孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

ミャンマー・ロヒンギャ問題 “ノーベル平和賞受賞者”スー・チー氏へ強まる批判・圧力

2016-12-31 22:05:44 | ミャンマー

(バングラデシュ東部テクナフで、ミャンマーからナフ川を渡ってバングラデシュ側に逃れようとしたイスラム系少数民族ロヒンギャの人たちを監視するバングラデシュの治安部隊員(2016年12月25日撮影)【12月30日 AFP】 ミャンマーからは虐殺・放火・レイプで追われ、逃れたバングラデシュでは銃で監視・・・行き場がないロヒンギャです)

ASEAN非公式外相会議でスー・チー氏「時間と裁量の余地を与えてほしい」】
ミャンマー西部のラカイン州で続くロヒンギャの問題については、12月13日ブログ“ミャンマー  ロヒンギャ問題で国軍の“民族浄化”も スー・チー氏はASEAN外相会議開催” http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20161213など、今年も何回か取り上げてきましたが、未だ改善の兆しは見えません。

イスラム教徒でもあるロヒンギャはミャンマー政府から国民として認められておらず、彼らを嫌悪する多数派仏教徒の圧倒的世論を背景とする国軍の暴力的対応は、ロヒンギャを国外に追い出すための“民族浄化”ではないかとの批判が国際的に高まっています。

****虐殺、暴行、放火と深刻な人権侵害****
隣国バングラデシュと国境を接するミャンマー西部ラカイン州で10月9日、国境に近い地域の警察施設など3か所が武装集団に襲撃され、警察官9人が死亡する事件が発生した。

武装集団の正体は不明だが、国軍は同州に多く居住するロヒンギャの反政府組織による犯行と一方的に断定、ロヒンギャの人々が暮らす集落への攻撃を開始したのだ。

タイに本拠を置く人権団体などによると、ロヒンギャ族が生活する住居は略奪の後放火され、男性は虐殺され、女性は暴行を受けるなどの深刻な人権侵害が続いているという。

越境してバングラデシュに逃れたロヒンギャ難民は2万人以上に達している。

人権団体は「現在の状況は治安維持を超えた軍事作戦レベルであり、このままではロヒンギャ族が絶滅しかねない民族浄化が続いている」と国際社会に「ロヒンギャ問題への介入」を強く訴えている。【12月26日 Newsweek】
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ミャンマー民主化が期待されたスー・チー国家顧問ですが、国民世論の反発を恐れてか、この問題には口を閉ざしており、事態改善を求める国連・人権団体などからの批判が強まっています。

国連や人権団体だけでなく、イスラム国家のマレーシア・ナジブ首相も「事態を静観、放置しているスー・チーは一体何のためにノーベル平和賞を受賞したのか」とスー・チー氏を強く批判するなど(ナジブ首相の狙いは、自信への汚職疑惑への国民批判をそらすことにあると思われますが・・・)、ASEAN内においても圧力が高まり、12月19日、スー・チー氏はミャンマー・ヤンゴンでASEAN非公式外相会議を開催し、事態鎮静化を図っています。

****ロヒンギャ問題「解決に時間を」 ASEAN会議でスーチー氏****
仏教徒が大半を占めるミャンマーでイスラム教徒ロヒンギャに対する人権侵害への懸念が高まっている問題をめぐり、東南アジア諸国連合(ASEAN)の非公式外相会議が19日、ヤンゴンで開かれた。

アウンサンスーチー国家顧問兼外相は問題解決に向けて「時間と裁量の余地」を与えてほしいと各国外相に訴えた。(中略)
 
ミャンマー政府は人権侵害を否定する一方、国際機関による人道援助やメディアの現地への立ち入りを制限している。

国際社会から懸念の声が上がり、ASEAN内でもイスラム教徒が多いマレーシアやインドネシアを中心にミャンマー批判が高まっている。
 
今回の会議はミャンマー政府が主催した。出席者によると、スーチー氏が現状を説明し、各国に理解を求めたという。ただマレーシア外務省によると、同国のアニファ外相はこの問題が「地域全体の懸念材料になっている」と訴えた。
 
マレーシアが特に強い懸念を抱く背景には、ロヒンギャの人々が難民として同国に脱出している事実がある。昨年には、数千人が同国をめざし、海上を船で漂流している事態が表面化した。迫害が続けば、さらに大量の難民が生まれるおそれがある。

また、イスラム過激派の動きが活発になるとの懸念も出ている。アニファ氏は会議で、現在の状況を過激派組織「イスラム国」(IS)が利用しかねないと警告。ASEANとして人道支援の調整などを行うべきだと提案した。
 
出席者によると、スーチー氏は人道支援の受け入れや加盟国への定期的な報告を約束。

ミャンマー政府は問題解決に向けてアナン前国連事務総長をトップとする諮問委員会を設置しており、各国はこの諮問委員会が来年2月ごろまでに提出する中間報告書の内容を見た上で対応を再検討することで一致した。【12月20日 朝日】
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「野にあって反軍政の立場の時は何事も恐れず果敢に理想に邁進したスー・チーだが、権力者の立場になるとあちらを立て、こちらに配慮、とまさに政治家に変質してしまった」(ミャンマーウォッチャー)【12月26日 Newsweek】とも批判されるスー・チー氏ですが、世論や国軍との関係を配慮せざるを得ない現実政治家としてはやむを得ないところはあります。

しかし、彼女が動かない限り事態が改善しないのも事実です。

ASEAN内部からも強まる圧力に対し、「ロヒンギャ問題は純粋な国内問題である」】
マレーシア・ナジブ首相に加え、やはりイスラム教徒が多数を占めるインドネシアのジョコ大統領も仲介に動いているようです。

****ロヒンギャ問題でスー・チー苦境 ASEAN内部からも強まる圧力****
インドネシア主導で仲介工作
ナジブ首相に次いでインドネシアのジョコ・ウィドド大統領がロヒンギャ問題で積極的に動いている。

12月6日、レトノ・マルスディ外相をミャンマーに派遣してスー・チーとロヒンギャ問題で直接協議をさせた。会談でインドネシア側は「ロヒンギャ問題は人権問題であり、イスラム教徒でもある彼らをインドネシア政府は支援する方針である」と伝えた。

ジョコ大統領はミャンマーがインドネシアと同様の多民族国家であり、多様性を許容することが重要であるとの姿勢を強調することで問題解決の糸口を見出そうとしている。

ジョコ大統領は同月8日にはバリ島でロヒンギャ問題特使を務めるコフィ・アナン前国連事務総長とも会談し、インドネシアの立場を説明、協力する方針を伝えた。

インドネシア国内ではイスラム教団体がロヒンギャへの人権侵害に抗議してジャカルタ市内のミャンマー大使館前でデモや集会を行うなど世論もミャンマーに厳しくなっており、ジョコ政権の仲介を後押ししている。

内政不干渉の原則とのせめぎあい
一方でミャンマー国内には「ロヒンギャ問題は純粋な国内問題である」として内政不干渉が原則のASEANによる内政干渉、口出し、批判に対する反発が強まっている。

ナジブ首相がスー・チーを直接批判したマレーシアに対して、ミャンマー政府はミャンマー人出稼ぎ労働者の派遣停止を即座に発表している。

これに対しインドネシアやマレーシアは「ロヒンギャの人々が難民として国境を越えて流出している現実」を指摘して「これはもはや国内問題ではなく国際問題である」として重ねてミャンマー政府に「圧力」をかけ続けている。

「ノーベル平和賞」が枕詞あるいは代名詞だったスー・チーにとっては少数民族や国際社会、ASEAN加盟国に広がりつつある「失望感」をどう取り返すか、大きな岐路に立たされている。【12月26日 Newsweek】
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多くが難民化しバングラデシュへ、更にインドへ
「時間と裁量の余地」を与えてほしいとのスー・チー氏ですが、ロヒンギャの弾圧からの避難は今も続いています。その多くは隣国バングラデシュへ向かっていますが、バングラデシュ政府はロヒンギャの大量流入は阻止する姿勢です。

ミャンマー政府が「バングラデシュからやってきたベンガル人不法侵入者だ」とロヒンギャを自国民と認めず抑圧するのに対し、そのバングラデシュも、現在問題改善に声を上げているマレーシアやインドネシア・タイなど周辺国も、どこもロヒンギャを受け入れず、“行き場がない”状態にあるところにロヒンギャの問題はがあります。

****ミャンマーからロヒンギャ5万人流入、バングラデシュ「深い懸念****
バングラデシュ外務省は29日、10月以降にイスラム系少数民族ロヒンギャ5万人がミャンマー軍の迫害を逃れてバングラデシュに流入したと明らかにした。
 
バングラデシュ政府は、ミャンマー西部ラカイン州で武装集団と軍との衝突が発生した10月初頭以来、ロヒンギャの大量流入を防ぐべくミャンマー国境での巡回を強化している。
 
バングラデシュ外務省は29日の声明で、ミャンマー大使を呼んで無国籍状態にあるロヒンギャ数万人の流入が継続していることへの「深い懸念」を表明し、「2016年10月9日以降にバングラデシュに逃れてきたミャンマー市民は約5万人に上る」と伝えたことを明らかにした。
 
さらに、ロヒンギャ30万人を含めてほとんどがバングラデシュ国内に不法滞在しているミャンマー人を早期に本国へ送還させるよう求めたという。【12月30日 AFP】
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こうした事態に、ノーベル平和賞受賞者のマララ・ユスフザイさんら23人はが国連安全保障理事会に公開書簡を送り、人道支援や現地調査の実現を働きかけるよう求めています。

マララさんらが提出した公開書簡は「ミャンマーで民族浄化に等しい悲劇が広がっている」と指摘。平和賞受賞者でもあるミャンマーのアウン・サン・スー・チー国家顧問兼外相が問題解決に向けて指導力を発揮しておらず、「不満を感じている」と表明しています。【12月31日 毎日より】

ミャンマーとバングラデシュなど周辺国との間で“押し付け合い”状態のロヒンギャですが、対応が厳しいバングラデシュから、比較的暮らしやすいインドへ密入国する事例が多くみられるとも報じられています。

****<ロヒンギャ>インドへ密入国、続々 警察の拘束恐れ****
ミャンマーで迫害を受けた少数派イスラム教徒「ロヒンギャ」はインドにも相次いで入国している。

ミャンマーの隣国バングラデシュでは十分な支援が受けられなかったり、警察に拘束されたりする恐れがあるためだ。

インドとバングラの国境には密入国業者のネットワークも存在しており、インドへのロヒンギャ難民は今後も増える可能性がある。
 
ミャンマー西部ラカイン州マウンドー近郊に住んでいたヌール・アラムさん(40)は11月、国軍とみられる集団に村が放火され、自宅を追われた。

妻子らを含めた計11人で2日間歩き通し、闇夜に紛れてバングラとの国境の川を小舟で渡った。バングラ南東部で10日間ほど日雇いで働いたが、「いつ警察に見つかるか分からず、不安だった」と振り返る。
 
インド行きを決めたのは、数年前にニューデリーに逃れていた弟に勧められたからだ。紹介された密入国業者の指示で2晩かけて4台のバスを乗り継ぎ、インドとの国境に着いた。夜を待ち、業者に教わった道を進むとインド側で別の業者が出迎えてくれたという。

アラムさんは12月下旬にニューデリーで難民申請を済ませ、滞在許可を得た。今は同郷のロヒンギャの小屋に身を寄せる。「早く仕事を見つけて生活を安定させたい」と語る。
 
取材に応じたインド側の密入国業者によると、国境を抜けるだけなら1人当たりの「手数料」は数千円程度。夜中にフェンスの穴などの抜け道を通るケースが多い。

「最近は毎日2〜3人の密入国者を手引きしているが、中にはロヒンギャもいる」という。インド側では隠れ家に1泊させ、食事やインド製の服を与えたり、手持ちの現金をインド通貨に両替させたりする。目的地まで業者が同行することもある。バングラ側の同業者と連絡を取り、受け入れ態勢を整えるという。
 
インドには少なくとも1万4000人のロヒンギャがいるとされ、各地に居住区が形成されている。インドで同郷人を支援するロヒンギャ難民のアブドラさん(25)は「インドはバングラと比べ同情的で働きやすい。資金さえあればインドに来たいと願うロヒンギャは多い」と話す。【12月31日 毎日】
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ただ、こうした密入国者が増加すれば、インド当局もやがて厳しい措置に転じるのでは・・・とも思われます。

【「歴史上、ミャンマー国民として位置付けられたことは一度としてない」との「歴史書」刊行方針
早急に、きちんとした対応をミャンマー政府が責任を持ってつくる必要がありますが、あまり期待できないような情報もあります。

****ロヒンギャ族」を政府が公式に否定 スーチー氏への失望広がる****
ミャンマー政府は「少数民族ロヒンギャ族はミャンマーの正式な国民ではない」との立場を改めて明確にするための「歴史書」の発行に踏み切る方針を示した。

この政府の発表を受けて、アウンサンスーチー国家顧問兼外相への失望感が人権団体などの問で急速に広がっている。
  
ロヒンギャ族を取り巻く現状について国際社会から威しい指摘が出ていることに対しミャンマー政府は、近く開催される東南アジア諸国連合(ASEAN)の会議で説明する。その後にミャンマー史の公式書籍を出版すると説明している。
  
書籍の中では「そもそもロヒンギャという名称は正しくなく、ベンガル人であり、彼らは隣国バングラデシュからの不法移民に過ぎない」「歴史上、ミャンマー国民として位置付けられたことは一度としてない」との主張を強調して理解を求めようとしている。
 
こうした動きの背景に国内多数派である仏教徒の反発を危惧するスーチー氏の思惑があるのは確実とみられている。

既に「ミャンマー国民の指導者でなく、単なる仏教徒の指導者に過ぎない」「ノーベル平和賞受賞者とは思えない」(人権団体)と、批判の矛先がスーチー氏に向かう事態となっている。【1月号「選択」】
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この「歴史書」発行の方針は、ASEAN非公式外相会議後も変わっていないのでしょうか?
これでは、事態改善の道は閉ざされてしまいます。

【ウィキペディア】によれば、この地に移住したムスリムには下記のように4種の移民が存在しており、実際には他のグループと複雑に混じり合っているため弁別は困難であるとされています。
・(バングラデシュ)チッタゴンからの移住者で、特に英領植民地になって以後に流入した人々。
・ミャウー朝時代(1430-1784年)の従者の末裔。
・「カマン(Kammaan)」と呼ばれた傭兵の末裔。
・1784年のコンバウン朝ビルマ王国による併合後、強制移住させられた人々。

バングラデシュからの移住者にしても19世紀イギリス植民地時代にさかのぼる話ですし、それ以前のミャウー朝アラカン王国に至っては15世紀にさかのぼります。

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先述のミャウー朝アラカン王国は15世紀前半から18世紀後半まで、現在のラカイン州にあたる地域で栄えていた。

この時代、多数を占める仏教徒が少数のムスリムと共存していた。折しもムスリム商人全盛の時代であり、仏教徒の王もイスラーム教に対して融和的であった。

王の臣下には従者や傭兵となったムスリムも含まれ、仏教徒とムスリムの間に宗教的対立は見られなかった。【ウィキペディア】
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また、日本も現在の民族対立とは無関係ではないようです。

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第二次世界大戦中、日本軍が英軍を放逐しビルマを占領すると、日本軍はラカイン人仏教徒の一部に対する武装化を行い、仏教徒の一部がラカイン奪還を目指す英軍との戦いに参加することになった。

これに対して英軍もベンガルに避難したムスリムの一部を武装化するとラカインに侵入させ、日本軍との戦闘に利用しようとした。

しかし、現実の戦闘はムスリムと仏教徒が血で血を洗う宗教戦争の状態となり、ラカインにおける両教徒の対立は取り返しのつかない地点にまで至る。【ウィキペディア】
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どこの地域・国でも歴史を遡れば人々の移動の歴史であり、その結果として現在があります。
現在の国家体制の思惑から、長く現地に暮らす一部住民を排除するような考えは、狭量な民族主義・不寛容と言わざるをえません。

スー・チー氏に関しては、中国が進めるダム建設の再開をめぐり、反対する住民と、少数民族武装勢力への影響力を盾に再開を迫る中国の“板挟み”状態にあるとの話もあります。

現実政治家としては、対立する利害の調整が求められます。

来年は、“ノーベル平和賞も受賞した現実政治家”スー・チー氏の指導のもとで事態が改善の方向に向かうことを強く希望します。
コメント

トランプ政権があける「パンドラの箱」 中国の台湾併合 日独の独自核武装論

2016-12-30 23:30:59 | アメリカ

(トランプ氏の笑顔がパッケージに描かれた「トランプ氏のトランプ」 各スートのキングはもちろんトランプ氏 【11月15日 Livedoor’s NEWS】)

雑誌「選択」の先月・今月号から、トランプ氏関連の記事を抜粋しました。

【「空いた場所は中国が埋める」】
****愚かの極み「トランプ楽観論」 国際秩序「暗転」はもはや不可避****
愚かな人間の悲しい性としか言いようがない。希望的観測だ。

当選するはずがなかったドナルド・トランプ氏が第四十五代米大統領に当選した直後から、米国内外に見られる、「政治家や軍人の経験のない素人が大統領に選ばれた以上、現実の厚い壁にはばまれて従来の言動を軌道修正するだろう」との観測だ。

確かに日本や韓国に核武装を奨励したつもりはないと自らツイッターで否定した例はあるが、希望的観測が打ち砕かれたのは環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)からの脱退を、来年一月二十日の大統領就任式に合わせて通知するとの痛烈なパンチだろう。(中略)

アジア太平洋の勢力均衡が変わる
(中略)TPP脱退を宣言するとの動画メッセージが発表された一日前に、ペルーの首都リマでアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議が閉幕した。

二十一カ国・地域の参加国首脳の足並みはすでに心理的にも揃わなかった。プレーヤーは安倍晋三首相と中国の習近平国家主席の二人で、首相は「自由貿易こそが世界経済の成長の源泉だ」と重ねて訴えた。

TPPの瓦解を横目に、米国を含めた参加国・十二カ国の結束を日本が主導しなければならないとの気負いと、米新政権の姿勢を眺めながら明確な態度をためらうアジア諸国の「TPP離脱ドミノ」を食い止めようとの狙いが首相の念頭にあった。
 
これに対し、勝ち誇りたい気持ちを抑えながら、習主席はAPEC関連の会合で、国内市場をさらに開放し、域内の貿易・投資ルールを確立するうえで主導的役割を演じたいとの意欲を表明した。

アジア太平洋地域の貿易自由化の最終目標はアジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)である。その下にTPPと日本、中国、韓国、インドなど十六カ国が交渉している東アジア地域包括的経済連携(RCEP)の二つが存在する。(中略)

TPP参加国の中でもベトナムのフック首相は、TPPの国内手続きは中断すると明言した。

シンガポールのリー首相は、「(米国が加わらないのであれば)アジア貿易圏の構築に中国が関与するのは当然だ」と述べ、TPPの議会承認をすでに終えたニュージーランドのキー首相は、「空いた場所は中国が埋める」と語った。

米国が離脱した場合に、TPPは世界の国内総生産(GDP)に占めるシェアを四〇%近くから一四%へと大幅に縮小する。代わって中国が参入したRCEPはどうなるか。経済だけでなく、安全保障面でもアジア太平洋地域における勢力均衡は変わっていく。

ASEANの中国対抗力は弱まる
(中略)フィリピンのドゥテルテ大統領が不自然なほどに反米的言動を繰り返しているのは、大統領の個人的な性格によるものかどうか。

中国の軍事力と経済力という巨大な圧力に直面しているASEAN諸国の中の戦略的要衝にあたるフィリピンは、中国に対して二つの譲歩を余儀なくされてしまった。

一つはドゥテルテ大統領が常設仲裁裁判所判決を外交的な切り札にする目論見を自ら引っ込めたことだろう。民主主義諸国が共有する法治の価値観を主張できない国に信頼は集まるのだろうか。

二つ目は、領土問題をフィリピン、中国二国間の交渉で決めると約束したことである。南シナ海の航行の自由は国際法の原則にかかわる純然たる国際問題で、日本、韓国、台湾などの経済の生命線でもある。国際的連帯に楔を打ち込んで二国間交渉に持ち込もうというのはまさに中国の狙いで、ASEAN全体の中国への対抗力は確実に弱まる。
 
マレーシアの中国接近も人目を引いている。(中略)

ASEANの中心的存在で、世界四位の人口を持つインドネシアが領土問題に関して中国に批判的なのは事実だが、ジョコ大統領はここ二年のうちに習近平主席と五回も会談している。(中略)

中国への「ピボット」政策がアジア諸国の中に生まれないとは断言できないだろう。

米国にとっての敵性国家はどこか
欧州その他の地域に対してトランプ氏がどのような政策を打ち出すか、現時点で解説、予想できる材料はない。

ただ、ネガティブ(裏側から)に見た現象はニューヨーク・タイムズ国際版十一月十一日付のコラムどおりだろう。選挙後初めてコラムニストのロジャー・コーエン氏が「ドナルド・トランプ殿」と題して書いた一文だ。

「ロシアのウラジーミル・プーチンやイランのアリ・ハメネイのような指導者たちがトランプを支持したのには理由がある。

トランプが米国を弱め、大西洋同盟を脆弱なものにし、一九四五年以来米国が支えてきた国際秩序をやわなものにするなら、それは彼らにとって喜ばしいことだろう。

トランプはNATOを危うくし、欧州ならびにアジアの同盟国に対する米国のコミットメントを危険に晒すような言い方をしてきた。

エストニアから日本に至るまで人々は自国が危機に陥った際に、果たしてトランプの米国が守ってくれるのかどうかに疑問を感じている。

これはシリアであれ、バルト三国であれ、米国の弱点がどこにあるかを探ること以外に余念のないプーチンのような人々にとっては歓迎すべき事態だ。世界に安定を取り戻そうとするなら、トランプの仕事は容易ならざることになる」。

要するに米国が敵視してきた国々が歓迎し、同盟諸国は不安に駆られる国際情勢が登場するというのだ。
 
新しい米国の指導者に対する大きな疑問は、敵性国家か、同盟国かを特定しないことだ。(中略)にもかかわらず、トランプ氏の口を衝いて出るのはロシアのプーチン大統領に対する親和感だ。

オバマ政権下の現在、米露関係はロシアのクリミア半島強制併合、シリアへの軍事介入、米民主党大会におけるハッカー攻撃などをめぐり、冷戦後最悪の状態にある。

その中で次期大統領が融和的な態度を取れば国際秩序の枠組みは崩れ始める。プーチン大統領は十一月十四日にトランプ氏にかけた電話の中で、含みを込めた「相互の尊重、内政不干渉」を伝えている。(後略)【12月号「選択」】
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【「天安門事件」を「暴動(riot)」と呼ぶトランプ氏
トランプ氏について言えるのは、人権とか民主主義、あるいは平和的手法といった、従来西側諸国が共通の価値観としていたものへの関心のなさでしょう。

国内で強権的な支配を続けるロシア・プーチン大統領の国際政治における“活躍”への礼賛も、そうしたところから生まれるのでしょう。

中国に対しても違和感がないようです。違和感がないどころか、「天安門事件」における当局の大規模な弾圧に関して、中国共産党指導部と見解をほぼ同じくしています。

****中国で始まる「民主派」大弾圧 習近平政権にトランプは「我関せず*****
・・・・世界の人権問題に目を向けようとしたオバマ大統領から、「関心があるのは米国の利益だけ」と言ってはばからないトランプ氏への政権移行に、(政権に批判的な、中国メディア編集幹部の)趙氏ばかりか、民主化の夢を抱く中国の隠れ民生改革派は苦悶している。

発端は、二〇一六年三月のトランプ氏の発言だった。日本の新聞、テレビはほとんど報じなかったが、トランプ氏
は米CNNのテレビ討論会で、一九八九年に北京の天安門広場を舞台に学生が起こした民主化運動を「暴動(riot)」と言い表したのだ。

この「暴動」とは、学生デモ隊に無差別発砲した人民解放軍の虐殺行為でなく、自由を叫び世界の心をつかんだ学生側の民主化運動を指した言葉だった。
 
トランプ氏は討論会で、天安門事件への自らの受け止めに関し「(中国政府が)暴動を抑見込んだ」とも述べた。そのニュアンスは、学生たちの民主化運動を「政治風波(騒ぎ)」とこき下ろし、弾圧を正当化する習指導部の公式見解と見事に一致する。

国家が繁栄・発展と秩序維持のため、異分子を排除するのは当然だとする認識を、習氏とトランプ氏が共有していると考えていいだろう。
 
こうした見方を裏付けるように、習氏はトランプ氏に秋波を送る。一六年十一月十四目、トランプ氏と電話会談した習氏は、今後の対米関係を「チャンスと大きな潜在力がある」と説いた。

人権問題に目を光らせるオバマ氏に比べ、米国の利益追求に専念すると宣言したトランプ氏の方が与しやすいと習氏が考えるのは当然だ。(後略)【1月号「選択」】
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中国にとって、それなりに制約となっていたアメリカのからの人権批判がなくなれば、これまでも民主派弾圧を強化してきた習近平政権の強権姿勢は更に強まることが予想されます。そのあたりの話はまた別機会に。

価値観や理念で抵抗感がなく、「アメリカ第一」で“同盟国”への配慮も薄れれば、あとは大国同士の“取引”だけです。トランプ氏の最も得意とする「取引(ディール)」です。

これまでも再三言ってきたように、トランプ政権は中国とは最初の1~2年は国民受けを狙ったような“ジャブの応酬”があるでしょうが、その後は“お互いの利益”を尊重し合う形で「取引」が成立し、“ウィン・ウィン”の関係がつくられると予想されます。

その結果、アジアは中国にまかせる・・・という形になるのではないでしょうか。

台湾併合の時至れりと勇み立つ中国
そして、その「取引」のカードとして、同盟国が使われることも・・・。

台湾の蔡英文総統との電話会談や「一つの中国」に関する発言なども、天安門事件を「暴動」とみなし、「アメリカ第一」を掲げるトランプ氏が本気で台湾独立のために中国と事を構えるとは到底思えません。おそらく、中国との「取引」を有利に進めるためのカードを切ったというところでしょう。

自国の存立を“カード”として使われる台湾側には困惑もあるようです。

****併合」の野望に燃える習近平 トランプは台湾を「裏切る****
・・・・ 習近平とトランプは独裁的姿勢がよく似ている。「メイク・アメリカ・グレート・アゲイン」は習近平の「中華民族の偉大な復興」と大同小異だし、メールスキャンダルで「ヒラリーを投獄せよ」と言ったのも、政敵を監獄にたたき込んだ習近平の「トラ狩り」の発想だ。

それだけに米台電話会談に(クリミア併合認めるトランプなら台湾併合も認めるだろう・・・との期待を持っていた中国の)ネット世論の怒りが炎上した。
 
ただ、当事者の中国と台湾の反応が普通ではなかった。

中国の王毅外相も外交部報道官もトランプを名指しした批判を避けた。「台湾は小細工を弄するな」と批判の矛先をすべて蔡英文に集中した。

中国のネット上のトランプ批判も監視当局に削除された。電話会談に中国が意表を突かれた気配はなく、まるで待ち構えていたようだ。
 
かえって台湾側が、トランプの過激と見える発言を歓迎するどころか当惑と不安で動揺を見せた。
台湾の庇護者、米国が政権移行期の最も不安定なタイミングにある時に心にもない挑発発言をすれば、喜ぶのは武力行使の口実を得た中国の方だ。

蔡英文は沈黙し、「ひまわり学生運動」など独立勢力からは「トランプは米中貿易交渉の取引材料に台湾を使うつもりだ」という疑念が高まっている。
 
米台電話会談の舞台裏はすぐに明らかになった。トランプ選対に参加している保守系シンクタンク「ヘリテージ財団」幹部が介在していたのだ。同財団は保守系といっても、台湾の国民党との関係が深い。国民党は「一つの中国」の立場が共産党と同じだ。(中略)

トランプはさらに親露派実業家のレックス・ティラーソンを次期国務長官に指名した。ティラーソンも中国の大手石油企業との共同事業を手がける親中派でもある。

電話会談後、財団関係者が訪台して台湾の与野党に「米国の中国政策に転換はない」というメッセージを伝えた。
 
それならば、トランプの過激発言はなんだったのか。目的は、中国を怒らせて台湾を武力併合するとの威嚇に口実を与えることだ。

台湾住民が恐れて、民進党の蔡英文政権や最近勢力を拡大している若者主体の独立勢力から離れ、「一つの中国」の国民党支持へ戻れば、国民党と共産党との間で統一協議が再開できる。

米国からすれば、従来通り台湾独立を認めない方針をトランプ流儀で中国に伝えたのだ。だから中国は、台湾併合の時至れりと勇み立つのだ。(中略)

習近平はトランプ政権を、米軍のアジア・リバランス放棄やTPP離脱に象徴される、アジア太平洋における「パクス・アメリカーナ」の幕引き役と見なしている。

米国のプレゼンスが消えれば、それを埋めるのは自ずから中国の役目だ。
すでに(フィリピン、マレーシアなど)周辺国も素早い反応を見せている。(後略)【1月号「選択」】
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実際に台湾併合に踏み出すかどうかは別にして、西アフリカの島国サントメ・プリンシペで表面化したような“外交戦”など、様々な形で台湾への締め付けを強めるでしょう。

ドイツで起きている独自核武装論 日本も・・・
トランプ政権に対する“同盟国”の揺らぎは、中国の脅威に直面するアジアだけではありません。
ロシアの脅威に直面するNATO加盟の欧州諸国にも、「アメリカは守ってくれるのか?」という不安が強まっています。

国民の核に対するアレルギーは日本以上に強いとも言われるドイツにおいても、未だ少数派ではあるものの「核武装論」が沸き起こっているとか。

****トランプで目覚める「平和ボケ国家」 ドイツで出始めた独自独自「核武装論****
ドイツで独白「核武装論」が突如、沸き起こった。(中略)

最初に爆弾を落としたのは、左派系高級週刊誌「デア・シュピーゲル」である。
コラムニストのヘンリク・ミューラー・ドルトムント工科大学教授は、専門の経済学の視点から、「トランプ当選後は、米軍はヨーロッパから撤収する。そうなると、ドイツの防衛費は(今の二倍以上の)八百億ユーロが必要になる」とした上で、「ドイツの独自核兵器が可能か否か、議論があってしかるべきだ」と指摘した。 

教授のコラム掲載は米大統領選数日前のこと。ドイツ国内のネット上には、「何をバカな」「シュピーゲルたるものが、何を言うのか」など、批判の合唱が起きた。

だが、実際にトランプ当選の衝撃波が起こると、コラムは新たな読者を得て、見直された。(中略)

ドイツ人にとっての最悪のシナリオ現出で、国防力見直しは喫緊の課題になった。

「考えられないこと」に備えよ
米大統領選挙の国際世論調査では、ドイツは韓国と並んでことのほか「トランプ嫌い」の国で、トランプ支持率は両国で五%未満だった。米軍の「核の傘」の恩恵を最も受ける両国が、本能的に「トランプ政権」に恐怖心を抱いているのは、偶然ではない。
 
衝撃のさなか、CDU(メルケル首相率いる与党「ドイツキリスト教民主同盟」の(ドイツ政界きっての安保専門家である)ロデリック・キーゼヴェッター下院議員が「米国の核の傘に頼らない、ヨーロッパの核抑止力が必要だ」と、ロイター通信とのインタビューで語った。(中略)

同議員の発言も批判を浴び、「ドイツ独白の核を意味したわけではない」と修正したが、「(現核保有国である)フランス、英国は、欧州への脅威に対して弱すぎる」ことを強調している以上、議員が言いたいことは明白である。
 
この直後に、保守系高級紙FAZが、発行人の一人であるベルトルト・コーラー氏の「ドイツ人よ、『考えられないこと』に備えよ」とする論説を掲載した。
 
コーラー氏は、「クレムリンとうまく渡り合うには、ドイツが周辺国を守り切れるという、確実な信頼が絶対に必要だ」として、平和ボケからの抜本的転換を求めた。

長年ドイツが国是にしてきた「武力なしの平和」はもはや無意味であり、防衛費増額、徴兵制度の改革、独自の核抑止力など、従来は考えられなかったことをやっていく必要があるというのだ。(後略)【1月号「選択」】
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事情は日本も同じでしょう。高度の核開発能力を有していると見られれている点でも日独は共通しています。

もちろん、核武装論が多数派となり、現実に開発に着手するまでには様々なハードルがあります。

ただ、こうしたことが議論される状況になれば、現在でも刺々しい日中・日韓の関係は一触即発状態ともなるでしょう。

年の瀬にあたり、実に暗い話ばかりですが、来年はぜひとも「去年はあんな話をしたけど、とんだ思い違いだった」と思えるような年になってもらいたいものです。
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シリア全土での停戦についてロシア・トルコが合意? 現時点では“不透明”

2016-12-29 21:38:08 | 中東情勢

(アレッポから、「なぜ殺されるの?」「平和がほしい」と、激しい空爆などの様子をツイッターで発信してきたシリア人の7歳の少女、バナ・アベドさん(右)と母親のファティマ・シハンさん=26日、アンカラ、メスット・クチュクアルスラン撮影 【12月28日 朝日】)

未だ正式発表なく、情勢は不透明なまま
アレッポに続いて、シリア全土を対象とした停戦合意が、アサド政権の後ろ盾となっているロシアと、反体制派を支援するトルコの間で合意された・・・との情報が報じられています。

****トルコとロシア、シリア停戦案を策定=トルコ外相****
トルコのチャヴシュオール外相は28日、トルコとロシアがシリア停戦案を策定したことを明らかにした。前週、ロシア、イラン、トルコがモスクワで協議を行い、シリア内戦の解決に向けた共同声明を発表し、シリア和平合意へ仲介する姿勢を示していた。

チャヴシュオール外相はアンカラで記者団に対し「シリア向けに2種類の文書がある。ひとつは政治的解決に関する文書で、もうひとつはは停戦に関する文書だ。これらは、いつでも実施可能だ」と述べた。また、シリアの反体制派がアサド大統領を支持することは絶対ない、との認識を示した。

複数の関係筋がロイターに明らかにしたところによると、ロシア、イラン、トルコの3カ国の合意案では、シリアを、少なくとも数年間はアサド大統領が統治し続ける地域と地方勢力が影響力を行使する地域(インフォ−マル・ゾーン)に分けることも想定している。

ロシアは、次回の3カ国会合をカザフスタンのアスタナで開催するとしている。

トルコ政府高官は28日、今後の協議について「われわれは、移行政権樹立に重点を置いている」とし「アサド大統領が、その政権に参加するかどうかが話し合われるだろう」と述べた。また、アサド大統領はアスタナ会合に出席しない見通しも示した。【12月29日 ロイター】
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本当であれば(と言うか、合意がアサド政権・反体制派に受け入られるものであれば)、シリア内戦にひとつの区切りをつけるビッグニュースですが、現時点では、正式発表も停戦合意が受け入れられたとの報道もまだないようです。ロシア大統領補佐官も「十分な情報を得ていないためコメントできない」といった状況です。

****ロシア・トルコのシリア停戦合意、正式発表なく情勢不透明****
トルコ半国営アナトリア通信が伝えたシリア全土を対象としたトルコとロシアの停戦案合意は、29日になっても両国のいずれからも発表がなく、情勢は不透明なままとなっている。

アナトリア通信は28日夜、トルコとロシアがシリア全土での停戦案に合意し、29日午前0時の停戦発効を目指していると報道。この停戦が実現すれば、両国の監視のもと、シリア政府と反体制派がカザフスタンの首都アスタナで政治交渉に入る計画だと伝えた。
 
しかし、この報道後にトルコの首都アンカラで演説を行ったレジェプ・タイップ・エルドアン大統領は、停戦案について全く言及しなかった。また、ロシアのドミトリー・ペスコフ大統領報道官も、十分な情報を得ていないためコメントできないと述べた。
 
トルコ政府はここ数週間、ロシアとシリア反体制派の非公開協議を何度も仲介してきた。カタールを本拠地とする中東の衛星テレビ局アルジャジーラは、シリア反体制派とトルコ、ロシアの3者による新たな協議が29日にアンカラで予定されていると伝えている。
 
AFPの取材に応じた反体制派の幹部は、停戦をめぐって協議が行われていることは認めたものの、いずれの停戦条件についても障害が残っていると語っている。【12月29日 AFP】
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ロシア・トルコ主導の停戦合意に向けた動きはあるようですが、まだ実現するかどうかは定かではない段階のように見えます。

それぞれの後ろ盾・支援国のロシアとトルコが停戦を保証?アメリカ抜きで進む合意
前出【ロイター】記事では、“ロシア、イラン、トルコの3カ国の合意案では、シリアを、少なくとも数年間はアサド大統領が統治し続ける地域と地方勢力が影響力を行使する地域(インフォ−マル・ゾーン)に分けることも想定している”とのことで、要は、しばらくの間は“棲み分け”よう・・・といったとこでしょうか。

もう少し詳しい内容については、al arabiya netが入手した合意内容を公表していることが、【中東の窓】で紹介されています。

その内容は、以下のように紹介されています。

****al arabiya netが公表した合意内容*****
ロシアとトルコの合意文書
・IS支配下の軍事地域を除くすべての地域での停戦
・トルコが反政府軍の停戦順守を保障し、ロシアが政府軍とその同盟者の停戦順守を保障する
・トルコとロシアが、紛争当事者が新たな領域を占拠しないことを保障する
・国連の基準による新たな停戦監視機構の設立
・停戦が実施された月の中で政治的解決のための交渉の開始
・すべての地域への人道援助物資の供給とそのトルコとロシアによる保障
【12月29日 野口雅昭氏 「中東の窓」http://blog.livedoor.jp/abu_mustafa/archives/5155364.htmlより】
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アルカイダメンバーも関与しているといわれる「アハラール・アル・シャーム」や、イスラム原理主義的な「イスラム戦線」など、“穏健派”とは言い難い組織が停戦合意に含まれるのか、あるいは、“テロ組織”として今後も戦闘対象となるのか?

トルコがIS以上に敵視・警戒しているクルド人勢力の扱いがどうなるのか?

わからない部分は多々ありますし、アサド政権側、反体制派ともに、細部においてはいろいろな要求があると思われますので、すんなり関係勢力に受入られるのかは“不透明”としか言いようがないところです。

ひとつ言えるのは、上記【中東の窓】でも指摘しているように、アメリカの存在感の薄さです。
 
ロシア・トルコもアメリカの政権交代期という政治空白を狙って、次期政権がスタートする前に自分たちに都合のいい既成事実をつくってしまおう・・・というところでしょうか。

たとえそうであるにしても、錯綜したシリア情勢にあって、なんらかの既成事実がつくれるなら、それはそれでやはりその影響力の強さを認めざるを得ません。

連邦自治地域を目指すクルド人勢力 予想されるトルコの反発 トランプ次期政権は?】
一方、上記【中東の窓】では、クルド人勢力の動きも紹介されています。

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クルド勢力によると、シリアのクルド勢力の間で、北部シリアにクルドの連邦自治地域を作る合意が進んでいる由。
この合意は社会協約(いわば憲法にあたる由)と呼ばれ、詳細なもので、クルド勢力の代表が北部シリアのramilan で数日以内に会合し、署名することになっている由【同上】
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これにはトルコが反発するでしょう。
北部シリアのクルド人勢力YPG(政治勢力としてはクルド民主統一党)はトルコ国内でテロ活動を行うクルド人反政府勢力PKKの分派であり、国境沿いでのクルド連邦自治地域の形成はPKKの活動拠点形成を意味します。

クルド人勢力はアメリカの“地上部隊”的な存在として、対IS戦略の中心にありますが、クルド人勢力がそこまでアメリカに協力するのは将来的な連邦自治地域形成という目標があってのことでしょう。

アメリカ・オバマ政権は、対IS戦略の重要パートナーでクルド人勢力と、地域大国トルコの対立において、どちらを支持するのか・・・板挟みでしたが、トランプ次期大統領はどうでしょうか?

トランプ氏はIS以外のシリア情勢にはあまり興味もなく、深入りする考えもないとも言われています。
プーチン大統領を評価するトランプ氏ですから、同じようなタイプのトルコ・エルドアン大統領とは馬が合いそうです。

また、新たな地位を求める現地勢力に肩入れするよりは、ロシア・トルコといった既存の大国間でビジネスライクに利害を調整する方に関心がありそうです。
ということは、対IS戦略の重要パートナーであったクルド人勢力は切り捨てられる・・・ということになるかも。

まあ、想像の上に想像を重ねてものを言っても仕方ありませんので、これくらいに。
明日になれば(あるいは今夜にも)、停戦合意の話などはもう少しはっきりするでしょう。

追記
実際に動き出したようです。

****プーチン大統領、シリア政府軍と反体制派が停戦合意と発表****
ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は29日、シリア政府と反体制派が停戦合意に署名し、和平協議を開始することで一致したと発表した。
 
プーチン大統領はテレビ放映されたコメントの中で、シリア政府と「反体制派の主要組織」が停戦を宣言する文書に加え、和平協議を開始する用意があるとの宣言にも署名したと明かした。
 
大統領はこれを受けて、シリアで展開している自国軍の軍備を「縮小」していく意向も示した。プーチン氏は「国防省からシリアにおける軍備縮小の提案を受け、同意した」とした上で、シリアのバッシャール・アサド大統領に対する支持は継続すると強調した。
 
一方、シリア軍も同日、午前0時からすべての軍事作戦を停止すると発表。声明で「軍総司令官は、12月30日の午前0時からシリア領土内での全ての戦闘行為を中止する」と述べた。ただ、イスラム過激派組織「イスラム国(IS)」および、かつて「アルヌスラ戦線(Al-Nusra Front)」として知られていた国際テロ組織アルカイダ系の武装組織は停戦の対象外とすると付け加えた。
 
さらに、シリアの主要反体制派組織「シリア国民連合」も同日、停戦を支持すると表明。同組織の報道官はAFPの取材に対し、「シリア国民連合は、合意への支持を表明するとともに、すべての当事者が合意を順守するよう要求する」と述べた。【12月29日 21:39 AFP】
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フィリピン  薬物乱用者だったドゥテルテ大統領が麻薬犯罪関係者の処刑を煽る“不思議”

2016-12-28 23:11:08 | 東南アジア

(7月に話題となった、オートバイに乗った見知らぬ者たちによって麻薬密売人の容疑で射殺された夫を抱きかかえる妻の画像 妻は、夫がドラッグを使用していたことは認めていますが、売人では絶対にあり得ないと語っています。なぜなら、あまりに貧しく、次の食事を賄うことさえほとんどできなかったからです。

ドゥテルテ大統領は写真を「メロドラマ」と評し、メディアがそれを、聖母マリアが十字架から降ろされたキリストを抱きかかえるミケランジェロのピエタ像のように扱おうとしたと語っています。【12月28日 ロイター】)

【「フェンタニルを乱用」していたドゥテルテ大統領
フィリピン・ドゥテルテ大統領が7月1日に就任して以来、警察の報告によれば、警察は麻薬犯罪容疑者として2000人以上を殺害。このほかにも約3000人が正体不明の武装集団らに射殺されたとのことです。

警察による捜査過程での射殺とされる案件にも疑問が多く、謎の“処刑団”による殺害を含め、麻薬を名目にした別目的の殺人が多発していることも報じられています。

麻薬中毒者300万人を「喜んで虐殺する」と発言するなど、こうした司法によらない超法規的“大量処刑”を推し進めるドゥテルテ大統領の手法は、たとえ深刻な麻薬問題対策であるにしても容認できない・・・という個人的立場については、これまでも再三取り上げてきました。

麻薬にはいろいろな種類・タイプがありますが、アメリカでは「フェンタニル型」と呼ばれる新手の合成薬物による死者数が急増しているそうです。

****新興合成薬物「フェンタニル型」、米国で死者数急増 中国から流入との指摘も****
米国で「フェンタニル型」と呼ばれる新手の合成薬物による死者数が急増している。2015年の合成薬物による死者数は前年より7割も多い約9600人で、その大半がフェンタニル型。

中国で製造され、ネット通販などで米国に流入しているとの指摘もある。米国は薬物の過剰摂取による死者数が自動車事故の死者数を大きく上回り、トランプ次期大統領の重要課題の一つにも挙げられている。

「モルヒネの50〜100倍も強力な違法フェンタニルは、今や洪水のように米国に流れ込んできている」
米疾病対策センター(CDC)のフリーデン所長は17日、米FOXニュース(電子版)への寄稿で新興の合成薬物の猛威に警鐘を鳴らした。
 
フェンタニルは本来、がん患者の痛みの軽減などに使われる合法的な鎮痛剤だが、米国では違法に製造されたフェンタニルの類似品が氾濫。(中略)ヘロインによる死者数(約1万3千人)よりは少ないが、あまりに急激に死者数が増えていることにCDCは危機感を強める。
 
AP通信によると、フェンタニル型は中国企業が製造し、韓国の企業向けのインターネット通信販売サイトを通じて売られていたことも確認されている。中国政府は問題がある合成薬物の製造や販売を禁止しているが、わずかに成分を変えた新たな薬物が次々と合成される「イタチごっこ」が続いているという。(後略)【12月27日 産経】
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フェンタニルについては、ドゥテルテ大統領に関してもその名前があがっています。大統領自身が“処方された量を超えて「フェンタニルを乱用」していると知った医師に、同剤の使用を止められた”とのことです。
現在、どのような鎮痛剤・麻薬を使用しているのかは定かではありません。

****ドゥテルテ比大統領、強力鎮痛剤の使用認める 健康に懸念も****
フィリピンのロドリゴ・ドゥテルテ大統領が強力な鎮痛剤のフェンタニルを使用していたこと認めたことから、ドゥテルテ氏の健康に関する懸念が強まっている。議員らは18日、大統領に健康診断を受けてその結果を公表するよう促した。

ドゥテルテ大統領は12日、過去にオートバイの事故で脊髄を痛めたために、がんや慢性疾患の患者に処方されることが多いフェンタニルの貼り薬をよく使用していたと公表した。しかしドゥテルテ氏が処方された量を超えて「フェンタニルを乱用」していると知った医師に、同剤の使用を止められたという。

扇動的な言動で知られるドゥテルテ大統領は、これまで数千人が殺害されている同大統領が進める麻薬撲滅戦争や、米国や国連に対する過激な発言などで物議を醸している。
 
フィリピンの議員らは、ドゥテルテ大統領がフェンタニルの使用を認めたことで、同大統領の健康状態に関する憶測が再燃したと主張している。ドゥテルテ氏に関しては大統領選の選挙運動中、がんを患っているとの噂が広まっていた。ドゥテルテ氏は繰り返し噂を否定している。
 
ドゥテルテ大統領に近いカルロス・ザラテ議員はAFPの取材に「このような憶測を止めるには、苦しんでいる痛みに大統領がどのように対処しているかを主治医から説明してもらった方がいいかもしれない」と語った。(後略)【12月18日 AFP】
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“強力鎮痛剤”とありますが、要するに“麻薬”です。
フェンタニルは日本の医療現場でも注射薬や貼り薬として使用されていますが、麻薬として厳しく使用・保存が管理されています。当然、依存性もあります。

医師の処方によって使うことに関してはなんら問題ありませんが、それを超えて“乱用する”のは、麻薬中毒者と同じ行動です。

フェンタニルを“乱用していた”(多分、過去形なのでしょう・・・)大統領が、麻薬犯罪が疑われる者を超法規的に処刑しまくる・・・実に奇妙な話です。もし、処刑者リストのようなものがあるのなら、そこにドゥテルテ大統領の名前が追記されてもおかしくありません。

なお、こうした健康問題もあってか、“新華社によると、フィリピンのロドリゴ・ドゥテルテ大統領は13日、「自分はもういい年齢だ。任期を満了するかはわからない」と任期を満了しない可能性を述べ、「この年齢なら、もう大統領としての虚名は必要ない」との認識を示した。”【12月16日 Record China】とのことです。
たたし、“しかし、すべき仕事があるとも話した”とも。

麻薬供給国の中国を擁護する大統領
アメリカの「フェンタニル型」の供給源は中国ですが、フィリピンで蔓延する麻薬の供給元もやはり中国です。
国内で大量処刑を進めるほど厳しく麻薬対策にあたっているドゥテルテ大統領ですから、当然に供給減の中国には取締りを強硬に求めている・・・はずですが、違うようです。

****中国は違法薬物の最大供給源、ドゥテルテ比大統領は否定****
2016年12月19日、フィリピンのドゥテルテ大統領はこのほど、同国内で流通している違法薬物の多くが中国から輸出されたものだとする指摘を否定した。環球網が伝えた。

フィリピン華字紙のフィリピン商報によると、ドゥテルテ氏は、中国は違法薬物の最大供給源であり、薬物関連犯罪で逮捕された人の多くが中国国民であったとの指摘が出ていることについて、「中国はフィリピンと同様の問題を抱えている。これは輸出の問題ではない。中国の麻薬密売人が海に投棄したものを、フィリピンの密売業者が回収し国内で流通させている」と述べた。【12月20日 Record China】
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輸出であろうがなかろうが、中国から供給され、その結果自国民を大量に殺害しなくてはならないような状況になっていることについて、中国側にその責任を厳しく問うのが“常識的”ですが、そうではないようです。

****フィリピン大統領、麻薬問題で中国非難は不公平と擁護****
フィリピンのドゥテルテ大統領の報道官室は19日、麻薬供給国として中国が大きな役割を果たしているとのロイターの報道に対し、フィリピンの麻薬問題の責任を中国に問うのは不公平だと中国を擁護した。

ロイターは16日、中国が強い中毒性を持つ薬物メタンフェタミン(覚せい剤の1種)の主要な供給源であり、メタンフェタミンから、フィリピンに密輸される合成麻薬が作られていると報じた。

報道官室は声明で、「麻薬取引を行っているのは、中国の犯罪組織であり、政府当局者ではない」と擁護。「中国には厳格な麻薬取締法があり、刑罰には死刑も含まれている」と説明した。

フィリピンの麻薬取締庁によると、2015年1月から2016年8月中旬に麻薬関連で逮捕された外国人77人のうち、ほぼ3分の2が中国人だった。また、過去20年に警察に摘発されたほぼ全ての麻薬製造工場の運営などに中国人が関与していたという。【12月20日 ロイター】
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外交的にドゥテルテ大統領と中国が急接近していることは周知のところです。
中比関係に関する最近の記事には以下のようなものもがあります。(今回は、内容には立ち入りません)

フィリピン大統領、米軍駐留認める協定撤回の可能性示唆【12月17日 ロイター】
比大統領「中国が金くれる、アメリカよさらば」【12月17日 読売】
中国、フィリピンに16億円規模の武器供与申し出 「麻薬戦争」支援で【12月20日 AFP】
南シナ海の石油を中国と共有したい、比ドゥテルテ大統領が発言【12月22日 Record China】
中国にはいかなる要求もしない=ドゥテルテ大統領の発言を中国は称賛【12月20日 Record China】

上記の“中国にはいかなる要求もしない”というのは、中国の主張を退けた仲裁裁判所の判決を理由に中国にプレッシャーをかけることはしないとの話です。

傲慢で、上から目線のアメリカと手を切って、優しく、カネも出してくれる中国と接近する・・・というのは、賢明かどうかは別にして、フィリピンの選択です。

しかし、こと麻薬問題に関しては、関係改善の外交姿勢にかかわらず、供給源である中国へ厳しい要求があってしかるべきでしょう。
供給元に手をつけずに、自国民の殺害だけを続けるのは理解できません。

国民は麻薬作戦には満足しながら、自身や知人が超法規的殺人の犠牲になるかもしれないと懸念
超法規的処刑批判といった“きれいごと”ではフィリピンの麻薬汚染の現状は改善できない、国民は大統領の強力な施策を支持していると言われます。

確かに国民の多くは、大統領の強力な麻薬対策を支持していますが、同時に、超法規的処刑への不安も感じています。

****比国民の8割が超法規的殺人に懸念 麻薬作戦には満足=世論調査****
フィリピン国民の10人中8人が、自身や知人が超法規的殺人の犠牲になるかもしれないと懸念している。民間調査会社ソーシャル・ウェザー・ステーションズが19日、世論調査結果を公表した。

調査は12月3─6日、フィリピン全土の1500人を対象に実施された。超法規的殺人の犠牲になる可能性について「非常に心配」もしくは「心配」していると答えた回答者は78%に上った。

一方、麻薬取り締まり作戦に関しては、85%が「満足」と回答し、「不満足」の8%を大きく上回った。

また、自分の住む地域で麻薬問題が減少したと考える回答者は88%だった。(後略)【12月19日 ロイター】
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自分と関係ないスラムの麻薬売人がいくら殺されようがかまわないが、自身や知人がその犠牲になるのは困る・・・・ということです。

しかしながら、自分と関係ない者への暴力的手法は、やがては自分たちにも向けられる、政権に都合の悪い人物に向けられるというのは“当然の帰結”ですから、上記の国民世論というのは、いささか“ないものねだり”です。

殺人自白者が告訴されず、批判者が告訴される不思議
最近、改めて注目されたのは、12日にマニラで開かれた会合で「(南部の)ダバオ市長だったころ、警察官に手本を示すため犯罪者を殺したものだ」と、自らの殺人行為を認めた発言です。英BBCの取材に対しても「(麻薬犯罪者を)3人くらい銃で殺した」と語っています。

ドゥテルテ大統領が“嫌う”国連のゼイド人権高等弁務官は、ドゥテルテ大統領の「自白」は「明らかに殺人(罪)を構成する」と指摘し、フィリピン司法当局に殺人事件として捜査に乗り出すよう求めています。

ただ、実際にフィリピン司法当局が動くことはないのでしょう。

一方、大統領支持派は、大統領の超法規的殺人を批判するレイラ・デリマ上院議員を告訴しています。

****フィリピン政府、ドゥテルテ大統領非難の前法相を告訴****
フィリピン政府は21日、ドゥテルテ大統領を批判するレイラ・デリマ上院議員について、自身の薬物取引疑惑を巡る議会調査を妨害しようとした容疑で告訴した。

前法相のデリマ氏は、ドゥテルテ氏の麻薬取り締まり作戦に批判的な立場をとる著名政治家。法務省は告訴で、デリマ氏が議会の調査を意図的に無視し、議会の召還を逃れるため元運転手などに身を隠すよう指示したと主張している。

デリマ氏はかつて、ドゥテルテ氏の麻薬取り締まり作戦による超法規的殺人を調査する上院委員会を率いていたが、その後解任されていた。【12月21日 ロイター】
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殺人を「自白」する者が告訴されず、それを批判する者が告訴される・・・実に奇妙です。

【「彼ら(殺された人たち)は動物ではない。人間なんです」】
一番奇妙で危険に思われるのは、人権・民主主義に一定の理解があると思っていた日本社会にあっても、ドゥテルテ大統領の手法を容認する人々が多いことです。

****フィリピンの麻薬撲滅戦争、「最前線」で心痛める葬儀業者****
フィリピンでロドリゴ・ドゥテルテ氏が大統領に就任してからの5か月というもの、首都マニラの葬儀場で働くアレハンドロ・オルメネタさん(47)は苛烈(かれつ)な麻薬撲滅戦争を最前線で目の当たりにし、かつてないほど多忙を極めている。そんなオルメネタさんだが、殺人は終わりにしてほしいと痛切に願っている。

オルメネタさんと同僚たちは毎晩のように平均5人の遺体を収容している。その多くがスラム街からだ。

この背筋が寒くなるような仕事が日常化して以来、ドゥテルテ大統領が推進する犯罪撲滅運動の下で警察部隊らが野放図に残虐行為に走っていることにオルメネタさんは疑問を感じるようになった。
「こんなことがあってはならない。彼ら(殺された人たち)は動物ではない。人間なんです」(中略)

警察はAFPに、殺害されたダニロ・ボランテさん(47)は「シャブ」と呼ばれる安価な覚醒剤「クリスタル・メス」の売人だったと語った。ドゥテルテ大統領は社会を荒廃させる元凶だとしてシャブの根絶を宣言している。
 
だがボランテさんの姉、コナ・バリーナさんはボランテさんは薬物と手を切っていたと主張する。しかも、ドゥテルテ大統領が主導する麻薬撲滅作戦の一環で麻薬密売人や常用者に出頭を促す試み、通称「トックハン(Tokhang)」の影響でボランテさんは警察に自首していたという。

「すでに更正しようとしている人間がこんな仕打ちを受けるなら、トックハンに何の意味があるの?」とバリーナさんは嘆いた。(中略)

オルメネタさんは(まだ生きているときに)頭蓋骨にくぎを打ち込まれて殺害された男性のことをよく思い返し、小物の麻薬密売人までもが殺されるのはおかしいと考えるようになった。

「彼らは麻薬の犠牲者です。飢えをしのぐため、もしかしたら子どものために麻薬に手を出す必要があったのかもしれない。彼らには更正するチャンスが与えられるべきだったんです」
 
そしてカトリック教徒のオルメネタさんはこう付け加えた。「聖書にも書かれているでしょう? 汝(なんじ)殺すなかれって」【12月16日 AFP】
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アフガニスタン  ロシア・イランの動き 女性の社会参加の象徴が、またひとつ消える

2016-12-27 22:06:09 | アフガン・パキスタン

(アフガニスタン・カブールの飛行場でカメラに向かってポーズを取るパイロットのニロファル・ラフマニさん(2015年4月26日撮影)。殺害の脅迫などからアメリカ亡命を申請【12月27日 AFP】)

ロシア:タリバンとの関係強化
シリアやイラクなど内戦・紛争が溢れている世界で、“忘れ去られた国”ともなりつつあるアフガニスタンの情勢に関する情報はあまり多くありません。

基本的には、タリバンの攻勢が強まり、アメリカが手を引こうとしている(特に、「アメリカ第一」で、対外的にはISにしか関心がなさそうなトランプ次期政権にとっては、アメリカの利益に直接関係しないアフガニスタンの重要性は今以上に低いものとなるでしょう)なかで、“今ほど人生に希望が持てないと感じたことはない。出口が見当たらないのだ。不穏な時を過ごしている”(現地記者)【11月9日 AFP】という状況にあることは、11月10日ブログ“アフガニスタン タリバンの攻勢で、出口のない不安に置き去りにされる人々”http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20161110でも取り上げました。

かつては、少なくとも首都カブールは安全と見なされていましたが、それも怪しい状況です。

****<アフガン>カブールで国会議員宅襲撃 7人死亡、6人負傷****
アフガニスタンの首都カブールで21日夜、武装集団3人が国会議員の自宅を襲撃し、治安部隊と銃撃戦になった。アフガン当局によると、議員は無事だったが、親族ら少なくとも7人が死亡、6人が負傷した。武装集団3人も全員死亡。旧支配勢力タリバンが犯行声明を出した。
 
地元メディアなどによると、武装集団は1人が自爆した後、残る2人が敷地内に侵入し立てこもった。標的となったのは、タリバンが攻勢を強める南部ヘルマンド州の選出議員で、タリバンは「重要な軍事会議」を狙ったとしている。【12月22日 毎日】
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アメリカの影響力が小さくなれば、それを埋めるように周辺国や関係国が動き出します。

アフガニスタンに強い影響力を有するのは何と言っても、タリバンの後ろ盾となってきた隣国パキスタンですが、ソ連時代のアフガニスタン侵攻で“痛い思い”をしたロシアの動きも報じられています。

****アフガニスタン政府と米国が懸念、ロシアとタリバンが関係強化か****
アフガニスタンと米国の当局は、ロシアとアフガニスタンの反政府武装勢力タリバンのいかなる関係強化も治安情勢を複雑化させる可能性があるとして、懸念を強めている。

ロシア当局は7日、モスクワでの会見で、タリバンへの支援提供を否定し、タリバンとの限定的な接触は、和平交渉に参加させることを目的としたものだと述べた。

アフガニスタン政府の指導者らは、ロシアのタリバンへの支援は政治的なものとみられるとし、最近モスクワで一連の会合が開かれたと主張。また、タジキスタンの武器や資金を含むより直接的な支援に関して、アフガニスタンの情報や防衛当局が神経をとがらせていると述べた。

アフガニスタン駐留米軍のニコルソン司令官は先週、ワシントンでの会見で記者らに、ロシアは、アフガニスタンに「悪い影響を与える」国としてイランやパキスタンに加わったと非難した。【12月8日 ロイター】
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今になってタリバンとの関係を模索するロシアの思惑はよくわかりませんが(タリバンの軍事的・政治的存在感が今後強まる事態への布石でしょうか)、ソ連崩壊の背景ともなったアフガニスタン侵攻失敗のトラウマがありますから、シリアのように軍事的に深入りすることはないでしょう。

現アフガニスタン政権とタリバンとの間で、アメリカに代って影響力を発揮しようというところでしょうか。

イラン:「アフガニスタン政府・国民を支援する上でのイランの決意は固い」】
アフガニスタン駐留米軍のニコルソン司令官は、アフガニスタンに「悪い影響を与える」国としてイランやパキスタンを挙げていますが、パキスタンについてはタリバンの後ろ盾ですから、そういうことになるでしょう。

イランは一応、アフガニスタン政権を支援する立場をとっています。

****イラン外相、「アフガニスタンを支援する上でのイランの決意は固い」*****
イランのザリーフ外務大臣が、「アフガニスタンが安定し、安全な先進国となるために、同国の政府と国民を支援する上での、イランの決意は固い」と語りました。

ザリーフ外務大臣は4日日曜、インド北西部アムリトサルで行われたイスタンブール・プロセス「アジアの中核」会合で、地域における麻薬生産や過激派の暴力の拡大に触れ、最近の国連薬物犯罪事務所の報告によれば、麻薬の生産は昨年43%増加し、テロ組織や麻薬密輸ネットワークが勢力を拡大する下地が整っていると語りました。

また、アフガニスタン国内でテロ組織ISISの活動が拡大していることに触れ、イランはアフガニスタン政府の主導による、地域諸国の可能性すべてを用いた平和へのプロセスが継続され、アフガニスタンが恒久的な平和に向かうよう希望していると強調しました。

さらに、「イラン、インド、アフガニスタンの、イラン南東部チャーバハール港の開発に関する合意書は、アフガニスタンが国際水域を通じて世界市場にアクセスするための重要な一歩であり、アフガニスタンの発展を支援する」としました。

ザリーフ外相は、アフガン難民の支援に関しても、「イランは37年間、アフガン難民およそ300万人を受け入れてきた。彼らは皆、衛生・教育上の公共サービスを活用しており、一方でイランは国際社会から何の支援も受けていない」と述べました。【12月4日 Pars Today】
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イランはシーア派国家ですので、スンニ派のタリバンとはもともと関係がよくなかったのですが、ここ数年はタリバンと指導者とも接触して、その関係を強めているとも言われています。

イランも、アフガニスタン政権・タリバン双方との関係を強めて、今後の“混乱”において影響力を発揮しようというところでしょうか。

新しい時代の女性の象徴でもあった「アフガニスタンのトップガン」アメリカ亡命
旧タリバン政権時代には、女性の権利が、一人では外出も許されないほどに著しく制約されていました。

11月10日ブログでも取り上げたように、“アフガニスタンでは過去2か月に300以上の学校が破壊されており、その大半に(女子教育を標的としている)国内各地で攻勢を強めているタリバンが関与していた”【10月30日 AFP】とのことで、タリバンの姿勢は今も基本的には変わっていないようです。

その点が、今後タリバンが政治的に前面に出てくる事態に対する大きな懸念です。

アフガニスタン政府の統治下で、現在はそれなりに女性の社会参加も進んではいますが、タリバンに限らず保守的勢力は女性の進出に対して強い抵抗を示しています。

****空港勤務の女性5人と運転手、銃撃受け死亡 アフガニスタン南部****
アフガニスタン南部で17日、空港で勤務する女性5人と運転手が銃撃を受けて殺害された。紛争で荒廃した保守的な同国で、雇用される女性たちの危険性が浮き彫りとなった。

殺害された女性らは民間会社の従業員で、空港で女性旅行者の荷物や身体検査を担当していた。同国南部カンダハルにある空港にワゴン車で向かう途中、バイクに乗った3人の男に銃で撃たれたという。(中略)
 
アフマドゥラ・ファイジ空港長は、殺害された女性たちは女性が仕事に就くことを認めない人々から殺害予告を受けており、身の安全に懸念を抱いていたと述べた。
 
1996年から2001年まで厳格なシャリア(Sharia、イスラム法)でアフガニスタンを支配していた旧支配勢力タリバンは女性が家の外で働くことを認めていないが、今回の事件には関与していないとしている。
 
しかしアフガニスタンの働く女性は以前から、武装勢力や保守的なイスラム主義者から襲われる危険に直面してきた。
 
アシュラフ・ガニ大統領は、罪のない市民と女性の殺害は「アフガニスタンの敵の弱さの現れだ」と語った。また国連も殺害を非難し、「迅速で効果的、かつ公平で透明性の高い捜査」の実施を呼びかけた。
 
2001年のタリバン政権崩壊後、アフガニスタンの女性は目覚ましい進歩を遂げたものの、公的な仕事をする女性まだ少なく、相変わらず暴力や抑圧、虐待を受けている。
 
アフガニスタン法務長官室の統計によると女性に対する暴力事件は昨年は約5000件、今年は1~8月で3700件以上に上っている。【12月18日 AFP】
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こうした働く女性にとって厳しい環境にあって、アフガニスタンで初の空軍女性パイロットとなったニロファル・ラフマニさんは「アフガニスタンのトップガン」とも呼ばれる非常に目立つ存在でした。

ラフマニさんは“アフガニスタン人女性たちの希望の象徴”でもありましたが、“目立つ存在”であるだけに、常に命の危険にさらされる不安からアメリカへの亡命を希望したことが話題となっています。

****アフガン初の女性パイロット、米国に亡命申請で衝撃広がる****
アフガニスタンで初の女性パイロットとなったニロファル・ラフマニさん(25)が米国での訓練を終えた後、同国に亡命を申請したことを明らかにし、アフガニスタン国内では政情不安や女性の権利、若者の大量流出といった問題への国民的議論をあおる出来事として衝撃が広がっている。
 
米軍のエースパイロットを描いた米映画「トップガン」にちなみ「アフガニスタンのトップガン」と呼ばれてきたラフマニさんは、15か月にわたった米空軍での訓練コースを終えて先週、アフガニスタンへ帰国する予定だった。

しかし帰国の前日、ラフマニさんは自分の身の安全に懸念を感じていることを理由に、帰国しないと宣言。アフガニスタン国内では、国を「裏切った」とする批判が巻き起こる一方、人権活動家などからは支持する声が上がっている。
 
アフガニスタン国防省のモハマド・ラドマネシ報道官はAFPに対し「米国での彼女の発言は無責任で予想外だ。彼女は若いアフガニスタン人の手本となるはずの人物だったのに。彼女は国を裏切った。残念だ」と述べた。
 
ラフマニさんは2013年、アフガニスタンのタリバン旧政権以降、初めて固定翼機のパイロットになった女性として、戦闘用ブーツにカーキ色のオーバーオール、パイロット用サングラスを着用してメディアに登場。何百万というアフガニスタン人女性たちの希望の象徴となった。

しかし有名になったことで、反政府勢力から殺害脅迫が届くようになり、いまだに女性は家から出るべきではないと考える人が多い保守的な国で、男性の同僚から侮辱されることも常だった。
 
昨年AFPが首都カブールで行ったインタビューでラフマニさんは、自分の身を守るために常に拳銃を携行していることや、男性たちによる性的なまなざしには慣れているが、標的とならないよう、空軍基地から出るときは制服を一切着用したことがない、などと話していた。【12月27日 AFP】
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保守勢力の脅迫だけでなく、親族の「名誉殺人」標的にも
ラフマニさんの置かれている厳しい状況については、以前から報道されていました。
下記は去年8月のウォール・ストリート・ジャーナル記事です。

****アフガン軍初の女性パイロット、脅迫に揺らぐ夢****
ニロファル・ラフマニさんは21歳でアフガニスタン空軍の固定翼機を操縦する初の女性パイロットになった。これは父親の夢でもあったし、家庭外でのアフガン女性の役割を著しく高めるシンボルともなった。
 
だが、彼女の人生がおかしくなり始めたのもこのころだった。ラフマニさんは「これは私の理想の仕事だった」とし、「辞めたいと思う日がくるとは考えてもみなかった」と話す。
 
今23歳になったラフマニさんは、生意気にも男性中心の世界で働いていると批判され、タリバンと親戚の両方から殺すぞという脅しを受けている。彼女だけでなく両親や兄弟まで命の危険を感じ、家族8人は人の目から隠れて暮らしている。快適な中流階級の暮らしは失われた。
 
米軍主導の連合軍がラフマニさんの功績を宣伝し、彼女は同時多発テロ以降のアフガン人を象徴する一人となった。カーキ色のオーバーオールを着て、髪のスカーフを緩めに巻き、パイロット用のサングラスをかけた若い女性パイロット、ラフマニさんの写真はネットで瞬く間に広まった。
 
しかし、米国とその同盟国がアフガンで男女平等を目指して多大な努力をしているにもかかわらず、ラフマニさんの経験は、女性の権利に限界があることも浮き彫りにした。

アフガンでは女子学校が開設され、女性が労働人口に加わり、ブルカ(イスラム教徒の女性が着用する衣装)の着用を止める女性もいるなど、社会に変化も見られている。しかし、女性に権利を与えようとする取り組みは時として、アフガンの伝統と衝突してきた。
 
ラフマニさんはタリバン政権崩壊後の米国が後押しする秩序を取り入れた家庭で育った。アフガン空軍が女性を採用し始めたとき、家族に励まされてパイロットに応募した。
 
彼女は2012年、訓練中にウォール・ストリート・ジャーナルに対し、「アフガンでもこの権利が認められるべきだ」とし、他の女性にも参加を呼びかけた。「私は他の人々にとって実例となるために入隊を決断した」と話していた。
 
ラフマニさんは、兵士を戦場に運ぶターボプロップ式の「セスナ208」を操縦している。戦死した兵士の遺体を運ぶこともある。1年ほど前、彼女は機長になった。(中略)

2013年までには、ラフマニさんはアフガンでよく知られるようになっていた。そしてそのころ、脅しの電話もかかり始めていた。最初は、怒鳴られたメッセージの理解に苦しんだ。電話してきた男たちは彼女が話す現地語のダリー語を話していなかった。それでもメッセージは明らかだった。「辞めなければ殺すぞ」
 
その後、一通の手紙が彼女の自宅に届いた。13年8月3日付のその手紙には「われわれの警告を真剣に捉えていない」と書かれていた。「イスラム教では女性が英米人と協力しないよう教えている。今の仕事を続けるのであれば、自分と家族の破滅の責任を負うことになる」。
 
この脅しには、パキスタン北西部スワート渓谷の武装勢力パキスタン・タリバン運動(TTP)の署名があった。それは「マララ・ユスフザイから学ぶように」と助言していた。

ノーベル平和賞を受賞したマララ・ユスフザイさんは女性の権利を求めて活動したとして、故郷のスワート渓谷でTPPに襲撃され、危うく命を落とすところだった。ラフマニさんと家族は一時的にインドに逃れた。
 
もっと恐ろしかったのは、家族に恥をかかせたと非難する親戚からの脅しだったとラフマニさんは話す。(中略)
 
ラフマニさんの親戚の男性たちの中には、叔父たちやいとこも含め、一族の名誉を回復する唯一の方法は彼女を罰することだと主張する者もいた。ずっと前から住んでいたカブールの自宅への侵入者を守衛が阻止した事件を受けて、一家はこの家を売却した。その後、数カ月おきに住まいを転々と変えた。
 
ラフマニさんはインドから戻った後、アフガン空軍から退職を求められた。理由は任務を放棄したからだという。ただ、米国主導の連合軍からの圧力で、パイロットの仕事を失わずに済んだという。
 
過去1年間にラフマニさんの弟は2回、襲撃を受けた。最初は通っている大学付近で銃に撃たれそうになり、2回目はひき逃げにあって腕を折った。一家の生計を支えていたエンジニアだった父親は昨秋、職を失った。退職前にはラフマニさんの一件で同僚たちから嫌がらせを受けていたという。
 
ラフマニさんの姉も影響を受けた。夫の家族に嫌われ、今では離婚している。離婚はアフガンではまれで恥ずべきことだと考えられている。その結果、姉は4歳になる息子に1年以上会っていないという。
 
ラフマニさんは「初めから分かっていれば、家族をこんな目に遭わせなかった」と話す。「自分たちが置かれた環境にもかかわらず、家族は今でも私を支えてくれている。家族の支えがなかったら、生きていないと感じることもある」。
 
3月に米国務省はラフマニさんに「勇気ある国際女性賞」を与え、仕事のためにとった個人的リスクをたたえた。彼女は米海軍のアクロバット飛行隊「ブルーエンジェルス」とともに米カリフォルニア州サンディエゴを訪れ、市長が15年3月10日を「ニロファル・ラフマニ機長の日」と宣言した。
 
ラフマニさんの上司は彼女に米国行きを許可することを渋った上、帰国しても彼女の栄誉を全く評価しなかったという。
 
アフガン空軍の広報官は「脅しを受けているのはニロファルだけではない。パイロット全員だ」とし、「敵は男性も女性も区別しない。彼女は脅威に立ち向かい、勇敢に国に奉仕すべきだ」と述べた。
 
ラフマニさんによると、家族に対する脅しや攻撃について上司たちは、「どこに足を踏み入れているのか知っていたはずだ。入隊を強要したわけではない」と語っている。
 
アフガンではパイロットが不足しているにもかかわらず、ラフマニさんはセキュリティー上のリスクから、7月上旬以来、飛行していない。
 
米軍はラフマニさんに一時的に米国に拠点を移し、C-130輸送機の飛行訓練を受ける機会を提供している。(中略)
 
現在、アフガン空軍にはラフマニさんを含め3人の女性パイロットがいる。ラフマニさんは「私は本当に軍で働きたい。本当に空軍にとどまりたい」と話す。「でも、今のような状況を続けることはできない」【2015 年 8 月 6 日 WSJ】
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タリバンなど保守勢力だけでなく、親族からの“名誉殺人”の標的にもされていたようです。
アメリカが“アフガニスタン民主化の象徴”として支えてきたようで、そのことを嫌う向きもあることも想像されます。

こうした圧力にさらされてきたラフマニさんの亡命を“彼女は国を裏切った”と非難するのは、あまりに酷に思われます。

彼女が志を全うできる環境を提供できなかった自分たちのふがいなさを恥じるべきでしょう。
残念なことに、アフガニスタン女性の“灯”が、またひとつ消えました。
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中国  危機的レベルの大気汚染に高まる国内批判 地方・中央政府が対策に乗り出す動きも

2016-12-26 22:09:30 | 中国

(河南省林州市にある中学校で、19日に運動場で行われた実力テストの様子 【12月23日 Record China】
私が住んでいる町は、川に近いせいで、冬の朝は朝霧でこんな感じになりますが・・・・)

責任回避の「気象災害」認識
中国の殺人的な大気汚染はもはや“恒例化”し、冬を迎えるこの時期の年中行事とも化していますが、今年はとりわけひどかったようです。

****中国、例年以上に深刻な大気汚染、各地で最悪レベルの「赤色警報****
2016年12月23日、今冬の中国では各地で例年以上の深刻な大気汚染が発生している。

北京では16日から21日まで、4段階のうち最悪レベルの「赤色警報」が今年初めて発令された。日本では大きく報じられないが、インドの大気汚染も深刻。急速に工業化が進み、経済発展する国に共通の悩みでもある。

中国の大気汚染に関する警報は、上から「赤」「オレンジ」「黄色」「青色」の4段階。「赤色警報」下の北京の一部では、発がん性が指摘される微小粒子状物質(PM2.5)の濃度が1立方メートル当たり、300マイクロ・グラム(日本の環境基準は35マイクロ・グラム)を超えた。

中国メディアによると、北京周辺では「赤色警報」に伴い、石油プラント、冶金工場、セメント工場、火力発電所、インスタントラーメン工場など1200カ所の工場に操業停止、減産が命じられた。

屋外での建築工事も強制的に停止。期間中、車の交通量を半分近くに減らすため、車のナンバーの末尾が日によって偶数か奇数のどちらかしか走ることができない措置が取られたほか、日本人学校を含むほとんどの幼稚園や小中学校が休校となった。

北京以外でも、天津市、河北省石家荘市、山西省太原市、山東省徳州市、河南省鄭州市など22都市が「赤色警報」を発令。河南省平頂山市、山西省呂梁市、山東省済南市など18都市が1レベル下の「オレンジ警報」となった。

中国当局も大気汚染対策には、ほとんどお手上げの状態。北京市政府は対策の一環として「北京市気象災害防治条例」の制定を進めているが、大気汚染を「気象災害」と規定しているため、専門家から「汚染物質の排出という人為的責任を看過しかねないミスリードではないか」との批判を招いている。

香港メディアは「大気汚染の改善には今後1兆7500億元(約29兆円)規模の投資が必要との試算もある」とも報じている。(後略)【12月23日 Record China】
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“国際エネルギー機関(IEA)が今年発表した報告によると、中国では毎年、大気汚染が原因で120万人が早死し、平均寿命を2年以上押し下げているという。”【12月26日 ロイター】ということです。

こうした“数字”の意味合いは慎重に評価する必要はありますが、いずれにしても住民健康に多大な悪影響を及ぼすものであることは間違いなく、かつての日本の公害問題がそうであったように、“中国当局も大気汚染対策には、ほとんどお手上げの状態”では済まされない問題です。

なお、中国当局の“名誉”のために付記すれば、大気汚染の深刻化は中国だけの問題ではなく、インドなどは中国よりひどい・・・とも言われています。(だから、中国当局の責任が軽減される話ではありませんが)

“今年5月に世界保健機関(WHO)が公表したデータによると、ニューデリーのPM2.5の年間平均濃度は世界約3000都市のうち11番目に高く、北京の約1.4倍に上った。濃度が高い20都市のうち、最悪だったのはイランの都市ザーボルだが、インドは半数の10都市を占め、中国(4都市)やサウジアラビア(3都市)を大きく上回っている。”【12月23日 Record China】

深刻な大気汚染に関しては、連日のように“笑える話”“笑い事ではすまない話”が報じられています。

“笑える”方では、「ネタ」なのか「ガチ」なのかわからない下記のような話も。

****大気汚染スモッグがひどい中国、高速鉄道内に空気清浄機持ち込む市民がついに出現!?****
中国では今月に入って北京など北部地域を中心に大気汚染が深刻なレベルとなっている。スモッグに視界が遮られ、高速道路や空港の閉鎖なども起こっている。

健康被害から身を守るため、市民たちはこぞってマスクや空気清浄機を購入しているようだ。できれば空気清浄機を持ち歩いて出かけたいと思っているかもしれない。

中国メディア・駆動之家は20日、大気汚染が深刻化する中で、ある市民が高速鉄道の車両内に空気清浄機を持ち込んで運転させている様子が、このほどネット上で公開されて話題を集めていいることを報じた。(後略)【12月24日 Searchina】
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高速鉄道なので、コンセントは座席下にあるそうです。
ただ、動画に写っている空気清浄機のメーカーについて、“27日に自動車などの座席に取り付け可能な小型のポータブル空気清浄機を発売する予定であることから、宣伝のための話題作りではないかとの声が中国国内のネット上で出ている。”とも

“笑い事ではすまない”方では、大気汚染が深刻な日に、休校指示を無視したうえに、あろうことか屋外でテストを行った中学校(冒頭画像でみると、ちょっと引いてしまいます)の話が報じられています。

****大気汚染を無視して運動場でテスト強行した中学校、校長が停職処分に****
2016年12月22日、新京報によると、大気汚染が深刻な日に屋外でテストを行ったとして物議を醸した中国河南省の中学校校長に対し、停職処分が下されたことが明らかになった。

この学校は同省林州市にある中学校で、19日に運動場で行われた実力テストには約480人が参加した。

市教育体育局の責任者によると、同局は大気汚染で最も警戒レベルの高い「赤色警報」が発令されたことを受け、学校や幼稚園に19日正午からの休校、休園を通達。警報解除まで再開しないよう指示を出していたが、問題の学校はこの日の午後にもテストを行っていた。

学校が指示に従わなかった理由について、この責任者は「途中で止めて試験内容が漏えいすることを恐れた」と説明しており、屋外で実施されたことに関しては「カンニングを防げると考えたのだろう」。同局はこの問題に対する調査チームを立ち上げ、状況把握を進めている。【12月23日 Record China】
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さすがにこれは中国でも“一体何を考えているんだ!”ということになったようです。

官製メディアも異例の政権批判を行うなど、高まる批判
当然の話として、無策の当局に対する批判は強まっており、当局・共産党指導部としても、もはやうやむやにはできないレベルに達しています。

****中国の大気汚染で地方政府を提訴 「有効な措置とらず」と弁護士ら、官製メディアも異例の政権批判****  
深刻な大気汚染が広がる中国で、事態の改善に向けた有効な措置を取れない当局へのいらだちが国民の間で高まっている。16日夜から21日にかけて今年初めて最高レベルの「赤色警報」を発令した北京市をはじめ、中国北部の広い範囲が有害物質を含んだ濃霧に覆われた。
 
21日には河北省の石家荘などで、大気汚染の指数(AQI)が上限値の500に達し針が振り切れる「爆表」と呼ばれる状態となった。北京でも戸外活動を避けるべきだとされる「重大汚染」の状態が続いた。
 
中国北部の都市では工場の操業停止や学校の休校措置がとられたほか、高速道路の閉鎖が相次ぐなど物流にも影響。市場に集まる野菜の量が通常の2割以上減少し、価格が高騰するなど市民生活への影響に不満が高まりつつある。
 
中国共産党機関紙、人民日報系の環球時報(英語版)によると、「大気汚染への有効な措置をとる義務を怠った」などとして5人の弁護士が20日までに北京、天津両市と河北省の各地方政府を相手取り、精神的苦痛への見舞金9999元(約16万円)やマスク代、謝罪広告などを求めて提訴した。
 
中国共産主義青年団機関紙「中国青年報」は21日付のコラムで、「大気汚染の根源を突き止め、産業構造を調整する決断を下すべきだ。生産停止や自動車の運行制限ばかりに頼るのは責任ある態度ではない」と異例の政権批判を展開した。【12月21日 産経】
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****われわれは製品を国外に輸出し、汚染を自国に残している 貿易における環境面の「赤字」を清算せよ! =中国メディア****
今月に入って北京など中国北部を中心に発生している深刻な大気汚染は、急速な発展と引き換えに出現した環境汚染の凄まじさを改めて痛感させる出来事となった。

大きなダメージを受けた環境を改善しながら安定した経済成長を実現できなければ、中国にかかった「もや」が晴れることはない。中国メディア・澎湃新聞は20日、「われわれは製品を国外に輸出し、汚染を国内に残している」とする記事を掲載した。

記事は、ある国や地域における経済・貿易の構造は、空気の質と関係があるとし「空気の質が悪い段階において、輸出するのは工業製品であり、輸入するのは原材料だ。空気の質が良い段階になると状況は大きく変化する。工業製品を輸入して、サービス産業を輸出するようになるのだ」と説明。そして、貿易は物理的、経済的な指標に限らず、環境の指標を用いて衡量することができるのであると論じた。

そのうえで、近年における中国の貿易は、経済的には大きな黒字となっているものの、環境という視点に立てば「ひどい赤字であり、貿易によって引き起こされる汚染はますます多くなっているのである」と指摘。「言い換えれば、われわれは製品を国外に輸出して、汚染を国内に残しているのだ」としている。

そして、中国は現在その発展政策と貿易政策について反省しなければならないと主張。発展政策についてはすでに多くの反省が行われてきたものの「貿易に対する反省は不十分であり、環境政策となるとさらに反省が必要だ」と訴えた。(後略)【12月26日 Searchina】
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政権への信頼をかけて、対策に乗り出す地方政府・中央政府
この状態を放置していては国民の政権批判にもつながりかねない状況で、地方政府・中央政府とも、対策に乗り出す動きも報じられています。

****中国河北省、2017年は汚染対策強化へ****
中国北部で前週、大気汚染が深刻化したことを受け、河北省は対策を強化する方針を明らかにした。
同省は公式ウェブサイトで24日、2017年を転換の年にすると表明した。

また河北省の張慶偉省長は、汚染の抑制に向けて「科学的精度」の向上に取り組む意向を示した。

河北省の8都市は前週、深刻なスモッグを受けて「赤色警報」を発令したが、省内の複数の鉄鋼メーカーが運転を停止していないとして、環境保護省から批判を浴びていた。

張省長は26日、河北省が産業やエネルギーの構造を見直すに当たり、「トップレベルでの計画立案」をより適切に行う必要があると述べた。

公式ウェブサイトによると、スモッグの大きな要因となっている石炭の直接燃焼などの問題についても、河北省政府はより具体的な対策をまとめる方針だ。【12月26日 ロイター】
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“北京周辺では「赤色警報」に伴い、石油プラント、冶金工場、セメント工場、火力発電所、インスタントラーメン工場など1200カ所の工場に操業停止、減産が命じられた”といは言っても、地方政府と企業の癒着で骨抜きにされる現状も想像されます。

省レベルでも、そのあたりの厳正な運用が求められていますが、大気汚染は一部の地域、一つの都市だけでは対策は不可能で、地域の協調が必要とされます。

****大気汚染対策のカギは自治体の協調、地域全体で汚染削減に取り組み****
2016年12月22日、環球網は記事「大気汚染対策として中国各地で汚染排出削減を実施」を掲載した。

中国各地で深刻な大気汚染が観測される中、中国環境保護部は各地に工場の操業停止、乗用車の使用制限など汚染排出物削減で協力するよう要請した。また健康被害を避けるため、学校を休校する措置も求められている。

汚染物質は自治体を越えて移動し拡散するだけに、一部の地域、一つの都市だけでは対策は不可能だ。多くの自治体が協調することが対策の成否を握る。

環境保護部の要請に応じ、中国の各自治体は排出削減に取り組んでいる。河北省邯鄲市では違法に汚染物質を排出していたとして企業経営者11人が拘束された。【12月26日 Record China】
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中央政府レベルでも「環境保護税」を導入して、これまで以上に厳しく環境保全に取り組む動きがあるようです。

****中国、環境保護税導入へ 汚染排出企業向け、車は対象外*****
中国の国会にあたる全国人民代表大会(全人代)常務委員会は25日、「環境保護税」を導入するための法案を議決した。2018年1月から、企業の排気や排水に対して課税する。深刻な大気汚染などの環境問題に対応するため、約10年越しで立法化にこぎ着けた。
 
新法は、大気や水の汚染物質、ゴミ、騒音を出している企業に対して、その量に応じて税金を課す。各地方ごとに重点的に食い止めたい汚染の種類を判断し、税額を最大10倍まで厳しくすることもできるとした。
 
中国には環境汚染に対する課徴金制度はあったが、地方政府によっては徴収体制が十分に整っておらず、汚染を食い止める効果が不十分だった。課税対象にすることで実効性が高まるとの見方がある一方、自動車の排気や農薬などは課税対象外とされ、全人代の委員などからも「範囲が不十分」との指摘が出ている。
 
課税方式は07年ごろから検討されてきたが、企業の収益が落ちることへの配慮などから議論が進んでこなかった。北京の大気汚染が国際的に注目を集めるなど、改善の見られない汚染への国民の不満が高まる中で導入が決まった。【12月26日 朝日】
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住民生活を厳しく管理する共産党政権らしい施策としては、汚染がひどい大都市の人口制限という施策もあります。
ただ、これまでもうまく機能しておらず、共産党政権といえど実現困難な対策です。(政府方針に反して北京などに人口が集中するところに、地域格差などの中国社会の問題・矛盾が表れているとも言えます)

逆に強権的に行うと、新たな別問題を惹起するものでもあり、慎重な運用が必要とされます。

****中国・北京市の5地区が人口抑制計画、大気汚染対策=メディア****
中国の首都、北京市の5地区が、今後数年間に人口の上限を設定したり減らす計画を発表した。地元メディアが21日伝えた。

北京は、ここ1週間に大気汚染について最高度の「赤色警報」を発令している北部24都市のうちの一つ。各都市では工場が操業を停止したり交通規制が敷かれている。

22日の北京市は、「赤色警報」が解除されたが、冬の間は暖房用燃料需要が高い状態が続くため、再びスモッグが深刻化する可能性がある。

報道によると、北京中心部の東城区は、いわゆる永住資格がある住民の数を2020年までに76万2000人と、2016年の目標より11万5000人少なくする計画。西城区は5年以内に110万人に抑えることを目指している。

大興区と順義区は、それぞれ170万人、130万人以下にする計画。石景山区は来年の人口をほぼ変わらずの61万6000人にしようとしているという。

北京市の人口は、1998年から約60%増加し現在、約2200万人。数年前に人口を500万人減らす構想を打ち出したが、2016─20年の5カ年計画で断念した。

それでも、政府指導部が大都市シンドロームと呼ぶ状況の是正を目指し、2020年までに2300万人以下に抑える方針を示している。【12月22日 ロイター】
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こうした施策で、来年の冬は大気汚染という“年中行事”が消える・・・・のでしょうか?
先述のように、この状態を放置していては国民の政権批判にもつながりかねない状況ですから、共産党指導部としても本腰を入れざるを得ないのではないでしょうか。
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インド  絶対的貧困が残るなかでモディ首相が進めるヒンズー英雄の巨像建設 日本の東京五輪は?

2016-12-25 22:38:22 | 南アジア(インド)

(17世紀のヒンズーの英雄「チャトラパティ・シバジ」の像 ムンバイにも像はありますが、これはプネー(ムンバイの南東約200km)のものではないでしょうか。写真は【Wikiwand】“ヒンドゥー・ナショナリズム”より
「チャトラパティ・シバジ」はヒンドゥー・ナショナリズムとって、極めて重要な位置を占める人物のようです)

インドに残る絶対的貧困
中国と並んで、これからの世界経済を担うことが期待もされているインドですが、現在も貧困や社会的差別による悲惨な出来事については枚挙にいとまがありません。

そうした中で、最近目にした記事をひとつだけ。

****インド当局、人身売買被害者70人を保護 うち33人は子ども****
インド中部チャッティスガル州バスタル県で21日、人身売買の被害者70人が警察によって保護された。うち33人は子どもだったという。当局者が22日、明らかにした。
 
工場やれんがの窯場などに売り飛ばされていた被害者らは、人身売買問題に取り組む活動家らの情報を受けて出動した警察によって、バスで移送されているところを保護された。また警察は、人身売買容疑でギャング5人を逮捕した。
 
バスタル県の児童保護当局者はAFPに対し、「少年20人と少女13人を救出した。残る人々は成年で、強制労働の従事者として売られていた」と明かした。

被害者らは、同国南部のアンドラプラデシュ州とテランガナ州の工場主に対し、数千ルピー(数千円)単位で売られていたという。
 
子どもたちは保護施設に一時的に収容され、後日自宅へ送り帰されることになっている。
 
被害者は全員、バスタル県とその周辺地域に暮らす少数民族の人々だった。この地域は、貧しい少数民族のために土地や雇用、その他の権利を訴える武装組織「インド共産党毛沢東主義派」が10年にわたって展開する反政府活動の中心地となっている。
 
人身売買業者らは、地方部の無防備な子どもたちに対し、職があるとだまして勧誘しては、工場や売春組織に売り飛ばしたり、強制労働や物乞いに従事させたりしているという。【12月22日 AFP】
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物乞いに従事させる場合には、同情を誘いやすいように、人為的に身体に障害をつくる・・・というのは、インドだけの話ではありません。

武装組織「インド共産党毛沢東主義派」が、場所によっては当局が関与できないほどに、未だに強い勢力を維持している根底には、上記のような悲惨な出来事を生む絶対的貧困があります。
“歴代政権が貧困やカースト制度の問題を放置した不満から、貧しい農村地帯では支持が厚い”【ウィキペディア】とのことです。

巨費を投じてモディ首相が進めるヒンズー英雄の巨像建設
上記事件のチャッティスガル州(州とは言っても、人口は約2千万人です)というの地図で確認すると、インド中央部のやや東よりの内陸州のようです。

チャッティスガル州の西に隣接するのがマハラシュトラ州で、インド中央部から西海岸の州都ムンバイまでを占める大きな州(面積では日本の約8割、人口は約1億人)です。

経済手腕が期待される一方で、ヒンズー至上主義と評される一面も持つモディ首相が、ムンバイ沖アラビア海の島にヒンズーの英雄「チャトラパティ・シバジ」の巨大な像の建設を進めているそうです。

「チャトラパティ・シバジ」とは何者か?
私も知りませんので確認すると、17世紀、イスラムのムガール帝国に抗して、デカン高原にヒンズー王朝「マラーター王国」を建国した人物のようです。(日本の高校・世界史教育は、その網羅する範囲・詳細さにおいて世界有数のレベルにあるのでは・・・と独断していますが、さすがに「チャトラパティ・シバジ」は出てこなかったような・・・・)

****インドで世界一高い像を建立、予算の浪費との批判も****
インドのナレンドラ・モディ首相は24日、西部ムンバイ沖の島に建立されるチャトラパティ・シバジの像の礎石を置いた。完成すれば世界一の高さの像になるという。

シバジは17世紀にイスラム国家ムガール帝国と戦い、マラーター王国を建国した人物。

シバジ像の高さは192メートルとなる予定で、米ニューヨークの自由の女神像の2倍、ブラジル・リオデジャネイロのキリスト像の5倍を超える。
 
現時点で世界一高いとされる高さ128メートルの中国・河南省の魯山大仏を上回り、世界で最も高い像となる。
 
シバジ像建立はヒンズー至上主義者のモディ首相が長年温めてきたプロジェクトで、ムンバイ沖のアラビア海に浮かぶ島に建てられる。
 
ムンバイを州都とするマハラシュトラ州政府はシバジ像の建立費用を約360億ルピー(約620億円)と見込んでおり、2019年までの完成を目指している。
 
しかし、政府は予算を像などではなくインフラ、教育、開発などに充てるべきだとしてこのプロジェクトを批判する人も多い。署名サイト「change.org」に立ち上げられたシバジ像建立計画の中止を求める請願には24日夜までに2万7000人が署名した。
 
請願は「この像は資金の浪費というだけでなく、環境、ムンバイ南部の交通状況に悪影響を与えるもので、治安上の悪夢だ」としている。
 
インドではグジャラート州でも、インド独立後、初代内相に就任したサルダル・パテルの像を建立するモディ首相肝煎りの計画が進められている。2014年に建設が始まったパテル像は完成すれば高さ182メートルとなり、建立費用は250億ルピー(約430億円)と見込まれている。【12月25日 AFP】
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デリーを中心とした北インドを旅行すると、観光スポットとして残る大きな歴史的建造物の多くがムガール冷帝国時代のイスラム建築であることがわかります。

赤い砦「ラール・キラー」はムガール時代の城塞ですし、「ジャマー・マスジット」はイスラムモスクです。
世界遺産でもある「クトゥブ・ミナール」に至っては、インド最初のイスラム王朝がヒンズー教徒に勝利したことを記念して建てられたもので、ヒンズー寺院・ジャイナ教寺院を壊して得られた石材が使用されています。

昨年、デリー観光の際のヒンズー教徒ガイドは、余った時間でどこへ行こうか・・・という話になったとき、私の「クトゥブ・ミナール」の提案を「面白くないところです」と却下して、真新しい大きなヒンズー寺院に案内しました。ひょっとして、「クトゥブ・ミナール」の上記のような経緯が、ヒンズーの彼には“面白くない”ことに思われたのかも。

ましてやヒンズー至上主義者にとっては、多くの観光スポット・有名施設がイスラムのもであるというのは、あまり面白くないことなのでしょう。
そこで、ヒンズーの英雄の巨像を・・・・という話にもなるのでしょう。

“高さは192メートル”というと、先月行ったミャンマー・ウィンセントーヤの巨大寝仏が約180mでしたので、あの仏様を立たせたものより高いということになります。

なお、ムンバイでは駅や博物館の名称がイギリス植民地時代のものから、「チャトラパティ・シバジ」を冠した名前に変更されているようです。

“おカネが余っているなら、何を立てようが勝手でしょう”・・・という話でもありません。
インドにあっては、ヒンズーとイスラムの対立は、社会の根幹をなす大問題です。
そういうなかにあって、首相が主導してヒンズーの英雄の像を建てることの意味はやはり問われます。

ましてや、冒頭記事のような絶対的貧困が残る現状(ムンバイのスラム街は想像絶するものがあります)にあって、約620億円かけての巨像建設に“インフラ、教育、開発などに充てるべき”との批判が出るのは当然でしょうし、個人的にもそうした批判を支持します。

ひるがえって、日本の東京五輪を考えると・・・
もっとも、2020年東京五輪に要する費用は1兆8000億円とか。まあ、それに比べれば620億円なんて・・・という話にもなります。

貧乏人根性のせいか、1兆8000億円あればいろんな方面で使えるのに、助かる人も多いのに・・・と考えてしまいます。日本はそんなにカネが余っているのでしょうか。

もちろん、多くの外国人に日本に来てもらい、実際の日本を見てもらうことは意義深いことです。
五輪に伴う経済効果もあるでしょう。
国民が一致・協力して進める目標を設定することの意義もあります。普通の生活でも、イベント・祭りは重要なことです。

ただ、1兆8000億円となると話は違ってきます。

日本選手の活躍には感動もしますが、別に日本でカネかけてやる必要もないのでは。北京か上海にでもやらせてあげれば。
少なくとも、東京の青空にゴールドメダリストの日の丸を掲げることよりは、現在困っている社会的弱者への配慮が少しでも改善する方が、日本人として世界に胸を張れる誇らしいことに思えます。

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ブラジル  五輪開催後の混乱が表面化するリオ 連邦政府の財政再建も先行き不透明

2016-12-24 22:17:08 | ラテンアメリカ

(募る怒り 公務員の給与削減などの州政府案に抗議するリオデジャネイロのデモ【12月27日号 Newsweek日本版】)

リオ五輪開催後の混乱
2020年東京オリンピックの大会費用は、当初案の2倍を超える最大1兆8000億円ほどと見積もられており、これをどのように負担するのか・・・という現実的問題が表面化しています。

****東京五輪、公費投入1兆円超=開催費総額1.6兆~1.8兆円―分担協議難航も*****
2020年東京五輪・パラリンピックの開催費削減などを協議する国際オリンピック委員会(IOC)、東京都、大会組織委員会、政府の4者による第2回トップ級会合が21日、東京都内で開かれ、組織委は大会経費の総額が1兆6000億円から1兆8000億円になるとの予算を示した。

組織委が5000億円、都や政府、他の自治体が残りの1兆1000億~1兆3000億円を負担する枠組みとした。

大会招致時は警備、輸送などを除いた経費総額を約8000億円としていたが、経費の全体像が招致決定後に示されたのは初めて。

開催費のうち、会場整備費は6800億円、運営費は8200億円を計上し、暑さ対策などを想定した予備費を1000億~3000億円とした。運営費の内訳は、警備費1600億円、輸送費1400億円、テクノロジー費1000億円など。

今後は費用分担をめぐる組織委、都、政府の協議に焦点が集まるが、難航も予想される。(後略)【12月21日 時事】
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ただ、こういう数字は増えることはあっても(それも“大幅に”)減ることはないのが通常で、本当に1兆8000億でおさまるのか・・・個人的には疑問にも感じています。

一方、今年8月にオリンピックを開催したブラジル・リオデジャネイロは、開催前からすでに厳しい財政難状態で、“(7月)4日には警察官らが給料未払いに対する抗議デモをした。AFP通信によると、警察官と消防士の計100人以上が参加。同市の国際空港で「地獄へようこそ。給料が支払われていないので、リオに来る人は安全ではない」などと書いた横断幕を掲げた。”【7月6日 朝日】といった混乱も報じられていました。

大会は国(国家財政も危機的状態にありますが)の支援などでなんとか乗り切ったものの、当然のごとく大会後には、そのツケが回ってきます。

****ポスト五輪のリオにやつぱり訪れた大混乱****
公務員の給与は払われず公共機関は機能不全 五輪開催の「経済効果」はほぼゼロたった

先月、リオデジャネイロ市立劇場の前でバレエ団が舞い、オペラ歌手たちが合唱した。といっても公演ではなく、アーティストの抗議活動。州の公務員である彼らは、長いこと給料を受け取っていない。
 
同じ日、州立病院の前には診察を待つ長い列ができていた。医師は「中は大混乱なので」と肩をすくめた。
 
ブラジル最大規模のファベーラ(スラム街)であるロシーニャでは、財政悪化で地元の図書館が閉鎖されるという噂が流れている。10歳の少女は「大事な図書館を閉める奴は殺してやる」と怒りをあらわにした。
 
世界の注目を集めた五輪が終わって間もないというのに、リオの街は大混乱に陥り、リオデジャネイロ州は破産状態にある。

ただし、州財政の危機は大会前から始まっていた。観光客が押し寄せる五輪期間中に警官を配置し、病院を開けられたのは、国の緊急支援があったからだ。
 
五輪後に財源はいよいよ枯渇し、公務員に給料を払えない状況に。州政府は公務員の給与と年金を3割削減する緊縮政策を提示して猛烈な批判を浴び、デモ隊が議会に押し寄せた。

財務省によると、リオデジャネイロ州は連邦政府などに300億ドル以上の負債がある。

一方で州内の犯罪は激増し、今年I~10月の殺人件数は前年比で18%増、路上強盗は48%増えた。
 
州はブラジル経済の危機と、大きな財源だった石油産業の原油安による不振に打撃を受けた。
リオに拠点を置く国営石油会社ペトロブラスをめぐる汚職事件で大量解雇が行われたことも、追い打ちをかけた。先月には14年のサッカー・ワールドカップ(W杯)ブラジル大会絡みの建設プロジェクトで収賄に関与したとして、セルジオ・カブラル前州知事が逮捕された。

スポンサー減税が裏目
「五輪は帝国が開いた最後の舞踏会みたいなもの」と、市立劇場前の抗議行動に参加したオペラ歌手のシーロ・ダラウジョは言う。「舞踏会が終わればこうなると、みんな知っていた」
 
五輪はリオの経済を活気付けると期待された。それが今では五輪絡みの法人減税が、逆に経済を悪化させたのではないかとみられている。
 
地元に拠点を置く企業を優遇する州の慣習も、危機を招いた大きな要因の1つだ。州監査官の調査によれば08~13年に、リオは大幅減税により約400億ドルの法人税を徴収し損ねた。この数字は、州の年間予算の2倍近くに当たる。
 
法人を優遇するのは誘致で雇用を創出し、税収を拡大するため。州政府は10年、五輪スポンサー企業への減税措置を決議したが、条件が曖昧だった。
 
州監査官はこの施策が市民にどれだけ負担を強いたのか、決議を乱用した企業がなかったかを調査している。
州財務長官は本誌の取材に応じなかったが、監査官の広報担当はメールで回答を寄せた。決議を利用して税金逃れをした企業を特定し、州が被った損失額を割り出そうとしているという。
 
リオデジャネイロ州立大学の政治学教授であるマウリシオ・サントロは、州は市民の期待を裏切ったと指摘する。「州の判断ミスだ。法人減税はリオに雇用も経済成長ももたらさなかった」と、彼は言う。「それどころか、リオは破綻した。失策のせいで多くの人が給料や年金を減らされ、苦しむことになる」
 
五輪の「経済効果」などとは無縁のまま、リオは坂道を転げ落ちている。【12月27日号 Newsweek日本版】
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現地日本語新聞によれば、“取りあえずは”州が連邦政府に対する負債を最大36カ月猶予するという形で、明確な財政破綻を回避するようですが、これも一時しのぎに過ぎません。

**** 財政危機の州はひと息?=政府への債務支払いが3年間猶予に****
連邦政府は14日、国内各州が連邦政府に対する負債を最大36カ月猶予することを認める財政回復計画を発表したと、15日付現地紙が報じた。同計画は、財政非常事態宣言を出したリオ、リオ・グランデ・ド・スール、ミナス3州の救済が目的だ。
 
負債再交渉計画では、各州の負債の支払いは12月末まで猶予されるが、来年1月からは支払いが再開する。ただし、非常事態を宣言し、破産状態の州に関しては、負債返済開始にさらに4カ月の猶予が与えられる。連邦政府はこの間に各州の財政状態を再評価し、36カ月の負債猶予を与えるかを検討する。
 
負債返済の猶予を与えられた州は、民営化用の資産を担保として政府に提出するなどの措置をとらねばならない。
連邦政府が各州から差し出された資産を民営化した場合、企業から受け取った金は各州からの負債の代わりに国庫に入金される。
 
エンリケ・メイレレス財相は、「リオ州はこの負債再交渉計画に積極的な意志を示している」と語った。リオ・グランデ・ド・スール州やミナス州も同様の意志を示しているが、今のところ、どの州も担保の資産を提出していない。
 
リオ州のルイス・フェルナンド・ペザン知事とリオ・グランデ・ド・スール州のイヴォ・サルトーリ知事は、14日の上院での採決を直接見守った。
 
サルトーリ知事は「この計画によって負債返済への必要な時間が得られる。各州知事とも連係をとり、解決していく事を希望する」と語った。【12月16日 ニッケイ新聞】
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財政再建を目指すテメル政権 国民不満と不正・汚職問題で先行き不透明
一方、連邦政府の国家財政もやはり逼迫しています。

ルセフ前大統領は、再選を目指していた2014年の選挙期間中に、景気後退の影響を隠すために財政赤字を隠し、貧困層への生活保護費や失業保険などを満額給付するため不足分を国営銀行に違法に肩代わりさせ、政府会計を粉飾したとして、職務停止、更には弾劾罷免に追い込まれました。

ルセフ前大統領を追い落としたテメル大統領は、昨年12月、深刻な財政赤字のため投資適格級格付けを失ったブラジル経済・財政再建を目指して、公的歳出の抑制を図るべく憲法改正を主導しましたが、失業率が上昇している時期の歳出抑制や増税には国民の強い反発が予想され、テメル氏自信を含めたブラジル政界に蔓延する不正・汚職問題と併せてテメル政権を脅かすことになることが予想されます。

****ブラジル財政再建に一歩 歳出抑制の憲法改正案可決 ****
ブラジルが財政再建に向けて一歩を踏み出した。同国議会は13日に連邦政府の今後20年間の歳出を抑制する憲法改正案を可決した。テメル大統領は投資家の信認回復につなげたい考えだが、「健康や教育の予算が抑制される」として国民の支持は得られていない。大統領自身を含む政権幹部には汚職疑惑も浮上しており、政権基盤はなお揺らいでいる。
 
「景気後退から国を救うのに必要な施策だ」。テメル氏は13日に成立した法案の意義をこう強調して、国民に理解を求めた。「経済成長を取り戻し、失業と戦わなければならない」とも述べた。
 
中道左派の労働党に所属したルセフ前政権下では、低所得者層向けの社会保障支出の拡大になびいたこともあり、2008~15年の歳出は平均でインフレ率を6%超上回る増加率だった。一方、今回の改正案では17年から20年間、政府支出の伸び率を前年の消費者物価上昇率を下回る水準に抑制する。
 
資源価格の低迷でブラジルの財政は急速に悪化した。06年に政府総債務は国内総生産(GDP)比で55%超だったが、今年10月時点では70%を突破。基礎的財政収支が14年以降、赤字に転落しており、今年も赤字の見通し。S&Pグローバルなど格付け会社大手3社は今年2月までにブラジルの長期債務を投機的等級に引き下げている。
 
国家会計の不正操作で罷免されたルセフ氏の後を8月に引き継いだテメル氏は、財政再建を重視する政策を掲げてきた。

元ブラジル中央銀行総裁で、国際金融界で名が知られたメイレレス氏を財務相に起用し、まず成立させたのが今回の歳出抑制策だった。金融市場の期待は高く、法案成立の可能性が高まった先週、レアルは対ドルで大幅に上昇した。
 
もっとも歳出抑制はマイナス成長が続く足元の景気には重荷となる。国民が期待する教育や健康の分野への支出も抑えられるため、国民の不満は大きく、調査会社ダタフォリャが今週まとめた世論調査では6割が法案に反対だった。
 
国営石油会社ペトロブラスを舞台とした汚職疑惑でテメル氏自身の関与がくすぶっていることも、テメル政権に対する不安要因だ。世論調査でのテメル政権の支持率は10%と、暫定政権だった7月時点の14%から一段と低下、今後の改革の実効性が懸念されている。【12月15日 日経】
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歳出抑制策には、受給開始年齢の引き上げなどの年金改革法案も含まれています。
議会では与党の数の力で乗り切って法案を成立させることも可能ですが、不正・汚職問題と併せて国民の“痛み”に対する不満が噴出せば、政権の存続も危ぶまれる状況にもなりかねません。

****ブラジル全土で汚職反対デモ、汚職捜査権限の縮小撤回など要求*****
ブラジルで4日、汚職撲滅と汚職捜査権限の縮小撤回を求める大規模なデモが行われた。先週下院で可決した汚職防止法の修正案では、汚職捜査に関わる検察官や判事を職権乱用で処罰することを認めていた。

サンパウロでは、警察発表で1万5000人が「汚職議会」と記したプラカードを掲げてビジネス街を行進。知事経験者2人が最近汚職の罪で収監されたリオデジャネイロでは、国営石油会社絡みの汚職捜査に携わっている判事の名前を引用し「われわれは全員、セルジオ・モロ(判事)だ」とのプラカードを掲げてデモを行った。ブラジリアでの参加者は5000人(警察発表)だった。

ブラジルでは、汚職に対する処罰が行われない長年の文化に国民の不満が高まっている。今年に入り、ルセフ前大統領が弾劾裁判にかけられ、罷免された。後を引き継いだテメル大統領に対しても、変革をもたらしていないとして不満が強まっている。【12月5日 ロイター】
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シリア内戦犠牲者を上回る殺人犠牲者 “警察の暴力”も
政治家が腐敗・汚職に浸かっていれば、当然のごとく腐敗・汚職は社会全体にも蔓延し、犯罪組織が横行する土壌ともなります。財政難による警察の弱体化と併せて、結果的に、治安の悪化という形で表面化します。

****ブラジル過去4年間の殺人犠牲者、シリア内戦を上回る****
ブラジルで過去4年間に殺害された犠牲者数は、シリア内戦の犠牲者数を上回るとする調査結果が28日、発表された。
 
ブラジルは近年、暴力犯罪の増加に悩まされているが、景気の低迷と警察関連予算削減のために状況はさらに悪化している。
「ブラジル治安フォーラム(FBSP)」の発表によると、2011~15年の4年間にブラジルでは28万人近くが殺害された。
 
一方、在英のNGO「シリア人権監視団」によれば、同期間にシリア内戦で殺害された人々の数は25万6124人だった。
 
ブラジルではまた、昨年1年間で5万8000人が殺害されており、10万人に28.6人が犠牲となった計算になる。特に殺人発生率が高いのは、ブラジル北東部の貧困州、セルジペ州、アラゴアス)州、リオグランデドノルテ州だった。中でもセルジペ州は10万人あたり57人が殺害されたという高い割合だった。
 
ただし、ブラジル全体の殺人発生率は、2014年からは下がっている。
 
同フォーラムの報告はさらに、警察による残虐な暴力が横行していることを指摘し、1日平均9人が警察によって殺害されていると述べた。昨年1年間で警察に殺害された人数は3345人となっている。一方、昨年、殺害された警察官は393人で、うち3分の1が職務中に命を落としている。【10月29日 AFP】
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悲惨さで世界が注目するシリア内戦を上回る殺人犠牲者というのも、凄い話です。
また、最後に触れられている“警察の暴力”もすさまじいものがあります。

****ブラジル警察、1日平均9人「殺害」 NGOが警鐘****
ブラジルでは2015年、1日平均9人が警察によって「殺害」された――。同国の警察活動をめぐり、地元のNGOがそんな調査結果を明らかにした。

同国では警察と犯罪組織の銃撃戦が珍しくなく、容疑者が射殺されたり市民が巻き込まれたりするケースも多い。調査によると、警察によって死亡した人の数が増加傾向にあるとして、「早急に見直しが必要だ」と警鐘を鳴らしている。
 
NGO「ブラジル治安フォーラム」によると、昨年1年間に警察による発砲などで死亡した人数は3345人。14年の3146人よりも6・3%増加した。09〜13年は2千人台で推移しており、増加傾向が目立っている。
 
首都ブラジリアがある連邦区と26州のうち、最も多かったのは最大都市サンパウロがあるサンパウロ州で848人。今年の五輪開催を控えていたリオデジャネイロは645人で2番目に多かった。
 
同NGOは昨年発生した全ての殺人事件についても調査。同国では銃を使った殺人や強盗が後を絶たず、犠牲者は5万8383人。

9分に1人のペースで、1日に平均160人が犠牲になった計算だが、14年に比べると1・2%減少した。
警察による死亡者数が最多だったサンパウロでは、殺人事件の犠牲者が最も少なかった。【11月1日 朝日】
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日本的常識ではついていけないところがあります。

移民国家ブラジルの“人情味”も
ネガティブな話ばかり並べ、国土全体が戦場と化してしるのでは・・・といった一面的な印象を与えかねませんので、最後にブラジルからのホッとする話題も。

****クリスマスの食卓に難民を」呼びかけに反響 ブラジル****
クリスマスの夜の食卓に難民の家族を招きませんか――。ブラジルのNGOが呼びかけたキャンペーンに、同国全土から約2千世帯が受け入れに手を挙げた。

予想以上の多さに対応が追いつかず、今回招かれるのは難民の15家族に限られたが、夕食への招待はクリスマス以降も月1度のペースで続ける予定という。
 
企画したのはNGO「ミグラフリックス」。世界で難民受け入れを巡る対応や差別が問題になるなか、クリスマスをきっかけに異文化間の理解を少しでも深めたいと考え、今月上旬に呼びかけを始めた。
 
今回、選ばれた15家族は、シリアやパレスチナなどの出身で、クリスマスイブとクリスマスの夜のどちらかに、ブラジルの家庭の夕食に招かれる。難民側は郷土料理を1品つくり、受け入れ側の家族は、七面鳥やポテトサラダなどブラジル風のクリスマス料理でもてなす。
 
ブラジルは多民族が集まってつくられた移民国家で、欧州だけでなくアラブ系の人も多い。現在は8千人以上の難民が暮らす。
 
NGOの幹部の一人でアルゼンチン人のジョナサン・ベレゾブスキさん(29)は「差別や拒絶は、相手を知らないことから始まる。クリスマスの夕食を通して互いを知り、難民との距離が少しでも縮まればいい」と話している。【12月24日 朝日】
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インドネシア 拡大する宗教的不寛容 活発化するテロ活動 「反イスラム」発言裁判で混乱の懸念も

2016-12-23 22:21:51 | 東南アジア

(12月2日、ジャカルタで、コーランを侮辱したとしてバスキ・ジャカルタ特別州知事の身柄拘束を求めるイスラム教徒の集会(ロイター)【12月3日 産経】)

【「反イスラム」発言の華人知事を在宅起訴
国民の多くがイスラム教徒であるインドネシアは、イスラム教を国教とするイスラム教国ではなく、キリスト教や仏教など他の宗教も認める世俗国家の立場をとっています、

ただ、国民の約88%という圧倒的多数を占めるイスラム教徒の力は社会のあらゆる分野で大きいのが現実です。

そして近年、次第に社会全体にイスラムを重視する傾向、非イスラム的なものへの宗教的不寛容が拡大する傾向が見られることは、これまでも再三取り上げてきました。

最近では、11月13日ブログ“インドネシア 華人ジャカルタ知事の発言にイスラム強硬派が大規模抗議デモ 宗教的価値観の差”http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20161113で、ジョコ大統領の盟友でもある、来年2月の再選を目指す首都ジャカルタ特別州の華人知事の“コーラン、イスラム教徒を侮辱した”とされる発言で、大規模抗議デモが起きるなど、ジョコ大統領も巻き込んだ騒動となっていることを紹介しました。

なお、この華人知事(バスキ・チャハヤ・プルナマ知事)の発言については、以下のように報じられています。

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プルナマ知事は中華系キリスト教徒。

来年2月の知事選に関し、今年9月、キリスト教徒を仲間にしてはならないとするコーラン(イスラム教の聖典)の一節を挙げ、「私に投票して地獄に落ちると思うなら、する必要はない」と発言。

知事はその後謝罪したものの、イスラムを冒涜(ぼうとく)したとして強硬派団体がデモを呼び掛けていた。【11月4日 時事】
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プルナマ知事は警察の事情聴取を受け、ジョコ大統領の指示で早期に結論を出すこととされ、検察当局の扱いが注目されていましたが、検察当局は12月1日、プルナマ知事を刑法上の宗教冒瀆(ぼうとく)罪で、在宅のまま起訴しました。

更に、12月2日にはイスラム強硬派による大規模抗議デモがジャカルタ中心部で2日開かれました。

****知事の「反イスラム」に抗議、大規模デモ インドネシア****
インドネシアのジャカルタ特別州知事が「反イスラム」発言をしたとされる問題で、イスラム強硬派による抗議デモがジャカルタ中心部で2日開かれ、警察によると約20万人が参加した。

デモに乗じて政権転覆を図る動きがあったとして、警察はこの日、退役軍人や民主活動家ら10人を反逆容疑などで逮捕。同知事の盟友であるジョコ大統領も、自らの政権が脅かされかねないとして警戒を強めている。
 
抗議を受けているバスキ・チャハヤ・プルナマ知事は、同国で少数派の中華系キリスト教徒。来年2月に出馬予定の知事選に関し、国民の9割が信奉するイスラム教をおとしめる発言をしたとして、1日に宗教冒瀆(ぼうとく)罪で在宅起訴された。だが強硬派は納得せず、抗議デモでバスキ氏の身柄拘束を訴えた。
 
こうした中で反逆容疑で逮捕者が出たため、バスキ氏の盟友として知られるジョコ氏も警戒を強めている。

詳しい容疑事実を警察は明らかにしていないが、逮捕者には野党指導者に近いとされる退役軍人や民主活動家、スカルノ元大統領の娘ラフマワティ氏ら政府に批判的な著名人が含まれている。【12月2日 朝日】
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“スカルノ元大統領の娘”ということは、ジョコ大統領の属する闘争民主党の党首であるメガワティ元大統領の妹になります。
“ラフマワティ氏は政治的に(メガワティ元大統領とは)疎遠で、事件には無関係とみられている。”【12月2日 毎日】とも。

2日の大規模抗議デモを平穏に収めたジョコ大統領 イスラムへの“すり寄り”も
“デモに乗じて政権転覆を図る動き”云々がどれほどの信憑性があるかは知りませんが、抗議デモ自体は一人の犠牲者を出すこともなく、平穏に行われました。

これは、警戒を強めたジョコ大統領がイスラム教指導者・メディアとも事前に調整し、自らも集会に出席して、「抗議デモ」ではなく「宗教的礼拝」の形に変容させたことによるもののようです。

その意味では政治的に非常に“うまく対処した”ジョコ大統領ですが、一方で、大統領がイスラムへ“すり寄る”ことで実現した結果でもあり、世俗主義のインドネシア政治の変容にもつながる問題も孕んでいます。

****大統領がデモ「乗っ取り」 世俗主義どう守る****
インドネシアの首都ジャカルタ中心部で12月2日に起きた大規模デモは、1人のけが人を出すこともなく平穏に終わった。反政府運動に発展しかねなかったデモを抑え込んだジョコ政権は、ひとまず国内外の信任を保った。

ジョコ氏ら政権幹部からは自賛の声も目立つが、1998年にスハルト政権が崩壊して以降、最大級の20万人以上が一斉にイスラム教の金曜礼拝に参加した行為は、特定の国教を持たない世俗主義国家のインドネシアにとって「重大な挑戦」と受け止められている。インドネシアは宗教や民族の多様性をどのように維持し、守っていくのだろうか。

■一緒に祈りささげ「秩序だった行動に感謝」
「インドネシアにおける宗教と寛容と民主主義の自然な調和の証しといえる」。ジョコ大統領は12月8日、バリ島で開いた「バリ民主主義フォーラム」の開会式で、2日のデモについてこう言及した。首都中心部のイスラム教徒による金曜礼拝が、なぜインドネシアが重視する「多様性の象徴」になるのか、という疑問には答えなかった。
 
もともとデモは、イスラム教の聖典「コーラン」を侮辱したとされるキリスト教徒で中国系のバスキ・ジャカルタ州知事(州知事選に出馬し休職中)に抗議するため、急進的なイスラム教団体「イスラム擁護戦線(FPI)」などが企画した。

同団体などの呼びかけで5万人が集まった11月4日のデモでは、一部が暴徒化して1人が死亡し、数百人が負傷した。2日のデモも、批判の矛先がバスキ氏に近いとされるジョコ氏や政府に向かってもおかしくない状況だった。
 
ところが、ジョコ氏は2日のデモで、中心部の独立記念塔広場に自ら姿を現した。デモ隊と一緒に祈りをささげ、「秩序だった行動をしてくれて感謝する」とも述べた。まるで政府が主催した行事のようなあいさつだった。
 
目抜き通りのタムリン通りに警官や治安部隊の姿はなく、イスラム団体のメンバーが食事を配り、ごみ拾いする姿が印象的だった。

イスラム教指導者の説教も「ジョコ氏に感謝しよう」などと政権寄りの話が目立った。主催者側が事前に政権側と念入りに調整した様子がうかがえる。国有企業の従業員を多数動員したとの噂も流れた。
 
つまり、ジョコ政権が反政府運動に発展しかねないデモを乗っ取り、国民の大多数を占めるイスラム教徒の礼拝に衣替えさせたのだ。
 
ジョコ氏は、デモで混乱が広がれば海外投資家の心理を冷やし、回復基調にある経済に深刻な影響を与えると十分に理解していた。事前に与野党党首や宗教指導者らと相次いで会談し、デモを抑えることに全力を挙げた。
 
ジョコ氏は11月30日、デモに関する記者の問いに「礼拝であって、デモではない」と3回も繰り返し強調した。外交筋によれば、各国大使らへはデモの直前に「暴動が発生することはない」と説明した。少なくとも数日前には、完全に事態を掌握できると確信したようだ。
混乱なくデモが終わった背景には、メディアへの働きかけがあったとの指摘もある。インドネシアのメディアは、そろって「Aksi Damai(平和的な行動)」という表現を使い、デモという言葉を避けるようになった。テレビや新聞は「集会が穏健なものになる」とことさら強調し、デモの否定的なイメージを打ち消そうとした。

■「神は偉大なり」イスラム教に傾斜?
ジョコ政権はジャカルタの治安と秩序を維持して国内外の信認を保ったものの、別の懸念が浮上している。インドネシアは特定の宗教に肩入れしない国家のはずなのに、次第に「イスラム教色」を強めているからだ。
ジョコ氏は2日の礼拝が終わった後、3回も「神は偉大なり!」と叫んだ。

インドネシア大統領が公の場で、このような宗教色の強い発言をするのは異例なことだ。

さらに、最近は宗教的な不寛容も不気味な広がりをみせている。8月にはスマトラ島北部で、モスクから流れる礼拝への呼びかけ(アザーン)の音が大きすぎると抗議した中国系の女性が周辺住民に襲撃され、警察が被害者のはずの女性に宗教侮辱の容疑をかけるという事件があった。

国際的な人権団体「アムネスティ・インターナショナル」は11月、国家警察が少数派であるバスキ州知事を宗教侮辱の容疑者に認定したことを批判する声明を出した。アムネスティは「少数派の宗教や信仰に属する人に嫌疑をかけることが多い宗教侮辱罪は直ちに廃止すべきだ」と主張したが、バスキ氏は12月1日に同罪で在宅起訴された。

2日のデモの後、日系企業も出資する華人系製パン最大手の「ニッポン・インドサリ・コルピンド」がデモ隊に無料でパンを配ったという写真が出回った。貧しい人に施しを与える「喜捨」行為はイスラム教徒の義務のひとつであり、ネット上では称賛の声があがった。

しかし、その後同社が「すべての政治活動に関与していない」と否定すると、ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)上で「それでもムスリムか?」「なぜ寄付をしない」などと批判を浴びた。結局、同社製品をボイコットする呼びかけがネット上で起きて、同社株は一時大幅に下落した。

インドネシアを代表する政治思想家のリザル・スクマ氏(現駐英大使)は、かつて筆者の取材に「インドネシアが抱える最大のリスクは不寛容の広がりだ」と話していた。ジョコ政権は、この国が多大なコストを払いながら守ってきた「多様性」と、真剣に向き合うべき時を迎えている。【12月20日 日経】
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華人知事の“反イスラム”発言批判デモが平穏に行われたことは、宗教的不寛容の拡大が収まったことを示すものではなく、依然としてイスラム重視への傾斜が続いており、ジョコ大統領自身がその流れに身を投じたとも言える状況のようです。

高まるテロの不安
一方、イスラム過激派の活動も目立ってきています。

****大統領官邸爆破テロ阻止 厳戒態勢のインドネシア****
インドネシアの首都ジャカルタ中心部にある大統領官邸(イスタナ)に対する自爆テロ計画が実行寸前に阻止される事態が起きた。

インドネシア国家警察は12月12日、反テロ法違反容疑でインドネシア人男女7人を同日までに逮捕したことを明らかにした。

国家警察によると、容疑者たちは大統領官邸に対する自爆テロを計画しており、逮捕者には自爆の実行犯になるはずだった女性が含まれているほか、自爆に使用する予定の圧力鍋を利用した爆弾も押収された。(後略)【12月15日 大塚智彦氏 Japan In-depth】
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ジャカルタでは今年1月14日、中心部目抜き通りで爆弾と銃撃戦によるテロ事件が発生していますが、上記逮捕者は1月のテログループと同一グループとされています。

更に、21日にも。

****<インドネシア>自爆テロ計画の3人を射殺 アジトから爆弾****
インドネシア警察は21日、自爆テロを計画していたイスラム過激派組織を首都ジャカルタ郊外の民家で急襲し、メンバー3人を射殺したと発表した。過激派組織「イスラム国」(IS)の支持者とみて背後関係を調べている。
 
警察によるとメンバーは摘発に小型の爆弾を投げて応戦。爆弾は不発だったが、アジトの民家からは別の大型爆弾も見つかった。
メンバーは近くの交番で自爆テロを計画していた疑いがあるという。
 
インドネシアでは今年1月にISがジャカルタの路上で爆破テロを起こし、約30人が死傷した。治安当局は過激派がクリスマスの前後を狙ってテロを起こす可能性があるとみて、全土で警戒を強めている。【12月21日 毎日】
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【「ボレロ」のように高まる社会的緊張 “噴火直前の火山”の状態とも
インドネシアは、「反イスラム」発言華人知事の選挙戦、底流で進む宗教的不寛容の拡大、イスラム過激派の活動活発化といった“噴火直前の火山”の状態にもあるとの指摘もあります。

****ジャカルタ州知事選に乗じる政治・社会の混乱とテロに苦悩するインドネシア****
12月21日、インドネシアの首都ジャカルタ南郊の静かな村で突然銃撃戦が勃発、国家警察対テロ特殊部隊は反テロ法違反容疑者の男性3人を射殺、1人を逮捕した。4人は警察署を狙った爆弾テロを計画していたという。

クリスマス、年末年始を前にしてジャカルタ市内は警戒警備が厳重になり、緊張感も高まりつつあり、地中のマグマが熱せられ噴火も間近の火山のような熱い空気が漂っている。

ジャカルタは来年2月15日に投票が行われるジャカルタ特別州知事選の選挙キャンペーンの真っ最中なのだが、元来のお祭り好き、選挙好きというジャカルタっ子の性質に加えて、最有力候補だった現職のバスキ・チャハヤ・プルナマ州知事(通称アホック)の「イスラム教を冒涜した発言」に端を発した宗教論争が火に油を注ぎ、知事選対立候補の親である元大統領をも巻き込んだデモや集会、騒乱状態などが相乗効果を生み、社会全体が不安定化している。

それは「まさに噴火前の状態」で、では「噴火」にあたるのが現在進行中のアホック被告の裁判の判決にあるのか、過激派によるテロにあるのか、はたまた12月2日に未然に摘発され事なきを得た「クーデーター未遂」を画策した反政府勢力の動きにあるのか、誰も確かなことはわかっていない。それでいながらバレエ音楽「ボレロ」のように、一定のリズムを刻みつつ緊張が膨れ上がっているのだ。

宗教冒涜罪に問われた知事
「イスラム教を冒涜する発言をした」として「宗教冒涜罪」に問われているアホックは12月13日の初公判で「イスラム教を冒涜したりイスラム指導者を侮辱する意図はなかった。こうした罪に問われること自体がとても悲しい」と述べ、涙をみせた。

その姿をテレビで視聴したジャカルタ市民は同情と哀れみを共有した。ところが裁判所近くで「有罪判決」「即刻逮捕」を声高に訴える白装束の急進派イスラム集団にはアホックの流したのは「偽りの涙」にしか映らなかった。

アホックがスマトラの小さな島の出身者で中華系インドネシア人、キリスト教徒であることから、国民の多数を占めるイスラム教徒の潜在的な反キリスト教心情、インドネシア人の反中国系感情、ジャワ島出身者の地方出身者への差別感情などをフルに利用して煽りたてる急進派イスラム集団のアホック攻撃が今回の騒動のそもそもの発端だった。

アホックの対立候補として息子が出馬しているユドヨノ元大統領や対立候補支持政党を率いるスハルト元大統領の女婿、プラボゥオ党首らの政治勢力がこうした知事選の「異例の盛り上がり」に便乗して「アホック知事の支持政党で与党の闘争民主党」さらに「闘争民主党出身のジョコ・ウィドド現大統領」に揺さぶりをかけることで混乱が複雑化しているのだ。

相次ぐテロやテロ未遂
こうした騒然とした雰囲気の中で12月21日のテロ摘発事件は起きた。射殺されたテロ容疑者は、12月10日に実行前日という際どいタイミングでやはり未然に防がれたジャカルタ中心部の大統領官邸(イスタナ)での爆弾テロ未遂事件で逮捕された容疑者らの関連捜査で浮かび上がったという。

そしてこのテロ容疑者らは今年1月14日に起きた爆弾テロ事件と同じく中東のテロ組織ISIS(自称イスラム国)と関連がある人物から資金提供を受けるなどテロネットワークの存在を浮かび上がらせている。

飽和状態にあるインドネシアの各地の刑務所に収監されているテロ関連服役囚が刑務所内でのイスラム教の礼拝や各種行事を通じてメンバーをリクルートし、出所後に訓練や爆弾製造方法を教育してテロ実行犯に仕立てていくという「テロリストの温床化」が指摘されるなど、テロ問題はまさに「今そこにある危機」となっている。

そうした厳しい局面の中で続くジャカルタ知事選の選挙運動と最有力候補者の裁判。12月20日の2回目の公判で被告アホックに対し検察は選挙運動に「コーランを利用して有権者を惑わした」と主張。

裁判所前ではアホック支持派と反アホック派がにらみ合った。アホック支持派には選挙区ジャカルタの一般市民が多数含まれているのに対し、アホックの即時逮捕を訴える反知事派は選挙区外の地方から交通費や日当をもらって参加しているイスラム教徒が多数含まれている、といわれている。

つまり「純粋は選挙運動ではなく、アホック候補を潰そうとする政治勢力による動員という政争に利用されているのが実態」(地元紙記者)というのだ。

2月15日の投票日前に判決が予想されるが、アホックが有罪ならジャカルタ市民、与党が怒るし、無罪ならイスラム急進派、野党勢力が騒動を起こすのは確実とみられるなど、判決結果に関係なくジャカルタには波乱が待ち構えている。

そうした波乱が騒乱に発展し、社会秩序が不安定化するのをテロリストや反政府運動組織が虎視眈々と手ぐすねを引いて待っている、というのが現在のジャカルタだ。

そこで問われるのがジョコ・ウィドド大統領の手腕となる。与党闘争民主党は、インドネシアの多数を占める穏健なイスラム教徒や経済活動の重要な役割を担う中国系インドネシア人、地方出身者やキリスト教徒などの支持が強いが、複雑で入り組んだ政治勢力、社会階層、宗教構造からなるインドネシアをどうまとめ、国民を納得させることで噴火直前の火山を「鎮める」のか。

ジャカルタ、そしてインドネシアは年末年始から目が離せない状態となる。【12月22日 大塚智彦氏 Newsweek】
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トルコ  ロシア大使射殺事件をギュレン派の犯行に仕立てたいエルドアン大統領

2016-12-22 22:43:23 | 中東情勢

(犯行直後、遺体の傍らで「アレッポを忘れるな」と叫ぶ犯人【12月20日 TBS Newsi】)

【「ロシアと我々との関係を破壊したり危害を加えたりすることは断じて許さない。」】
周知のように、ドイツ・ベルリンで大型トラックが買い物客らでにぎわうクリスマス市(いち)に突っ込み、12人が死亡する事件が起きた19日、トルコの首都アンカラでは、ロシアのアンドレイ・カルロフ駐トルコ大使が、トルコの特別機動隊に勤める男性に銃殺されました。

犯人は銃撃の前、「アレッポを忘れるな」と言ったとも報じられており、シリア政府軍による北部アレッポ包囲攻撃の後ろ盾となってきたロシアへの報復が推測されています。

大使射殺という政治的には大きな事件ですが、互いを必要として最近急接近しているトルコ・ロシア両国の関係は、“現時点では”大きく揺らぐことはないと見られています。

****<駐トルコ露大使射殺>協力維持・・・・シリア内戦、互いに利用****
ロシアのカルロフ駐トルコ大使が19日、トルコ人警官に射殺された事件は、両国間の緊張を再び高めた。

事件の背景にはシリア情勢があると見られるが、そのシリアへの対応でロシアとトルコは一定の連携を必要としており、今回の事件後も協力を続けるものと見られる。
 
ロシアのラブロフ外相は20日、モスクワでトルコのチャブシオール外相と会談し、テロ対策での協力強化を呼びかけた。チャブシオール氏も「襲撃者の主目的はロシアとトルコの関係を悪化させることだ」と発言。ロシアと共同で捜査を行う方針を強調した。
 
一方、ロシアのプーチン大統領は、事件はロシアによるシリア空爆への報復と見て「テロとの戦いを強化する」と明言。空爆強化など強硬策に踏み切る可能性もある。
 
シリアでアサド政権を支援するロシアと、反体制派を支えるトルコは、基本的には対立関係にある。昨年11月にはシリア空爆中のロシア軍機が「領空侵犯」を理由にトルコ空軍機に撃墜された。
 
だが、両国にはお互いが必要でもある。ロシアにとり、シリア内戦の終結を模索し反体制派と交渉するには、その後ろ盾であるトルコがカギになる。トルコも、シリアでの軍事作戦でアサド政権の反発を抑えるには、ロシアの「暗黙の了解」が今後も必要だ。
 
トルコのシリア対応は、敵対関係にあるクルド系民族の勢力拡大を阻止することでもある。
 
自国内では、分離独立を目指す武装組織クルド労働者党(PKK)によるとみられる攻撃が頻発。国境のシリア側では、クルド系でPKKを支援しうる民兵組織「人民防衛隊」(YPG)が支配地を拡大する。
このため、8月にはYPGと過激派組織「イスラム国」(IS)の掃討を理由にシリアに軍事介入した経緯がある。【12月20日 毎日】
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事件翌日の20日はトルコにとって、ボスポラス海峡の海底を通る自動車用トンネルが開通する記念すべき日でした。

****欧州とアジア結ぶ初の自動車用海底トンネル、開通へ トルコ****
トルコ・イスタンブールで20日、ボスポラス海峡の海底を通る自動車用トンネルが開通する。アブラシャ(Avrasya、ユーラシアの意)と名付けられたこのトンネルの建設は、同国のレジェプ・タイップ・エルドアン大統領が国内インフラ開発の一環として推し進めていた。

同海峡には欧州とアジアを初めて結ぶ鉄道用のトンネル「マルマライ(Marmaray)」が2013年10月に開通しているが、自動車用トンネルの開通は初となる。

イスタンブールは激しい交通渋滞で知られており、アブラシャトンネルの開通により渋滞の解消が期待されている。
 
現地時間の20日午後2時(日本時間同日午後8時)に行われる開通式典の後、エルドアン大統領自らがハンドルを握り、同国のビナリ・ユルドゥルム首相とともに、欧州側からアジア方面へ向かってトンネル内をドライブする予定となっている。【12月20日 AFP】
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予定どおりドライブしたのでしょうか?
少なくとも記念式典は予定通り行われたようです。

エルドアン大統領は開通記念式典で行った演説の中で、「ロシアと我々との関係を破壊したり危害を加えたりすることは断じて許さない。」と発言。

また「治安部隊と司法が事件をあらゆる方向から調べ、真実を明らかにする。ロシアとの合同捜査委員会を設立し活動を開始し、メンバーたちが動いている。シリアをはじめ、ますます拡大するロシアとの協力分野がこの攻撃の影響を受けることはないということで、プーチン大統領と認識が一致している。ロシアと我々との関係を破壊したり危害を加えたりすることは断じて許さない。」とも語っています。【12月21日 TRTより】

連携の誇示はその脆さの裏返し・・・との指摘も
ただ、シリアの状況をうまく収めないと、利害対立が再び表面化します。

“シリア内戦に絡む両国の利害は根本的に食い違っており、連携の誇示はその脆さの裏返しでもある。”【12月20日 産経】といった指摘も。

プーチン大統領の反応は、エルドアン大統領ほど先走ってはいないようです。

“トルコ人の多数を占めるイスラム教スンニ派はアレッポの惨状を見て反プーチン感情を募らせており、エルドアンの親ロ路線は国内での世論離反のリスクをはらむ”【12月22日 Newsweek】とも。

暗殺者はギュレン派メンバー? 欧米・CIAの陰謀?】
今回の大使射殺事件も、そうした反ロシア感情から生まれたのでは・・・と思うのが“自然”ではありますが、エルドアン政権は、クーデター未遂事件同様に“ギュレン派の仕業”に仕立てたいようです。

****ロシア大使射殺容疑者は「ギュレン派」 トルコ大統領****
トルコのエルドアン大統領は21日、駐トルコ・ロシア大使を射殺した警察官のメブリュト・メルト・アルトゥンタシュ容疑者(22)について、米国に亡命中のイスラム教指導者、ギュレン師の信奉者団体のメンバーだと断言した。

トルコ政府は同師について、7月にトルコで起きた軍の一部によるクーデター未遂事件の「首謀者」だと主張している。
 
一方、ギュレン師は今回の事件直後、「凶悪なテロ行為を最も強い言葉で非難する」とする声明を発表、今回の事件について、自身や信奉者団体の関与は認めていない。
 
エルドアン氏は21日、射殺事件が起きた首都アンカラで会見を開き、「(捜査の)すべての証拠は、暗殺者はギュレン師の信奉者団体のメンバーだと示している」と述べた。ただし、具体的な証拠は示さなかった。(後略)【12月22日 朝日】
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クーデター未遂事件以降の“ギュレン派”とみなす敵対勢力への徹底弾圧ぶりからすれば、“これもギュレン派、あれもギュレン派”といった対応も一連の流れではあります。

ロシア接近を進めるエルドアン大統領としては、国内世論の反ロシア感情を認める訳にはいかないところでしょうから。

更に、トルコ政府寄りの新聞はこぞって欧米の陰謀説、CIA陰謀説を主張しているそうです。

****ロシア大使射殺はCIAの仕業か****
<アンカラでのロシア大使暗殺は、アレッポの住民避難で手を組んだロシアとトルコの仲を裂くための欧米の陰謀だった?>

CIAと「欧米同盟」の仕業だ――トルコの首都アンカラで19日夜、トルコ駐在のロシア大使アンドレイ・カルロフが射殺された事件で、トルコ政府寄りの新聞はこぞって欧米の陰謀説を主張し始めた。

根拠は、トルコのレジェップ・タイップ・エルドアン大統領とロシアのウラジーミル・プーチン大統領がいずれも、事件直後の声明で「これは挑発だ」と宣言したこと。

シリア和平、とりわけアレッポ市民の避難でロシアとトルコが手を組んだことに不満を持つ勢力の仕業だというのだ。「暗殺を命じた首謀者を突き止める必要がある」と、プーチンは声明で述べた。

犯人の警官は「欧米の回し者」
トルコ国民の間では、アレッポでの凄まじい人道危機を招いたプーチンに怒りが高まっている。先週にはイスタンブールのロシア領事館前で大規模な抗議デモがあったばかりだ。

こうした中、トルコの有力紙は大使暗殺に飛びつくように、国民の怒りを欧米に向けて、ロシアに急接近するエルドアンに世論の支持をとりつけようとした。

政府寄りのイェニ・シャファク紙とイェニ・ソズ紙は露骨にCIAを黒幕呼ばわりし、タクビム紙は大使を射殺した非番の警察官メウリュト・メルト・アルトゥンタシュを「欧米同盟」の「回し者」と呼んだ。

イェニ・シャファク紙は、トルコ脱退が取り沙汰されているNATOの陰謀説を仄めかすため、ロシア上院・防衛安全保障委員会のフランツ・クリンツェビッチ副委員長のコメントを引用した。「NATOの諜報機関の工作員が事件の背後で糸を引いた疑いが濃厚だ。これはまさしく挑発であり、ロシアに対する挑戦だ」

アメリカに逃れているイスラム教指導者フェトフッラー・ギュレン師と暗殺事件を結び付ける報道も相次いでいる。

ギュレン師はエルドアンの政敵で、今年7月にトルコで起きたクーデター未遂事件の首謀者とされ、トルコ政府がアメリカに身柄引き渡しを求めている。

トルコ当局はクーデター未遂事件以前と以後に起きた多数の犯罪を「フェト」(「フェトフッラーのテロ組織」の略)の犯行と決めつけている。

射殺犯のアルトゥンタシュの名はトルコの情報機関の「フェト」容疑者リストには入っていないが、サバー、アクサム、スターなどトルコ各紙はアルトゥンタシュがギュレン師の影響下にあったと報じている。

一方、トルコのソーシャルメディアでは、暗殺事件についてさまざまな意見が飛び交っている。クーデター未遂後、エルドアンは人権弾圧を非難する欧米に背を向け、ロシアにすり寄ってきた。

エルドアンの親ロシア路線に対し、国内世論の評価は真っ二つに割れている。エルドアンの支持者たちはツイッター上で「ロシアを愛するトルコ人」のハッシュタグ付きでロシア大使暗殺に怒りを表明。

一方で宗教的なナショナリストはアルトゥンタシュを「殉教者」に祀り上げ、彼のために葬儀礼拝を行うよう呼び掛けた。

大使暗殺でプーチンとエルドアンの関係は悪化するどころか、「欧米の挑発」に対して、今以上に結び付きを深めると、多くのアナリストが見ている。

だがトルコ人の多数を占めるイスラム教スンニ派はアレッポの惨状を見て反プーチン感情を募らせており、エルドアンの親ロ路線は国内での世論離反のリスクをはらむ。【12月22日 Newsweek】
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テロリストを放置することで、社会不安をあおり、強権支配体制を強化している・・・との見方も
CIAにロシア大使を射殺する度胸はないでしょう。ロシア大使を殺すぐらいなら、エルドアン大統領を殺した方が無難です。

****トルコ 嘘も100遍いうと本当になるか****
・・・・トルコのエルドアン大統領は、今回の暗殺事件も、自分に有利になるように、工作し始めている。つまり、『これは外国の手による犯罪だ。』と語り、後に『ギュレン派が背後にいる。』と言い出したのだ。

こうしたエルドアン大統領の、事件説明に対して、ロシアのプーチン大統領は、無言の返答をしているのではないか。そのことを盾に取り、エルドアン大統領はロシアがトルコの主張を、受け入れたと勝手に、宣伝している。(中略)

トルコ政府はこのところ、ロシアに異常接近しており、トルコがNATOのメンバー国、とは考えにくい状態が、生まれてきているのだ。トルコとロシアそしてイランが、シリア問題を話し合い、共通の路線で進めるべく、合意している。

トルコでは大型のテロが頻発しているが、南東部のクルド・エリアには、多数のIS(ISIL)メンバーや、イランの民兵が入り込んでいる、と伝えられている。それを取り締まりたい、と地方政府は考えているのだが、中央政府から阻止されて、動きが取れないという、苦言が出ている。

エルドアン大統領は国内に流入してくる、テロリストを放置することで、社会不安をあおり、結果的に彼の強引な統治が、国民によって、受け入れられる状況を作っている、という事であろう。

エルドアン大統領の発する嘘は、いまのところ、アメリカからもロシアからも、明確な拒否は、出ていない。それは、まだエルドアン大統領には利用価値がある、と思われているからであろう。

他方、アメリカからは大物政治家が『エルドアン体制はテロリスト(IS)にコントロールされている。』という意見が聞こえてきた。エルドアン大統領の嘘にアメリカやロシアが付き合うのも、時間の問題という事に、なるのでは無いのか。【12月22日 佐々木 良昭氏 中東TODAY】
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“エルドアン大統領は国内に流入してくるテロリストを放置することで、社会不安をあおり、結果的に彼の強引な統治が国民によって受け入れられる状況を作っている”・・・・本当に、そこまで踏み込んでいるのかは知りません。

以前は、ISを支援していたと言われるトルコですが、欧米に協調して対IS強硬策に転じてからは、ISのテロの対象ともなっています。

まあ、テロが起きたとき、その事件をどのように都合よく利用しようか・・・と考えるぐらいはあるのかも。

先日ブログでも取り上げたように、報道の自由の擁護を目的とする国際組織、国境なき記者団(RSF、本部パリ)とジャーナリスト保護委員会(CPJ、同ニューヨーク)は、当局などによって拘束・投獄されている世界各地のジャーナリストに関する最新の報告書を発表しましたが、2015年まで2年連続で最多だった中国を抜いて、トルコは世界ワースト1になっています。

欧州とアジアをつなぐ重要な位置にあり、国際政治の上でも、シリア問題や難民問題で極めて重要な役割を担うトルコですが、近年のエルドアン大統領の強権的政治姿勢は“暴走気味”のところがあります。
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