでしょうか。それとも、本気でトリポリを制圧するつもりでしょうか?

 

リビアに関しては情報が少ないためわかりませんが、“リビアは、アフリカ大陸を脱出する難民の「玄関口」にもなっている。国際移住機関(IOM)によると、17年にリビアなどの中東・アフリカ諸国から船で地中海を経由して欧州に渡った難民・移民は約17万人。リビアが一層の政情不安に陥れば、混乱に乗じた難民流出の勢いが強まる可能性もある。”【46日 毎日】という懸念もあります。

 

コメント

アルジェリア  健康問題を抱える現職大統領の5戦出馬で抗議行動拡大 混乱へのフランスの懸念

2019-03-02 21:46:37 | 北アフリカ

(1日、アルジェで、デモ隊に阻まれるアルジェリアの警察車両【3月2日 時事】)

【長期政権を維持し、最近は健康問題で公の場には姿を見せない現職大統領、次期大統領選に出馬】
北アフリカのアルジェリア、あまり日本にはなじみがない国です。
思い出されるのは、2013年1月にイスラム系武装勢力が天然ガス精製プラントを襲撃したテロ事件で、日本人が10人犠牲なったことでしょうか。

現在、アルジェリアの大統領は81歳のブーテフリカ氏。
“治安が回復し、豊富な石油や天然ガスの輸出により経済発展を成し遂げたが、依然として失業率は高く、貧富の差は拡大している。また、資源による富も一部の政治家や軍、官僚にしか還元されていないと、野党などからは批判されている。”【ウィキペディア】といった評価です。

アフリカの多くの国同様に、長期独裁政権を維持しているとの批判も多々あります。(ブーテフリカ氏の大統領就任は1999年ですが,2008年には憲法改正で長期政権を可能にしています)

最近では健康を害し、公の場に姿を現すことはほとんどなくなっており、今年4月に行われる大統領選挙に出馬するかどうかが注目されていました。

****車いすの81歳アルジェリア大統領、5期目へ出馬表明****
2013年に脳梗塞で倒れ、車いす生活が続くアルジェリアのアブデルアジズ・ブーテフリカ大統領が10日、5期目を目指して4月の大統領選に出馬すると国営メディアを通じて発表した。所属政党と連立与党が出馬を承認したという。
 
病気療養中のブーテフリカ大統領は、公の場に姿を現すことはほとんどなくなっていた。だが、国営アルジェリア通信によると、4月18日の選挙に向けて沈黙を破り、自身の意向を表明したもようだ。
 
ブーテフリカ大統領は「もちろん、身体的には以前ほどの力はない。私はそれを一度たりとも国民に隠してこなかった」と説明。

「(大統領として)務めを果たしたいという断固たる願望は消えることなく、そのおかげで私は健康問題による制約を乗り越えられるようになった。これらの健康問題は、誰もがいつか直面する可能性のあるものだ」と述べたという。
 
猛暑の中でも三つぞろいのスーツを着用することで知られるブーテフリカ大統領は、長く続いたアルジェリアの内戦を終結に導き、尊敬を集めた。政府統計によると、内戦で命を落とした国民は20万人近くに上る。
 
一方、原油や天然ガスなどの炭化水素分野の輸出に依存するアルジェリア経済は、ブーテフリカ政権4期目に原油価格が下落したため大打撃を受け、今や25歳未満の国民の3分の1近くが失業中だ。

また、ブーテフリカ大統領は独裁的だとして人権団体や反対派から非難されている。 【2月11日 AFP】
*******************

これはまったくの想像ですが、大統領選出馬は十分に公務を遂行できる状態にない本人の希望というよりは、彼を頂点として形成されている軍部を含む既得権益層の「現状維持」を求める意向に沿ったものではないでしょうか。

“辞めるに辞められない”という意味では、ジンバブエのムガベ前大統領とも似たものが感じられます。

【出馬への抗議デモで混乱 支配層のエリート全体への抗議にも】
一方、長期独裁政権、貧富の格差、若者の失業・・・ということで、ブーテフリカ氏出馬に対し、厳しい治安維持体制にもかかわらず激しい反対運動も起きており、混乱が生じています。

****アルジェリア大統領選、現職の5選出馬めぐり数万人が抗議デモ****
アルジェリアの首都アルジェで1日、4月に予定される大統領選挙への現職アブデルアジズ・ブーテフリカ氏の5選出馬に抗議して数万人がデモを行い、参加者と警察の衝突により警官数十人が負傷した。

ブーテフリカ氏は1999年から大統領職にあるが、2013年に脳梗塞で倒れて以降は車いす生活が続き、公の場にほとんど姿を現していない。

警察は、アルジェでのデモで警官56人、デモ参加者7人が負傷したほか、45人を逮捕したと発表した。

デモにはあらゆる年代の男女が参加し、禁止を無視して市の大通りを行進。国旗を振りながら、4月18日の大統領選に出馬するとのブーテフリカ氏の判断に抗議した。

治安筋によると、アルジェのほかにも、同国第2の都市オランや第3の都市コンスタンティーヌなど多数の市町でデモが行われた。

デモの規模は多方面に驚きを持って受け止められ、政権が近年最大の難局にあることの象徴となっている。

参加者はソーシャルメディアでの呼び掛けに応じて集まった人々で、今回のデモの目的について、4期20年の在任期間をさらに延ばそうとするブーテフリカ氏の動きだけでなく、支配層のエリート全体に抗議することだと述べている。

ブーテフリカ氏は2月24日、空路スイスに向かい、現在も帰国していない。大統領府は、スイス行きは「定期健診」のためだとしている。

ブーテフリカ陣営の選対本部長は一連のデモにもかかわらず、同氏は期限の3日までに立候補の届け出をすると述べている。 【3月2日 AFP】AFPBB News
**********************

軍部や権力周辺取り巻き層にとっては、ブーテフリカ氏が仕事ができようができまいが関係ない話で、むしろ“名前だけの存在”でいてくれた方が何かと都合がいいのでしょう。たとえ“死体”でも選挙に担ぎ出すのでは。

【アルジェリアの混乱はフランス・マクロン大統領の悪夢】
こうしたアルジェリアの混乱を非常に懸念しているのが、旧宗主国で、地中海をはさんで対岸に位置するフランスだということです。

****仏大統領の最大の悪夢(アルジェリア情勢)****
先ほどは仏紙がアルジェリア情勢に大きな懸念を有しているとの報道を紹介しましたが、al qods al arabi net の別の記事は、仏大統領マクロンにとっての最大の悪夢は、アルジェリアが不安定化することであるとの仏nouvelle
observateure 誌を紹介しているところ、アルジェリアの地理的近さ、歴史的関係、経済関係(特に石油ガス)からすれば、おそらくこの見方は正しいのでしょう。
記事の要点のみ

仏誌はアルジェリアでの、ブーテフリカの死、革命、反乱の成功等の可能性が仏大統領府及び情報機関を悩ませる最大の要因だとしている。

同誌は、2月初めに仏有力者が、何がマクロン大統領の悪夢かと自問し、金融危機でもなく、ロシアのサイバー介入でもなく、米のイラン攻撃でもなく、アルジェリアの不安定化で、大統領はブーテフリカ死後の混乱を危惧していると指摘したと報じている。

この発言はブーテフリカの立候補に対する反対運動が生じる前まであった由

この旧植民地の不安定化が仏政府の最大の懸念であることには十分理由のあるところである。

仏外務省分析予測局は、2014年(前の大統領選挙の年)に書かれた報告書を再発行したが、その報告書は当時の外相に対したもので、最高権力者の死が一般的に不安定化を招くものではないとしつつ、権力者が老齢で、彼に権力が集中していて、その後継についての制度がない場合には、政治危機を招くとして、5つの国を挙げている。

それらの国は、このアルジェリアの他には、カメルーン、チャド、カザフスタン、エリトリア、カンボディアであった。

仏がアルジェリア情勢に懸念を抱く要因は多数あるが中で持つ意義の4つが最大の要因であろう

第1はアルジェリアが仏の最大のエネルギー供給源であること(天然ガスの10%を依存)

第2は、その場合数十万の青年(20歳未満の者が4200万国民の半数になる)があらゆる手段で、地中海を渡り、仏等を目指すからである

第3は、アルジェリア難民やアルジェリア系住民は、アフリカの出来事に重大な関心を抱いているからである

第4は、80年代の政治危機が過激派の台頭とその拡散をもたらしたことにある

としていて、アルジェリアの政治危機の再来は、仏の安全保障を脅かすであろうとしている。【2月7日 「中東の窓」】
***************

フランスにとって、植民地支配したアルジェリアは大きな“歴史問題”でもあり続けてきました。

****マクロン仏大統領、アルジェリア戦争時の拷問を認め、謝罪****
(2018年)9月13日、マクロン仏大統領は、1957年にアルジェでフランス軍に拘束され行方不明となったモーリス・オダン(Maurice Audin)の死について、軍の責任を認め、未亡人に謝罪した。

数学者でアルジェ大学教授であったオダンは、共産主義者でアルジェリアの独立を支持し、FLN(アルジェリア民族解放戦線)とも繋がりがあった。

マクロンは、Audinがフランス軍に拘束されたうえで拷問を受け、それによって死亡した、もしくはその後処刑されたとして、共和国の名において責任を認め、87歳の未亡人に面会し謝罪した。
 
今回の謝罪が実現するには長い時間がかかっている。2007年に未亡人がサルコジ大統領に手紙を書いたとき、返答はいっさいなかった。

一方、フランソワ・オランド前大統領は、2014年6月18日、オダンは公に言われているように失踪したのではなく、拘禁中に死亡したと発言した。

今回の謝罪の手紙と面会は、その延長線上にある。マクロンは、共和国議会の投票によって導入された「特別権力」のため、「逮捕・拘禁」システムが出来上がり、それがこの悲劇を招いたと説明した。軍の責任を認めつつも、軍だけでなく議会の決定で導入されたシステムの問題だと述べたわけである。
 
今回の措置により、フランスがアルジェリアの独立を阻止するため、拷問を含めた非人道的な措置を広範に用いていたことがはっきりした。

14日のルモンド紙の社説では、マクロンが決定的な一歩を踏み出したとして、アルジェリア戦争の過去を明らかにすることは、フランス・アルジェリア両国の和解にとって不可欠だし、アルジェリアにも同様の行動を促すことになるとして評価した。

アルジェリア側は公式には目立った反応をしていないものの、総じてマクロンの行為を評価する声が目立つ。一方、極右政党の国民戦線は、国民を分断させる行為だとして大統領を強く批判した。
 
自国の暗い過去を明らかにすることは、簡単ではない。それは指導者の決断がなければできないことである。しかし、ルモンド紙が指摘するように、これはフランス・アルジェリア間の真の和解を達成するには不可欠の行為と言えるだろう。

マクロンは就任前から、植民地主義を人道に反する罪だと述べるなど、植民地統治の関わる問題について積極的に発言してきた。この勇気ある行動が、フランスとアルジェリアの相互理解と過去の克服に繋がることを願う。【2018年9月18日 現代アフリカ地域研究センター】
*****************

多くの国が、勇気をもって直面すべき歴史的課題を抱えています。

それはそれとして、フランスにとって一番厄介なのは、政治・社会の混乱の結果、大量の難民がフランスに流入することでしょう。

すでに大きなアルジェリア人社会を国内に抱え、多くの問題を有しているだけに、マクロン大統領もアルジェリアの動向は気が気ではないのでは。

コメント

リビア  東西の国家分裂状態がつづくなかで、首都で民兵組織間の衝突 さらなる混乱へ

2018-09-03 22:43:47 | 北アフリカ

(トリポリのシッカ通りにある収容所はリビア内務省が管轄。移民・難民の多くはサハラ砂漠以南の国々の出身で、劣悪な環境の中で本国送還を待つ【2017年7月11日号 Newsweek日本語版】)

難民流出拠点として欧州情勢にも重要な影響を持つリビア 人身売買などの闇ビジネスも
世界には「忘れられた戦争」といった言葉で呼ばれるような、あまり国際的関心が向けられていない戦争・紛争の類が残念ながら多数あります。

イエメンの内戦もそうしたひとつですが、まだときおりニュース(“誤爆で子供多数が死亡”といったひどいニュースが中心ですが)も目にします。

一時期注目さたものの、「その後はどうなっているのだろうか?」といった、イエメン以上に情報が少ない国も、特にアフリカに多くあります。

イスラム過激派アルシャバーブによる大規模テロがあったときだけニュースになるソマリア、同様にボコハラムのテロがときおり話題となるだけのナイジェリア、国連PKOも襲撃される中央アフリカ、フランス介入後も安定しないマリなど。多数の武装勢力が跋扈するコンゴなどはもはやニュースにもなりません。

北アフリカ・リビアもカダフィ政権崩壊後の内紛が続いていますが、どういう状況になっているのか、あまり目にすることがありません。

ソマリアやコンゴがどうなっても世界情勢には大きな影響はない・・・という冷たい(あるいは現実的な)見方もあるでしょうが、リビアなどは難民問題が最大の問題となっている欧州情勢を考えると、国際情勢への影響も少なくないはずですが。

EUは、移民・難民がEUに向かうのを阻止するためEU域外の「入域管理施設」の設置を検討することで合意しています。その最有力候補というか、外せない場所が欧州への送り出し拠点となっているリビアです。

****リビア東部の民兵組織、移民・難民阻止名目の外国軍駐留を拒否****
欧州連合首脳会談で地中海を渡って欧州に向かう移民・難民を阻止する合意が結ばれたことを受けて、リビアの元国軍将校の実力者ハリファ・ハフタル氏が率いる民兵組織「リビア国民軍」は6月29日、移民・難民を阻止する名目でリビア南部に外国軍を駐留させることは一切認めないと発表した。
 
欧州首脳は、移民・難民が人身売買業者の船でEUに向かうのを阻止するためEU域外――最有力候補は北アフリカ――への「入域管理施設」の設置を検討することで合意した。

リビアは、長年にわたって独裁体制を敷いてきたムアマル・カダフィ大佐が2011年に失脚し殺害された後の混乱に乗じた違法入国援助業者らによって、移民・難民の一大拠点と化している。
 
ハフタル氏は国連が支援する首都トリポリのリビア統一政府(国民合意政府)の正統性を認めておらず、対抗勢力が東部に設立した政府を支持している。(後略)【7月1日 AFP】
**************

当然ながら、アフリカ全土からリビアにたどりつく難民・移民の過酷な状況も座視できないものがあります。

****難民の旅の悲惨な終着点リビア****
アフリカから欧州を目指す難民の波は今も絶えない。サハラ砂漠以南や北アフリカをくぐり抜けた彼らの過酷な旅は最後に、最も危険な場所にたどり着く。地中海への玄関口リビアだ。

内政の混乱が続くリビアを支配するのは民兵組織の寄せ集め。彼らは密航業者の人身売買に加担し、移民・難民への虐待や人権侵害を行っているとされる。

首都トリポリでは密航を待つ大勢の男女や子供が隠れ家などから追い立てられ、移民・難民収容所に送り込まれていく。

シッカ通りの施設では、不衛生な倉庫に男性約1500人が閉じ込められている。トイレもシャワーもなく、用を足すのは空のペットボトルかビニール袋だ。

4月のある夜、私はリビア沿岸警備隊の夜間巡回に同行した。司令官アブドゥルラーマン・アル・ビジャはゴムボートに乗った難民を「救助」と称して逮捕し、収容所に引き渡すのが任務だ。この夜はボート2隻を発見。銃撃戦の末に一方のボートにいた密航業者は全員殺された。

時に善と悪、善人と悪人の境界はあやふやになるものだが、その境界がリビアほど曖昧な場所はない。【2017年7月11日号 Newsweek日本語版】
******************

政情不安が続くリビアでは、移民・難民を標的にした人身売買などの闇ビジネスも広がっています。

“ローマに拠点を置くIOM地中海事務所のフェデリコ・ソダ所長は「リビアで人身売買は近年増加傾向にあるが、正確な被害者の数はわからず、実態はさらに深刻な可能性が高い」と説明する。働かされた後に欧州に向かうことができた例もあれば、「奴隷」として転売される人も多いとみられる。”【7月22日 読売】

****1日コップ半分の水、むち打たれ建設現場で労働****
リビアで人身売買の被害に遭い、昨年移民船でイタリアに上陸した男性が読売新聞の取材に応じ、過酷な状況を振り返った。

「船がイタリアに着いた時、死んで天国に来たかと思った」。ギニア出身のアマドゥ・ディアロさん(23)はローマ市内で苦渋の表情を見せた。ディアロさんは2016年秋頃、交際していた女性が妊娠し、女性の親族から部族が違うという理由で殺されそうになった。バイクでリビアに逃げたディアロさんは、身分証不携帯を理由に「当局者」を名乗る人物に拘束された。

アラブ系の男性が「当局者」に金を払い、ディアロさんを連れ出した。ディアロさんは建設現場で何日間もむちで打たれながら働かされた。1日に与えられる水はコップ半分程度。監禁された部屋には同僚と犬の死体が放置されていた。

ある日、突然ディアロさんは「ここで死ぬか船に乗るかだ」と言われ、150人ほどがすし詰め状態になったボートに乗せられた。

リビアのサブラタ港を出発した船では、数日間の漂流中に半数が飢えで死亡し、海に捨てられた。次は自分の番と思っていたところ、17年2月に伊最南端のランペドゥーザ島に着いた。【7月22日 読売】
*******************

東西対立で国家分裂状態が続く
欧州情勢に大きな影響を持つ、また、難民・移民の人道上の問題もあるリビアですが、東西の勢力に分裂して争っているという話は聞きますが、現在どのような状況にあるのかよくわかりません。一応、概括的には下記のようにも。

****<リビア>政情不安続く 国家分裂状態に収束の兆し見えず**** 
リビアの国家分裂状態に収束の兆しが見えない。

主要な政治勢力は今年12月に大統領選と議会選を実施することで合意したが、基幹産業の石油精製拠点が一時閉鎖されるなどの混乱が頻発。イスラム過激派の活動も収まらず、治安の改善も見通せない状況だ。
 
リビアは2011年に独裁を約42年続けたカダフィ政権が崩壊し、複数の勢力が支配地域を独自に統治する内戦状態に突入。過激派組織「イスラム国」(IS)や国際テロ組織アルカイダ系の武装勢力も台頭し、大混乱に陥った。

15年に国連の仲介で統一政府の樹立に合意し、西部の首都トリポリを拠点とするシラージュ暫定首相が誕生したが、東部トブルクを拠点とする「暫定議会」や同じ東部の武装組織「リビア国民軍」を率いるハフタル将軍が西部の政府を拒否。東西対立が鮮明になっている。

今年5月、マクロン仏大統領の仲介でシラージュ暫定首相やハフタル将軍らがパリで会談し、ようやく12月10日の選挙実施で合意した。
 
石油に依存する経済も揺れている。ロイター通信などによると、ハフタル将軍は6月、石油の積み出し港のラスラヌフなどの支配を巡り他の武装勢力と衝突。将軍は港を制圧し、その後の交渉で7月中旬に港の管理権は国営企業側に戻ったが、この混乱で石油精製施設が一時閉鎖され、生産量は大幅に落ち込み、国際社会の懸念も高まった。
 
治安も改善していない。トリポリの選挙管理委員会本部では5月、武装集団による襲撃で12人が死亡し、ISが犯行声明を出した。米アフリカ軍司令部は「リビアのISは引き続き脅威」との認識を示した。

7月には砂漠地帯の水資源開発に携わっていたフィリピン人や韓国人の技術者計4人が武装勢力に誘拐される事件も発生。

また、リビアはアフリカから欧州を目指す移民・難民の経由地ともなっており、地中海での水難事故も後を絶たない。
 
リビア情勢に詳しいエジプトのシンクタンク・アハラム政治戦略研究所のジアド・アクル研究員は「正統な統治体制を早急に作るべく、国際社会は各政治勢力に圧力をかけている。だが今のリビアはISやアルカイダ系以外の武装勢力も割拠し、地域ごとに支配者が違う。全土で12月に選挙が実施されるかは疑問だ」と指摘する。【8月9日 毎日】
****************

“12月に選挙が実施されるかは疑問だ”・・・・“疑問”と言うより、「無理なんじゃない・・・」という感も。
仮に実施できても、選挙結果に不満を持つ勢力が、その結果を受け入れるとも思えません。

民兵組織同士の戦闘でさらなる混乱
数少ないリビアからニュースとして、統一政府(実態は、影響が及ぶのは西側だけですが)の本拠地である首都トリポリでの武力衝突が報じられています。

****市民ら39人死亡、リビア非常事態宣言 民兵の戦闘激化****
北アフリカ・リビアの暫定政府は2日、首都トリポリに非常事態宣言を出した。

8月下旬から対立する民兵組織同士の戦闘が続いているためで、暫定政府は双方に停戦を呼びかけている。AP通信は、一連の戦闘により市民を含む少なくとも39人が死亡し、96人が負傷したと伝えた。
 
現地からの報道によると、戦闘は8月27日に首都南郊で発生した。今月1日には中心部のホテルにロケット弾が着弾し、3人が負傷。2日にも国内避難民が暮らすキャンプに着弾し、2人が死亡した。

さらに2日には、戦闘現場に近い首都近郊の刑務所から約400人の受刑者が脱走したが、詳しいことは分かっていない。
 
リビアでは2011年にカダフィ政権が崩壊。新たな政府ができたが、14年になって政府・議会が東西両地域に分裂した。国連の仲介で15年に統一政府樹立で合意。トリポリを拠点とする西部に暫定政府ができたが、東部を拠点とする議会は承認せず、分裂状態は解消されていない。
 
リビアでは不安定な治安に乗じて、中東のシリアとイラクで弱体化した過激派組織「イスラム国」(IS)が台頭する恐れも指摘されている。【9月3日 朝日】
*******************

“暫定政府は2日、首都トリポリに非常事態宣言を出した”・・・・「これまでの内紛状態は非常事態ではなかったの?」ともつっこみたくなりますが・・・。

脱走があったのはアイン・ザラ刑務所ですが、“トリポリ南東部にある同刑務所の受刑者の多くは、元最高指導者の故ムアンマル・カダフィ大佐の支持者とされており、2011年のリビア内戦で政権掌握した反カダフィ勢力から殺人罪の有罪判決を受けた。”【9月3日 BBC】とも。

民兵組織間の武力衝突については、“衝突は、トリポリ南部の都市を拠点とする民兵組織が南部地域を攻撃したことで始まり、この地域で統一政府を支持する民兵組織との闘争に発展した。”【9月3日 BBC】とのことですが、今一つよくわかりません。

このあたりの事情について、下記のようにも。

****トリポリでの戦闘(リビア****
(中略)リビアではトリポリにある統一政府(国際的に認知された政府)とトブルク政府とその後ろにいるhaftar 将軍の率いる軍事勢力が対立し、その間の和解と政治的解決に進展が見られないうちに、国内の不安定と混乱が増大し、そこを狙ってIS等の過激派が再来を狙い、各地、特に南部で勢力を広げていると見られてきました。

しかるに今回の衝突はトリポリで、内務省と国防相の間の確執とか、それぞれの役所につながる部族兵、または民兵の衝突だとされていて、その背景に軍の幹部ポストの配分に対する不満がある(しかし、トリポリ政権いは満足な統一的軍などと言う存在はないとされている)とされているようですが、その辺の報道されている話がどこまで本当で、背後の政治的な問題は何なのか等が良く解りません。(後略)【8月31日 「中東の窓」】
*******************

もし、上記のようなトリポリの統一政府内部の勢力争いによるものだとしたら、“統一政府”なるものに統治能力がないことを改めて明らかにした事態であり、東西対立以上にリビア情勢の混迷を示すものと言えます。

また、“東部を拠点とするハフタル司令官の組織も、トリポリの戦闘に介入する意欲を表明しており、本格的な紛争に発展する懸念が高まっている。”【9月3日 共同】とも。

上記【中東の窓】では、混乱が拡大した時の大量の難民発生の危険も指摘されています。
EU結束維持に苦慮するドイツ・メルケル首相などは、そうした大量難民発生につながらないよう、事態の鎮静化を願っているのではないでしょうか。
コメント

リビア  12月の大統領・議会選挙実施で分裂状態に終止符を・・・・とのことだが、実現には紆余曲折も

2018-05-31 22:51:05 | 北アフリカ

(リビアの首都トリポリの殉教者広場で、ムアマル・カダフィ政権打倒につながった大規模デモ7周年を記念する祝賀行事に集まった人たち(2018年2月17日撮影)。 【2月18日 AFP】

“祝賀”とは言うものの、長引く混乱とテロの拡大、経済情勢の悪化などから「独裁者の時代の方がましだった」という気分が広がっても不思議でもない現状です。

そのように「アラブの春」を全否定するのもいかがなものか・・・という感もありますが、少なくとも今のリビアは、後先考えず独裁権力を力で打ち倒すだけでは、さらなる混乱につながりかねないという実例ではあります。)

統一的国家権力が機能せず、無法地帯と化すリビア
最近、北朝鮮問題でよく目にする「リビア方式」という言葉。

リビアのカダフィ政権が2003年12月、米英の圧力を受け核兵器や化学兵器、弾道ミサイルなどの大量破壊兵器の一括放棄に応じ、その代わりに制裁解除を取り付けたことを指すもので、ボルトン大統領補佐官(国家安全保障問題担当)らが主張。

しかし、少しずつ状況を変えて、抵抗を少なくする「サラミ方式」と呼ばれる手法により、体制保証や経済支援などの見返りの最大化を狙う北朝鮮の基本的スタンスと異なるだけでなく、大量破壊兵器の放棄に応じたカダフィ大佐はその後、米英仏が武力加担する形で権力の座を追われ死亡したこと、すでに核保有国に達したとする北朝鮮を開発初期段階だったリビアと比較することが「侮辱的」と北朝鮮側にとられたことなどで、北朝鮮が激しく反発して米朝首脳会談が中止される・・・・といった事態にもなったことは周知のところです。

それはそれとして、その「リビア」がその後どうなったのか・・・という情報はあまり多くありません。

基本的には、これまで何回か取り上げてきたように、東西に政権が並び立つ分裂状態にあり、国家としての機能がまともに働かない状況にもある訳ですが、特に最近の状況に関する情報はほとんど目にしません。

“分裂状態”に関しては、1年前の2017年5月25日ブログ“リビア 分裂状態の統一に向けた動きも見られたものの、事態はむしろ逆行 内戦再燃の懸念も”で取り上げましたが、その後の動きはよくわからない・・・というか、あまり大きな変化はない・・・・というか、どうにもこうにもならない・・・というか、国際的にも大きな話題にならないといった感じのようです。

そんな情報が少ないなかで、今年2月には下2行ほどの短い記事が。

****リビア首都、カダフィ独裁崩壊につながった大規模デモから7年を祝う****
リビアは17日、最高指導者ムアマル・カダフィ大佐の独裁体制崩壊につながった大規模デモから7周年を迎え、首都トリポリで行われた祝賀行事には大勢の市民が参加した。【2月18日 AFP】
****************

西の自称“統一政府”が主催した行事でしょうが、今のリビアは“祝賀”というにはあまりに縁遠いような印象が正直なところです。

政府がまともに機能していないため、欧州を目指す難民の規制もままなりませんが、それだけでなく、アフリカ各地から命がけで集まる難民が人身売買組織の手にかかり、不当に監禁されたり、奴隷市場で売られたり・・・という話もよく聞きます。

****リビア、人身売買組織に拘束されていた移民100人以上が脱出****
リビア北西部バニワリドで23日夜、人身売買組織に拘束されていたアフリカ東部からの移民100人以上が組織の収容所から脱出した。国際団体や地元の情報筋などが26日、明らかにした。

移民たちは地元の団体や住民らによって市内のモスク(イスラム礼拝所)に保護された。
 
脱出したのはエリトリア、エチオピア、ソマリアからの移民たちで、収容所では拷問を受けていた。バニワリドの病院によれば、拷問によって負傷した約20人が治療を受けた。
 
国際緊急医療援助団体「国境なき医師団」は目撃者の話として、脱出の際、移民15人が殺害され25人が負傷したと述べた。地元筋からの確認情報はまだない。
 
脱出したのはほとんどが10代半ばの若者たちで、3年も人身売買組織に拘束されていたとMSF職員に話した移民も複数いるという。
 
MSFによると、病院に搬送された移民のうち7人は銃で撃たれており重傷だという。
 
リビアで長年にわたって独裁体制を敷いてきたムアマル・カダフィ大佐が2011年に失脚し殺害された後、首都トリポリは危険な航海で欧州を目指す移民たちの主要出発港となっている。

トリポリの南東170キロに位置するバニワリドでは、人身売買組織や誘拐組織が約20か所に収容所を設けており、拘束した移民の家族に身代金を要求するなどしている。【5月27日 AFP】AFPBB News
******************

“人身売買組織や誘拐組織が約20か所に収容所を設けている”とわかっていながら放置されている、取り締まる公権力が機能していないのが、リビアの現状です。

“政府”と称するものを支える勢力自身が人身売買組織や誘拐組織とつながっているのでは・・・とも想像してしまいます。

12月の大統領・議会選挙で合意したものの、紆余曲折も 「リビアの統一と安全は軍が確保する」】
そうした無政府状態にも近いリビアで、大統領選挙と議会選挙を12月に実施することで、東西政府が合意したとか。

****<リビア>大統領選と議会選、12月実施で4者合意*****
国家分裂状態が続くリビアの安定化を目指し、西部の首都トリポリを拠点とするシラージュ暫定首相と、東部で武装組織「リビア国民軍」を率いるハフタル将軍ら4者が29日、パリで会談し、大統領選と議会選を12月10日に実施することで合意した。

当初は今春の予定だったが、延期されていた。会談はマクロン仏大統領が仲介した。
 
各勢力は選挙実施に向けて国連と協力し、選挙結果を尊重することを確認。だが対立は根深く、実現までには曲折も予想される。
 
リビアは2011年のカダフィ政権崩壊後、複数の勢力が支配地域を独自に統治する内戦状態に突入。混乱に乗じ、過激派組織「イスラム国」(IS)も勢力を拡大するなど治安が悪化した。

15年には国連の仲介で主要勢力が統一政府樹立に合意したが、東部トブルクを拠点とする「暫定議会」はシラージュ暫定首相が統治する西部の政府を拒否。

暫定議会は同じ東部を拠点とするハフタル将軍と協力し、「東西分裂」が鮮明になっていた。【5月30日 毎日】
*******************

“4者”とは、西のトリポリを拠点として“統一政府”を自称しているシラージュ暫定首相と、東部で武装組織「リビア国民軍」を率いるハフタル将軍のほか、東のトブルク議会議長、西のトリポリの国民評議会議長のようです。

それはともかく、“仏大統領府が発表した共同声明は「9月16日までに必要な選挙法を整備し、12月10日に議会選と大統領選を実施する」と表明。リビアの安定化を目指す国連の活動にも前向きに協力することで合意した。”【5月30日 時事】とも。

実行されるなら素晴らしい話ですが、リビアの現状からすると、非常に難しい話にも思えてしまいます。
選挙のためには有権者を登録し、投票用紙を配布し、投票所を管理し、集計作業を行うといったことが必要になりますが、今のリビアでできるのだろうか?という疑問も。

年内に選挙を・・・という話は前からあって、“選挙管理委員会本部”も存在しているようです。
ただし、ISによる自爆攻撃の対象となっていますが。

****リビア選管への自爆攻撃で12人死亡 ISが犯行声明****
リビアの首都トリポリにある選挙管理委員会本部で2日、自爆攻撃があり、少なくとも12人が死亡、7人が負傷した。同国保健省が明らかにした。
 
事件をめぐっては、イスラム過激派組織「イスラム国」が犯行声明を出している。
 
アブデルサラム・アシュール内相は記者会見で、武装した襲撃犯2人が選管本部を襲い、警備員と当局者に発砲した後に自爆したと発表した。
 
国連は現在、ムアマル・カダフィ大佐による独裁体制が崩壊して以降のリビアの混乱に終止符を打つことを目指しており、年内の選挙実施を期待している。
 
投票日は未定だが、憲法草案をめぐる国民投票と選挙法制定の後になる見通し。【5月3日 AFP】
******************

ISなどのイスラム過激派の妨害も懸念されますが、そもそも当事者にどこまでやる気があるのか・・・?
選挙をやって統一的な国家体制を構築するということは、現在分裂している権力の片方が、もう片方に従うということでもあります。

勝てることが確実なら喜んで選挙を行うでしょうが、そうでなければ選挙を避けようとするのが世の常です。

******************
al qods al arabi netは、リビアの観測者の中には、テロの背後には例のhaftar将軍と、彼の支持者たちの総選挙を喜ばない勢力があるとみている者がいると報じていることです。

それによると将軍はテロの数日前に、選挙の重要性を否定し、現時点での選挙がリビア国民の声を反映するとも思われず、リビアの統一と安全は軍が確保すると語った経緯があるとのことです。【5月3日 「中東の窓」】
****************

al qods al arabi netの報道がどこまで真実なのかはわかりません。
わかりませんが、“リビアの統一と安全は(選挙ではなく)軍が確保する”と東の実力者ハフタル将軍が語ったというのは、リビアの現状に沿っているようにも思えます。

統一の基盤のないところに、形だけの統一政府・統一議会を作ろうとしてもなかなか・・・・。

カダフィの息子が大統領選挙出馬?】
なお、大統領選挙には独裁者カッダフィの息子が出馬の意向を表明しているそうです。

****カッダーフィ息子の大統領選出馬****
本年はリビアでも大統領選挙等が行われることになっていて、革命前のリビアの独裁者カッダーフィ(中略)の息子のseif al islam (確か次男であったかと思う)が、大統領選に出馬するとの噂が出回っていましたが、どうやら彼は19日正式に?立候補の意向を表明した模様です。

これは彼の政治プログラムの作成にあたっている男が、19日チュニスで発表したとのことで、その中でカッダーフィはすべてのリビア人に開かれていて、対話を通じて、リビア国家の再建を図っていく意向とした由。

確か彼は、革命後反カッダーフィ派の民兵にとらえられ、zintanaで拘留されていたが、その後何処かへ連行されたことになっていたかと思います。

また、彼についてはトリポリ裁判所が欠席裁判で死刑の判決を行い、その後トブルク政府が恩赦したかと思います。
さらに彼については、他のカッダーフィの息子どもや関係者とともに、国際刑事裁判所が、リビア革命の際の人道法違反(要するに人民の虐殺の罪か?)で、訴追していて、彼の引き渡しを求めていたが、現在でもその立場に変更はなかったと思います。

アラブの春直後には、中東の内外で、中東を揺るがした大動乱の責任は、当時の支配階級(カッダーフィを含めて大部分が、アラブ民族主義の生き残りやその系統)にあるとされていましたが、その後どの国でも長引く混乱とテロの拡大、経済情勢の悪化等から、幻滅が相次ぎ、旧支配階級に対する再評価(現状に比べたら、むしろ当時の独裁者の時代の方がましだった!)が進んでいるように思われますが、仮にseifu al islam が大統領に当選すれば、旧時代の正式な公式復活no1ということになりそうです。

勿論カッダーフィの息子が復活するか否かは今後の情勢次第ですが(確かカッダーフィは、その後継者としてはこの次男を考えていたと言われ、非常に有能で、カリスマ性も備えている模様)取り敢えずのところです。【3月20日 「中東の窓」】
******************

実力者ハフタル将軍もカダフィ時代の支配階級の一人ですから、カダフィの息子が大統領に出馬しても不思議ではないかも。

民兵組織が割拠するような現状を統一してくれるなら、カダフィの息子だろうが何だろうが・・・という気にもなります。
コメント

モロッコ  英明な国王夫妻のもとでの改革 それでも消えない人権問題・社会不安も

2018-01-08 22:36:00 | 北アフリカ

(モロッコの抗議運動リーダー、ゼフゼフィの逮捕に抗議して釈放を求める支持者たち(昨年6月)【2017年10月31日 Newsweek】)

サルマ妃のもとで進んだ女性の権利向上
先ほど夕食を食べながら何気にTVを観ていると、「世界プリンス・プリンセス物語」(NHK)という番組をやっていました。

“池上彰と有働由美子が世界の王室を探る”という番組ですが、その冒頭で北アフリカ・モロッコのサルマ妃を取り上げていました。

美貌と知性を併せ持った平民の女性が英明な国王と結婚し、女性の権利向上に大きな役割を果たしている・・・・という趣旨の番組内容でしたが、それは一定に事実のようです。

モロッコではイスラム社会にあって女性は“影の存在”でしたが、国王の妃の名前が公表されたのも、結婚式が公開されたのも、妃の顔が公にされたのもサルマ妃が最初のことでした。

****美と教養を併せ持つ世界の王妃(写真特集*****
モロッコ王室のラーラ・サルマ妃は国を変革させた人物だといえる。ムハンマド6世とサルマ妃が初めて出会ったのは1999年初頭で、当時サルマ妃はまだ大学生であった。

サルマ妃は皇太子であるムハンマド6世がプライベートで開いたパーティーに招かれ、ムハンマド6世はここで王妃に一目惚れする。その後二人は交際を始め、最終的にムハンマド6世がプロポーズした。

しかし、サルマ妃はすぐには受け入れず、皇太子にある条件を出した。それはなんと「王室の一夫多妻制を止め、自分一人だけを妻として娶ること」であった。【2014年4月28日 Japanese.CHINA.ORG.CN】
****************

2005.2.25放映の「NHKBS地球街角アングル」によれば、1957年制定の家族法では
・妻は保護者である夫に従うこと
 ・女性は結婚に際し男性家族の許可を得ること
 ・一夫多妻を認める
 ・夫は同意なく妻を離婚することができる
といった内容でしたが、ムハンマド6世とサルマ妃のもとで2004年2月に制定された新家族法では
・家庭における夫婦の責任を同等とする
 ・女性は自分自身で結婚を決めることができる
 ・結婚時に妻は夫に複数の妻を持たないよう求めることができる
 ・女性からも離婚を請求できる
 と、大幅に女性の権利が認められています。【「現代世界をどう捉えるか」より】

2004年1月には家庭裁判所が初めて創設されています。

ただ、2005年の上記番組では“新家族法は、まだまだ国民全体に根付いていないのが現状です。その原因の一つは、女性の教育の遅れです。”という現状も紹介されています。

それから10年以上が経過して状況は変わっているのでしょうが、女性に関してはまだまだ改善の必要があり、改善に向けた取り組みも行われていると思います。

****不当な刑法で身の危険にさらされる女性たち****
2012年3月、モロッコ人少女アミーナ・フィラリさん(16歳)は、自分を強かんした相手との結婚を強要されたため、殺鼠剤を飲み自殺した。

フィラリさんのような悲劇は、モロッコでは珍しいケースではない。刑法第475条によれば「強かん犯罪者は被害者と結婚するとその罪を免れる」と されているからだ。しかし、今回の悲劇的な死はモロッコ社会に大きな衝撃を与え、今年1月にはこの常軌を逸した条項の改正を強く訴える動きが起 こった。

アムネスティなどの人権団体はこれに賛同する一方、女性や少女たちを暴力や差別から守るには、第475条以外のいくつかの条項も改定する必要があると訴えた。(中略)

女性を守るには不十分な新憲法
モロッコは2011年7月、男女平等を保障する新憲法を採択した。しかしアムネスティは、女性や少女らを暴力や差別から守る上で、その条項は十分ではないと考えている。

女性の権利を保護する上で重要なのは、モロッコの法律が国際人権基準に合致しているかどうかである。単なる法律の改正だけでは不十分だ。女性が男 性と同等の権利を得ることができない社会では、法律だけでなく、社会に根差した考え方が女性差別に結びついている。

警察や司法当局は、女性や少女らが受けた暴力の申し立てに対してどのような点に配慮して対応すべきか、また、被害者のいわゆる名誉やモラルではなく、彼女たちの身をどう守るべきか。警察や司法当局の教育を抜本的な施策に入れるべきである。【2013年3月11日 アムネスティ国際ニュース】
*****************

上記事件を受けて、モロッコでは抗議運動が激化し、2014年に加害者の刑事免責を定めた条項が撤廃されています。

「強かん犯罪者は被害者と結婚するとその罪を免れる」というルールは、モロッコだけでなく中東・北アフリカのイスラム国家で多くみられますが、国内外の批判を受けて近年その改正が進んでいます。

****性暴行犯「結婚すれば赦免」、非難受け次々撤廃=中東各国****
中東や北アフリカのアラブ諸国で、性的暴行の加害者が被害者と結婚すれば罪を問われないと定めた旧態依然の法律の撤廃が相次いでいる。

人権団体から「暴行犯との結婚強要」と非難がやまず、こうした国々での女性の権利向上を阻害してきた。同様の規定が残る各国へさらに波及するか、期待が集まっている。
 
レバノンの首都ベイルートでは昨年12月、赤く染まる包帯を巻いたウエディングドレス姿の女性が街頭に繰り出した。男性が性的に暴行した女性と結婚した場合、一定の条件で男性を訴追停止とする刑法に反対するデモだった。
 
ある調査結果では、こうした「赦免」を知っていたレバノン国民はわずか1%で、6割が廃止に賛成した。国会は16日、こうした世論の後押しも受けて規定撤廃を承認。地元のNGOは「女性の尊厳の勝利だ。無理やり暴行した罪からはもはや逃れることはできない」と評価した。
 
同様の規定は、エジプトでは1999年に撤廃された。結婚を強要された16歳の少女が自殺し、法改正を求めるデモが起きたモロッコでも2014年には廃止された。
 
加害者と被害者の結婚では、暴行や虐待が一生続く危険もある。にもかかわらず、性的事件が公になって不都合を被りたくない一族の圧力を受けて結婚させられ泣き寝入りすることも少なくない。根深い因習に阻まれ、撤廃の動きは遅れていた。
 
7月にチュニジア、今月1日にはヨルダンの国会で撤廃が認められ、バーレーンでも見直しが進んでいる。国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウオッチによると、似たような赦免はイラクやクウェート、アルジェリアなどの中東・北アフリカに加え、中南米の一部やフィリピン、タジキスタンでも認められている。【2017年8月17日 時事】
*******************

王室は社会安定装置たりうるか?】
冒頭紹介した「世界プリンス・プリンセス物語」(NHK)では、池上彰氏が、多くの共和制の中東・北アフリカ諸国が「アラブの春」で混乱する中で、王制モロッコがその混乱を免れたことを取り上げ、王室の存在が社会安定に寄与しているのでは・・・といった趣旨の発言もありました。

共和制・大統領制国家では誰でもトップになれる権利を有しているため、多くの者が権力を目指し、あるいは軍が武力を背景にクーデターを起こし、社会が混乱することも・・・・。

モロッコやヨルダン、サウジアラビアなど王制国家が比較的安定しているのに対し、「アラブの春」を経験した多くの共和制国家が(比較的民主化が進んでいる、それ故に「アラブの春」のスタート国家にもなったチュニジアを除き)改革に失敗した・・・というのは事実ではありますが、それをもって王室・王制の社会安定効果を一般化していいかどうかは、慎重に判断すべきところです。

混乱を伴う民主主義よりは、英明君主による賢人政治や共産党一党支配の優位性を正当化する話にもつながってきます。(もちろん、池上氏もそこまでの趣旨ではなく、単に「アラブの春」の一側面として触れたにすぎませんが。ブータンが上からの改革で民主制を導入した際に、「今の王制で十分じゃないか」と反対する国民に、前国王が「今はりっぱな王様だからいいが、悪い王様になったら困るだろう」と説得した・・・という話も)

見方によっては、批判・混乱のないところからは前進も生まれないとも言えます。混乱は改革・前進のための陣痛のようなものかも。

「アラブの春」にしても今回は多くの国で失敗しましたが、これで終わった話でもなく、今後、第二・第三の「アラブの春」が形を変えながら繰り返されるのではないでしょうか。

モロッコでも改革を求める空気が
「アラブの春」は起きなかったモロッコですが、そうした改革を必要とする社会問題が無い訳ではなく、昨年末には一部不穏な空気もありました。

****アラブで高まる「第2の春」の予感****
<中東各国で強権支配が一段と強化されるなか、人々の怒りのマグマは再び煮えたぎっている>
アラブ世界で吹き荒れた民主化運動の嵐「アラブの春」の幕開けから6年余り。11年当時と比べ、アラブ人の生活はさらに耐え難いものになっている。

中東と北アフリカでは15~24歳の若年層が総人口に大きな割合を占めているが、失業は今も深刻で、若者は希望が持てない。しかも、この地域の政権は軒並み市民の政治的な発言を封じ込め、民衆の抗議に暴力で応じる姿勢を強めてきた。

アラブ諸国は「強権支配の罠」から逃れられないようだ。エジプト、サウジアラビア、さらにはモロッコでも、その病弊が表れている。

革命はしばしば裏切りに終わる。いい例がエジプトだ。アブデル・ファタハ・アル・シシ大統領の強権体質は、11年の騒乱で失脚したホスニ・ムバラク元大統領より始末が悪い。(中略)

サウジアラビアと同様、モロッコの王制も「アラブの春」の影響をほとんど受けなかった。国王モハメド6世が世論に耳を傾け、国王の権限を縮小する憲法改正と選挙の前倒し実施という賢明な対応を取ったからだ。

「上からの革命」が必要
そのモロッコが今、「アラブの春」前夜のチュニジアを彷彿させる危機に直面している。チュニジアで民主化運動が高まったきっかけは10年暮れ、露天商の若者が路上で野菜などの売り物を警官に没収され、抗議の焼身自殺をしたことだった。

モロッコでは昨年10月、魚売りのムハシン・フィクリが当局に押収された魚を取り戻そうとしてゴミ収集車の粉砕機に巻き込まれ、死亡する悲劇が起きた。

この事件が起きたのは、ベルベル人が多く住み、歴史的に抵抗の戦いで知られる北部のリフ地方。多くの住民が当局の仕打ちに怒り、抗議の波はすぐさま全域に広がった。

革命の機運が高まる時期には、無名の人物が民衆の指導者として頭角を現すもの。リフ地方では、39歳の失業中の男性ナセル・ゼフザフィがその役を担った。

彼はインターネットで公開された動画で、政府の腐敗とモロッコの「独裁体制」をベルベル語で痛烈に批判して逮捕された。ゼフザフィの演説は多くの人々を動かし、今年6月には首都ラバトで大規模な抗議デモが行われた。

国王はリフ地方の経済開発に力を入れる姿勢を見せており、国民の不満をくみ取る点では他のアラブ諸国に一歩先んじている。

実際、為政者が人々の声に耳を傾けて「上からの革命」に着手しなければ、はるかに激烈な「下からの革命」が荒れ狂うのは必然の成り行きだ。

若年層の怒りは荒れ狂う魔神のようなもの。魔法のランプから抜け出したが最後、補助金というアメをちらつかせても、弾圧というムチを振るっても、決して鎮められない。【2017年10月31日 Newsweek】
******************

こうした不穏な空気がその後どうなったのかは知りませんが、モロッコの抱える社会問題を伝える記事が年末にもう1件ありました。

****食料配給行事に数百人の女性殺到、15人死亡 モロッコ**** 
モロッコ西部沿岸の観光都市エッサウィラ近郊で19日、食料の配給に大勢が殺到し、女性少なくとも15人が死亡、5人が負傷した。当局と目撃者らが明らかにした。
 
事故が起きたのは、エッサウィラから約60キロのシディブラアラム。最大都市カサブランカ在住で同域出身の著名な慈善活動家が毎年行っている、小麦粉の配給行事だった。
 
ある目撃者がAFPに語ったところによると、会場には数百人の女性が殺到していたという。やはり現場に居合わせた医師は、死者は全員女性で負傷者は10人、うち2人が重体だとしている。
 
活動家らが運営するフェイスブック上の「エッサウィラ・オンラインTV」に投稿された画像には、市場が設けられた広場に集まった大勢の人々に交じって、遺体が地面に横たわっている様子が捉えられていた。
 
キャプションには、「飢餓のせいで数十人の貧しい人々が犠牲になった」「この悲劇は…議員らと当局者らの恥だ」と記されている。【11月20日 AFP】
********************

国王の動静を伝えるニュースとしては・・・

****国王令の下、国を挙げて雨乞い モロッコ****
農業の盛んなモロッコで24日、国王令の下、国内全土にわたってモスクで雨乞いの祈りがささげられた。映像はサレ(Sale)のモスクや、コーラン学校の生徒ら。【11月25日 AFP】
***************

もちろん、雨ごい以外にも取り組むべき課題は多いなか、国王は雨ごいだけを取り仕切っている訳でないでしょう。

懸念されるモロッコの人権問題
ただ、モロッコの人権・民主化については、懸念される話もいくつかあります。

****市民記者用アプリの指導でジャーナリストらを起訴****
市民ジャーナリストにスマホで記事を発信できるアプリの使い方を指導したとして、ジャーナリストや活動家ら7人が、起訴され、裁判にかけられた。この裁判をきっかけに、今後表現の自由が制限される危険性がある。

7人は、市民が記事を発信することができるスマホアプリの講座を開催した。

この裁判は、モロッコが報道の自由を守るのか制限するのか、重大な試金石となる。ジャーナリストや市民が自由に情報発信することが、国家の治安を脅かすとして起訴され、投獄される可能性がある。非常に気がかりだ。(後略)【2016年7月 1日 アムネスティ国際ニュース】
*******************

下記は、前出【2017年10月31日 Newsweek】でも取り上げられている、リフ地方の政府に対する抗議行動に関するものです。

****抗議参加者らを多数逮捕****
モロッコ北部のリーフ地方でこの数カ月、地域の住民サービスの改善を求める抗議行動が続く中、5月末、当局は抗議参加者、活動家、ブロガーらを大量に逮捕した。

リーフ地方では、抗議行動を率いるナセル・ゼフザフィさんが5月26日に、抗議に反対する発言をした聖職者を批判したことをきっかけに、抗議行動が相次いでいた。批判する様子を撮った動画がソーシャルメディアで流された数日後、ゼフザフィさんは逮捕された。

5月26日から31日にかけて、複数の町で抗議活動があり、少なくとも71人が逮捕された。治安部隊はデモ隊に対して、時に放水銃や催涙ガスを使った。参加者の中には、投石する人もいた。双方に負傷者が出たようだった。

逮捕された人たちの中には、平和的に抗議する人やソーシャルメディアでこの様子を伝えようとするブロガーもいた。

現在は少なくとも33人が起訴され、裁判を待っている。容疑には、公務執行中の職員に対する暴力、侮辱、投石、反乱、また無許可での集会もあった。

勾留中の26人に、釈放は認められなかった。また、裁判は6月6日に延期された。彼らはアルホセイマの刑務所に拘束されている。(後略)【2017年6月14日 アムネスティ国際ニュース】
*******************

西サハラ問題再燃の不安も
あと、モロッコが抱えるもうひとつの大きな問題は西サハラの分離独立問題です。

****西サハラで再び緊張、国連事務総長が「深く懸念****
国連(UN)のアントニオ・グテレス事務総長は、モロッコと地元武装組織の双方が領有権を主張する西サハラの緩衝地帯で再び緊張が高まっていることに「深く懸念している」と表明した。グテレス事務総長の報道官が6日発表した。
 
モロッコは、西サハラ南部のモーリタニア国境に近いゲルゲラット地区に設けられた緩衝地帯にアルジェリアの支援を受けた武装組織「ポリサリオ戦線(Polisario Front)」が繰り返し侵入していると非難している。
 
グテレス事務総長は6日の声明の中で、問題の当事者らに対し「最大限の自制」をもって緊張の増大を回避するよう求めた。
 
昨年ポリサリオ戦線がゲルゲラットに侵入した際は国連が介入しモロッコとポリサリオ戦線の双方を撤退させていた。

国連のホルスト・ケーラー西サハラ特使が数十年におよぶモロッコとポリサリオ戦線間の対立を終結させる和平交渉の再会に向けて尽力している。【1月7日 AFP】
*****************

英明なムハンマド6世とサルマ妃が、こうした問題にも賢明に対処されることを期待します。
コメント

エジプト・シシ政権  経済再生のため、痛みを伴う補助金削減の賭けに 批判勢力は力で封じ込め

2017-08-24 22:23:45 | 北アフリカ

(食料品価格が上昇するなかで、主食であるエジプトパン「アエーシ」は、販売所では20枚1ポンド(約6.2円)でずっと変わらずに売られています。補助金によって小麦粉価格より低く抑えることで、人々の不満をかろうじて抑えていますが、財政的に大きな負担ともなっています。「アエーシ」に手をつけると、不満が爆発する危険も。
画像は【5月6日 東洋経済online「ルポ・エジプト、自由とパンと治安のゆくえ」】)

アメリカ・トランプ政権も援助停止を継続
エジプト・シシ政権に対して、アメリカ・オバマ前大統領は、その人権弾圧姿勢を問題視して軍事援助を停止していました。

人権問題には関心がないトランプ政権に代わって、エジプト支援が復活するのかと思っていましたが、そうでもないようです。

****対エジプト援助の停止(米国****
米政府はオバマ政権時代、エジプトの人権抑圧を理由に度々、その軍事援助等を停止しては、両国間の摩擦の種となっていましたが、トランプはそのような「面倒なことは言わずに」援助をすると予測されていましたが、al qods al arabi net とal arabiya net はトランプ政権が2億9000万ドルの援助を停止したと報じています。

それによると、これは米政府の複数の筋が22日明らかにしたところの由。

それによると、米は9570万ドルの軍事援助を中止し、その他の1億9500万ドルの援助を凍結した由。

米政府筋によると、この措置はエジプトとの治安協力を維持しながら、エジプトの民主化努力の欠如と人権侵害問題に対する、トランプ政権の問題視を示している由。

人権問題では、特に民間協会[NGOのことか?]に関する新法律が、人権、貧困救済等に当たる団体の活動を大幅に制限するとして問題視されていて、トランプ政権が注意喚起し、シーシも実施は見合わせると約していたが、実施されることになったことにトランプも困惑している由。(後略)【8月23日 「中東の窓」】
*********************

上記記事では、トランプ大統領本人はともかく、アメリカ国務省がやはりシシ政権の姿勢を問題視しているのか・・・とも。

来年の大統領選挙を控え、野党候補者潰しを強行するシシ政権
エジプトでは来年に大統領選挙を控えて、シシ大統領による候補者潰しなど、強権的姿勢が続いていると報じられています。

****シシ独裁に抗う人権派の戦い****
当局は来年の大統領選をにらみ弾圧を強化 それでも人権派弁護士は抵抗し続ける

ハレド・アリはエジプトの著名な人権派弁護士。(中略)
 
エジプト当局は5月、「公序良俗違反」容疑でアリを逮捕した。カイロの裁判所の外で下品な手のしぐさをした、というのが逮捕理由だ。
 
アリが問題のしぐさをしたのは、アブデル・ファタハ・アル・シシ大統領の率いる政府に対して提起した訴訟で勝訴した今年1月。

エジプト政府は紅海に浮かぶ2つの島の領有権をサウジアラビアに譲ることで合意していたが、最高行政裁判所は
それを無効とする判決を下した。
 
多くの国民はこの合意について、シシはサウジアラビアからの巨額の援助や投資と引き換えに島を売り渡したと考えている。

エジプトの法律はデモを厳しく制限しているが、昨年に合意が発表されると、珍しく人々は街頭で抗議行動に訴えた。
 
アリはこの日の裁判で勝ったものの、最終的には敗北を喫した。シシは司法の判断を無視して議会で審議を進め、議会は先月(6月)中旬に合意を承認した。
 
アリは逮捕の理由について、現体制に公然と挑戦したためだと主張する。この訴訟に加え、2月には次期大統領選への立候補を検討中だと発表していた。
 
国際人権団体アムネスティ・インターナショナルから「不合理」だと批判されたアリの逮捕は、潜在的な政敵を根絶しようとするシシの姿勢を象徴する事件になった。

「逮捕に正当な理由はない。私を脅すのが目的だ」と、アリは本誌に言った。
アリは脅しに屈する気はない。来年の大統領選についても、まだ出馬の可能性を模索している。

だが、現体制への挑戦は決して許さないというシシの決意は固そうだ。4月以来、アリが創設した左翼政党「パンと自由党」など少なくとも5つの野党と若者グループの活動家約50人が逮捕されている。(中略)
 
(中略)結局、一晩拘束された後に釈放。今は裁判を待っている。有罪なら禁鋼刑もあり得るという。
有罪判決が出るのは確実だと、アリは本誌に言った。そうなれば、大統領選への出馬は法的に不可能になる(本誌はこの件でエジプト内務省に問い合わせたが、返答はなかった)。

アメリカの関心は薄い
逮捕に怯えるエジプト人は多い。他の野党関係者は、報復の恐れがあるため大統領選の候補者擁立を進められないと語る。

「シシは野党から強力な対立候補が出るのを妨害している」と、立憲党のハレドーダウド党首は言う。同党のメンバーは大統領侮辱罪などの容疑で何人も逮捕されている。
 
若者は逮捕への恐れから立憲党への参加をためらっていると、ダウトは言う。資金面も厳しい。「党員の多くが日常的に逮捕されるのを見て、わが党に献金しようと思う実業家などいるはずがない」
 
一方、シシ政権は別の形の不満表明に対する締め付けも強化している。4月末には、最高裁を含む上級裁判所の首席判事の任命権を大統領に付与する法改正を実施した。専門家によれば、政権に批判的な2人の判事の昇進を阻止するのが目的だ。
 
5月からはカタールの衛星テレビ局アルジャジーラやエジプト有数の独立系ニュースサイト「マダマスル」など、少なくとも100のウェブサイトヘのアクセス遮断を開始した。

同じ月には、国際人権団体ヒユーマン・ライツ・ウォッチが批判するなか、「多くのNGOの活動を違法化し、独立した役割を失わせる」新法が制定された。
 
シシは13年、民主的に選ばれたエジプト初の大統領ムハンマド・モルシを軍事クーデターで追放した直後から、既に反対派の弾圧に手を染めていた。翌年の大統領就任以来、これまでに逮捕または起訴した政治犯は約4万人。

政府に対する抗議行動を事実上禁止し、活動家から移動の自由を奪い、体制に協力的ではない裁判官を追放してきた。
 
今ではシシの権力に挑もうとする勢力はほとんどない。なのになぜ、反体制派つぶしにこれほど躍起になるのか。
一部のアナリストによれば、経済運営と治安対策をめぐる世論の批判に対し、過度に神経質になっているためだ。

テロ組織ISIS(自称イスラム国)は昨年12月以来、キリスト教の一派コプト敦の信者に対する攻撃を4回起こしている。
 
紅海の2島に関するサウジアラビアとの合意を理由に挙げる向きもある。議会がこの不人気な合意を承認するかどうかの採決に入る前に、反対派を黙らせておきたかったというわけだ。

それでも支配層の内部では、シシヘの支持は依然として強く、本人も周囲も権力の危機とは考えていないと、米シンクタンク大西洋協議会のH・A・ヘリヤー客員上級研究員は言う。
 
ドナルド・トランプ米大統領との良好に見える関係も、シシを大胆にさせている。5月にサウジアラビアの首都リヤドで行われたアラブ諸国指導者との会議に出席したトランプは、エジプト訪問を約束。さらにシシの礼装用の靴を褒めてみせた。
 
「アメリカの政権交代は、シシヘの国際的な圧力はあまり強くならないというシグナルとなった」と、ヘリヤーは指摘する。

もっともトランプ政権誕生前から、アメリカはシシに強い圧力をかけていなかった。「オバマ前米政権は実際の政策レベルでは、エジプトの統治の改善にあまり熱心ではなかった」
 
人権派弁護士のアリにとって、現状の見通しは必ずしも明るいものではない。それでも、戦いをやめるつもりはない。「体制側や当局側か全ての戦いに勝つことはあり得ない」と、アリは言う。しかし今のところは、戦況は体制側が圧倒的に優位に見える。【7月18日号 Newsweek日本語版】
********************

痛みとリスクを伴う補助金削減へ 「成果が出るまで待つ余裕があるだろうか」】
モルシ前政権時代の混乱や「アラブの春」による中東各国の混乱を目にして、エジプト国民は社会安定のためにシシ政権の強権姿勢を一定に容認しているようにも思えますが、不満の火種としては治安問題と経済問題でしょう。

治安については、上記記事にもあるISによるコプト教徒を対象にしたテロほか、7月14日にはカイロ南方バドラシンで、バイクに乗った3人組が警察車両に発砲し、内務省によると警官ら5人が死亡した事件も起きています。

低迷を続ける経済状況は深刻で、政権に対して極めて大きな脅威とないます。
シシ大統領は経済打開のため、政策論としては本筋ではあるものの、国民の大きな反発をまねきかねない食料・燃料補助金の削減という荒療治に着手しています。

****エジプト大統領が踏み切った危険な賭け****
経済再生のため数十年続いた食料・燃料補助金を削減、ショック療法は成功するのか

エジプトのアブデル・ファタ・シシ大統領は、2011年の同国の民主化革命以降、失速を続ける国内経済を救うために、前任者たちが誰も踏み切らなかった食料・燃料補助金の削減という危険な賭けに出た。補助金は長らく無駄と汚職の温床となっていた。
 
エジプトポンドの急落と相まって、この「ショック療法」がアラブ世界で最も人口の多いこの国を揺るがしている。燃料価格は6月に50%上昇。調理用ガスは2倍に上昇し、年間インフレ率は30%を超えている。
 
貯蓄が減り、消費者の購買力が低下する中、シシ大統領は、景気低迷によって再び民主化要求運動「アラブの春」のような反政府デモが頻発する前に、雇用創出や外国からの投資、経済成長といった期待される成果が表れることに賭けている。
 
緊縮財政が社会に与える影響を懸念している政府支持派のオサマ・ヘイカル議員は「貧しい人々は本当に苦しんでおり、中間層が貧困化している」と述べた。
 
補助金削減は、国際通貨基金(IMF)がエジプトの経済安定化を支援するために120億ドルを融資した際に付けた条件の1つだ。
 
食料・燃料補助金は、今回の削減後でも年間110億ドル余りと、エジプトの18会計年度(17年7月~18年6月)の予算の18%を占める。

だが、補助金は経済成長の阻害要因の1つにすぎない。エジプトでは労働法のために従業員を解雇するのがほぼ不可能で、司法当局は信頼できず、官僚制度が創意工夫を妨げている。また、軍が生産を行い、経済を実質的に運営していることが事態を悪化させている。
 
エジプトの元外相で、現在はカイロのアメリカン大学の教授を務めるナビール・ファハミ氏は、補助金削減はエジプト経済のひずみを是正するが、痛みとリスクを伴うと指摘。「問題は十分な見返りが得られるかどうかだ。成果が出るまで待つ余裕があるだろうか」と述べた。 
 
エジプト政府は、電力・輸送インフラに投資しているほか、起業や工場開設、起業のための土地取得をしやすくする計画を推し進めている。一方で、かつて国防相だったシシ大統領は、国内経済に対する軍の影響力を一段と強化している。

シシ大統領は、エジプト初の自由選挙で選ばれたムスリム同胞団のムハンマド・モルシ大統領を13年に解任・投獄してから、政治的な敵対勢力と組織的な抗議活動をほとんど排除している。
 
エジプトの報道機関は自由に報道できなくなり、ここ数カ月は独立系ウェブサイトへのアクセスも遮断されている。新たな法律が非政府組織の活動を妨げ、民衆の不満がどれほど高まっているかを分からなくしている。

政府はこうした規制について、テロや過激派と戦うために必要と説明したが、人権擁護団体などはこれに反発している。

配給のパン
イスラム穏健派政治家のアブドルモネイム・アブールフトゥーフ氏は「現在の安定は爆発寸前の火山のようなものだ。いつ爆発するかは誰も予測できない」と述べた。同氏は12年のエジプト大統領選挙の1回目の投票で17%の票を獲得した。
 
アブールフトゥーフ氏は「もし爆発しても、11年のような中間層が起こす革命にはならないだろう。現在の状況下ではカオスに陥ると思う。そしてエジプト中にカオスが広がれば、エジプト人だけでなく、中東地域全体、さらに欧米にとっても脅威になるだろう」と語った。
 
エジプトでは毎日、0.02ドルに満たない価格で5個のパンを買うために、数百万人が政府系のパン屋に列を成す。食料補助金は第2次世界大戦中に配給の一環として始まり、今は同国の一般世帯の約80%に支給されている。
 
また、エジプト各地の農家はディーゼル油を燃料とする給水ポンプで水をくんで作物を育てているが、ディーゼル油価格が6月に55%上昇したにもかかわらず、小売価格は1ガロン=0.77ドルと、米国の3分の1もしない。
 
政府当局者によると、この補助金制度は数十年の間に腐敗している。補助金を受けている食料・燃料・ガスを当局者がエジプトの国内外で不正転売しているためだ。
 
エジプトのタレク・カビル貿易・産業相は、向こう3~5年で補助金支給を打ち切ることを目指しているとし、「やるべきことは補助金を完全に廃止することだが、40年にわたる問題を1日で解決することはできず、今すぐに廃止することはできない」と述べた。
 
エジプト政府は、食料・燃料補助金の代わりに必要に応じて現金を支給し、さらに最低賃金と年金額を引き上げている。
 
カビル氏は「全国民に補助金を一律に支給することはできない。中には補助金を必要としない人もいる」とした上で、補助金制度の合理化によって、医療、教育、産業界の成長への支出を増やせるとの見方を示した。

経済改革か、それとも
だがこれはエジプトの一般市民には受け入れがたい。カイロのマーディ地区の政府系パン屋の外で列に並んでいた元公務員のサイード・モハメド・サイードさんは不満をまくし立て始め、他の人もうなずいていた。
 
サイードさんは、最近年金が月額100エジプトポンド(約5.63ドル)増えたが、物価上昇分を考えれば無意味だと批判。「こうした状況にあとどれくらい耐えられるか分からない。ありとあらゆるものの価格が急上昇している。それと引き換えにわれわれは何を得ているか。何もない」とぶちまけた。
 
カイロの貧しいエリア、シューブラ地区では2人の子供の母親であるファトマ・ハッサンさん(35)が政府への怒りを訴える。

ハッサンさんの家族の月収は4500エジプトポンド前後で、1年前には生活に余裕があったが、いまでは生きていくのがやっとだという。最近行われた調理用ガスと油、砂糖の値上げが特にこたえたと話す。「どうしていいかわからない。銀行強盗でもするべきか」
 
それでも、「アラブの春」以降にエジプトやその他の国々を襲った混乱は、シシ大統領の経済改革を受け入れやすいものにしている。

2011年のエジプト民主化革命後に経済のメルトダウンや法と秩序の崩壊を目にした多くのエジプト人は、改革による耐乏生活にもかかわらず、今のところ反政府デモには訴えていない。6月に行われた最新の補助金削減でも抗議行動はあまり行われなかった。
 
「人々は経済危機と生活費の上昇にひどく苦しんでいる」とサラフィー主義政党「ヌール党(光の党)」の党首ユーニス・マフユーン氏は話す。「しかし人々はシリアやリビア、イラクなど、近隣諸国の経験も見ている。そしてエジプトが同様の運命をたどることを恐れている」【8月9日 WSJ】
****************

どこの国でも、補助金政策はアヘンのように経済・国民を依存体質にしてしまいますので、そこからの脱却は厳しい“禁断症状”を伴います。

エジプトでも、サダト大統領の時代から政府がパンの料金を上げようとして暴動が発生することもありました。
シシ政権下でも、値上げの噂が広まったことで政府への抗議デモが昨年来報じられています。

シシ大統領が補助金削減という危険な賭けに出たのは、経済状況悪化がそれほど差し迫った問題となっているためでしょう。また、不満・反発は力で抑えられるとの自信もあってのことでしょう。

もっとも、選挙となると“パンの恨み”が政権批判票となって噴出する可能性がありますので、前出のような対抗馬・候補者潰しに躍起になっている・・・ということのようです。
コメント