孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

イラク  “民主主義国家”新生イラクに向けて

2008-07-27 13:54:50 | 国際情勢

(「馬鹿にしないでよ!」と言わんばかりにちょっと険しい表情のクルド人少女 東洋人の目にクルドもアラブもその違いはよくわかりませんが。 “flickr”より By James Gordon
http://www.flickr.com/photos/jamesdale10/1950164657/)

【「マフディ軍」掃討作戦の成果】
このブログでは思いつきでその時々の話題を気ままに取り上げていますが、イラクを話題に取り上げることが少なくなりました。
一言で言えば、それだけ落ち着いているということでしょう。
いまや、米軍と北大西洋条約機構(NATO)軍の死者合計も、2カ月連続でアフガニスタンがイラクを上回る状況で、アメリカの関心もアフガニスタンに重心を移しつつあります。
そんなイラク関連で目にしたのが次の記事。

****イラク:シーア派民兵の影響力低下 ヘジャブ脱ぐ女性も***
バグダッドで市民に恐れられてきた対米強硬派のイスラム教シーア派「サドル師派」の民兵組織「マフディ軍」の存在感が低下している。スンニ派住民に暗殺の恐怖を植え付け、シーア派住民には厳格な宗教態度を押しつけてきたマフディ軍だが、イラク政府の摘発強化が功を奏した形だ。繁華街や大学では、同軍が強要してきたへジャブ(頭髪を隠すスカーフ)を脱ぎ捨てる女性の姿も目立ち始めている。
 シーア派地区のムスタンシリア大学では、構内を埋め尽くしていたサドル師派指導者、ムクタダ・サドル師のポスターが一掃され、マフディ軍の牙城だった学生自治会も解散に追い込まれた。
 女子学生のヤスミンさん(22)は「4月末以降、状況は劇的に変わった」と説明し、「もうへジャブをかぶらないで通学できる」と声を弾ませる。7月に催された卒業パーティーではダンス音楽も流され、「過激派(マフディ軍)におびえずに済むパーティーは(イラク戦後)5年間で初めてだった」という。
 同大のシャヤル総務部長(45)は「ようやく政府に実行力が伴い始めた」と指摘。同氏によると、学内の状況好転を反映し、近隣諸国に避難した教授らからの復職願が急増しており、ヨルダンからの31件をはじめ、近隣諸国からの問い合わせは6月末までに計92件に上る。
 シーア派地区の繁華街カラダ地区でも、これまで爆破や暗殺の対象とされてきたCD店やDVD店が急増中だ。民兵組織や武装勢力による強奪のリスク減少を反映し、新車を購入する市民も増えている。
 ただ、6月の民間人死者数は戦後最少レベルといえども、依然として全土で448人(AP通信)を数え、バグダッドでも爆発テロが散発している。東部のサドルシティーの多くの壁には「いずれ戻ってくる」と、マフディ軍によるとみられるスローガンが大書され、市民は慎重に治安状況の推移を見守っている。
 また、治安面とは対照的に、電力や水道供給などの行政サービスは壊滅状態。治安改善が政府の信頼回復につながっているとは言い難い状況だ。【7月26日 毎日】
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女子学生の発言にある“4月末以降”というのは、言うまでもなく、マリキ政権によるシーア派「サドル師派」の民兵組織「マフディ軍」掃討作戦が実行された時期です。
この掃討作戦はマリキ首相が陣頭指揮にたって3月末に開始され、一旦終息したかに見えましたが、すぐに再燃、米軍を巻き込んでサドルシティーを中心に戦われましたが、5月10日にサドル師側からイラク政府と停戦に合意したと発表がなされました。

このあたりの経緯は
6月9日「米軍死亡者は5月最少の19人、しかし・・・」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20080609
4月4日「マフディ軍掃討がもたらしたもの」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20080404
で取り上げてきました。

当時の評価は、この“無理な”作戦で、結局マリキ政権は求心力を失い、サドル師側の存在感が逆に強まったというものでした。
しかし、上記記事によればそれは誤った見方だったようです。
掃討作戦の結果、マフディ軍の勢力は大幅に削がれたようです。
それが現在のイラクの落ち着きに結びついているとのことです。

【新生イラク 強気のマリキ首相】
こうした流れの背景にあるのは、やはり米軍増派の成果ではないか・・・ということで、産経が“他者の行動を「悪」「誤り」そして「失敗」と断じて激しく反対し、その中止を求めたのに、その行動は前進し、意外にも「善」とか「成功」の様相を呈してくる。いまさら「成功」を認めるわけにもいかず、みてみないふりをする-。”“ブッシュ政権の米軍増派がイラクの治安の改善と民主化の進展に顕著な成果をもたらしたことはもうどうにも否定できなくなった。その新しい現実は米国の大統領選だけでなく対外戦略全般を変え、中東情勢にも大きな変化をもたらすかにもみえる。”と論じています。

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激動の危険を秘める中東のイラクという枢要地域に親米の民主主義国家が生まれるという可能性も、米国にとってはいまや非現実的ではなくなってきた。もしそうなれば、米国も中東政策から国際テロ対策、対外戦略全般までを前向きに大幅修正することとなる。核武装へと向かうイランに対しても新生イラクは頼りになる防波堤となる。【7月26日 産経】
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マリキ首相はこの展開に強気になっているようで、イラクにおける米軍の「地位協定」に関し、イラク政府への治安権限移譲、米軍戦闘部隊の削減-などの目標に向けて“日程協議を進めること”で、「日程的な展望」を明示したくないアメリカと合意したそうです。

また、イラク軍とイラク警察当局は、中部ディヤラ州で8月1日から、国際テロ組織アルカイダ戦闘員や武装勢力に対する、約3万人を動員した大規模な掃討作戦を行うと発表しています。

確かに“アメリカ・ブッシュ政権の誤ったイラク政策によってもたらされたイラク混乱”というイメージが強いため、そのような観点から物事を見てしまいがちなところはあるでしょう。
イラクに“民主主義国家”が生まれるのであれば、それは喜ばしいことです。
ただ、ここに至るまで払われた、また、今なお生じている多大のイラク人犠牲は、“結果オーライ”で片付けられるものではないように思われます。

【厄介なクルド問題】
今後の事態は当然ながら流動的で、“民主主義国家”成立が順調に進むのかどうかは判然としません。
恐らくアルカイダ勢力を支持しているイラク人はそう多くないと思われますので、この勢力一掃はある程度可能でしょう。
シーア派とスンニ派間の対立は厄介ではありますが、シーア派内部でも激しく争っているように単なる宗教対立ではありませんから、逆に言えば何らかの利害調整の余地がある問題のように思えます。

一番厄介なのはクルド人の問題ではないでしょうか?
ユーゴスラビアが崩壊したように、あの中国共産党ですらチベット・ウイグル問題で手を焼いているように、民族問題を押さえ込むのは非常に困難です。
コソボのように“民族自決”が世界の潮流となっているなかで、民主的に多民族共存を実現するのも至難の業です。

****地方選挙法案に大統領が拒否権 年内実施困難に****
イラクのタラバニ大統領(クルド人)は23日、イラク連邦議会が22日に承認した地方選挙法案について「拒否権」を発動、議会に同法案の再審議を要請した。北部の石油都市キルクークでの影響力拡大を狙うクルド人勢力が同法案に反発しているためで、今年10月に予定されていた地方選の年内実施は困難な情勢となった。
クルド人勢力は、キルクークのクルド地域への編入を切望しており、同市を含むタミム県のクルド地域への帰属を問う住民投票を憲法の規定に沿って実施すべきだと求め続けている。
地方選挙法案ではタミム県での選挙を例外扱いとし、クルド人とアラブ人、トルクメン人に10議席ずつ、キリスト教徒に2議席を分配する方式を取ることとした。だがクルド人は現在、県議会の圧倒的多数を占め、クルド人勢力は法案に強硬に反発していた。
米ブッシュ政権は、地方選挙をイラクの国民融和の成果と位置付け、年内に実施するよう求めている。【7月24日 毎日】
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クルド人が多数を占めるこの地で憲法に規定する住民投票を行えば、キルクークのクルド地域への編入、更にはクルド人自治区の独立性強化の方向に向かうと思われ、アラブ人・中央政府との対立が激化します。
国内にクルド問題を抱える隣国トルコ、更にイランもこの問題の推移を注視しており、混乱が生じれば介入の事態も考えられます。

アメリカの本格的な撤退はこの問題に展望が開けてからにしないと・・・という感ありますが、米軍がいつまでも駐留できる訳でもないので(マケイン候補は以前“百年でも”と言っていましたが)、結局は自分達で決着をつけないとどうにもならないのかな・・・とも。

コメント
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