(【4月9日 毎日】 4月7日に行われた国連人権理事会からロシアを追放する決議案採択では、採択に必要な「棄権を除く投票国の3分の2以上」にあたる93カ国が賛成したものの、加盟193カ国の過半数には届きませんでした。)
【インド 対露信頼と対米不信】
ロシアのウクライナ侵攻に関して、対米共闘パートナーの中国が自身に害が及ばないように過度な肩入れは避けながらも実質的にロシア寄りの姿勢をとっているのは当然と言えば当然ですが、ロシア包囲網を築きたいアメリカを苛立たせているのはインドの制裁不参加でしょう。
これまでも時折ふれてきたように、インド外交は伝統的に非同盟主義をとってきましたが、パキスタンとの対立などでロシアの支持を受けてきており、ロシアとは緊密な関係にあります。また、現実問題としては兵器の多くをロシアに依存しているという事情もあります。
そのため、欧米主導の対ロシア制裁に参加することもなく、ロシアとの関係を維持し、国連でのロシア非難計次には中国同様に棄権しています。
“ロシアから購入の防空ミサイル、インドが2基目を搬入…最大調達先からの武器輸入継続を鮮明に”【4月16日 読売】
“インド財務相、国境防衛でロシアの支援が必要と強調”【4月25日 ロイター】
“印、ウクライナ戦争後に21年の2倍超のロ産原油購入”【4月26日 ロイター】
ロシア産原油の購入急増に関しては、インドの苦しい台所事情もあります。
****背景に苦しいインドの台所事情***
「堪忍袋の緒」が切れつつある米国政府がロシア企業と取引するインド企業を対象に二次的制裁を発動するリスクが生じているが、インドには割安となったロシア産原油の購入を断念できない苦しい台所事情がある。
「2030年に国内総生産(GDP)が日本を抜いて世界第3位になる」と予測されるインドだが、年を追うごとに電力不足は深刻になるばかりだ。
主な発電燃料は原油と石炭だが、昨年10月以来、石炭の国内在庫の水準が歴史的な低さとなっている。そのせいでインドの電力の予備率は3月中旬に危機的なレベルにまで低下し、「今年の夏は大停電になってしまう」との危機感が高まっている。
大惨事を回避するためには石油火力発電所のフル稼働が不可欠であり、割安となったロシア産原油は「喉から手が出る」ほど欲しいのだ。
隣国パキスタンでは通貨安と商品高が招いたインフレの高進が原因で10日、カーン首相が失職に追い込まれた。エネルギー資源の輸入依存度が高く、ウクライナ危機後の通貨安に悩まされている点ではインドも同じだ。
「インフレ圧力が強まるインドの今年の成長率は急減速する」との予測も出ており、世界最大の民主主義国を率いるモディ首相の心中は穏やかではないだろう。西側諸国のロシア制裁に応じる余裕はなく、国内の安定をひたすら追求するしかないのが実情だと思う。
成長著しいインド経済の足元は極めて脆弱だと言わざるを得ない。この点を考えれば、インドが西側陣営から離反するのは時間の問題なのではないだろうか。【4月24日 デイリー新潮 藤和彦氏「“制裁破り”の動きにバイデン大統領はイライラ…ロシア産原油の購入を拡大させるインドの言い分」】
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イライラのバイデン大統領はモディ首相説得を試みていますが・・・
****米、インドにロシアへの圧力強化を働きかけ…オンライン首脳会談****
米国のバイデン大統領は(4月)11日、インドのナレンドラ・モディ首相とオンライン形式で会談した。ロシアのウクライナ侵攻を巡り、インドはバランス外交に徹して直接的な批判や対露経済制裁への参加を避けており、バイデン氏はロシアへの圧力強化の必要性を改めてモディ氏に訴えたとみられる。
ホワイトハウスは10日の声明で「残酷な戦争でロシアが受ける報いについて、バイデン氏は(モディ氏と)緊密な協議を続けていく」とし、対露経済制裁を巡る議論に意欲を示していた。
米国とインドは、11日にワシントンで外務・防衛閣僚会合(2プラス2)も予定している。オンライン首脳会談は2プラス2に先だって行われ、バイデン政権はロシアにより厳しい姿勢を取るよう、インドへの働きかけを強める構えだ。
一方、モディ氏は、武器調達でロシアに依存する事情や、対露強硬姿勢を取れば、対立する中国とロシアの接近を許すとの懸念をバイデン氏に伝えた模様だ。露軍の関与が疑われるウクライナでの民間人虐殺については非難した上で、「独立した調査」が必要との認識を示した。(後略)【4月12日 読売】
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アメリカとしては対中国包囲網「Quad」(クアッド)のパートナーであるインドとの関係悪化は避けたい事情もありますので、あまりに強圧的な態度もとれないといったところでしょう。
インドの側からすれば、上記のような兵器を通じたロシアとの繋がり、苦しい台所事情などのほかに、そもそもの話としてアメリカへの根強い不信感みたいなものもあるように推測されます。
****ウクライナ危機中立のインド、対露信頼と対米不信****
米国の大統領副補佐官(国家安全保障担当)の1人が最近ニューデリーを訪問し、ウクライナ戦争に関してロシアに対し、より厳しい姿勢を示すよう求めた。副補佐官インド外相との会談は友好的で、両国間の関係強化を強調するものだった。
しかし、ダリープ・シン副補佐官がその後の公式コメントの中で、制裁回避を助ける諸国は「さまざまな報い」を受けることになると警告したことについて、インド当局者らは、不意打ちを受けたように感じたと語った。 同会談に関わったあるインド当局者は「このような発言は、外交の場では決して使われないものであり、驚きだった」と語った。
その翌日、ロシアのセルゲイ・ラブロフ外相がインド外相と会談し、インドが購入を希望するすべての物を輸出すると申し出た後の雰囲気は全く違った。
次々とニューデリーを訪れた米当局者らは、ロシア政府を孤立させる取り組みにインドも加わるよう説得した。だが、傍観者の立場を変えるべきだと納得させるのは難しかった。インドは今回のウクライナ戦争で中立姿勢を維持しており、ロシアの行為に対する国連非難決議の投票で棄権に回り、対ロ制裁への参加も拒否している。
インドのこうした姿勢はある意味、必要に迫られたものでもある。ロシアが、インドに対する最大の武器供給国だからだ。しかしインドの当局者やアナリストによれば、こうした姿勢の背景には、米政府に対する不信感が今も残っていることや、ロシア政府は信頼に足るという何十年にもわたって築かれてきた確固たる信頼感も影響しているという。
冷戦期にインドは、公式には非同盟政策を採用していたが、実際にはロシアとの同盟を構築していた。そして、米国がインドのライバルであるパキスタンなどの国々を支持し、インドに多くの制裁を科したことから、インドとロシアの関係はより緊密になっていった。
その後年月を経て、インドと米国の関係は友好的になり、インド当局者らも同国の未来には西側諸国とのより緊密な関係が必要と考えるようになった。しかしインド当局者らによれば、同国の政策立案者らの考え方の底流には依然として強い反米感情が残っており、公の場で批判された際にこうした反感が強くなるという。
米当局者らは、国際経済を専門とするシン副補佐官の発言について、インドを名指しして警告を発したものではないため、重要性は低いとの見方を示している。
それでもインド当局者らは、このような発言はロシア政府に背を向けるのをためらわせるものだ、と述べている。彼らによれば、ロシアは信頼に足るパートナーであることを繰り返し示してきたという。
2020年に領土問題でもめる国境地帯で中国との衝突が起き、インド人20人、中国兵士4人が死亡した際には、インドの国防相が3カ月間で2回モスクワを訪問した。当時の状況を直接知る当局者によれば、この訪問の目的の1つは、武器弾薬を追加で確保し、国境地帯の防備を強化することだったという。これを受けてロシアは、ミサイル、戦車部品、その他の兵器をインドに追加供与した。
ハイデラバードのカウティリヤ・公共政策大学の学部長で、元インド国連常駐代表のサイード・アクバルディン氏は「多くの人々は、インドが危機に瀕した際にロシアとの友好関係がインドの利益に貢献したと信じている」と語った。(後略)【4月27日 WSJ】
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【「ロシアは孤立に追い込まれている」と言いきれない現実】
日本を含む欧米諸国、いわゆる西側の発想ではロシアの非道は自明のことに思え、「一部のならず者国家や中国を別にすれば、ロシアは世界から孤立している」と思いがちですが、世界的に見ると必ずしもそうは言い切れない面もあります。
****ウクライナ侵攻でもロシアは国際的に孤立していない…新経済秩序が構築される可能性も****
ロシアがウクライナに侵攻して1ヶ月が経ち、西側諸国では「ロシアは孤立に追い込まれている」との見方が常識になりつつある。非常に厳しい経済制裁を科されたことでロシアは大打撃を被り、国際社会から排除されつつあるのはたしかだが、西側諸国の対応に冷ややかな視線を送っている国々が少なくない点も見逃せない。
3月2日に国連で行われたロシア軍の即時撤退を求める決議では、国連加盟193カ国のうち141カ国が賛成したのに対し、反対はロシアを含む5カ国、棄権したのは35カ国だった。国別で見れば賛成が圧倒的多数だが、人口の総数で比較すると世界の人口(77億人)のうち53%が棄権などに回っていたことがわかる。
アフリカや中東で西側諸国のダブルスタンダードへの不満がこれまでになく強まっていることも気がかりだ。
前述の国連決議を棄権した東アフリカ・ウガンダのムセベニ大統領は、ウクライナを巡る西側諸国とロシアの対立について「アフリカは距離を置く」と表明した(3月18日付日本経済新聞)。歴史的にアフリカを搾取してきた西側諸国がウクライナだけに肩入れするのは「ダブルスタンダード」だというのがその理由だ。
同じく国連決議を棄権した南アフリカのラマポーザ大統領も17日、ウクライナにおける戦争についてNATOを非難し、「ロシア非難の呼びかけに抵抗する」と述べた。
アフリカでは難民や人道危機における国際社会の対応が「人種差別的」だと不満の声も上がっているが、中東でも「西側諸国のウクライナへの対応が中東に向けられた態度とあまりにも違う」との不信感が強まっている(3月8日付ニューズウィーク)。
欧米諸国は避難するウクライナ人に対して門戸を喜んで開放しているが、かつてシリアからの難民が流入した際、どれだけ冷たい態度をとったことか。中東地域で「白人優先主義だ」との非難は高まるばかりだ。
「外国への侵攻」という意味では米軍のイラク侵攻も同じだが、「国際社会は米国に制裁を科したのか」、「侵攻された側を支援したのか」との怒りもこみ上がってくる。
アフガニスタンからの米軍の撤退ぶりが与えた影響も小さくない。「米国はいざというときに頼りにならない」との認識を深めた中東諸国には「米国の同盟国であることは利益よりも不利益の方が大きいのではないか」との懐疑が芽生えつつあるという。
このように、「ロシアが国際的に孤立している」とする西側諸国の認識は、必ずしも国際社会全体の実態を表しているものではない。(後略)【3月26日 藤和彦氏 デイリー新潮】
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【アフリカ 強いロシアの影響力】
上記記事にもあるようにアフリカには、かつての植民地支配を行ってきた欧米への不信感と同時に、これまで(欧米が切り捨てる強権支配国家であっても)アフリカ諸国を支援してきたロシアの影響力の強さがあります。
****明らかになったロシアのアフリカへの影響力****
国連緊急特別総会における3月24日のロシア非難決議は、アフリカ各国とロシアとの距離感や各政権の民主主義のレベルを示すリトマス試験紙のような役割を果たした。また、これは近年のロシアのアフリカ大陸への軍事的、政治的影響力拡大の成果を示すものでもあった。
アフリカ諸国54カ国の内、ロシア非難決議に賛成したのがエジプト、チュニジア、ガーナ、ケニア、ニジェール、ナイジェリア、ザンビアなど28カ国であった。棄権した17カ国には、南アフリカ、アルジェリア、セネガル、アンゴラ、中央アフリカ、マリ、モザンビーク、スーダン、ジンバブエ等が含まれる。反対はエリトリア1カ国で、8カ国は投票に参加しなかった。
アフリカ諸国の約半数がロシア非難に賛成しないことついて、フィナンシャル・タイムズ紙のデビット・ピリングによる3月25日付け論説‘This is no time for neutrality in Africa on Ukraine’は、
① アフリカの伝統的な非同盟主義
② 対ロシア制裁による経済的、社会的影響への懸念
③ 南部アフリカ諸国については冷戦期の黒人解放運動に対するソ連の支援への恩義
④ 欧米の過去の植民地主義や欧米中心の経済的世界構造に対する反発等
の要素を上げるが、特に懸念されるのは、ロシアによる近年の軍事的支援を通じたアフリカにおける影響力拡大政策がある、と指摘している。
① アフリカの伝統的な非同盟主義
② 対ロシア制裁による経済的、社会的影響への懸念
③ 南部アフリカ諸国については冷戦期の黒人解放運動に対するソ連の支援への恩義
④ 欧米の過去の植民地主義や欧米中心の経済的世界構造に対する反発等
の要素を上げるが、特に懸念されるのは、ロシアによる近年の軍事的支援を通じたアフリカにおける影響力拡大政策がある、と指摘している。
プーチンのアフリカに対する関心の背景は二つある。第一に、世界的な影響力を回復したいとのソ連時代への郷愁があり、具体的には、軍事的支援と引き換えに資源や国連の場での協力を確保するという取引である。
第二は、地域の不安定化に乗じてアフリカから欧州の影響力を排除し難民の流出などにより西ヨーロッパを包囲する地政学的な戦略である。この二つは、全体として一つの戦略を形成していると考えるべきであろう。
冷戦期には、ソ連は、アフリカ南部の黒人解放運動を強力に支援し、また、各国に成立した社会主義政権を政治的、経済的に支援したが、ソ連の崩壊により、これらの関係はいったん途絶えた。
しかし、2010年代に入り、プーチンがロシアの復権といった野心を高めるのと並行してアフリカへの影響力拡大に乗り出し、経済援助や投資では欧米や中国に対抗できないため、大統領警護等の治安面や反政府活動の取り締まり、武器供与や軍事訓練等への協力といった手法に頼ることとなった。これはアフリカの強権政治家や軍事政権のニーズにも応えるものであった。
18年時点ですでに19カ国と何らかの軍事協定を結んでおり、特に、民間軍事会社ワグナーを通じた活動が中央アフリカ、チャド、マリなど旧フランス領の国々を含めて注目されて来た。この種の民間軍事会社については、何らかの国際的規制や透明性の向上が必要であろう。
そして、19年には、ロシアは、アフリカ諸国の首脳を一堂に集めた第1回ロシア・アフリカ首脳会議をソチで開催し経済関係を中心とする「表」の関係における影響力拡大も誇示した。
これに対し、米国は、冷戦期には東西対立の観点からアフリカの、開発支援や民主化支援に積極的に関与してきたが、冷戦後は中東情勢もあり、相対的に関心が薄れたと言える。特に、トランプ政権時代にはトランプの暴言と無関心により、アフリカの信頼を大きく損なった。
バイデン政権は、国内政局がらみで黒人層を重視し、アフリカ重視の姿勢は示しているが、中国に対する対抗という面が強く、より具体的な政策表明ときめの細かい国別の対応が望まれていた。(後略)【4月12日 WEDGE】
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【南米 アメリカへの冷ややかな視線】
アフリカだけでなく南米諸国にも、長年中南米に介入してきたアメリカへの不信感があります。
****米国に「しらけた」中南米 低いウクライナへの関心****
ロシアによるウクライナ侵攻について、中南米の反応はまちまちだが、概して静かだ。ロシアや中国と強い関係のあるキューバやベネズエラがロシアを強く非難しないのは当然としても、他の国々からも厳しい声は聞かれない。
理由の一つは、ウクライナやロシアとの心理的な距離の遠さだ。実際、地理的な距離は日本とさほど変わらないが、「また遠くで大国が何かやっている」という意識が一般には強い。実際、いま筆者が滞在しているチリ南部のパタゴニア地域で、40〜50人と話してみたが、彼らからウクライナの話題が出てくることはまずなかった。中には、ウクライナ大統領の家系に詳しい人もいたが。
チリ共産党が2月24日にこんな宣言を発表した。「紛争の解決策としての戦争を非難する。ウクライナ紛争については、各国が自国の責任を引き受けねばならない。第一にロシアだ。しかし同時に、米国も北大西洋条約機構(NATO)も、その拡大主義、経済利権、地政学的理由からウクライナを武装化し、ロシアを刺激した結果、戦争の危機を招いた責任を自覚すべきだ」。
一国の左派の言葉にすぎないが、チリの、ひいては中南米の庶民の反応を代弁している。アフガニスタン紛争やイラク戦争と同じく、「どうせまたグリンゴ(米国人の蔑称)が何かたくらんでいるんだろう」と、大国のふるまいを冷たい目で傍観する態度だ。
南米の戦争と言えば、英国とのフォークランド紛争や各国間の国境紛争、コロンビアなどでのゲリラ戦が身近だが、大国の紛争は気分として遠いままだ。第一次・第二次世界大戦にも直接関わらず、むしろ需要増で一次産品や食料輸出が増えた国も少なくない。「大戦の危機」を代々肌で感じてこなかった。
もう一つは、社会が騒がないことだ。日々自給自足をどう高めるかなど、身の回りの、地元のことに目を向けている庶民にとっては国内政治さえも遠い。首都で国会が何かを決めたとしても、自分の身にふりかかるまでは、あくまでも「政治の話」として矮小化しがちだ。そもそも長年の悪政から、政治が信用されていない。メディアも同じく信頼されていない。庶民がさほど反応していない以上、政治関係者も動かない。
人が冷めているわけではない。戦争を否定する人が大半である。むしろ、米国にしらけているというのが正しい。長年、中南米に介入してきた米国を見てきた層にとって、悪のロシアに対抗し米国側につくというポーズは、立派な態度とは思えないのだ。【4月26日 WEDGE】
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ロシア・プーチン大統領の暴挙を擁護するつもりはありませんが、上記のように世界全体で見たとき、必ずしもロシア非難一色ではない現実があるということを念頭に置いておくことは重要でしょう。