孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

台湾統一地方選  与党・国民党の「崩落」 政治参加する若い世代と「台湾人としてのアイデンティティ」 

2014-11-30 21:35:13 | 東アジア

(台北での柯文哲氏勝利を喜ぶ支持者 “”より By *dans https://www.flickr.com/photos/dans180/15724176897/in/photolist-pXuvYe-phBjFm-phABf5-pXae2P-qeAQ54-qeqveV-phB6vy-pXb4wx-pX2K9E-pXa3qD-qepuQv-pX3UNY-qewJcN-qeAtNx-pX8XS2-pXc59K-qeqAjp-pX1Tiq-qeA4GX-pX8SED-qezzXi-pXb2LZ-pX2NB9-phQHMe-qeqyTt-qcj1Go-pX9S6F-qci5WY-pXkLdA-qeRjZC-qeRjVj-qeRjUN-pXuw3c-qeqbHM-phHQ2H-pXjYvL-qeyD52-pX1JTG-pX8q9y-qeCDW4-qeqkA6-phHvy1-qetXKi)

【「崩落」・「落盤」】
台湾の2016年次期総統選の前哨戦と位置付けられる統一地方選が29日に行われました。

選挙前から与党・国民党の苦戦は予想されていましたが、実際、これまで国民党が地盤としてきた台北で野党が支持する新人無所属候補が国民党大物の二世候補を破るなど、「崩落」・「落盤」などとも形容される国民党の惨敗、野党・民進党の躍進という結果になりました。

****与党・国民党が大敗=台北市長は無所属新人―台湾地方選****
台湾の2016年次期総統選の前哨戦と位置付けられる統一地方選の投開票が29日行われ、与党・国民党が地盤の台北、台中で敗北した。

馬英九総統は同日夜、党本部で記者会見を開き、「皆さんを失望させて申し訳ない」と大敗を認め、江宜樺・行政院長(首相)は責任を取って辞任した。

人口の約7割を占める6直轄市のうち、最大野党・民進党が桃園、台中、高雄、台南の4都市を押さえた。民進党は次期総統選での政権奪還に向けて勢いがつきそうだ。一方、国民党が勝ったのは新北のみとなり、現有の4ポストから大幅に減らした。

事実上の首都である台北は民進党が支援した無所属新人の医師、柯文哲氏(55)が国民党の連勝文氏(44)を破り初当選を果たした。

無所属の台北市長は初めてとなる。中部の台中は民進党新人の林佳龍氏(50)が4選を目指した現職の胡志強氏(66)の当選を阻んだ。

直轄市を除く16県市の首長選でも国民党の当選は5ポストにとどまり、民進党の9ポストを下回った。国民党は、直轄市に次ぐ人口規模を持つ中部の彰化県や北部の基隆市、新竹市なども失った。

中央選挙委員会によると、全体の得票率は民進党が47・6%、国民党が40・7%、無所属が11・7%。投票率は67・6%だった。【11月30日 時事】 
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台湾の首都はどこ?】
台湾、「中華民国」の中国・大陸との関係での微妙な立ち位置は今さらのことではありますが、“事実上の首都である台北”という表現にもそのあたりの事情があらわれています。

台湾の首都は台北に決まっているじゃないか・・・とも思うのですが、「中華民国憲法は首都を南京に定めている」という話もあって、つい1年前の国会で「首都はどこなのか?」という議論がなされています。

****中華民国の「首都は台北」 内相が認識表明/台湾****
内政部の李鴻源部長はきょう、中華民国の首都は台北だとの考えを示した。台湾では教育部の公文書に「中華民国憲法に基づき、わが国の首都は南京」だとする記載があったことから一部で波紋が広がっていた。

これは立法院内政委員会で国民党の立法委員(国会議員)の「首都はどこか」とする質問に対して回答したもので、李部長(=写真)は中華民国憲法では首都の位置が規定されておらず、中央政府の所在地が首都だとし、現在の中央政府所在地は台北であることから首都は台北だとの認識を明らかにした。

中華民国の首都をめぐっては、教育部が今月2日、小中学校の地理・歴史教育で使用する地図や地球儀などの教材で、台湾と中国大陸の色の表示、首都などを表す記号は教科書と一致させるのが望ましいとして、国公立学校などに通達した際、公文書に「首都の表示に関し、中華民国憲法に基づき、わが国の首都は南京とする」と書かれていたことからインターネット上を中心に議論が起こっていた。

教育部の幹部職員は3日、1946年の中華民国憲法制定前にあった「訓政時期約法」には首都を南京とする記載があったと釈明したが、憲法自体にはその規定がされていないと認めた上で、1997年に教育部が打ち出した地理教科書編集審査の規則では首都の記号は台北に置き、「中央政府所在地」と明記するとしており、これについては公文書上にも書かれていたが、「南京」の説明部分が簡略化され過ぎていたとして陳謝した。

また、李部長は1949年12月に中央政府を台湾に移転した際、場所を台北とする命令が出ていたと発言の根拠を強調している。【2013年12月4日 フォーカス台湾】
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中国共産党政権と台湾国民党政権が両国(両岸)関係の基本枠組みとする「ひとつの中国」という虚構がもたらす混乱のひとつです。

【「台湾全土が変わり始めた」】
台湾が建国以来引きずる過去のしがらみではありますが、今回選挙では「台湾の政治文化を変えよう」という若い世代を中心とする新しいうねりも現れています。

****台湾は変わる」歓声 統一選 若い世代の思い、うねりに****
■二大政党の構図に風穴
今回の選挙で吹いた風を象徴するのは、東京都知事選に相当する大規模選挙の台北市長選だ。台北は国民党が政権党として公務員、軍人、教員らの強固なネットワークを築き、圧倒的優位を保ってきた。組織に頼らない無所属候補が24万票の大差をつけて当選した衝撃は大きい。民選移行後、無所属候補が当選するのは初めてだ。

「台北から台湾の政治文化を変えよう」と訴えた柯氏を後押ししたのは、「公民」と言われる人たちだ。馬政権への不満が高まる一方、民進党も政権時代の失敗で失望を招き、政党不信が高まった。

こうした中で有権者として実際の行動で政権に不満をつきつけようという動きが強まり、3月には学生らが立法院(国会)を占拠する「ひまわり学生運動」が発生。これが無党派の若い世代を中心に政治への関心が高まるきっかけとなった。

台湾では、中国大陸で共産党との内戦に敗れた国民党政権が長く一党独裁体制を敷いた。国民党は民主化の動きを弾圧したが、1986年に民進党が結成。90年代以降に民主化が本格化し、2000年には民進党への初の政権交代が実現した。

08年に国民党が政権を奪還し、二大政党が激突する構図が続いたが、無党派層が原動力になって政党を上回る勢いを見せたことで、新たな政治文化につながる可能性もある。

「選挙結果は、台湾の民主的価値と進歩を求める台北市民の決意を示した」。柯氏は支持者の前に姿を見せると誇らしげに語った。「(立法院を占拠した)ひまわり学生運動などの『公民運動』が台湾の新しい政治をもたらした」などと述べ、大きな拍手が起きた。

銀行員の男性(55)は「食品安全問題や腐敗問題で馬英九(マーインチウ)総統や国民党は我々の期待を裏切った。台湾全土が変わり始めた」と語った。学生運動などがきっかけとなり、投票によって不満を表明する人が増えたと見る。

有権者を駆り立てたのは、台湾社会の行き詰まり感だ。給料は上がらず格差が広がる一方、富裕層による投資で不動産は高騰。台北では一般的な家庭が15年分の給料をつぎ込まなければ家を買えないとされる。特に若い世代には大きな圧力がのしかかっていた。

一方、対立候補の連勝文(リエンションウェン)氏(44)は、「子どもたちの声を聞こう」と柯陣営が親の世代に呼びかけると、逆に「父母の話を聞いて投票を」と訴える広告をメディアで展開した。国民党は無党派層の動きを完全に読み誤った形だ。

台湾全体では大きな追い風を受けた民進党だが、政党とは距離を置く公民運動の参加者も多い。民進党としては今後、こうした声の受け皿になれるかどうかが問われそうだ。

中国政府の対台湾政策を担当する台湾事務弁公室は29日、「選挙結果に注目している。両岸の同胞が両岸関係の得がたい成果を大切にすることを望む」との報道官談話を発表した。【11月30日 朝日より】
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台湾では1990年代以降に民主化が進み、自由や民主主義が教育で多く取り上げられるようになりました。
今回選挙で活発に動いていたはそうした教育を受けた世代です。

台北の柯氏支持の運動だけでなく、“町内会長に当たり、地域の「顔役」がつくことが多い村・里長選に、若い世代の立候補が目立つのだ。立法院(国会)占拠の学生運動に刺激され、政治を変えようと動き出した。”【11月24日 朝日】というように、政治全般において若い世代の覚醒・参加が始まっています。

台湾人としてのアイデンティティを理解できていない国民党
こうした若い世代を含めて、台湾では「台湾人としてのアイデンティティ」が強くなっています。

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・・・・いまや、世界のどの国も、中国と武力衝突や深刻な対立を引き起こすことは望まないようになっている。

台湾の独立を強く訴えた陳水扁・前総統は、アメリカから「トラブルメーカー」と見なされ、馬英九はその教訓から「三不政策(中国と統一しない、独立しない、武力行使しない)」を掲げるようになり、台湾が独立する可能性は極めて小さくなった。そして台湾経済はますます中国に依存するようになっている。

しかし、台湾の人々の考え方は、中国側が望むように変化していない。

台湾の世論調査によれば、台湾の地位について、(1)独立すべきか、(2)中国と統一すべきか、(3)現状維持すべきか、という質問に対する回答は、この十年間であまり変化しておらず、現状維持と答える人が相変わらず8割以上を占めている。

しかし、アイデンティティに関する質問で、(1)台湾人か、(2)中国人か、(3)その両方なのか、に対する答えは、この十年で大きな変化が生じた。2000年代半ばには、(1)と(3)がほぼ同数でともに4割強であったのが、今では台湾人と答える人が60.4%、両方と答える人は32.7%、中国人と答える人はわずかに3.5%にすぎない。

また、現状維持すべきという回答の中身についても、よく見ると「現状維持をしながらいずれ独立を目指す」という答えが漸増している。中国との経済関係は深化したが、台湾人としてのアイデンティティはむしろ強化されている。(後略)【11月21日 前田宏子氏 WEDGE】
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こうした若い世代の政治意識、強まる「台湾人としてのアイデンティティ」と完全にずれていたのが国民党重鎮の言動でした。

****古過ぎ国民党、自滅への道****
・・・・実際、この1週間ほどの間に、台湾の若い知識人からは、国民党陣営の最近の発言を聴いていると1940年代後半に逆戻りしたような感じがするという発言が相次いでいる。

当時、国共内戦で毛沢東率いる中国共産党に敗れて台湾に逃れた国民党は、元から現地に住んでいた台湾人に対する弾圧、いわゆる「白色テロ」を繰り返していた。

国民党に長年関わってきた3人の大物がこの1週間、苦戦する連の応援に駆けずり回っている。1人目は、行政院長や国防部部長などを歴任した祁柏村(95、現台北市長・祁龍斌の父でもある。2人目は連勝文の父である連戦(78)、3人目は母親である連方璃(71)だ。

長老3人(と連陣営の一部)の発言で一香気になるのは無神経さと対決的な姿勢だ。
台北の市政に民族的な対立など無関係なのに、その発言は北京あたりで聞かれる論調とよく似ていて、反目感情が強調され、その裏返しとして大漢民族主義がむき出しになっている。

彼らによれば柯は漢民族に対する「裏切り者」であり、「中華民国の首都」を統治する資格はないそうだ。
例えば、連戦に至っては何の先祖まで引き合いに出し、1895年から1945年までの日本統治下で、柯の祖父は日本の植民地統治の協力者だったと非難した(これは事実無根だ)。

もっとひどいのは祁柏村で、日本の統治下で優遇された人たちすべてに非難の矛先を向けた。柯を支持する人たちは日本の統治時代に洗脳されたやからの末裔だとし、元総統の李登輝もそのI人だと決め付けた。連戦や祁柏村を政府の要職に就けたのは李だったのだが。

無神経な発言には驚くしかない。台湾は日清戦争に日本が勝った1895年、下関条約によって当時の清国から「割譲」された。住民に選択の余地はなかったが、その後半世紀間の台湾は、日本の近代的な植民地となった。

もちろん植民地支配に抗して戦い、命を落とした人もいる。体制に順応して富を築いた人もいる。だが大多数の住民は、支配者が誰であろうと生きるのに必死だった。日本統治時代に、台湾入が自らのアイデンティティーを確立していったことも事実なのだ。

「悪い教育で若者は騒ぐ」
日本が第二次大戦で敗れた結果、台湾は「返還」された。新たな支配者となった国民党が財産没収や弾圧、虐殺と強引な「漢民族化」の圧政を何十年も続けたため、多くの台湾入は口本の植民地時代をほろ苦い気持ちで懐かしんだ。

47年には国民党軍兵士が台湾入を大量虐殺した2・28事件が起こり、その後の「白色テロ」によってほぼ1世代の知識層が消滅した。先住の台湾入が抱いていたであろう「自分たちは漢民族と対等だ」という幻想は打ち砕かれ、逆に「台湾族は漢民族とは違う」という対抗意識が強まることになった。

ただ国民党政権は、台湾入も漢民族の国・中国の一員であり、再教育が必要なだけだという扱いを変えなかった。

祁や連戦の発言は、台湾独自のアイデンティティーが維持され、花開き、独自性の深化と異質なものの吸収が共存していた1世紀余りの歴史を完全に無視したものだ。

はっきり言えば、土着と日本と中国の要素をすべて混ぜ合わせた「るつぼ」。それが台湾社会なのだ。 
柯とその支持者(台湾政界の「第三勢力」と呼べるかもしれない)は漢民族であることを否定する日本統治時代の名残・・・国民党陣営はそう決め付けるが、それは的外れでしかない。

いまだに日本の統治時代にある種の郷愁の念を抱く人がいるのは事実(国民党の恐怖政治が拍車を掛けた)だが、当時に戻りたいと考える台湾人などいない。

柯陣営を「日本人呼ばわり」して攻撃する那や連戦夫妻は台湾人の発言を封じ、自らの未来を決める権利を持つ人々を軽視している。

非難の矛先は、圧倒的に何を支持する若者が陳水扁率いる民進党政権(00~08年)で受けた8年間にわたる「不適切な」教育にも向けられた。

連戦は根本的な対立を避けるとする儒教の教えにのっとった漢民族としての教育を受けていないと非難。台湾独立を綱領に掲げた同政権下の教育システムのせいで、学生は年長者を敬わなくなったと嘆く。(後略)【12月2日号 Newsweek日本版】
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中国・民進党ともに新たな関係模索が必要
逆に言えば、連戦氏など国民党重鎮の発言は中国共産党の発言とも重なるものが多く、彼らの間の話が非常にスムーズであったろうことが想像できます。

ただ、中国共産党も、馬英九・国民党政権の不人気は承知ですし、サービス貿易協定締結に対する台湾側の反発について習近平総書記が「国民党は事実と異なるメッセージを送ってきていた」と述べたように、国民党だけに頼ることはできないという認識もあります。

****国民党・馬英九凋落で民進党にも擦り寄る中国****
中国にとっては、言うまでもなく、16年の総統選でも、大陸との関係を重視する国民党から指導者が選出されることが望ましい。

しかし昨今の台湾内部における馬政権に対する支持率低迷を鑑みれば、16年の総統選・立法院選で政権交代が起こる可能性は無視できない。

中国は、以前は独立を掲げる民進党との交流を拒絶してきたが、最近では、民進党との関係構築に布石を打っている。

人気も高く、民進党の若手ホープである頼清徳・台南市長を大陸に招いたり、また張志軍が6月に訪台した際には、大陸への反発が強い南部にも赴き、民進党の実力者である陳菊・高雄市長とも会談を行った。

ただし、民進党が独立を目指す党綱領を掲げている限り、党対党の交流は行わないという方針は変えていない。

民進党が政権をとった場合に備え、民進党との間でも一定の意思疎通を図るべきだという考えがある一方、民進党に対し融和策をとりすぎると「民進党が政権をとっても、中台関係にさして悪影響はない」と台湾民衆が考えるようになってしまう危険がある。

あくまで国民党が政権をとることを望む中国にとって、民進党を無視はできないが、本格的な関係構築に乗り出すことは当面ないと予想される。【11月21日 前田宏子氏 WEDGE】
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政権獲得が近づいた民進党も中国との関係をどうするのか・・・という基本問題を整理する必要があります。
経済的には中国なしに台湾が立ち行かないのは、もはや動かしがたい事実です。

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11月末の統一地方選では、国民党が席を減らすことになるだろう。結果として民進党は有利になるだろうが、その政策が支持されているというわけではない。

08年の総統選で、民進党候補の蔡英文氏が敗北した原因の一つは、対中政策の曖昧さにあった。台湾の人々は、中国との統一は望んでいないが、中国との関係をこじらせ、国際的に孤立したり経済的なダメージを受けたりすることは望んでいない。

民進党内部には、中国との関係構築を目指すべきだという声と、あくまで独立の旗を掲げ続けるべきだという声が存在し、まだ党としての方針が決まっていない。

民進党にとっても、執政党として政権を預けられるという信頼を民衆から得るためには、乗り越えなければならない課題は多い。【同上】
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政治的に台湾を手放せない中国と、経済的に中国との関係を重視せざるを得ない台湾の間で、関係構築が模索されます。

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ナイジェリア  「ボコ・ハラム」による連日の大規模テロ 少女を使った自爆テロも多発

2014-11-29 22:34:31 | アフリカ

(「ボコ・ハラム」戦闘員 “flickr”より By Omo Oodua https://www.flickr.com/photos/126879764@N05/15814571905/in/photolist-q8YbyA-qbPavy-q6tPfR-qemACT-pWwzBD-pQby3H-pUJh2s-q8v1Dj-pUjDtd-peFZVH-p9XVEN-pcp7TM-q5GN7K-pUL9mc-pP39hR-q7UGz7-q7H4AP-pawaK6-pQHyhQ-pWxpU1-p9UFAS-pNb57r-pW1dZX)

従来のゲリラ活動から、町などの領域を支配する形へと戦術を変化
西アフリカの地域大国ナイジェリアの人口は2050年にはアメリカを抜いて世界第3位になると予測されています。また、同国は原油産出国で経済成長も著しく、国内総生産(GDP)はすでに南アフリカを上回りアフリカ最大になったと発表されています。

しかし、何回も取り上げてきたように、イスラム過激派「ボコ・ハラム」の拉致・殺戮などの暴力が一向に止みません。

もともとナイジェリアは、北部のイスラム教徒と南部のキリスト教徒との間で宗教的には不安定な状態にあり、衝突もたびたびありましたが、イスラム過激派「ボコ・ハラム」の拡大の背景には、莫大な石油収入を抱えながらもその恩恵を一般国民に還元できず、経済成長の枠外に取り残された広範な貧困が存在することがあると見られています。

「ボコ・ハラム」は、欧米の教育や価値観を否定し、ナイジェリア全土へのシャリア(イスラム法)導入を要求するイスラム過激派で、その組織名は現地の言葉で「西洋の教育は罪」を意味し、西洋教育の象徴として学校への襲撃を繰り返しています。

今年4月に北東部ボルノ州チボクの学校宿泊施設が襲撃されて200名以上の女子生徒が連れ去られ、事件後、「彼女たちは奴隷だ。奴隷を売る市場で彼女らを売る」とのメッセージが公表された事件は全世界に衝撃を与えました。

9月には、シリア・イラクで勢力を拡大し、「カリフ国家」樹立を宣言したイスラム過激派「イスラム国」の影響を受けて、「イスラム国」と同様に、町などの領域を支配する形へと戦術を転換させたことを発表しています。

****ナイジェリア・イスラム過激派組織「ボコ・ハラム」が戦術転換****
西アフリカ・ナイジェリアのイスラム過激派組織ボコ・ハラムが、政府機関などへのテロを中心とした従来のゲリラ活動から、町などの領域を支配する形へと戦術を変化させている。

イラク・シリアで広い地域を掌握し一方的に「カリフ国家」樹立を宣言したスンニ派過激組織「イスラム国」の影響を受けたものとみられ、過激派組織にこうした活動形態が広まる恐れもある。

「この町は(全イスラム教徒を治める)カリフ国の一部となった」。ナイジェリアからの報道によると、ボコ・ハラム指導者のシェカウ容疑者は8月下旬、ナイジェリア北東部ボルノ州の町グウォザを制圧した際の声明でこう語った。

ボコ・ハラムはこれまで、カメルーン国境沿いにある北東部の山岳や森林地帯を拠点とし、政府機関や教育機関への襲撃や近隣の町などでの金品強奪、自爆テロといった活動を展開してきた。

今年4月には、同州の学校から女子学生ら200人以上を誘拐しているが、その際も襲撃後は現場から立ち去っている。

しかし、7月以降は襲撃地にそのままとどまるケースが目立つようになり、現在までに10カ所以上の町や村を支配下に置いた。

こうした変化は、イスラム国が6月にイラク北部モスルを制圧して「カリフ国家」樹立を宣言し、中東内外のジハード(聖戦)主義者を吸収して勢力を急拡大させた時期に重なる。シェカウ容疑者が、イスラム国の“成功例”を模倣した可能性は高い。

ただ、同容疑者が「カリフ国」に言及した声明が、イスラム国への従属を意味するのか、自身をカリフとした別の国家を意味するのかは、はっきりしない。

シェカウ容疑者はこれまで、北アフリカやソマリアの国際テロ組織アルカーイダ系勢力と協力関係を築きつつも、アルカーイダの傘下には入らずに活動してきただけに、専門家の間では「対等の立場でイスラム国と張り合うのが狙いだ」との見方が強い。(後略)【9月15日 産経】
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「イスラム国」と「ボコ・ハラム」の差異等については、以下のようにも指摘されています。

****イスラム国」との共通性と違い****
中東やアフリカの大部分の国境線は、19世紀のヨーロッパ列強による植民地争奪の遺産です。ボコ・ハラムとISは既存の国境線を否定し、イスラムのスンニ派を中心とするカリフ制国家の樹立を宣言した点で共通します。

さらに、スンニ派以外の宗派は基本的に認められず、従わない場合には殺害さえされることや支配地域の女性を戦利品として扱う非人道性、さらにその活動をインターネットなどで外部に宣伝していることも、ほぼ同じです。

その一方で、両者には違いもあります。なかでも最大の違いは、アル・カイダとの関係です。

アブバクル・バグダディ容疑者率いるISは、もともとアル・カイダの一派でしたが、イスラム国家の樹立より「グローバル・ジハード(聖戦)」を優先する指導者アイマン・ザワヒリとの路線の違いから、これと決別した経緯があります。

これに対してボコ・ハラムは、2002年の設立段階では国際テロ組織とほとんど関係ありませんでしたが、ナイジェリア政府との衝突を繰り返すなか、2012年頃からアルジェリアを根拠地とする「イスラム・マグレブのアル・カイダ」などのアル・カイダ系組織から軍事援助を受け始めました。

ボコ・ハラムの資金源は誘拐の身代金、人身売買を含む密輸、ナイジェリアの一部の政治家からの「献金」がほとんどで、イラクやシリアの油田地帯を確保しているISほど、財政的に豊かでないとみられます。
そのため、少なくとも現段階において、アル・カイダ本流との友好関係は、ボコ・ハラムにとって生命線です。

シュカウ容疑者はISへの支持を表明しましたが、ISに従うとは述べていません。むしろ、ボコ・ハラムはISとアル・カイダ本流を天秤にかけているといえるでしょう。【11月15日 六辻彰二氏 THe PAGE】
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幻の停戦合意
10月には、ナイジェリア政府は17日、「ボコ・ハラム」との停戦に合意したと発表しました。
この停戦合意によって、拉致された女子生徒が解放されるのでは・・・との期待もありましたが、当初から情報は錯綜し、結局「ボコ・ハラム」側が停戦合意を否定する形となっています。

****ボコ・ハラム、「女子生徒は全員結婚した」 政府との停戦も否定****
イスラム過激派組織「ボコ・ハラム」は新たなビデオメッセージを公開し、今年4月14日にナイジェリア北東部ボルノ州チボク地区で拉致し、現在も解放していない女子生徒219人全員をイスラム教に改宗させた上で結婚させたと明らかにした。女子生徒たちは現在「嫁ぎ先の家にいる」という。

動画の中でボコ・ハラムの指導者アブバカル・シェカウ容疑者は、ナイジェリア政府がボコ・ハラムとの間で停戦と女子生徒を解放することで合意したと先月17日に発表したことについて、そのような事実はないと完全に否定した。

先月17日以降もボコ・ハラムの攻撃は続いているため、ナイジェリア政府の発表が事実なのか疑問視する見方が出ていたが、その疑念が確認される形になった。(後略)【11月2日 AFP】
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10月段階の政府による停戦合意発表は一体何だったのか・・・、次期大統領選挙を控えたジョナサン大統領側が成果を焦ったのでしょうか。
政府発表後、「ボコ・ハラム」も直ちには否定していませんので(戦闘は続いていましたが)、何らかの交渉はあったのでしょうが・・・・。

ナイジェリア政府には、6月に首都アブジャと最大都市ラゴスで相次いだ爆破テロ事件を、当初当局が「調理用ガスボンベの爆発」と発表するという虚偽発表・隠蔽の前科もあります。

“ナイジェリア軍の参謀長は10月9日の記者会見で、政府の保身や体面が軍の活動を妨げていると非難したうえで、「ボコ・ハラムはISと同じくらい危険」と述べ、米国などによる軍事行動がイラクとシリアに集中していることにも不満を表明しました。”【11月15日 六辻彰二氏 THe PAGE】

11月に入っても、「ボコ・ハラム」の支配地域拡大の動きが続いています。
11月13日、4月に女子生徒拉致事件が起きたチボクを含む、少なくとも3つの町を「ボコ・ハラム」が武力制圧したことが報じられましたが、ナイジェリア当局は16日、チボクを奪還したと発表しています。

「ボコ・ハラム」支配下の町村では、泥棒の腕を切り落とすなど、イスラム法(シャリーア)が厳格に適用されていると報じられています。

連日の大規模テロ
政府・軍は非常事態宣言を延長して対応にあたっています。
ただ、居場所が特的できないテロ攻撃ではなく、支配地域を明確にした形なのに、どうして「ボコ・ハラム」を制圧できのか?・・・という素朴な疑問は感じます。

資金的に貧しい国ならともかく、ナイジェリア軍は、莫大な石油収入によって装備されているのではないのでしょうか?
中国からステルス型巡視船2隻がナイジェリア海軍に提供されるという話もあるようですが、海軍増強よりは「ボコ・ハラム」対策が先だろう・・・という感があります。

****北東部の非常事態宣言延長へ=過激派のテロ収まらず―ナイジェリア****
ナイジェリアのアドケ法相は17日、イスラム過激派「ボコ・ハラム」によるテロ多発を受けて北東部3州に出した非常事態宣言について、さらに半年間延長する方針を明らかにした。議会に支持を要請する。AFP通信などが報じた。

政府は昨年5月、ボルノ州など北東部3州に非常事態宣言を出し、軍を増派するなど治安強化を図った。しかし、ボルノ州では今年4月、ボコ・ハラムが女生徒200人超を拉致する事件が発生。最近も爆弾テロが相次ぎ、多数の死者が出ている。【11月18日 時事】
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しかし、ここ数日だけでも、大規模テロ事件が連続しています。

****ボコ・ハラムが鮮魚商48人を殺害、ナイジェリア****
チャドとの国境に近いナイジェリア北東部ボルノ州で、イスラム過激派組織「ボコ・ハラム」の戦闘員らが48人の鮮魚商を殺害した。水産物協会が23日、AFPに明らかにした。(後略)【11月23日 AFP】
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****市場で爆発、45人死亡=過激派の自爆テロか―ナイジェリア****
ナイジェリア北東部ボルノ州の州都マイドゥグリにある市場で25日、2件の爆発が起き、保健当局者らによると45人以上が死亡した。自爆テロとみられる。AFP通信が報じた。(後略)【11月26日 時事】
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****ナイジェリアのモスク襲撃、死者120人に ボコ・ハラムか****
ナイジェリア・カノ(CNN) アフリカ西部、ナイジェリア北部の最大都市カノにあるモスク(イスラム教礼拝所)で28日発生した自爆テロ2件と銃乱射事件で救急当局者は同日、死者は少なくとも120人、負傷者は270人に増えたと報告した。

一部の負傷者は重体に陥っており、犠牲者がさらに増える可能性がある。また、金曜礼拝のため多くの信者が集まっていたモスク外で3個目の爆弾が爆発したことも判明した。

犯行声明は出ていないが、ナイジェリア北部などを拠点にするイスラム過激派「ボコ・ハラム」の仕業との見方が強まっている。

ナイジェリアで多大な影響力を持つ指導者の1人であるカノ首長のサヌシ師は2週間前、今回の事件が起きたモスクでボコ・ハラムに対する自衛戦を宣言、住民らに武器調達などを促していた。28日の事件はこの呼び掛けに対するボコ・ハラムの報復の可能性がある。サヌシ師はモスク内にいなかったという。

ナイジェリア国家警察の報道担当者などによると、2人の自爆犯が短い間隔で爆弾を相次いでさく裂させ、別の少なくとも3人の男が車で乗り込んできて、逃げようとする信者に銃を乱射した。この犯行に怒った群衆が3人を追い掛けて捕まえ、殺害したという。

カノ市は、イスラム法に基づく国家樹立を目指すボコ・ハラムが武装闘争を活発化させる地域の1つ。2012年1月20日には集まっていた治安要員を爆弾や銃で攻撃、少なくとも185人を殺害し、多数を負傷させていた。【11月29日 CNN】
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少女による自爆テロ
まさに、“連日”の大規模テロです。
しかも、11月25日に起きたマイドゥグリでの自爆テロには若い女性が使われており、拉致された女性を戦闘員・自爆テロ実行犯に使っているのでは・・・とも指摘されています。

****<ナイジェリア>ボコ・ハラムか 相次ぐ女の自爆テロ****  
 ◇25日にマイドゥグリで10代女2人が実行犯
西アフリカ・ナイジェリアで女の自爆テロが相次いでいる。10代の少女が実行犯になるケースも多く、北部でテロを続けるイスラム過激派ボコ・ハラムの犯行とみられている。

警戒されにくい女性を「武器」にテロを活発化させ、社会に衝撃を与えるのが狙いのようだ。政府側に治安改善の決め手がない中、女の自爆テロの多発は国内の混乱に追い打ちをかけそうだ。

ナイジェリア北東部の中心都市マイドゥグリの市場で25日、2人の女が実行犯とみられる自爆テロが発生した。AP通信によると、少なくとも30人が死亡。2人は保守的な女性イスラム教徒に特有の頭から体全体を覆う服装の10代の少女だった。

ロイター通信などによると1人目の女が自爆した後、けが人救出などのために現場に人が集まったところ、2人目が自爆し被害が拡大したらしい。

ボコ・ハラムは2009年に政府機関やキリスト教会、教育機関などを標的にテロ攻撃を開始。当初は銃や爆弾を多用してきたが、今年6月に北部ゴンベ州の政府軍兵舎前で爆発物を身に着けた女を自爆させた。

7月下旬には北部の中心都市カノで4回の自爆テロが相次いだが、実行犯はいずれも10代の少女だったと報じられた。

国際テロ組織に詳しいシンクタンク「安全保障研究所」(南アフリカ)のマーティン・エウィ上級研究員は毎日新聞の取材に対し、ボコ・ハラムが少女を意図的に自爆テロの実行犯に選んでいるとみる。「テロ犯として少女が最も疑われにくく、注意をひかない。政治家などの標的に近づくのも簡単だ」と指摘する。

ボコ・ハラムは今年4月、北東部チボクの女子高から少女約270人を拉致した。エウィ氏は「少女による自爆テロは、拉致した少女を自爆テロに使うかもしれないというボコ・ハラムのメッセージでもある。ボコ・ハラムは少女を使ってナイジェリア社会、市民に大きな衝撃を与えようとしている」と分析している。【11月26日 毎日】
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自爆犯が拉致されて強制的に攻撃に参加させられた女性たちなのか、それとも志願した女性なのか・・・は分かりません。

国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウオッチ(HRW)が、「ボコ・ハラム」の拘束を脱出した元人質の女性と少女30人に2013年4月~今年4月に聞き取りを行い、身体的・心理的虐待に関する証言をまとめています。

“この女性は、別の襲撃の際にボコ・ハラムが捉えた自警団メンバーの一般市民5人をナイフで処刑するよう命じられたとも語った。恐ろしくて震えていると、代わりに宿営地のリーダーの妻が殺したという。”

“一部の女性や少女は「美しいとの理由で特別な扱い」を受けており、チボクの学校から拉致された女子生徒の一部は、そうした選ばれた女性たちの身の回りの世話をさせられていたという。”

“聞き取りに応じた女性たちからは、レイプや身体的暴力の証言もあがった。首の回りに絞首刑に使う縄をはめられ、イスラム教に改宗しなければ殺すと脅された女性もいた。”

“15歳の少女はボコ・ハラムの戦闘員との「結婚」を強いられ、自分はまだ結婚には早すぎると拒もうとしたところ、ボコ・ハラムの司令官の1人から「自分の娘は5歳だが去年結婚した」と言われ一蹴されたと証言した。”【10月27日 AFP】

なんともやりきれない話です。
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アメリカから“見知らぬ国”メキシコに強制退去処分となった不法移民の状況

2014-11-28 21:15:00 | ラテンアメリカ

(メキシコ・ティファナの街角で “flickr”より By Daniel H. Flores https://www.flickr.com/photos/dhflores/14799960340/in/photolist-8Ko8SZ-5ieNdm-dLx9P5-8KxvW4-oxQpin-diNW4X-7Bs9xQ-3e5QTD-5jzgxD-4TQn3n-4WstGx-4rz8vn-oxPEA1-oxPLUH-oxPXxC-oxQgy5-eDozCK-eDozCT-kRkzha-eDoz8k-eDoz5a-8NXNGF-JgzGE-oxPyK2-eDozDk-oQ3zzt-oQhVGL-oxPJtF-oxQ8sq-7TmJF4-2Vcjx2-jJX6je-jJX6mi-bkGdZc-5jncJY-62PoBz-35MZJW-7mLwJu-Gp33n-7WiWW7-5hASpS-jLt5cZ-jLt6dr-brRGdJ-brRG8G-aJizk8-iVmRA-3vG35c-ctC35-GxwUP/)

オバマ大統領の決断を中南米国は高く評価
アメリカ・オバマ大統領が共和党下院の反対でたなざらし状態になっていた移民制度改正について大統領令で実施することにした件については、11月21日ブログ「アメリカ・オバマ大統領 移民制度改革を大統領令で強行 批判を強める共和党 深まる対立」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20141121)でも取り上げました。

上下両院で野党・共和党が過半数を占める結果となった中間選挙を受けて、これ以上共和党と協議しても前進は見込めないと業を煮やしたオバマ大統領が強硬手段で突破をはかった形となっています。

オバマ大統領としては、これ以上時間をかけることは、進展しない事態にすでに失望感を強めているヒスパニック住民の支持を失うことにもなりますし、共和党の反対で何もできないという政治的にレームダックと化してしまう・・・という気持ちもあるのでしょう。

また、アメリカ経済が不法移民の労働力に依存しているという現実を踏まえ、現在の不法移民の置かれている状況を座視できないという想いもあるでしょう。

オバマ大統領は、メキシコのペニャニエト大統領にも協力を求めています。

****移民問題への取り組み確認=米墨大統領****
オバマ米大統領は26日、メキシコのペニャニエト大統領と電話会談し、不法移民を含む域内問題の解決に取り組むことを確認した。ホワイトハウスが発表した。

オバマ氏は電話会談で、20日に表明した米国の移民制度改革を目指す大統領権限などについて説明。両大統領はハイレベル経済対話の継続の重要性についても話し合ったほか、組織犯罪への対応や治安・司法の改革を進めることで一致した。【11月27日 時事】
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不法移民の大多数を占め中南米諸国は、メキシコを含めて、今回のオバマ大統領の決断を強く支持しています。

****米移民改革、中米から喜びの声=メキシコ大統領「正義の決断****
オバマ米大統領が500万人前後の不法移民を強制送還の対象から外すと表明したことを受け、隣国メキシコのペニャニエト大統領は21日、「多くの移民が米国の発展に貢献していると認めた正義の決断だ」と称賛した。

米国には1100万人超の不法移民がいるとされる。半数近くがメキシコや、1970年代に始まった内戦中に米国に逃れた中米諸国からの移民とみられ、母国への送金は残された家族の生活や経済の一部を支えている。

グアテマラのペレス大統領は20日夜、「オバマ大統領に感謝したい」と表明した。このほか「移民問題の解決に向けた大きな一歩だ」(ホンジュラス政府)、「多くの同胞の救済につながる」(エルサルバドル外相)との声も相次いだ。【11月22日 時事】 
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強制退去者:メキシコ人であることを証明する書類もなく、仕事を見つけるのはほぼ不可能に近い
従来、不法移民の最大供給国であった隣国メキシコについて言えば、近年はメキシコの経済成長もあって、メキシコからアメリカに向かう流れよりも、アメリカからメキシコに戻る人々の方が多いような状況となっていると言われています。

その一方で、クローズアップされているのは、グアテマラ、ホンジュラスやエルサルバドルといった国からの未成年者の不法移民の急増です。

ただ、そうは言っても、アメリカに現存する1100万人以上とも言われる不法移民の相当部分をメキシコからの人々が占めているのは間違いないでしょう。

アメリカ・オバマ政権は過去5年間で、記録的な数の不法滞在者を国外へ強制退去させています。
そのうち、メキシコへ送還された数は年間およそ25万~30万人に上ります。

メキシコには15カ所の国境検問所がりますが、強制退去者のうち3分の1がバハカリフォルニアへ送られ、その半分ほどの1日100~300人がアメリカ国境の街ティファナへやってくるそうです。

今回オバマ大統領は、400万人以上の不法滞在者へ救済措置を与える計画を発表した訳ですが、既にティファナへ追放されてしまった多くの移民にとっては、その決定は遅すぎるものだったと言えます。

アメリカ国内での不法移民の状況などについては時折レポートを目にしますが、強制送還された移民がその後どうなるのか?という話については、あまり目にしたことがありませんでした。

アメリカのTVドラマには、必ずといっていいほど不法移民の存在があります。強制退去を恐れて毎日を暮らす人々、突然の摘発で家族から切り離される人々・・・ただ、強制退去後にどうなるのか?という話はあまり観ません。

下記記事は、そうした強制退去処分となったメキシコ人に関するもので、非常に興味深く思えましたので、やや長い記事ですが、引用紹介します。

一言で言えば、それまでの人生で築いてきたものすべてをアメリカに残し、20~30年ぶりに“故国”へ送り返されても、メキシコでは生活のつてが何もなく、メキシコ人であることを証明する書類すらないという状況で“見知らぬ国”に放り出される・・・・ということのようです。

****強制退去で行き場を失うメキシコ人****
オバマ大統領は、強制退去者の数を低減させる目的で大統領権限を発動したが、国境の町に住む多くの帰国者にとって、その決定は遅すぎるものだった。

(中略)アントニオ・ゴメス氏は子どもの頃に祖国を逃げ出して以来、実に34年ぶりにメキシコへ足を踏み入れた。

「頭がくらくらするような気分だ」。後にゴメス氏は、山がちなティファナの丘の頂上に建つカトリック教会系のホームレスシェルター「カサ・デル・ミグランテ」でそう語った。「まさか、自分にこんなことが起こるなんて」。

ゴメス氏がたった1人で国境を違法に越えたのは1980年、9歳の時だった。12歳の時には、高架下で寝泊りもした。その後数十年の間苦労を重ねてきたが、43歳になった頃には夫となり父親となり、小さな建設会社の共同経営者となっていた。

昨年のある土曜日、カリフォルニア州オンタリオにあるアパートで家族と一緒にテレビを見ていると、アメリカ移民関税執行局(ICE)の職員がやってきた。職員は別の男性を探していたのだが、かわりにゴメス氏が連行されてしまった。

いくつかの法廷審問を重ねた結果、1年後に移民局職員はゴメス氏と他の20人の不法滞在者をフォードの白いバンに詰め込み、国境まで連れて行ったという。(中略)

これまで、より良い生活を手に入れようと夢見るメキシコの貧困層の多くが、ここティファナを通過してアメリカへと渡っていった。長年の間ティファナの町は、彼らのもたらす希望とエネルギーによって栄えてきた。

カサ・デル・ミグランテの代表ジルベルト・マルティネス氏は、「人々はアメリカンドリームを胸に抱き、希望と働く意欲に満ち溢れていた。枯葉のように道に落ちている金をかき集めに行くつもりだった」と語る。

しかし最近では、ゴメス氏をはじめ多くの人々が、「落胆し、疲れ果て、傷心を抱え、まるで葬式帰りかと思わせるような顔をして送り返されてくる」という。

メキシコ政府の職員たちは、ここで彼らに健康診断を行い、食事、健康保険、電話代を支給し、携帯電話を充電させるが、その後帰国者たちは自力で生きていかなければならない。

政府から支給される無料の飛行機やバスの切符を使って故郷の町へ戻っていく人々もいるが、およそ3分の1はここにとどまるという。特にティファナは、国境沿いの町の中でも最も多く強制退去者が集まる地域となっている。

◆ほとんど見知らぬ国への帰還
強制退去者の90%は男性である。そのほとんどが、宙に浮いた状態で生活している。アメリカに長年住んでいたため、メキシコとのつながりがなくなっている場合が多い。

彼らはアメリカに残した家族に少しでも近い場所にいて、いつか再びアメリカへ戻れることを期待し、ティファナにとどまっている。

あるいは、故郷に戻っても誰も知り合いがいないからここにいるという者もいる。その多くが、メキシコ人であることを証明する書類もなく、仕事を見つけるのはほぼ不可能に近い。

彼らのアメリカの家族は、初めのうちは生活費を送ってくれるが、それもいつしか途絶え、否が応でも自立を迫られる時がやって来る。

ティファナの下町にあるカトリック教会系列の炊き出し所「パドレ・チャヴァ・ブレックファスト・ホール」の前には、毎朝数百人の男性があたかも大恐慌時代のパン配給時のように列をなしている。

建物の中に入ると、手を洗ってスタッフの渡す紙タオルで手を拭く。テーブルの前に立って祝福の祈りを受け、素早く食事をかき込む。そのすぐ後ろでは、ボランティアたちが次の6人を入れるためにテーブルが空くのを待ち構えている。

ここではおよそ1200人の帰国者ホームレスに毎朝食事を出しているというが、その数は町全体のホームレスのほんの一部でしかない。

「彼らの多くは、またアメリカへ戻れる可能性が高まったと信じてここにとどまっている」と、炊き出し所の共同創立者であるマルガリータ・アンドナーギ氏は言う。

◆アメリカの取り締まりによる影響
彼らがそう期待してしまうのには、ここ30年の間にコロコロ態度を変えてきたアメリカの不法移民対策に原因がある。(中略)

オバマ政権は、強制退去となった者のほとんどに犯罪歴があったと主張しているが、ニューヨークタイムズ紙が今年入手したICEの統計によると、その3分の2は軽い違反歴しかなく、ゴメス氏のように不法で滞在していたということ以外何の犯罪歴も持たない人も多かった。

この影響をまともに受けてしまったのが、ティファナの町である。他の多くのメキシコの自治体同様、公共の予算は少なく、にわかに押し寄せた帰国ホームレスの受け入れに大わらわの状態となっている。

地元の商店経営者たちは、窃盗事件や路上生活者の増加に何の対応も取られていないことに不満を感じ、困窮する帰国者たちが町を徘徊する姿を不安を抱えて見守っている。

また、カリフォルニア南部でギャングに属していた若者も、数多く送還されてティファナに集まってきている。その腕には、ギャングメンバーであることを示す不穏な入れ墨が彫られている。

警察では、その一部が麻薬カルテルの手先として活動していると見ている。ゴメス氏と一緒に強制送還された中の、少なくとも3人がロサンゼルスで有名なギャングの入れ墨をしていたという。

◆裸同然で戻ってくる人々
恐らく、ティファナに最も重くのしかかっている問題は、夢破れて戻ってきた数千もの帰国者が、生まれ故郷で身分を証明する手段を持たないため、合法に働くことができないことだろう。

そこで自治体は、メキシコで仕事を見つけるためにまず必要な出生証明書を各出生地から取り寄せるための窓口を開設する予定だ。

また選挙管理局では、帰国者が有権者登録証の交付を受けられるよう支援サービスを拡大する。メキシコでは、有権者登録証が身分証明書として一般に用いられている。

ティファナに流されてきた人の多くは、アメリカで仕事のスキルを磨こうとしてこなかった。アメリカなら工事現場の作業員でも十分に食べて行けたので、職業訓練校へ通う必要性を感じなかったのだ。

英語は少し話せるものの、長年アメリカに住んでいたわりにはそれほど流暢でもない。しかしメキシコに戻ってみたら、工事現場の作業員は最も競争率の高い仕事の一つで、給料は少ないという現実を突きつけられる。【11月27日 ナショナルジオグラフィック】
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アメリカ ファーガソン黒人青年射殺事件 “ファーガソンが「癒える」までには時間がかかりそうだ”

2014-11-27 23:15:50 | アメリカ

(“flickr”より By Steve Rhodes https://www.flickr.com/photos/ari/15881103485/in/photolist-qcmNM4-qc51dS-pUCdou-qc14ZX-pURCzN-qckZKA-pURjsh-pfq13U-qcbKfv-pUniFk-pfEPLv-qc8swM-pURhzu-pUL9Zr-qcnwVT-pURDxu-pfqiKX-pUPRCL-pUNyUY-pUKGKH-pUzhH7-pUFW5Z-pfnpLR-pUHdZB-qbU588-q9TYsJ-pfqiLP-pUCcQL-pUJRAH-pUCcW7-pUPQgs-pUKGHD-pUKGRe-pUZbJH-pUUi6F-pfq25J-pUPTK1-pfm3gE-qckxvb-pUHu3L-pV1BCZ-pUcp2c-pU8zYb-pUXH8z-pUNtGU-pUQ5js-pfogGd-pfah3t-pfpQTS-pURb6s)

3日目の26日 抗議デモ規模は縮小
米ミズーリ州ファーガソンで黒人青年のマイケル・ブラウンさん(18)を射殺した白人警官に関する大陪審決定については、不起訴判断を受けて、事前から予想されていた混乱が生じています。

26日未明までに全米170都市以上に抗議デモが拡大し、ファーガソンでは州兵が増強され警察の支援などにあたりましたが、一部が暴徒化しパトカーへ放火、更にはスーパーやドラッグストアなど少なくとも17店舗が放火されたほか、数十店舗が破壊や略奪の被害に遭っています。

この暴動で、25日夜から26日未明にかけて44人が逮捕されています。

この事態に、マイケルさんの家族は「暴力に暴力で報復することは適切ではない。違いを見せるべきだ」とのコメントを発表しています。

また、オバマ大統領は「(略奪・放火は)犯罪行為であり、関わった者は起訴される」と断じた上で、「不満は法が公平に執行されていないという認識を持つ、多くの黒人社会に深く根ざしたものだ」と述べ、各地の黒人社会と警察当局の対話を通じて、信頼を構築する必要性も訴えています。

3日目の26日には、抗議デモの規模は縮小しています。

****<米黒人青年射殺>抗議デモ、規模縮小で継続 警官不起訴****
黒人青年を射殺した白人警官が不起訴処分になったことに対して全米各地で起きた抗議デモは、処分から3日目の26日も規模を縮小して継続した。

事件が発生したミズーリ州ファーガソンでは同日夜、数十人がデモをしたが、混乱はなかった。降雪で気温が低下したことや、州兵による警備体制の強化が影響したようだ。

平穏が戻りつつある中、前日までのデモで窓ガラスを割られた市役所や商店で修復作業が行われていた。

隣接するセントルイス市では、抗議行動をしていた約200人の一部が市役所に入ろうとし、少なくとも2人が逮捕された。

一方、ロイター通信によると、西部カリフォルニア州ロサンゼルスでは、交通妨害をしたとして50人以上が逮捕された。同州ではオークランドやサンディエゴでも200~300人の抗議活動が発生。この他、東部ニューヨーク、南部ジョージア州アトランタで小規模のデモがあった。【11月27日 毎日】
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黒人側の不信感 銃購入に走る白人
もちろん、問題がこれで終わる訳ではありません。
黒人側には、司法や警察への強い不満・不信感があります。

ただ、民主主義の根幹をなす選挙を通して、自分たちの声を政治に反映させていこうという意思は、あまり高まっていないようです。

****米ミズーリ州暴動 怒る黒人「人種戦争だ****
 ■窓ガラス割られた店、白煙上げる美容院…
窓ガラスが粉々に割られた中国料理店。放火されて崩れ落ち、白煙を上げる美容院。黒人少年を射殺した白人警官が不起訴処分となり、住民と警官隊が激しく衝突した米中西部ミズーリ州ファーガソンに25日、入った。

今年8月の暴動直後を上回る惨状をさらす街で、黒人住民らは司法や警察への不信感を口にした。

「黒人少年が命を落としたのに、白人警官におとがめがないとは悲しいことだ。アフリカから奴隷として米大陸に連れてこられた黒人の悲しい歴史に、悲劇の物語が加わった」

損保会社経営のデオン・ロス氏(41)が語るように、白人9人、黒人3人という構成の大陪審が24日に下した判断への批判が渦巻く。宗教関係者のコリー・ベル氏(23)も、「私たち黒人への“人種戦争”に等しい」と、吐き捨てるように語った。

 白人の割合多い警察
不満の矛先は、黒人が街の人口の約65%を占めながら、白人の割合が多い地元警察にも向けられる。

BMWを運転していた3年前、盗んだと疑われて白人警官に停車を命じられ、銃を突き付けられたという40代の黒人男性は、「運転手が黒人男性なら盗んだと疑われ、黒人女性なら売春でもうけたカネで買ったと疑われる」と強調。「元警官だった私ですら屈辱的な扱いを受ける」と警察への不信感を隠さなかった。

警察署近くの商店で略奪が起き、5軒以上の建物が放火されたことには「絶対許されない」(音楽家のミリヤード・スミスさん)との意見もあるが、動員された700人もの州兵が阻止に動かなかったことについては、「一部の卑劣な黒人の悪行を、黒人全体の問題として世界に知らせようとしている」(女性市民)といぶかる向きもある。

米紙ニューヨーク・タイムズによれば、黒人少年を射殺した白人警官が同僚とひっそり結婚式を挙げていたことが最近発覚。ディオンネ・レイさん(33)は、「大陪審が方針を決定する直前の時期の結婚とは…。人命を奪ったことを何とも思っていない」と声を荒らげた。

現場周辺で、黒人少年を射殺した警官を支持する白人女性、ジャッキー・エドルマンさん(26)と出会った。少年が歩道を歩くよう注意された後に撃たれたのを受け、「市民は規則を守るべきだ」と話した。

「自ら努力し改善を」
黒人住民の生活を改善すべきだとの声が上がるが、選挙を通じて自分たちの要求を実現させようという機運は広がらず、今月の中間選挙が特に注目されることもなかったようだ。

地元の少年バスケットボールチームのフレッド・ロビンソン監督(54)は「黒人の親は子供のバスケの試合には駆けつける。だが学校のPTA会合には4、5人集まるだけだ。教育を大事にし、民主主義の重要性について学ぶ必要がある」と訴える。

エドルマンさんも「ここは共産主義国家ではなく自由主義国家。問題を解決するなら(投票などを通じて)自ら努力すべきだ」と強調した。【11月27日 産経】
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州兵が阻止に動かなかったのか、動けなかったのか・・・そこはわかりません。
確かに、治安当局としては、黒人住民を催涙ガス等で追い散らす映像よりは、暴徒の略奪行為の映像が流れた方が何かと都合がいい・・・という判断はありえない話ではないかも。

白人住民の間では、銃で自己防衛しようという動きが強まっているようです。

****米ファーガソン近郊で銃購入が急増、白人中心に1日20~30丁****
黒人青年を射殺した白人警察官の不起訴をめぐり抗議行動が続く米ミズーリ州ファーガソン近郊の射撃練習場で、白人を中心に銃を購入する人が急増している。これまで1日の銃の販売数は平均3~5丁だったが、最近は1日当たり20~30丁が売れるという。(後略)【11月27日 AFP】
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【「何があったか誰も分からないのが問題」】
黒人青年・・・・確かに彼も、8月9日の射殺事件前にコンビニエンスストアで商品を奪ったとされる防犯カメラの映像で見ると、相手に威圧感・恐怖感を与えるのに十分な体格・挙動のようにも見えます。

この丸腰の黒人青年を射殺した白人警官の言い分は以下のように報じられています。

****黒人少年を射殺した白人警官の言い分****
「ハルク・ホーガンと子どもみたい」だった格闘の末に
黒人少年マイケル・ブラウン(18)を射殺した白人警官ダレン・ウィルソン(28)の不起訴が決まった今週月曜の夜、ミズーリ州ファーガソンの街は抗議デモに参加する市民と警官や州兵の衝突で焼け野原になった。

だが双方ともこれで終わるつもりはない。同州知事のジェイ・ニクソンは再度の衝突に備え、追加で1500人の州兵の出動を要請。「昨夜のような無法状態は決して繰り返さない」と、火曜の記者会見で語った。「もっと徹底して抑え込む」

人々の怒りの的になっているウィルソンは、なぜ丸腰のブラウンを射殺したのか。捜査対象者を起訴するかどうかを判断する大陪審を構成する12人の市民はなぜ、ウィルソンを不起訴にしたのか。ウィルソンが9月に大陪審に語った88ページにおよぶ証言から、その言い分を取り出してみよう。

まずウィルソンは、今年8月の事件当時の様子を「ハルク・ホーガンと対決する5歳の子どものようだった」と語っていた。

証言によれば、道路の中央にいたブラウンに脇に寄れと命じたウィルソンに対し、ブラウンが「オマエの言うことなんかクソ食らえだ」と応じたことから事態は悪化していったという。

ブラウンはパトカーに近づき、さらに命令し続けるウィルソンを殴り始めた。
「もう一発顔面にパンチを食らったら、やられるんじゃないかと本気で思った。(ブラウンは)自分よりも明らかに大きかったし、強かった」。
「顔に2発(パンチを)受けていたので、3発目をまともに受けたら致命的かもしれなかった。最低でも気を失って、その後はどうなるかわからなかった」

ウィルソンはまた、殴られたり引っかかれてできた首の傷跡が病院で撮影された写真に写っていたと主張した。「見えにくかったが、そこに写っていた」

この後2人は取っ組み合いになり、ブラウンは「オマエみたいな弱い奴にオレは撃てない」と言ったという。
ウィルソンは銃を取って2発撃ったが、ブラウンにはあたらなかった。

「(ブラウンは)自分を見上げ、おそろしく攻撃的な顔をした。本当に悪魔のようだったとしか言いようがない。そんな怒り方だった」

ウィルソンはブラウンに「地面に伏せる」よう命じたが、ブラウンは体を向けて「大きなうめき声をあげた」。そしてウィルソンのシャツに手を伸ばした。

この時ウィルソンは、「護身のために」6発の銃弾をブラウンに浴びせた。ブラウンは武器を持っていなかった。

大陪審の決定の理由は明らかにされない。警察側は「身長190センチ以上あるブラウンが迫ってきたので、命の危険を感じた」と主張しているが、ブラウンは「降伏しようとして両手を上げていた」という目撃証言もある。【11月26日 Newsweek】
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“おそろしく攻撃的な顔をした。本当に悪魔のようだった”・・・・白人が黒人に感じる一般的恐怖感に過ぎなかったのかも。
“「護身のために」6発の銃弾”・・・そこまでの対応が必要だったのか?
“降伏しようとして両手を上げていた”・・・実際のところはわかりません。

おそらく、射殺された黒人青年が決して“善良な若者”のような外見・行動ではなかったのも事実でしょうし、白人警官側にも普段から黒人住民への差別感・嫌悪感があったのも事実でしょう。

そうした状況で起きたトラブルでの銃の使用が正当防衛だったのか、憎悪・恐怖にかられたものだったのか・・・・わかりません。

確実に殺さないと自分が危なくなるという銃社会アメリカと日本の常識は全く異なりますが、日本的な感覚からすれば“6発の銃弾”というのはちょっと・・・・という感はあります。

****<米黒人青年射殺>「何があったか誰も分からないのが問題****
 ◇米ロサンゼルスのガルセッティ市長が会見で指摘
米カリフォルニア州ロサンゼルスのエリック・ガルセッティ市長が26日、東京都内の日本記者クラブで記者会見し、米ミズーリ州で黒人青年を射殺した白人警官の不起訴を受け抗議デモが拡大していることについて「実際に(事件で)何があったのか誰も分からないところが問題だ」と指摘した。

ロサンゼルスでは1992年、前年の白人警官らによる黒人男性への暴行とその裁判結果をきっかけに、53人の死者を出す暴動が起きた。

ロスではこれを機に、警官にカメラを装着させるなどの改革が進んでいる。ガルセッティ氏は「(ミズーリ州にも)それ(カメラ)があれば今回のような事態は防げた」と指摘。警察による最新技術の採用や、事件の背景にある貧困問題への対処が必要だと強調した。(後略)【11月26日 毎日】
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難しいオバマ大統領の対応
州レベルでの司法判断は今回の大陪審判断で事実上終了しましたが、司法省は8月9日の事件発生直後から独自の捜査を開始しています。

この捜査の第1の焦点はウィルソン氏がブラウンさんの公民権を侵害したかどうか、第2の焦点はファーガソン警察全体が人種に基づく捜査対象の選別(レイシャル・プロファイリング)や過度な武力行使を行っていなかったかどうか、とのことです。

しかし、連邦レベルのこうした司法手続きについても、現実問題としてはかなり難しいようです。

****司法省、別容疑で捜査継続 州刑法による手続き終了へ****
警察官を不起訴とした大陪審の決定は覆されそうになく、州の刑法による訴追手続きは終わる見通しだ。

大陪審は起訴するかどうかを判断するだけで、有罪か無罪かを決めるわけではない。同じ事件で再び大陪審にかけることも理論上は可能だが、実際にはまれだ。米メディアは検察官が再度、大陪審を招集する可能性は低いと伝えている。

一方、米司法省は公民権法違反の容疑などで警察官の捜査を続けている。

ロサンゼルスで白人警察官グループが黒人男性に暴行を加えながら、1992年に州法に基づく裁判で無罪となり、大規模な暴動が起きた事件では、翌年に2人の警察官が公民権法違反の罪で有罪となった。

ブラウンさん側の弁護士らはこの前例などを挙げて「闘いはまだ終わっていない」と強調している。

しかし、判例などでは、公民権法違反で有罪とするには、憲法で定められたブラウンさんの権利を警察官が意図的に侵害した、と証明する必要がある。立証は難しいとされ、ホルダー司法長官も24日の声明で「ハードルは高い」と語った。【11月27日 朝日】
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今回の問題は、オバマ大統領にとっても難しい対応を強いています。
自身が黒人であるだけに、不用意な発言は全米を二分する大混乱を惹起しかねませんので、人種絡みの問題には慎重な対応をとってきていますが、それで済むのか・・・という声もあります。

****オバマ米大統領の対応に焦点移る-ミズーリ州警官不起訴で暴動****
オバマ米大統領は24日夜、ミズーリ州ファーガソンの住民に冷静な対応を呼びかけたが、聞き入られなかった。

今後は白人警官が丸腰の黒人少年を射殺した事件をめぐる緊張を沈静化するため、大統領に何ができるかに焦点が移る。

オバマ大統領は黒人指導者から同事件への関与を強めるよう圧力を受けていることから、ファーガソン訪問の可能性を残している。(中略)

射殺事件およびミズーリ州大陪審がウィルソン警察官を不起訴とした後の暴動は、米国初の黒人大統領であるオバマ氏がこれまで対応に及び腰だった人種的偏見に関わる問題だ。

ただ、これは今後は避けるのが難しい問題でもある。
オバマ大統領が国民に大陪審の判断を尊重するよう求め、デモ参加者や警察に自制を呼び掛けても、ケーブルテレビのニュース局は画面の一角でファーガソンで煙が吹き出す映像を流しているからだ。【11月26日 Bloomberg.co.jp】
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“中間選挙で勝利した野党共和党は、政権を追及する構えだ。同党のピーター・キング下院議員はFOXテレビで「警官は国家指導者やメディアにより有罪扱いされた」と非難。オバマ氏に対し、ホワイトハウスに警官を呼んで職務遂行に謝意を示すよう求めた。”【11月27日 産経】といった動きも報じられています。

人種問題という敏感な問題を政治利用しようという良識を欠いた動きですが、一部の強硬な共和党支持者にとっては人種間の対立が先鋭化するのは、むしろ都合がいい政治環境なのでしょう。
国際問題で対立を煽る“強硬派”と呼ばれる勢力がいるのと同じです。

なお、ミズーリ州のニクソン州知事は事件後、ファーガソンが抱える社会、経済的な問題を分析する「ファーガソン委員会」を設置しました。

“メンバーには警察官や黒人の活動家らも含まれる。来年9月までに是正策を勧告する予定で、ファーガソンが「癒える」までには時間がかかりそうだ。”【11月27日 毎日】とも。

時間がかかっても「癒える」ならいいのですが・・・・。
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トルコ・エルドアン大統領  イスラム色全開で長期政権を目指す

2014-11-26 22:24:01 | 中東情勢

(トルコの首都アンカラ郊外に新築された大統領公邸で10月29日、写真撮影をするエルドアン大統領 【11月11日号 Newsweek日本版】

【「私たちの宗教(イスラム教)は、女性の地位を母親と定義している」】
トルコのエルドアン大統領の「女性と男性は平等ではない」との発言が話題になっています。

****女性は男性と平等ではない」、トルコ大統領の発言に非難殺到****
トルコのレジェプ・タイップ・エルドアン大統領は24日、イスタンブールで開催された女性の権利に関する会議の席上で、女性と男性は平等ではないと主張し、同国のフェミニストたちは母親という概念を拒んでいると発言した。これに対し、あからさまな性差別だとして激しい非難の声が上がっている。

敬虔(けいけん)なイスラム教徒である同大統領は、女性と男性の生物学的な違いは、同じ役割を果たすことができないことを意味していると述べ、女性の「繊細な気質」に肉体労働は向かないとも語った。

このエルドアン大統領の発言は、ツイッター上で大論争を巻き起こした。ある有名な女性ニュースキャスターは、ニュース速報の間に発言を非難する異例の対応をとった。

エルドアン大統領は会議で、娘のスメイエさんを含む出席者らに向かって「私たちの宗教(イスラム教)は、(社会における)女性の地位を母親と定義している」と述べた。

同大統領はさらに「自然の法則に背くことになるため」、女性と男性を平等に扱うことはできないと続け、「男女の性格や習慣、体格は異なる。赤ん坊にお乳をあげている母親を、男性と平等の立場に置くことはできない」、「共産主義体制のように、男性と同じ仕事を女性にやらせることはできない。女性たちにシャベルを与え、仕事をしろとは言えない。それは女性の繊細な気質に反する」と語った。【11月25日 AFP】
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エルドアン大統領の発言内容については、「女性に必要なのは、平等であるより対等であることだ」【11月25日 時事】とも。

また、“半国営のアナトリア通信によれば、大統領は一方で「政府は常に平等な権利を求める女性たちを支援してきたし、今後も支援する」と強調した。”【11月26日 CNN】とのことです。

もとより、母性を含めた女性と男性の生物学的な違いから、両者を全く同様に扱うことができないのは言うまでもないことですが、「男性と平等の立場に置くことはできない」といった発言は、どういう文脈・状況・意図でなされるかによって、その意味合いは全く異なります。

基本的に男女が同等の権利を有している状況で、母性保護などの観点からその差異をとりあげるのであれば正論でしょう。

しかし、「私たちの宗教(イスラム教)は、(社会における)女性の地位を母親と定義している」という認識からスタートして、「男性と平等の立場に置くことはできない」というのであれば、女性の社会的役割を著しく限定し、女性は男性に庇護されるべき存在で、社会参加においても制約されるものが多々ある・・・・といった、いわゆるイスラム保守的な女性観を彷彿とさせます。

その極端な形としては、かつてのアフガニスタンでのタリバン政権時代のように、女性は男性親族と同伴でなければ外出することも許されないような社会となります。

いくら「政府は常に平等な権利を求める女性たちを支援してきたし、今後も支援する」と言ってはみても、男女平等に関する基本的な認識が、欧米や日本のそれとは異なると思われます。

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・・・・しかし女性団体8団体は25日、大統領の発言が同国の憲法や国際条約に反するとの共同声明を発表。男女平等を求める女性たちによる過去何十年もの努力を侮辱する内容だと非難した。

活動家らは同日、「女性に対する暴力撤廃の国際デー」に合わせたデモ行進を計画している。

世界各国の男女平等の度合いを比較した世界経済フォーラム(WEF)の「ジェンダー・ギャップ報告」で、トルコは昨年、142カ国中120位と、欧州最下位の評価を受けた。”【11月26日 CNN】
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もっとも、日本のネット世界では、エルドアン大統領の発言を現実的と評価し、男女平等の主張を誹謗するような論調が多いようですから、最近の日本の価値観は私が考えているようなものから大きく変わってきているのかも。

エルドアン大統領の最近の発言としては、新大陸発見に関するものも。

****米大陸「イスラム教徒が発見」=コロンブス説を否定―トルコ大統領****
トルコのエルドアン大統領は15日、イスタンブールで中南米のイスラム指導者らを前に演説し、コロンブスが大西洋を渡って米大陸に到達する300年前、イスラム教徒の船乗りがたどり着いていたとの主張を展開した。地元メディアが伝えた。

エルドアン大統領は「イスラム教徒が1178年に米大陸を発見した。コロンブスはキューバのモスク(イスラム礼拝所)の存在に言及した」などと語り、コロンブスが到達した1492年より前からイスラム教徒と中南米の交流があったとの説を主張した。

この説は、米国のイスラム系団体の歴史家が1996年に論文で、コロンブスの航海日誌に「キューバ東部のヒバラ付近を航海中、山の上にあるモスクを見た」との言及があると指摘したことに基づくとみられる。

ただ、これについては、山の頂上部分の形状を「モスク」に例えて表現したとの見方が有力という。

もっとも、大統領は「イスラム教徒の発見」を固く信じている様子。キューバ政府の許可が得られれば、トルコ政府が山頂部分に新たなモスクを建設する用意があると語った。【11月16日 時事】 
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アラビア商人がヨーロッパにおける大航海時代以前から世界の海を往来していたことは事実ですから、ひょっとして新大陸にも足をのばしたかも。

ただ、“新たなモスクを建設する用意がある”という執着ぶりはいささか異様な感もあります。
キューバのカストロ議長の困惑した顔が目に浮かびます。

新たな豪華公邸で長期政権を狙う
エルドアン大統領は10月29日のトルコ共和国宣言記念日に合わせて、首都アンカラ郊外に新築された大統領公邸を初披露しましたが、その豪華さに批判も出ています。

****大統領公邸、実は700億円=新専用機にも210億円―トルコ****
トルコからの報道によると、シムシェキ財務相は4日の国会答弁で、首都アンカラ郊外に完成したエルドアン大統領の公邸について、建設に要した費用が総額13億7000万トルコ・リラ(約700億円)だと述べた。当初、費用は約378億円と報じられていたが、実際はその倍近いことが判明した。

財務相はまた、新しい大統領専用機(エアバスA330―200型)の購入に210億円かかることも明らかにした。

部屋数1000室のエルドアン氏の新公邸は「ギネス級」の豪華さと評され、野党などは「ぜいたく過ぎる」と批判を強めている。来年には二つの大統領施設の改築も控えており、さらなる支出が見込まれるという。【11月5日 時事】 
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もともとこの建物はダウトオール首相が使う予定だったものを、エルドアン大統領が「横取り」したもので、その贅沢さは“独裁者の象徴”とも【11月11日号 Newsweek日本版】

エルドアン大統領の強い個性やイスラム主義的傾向は今に始まった話ではありませんが、国内においては、世俗主義の守護者としてかつてのトルコ社会の実権を握っていた軍部を完全に抑え込み、公的な場でのスカーフ着用を容認させるなどイスラム主義的な傾向を強めています。

対外的には、ガザ支援船を攻撃したイスラエルを激しく批判した頃からその独自性が顕著となり、ムスリム同胞団への支持から、エジプト・モルシ政権を倒したシシ政権やシリアのアサド政権との対決姿勢をあらわにしています。

シリア・イラクで勢力を広げる「イスラム国」対策で、アメリカにとってはトルコはカギとなる重要な国ですが、アメリカもエルドアン大統領への対応では苦慮しているようです。

****米 トルコに協力要請も不調か****
シリアなどで勢力を拡大するイスラム過激派組織「イスラム国」に対処するため、アメリカのバイデン副大統領が、トルコのエルドアン大統領と、軍事面の協力などについて協議を行いましたが、シリアのアサド政権の打倒がより重要だとするトルコとの根本的な立場の違いは埋まらなかったものとみられます。(中略)

シリアなどで勢力を拡大するイスラム過激派組織「イスラム国」への軍事作戦を巡り、アメリカはNATO=北大西洋条約機構の一員でもあるトルコの協力を求めていますが、トルコ側はシリアのアサド政権の打倒がより重要だなどとして消極的な姿勢を示しています。

また、バイデン副大統領が先月、イスラム国を巡るトルコ政府の対応を批判する発言をし、トルコ側が強く反発したことから今回の訪問はぎくしゃくした関係の修復が目的と受け止められていました。

会談後の記者会見で、バイデン副大統領は「シリアに関しては、イスラム国を打ち負かすだけでなく、アサド政権からの移行を確かなものにすることを話し合った」と述べ、トルコ側に配慮を示しました。

しかし、会談での具体的な合意について言及はなく、双方の根本的な立場の違いは埋まらなかったものとみられ、イスラム国への軍事作戦を続けるアメリカにとっては、トルコの協力を引き出すことが引き続き大きな課題となりそうです。【11月23日 NHK】
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首相から鞍替えしたエルドアン大統領は、憲法を改正して大統領権限を強化し、長期政権を狙っているとのことです。

その強引さから国内でも敵が多いエルドアン大統領ですが、イスラムを重視する国民からの支持は強く、政敵との関係でも修復の動きが見られるとの情報もあるようです。(11月25日 佐々木 良昭氏「中東TODAY」 http://blog.canpan.info/jig/archive/5284より)

エルドアン大統領の意気軒昂ぶりはしばらく続きそうです。
しかし、トルコのEU加盟の可能性は遥か遠くに消えたようです。
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温暖化対策  アメリカ・中国が“前向きな”温室効果ガス削減目標提示

2014-11-25 21:55:12 | 環境

(APEC終了後、再びスモッグに霞む北京市街 ただ、“APECブルー”は、当たり前のことではありますが、規制を行えば青空が戻ることも改めて人々及び中国政府に認識させました。 「会議中だけでなく、普段から何とかしろよ!」という不満も強まるでしょう。 “flickr”より By 居居之路 https://www.flickr.com/photos/83817210@N02/15850344402/in/photolist-pMjHfL-pLJShb-p6KJjx-q9Dab3-pJw1V1-q4eE8Z-pMJuqt-pQNYPK-pdnCoB-pMV6zp-q4tCfM-p8zGmc-q5jw2X-q5jxzX-p8zGVZ-q6bWw5-pdnCnp-pJQi8W-q7LKFs)

新たな温暖化対策の国際枠組み合意に道筋も
先のAPECを舞台にした各国間、特にアメリカと中国の駆け引きについては多くが報じられていますが、そうしたパワーゲーム的なものには、個人的には辟易する感もあります。それが日本を含む国際社会の現実ではありますが・・・。

そのなかでもやや明るいものとしては、温室効果ガス削減に向けて、これまで動きが鈍かった二大排出国でもある両国が前向きな削減目標を明示したことがあります。
もちろん、これも両国の思惑が背後にあるものでることにはかわりありませんが。

****<温室ガス削減>米中の新目標、国際枠組みに道筋****
温室効果ガスの2大排出国の米中がそろって前向きな削減目標を示したことで、来年末に期限が迫る新たな温暖化対策の国際枠組み合意に道筋が見えてきた。

オバマ米大統領は「2025年までに05年比26~28%削減」を打ち出した。「20年までに同17%削減」を掲げてきたが、米ホワイトハウスは声明で「20~25年は削減ペースを倍にする」と明言。

シェールガス量産化で二酸化炭素(CO2)排出量の多い石炭から天然ガスへの転換が進んでいることが積極策の背景にある。温暖化交渉に詳しい高村ゆかり名古屋大教授は「かなり野心的だ」と評価する。

中国の習近平国家主席は、CO2排出量を「遅くとも30年ごろをピークに減少させる」と約束し、総量削減の時期に初めて踏み込んだ。

従来は国内総生産(GDP)当たりの排出削減目標しか示さず、実際の総排出量は右肩上がりだった。産業革命以降の気温上昇を2度未満に抑える国際目標達成には、中国が早期に総量削減に転じることが不可欠で、近年は途上国の間からも批判が出ていた。

9月の国連気候変動サミットで、米中は20年以降の削減目標を「来年3月までに提出する」としていた。
歩調を合わせて前倒しした背景には、12月の国連気候変動枠組み条約第20回締約国会議(COP20)に向けた戦略がある。日本政府の交渉担当者は「目標の姿を早々と示すことで、交渉の主導権を握る意思は明らかだ」と指摘した。

中国では「産業構造の変革はあらゆる利害の調整が伴い、至難を極める」(公衆環境研究センターの馬軍代表)のが現実だが、米中で温暖化対策で協力する姿勢を見せられれば、世界に対するアピールになるという計算ものぞく。オバマ政権にとっては、削減に消極的な共和党の説得にも中国との連携は有効だ。

一方、欧州連合(EU)は警戒を隠さない。EUは10月に先陣を切り「30年までに1990年比40%以上削減」の目標を決めた。ヘデゴー気候変動担当欧州委員は12日、短文投稿サイト「ツイッター」で「(中国の排出ピークが)30年ごろは遅すぎる。2度目標は達成できるのか」と疑念を示した。【11月12日 毎日】
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アメリカ国内では批判も
アメリカ国内、特にオバマ大統領との対決姿勢が強まっている野党・共和党は、今回目標設定について、アメリカにとっては負担が重く、中国には甘いものだと批判しています。

****米中温室効果ガス削減合意に反発 共和党、大統領と新たな火種****
 ■「非現実的計画 後任に押しつける」
米中首脳が会談で合意した温室効果ガス排出量の削減目標に対し、米国内では12日、共和党が強く反発し、オバマ政権との新たな対立要因として浮上した。

12日に北京での首脳会談で合意されたのは、(1)米国は温室効果ガス排出量を、2025年までに05年比で26~28%削減(2)中国は30年ごろをめどに排出量を減少させ、非化石燃料の比率を20%にする-という内容。

これに対し、共和党のマコネル上院院内総務は「合意に動転した。非現実的な計画であり、それを後任の大統領に押し付けることになる。公共料金は上がり、雇用は大幅に減るだろう」と非難した。

オバマ大統領はこれまで、議会での審議を回避し、大統領権限を行使する形で二酸化炭素(CO2)排出規制などを打ち出している。

これを踏まえ、マコネル氏は「排出規制はすでに米国内で混乱を引き起こしているにもかかわらず、中国には(30年までの)16年の間、何も求めないのか」と憤りを見せた。

ベイナー下院議長も「(今回の合意は)手頃で信頼性が高いエネルギーを撲滅しようという、大統領の運動だ」と批判した。

共和党は産業界の意向を背に、オバマ政権の気候変動対策に強く反対してきた。それだけに合意は火に油を注いでおり、先の中間選挙で大勝し、来年1月からの新議会で上下両院を握る共和党は、「新議会での優先議題だ」(ベイナー氏)と色をなしている。【11月14日 産経】
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共和党議員に加え、産炭州出身の民主党議員も合意に反対の立場で、アメリカの新目標の今後は、国内政治動向にも左右されそうです。

米中ともに“石炭離れ”が背景に
アメリカ・中国がここにきて足並みをそろえて前向きに見える目標設定を行った背景には、両国で進む“石炭離れ”があると指摘されています。

“この両国の声明の背後には米中の同じ動きがある。石炭離れだ。中国は、発電の80%を石炭で賄っている。米国はシェール革命のおかげで、石炭から天然ガスへの燃料転換が進み、石炭火力の比率は減少したが、それでも40%を石炭火力に依存している。化石燃料のなかで、CO2を最も排出する石炭の消費量を削減したいというのが、オバマ大統領と習主席共通の思いだ。”【11月19日 WEDGE】

アメリカ国内には、上記共和党の批判に代表されるような、石炭業や産業界からの石炭消費削減への反対もありますが、オバマ政権としては、石炭より近年増産が進むシェールガス、オイルを推進するほうが、アメリカ経済にメリットをもたらすとの判断があります。

すでに“今年の6月には既存の火力発電所からの規制値を環境保護庁は発表した。大気浄化法に基づき既設の発電所からのCO2の排出を削減する案だ。05年との比較で30年に火力発電所からの排出量を30%削減することが全米の目標とされ、州毎に目標値が割り振られた。”とのことで、新目標値の“25年に26%から28%削減”は、“30年に30%の火力発電所を対象とした削減目標”と大きな違いはないとも言えます。

“05年が基準年に選定されたのには理由がある。過去最大の排出量の年なのだ。それから、排出量は減少を続け12年時点で既に15.8%減少しているのだ。30%の目標値の半分以上達成済みであり、それほど達成は難しくない可能性はあるが、石炭産業には大きな影響がありそうだ。”【同上】ということで、オバマ大統領としては、新目標も射程距離にあるとの判断のようです。

中国の石炭離れの背景には、“APECブルー”として再び話題にもなった深刻な大気汚染があります。
中国は世界一の石炭生産国であり、消費国ですが、その石炭消費が深刻な環境汚染を惹起していることは周知のところです。

“今年3月の全国人民代表大会では、李克強首相が開会の演説で「貧国と環境汚染に対し宣戦布告を行う」と述べ、スモッグを「非効率で盲目的な開発に対する自然の警告」と称した”【同上】ということで、石炭消費を抑制するために、発電部門における原子力、水力、風力、太陽光などの導入を中国政府は進めています。

この結果、すでに国内石炭生産及び需要は減少に転じています。
また、中国政府は、大気汚染改善のために石炭輸入量と品位も制限する意向を示しています。

従って、「遅くとも30年ごろをピークに減少させる」という新目標は、今の流れでいけばおのずと達成されるものでもあるようです。

*****需要減で石炭生産量も削減し始めた****
・・・・もともと大気汚染対策で石炭使用量の削減を始めたと言える中国だが、石炭の消費量が抑制されれば、CO2の排出量も抑制される。(中略)

中国のCO2排出量の約8割は石炭の燃焼によるものだ。大気汚染対策のための石炭使用量抑制が、そのまま温室効果ガス排出抑制に大きく結びつく。

世界のCO2排出量のうち43%が石炭の燃焼からのものだ。中国の石炭の排出量比率の高さは世界の中でもずば抜けている。

それゆえに石炭対策が温室効果ガス排出減に容易に結びつく。30年までに排出量のピークを迎えるという中国の目標は、石炭離れが始まった中国では当たり前のことを言っているだけのように取れる。【同上】
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そんな事情もあって、中国政府は目標達成に自信を示しています。

****中国 気候変動対策に決意と自信****
中国政府が発表した、二酸化炭素の排出量を2030年ごろまでに減少に転じさせるという目標について、政府の高官は「気候変動対策に当たる決意と自信を示している」と述べ、排出量が世界最大の国として国際社会への責任を果たす姿勢を強調しました。(中略)

また解副主任は、今月開催されたAPEC=アジア太平洋経済協力会議の期間中、車の規制などの特別措置によって北京では、大気汚染が一時的に改善したことにも触れ、「北京で青空を常態化させることも不可能ではない」と述べ、化石燃料への依存を減らすなど気候変動対策を進めることが大気汚染の改善にもつながるという考えを示しました。【11月25日 NHK】
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【「緑の気候基金」】
原発を含めたエネルギー政策が不透明な日本は、温室効果ガス削減目標を打ち出すことができずにいます。

20日、日本を含む国々が、発展途上国の温暖化対策を支援するために93億ドル(日本は15億ドル)を拠出することを表明しています。

****発展途上国の温暖化対策支援 93億ドル拠出へ****
来月ペルーで温暖化対策を話し合う国連の会議、COP20が開かれるのを前に、日本を含む20余りの国が、発展途上国の温暖化対策を支援する「緑の気候基金」に最大で93億ドルを拠出すると表明しました。

「緑の気候基金」は、途上国の温室効果ガスの削減策や温暖化による被害を軽減する対策を支援するために設けられ、来年後半に実際に運用が始まる見通しで、20日、ドイツのベルリンで、各国に基金への拠出を募る会合が開かれました。

会合のあとの記者会見で、緑の気候基金のシェイクフルーフー事務局長は、21か国から最大で93億ドル(日本円でおよそ1兆900億円)の拠出が表明されたことを明らかにしました。

このうち、アメリカが30億ドル、日本が15億ドルを拠出すると表明したほか、パナマやモンゴルなどの一部の途上国も拠出に応じたということです。

温暖化対策を巡っては、来月ペルーで開かれるCOP20で新たな枠組みについての交渉が行われますが、先進国と途上国の間では今後の削減目標や資金援助の額などで対立が続き交渉は難航しています。

今回、先進国が中心となって巨額の資金援助を表明したことについて、シェイクフルーフー事務局長は、「COP20を控えたわれわれに新たな期待や熱意を抱かせる前向きな結果だ」と述べ、難航する交渉の進展に期待を示しました。【11月21日 NHK】
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京都議定書でも、クリーン開発メカニズム (CDM 先進国が開発途上国に技術・資金等の支援を行い温室効果ガス排出量を削減、または吸収量を増幅する事業を実施した結果、削減できた排出量の一定量を先進国の温室効果ガス排出量の削減分の一部に充当することができる制度)が認められていますが、国内での削減が難しいレベルにもある日本としては、途上国支援を通じた実績を重ねていくことが、これまで以上に重要になるのではないでしょうか。

もっとも“国内での削減が難しいレベルにもある”とは言っても、最近話題の水素を使った燃料電池自動車(FCV)のようなイノベーションがあれば事情は一変します。

画期的なイノベーションはともかくとしても、“米中環境協力により、エネルギー・環境技術の協力がさらに進む可能性がある。日本の技術を利用し途上国で温室効果ガス削減に協力するというのが、日本の方針の一つだが、うかうかしていると日本の技術が陳腐化するということを忘れてはいけない。デフレの時代に欧米が日本に差をつけた技術もある”【11月19日 WEDGE】ということで、常に技術革新を助成・誘導していく社会・経済システムが必要です。
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無国籍者、世界に1000万人以上  クウェートはカネで他国の市民権を買って付与する方針

2014-11-24 21:55:26 | 中東情勢

(空しい抗議 クウェート治安警察に連行される砂漠の民ベドウィンの子孫たち Hani Abdullah-Reuters 【11月20日 Newsweek】)

無国籍をなくすという政治的な強い意志によってこの問題は解決される
国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)は、無国籍者をなくすためのキャンペーンを、今月から10年間にわたって行うとしています。

****無国籍をなくすためのキャンペーンを開始****
UNHCRは今後10年間で無国籍をなくすためのキャンペーン “I Belong”を開始しました。無国籍者は国籍を持たず、そのために人権を基盤とした保護を受けられない人々のことを指します。

無国籍者は世界中に1000万人以上いると見られており、10分に1人無国籍の子どもが生まれています。無国籍者は本来国家が国民に付与する権利やサービスへのアクセスを持たない場合が多く、様々な問題に直面します。

「無国籍であることは、教育や医療サービスを受けられず、正規雇用の機会も与えられないことを意味する。移動の自由も、将来の見通しも立たたない状況は、人間らしい生き方が否定されていると言える。」

アントニオ・グテーレス高等弁務官は、アンジェリーナ・ジョリーUNHCR特使をはじめとした20人以上の著名人とともに書簡を発表し、無国籍をなくす意義を訴えました。

無国籍状態に陥る理由の多くは、民族、宗教、ジェンダーに基づく差別です。ここ3年間で無国籍に関する2つの国際条約(1954年「無国籍者の地位に関する条約」と 1961年「無国籍削減に関する条約」)への加入国が増えた一方で、紛争を逃れた難民が避難中に出産し、出生証明書を得られずに子どもが無国籍者になるケースが増えています。

無国籍をなくすという政治的な強い意志によってこの問題は解決されるという思いを込め、UNHCRはこのキャンペーンを2024年まで10年間継続して行ないます。【11月 4日 UNHCR】
*******************

通常は親の国籍、あるいは生まれた国のいずれかの国籍が得られますが、民族や宗教、差別、それに親の事情などによって生まれたときに国籍を得られなかったり、国家の消滅や政変などによって国籍を失ったりした人は無国籍者となります。

1000万人以上と言われる無国籍者ですが、ミャンマーが81万人、アフリカのコートジボワールが70万人、タイが51万人と言われています。

ミャンマーにいるのは、このブログでもしばしば取り上げるロヒンギャです。
(10月29日ブログ「ミャンマー “恒久的隔離と無国籍化”に向かう政府のロヒンギャ対応」http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20141029など)

他にも、シリア・イラクにはクルド人の一部など国籍を認められていない人が大勢います。
また、ソビエト連邦の崩壊によって、多くの人が国籍を失い、今も60万人が国籍をもてないままです。【11月19日 NHKより】

日本「無国籍だからといって問題が起きているわけではない」】
日本に関しては、“法務省の発表では、ことし6月現在で599人に上っています。日本人の親が離婚などの理由から出生届を出さなかったため戸籍を得られなかった人たちの問題がニュースでも取り上げられましたが、戸籍はなくても国籍は日本ですので、この場合は無国籍者ではないということです。
日本で暮らす無国籍者は、日本で生まれた難民や難民認定を待っている人たちの子ども、母国が消滅してしまった人たちなどですが、在留資格がないために出生届を出さず子どもが無国籍になったケースもあり、実際にはもっと多いと見られています。”【11月19日 NHK】とのことです。

無国籍に関する1954年「無国籍者の地位に関する条約」(82か国が加入)と 1961年「無国籍削減に関する条約」(60か国が加入)には日本は加入していません。

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外務省や法務省の見解では、日本では無国籍だからといって問題が起きているわけではなく、条約に加入する必要性がとくにないというのがその理由だそうです。

日本では無国籍であっても在留資格があれば通常の行政サービスが受けられるということです。

ただ、現実には差別に苦しむ人、結婚をあきらめざるを得なかった人などもおり、国籍がなく困っている人がいるのも事実です。

これまでそうした声がどこにも届かなかったために社会が動かなかっただけです。【同上】
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日本は難民に関して閉鎖的な政策をとっていますが、その一環でしょう。
実質的単一民族社会を維持しようという選択は理由があってのことですし、それなりのメリットもあります。

ただ、困難な状況にある人々が現に存在するなかで、人間としての品格にも関わる「それでいいのか?」という問いを忘れるべきではないでしょう。

二級市民としての地位が固定化 国外追放も可能に
無国籍者に関して、“奇妙”なニュースがクウェートから。

中東の金満国クウェートには10万人余りの無国籍者“ビドゥン”が存在しますが、クウェート政府は彼らに国籍を付与するのではなく、遠く離れた東アフリカの島国“コモロ連合”の市民権をカネで買って与える・・・とのことです。

****無国籍住民に大量の外国籍を買うクウェートの真意****
古くからこの土地にいた遊牧民ベドウィンの子孫を他国に追放しようとする措置に人権団体が反発

オバマ政権の移民制度改革でアメリカに滞在する不法移民のうち最大500万人が国外追放を免れる見通しになった。だが大量の「不法滞在者」を抱える国はアメリカだけではない。

クウェート政府も先日、無国籍住民に対する新たな施策を発表した。その内容はあきれるほど「斬新」なものだ。

クウェートには「ビドゥン」と呼ばれる無国籍者が10万人余りいる。彼らは主に遊牧民のベドウィン族の子孫で、1961年のクウェート独立後、様々な事情で市民権取得の手続きができないまま今に至っている。

ビドゥンの多くはクウェートで生まれ育った人たちだが、クウェート政府は彼らを不法移民として扱い、市民権要求をたびたび撥ねつけてきた。

市民権がないために、ビドゥンはクウェートでは大半の職に就けず、医療や教育ばかりか、法的な保護すらまともに受けられない。

クウェート内務省は11月、無国籍住民の扱いに関する新方針を発表。ビドゥンに市民権が与えられることになった。
ただし、クウェートの市民権ではない。クウェート政府はビドゥンのために東アフリカの島国コモロ連合の「経済的市民権」、つまりカネで買える市民権を大量に購入する計画だ。

コモロはアラブ連盟の加盟国で、すでにアラブ首長国連邦の要請に応じ、同国の無国籍住民にパスポートを発行している。クウェート政府の要請に応じるには、まずクウェートに大使館を開設する必要がある。

ビドゥンはコモロ諸島に送り込まれるわけではない。人口80万人のコモロ連合は外国人に市民権を売っている。近年、オフショアの事業活動をする人などに市民権を売る国が増えているが、クウェート政府が計画しているような大量購入はこれまで行われたことがない。

コモロの市民権を取得すれば、ビドゥンは公式に地位を保証され、クウェート国内でも職に就きやすくなり、福祉サービスを受けやすくなると、表向きクウェート政府は説明している。

国際法の下ではこの措置は合法と言えるだろう。しかし人権擁護団体は評価していないと、アルジャジーラは伝えている。

この措置では、ビドゥンが求めてきたクウェート国籍は与えられず、むしろ二級市民としての地位が固定化されることになりかねないからだ。実際、コモロ国籍になることで、ビドゥンは今まで以上に不安定な立場に追い込まれる可能性がある。

世界各国には推定1000万人の無国籍者がいる。国連の「無国籍者の地位に関する条約」はこうした人々の人権を保障し、各国政府に対し無国籍者の国外追放を禁じている。
ビドゥンがコモロ国籍を取得すれば、この規定に当てはまらなくなり、クウェート政府は彼らを追放できることになる。

施策の詳細は発表されていないが、自分たちをよその国の市民にしようとする政府のやり方に、ビドゥンは納得していない。

ビドゥンの活動家はツイッターでこう訴えている。「寝るときには西アジア人だったのに、目が覚めたら東アフリカ人になっている――アラブ世界ではこんな『奇跡』が起きるのだ」【11月20日 Newsweek】
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コモロ連合はモザンビークとマダガスカルの間にある、東京都ほどの広さの小さな島国で、イスラエルによるガザ支援船拿捕事件の国際刑事裁判所(ICC)への捜査要請でも登場した国です。(2013年5月18日ブログhttp://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20130518

“ビドゥン”が無国籍状態に置かれている経緯については、「ヒューマン・ライツ・ウォッチ」によれば、以下のよう報告されています。

****クウェート:無国籍住民「ビドゥン」 無権利状態のまま****
クウェート独立までの間に取られた国籍取得プロセスにおいて、クウェートの周辺部で暮らしていた多数の人びと、とりわけ遊牧民ベドウィンの人びとは申請手続きを行わなかった。

識字能力がないため、クウェート国籍法の下、申し立てを裏付ける文書を作成できなかったり、国籍の重要性を理解していなかったりしたことが背景にある。

1960年代、70年代、クウェート政府はビドゥンに、投票する権利を除き国民と同じ社会公共サービスを受ける権利を与えた。

しかし一連のテロ攻撃を受けるなど1980年代になって政治が不安定になった際、ビドゥン政策は大きく変化。政府はビドゥンから、公立学校での教育や無料医療を受ける権利、特定の国家公務員として就職する権利などをはく奪。

政府当局は、「大多数のビドゥンは、クウェート国民が有する権利を自分も欲しいと思って、本来の身分証明文書を破棄した周辺国の国籍保有者であり、『不法滞在者』である。」と断言し始めた。


1991年のイラクによる侵攻とそれからの解放の後、ビドゥンは自分たちへの風当たりと疑念が急増していることに気づかされた。ビドゥンがイラクからの潜入者であるという疑念が強まり、もはやクウェート社会の一員として見られなくなり、多くのビドゥンはクウェート軍や警察での職を失ったのである。

2010年11月、クウェート政府当局は5年以内に問題を解決するため新たな取り組みを始めると約束し、今年(2011年)2月と3月に起きたビドゥンによる抗議運動を受けて、全ての登録済ビドゥンに対して、無料医療と子どもが無償教育を受ける権利を与えるとともに、雇用の機会を増大するという更なる約束をした。

しかしながらこれらの約束は、未だに強制力を有する法的権利とはされていない。【2011年6月13日 HRW】
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ビドゥンが公的証明書を申請すると、“(クウェート政府の不法滞在者問題執行)委員会は、申請者が他に「本当の国籍」を持つ証拠(ビドゥンは、その証拠を見る事も反論する事も認められなかった)があるとして、出生証明書・婚姻証明書・死亡証明書などの公文書交付の申請を却下。ビドゥンたちは、家族との法律上の関係を証明する手段さえない状態におかれている。”【同上】とのことです。

“一部の(登録済みの)ビドゥンはセキュリティーIDを使ってサービスを受けているが、未登録ビドゥンはそうした証明書さえ持っておらず、逮捕され強制送還されるのを恐れて外出もままならない。クウェート政府は、支援金給付(この春に約束した改革の一部を含む)の対象から未登録ビドゥンを除外。未登録ビドゥンは、教育・医療・就職において非常に大きな障壁に直面している。”【同上】とも。

こうした状況の解決方法としてクウェート政府が提示したのが、コモロ連合の「経済的市民権」を買い与えるという施策のようです。

“お金持ち”クウェートらしい施策ではありますが、表向きのクウェート政府の説明にもかかわらず、ビドゥンを自国民として認めないという基本的認識がある以上、おそらく差別的対応は続くでしょう。
場合によっては、国外追放も可能になる・・・ということのようです。

最後に、ミャンマーのテイン・セイン大統領のロヒンギャに関する最近の発言。
ひところは市民権付与も検討するとのことでしたが、随分後退したようです。

****ミャンマー大統領、改憲に消極姿勢=ロヒンギャ族脱出「作り話****
ミャンマーのテイン・セイン大統領は20日、国民民主連盟(NLD)党首アウン・サン・スー・チー氏ら野党陣営が要求している憲法改正について、「改憲は第一に国会、第二に国民の責任だ」とし、「政府がこうしろああしろと指示はできない。国軍もできない」と述べ、改憲に消極的な姿勢を示した。米政府系放送ボイス・オブ・アメリカ(VOA)のインタビューに答えた。

VOAによると、大統領はまた、イスラム系少数民族ロヒンギャ族が当局の迫害を恐れて西部ラカイン州から船で大量に脱出していると伝えられていることに対して、「ボートピープルが拷問から逃げ出しているというのはメディアのストーリーにすぎない」と主張。「一部の人間が悪意を持って否定的なことを書いている」とも語り、メディアの作り話との見方を示した。【11月21日 時事】 
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タイ  軍事政権による戒厳令のもとでくすぶる不満 不透明な先行き

2014-11-23 21:01:49 | 東南アジア

タイ・コンケンで、プラユット首相の演説中に抗議する学生ら=19日(AP=共同)【11月22日 産経ニュース】

【“見せかけの平和”】
タイの軍によるクーデターから半年が経過しました。
軍事政権の体質的とも言える問題については、10月22日ブログ「タイ “国民に幸せを取り戻す”という軍事政権の家父長・エリート主義」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20141022)でも取り上げました。

これまでのタクシン・反タクシン派の対立と混乱に国民もうんざりしていたことに加え、軍が力でタクシン派を抑え込んでいることもあって、タイの現状は表面的には平穏に見えます。

しかし、国民和解が成立した訳でも、そこへの道筋が見えた訳でもなく、軍による支配への不満もくすぶっており、今後の民政移管がスムーズに進むかは不透明です。

****くすぶる火種、先行き不透明=民政復帰16年以降の公算―クーデターから半年・タイ*****
タイで軍がクーデターでタクシン元首相派政権を打倒し、権力を掌握してから22日で半年を迎える。

戒厳令下でタクシン派など反クーデター勢力の動きが封じ込められ、平穏が保たれているが、プラユット暫定首相(前陸軍司令官)率いる軍事政権が目指す国民和解や包括的な政治・経済改革は道半ばで、民政復帰は2016年以降にずれ込む公算が大きい。政情の不安定化につながる火種がくすぶっており、先行きは不透明だ。

各種世論調査では、軍政に対する国民の支持は依然高い。長期間続いたタクシン派と反タクシン派の対立による混乱を収束させ、ひとまず政情を安定させたことがおおむね評価されているようだ。

しかし、水面下ではプラユット政権に対する厳しい見方がタクシン派だけでなく、クーデターを支持した保守派の間でも広がり始めている。

保守派重鎮は取材に対し、「問題の根本原因を取り除くのではなく、『見せ掛けの平和』を取り繕おうとしている」と政権を批判。政権による国民和解や改革への取り組みは「無駄に終わるだろう」と言い切った。

保守派重鎮は「プラユット政権は沸点に達するのを待つ湯のようなものだ」とも指摘。クーデター後、陸軍ではプラユット氏の後任の陸軍司令官に同じ派閥に属する側近のウドムデート副司令官が昇格する一方、他派閥の幹部を冷遇する人事が行われたことなどで、軍内部でも不満が高まっているという。【11月20日 時事】
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軍事クーデターを支持した(と言うか、クーデターを起こすように軍に仕向けた)反タクシン派は、インラック前首相などのタクシン派追及が進まないことへの不満があります。
また、反タクシン派の民主党にも、軍部の政党制を軽んじる動きへの警戒感が出ています。

****政党を弱体化」募る危機感****
暫定政権は10月以降、国家改革評議会や憲法起草委員会を設置。1年後とされる民政復帰に向け、制度改革や新憲法起草に乗り出した。

これに異論を唱えているのは、むしろ軍を支持してきた反タクシン派だ。

クーデター前に反政府デモを続けた「人民民主改革委員会」(PDRC)指導者の1人、タウォーン・セニアム氏は「軍人と官僚は権力を独占したがる。国民が求めているのは前政権の腐敗の追及だが、インラック氏を含むタクシン派政治家の弾劾(だんがい)に取り組もうとしない」と、一時は抗議デモも辞さない考えを示した。

タクシン政権を崩壊させた2006年のクーデター前後に反タクシン運動をした別団体の元幹部で今回、憲法起草委員に選ばれたカムヌーン・シッティサマーン氏も「軍が強い措置をすぐにとると期待していたが、軍はタクシン派の反撃を招けば治安を崩壊させると案じている」と話す。

PDRC関係者らは、国王を頂点とするタイの伝統的な支配体制を覆しかねないタクシン派に対抗するうえで、軍は仲間だと考えているとされる。だが、暫定政権や改革評議会などのメンバーは軍関係者や官僚らが中心で「自分たちがタクシン派排除の改革を主導できると思っていたのに、という不満がある」(国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウオッチのスナイ・パスック上級研究員)。

野党だった民主党のアピシット・ウェチャチワ党首も今月初め、報道陣に「憲法案起草に関与させないなど、政党や政治家を弱体化させようという力が働いている」と軍を牽制(けんせい)した。

暫定政権が示した改革の指針には、政党や選挙で選ばれる政治家の権限を制限しようとする意向が透ける。タクシン派政党を再び台頭させない狙いとみられているが、影響は民主党にも及ぶ。伝統的な統治観のなかでは、政党は格下扱いのようで、民主党にも危機感が見え始めている。

ほぼ全権が集中するプラユット氏は改革の方向性について多くを語らず、「軍の真意が見えない」(反タクシン派)という疑念を生んでいる。【11月23日 朝日】
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もっとも、タクシン派政治家弾劾の動きがない訳ではなく、今後への影響が注目されています。

****前両院議長の弾劾審議決定=政治対立再燃も―タイ議会****
タイ立法議会(国会に相当)は6日、国家汚職追放委員会(NACC)の請求を受け、タクシン元首相派のニコム前上院議長とソムサク前下院議長に対する弾劾審議を開始することを決めた。

立法議会はコメ担保融資制度をめぐる職務怠慢でインラック前首相についても12日に弾劾審議入りするかどうか判断する方針で、政治対立が再燃する可能性もある。【11月6日 時事】 
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この件がその後どうなったのかは、情報を目にしていません。少なくとも、インラック前首相の弾劾審議開始とはなっていないようです。

立法議会の構成は、軍政トップのプラユット陸軍司令官率いる国家平和秩序評議会(NCPO)が議員に選んだ200人のうち、現役・退役軍人が100人以上を占めるというものですから、基本的には軍事政権の意を受けた結論を出すものと思われます。

タクシン派は、今のところは様子見の姿勢ですが、選挙が行われれば結局自分たちに支持が集まる・・・との考えもあるようです。

“タクシン派は組織的な運動を今は考えていない模様だ。タクシン氏実妹のインラック前首相が率いていたタイ貢献党の幹部は「軍人に経済運営はできない。景気が悪くなれば国民は軍が居座ることを認めなくなり、早く選挙をという機運が生まれる」と話す。”【同上】

軍事政権への批判は挙動や服装も含めて一切許されていませんが、それでもプラユット暫定首相が19日、国内視察の最初の地として東北部の中心都市コンケンを訪れた際に、抗議の意思を示す学生が拘束されたことも報じられています。

****タイで学生拘束、首相演説に映画まねた独裁抗議の指サイン****
タイで人権擁護活動に当たる弁護士組織は20日、同国東北部コーンケン県で19日、演説するプラユット首相の面前で、独裁国家との戦いを描いた米人気映画で抵抗のジェスチャーとなっている「3本指」を突き付けた地元の大学生5人が拘束されたと発表した。

戒厳令に違反した罪で訴追される見通し。5人は首相による公務員向けの演説会場で列をつくりながら、「軍のクーデターは不要」の文字が書かれたシャツを着用していたという。

タイ政府の報道官はコメントを求めたCNNの要求に応じていない。

拘束後、軍施設に連行された5人は、政治活動に今後関与しないとの合意事項への署名を拒否。拘束から約8時間後に釈放されたが、戒厳令違反の訴追手続きで後日の出頭を命じられたという。

軍クーデターで実権を握った首相は陸軍司令官当時の今年5月、戒厳令を布告。軍政はこれ以降、公共秩序の回復を名目にメディア規制、外出禁止や公の場での集会禁止などの措置を打ち出している。

ただ、軍政批判派の活動は消えておらず、ツイッターで流行するポップ文化を取り入れた抗議などが続いている。

3本指の抵抗サインは、独裁国家が仕掛ける殺人ゲームを描いた米映画「ハンガー・ゲーム」で10代少女の主人公が突き付ける表現となっている。女優ジェニファー・ローレンスさんが主役を演じた映画は、スーザン・コリンズ作の小説が土台となっている。

同映画のシリーズ3本目となる新作はタイ内で20日に公開予定。ただ、首都バンコク中心部にある1カ所の映画館は民主派の学生グループがチケットを買い、館内で集会を予定しているとして全ての上映を中止したという。【11月20日 CNN】
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【「報道の自由の概念を際限なく用いると、国に悪影響を与える」】
軍事政権のプラユット暫定首相は、政権批判を許さない報道規制を更に強化する姿勢を示しており、戒厳令についても解除する意思のないことを表明しています。

****タイ暫定首相、報道規制強化か****
5月にクーデターを起こしたタイ暫定政権のプラユット首相は21日夜、定例のテレビ演説で「報道の自由の概念を際限なく用いると、国に悪影響を与える」と述べ、政権を批判するメディアへの規制強化を示唆した。 

プラユット氏はメディアに対し政権批判を控えるよう求めることはあったが、「報道の自由」にまで踏み込んだ発言は初めてとみられる。 

テレビ司会者が番組で政権批判と受け取れる発言をして降板させられたことが14日判明し、地元記者らがソーシャルメディアなどで非難している。こうした動きをけん制する狙いがあるとみられるが、さらなる反発を招くのは必至。【11月21日 共同】
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****プラユット首相、戒厳令解除の可能性を否定****
戒厳令の継続に批判的意見があることについて、プラユット首相は11月20日、「メディアは戒厳令に関しわたしに質問するのをやめるべきだ。(戒厳令が敷かれていることで)誰が迷惑しているのか教えてほしい。今最優先に考えなくてはならないのは国の将来のこと。対立や不和があってはならない」と述べ、戒厳令が治安維持や国家改革遂行に不可欠との考えを改めて強調した。

また、首相は、「特別法(戒厳令)の施行はわたしにとってうれしいことではない。戒厳令で付与された権限を行使すればするほどわたしは不幸せになる」と述べ、戒厳令を施行せざるを得ないような状況を作り出さないよう呼びかけた。【11月21日 バンコク週報】
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プラユット暫定首相は10月15日、民政移管に向けて2015年中に実施する意向を示していた総選挙が16年にずれ込む可能性を示唆していますが、それに先立つ新憲法などの政治枠組みについて、“一院制で全議員を任命制とする選挙のない制度”まで含んだ可能性が検討されていることは、前回ブログでも取り上げました。

そのあたりがもう少し見えてくれば、現在くすぶっている火種が更に大きくなることも予想されます。
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ロシア  欧米の対ロシア制裁による国内経済への影響 食品価格高騰・ルーブル急落

2014-11-22 23:04:57 | ロシア

(余裕の表情でG20が開催されたオーストラリアを去るプーチン大統領 欧米首脳との“打ち合い”にはタフなプーチン大統領ですが、経済への影響はまた別物です。  “flickr”より By G20 Australia 2014 https://www.flickr.com/photos/g20australia/15614329327/in/photolist-pMMw7B-pMLhi7-pMLhgo-pMJbvv-pMJbse-pMMnpX-q5hBuw-pMLKFy-pMMZ54-q7oJkF-q4ExCQ-q88sKX-q6fmwh-pNiHYV-p9MFjx-q6mFJE-pRV44G-q6SDnP-q78AFN-pNFUXd-pa81xz-pNWmt7-q86JDe-pbBfwV-pQVnxR-q6VYRj-p9Zvd7-pa2T34-pPKC4k-q6iCap-p9pwxP-q7JgLu-q89Dzv-pPaFKq-pNVoVJ-pNrsXe-pPjFFE-q3p98E-pQ1oQz-pPxi8i-q6XcT8-q76bZi-pQ8Rks-p9wdYB-pRWXrf-p9SeP4-q7i59R-pRVALN-q7pq9i-pNHmdc

【「結果にも雰囲気にも満足している」】
16日に閉幕したオーストラリア・ブリスベンでの20カ国・地域(G20)首脳会合は、ウクライナ情勢をめぐって欧米各国の首脳がロシアのプーチン大統領を相次ぎ非難する一方、プーチン氏は当地で別途開かれた新興5カ国(BRICS)首脳による非公式会合で結束を確認するなど、他の新興国を巻き込んで欧米と対抗する構えを示しました。

渦中のプーチン大統領が閉幕を待たず「公務に備えて眠りたい」と帰国の途に就いたことで、欧米首脳から批判を浴びたことに不満を抱き日程を切り上げた可能性も取り沙汰されました。

ただ、プーチン大統領の性格としては、欧米の批判に一人立ち向かう役どころは、“強い指導者”を国内外に示すの
にうってつけの得意とする状況設定ですから、怒って帰ってしまう・・・ということはないのでは。

G20においても、欧米からの批判にも関わらず、表の議論として「ウクライナ」が触れられることはなく、その点でもプーチン大統領の思惑どおりだったとも言えます。

****<G20>「ウクライナ」陰の議題 ロシア批判広がらず****
主要20カ国・地域(G20)首脳会議では主に経済問題が議論された一方、不安定化するウクライナ情勢がもう一つの重要テーマとして、ロシアと関係諸国の間で個別に話し合われた。

米欧の厳しい批判は織り込み済みで参加したプーチン露大統領は「結果にも雰囲気にも満足している」と強調。米欧側も「ロシアにクギを刺した」と成果を誇った。今回、主張を直接戦わせたことが、今後の情勢安定化につながるか注目される。

雇用創出、環境問題、エボラ出血熱--。G20の首脳宣言で、「ウクライナ」は一切触れられなかった。中国やインドなど良好な対露関係を維持する新興国が加わる国際会議の場で、ロシアを非難する米欧への同調は一部にとどまった。

プーチン氏は16日の記者会見で「公式会議ではウクライナについて全く触れられなかった」と余裕を見せ、精力的にこなした英仏独などとの個別首脳会談に関して「お互いをよりよく理解できた」と自負した。米露の直接対話は実現しなかった。

紛争が続くウクライナ東部情勢で、ロシアは自国軍の介入を否定し、「善意の第三者」として振る舞い続けている。プーチン氏はウクライナ議会選挙と東部の親露派による独自選挙が相次いで実施されたことを「解決のチャンス」と会見で主張。親露派勢力を正統な交渉相手と認めるべきだとの考えを改めて示唆した。

「これ以上、情勢を不安定にさせるなら制裁はより厳しくなる」。キャメロン英首相とオバマ米大統領はそれぞれの総括記者会見で声をそろえ、ロシアに警告。16日、米欧首脳会合と日米豪首脳会談も開き、対露制裁実施国の結束をアピールした。

だが、ロシアとの根比べは当面続くとみられ、キャメロン氏は「米欧諸国の政治的意思とスタミナがテストされている」と語った。【11月16日 毎日】
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代替が困難なロシア経済
欧米首脳の批判は乗り切ったプーチン大統領ですが、制裁合戦ともいえる状況での“根比べ”はロシアにとって決して容易なものではありません。

天然ガス輸出などで中国との関係を強化することで欧米に対抗する姿勢を強めているロシアですが、欧州から物資が入らなったら替りに中国から・・・と簡単にいくものでもないようです。

****中国の青果 「ロシア市場で欧州の代替にならない」と露通信社=中国メディア****
中国メディア・環球網は7日、ロシアの消費者権利保護協会会長が「中国産の青果は物流や品質上の理由で、ウクライナ問題で撤退した欧州産品に代わってロシア市場を占拠することはできない」とコメントしたとするロシアの通信社「ノーボスチ」の6日付報道を伝えた。

記事は、同協会会長が記者会見において「中国の野菜は安価かつ大量だが、シベリア鉄道にはそれだけの物品を運ぶ能力がない。トラック輸送でも不可能だ」と語ったことを紹介した。

さらに、ロシアの品質検査基準が中国産食品のロシア市場への大規模流入を阻害しているとし「ロシア連邦消費者権利保護・公益監督局所属の実験室や関連機関はいずれも欧州基準を守っている。中国が用いている農薬や除草剤は欧州のものと完全に異なる」と説明したことを伝えた。

そして「中国ではこの点に注意する者がおらず、われわれも彼らの方法をモニタリングすることは不可能であり、中国産食品の品質を確認することはできない」と語ったとした。

また、ロシア国内において中国産食品は「極東市場でシェアを獲得することしかできない」との見解を示したことを併せて伝えた。【11月14日 Searchina】
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極東で豊富な漁業資源にしてもモスクワなどに運ぶインフラが乏しいなどの国内問題が露呈して、食品価格は高騰しています。

****魚はどこに消える ロシア禁輸措置が庶民の台所に影響****
米欧の制裁に対する報復措置として、ロシアが広範な農水産品の輸入を禁止したことが庶民の食卓に響き始めた。通貨ルーブルの急落も重なり、多くの食品が高騰している。

中でも目立つのが魚で、行きつけのスーパーでは鮭(さけ)の切り身が夏場以降に100ルーブル(約245円)も値上がりした。西部の都市部で幅をきかせていた、ノルウェー産の魚が禁輸対象とされたことが大きい。

ロシアは本来、オホーツク海やベーリング海という世界有数の好漁場を抱える漁業大国だ。だが、皮肉なことに、国内漁獲の7割を占める極東産の魚が、モスクワなど西部に向かうことはない。インフラが劣悪なために輸送が困難で、漁獲のほとんどは利ざやの大きい輸出に回される。

報復措置を発動した際、政権は禁輸対象品が国産で代替され、産業が発達することを期待した。だが、モスクワで食することになる極東産の魚は相変わらず、中国で冷凍加工され、「中国産」となった製品だ。

禁輸措置を受け、海のない隣国の「ベラルーシ産」と表示された牡蠣(かき)や鱒(ます)もお目見えした。同国はロシアと関税同盟を組む「友好国」とされるが、報復制裁には同調せず禁輸対象品の迂回(うかい)ルートとして稼いでいる。

制裁はロシアのいろいろな矛盾を浮き彫りにしている。【11月18日 産経】
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下落するルーブル
目下の最大の問題は、米欧の制裁や石油価格の急落で、通貨ルーブルの価値が暴落していることでしょう。
11月10日は完全変動相場制移行を余儀なくされています。

****露ルーブル、完全な変動相場に移行 ウクライナ情勢で急落、介入に限界****
ロシア中央銀行は10日、通貨ルーブルについて米ドルと欧州ユーロに対して設定していた相場変動の許容幅を撤廃し、完全な変動相場制に移行したと発表した。

ウクライナ情勢をめぐる米欧の対露制裁や石油価格の急落で、ルーブルの対ドル価値は年初から約4割下落、為替介入による許容幅の維持が困難になっていた。

ただ、中銀は金融の安定に脅威が生じる場合は介入を行うと表明している。

露中銀は10月だけでルーブル買い支えに約300億ドル(約3兆4200億円)を投じ、同月末の外貨準備高は4286億ドル(約48兆9300億円)まで減少。

変動相場への移行のメドは来年1月とされていたが、今月5日には介入の限度額を1日あたり3億5千万ドル(約400億円)に制限すると発表していた。

変動許容幅の撤廃には投機資金の影響を抑える効果が期待される半面、ルーブルの評価が根本的に変わることはないとの見方も市場関係者には出ている。【11月10日 産経】
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下記の【英エコノミスト誌】記事は、おそらく上記の完全変動相場制移行発表前に書かれたものと思われますが、指摘している状況は今も同じです。

****ロシア経済:ルーブル暴落の足音****
【英エコノミスト誌 2014年11月15日号】
・・・・ルーブル安には根深い原因があり、いずれも消えてなくなるものではない。

1つ目は原油だ。2014年上半期にロシアの輸出は2550億ドルの収入をもたらし、そのうち68%が原油と天然ガスの販売によるものだった。

上半期の平均原油価格は1バレル109ドルだった。それが今では80ドルに近い水準だ。
原油価格と比例する減少率をエネルギー輸出に当てはめると、収入が400億ドル以上減ることになる。ロシアの経常黒字をすべて帳消しにし、なお穴を開ける規模だ。

大半の経済国では、大幅な通貨下落は国産品に対する需要を押し上げる。外国製品の価格が高くなるにつれ、買い物客が国産の代替品を選ぶようになるからだ。だが、ロシアの近年の歴史は、そうした代用を困難にする。

ソ連時代の補助金から市場を基盤とする農業への移行は円滑ではなかった。ロシアとウクライナにおける牛肉、豚肉、鶏肉の生産は、1991年には1300万トン近かったが、2001年にはたった500万トンになっていた。

最近、(特に穀物生産で)多少の改善が見られたが、ロシアの農業はまだ極めて非効率だ。その結果、食肉、牛乳、卵などの多くの輸入品は、国産の代用品がごくわずかしかない。

こうした製品を輸入する卸売業者は、製品購入のためにドルを必要とし、それがルーブルに下落圧力をかけている。

迫り来るドル建て債務の返済期限
ほかにも、ルーブルを売ってドルを買う理由がある。中銀の統計によると、ロシア経済全体で今後1年以内に返済期限を迎える対外債務が1200億ドル以上ある。ざっと3分の1が銀行による借り入れで、残る3分の2が銀行以外の企業の債務だ。

一部の企業、特にロシアのエネルギー大手、には、ドル建ての収入がある。銀行を含む残りの企業の大部分は、ドル建ての収入源を持たない。

制裁措置の影響で多くのロシア企業はこうしたドル建て債務を借り換えるために外国で借り入れを行うことができないことから、これは継続的なドル需要を生み出す。

12月に大規模な債務返済が控えているため、年末までに、ルーブルが再び暴落する可能性がある。

西側の市場と通貨に対する依存は、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領を苦しめている。プーチン大統領は11月10日、中国の習近平国家主席と、ロシアが新しいパイプラインを経由してシベリアから中国へ天然ガスを輸出することになるガス供給契約に調印した。

中国シフトにはなお時間
この契約は巨大な新規需要源をもたらし、中国が欧州に取って代わってロシア最大の輸出市場になるかもしれない。加えて、ドルではなく人民元建てで売買し始めるという合意は、ドルに対する需要を減らす。

しかし、パイプラインの建設には何年もの歳月を要し、プロジェクトの資金調達はまだ確保されていない。一方、ロシアは今後何年も、安い原油・天然ガス価格に耐えなければならないかもしれない。

11月12日、米国政府機関のエネルギー情報局(EIA)が公表した新たな予想によると、原油価格は2015年の年間平均で1バレル83ドルになる可能性が高いという。

原油価格が1バレル90ドルに上昇するという楽観的な想定に基づき、ナビウリナ総裁はまだ、2015年にゼロ成長と8%のインフレ率を予想している。ロシアのルーブル危機はまだ当面終わりそうにない。
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原油価格は更に下がって1バレル76ドル前後で推移しています。サウジアラビアが減産調整を行わない状況では、しばらくこの安値傾向が続くことが予想されます。

食料品の国内産への代替が進まない状況は、前述の【Searchina】【産経】記事にもあるところです。

更に、ドル建て債務返済のためのドル需要ということで、ルーブル安・物価押し上げ圧力は続きそうです。

****欧州代わりに中国に期待 プーチンの危険な妄想****
・・・・プーチンの思惑どおり、地政学的な見地からロシアは欧米を回避するために中国に接近している、とメディアは書き立てた。

しかしこうした戦略は賢明どころか、無謀な大ばくちだ。中国もアジアも、ヨーロッパに代わるロシア経済の重心にはなり得ない。
経済的にも文化的にも社会的にも、ロシアとヨーロッパのつながりはあまりにも深い。

それでもロシア軍は国境を越えてウクライナになだれ込み、ロシアは米カリフォルニア沿岸近くで爆撃機の訓練飛行を計画していると発表した。冷戦ピークでさえ、ここまでの挑発はなかった。

プーチンは中国にヨーロッパの代わりが務まるという「妄想」に取りつかれている。実際はロシアの貿易取引の約半分をEUが占め、ウクライナ、トルコ、スイスも加えれば約60%に上る。

まっとうな指導者ならそれほどの貿易相手を避ける道を選ぶはずはないが、プーチンの場合は外交上の強硬策が通商面にも影を落としている。それに、中国との天然ガス供給契約で損をするのはたいていロシアだ。(中略)

ロシアの船は昔からヨーロッパを目指してきた。外交でも通商でも多様性は大事だが、ヨーロッパへの腹いせに中国にすり寄る「アジア重視」政策はロシアの得にはならないだろう。損をするのはプーチンだ。しかも国民まで道連れになる。【11月21日 Newsweek】
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合意を履行しない場合は制裁強化も
ウクライナは相変わらずで、ロシアによる親ロシア派軍事支援が増強されていると報じられています。

アメリカのバイデン副大統領はウクライナを訪問してポロシェンコ大統領と会談し、停戦に合意したあとも戦闘が続く東部の情勢について、ロシアが合意を履行していないと非難したうえで、「挑発行為を続け、合意を履行しない場合は、ロシアはより大きな代償を払い一段と孤立することになる」と述べ、制裁の強化も辞さない考えを示しました。【11月22日 NHKより】

もちろん対ロシア制裁は、欧州側にも大きな負担を伴い、欧州内部での不協和音を生みます。

“根比べ”が双方の妥協を産めばいいのですが、最近のプーチン大統領の言動を見ていると、損得を顧みない別の価値観に突き動かされているようでもあり、あまり楽観できません。
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アメリカ・オバマ大統領  移民制度改革を大統領令で強行 批判を強める共和党 深まる対立

2014-11-21 22:28:25 | アメリカ

(移民制度改革に関するスピーチについてスタッフと協議するオバマ大統領 TVドラマ「ザ・ホワイトハウス」(The West Wing)そのままの光景です “flickr”より By South Bend Voice https://www.flickr.com/photos/126015850@N02/15836500291/in/photolist-q8qcNt-pRpgyk-pbyh37-pQYWj4-pR1rAG-pbsvoY-q8fW8c-pRcyQu-pRaV5m-pbBZPN-q8pwik-pR29Zm-pQZeEt-pQZeDB-pQWguX-q8t91J-pbAefP-pbBUX2-q6gqLN-pQZJ2r-q8uBoC-pQYefG-pQYccy-q8uAjo-q6gp5G-q8FRgf-pQVZqJ-q8saGw-pQY9i9-pR7oYy-q8ke5g-q8ke2F-pbMx7E-q6ngds-q8MtvP-q6Fh3h-pRf6A3-q8CLxJ-q8CKX5-pR8UEK-pRaoDb-pR8V3Z-pbL4NH-q8CLRu-q8CLGG-pRaopd-pbL57i-q8kdKi-pR7oPf-pbL58R)

国民は我々に政策を進めるよう望んでいる・・・・だろうか?】
自身の不人気が大きく影響する形で中間選挙において与党・民主党が敗北し、“レームダック化”も囁かれるアメリカ・オバマ政権が、上下両院で多数を握った野党・共和党との間で、どのような政権運営を行っていくか注目されています。

大統領・共和党双方が対決姿勢を強め、これまで以上に議会の機能不全が深刻化するのか、大統領・共和党双方が歩み寄る形で議会の機能が回復するのか。

オバマ大統領としても最初からけんか腰という話もありませんので、まずは、当然ながら協力を模索することから始めています。

****<オバマ米大統領>共和党と協力模索 雇用創出など****
オバマ米大統領は5日、与党・民主党の惨敗となった中間選挙を受けてホワイトハウスで記者会見し、「(任期残りの)2年をできる限り生産的なものにするため、新たな議会と協力したい」と述べ、野党・共和党との協力を模索すると表明した。

雇用創出など考え方の近い分野から協力を目指す。ただ、オバマ氏は議会が可決した法案に対する拒否権行使に言及し、主要政策では対立が続く可能性もうかがわせた。

オバマ氏は会見で共和党下院トップのベイナー下院議長、上院トップのマコネル院内総務と電話で協議したことを紹介。

「国民は我々に政策を進めるよう望んでいる。両党の全員がその気持ちに応える責任があり、私は大統領としてそう努める特別な責任がある」と述べ、議会に協力を呼びかけて政策を実現する考えを強調した。(後略)【11月6日 毎日】
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7日には、野党共和党幹部ら議会指導者をホワイトハウスでの昼食に招き、中間層支援など一致できる政策に協力を求めましたが、オバマ大統領が重視している移民制度改革案について、これ以上議会でのたなざらしを認めない強気の姿勢を見せる大統領と、あくまで反対の立場の共和党の歩み寄りは得られませんでした。

****オバマ氏、共和指導者と口論 移民制度改革、溝は埋まらず・・・・****
オバマ米大統領は7日、中間選挙で勝利した野党共和党幹部ら議会指導者をホワイトハウスでの昼食に招き、中間層支援など一致できる政策に協力を求めた。

ただ、オバマ氏は共和党が反対する、不法移民の市民権取得に道を開く移民制度改革を大統領令で実行する考えを示し、与野党の溝は埋まらなかった。

共和党から上院の多数党指導者となるマコネル院内総務、ベイナー下院議長ら、民主党からはリード上院院内総務らが出席した。

オバマ氏は共和党指導者に「民主党か共和党かでなく、政策が機能するかどうかを考えたい」と述べて協力を呼び掛け、エボラ出血熱やイスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」に対処するための追加支出を承認するよう求めた。

また、オバマ氏は共和党が過半数を握る下院で移民制度改革法案がたなざらしになっていることを挙げ、大統領令を念頭に「行動をとる」と述べた。

これに対し、共和党指導者は強く反発。AP通信によると、オバマ氏は移民制度改革でベイナー氏と口論となり仲裁に入ろうとしたバイデン副大統領を怒った様子で遮ったという。【11月9日 産経】
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「国民は我々に政策を進めるよう望んでいる」(オバマ大統領)・・・・当然のことのようにも思えますが、共和党支持者についてみると、必ずしもそうとは言えないところもあります。

****それでもアメリカの右派はオバマ弾劾にこだわる****
保守の政策課題の実現を後回しにしても、オバマの歴史的評価を下げたいという欲求

上院でも多数派になった今、民主党の一部も巻き込んでどんどん法案を通そう・・・・共和党のミッチ・マコネル上院院内総務はそラ考えているだろう。

だが共和党を支持した有権者が求めているのはそんなことではない。

ピュー・リサーチセンターが共和党員と支持者を対象に中間選挙後に実施した調査では、共和党はさらに保守色を強めるべきだと答えた人が57%。より穏健な路線に舵を切るべきだと答えた人は39%にすぎなかった。

一般の共和党員は議会が機能するかどうかには関心がない。
法案の成立を後回しにしてでも、オバマ大統領と「対決」してほしいと答えた党員は66%に上った。共和党が上下

両院を制した今、彼らが望むのは数の力でオバマを倒すことだ。

中間選挙であぶり出された反オバマの民意の高まり。下院民主党でナンバー3の地位にあるジェームズ・クライバーンはこの状況をにらんで衝撃的な予測をする。「(共和党は)何らかの理由を見つけて、大統領弾劾決議案を出すだろう」

クライバーンによれば、共和党支持者の望みは「オバマの名前が脚注付きで歴史に残る」ことだ。「罷免できなくてもいいから、オバマを任期中に訴追された史上3番目の大統領にする。それが彼らの計画だ」

もっとも、共和党指導部の視野に弾劾は入っていないようだ。
ジョン・ベイナー下院議長は7月末の記者会見で、「大統領弾劾の計画は今も今後もいっさいない」と明言。中間選挙の直前にも広報担当が重ねてこう断言した。「ベイナーは弾劾の可能性を選択肢から外した。その姿勢は変わっていない」

右派で鳴らすポール・ライアン下院予算委員長もオバマの行動は弾劾要件の「重大な犯罪にも軽罪にも当たらない」と言い切っている。弾劾手続きに入れば重要な役割を担うはずのボブ・グッドラットド院司法委員長や、共和党の大統領候補の1人と目されるランド・ポール上院議員も同様の立場だ。
それでも、クライバーンの警告はまんざら的外れではない。(後略)【11月25日号 Newsweek日本版】
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【「法案を通せ」との大統領 「王か皇帝のように振る舞っている」と共和党は批判
大統領弾劾はともかく、支持者の間で“法案の成立を後回しにしてでも、オバマ大統領と「対決」してほしいと答えた党員は66%に上った”という状況では、共和党指導部としても、妥協は弱腰批判に曝されるだけですので、どうしても対決姿勢が前面にでます。

オバマ大統領としても、共和党側の妥協が期待できない状況では、座して待つだけではいよいよ“レームダック化”が進行するだけですから、強行突破してでも・・・・という話にもなります。

対立の焦点となっている移民制度改正について、オバマ米大統領は20日夜、一定条件を満たす約500万人の不法移民に対し、身元調査や税金支払いなどを条件に強制送還を猶予することを柱とする移民制度改革を大統領令で実施すると発表しました。

****<オバマ大統領>強制送還500万人猶予…移民改革を発表****
オバマ米大統領は20日夜、ホワイトハウスでテレビ演説し、米国の市民権を持つ子供の親など約500万人の不法移民に対し、身元調査や税金支払いなどを条件に強制送還を猶予することを柱とする移民制度改革を大統領令で実施すると発表した。

レーガン政権下の1986年移民法で約300万人の不法移民に法的地位を与えて以来の大改革だ。ただ、野党・共和党は猛反発し、対抗措置を検討している。

オバマ氏は演説で「問題解決に最も良い方法は、このような良識的な法を通すために(与野党が)協力することだ。しかし、そうなるまで私は大統領権限を使って行動する」と決意を表明。

(1)国境警備を強化する(2)高度な技術を持つ人たちがより移民しやすくする(3)条件を満たした不法移民に一時的な滞在許可を与える、と説明した。

具体的には、米国在住が5年以上で、子供が米国の市民権や合法的な永住権を持っている親は、犯罪歴など身元調査の通過や税金納付の意思などの条件を満たせば、強制送還が猶予され、「(社会の)闇から出て、法に基づく権利を得ることができる」制度を提案。

最近や将来の不法入国者には適用されず、市民権や永住権の付与ではない。社会保障などの恩恵を得られるものでもない、とした。

ホワイトハウスによると、制度に基づく猶予期間は3年間で、今後半年以内に申請受け付けを開始する。2009年末までに子供として入国した人も3年間の猶予を得られる。

共和党が「不法入国者への恩赦だ」と批判していることについて、オバマ氏は「私の行動に疑問を持つ議員たちに対する答えは『法案を通せ』ということだけだ」と反論した。

米国には約1100万人の不法移民がいるとされる。オバマ氏は、昨年上院を通過した包括的な移民制度改革法案が共和党の反対で成立の見通しが立たないことから、議会を迂回(うかい)する大統領令で法案の一部を実現させる考えだ。

一方、4日の中間選挙で上下両院の過半数を制した共和党は、「『我が道を行く』という大統領のやり方は、米国国民との信頼構築を難しくする」(ベイナー下院議長)など、大統領令での改革に強く反発している。【11月21日 毎日】
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オバマ大統領が就任当初から移民制度改革を重点課題として取り組んできたのは、人道上の理由に加え、能力のある移民を受け入れることは米国の活力を高めるという考えからとされています。

「権利を得られない労働者に私たちの果物を摘ませ、ベッドメーキングをさせるような偽善を許容する国家なのか」とも述べています。

移民制度改革がたなざらしになっていることに、改革実現を望むヒスパニック系は大統領不信を強めています。大統領・民主党支持傾向が強いヒスパニック系ですが、中間選挙では大統領批判も出ていました。その点でも、これ以上は・・・というところでしょう。

一方、野党・共和党は、メキシコとの国境から中米の子供が不法入国する問題が深刻化した事態を、オバマ大統領が不法移民に市民権を付与しようとしていることが“誘因”だと中間選挙で民主党を攻撃しました。

「かつて彼は、大統領は『王でも皇帝でもない』と述べたが、王か皇帝のように振る舞っている」(ベイナー下院議長)【11月21日 産経より】

また“シャットダウン”に“デフォルト”か
移民制度改革法案については、共和党重鎮のマケイン上院議員も共同提案者になっているように、上院では一定のコンセサスが得られた問題ではありますが、大統領が強硬姿勢を鮮明にしたことで、大統領と共和党の対立が深まっています。

“大統領令で移民制度改革を強行すれば、12月11日に期限が切れる暫定予算案の可決や、次期司法長官に指名されたロレッタ・リンチ氏ら高官人事の承認に影響が出るのは確実だ。”【11月19日 産経】

今後も“シャットダウン(政府機関閉鎖)”とか“デフォルト(債務不履行)”という言葉が、飛び交う展開となりそうです。

まあ、経済状態が良好な分、日本よりはましと言えるでしょうが、イラン核開発問題、「イスラム国」対応、ウクライナ問題などでの大統領の指導力も大きく制約されそうです。

このほか米上院では、大統領・民主党議員の多数が反対するカナダのオイルサンド(油砂)から取られた原油をテキサス州の精製施設に運ぶパイプライン「キーストーンXL」の建設を承認する法案(下院では可決)、及び野党共和党の多くが反対するアメリカ国家安全保障局(NSA)による不特定多数の電話通信記録の収集を禁じた法案の審議打ち切り動議が、それぞれ賛成59票と58票と議事妨害(フィリバスター)阻止に必要な60票にとどかず、年内の成立が不可能になっています。

日本のように必ずしも所属政党で賛否が決まっている訳ではなく、法案ごとに議員の判断で動く部分があることも、日本の議会制度に比べたら“まとも”とも言えます。

大統領制と議院内閣制の違いはありますが、アメリカ議会の機能不全以上に、日本の国会審議の形骸化は深刻とも言えます。

大統領・共和党の対決があらわになるなかで、与党・民主党の下院トップであるペロシ下院院内総務が19日、オバマ米大統領が催した同党指導者との夕食会を断り、歌手のビリー・ジョエルさんの「ガーシュイン賞」受賞を記念するコンサートに出席したことが話題となっています。

大統領令による移民制度改革の実行を発表する前の根回しの意味もあった夕食会ですが、ペロシ氏の事務所は、ホワイトハウスからオバマ氏の案について事前説明を受けたとしています。

ビリー・ジョエルさんはこれまでもオバマ支援コンサートなどを行っています。

単に「どうしてもビリー・ジョエルのコンサートに行きたかった」という話ならそれだけのことですが、大統領の不人気で中間選挙に敗北した民主党トップとして、大統領との間で何か含むところがあるとしたら今後にも影響します。真相は知りません。
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