goo blog サービス終了のお知らせ 

孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

トランプ関税への対応 中国・フランス・ベトナム、そして日本

2025-04-05 23:23:02 | 経済・通貨

(中国の報復関税で動揺する4日の米ニューヨーク証券取引所【4月5日 BBC】)

【中国 同率の報復関税】
トランプ関税に対する各国の不満は共通ですが、対応は各国事情を反映して様々・

報復関税という強気の対抗措置に出ているのが中国。
アメリカと世界の覇権を争う立場上、ここで引く訳にいかないというプライドもあるでしょうが、トランプ対応に関して、下手に出ても効果が薄いという過去の経験もあるようです。


****トランプに媚びずわが道を行く...関税攻撃に「様子見」を決め込む習近平の腹の内****
(中略)
王毅(ワン・イー)外相も全国人民代表大会の会期中だった3月7日の記者会見で、関税はアメリカにも打撃をもたらすと批判した。その一方で「協力は双方への利益とウィンウィンの関係をもたらす」と和解の可能性を残しつつ、「アメリカが圧力をかけてくるなら中国は断固として対抗措置を取る」とも述べている。

アメリカ側も和解の可能性は排除していない。報道によれば、トランプは就任から100日以内に習近平と会談することに関心を示している。トランプが1期目の17年に中国を訪問した際には、習が紫禁城で初めて公式晩餐会を開くなど、異例の手厚いもてなしをしている。

ただし、米外交問題評議会のドーシは、17年の習が「歴代のどの米大統領にも与えなかったような厚遇」でトランプをもてなしたのは事実だが、「それがあまり効かなかった、この男にこういう接し方をしても無駄なのではないか」という感触が中国側にあるのも事実だろうと指摘している。【4月2日 Newsweek】
*********************

そうしたこともあって、アメリカと同率の報復関税を。

****中国がトランプ政権相互関税に報復措置 全ての米国産輸入品に34%追加関税 10日発動****
中国政府は4日、トランプ米政権が導入を決めた「相互関税」への報復措置として米国産の全ての輸入品に対して34%の追加関税を課すと発表した。

中国政府は、トランプ政権の措置を「国際的な貿易ルールに合致せず、中国の正当で合法的な権益を深刻に損なっている」と批判した。米中両国の間で貿易戦争がさらに激化することになる。

追加関税は今月10日に発動する。トランプ政権の相互関税は中国に対し34%を上乗せするとしており、同等の報復措置を打ち出した形だ。

また、中国商務省は4日、トランプ政権の相互関税に関して世界貿易機関(WTO)に提訴したと明らかにした。報道官談話で「世界の経済・貿易秩序の安定に危害を及ぼす」と非難して「断固とした反対」を表明した。

商務省は同日、米国企業16社を輸出規制の対象リストに入れるなどの措置も発表した。また、米国を対象として絞っていないものの、ハイテク製品の生産に欠かせないレアアース(希土類)に関する輸出規制も打ち出した。

中国外務省の郭嘉昆報道官は3日の記者会見で、トランプ米政権の相互関税について、「WTOのルールに違反し、ルールを基礎とする多国間貿易体制を深刻に損なっている」と批判。その上で「必要な措置を講じ、自らの正当な利益を固く守る」と述べ、米側に対して対抗措置をとる方針を示していた。【4月4日 産経】
********************

中国が報復措置を発表したことなどを受けニューヨーク株式市場は急落し、前日に比べて2200ドル以上下げました。

トランプ大統領は依然強気。

****「中国はパニックに陥った」、トランプ氏が報復措置は誤りと非難****
トランプ米大統領は4日、中国が新たな米国の相互関税への対抗措置を発表したことについて、「中国は間違った対応をした」と述べた。

トランプ氏は「中国はパニックに陥り、間違った対応をした。中国はこうしたことは絶対に避けるべきだった!」と自身の交流サイト(SNS)「トゥルース・ソーシャル」に投稿した。(後略)【4月5日 ロイター】
********************

なお、トランプ大統領は、中国系動画投稿アプリ「TikTok」の使用禁止の猶予期間を75日間延長すると明らかにしています。

この「TikTok」をめぐる米中の「取引」で、関税交渉の方も多少の譲歩・歩み寄りがあるのでは・・・との観測もあるようです。

【フランス 米への投資中断を欧州企業に呼びかけ 「われわれは愛国心に訴えている】
中国同様に対抗姿勢を見せるのがフランス。

フランスはもともとプライドが高いところがありますし、外交的にドゴール以来の伝統でアメリカに依存しない独自外交が特徴。それにマクロン大統領のときに傲慢と批判される個人的性格も影響しているのかも。

****仏マクロン大統領、米への投資中断を欧州企業に呼びかけ トランプ大統領発表の関税措置に対し****
フランスのマクロン大統領は3日、アメリカのトランプ大統領が発表した関税措置に対して、アメリカへの投資をすべて中断するようヨーロッパの企業に呼びかけました。

マクロン大統領は「アメリカが我々を『たたいている』、まさにその時に、ヨーロッパの主要企業が数十億ユーロをアメリカ経済に投資し始めたら、どのようなメッセージになるだろうか」と主張。今後の投資や、ここ数週間の間に発表された投資を一時的に停止するよう要請しました。

地元紙によると、関税の応酬に反対しているフランスの海運会社などが、アメリカへの巨額の投資を発表しています。
マクロン大統領が団結するよう、けん制した形ですが、呼びかけに応じるかは不透明です。【4月4日 日テレNEWS】
*********************

****フランス、自国企業に「愛国心」呼び掛け 対米投資停止要請に続き****
ドナルド・トランプ米政権が発表した相互関税をめぐり、フランスのエリック・ロンバード財務相は4日、激化する貿易戦争で米国を優位に立たせないため「愛国心」を示すようフランス企業に呼び掛けた。これに先立ちエマニュエル・マクロン大統領は、対米投資を見合わせるよう企業に求めていた。

ロンバード氏は仏ニュース専門局BFMTVで、「われわれは愛国心に訴えている」と述べた。関税をめぐる米国との交渉が始まる中で、「フランスの大企業が米国内に工場を開設することに同意すれば、米国を優位に立たせるのは明らかだ」と続けた。

関税への対応策について、フランス政府は欧州連合レベルで実施すべきだと主張している。ロンバード氏は、そうした対応策について必ずしも報復関税を伴う必要はなく、基準やデータ交換、税金などに言及して他の手段も使えると指摘した。

トランプ氏は2日、貿易相手国に対する広範な関税措置を発表。EUは20%の関税を課された。(後略)【4月5日 AFP】
**********************

経済合理性で動く企業としては「愛国心」と言われても困るところでしょうが。

なお、フランスはEUとしての報復関税には消極的のようです。

****EUは米国の関税に報復すべきではない=仏財務相****
フランスのロンバール財務相は4日、欧州連合(EU)の消費者への悪影響を避けるため、EUはトランプ米大統領が発表した相互関税に全く同じ対抗措置で報復すべきではないとの考えを示した。

トランプ大統領は2日、貿易相手国に対し相互関税を課すと発表。米国への輸入品全てに一律10%の基本関税を課した上で、EUからの輸入品に20%の関税を上乗せした。

ロンバール氏は仏BFMテレビのインタビューで「われわれは米国を交渉のテーブルにつかせ、公正な合意に到達させるために、再度、関税をはるかに超えた対応策に取り組んでいる」と語った。

EUは、EU加盟国に経済的圧力をかけて政策を変更させようとする第三国に対する報復を可能にする「反威圧措置」の行使を含め、トランプ関税にどう対応すべきかで意見が分かれている。

報復に慎重な国は、アイルランド、イタリア、ポーランド、スカンジナビア諸国など。
ロンバール氏は「米国と同じように、米国からの輸入品全てに関税をかけると欧州にも悪影響が及ぶ」と語った。【4月4日 ロイター】
**************************

なお、フランスはアメリカとの貿易はさほど大きなものではありません。

*******************
トランプ米大統領の相互関税では、医薬品はひとまず対象外となった。ワイン・スピリッツは、EU製品として20%の追加関税の対象となるが、トランプ大統領に「200%の関税」で脅されていただけに、最悪の事態は避けられたと安堵している。

フランスと米国の間の直接の貿易関係はさほど大きくなく、フランスの対米輸出はGDP比で1.6%、輸出全体の6.2%を占めている。【4月4日 エトワ】
*******************

【ベトナム 対トランプ対策も効果なく高率関税 「米製品に対する関税をゼロに引き下げるため交渉する用意がある」】
対米貿易黒字で第4位というベトナムはトランプ関税の絶好の標的になるという危機感から、対トランプ対策の準備を進めてきました。

****ベトナム、関税引き下げを発表 米国の関税優遇を期待****
ベトナムは3月31日、米トランプ政権が「すべての国」を対象に新たな関税の発動を予定する中、自動車、液化ガス、一部の農産物を含む一連の輸入品に対する関税の引き下げを発表した。

これに先立ちファム・ミン・チン首相は先月、米国からの輸入を増やすために関税を見直していると述べていた。

米国の対ベトナム貿易赤字は中国、メキシコに次いで3番目に多く、ベトナムが関税政策の主要なターゲットになる可能性が高まっていることに懸念が広がっている。

「2025年3月31日から、自動車、木材、エタノール、冷凍鶏もも肉、ピスタチオ、アーモンド、生リンゴ、サクランボ、レーズンなどの特定品目に新しい優遇輸入関税率が適用される」と31日遅く、政府の公式ニュースポータルで発表。また、一部の自動車の関税が半減され、液化天然ガスの関税が5%から2%に引き下げられる。

ベトナムのDEEP C工業団地のCEOで同国の欧州商工会議所の会長であるブルーノ・ジャスパート氏はAFPに、「ベトナムは影響を和らげるためにできる限りのことをしていると思う」とし、「報復するのではなく与えることで、良い待遇を受けられることを期待している」と語った。 【4月1日 AFP】
******************

“ベトナム政府は26日、米宇宙企業スペースXが衛星通信サービス「スターリンク」を国内で試験的に開始することを許可したと発表。スペースXはスターリンクの所有権を完全に維持できるという。一部のアナリストは米関税による打撃を回避することが狙いの1つだと指摘している。”【3月26日 ロイター】

しかし、トランプ関税の根拠なったあの奇妙な算式(アメリカの貿易赤字を、その国のアメリカへの輸出額で割った数値で、その国の関税率を算定)にはそうした「努力」は反映せず、結果、ベトナムは46%という高率の相互関税を課せられることに。

ただ、報復関税には出ず、あくまでもトランプ政権との交渉で緩和を目指す方針。対米依存度の大きさからして、トランプ大統領の怒りを買う訳にはいかないという事情でしょう。

****「相互関税46%」ベトナムがトランプ氏と電話会談「関税ゼロに向け交渉の用意ある」****
ベトナムの最高指導者がアメリカのトランプ大統領と電話会談し、アメリカからの輸入品について「関税をゼロに引き下げる交渉の用意がある」と提案しトランプ関税の引き下げを求めました。

トランプ政権が発表した「相互関税」では、ベトナムは46%と特に高い関税が課せられました。

ベトナムの国営メディアによりますと、トー・ラム書記長は4日、トランプ氏と電話会談し「アメリカ製品に対する関税をゼロに引き下げるため交渉する用意がある」と伝えました。

そのうえでトランプ氏に対してベトナムからの輸出品についても同様の措置を取るよう要請したということです。

トランプ氏は自身のSNSで「非常に有益な電話会談を行った」と述べ、「ラム氏には近い将来の会談を楽しみにしていると伝えた」としています。【4月5日 テレ朝news】
***********************

ベトナムはアメリカと中国双方との微妙なバランスをとる必要に迫られていますが、ここは何とかトランプ大統領の歓心を買って・・・との対応のようです。

【日本 石破首相 来週中にもトランプ大統領と電話会談 報復関税には否定的】
日本の場合は
****「トランプ関税」石破首相に打撃 指導力不足に批判の声***
トランプ米大統領による相互関税発表を受け、石破政権に衝撃が走った。24%の追加関税は政府の事前の想定より厳しく、日本経済への影響は不可避との見方が広がる。6月の東京都議選や夏の参院選を控え、内閣支持率の低迷に苦しむ石破茂首相にとって新たな打撃となりそうだ。

「極めて残念で不本意」「極めて遺憾」。首相は3日午後、首相官邸で記者団にこう繰り返した。この後、関係閣僚を官邸に集め、米国に措置の見直しを強く求めることなどを指示した。

政府はここまで手をこまぬいていたわけではない。首相は2月上旬に米ワシントンを訪れた際、日本の対米投資を1兆ドル(約147兆円)規模に拡大するとトランプ氏に伝達。共同声明で「日米関係の新たな黄金時代」をうたいあげ、岩屋毅外相ら閣僚を通じて日本の適用除外を求めてきた。

しかし、トランプ氏が相互関税発表の演説で口にしたのは「同盟国にここまでするのか」と外務省幹部が驚きを隠せないほどの関税率だった。通商交渉に長く関わってきた自民党幹部は「話にならない」と絶句。別の幹部は「想像以上の衝撃。壊滅的な打撃を受ける」と危機感をあらわにした。

党内外の矛先は首相に向かいつつある。2月の初会談後、首相がトランプ氏に電話するなどした形跡はなく、自民の高市早苗前経済安全保障担当相は保守派の会合で「本気の姿勢を政府が見せるべき瞬間だった。陣頭指揮を執っているのが誰かよく見えなかった」と指導力不足を批判した。

首相は3日、記者団に「私自身がトランプ氏に直接話すことが適当なら、全くちゅうちょしない」と語ったが、トランプ氏は演説で「シンゾーは素晴らしい男だった」などと安倍晋三元首相にばかり言及した。「首相が交渉しても説得の見込みはほぼない」(政府関係者)との見方もある。

政府内には問題が安保分野に波及し、防衛費増額などとディール(取引)を迫られることを警戒する向きもある。立憲民主党の野田佳彦代表は党会合で、2月の日米首脳会談後の共同声明を「たぶんトランプ氏は読んでいない」とした上で、「(声明に明記した安保協力は)大丈夫か。一枚紙にどんな意味があるのか」と語った。

日本企業の業績悪化が顕在化すれば、石破政権への世論の風当たりが強まり、都議選や参院選にも影響しかねない。公明党の斉藤鉄夫代表は党会合で「政府に的確なかじ取りを求めたい」と訴えた。首相は4日、通商問題では異例とも言える与野党党首会談に臨み、各党に協力を呼び掛ける。【4月3日 時事】
******************

ただ、理解不能な算式で関税を決定するトランプ政権相手ですから、高関税で石破首相を責めるのは気の毒。
話はこれからでしょう。

****石破首相 来週中にもトランプ大統領と電話会談へ調整する意向****
アメリカのトランプ政権による関税措置を受けて、石破総理大臣は、来週中にもトランプ大統領と電話会談ができないか調整する意向を示しました。一方、対抗措置として報復関税を課すことには否定的な考えを示しました。(後略)【4月5日 NHK】
*******************

トランプ大統領としては、とりあえず高率関税を課すことで、ベトナムや日本のようなアメリカにすり寄る対応を引き出すのが狙いでしょう。

それがわかっていても交渉せざるを得ない対米依存度の高い国の悲しさ、そこにつけこむトランプ大統領のえげつなさでしょう。

ただ、そのつけはブーメランのように経済的にも信頼という点でもアメリカに戻ってくるのでしょうが。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

アメリカ  トランプ関税で全面的貿易戦争の様相 米・相手国生産者の不安・とまどい 幾つかの論点

2025-03-23 23:17:45 | 経済・通貨

(【3月5日 TBS NEWS DIG】)

【報復関税の連鎖で全面的貿易戦争の様相】
トランプ関税・・・あまりにも多くの事柄が動いており(しかも、やると言ったり、やめると言ったり・・・)、一体今どの国に対して、何に対して、いくらの関税追加がなされているのか、それに対する報復関税は課されているのか・・・正直なところ、全然把握できていません。

大まかには‟トランプ氏は合成麻薬の流入対策の不備を理由にしたメキシコ、カナダ、中国への制裁関税に加え、12日には全ての国に対する25%の鉄鋼・アルミ関税を発動。さらに4月2日には、相互関税や自動車関税を予定している。”【3月14日 毎日】という状況。

確かなのは、‟米国発の全面的な貿易戦争の様相を呈してきた”ということ。

****鉄鋼・アルミ関税に各国反発 全面的貿易戦争の様相****
ドナルド・トランプ米大統領が鉄鋼・アルミニウムを標的に25%の追加関税を発動したのを受け、主要な貿易相手国・地域は12日、相次いで報復措置を発表した。これに対し、トランプ氏はさらなる対応を宣言。米国発の全面的な貿易戦争の様相を呈してきた。
欧州連合は4月以降、総額280億ドル(約4兆1000億ドル)相当の米国からの輸入品に報復関税を段階的に導入すると発表。カナダは13日から、207億ドル(約3兆円)相当の米産品に追加関税を課すと表明した。中国は、「必要なすべての措置」を講じるとした。

EU欧州委員会のウルズラ・フォンデアライエン委員長は、バーボンウイスキーからオートバイに至るまで適用されるEUの報復措置は「強力だが適切」なものだと主張。

これに対しトランプ氏は記者団に、報復措置に「当然」対応するとし、米国はEUとの「金融戦争に勝つ」と語った。

一方、欧州最大の輸出立国、ドイツのオラフ・ショルツ首相は、米国の関税政策を「間違っている」と非難し、インフレ高進を警告。中国外務省は「貿易戦争に勝者はいない」と批判した。

日本は、関税適用から除外されなかったことに遺憾を表明。オーストラリアは不当だと反発しながら、英国とともに、報復には及ばなかった。メキシコも直ちには報復しないと表明、ブラジルは反応せずとの姿勢を示した。 【3月13日 AFP】
********************

こうした関税措置は報復の連鎖を生んでいます。

****報復の連鎖…EUの“アメリカ産ウイスキー50%報復関税”受けトランプ大統領がワインに200%関税…「反撃する決意」EU再反発****
アメリカのトランプ大統領は13日、EU(ヨーロッパ連合)がアメリカ産のウイスキーへの追加関税を撤廃しなければ、ワインなどの酒類に200%の関税を課す考えを示しました。

EUは、アメリカによる鉄鋼・アルミニウム関税への対抗措置として、アメリカから輸入するウイスキーなどに4月1日から報復関税を課すことを決めています。

これについてトランプ大統領は自身のSNSで「EUがウイスキーに50%という厄介な関税を課した」と指摘した上で、「撤廃されなければフランスやEU加盟国から輸入されるワインやシャンパン、アルコール製品に200%の関税を課す」と投稿しました。

これに対してフランスのサン=マルタン貿易担当相は、SNSで「ヨーロッパ委員会やパートナーとともに反撃する決意を固めている。脅しに屈することなく、常に自国の産業を守っていく」と反発しています。【3月14日 FNNプライムオンライン】
******************

さすがにEUもビビったのか、4月中旬に先延ばしにするとしていますが、生産者の不安は消えません。

****「まず理解できない」フランス・パリのワイン生産者や農家から不安の声 「EU産ワインに200%の関税」発動されれば約15兆円損失との試算も****
アメリカのトランプ大統領が「EUのワインに200%の関税をかける」と警告する中、戸惑う生産者や農家の思いをフランス・パリで取材しました。

トランプ政権がEUからの鉄鋼とアルミニウムに追加関税を課したのに対抗し、EUは4月1日からアメリカ産のバーボンウィスキーなどに関税を課すとしていましたが、4月中旬に先延ばしにすると明らかにしました。

これに先立ち、トランプ大統領は「EUのワインに200%の関税をかける」と警告していました。

こうした中、パリで21日から始まったワインの見本市には200を超える小規模のワイン経営者や農家が一堂に会し、例年約1万人の客が訪れます。

農家からは「まず理解できないし、それから怒りも少しある」「アジアやヨーロッパで新たな輸入業者を見つけて補おうと考えている」といった声が聞かれました。

フランスにとってアメリカはワインの最大の輸出先で、今回、200%の関税が発動されればフランスで920億ユーロの損失が出るとの試算もあります。【3月22日 FNNプライムオンライン】
*********************

生産者の不安・とまどいはアメリカ・相手国を問わず共通です。

****米中貿易戦争がエスカレート、米国の農家は耐えられるのか―独メディア****
2025年3月3日、独国際放送局ドイチェ・ヴェレの中国語版サイトは、中国が米国による追加関税への報復措置を検討する中で「米国の農家は耐えられるのか」と題した記事を掲載した。(中略)

環球時報が中国による報復措置について「米国産農産物に対する追加関税の可能性が高い」と報じていることに言及。中国は第1次トランプ政権期の18年に、大豆や牛肉、豚肉、小麦、トウモロコシ、高粱(コウリャン)など主要な米国産農産物に対し最大25%の報復関税をかけ、中国による米国産農産物輸入額が23年は前年比20%減、昨年は同14%減と減少を続けているものの、それでも輸入総額は約300億ドル(約4兆5000億円)に上っており、中国は依然として米国農産物の最大市場であることを指摘した。

そして、もし中国が新たな報復関税を発動すれば米国産農産物の対中輸出はさらに減少する見込みであり、米国の農業関係者や商業者は中国の需要の減少を補うために他の市場を探し始めているものの、中国市場は彼らにとって「代替不可能」な存在であり、中国市場抜きにはやっていけない状況は変わらないと論じた。(後略)【3月4日 レコードチャイナ】
******************

【トランプ大統領「全く曲げるつもりはない」】
報復関税の連鎖を呼ぶ関税戦争について、さすがに実業家でもあるマスク氏は関税の負の側面を憂慮しているようです。

****マスク氏率いるテスラ トランプ政権の関税政策に「競争力を失う」と慎重な対応を要請****
イーロン・マスク氏が率いる電気自動車大手「テスラ」がトランプ政権の関税政策について、テスラが報復関税の対象となれば競争力を失う可能性があるとして、アメリカ政府に慎重な対応を求めました。
テスラはUSTR(アメリカ通商代表部)に宛てた11日付の書簡で、政権の関税政策について「公正な貿易を支持する」としつつも「うかつにもアメリカ企業が損害を被ることのないように」と要望しました。

過去に起きた貿易摩擦を念頭に、相手国の報復関税に直面することを避けたいとしています。

また、関税の上昇に伴う国内のサプライチェーンの問題点を指摘し、「アメリカの製造業者が不当に負担を強いられることがないように」と求めています。

国内企業が対応する時間が必要だとして、政権が相手国へ関税を発動する「実施時期についても考慮すべき」と指摘しています。

テスラを巡っては株価が大幅に下落していて、マスク氏がトランプ政権のもとで推し進める人員削減などへの反発が業績に悪影響を及ぼすのではとの懸念が広がっています。【3月14日 テレ朝news】
********************

今のところトランプ大統領の考えは変わらないようです。

****トランプ氏、関税による景気後退の可能性巡り直接の言及避ける****
トランプ米大統領は9日に放送されたFOXニュースの番組「サンデー・モーニング・フューチャーズ」のインタビューで、関税政策によって米国が景気後退に陥るかどうか直接的な言及を避けた。

年内の景気後退入りを想定しているかと聞かれたトランプ氏は「われわれは非常に大きなことを実行しているので、一定の経過期間が存在する。少し時間はかかるが、われわれにとって必ず素晴らしい事態になると思う」とだけ語った。

トランプ氏は先月2日、包括的な関税が国民にとって「短期的な」痛みをもたらす可能性があると発言していた。

ただ側近や政府高官は関税の悪影響を繰り返し否定している。

9日にはラトニック商務長官がNBCテレビの「ミート・ザ・プレス」で、関税を通じて一部の外国製品の価格は高くなるが、逆に国産品は割安になると主張。「米国が景気後退に突入することは絶対にない」と断言した。【3月10日 ロイター】
********************

****トランプ氏、関税引き上げの考え「曲げるつもりない」 市場に不安****
トランプ米大統領は13日、金融市場に不安を与えている関税引き上げについて「全く曲げるつもりはない」と述べ、たとえ米経済に打撃を与えるとしても検討中の関税を強行する姿勢を示した。ホワイトハウスで記者団の質問に答えた。

関税政策を修正する可能性を問われたトランプ氏は「鉄鋼もアルミニウムも自動車も、全く曲げるつもりはない。我々は何年もの間、ぼったくられ続け、不要なコストを負担させられてきた」と明言。欧州連合(EU)などから米国は不当な扱いを受けてきたとの持論を改めて展開し、米国に高率の関税を課す国に同程度の関税を発動する「相互関税」などを、予定通り実行する考えを示した。(後略)【3月14日 毎日】
***********************

【トランプ関税に関する幾つかの論点】
細かく取り上げたらきりがないので、トランプ関税に関する総論的な指摘を要点のみいくつか。

****トランプ氏の「対等関税政策」は本当に米国に有利か?国際貿易秩序崩壊の可能性も―独メディア***
(中略)トランプ大統領が対等関税を発動する背景について、米国が国際貿易で不公平に扱われ、各国における米国製品への関税が、米国による輸入関税より高いため、貿易の不均衡すなわち貿易赤字が生じているとの認識を持っていると分析する一方で、経済学者からは「ドルが世界的な準備通貨である以上、米国が国際貿易で大規模な貿易赤字を維持してもドルの流通が活発になり、外国に流出したドルが株式投資や不動産購入によって戻って来ることを考えれば、実際には(低関税の貿易赤字という現況は)米国にとって有利に働く」との見方が出ていることを紹介した。

また、経済学者たちはトランプ大統領による関税措置が米国の輸入商品の価格を引き上げ、インフレを悪化させる可能性があるとも警告しているとし、中国、カナダ、メキシコに対する関税が全て効力を発揮した場合、米国の消費者価格は最大0.7%上昇する可能性があるというS&Pグローバル・レーティングスの推計を紹介。

関税政策によって米国内の製造業者や小売業者は恩恵を受けつつも、一方で原材料の輸入コストの上昇やサプライチェーンの混乱にも直面することになると指摘した。

さらに、米国の輸出業者は貿易相手国による報復措置に苦しむ可能性があり、中国、カナダがすでに報復措置を発表し、EU加盟国内でも報復を示唆する声が上がっており、他の国々も報復の流れに追随するとの予想が出ているとした。(後略)【3月11日 レコードチャイナ】
*********************

トランプ大統領の狙いは声高に叫んでいる「生産のアメリカの回帰」ではなく、「消費税の一種の導入による財源確保」にあるとの指摘も。

****生産のアメリカ回帰は起こらない? トランプ関税に隠された「真の狙い」****
(中略)いったいトランプは何を考えているのか。本人談にしたがえば、「麻薬と不法移民の流入を阻止する」「不当な通商慣行をただす」「国内製造業の復活」が目的という。がしかし、本当の狙いは別のところにあると、私は考えている。

トランプの本命は、4月2日から始まる全世界向け一律関税であり、これについては発動の延期も対象の緩和もない。なぜそう考えるのか。以下、説明してみたい。

トランプ関税の真の狙いはどこに?
まず、関税とはどのように徴収されるものか。(中略)最終的には消費者が負担する。つまりこれも、消費税の一種と言い換えることもできるだろう。とりわけ、対象国や対象品を絞らず、広く一律に課した関税であれば、「輸入全品を対象にした消費税」に近しい。

(中略)アメリカの場合、州単位で類似の間接税制はあるが、国全体では消費税の類は、存在しない。同国では、歳入と歳出のギャップが年2兆$に迫り、国債発行残高はGDP比120%を超える財政状況のため、新規財源として消費税制度は喉から手が出るほど欲しいだろう。

ただ、日本を見てもわかる通り、消費税に対しては左派・右派問わず、猛烈な反発が起きる。ましてやアメリカでは、税金不払いを標榜するティーパーティ運動や、小さな政府を強く志向するフリーダムコーカス(自由議員連盟)の影響力が強く、彼らはトランプ支持層とも重なる。だから、口が裂けても「新規に消費税を導入する」などと言えはしない。

そこで、「関税」の登場だ。「麻薬と不法移民対策」「工場の国内回帰」などのお題目で擬装しているが、一皮むけば、単なる大型間接税に他ならない。(後略)【3月17日 海老原嗣生氏 PHPonline】
*******************

トランプ関税は結局のところアメリカの消費者が負担することになる・・・というのは、多くの論者でほぼ共通した認識です

****「トランプ関税」の本当の敗者は米国の消費者…どうなる?米国抜きの世界経済、中国に好機を与える可能性も****
BRICSの概念を提唱した元ゴールドマン・サックス会長で元英国財務大臣のジム・オニールが、2025年2月24日付のProject Syndicateで、トランプが関税措置を政策手段とすることで、世界各国は米国市場を離れ、結局米国は孤立し米国の消費者が敗者となると論じている。

(中略)米国は他国に比較し国内貯蓄率が恐ろしく低く、所得と富の不平等が著しい。もし米国をより偉大な国にするというなら、財政状況を改善し、特に貧困層の所得を幅広く増加させ、より包摂な成長を達成する必要があろう。

(中略)トランプとその側近は、米国の主要貿易相手国に対して関税引き上げの脅しをかけ続けて、米国への輸入全体を減らすことが、物価上昇を通じて、または、米国の貯蓄率を上げざるを得ないことで、米国の消費者に害を及ぼすという事実にも平然としているように見える。

米国は世界の GDPの15〜26%を占めているとはいえ、それ以外の世界経済はその3〜5.5倍はあり、他の国々が米国の消費者に頼ることなく、多角化すれば良いと考えることは容易に想像できる。(後略)【3月19日 WEDGE】
*****************

そもそもトランプ関税には、経済的目標を直接的に追求する場合に発動される「実効関税」と、政治的な譲歩や交渉の駆け引きを目的とした「ディール関税」の二つがあるとの指摘も。

****トランプ政権発足から2カ月“トランプ関税”構成する「実効関税」と「ディール関税」の背後にある戦略的意図は****
(中略)
トランプ政権が使い分ける「実効関税」と「ディール関税」
まず実効関税とは、貿易収支の改善を直接的な目標とし、輸入品に対する価格障壁を設けることで国内生産を保護し、輸入依存度を低減させるものである。例えば、米国が長年抱える対中貿易赤字を是正するため、中国からの特定製品(例:電子機器や鉄鋼製品)に高関税を課すケースがこれに該当する。この場合、関税は経済的成果を定量的に測定可能な形で設計される。

対して、ディール関税は、相手国との交渉において譲歩を引き出すための「脅し」として機能する。関税の導入自体が最終目的ではなく、交渉のテーブルに相手を着かせるための手段である。例えば、カナダやメキシコとのNAFTA再交渉時に見られたような、関税をちらつかせて貿易協定の改定を迫る手法が典型例である。

そして、この二面性は単なる通商政策の違いに留まらず、国家安全保障や地政学的優位性の確保に直結する。実効関税は、産業基盤の強化やサプライチェーンの自国回帰を促し、長期的な経済的レジリエンスを高める。

一方、ディール関税は、短期的な外交成果を追求しつつ、相手国との力関係を再定義するツールとして機能する。

トランプ政権がどちらの関税を採用するかは、その時々の経済状況や国際関係の文脈に依存するが、いずれにせよ経済安全保障の強化が背後にあることは明らかである。(後略)【3月19日 Strategic Intelligence代表取締役社長CEO 和田大樹氏 FNNプライムオンライン】
****************

いずれにしても、本来は膨大な準備を要する関税変更への拙速とも思える対応は恣意的に運用される懸念がるとも。

****トランプ政権「相互関税」に恣意的運用の懸念 4月2日公表 国ごと税率、広範な算出基準****
トランプ米政権が4月2日に公表する「相互関税」の制度設計を急いでいる。相手国と同水準まで関税を上げるとした相互関税について、米政府は相手国の税率だけでなく、非関税障壁なども考慮し、国ごとに一つの関税率を決める見込みだ。

ただ、200カ国近くある貿易相手ごとに、客観的で公正な数値を短期間に算出するのは困難で、恣意(しい)的に運用される懸念がぬぐえない。(中略)

相互関税について、CSISのラインシュ氏は「貿易ルールを無視し、小国をいじめる中国と同じような行動を、米国がするのだと世界に示す」ようなものだと指摘している。【3月23日 産経】
********************

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

トランプ関税に交錯する「不安」と「思惑」

2024-12-16 23:23:21 | 経済・通貨

(【12月3日 矢嶋 康次氏 ニッセイ基礎研究所】 より大きな赤字をもたらしている国ほど狙われやすい・・・・ということにも その点ではベトナムは要注意 日本は以前に比べると重要性が低下)

【カナダ首相を「カナダ州知事」と揶揄 メキシコ大統領は報復関税に言及】
“トランプ氏は11月25日、就任初日にメキシコとカナダの輸入品すべてに25%の関税を課し、中国には追加で10%の関税を課すことを表明した。トランプ氏は選挙期間中、すべての中国品に対して最大60%の追加関税を課す考えを示して来た。日本やそれ以外の国に対しては10-20%の関税を課し、メキシコからの輸入自動車に対しては200%超の関税を課すことを主張していた。”【12月3日 ニッセイ基礎研究所】

“タリフマン(関税男)”ことトランプ次期大統領の動きに中国はもちろんですが、その他の国々も戦々恐々といったところ。

カナダ・トルドー首相は早くも足元を見られたような状況。

****トランプ氏、トルドー首相をやゆ「カナダ州知事」****
ドナルド・トランプ次期米大統領は10日、隣国カナダのジャスティン・トルドー首相を「カナダ州知事」とやゆした。

トランプ氏は真夜中すぎ、自身のSNS「トゥルース・ソーシャル」への投稿で、「先日、偉大なカナダ州のジャスティン・トルドー知事と夕食を共にすることができて光栄だった」「近いうちに知事に再会し、関税や貿易に関する深い協議を続けられることを楽しみにしている」と投稿した。

トランプ氏は来年1月に就任後、カナダからのすべての輸入品に25%の関税を課すと脅した後にフロリダ州でトルドー氏と会談した際にも、カナダが「米国の51番目の州」になることを提案したと報じられている。

FOXニュースによれば、トランプ氏はトルドー氏に対し、カナダが25%の関税に耐えられないのであれば、米国に吸収されるべきだと述べた。

カナダのマーク・ミラー移民・難民・市民権相はトランプ氏の投稿について記者団に問われると、TVアニメ「サウスパーク」に言及し、「まるでサウスパークのエピソードを生きているようだ」と述べた。

1999年の劇場版では、米国とカナダが全面戦争に突入。米国人の登場人物たちはカナダを非難して挿入歌「ブレイム・カナダ」を歌う。

カナダのクリスティア・フリーランド副首相兼財務相は、記者団にトランプ氏はカナダが米国の一部となることを真剣に望んでいると思うかと問われると、「それは明らかに、次期米大統領に聞くべき質問だ」と答えた。 【12月11日 AFP】
****************

トランプ氏はこの悪い冗談が気に入っているようで、11月29日に南部フロリダ州の私邸でトルドー首相と会談した際にも・・・

“トルドー氏は、関税によってカナダ経済が完全に破綻すると再考を求めた。
これにトランプ氏は、米国から巨額の利益をむしり取らなければ生き残れないのかと反論。カナダが「米国の51番目の州」になるべきだと畳み掛けた。”【12月4日 産経】

カナダ同様に輸入品すべてに25%の関税、自動車に対して200%超の関税・・・と言われているメキシコは、今のところ強気姿勢で報復関税に言及しています。

****メキシコ「トランプ関税で40万人の米雇用喪失」、報復関税も検討****
メキシコのシェインバウム大統領は27日、トランプ次期米大統領がメキシコからの全輸入品に25%の関税を課す方針を実施した場合、米国の40万人の雇用が失われる可能性があると警告した。また、報復関税を導入する構えも示した。

シェインバウム大統領は定例会見で「米国が関税を課せば、メキシコも関税を引き上げるだろう」と述べ、報復措置導入を明言した。

エブラルド経済相も関税により米国で大規模な雇用喪失や成長率の低下が起き、メキシコに生産拠点を持つ米企業が支払う税金が実質的に倍増することで大きな打撃を受けると警告した。【11月28日 ロイター】
********************

【トランプ関税の米経済、世界経済への影響】
トランプ関税の米経済自体への影響などについては、以下のようにも。(あくまでも「予想」のレベルですが)

****トランプ関税劇場の号砲****
11月25日、米国のトランプ次期大統領は自身のSNSにて「就任初日に対中関税を10%、対メキシコ・カナダ関税を25%引き上げる」と表明した。

とはいえ、当事者間の交渉によって引き上げが保留される、或いは大幅な除外措置がとられる可能性があるなど、今後の不透明感は強い。

仮に同関税措置がトランプ氏の言及通りに実現する場合、米国のインフレ率は約+0.2%pt加速し、中期的なGDP水準は-0.2%押し下げられると試算できる。

また、関税の対象国が日本やEUへと波及しそれぞれが報復措置に踏み切る場合、米国GDPへの影響は-1.2%まで拡大する。

世界経済への影響を巡っては、関税引き上げによる中国、メキシコ、カナダの対米輸出減少の影響がサプライチェーンを通じて各国に波及し、中期的なGDP水準を-0.1%押し下げる見通しだ。他国が報復措置に踏み切る場合、こうした下押し幅は-0.2%まで拡大する。【12月5日 第一生命経済研究所】
************************

【ベトナム 近年対米黒字拡大で「次の標的」を懸念】
一方、米中貿易戦争以降、一番恩恵を受けてきた国の一つがベトナムですが、対米貿易黒字が膨らんでいることから、トランプ氏が同国を次の関税の標的にする可能性があるとの懸念が業界関係者やアナリストの間で広がっています。

****米中対立の漁夫の利を得ていたベトナム****
ベトナムは近年、対米貿易黒字で中国、メキシコ、欧州連合(EU)に次ぐ第4位であるが、これは世界の製造業がトランプ関税の影響を避けるために中国から工場を移したからである。しかし、この「チャイナ・プラス・ワン」の成功は、ベトナムを脆弱な立場に追いやった。
 
ベトナム経済は、輸出の30%近くを占める米国に大きく依存している。ベトナムは今後、特に中国への関税を回避するために同国を経由する製品について、厳しい監視を受ける可能性が高い。

トランプは今回の大統領選挙でベトナムについて言及しなかったが、かつてベトナムについて「唯一最悪の悪用者」、「中国よりも更にひどく我々を利用している」などと発言したことがある。

ベトナム政府関係者は、トランプ大統領の貿易敵視政策がもたらす潜在的リスクをよく理解している。
東南アジア全体が米中貿易戦争の恩恵を受けるなか、ベトナムほど投資誘致に成功した国はない。ベトナムの成功は、中国に近いという優位性、ビジネス・フレンドリーな政策と優遇措置のおかげだ。

2023年のベトナムへの外国投資は366億ドル。ベトナムの対米貿易黒字は1040億ドル以上に急増し、トランプ大統領が就任した17年の380億ドルの約3倍となった。

トランプ退任後、米越関係は強化されてきた。両国は昨年、越政府が与える外交関係の最高レベルである「包括的戦略パートナーシップ」に関係を格上げした。バイデン政権はまた、中国による先端チップ製造へのアクセスを制限するキャンペーンの一環として、ベトナムでの半導体生産を後押しする取り組みを支援してきた。【12月16日 WEDGE】
**********************

****ベトナム、対米貿易黒字急増で関税リスク高まる 業界に懸念****
(中略)ベトナムにはアップル、グーグルの親会社アルファベット、ナイキ、インテルのような米国の多国籍企業が大規模な拠点を置いており、対米黒字が中国、欧州連合(EU)、メキシコに次いで4番目に多い。

米商務省が5日発表した貿易統計によると、1─10月の対ベトナム貿易赤字は1020億ドルと、前年同期比約20%増加した。

貿易調査団体のハインリック財団の貿易政策責任者デボラ・エルムズ氏は「トランプ氏にとって主要な指標は貿易赤字であり、ベトナムの数字は望ましくない」と指摘。ベトナムは米国に対して簡単には報復できないため、トランプ政権が早期に行動を起こす理想的な対象との見方を示した。

米商工会議所が先週、ハノイで主催したビジネス会議で上映されたビデオで、トランプ氏の息子で最高顧問のエリック氏は米国から「不当な利益を得た」国の一つにベトナムを挙げた。

この会議で企業や通商団体の関係者らは、米国がベトナムに関税を課す可能性について懸念を表明した。(中略)

ベトナムは液化天然ガス(LNG)や医薬品、航空機などの輸入を増やすことで、対米貿易黒字を減らせるとの見方もある。しかしエルムズ氏は「ベトナムが黒字を大幅に削減するために、迅速かつ十分な規模を輸入できる状況にあるとは思わない」と語った。【12月6日 ロイター】
*********************

もっとも、トランプ次期政権が中国との対決姿勢を強める場合、南シナ海において中国と対峙するベトナム・フィリピンはアメリカにとって重要なパートナーともなりますので、そうした安保保障的な観点から、ベトナムへの圧力は緩められる・・・との観測もあります。

【東南アジア諸国 対中国高関税で「漁夫の利」的に相対的優位となることへの期待も】
また、ベトナムに限らず東南アジア諸国には、仮に関税が引き上げられても、劇的に高くなる中国に比べたら相対的に有利になる・・・との見方も。

****東南アジア諸国「トランプ関税」に戦々恐々、タイでは7015億円損失の試算****
東南アジア諸国連合(ASEAN)で、米国のトランプ次期大統領の貿易政策に対する警戒と期待が交錯している。「トランプ関税」による打撃が東南アジアに及ぶとの懸念が広がる一方、中国から東南アジアへの生産拠点の移管につながることへの期待も根強い。

「漁夫の利」
(中略)東南アジア各国は米国が有力な貿易相手国という国が多い。例えばタイの2023年の輸出総額は2850億ドル(約43兆6000億円)だが、このうち米国向けは17%を占め、国別では最多だ。

タイ商工会議所大学はトランプ氏が公約通り関税を引き上げた場合、「タイ経済は最大45億8480万ドル(約7015億円)を失う」と試算しており、ペートンタン首相は「輸出を支える必要性は認識している」と対策を講じる方針を示す。

アジア開発銀行(ADB、本部・マニラ)は12月に改定した最新の経済見通しで、「米国の貿易政策の変更がアジア・太平洋地域の成長を鈍化させる可能性がある」と懸念を示した。

一方、カンボジアの英字紙クメール・タイムズは11月、カンボジア商工会議所幹部の「米中貿易戦争が中国企業のカンボジアへの投資を加速させる」との発言を伝えた。米国が対中関税を大幅に引き上げれば、関税が相対的に低くなるカンボジアに生産拠点を移す企業が増える「漁夫の利」を期待したものだ。ベトナムでも同様の見方が広がる。【12月15日 読売】
*********************

現段階では全ては不安と思惑ですが、今後次第に「現実」に。

【日本経済への影響  米中ガチンコ勝負ならアメリカにとって日本の協力も重要 一方、その余波は日本にとっても深刻】
日本も影響を避けられませんが、「不安」と「思惑」が交錯。

****日米貿易交渉の課題-第一次トランプ政権時代の教訓*****
1――トランプ関税による日本への影響は?
(中略)米国を代表するシンクタンクの1つであるピーターソン国際経済研究所の試算によると、米国が2025年に貿易相手国すべてに10%の追加関税を発動し、相手国から報復がないという前提のもとで、日本への影響はベースライン対比の実質GDP成長率が、2年目で▲0.14%減少と他国対比の影響は小さくなっている。

ただ、相手国からの報復措置や中国の最恵国待遇を取消し、中国に60%の追加関税を発動するなどすれば、この数倍の影響が出てくるだろう。今後の展開は、米国の要求次第で変わり得る。
日本としては、米国との交渉を通じて影響を減らす努力が必要となるが、それができなかった場合には、日本企業の米国流出が加速することも想定される。

米国が関税引き上げなど、ある意味で意地悪をしてきたとき、8年前であれば中国市場という逃げ場が残されていたが、分断が深まる世界ではそうした選択肢を選ぶことはできず、日本企業は意地悪をされても米国市場に向かわざるを得ないだろう。

そうなれば、米国の言う通り、日本企業は米国に工場を移転し、競争力の源泉である自動車や半導体などの産業を、国外に出していくことになる。

その結果、生産や雇用は米国に流出し、日本への利益還元も悪くなる。日本としては、こうした悪い流れを作らない交渉と企業を強くする産業政策を、セットで推進して行く必要がある。

2――第一次トランプ政権時代、結果として日本の交渉はうまく行った
今回、米国が何を要求して来るかなど、不確定要素は大きいものの、8年前の第一次トランプ政権時代に行ったような交渉ができれば、日本への影響を小さくできる可能性はある。前回は、日本にとって肝になる自動車・自動車部品への関税引き上げを先送りできた。(中略)

合意では、武器購入や防衛費増額など安全保障面での協力を約束し、次の選挙をにらんで米国から要望が強かった牛肉や豚肉など農産品の市場開放で、TPP水準までの関税引き上げに応じている。ただ、日本にとって一番痛い自動車への追加関税の発動を回避することができ、コメの輸入枠導入も先送りすることができた。

3――今回交渉のポイントと見通し
前回合意した日米貿易協定では、第2段階の貿易交渉が棚上げされた状態にある。米国からは農産物などの市場開放とともに、自動車に対する要求が出て来るだろう。とりわけ自動車分野では、非関税障壁の撤廃や輸出数量規制、原産地規則の厳格化といった話が出てくる可能性は考えられる。また、為替の話が出てくる可能性も否定できない。対米輸出で黒字を稼ぐ日本にとって、厳しい交渉になることが予想される。

ただ、日米関係に重きを置いた交渉ができれば、守り一辺倒というわけでもない。日米通商協議が始まった2018年対比でみると、直近2023年の対日貿易赤字は確かに広がっているものの、米国の貿易赤字に占める日本の割合は低下し、国別順位で見ても低下している。

また、対米直接投資では、日本が5年連続最大の投資元であり、投資残高も拡大している。防衛費も大きく拡大し、GDP対比でみた防衛関係費も2018年対比で0.38pt上昇している。それに伴い、米国からの防衛装備品の購入も拡大し、米軍基地駐留経費の負担額も増加している。

米国にとって安全保障面における日本の重要性は増している。前回の交渉時には、ここまで厳しい米中対立には発展していなかった。

米国が中国とのデカップリングを目指すとすれば、日本との関係は8年前より重要になったと言える。それを踏まえれば、日米関係が決定的に損なわれる事態が生じるとの懸念は、それほど心配しなくて良いかもしれない。

ただ、8年前と違って、第3国と米国との間で生じる間接的な問題が、日本により大きく影響する可能性があることには注意を要する。

4――メキシコの自動車、中国の半導体の行方は、日本にとって影響が大きい
トランプ氏は、メキシコから入ってくる自動車の関税引き上げを梃子に、不法移民問題を動かそうとしている。さすがに、選挙期間中に主張していた200%超の関税発動はないだろうが、それなりの関税引き上げには動きそうである。

日本の自動車会社の多くは、米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)を前提に、安価な労働力を活用できるメキシコに工場を立地し、そこで作った製品を米国に輸出している。

外務省の調査によれば、メキシコに進出した日系企業の拠点数は1,500近くある。トランプ氏が、大統領権限などを用いて、メキシコにも関税を掛けるようになれば、現地生産のメリットは失われる。サプライチェーンの組み換えが発生し、日本の自動車会社には大打撃になる。

さらに、米中がガチンコでやり合った場合、日本から見て輸出割合の高い中国向けの輸出が、さらに鈍ることも考えられる。日本の対中輸出品目では、半導体製造装置や電子部品が大きな割合を占めている。先端品から汎用品まで規制対象が広がれば、対中輸出で稼ぐ日本のビジネスも影響を受けざるを得ない。

ただ、不法移民問題で発動されるメキシコの自動車関税や、米中覇権争いの中で発動される中国の半導体規制は、日本としてどうしようもできない面がある。日本ができるのは、日米交渉をうまくやることだけである。

「守り」については、米国や同盟国との意思疎通を今まで以上に緊密なものとし、「攻め」については、日本の再評価と言う良い流れを活かす産業政策の推進が、これから極めて重要になって来るだろう。【12月3日 矢嶋 康次氏 ニッセイ基礎研究所】
********************

あまり「安心」できるような記事ではありませんが、対米黒字が拡大しているベトナムと違って、幸か不幸か日本の対米黒字割合は相対的には小さくなっている、つまりアメリカにとってさほど重要な標的ではなくなっていること、中国と殴り合いをやるつもりなら、日本の協力が重要なこと・・・あたりは「安心」材料

不法移民問題で発動されるメキシコの自動車関税や、米中覇権争いの中で発動される中国の半導体規制が本格化すると、日本もその嵐の中に・・・といったあたりが「不安」材料といったところのようです。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

アメリカ・欧州の高関税政策への傾斜

2024-10-30 22:20:25 | 経済・通貨

(中国・深圳の港から輸出されるBYDの電気自動車(EV)【5月28日 WIRED】)

【関税大好きトランプ大統領】
経済学の教科書は自国産業保護のための関税については、主にその弊害を教えていますが、関税大好きのトランプ前大統領は、再選されれば海外からの輸入品に対して大幅な追加関税を課す考えを示しています。

****トランプ大幅追加関税の実現可能性とその衝撃****
トランプ大幅追加関税は米国・世界経済に甚大な悪影響
共和党の大統領候補であるトランプ氏は、再選されれば海外からの輸入品に対して大幅な追加関税を課す考えを示している。当初、中国からの輸入品には60%の追加関税を課すとしていたが、中国がイランとの貿易を続ければ100%以上の関税を課すとした。

さらに、すべての国からの輸入品には一律に10%の追加関税を課すユニバーサル・ベースライン関税を掲げていたが、最近になって20%へと追加関税の水準を引き上げた。今後、トランプ氏の追加関税の引き上げの考えはさらにエスカレートしていく可能性もあるだろう。

調査会社ウルフ・リサーチによると、現在の米国の平均実行関税率(輸入額に占める関税額の割合)は、中国を除く国からの輸入品で1%前後、中国からの輸入品では11%である。

トランプ氏が掲げる追加関税が実現すれば、中国からの輸入品の平均関税率は現在の5倍以上から10倍以上、その他の国からの輸入品の平均関税率は約100倍から約200倍へと一気に高まる可能性がある。それが、米国の経済と物価に与える影響は極めて深刻だ。

TDセキュリティーズは、すべての国からの輸入品には一律に10%の追加関税を課すと、米国のインフレ率は0.6~0.9%ポイント上がると予想している。20%であればその倍だろう。

さらにトランプ氏が移民を制限する計画であり、それは賃金・物価を押し上げ、成長率を押し下げることが見込まれる。これも加味すると、米国の成長率が1~2ポイント低下するとTDセキュリティーズは予想している。

また英銀大手のスタンダードチャータードは、トランプ氏の追加関税が実施されれば、米国の物価が2年間で1.8%押し上げられると予想する。いずれにせよ、米国のインフレ率の低下基調は損なわれ、米国が景気後退に陥る可能性が高まるだろう。(後略)【8月27日 木内登英氏 NRI】
**********************

トランプ氏は自らを「タリフマン(関税男)」と称しています。大学で関税の経済学的弊害を学ばなかったのでしょうか? 世界恐慌に直面した各国がとった関税などによるブロック経済が第2次世界大戦につながった歴史を学ばなかったのでしょうか?

【バイデン政権も中国製EVへの100%関税
一方、バイデン大統領もことし5月、中国の不公正な貿易からアメリカの労働者を守るためだとして、中国製のEV=電気自動車などへの関税を引き上げる方針を発表しました。
その方針に沿って、9月27日から中国製のEVへの関税は従来(25%)の4倍の100%に引き上げられました。

この決定は、多分に選挙を争うトランプ前大統領を意識したもので、その政策の先取りともなっています。

****中国製EVに関税100%、米国政府の政策は吉と出るのか****
米国が中国製の電気自動車(EV)に100%の関税を課す方針を発表した。米国の自動車メーカーがEVの販売で苦戦し、多くの企業が中国製の原材料に依存するなか、この政策は吉と出ることになるのか。

米国政府が中国製の電気自動車(EV)に対し、異例の関税100%を課すことを5月14日(米国時間)に発表した。この措置は米国の産業を「不当に価格設定された中国からの輸入品」から守るものだと、ホワイトハウスは主張している。これまで中国製EVに対する関税は25%だった。

EV用のバッテリーとバッテリー部品も新たな関税の対象となる。中国から輸入されるリチウムイオンバッテリーへの関税は7.5%から25%に引き上げられ、マンガンやコバルトなどの重要鉱物への関税は0%から25%に引き上げられる。

今回の措置は、バイデン政権が中国製の自動車とその部品に対して講じている一連の対策の最新の施策となる。米国のEV業界は車両の価格のみならず品質でも中国に後れをとっており、慎重な舵取りが求められている状況だ。

専門家によると、EV分野における中国のリードは、車両のソフトウェアやバッテリー、そして特にサプライチェーン開発への長年の投資によるものだという。昨年秋に一時的にテスラを抜いてEV販売台数世界一となった中国の自動車メーカーであるBYD(比亜迪汽車)は、2003年からEVを生産してきた。

一方で、地球規模の気候変動が壊滅的な影響をもたらすという見通しは、米国の自動車業界だけでなく世界全体に広がっている。

米エネルギー情報局(EIA)によると、米国の運輸部門における自動車用のガソリンとディーゼル燃料の二酸化炭素排出量は、米国のおける昨年のエネルギー関連の二酸化炭素排出量のほぼ3分の1を占めていた。

米国政府が抱えるジレンマ
新たな関税は、米国政府が抱える不幸なジレンマを反映している。米国は持続可能なエネルギー源を増やしたいと考える一方で、持続可能なエネルギー源を非常に多くつくり出している国からの輸入を抑制したいと考えているのだ。

この関税はまた、米国内で独自にEVを開発できるようになるまでのタイムリミットに向け、カウントダウンが始まるという意味でもある。そのためには、より多くの低価格なEVが必要になるだけでなく、それを実現するためのバッテリーやバッテリーのサプライチェーンも必要になるのだ。

あるいは、このカウントダウンは始まらないかもしれない。「タイムリミットへのカウントダウンは10年前に始まっていたのに、米国は後れをとっています。大きく後れをとっているのです」と、ジョージ・ワシントン大学工学管理・システム工学科助教授のジョン・ヘルヴェストンは語る。

EVの開発と政策を研究しているヘルヴェストンによると、今回の関税は中国車との競争から米国を永遠に守るものではないという。「関税によって米国のモノづくりの能力が向上するわけではありません」

この取り組みはうまくいくのだろうか。米国の主要な自動車メーカーを代表するロビー団体「自動車イノベーション協会(AAI)」の会長兼最高経営責任者(CEO)であるジョン・ボゼラは、声明文において楽観的な見解を示している。

「米国の自動車メーカーは、EVへの移行において誰よりも競争力があり、革新を進めることができます」と、ボゼラは主張する。「そのことに疑いの余地はありません。現時点での問題は、その意志ではなく時間なのです」

しかし、たとえ時間がいくらあっても、今後の状況はますます複雑化していくことだろう。米国内で販売する自動車メーカーや自動車部品サプライヤーは、EVやバッテリーの開発に何十億ドルもの資金を投入し続ける一方で、どうやって生き残るかを考えなければならない。また、米国のEV販売台数は増加しているが、その伸びは鈍化している。

一方で、もうひとつの大きな影響力をもつ米国の政策「インフレ抑制法」によって、EVやその他の再生可能エネルギー源の米国内におけるサプライチェーンの構築に何十億ドルも資金が投入されている。しかし、こうした取り組みの実現には何年もかかる可能性があるだろう。

「バイデン政権は綱渡りの政策をとろうとしています」と、バイデン政権でEV政策に携わったケース・ウェスタン・リザーブ大学の経済学教授のスーザン・ヘルパーは語る。「目標のひとつは優良な雇用を提供し、クリーンな生産方式を備えた好調な自動車産業であって、もうひとつの目標は気候変動に対する迅速な対策です。このふたつの目標は長期的には一致するものですが、短期的には対立するものです(後略)【5月28日 WIRED】
**************************

【EUも中国製EVに対する関税を最大45.3%まで引き上げることを決定 独自動車産業は反対】
関税政策の強化はアメリカだけではありません。
中国からアメリカのEV輸出はあまり多くなく、その主力市場は欧州です。その欧州のEU欧州委員会が中国から輸入するEVに対し、中国政府の公的な優遇融資や補助金によって不当に安くなっているとして追加関税の適用を始めると発表しています。

****EU、中国製EVへの追加関税を正式承認...代替案巡る協議は継続****
欧州連合(EU)は、域内諸国で意見が分かれた反補助金調査を終了し、中国製の電気自動車(EV)に対する関税を最大45.3%まで引き上げることを決定した。

従来の10%に加えて7.8─35.3%の関税を徴収する。追加関税は29日に正式承認され、EU官報に掲載された。30日に発効する。

EUの欧州委員会は、優遇融資や補助金、市場価格を下回るバッテリーなどに対抗するため関税が必要だと主張している。

中国のEV生産能力は年間300万台で、EU市場の2倍に相当するという。米国とカナダの関税が100%であることを踏まえると、中国製EVは欧州向けが多い。

中国商務省は30日の声明で「中国はこの決定に賛同せず、受け入れない」と表明。その上で「EU側が価格のコミットメントについて中国と交渉を継続する意向を示唆したことに留意する」とし、「貿易摩擦の激化を回避するため、できるだけ早期に双方に受け入れ可能な解決策」を見いだすことを期待すると述べた。

在EUの中国商工会議所は「保護主義的で恣意的」なEUの措置に深く失望したと表明。関税に代わる措置を模索する協議に実質的な進展がないことにも失望感を示した。

中国はこれまでにEUの関税が保護主義的で、EUと中国の関係や自動車のサプライチェーン(供給網)に影響を与えると指摘し、EU産のブランデーや乳製品、豚肉を対象に独自調査を開始するなど報復とみられる動きを取っている。

今月4日に行われた関税に関する採決では加盟国のうち10カ国が賛成、5カ国が反対、12カ国が棄権した。経済規模が域内最大で自動車の主要生産国であるドイツは反対した。

ドイツ経済省は29日、現在進行中のEUと中国の交渉を支持するとし、EUの産業を保護しながら貿易摩擦緩和に向けた外交的な解決を望むと述べた。

欧州委は関税の代替案を見つけるため、中国と8回にわたって技術的な交渉を行っており、関税導入後も協議継続は可能だとしている。

双方は輸入車に最低価格を設ける案などを検討しており、さらなる交渉を行うことで合意した。ただ、欧州委は「大きな隔たりが残っている」としている。【10月30日 ロイター】
*******************

ドイツの基幹産業たる自動車産業は、今回関税が中国側の報復を呼び、ドイツ自動車産業にとって死活的に重要な中国市場を失うことになるとして反対しています。

********************
しかし、欧州の自動車メーカーでさえ、中国からの輸入に対抗するために結束しているわけではない。BMWとフォルクスワーゲンの幹部は、EUの関税が中国に報復を強いることで裏目に出る可能性があると、5月8日に警告している(中国はBMWにとって2番目に大きな市場だ)。

また、メルセデス・ベンツのCEOであるオラ・ケレニウスは今年初め、ほかの自動車メーカーに競争を促すために、EUは中国製EVに対する関税を引き上げるのではなく、引き下げるべきだという見解を示した。開かれた市場のほうが、欧州企業の改善に拍車がかかる可能性がはるかに高いという主張である。【5月28日 WIRED】
********************

【トランプ氏は復権後のEUへの関税発動を予告】
EVに関しては欧州は関税をかける方ですが、前出の関税大好きトランプ前大統領は欧州製品への完全を予告していています。

*****EUは「大きな代償」払うことになる、トランプ氏が関税発動警告****
米大統領選共和党候補のトランプ前大統領は29日、自身が勝利すれば、米国製品の輸入が不十分な欧州連合(EU)は「大きな代償」を払わなければならなくなると述べ、関税の発動を警告した。

激戦州ペンシルベニアでの集会で「彼らはわれわれの車を買わない。われわれの農産物も買わない」と指摘。一方で「彼らは何百万台もの車を米国で売っている」と非難した。

トランプ氏は、全ての国からの輸入品に10%の関税を、中国からの輸入品には60%の関税を課すと宣言している。これらは世界中のサプライチェーン(供給網)に打撃を与え、報復措置を引き起こし、コストを引き上げる可能性が高いとエコノミストは警告している。【10月30日 ロイター】
*********************

「彼らはわれわれの車を買わない。われわれの農産物も買わない」・・・それは、米国の車・農産物に魅力がないからでしょう。
「彼らは何百万台もの車を米国で売っている」・・・それは、欧州産の車に魅力があるからで、購入した結果、アメリカ人の何百万人が満足感を得ているということでしょう。

自国産を売りたいなら、国内市場を外国から守りたいなら、購入者をひきつけるだけの商品をつくるというのが本筋で、関税でどうこうしようというのは筋違いです。

【トランプ氏の関税引上げは平均的な米国の世帯に2600ドル以上多く費やさせる】
いずれにしても、かつてのグローバル経済の流れは、保護貿易主義的な関税政策に退行しつつあるようです。

****ノーベル経済学賞ジョンソン氏「トランプが提案する関税は富裕層への贈り物」*****
ドナルド・トランプ前大統領が提案した経済政策の中心は、米国に輸入されるすべての商品に対する大規模な追加関税である。トランプ氏は、関税は雇用を保護し、賃金を増やし、米国に新たな繁栄の時代をもたらすと主張している。明らかに自分が経済的万能薬を見つけたと確信して、彼は誇らしげに自らをタリフマン(関税男)と呼んでいる。

しかし、関税とは、輸入された商品(および輸入された原料を使って国内で生産される物)を購入する人びとに課される税についての、単なる気まぐれな呼び名であり、それゆえトランプ氏の提案は、すべての米国の世帯を圧迫し、特に低賃金の労働者に特別に過酷な影響を与えることになるだろう。

たとえこの関税が世界を自滅的な貿易戦争に陥らせるものではなくても、米国の貿易相手国は恐らく報復するだろう。そしてそれが、米国が成功し、高い生産性を持っている輸出部門で働くすべての者を傷つける。

トランプ氏は、(金融・ファイナンス分析などで知られる)米ペンシルベニア大学ウォートン校で学位を得ており、それゆえどのように関税が機能するかを知っているはずだ。一般の認めるところでは、彼は1968年に卒業したが、関税の分析は50年前には十分理解されていた。そして基本的事実は同じままなのだ。

関税を負担するのは誰か
キンバリー・クラウジング氏とメアリー・E・ラブリー氏は、税問題に関する世界の指導的専門家の二人であるが、トランプ氏が制定したい関税は、平均的な米国の世帯に2600ドル以上多く費やさせると見積もっている。(後略)【10月24日 日経ビジネス】
**********************

アメリカが保護貿易的な傾向を強め、社会主義国中国が自由貿易のメリットを主張する・・・不思議な世界になってきました。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

中国、インド、バングラデシュなどアジア新興国に共通する若者失業 中核には「雇用のミスマッチ」

2024-08-31 22:56:35 | 経済・通貨

(バングラデシュの主要な成長エンジンである衣料品業界も人力より機械に頼っている【8月30日 WSJ】)

【アジア新興国で共通課題となっている若者失業・雇用問題】
中国の若年失業率は昨年6月に過去最高を記録。その後、当局は公表を一度停止して統計手法を変更していましたが、変更後の数値でも、いま再び上昇しています。


****中国大卒者に空前の就職氷河期、妥協やニート生活も****
中国では失業者の増大に伴って、数百万人の大学新卒者が空前の就職氷河期に直面している。ある人は低賃金の仕事を受け入れざるを得なくなり、両親の年金を当てにした「ニート生活」をする若者も出てきた。

2021年以降、中国経済を悩ませているのは不動産セクターに積み上がった膨大な未完成の建設物件、いわゆる「爛尾楼」だ。今年になってソーシャルメディアでは、この言葉にならって思い通りの仕事に就けない若者を指す「爛尾娃」という呼称が流行語になっている。

今年、仕事を探している過去最多の大卒者が参入した労働市場は、新型コロナウイルスのパンデミックに起因する混乱や、金融とハイテク、教育分野に対する政府当局の締め付けによってすっかり活気を失ってしまった。

約1億人に上る16─24歳の若者の失業率が初めて20%を超えたのは昨年4月のことで、同6月には過去最悪の21.3%に上昇。すると当局は突然、統計算出方法を見直すためとして公表を停止した。

それから1年を経て、再集計されたこの失業率は7月に17.1%と今年最悪に跳ね上がり、夏場には新たに1179万人が大学を卒業した。

習近平国家主席は、若者の仕事を見つけ出すことが最優先課題だと繰り返し強調。政府も就職フェア開催や採用拡大する企業への支援など若者の就職につながる措置を打ち出している。

それでもミシガン大学のユン・チョウ助教は「かつての大卒者に約束されていたより良い仕事、社会的地位上昇、生活水準の向上見通しはいずれも、今の多くの大卒者にとって、ますます手が届かなくなっている」と指摘した。

仕事にあぶれた若者の中には、故郷に帰って働かずに両親の年金や貯蓄で暮らす完全な扶養家族に戻る人々もいる。

修士号を持っていても逆風を免れるわけではない。

非常に激しい競争を勝ち抜いて中国の高等教育課程を登り詰めた先に、爛尾娃たちが見ているのは、低迷する経済状況にあって自分たちの資格は仕事の確保につながらないという現実だ。

彼らの選択肢は限られ、高給の仕事探しで希望条件を引き下げるか、食べていくために何でも良いから就職するかを迫られる。時には犯罪にまで手を染めてしまう。(後略)【8月25日 ロイター】
*************************

そうした若者の失業・就職難は中国だけでなくインド・バングラデシュなどこれまで経済成長を実現してきたアジア世界の新興国に共通したものとなっています。

バングラデシュで公務員の特別採用枠をめぐる若者の不満がハシナ首相退陣という政変につながったことは記憶に新しいところです。

インドでも総選挙でモディ首相率いる与党が単独過半数を獲得することができなかったのも、やはり若者らの効用環境への不満があるとされています。

****アジア新興国の「時限爆弾」 高い若年失業率****
高成長でも失業率2ケタ、数千万人の若者の足かせに

アジアの中でも高い経済成長率を誇る国々には、隠された不都合な現実がある。若い労働者が根強い高失業率と闘っていることだ。

バングラデシュは長らく、極度の貧困からの脱却を遂げた発展モデルとされてきた。経済成長率はここ10年間、年平均6.5%を記録している。ただ、国際労働機関(ILO)のデータによると、若年層の失業率はこの数年で16%に上昇し、少なくともここ30年で最悪の水準にある。

若年失業率は中国とインドもバングラデシュ並みの高さで、インドネシアは14%、マレーシアは12.5%だ。
これらの国を合計すると、15~24歳の3000万人が就業を希望しながら職に就けていないことになる。ILOのデータによると、これは同年代の世界全体の失業者(6500万人)の半分弱を占める。

この数字は若者の方が雇用されやすい米国や日本、ドイツといった経済大国には劣るものの、低成長の南欧諸国ほど悪くはない。イタリアとスペインでは若者の約4分の1が職を得られずにいる。

中国のような幅広い製造業の基盤がなく、若年失業率が2ケタに達しているアジアの国では、発展への道筋とそれがとん挫した場合にのしかかるコストが目先の問題として立ちはだかる。

バングラデシュで今月起きた騒乱の主因は、将来の見通し悪化に対する怒りだった。学生の大規模デモを受けて、15年余り首相の座にい続けたシェイク・ハシナ氏が辞任に追い込まれ、国外に逃亡した。

インドでは、2024年3月期の経済成長率が8%だったものの、ナレンドラ・モディ首相率いる与党が今年の総選挙で単独過半数を割り込んだ。

インドの若年失業率はここ数年で低下したとはいえ、依然として世界平均を上回る。雇用の少なさがモディ氏に対する支持低下の主因だとアナリストは指摘する。

中国政府は昨年、若年失業率が過去最悪の2割超に達した後、同統計の公表を一時的に停止した。インドネシアの経済成長率は5%と堅調だが、鉱業の拡大によるところが大きい。同分野は重機を多く使うが、人員はそれほど必要としない。

多くの国で、20代でも安定した仕事を見つけにくくなっている。南アジアでは昨年、25~29歳の就業者の71%が自営業や臨時雇いなどの不安定な職に就いていた。

若年層の失業率が労働力人口全体より高いのは世界的傾向だ。だがこのことが、中国のような発展を目指すアジアの多くの途上国に重要な問いを突き付けている。「繁栄へのはしごは折れてしまったのか?」という問いだ。

バングラデシュは、世界の衣料品工場として西側の大手ブランドのジーンズやシャツ、セーターを生産することで貧困を脱した。数百万人が農業をやめて工場で働くようになった。

だがそこで行き詰まった。電子機器や重機、半導体のように高技能・高賃金の仕事を生む、より複雑で高付加価値の製造業に移行できずにいる。日本や韓国、中国は、こうした移行を通じて経済的に大きな成功を収めた。いまやそこへ向かう道は、はるかにきつい上り坂だ。

これから成功を目指す国は、やり手の中国と競争しなければならない。米国などの先進国は製造業の国内回帰を進めている。自動化で状況は変わりつつある。バングラデシュの主要な成長エンジンである衣料品生産でさえ、人力より機械に頼っている。

衣料品の輸出はここ10年で倍増したが、同部門の雇用の伸びはこれを大きく下回る。

労働力需給のミスマッチも顕著だ。アジアの途上国では、高等教育を受けて大学の学位を取得する人が年々増えている。卒業生は設計やマーケティング、テクノロジー、金融といった分野のホワイトカラー職を希望する。だがこうした仕事は国内に多くない。

インドはIT産業を発展させたことで知られるが、雇用できる人数は限られており、人工知能(AI)がそうした仕事の一部を奪っている。ベンガルールのアジム・プレムジ大学が公式データを基にまとめた23年の報告書によると、国内の25歳未満大卒者の失業率は40%を超える。一方、読み書きはできるが小学校を卒業していない同年齢層では11%だ。

フィンランドにある国連大学世界開発経済研究所のクナル・セン所長は、「父親も母親も受けていない教育を自分は受けていたら、親と同じ仕事には就きたくないだろう」と話す。「この問題を政治指導者は理解していないようだ」

バングラデシュ政府の22年の調査によると、大卒者の失業率は労働力人口全体の3倍に上る。名門ダッカ大学の図書館は、公務員試験の準備に励む無職の卒業生であふれている。中には試験を受けるのが3回目という人もいる。20代後半で親に養ってもらっている人も多い。

アクタルザマン・フィロズさん(28)は21年に社会学の修士号を取得し、50件の求人に応募したものの就職できていない。今年は公務員職に応募し、500人が二つの職を競い合った。フィロズさんは最終選考まで残ったが不合格となった。

地方の故郷で初級公務員をしている父親から金を借りてなんとか生活している。父親は最近、心臓の手術を受けた。フィロズさんは人生のパートナー探しを先延ばしにしている。「自分の家族に対して責任を持てなければ、結婚なんてできるわけがない」【8月30日 WSJ】
***********************

【安定的な公務員に集まる就職希望】
安定した公務員に若者の希望が集中するのは中国、インド、バングラデシュでも同じです。

韓国ドラマなど観ていると、例によって財閥御曹司・令嬢と庶民のラブストーリーといういつもパターンの一方で、何回も公務員試験に挑戦し不合格を続ける就職浪人という現実を反映した設定もしばしば見かけます。

財閥御曹司・令嬢云々は、厳しい現実が生む、夢物語でもあるのでしょう。

****成長率7%でも安定求めるインドの若者、公務員予備校は大人気****
インド政府の仕事に就くこと――スニル・クマールさん(30)は過去9年間を、そのために費やしてきた。

採光も換気も悪いトタン屋根の仮設教室へ大勢の生徒とともに押し込まれ、何年にもわたってさまざまな試験のために勉強を続けた。連邦政府の職を得るために必要な権威ある公務員試験もあった。州公務員の採用試験にも挑戦したし、他の下級公務員の試験も2つ受けた。

だが、13回にわたる挑戦はまだ成功していない。

公務員試験の受験資格の年齢上限は35歳だ。国内で最も人口の多いウッタルプラデシュ州に住むクマールさんは、32歳になるまで挑戦し続けるつもりだという。

「政府関係の仕事の方が安定している」とクマールさんは言う。「あと2、3年で就職できれば、10年間苦労した意味はある」

政府の統計によれば2014―22年にかけて、連邦政府の採用試験を2億2000万人が受験し、72万2000人が合格した。合格するには何度も挑戦を繰り返すことになるだろうし、経済は好調で民間セクターは拡大しているが、それでも毎年数千万人もの若いインド国民が公務員のポストを目指す。

こうした傾向の背景には、多くのインド国民が抱える文化的・経済的な不安がある。世界の経済大国の中で最も成長率が高いインドだが、国民の多くは先の読めない労働市場に悩まされている。雇用の安定性はもちろん、雇用機会さえもほぼ期待できない。世界最大の人口を抱えるインドでは、民間セクターよりも公務員の方が安心できると考える人が多い。

「家族の誰かが政府関連の仕事に就けば、ほかの家族は、これで生涯にわたって安泰だと考える」。そう語るのは、政府系採用試験の受験者のための予備校を運営するザファル・バクシュ氏だ。

隣国バングラデシュでは先週、公務員採用の優遇枠に反対する学生の抗議行動で、100人以上の死者が出ている。

インドの国内総生産(GDP)は、2014年の2兆ドルから2023/24年度(2023年4月―2024年3月)には3兆5000億ドルまで成長し、今年度も7.2%の成長が予想されている。

志願者は、民間の仕事では期待できない生涯にわたる保障や医療給付、年金、住宅手当が政府職員には与えられると話す。公言する人はほとんどいないが、政府系ポストの多くでは、いわゆる「袖の下」も期待できる。

前出のバクシュ氏によれば、予備校の需要が高まったことで大手企業も参入し、オンライン講座も登場しているという。

バクシュ氏は、収益性も将来性も高いビジネスだと考えている。「需要がなくなることはない」

<良質の雇用が不足>
4―5月の総選挙でモディ首相率いるインド人民党(BJP)は単独過半数を確保できず、政権維持のために連立与党の力を借りることになった。複数のアナリストはその大きな理由として、雇用機会を巡る不満を指摘している。

今月発表された政府統計によれば、2017/18年度以降、インドでは毎年2000万人分の新規雇用機会が生まれている。だが民間のエコノミストは、その多くは通常の賃金を得られる正規労働者ではなく自営業や農業での臨時雇用だと話している。

ノムラは今月のリポートで、インド政府は来週提示する総選挙後初の予算案において、新規の製造施設に対する税制上の優遇措置や国防セクターなどでの国内調達の励行により雇用創出を推進する可能性が高いと述べている。だが、こうした政策が実際に雇用を生み出すには時間がかかる。

ベンガルール市のアジムプレムジ大学持続可能雇用センターのローザ・アブラハム准教授は「単に雇用が足りていないだけでなく、給与が高く福利厚生が充実した仕事が不十分だということだ」と語る。

政府系の仕事に就くことを希望しているプラディープ・グプタさん(22)にとって民間セクターで働くことは、あくまで「最後の選択肢」だ。(後略)【7月28日 ロイター】
******************

【問題の中核にある「雇用のミスマッチ」 ロボット・AI社会では若者に限らない問題】
中国でもインドでも問題になるのは、雇用の絶対数というより、大学卒という条件に見合うような雇用がないという、雇用のミスマッチです。

****インドの若者、高学歴ほど失業率高い-労働市場でのミスマッチ示唆****
インドで高学歴の若者は学歴のない若者より職に就いていない可能性が高いことが分かった。国際労働機関(ILO)が指摘した。

インド労働市場に関するILOの最新報告書によると、大学を卒業した人の失業率は29.1%で、読み書きができない人(3.4%)の約9倍に達した。中等教育以上の学歴がある若者の失業率は6倍の18.4%。

ILOは、「インドの失業は主に若者の問題で、とりわけ中等教育以上の教育を受けた若者に関する問題だった。こうした傾向は徐々に強まった」と分析した。

この数字は、労働者のスキルと市場で創出される雇用との間に大きなミスマッチが存在することを示唆している。また、インド準備銀行(中央銀行)総裁を以前務めたラグラム・ラジャン氏ら著名エコノミストが警告しているように、インドの不十分な学校教育が長期的に経済見通しの妨げになるとの見方も裏付けている。

ILOは「インドの若年層失業率は今や世界水準より高い」とし、「インド経済は非農業部門で、教育を受けた若い新規の働き手に十分見合う雇用を創出できておらず、それが失業率の高さと上昇に反映されている」と分析した。【3月29日 Bloomberg】
***********************

「雇用のミスマッチ」という現象は、単にアジア新興国における若者の雇用問題にとどまらず、生産現場ではロボットが導入され、事務的な仕事、これまでは専門知識が必要とされたいた仕事でも、AIの活用で人間はあまり必要とされない「これからの社会・経済」がもたらす一般的な現象なのでしょう。

これから人間は何をして暮らすのか? 政府から一律にお金が支給されればそれでいいのか?・・・そういうより大きな問題の一つなのでしょう。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

デフレマインドが強まる中国 高賃金・物価高のオーストラリア

2024-06-18 22:49:31 | 経済・通貨

(【1月16日 DIAMONDonline】)

【デフレマインドのもとでの経済停滞が続く日本】
停滞が続く日本経済は長らくデフレマインドが定着してきたと言われています。

今回の4万円の手額減税でデフレマインド脱却を実現したいとか、いやすでに物価は上昇し始めておりデフレマインドから脱却しているとか、いやいや個人消費は依然として軟調でデフレマインド脱却は容易でないとか・・・・様々な指摘・意見があります。

****デフレマインド*****
「物価はこの先も上昇しない、またはこの先は下がっていく」と考えることで、「デフレ心理」「デフレ期待」とも呼ばれます。デフレ(デフレーション)とは、モノやサービスの価値よりお金の価値の方が高くなる、つまり、モノやサービスの値段が下がる状態をいいます。

たとえば、財布のなかに1万円があって、店でお気に入りのカバンが1万円で売られているのを見つけました。いつほかの人が買ってしまうかわかりません。しかし、デフレマインドが定着していると、少し待てばカバンは9000円で買えると考え、すぐには買わないでしょう。

世の中にデフレマインドが定着していれば、「他の人も同じように考えて、すぐに売れることはない」と考えますから、急いで買わないと売れてしまう心配もしないわけです。

これは会社でも同じです。会社に余分な資金がある時、新たな工場を作るために設備投資をしても、そこで作った製品が売れなければ投資が無駄になって損をしてしまいます。デフレ下では損するかもしれないリスクを背負ってお金を使って設備を増やすよりも、金庫に入れておくだけでお金の価値は上がります。

デフレマインドの下では何もしないのが一番賢いという雰囲気になって、投資は先送りされてしまいがちです。従業員の待遇でも同じです。物価は下がっている(お金の価値は高まっている)のだから、額面上の給料(賃金)も上がらないのが当たり前の時代が長く続いてきたわけです。

しかし、デフレマインドが定着して消費や投資が先送りされると、値下げして割安感をアピールしないとモノやサービスは売れなくなります。価格が下がると消費者の間では一段と値下げ期待が広がって、さらに消費や投資が手控えられてしまいます。

値下げが値下げを呼ぶ悪循環「デフレスパイラル」に至ってしまうと、企業の売り上げは減っていきます。政府や日本銀行が「デフレ脱却」を掲げるのは、デフレが続くと経済が縮小してしまうからです。

これを防ぐには、世の中に出回るお金の量を増やして、お金の価値よりモノやサービスの値段価値が徐々に高まって、「持っているお金を寝かせておくより、消費や投資に振り向けた方がいい」とみんなが思うようにすることが必要です。

世の中に出回るお金の量を増やせば、お金の価値がモノやサービスの値段より低くなるだろうと考えた日本銀行は、2013年からこれまでとは次元が違う「異次元の金融緩和」を行ってきました。

それでも企業や消費者にいったん染みついたデフレマインドはなかなか消えませんでした。モノやサービスの値段が上がり始めたのは、主に海外から輸入している資源や食料の国際価格が大きく上昇し始めた2年ほど前からです。

先ほどの例でいえば、この2年で消費者からデフレマインドが消え、逆に「店にあるお気に入りのカバンはいずれ値上がりして、1万円では買えなくなってしまうかもしれない」というインフレマインドが生まれてきたわけです。

もちろん、物価が上がっても給料(賃金)が上がらなければ暮らしを切り詰めることになって、カバンを買うこと自体をあきらめてしまいかねません。そうなると景気は冷え込んでしまいます。

政府が賃上げをした企業の法人税を減らし、日銀も植田和男総裁が「物価上昇を上回る賃上げを見極めるまで、今の金融緩和を続ける」と約束しているのは、企業が従業員の賃金を大幅に上げて消費者のデフレマインドを完全に消し去り、物価と賃金がともに上がっていく好循環を生み出そうとしているからです。

企業の経営者や消費者の心理がデフレからインフレへと切り替われば、企業は新しいモノやサービスをどんどん作り、消費者も買い控えせずにどんどん買うようになることが期待できます。そうなれば世の中にお金が回り、消費者が実感できる形で景気はよくなっていくでしょう。

今の物価高は暮らしにとっては打撃ですが、デフレから脱却する大きなチャンスとみることもできるわけです。ただ、それには2024年の春闘で、消費者物価の上昇率(3~4%)を上回る率の賃上げが実現することが不可欠といえそうです。
【1月24日 読売】
********************

2%程度の適度な物価上昇でデフレマインドから脱却し、賃上げで好循環をつくっていく・・・・話としてはわかるのですが、実質賃金が長期的に目減りする日々の暮らしの中で少しでも安いものを購入して家計をやりくりしたいと苦労している立場からすると、物価上昇を期待するよううな論調は生活感覚からして釈然としないものも感じます。

【低価格競争に走る中国経済】
経済停滞が指摘される中国も、日本と似たようなデフレマインドの悪循環に陥りつつあるとの指摘も。

****中国経済がはまる「日本型デフレ」の泥沼...消費心理「どん底」で安売り店が躍進 デフレマインド定着の危険****
中国では一部の小売業者が低価格を売りに積極的にシェアを拡大し、大きな利益を手にしている。しかし、こうした経営戦略が厳しい価格競争を一段と激化させており、中国が慢性的なデフレに陥るのではないかとの懸念が高まっている。

中国の安売り業者は、不動産危機や高い失業率、暗い経済見通しで消費心理が落ち込む中、何とか需要を掘り起こそうとコーヒーから自動車、衣料品に至るまで、あらゆるものを値下げしている。

低価格帯の通販「拼多多(ピンドゥオドゥオ)」のような企業は、電子商取引大手アリババなどライバルに対抗するために値下げに踏み切り、売上高が増加した。

しかしエコノミストは、こうした戦略が成功したことによって、中国でも消費者の間に日本型のデフレマインドが定着し、慢性化するのではないかと危惧している。

小売業者は何よりも価格で勝負するため、商品の納入業者は厳しいコスト圧縮を強いられ、利益率が圧迫される。その結果、賃金の伸びが鈍ったり、単発で仕事を請け負う低賃金の「ギグワーカー」への依存度が高まったりして家計の需要が打撃を受ける。

豪メルボルンにあるモナシュ大学のヘリン・シ教授(経済学)は、「この状況が続けば中国は悪循環に陥るかもしれない。付加価値の低い消費がデフレを引き起こし、利益率が悪化して賃金が下がり、それがさらに消費を押し下げるという負の連鎖だ」と警鐘を鳴らす。

一方、直近の決算シーズンで安売り業者は利益が市場予想を上回り、競合他社を凌駕した。ピンドゥオドゥオを運営するPDDホールディングスは131%の増収を記録。フードデリバリーアプリの美団は25%、ディスカウントストアの名創と瑞幸咖啡(ラッキンコーヒー)もそれぞれ26%、42%の増収だった。

<安売り業者間の熾烈な底値競争>
消費者心理がどん底に近い環境では、価格こそが王様だ。

中国の自動車メーカーは国内需要の低迷を受けて、ほぼ2年にわたり価格競争を繰り広げており、一部のディーラーや自動車金融会社はこの2カ月間に頭金なし、さらには金利ゼロなどのローンプログラムを開始した。

米スターバックスは、「安売り業者間の熾烈な競争」(ラクスマン・ナラシムハン最高経営責任者)のせいで第1・四半期に中国での売上高が8%減少。この数カ月で割引クーポンの利用を増やし、価格をラッキンコーヒーに接近させている。

アリババの国内電子商取引部門であるタオバオと天猫(Tモール)、およびネット通販大手の京東集団(JDドットコム)は売上高の伸び率が1桁台だったが、いずれも決算後の電話会見で価格競争力が今後の成長のカギになると説明した。

JDドットコムの創業者、リチャード・リュー氏が従業員に送った社内メモに、同社が「肥大化」していると書かれていたことから、JDドットコムが競争激化に対応して人員削減に踏み切るのではないかとの憶測が流れている。これはまさに国内需要の回復に不可欠な策とは正反対の動きだ。

中国欧州国際ビジネススクール(上海)のアルバート・フー教授(経済学)は「長期的には価格競争によってさまざまな産業で弱小プレーヤーが淘汰され、生き残った企業は価格を引き上げてサプライチェーンに一息つかせることができるようになるかもしれない」と話した。

ただ、こうした展開が可能になるのは、価格競争が引き起こす市場からの業者撤退を補うだけの雇用と所得が他の産業で創出された場合に限られるとくぎを刺す。

フー氏は「デフレは深刻な問題であり、日本は30年以上もこれと闘ってきた。重要なのは賃金の伸びだ」と強調した。【6月15日 Newsweek】
*******************

【オーストラリア 「コーヒーを運ぶスタッフに1時間40ドル(6280円)払わなければならない」】
一方、世界有数の賃金上昇、同時に進む物価高騰のさなかにあるのがオーストラリア。

****オーストラリアの最低賃金が更に上昇、ニューヨークよりも高額に****
7月から新会計年度となるオーストラリアでは、年度が変わる前までに新年度から施行される様々な法令や規則等の変更や改正が発表される。その中でも、とくに注目を集めるのが「最低賃金」の改正だ。

今年も6月3日に、フェアワーク・コミッション(公正労働法の下に設置された公正な労働を裁定する独立機関)から、2024年7月からは昨年度より3.75%アップの『24.10豪ドル(約2,510円)』とすることが発表された。

これは、英国の最低賃金11.44ポンド(約2,287円)や米ニューヨーク州の15米ドル(約2,360円)よりも高く、同じニューヨーク州の中でも生活費が高いことから最低賃金も高くなっているニューヨーク市の16米ドル(約2,516円)とほぼ同額になったという。

ここ数年、最低賃金の高さで世界 1、2位を争ってきたオーストラリアだが、さらにその最低ラインが引き上げられたことになる。当然ながら、所得水準も経済協力開発機構(OECD)加盟主要国の中でトップクラスだ。これは円安とは関係ない。

24.10豪ドルは、全国標準の最低賃金
最低賃金と一口に言うが、この24.10豪ドルは、あくまでもオーストラリア全土における標準的な最低賃金として定められたものであり、この額を下回ってはいけないというものだ。

しかもこの額は、正規雇用やパートタイムのように保険や年金、有給などの社会保障が付く雇用形態で平日の一般的なオフィス・アワーに働く場合であり、そういった社会保障がないカジュアルワーク(日本でいう単発のアルバイトや派遣などの雇用形態に近い)の場合は、雇用主はこの金額の25%増しで支払わなければならない。

また、オーストラリアでは、業界や職種ごとに最低賃金が定められており、ほとんどの職種でこれよりも高い設定になっている。

例えば、ファーストフード店勤務の場合、今年度(6月まで)は、正規雇用またはパートタイムが24.73豪ドル、カジュアルでは30.91豪ドルであったので、新年度となる7月からは、この額の3.75%増しとなるはずだ。

これらに加え、一般的なオフィス・アワー時間外や休日勤務等の割増賃金も設定されている。概ね125~175%となっているが、これもまた、業種によって細かく設定されており、例えば小売業(パン製造従業員を除く)のカジュアル勤務の場合、土曜日に勤務した場合は175%、日曜日200%、祝祭日250%などとなっている。

また、雇用主は、スーパーアニュエーションと呼ばれる強制加入の私的年金積立のために、すべての従業員に対して、11.5%(6月までは11%)を給料に上乗せして支払う必要がある。

人件費が重くのしかかり、閉店に追い込まれる店も...
賃金が上がるのは労働者にとっては大歓迎かもしれないが、このように人件費がどんどん膨らむ状況は、雇用主にとっては相当頭の痛い問題に違いない。

コロナ禍に大打撃を受けたブリスベンの人気バー&レストラン「ザ・マトリアーク」は、パンデミック終了後には投資を再開できると踏んでいたそうだが、経済状況は悪化の一途をたどり、そこへさらに追い打ちをかけるような今回の賃上げで、店を閉めることを決意したという。

同店のシェフ兼共同オーナーであるマシュー・デワクト氏は、閉店を決めた理由のひとつに、膨れ上がる莫大な人件費を挙げる。

デワクト氏は、「最低賃金は(時給)24ドルかもしれないが、土曜日なら、カジュアルで働いてテーブルにコーヒーを運ぶスタッフに40ドル払わなければならない」と言い、同店の人件費の割合は、経費の35%を占めると嘆く。

賃金が高く稼げると、日本からも大勢の若者たちがワーキングホリデーでやってくるようになったオーストラリアだが、賃金高がすべての物価に反映され、物価高にも歯止めがかからない状態になってきている。

「ザ・マトリアーク」のように、人件費が重くのしかかって閉店する店舗や事業が増えれば、結果的に失業者も増えることになる。実際、失業率は上昇中だ。

こうなってくると生活はどんどん苦しくなり、経済が回らなくなってしまうのではないかと、私をはじめ、今、オーストラリアで暮らす人の多くが、暗雲たる気持ちになっているのではないだろうか。〈了〉【6月17日 平野美紀氏 Newsweek】
*********************

“社会保障がないカジュアルワーク(日本でいう単発のアルバイトや派遣などの雇用形態に近い)の場合は、雇用主はこの金額の25%増しで支払わなければならない。”・・・・日本では想像できない賃金制度です。

いずれにしても、“コーヒーを運ぶスタッフに40ドル払わなければならない”となるとコーヒーの値段も日本の数倍にしないと経営が成り立たない・・・そうした状況で廃業する店も、失業者も増加、賃金は高いけど市民の暮らしは大変・・・・といった事態にもなりかねません。

デフレにしても、インフレにしても行き過ぎると大変・・・ほどほどのところで安定させるのが肝要でしょうが、それが難しい。

現在、インドネシアのバリ島を旅行中ですが、日本の商品・サービスの質を考えると、日本の物価水準のコスパの良さを感じます。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

中国製品の流入 米では高関税など中国叩きが大統領選挙で加速 欧州は報復や切り離しの影響を懸念

2024-05-18 21:09:10 | 経済・通貨

(中国の「新三大」製品(EV(黒)リチウムイオン電池(ピンク)太陽光パネル(黄色))が輸出の急成長を牽引 最近、価格下落に伴い輸出額が減少している。【5月9日 Bloomberg】)

【アメリカ 中国製EVや太陽光発電などの関税を2〜4倍に】
アメリカはかねてより「中国は補助金などで不当に安価な製品を生産し、国内内需で吸収しきれないので、そうした商品を海外に輸出し、海外の製造業はその被害を受けている」という“生産能力過剰論”で中国を批判しています。

そして具体的政策対応として、EVに対する現行25%の関税を4倍の100%に引き上げるなどの関税引き上げによる国内産業保護を打ち出しています。

****米、中国製EVや太陽光発電などの関税を2〜4倍に 不公正貿易に対抗、国内産業を保護****
バイデン米政権は14日、国内産業の育成や保護のため、中国製の電気自動車(EV)や太陽光発電の関連品、鉄鋼などに対する関税を2〜4倍に引き上げると発表した。経済や安全保障上の重要産業に絞り、「不公正な貿易慣行」を続ける中国の安価な製品が流入することを阻止する。バイデン大統領が指示した。

バイデン政権は、不公正貿易と見なす相手国への制裁を定めた米通商法301条などに基づき、現行25%の中国製EVに対する制裁関税を年内に4倍の100%にする。鉄鋼とアルミニウムの製品に関しても年内に現行の0〜7・5%を25%に引き上げる。

今回の措置は、米政権が育成に注力するクリーンエネルギー関連産業にも及んだ。EV向けリチウムイオン電池の関税を7・5%から25%に、太陽光発電の関連品は25%から50%に引き上げる。

関税を強化する理由については「中国が人為的に低価格製品を世界市場にあふれさせている」と指摘。中国政府の産業支援による過剰生産によって、安価な中国製品が米企業に与える悪影響に対応する措置だと説明している。

また、知的財産の窃取などを踏まえ、「中国の不公正な貿易慣行が米国の企業や労働者を脅かしている」と厳しく批判。米国のサプライチェーン(供給網)を維持していく上でも、制裁関税で米国の企業活動を保護する必要性を強調した。

リチウムイオン電池の材料となる重要鉱物の天然黒鉛(グラファイト)は0%から25%にする。黒鉛は世界生産の8割超を中国が占めるといわれる。中国依存を回避し、米国内の供給網を強化する狙いがある。供給網の脆弱性が問題視された半導体に関しては税率を25年までに25%から2倍の50%に強化する。

米通商法301条を巡っては、対中貿易赤字を問題視したトランプ前政権が2018年に中国からの輸入品に制裁関税を発動し、米中が報復関税を実施する貿易戦争に発展した。【5月14日 産経】
*********************

中国は、自国産業の競争力は補助金ではなくイノベーション(技術革新)によるものだと主張し、その中国製品を意図的に締め出そうとするのは「露骨な保護貿易主義」に他ならないとアメリカを批判しています。

****中国、生産能力過剰論に反論 米欧の「露骨な貿易保護主義」*****
中国商務省の報道官は16日、中国の生産能力が過剰との米欧の主張について「露骨な貿易保護主義」であり、中国の新エネルギー製品輸出を抑圧すれば、国際的な気候変動対策が頓挫すると述べた。

同報道官は「ある国に必要以上の生産能力があるという理由だけで過剰生産能力のレッテルを貼ることはできない」とし「生産と消費はグローバルなものであり、需要と供給はグローバルな視点で一致し、調整される必要がある」と述べた。

米国のバイデン政権は14日、中国の新エネルギー車(NEV)に対する関税を4倍に引き上げるなど、対中関税の大幅な引き上げを発表した。

同報道官は「新エネルギー製品の需要は現在のグローバルなグリーントランスフォーメーションで引き続き拡大する見通しだ」と指摘。中国はグリーン技術で優位な立場にあるが、世界の航空機市場はボーイングとエアバスが寡占していると述べた。

国際社会が2030年までにカーボンニュートラル(炭素中立)を達成するには、世界のNEV販売を増やす必要があるとも主張。

「関係国は自らの競争力と市場シェアを心配している」とし「過剰なのは生産能力ではなく、不安だ」述べた【5月16日 ロイター】
*************************

【中国叩き・国内労働者保護を競うバイデン・トランプ大統領候補】
中国の主張には説得的なものもありますが、アメリカは大統領選挙を控えて、中国叩き・国内労働者保護をバイデン・トランプ両氏が競い合う状況になっています。

****米バイデン大統領 対中国関税強化で米国内の製造業保護の姿勢を鮮明に****
(中略)
バイデン大統領「本日、新たな対中関税を発表するのは、(中国の)不公正な貿易慣行によってアメリカの労働者が制約されないようにするためだ」

バイデン大統領は、中国政府があらゆる産業に多額の補助金を出し、過剰生産を進めて不当な低価格で市場に流通させることで「世界中の企業を廃業に追い込んだ」と非難し、「アメリカではそうはさせない」と強調しました。(後略)【5月15日 テレ朝news】
*******************

****バイデン政権の対中関税引き上げ不十分、拡大すべき=トランプ氏****
トランプ前米大統領は14日、「中国はわれわれを食い物にしている」とし、バイデン政権による対中関税引き上げについて、電気自動車(EV)などだけでなく、その他の幅広い中国製品も対象にすべきという認識を示した。

バイデン大統領は、EVや半導体、医療用製品など中国からの輸入品に対する関税を大幅に引き上げると発表した。11月の大統領選を控え、米中対立のリスクを冒して有権者の支持拡大を図る。

トランプ氏は、バイデン政権が維持してきた対中関税は自身の功績によるものとした上で、バイデン大統領が対中関税強化で後手に回ってきたと批判した。

トランプ氏は11月の選挙で再選を果たせば、全ての中国製品に対し60%超の関税、その他全ての国からの製品に一律10%の関税を課す考えを示唆している。【5月15日 ロイター】
**********************

“11月の大統領選に向け、トランプ前大統領が掲げる全輸入品への一律10%の関税上げは「家計のコスト上昇を招くだろう」と切り捨てた。”【5月15日 時事】

【欧州も安価な中国製品流入を警戒している点では同じ】
アメリカ同様の「中国・生産能力過剰論」は欧州にもあります。

****中国の“過剰生産”めぐり習主席とEU委員長が議論応酬*****
中国の習近平国家主席がEU=ヨーロッパ連合のフォンデアライエン委員長とフランスのマクロン大統領と会談し、欧米などが指摘する中国の過剰生産について議論の応酬を繰り広げました。

中国外務省によりますと、6日にパリで開かれたEU、フランスとの首脳会談で、習近平国家主席は「ヨーロッパは中国式近代化を実現する重要なパートナーだ」と述べました。

EUが警戒する中国の電気自動車などの“過剰生産”の問題については「中国の新エネルギー産業は気候変動問題などに大きく貢献した」などと成果を強調し、「比較優位と世界市場の需要の両面から見れば、『中国の過剰生産問題』など存在しない」と主張しました。

一方、フォンデアライエン委員長は会談後の記者会見で、「中国の電気自動車や鉄鋼など補助金付きの製品がヨーロッパ市場に氾濫している」と指摘し、「世界は中国の過剰生産を吸収できない」と反論しました。

さらに、「市場へのアクセスも相互的である必要がある」と述べ、「必要であれば我々の企業や経済を守る手段を取ることを躊躇(ちゅうちょ)しない」と中国側を牽制(けんせい)しました。【5月7日 テレ朝news】
********************

“過剰生産”によるものかどうかはともかく、欧州企業は中国製品に太刀打ちできないのが現状です。

****欧州の自動車部品メーカー、競争に勝てず―独メディア****
2024年5月6日、独国際放送局ドイチェ・ヴェレの中国語版サイトは、中国メーカーとの競争で劣勢に立たされている欧州の自動車部品メーカーが続々と減産や人員削減を発表する事態になっていると報じた。

記事は、ドイツの自動車部品メーカー・コンチネンタルが同国北部のギフホルンに設けた自動車部品工場が27年に生産を終了する予定であると紹介。同社は「競争力のある」コストを維持するために生産拠点をドイツからクロアチア、チェコ共和国、ウェールズに移転する計画を進めているほか、全世界で約7000人の雇用を削減する予定だと伝えた。

また、内燃エンジンの停止と中国との競争激化という二重の打撃により、同社のみならずボッシュ、ZF、ベバストといった自動車製品サプライヤーが減産計画を発表し、人員削減の数は増加の一途をたどっていると指摘。(中略)

記事は、ドイツ自動車工業会(VDA)の調査によると、ドイツではこの分野の企業の3分の1が、コスト削減のために今後数年のうちに生産の一部を国外に移すことを計画していると紹介。ドイツ西部のザールルイスでは、米フォードの自動車工場がすでに3400人を解雇しており、今後工場が閉鎖されれば、地元のサプライヤーネットワークも職を失うことになり、町の産業が消失する危機に直面することを伝えた。【5月8日 レコードチャイナ】
****************

EVについては、昨年10月、EUは中国製のEVが国からの補助金で価格を抑え、欧州市場での競争をゆがめているとみて、中国製のEVに対して正式に調査を始めたと発表しました。当然、中国側は強く反発しています。

【欧州 中国から報復、中国との切り離しを不安視する超えも】
反発は中国からだけでなく、中国の“報復”を恐れる声が欧州自動車業界にはあります。

****中国製EV巡り欧州で対立、補助金調査進める欧州委が追加関税の可能性…メーカー側は「報復を懸念」*****
中国製電気自動車(EV)への対応を巡り、欧州連合(EU)の執行機関・欧州委員会と欧州自動車メーカーの意見の対立が目立っている。

欧州委は中国製EVに対する補助金の実態調査を進めるが、メーカー側は中国の報復措置を懸念し、欧州委の強硬姿勢を批判する。欧州委が進める「脱中国EV」は視界不良だ。

「証拠を入手」
「中国との関係は適切に対処される必要がある。中国との扉を完全に閉ざすのは考え得る最悪の対処だ」
仏ルノーのルカ・デメオ最高経営責任者(CEO)は19日に発表した書簡で、中国との関係悪化に対する懸念を示した。

念頭にあるのは欧州委が「補助金の証拠を入手した」との文書を5日付で発表し、対抗措置として中国製EVに追加関税が課される可能性が高まったことだ。ロイター通信は7月から暫定的に追加関税を課す可能性があると報じた。

実際に追加関税が課されれば、中国側が強く反発するのは必至だ。
すでに予兆もある。仏政府は2023年9月、EVの購入補助金制度を改めると発表し、事実上中国製EVを補助対象から外した。すると中国は24年1月、EU製ブランデーの反ダンピング(不当廉売)調査を始めると発表した。欧米メディアによると、中国へ輸出されるブランデーの大半はフランス製で、事実上の報復措置とみられている。

保護主義
中国市場に過度に依存してきたドイツメーカーはさらに切迫感が強い。独フォルクスワーゲン(VW)のオリバー・ブルーメCEOは13日の記者会見で「危険なのは、一方が保護主義を引き寄せると、もう一方も保護主義を経験することになるということだ」と述べ、警戒感を示した。メルセデス・ベンツのオラ・ケレニウスCEOも12日付の英紙フィナンシャル・タイムズ(電子版)のインタビューで「関税を引き上げるな」と述べた。

中国はEVの原材料サプライチェーン(供給網)で高いシェア(占有率)を持つ。VWとベンツは世界販売に占める中国の割合が3割と高い。貿易摩擦に発展すれば、「返り血」を浴びる可能性が高い。(後略)【3月21日 読売】
*******************

更にEV自体についても、欧州側が地域活性を狙って中国企業の国内誘致を進めており、仮に関税を引き上げても中国EVを阻止できない構造も生じています。

マクロン仏大統領、フォンデアライエン欧州委員長も「安価な中国製品の大量流入は困るが、欧州で生産してくれるならかまわない」という立場のようです

*****中国EV、欧州に工場進出ラッシュ 追加関税の回避に布石 習氏訪問の仏、ハンガリーでも****
中国の習近平国家主席が、欧州連合(EU)との電気自動車(EV)を巡る通商摩擦のさなか、欧州歴訪を開始した。EUが「追加関税も辞さず」の立場で輸出攻勢に歯止めをかけようとするのに対し、中国は障壁回避に向けて、続々と欧州に工場を建設している。

欧州では最近、中国EV産業の進出ラッシュが続く。
習氏の最初の訪問国フランスの北部では、遠景科技集団(エンビジョングループ)傘下企業がEV電池工場を建設。今年内にも稼働し、仏自動車大手ルノーに供給する。マクロン仏大統領の肝いりで進むEV産業地区の一部になる。

8日に訪れるハンガリーでは昨年12月、中国EV最大手の比亜迪(BYD)が、欧州初の乗用車組み立て工場を建設すると発表。EV電池の最大手、寧徳時代新能源科技(CATL)のギガ工場建設も決まっており、ドイツに次ぐ2番目の欧州工場になる。

スペインの日産工場跡地にも
スペインでは自動車大手、奇瑞汽車がEV生産計画を発表した。閉鎖された日産のバルセロナ工場の跡地を使う。浙江吉利控股集団の傘下にあるボルボは、スロバキアに新工場を建設する。

「遅れてはならない」とばかりに、イタリアのウルソ企業相は2月末、自動車産業誘致のため、中国企業と交渉中だと明らかにした。巨大経済圏構想「一帯一路」を離脱した後も、中国に熱い視線を送る。

マクロン仏大統領、フォンデアライエン欧州委員長は習氏と6日に会談し、貿易を巡って「公平なルール」を求めた。中国が補助金で国内メーカーを保護し、EU市場に安売り攻勢をかけるのは困るということだ。一方で、欧州で生産してくれるならば歓迎するという立場。米国が中国との技術競争でしのぎを削り、サプライチェーン(供給網)から中国排除を強めるのとは姿勢が異なる。

「受け入れ競い合う」
米調査会社ロディウム・グループは「米国は中国からの投資を厳しく精査するが、欧州は中国のEV企業受け入れに熱心。有利な条件で受け入れを競い合っている」と分析した。米国では規制の高まりで、中国のEV関連投資が激減しており、欧州や中東、アジアに流れているという。

EU欧州委員会は昨年10月、中国製EVに対する調査を開始した。中国の補助金でEU市場で不当競争をしていると判断すれば、追加関税をかける構えだ。ロディウムは習氏訪欧を前に、欧州委が15〜30%の課税に踏み切るとの見通しを提示。輸出攻勢に対して効果を生むには「40〜50%にする必要がある」と試算した。

昨年、EUの輸入EVのうち37%を中国製が占め、総額は115億ドル。20年の約7倍に相当する。【5月7日産経】
******************

【アメリカの対中国関税引き上げで、中国製品が欧州に向かう可能性も】
アメリカの関税引上げで、販路を失った中国製品が欧州に流れ込むのでは・・・との懸念もあるようです。

****米国の関税引き上げで大量の中国製品が欧州に押し寄せる?―独メディア****
2024年5月15日、独国際放送局ドイチェ・ヴェレの中国語版サイトは、米国が中国製電気自動車(EV)などの関税を引き上げることにより、中国製品が欧州に流れ込む可能性について報じた。

記事は、キール世界経済研究所のモリッツ・シュラリック所長が独紙ハンデルスブラットに対し、米国による関税引き上げの影響により、ある分野では「中国の衝撃波」が間もなく到来し、ある分野ではすでに到来していると語り、ドイツ機械工業連盟(VDMA)のカール・ホイスゲン会長も「将来、エネルギーなどの主要分野で中国メーカーだけが存在し、欧州メーカーが消えるようなことになれば国家安全保障に関わる問題だ」と危機感を示したことを紹介した。

また、経済界だけでなくEUやドイツの政界からも憂慮の声が出ており、欧州議会の通商委員会委員長を務める社会民主党のベルント・ランゲ氏が「中国製EVが欧州にますます入ってくる可能性がある」と述べた上で、米国の保護主義的、対抗的政策を非難し、欧州は自主的な行動を取る必要があるとの認識を示したと紹介。欧州議会議員である緑の党のマイケル・ブロス氏もEVや太陽光電池、半導体といった欧州の気候保護技術が「中国のダンピング製品」による影響を受ける可能性があると指摘したことを伝えている。

記事はさらに、ドイツ国内では「EUは中国製品に対して保護主義的政策を取るべきでない」との意見が多く出ており、ドイツ卸売・貿易業連合会(BGA)のディルク・ヤンドゥラ会長が「もしEUが米国をまねれば、ドイツの自動車工業は深い苦しみを受けることになる。EUには中国の部品を使っていない自動車など1台も存在しない。われわれは競争を受け入れなければならない。そしてまた、公平な競争条件のためにも争わなければならない」と述べたことを紹介。ドイツの自動車工業はこの数十年で中国に多額の投資を行っており、米国に追従した場合に中国から報復措置を受ける可能性があることへの憂慮が背景にあるとした。

また、ドイツのフォルカー・ウィッシング運輸デジタル相もEUに対し「制裁関税による貿易戦の発動は誤った道だ。われわれの市場は閉ざすべきではなく、競争により強くなるべきだ。世界最高峰の製品を作れるドイツ企業は競争を恐れない。今後もそうだ」と米国に追従しないよう警告したと伝えている。【5月16日 レコードチャイナ】
*********************

国民・労働者向け中国叩きが政治的重要パフォーマンスとなっているアメリカ、対中国保護貿易の反動・影響を懸念する欧州・・・安価な中国製品に苦慮するのは同じですが、反応は異なるようです。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

深刻な問題を抱える経済状況  欧州・アメリカ・中国、そして日本

2023-05-27 21:01:05 | 経済・通貨

(アメリカ、カナダ、イギリス、ドイツ、日本の過去40年間の消費者物価上昇率の推移 【4月27日 三菱UFJ】欧米各国では2022年にインフレが進行しましたが、この流れが今も続いています。)

【イギリスなど欧州 特に食料品価格上昇が止まらない】
世界各国の経済状況、まずイギリスなど欧州経済を見ると、物価上昇による生活苦が進行しています。

****英国で支払い不能者が急増、生計費・物価高騰で=FCA調査****
英金融行動監視機構(FCA)が16日公表した調査報告によると、今年1月までの半年間に国内で料金支払いや債務返済を履行できなかった成人は560万人と、昨年5月の前回調査の420万人から急増した。生計費と物価の高騰が国民の懐を直撃したためだ。

英国の家庭は昨年9月以降、2桁の物価上昇率に見舞われ続けている。また政府当局は、来年3月までの2年間の生活水準が記録的な落ち込みになると予想している。

FCAはロシアがウクライナに侵攻して食料とエネルギーの価格が跳ね上がったことを受け、昨年5月にこうした調査を開始した。

今回の調査結果では支払いを続けるのに苦戦している成人が大幅に増えたことも分かった。FCAの消費者・競争担当エグゼクティブディレクター、シェルドン・ミルズ氏は、生計費増大の「リアルな影響」が浮き彫りになったと説明した。

一方、イングランド銀行(英中央銀行、BOE)の急激な利上げに伴って、昨年5月時点で住宅ローンを抱えていたという人の29%は1月までの半年で利払い負担が増えたと回答。賃貸住宅居住者の34%は家賃が上がったと答えた。

クイルターの住宅ローン専門家カレン・ノイエ氏は「生計費増大と金利上昇が重なり、家計はぎりぎりまで追い込まれ、場合によっては破綻している」と指摘した。

債務問題に取り組んでいる非営利団体のリチャード・レーン氏は、多くの人が数十年に1度という物価高に対処しきれなくなっており、無料相談サービスに対する引き合いは過去3年で最も強くなっていると述べた。【5月17日 ロイター】
*********************

その物価上昇は、4月の消費者物価指数は一桁に収まったものの、食品など生活に身近な品目では高止まりが続いています。

****4月の英国消費者物価指数、8.7%上昇 8か月ぶりに10%を下回るも生活に身近な品目は高止まり続く****
イギリスの4月の消費者物価指数が、去年の同じ月と比べて8.7%上昇しました。インフレ率は8か月ぶりに10%を下回りましたが、食品など生活に身近な品目では高止まりが続いています。

イギリスの統計局が24日に発表した4月の消費者物価指数は、前年同月比で8.7%上昇と、前の月の10.1%を下回りました。

上昇率が10%を下回るのは去年8月以来、8か月ぶりですが、食品や飲料の価格は4月までの1年間で19.1%上昇しました。これは45年ぶりの高水準で、生活に身近なものの高止まりが続いています。
インフレを受けて、イギリスでは今週も若手の医師などが賃上げを求めるストライキを行っていて、市民生活に影響が出ています。【5月24日 日テレNEWS】
***********************

状況は、他の欧州諸国も同様です。

****エネ危機過ぎた欧州、次は食品高騰ショック****
中銀は不意打ちを食らい、債務を抱えた政府には救済を求める圧力がかかる

エネルギー危機から抜け出したばかりの欧州各国が、今度は食料品価格の高騰に直面している。地域全体で食生活が変わり、消費者は生活を切り詰めることを余儀なくさせている。

こうした状況は、エネルギー価格の下落を背景にインフレ率が全般的に低下しているにもかかわらず生じている。過去数十年で最悪のエネルギー危機を乗り切るために、昨年、企業や家計に対して何十億ドルもの支援を行った各国政府にとって、食品価格の急上昇は新たな政策課題となっている。

24日に発表された最新データによると、英国の4月のインフレ率は、エネルギー価格の下落に伴い、欧州全体や米国と同様に大幅に低下した。しかし、食品価格は前年同月比19.3%上昇した。

食品価格の継続的な高騰に中央銀行当局者は不意を突かれた。昨年実施した緊急支援のコストに依然あえいでいる政府には、新たな救済に乗り出すよう圧力がかかっている。借り入れコストの上昇に悩まされている家計にも重荷だ。

フランスでは、ロシアによるウクライナ侵攻以降、家計部門の食料購入が10%以上減少し、エネルギー支出は4.8%減少した。

ドイツの3月の食品売上高は前月比1.1%減少した。前年同月比では10.3%減と、1994年の統計開始以来最大の落ち込みとなった。連邦農業情報センターによると、2022年の同国の食肉消費量は1989年の統計開始以来最も少なかった。ただ、これは植物由来の食事への移行が続いていることも一因となった可能性があるという。

食料品小売店は供給業者による値上げ分をすべて消費者に転嫁できるわけではないため、利益率が低下している。スーパーマーケットチェーン、エデカのマルクス・モザ最高経営責任者(CEO)はドイツメディアに対し、価格が急上昇していることを理由に、何社かの大手供給業者への商品の発注を止めたことを明らかにした。

英統計局が今月に入って実施した調査によると、下位20%の貧困層の世帯の6割近くが食料品の購入を減らしていることが分かった。

「これはアクセスの問題だ」。保険大手アリアンツのチーフエコノミストで、かつて国連世界食糧計画(WFP)に勤めていたルドビク・スブラン氏はこう述べる。「全体の食料生産量は落ち込んでいない」

食料が消費支出に占める割合はエネルギーよりはるかに高いため、価格の上昇幅が比較的小さくても、家計により大きな影響が及ぶ。英シンクタンクのレゾリューション財団は、2020年以降の食費負担の拡大分の累計が今夏までに280億ポンド(約4兆8300億円)に達し、エネルギー費負担の拡大幅(推計250億ポンド)を上回ると予想している。

「生活費の危機は終わっていない。新たな段階に入っただけだ」。同財団のトーステン・ベルCEOは最近の報告書でこう述べた。

インフレ率を押し上げているのは食料品だけではない。英国では、食品とエネルギーを除いたコアインフレ率が、3月の6.2%から4月には6.8%に上昇し、1992年以来の高水準に達した。4月のコアインフレ率は、ユーロ圏でも史上最高水準近くまで上昇した。

それでも、イングランド銀行(英中央銀行、BOE)のアンドリュー・ベイリー総裁は23日に英議会で、食品価格の高騰はインフレの「第4のショック」になったと語った。第1~第3のショックは、新型コロナウイルス流行下のサプライチェーン(供給網)の障害による供給ひっ迫、ロシアによるウクライナ侵攻を受けたエネルギー価格の上昇、労働市場の予想外のひっ迫だったという。

欧州各国政府はエネルギー価格高騰の際に家計支援のため巨額の財政支出を行ったが、現在は借金をする余地が以前より狭まっている。2020年にコロナ禍が始まってから債務が急速に積み上がっているためだ。

イタリア、スペイン、ポルトガルなど一部諸国の政府は、消費者の負担軽減のため、食品の付加価値税(消費税に相当)の税率を引き下げた。一方、食品小売店に価格を抑制するよう圧力をかけている国もある。仏政府は3月、主要小売り各社との間で、可能な限り値上げを避けるとの合意をまとめ上げた。

小売業者は、アイルランドなど他の多くの欧州諸国でも監視対象になっている。英国では国会議員らが、「農場から食卓まで」網羅する食品サプライチェーン全体に対する調査を開始した。

ジェレミー・ハント英財務相はロンドンで開かれたウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)主催のCEOカウンシルサミットで、「昨日は食料生産者を首相官邸に呼んだ。また、スーパーマーケットや農家の人々と話をし、サプライチェーンのあらゆる要素に目を向け、コスト削減の一部をできるだけ早く消費者に還元するためにできることを検討している」と述べた。

英国で競争政策を担当する競争・市場庁(CMA)は先週、小売業者への監視を強める方針を明らかにした。

一部のエコノミストは、こうした監視の強化が具体的な結果につながると予想している。小売業者は自社のイメージを悪くしたくないため、サプライヤーに価格を下げるよう圧力をかけるのではないかとの見方からだ。(中略)

食品価格がこれほど長く、これほど急激に上昇している理由が完全に明らかになっているわけではない。国際商品市場(ここで農家に支払われる価格が決まる)において、食料価格は2022年4月以降下落が続いている。

だが、一次産品のコストは最終価格のほんの一部を占めるにすぎない。消費者は加工・包装・輸送・流通のコストも支払っており、生産者と消費者の間の価格差は異例なほど広がっている。

BOEのベイリー総裁の見立てでは、ロシアのウクライナ侵攻が始まった頃、食料生産者は先行きが不透明な時期に供給を確保しようと躍起になり、肥料やエネルギーなどの供給業者と割高な長期契約を結んだことが、BOEが食品価格に関する見通しを誤った理由の一つだという。

だが、小売業者への目が厳しくなっていることからもうかがえるように、利益率の拡大も一因ではないかとの見方も政策立案者の中にはある。ベイリー総裁は議会での発言で、食品供給業者の責任を問うことには慎重な姿勢を示した。「(彼らは)昨年初めに圧迫された利益率の回復を図っている」とベイリー氏は述べている。【5月25日 WSJ】
*********************

【アメリカ 給料ギリギリの生活をしているZ世代の成人】
アメリカでも、一部富裕層をのぞけば「大部分の米国人が『現在の暮らしは50年前よりも悪くなっている』と感じている」といった生活苦が進行しています。

****米国は「格差社会」どころか「総貧困社会」に? 多くの国民は既に景気後退の痛みを感じている****
高級品を扱うビジネスは相変わらず好調だが

米国経済のハードランディング(景気の急激な失速)懸念が強まっている。
今年第1四半期のS&P500種株価指標構成企業の利益は前年比3.7%減少し、2四半期連続で業績が悪化した。第2四半期以降も業況が改善する見込みが立ってない。

全米自営業者連盟が5月9日に発表した4月の中小企業楽観度指数(1986年=100)も89.0となり、2013年1月以来、10年ぶりの低水準となっている。

企業活動だけをみると、米国経済は既に「リセッション(景気後退)」入りしたと言っても過言ではない状況だ(5月15日付ブルームバーグ)。

企業活動が低迷しているものの、今年第1四半期の米国の実質国内総生産(GDP)は前月比1.1%の増加となった。GDPの7割を占める個人消費が堅調だったからだ。

米国の堅調な消費を支えているのは富裕層だ。景気が減速気味になっている中、富裕層の購買力は衰えることなく、高級品を扱うビジネスは相変わらず好調だ。(中略)

だが、多くの米国人の消費行動はまったく違う。

「給料ギリギリの生活をしているZ世代の成人」は65.5%
今回も景気が減速し始めると、過去と同様、いやそれ以上に、少しでも安い商品を購入するようになっており、低価格を売りにした店舗は活況を呈している。その代表格は徹底した低価格戦略で知られる米小売り大手ウォルマートだ。今年2〜4月期決算は前年比8%の増収となっている。

多くの米国人が「生活防衛」に走る傾向が鮮明になっているが、必死の努力にもかかわらず、彼らを取り巻く状況は悪化するばかりだ。
 
ルームバーグが4月26日から5月8日にかけて調査した結果によれば、日々の生活費の捻出が困難となった米国の成人の数は8910万人に達した。その比率も38.5%と記録的な水準となっている。

特に深刻なのは若年層だ。
フィンテック企業レンデイングクラブが米フィンテック情報企業PYMNTSと提携して毎月実施している調査では、今年3月時点で「給料ギリギリの生活をしているZ世代の成人(26歳以下)」が65.5%に上ることが分かった。これを伝えたブルームバーグ(5月1日付)は、「Z世代はキャリアをスタートさせたばかりで賃金が相対的に低く、負債の割合が大きい傾向にある」と解説している。

新型コロナのパンデミックのピーク時に2.1兆ドルに達していた家計の貯蓄超過はその大半が消失してしまった。「足元の超過分(約5000億ドル)も年末までになくなってしまう」と予測されている(5月9日付ロイター)が、債務上限問題で与野党が対立していることから、家計に対するさらなる財政支援は期待できない。

前述のブルームバーグの調査では、2500万人以上の米国人がクレジットカード・ローンに依存していることも明らかになっている。

生活費の不足を補填するために不可欠となったクレジットカード・ローンだが、長引くインフレや金利上昇のせいで延滞率が急上昇している。(中略)

米地銀の相次ぐ破綻で金融機関は消費者融資に対しても慎重な姿勢を取り始めており、生活費を捻出できない米国人がさらに増加することは確実な情勢だ。

米国は「格差社会」どころか「国民総貧困社会」に?
「大部分の米国人が『現在の暮らしは50年前よりも悪くなっている』と感じている」との指摘がある(5月15日付ZeroHedge)ように、米国は「格差社会」どころか「国民総貧困社会」になってしまった感が強い。

そのせいだろうか、リセッション入りしていないのにもかかわらず、生活困窮者や福祉施設に食料を提供するフードバンクの需要が高まっており、その水準はパンデミック時と同様の水準となっている。ジョージア州アトランタ地域では、食料配給に頼っている人の4割がこれまで配給を受けた経験がなかったという(4月30日付ロイター)。

家賃が払えず、ホームレスになる米国人も日に日に増えている。
多くのテック企業を輩出したカリフォルニア州サンフランシスコ市の海岸沿いでは、全長2マイル(約3.2キロメートル)にわたってホームレスが寝泊まりするキャンピングカーの行列ができる有様だ(5月8日付ZeroHedge)。

同市内では「家賃の高騰などで都心部に人が減ったことで犯罪が増える」という悪循環が起きている。万引きが組織犯罪化していることに悲鳴を上げたショッピングモールの閉店も相次いでいる。このため、一部の地域はゴーストタウンになっており、ホームレスたちの生活環境は悪化の一途を辿っている。

5月14日付ニューヨーク・タイムズは「米国の大都市で路上生活に追い込まれた多くの人々が命を落としている。カリフォルニア州サンディエゴ市のある病院では、昨年だけで10500人のホームレス患者が搬送された。現場からはホームレスへの支援に積極的でない政府に対する不満が爆発している」と報じている。

このように、多くの米国人はリセッションの痛みを既に感じている。彼らが政府のウクライナへの軍事支援に「ノー」を突きつける日は近いのではないだろうか。【5月26日 藤和彦氏 デイリー新潮】
*******************

欧米からの軍事支援に頼るウクライナにとって、もっとも手ごわい敵はロシアではなく、欧米経済の悪化に伴う世論の変化かも。ウクライナ支援に限らず、国内経済が悪化すれば、世論は生活防衛的、内向きになります。

債務上限問題で与野党が対立、政府機能が麻痺するような状況には本来ないのですが・・・。

【中国 若者の失業率20.4%】
上記記事でアメリカZ世代の苦境が取り上げられていますが、経済体制が異なる中国でも若者の失業率が深刻です。
中国国家統計局は16日、4月の都市部の16〜24歳の失業率が20.4%だったと発表しました。記録が確認できる2018年以降で最悪となっています。

****中国の大卒者は就職難 雇用ミスマッチ****
景気回復にもかかわらず若年層の失業率が上昇

中国では若年層の失業率の急上昇に歯止めがかからず、政府にとって大きな頭痛の種となっている。この問題には雇用のミスマッチが関係しており、政府が打ち出す解決策が何年も効果を発揮しない可能性もある、と多くのエコノミストが話している。

16~24歳の若者の失業率は4月に20.4%と過去最高を更新。数カ月前から大幅に上昇し、新型コロナウイルス流行前の水準をはるかに上回っている。2019年の失業率は概して13%以下にとどまっていた。

中国では4月の都市部全般の失業率が5.2%と前年同月の6.1%を下回っており、これが若者の失業率の高さを一層際立たせている。

今夏には過去最高となる1160万人の大学生が卒業する見込みであることから、若者の雇用市場は一段と悪化すると一部のエコノミストはみている。

エコノミストによると、主な問題点は中国が高賃金・高技能職を十分創出できていないことにある。同国では高学歴の若者が増えており、その多くは前世代の人たちよりも仕事に高い期待を抱いている。

多くの若者は、妥協して賃金が低めの仕事に就くことよりも、さらなるチャンスが訪れる可能性に賭け、就職を先延ばしにすることを選んでいる。

クレディ・スイス・グループの中国担当チーフエコノミスト、デービッド・ワン氏は「中国の若者の失業率の高さは一過性のものではなく、構造的なものだ」と指摘。「若者が訓練を受けているスキルと既存の雇用が必要とするスキルがマッチしていない」と述べた。(後略)【5月25日 WSJ】
****************

【日本 給料が上がらず、国際比較ではどんどん下位に沈み込んでいる状況】
では、日本は・・・と言えば、給与がまったく上がらないことは周知のところ。国際比較ではどんどん下位に沈み込んでいる状況です。


韓国、台湾、シンガポール、香港、スロベニア、リトアニア、イスラエルといった国々に抜かれ、今の日本の給料に近い国々のグループを見てみると、ポーランド、エストニア、トルコ、ラトビア、チェコなどといった国々が並んでいる・・・・といった以前では考えられないような悲しい状況。【5月27日 東洋経済ONLINEより】

原因は、日本では十分なイノベーションを起こせず、労働生産性が上昇していないことにありますが、スペースもないのでまた別機会に。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

金融不安への素早い異例の対応 消えていない「ドミノ倒し」不安 銀行の融資抑制で世界経済は減速か

2023-03-28 22:20:20 | 経済・通貨

(危機の時以外は利用されることの少ないFRBの「連銀窓口貸出」を通じた金融機関向けの資金供給は、足元でリーマンショック時を上回るペースで拡大しており、米銀行業界の混乱の大きさを物語っています(図2)【FRANKLIN TEMPLETON】)

【「預金は全額保護する」 「リーマンショックの教訓」もあって素早い異例の対応】
周知のように、アメリカでは総資産28兆円の「シリコンバレーバンク」、14兆円の「シグネチャー・バンク」の破綻が相次ぎ、更にスイスの金融大手「クレディ・スイス」の経営不安・・・・ということで、世界経済全体に金融不安、リーマンショックの再来への危惧が広がりました。(過去形ではなく「広がっています」と書くべきか)

これに対しアメリカ金融当局はすべての預金者を保護するという形で、異例の素早い対応で火消を行っています。

****米金融当局 シリコンバレーバンク預金者のすべての預金を保護すると発表****
アメリカのシリコンバレーバンクが経営破綻したことを受け、アメリカの金融当局は、すべての預金者を保護すると発表しました。

アメリカ財務省とFRB=連邦準備制度理事会、FDIC=連邦預金保険公社は12日、共同声明を発表し、「アメリカ経済を守るため、断固とした行動をとる」と強調。イエレン財務長官は、「シリコンバレーバンク」の預金者のすべての預金を保護したうえで、経営破綻の手続きを完了させると明らかにしました。

今回の対応は、FRBとFDICの勧告を受け、バイデン大統領と協議したうえで、イエレン長官が承認したということです。

また、FRBは他の銀行に波及するのを防ぐため、金融機関に対し追加の資金を提供すると表明しました。【3月13日 TBS NEWS DIG】
*******************

****アメリカ政府「預金は全額保護する」 素早く宣言****
有働キャスター
「銀行が相次いで破綻すると、リーマンショックの二の舞で、どんどん連鎖していくんじゃないかと心配になりましたが…」

小野解説委員
「それをアメリカ政府は最も恐れました。まずは、『預金は全額保護します』と素早く宣言しました。保護されるお金は本来、日本円だと3000万円ぐらいまでと上限がありますが、『全額救済』としました。やりすぎじゃないかと思うくらいですが、こうやって安心感を与えたんです」

「さらに、政府が金融機関に1年間、お金を貸す用意もしました。そうすれば、不安になった人たちが、銀行から『われもわれも』と預金を引き出す事態が起きたとしても、銀行にお金があるので耐えられます。こうやって次々と破綻が起きないよう手を打っているわけです」【3月14日 日テレNEWS】
*********************

アメリカの異例の対応の背景には「リーマンショックの教訓」があるとも。

****米相次いだ銀行破綻 異例の素早い対応の背景に「リーマンショックの教訓」 記者解説****
アメリカで相次ぐ銀行の経営破綻。バイデン政権は沈静化を急いでいますが、背景に何があるのか。ニューヨーク支局・藤森記者の報告です。

アメリカ バイデン大統領 「国民は米国の銀行システムが安全だと確信を持つことができる。皆さんの預金は安全です」(中略)

政府が対応を急ぐ背景には、過去、アメリカが発端となった世界的な金融危機の苦い経験があります。

大和総研 ニューヨークリサーチセンター 矢作大祐主任研究員
「非常に早い決断だったと思う。リーマンショックの時は土日含めて後手後手に回ったことがあった。今回、その教訓をしっかり踏まえた」

さらに、政府が危機感を持っているのは、歴史的な物価高を抑えるために進めてきた中央銀行による急速な利上げの副作用です。

今回の銀行の破綻は、▼利上げに伴う債券価格の下落により経営が圧迫され、▼ベンチャー企業などは金融機関からの資金調達が難しくなり、結果的に問題の銀行の口座から資金が引き出される動きが加速したことが決定的な要因です。

こうした動きが広がれば、一気に景気が冷え込むという危機感が政府を動かしたものとみられます。

大和総研 ニューヨークリサーチセンター 矢作大祐主任研究員
「(破綻の)連鎖という形になってくると、2008年(リーマンショック)の香りがしてくる。少しリスクが高まってくる」

週明けのNY株式市場は政府の対応をひとまず評価した形ですが、中央銀行が来週開く会合で、1年にわたり続けてきた利上げを継続するのかが注目されます。【3月14日 TBS NEWS DIG】
*******************

ただ、リーマンショックにつながるサブプライムローン問題が浮上した2007年3月の2倍を超える額の中小銀行からの預金流出が起きており、市場に不安が広まった際の影響はリーマンショック当時より大きくなっています。

バイデン大統領は、必要に応じて引き続き特例的な預金保護の措置を講じる考えを示し、沈静化に務めています。

****過去最大“リーマン超え”米・中小銀行預金15兆円流出…バイデン大統領は沈静化に躍起****
今月10日のアメリカ、シリコンバレー銀行の経営破綻に端を発し、世界の金融市場に広がった信用不安。

アメリカで2つの銀行が破綻した15日までの1週間に、中小規模の銀行全体で1200億ドル、日本円でおよそ15兆7000億円もの預金が流出したことが、FRB(連邦準備制度理事会)の統計で明らかになりました。

これは過去最大の流出額で、リーマンショックにつながるサブプライムローン問題が浮上した2007年3月の2倍を超える額です。相次ぐ破綻で預金者の不安が高まり、預金を引き出して大手銀行などに移す動きが広がったためとみられます。

バイデン大統領は、沈静化に躍起です。
バイデン大統領:「事態が落ち着くまで少し時間がかかると思いますが、大混乱になるようなことは何もないでしょう。しかし、この件に関して不安を抱えていることは理解しています。中堅銀行は、生き残らなければなりません」

バイデン大統領は、銀行がさらに破綻するなど金融不安が続くと判断した場合、引き続き特例的な預金保護の措置を講じる考えを示しました。【テレ朝NEWS 「グッド!モーニング」3月27日放送分より】
********************

また、アメリカのFDIC=連邦預金保険公社は26日、経営破綻したシリコンバレーバンクについて、アメリカ南部ノースカロライナ州が地盤の銀行が買収することで合意したと発表しました。

【スイスの金融大手「クレディ・スイス」も破綻阻止 ただ、債券価値ゼロの影響は他行にも】
スイスの金融大手「クレディ・スイス」についも、ライバル銀行「UBS」が買収することで破綻を防いでいます。

****UBSがクレディ・スイス買収合意 買収額4200億円 スイス政府****
経営不安に陥っていたスイスの金融大手「クレディ・スイス」について、「UBS」が買収することで合意したとスイス政府などが発表した。

スイス・ベルセ大統領「UBSによるクレディ・スイスの買収は、スイスの金融センターの信頼回復と、国と市民のリスクを管理するために最善の解決策です」

スイス政府は会見で、「UBS」が「クレディ・スイス」を買収することで合意したと発表し、買収額はおよそ4,200億円になるとしている。

買収交渉は、UBS側がスイス政府に巨額の保証などを求め難航していたが、市場の不安を抑えるため、週明けの金融市場が開く前に合意した形。【3月20日 FNNプライムオンライン】
*********************

こうしたアメリカ・スイス当局の異例の素早い対応もあって、市場は一応の安心感を示しています。

****ニューヨーク株式市場 3営業日続伸 金融不安やわらぎ買い注文****
週明け27日のニューヨーク株式市場のダウ工業株30種平均は3営業日続伸した。

経営破綻したアメリカのシリコンバレー銀行を中堅銀行のファースト・シチズンズ銀行が買収すると発表したことを受け、金融システムに対する投資家の不安が和らぎ、買い注文が優勢となった。(後略)【3月28日 FNNプライムオンライン】
******************

ただ、不安感が払拭された訳でもなく、「次は・・・・」という話も。

****金融のドミノ倒し、次はドイツ銀行か****
<ドイツ銀行の株価が急落。シリコンバレー銀行とクレディ・スイスに続く破綻を市場は懸念する>

今月初めのシリコンバレー銀行の破綻に端を発し、スイスの大手銀行クレディ・スイスに飛び火するなど世界に広がった金融不安で、またも大手が危険領域に足を踏み入れてしまった。今度はドイツ最大のドイツ銀行だ。
ドイツ銀行の株価は先週末の24日、11%下落し、経営危機の恐れに直面している。今回の金融不安が始まった8日以降で考えると、下落幅は29%に達する。

「(金融界は)さらなるドミノ倒しが起きる瀬戸際にいる。次のドミノと目されているのは明らかに(それが正当な見方かどうかはとにかく)ドイツ銀行だ」と、IGグループの主任市場アナリストのクリス・ボーシャンはロイター通信に述べた。「金融危機は完全に一段落したわけではなさそうだ」(中略)

債券投資家に損失
スイス政府の仲介によりクレディ・スイスが救済され、これで欧州市場は安定するだろうと当初は考えられていた。ところが影響の拡大を抑えるのは難しかったようだ。

買収合意により、170億ドル分のクレディ・スイスの社債の価値がゼロとされてしまったことが、ドイツ銀行への懸念を深める要因となってしまった。(中略)

次に倒れるのはドイツ銀行ではと懸念する人は多いが、一方でクレディ・スイスと同じ運命はたどらないだろうと楽観視するアナリストもいる。(中略)

ロイター通信によれば、米金融大手JPモルガンのアナリストたちは24日、ドイツ銀のファンダメンタルズは「強固」で「懸念していない」と説明した。

「実際、もしアメリカとヨーロッパ双方の預金者がこの数週間(の事態の推移)から学ぶことがあるとすれば、それは規制当局がどこまで手厚い預金者保護を貫こうととするか、ということだけだ」

23日にアメリカのジャネット・イエレン財務長官は、金融安定化のために政府は「間違いなく」追加措置を取る用意があると述べた。イエレンは前日には、そうした対応は検討していないと述べており、軌道修正した形だ。【3月27日 Newsweek】
**********************

上記「ドイツ銀行」に見るように、170億ドル分のクレディ・スイスの社債の価値がゼロとされてしまったことが他の銀行の経営不安に連鎖する危険が存在しています。

****債券は「価値ゼロ」で各国政府系銀行も全損──終わらない「クレディ・スイス危機」****
<UBSによる土壇場の買収によって救済されたが、債券の価値はゼロに。提訴の動きなど、世界の投資家と政府系銀行に衝撃が走る>

3月19日、スイス金融最大手UBSが、経営危機に陥ったライバルのクレディ・スイスを買収すると発表した。同社のような「国際金融システム上の重要銀行」が破綻すれば、その影響は計り知れなかった。

スイスのケラーズッター財務相は19日の会見で、イエレン米財務長官とハント英財務相と緊密に連絡を取っていたと明かした。米英には同社の子会社があり、それぞれ数千人の従業員がいる。

土壇場で救済されたものの、クレディ・スイス発行の170億ドル規模のAT1債が価値ゼロとされたのが火種として残りそうだ。

AT1は劣後債と呼ばれるハイリスク・ハイリターンな債券。高利回りである一方、債務の弁済順位が低いが、「価値ゼロ」は保有する世界の投資家に衝撃と動揺を広げた。今回、一部保有者の間に提訴の動きがある。

サウジアラビアの最大手銀行のクレディ・スイスに対する投資もほぼ全損に。カタールの政府系ファンドの投資数十億ドルも吹き飛んだという。【3月27日 Newsweek】
**********************

すでにサウジアラビアの銀行に影響も。

****サウジ・ナショナル・バンク会長辞任、クレディ・スイス筆頭株主****
スイス金融大手クレディ・スイス・グループの筆頭株主であるサウジ・ナショナル・バンク(SNB)は27日、アンマル・フデイリ会長が辞任したと発表した。人事は27日付で、後任にはサイード・ガムディ最高経営責任者(CEO)が就く。フデイリ氏の辞任は個人的な理由とされている。

フデイリ氏は3月15日にクレディ・スイスへの追加出資を否定。この発言がクレディの経営悪化に拍車を掛けたとして批判を浴びた。

クレディはスイス金融大手UBSによって救済買収されることになり、クレディの9.9%株式を保有するSNBは10億ドル余りの損失を被った。

SNBは昨年10月にクレディへの出資を発表して以来、株式時価総額が260億ドル以上も吹き飛んだ。【3月28日 ロイター】
******************

株式時価総額が260億ドル以上も吹き飛んだ・・・約3兆4千億円・・・CEOの首も飛ぶでしょう。

【「ドミノ倒し」が防げたとしても、銀行が融資に抑制的になることで、世界経済は大きく減速】
仮に今度の「ドミノ倒し」が防げたとしても、銀行が「健全性」を重視することで融資に抑制的になることで、世界経済は大きく減速するとも予想されています。

****米国の銀行破綻、世界経済のリスクに****
最悪のシナリオで世界のGDPが2%マイナス成長との予測も

米銀行セクターの混乱は、米国だけの問題ではない。世界的なリセッション(景気後退)のリスクを高めるものでもある。

米シリコンバレー銀行(SVB)の経営破綻以前から、多くのエコノミストは今年の世界経済の成長率が大幅に低下すると予想していた。米国と欧州で、金利上昇を受けて支出と投資が減少するとみられていたからだ。

こうした懸念は、欧米経済の予想外の好調さを示すデータと、昨年12月にゼロコロナ政策を放棄した後の中国で景気が回復し始めたことを受けて、今年初めには幾分緩和されていた。

しかし、一部では悲観論が徐々に復活しつつある。大半のエコノミストは全面的な金融危機が発生する可能性は低いと考えているが、その一方で銀行セクターの混乱と金融引き締めの悪影響から、世界の経済成長へのリスクが高まると予想している。

米コーネル大学のエスワル・プラサド教授(通商政策・経済学)は「現状は世界経済にとって潜在的にかなり危険な時期だ」と指摘。先進諸国で金利上昇に加えて銀行セクターの問題が相次げば「世界全体に悪影響が波及する恐れがある」と語った。

エコノミストらによると当面のリスクは、米国の銀行がバランスシートの健全性を確保し預金者を安心させるために、米国の世帯や企業に対する融資を抑制することだ。

米連邦準備制度理事会(FRB)のジェローム・パウエル議長は22日、そうしたシナリオが「かなり現実的である可能性がある」とし、それが「十分にマクロ経済に重大な影響を及ぼし得る」と述べた。

米国での融資抑制は、ドイツ製自動車やフランスへの休暇旅行、中国製電子機器など他国の物品やサービスへの需要を抑制する形で、世界の成長率に影響をもたらし得る。

より幅広い視点で見ると、世界の貿易と金融システムは米ドルによって支えられている。これは、米国の金融が引き締め状態になる(融資が抑制され、借り入れコストが上がり、株式やその他の資産の相場が下がる)と、その影響が他国の経済に迅速に広がり得ることを意味する。

米国外の銀行はドル調達コストの上昇に直面し、国内の世帯や企業への貸し出しを抑制する可能性がある。そうなれば米国の輸入減による国境を越えた打撃がさらに大きくなる。借金の多い国は、借り入れがより困難になる可能性がある。(中略)

シティグループのエコノミストは22日にリポートを公表し、現在の金融セクターの問題の悪化具合に基づく世界の成長シナリオをいくつか提示した。

エコノミストらの中心的な予想では、銀行のバランスシート健全化と規制当局による迅速な対応のおかげで、この問題は春までに落ち着くとみられている。

それでも世界経済の成長率見通しは、2023年は約2.2%、2024年は2.5%にとどまり、経済協力開発機構(OECD)が示した2022年の成長率見通し(3.2%)を下回るとみられる。

シティグループは、銀行の健全性をめぐる懸念の長期化により資金調達のコストが上昇し、利用可能な資金量が減少した場合、与信の伸びが鈍化する可能性があり、今年の世界の成長率は1.6%に減速しかねないと指摘している。

リポートによれば、銀行がより積極的に帳簿上のリスク資産を削減する動きに出れば、世界の経済成長率はさらに低く、1.5%程度になることも考えられる。米国と欧州で複数の銀行が破綻するような本格的な危機が発生した場合には、世界経済はおそらく2%縮小するという。

英調査会社キャピタル・エコノミクスのグループ・チーフ・エコノミスト、ニール・シアリング氏は「真のリスクは、だめ押しとなるような新たな金融問題が起き、これまで予見できなかった金融システムのリスクが露呈することだ」と述べている。【3月27日 WSJ】
*****************

もし“だめ押しとなるような新たな金融問題”が起きたら・・・・リーマンショックの再来でしょう。

日本経済もその中にある世界経済は、相当に危うい鋭いエッジ上の綱渡り状態にもあるようです。
言うまでもなく、経済が破綻すれば、多くの国で政治情勢が不安定化し、国際間の紛争にも飛火します。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

“意外”にも、ロシア軍のウクライナ侵攻以前の水準に戻っている原油・穀物価格

2022-08-06 22:38:58 | 経済・通貨
(WTI原油先物価格動向)

【原油価格「いつの間にか」ウクライナ侵略以前並みへ】
今日は少し“意外”な話。

「世界的インフレが各国で進行しており、その元凶は原油などエネルギー価格と穀物など食料品価格。
エネルギーや食料の価格上昇傾向は以前からのものですが、その高騰を加速させたがロシア軍によるウクライナ侵攻。こうした物価上昇で、特に途上国や、貧困層の暮らしに大きな負担がかかっている・・・・」

上記のようなイメージが一般的かと思います。このブログでも、そうした話を再三取り上げてきました。

インフレ傾向、多くの国・国民の生活への負担増加というのは今も続いており、間違った認識ではありません・・・・が、インフレの中核にある原油と穀物価格自体はすでに下落に転じており、ロシア軍のウクライナ侵攻以前の水準に戻っているようです。

原油については、一昨日の4日ブログ“小幅増産にとどまった原油生産 ガスパイプライン「ノルドストリーム」をめぐるロシア・ドイツの綱引き”でも触れたように、1バレル=120ドル付近まで上げた価格は、世界経済の景気後退懸念を背景に90ドル付近まで下落に転じています。

****原油価格「いつの間にか」ウクライナ侵略以前並み…専門家が指摘する新たなリスク 「油が崩壊」エコノミストが警鐘****
このところ、毎日のように食料品などの値上がりを伝えるニュースが流れ、大半の企業が値上げの理由の一つに「原油価格の高騰」を挙げている。そのため、今も一時期のような1バレル=100ドルを大きく超えるような原油高になっていると思っている人も少なくない。

しかし実は、原油価格はロシアのウクライナ侵略以前の水準に戻っている。

1バレル=122ドルから90ドルに
昨年まで1バレル=70円~80円台だった原油価格は今年に入ってから徐々に値を上げていき、今年2月3日には、1バレル=90ドル代に乗った。2月末からのロシアのウクライナ侵略をきっかけに、原油価格はさらに上昇していき、6月8日には1バレル=122ドルという記録的な高値を付けた。

しかし、それをピークに原油の価格は徐々に下落していき、8月4日には、1バレル=90.53ドルとロシアのウクライナ侵略以来の水準となった。

7月半ばまでは1バレル=100ドル代の高値を付けていた原油の価格は、なぜここに来て急速に下落し始めたのか。その理由は、景気減速への懸念だ。

原油価格急落の理由
アメリカは今、歴史的なインフレに見舞われているが、アメリカの中央銀行にあたる連邦準備理事会(FRB)は、2か月連続で政策金利を0.75%引き上げるなど強い金融引き締め措置を取っている。さらに、アメリカに歩を合わせるように、ヨーロッパ各国の中央銀行も相次いで政策金利を引き上げた。

だが、金融を引き締め過ぎて景気後退局面に陥る、いわゆる「オーバーキル」になってしまうのではとの懸念が市場に漂っている。

景気後退への懸念が高まる中、さらに原油価格の下落を加速させる発表があった。米国エネルギー情報局(EIA)が、3日に発表した統計「U.S. Stocks of Crude Oil and Petroleum Products(アメリカの原油および石油製品の在庫)」によると、アメリカでは原油とガソリンの在庫が増えているという。この発表を受けて3日から4日にかけて、原油価格がさらに下落した格好だ。(中略)

なお、夏休みを前にした一般家庭にとっては、原油価格が下落したと聞いた時、まっさきに気になるのが「ガソリン価格はどうなる?」ということではないだろうか。こちらは、原油価格と違い、急落とはならない。

石油情報センターによると、レギュラーガソリンの小売価格は、全国平均で1リットル当たり169.9円。5週連続で値下がりしているものの、依然として高い水準のままだ。【8月5日 箕輪 健伸氏 SAKISIRU】
**********************

下落したとは言っても、まだまだ“油が崩壊”云々水準ではありませんし、コロナ禍で2020年4月前後には20ドル水準にまで下落したこともあります。今時点で騒ぐ必要はないですし、日本のような需要国としては更なる下落を期待したいところです。

供給国には大きな問題になるでしょう。以前取り上げた未来都市「ネオム」を計画するサウジアラビアなど中東湾岸諸国など。ただ、中東諸国も原油価格は上下変動するものと認識していますから、一喜一憂もしないでしょうが。

原油価格下落で現実的問題が出るのはロシアでしょうか。今必要な莫大なウクライナ戦争の戦費を支える財源が揺らぎますので。

【再開にこぎつけたウクライナからの穀物輸出】
一方、穀物については、問題となっていたウクライナからの輸出になんとか道がひらけたようです。

****ウクライナ穀物輸出の再開合意、ロシア側に一定の配慮か…米は速やかな履行求める****
ロシア軍の黒海封鎖によりウクライナ産穀物の輸出が停滞している問題で、ロシア、ウクライナ、トルコ、国連の4者が22日、イスタンブールで海上輸送再開に向けた合意文書に署名した。各国は歓迎しているが、ロシアに確実な合意履行を求める声も出ている。

ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領は22日のビデオ演説で、「合意内容はウクライナの利益に全てかなうものだ」と評価し、昨年収穫した約2000万トンと、今年の収穫分で100億ドル(約1兆3800億円)相当の穀物の輸出が可能になるとの認識を示した。

国連のアントニオ・グテレス事務総長は署名式で「(食糧危機で)破綻にひんしている途上国に安心をもたらす」と語り、穀物価格の安定化などにつながると強調した。

インターファクス通信によると、ロシアのセルゲイ・ショイグ国防相は署名式後、「ロシアは合意文書で十分明確に示された義務を負った」と述べた。一方、米国のブリンケン国務長官は22日の声明で「合意の履行が速やかに開始され、中断や妨害なしに進むことを期待する」とくぎを刺した。

合意にはロシア側の要求が一定程度盛り込まれた模様だ。ウクライナの穀物輸出拠点のオデーサ、チョルノモルシク、ユジニの計3港からの航路が確保され、輸送対象は、ウクライナ産穀物と食料に限定された。航路の安全を維持するためイスタンブールに設置される「調整センター」が積み荷を検査する。ロシアは航路を通じてウクライナに武器が輸送されることを警戒しており、露側の条件に従ったものとみられる。

国連も合意の見返りをロシアに示した。露国防省は22日、ショイグ氏とグテレス氏が会談し、ロシア産の農産品と肥料の供給を促進することに関する協力覚書に署名したと発表した。露産肥料などの輸出促進はウクライナからの穀物搬出と合わせた「パッケージ」として国連が合意を目指していた。

国連によると、国連貿易開発会議(UNCTAD)のレベッカ・グリンスパン事務局長の下に作業チームを設置し、加盟国や、金融、保険、物流などの民間部門と調整するという。【7月23日 読売】
*********************

ロシアとしても世界を苦しめる穀物価格高騰の“元凶”とされるのは回避したい思惑があってのことでしょう。

合意直後にロシアがオデーサにミサイルを撃ち込むなどですったもんだしたのは周知のところですが、第一便がトルコ沖合で検査を受けてレバノンに向かい、その後も3隻がウクライナを出港する予定など、なんとか輸出再開にこぎつけたようです。

****ウクライナからの穀物輸出 トルコ政府が船3隻出発計画明らかに****
ウクライナからの穀物輸出の再開を受けて最初の貨物船が中東レバノンに向かう中、トルコ政府は新たに農産物を積んだ貨物船3隻がウクライナ南部の港から出発する計画があることを明らかにし、南部でも戦闘が続く中、安全に輸出を継続できるのかが焦点となっています。

ロシア軍による黒海の封鎖で滞っていた、ウクライナからの貨物船による穀物輸出の再開を受けて、トウモロコシを積んだ最初の船が中東レバノンに向かっています。

また、トルコのアカル国防相は、農産物を積んだ貨物船3隻が5日にウクライナ南部の港から出発する計画があることを明らかにしました。

さらにウクライナへの貨物船の入港についても「空荷の船がイスタンブールでの検査を経て、ウクライナに向かうことも予定されている」としています。

ウクライナへの貨物船の入港については、これまでロシアが武器の運搬に利用されるおそれがあるとして難色を示していましたが、ロシアとウクライナ、それに仲介役のトルコと国連の合意に基づく、農産物の輸出に向けた動きが着実に進んでいることがうかがえます。

こうした中、トルコのエルドアン大統領が5日、ロシア南部のソチを訪れてプーチン大統領と会談する予定で、今後の穀物輸出についてどのような意見が交わされるのか注目されます。

一方、ロシア軍は、ウクライナ東部ドネツク州や南東部ザポリージャ州などでも攻撃を続けていて、これに対し、ウクライナ軍は南部を中心に反撃しています。

ウクライナ南部でも戦闘が続く中、安全に穀物輸出を継続できるのかが焦点となっています。【8月5日 NHK】
***********************

【ウクライナの穀物輸出再開とは関係なく、市場での投機筋の動きで穀物価格は下落傾向】

(シカゴ小麦先物価格動向)

こうしたウクライナから穀物輸出再開の話とは別に、穀物市場の方は投機筋の市場撤退で、すでに下落に転じています。

****投機筋が消えた穀物市場、価格下落に拍車****
小麦やトウモロコシ、大豆などの穀物市場では、ヘッジファンドや投機筋が値上がり益を手にして市場から姿を消したことで、価格下落に拍車が掛かっている。需給に照らして正当化される水準を下回っていると指摘するアナリストもいる。

今年に入りインフレや戦争に伴う供給問題が懸念材料に浮上すると、商品価格の上昇を見込んだ市場参加者が先物市場に資金を注ぎ込み、相場を押し上げていた。小麦と大豆は最高値をたびたび更新し、トウモロコシは史上最高値に迫っていたが、ここにきて状況は一変した。投機筋は利益を確定してインフレ取引を手じまい、リセッション(景気後退)に備えて穀物市場から撤退した。

穀物価格はほぼ1年前の水準まで下落している。当時は不作により歴史的に見れば高値圏にあったものの、ロシアのウクライナ侵攻という押し上げ要因はまだなかった。

原油や銅など幅広いコモディティ市場から投機筋が消えて価格が下落したことで、投資家の間ではインフレがピークに達したとの期待が高まった。だが、燃料や食料、衣料などの価格を左右する穀物市場ではトレーダーの出入りが激しい。

ピーク・トレーディング・リサーチのデーブ・ウィットコム氏は「穀物市場では、常にヘッジファンドが価格を左右する」とした上で、「ヘッジファンドの動きと価格の動きには最も高い相関性がある。ヘッジファンドが売れば、価格は下がる」と述べた。

2020年秋には、穀物価格の上昇に賭けるのがウォール街で人気の取引となった。ロックダウン(都市封鎖)を解除した国々で需要が伸び、食糧の輸入業者は在庫の補充を急ぐ一方、穀物は不作だった。それを見て、ヘッジファンドなど投機筋が殺到した。

ピーク・トレーディングが集計した米商品先物取引委員会(CFTC)のデータによると、21年初めまでに、13の農産品市場を合わせた投機筋の買い持ちポジションは契約枚数ベースで過去最大に膨らんでいた。

ロシアがウクライナに侵攻した2月下旬には買いが下火になっていたものの、侵攻を受けて穀物が再び買われた。価格上昇に合わせて投機筋のポジションは拡大し、3月には約570億ドルと、11年以上ぶりの高水準に達した。

小口投資家もこの熱狂に加わり、小麦先物ETF(上場投資信託)の「テウクリウム・ウィート・ファンド」は、あまりの人気ぶりに3月上旬には完売。規制当局はテウクリウムに追加売り出しを許可し、資産総額はウクライナ侵攻前の8620万ドルから5月には7億2300万ドルに膨れ上がった。その後は資金流出が流入を上回り、残高は3億2400万ドルまで減少した。

米連邦準備制度理事会(FRB)がインフレ抑制に向けて利上げに着手すると、先物市場では売りが優勢となった。輸入価格を押し上げるドル高と景気後退懸念を背景に、トレーダーは買い持ち解消に動いた。ピーク・トレーディングによると、7月下旬までに持ち高はほぼゼロになった。

ここ3カ月で、先物市場ではトウモロコシが24%、小麦は27%、大豆は14%それぞれ下落している。

ゴールドマン・サックスのアナリストはこうした価格下落について、現物のファンダメンタルズ(経済の基礎的条件)を反映していない、金融取引の手じまいによるものだと指摘する。

JPモルガンのアナリストは価格急落について、世界の農産品貿易における深刻な混乱を反映しておらず、23年になっても続くとみられる現物の供給リスクが低減されるわけではないと話す。足元の価格は生産コストを下回っており、供給問題を考慮すると、穀物価格には20~30%の上昇余地があるという。

供給リスクとは、ウクライナで続く戦争や、生育を左右する天候、世界的に低水準にとどまっている在庫などだ。

ウクライナは今週、ロシアによる侵攻後で初めて海路で穀物を輸出したが、黒海経由の安全な食糧輸送を約束した協定はほごにされる可能性がある。協定が守られたとしても、ウクライナに滞留している穀物の在庫解消には数カ月かかりそうだ。米農務省は、今収穫期のウクライナからの穀物・種子輸出量は前期の半分程度になると予想している。

一方、米国は記録的な猛暑と干ばつに見舞われ、作柄に深刻な影響が及んでいる。ゴールドマンのアナリストは3日のリポートで「トウモロコシ、大豆、春小麦の生育状況はここ6週間、ほぼ継続して悪化している」と指摘。米国の収穫量が2~3%減少し、トウモロコシと大豆は消費量に対する在庫量の割合が過去最低水準に落ち込むとの予測を示した。【8月6日 WSJ】
********************

ここ3か月の価格低下は投機筋の動きによるもので、根本的な供給不安が解消されたものではないので、再び上昇という局面はあるのかも。

いずれにしても、市場に左右される原油・穀物の価格動向は一般的なイメージとはまた異なる動きを見せているようです。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする