孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

新興国通貨危機  思慮を欠く経済政策のトルコ リベラルな改革路線を進めるアルゼンチン

2018-08-31 23:04:19 | 国際情勢


(アルゼンチン IMFの「口出し」に反発する市民【9月4日号 Newsweek日本語版】

“アルゼンチンではIMFは広く嫌われている。IMFが融資を打ち切り、金融支援も拒否した後に起こった2001年の経済危機も、IMFの責任とされた。(中略)アルゼンチン政府は2001年に債務不履行に陥り、銀行システムも大きくまひした。

これがアルゼンチン国民に与えた影響は甚大で、多くの国民が、豊かさがあっという間に消失するのを目撃した。2001年の経済危機を経験した人々は、政府による規制の復活とそれによる銀行の操業停止を恐れている。”【8月30日 BBC】)

保護主義の高まりや米中貿易戦争など新たな環境で「危機の伝染」は起きるか?】
現在、トルコ・リラやアルゼンチン・ペソなどが急落する、新興国の通貨危機が進行していることは周知のところです。

****通貨危機ドミノの恐れ トルコショック引き金 アルゼンチン、ブラジル、ロシア…軒並み下落 ****
新興国の通貨安が止まらない。直近の契機となったのはトランプ米政権が今月10日に表明したトルコに対する制裁関税方針でリラが2割も急落した「トルコショック」。

アルゼンチンペソも年初から対ドルで4割下落するなど、新興国の通貨危機がドミノ倒しのように連鎖する恐れが高まっている。

1997年のアジア通貨危機を経験した韓国経済も不安視されており、米国発・新興国経由の世界経済減速も現実味を帯び始めた。

軒並み下落
「国際情勢と国内物価上昇を踏まえ、緊急会合で利上げを決めた」
アルゼンチンの中央銀行は13日、政策金利を5%上げ、45%にすると発表した。5月に政策金利を40%にしたばかりのアルゼンチンが改めて利上げに追い込まれたのは、トルコショックでペソが急落したからだ。

好景気の米国でさえ政策金利が1.75~2.0%であることを踏まえれば際だった高金利だが、ペソは史上最安値の水準が続く。
 
新興国通貨ではブラジルレアル、ロシアルーブルなども軒並み下落。世耕弘成経済産業相は15日の記者会見で「影響を注視する」と話し、日本を含む世界経済への余波を警戒した。

FRB利上げも影響
トルコショックの契機はトルコ在住の米国人牧師の拘束をめぐり、トランプ米政権がトルコの鉄鋼への追加関税を打ち出したことだ。

トルコのエルドアン大統領は米電化製品の不買運動を呼び掛けるなど徹底抗戦の構えで、両国の経済関係悪化などへの不安がリラ売りを呼んでいる。
 
新興国通貨安の要因では米連邦準備制度理事会(FRB)が利上げを進めていることも大きい。今後も利上げが見込まれる中、新興国通貨売り・ドル買いの動きの加速が予想される。(中略)

外貨建て債務の重み
新興国経済の懸念材料のひとつとして挙げられるのはドルなど外貨建ての債務の大きさだ。通貨が売られている国はいずれも外貨建て債務が多く、自国通貨が下落すれば、返済時により多くの自国通貨を持ち出さなければならない。
 
トルコでは対外債務の7割が民間に集中し、返済負担増加は企業収益を悪化させる。トルコ企業にはスペイン、イタリアなどの銀行が融資しており、焦げ付けば金融システム不安を招くとみる投資家も多い。

アジアではやはり外貨建て債務が多い韓国に不安が波及する懸念もささやかれる。
 
大和総研の児玉卓経済調査部長は「同時に成長してきた世界経済は今年(新興国という)周辺部分が崩れ始めた。来年か再来年、(先進国を含め)足並みをそろえて減速するかもしれない」と警告している。【8月26日 SankeiBiz】
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新興国の通貨危機はこれまでも繰り返されてきたところで、今回の現象はこれまでと、同じなのか、違うのか?

****新興国は新しい危機の時代へ****
ホセ・アントニオ・オカンポ(コロンビア元財務相)

トルコのリラ急落は新興国全体に激及するのか
この10年で『危機の常識』は変わり、保護主義のリスクもかつてなく高まっている


新興国は危機には慣れっこだ。これまで何度も同じ新パターンを繰り返し往々にして壊滅的な結果を招いてきた。しかし、そのパターンはもはや過去のものかもしれない。
 
ここ数十年、新興国はマネーがどっと流れ込む時期と、流人が減る、もしくは流出に転じる時期を周期的に繰り返してきた。

外国資本が大量に流人する時期には、経常収支、財政、民間部門の赤字が拡大する。国内の投資の活
発化も赤字拡大に拍車を掛ける。
 
だがやがて債務の膨張で信用が低下、資本の流人に突然ストップがかかる。それにより国際収支・財政・金融の3
つの危機が発生する。

次いで「危機の伝染」と呼ばれる現象が起きる。投資家がリスク回避に走り、危機が発生した国ばかりか他の国々からも資金を引き揚げ始めるのだ。その結果、危機は国境を越えて地域全体、さらには新興国全体に広がる。
 
1980年代に中南米で起きた現象がまさにそれだ。82年にメキシコが対外債務の返済繰り延べを申請したことに端を発した危機が連鎖的に広がった。
 
90年代にはアジアでも危機の連鎖が起きた。発端は97年7月のタイの通貨パーツの暴落。危機はすぐさま地域全体に波及し、さらに98年8月にはロシアが民間の対外債務の一時的な支払い停止を宣言するに至った。

08年の危機は少し事情が異なる。発端は同年9月の米証券大手リーマンーブラザーズの経営破綻。つまり先進国発の危機だった。当初は新興国もあおりを食らったが、わずか1年で風向きが変わる。先進国が金融緩和に踏み切ったため、だぶついたマネーが新興国にどっと流人し始めたのだ。
 
この大量流入が新興国の新たな危機のタネをまいたのではないか・・・・これはいま盛んに論じられている問題だが、間もなく答えが出るかもしれない。
 
過去の教訓から言えば、1つの国が倒れれば、後はドミノ倒しで危機が広がる。今はトルコが1つ目の牌だろう。
 
トルコの通貨リラは8月中旬に急落した。南アフリカとアルゼンチンの通貨も大幅に下落。中南米のその他の国々、チェコ、ポーランド、ロシア、インドや中国などアジア諸国の通貨にも影響は及び、危機発生時に特徴的な現象としてリスクプレミアム(危険資産の期待収益率と安全資産の収益率の差)は拡大し、株価は下落した。
 
この危機が新興国全体に「伝染」するかは予断を許さない。経済分測は外れるのが常とはいえ、過去のパターンが通用しそうにない今は特に先行き不透明だ。8月8~15日の最悪の局面でアルゼンチン、南ア、トルコの通貨の対ドル相場は8~14%下落したが、他の新興国の通貨下落は4%以下だった。
 
この事実から、今回はこれまでほど急速には危機が広がらず、新興国への外資流人が軒並み急停止する心配はさはどないようにも思える。

最大の痛手を受けた国々でさえ、通貨急落の副次的な影響をある程度防げている。トルコはリラ急落に迅速に対応。アルゼンチン中央銀行も大幅な利ヒげに踏み切り、市場の不安をいく分沈静化できた。
 
過去10年ほどで、新興国は危機の伝染に対処する力を付けたようだ。ユーロ危機が深刻化した11~12年にも、13
年にFRB(米連邦準備理事会)が量的緩和の縮小に向けて動き出したときも、新興国への資金流人はほとんど止まらなかった。

14年に原油をはじめ商品価格が軒並み下がり、一部の商品輸出国の通貨が下落したときも、外資流人の急停止は起きなかった。15年から16年前半にかけて起きた中国からの資本逃避の波も新院ハ国全体に広がることはなかった。
 
なぜか。これは仮説だが、投資家が各国のリスクをより慎重に見極めるようになったためではないか。新興国を十把一絡げにせず、それぞれの国の経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)や政治的な安定度、他国との関係などに目配りするようになったようだ。
 
だからといって新興国は安心していられるわけではない。保護主義の高まりや米中貿易戦争など、新興国を取り巻く状況は厳しさを増している。各国の政府と中央銀行の賢い舵取りが今ほど求められているときはない。【9月4日号 Newsweek日本語版】
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上記記事は“新しい危機の時代”という表題に反して、内容は“過去10年ほどで、新興国は危機の伝染に対処する力を付けたようだ。・・・・投資家が各国のリスクをより慎重に見極めるようになったことで、かつてのような単純な連鎖はここ10年で観られなくなった”と、比較的楽観的にも見えます。

問題は、最後のパラグラフにある、保護主義の高まりや米中貿易戦争といった新たな環境がどのように得行けようするのか・・・という点ですが、そのことへの回答は言及されていません。

トルコ “敵”の“作戦”を強調し 自らの失政を隠ぺいするエルドアン大統領
“各国の政府と中央銀行の賢い舵取りが今ほど求められているときはない”という点では、トルコ・エルドアン大統領とアメリカ・トランプ大統領の衝突は「悪い見本」でしょう。トルコ・リラが他の通貨から抜きんでて悪化しているのもそのせいです。

****恐慌の引き金を独裁者が引く****
(中略)どんな外交問題の解決にも巧妙かつ継続的な調整が必要だ。しかしトランプは足元に火が付いているし、ゼロサム思考の持ち主であり、地道な努力をするようなタイプではない。
 
対するエルドアンは法の支配を破壊し、「イスラム的」な経済政策を採用して自国経済の長期的な安定と成長を損なってきた。

彼は(政策金利を引き上げてインフレを抑制すべき場面で)利上げがインフレにつながると誤解して適切な手を打たなかった。そして通貨の下落を招いてしまった。
 
それだけではない。エルドアンは政権内から経済のプロを追い出し、代わりに無能だが忠実かつ従順な人間を据
えてきた。そして経験に裏打ちされた経済学の知識より、信仰を重んじた経済政策を打ち出している。

その証拠に、今の財務相はエルドアンの娘婿だ。専門的な知識や経験ではなく、大統領への忠誠心と大統領の娘への愛ゆえに抜擢された男である。(後略)【9月4日号 Newsweek日本語版】
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エルドアン大統領は、さかんに今回危機はアメリカの“作戦”によるものだ・・・と主張しています。

****トルコリラ、作戦の標的にされた=エルドアン大統領****
トルコのエルドアン大統領は31日、軍の式典で演説し、同国の通貨リラは作戦の標的にされたとの考えを示した。ただ、トルコは攻撃を克服すると述べ、通貨の乱高下は終わるとも予想した。(中略)

作戦はトルコに対するものだと指摘し、為替相場乱高下の背後に誰がいるかを理解するのに天才である必要はないと語った。(後略)【8月31日 ロイター】
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自らの失政を隠し、困難を“敵”のせいにするのは権力者の常套手段ですが、トルコの場合も“法の支配を破壊し、「イスラム的」な経済政策を採用して自国経済の長期的な安定と成長を損なってきた”大統領の“失政”が根本的な原因だとする見方が多いようです。

トルコの経済状況に関しては、8月12日ブログ“トルコ・アメリカの関係 米国人牧師問題で急速に悪化 通貨急落でトルコ経済に大きな負担”でも取り上げましたので、今回はパスします。

アルゼンチン 従来政権とは異なるマクリ政権の改革路線 成功すれば反ポピュリスムの道を示すことにも
一方、トルコ・リラと並んで下落が大きいのが、アルゼンチン・ペソ。

8月29日、アルゼンチンのマクリ大統領は国際通貨基金(IMF)に対し、500億ドルのスタンドバイ取り決めに基づく融資の早期実施を求めていることを明らかにしています。

アルゼンチンの中央銀行は30日、通貨ペソの急落を食い止めるため、政策金利を45%から世界最高水準の60%に引き上げる緊急利上げを実施しました。しかしペソは下げ止まらず、対ドルで史上最安値を更新しています。

しかし、「トルコとアルゼンチンは大きく異なる。トルコの債務はドル建てで、外貨準備の後ろ盾が必要だが、トルコは十分な外貨準備を持っていない。トルコには債務不履行(デフォルト)の兆しが見えている。一方アルゼンチンには十分な外貨準備がある。人々は先走り過ぎている」(米シンクタンクのピーターソン国際問題研究所の上級フェロー、モニカ・デボル氏)【8月31日 Newsweek】との見方も。

アルゼンチンはこれまでも“デフォルト”を繰り返している“常連”で、経済政策も批判されることが多かった国ですが、現在のマクリ政権に関しては“よくやっている”との高評価もあります。

今回のアルゼンチンの危機は、トルコ・リラの急落という状況で、投資家も政策当局も過去の“前科”に引きずられている側面もあるようです。

****アルゼンチンに通貫危機再び****
アンドレス・ベラスコ(元チリ財務相)

米金利の上昇が引き金となって通貨安とインフレが加速 マクロ政権の財政再建路線は脆弱経済を変えるのか

(中略)最近も再び、通貨アルゼンチンペソの急落が国際社会を震憾させている。
4月下旬、10年物米国債利回りが2014年以来初めて3%台に上昇すると、ドル買いペソ売りが一気に加速。(中略)

そこに今度はトルコリラの急落が襲い掛かった。(中略)

アルゼンチン経済はなぜこれほど脆弱なのか。通貨危機を繰り返さないために、当局はどのような対策を講じるべきなのか。
 
15年12月、アルゼンチンに新たな大統領が誕生した。実業家出身で中道右派のマウリシオ・マクリだ。
 
大衆迎合的な政策で放蕩財政に明け暮れた前任者たちと比べれば、マクリと彼の経済チームは劇的に有能だ。国
政の経験者が不在だったため、アナリストらは当初、政権の手腕を評価していなかったが、マクリはここまでのと
ころ、有能な指導者と抜け目ない政治家の顔を両立させてきた。

信用不安が真つ先に飛び火
しかし通貨危機は、そんな善良な政権にも容赦なく襲い掛かる。(中略)

過去の政権が数々の「ショック療法」を繰り出しながら効果を上げられなかった歴史を踏まえて、マクリは前政権から引き継いだ経済的混乱を時間をかけて修正する道を選んだ。

彼はエネルギー価格への助成削減などの歳出削減策を進める一方で、成長を加速させるために農産物価格の安定を目的とした輸出税の軽減に踏み切った。その結果、財政赤字は減少傾向にあるものの、政府は今も外国からの巨額の借り入れを強いられている。
 
アメリカの長期金利が上昇してドル高が一気に進むまでは、マクリ政権の緩やかな財政再建策は合理的な戦略に
思えた。

だが、ひとたび新興国市場への信用不安が再燃し始めると、その矛先は真っ先にアルゼンチンとトルコに向かった。
 
トルコ政府がまずい対応によって最悪の事態を引き起こしたのに比べれば、アルゼンチン当局は困難に向き合い、断固たる措置を取ったといえる。

反ポピュリスムの道を示せ
IMFへの支援要請は政治的なダメージにつながるが、避けられない選択だった。(中略)

当局は政策金利を徐々に引き下げることが妥当であり、また持続可能であると市場を納得させる必要がある。中央
銀行は今後、政策金利の段階的な引き下げを模索していくことになるだろう。
 
一方、IMFにも慎重な対応が求められる。あまりに急激な財政調整は政治的反動を引き起こしかねない。(中略)

マクリ政権が進めるリベラルな改革路線が成功を収めるか否かは、単にアルゼンチンだけの問題ではなく、中南
米全体の今後を占う上でも重要になるだろう。(中略)

アメリカのドナルド・トランプ大統領に加えて、欧州やアジア諸国でもポピュリストが相次いで権力を握っている。その上、ラテンアメリカ有数の巨大国家ブラジルとメキシコでポピュリスト指導者が誕生すれば、世界全体に深刻な影響を及ぼしかねない。
 
アルゼンチンの改革が成功すれば、ポピュリスムに走らない新たな道が可能であることを世界に示せるかもしれない。

ただし、そのためには国際社会による正しい方策と強力なサポートが不可欠だ。【9月4日号 Newsweek日本語版】
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マクリ政権の施策への評価は随分と高いようです。

“投資家が各国のリスクをより慎重に見極めるようになった”【前出 Newsweek】ということであれば、また、IMFがあまりに早急な調整を強要しない、慎重な対応をとれば、アルゼンチンはこれ以上の危機は回避できる・・・・のかも。

ただ、マネーの流れには勢いがあり、危ない通貨には容赦なく襲いかかり、危機を現実のものにしてしまいます。いったん標的にされると持ちこたえるのはどんな政権でも困難です。
コメント

台湾・金門島  「中華民国の国民」ではあるものの、「台湾人」ではない人たち

2018-08-30 22:11:56 | 東アジア

(金門島の商店街に共に掲げられた中国の旗と台湾の旗【8月24日 朝日】)

【「五星紅旗」と「青天白日満地紅旗」が並び、中国の人民元が流通 「水がつながった次は、電気と橋だ」】
台湾が領有する金門島は中国本土・福建省の目と鼻の先(最短で2km 金門島と台湾本島は約200km)にあって、かつては中台間で激しい交戦があったこと、その後も厳しい対立の最前線にあったこと、しかし、現在はすっかり観光地化していることなどは、よく知られているところです。

「観光地化」ということは、来島者の多くは中国人であり、中国本土との結びつきが強固になったということでもあります。

最近は国民党政権時代に着手された中国本土からの送水管も完成したこと、その開通式をめぐり水不足に悩んできた地元・金門島と民進党・蔡英文政権の間で対立があったこと(来年台中で行われる予定だった「東アジアユース大会」を中国が圧力で中止させたのを理由に、政権は金門の地元自治体に式典の延期を要請したが、地元側は式典を予定通り開催。台中両国からの政府関係者は参加しなかったとのこと)なども話題になりました。

中台間の激しい砲撃戦から60年ということで、その金門島に関する記事をよく目にしました。

****台湾・金門島、中国依存深める 砲撃戦から60年 商店街に五星紅旗/人民元流通****
中国福建省アモイのすぐ沖合にある台湾の離島・金門島が中国への依存を深めている。フェリーでやってくる中国人観光客を目当てに、商店街に中国国旗がはためき、人民元も流通。中国側から水を供給する送水管もつながった。

かつて中台間で大規模な砲撃戦が交わされてから23日で60年。「最前線の島」と中国との融合が進んでいる。

 ■戦火経験で集客
金門島の陸軍施設で23日に開かれた「八二三砲戦」の60周年式典。厳徳発(イエントーファー)・国防部長(国防相)は、「硝煙が遠くへ去り、砲声は観光客の笑い声に変わった。だが、この戦火の経験があってこそ、平和の貴重さを感じられる」と語り、防衛意識の向上を呼びかけた。
 
1958年のこの日、中台統一を掲げた中国側の大砲撃が始まり、44日間の戦闘で台湾側は500人以上が亡くなった。砲撃戦はその後も断続的に79年まで続き、金門は中台にらみ合いの最前線だった。
 
だが、その硝煙や砲声の記憶はいま、島の観光資源になっている。
 
「第2砲、発射せよ」
軍服姿の解説員が砲撃を指示した。展示された8インチ榴弾(りゅうだん)砲から響いた「パンッ」という空砲の音。見守る約100人の中国人客らが一斉に歓声をあげた。
 
金門東部の高台にある、かつての陸軍の砲撃陣地。現在は毎日6回の砲撃パフォーマンスが披露されている。砲身は、15キロ先の「攻撃目標」である対岸の中国福建省に向いている。その福建省甫田市から来たという観光客の中国人女性(64)は「戦いは昔の話。今は平和で気にしない」。
 
アモイと金門の間で渡航が解禁されたのは01年。初年に951人だった中国からの渡航者は、17年は35万人に増加。今年は更に増える勢いだ。
 
観光客向けの商店街では今年から、中国の「五星紅旗」と台湾の「青天白日満地紅旗」が並んで掲げられている。

店員の李慈涓さん(22)は「お客さんを歓迎する意味。互いの友好の象徴です」と屈託ない。二つの旗の共存は、台湾本島や中国本土では、ほぼ見かけない光景だ。
 
観光施設の売店では、中国建国の指導者、毛沢東の似顔絵をカップにあしらった「毛沢東ミルクティー」も売っている。メニューには80台湾ドル(約290円)に加え、中国の人民元の値段も併記。島の土産物店やタクシーでは、いつの間にか人民元が流通し始めた。

 ■県長は連携訴え
金門と中国側との距離は最短で約2キロ。一方で台湾本島との距離は約200キロある。台湾独立志向のある民進党の蔡英文(ツァイインウェン)政権と中国との関係は冷え込むものの、金門の政治は目の前の大陸を向いている。
 
「水がつながった次は、電気と橋だ」。今月5日、中国側から金門へ水を供給する約16キロの海底送水管がつながったことを祝う式典で、地元自治体のトップ、陳福海・金門県長は中国側との更なる連携を訴えた。
 
アモイと金門は中国語の方言が共通で、49年の中台分裂までは人々が行き交い、親族のつながりも残る。通水計画が決まったのは中台接近を図った国民党政権時代だった。陳県長は無党派で、金門県議会も19議席のうち18議席を国民党と無党派が占める。
 
たった1人の民進党県議である陳滄江氏(63)も祖母はアモイ生まれだ。「金門人の大陸に対する親近感は特別。民主主義や言論の自由など体制の違いを訴えているが、台湾本島とは意識が違う」。民進党は中央では与党でも、金門では野党の存在になるという。【8月24日 朝日】
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中国の「五星紅旗」と台湾の「青天白日満地紅旗」が並んで掲げられ、中国の人民元が流通。「水がつながった次は、電気と橋だ」という話になると、地理的な事情もあって、このまま金門島を台湾につなぎとめていくことができるのだろうか?・・・といった疑問も生じます。

中華民国の106年の歴史上でほぼ一貫して「中華民国領」であり続けた、世界でも稀な土地 「私たちは台湾人ではない」】
砲戦記念イベントにも欠席した蔡英文総統に対し、島では批判的な空気もあるとか。

もともと金門島住民には「私たちは台湾人ではない」「私たちは台湾人じゃなくて、福建人で中華民国人なんです」という意識があるとか。

「台湾」と「中華民国」・・・・この二つは同じもののように思っていましたが、歴史的には微妙な差異があるようで、金門島をめぐる問題の根底には、この意識の違いがあるようです。

****我々は台湾ではない」中華民国を悩ませる離島の現実****
(中略)
砲戦記念イベントを欠席した蔡英文
「なぜ、蔡英文は島に来ないのか?」
 
今年(2018年)8月23日、かつて陳水扁政権時代の副総統だった呂秀蓮が金門島を訪れた際に、地元住民からこうした質問攻めに遭ったと台湾紙『自由時報』が報じている。

呂は記者会見の席で「台湾は(金門島に対して)情がなさすぎる、冷たすぎる。もしも金門が存在しなければ今日の台湾はなかったでしょう?」と発言。蔡英文の姿勢を批判した。
 
この日は、過去に中華民国軍と大陸の人民解放軍が金門島をめぐる激しい砲撃戦「八二三砲戦」を開始した日からちょうど60年目にあたる。

この日の前後、台湾からは当時の戦役に参加した老兵600人以上が島を訪れて記念イベントに参加し、往年の戦いを偲んだ。
 
だが、中華民国現総統の蔡英文(民進党)は、外遊の直後であることや、エルサルバドルが台湾との断交を発表したことによる多忙もあって、金門島でのイベントを欠席。

蔡は公式フェイスブックに「60年前も60年後も、台湾人が故郷を守る決心を砲弾で変えることはできない」と関連する投稿をおこなったのみで、副総統の陳建仁を代理出席させることもなかった。
 
ゆえに、高齢層や金門島の地元住民を中心にうっすらとした反発が広がっている。野党・国民党は同月18日に台北市内で「八二三砲戦」を記念する式典を開き、蔡政権の姿勢に批判的な構えを見せた。

中華民国の最後の大陸領土「金門島」
現在は「台湾」とほぼイコールのようなイメージがある「中華民国」は、かつては中国全土に主権を持つとされた国家だった。

だが、日中戦争の終結直後に起きた第2次国共内戦に敗北し、臨時首都を台北に移転して、台湾島と周辺地域を実効支配する国に変わる。中華民国は1950年代前半までに大陸の主要部をすべて失い、1955年には浙江省の島嶼部の拠点も放棄した。
 
ところが、台湾から見て海峡を挟んだ向こうにある福建省北部の島嶼部の馬祖県と、同省南部の島嶼部の金門県だけは、その後も「中華民国」のまま残存した。この領域が事実上確定したのが、60年前の「八二三砲戦」だったのだ。
 
1958年8月23日、中華人民共和国の人民解放軍は、厦門市の沖に残された中華民国支配地域・金門島の「解放」を目指して大規模な軍事作戦を開始。1カ月半にわたり中華民国軍との間で猛烈な砲戦をおこなったものの、戦略目的を達成できずに終わった。

この砲戦は「八二三砲戦」と呼ばれ、500人以上の死者を出した中華民国軍の頑強な抵抗は語り草となっている。
 
中華人民共和国側は、この後も1960年ごろまで断続的に戦闘行為をおこなうが結果が出ず、やがて決められた曜日に儀式的に砲弾を撃ち込むだけになる。これは1979年まで続いた。

対して中華民国側は、国共内戦の最前線として小さな金門島に10万人の兵士を貼りつかせ、軍政のもとで島内住民への移動制限を布告。民兵の組織化をはじめとした総動員体制を敷いて防衛し続けた。
 
やがて中台間の軍事的緊張が雪解けを迎えた後も、金門県における戒厳令の解除は台湾本島や澎湖島より5年も遅い1992年となり、民主的な県議会選挙の実施もその翌年までずれ込んだ。2002年までは、金門地域だけで通用する紙幣も発行されていた。
 
金門島は、まさに中華民国版の「基地の島」だったというわけだ。徴兵制が敷かれていた台湾では、40代以上の多くの男性が、「最前線」の雰囲気が残っていた時代の島内での勤務経験を持っている。

島民としても、軍隊に地域生活のすべてを管理されていた時代の思い出はいまだに風化し切っていない。
 
そもそも、金門島は第2次大戦中の8年間の日本占領期を除けば、1912年に建国された中華民国の106年の歴史上でほぼ一貫して「中華民国領」であり続けた、世界でも稀な土地でもある(台湾は戦前は日本領、中国大陸の大部分は戦後に中華民国の範囲ではなくなっているためだ)。
 
往年、島を基地化されて砲弾を撃ち込まれ続けるなかで金門島民のプライドを支えたのは、自分たちが中華民国のオリジナルの土地に住み、それゆえに「中華民国」体制を守る立場を担っていることへの自負だったという。
 
往年の八二三砲戦は、そんな島の歴史の象徴だ。それゆえに、現在の中華民国の代表者である蔡英文に島に来てほしいという島民の感情も存在したわけである。

「私たちは台湾人ではない」と話す住民たち
もっとも、島民たちが蔡英文の来島を望んだのは彼女が「中華民国総統」だからであって、別に蔡英文や民進党を支持しているからではない。むしろ、与党・民進党の人気は、金門島内では極めて低い。

「正直、民進党は嫌いです。陳水扁政権時代(2000〜2008年)に進められた台湾正名運動で、パスポートに『TAIWAN』と書かれたり、『中華郵政』だった郵便局が『台湾郵政』に変わったり(注:その後に中華郵政に再度変更)した。でも、私たちは台湾人じゃなくて、福建人で中華民国人なんですよ」
すこし前の話だが、2013年4月に筆者が金門島に行った際に、地元の人からこんな話を聞いたことがある。

中華民国では1990年代の李登輝政権のもとで台湾化が進み、やがて陳水扁や蔡英文など「台湾」のアイデンティティを強調する民進党の総統が登場するようになった。
 
だが、これに複雑な思いを抱くのが金門島の人たちだ。中華民国の台湾化に対しては、内戦後に中国大陸から台湾へ流入した外省人とその子孫たちの一部も反発しているが、彼らは少なくとも現住所の点では「台湾人」である。だが、金門島民はいかなる意味でも「台湾人」ではない。
 
金門島民に言わせれば、自国が「中華民国」ではなく名実ともに「台湾」になってしまうと、自分たちとは本来無関係な「台湾」という国に、島をさながら植民地支配されるような形になってしまうのである。

「そもそも民進党は党旗に台湾しか描かれていない。私たちのことなんか、どうでもいいんでしょ?」
 こ
んな発言からも分かるように、島内で民進党は全然支持されていない。金門県は選挙においては国民党をはじめとする藍営(青色陣営)の票田で、県会議員の約9割が藍営系議員で占められている。(中略)

行政区画のうえでは「福建省」で、地理的にも中国大陸の一部である金門島は、中華民国の各地のなかでもかなり特殊な場所なのである。

やむを得ない面がある「対中傾斜」
ゆえに国共内戦が沈静化した2000年代以降は、金門島はすぐ近くの中国大陸との結びつきを強めている。

多くの島民が対岸の経済特区・厦門市の土地に投資して豊かになり、国民党の馬英九政権時代には中国人観光客の誘致も進んだ。中国大陸客の誘致に対する現地のアレルギー感情は非常に薄い。
 
金門島と対岸の中国領の厦門や泉州は、方言(閩南語。台湾の台湾語も同系統の言語だが、台湾語と違い日本語由来の語彙がない)のレベルでも言語が同じで、親族が金門島と福建省本土にまたがる例もある。

金門島で支持者が多い国民党や新党は中国大陸との交流に熱心で、島全体として中台融和は歓迎ムードだ。
 
今年8月5日には、慢性的な水不足に悩んでいる金門島に対して、対岸の厦門市(中華人民共和国)から水を供給する海底送水パイプが開通した。

この建設は中台関係が良好だった馬英九時代に決められ、蔡英文政権は開通記念式典の開催に難色を示したが、地元は式典の開催を強行。さらに中国大陸からの送電や、両岸を直接つなぐ橋の建設への地元の要望も強い。
 
金門島の中国大陸への接近は、台湾本土や東南アジア各国で進む「対中傾斜」とは意味が異なる。なぜなら島民自身が、自分たちの土地が紛れもない「中国」で、自分自身が「中国人」であると考えているためだ。
 
中国大陸との違いは民国と人民共和国という政体だけで、民族的にも文化的にも同じ。そう考える人たちの地域が中国大陸と結びつきを深めるのは、あながち「悪い」とも言えないのが悩ましいところである。
 
1990年代に民主化してからの中華民国(台湾)は、中国大陸と対峙するうえでの生存戦略の面もあって、人権立国を打ち出すリベラルな国家になった。

台湾では、客家や山地原住民などのマイノリティのアイデンティティを重視する政策が採用され、市民の理解も進んできた。

だが、「第5のエスニックグループ」とも呼ばれる金門島(および媽祖島)の住民について、台湾人の関心は決して高くない。
 
まぎれもない「中華民国の国民」ではあるものの、「台湾人」ではない人たち――。中国への警戒感を強める蔡英文政権にとって、過去の歴史のいたずらが作り出した金門島住民の問題は、なかなか頭の痛い話ではある。【8月30日 安田 峰俊氏 JB Press】
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台湾に関しては、いつも(台湾本島の人々が感じる、中国本土とは異なる)「台湾人としてのアイデンティティ」が話題になりますが、「第5のエスニックグループ」とも呼ばれる「中華民国の国民」ではあるものの、「台湾人」ではない金門島の人たちの存在というのは、非常に興味深い話です。

部外者には“興味深い”で済みますが、問題を大きくしないためにも、蔡英文政権はもっと配慮した方がいいように思えます。
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右傾化する欧州  寛容なメルケル時代から、よりナショナリズムの強い時代ヘ

2018-08-29 23:14:24 | 欧州情勢

(画像は【8月8日 産経】 オーストリア・クルツ首相は8月で32歳 反難民・移民を掲げる右派政治家ですが、西欧首脳やリベラル系の西欧メディアにまで、受け入れられているとも。)

寛容と進歩的政治の手本であり続けたスウェーデンでも極右政党台頭
EUを基軸に結束する欧州の政治体制が、イギリスのEU離脱、反EU・反難民移民の流れに乗った極右・ポピュリズム政党の台頭、西欧的価値観とは一線を画す中東欧諸国との東西対立・・・などで大きく揺らいでいることは今更の話です。

昨年2017年の政治状況では、オランダ、フランス、ドイツで主要な選挙がありましたが、極右勢力は票を伸ばしたものの、従来の政治体制をひっくり返すほどの状況は起こらず、そこそこ落ち着いた結果となったこと、仏「国民戦線」や「イギリス独立党」などの勢力に内部混乱が見られたこと、また、イギリスに続く「離脱ドミノ」は全く起こらなかったことなどから、EU求心力低下の流れには一定に歯止めがかかったようにも見えました。

しかし、やはり求心力低下の流れは続いており、具体的には各国における反EU極右勢力の政権参加が増えているという現象に、その流れが表れています。

****欧州、極右の政権入り相次ぐ****
欧州では極右政党の政権入りが相次いでいる。2017年12月にオーストリア、18年6月にイタリアで極右政党が参加する連立政権が発足した。デンマークのように、閣外協力するケースも目立つ。
 
欧州では内戦が続くシリアなどからの移民や難民多数が押し寄せたことなどをきっかけに、移民らの排斥を掲げる極右勢力が台頭している。
 
オーストリアでは中道右派の国民党と極右の自由党による連立政権が発足。イタリアでも大衆迎合主義(ポピュリズム)政党「五つ星運動」と、極右政党「同盟」の連立政権が誕生。ともに移民・難民の受け入れ厳格化を鮮明にしている。
 
オーストリアは7月から半年間の任期で欧州連合(EU)議長国を務めており、EUの難民・移民政策にも極右政党は影響を及ぼす。ノルウェーでは極右の進歩党が13年から中道右派の保守党との連立政権に参加する。
 
少数与党が極右政党に閣外協力を求める事例もある。デンマークでは極右のデンマーク国民党が中道右派の自由党を軸とする政権に協力する見返りとして難民・移民政策の厳格化で影響力を発揮。オランダでも10~12年にかけて極右の自由党が閣外協力した。
 
一方、スウェーデンでは主要政党が極右の民主党と手を組まない戦略で連携してきた。14年12月には中道左派の連立政権と中道右派の野党4党が政治を安定化させる枠組みで合意。総選挙へ政権を追い込もうとしていた極右の排除で一致した。
 
オランダでも17年3月の下院選で極右の自由党が第2党に躍進すると、連立交渉に入れないことで主要政党が一致。約7カ月かけて中道右派の自由民主党を軸とする第3次ルッテ政権を誕生させた。
 
極右政党の政権入りを主要政党が連携して阻む手法は「防疫線」と呼ばれるが、効果に疑問の声も根強い。スウェーデンでも極右の伸長を防げていない。【8月8日 日経】
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極右勢力台頭をもたらしているのは、反移民・難民感情が一番大きな要因でしょう。
ひと頃の移民・難民が爆発的に押し寄せる事態からは落ち着いたものの、移民・難民受け入れへの不満は沈静化することなく、欧州政治全体を揺さぶり続けています。

極右政党の政権入りを主要政党が連携して阻む手法「防疫線」が指摘されていますが、極右政党に対抗して既存保守政党自身が右傾化を強める現象も見られ、極右政党の政権参加を阻んでも、政治全体としては右傾化が進むという形にもなっています。

記事最後にあるように、欧州民主主義の優等生的な存在とも思われてきたスウェーデンでも極右政党台頭が見られます。

****スウェーデンに極右政権誕生****
9月9日に迫ったスウェーデン議会選挙で、極右政党が第1党になる見込みが高まっている。

スウェーデンでは約1世紀にわたり中道左派の社会民主労働党が第1党を占めてきた。だが最新の世論調査によれば、ネオナチの系譜を継ぐ反イスラム・反EUのスウェーデン民主党が25%もの票を得る可能性がある。
 
そうなれば、同国にとっては劇的な変化だろう。極右ポピュリスムが台頭する近年のヨーロッパにおいて、スウェーデンは寛容と進歩的政治の手本であり続けた。前回の14年の総選挙では、社会民主労働党や緑の党が支持を集めた。
 
だが15年からの難民危機の際の積極的な受け入れ政策で状況は一変。人目1000万の国に年間20万人もの移民・難民が押し寄せ、それは人目当たりでは世界最大規模の受け入れ数たった。

これに反感を抱き、右傾化する有権者が増えた。
 
反移民を掲げるスウェーデン民主党は、受け入れ政策は過ちだったと攻撃。支持者はスウェーデン伝統文化の保護を叫び、イスラム文化の侵食を激しく非難している。

同党は反EUも訴え、ブレグジット(イギリスのEU離脱)に続く「スウェグジット(スウェーデンのEU離脱)」の是非を問う国民投票の実施も求めている。
 
ジミー・オーケソン党首はEUを「巨大な腐敗の網」と糾弾し、政権を握れば早ければ9月中にも国民投票を行うと発言した。

トランプ米大統領の元側近スティーブ・バノンはヨーロッパ各国の極右勢力を結束させるべく基盤固めに動いており、スウェーデン民主党とも接触したと報じられている。
 
もちろん、選挙の結果はまだ不透明だ。スウェーデン民主党の得票率は16%ほどにとどまるとの世論調査もあるが、それでも連立交渉で影響力を持つのは間違いない。主要政党は軒並み同党との連携に否定的だが、彼らの主張に引っ張られて右寄りになる可能性は十分にある。【9月4日号 Newsweek日本語版】
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もっとも、スウェーデンの推理小説作家ヘニング・マンケルが描く1990年代の「ヴァランダー警部シリーズ」でも、移民流入に伴う排外的な動きの拡大という社会現象が事件の背景としてよく登場しますので、極右勢力拡大はここ数年の爆発的移民難民流入だけによるものでもないでしょう。

前出【日経】にもあるように、同じ北欧でもデンマークはすでに極右勢力が一定の影響力を獲得しています。

そのデンマークは、これまでの経緯のなかでEUとの関係では司法内務分野でEU共通政策に加わらなくてもよいというオプトアウト(適用除外)の権利を持っています。

下記は、その件に関するニュースですが、私には意味不明です。

****デンマーク、EU適用除外討議必要 国民投票は実施せず=首相****
デンマークのラスムセン首相は28日、デンマークは欧州連合(EU)に認められている4分野の適用除外について討議する必要があるとの考えを示した。ただ来年秋までの自身の任期中に離脱の是非を巡る国民投票は実施されないと述べた。

ラスムセン首相は記者会見で「デンマークに適用除外の選択肢があることを完全に尊重している」と指摘。ただ「国民投票の実施ではなく、議論を行うことを呼び掛けている」と述べた。

デンマークは安全保障・防衛、市民権、警察・司法などの分野で適用除外を認められている。【8月28日 ロイター】
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“4分野の適用除外について討議する必要”・・・どういう方向の討議でしょうか?
デンマークの政治情勢に知識があれば自明のことなのかもしれませんが、その前提知識がないので全く方向性がわかりません。

デンマークは2015年にEUとの警察協力などに関わる司法内務分野の連携拡大を提起した国民投票が行われ、反対多数で否決された経緯があります。

しかし、極右勢力が閣外協力するような政治情勢で、同じ方向(EUとの協力拡充)の提案・討議がなされるとは考えにくいし、“離脱の是非を巡る国民投票”という文言もありますので、逆方向(EUとの関係をこれまで以上に薄める方向)の討議という意味合いでしょうか?

“(極右のデンマーク国民党は)ヴェンスタ政権(ラスムセン首相)に閣外協力している。(中道右派の)ヴェンスタは少数与党であり、デンマーク国民党の支持を得るため、デンマーク国民党からの提案のほとんどを受け入れており、デンマークの政策を管理しているのはもはやデンマーク国民党だとする意見が多い。”【ウィキペディア】

リード役不在 メルケル独首相の求心力低下 マクロン仏大統領も・・・・
極右・ポピュリズム勢力拡大の流れに歯止めがかからないのは、EU結束の基軸となるリード役の国・指導者が見当たらないことも大きく影響しています。

従来はドイツ・メルケル首相がそのリード役でしたが、ドイツ自体でメルケル首相の難民・移民政策への批判が強まり、極右勢力AfDが拡大。これに対抗するため与党内でも右傾化が強まり、強硬な難民政策を求める姉妹政党CSUのゼーホーファー内相との間で激しいバトルがあったことは周知のところです。

一応、キリスト教民主同盟とCSU、そして中道左派の社会民主党の連立3党は、流入する難民認定希望者の数を減らす政策で合意しましたが、メルケル首相の求心力低下は否めません。

****独メルケル氏の与党連合、支持率が12年ぶり低水準に=世論調査****
ドイツの調査会社エムニドが29日公表した世論調査結果によると、メルケル首相率いる保守系与党連合、キリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)の支持率が29%と、前回調査から1%ポイント低下し、2006年以来の低水準となった。

調査結果はビルト紙日曜版で公表された。昨年9月の連邦議会選挙時は33%だった。

CSUは10月にバイエルンで州議会選挙を控えており、同調査に基づけば絶対多数を失う可能性がある。

CDU・CSUと大連立を組む中道左派、社会民主党(SPD)の支持率も1%ポイント低下の18%。

極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」の支持率は変わらずの15%。緑の党は2%ポイント上昇の14%と、今年に入って最高水準となった。

エムニドは支持率変化の要因には言及していない。【7月30日 ロイター】
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国内における求心力低下から、欧州全体をリードするような力をメルケル首相に期待するのは難しくなっています。

なお、国内の反難民・移民世論の高まりを受けて、メルケル首相は難民政策の変更を余儀なくされています。

****メルケル独首相、難民の本国送還強化を表明 極右のデモ受け****
ドイツのメルケル首相は16日、受け入れを拒否した難民を巡る本国送還の迅速化に向け、取り組みを強化すると表明した。首相の難民政策を巡って数百人の極右活動家が首相辞任を求めるデモを行ったことを受けた。

反イスラム運動「ペギーダ(PEGIDA)」がデモ活動を組織。メルケル首相が自身率いるキリスト教民主同盟(CDU)の地方議員と面会するため東部ザクセン州のドレスデンに到着すると、デモ隊は「メルケルはやめろ」などと連呼した。(後略)【8月17日 ロイター】
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ドイツ・メルケル首相の低迷に対し、ひところはフランス・マクロン大統領がEUリード役で大きな存在感を見せていましたが、こちらもどうでしょうか・・・。

****仏マクロン氏支持率34%に低下 就任後最低、警護官事件影響か****
26日付のフランス紙ジュルナル・デュ・ディマンシュは、マクロン大統領の支持率が昨年5月の就任後最低の34%になったとの世論調査結果を報じた。7月に発覚した大統領警護官の暴行事件などが影響したとみられている。
 
世論調査は大手調査機関IFOPが8月23、24日に実施。大統領としてマクロン氏に満足しているとの回答は34%、不満足は66%だった。

支持率低下は4カ月連続で、満足とした回答は7月の調査から5ポイント下落。昨年6月は64%に上っていた。【8月27日 共同】
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“7月に発覚した大統領警護官の暴行事件”とは、マクロン大統領のボディーガードなどを務める男が職務に関わりなく、労組デモの参加者に激しい暴行を加える様子が会員制交流サイト(SNS)などに出回り、警察当局が傷害、職権乱用などの容疑で警護官ら2人の身柄を拘束して取り調べた・・・・という事件です。

大統領の尊大というか、反対意見に耳をかさない強気の姿勢への不満が出ているようにも見えます。
大統領府(エリゼ宮)への支出に加え、福祉給付金の削減が批判を集め、大統領は実態を把握しておらず、傲慢だとの批判も強まっているとか。【6月25日 ロイターより】

反難民・移民を掲げる右派政治家、32歳のオーストリア・クルツ首相が期待されることが示す右傾化
欧州を取りまとめるのがメルケル首相でも、マクロン大統領でもなければ、誰が・・・という点について、オーストリアの弱冠32歳のクルツ首相への期待があるとか。(ドイツで5月に行われた「どの首相候補に投票するか?」という世論調査で、隣国首相、しかも弱小国(人口900万人弱)首相のクルツ氏がメルケル首相を抑えてトップだったとか)

ただ、クルツ首相は反難民・移民を掲げる右派政治家であり「人種差別主義ではないが、移民に寛容でもない」というスタンスとか。この若手右派政治家が期待を集めるということが欧州の右傾化を如実に表しています。

****オーストリアが「欧州右傾化」の主役に****
若き首相の「移民制限」に各国が共鳴

(中略)クルツ首相の連立パートナーは極右の自由党。首相自身の強硬姿勢と合わせて、少し前ならば「ナショナリスト」「ポピュリスト」とレッテルを貼られるはずだが、首相に限っては、西欧首脳やリベラル系の西欧メディアにまで、受け入れられている。
 
ドイツ保守系紙の論説委員は、「メルケル首相を含めて、EUの中道政治家の移民に対するスタンスが、『流入制限』に大きく傾き、クルツ首相の立場に近づいているからだ」と言う。

二〇一五年に百万人以上がドイツに流入した時に、国内で沸き起こった人道王義や難民歓迎論は姿を消し、有権者はポピュリストたちの「本音トーク」に耳を傾ける。

クルツ氏の断固たる姿勢が、「不寛容」「非人道的」と批判されるムードではなくなった。(中略)

クルツ首相は、東側からも西側からも歓迎される稀有な存在になった。偶然にも、オーストリアは今年七月一日から、半年間EU議長国を務めることになり、EU各国のみか、EU離脱を決めている英国や、ロシアのウラジーミループーチン大統領からさえも、「首相の議長役に期待」という異例の待望論が寄せられた。(中略)

EU加盟各国の世論が、移民制限に傾き、国境管理を求める中で、クルツ首相はその象徴的存在として現れた。

寛容なメルケル時代から、よりナショナリズムの強い時代ヘ。ドイツ国民を筆頭に、欧州各国民は若い首相に背中を押してもらいたいようだ。【「選択」8月号】
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“若い指導者たちの特徴は、「本音の論議」だ”“もう人道主義で片付けられない”“トランプ米政権の登場、中国の台頭、移民流入という危機に直面し、EUはどう体制を立て直すのか。新興勢力に「反EU派」「ポピュリスト」というレッテルを貼って異端視していては、水面下の地殻変動を見失うかもしれない。”【8月8日 産経】
(個人的には、「本音」が重視され、「価値観」「理想」が軽視される風潮には違和感を感じますが)

オーストリアに関しては、極右・自由党から外相に指名されたカリン・クナイスル氏(女性)が18日、自身の結婚式にロシア・プーチン大統領を招待し、一緒にダンスを踊る写真が広く拡散したこと、また、その際に膝を曲げてプーチン大統領に深くお辞儀をしたことが、波紋を広げました。

まあ、ダンスやお辞儀はともかく(ロシアはウクライナ問題で制裁対象国という問題はありますが)、より深刻な問題は極右政党・自由党とプーチン大統領と機密情報を共有している可能性があるということでしょう。

****オーストリア情報機関に伸びる、ロシア・プーチン大統領の影****

(自身の結婚式で踊るクナイスル墺外相(左)とロシアのウラジーミル・プーチン大統領(右、2018年8月18日撮影)
オーストリアの情報機関が収集した情報が、ロシア政府の手に渡っているのではないか?――オーストリアの野党やメディアの間で、こんな臆測が乱れ飛んでいる。
 
オーストリアの連立与党の一角、極右政党・自由党が、つながりを深めているロシアのウラジーミル・プーチン大統領と機密情報を共有している可能性が懸念される中、欧州諸国の情報機関はオーストリアと距離を置いていると報じられている。(中略)

報道によると、欧米諸国がオーストリアとの情報機関の協力に慎重になっているのは、自由党と同党のヘルベルト・キクル内相が情報機関への影響力を強めようとしているのではないかと疑っているからだ。

自由党は2016年からロシアの与党・統一ロシアと「協力協定」を結んでいる。

■共有情報、「翌日にはプーチン氏の机の上」?
(中略)オーストリア日刊紙プレッセは23日、匿名のBVT筋の話として、オーストリア政府に共有された情報は、翌日にはプーチン氏のテーブルの上に載っていると報じた。(後略)【8月24日 AFP】
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ロシアとの関係でいえば、トランプ米大統領の欧州への冷淡な姿勢が、ドイツなどをロシアとの関係強化に向かわせているといった話もあります。

また、欧州政治・EUの将来を左右する難民問題に関して、防波堤となっているトルコが経済危機のなかで持ちこたえることができるのかという話もあります。

イギリスの“合意なき”EU離脱の可能性も最近よく目にします。

イタリア・ポピュリズム政権の難民対応も。

欧州政治の動向に関しては論点は尽きませんが、冗長になるので今日はここまでにしておきます。
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ロヒンギャ帰還が進まないのはバングラ側の責任と突き放すスーチー氏 ロイター記者裁判判決は延期

2018-08-27 22:34:32 | ミャンマー

(バングラデシュ南東部コックスバザールのクトゥパロン難民キャンプで、大量流出につながったミャンマー軍の大弾圧から1年を迎えて実施された行事に参加するため、歩いて会場へ向かうロヒンギャ難民たち(2018年8月25日撮影)【8月25日 ロイター】)

ロヒンギャの武装集団による警察施設襲撃から1年 つのる不信と警戒
ミャンマーを国軍等による虐殺・レイプ・放火などの民族浄化で追われた70万人を超えるイスラム系少数民族ロヒンギャのミャンマー帰国が一向に進まない現状については、8月17日ブログ“ミャンマー ロヒンギャ問題の独立調査委員会に日本人起用 真価を問われる日本外交”でも取り上げました。

弾圧の発端となったロヒンギャの武装集団による警察施設襲撃から1年ということで、あらためてロヒンギャの状況に関する報道も多くなっています。(なお、国軍による「掃討作戦」は襲撃前の8月の初めから始まっていた可能性も指摘されています)

****大弾圧から1年、警察襲撃のロヒンギャ武装組織が声明 難民らはデモ****
ミャンマー軍の弾圧によってイスラム系少数民族ロヒンギャ70万人が国外へ流出するきっかけとなった、ロヒンギャ武装組織による警察施設襲撃から、25日で1年を迎えた。

ミャンマーと国境を接するバングラデシュ南東部コックスバザールでは、ロヒンギャ難民ら数万人が「正義」を求めてデモ行進した一方、武装組織も声明を発表し、襲撃はロヒンギャを迫害から守るためだったと主張した。
 
ミャンマー西部ラカイン州では昨年8月25日、ロヒンギャの武装集団「アラカン・ロヒンギャ救世軍」が警察施設を襲撃。これが苛烈な弾圧を招き、国際医療支援団体「国境なき医師団」によれば、7000人近いロヒンギャが最初の1か月間で死亡した。
 
この事態を受けて約70万人のロヒンギャが隣国バングラデシュに殺到。徒歩、もしくは脆弱(ぜいじゃく)な船で流入した難民たちは、レイプや拷問、家屋の焼き討ちなどの被害を受けたと訴えている。
 
こうした中、ARSAは25日、ツイッターで声明を発表。ロヒンギャの保護と祖先伝来の地への安全かつ尊厳ある帰還を確かなものとすることは、ARSAの「正当な権利」だと主張した。
 
ただ、ロヒンギャの人々がバングラデシュにある難民キャンプで劣悪な生活を強いられるという人道危機の一因を担ったARSAが、幅広い支持を得られているかどうかは分かっていない。
 
その一方、コックスバザールのクトゥパロン難民キャンプでは、「二度と繰り返すな:ロヒンギャ大量虐殺(ジェノサイド)の日、2018年8月25日」と書かれた巨大な横断幕を掲げ、「我々はロヒンギャ、我々は正義を求める」などと声を上げながら行進した。
 
地元の警察署長はAFPに対し、推定4万人が行進及び集会に参加したと語った。
 
世界最大の難民キャンプとされる同キャンプはバングラデシュ当局の厳格な統制下に置かれているものの、平和裏にとはいえ、ロヒンギャの人々が怒りの声を上げて行進や集会を実施するのは例がないという。【8月25日 AFP】*******************

ミャンマー側は、ARSAによる再度の攻撃への警戒を強めています。

****<ミャンマー>ロヒンギャの武装集団を警戒****
ミャンマーの少数派イスラム教徒「ロヒンギャ」の武装集団「アラカン・ロヒンギャ救世軍」(ARSA)が、ミャンマーの警察施設を襲撃してから25日で1年。ミャンマー政府はバングラデシュとの国境付近で、ARSAによる襲撃が再び発生する可能性があるとして警戒を強めている。
 
ミャンマーのインターネットメディア「イラワジ」によると、昨年の襲撃発生から1年を前にミャンマー警察は、ラカイン州北部のバングラとの国境沿いに160を超える警察官詰め所を設置し、1000人を派遣。

さらに、最初に事件が起きたマウンドーなどでは24時間態勢でパトロールにあたり、国軍の協力も受けている。また、地元警察の話として、7月にマウンドーにあるロヒンギャの国内避難民キャンプで、30丁以上の手製の小銃が押収されたと伝えた。
 
ミャンマー政府はARSAを「テロリスト」に認定。21日に訪問先のシンガポールで講演したアウンサンスーチー国家顧問兼外相は「ラカイン州の人道危機を生み出す最初の要因となったテロ活動の脅威は、今も残っている」と指摘。「この安全上の課題に取り組まない限り、相互の暴力の危険は続く」と強調した。
 
ARSA関係者によると、ARSAは現在もバングラに近い山間部に拠点を維持。ミャンマー政府がロヒンギャ迫害に関する国際刑事裁判所(ICC)への捜査協力に同意するかどうかを注視してきたという。
 
だが、ミャンマー政府は今月9日にICCへの捜査協力を拒否。ARSA関係者は「ミャンマー政府の対応には失望している。再び政府側を襲撃する可能性はある」と話す。【8月24日 毎日】
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ARSAによる再度の攻撃は、ミャンマー政府が“テロ活動の脅威”をアピールするのに役立つだけだとは思いますが、武装勢力にはそうした“常識”は通用しないことも。

スー・チー氏 難民帰還の遅れはバングラデシュに責任
スー・チー国家顧問は“テロ活動の脅威”を強調する一方で、バングラデシュに逃れているロヒンギャ難民の帰還の遅れに関しては、「バングラデシュが送り出さなければならない。われわれは出迎えるだけだ」と述べ、バングラデシュに責任があるとの認識を示し、帰還時期を問われると、バングラデシュ側と調整中で「回答は難しい」と述べるにとどめています。

そのように言うしかない事情はあるにしても、事態打開への思いが感じられない対応です。
そもそもミャンマー側は“ロヒンギャ”という呼称すら認めていません。

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ミャンマー政府は、ロヒンギャの多くを「不法移民」と位置づけ、自国民族とも認めない。

そのため、スー・チー氏の(21日の訪問先シンガポールでの)講演や質疑でも、ロヒンギャという用語は使われず、「ラカイン州の人道問題」と呼称され、犠牲となった仏教徒のラカイン族なども含めた問題として扱われた。【8月21日 産経】
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しかし、ロヒンギャの問題の根幹は、そうしたミャンマー政府のロヒンギャの存在を認めない(不法移民として国籍も付与しない)対応にあることは明らかであり、そこが改善されない限り、衝突は再燃しますし、難民の帰還も進みません。

両親が虐殺される瞬間を目の当たりにした子供たち
国連事務総長や国連人権高等弁務官によるミャンマー側の民族浄化やジェノサイドに言及する非難、国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)による「ロヒンギャを国外に追放するだけでなく、帰還を阻むため、ミャンマー国軍が意図的に家屋や田畑を破壊・放火した」とする調査報告書(2017年10月11日)、国連人権理事会での、ミャンマーによるロヒンギャへの「組織的かつ大規模な人権侵害」に対する「強い非難」(2017年12月5日)等々に対し、ミャンマー国軍は、「ベンガル人」への迫害はしていなかったとし、殺害、放火、略奪、強姦などの迫害とされるものは全て「テロリストによるプロパガンダ」とする調査結果を出しています。

もちろん暴力は国軍・警察・ラカイン人側にだけでなく、ARSAなどのロヒンギャ側からのラカイン人やヒンズー教徒への暴力も指摘されてはいますが、ロヒンギャへの暴力が圧倒的規模であったことは間違いないと思われます。

****ロヒンギャ難民の「迷子」6千人超、半数はミャンマーで親殺された孤児****
ミャンマー軍の弾圧を逃れて隣国バングラデシュに逃げてきたイスラム系少数民族ロヒンギャの人々のうち、親が不在の子どもたちの半数は、祖国を脱出する際に親とはぐれたのではなく、既にミャンマー国内で迫害を受け孤児になっていたことが分かった。
 
バングラデシュに設けられた世界最大の難民キャンプに暮らす「迷子」の子どもたち数千人をめぐっては、いつか親と再会できる日が来るのではないかとの希望がこれまで語られてきた。だが、23日に発表された国際NGO「セーブ・ザ・チルドレン」の調査結果は、そうした望みを打ち砕く内容だ。

民族浄化」の疑いが指摘されるミャンマー軍の激しい弾圧を逃れ、バングラデシュの難民キャンプにたどり着いた人々のうち、親を伴っていない子どもたちは援助関係者が把握しているだけでも6000人を超える。(中略)
 
ロヒンギャ70万人がミャンマーを追われ難民となった弾圧の開始から1年、「迷子」の子どもたちを両親と再会させる試みが続けられているが、100人以上の子どもたちを調査した過去最大・最新のデータ分析結果によれば、「迷子」たちの半数はバングラデシュ到着前に孤児になっており、しかもその多くは両親が虐殺される瞬間を目の当たりにしたとみられる。

「ひどいことは分かっていたが、これほどとは思っていなかった。児童保護の経験豊富な専門家でさえ、この調査結果には衝撃を受けている」と、バングラデシュ南東部コックスバザールで人道支援活動に当たっているセーブ・ザ・チルドレンのベアトリス・オチョア氏は語った。(後略)【8月23日 AFP】
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民族浄化批判を強めるアメリカ
人権問題に関しては関心を示さないアメリカ・トランプ政権も、ロヒンギャ問題については“民族浄化”として制裁措置を発表しています。(ミャンマー軍事政権の人権侵害を強く批判していたローラ・ブッシュ米大統領夫人以来の名残でしょうか)

****米国、ロヒンギャ問題でミャンマー軍幹部らに制裁発動****
米政府は17日、ミャンマーのイスラム系少数民族ロヒンギャに対する迫害疑惑を巡り、「民族浄化」や人権侵害などに関与したとし、ミャンマーの軍・警察幹部4人、および軍の2部隊に対する制裁措置を発動させたと発表した。

今回の措置はロヒンギャ問題を巡る米政府の対応としてはこれまでで最も厳しいものとなる。ただ米政府はミャンマー軍の最高司令官レベルは制裁対象には含めず、ロヒンギャの人々を巡り起きている問題を非人道的犯罪とも、虐殺とも位置付けることは避けた。

ミャンマー軍は民族浄化の疑惑は否定しており、テロリズムとの戦いの一環であるとの立場を示している。【8月18日 ロイター】
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アメリカ政府は昨年12月21日にも、ロヒンギャへの迫害を指揮したとして、ミャンマー軍のマウン・マウン・ソー少将に対し、米国内の資産凍結や米国人との取引を禁じる独自制裁を科しています。

ポンペオ米国務長官は25日、ミャンマーにおけるロヒンギャ族に対する行為は「忌まわしい民族浄化」だとし、関与した者たちの責任を今後も追及していくと述べています。

ロイター記者裁判の判決は1週間延期 安保理での協議の結果待ち
こうした国際的な批判のなかで、国軍兵士によるロヒンギャ虐殺を取材中に逮捕され、国家機密法違反の罪で裁判にかけられているロイター通信のミャンマー人記者2人に対する地方裁判所の判決が注目されていましたが、判決言い渡しは1週間「延期」されました。

****ロイター記者判決、1週間延期=「判事が体調不良」―ミャンマー****
ミャンマーのイスラム系少数民族ロヒンギャに対する迫害を取材していたロイター通信のミャンマー人記者2人が国家機密法違反で起訴された問題で、ヤンゴンの裁判所は27日、予定していた判決を9月3日に1週間延期した。
 
裁判所は判事の体調不良を理由にしている。弁護団は、国連安保理が28日に行うミャンマーに関する協議の結果を待つため、延期した可能性があるという見方を示した。
 
昨年9月にロヒンギャ10人が虐殺された事件を調べていた記者2人は12月に逮捕された。2人は警官から食事に誘われ、飲食店で「機密文書」を渡された直後に逮捕されたと説明。証人として出廷した警官も「警察のわなだった」と証言した。
 
ロイターは「2人は犯していない罪で8カ月以上も収監されている。判決が言い渡されず、失望している」との声明を発表。

国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウオッチのロバートソン・アジア局長代理は「判決を読み上げる人物が他にいないという理由で収監を延ばすのは、ミャンマーの司法制度がいかに常識と公正さを欠いているかを示している」と批判した。【8月27日 時事】 
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“国連安保理が28日に行うミャンマーに関する協議”で、ミャンマー側への配慮が見られれば、量刑も一定に配慮するとのミャンマー側の“取引”でしょうか?

舞台が国連安保理となると、批判を強めるアメリカに対し、中国・ロシアはミャンマー批判にコミットしない立場ですから、ミャンマーにとっては強い批判は避けられるとも推測されます。

ただ、この記者2人については、事件そのものが“警察のわな”だったことを警察官が証言しています。
こうした当局側の謀略が許されている限り、スー・チー政権が本気でロヒンギャ問題に立ち向かうこともないでしょう。

なお、国連人権理事会の調査団は、ミャンマー国軍総司令官らの国際刑事裁判所(ICC)への付託を求めています。

****ロヒンギャ迫害で国連委が報告書 軍高官の捜査と訴追求める****
ミャンマーのイスラム教徒少数民族ロヒンギャ迫害に関し国連人権理事会が設置した国際調査団は27日、迫害行為へのミャンマー国軍の関与は明白だとして、ミン・アウン・フライン国軍総司令官ら軍高官らへの捜査と訴追を求める報告書を公表した。人道犯罪などで訴追権限を持つ国際刑事裁判所(ICC)に問題を付託するように要請した。
 
またアウン・サン・スー・チー国家顧問兼外相が迫害を防ぐために「自身の地位と道徳的権威を用いなかった」と非難した。【8月27日 共同】
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批判を強めるだけではミャンマー側を頑なにするだけ・・・という“大人の論理”が日本外交の立場なのでしょうが、問題によっては白黒をはっきりさせるべきものもあります。

難民の大量流入に苦しむバングラデシュ ビジネスチャンスとする人も
ロヒンギャに関しては、70万人超の難民の帰還をどうするのかという問題、ミャンマー政府がどのように対応するのかという問題、国軍の責任をどう問うのかという問題がメインとなりますが、付随する形でいろいろな問題も起きています。

ひとつは、難民受け入れ側のバングラデシュの問題

****ロヒンギャ流入、おびえる少数派=人口バランス激変―バングラ****
(中略)バングラデシュ南東部コックスバザールに押し寄せたロヒンギャは膨大な数に達する。一方で、コックスバザールには少数派の仏教徒やヒンズー教徒も暮らしており、増え続けるロヒンギャにおびえる人もいる。
 
この1年間、バングラデシュに逃れたロヒンギャは70万人近い。主要な難民キャンプがあるコックスバザール県の二つの郡には、それまでの人口とほぼ同じ人数のロヒンギャが流入し、人口バランスは激変した。
 
ロヒンギャ難民キャンプで支援に当たる国際機関関係者の運転手を務めるバングラデシュ人の男性(40)は、少数派の仏教徒。これまでは「イスラム教徒と衝突もなく、家の窓やドアを開けたまま暮らせるほど平和だった」と昔を振り返った。
 
しかし、昨年8月からのロヒンギャの大量流入で、恐怖を覚えるようになったと語る。「仏教徒にミャンマーを追い出されてきた人たちだ。自分たちに仕返しをしないか不安だ」と心情を打ち明けた。(後略)【8月25日 時事】
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一方で、難民発生の状況をビジネスとして活用する人々も。

****全てがビジネス」、ロヒンギャ難民危機で駆動する経済 バングラ****
ミャンマー出身のラカイン人仏教徒であるミンミンさんはバングラデシュで、自身が船長を務める船から、イスラム教徒の少数民族であるロヒンギャの労働者たちが、ショウガを詰めた袋を担いで荷下ろしする様子を見つめていた。ミンミンさんは難民危機がつくり出したビジネスチャンスをつかんだ一人だ。
 
ミンミンさんは「争いについては心配していない…全てがただのビジネスだ」と言い、船から積み荷が降ろされるのを待ちながらウイスキーやたばこを差し出し、ビンロウの実によって赤く染まった歯を見せて笑った。
 
(中略)ロヒンギャの人々のためのキャンプは今や、丘陵地帯や農地にまで拡大したテント村の様相を呈している。
だがその中では、支援金が呼び水となって、さらには食料、住まい、仕事を必要とする多くの人々、そして消費財を購入する余裕がある人々が形成した市場によって、新しく、かつダイナミックな経済が駆動している。
 
数世代にわたって続けられてきた貿易によって、ラカイン人とロヒンギャ人、さらには両国を往来するバングラデシュ人の間に存在する宗教的な対立関係が希薄化した面もある。(後略)【8月19日 AFP】A
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難民ビジネスのなかには、麻薬密輸のような違法ビジネスもあって、地域を不安定化させる問題ともなっています。
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ロシア  アフリカで高まる存在感 「影の軍隊」 シリアでの厄介なイラン・イスラエル「調停」

2018-08-26 21:51:15 | ロシア

(頻繁に会談を重ねるネタニヤフ首相とプーチン大統領【8月14日 WEDGE】)

軍事協力を中心に“アフリカ大陸に戻り始めた”ロシア
アメリカのプレゼンスの空白を埋めるように、ロシアがシリアでその存在感を強めていることはかねてより言われていることですが、アフリカとなると、もっぱら中国の影響力拡大が取りざたされています。

そのアフリカでもロシアの存在感が高まっているという、ちょっと意外な感じの記事。

****軍事協力」「投資」「指導員」 アフリカで存在感高めるロシア****
軍事協力や武器売買、投資などの働きかけを通じて、ロシアがアフリカへの関与を再び強め始めている。このロシアの動向について専門家らは、欧州諸国、さらには中国をもしのぐ勢いだと分析している。

ロシア政府は過去3年にわたって、アフリカでの存在感を高めようとさまざまな取り組みを行ってきたが、ここ数か月は、そのペースが一気に増しているようだというのが専門家らの見方だ。

その取り組みが最も顕著に見られるのが、中央アフリカだ。貧困と不安定な政情とに苦しんできた同国はこれまで、旧宗主国のフランスに支援を求めてきた。

しかし、今年に入ってからは、ロシアが国連の承認を得た上で中央アフリカ政府軍への武器供与を行っている。ロシアは、フォスタンアルシャンジュ・トゥアデラ大統領に保安業務を提供しており、大統領の安全保障担当補佐官もロシア人だ。

ロシアはさらに、軍の指揮官5人と、中央アフリカ軍の「指導員」を務める民間人170人を派遣した。だが、同国部隊はすでに欧州連合によって軍事訓練を提供されている。

こうした「指導員」は、民間軍事会社ワグネルから派遣されていると専門家らは考えている。同社の戦闘員らは、シリアの戦闘にも参加していると報じられている。6月にはロシア人記者3人が、現地での彼らの活動の調査中に殺害された。

これ以外にも、カメルーンに対しては、イスラム過激派組織「ボコ・ハラム」と戦うために武器を輸出し、コンゴ民主共和国、ブルキナファソ、ウガンダ、アンゴラとは軍事的に提携している。スーダンとは核開発での協力だ。ジンバブエとギニアでは、中国が新興勢力となっていた鉱業分野にも進出している。

■ネットワークの復活
ロシア外交において、アフリカの優先順位は最も低いものとなっているが、それでも最近は「重要性を増し始めている」と、ロシア科学アカデミーのドミトリー・ボンダレンコ氏は指摘する。

「2014年のクリミア併合によりロシアは西側と対立し、再び世界の大国となる野望を隠さなくなった。そうした過程において、アフリカを無視できなくなっている」

ボンダレンコ氏によると、ロシアの関心は経済的利益よりも「政治的発展」にあるという。

旧体制時代、ロシアは西側とのイデオロギー戦争の一環で、アフリカで非常に強い存在感を示していた。アフリカの解放運動を支援し、植民地支配が終わった国に対して、何万人ものアドバイザーを送り込んでいた。

だが、旧体制が崩壊した後は、経済問題と内部対立を抱えることとなり、ロシア政府は1990年代に一旦、アフリカでのプロジェクトを断念した。

しかし、10年ほど前からロシアは古いネットワークを再構築し、徐々にアフリカ大陸に戻り始めた。

ウラジーミル・プーチン大統領はまず、それまでも親密な関係にあったアルジェリア、南アフリカ、モロッコ、エジプトを訪問した。その後、1期だけ大統領を務めたドミトリー・メドベージェフ氏は、400人の経済視察団と共にアンゴラ、ナミビア、ナイジェリアを訪問し、ロシア企業を売り込んだ。

そして今年、セルゲイ・ラブロフ外相はアフリカ5か国を歴訪し、プーチン大統領も南アフリカ・ヨハネスブルクでの新興5か国首脳会議に出席した。また、サンクトペテルブルクで開催された国際経済フォーラムでは、アフリカでの事業を紹介した。

■欧州と中国に対する交渉カード
アフリカの一部の国にとって、ロシアとの関係強化は欧州や中国に対する交渉カードになると専門家たちは指摘する。

つまり、「投資と開発の別チャンネル、すなわち別のパートナーを持つことを意味する。そして、国際ステージで大きな力を持つ国の後ろ盾も得られる」と、旧ソ連とロシアでアフリカ諸国の大使を務めた政治専門家、エフゲニー・コレンジャコフ氏は指摘する。

さらにロシアは欧州のようにアフリカの植民地化に関わっていない。これがアフリカの国にとっては魅力的に映ることもある。他方、旧ソ連で大学教育を受けた経験を持つ、アフリカの国の政府高官も多い。

「スーダンやジンバブエなど、欧米諸国が協力に消極的な国々はこれまで、中国を頼らざるを得なかった」と、ボンダレンコ氏は言う。「しかし、今や一つの選択肢としてロシアがその存在感を高めつつある」

そして、このような新たな状況が、「アフリカ大陸の地政学的立ち位置に変化を与えることは十分にあり得るだろう」との見解を示した。【8月25日 AFP】
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上記記事を読む限り、ロシアのアフリカでの存在感拡大は軍事面が中心にあるように見えます。
ロシアの経済力を考えれば、経済的にアフリカの成長を支えるような資金力・技術力はないでしょう。

【「影の軍隊」 プーチン政権とつながる政権民間軍事会社の暗躍も ロシアの“闇”】
そして軍事的関与の中核にはワグネルのような民間軍事会社もあるようです。

“民間”とは言いながらもプーチン政権と強いつながりを持つワグネルに関しては、記事にもあるように最近“不可解な事件”があったばかりです。

****ロシア人記者3人殺害で波紋=疑惑の軍事会社取材****
中央アフリカで7月末、シリア内戦などへの関与を指摘されるロシア民間軍事会社「ワグネル」の動向を取材していたロシア人記者3人が殺害された。

ロシアでは4月にもプーチン政権との関係を取り沙汰される同社を取材していた記者が不審死しており、波紋がさらに広がっている。
 
ワグネルは、ロシアによる米大統領選介入で米当局に起訴された実業家エフゲニー・プリゴジン氏が財政支援しているとされる。プリゴジン氏はプーチン大統領と近く、政権の意向を受けてウクライナ東部やシリアにロシア人雇い兵を送り込んだ疑いがある。
 
米軍主導の有志連合が2月にシリア東部を空爆した際、ロシア人数百人が死亡したとされるが、多くはワグネルの雇い兵だったとみられている。
 
ロシアの調査サイトなどによると、ワグネルは最近、資源獲得を狙って中央アフリカで暗躍。

記者3人は、プーチン氏と対立して英国に亡命した元石油王ホドルコフスキー氏の呼び掛けに応じ取材活動に入ることを決め、7月27日、中央アフリカに到着。同30日に首都バンギの北東約180キロの道路で襲撃を受け、殺害された。(攻略)【8月2日 時事】 
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更に、今年4月、シリアでのワグネルの活動について調査していたジャーナリストが、ロシア・エカテリンブルクの自宅アパートで、5階のバルコニーから転落して死亡しているのが発見されるという事件については、4月17日ブログ“ロシア 政府の陰の組織として活用される民間軍事会社を調査していたジャーナリストが転落死”でも取り上げました。

ワグネルを探ろうとする者には“不審な死”が待ち受けているようにも見えます。
そこにはロシアの抱える闇があるようにも。

“シリアなど世界中の紛争地域で活動しているワグネルは、ロシア政府の「陰の軍隊」と評されており、ロシア政府がワグネルを利用することで、シリアやウクライナなどでの軍事活動を目立ちにくくさせ、犠牲者数を抑制させていると専門家らは指摘している。”【8月1日 AFP】

“暗躍”という言葉が似つかわしい民間軍事会社ワグネルの活動であり、それを利用するロシア・プーチン政権の不透明さです。

それにしても、“邪魔者は消す”という粗暴なロシア政治の体質は、直接の関与の有無は別にしても、プーチン大統領が育ててきたものであり、民主主義とか人権といった価値観にそぐわないロシアの異質性を示すものです。

シリアでは成功を収めつつあるロシア
一方、シリアにおいてはプーチン大統領の積極的な軍事介入政策が成功を収めています。

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2015年9月にロシアがシリア紛争に介入してから、まもなく丸3年が経とうとしている。

この間、ロシアは空軍、特殊部隊、軍事顧問団をシリアに送り込み、合わせて大量の軍事援助を行うことでシリアのアサド政権を支え続けてきた。

これによってアサド政権は不完全ながらも支配領域を回復し、もはや同政権を軍事的に打倒することは極めて困難な状況になりつつある。この意味では、ロシアの戦略目標はほぼ成功したと考えられよう。【8月14日 WEDGE】
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ロシアはシリアに約6万3000人のロシア軍兵士を派遣したそうです。

****ロシア、シリア内戦に兵士6万3000人派遣****
ロシア国防省は22日、内戦下のシリアにこれまで約6万3000人のロシア軍兵士を派遣したことを明らかにした。
 
ロシア国防省が同日公開した2015年9月開始のシリア政府支援作戦に関する動画で明らかになったもので、動画によるとシリア国内で合計6万3012人のロシア兵が「戦闘を経験」し、うち2万5738人が将校、434人が将官、4349人が重火器・ミサイルの専門家だという。
 
また、ロシア空軍が行った作戦出撃は3万9000回以上に上り、「8万6000人超の戦闘員」を殺害し、12万1466か所の「テロリストの拠点」を破壊したとしている。
 
セルゲイ・ショイグ国防相は昨年12月の時点で、シリアでの作戦に参加した兵士の数について4万8000人以上と述べていた。
 
ウラジーミル・プーチン大統領は昨年12月、シリア駐留部隊の一部撤退を命じたが、後に完全に撤退する計画はないと明言し、「有益である限り」ロシア軍はシリアにとどまるとの考えを示した。【8月23日 AFP】
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上記の数字には、民間軍事会社ワグネルのような「陰の軍隊」の数字は含まれていないでしょう。
犠牲者が不可避な地上作戦では、もっぱら「陰の軍隊」が活用され、その犠牲者数などは隠ぺいされています。

「陰の軍隊」はともかく、ロシアがこうした数字を公表するのは、シリア内戦も“終わりに近い”という認識があるのかも。シリア・アサド政権も、これまで秘密にしてきた“拘束者”の“病死”等の死亡を家族など連絡し始めているとか。

成功者ロシアにとっても厄介なイラン・イスラエル間の「調停」】
政府軍・ロシアによる最後の反体制派拠点イドリブの攻略は時間の問題でしょうが、複雑に絡み合った関係国のシリアでの利害の調整は、ロシアにとっては厄介な問題です。

その一番の問題は、シリアに勢力を広げたイランと、これを警戒するイスラエルの対立をどのように“調停”するかという問題です。

イランはかねてよりロシアと協調する形でアサド政権を支えてきましたが、最近はイスラエル・ネタニヤフ首相がプーチン大統領と頻繁に階段を重ねながら、シリア領内のイラン勢力への攻撃を行っています。

その点では、ロシアはイスラエルに配慮して、一定にイランとの距離を置こうとしているようにも見えます。
ただ、ロシアとしても全面的にイスラエルに与する訳にもいきません。

****イスラエルとイランの間で板挟みになるロシア****
(中略)
第一に、イスラエルによる革命防衛隊への攻撃を全面的に認めてしまえば、ロシアとイランの関係が確実に悪化する。

中東における最重要友好国であるイランが完全に離反する事態はロシアとしては避けなければならない。ことにロシアがシリア全土を制圧できるだけの地上兵力を提供できない以上、ここでイランの支持を失えばロシアのシリア戦略が破綻しかねない。米国がイランに対する姿勢を硬化させている現状ではなおさらである。
 
第二の、そしてさらに深刻なシナリオは、シリアを舞台としてイランとイスラエルの全面衝突が始まってしまう可能性である。(中略)

シリア発第5次中東戦争が勃発すれば、これはこれでロシアのシリア戦略を崩壊させる可能性をはらんでいるためである。
 
いうなればイスラエルとイランの間で板挟みの状態に置かれているのが現在のロシアであると言える。そして、これに対してロシアが打ち出したのが、冒頭で述べた「調停者」として振舞うという戦略であった。【8月14日 WEDGE】
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しかし、シリアにおける「調停者」の役割がロシアにつとまるかどうか・・・疑問も指摘されています。

****ロシアが「中東の警察官」なれない理由****
(中略)前回述べたように、シリアにおいてイランとイスラエルが直接衝突する事態はなんとしても避けなければならないものであった。そこでロシアは、両者の間に入って衝突を避けようとする動きを盛んに見せている。
 
たとえば、イスラエルが5月にシリア領内のイラン革命防衛隊を空爆したのち、ロシアのラヴロフ外相は、「シリア南部にはシリア共和国軍の部隊だけが展開すべきである」と述べ、イラン革命防衛隊の撤退が望ましいことを示唆したことがある(ただし、ラヴロフ外相は「これは双方向の措置でなければならない」として、イスラエルによる空爆も暗に非難した)。
 
また、この日、レバノン上空でロシア空軍のSu-34戦闘爆撃機がイスラエル空軍のF-16戦闘機に接近したと報じられている。

イスラエル側の報道によると、ロシアは5月初めからレバノン上空に軍用機を侵入させ始めていたとされ、レバノンを拠点とするイスラエルのシリア領内での活動(偵察及び爆撃)をけん制する狙いがあったと見られる。

このラヴロフ発言に続き、英国に本拠を置くシリア人権監視団は、イラン革命防衛隊及びヒズボラはゴラン高原から撤退する用意があるようだと述べており、ロシアの調停による兵力の引き離しが実を結ぶかに見えた。
 
しかし、現実にはロシアの調停が機能しているとは言い難い。結局、イラン革命防衛隊はシリア南部から撤退していないと見られており、(ロシアのけん制にもかかわらず)イスラエルによるシリア領内での空爆も継続されている。
 
(中略)さらに7月23日、イスラエルを訪問したラヴロフ外相が、ゴラン高原のイスラエル国境から100km以内にイラン部隊を立ち入らせないようにするとの提案を行ったが、イスラエルは不十分であるとして拒絶したとも報じられている。
 
イランが一度固めたシリア領内の地歩を完全に放棄させることはロシアにとっても困難であり、かといって部分的撤退ではイスラエルも納得しないという状況が見て取れよう。

ゴラン高原へのロシア軍展開
それでも、ロシアとしてはシリアにおけるイラン・イスラエル対立を放置することはできない。こうした中で8月、ロシアは、国連平和維持部隊の一部としてゴラン高原にロシア軍憲兵隊を展開させ始めた。

同国南部において反体制派の掃討が進み、同地域にイラン革命防衛隊が展開してくることを懸念するイスラエルを宥める意図があると見られる。(中略)ロシアの措置はイスラエルの対イラン脅威認識を抜本的に払拭するものとはならないだろう。

「調停者」にはなれないロシア
以上のように、ロシアは中東において圧倒的な力を持つ「調停者」として振舞うことはできておらず、近い将来にそのような振る舞いが可能となる見込みは薄い。

煎じ詰めるならば、これはロシアが中東において発揮しうる力の限界に帰結しよう。秩序を乱す者に対して受け入れがたい懲罰をもたらす存在でなければ「調停者」たりえないためである。
 
たしかにロシアは旧ソ連近隣地域(ロシアが「勢力圏」とみなす地域)においては圧倒的な軍事大国であり、政治的にも経済的にも強い影響力を発揮し得るが、中東はその限りではない。

もともと外征軍ではないロシア軍が中東に展開できる軍事力には限りがあり(米軍の持つ巨大な空輸・海上輸送力をロシアは欠いている)、そのような大規模作戦を支える経済力となるとさらに小さい。

エネルギーや経済をテコとしてイスラエルやイランを従わせるというオプションもロシアにはない。2015年のシリア介入以降、ロシアが中東情勢における影響力をかつてなく高めたことは事実であるが、その限界は正しく認識されるべきであろう。
 
同じことは、中東全体の秩序についても言える。米国が中東へのコミットメントを低下させるなか、ロシアが米国に代わる新たな「警察官」になりつつあるとの論調が我が国内外には見られるが、これは明らかに過大評価であると言わざるを得まい。

そのような限界のなかでロシアが何をしようとしており、どこまでできるのか。中東に復帰してきたロシアの役割を見通す上で必要なのは、こうした過不足ないロシア像であるように思われる。【8月23日 WEDGE】
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ロシアに「調停者」としての力量がないなら、だれがシリアの混乱をコントロールするのか・・・という問題が残ります。
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モンゴル  良好な関係を維持せざるを得ない中国との関係 内モンゴルの状況 世界最悪の大気汚染

2018-08-25 21:38:09 | 東アジア

(首都ウランバートルの街を覆うスモッグ【8月25日 WEDGE】)

中国との良好な関係を推進せねばならない構図 「過去のことは追求しない」との両国方針で歴史問題は封印
日本では大相撲以外には、政治的にも、経済的にも、あまり話題になることがないモンゴル。

隣接する中国国内にも広大な内モンゴル自治区も存在することもあって、チベットやウイグルへの中国政府の“弾圧”とも評されるような厳しい姿勢のなかで、モンゴルと中国の関係、中国国内おけるモンゴル族の状況については関心がもたれるところです。

中国の圧倒的な影響力を受ける点では、他の中国周辺国と同様ですが、モンゴルの場合、日本の4倍の面積にもかかわず人口は約300万人ということで、13億人の中国とはけた違いの格差もあります。

*****中国との提携、モンゴルには受け入れざるを得ない事情****
中国政府外交部の陸慷外交官は24日の定例記者会見で、モンゴル国を公式訪問した中国の王毅外相が、モンゴル側から大いに重視されたことについて、「モンゴル国は『一帯一路』を共に建設する天然のパートナーだ」などと述べた。

モンゴル人の間での対中感情は良好とはいえないが、政府としては中国との良好な関係を構築をせざるをえない状況だ。

王外相とバトトルガ大統領などモンゴル政府要人との会談では、モンゴル側から「一帯一路」など中国の政策に深くかかわり、中国側によるモンゴルにおけるインフラ建設やエネルギー、電力分野の協力について、両国がガイドラインの設定を早めるなどの提案があったという。

王外相も、モンゴル国がインフラ建設を早めることを支持し、モンゴル国が「発展のボトルネック」を突破することを助け、モンゴル国が「一帯一路」により現実的な利益を得ることを支持するなどと述べた。

陸慷外交官は24日の記者会見で、「中国とモンゴルは山も川も連なった、友好的な隣国だ。モンゴル国は『一帯一路』を共に建設する天然のパートナーだ」などと述べ、両国の協力で双方が新たなチャンスを得ることができるなどと主張した。

しかし、モンゴル国民の対中感情は、良好とは言えない状況だ。まずは、人口がわずか300万人程度のモンゴル国が人口が14億人近い中国に接しているという、「人口圧力」に対する警戒感がある。

しかも、内陸国であるモンゴル国は、海への出口を中国に抑えられているという恐怖感がある。

また、裕福になった中国人男性がモンゴル国で愛人を持つなどの行為に対する嫌悪感もある。

しかし、自国経済を安定して発展せねばならないモンゴル国政府には、中国との良好な関係を推進せねばならない構図がある。そのため、モンゴル国政府は中国の意向を最大限に受け入れねばならない「宿命」を持っていると言える。

なお、中国国内では、内モンゴル自治区を中心に580万人のモンゴル族(モンゴル民族)が暮らしている。中国における民族分類は戸籍上のもので、実際にはモンゴル語を全く話せないモンゴル族も多いが、それでも、中国国内のモンゴル民族人口はモンゴル国よりも多いと考えてよい。

モンゴル国と内モンゴル自治区の歴史的所属については中国側とモンゴル国では見解が分かれている。

モンゴル国側は「モンゴルはもともと中国とは別の国。元朝時代にはモンゴルが中国を支配したが撤退した。内モンゴル自治区は本来、モンゴル人の土地だったが、歴史の経緯により手放すことになった」だ。

一方の中国は「モンゴル民族はもともと中国の多くの民族の一つだ。20世紀になってからの歴史の変動により、モンゴル国は中国から分離した。ただし中国はモンゴル国の独立を承認した」との見解だ。

双方の歴史見解は異なるが、中国はモンゴル国の独立を認め、モンゴル国も中国領内モンゴルの領有権を主張する考えはないと明言している。

つまり双方が、「過去のことは追求しない」との方針を堅持しているので、「歴史問題」が表面化することはない状況だ。【8月25日 レコードチャイナ】
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「モンゴル民族はもともと中国の多くの民族の一つだ。20世紀になってからの歴史の変動により、モンゴル国は中国から分離した。ただし中国はモンゴル国の独立を承認した」という中国側認識は、モンゴルならずとも、中国周辺国としては大いに異論があるところです。

そうした“中華思想”的発想が東アジアの緊張を高めることにもなり、また、“強国”に成長した中国が周辺国から本当の意味でのリスペクトを受けられない所以でもあると思いますが、現実政治世界にあってはモンゴルにとっては如何ともしがたいものもあります。

日本も加担した民族分断の悲劇も
中国側に組み込まれている(中国的認識からすれば、本来はモンゴル国自体が中国の一部であるが・・・ということになりますが)内モンゴル自治区については、以下のようにも。

****内モンゴル自治区****
内モンゴル自治区と名のつくものの、地方政府トップの自治区主席などをモンゴル族が務めているのみで、自治区設立から60年間続いた漢民族の流入によって漢民族が人口の80%以上を占めており、その他モンゴル族・ダウール族・エヴェンキ族・オロチョン族・回族・満洲民族・朝鮮族などが居住している。モンゴル統一や独立を求める罪を犯す人は法律により最大で無期懲役に処される。

現在ではモンゴル自由連盟党や内モンゴル人民党などが内モンゴル独立運動を行っている。南モンゴル民主連盟代表のハダが拘束されるなどモンゴル民族の分離独立運動は徹底的に取り締まられている。【ウィキペディア】
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チベットやウイグルへの対応を見れば、モンゴル民族運動への中国の神経質な対応が想像できます。

中国の対応だけをあげつらうのは片手落ちで、かつては日本も“満州国”としてモンゴル族を実質支配し、ノモンハン事件では、モンゴル族間の同族の争いに駆り立てた歴史的経緯もあります。

****ノモンハンと文化大革命 モンゴル族悲哀の歴史 藤本欣也****
(中略)満州里会議が成果なく幕を閉じる中、満蒙国境の草原地帯で39年に勃発したのがノモンハン事件だった。
 
「同じ民族同士が戦う悲しい戦争でした」
こう語るのは、ノモンハンに近い内モンゴル自治区アムグランで文物管理所長を務める巴図孟和(ばともうわ)さん(60)だ。モンゴル族の出身である。
 
日本でノモンハン事件と呼ばれる戦闘は、日本・満州国の連合軍と、ソ連・モンゴル人民共和国の連合軍が戦った。このうち満州軍の主力は、戦場一帯を地盤とするモンゴル族の部隊で構成されていた。
 
つまり、モンゴル民族同士が戦場で相まみえたことになる。
 
「モンゴルの大地でモンゴル人同士が血を流した。恥ずかしいことです」
巴図さんには、満州軍の兵士だった伯父がいる。
 
「モンゴル族の部隊は空に向けて発砲する兵が多かったといいます。脱走兵もたくさんいたそうです」
伯父は重傷を負った。ソ連兵に撃たれた、と話していたという。
 
戦闘は、兵力・物資に勝るソ連側が人的損失を被りながらも優位に展開し、4カ月後に停戦した。
 
満州軍の一員としてノモンハンに参戦したモンゴル族の苦難は、共産中国の建国後も続く。
 
50〜60年代、中国人民解放軍によるチベット制圧の過程で、モンゴル族は部隊派遣を命じられ、今度は高地での戦闘を強いられた。
 
こうした「忠誠」や「貢献」にもかかわらず、「少数民族の中でも特にモンゴル族の被害が甚大だった」(被害者家族)というのが、文化大革命(66〜76年)である。
 
問題視されたのは、過去の対日協力だけではない。当時は中ソ対立の時代で、ソ連の衛星国、モンゴル人民共和国との関係も疑われた。10万人以上が犠牲になったとの説もある。
 
7月下旬、中国人観光客でにぎわうノモンハンの戦場跡を訪れた。草原に政治スローガンの看板が立っている。中国語とモンゴル語で記されていた。
 
民族の団結強化  民族の進歩促進  民族の経済繁栄  美辞麗句が並ぶ。つまりは、いずれも現代の中国やモンゴル族の社会で実現していないということだ。
 
その背後にたゆたう少数民族の歴史を、草原で無邪気に馬と戯れる一般の中国の人々は知るよしもない。【8月23日 産経】
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【“世界最悪の大気汚染”を生むスラム街の石炭 そこに遊牧民を追いやる環境変化
話をモンゴル国に戻すと、“大草原”のイメージにもかかわらず、モンゴル・ウランバートルは世界の首都では最悪の深刻な大気汚染に苦しんでいます。

****酸素カクテル」を飲む住民も、モンゴル首都の強烈な大気汚染****
モンゴルの首都ウランバートルでは、大気汚染に耐えかねた住民たちが、汚染された空気から身を守る最後の手段として「ラング(肺)ティー」や「酸素カクテル」を飲んでいる。だが保健当局によると、それらの効果は立証されていない。

国連児童基金(ユニセフ)の報告によると、2016年に世界中の首都で最も大気汚染が深刻だったのはウランバートルで、インドのニューデリーと中国の北京がそれに続いた。ユニセフは報告書の中で、すべての子どもや妊婦を危険にさらす健康危機だと警鐘を鳴らしている。

気温がマイナス40度にまで落ち込むこともある世界で最も寒い首都では、いわゆるゲル地区と呼ばれるスラム街の住民たちが調理や室内の暖房用に石炭ストーブを使用しており、大気汚染が急激に悪化している。

汚染源の大半はゲル地区のストーブだが、道路輸送や発電所からも有害なガスが発生している。(後略)【5月18日 AFP】
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「ラング(肺)ティー」というのは、肺の洗浄効果をうたうお茶とのことです。

直接の汚染原因はゲル地区と呼ばれるスラム街の住民たちが使用する石炭にあるにしても、そうした状況に陥っている背景には、気候変動も絡んだ環境変化で遊牧生活ができなくなっている現状があるようです。

****ゾド」に生活を追われるモンゴルの遊牧民****
(中略)増幅の一途をたどるウランバートルは、近年深刻な大気汚染に悩まされている。

そもそもウランバートルは盆地であるため、大気が留まりやすい。冬は世界平均の25倍もの汚染物質で大気が充満し、ついに“世界最悪の大気汚染”というレッテルを貼られることになった。
 
事実、数メートルの先の信号の表示が“ガスって”見えないので交通事故に危うく遭うところだった。息を吸うと何かが入り込んでいて喉や鼻を刺激するわ、目なんて沁みて痛いわで、スーパーでマスクとサングラスを急遽購入した。(中略)

現場や人々を取材する中でこの惨状の原因が見えてきた。気候変動である。
 
気候変動によって放牧を放棄せざる得なくなった元遊牧民たちが、ウランバートルに押し寄せ、ゲル地区と呼ばれる遊牧民たちのゲル(移動式住居)の密集地域を形成した。

この都市スラムで彼らは廉価な石炭で暖をとったり料理をしたりしてギリギリの生活を送っている。元遊牧民たちは、口々に「ゾドにやられた」と叫んだ。遊牧民たちに何があったのか?ゾドとは一体何者なのか?

冬の魔物「ゾド」
今年の冬、ゾドによる被害が最も大きかったウランバートルから西へ400キロのウルハンガイ県に向けて車を走らせた。いたるところで、家畜の死骸が無残にも四方八方に転がっていた。
 
ゾドとはモンゴル語で寒雪害を意味する。ゾドの発生要因は、冬の草地を覆う雪氷の増雪や夏の少雨や干ばつなどにより牧草の欠乏が続く気候状態である。

ゾドが発生すると家畜は夏に十分な牧草を食べられず、脂肪が蓄えられなくなり、越冬できず大量の家畜が死に絶える。

国民の約30%が遊牧民であるモンゴルでは、家畜を失うことは財産を失うこと同じ。多くの人々の命や生活をも脅かすことになる。(中略)

気候変動で「ゾド」が増加傾向に
ゾドの研究者であるモンゴル環境省気候変動対策課のバトジャルガル博士に話を聞いた。
(中略)博士は「気候変動の影響でゾドの発生数が増加傾向にある」と指摘。(中略)

博士によると、一昔前は12年に1度くらいの頻度でゾドが発生していたのに対し、近年は3.8年に1度の頻度で起きているという。このまま温暖化が進めば、遊牧民が消え、モンゴル国の3割を占める国民の生活基盤が失われる恐れがあるのだ。

ゾドによる社会問題
(中略)ゾドによって家畜を失った人々の多くが遊牧生活を止めざるをえず、ウランバートルに押し寄せてきている。その数は年々増え続け、ウランバートル人口の6割を占める約90万人に達した。

(中略)遊牧民たちは、遊牧生活で使っていたゲル(移動式住居)を設置しまくり、今では巨大な「ゲル地区」が形成された。

(中略)遊牧しかしたことがない彼らは、なかなか職が見つからず、3K(きつい、危険、汚い)の職場環境の仕事しか得られない。彼らの生活は困窮し、アルコール中毒や犯罪に手を染める人たちもいる。こうした元遊牧民が「環境難民」として肩を寄せ合っている。(中略)

現在では、もはやこれ以上ゲルを建てられない状況に陥り、今年1月、政府は、ウランバートル市内に流入する遊牧民を規制する条例を制定。

しかし、それでも墓地をぶち壊してゲルを建てる遊牧民までいるという。政府が、遊牧民の流入を規制した要因に、冒頭の「大気汚染」問題があるのだ。

「環境難民」が生む次の環境問題
ゲル地区に住むソロンゾンボルドさん一家もその一人。彼らの「ゲル」からは、調理やマイナス50度の極寒に耐えるために燃やした石炭から出る汚染物質を含んだ真っ黒な煙が上がっている。

煙の街と化したウランバートルの病院には、廊下に溢れかえるほどの患者が、大気汚染を原因とする「肺炎」などの病気を患って、受診に来院している。
 
毎年400人を超える幼児が大気汚染を原因とする病気で死亡しているという。胎児や妊婦にも大気汚染の影響が及んでいる。

(中略)子供の夢を叶えるため、両親は大気汚染に加担していることに胸を痛めつつも、安価は石炭で生活を支えている。
 
(中略)ゲルから排出された煙は、富裕層らが住む地区に流れやすく、ソロンゾンボルドさんの妻は、富裕層から罵倒され唾を吐かれたそう。「申し訳ない。でも仕方ないんです。非難の目を向けられることのない遊牧民に戻りたい…」と胸を詰まらせた。(後略)【8月25日 WEDGE】
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一方、絶滅の危機に瀕していたモンゴルの古代馬の繁殖が行われているとか。

****絶滅寸前モンゴルの古代馬 繁殖プログラムで生息数回復、故郷の草原へ****
乱暴に足が踏み鳴らされると、シベリア上空を飛行していた小型軍用機が揺れた。同機がチェコのプラハからモンゴルの草原へと輸送しているのは、希少な4頭の馬だ。

かつて絶滅の一歩手前だった古代種の馬、「プルツワルスキー(モウコノウマ)」は、故郷の草原で生息数を回復しつつある。
 
胴体が丸くて足が短く、砂色をした馬たちは今、世界各地の動物園の繁殖プログラムによって絶滅の危機をなんとか免れ、徐々に故郷の野生動物保護区に放牧されている。
 
1932年からプルツワルスキーの繁殖に取り組んできたチェコのプラハ動物園は、世界中で新たに生まれた子馬を追跡して系図を作り、2011年に、モンゴルにプルツワルスキーを戻すプロジェクトを立ち上げた。
 
雌の4頭は、「野生馬の草原」を意味するタキンタルで野生の群れと一緒にされる予定だ。1969年にはプルツワルスキーが1頭にまで減ってしまっていたこの地で、今では220頭の群れが自由に駆け回っている。【8月25日 AFP】
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古代馬の繁殖は喜ばしいことですが、群れが自由に駆け回る草原が今後も存続するのか・・・・。

そこに暮らす人間にも、せめて馬並みの関心が払われたら・・・とも。
コメント

ベトナム  中国とは対立しながらも協調も 麻薬密輸摘発と映画「芳華」に見る中越関係

2018-08-24 22:22:05 | 東南アジア

(中国からの帰国機内で観た映画『芳華』より 最初は「新手の文革礼賛映画だろうか?それにしても美しすぎるし、セクシーすぎるのでは・・・」と思ったのですが、違ったようです)

反中の国民感情はあるものの、軍事・経済で中国との協調も
歴史的に中国の圧力にさらされてきた(中国からすれば侵略の脅威を受けてきた・・・というところか)ベトナムは、1979年には同じ社会主義国同士で中越戦争を戦い、国民感情に強い反中感情があることは間違いないでしょう。

そうした反中感情を背景に、近年では南沙諸島・西沙諸島の領有権をめぐる南シナ海での対立が厳しくなったことで、ベトナムk屋内では時折反中デモが行われています。

****中国は出ていけ」=​ベトナム各地で反中デモ―米華字メディア****
2018年6月11日、米華字メディア・多維新聞によると、ベトナム各地で大規模な反中デモが発生し、現地の中国大使館が注意を呼び掛ける声明を出した。

ベトナムの中国大使館は10日、「ホーチミン、ニャチャン、ハノイ、ダナンなどで不法なデモが行われている。国会が近ごろ審議している『バンドン、バクバンフォン、プークオック特別行政経済単位法』草案の一部内容に反対するもので、反中的な内容も含まれている。中国国民は外出時の安全に気を付けるように」との声明を発表した。【6月13日 レコードチャイナ】
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下記のような不祥事の背景にも、単に中国人がカネを持っているという認識だけでなく、増加する中国人観光客に対する複雑な思いもあるのかも。

****中国人観光客?チップ払って」=ベトナムの税関で頻発―中国紙****
2018年7月25日、北京青年報は、ベトナムを訪れた複数の中国人観光客から「現地の税関職員にチップを要求された」との声が寄せられたことを報じた。

記事によると、ある女性は団体客として中部ダナンを訪れた24日、税関職員からチップを要求された。このツアーには約200人が参加しており、女性と他の3人を除く全員がパスポートに10元札(約160円)を挟んで渡したという。支払わなかった4人は列の最後に並ばされ、ガイドから「時間を無駄にした」と小言を言われたそうだ。(中略)

8日には中国人男性がホーチミンの空港で100元(約1600円)を要求されたことを紹介。男性は「列の前の方にいた外国人観光客はスムーズに通れたのに自分がパスポートを見せると中国語で100元払うよう言われた。(後略)【7月27日 レコードチャイナ】
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実情はよくわかりませんが、下記のようなトラブルもベトナム側の神経を逆撫でするものです。

****ベトナム漁船、中国船に追い払われる=荒天の南シナ海で*****
ベトナムのタインニエン紙(電子版)は19日、中越両国が領有権を争う南シナ海の西沙(英語名パラセル)諸島の周辺海域で18日、荒天のため島沿いに待避していたベトナム漁船20隻が中国漁船によって追い払われたと伝えた。ベトナム政府は、同国漁船の安全確保に努めるよう中国側に申し入れた。
 
記事によれば、強風と高波を避けるために停泊中のベトナム漁船を、現場海域に現れた複数の中国漁船が追い払った。【6月19日 時事】 
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南シナ海問題では、カンボジア・ラオスなどのコアな親中国に加え、フィリピンやタイなどもチャイナマネーになびくなかで、ベトナムは対中批判の先陣に立っていますが、形勢はあまりよくありません。

****中国の思惑、着々 南シナ海「行動規範」初案に合意 ASEAN「懸念」は明記****
東南アジア諸国連合(ASEAN)と中国は(8月)2日、シンガポールで開いた外相会議で、南シナ海問題について同海域での活動を規制する「行動規範」の初案に6月に合意していたと明らかにした。

ASEAN側は、中国との会議に先立つ外相会議の共同声明で、中国を念頭に「懸念」を明記した。だが、融和ムードを演出しつつ、南シナ海の軍事拠点化を図る中国の思惑通りに事態は進んでいる。(中略)

その陰で、中国は南シナ海の実効支配と軍事拠点化を着々と進めている。
 
こうした動きにASEANで最も反発しているのが、南シナ海の領有権をめぐって中国と対立するベトナムだ。外交筋によると、ベトナムは外相会議の共同声明の作成過程で、懸念表明の表現に「軍事化」という言葉を盛り込んで中国を牽制(けんせい)するよう求めた。
 
だが、中国は近年、経済協力によるASEAN諸国の懐柔を進めており、ベトナムはこの問題で孤立しつつある。「軍事化」の表現も結局、共同声明には盛り込まれなかった。(後略)
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ただ、これまで何度もベトナム・中国関係で触れてきたように、ベトナムという国は非常に現実的な国であり、隣の大国である中国とことを構えるような事態にならないように常に留意もしています。

冒頭のような反中デモも当局のコントロール下にあると推測され、一種の“ガス抜き”であり、中国に対するアピールでもありますが、過熱して大きな問題にならないように統制もされています。

南シナ海問題で対立する一方で、中国との協力関係にも配慮しています。

****ベトナム・中国防関係の強化*****
ベトナム人民軍政治総局のルオン・クオン主任を率いる代表団は、中国中央軍委政治工作部の苗華主任の招きに応え、22日から26日にかけて、中国友好訪問を行いました。

中国を訪問中の24日、ルオン・クオン主任は苗華主任と会談を行いました。席上、双方は「現在の複雑な背景の中で、両国の軍隊は、協力活動や友好交流を頻繁に行うと同時に、両国の党、国家、軍隊の友好関係と団結の深化のために適切で具体的な貢献をする必要がある。」ことで一致しました。

また、両氏は、両国のハイレベル指導者が達成した合意に基づいて、あらゆる対立を平和措置で解決してゆくとの見解でも合意しました。

続いて、25日、中国中央軍事委員会の張 又侠副主席は、ベトナムの代表団と懇親しました。ここで、張 副主席は「中国は、ベトナムとの関係を重視しており、両国関係、とりわけ両国防省の関係を培う為に尽力してゆく。」と明らかにしました。【7月26日 VOV5】
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経済的にも関係を強めており、そのことは両国ともに認識するところです。

****ベトナム、ASEAN内で中国の重要な相手国****
先ごろ、在ベトナム中国大使館により開催された記者会見で、在ベトナム中国大使館の胡鎖錦貿易参事官は「現在、ベトナムはASEAN=東南アジア諸国連合で中国の最も大きな貿易パートナーである。」と強調しました。

また、胡鎖錦貿易参事官は、「今年の上半期において、両国の貿易総額は660億ドルにのぼる見込みである。ベトナムへの中国の輸出成長率は23.5%と、ASEAN諸国の中で一番高くなっている。ベトナムは中国の最大輸出市場の中でトップテンに入っている。一方、中国へのベトナムの輸出成長率は37.4%に達し、ASEANの中で1位に立っている。」と明らかにしました。

投資分野について、胡貿易参事官は、2017年、中国企業によるベトナムへのFDI=外国直接投資額は史上最高となる21億ドルを超えてきたと明らかにし、「今年の初め以降、中国企業によるベトナムへの投資プロジェクトは167件で、その投資総額が3億3千万ドルにのぼっている。」と述べました。

また、現在、中国はベトナムに投資している国と地域の中で、6位に立っているとしています。【7月27日 ベトナムフォトジャーナル】
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密輸などやろうと思えばいくらでもできるのでは・・・とも思える国境地帯
上記のような両国の協力関係のひとつが下記の合同麻薬取締りです。

*****中国 ベトナムと麻薬取締り 480人以上拘束*****
麻薬のまん延が大きな問題になっている中国は、東南アジアからの密輸ルートの摘発を強化し、ベトナムの捜査当局と協力して、ことし6月までに、取り引きに関わった480人以上を拘束、ヘロインなどの麻薬260キロ余りを押収したと発表しました。

中国公安省は23日、ベトナムに隣接する広西チワン族自治区の南寧で、麻薬の密輸摘発の状況について記者会見を開きました。

それによりますと、中国公安省は、ベトナムの捜査当局と協力して麻薬犯罪を摘発した結果、ことし6月末までに、麻薬取引に関わったとして483人を拘束し、ヘロインや覚醒剤などの麻薬、合わせて263キロ余りを押収したということです。

麻薬のまん延が大きな問題になっている中国は、ラオスやミャンマーなどで密造され、ベトナムを経由して密輸される麻薬が増えているとして摘発を強めています。

記者会見を行った中国公安省の安国軍副局長は「中国は、ベトナム側と密接に情報交換を行い、大きな事件など数多く検挙した」と述べました。

中国とベトナムは、南シナ海の領有権をめぐって対立が続いていますが、23日の記者会見はベトナムの捜査当局の代表も同席して行われ、麻薬捜査での両国の協力をアピールしていました。【8月23日 NHK】
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この記事が印象に残ったのは、つい先日、中国・ベトナム国境にかかる徳天瀑布を観光したばかりであるためで、記事にもある広西チワン族自治区の南寧NHKにも宿泊しました。

徳天瀑布は向かって左側がベトナム滝、右側が中国滝です。


中国側を観光していたのですが、滝に至る通路にはベトナム側から大勢が小舟やってきて、柵の外から身を乗り出す形で中国人観光客相手の小商いをやっていました。柵を超えると国境侵犯で問題になるのでしょう。


また、宿泊したホテルのほんの150mぐらい先にある小高い場所に上がると、ベトナム側の検問所が見渡すことができました。(赤い鳥居みたいなものが国境、手前の建物はベトナム側国境管理事務所)


地元住民は国境から一定距離の範囲内ならフリーパスで国境を行き来できるとか。
そうしたこともあって、中国側の街の食事メニューには、ベトナム風春巻きなど、ベトナム料理が並んでいました。

検問所を通らなくても、山ひとつ、川一本越えれば行き来できる“国境地帯”ですから、密輸などやろうと思えばいくらでもできるのでは・・・とも感じた次第です。

中越戦争・文革 体や心に深い傷を残したまま、歴史の中に置き去りにされた人々
今回旅行でもうひとつ、中国・ベトナム関係で印象に残ったのは、帰りの機内(四川航空)で観た映画です。

各座席ではなく3.4列にひとつの割合で天井にぶら下がった小さな画面で、しかも音声なしの中国語字幕状態で観るともなく観ていましたので、内容はよくわかりません。

なにやら文化大革命のころの前線兵士を慰問する文芸工作団を舞台にしたもので、最初は若い女性の登場人物が美しく明るすぎるのが(非常にセクシーでもあります)、泥臭い文化大革命のイメージにそぐわない感もありました。

これは近年の習近平政権下における文革再評価の動きだろうか・・・なんて思いながら観ていると、工作団内部のいじめみたいなものもあって、そうでもなさそうです。

印象が一変したのが、リアルな戦闘場面になってから。何かの戦争が起き、登場人物たちも戦場へ赴きます。

敵は一切描かれず、戦果をあげる人民解放軍もなく、ひたすら敵の攻撃で苦戦する中国軍兵士が描かれています。

兵士たちは、閃光を放ちながら飛び交う銃弾と泥のなかでのたうち回り、男性登場人物は片腕失うことに。
負傷者であふれる野戦病院では、看護師として働く女性登場人物はパニックに襲われ、精神に変調をきたします。

非常に陰惨で暗いシーンが続きます。

戦争も終わり、文化大革命も終わったものの、腕を失った男性も、精神を病んだ女性も、何事もなかったように動き出す社会から取り残されて・・・。

「一体何の戦争だろうか・・・?」と考えながら観ていたのですが、文化大革命のころ中国が直面した大規模戦争といえば、中越戦争ぐらいしか思いあたりません。

帰国後、ネット情報で確認したところ、この映画は『芳華』というタイトルで、いったんは上映が許可されていなかったものの、その後上映許可がおりて2017年年末に大ヒットした映画のようです。
そして戦闘場面はやはり中越戦争のようです。

****置き去りにされた中越戦争****
(中略)映画後半の圧巻とも言え、話題になっているのが中越戦争のシーンだ。

中越戦争を描いた中国映画としては、まだベトナムとの紛争が続いていた1984年、謝晋監督(日本でも公開された『芙蓉鎮』で有名)による「戦場に捧げる花」の戦闘シーンが生々しい。

だがそれから30年以上を経た本作は、ハリウッドの戦争大作『プライベート・ライアン』や『フューリー』のような映像効果が加わり、銃弾の閃光が飛び交う中、兵士が次々と血まみれになって倒れていく。

中越戦争は1979年、大量虐殺を起こしたカンボジアのポル・ポト政権に、ベトナムが軍事介入したのをきっかけに起こった。

ポル・ポト政権を支持していた中国は、元からソ連寄りだったベトナムと関係が悪化、中越戦争はベトナムへの「懲罰」として当時の最高指導者鄧小平が発動したが、実際はベトナム戦争を戦った百戦錬磨のベトナム軍の前に中国軍は多くの犠牲者を出し、軍事的には完敗を喫した。

このため多くの元兵士らは革命戦争のように英雄として賞賛されることもなく、多くは体や心に深い傷を残したまま、歴史の中に置き去りにされ、さらに改革開放後の経済の高成長に彼らの多くは取り残され、十分な補償も得られていない。

このため中越戦争などの退役軍人による抗議デモが各地で頻発している。

今回この映画は国慶節休暇の10月初めに公開される予定だったが、映画の内容が退役軍人を刺激し、10月に開かれた共産党の党大会に影響するのではとの懸念から、突如公開が延期となった。

今回改めて上映が認められたが、雲南省昆明では400人もの老兵が軍服を着て集団で鑑賞に訪れ、さらに一部の地区では映画館に万一に備え警察が配置されたという。

中国の傷は癒えない
(中略)(ネタバレしないように戦争・文革後のあらすじは省略します)

「初心を忘れなかった馮監督」というネット上の評論は、「中国では幸運なのは永遠に特権階級の子弟であり、運に恵まれないのは永遠に低層平民の子どもたちだ」として「馮小剛は劉峰や何小萍の低層の立場から物語を叙述している」と指摘し、「馮監督は成功し上流階級と付き合うようになったが、初心を忘れていない」と高く評価した。

この映画を見る多くの世代が「銀髪族」、つまりシルバー世代であり、彼らは映画を見て涙を流した。政治的動乱や戦争に短い青春を奪われた思いが共通するのだろう。

「映画『芳華』をどう理解したらよいか」という微信に載った評論は「(『芳華』)を見終わって、この映画は21世紀の『傷痕電影(傷跡映画)』と感じた。(文革の悲劇を描いた)1980年代の『傷痕文学』とはるか遠く離れて向かい合っているが、当時と比べて、より深い意味合いが込められている」として、「文革と毛沢東時代」「中越戦争」「改革開放がもたらした社会の激変」などが作品の構成要素として織り込まれていると指摘。

「この映画は非常に真実を描いている。人々が家や車、お金にしか関心がない現在、ノスタルジアの感情は魂の洗礼(汚れた心を洗い流す)となる」「若く美しい時は過ぎ去ったが、真、善、美なるものは失われることはない。劉、何の2人がホームで寄り添うシーンはいかに心あたたまるものだろう!」と結んでいる。(後略)【1月2日 古畑 康雄氏 現代ビジネス】
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中国にとってもベトナムとの戦争は、癒えない“傷”となっているようです。

それにしても、こうした中越戦争や文革の“影の側面”をリアルに描く映画が中国で公開され、大ヒットするというのは、従来のステレオタイプな中国イメージを再考する必要もありそうです。
コメント

インド  最悪洪水被害にも外国救援金を断るプライド 一方で、中国との関係改善を進める実利追求

2018-08-23 22:57:24 | 南アジア(インド)

(インド南部ケララ州コジコーデ地区近郊で、冠水した道路に浮かべた浮き輪で人を運ぶ住民ら(2018年8月17日撮影)【8月18日 AFP】 インド・ケララは、水とヤシの木が織りなす、私のお気に入りの景色でもあるのですが・・・)

過去100年で最悪の洪水被害
日本でも豪雨・台風による被害が相次いでいますが、6月にモンスーンに入ったインドも大雨が続き、全国で死者900人を超える大きな被害が出ています。

下記は1週間前の記事で、“今後も1週間ほど大雨が続くとみられる”とあり、また、被害の実態確認にはしばらく時間を要することから、被害規模はさらに拡大するのではと推察されます。

****大雨続くインド 死者900人に 救援に部隊出動****
インドで続いている大雨による洪水や土砂崩れの被害は、さらに拡大して死者が900人に上り、インド政府は、軍の部隊を出動させて住民の救助や支援を急いでいます。

インドの気象当局によりますと、ことしの雨季はところによって平均の30%を超える雨量となっていて、国内の広い範囲で断続的に激しい雨が降り、大規模な洪水が発生したり、山岳地帯で土砂崩れが発生したりして被害が広がっています。

地元州政府によりますと、南部のケララ州では、およそ90年ぶりの大雨による洪水となっていて、濁流に住宅が流されるなどして15日までに217人が死亡しました。

国内第4の規模のコチ国際空港は滑走路が水没したため、現在、閉鎖されています。

ケララ州では、数千の住宅が濁流によって倒壊したとみられ、およそ15万人の住民が避難を余儀なくされています。

インド政府は陸海空軍の部隊をインド南部を中心に派遣し、取り残された住民の救助や支援を急いでいます。

また、北部のヒマチャル・プラデシュ州の山岳地帯では14日、大規模な土砂崩れが発生してふもとの村が巻き込まれ、20人が死亡しました。

インド内務省によりますと、大雨の被害で死亡した人は、この1か月半ほどで9つの州の900人に上り、気象当局は今後も1週間ほど大雨が続くとみられることから警戒を呼びかけています。【8月16日 NHK】
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特に被害が大きいのが、南部ケララ州で、90年ぶりとも、過去100年で最悪被害とも言われる大雨で、上記記事では“15日までに217人が死亡”とありますが、“6月からの死者数は合わせて410人以上”とも。

南インド・ケララは一度観光したことがありますが、バックウォーターと呼ばれる水郷地帯で、普段でも水路と水田の区別が判然としない“美しい景色”を見ることができる地域ですので、大雨になれば大きな被害が出ることは容易に想像できます。

(2005年に観光したケララ州のバックウォーター 手前は水路 ヤシの並木の向こうは水田)

****インド・ケララ州の大洪水、避難者が100万人超える****
インド南部ケララ州を襲ったモンスーンによる壊滅的な洪水で、計410人以上が死亡、100万人以上が避難している。当局が21日、発表した。
 
水が引くにつれ、被害の規模が明らかになってきた。ケララ州議員によると、家屋約5万軒が損壊し、住民が避難キャンプに押し寄せているという。
 
陸海空軍の兵士数千人が同州各地に出動し、遠く離れた丘陵地帯に取り残された人々の救助に当たっている。
 
州政府の報道官はAFPに対し、州内にある約3200のキャンプへの避難者は計102万8000人に達したと明かした。
 
20日には新たに6人の遺体が見つかり、モンスーンが始まった6月からの死者数は合わせて410人以上になったという。【8月21日 AFP】
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また、最近ではSNSによる偽ニュース拡散という、新しいタイプの危機も生まれています。

****大洪水で偽ニュース拡散 不安広がる インド****
インド南部ケララ州で起きた大洪水で、「人気サッカー選手のクリスティアーノ・ロナウドさんが災害救助基金に1100万ドル(約12億円)の寄付をした」や「主要ダムにひびが入った」といったフェイク(偽)ニュースが拡散し、混乱と不安を広げている。(後略)【8月23日 AFP】
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インドではスマートフォン用対話アプリ「ワッツアップ」を通じ、「誘拐事件が起きた」などという偽情報が拡散され、「犯人」と勘違いされた無実の人が集団暴行を受け死亡する事件が相次いでいます。

「部外者」を信頼せず、排除する閉鎖的な体質が根強いインド農村部に、情報化の波が急速に押し寄せていりことが、こうした事件を生んでいると思われます。現代社会の新たな問題です。

UAEからの救援金を断る “いかなる緊急事態も自国で対処できる”】
18日にケララ州を視察したモディ首相は、復旧のために日本円にしておよそ77億円の支援を約束しましたが、州首相は「過去100年で最悪の洪水に直面している」と述べるなど、被害はさらに拡大する恐れもあります。【8月19日 日テレNEWSより】

そうした大災害に見舞われているインドですが、インド政府は22日、被災地の救援基金に1億ドル(約110億円)を寄付するとのアラブ首長国連邦政府の申し出を断ったそうです。

****インド、UAEからの洪水救援金1億ドルを拒否****
インド南部ケララ州で400人以上の死者が出ている未曾有の洪水で、インド政府は22日、被災地の救援基金に1億ドル(約110億円)を寄付するとのアラブ首長国連邦政府の申し出を断った。
 
ケララ州のピナライ・ビジャヤン州首相は、インド政府の支援だけでは足りないとして、UAEが21日に申し出た寄付を受け入れるよう政府に求めていた。
 
しかし、インド外務省は「現行方針にのっとり、政府は国内の努力を通じて救援・復興の要求を満たすよう全力を注いでいる」との声明を発表した。同省の説明によれば、海外からの寄付金はインドにルーツを持つ個人・法人を通じてのみ受け付けるという。
 
インドはこれまでにもたびたび海外からの災害援助を拒否してきた。2004年のインド洋大津波でも、海外からの援助の申し出を断っている。専門家によれば、いかなる緊急事態も自国で対処できると証明したいインド政府の姿勢の表れだという。
 
インドは今回も、特にUAEを名指しして支援を拒否したわけではない。モルディブも洪水への援助を表明しており、政府の声明は「外国政府を含め、複数の救援・復興支援の申し出に深く感謝している」と述べている。

しかし、ケララ州側は支援の受け入れを求めていたことから、政府の対応をめぐっては政治的な論争も起きそうだ。
 
UAEの申し出た支援金額は、インド政府の約束額を9700万ドル(約108億円)上回る。

ビジャヤン州首相は、州内の被害は30億ドル(約3300億円)超に上るとして、政府に3億7500万ドル(約416億円)の一括援助を求めている。
 
モンスーンの豪雨に伴う今回の大洪水では、6月以降これまでに420人以上が死亡し、134万人が今も避難生活を送っている。【8月23日 AFP】
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“インド政府の約束額を9700万ドル(約108億円)上回る”というのは事実誤認(あるいは誤訳)があるようにも思えますが、いずれにしても30億ドル(約3300億円)超に上るとも見られる被害を前に、資金はいくらあっても足りない状況でしょう。

“いかなる緊急事態も自国で対処できると証明したい”というのは、言い換えれば、被害者救済より面子を優先したともとれます。

孤高の非同盟主義の名残でしょうか。

中国との関係を急速に改善する「バランス外交」も
一方、インドは、パキスタンや周辺国への影響で利害が相反する中国が推進する現代版シルクロード経済圏構想「一帯一路」への参加を一貫して拒絶しつつ、アジアインフラ投資銀行(AIIB)の融資は歓迎しています。

“「バランス外交」でしたたかに利益狙う”【6月26日 産経】とも。

****AIIB、インドに集中投融資 背景に中国との関係改善****
インドのムンバイで開かれたアジアインフラ投資銀行(AIIB)の3度目の年次総会が26日、閉幕した。膨大なインフラ需要があるインドはAIIBにとって最大の投融資先になった。インドと、AIIBを主導して設立した中国の関係改善も背景にある。

 「アジアには大きな格差が存在する。AIIBは課題を解決していく中心的な役割を果たすことができる」。開幕式で演説したインドのモディ首相はAIIBをこう持ち上げた。

13億人の人口を有するインドは年約7%の実質成長を続けているが、電力や道路などのインフラ整備は遅れ、投融資が爆発的に伸びる可能性がある。

AIIBによる投融資は、87ある加盟国のうちインド向けが約3割を占め、突出している。24日の理事会でも、インド政府系投資会社が運営するファンドに2億ドルを出資することを決めた。

もともとインドには、AIIBを主導する中国への警戒感があった。中国が提唱するシルクロード経済圏構想「一帯一路」には、インドとパキスタンの係争地であるカシミールでの事業も含まれている。スリランカやモルディブなどインド周辺国のインフラ整備を中国が支援していることにも、インドは不快感を募らせていたとみられる。

それでもインドは、AIIBを自国のインフラ開発を進めるための「資金の供給源の一つ」(インド政府関係者)と考えている。AIIBの創設メンバーとして中国に次ぐ出資国となったのも、組織内から運営に関与して自国に有利に動かしたい思惑があるからだ。
 
モディ氏は総会での演説で「旺盛なインフラ需要に応えるには、いまの投融資額40億ドル(約4400億円)でも足りない。2020年までに400億ドル、25年までに1千億ドルに拡大することを望みたい」と、具体的な金額を挙げてさらなる投融資を呼びかけた。(後略)【6月27日 朝日】
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そうしたチャイナマネーへの期待もあって、一時期緊張が高まった中印国境も“雪解け”ムードのようです。

****<中印国境>軍にらみ合い一転雪解け 交易再開、観光客戻る****
インドと中国の国境地帯で、昨年6月から両国軍が2カ月以上にらみ合い、「中印国境紛争(1962年)以来の緊張」と指摘された。

だが、今年に入り両国関係は急速に改善している。舞台となったインド北東部シッキム州の国境地帯を今月中旬訪れると、住民による中印の交易が再開し、観光客も戻るなど以前の風景を取り戻していた。

両国は当面、領土問題などは棚上げした形で関係改善を図るとみられている。

シッキム州は、中印両軍が昨年にらみ合ったブータンのドクラム高地から約16キロに位置する。

標高3000メートル超で気温は20度を下回り、過ごしやすい。ヒマラヤ山脈や美しい湖があり、人気の観光地だが、ここにも1万人を超えるインド軍兵士が派遣された。住民によると、昨年は軍の車両が山道をひっきりなしに通過し、観光客もまばらだった。現在は観光客が乗るミニバスに交じって軍用車両は時折通る程度だ。

「昨年は悪夢だった。国境貿易は年々拡大していたのに完全にストップしてしまった。でも今年は過去にないくらい好調だ」。地元貿易団体幹部のラジェシュ・ライさん(30)は満足げだ。国境地帯では中印合わせて約300人の貿易商が両国を行き来し、衣服や食糧などを市場で販売する。

危機当時、中印政府は貿易商の渡航を禁止した。両政府は激しく非難し合い、地元メディアも「一触即発の危機」と大々的に報じた。しかし、インド軍兵士や地元住民に話を聞くと、緊張は限定的だった様子も浮かぶ。

「どの兵士も本気で武力衝突が起こるとは考えていなかった。上官からは中国の兵士を刺激するなと言われていた」。現地に駐屯するインド軍兵士はこう話し「中国が撤収しないから、我々も撤収できなかった。メンツの問題だった」と振り返る。(中略)

印シンクタンク「国防研究分析所」のカリャナラマン氏は「昨年は両国が最初から落としどころを探り、武力衝突に発展させないよう努力していた」と指摘した。一方で「最悪のシナリオは、偶発的な衝突をきっかけに両国が引くに引けなくなり、昨年のような事態がさらにエスカレートしてしまうことだ」と話した。

 ◇急速に関係改善
中国とインドは今年、急速に関係を改善させた。貿易を巡り米国との緊張が高まる中、周辺国との安定した関係を望む中国と、来年の総選挙を前に中国との経済関係を強化したいインドの思惑がある。
 
中国の習近平国家主席は4月、湖北省武漢市にインドのモディ首相を迎えて会談し、対立の雪解けを演出した。6月には中印が共に加盟する「上海協力機構」の首脳会議が山東省青島市であり、両首脳は再び会談した。

習近平指導部は2012年の発足後、「大国外交」を掲げて南シナ海などで海洋権益の確保を図り、現代版シルクロード経済圏構想「一帯一路」の構築を進めた。一方でインドや日本、東南アジア諸国など周辺国との激しいあつれきも招いた。

米中関係もトランプ米政権によって不確実性が増す。米国は対中強硬策を次々と打ち出して貿易戦争が激化、南シナ海や台湾の問題でも摩擦が強まる。中国は周辺国との関係再構築が急務となった。

インドでは、モディ氏が首相再選を目指す総選挙が来年に迫っており、中国との経済関係強化をアピールしたい狙いがある。インフラ整備を進めるため、中国が主導する国際金融機関「アジアインフラ投資銀行」(AIIB)から融資を引き出したい思惑ものぞく。

両国には対立の火種も残る。「中華民族の復興」を掲げる習指導部は、領有権問題で弱腰姿勢を国内に見せることはできない。

一帯一路は、インドとパキスタンが領有権を主張するカシミール地方を含むことからインドは反発。スリランカやモルディブなどインド洋でも中印の勢力争いは激しくなっている。【7月22日 毎日】
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日本・安倍政権としてはアメリカとともにインドを取り込んだ「自由で開かれたインド太平洋戦略」で、中国に対抗する・・・・というのが外交基軸でしたが、上記のようなインドの「バランス外交」「是々非々」で、思いどおりには進んでいません。

もっとも、日本としても、上記のようなインドの事情に加えて、自動車関税を持ち出すなどのアメリカ・トランプ政権の“同盟国”への対応についても不安がありますので、アメリカとの緊張が高まり、日本との関係改善を求める中国との間で、急速に日中関係改善の機運が高まっていることは周知のところです。

各国がそれぞれの立場で、自国の利益を追求する・・・当然の流れではあります。

なお、インド国内では、北東部アッサム州のイスラム系住民400万人から市民権を事実上剥奪し、大量のイスラム教徒が国外追放される懸念が生じていますが、その件はまた別機会に。
コメント

チェコ  「プラハの春」から50年 親ロシア派の大統領は沈黙 ロシアでは正当化の流れ

2018-08-22 22:10:28 | 欧州情勢

「プラハの春」ジャズクラブで踊る学生【https://www.theguardian.com/world/2018/jul/22/observer-archive-the-prague-spring-27-july-1968

軍事侵攻したソ連兵に話しかけるプラハ市民【https://socialistworker.org/2008/08/05/1968-and-prague-spring

抗議するプラハ市民【https://www.mrallsophistory.com/revision/the-end-of-the-prague-spring-20th-august-1968.html

反EU・反移民難民の右傾化が著しいチェコ
中欧チェコは最近の国際政治にあっては、EUにありながらも、ハンガリーやポーランドともに、反EU・反移民難民の右傾化が著しい国として登場します。(2017年12月1日ブログ“東西亀裂が深まるEU チェコのポピュリズム台頭 「非リベラル」傾向を強めるハンガリー・ポーランド”など)

****日系議員オカムラがチェコの右傾化をあおる****
<イスラム教徒の人口が0.1%しかないチェコで、日系政治家オカムラ率いる極右政党が支持を広げる理由>

欧州に広がる極右台頭の波がチェコにも押し寄せた。

(2017年)10月20~21日に行われた総選挙で、反イスラムと反EUを公約に掲げる極右の新党「自由と直接民主主義(SPD)」が3位に付ける躍進を遂げた。

SPDの勢いを受け、第1党の中道右派「ANO2011」も移民・難民への強硬な姿勢を強調するなど右傾化の流れは強まる一方だ。

SPDを率いる日系の上院議員トミオ・オカムラ(45)は日本人の父とチェコ人の母を持ち、幼少期を日本で過ごした人物だ。

チェコで実業家として成功を収めた後に政治家に転じた彼は、イスラム教を宗教ではなく「イデオロギー」だと語るなどイスラム嫌いの発言を連発。

チェコ人は中東発祥の肉料理ケバブを食べるのをやめ、モスク周辺に豚を連れて行くべきだなどとも主張している。

「チェコのイスラム化を食い止めたい。移民を全く容認しない姿勢を推し進めたい」と、オカムラは選挙後に語った。

ただし、チェコではイスラム教徒は人口のわずか0.1%で、深刻な難民問題も発生していない。

それでもオカムラの主張が国民の共感を得る背景には、国家消滅の脅威に怯えてきたチェコの歴史的な経緯と、欧州各国で相次ぐテロへの恐怖心があるとみられる。

SPDが連立政権入りする可能性は低いが、オカムラが今後も台風の目となるのは間違いなさそうだ。【2017年11月2日 Newsweek】
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****チェコ大統領選、ゼマン氏再選 移民流入の恐れを強調*****
チェコ大統領選の決選投票が26、27日にあり、移民流入の恐れを強調し、ポピュリストと評されている「親ロシア・中国」の現職ゼマン氏(73)が、接戦を制して再選を果たした。

前チェコ科学アカデミー総裁のイジー・ドラホシュ氏(68)は「親欧州連合(EU)」を訴えて挑み、チェコが中ロと西欧のどちらに近づくのか注目が集まった。
 
選挙は事実上、ゼマン氏に対する信任投票だった。チェコ統計局の発表によると、開票終了の数字で得票率はゼマン氏が51・4%、ドラホシュ氏が48・6%。
 
ゼマン氏は「反イスラム」を鮮明にして、チェコでは深刻ではない移民問題で恐怖をあおってきた。ときに尊大な態度で汚い言葉も使う一方、親しみやすさを演出して地方住民や高齢者の人気を得てきた。
 
また、ウクライナ問題でEUによる対ロシア制裁に反対し、中国との関係改善を重視。隣国ハンガリーやポーランドの指導者と並び、EUには懐疑的な姿勢だ。
 
チェコで実際に政権を担うのは首相だが、大統領は首相を指名して組閣を命じる役割があるほか、その発言は社会的影響力を持つ。(後略)【1月28日 朝日】
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【「現代の介入は戦車ではなく、プロパガンダやフェイクニュース、選挙に影響を及ぼす手法によるものだ」】
ソ連の衛星国という立場にあった50年前のチェコ(当時はチェコスロバキア)は、東西冷戦のなかにあって、ソ連に代表される強権的・官僚主義的社会主義に対し、「人間の顔をした社会主義」を掲げる共産党体制内の民主化運動が一時的に成功し、「プラハの春」とも称されました。

しかし、この「プラハの春」は、ソ連主導のワルシャワ条約機構軍の軍事侵攻で潰されることにもなります。

****プラハの春****
1968年、「人間の顔をした社会主義」を掲げるドプチェクの指導の下で展開された、チェコスロヴァキアでの民主化運動。
 
チェコスロヴァキアでは1948年の2月事件で共産党政権が成立してチェコスロヴァキア社会主義共和国となって以来、スターリン批判の受容が遅れて党改革が行われず、1960年代からは経済面での停滞から成長の低下が問題となってきた。

特に文学者が知識人、学生の中から民主化と自由化を望む声が強まり、民主化運動による政府批判が高まった。
 
1968年春、チェコスロヴァキア共産党は第一書記にドプチェクを選任、改革派を登用して民主化に乗り出した。

まず3月には検閲制度を廃止して言論の自由を保障し、ついで4月には新しい共産党行動綱領を決定して「人間の顔をした社会主義」を目指すことが打ち出された。

これを受けてチェコスロヴァキア内の議論はまさに百花斉放を様相を呈し、新たな政党の結成の動き現れ、首都プラハの町にはミニスカートなどの西欧風の諸文化が大量に開花した。

また6月には70人あまりの知識人が署名して「二千語宣言」が発表され、ドプチェク路線を強く支持し、旧来の体制に戻ることに強い反対が表明された。これら1968年春の一連の自由化の爆発を「プラハの春」と言っている。 
 
しかし、夏になると8月20日にソ連のブレジネフ政権は、ワルシャワ条約機構5ヵ国軍を侵攻っせて軍事弾圧に踏み切り、市民の抗議の嵐の中をプラハの中心部を制圧、ドプチェクらを連行した。

このチェコ事件によってプラハの春は踏みにじられてしまった。【「世界史の窓」】
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当時は中学生で、政治的なことはよくわかりませんでしたが、新しい時代を喜ぶプラハ市民の映像などをニュースで目にしたような記憶があります。

また、「二千語宣言」の署名者に、東京オリンピックで「オリンピックの名花」とも讃えられた女子体操の女王、チャフラフスカ氏の名前があったことも印象に残りました。

****プラハの春」弾圧から50年、犠牲者を追悼 反ロシアデモも チェコ***
チェコとスロバキアは21日、社会主義体制下にあったチェコスロバキアで巻き起こった民主化運動「プラハの春」がソ連の軍事介入で制圧されてから50年を迎える。

チェコの首都プラハでは弾圧の犠牲者を追悼する式典が企画されている一方、これを機に当時と現在の政治状況の類似性を指摘する動きもある。(中略)

■「1968年と今は似ている」
「プラハの春」弾圧50年の前夜となる20日午後、チェコの首都プラハのロシア大使館前では複数の非政府組織が主催する抗議デモが行われ、300人ほどが「私たちは忘れない」「ロシアの帝国主義を阻止せよ」「自由は真実の中にある」などと書かれた横断幕を掲げて参加した。
 
デモを主催した親欧州連合派の市民運動NGO「パルス・オブ・ヨーロッパ」のトマシュ・ぺジンスキー氏はAFPの取材に、「プラハ市民は断固として占領を拒否したのに、一部のロシア人はいまだに占領は国際的な支援だったと思い込んでいる」と述べ、ソ連時代の人々ように、帝国主義を続行するロシアの現政権に立ち向かうようロシア国民に呼び掛ける手紙を書いたことを明らかにした。
 
ぺジンスキー氏は「50年前のような介入は現在も起きている。ただし現代の介入は戦車ではなく、プロパガンダやフェイクニュース、選挙に影響を及ぼす手法によるものだ」と指摘する。
 
抗議デモではチェコ国旗や欧州連合、北大西洋条約機構の旗のほか、ウクライナの旗も見られた。ウクライナ国旗を手にした参加者は「ソ連共産党による1968年の(プラハ)侵攻と、オリガルヒ(新興財閥)が実質的に権力を独占している現在のロシアの状況とは確実に似ている」とAFPに語った。

■親ロシア派のチェコ大統領は沈黙
チェコ公共テレビは21日、昼間は「プラハの春」弾圧の特集番組のみを放映し、夜にスロバキアのアンドレイ・キスカ大統領による記念演説を放送する予定だ。
 
一方、親ロシア派で元共産党員のチェコ大統領、ミロシュ・ゼマン氏は追悼行事には一切参加しないと表明しており、「プラハの春」弾圧50年に関しても沈黙を貫いている。【8月21日 AFP】
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ソ連の戦車で民主化運動を踏みつぶされ、大勢の犠牲者(弾圧の初日だけで約50人のチェコスロバキア人が死亡。ソ連占領下の犠牲者は約400人とされる【同上】)を出した事件に対し、(国民の過半の支持で就任した)親ロシアの大統領が沈黙を守る・・・・世の中は変わるものです。

ロシア 3分の1が「侵攻は正しかった」】
ロシア国内にあっても、チェコへの軍事侵攻を正当化する見方が増えているとも。

****プラハの春「侵攻は正しい」 ロシア世論調査で3分の1****
50年前の1968年8月に当時のチェコスロバキアにソ連軍が侵攻し、「プラハの春」と呼ばれた民主改革を圧殺した事件について、ロシアの独立系世論調査機関「レバダ・センター」は21日、ロシアの回答者の3分の1が「侵攻は正しかった」とした調査結果を発表した。

当時のチェコスロバキアの民主改革を「反ソ分子による政変」「西側による策動」と否定的にとらえる回答は計44%にも及んだ。
 
「プラハの春」ではチェコスロバキアの共産党政権が自ら民主化を進め、「人間の顔をした社会主義」を目指した。しかし、ソ連など社会主義諸国からなるワルシャワ条約機構軍は68年8月20日深夜にプラハに侵攻。

抵抗した多数の市民が犠牲になり、後に東欧革命が起きた89年にはソ連も当時の侵攻を誤りと認めた。
 
今回の調査で「プラハの春」へのロシア国内の否定的な見方は10年前の同じ調査より18ポイント伸びた。

「ソ連支配の体制に対する反乱」や「民主改革の試み」と肯定的に見る回答は28%で、侵攻を「正しくなかった」としたのは19%。最初の質問で「プラハの春」について「何も知らない」と答えた人は10年前より9ポイント減って46%だった。
 
ロシア国内では、2014年のクリミア半島併合を機にプーチン大統領の支持率が急上昇した。プーチン氏は旧ソ連国で起きる民主化運動や国内の反政権運動をしばしば「西側諸国の干渉」と批判し、世論でも欧米諸国のロシア批判に対する反発が強まっている。【8月21日 朝日】
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カラー革命を「西側諸国の干渉」による脅威と見るプーチン政権下にあっては、当然と言えば当然の流れでしょうか。


コメント

パラオ  中国の圧力に抗して台湾との関係を維持 日本統治を懐かしむ人も

2018-08-21 22:37:21 | 国際情勢

(パラオの新首都マルキョク 
“現在のパラオの首都マルキョクは、2006年10月1日に旧首都のコロールから遷都されています。というのもパラオは歴史上、スペイン、ドイツ、日本、アメリカに統治をされており、その時代の首都がコロールであったことから、首都をマルキョクに移転することで、心も場所も新たにスタートを切ったと言えます。”【compathy Magazine】)

避けられない時代の趨勢
台湾への圧力を強める中国の外交攻勢にあって、またひとつ台湾との国交を断絶し、中国との関係に乗り換える国が。台湾の蔡英文総統が歴訪したばかりの中米のエルサルバドルです。

蔡英文総統は19,20日に外交関係のある南米パラグアイと中米ベリーズを訪問したばかりです。

****エルサルバドル、台湾と断交 中国とは国交樹立****
中米のエルサルバドルは21日、台湾との国交を断絶することを発表した。過去3カ月で台湾と国交を絶つ国はこれで3カ国目。

中国の王毅(ワンイー)外相は同日、北京でエルサルバドルのカスタネダ外相と会談し、公式の外交関係を樹立する共同宣言に署名した。

この数日前、台湾の蔡英文(ツァイインウェン)総統は外交関係のある中南米の国々を訪問していた。

現時点で台湾と国交のある国は17カ国。今年5月にはアフリカのブルキナファソと中米のドミニカ共和国が台湾との国交を断絶した。

台湾外交部(外務省に相当)は同日、台北で緊急の記者会見を開き、現状に対する「遺憾の意」を表明。

エルサルバドルの方針転換は、大規模インフラ計画の支援や与党への選挙協力といった度重なる要請に台湾側が応じなかったことが影響しているとの見方を示唆した。

エルサルバドルのサンチェスセレン大統領は20日にテレビで演説。台湾と断交し中国と国交を結ぶ今回の決定について「正しい方向への一歩であり、国際法や国際関係の原則、避けられない時代の趨勢(すうせい)に合致したものだ」と強調した。【8月21日 CNN】
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中国の王毅国務委員兼外相は、中国と国交を樹立する国が相次いでいることについて「『一つの中国』原則が国際的大義に合致していることの証明だ」と主張しています。【8月21日 共同より】

現在の経済的・政治的力関係を考えれば、“避けられない時代の趨勢”であることは事実でしょう。
台湾としても、カネでつなぎとめていても仕方がないところで(そういう方法で中国と力比べしても勝ち目はありません)、“去る者は追わず”というところでしょう。

そうは言っても、国交を有する国がどんどん減っていくのはつらいところです。外交的にも大問題です。

パラオ「わが政府の原則と民主的な理想は(中国本土よりも)台湾とマッチしている」】
そんな“避けられない時代の趨勢”にあって、「わが政府の原則と民主的な理想は(中国本土よりも)台湾とマッチしている」として、中国の圧力を受けながらも台湾との関係を維持している国があるそうです。

太平洋諸国のパラオです。

****中国からの観光客激減&投資プロジェクト中止も、この国は毅然****
2018年8月20日、観察者網は、台湾との国交を維持しているために中国本土からの観光客が激減しているパラオの状況を伝えた。

記事は「パラオを訪れる中国本土客は昨年末より激減し、投資プロジェクトも続々と中止となり、現地の観光業に著しい損失を与えた。その理由はまさに、同国がいまだに中国本土の外交関係を結んでいないからだ」と指摘した。

その上で、英ロイターの19日付報道を引用。「パラオ最大の都市コロールの商業エリアでは、観光客が『撤退』した形跡がくっきりと表れている。客が1人も入っていないレストランをいたるところで見かけ、海や陸には空っぽのバスや遊覧船が行儀よく並んでいる。パラオ観光局の統計によると、昨年同国を訪れた外国人観光客12万2000人のうち、中国本土からの客が約5万5000人だったそうだ」と伝えている。

また、現地では中国本土の投資家による投資ブームが起き、ホテル、企業、海岸の不動産物件の開発ラッシュが起きていたが、今ではその大部分が中止を余儀なくされているという。

同国のトミー・レメンゲサウ大統領は7日にロイターのインタビューを受けた際「中国本土はわれわれが台湾との友好外交関係を断ち切り、一つの中国を支持するよう望んでいる。しかし、わが国はそれを選ばない。中国本土からの投資を歓迎するが、わが政府の原則と民主的な理想は(中国本土よりも)台湾とマッチしているのは明らかだ」と語っている。

また、中国本土の観光客が激減していることについては「徐々に適応しつつある。重点を高級路線に置き、環境に損害を与える大規模な観光開発を止めるなど戦略を変える」とし、致命的なダメージにはならないとの考え方を示した。【8月21日 レコードチャイナ】
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「わが政府の原則と民主的な理想は(中国本土よりも)台湾とマッチしている」云々は、民主主義や人権に関する理想・価値観が「建前」として軽視され、むき出しのエゴを追求することが「〇〇第一」と称して是認されれることが多い最近にあっては泣かせます。(もちろん、パラオにもいろんな事情はあるのでしょうが)

中国の”旅行禁止令” 日米に助けを求める
中国からの観光客が激減しているのは、中国の「旅行禁止令」が背景にあるとか。
ただ、中国のことですから、明文化されたものではなく、当局の指導によるものでしょう。どこまで徹底されているかはよくわかりません。

パラオは価値観を共有する日米に助けを求めているとか。

****中国が「旅行禁止令」?パラオが日米に助け求める―仏メディア****
2018年7月27日、環球時報は「中国の『旅行禁止令』を受けたパラオ、日米に助けを求める」と題し、仏AFP通信の26日付の報道について伝えた。

記事によると、「中国は台湾との外交関係を理由に国民のパラオ訪問を禁じている」とされており、パラオのレメンゲサウ大統領は観光業を支援するためのサポートを日米に求めたという。

中国人観光客の減少を指摘する同大統領は台湾がパラオ便の増便による支援を承諾したことを明かしたほか、韓国とEU諸国にも協力を求める考えを示したそうだ。

記事は、「16年はパラオの外国人観光客全体の47%を中国人が占め、台湾からの観光客は10%だった」との情報を伝えるほか、中国のある旅行予約サイトでは現在もパラオ商品を取り扱っている点を指摘している。【7月27日 レコードチャイナ】
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日本統治を懐かしむ人たちの存在から考えるべきこと
人口2万人ほどのミニ国家パラオですが、国家の経済を支える観光と環境保護の両立にも取り組んでいます。

****パラオ  環境保護誓約求め 外国人は入国時に署名 制度半年、8万人拒否なし****
「自然に消える以外の痕跡は残しません」--。外国人観光客による環境破壊が深刻な太平洋の島国パラオが、入国時に環境保護の誓約を求める制度「パラオ・プレッジ(誓約)」を始めた。

開始半年で8万人以上が署名し、拒否した人はいない。観光と環境保護の両立は難しいが、専門家は「他の地域でも参考になる取り組みだ」と注目している。(後略)【7月23日 毎日】
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戦前は日本統治下にあり、戦没者も多く、2015年には天皇・皇后が国際親善と戦没者慰霊のため訪問されたパラオですが、現地では日本とのつながりを懐かしむ声も少なくないとか。

****大日本帝国時代は本当にいい時代だった」 パラオの人はなぜ今も親日なのか****
大日本帝国を懐かしむ人たち
毎年8月になると戦争関連の書籍、報道、番組、記事が増える。基本的に全面的に肯定する人はいないものの、先の戦争の評価は人それぞれである。「日本のやったことはすべて悪い」という立場もあれば、「仕方が無かった面もある」「良かった点もある」という立場もある。

前者は後者を「歴史修正主義」などと批判し、後者は前者を「自虐史観」と批判する。これもまた毎年のように繰り返される光景だ。(中略)

概してメジャーなメディアでは「日本は悪いことをした」というトーンの論調が主流だが、その視点からは抜け落ちてしまう人たちも存在する。
大日本帝国が支配していた時代を懐かしむ人たちだ。

「日本は良いこともやった」と当の日本人が主張した場合、批判を浴びがちだが、実際に大日本帝国の支配を受けながらも今でも好意的に語る現地の人たちの存在は、ある種の論者には不都合な存在なのかもしれない。

たとえばパラオ諸島を含む南洋の島々には、今でも大日本帝国の統治下を知る人たちが存在している。
彼らはその前にはドイツの支配下にあり、戦後はアメリカの強い影響下にあった。その経験を踏まえてもなお、大日本帝国時代を懐かしむ声は決して少なくない。
 
たとえば、現地の老婦人、カズエさんはこう語る(名前は日本風だが、パラオ人。当時はこういう人が多かった)。

「日本時代は楽しい時代だったのよ。私は本当に感謝してますよ。私が生まれたのは日本時代の真っ盛りでしたからねえ。昔は楽な生活だったのよ。食べ物にも困らないしね。日本の時代は本当にいい時代だったのよ」

なぜなのか。
数多くの現地の人たちの証言を集めた『日本を愛した植民地』(荒井利子・著)に収められた肉声を中心に紹介しながら、同書をもとにその理由を見ていこう(上の老婦人のコメントも含め、以下、引用はすべて同書より)。

ドイツの恐怖支配
パラオ諸島を含むミクロネシアに一早く目を付けたのはスペインだった。彼らの目的はキリスト教の布教。スペイン政府は現地に学校を建てて、西洋の価値観を広めようとした。
 
そこに狙いをつけたのがドイツだ。スペインとの奪い合いの末、いろいろな経緯を経たうえで、武力と財力によってドイツは19世紀末にはミクロネシア全域を領土とする。
 
このドイツ時代の支配は、簡単にいえば強国が植民地に対して行なう悪い支配の典型のようなものだった。最初こそ教育にも力を入れたものの現地で鉱石が発見されるや、現地人に労働を強い、従わない者には鞭打ちなど厳しい刑を与えた。(中略)

第1次大戦後、ミクロネシアは日本の委任統治領となる。これは植民地ほどの権限は持たず、物質面や精神面で現地住民が幸福な生活を送れるようにし、いずれ独立国家としてやっていけるように支援する政策にすべきだ、ということが戦勝国の間で決められた。こうした決定に日本は不満もあったものの、結果的には従っている。
 
こうして大日本帝国はミクロネシアを統治することとなる。その大方針として、「島民の福祉の増進」が掲げられた。もちろん、当時のこの種の統治なので、一種の同化政策が進められたのは事実で、現在の視点から見れば問題もあるだろう。
 
ただ、ドイツ時代と比べると島民の受け止め方ははるかに好意的だった。(中略)

差別はつけない
日本政府はパラオにさまざまな投資をし、インフラを整備した。もちろんそうした行為は無償のものではなく、多分に計算もあっただろう。この地域に拠点を持つことは、軍事的にも意味を持つ。

それでもなお島民たちの心をつかめたのは、移住してきた日本人たちの振る舞いも大きかったようだ。たとえば、学校では島民と日本人、両方の子供が机を並べて学べるようになっていた。
 
当時、父親が小学校の校長をつとめていたという日本人男性はこう語っている。

「親父からは、島民の子どもたちと私たち日本人と差別はつけないようにと、非常に厳しく注意されました。だからうちのお袋は、僕も僕の友達も同じように扱っていました」

スペインの時代も、ドイツの時代も、島民を家の中に招き入れるようなことはなかったが、日本人はそれをした。(中略)

こうした証言を「支配者側の言い分だ」と疑う向きもいるかもしれないので、当時小学校に通っていた男性(ガロンさん)の証言も紹介しておこう。

「先生たちには、日本の子どももヤップの子どもも、同じように扱いたいということがありました。どっちも日本人にしたいという感じがあった。
 
朝礼では、日本に向かってお辞儀しました。カレンダーには紀元節、天長節、お正月とかちゃんと書いてあった。その日が来ると、日本の日の丸の旗を掲げて式をしました。

それが終わると、パン2個ずつ子どもたちに配って村に帰した。紅白の丸い小さなパンだった。日本人と同じように扱ってくれていた」(中略)

ミクロネシアの人たちは、この後、日本の戦争に巻き込まれ、結果として多くの島が甚大な被害を受けている。
 
そんな日本の統治から離れたにもかかわらず、戦後手に入れた自由をかならずしも肯定的に語らない島民は少なくない。(後略)【8月18日 デイリー新潮】
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上記は真実の一面でしょう。

ただ、パラオの親日感情を形成したのは「(同化政策はあるにしても)日本人と同じように扱ってくれていた」という寛容の精神であり、「日本は良いこともやった」ということを強調する人々が、現代社会にあっては往々にしてヘイトスピーチ的な偏狭な排外思想と重複しがちな点は考える必要があるでしょう。

パラオのような日本統治を懐かしむ人も少ないない地域(台湾なども一定にそうした面があるようですが)がある一方で、韓国や中国のように日本統治・日本の侵略行為を根深く恨む地域もあります。

両者の違いを生んだものは何だったかのか?
朝鮮・中国における日本支配の何が問題だったのか?

その点を上記のパラオの話からはくみ取る必要があるように考えます。

パラオ語の単語の約25%が日本統治時代の日本語が由来の単語
パラオについては、同国アンガウル州では憲法に同国の公用語であるパラオ語と英語に加えて、日本語を公用語とすることが書かれているの・・・というよく知られた話があります。

もっとも、アンガウル州の人口は600人で、実際に日本語が日常的に使われている訳ではなく、日本との関わりがあったことを示す象徴として定められているとも。【2017年8月22日 Searchinaより】

もっと興味深いのは、“歴史的経緯から、パラオ語における日本語からの借用語は非常に多い。パラオ語の単語の約25%が日本統治時代の日本語が由来の単語であるとされる”【ウィキペディア】ということ。

日本語がほとんどそのままパラオ語として使われている事例として、弁護士、弁当、大丈夫、安全、電気、電話、経済、政治、大統領、選挙・・・といった言葉が挙げられています。

なかには、Chazi daiziob(おいしい 「味 大丈夫」から)とかTsitsibando(ブラジャー 「乳バンド」から)といった、「本当かね・・・」というものも。

Tskarenaos(ビールを飲む 「疲れ 治す」から)に至っては、「冗談だろ・・・」とも思いますが、どうなんでしょうか。

「ウソだろ」と思う方は、日本からの観光客を求めているようなので、実際に行って確かめてください。
いわゆる“南海の楽園”で、素晴らしいところのようです。(私はビーチリゾートはあまり好みではないので・・・)
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