孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

チベット  「宗教の中国化」政策に対し、チベット亡命政府首相「文化的ジェノサイドに等しい」

2024-01-21 23:18:58 | チベット

(中国・チベット自治区ラサの学校で、授業を受ける子ども。政府主催のメディアツアーで(2021年6月1日撮影)【2023年2月7日 AFP】)


(チベット亡命政権のあるインド北部ダラムサラの「チベット子ども学校」【1月20日 TBS NEWS DIG】)

【宗教の中国化】
中国・習近平指導部がウイグル、チベット、モンゴルなどで同化政策を進めていること(中国政府からすれば中国の一体化促進)は周知のところですが、民族のアイデンティティーの核心にある宗教・言語への規制・「中国化」が強まっています。

****中国・新疆ウイグル自治区政府 宗教活動規定、来月から厳格化へ モスクなど新設の際に“中国様式”義務付け****
中国の新疆ウイグル自治区政府は、宗教活動に関する規定を来月からさらに厳しくすると発表しました。イスラム教徒が礼拝するモスクなどを新設する際は、装飾などを中国様式にすることなどが義務付けられます。

新疆ウイグル自治区政府の発表によりますと、宗教に関する改正条例は来月1日から施行されます。改正条例には「宗教活動の場を新築・改築するなどの場合、建物や彫刻、絵画、装飾は中国の特色と様式を体現しなければならない」と明記されています。

また、愛国主義的な宗教教育を義務付けるほか、学校やモスクなどの場を除いては、宗教活動を行ってはならないとしています。

中国政府の宗教政策をめぐっては、これまでにも新疆ウイグル自治区のイスラム教徒に対する抑圧が行われるなど、宗教活動が厳しく制限されていました。

習近平指導部は「宗教の中国化」を加速させていて、今回の改正によって、イスラム教徒のウイグル族への締め付けが、さらに強まりそうです。【1月8日 日テレNEWS】
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事情はチベットでも同じです。

****チベット仏教「法に基づいて寺院の管理強化」…報告書で「宗教の中国化」を正当化****
中国国務院(中央政府)は10日、チベット自治区統治の成果をまとめた白書を発表した。チベット族を含む少数民族政策に対する批判が米欧などで強まっているのに対し、統治の正統性をアピールする狙いがあるようだ。

白書では、チベット族が信仰するチベット仏教を巡り、「法に基づいて寺院の管理を強化、改善し、調和を促した」と強調した。政府が宗教を管理することで秩序が保たれたと誇示し、政策を正当化した。

習近平シージンピン政権は、宗教を中国共産党の指導の下に置く「宗教の中国化」を掲げる。今後もこの政策を推し進め、自治区で宗教を管理する必要があるとしている。

白書では、チベット族の言語・文化を保護する取り組みや所得増加もアピールした。習政権が発足した2012年以降、チベット族などに配慮し、自治区の発展を重視してきたと主張している。【2023年11月10日 読売】
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【「中国がやっていることは文化的ジェノサイドに等しい」チベット亡命政府首相】
こうした状況について、インドにあるチベット亡命政府のペンパ・ツェリン首相は「中国がやっていることは文化的ジェノサイドに等しい」と批判しています。

****「中国がやっていることは文化的ジェノサイドに等しい」チベット亡命政府首相に単独インタビュー****
インドにあるチベット亡命政府のペンパ・ツェリン首相はJNNの単独インタビューに応じ、中国政府のチベット政策や、88歳になったダライ・ラマ14世の後継問題について語りました。

(中略)
Q.中国政府は信仰よりも中国共産党への忠誠を優先させる「宗教の中国化」政策を推進していますが、この政策についてどう思いますか?

ツェリン首相:
宗教だけではありません。中国政府はチベットの人々のアイデンティティーそのものを変えようとしています。特にチベットにはチベット仏教があり、その基礎となるチベット語があります。チベット語はチベット人のアイデンティティーの基盤なのです。そしてその上にチベット仏教文化があり、他の仏教国と同じように、私たちはブッダの平和と非暴力のメッセージに従っています。

(中略)もし彼(習近平国家主席)が中国を間違った方向に導こうとするなら、中国国民全体にとって非常に破滅的な結果をもたらすでしょう。そこにはチベット人、ウイグル人、モンゴル人、香港人も含まれています。

中国は海外からの投資を必要としていますが、他国から干渉されることを望んでいません。そして、すべてがますます統制されてきています。それは良い兆候ではありません。私は中国の指導者がもっと良識的な対応をすることを期待しています。

Q.「宗教の中国化」はチベットの人々に何をもたらすのでしょう?

ツェリン首相:
チベット国内の状況について、国連は「100万人の子どもたちが寄宿学校に入れられた」という報告書を発表しました。ジャーナリストが中国の指導者や報道官にこのことを尋ねると、彼らは「アメリカは先住民族をどう扱ったか」などと発言し、論点をすり替えようとしています。これが中国が、チベットやウイグル、モンゴルで、国家ぐるみで大規模にやっていることです。つまり、チベットに住む6歳から18歳までの100万人を寄宿学校に入れているのです。

中国式の教育を受けることで彼らは家に帰ってもチベット語が話せなくなってしまいます。中国が行っている教育システムが人々の心や考え方、生き方、すべてを変えることを目的としているのであれば、それは文化的ジェノサイドに等しいと思います。中国政府の愛国教育の目的は、誰もが中国語しか話せない、中国人的思考を持つ人を育成することです。

宗教の自由について言えば、かつて、すべての寺に多くの僧侶がいましたが、今は少なくなっています。中国はすべてを管理したがっています。特に中国はチベット仏教の高僧の「生まれ変わり」を管理したがっている。

特に、今のダライ・ラマの14世の「生まれ変わり」、ダライ・ラマ15世を支配することを目的としているのです。彼らは今のダライ・ラマ14世については気にしていませんが、ダライ・ラマ15世に関心を寄せています。

中国のシステムは、経済発展をもたらすことを証明しました。しかし残念ながら、中国の指導者たちが理解できなかったのは、民衆の願望は他にもあるということなのです。

彼らは経済発展すれば問題は解決すると思っている。彼らは人々の心の自由や、人々が何を望んでいるのかを考えていない。お金を手に入れたら、次は何をするのですか?お金があっても、死に向かう歩みを止めることはできない。死後の世界が本当にあるのかないのか、精神世界は存在するのか。

中国人は心の中で常にこのような葛藤を抱えていますが、中国の共産主義はこのような問題に対する答えを出すことはできず、嘘で塗り固めることしかできていない。

Q.ダライ・ラマ14世は今、88歳です。彼が死去したあと、何が起きるのでしょう?

ツェリン首相:
(中略)ダライ・ラマが2年後、90歳になった時、いくつかの決定を下すことになります。2年後にはダライ・ラマがどう考えるのか、わかるでしょう。

ダライ・ラマは1969年以来一貫して、次のダライ・ラマがいるかどうかはチベットの人々が決めることだとおっしゃっています。「ダライ・ラマが必要なのであれば、彼は戻ってくるだろう。必要とされないなら、戻ってこない」。そう冗談めかして言うこともあります。

モンゴルやロシアにも、チベット仏教を信仰している人がいます。世界中にいる信者のため、私たちは彼らの意見をまとめるための手立てを考えるつもりです。しかし、法王の選出に関しては、その時の指導者が誰であろうと、私たちチベット政府でさえ、その選出プロセスに干渉することはありません。

なぜなら、それはすべてダライ・ラマが決めることだからです。なぜなら、それは純粋にスピリチュアルで宗教的な儀式であり、私たちのような一般人には関与できないことだからです。

もちろん、より大きな問題は、ダライ・ラマの死後、中国政府がチベット側とは違う、別のダライ・ラマを選んだ場合です。

中国は今のダライ・ラマ14世よりも次のダライ・ラマ15世を重視しています。なぜなら、非常に信心深いチベットの人々を支配するには、次のダライ・ラマをコントロールできれば、チベットをいとも簡単に支配できることを中国政府は知っているからです。

だから私は中国政府に、「パンチェン・ラマの物語から何も学んでいないのか」と言い続けている。今、(ダライ・ラマに次ぐ高僧の)パンチェン・ラマは2人います。中国が選んだパンチェン・ラマとチベットが選んだパンチェン・ラマです。

チベットが選んだパンチェン・ラマは姿を消し、生きているのかいないのかも、今どこにいるのかもわからない。中国が選んだパンチェン・ラマは誰も尊敬しません。チベットで、中国が選んだパンチェン・ラマの写真を見ることはありません。それがチベットの人々のせめてもの抵抗だからです。ダライ・ラマについても同じことが起こるでしょう。

だから私は中国政府に言いたいのです。あなたたちには頭痛のタネが必要なのですか、と。ダライ・ラマが2人いる状態を、中国政府は望むのでしょうか?

ダライ・ラマの立場は一貫しています。「私は自由な世界に生まれる。チベットが自由になれば、私はチベットで生まれるかもしれない。しかし、チベットが自由になるまでは、私がチベットで生まれることはない」と。これは中国政府が決めることではなく、ダライ・ラマだけが決められることなのです。

Q.今、中国政府との対話はありますか?

ツェリン首相:
いいえ、バックチャンネルはありますが、公式な対話はありません。中国が言うことは非常に疑わしいので、それ以上のことは言えません。よく、チベット人が勝てないのは、希望を持ちすぎるからだといわれます。

しかし、我々は希望を持ち続けなければならない。今はそのバックチャンネルを継続することなのです。私たちは再びコンタクトを築かなければならないでしょう。 (後略)【1月20日 TBS NEWS DIG】
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【「100万人の子どもたちが寄宿学校に入れられた」との批判に中国反論】
「100万人の子どもたちが寄宿学校に入れられた」という件に関して、2023年2月6日に国連の特別報告者がそのような報告を行っています。

私が知る範囲では、2021年12月に(チベット系の活動組織)チベット・アクション・インスティテュート(Tibet Action Institute)が発表した報告書「Separated From Their Families, Hidden From the World(家族と別れ、世界から隠された)」において、“チベットにおける教育のほとんどが寄宿制学校で行われている。6~18歳のチベット人の子供80万人が寄宿制学校に入れられている。実に、78%の子供が寄宿制学校に連行されている計算になる。”と報告しているあたりが議論の発端ではないでしょうか。

その後、アメリカ政府もこの件を問題視して中国関係者のビザ発給制限措置などをとっています。(2023年8月22日 ブリンケン国務長官発表)

これに対し、中国は下記のように反論しています。

****チベットで「子どもは強制的に寄宿学校に入れられる」批判に中国政府が反論****
中国政府は、チベット族の子どもを寄宿学校に入れ、同化政策を行っているとの指摘があることに対し「寄宿学校に入るかは親の選択にゆだねられている」と反論しました。

中国政府は10日、会見を開き「中国共産党のチベット政策に関する白書」を発表。

チベットに関しては宗教の自由が制限され、弾圧の対象になっていると国連などが報告していますが、会見では「憲法のもとチベットでは宗教の自由が保障されている」と強調しました。

中国政府が運営する寄宿学校に100万人以上のチベット族の子どもたちを強制的に入れ、「漢族との同化政策」を行っているとするアメリカ政府の指摘については、「チベットは自然条件が厳しく、人口が分散しているため、通学に便利なように寄宿学校に入れている」と反論。「特に遠隔地の子どもに質の高い教育を提供するものであり、寄宿学校に入るかどうかは親の選択にゆだねられている」と強制ではないと説明しています。

一方、チベット仏教の最高指導者ダライ・ラマ14世を念頭に、「宗教が社会主義社会に適応するよう積極的に指導し、全ての民族が団結を守り、分離主義に反対する」としたほか、信仰よりも中国共産党への忠誠を優先させる「宗教の中国化」の方向性を今後も堅持する、としています。

チベットをめぐっては、過去たびたび中国政府への抗議活動が起きていることから、中国政府はチベット族への監視を強化していますが、今回の白書では欧米などからの指摘に反論した形です。【2023年11月10日 TBS NEWS DIG】
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「チベットは自然条件が厳しく、人口が分散しているため、通学に便利なように寄宿学校に入れている」というのは一定に説得的な主張です。問題は、「親の選択」の実態でしょう。

また、結果として子供たちがチベット語を話せなくなり、家族のコミュニケーションが困難になるようなことが起こっているなら、それはすぐに是正すべき問題でしょう。

【チベット問題を左右するダライ・ラマ14世の死去、15世の選定】
ダライ・ラマ14世の死去、15世の選定がどうなるのか・・・・が今後のチベット問題の転換点となるであろうことは衆目の一致するところです。

ツェリン首相がダライ・ラマの立場としてあげている「私は自由な世界に生まれる。・・・・チベットが自由になるまでは、私がチベットで生まれることはない」というのは、中国の影響力が及ぶ土地で(生まれ変わりの)後継者を選ぶと、すでにパンチェン・ラマで起きているように、中国側に拉致されてしまい、中国側が勝手に別の後継者を選定するという懸念からでしょう。

昨年11月にダライ・ラマ14世は、高僧ジェブツンダンバ10世の生まれ変わりとして、チベットではなくモンゴルの少年(8歳)が転生(生まれ変わり)であると発表しています。

モンゴルという中国が勝手に拉致などできない土地に転生したこと、更に、10世の少年は双子であり、兄弟のどちらが10世かは未公表で、米国生まれで米国籍も持つことなど、中国に介入されにくい少年が認定されたことがうかがわれます。【2023年11月15日 東京より】

なお、転生したとされる少年は“学校に通いつつ、放課後などに僧院で仏教の修行に励む。18歳になった時点でジェブツンダンバ10世として生きるかを本人に選択させるという。”【同上】とのことです。

【中国 交通・経済面での一体化も推進】
一方、中国側はチベット統治への外国の干渉を排除する姿勢を見せています。

****中国「チベット」英語表記を変更 統治への外国干渉けん制****
中国政府は10日、チベット自治区に関する白書を公表し共産党統治を正当化した。英語版で自治区の地名をこれまでの「TIBET」ではなく、チベットの中国語「西蔵」の発音に当たる「シーザン(XIZANG)」と表記した。

中国は欧米諸国と自治区の人権問題などを巡り対立しており、中国語読みに変更することで外国の干渉をけん制する狙いがある。

中国の習近平指導部は2008年に大規模暴動が起きたチベット自治区で抑圧を強め、チベット族に対する中国語や共産党思想の教育を徹底。信仰よりも党・政府への忠誠を優先させる「宗教の中国化」を進めている。(後略)【2023年11月10日 共同】
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チベットの交通・経済面での一体化も着々と進んでいるようです。

****雲南・チベット鉄道の麗江・シャングリラ区間本日開通―中国****
中国南西部の雲南省とチベット自治区を結ぶ雲南・チベット鉄道の麗江・シャングリラ区間が26日に正式に開通し、最初の列車がシャングリラを発車しました。この列車の発車により、雲南省迪慶チベット自治州に鉄道が通じないという歴史に終止符が打たれました。

雲南・チベット鉄道の麗江・シャングリラ区間は麗江駅から始まり、シャングリラ駅に接続し、全長139キロ、設計時速140キロで、国家1級単線電気鉄道となります。

同鉄道は雲貴高原とチベット高原の間に位置し、麗江古城やシャングリラなど多くの有名観光地を結ぶ「美しい雲嶺天路」と呼ばれています。雲南・チベット鉄道の麗江・シャングリラ区間は、標高2400メートルの麗江駅から3274メートルのシャングリラ駅まで上がる典型的な高原鉄道です。

同プロジェクトは着工以来、9年かけて34の橋を架け、20のトンネルを建設しました。そのうち、金沙江特大橋の主径間は660メートルに達し、橋面と川面の垂直距離は約250メートルで、80階を超えるビルの高さに相当します。玉竜雪山、哈巴雪山などのトンネル建設の過程で、高地応力や大変形などの地質的難題を克服し、世界トップレベルの大変形制御技術を革新・開発しました。

雲南・チベット鉄道の麗江・シャングリラ区間の開通運営初期、鉄道部門は毎日8本の旅客列車を運行し、昆明駅、大理駅、麗江駅からシャングリラ駅までを最速でそれぞれ4時間30分、3時間58分、1時間18分で結びました。【2023年11月27日 レコードチャイナ】
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雲南省とチベット自治区を結ぶ雲南・チベット鉄道・・・完成はまだ先ですが、観光的には極めて魅力的な路線です。また、中国の鉄道建設技術の高さを示すものでもあります。

こうした「一体化」によって、人的・物的交流が進み、経済的一体化が促進されることを狙ったものですが、チベットに経済成長をもたらすものにもなります。

成長の恩恵が誰の手にもたらされるのか? 漢族か? 地元チベット住民か? それによって住民の暮らしはどう変わるのか? そうした疑問が偏ったものなのか? 答えは簡単ではありません。
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チベット  ダライ・ラマ14世の後継者問題で、ダライ・ラマと中国政府が奇妙な攻防

2014-09-12 22:11:04 | チベット

(“flickr”より By Khabar chitv https://www.flickr.com/photos/125034789@N08/15175535125/in/photolist-p81zTk-p5oYex-p848N8-p92cJn-p4nFPg-p4NZF9-p2TCTT-p2CgGF-p37mtD-p29zWn-oPci4P-oLmioW-p5uq87-oKS16C-oNd7AY-p5tc8W-oQRRWb-oJRVH5-oNcMMs-oNisZU-p3LRDa-p6is4F-pb8Eds-p3jVRB)

抗議行動も許されない抑圧
中国の少数民族問題としては、最近はもっぱら新疆のウイグル族の問題が表面化していますが、焼身自殺者が相次いだチベットに関しては、メディアで見聞きすることは最近はあまり多くありません。

もちろん事態が改善した訳でもなく、中国当局との緊張関係は続いています。

****中国四川省>抗議デモのチベット族に治安当局が発砲****
米政府系の自由アジア放送(RFA)などによると、中国四川省カンゼ・チベット族自治州の村で12日、当局への抗議デモをしていた100人以上のチベット族に治安当局が実弾などを発砲し、10人以上が負傷した。

負傷者らは拘束されたが、中には銃弾が体内に残ったままの人もおり、住民らは治療を受けられていないと訴えている。

報道によると、11日に漢族の役人が村を視察した際、踊りなどを披露したチベット族の女性に役人が嫌がらせをした。
チベット族の村長がこれに抗議したところ、警察当局が村長を拘束。住民らは12日に釈放を求めて抗議したが、治安当局は催涙弾や実弾を発砲して鎮圧したという。

当局は多数のチベット族を拘束したが、負傷したチベット族1人が17日に抗議して自殺したほか、重傷だった22歳の男性も死亡した。村長の息子も被弾して拘束されたが、約1週間が過ぎても収監されたままだという。

四川省や青海省などのチベット族が暮らす地域では2009年以降、中国政府によるチベット政策に抗議し、120人以上が焼身自殺を図っている。【8月19日 毎日】
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焼身自殺については、昨年末に甘粛省甘南チベット族自治州サンチュ県でチベット僧侶(43)が焼身自殺を図り、死亡していますが、このとき中国国内のチベット族居住区で自殺を図ったチベット族124人目と報じられていましたので、今年に入ってはあまり多くは発生していない・・・のでしょうか。

中国当局のチベット族抗議者への凄惨な対応については、下記のような報道もあります。

****中国 チベット人の爪に竹串打ち込み警棒で頭強打・眼球突出****
現在もチベット各地では僧侶や市民によるデモ、治安当局との小競り合いが散発的に発生、当局の弾圧も強化されて情勢は悪化している。

ラサでは私服の公安警察官が徘徊し、街頭に設置された無数のカメラがチベット人の動向を絶えず監視している。不穏な動きを察知すれば、直ちに公安が駆けつけ警察署に連行する。
ビルの屋上に50~100m間隔でスナイパーが配置されているのは、偶発的な事態に対処するためだ。

チベットでは公の場で3人以上集まると「集会」と見なされ身柄を拘束されることがある。近年、チベット人の焼身による抗議が相次いでいるのは、「抗議の声すら上げられなくなった」という絶望感と無関係ではないだろう。

11月12日にも、中国青海省のゴロク・チベット自治州で僧侶の焼身自殺が発生。「チベットに自由を」と叫び炎に包まれた僧侶は弱冠20歳だった。2008年のラサ騒乱以降、焼身自殺者は120名を超えた。

インド・ダラムサラで亡命チベット人の支援活動を行なう中原一博氏が語る。
「2008年に中国政府に対する抗議ビラを撒いた僧侶11人が逮捕、有罪となり四川省のメンヤン刑務所に収監された。最近、その内の2人が解放されたが、1人は足と腰に重傷を負っており、非常に衰弱した状態だった。もう1人は半身不随となり精神に異常をきたしていた。僧侶を解放したのは、責任問題となる監獄内拷問死を避けるためだ」

中原氏が続ける。

「公安は政治犯と見なせば女子供にも容赦がない。2012年、四川省のカンゼ州・タンゴ県で発生した1000人規模のデモでは当局の無差別発砲で2人が死亡。当局は逃走したデモ参加者を執拗に追い山狩りをした。ある僧侶は自宅で発見され、弟とともに射殺された。武装警察は彼らの母親と泣き叫ぶ弟の子供たちにも銃口を向け、5人の子供が撃たれて負傷した」

警察に連行されたチベット人は、凄惨な拷問を受ける。
ある男性はすべての指の爪の間に竹串を打ち込まれ、生爪をはがされた。

また、「チベットはわれわれの国」という貼り紙をして検挙された僧侶は、後頭部を警棒で強打され眼球が突出、視神経が切断され失明した。

これらはすべて、後にチベットを脱出した人々から得た証言だ。「公安の拷問を受けるなら、焼身で抗議の意思を示すほうがマシだ」との悲痛な声もある。

こうした惨状を伝えるためチベットに潜入したジャーナリストが、当局の脅しを受けることもある。
5月にチベット取材を敢行したフランス人ジャーナリストのシリル・パヤン氏は活動拠点のタイに戻った途端、中国大使館から「フランスでオンエアされたリポートについて説明せよ」と大使館への出頭を要請された。

パヤン氏が拒否すると、大使館側は「責任を取ってもらう」と脅迫したという。もし出頭に応じていれば、身の安全は保障されなかっただろう。【SAPIO2014年1月号 取材・文/路山蔵人氏 2013年12月19日NEWSポストセブン】
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抗議デモは徹底的に封じ込まれており、もし実行して拘束されれば凄惨な拷問も行われる・・・ということで、抗議手段としては焼身自殺しかないとも言える状況ですが、チベットの精神的指導者ダライ・ラマ14世はこうした焼身自殺を認めている訳ではありません。

ただ、強く自制を求めているとも言い切れない微妙なものもあります。

****チベット人の焼身自殺、ダライ・ラマ「効果ほどんどない****
オーストラリアを訪問中のチベット仏教最高指導者のダライ・ラマ14世(77)は13日、焼身自殺による中国統治への抗議は、中国政府の政策にほとんど影響を与えていないと語った。

焼身自殺についてダライ・ラマは、「もちろんとても悲しいことだ。ただそれと同時に、そのような思い切った行動が効果を及ぼしているかには疑問を感じている」と記者団に述べた。

一方でダライ・ラマは、「中国当局者が引き金となっている兆候がある。当局者は焼身自殺の原因を調べるべきだ」と訴え、チベット人が単に社会的な抗議のためだけに命を犠牲にしている訳ではないと強調した。

2009年以来、四川省や甘粛省、青海省などで少なくとも117人のチベット人が、中国政府のチベット政策に抗議して焼身自殺を図っている。

チベット研究者らからは、ダライ・ラマが自制を求めていないことが焼身自殺による抗議を助長しているとして、ダライ・ラマの姿勢を批判する声も出ている。【2013年 06月 13日 ロイター】
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ダライ・ラマ14世「ダライ・ラマの目的は果たされた」】
いずれにしても、ダライ・ラマ14世の存在は、中国当局の統治政策への反発を続けるチベットの人々の精神的拠りどころであると同時に、その非暴力を掲げる思想が、当局との大規模な衝突や暴動に対する一定の歯止めともなっています。

従って、高齢にもなっているダライ・ラマ14世の後継者が、チベット問題の将来に向けての重要なカギを握っています。

チベット仏教にあっては、代々最高位ダライ・ラマと次位のパンチェン・ラマは転生によって後継者が決められますが、両者は互いの転生者を認定する役割に大きな影響力を持っています。

つまり、ダライ・ラマの後継者選定にパンチェン・ラマが影響力を有することになります。

パンチェン・ラマ10世が1989年に中国のチベット統治策の誤りを告発する演説を行った直後に急死したことを受けて、ダライ・ラマ14世がパンチェン・ラマの転生者として選定した少年を中国政府は転生者として認めず、政府による独自の転生者が別に認定され、ダライ・ラマ14世が認定した転生者とその両親はその後行方が知れない・・・という話は、これまでも何回か取り上げてきたところです。

ダライ・ラマ14世側によって転生者とされたニマ少年とその家族の消息については、個人情報保護を理由に中国政府は公表していません。

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2010年3月7日、中華人民共和国チベット自治区の主席バイマ・チリンは記者会見で、パンチェン・ラマ11世ゲンドゥン・チューキ・ニマの資格を否定する中国政府の主張を繰り返すとともに、現在のゲンドゥン・チューキ・ニマは一般市民として生活しており、その兄弟は大学に進学したり就職していると述べた。これは、ゲンドゥン・チューキ・ニマは仏教指導者ではないと主張する意だと解されている。【ウィキペディア】
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このような事情もあって後継者問題を抱えるダライ・ラマ14世は、「後継者は不要」との考えを示しています。

****ダライ・ラマ14世、「後継者は不要」 独紙インタビュー****
チベット仏教最高指導者のダライ・ラマ14世は、ドイツ紙とのインタビューの中で、自身を最後の指導者とするべきと述べ、故郷の地で数世紀にわたり継承されてきた宗教的伝統を終わりにすべきとの見解を示した。

同氏は過去にも、「ダライ・ラマの目的は果たされた」と述べており、独紙「ウェルト」日曜版での今回のコメントで、その意思をさらに明確にした形だ。

英語で行われたインタビューで同氏は、「ダライ・ラマ(の伝統)はおよそ5世紀にわたり続いてきた。現在のダライ・ラマは非常に人気がある。評判の良い最高指導者がいる間に終わらせるべきだろう」と述べ、「弱いダライ・ラマが継承すれば、その伝統に傷が付く」と笑顔で付け加えたという。

また、「チベット仏教は一個人に依存するものではない。私たちは、高度に訓練された僧侶や学者を何人も擁する非常に組織立った構造を持っている」とした。

1950年にチベットに派兵した中国は、翌1951年から同地を統治。ダライ・ラマ氏は1959年の民族蜂起が失敗に終わった後、インドに逃れた。

2011年にノーベル平和賞を受賞した同氏は、すでに政治活動からは距離を置いているが、それでも国内外のチベット人に対する強力な求心力を維持しており、また民族運動の象徴として広く知られている。【9月8日 AFP】
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中国政府「(転生制度放棄を)中央政府と信者は絶対に認めない」】
中国政府が「公認」するパンチェン・ラマ11世によって、「親中派」のダライ・ラマ15世が選ばれ、チベット統治に利用されるような事態を回避しようとの考えですが、当然ながら中国政府側はこれに反発しています。

****ダライ・ラマ14世「転生」廃止発言 「秩序損なう」中国は猛反発****
 ■後継者選定で綱引き
チベット仏教の最高指導者、ダライ・ラマ14世(79)が、ドイツ紙ウェルトとの会見で、自身の後継問題を踏まえて、「チベット仏教の転生制度を廃止すべきだ」と述べたことが、波紋を広げている。

中国外務省の華春瑩報道官は10日の記者会見で、「発言はチベット仏教の正常な秩序を大きく損なうもので、中央政府と信者は絶対に認めない」と反発し、転生制度の維持を求めた。

ダライ・ラマを含む活仏の転生制度は、チベット仏教の輪廻(りんね)観に基づく。高位の活仏は死後、教義に沿った生まれ変わりの霊童探しで後継者が選定される。

転生制度の存否は、亡命先のインドで高齢を迎えたダライ・ラマの後継選定、さらにはチベット問題の行方に直結するものとして、これまで注目を集めていた。

中国政府は、無神論を信奉する共産党の一党独裁ながら、チベットでの転生制度を容認。高位の活仏だったパンチェン・ラマ10世が1989年に死去した後は、ダライ・ラマ側と競う形で後継の霊童探しが展開され、中国政府「公認」の候補が「パンチェン・ラマ11世」となる一方、ダライ・ラマ側が選んだ別の少年は行方不明となった。

中国当局はさらに2007年に「チベット仏教の活仏輪廻管理条例」を作り、チベット仏教の後継者選びと最終認定に当局が参加することを明記した。

チベット仏教への政治介入と批判されるが、最大の眼目はダライ・ラマの後継を中国政府主導で選定することにある。「ダライ・ラマ15世」を親中派の宗教指導者に育成することで、チベットの安定統治を図る考えだ。

亡命中のダライ・ラマの発言は、この中国政府の策略を熟知したもので、転生制度の廃止という重大決断を今回初めて明示したが、今後、中国当局とチベット亡命政府の新たな確執を招くことは避けられない。【9月11日 産経】
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そもそも無神論共産党政府が宗教的転生者を認定するというのも奇妙な話ですが、現実政治に非常に大きな影響を持つ問題でもあります。

宗教権威者であるダライ・ラマ14世側が転生制度を放棄しようとし、無神論中国共産党がその存続を強く主張するという、これまた奇妙な展開となっています。

もし、チベットの人々の精神的拠りどころとなってきた(チベットの人々が正統と認める)ダライ・ラマが不在となった場合、チベット民族運動が過激化する事態も考えられます。
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スペイン司法当局 チベットでの「大虐殺」で江沢民氏らの国際手配要請

2014-02-11 21:04:59 | チベット

(チベット・ギャンツェ 「大虐殺」ということなら、江沢民(右から2番目)よりは、チベット動乱などの時代の毛沢東(左端)でしょう。胡錦濤(右端)もチベット自治区党委書記にラサ全市に戒厳令を敷くなど、徹底した抵抗運動弾圧を行っています。 “flickr”より By Niall Corbet http://www.flickr.com/photos/35291717@N00/6314603594/in/photolist-aBZZDL-hHFXBJ-hHDUaB-8iBUHi-hyBDaC-hymh8X-hymhbH-fspaxd-hkQQAU-dS6zsL-gATZEC-aea1Mh)

チベット問題:喉元を過ぎつつある感も
チベットにおける中国政府の弾圧については、多くの国々がその非を指摘しており、北京オリンピック開催時にも大きな政治問題となりました。

チベットの状況、特に抗議の焼身自殺は最近ニュースで目にすることは少なくなったような感もありますが、下記のように継続しています。

****チベット僧侶がまた焼身自殺=政府に抗議―中国****
中国甘粛省甘南チベット族自治州サンチュ県で19日午後、チベット僧侶(43)が共産党・政府のチベット統治政策に抗議、焼身自殺を図り、死亡した。米政府系放送局ラジオ・フリー・アジア(RFA)が伝えた。

RFAによると、中国国内のチベット族居住区で自殺を図ったチベット族は124人になった。【2013年12月20日 時事】 
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最近あまりニュースを目にしないのが、焼身自殺の発生が少なくなっているせいなのか、メディアが“飽きて”あまり取り上げなくなったのか・・・そのあたりはよくわかりません。

チベット指導者ダライ・ラマ14世は、焼身自殺についてその効果を疑問視するコメントを行っています。

****チベット人の焼身自殺、ダライ・ラマ「効果ほどんどない*****
オーストラリアを訪問中のチベット仏教最高指導者のダライ・ラマ14世(77)は13日、焼身自殺による中国統治への抗議は、中国政府の政策にほとんど影響を与えていないと語った。

焼身自殺についてダライ・ラマは、「もちろんとても悲しいことだ。ただそれと同時に、そのような思い切った行動が効果を及ぼしているかには疑問を感じている」と記者団に述べた。

一方でダライ・ラマは、「中国当局者が引き金となっている兆候がある。当局者は焼身自殺の原因を調べるべきだ」と訴え、チベット人が単に社会的な抗議のためだけに命を犠牲にしている訳ではないと強調した。

2009年以来、四川省や甘粛省、青海省などで少なくとも117人のチベット人が、中国政府のチベット政策に抗議して焼身自殺を図っている。

チベット研究者らからは、ダライ・ラマが自制を求めていないことが焼身自殺による抗議を助長しているとして、ダライ・ラマの姿勢を批判する声も出ている【2013年6月13日 ロイター】
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一方、欧米諸国は、このところはどちらかと言えば中国との経済的関係を重視して、人道的な問題には敢えて触れない・・・という姿勢の方が目立つように感じます。

スペイン:チベットにおけるジェノサイドで江沢民氏らを国際手配要請
そんななかで、スペイン司法当局は、1980~90年代におきたチベットでの「ジェノサイド(大虐殺)」などに関与した容疑で中国の江沢民元国家主席、李鵬元首相ら元政権幹部5人を国際手配した・・・とのことです。

*****江沢民氏らの国際手配要請=チベットでの「大虐殺」で―スペイン****
スペインの全国管区裁判所は10日、1980~90年代にチベットでの「ジェノサイド(大虐殺)」などに関与した容疑で逮捕状を出した中国の江沢民元国家主席(87)、李鵬元首相(85)ら元政権幹部5人について、国際刑事警察機構(ICPO、本部フランス・リヨン)に国際手配を要請した。現地メディアなどが報じた。

全国管区裁判所は2013年11月、人権団体の刑事告発を受けて江氏らの逮捕状を出し、中国政府が「強烈な不満と断固たる反対を表明する」(洪磊・外務省副報道局長)と反発していた。

今回の国際手配要請により、スペイン政府は対中関係でさらに困難な問題を抱えることになりそうだ。【2月11日 時事】 
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この話自体は、昨年11月に江沢民元国家主席らに逮捕状がだされた時点でもニュースになりましたので、目新しいものではなく、一連の流れに沿った動きです。

当然ながら、中国側は怒っています。

****強烈な不満」表明=スペイン裁判所の逮捕状―中国****
中国外務省の洪磊・副報道局長は20日、スペインの全国管区裁判所がチベットでの「ジェノサイド(大虐殺)」に関与した容疑で、江沢民元国家主席、李鵬元首相らの逮捕状を出したことについて、「事実ならば、強烈な不満と断固たる反対を表明する」とした上で、中国とスペインの関係を損なうことがないよう要求した。【2013年 11月20日 時事】 
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中国の元国家主席を国際手配を要請するというのは、人道上の犯罪行為があったかどうかという問題は別として、各国が中国になびく(なびかざるを得ない現実がある訳ですが)現実政治世界においては尋常ではありません。

この世の中でいつも正義が通用するわけではないが、正義が全く掲げられないと、損得ばかりが横行する
なぜスペイン司法当局が中国指導者を告発できるのか・・・ということについては、基本的には、国家の枠組みに縛られず「人道に対する罪」を裁く「普遍的管轄権」に基づく告発ということになりますが、刑事告発した人権団体メンバーにスペイン国籍を持つ亡命チベット人がいることもポイントとなりました。

「普遍的管轄権」の現状と問題については、国末憲人氏の下記リポートが詳しく解説していますので、全文を紹介します。

*****江沢民国際手配」スペイン司法当局の意図は何か****
自国とは異なる国で起きた犯罪をあえて訴追する「普遍的管轄権」を、以前フォーサイトで紹介したことがある(2013年10月21日「国家に縛られず犯罪を裁く『普遍的管轄権』とは――マドリードを訪ねて」)。

通常の裁判管轄権は国境に縛られるが、国際秩序を揺るがす恐れのあるジェノサイド(大虐殺)や「人道に対する罪」の場合、独裁者や国家機関が罪を免れないためにも、当事国以外の国が罪を問える、との考え方である。

1990年代後半から2000年代にかけてスペインの予審判事バルタサル・ガルソン氏がこの制度を利用し、チリの独裁者ピノチェト元大統領やアルゼンチンの独裁政権幹部を次々と訴追して、大きな反響を呼んだ。

しかし、訴追のたびにわき起こる当事国からの猛反発に手を焼いたスペイン政府は、根拠となってきた司法権組織法を2009年に改正し、司法当局の権限を縮小。起きた国や関係者の国籍にかかわらず訴追する権限を司法当局に与えていた制度を改め、訴追の範囲を「スペイン国民が被害者となるか、被告人が国内にいる場合」などと限定した。

ガルソン予審判事も2010年に解任され、多くの人が「スペインの普遍的管轄権は死んだ」と受け止めていた。

それだけに、今月19日に突然流れた情報に関係者らは驚いただろう。

中国のチベット自治区で80年代から90年代にかけてジェノサイドにかかわったとして、中国の江沢民元国家主席、李鵬元首相ら5人が突然、スペイン司法当局によって国際手配されたのである。
死んだどころか、普遍的管轄権の大復活だ。

もちろん、中国側はカンカンである。外交摩擦が必至で、スペイン政府も困惑しているだろう。なのに、なぜ司法当局は、手配に踏み切ったのか。

マドリードの日刊紙エルパイスなどによると、手配されたのは江沢民、李鵬両氏のほか、治安当局の元責任者、チベット自治区の元共産党幹部、80年代の中国の閣僚の1人。

全国的、国際的な犯罪の捜査に当たる全国管区裁判所がこの日、5人を勾留するための捜索を命じる勾引勾留状を発行した。国際刑事警察機構(インターポール)を通じて中国側に伝達されるとみられる。

「政治的パフォーマンス」との批判も
そもそもは、スペインのチベット支援団体などが2006年、全国管区裁判所に5人を告訴したことに始まる。通常だと2009年の法改正によって告訴も無効となるはずだが、告訴人の中にスペイン国籍を持つチベット人が1人いたことから、「スペイン国民が被害者」の要件を満たして生き残ったのである。

担当の予審判事はイスマエル・モレノ氏。
モレノ予審判事はガルソン氏と同様に普遍的管轄権の適用に積極的な1人だったが、証拠調べの結果、今年5月に「5人がジェノサイドにかかわったとは結論できない」として、訴追しない方針を表明した。

それが一転、国際手配となったのは、全国管区裁判所の刑事法廷がモレノ予審判事の結論を覆し、手配を命じたからだった。

北京からの報道によると、中国は強い不快感を表明し、中国の立場を尊重するようスペインに要求した。スペイン側は司法の独立を説明するとみられるが、中国側は聞き入れないだろう。

スペインが中国指導者を訴追するのは、今回が初めてではない。2008年3月に起きたチベット自治区の騒乱に関する市民団体からの告訴を受けて、全国管区裁判所のサンティアゴ・ペドラス予審判事が同じ年の8月、当時の梁光烈国防相や政府高官、軍人ら計7人に対して「人道に対する罪」で捜査に乗り出した。この時も中国は猛烈な反応を示し、スペインと中国の関係が一気に悪化した。

今回も、中国が江沢民氏らの引き渡しに応じる可能性は全くない。それは、刑事法廷も十分わかっているはずだ。

以前から、普遍的管轄権の行使については「政治的パフォーマンスに過ぎる」との批判がくすぶっていた。
2000年代にスペインが試みた訴追相手は、先の中国指導者らのほか、ガザ攻撃に関するイスラエル政府とか、グアンタナモ収容所での違法尋問に関する米ブッシュ前政権の高官とか、いずれも実現性に乏しい相手ばかり。しかも、いずれも先方から猛反発を受けた。

同様の傾向は、スペインの司法権組織法に似るベルギーの人道法の場合にもあった。90年代末から2000年代初めにかけて、ベルギー司法当局が人道法に基づいて受理した告訴の相手は、湾岸戦争に関するブッシュ米元大統領(父)だの、ベイルートのパレスチナ難民キャンプでの虐殺に関するイスラエルのシャロン首相だの、逮捕も拘束もできるはずのない人物だった。

こちらも外交的な圧力を受け、スペインと同様に法律を改正せざるを得ない状況に追い込まれた。

今回のスペインの試みにも、やはりパフォーマンス性が感じられる。
本来、司法は淡々としたものであり、だからこそ市民の信頼を得るところがある。声高に主張を打ち上げるような今回の行為が、逆に信頼性を揺るがすことにならないか。他人事ながら心配になる。

司法の政治的役割
一方で、その問いかけるものは、それなりに重い。
2008年にチベット自治区で起きた騒乱は、中国の人権状況の貧しさを私たちに改めて意識させた。こんな調子で五輪を開けるのか、との懸念さえ持った人が少なくなかった。

なのに、五輪が成功すると私たちはチベットのことなど忘れ、急速に発言力を増した中国に国際社会でそれなりの地位を与えてしまったのである。今回の国際手配で我に返らされたように感じるのは、私だけではないだろう。

司法はある意味で政治の一部であり、国際社会ではことさらその傾向が強い。司法の政治的役割は、何より「正義」を世に示すことだ。

この世の中でいつも正義が通用するわけではないが、正義が全く掲げられないと、損得ばかりが横行する。
その意味で、スペイン司法当局の試みを、自己顕示のパフォーマンスとだけ受け止めるのは正しくないだろう。

ただ、スペインと中国との関係が今後どうなるか。読めない部分は少なくない。(国末憲人)【2013年11月21日 フォーサイト】
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今回の国際手配要請で、実際に江沢民氏がどこかの国(たとえば日本など)を訪問した際に拘束逮捕される・・・ということは100%ないでしょう。

それは分かっているが、“この世の中でいつも正義が通用するわけではないが、正義が全く掲げられないと、損得ばかりが横行する”ということで、敢えて逮捕状を出し、国際手配を要請する・・・というものです。
“今回の国際手配で我に返らされたように感じるのは、私だけではないだろう”という指摘も同感です。

【「いじめ外交」】
ただ、現実政治における影響はやはり懸念されます。
国民生活を預かる政府としては、当然にその影響に配慮する必要があります。

相手がブッシュ米元大統領なら、アメリカが過剰反応することはあまりないでしょうから、そう心配することもありません。しかし、相手は“あの”中国です。

****怒らせると報復する中国の「いじめ外交」は逆効果*****
・・・・現在服役中の中国の民主活動家、劉暁波氏がノーベル平和賞を受賞した2010年以降、中国政府は、ノルウェー政府がノルウェー・ノーベル委員会」による選考に関与していないにもかかわらず、ノルウェーへの制裁を試みている。

中国はノルウェー産サーモンに輸入規制を導入。中国の港の倉庫には腐ったサーモンが山積みにされた。13年の中国市場におけるノルウェー産サーモンのシェアはそれまでの92%から29%へと大きく落ち込んだ。
(中略)
また2009年にパラオ政府がキューバにあるグアンタナモ米海軍基地内の収容施設に拘禁されていた中国がテロリストとみなすウイグル人6人を受け入れる意向を示すと、中国からの投資でパラオ国内に建設中だった海辺のリゾート施設の工事が突然中止された。
(中略)
2010年にはドイツの研究者たちが、ある国の指導者がダライ・ラマと面会するとその国の対中輸出はその後の2年間に平均で12.5%減少することを発見し、この現象を「ダライ・ラマ効果」と名付けた。(後略)【2月1日 AFP】
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スペイン政府の困惑は十分すぎるぐらいにわかります。
“12.5%減少”では済まないかも・・・。

追加
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・・・エルパイス紙などの報道によると、国民党は1月、虐殺などの人道的犯罪について、訴追対象をスペイン人や、スペインに定住する外国人などに限定する内容の改正法案を提出。成立すればさかのぼって適用され、江元主席らは該当しなくなる。また犯罪発生時に被害者がスペイン国籍を所持していることも条件となるため、96年に国籍を取得したチベット仏教僧らの告発は認められなくなる。改正法案は今後、下院で本格審議し、2カ月程度で成立、施行が可能という。【2月11日 毎日】
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チベット  中国:ダライ・ラマの肖像写真掲示を一部容認 姿勢に変化?それとも従来どおり?

2013-07-11 23:28:55 | チベット

(五体投地で祈るチベット族 “flickr”より By Jérémy http://www.flickr.com/photos/79406194@N05/9113932717/in/photolist-eTnhEZ-eTyVVW-eTAo1j-eTx77Q-eVUdkr-eVmwSD-eVmSNv-f1D8AH-f1ToD9-f1Tt6Q-f1Da2R-f1Ddda-eVyfRq-eVn2Sp-eVypME-eVmx6g-eVypxG-eVmSei-eVn1B2-eVmT3T-eVmRNk-eVn2Fp-eVyfAG-eVyhzm-eVmyZ6-eVyrx5-f1TsHd-f1Tqx9-f1Tq4y-f1Deun-f1D7ER-f1Dfw4-f1TvzA-f1D5mH-f1TtEW-f1To6f-f1Tngh-f1D5Mt-f1D9xF-f1D7oz-f1TmJS-f1Tx5A-f1Tt15-f1TrB9-f1TpLN-f1Twus-f1Tns7-f1Dgng-f1DcNv-f1Tsvo-f1D7y2)

アメとムチ?】
中国・チベットでは中国共産党支配に対する抗議活動として、09年2月以降で117人(4月24日時点)の焼身自殺が行われており、まったく出口が見えない状況にあります。

こうした抵抗の背景には、チベット住民の伝統文化や生活様式を認めない中国政府の強硬な姿勢がると指摘されています。

****チベット人200万人以上が強制移動、人権団体報告****
国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウォッチ(Human Rights Watch、HRW)は27日、中国政府による代替住宅の提供および強制的な移住政策により、チベット人200万人以上が移動を余儀なくされており、その影響から伝統文化や生活様式が著しく失われていると警告した。

HRWの報告書「They Say We Should Be Grateful': Mass Rehousing and Relocation in Tibetan Areas of China(彼らは私たちに感謝すべきだと言う:中国のチベット人居住区における大量住宅提供および移住政策)」は、中国政府の公式統計を根拠に、2006~12年の間に200万人を超えるチベット人が新しい住居への転居を強いられたとしている。これはチベット自治区に住むチベット人の約3分の2に相当するという。

HRWで中国部門を担当するソフィー・リチャードソン氏によると、チベット人に対するこれらの住宅関連政策は、その規模と速さにおいて毛沢東時代以降では前例をみないものだという。
さらにリチャードソン氏は、すでに厳しい弾圧下にあるチベット人たちは、政府の政策によって生活様式が劇的に変えられても異議を唱えたり反発する術がないことを指摘した。【6月28日 AFP】
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“200万人”“チベット自治区に住むチベット人の約3分の2に相当”という数字の真偽はわかりませんが、中国政府の強圧的な姿勢をうかがわせるものでしょう。

チベット仏教の最高指導者ダライ・ラマ14世は、そうした抑圧されたチベット族にとっては精神的支えであると同時に、中国政府からは「チベット独立を図り、暴力行為を扇動している」と、抵抗の象徴・根幹とみなされていますので、これまでその肖像写真の掲示は認められていませんでした。

そうしたなかで、中国政府が一部ではありますが、ダライ・ラマ14世の写真掲示を認め始めたという非常に興味深い報道があります。

****ダライ・ラマ崇拝を中国が認めた理由****
チベット仏教の最高指導者ダライ・ラマ14世は、チベットの独立を掲げて暴力行為を扇動する存在として長年、中国から敵視されてきた。

だが中国当局は先月下旬、チベット自治区ラサのガンデン寺に対し、ダライ・ラマの肖像写真を掲げることを許可すると通達。チベット仏教を代表する重要拠点であるガンデン寺でダライーラマの写真掲示が認められるのは、96年以来17年ぶりのことだ。

チベットヘの抑圧政策に抗議する僧侶の焼身自殺が相次ぐなかで発表された今回の方針転換は、中国が宗教的弾圧を緩和し、融和路線に転じるサインなのかもしれない。
青海省や四川省などのチベット族居住区でもダライ・ラマの写真掲示を認め、チベット寺院に対する監視を緩める動きが報告されている。

事実だとすれば、チベットの人々にとっては大きな前進だ。
ただし、ロンドンに本拠を置くチベット支援団体「フリー・チベット」は慎重な見方を崩していない。ダライ・ラマ崇拝の容認が本当にガンデン寺以外の場所にも広がるかどうかは未知数。
これまでの経緯を考えれば、単独の寺院への方針変更だけを根拠に中国の真意を臆測するのは時期尚早だろう。【7月16日号 Newsweek】
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これが中国政府の方針変更を示すものかは即断できません。
従来の強硬な姿勢そのままの事件も報じられています。

****チベット族に発砲、7人負傷=ダライ・ラマ誕生日に当局―中国四川省****
英BBC放送(中国語版)などが9日報じたところによると、中国四川省カンゼ・チベット族自治州タウ県で6日、チベット仏教最高指導者ダライ・ラマ14世の78歳の誕生日を祝う祝賀活動の際、参加していたチベット僧や民衆に治安当局が発砲した。少なくとも7人が負傷した。

治安部隊を乗せた4台の警察車両と7台の軍車両が祝賀現場に来て、チベット族住民に活動を停止し、解散・帰宅するよう要求。住民が拒否したため、治安当局は催涙弾を発射したほか発砲した。7人のうち3人は重傷だという。【7月9日 時事】 
******************

中国政府は「アメとムチ」の両方で臨む・・・ということでしょうか。もう少し様子を注視する必要がありそうです。

ダライ・ラマ、焼身自殺について発言
なお、誕生日を迎えたダライ・ラマ14世は相次ぐ焼身自殺について、その効果を疑問視する発言を行っています。
これまで自制を求める明確なメッセージを発してこなかったことへの批判を意識したものでしょう。

焼身自殺はチベット族の現状において可能な唯一の抗議手段ですが、仏教指導者として、民族の精神的指導者として自殺を助長することはできない・・・難しい立場です。

****チベット人の焼身自殺、ダライ・ラマ「効果ほどんどない****
オーストラリアを訪問中のチベット仏教最高指導者のダライ・ラマ14世(77)は13日、焼身自殺による中国統治への抗議は、中国政府の政策にほとんど影響を与えていないと語った。

焼身自殺についてダライ・ラマは、「もちろんとても悲しいことだ。ただそれと同時に、そのような思い切った行動が効果を及ぼしているかには疑問を感じている」と記者団に述べた。

一方でダライ・ラマは、「中国当局者が引き金となっている兆候がある。当局者は焼身自殺の原因を調べるべきだ」と訴え、チベット人が単に社会的な抗議のためだけに命を犠牲にしている訳ではないと強調した。

2009年以来、四川省や甘粛省、青海省などで少なくとも117人のチベット人が、中国政府のチベット政策に抗議して焼身自殺を図っている。

チベット研究者らからは、ダライ・ラマが自制を求めていないことが焼身自殺による抗議を助長しているとして、ダライ・ラマの姿勢を批判する声も出ている【6月㏬ ロイター】
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もし、中国政府にダライ・ラマの肖像写真掲示を容認するような変化があるとしたら、117人にも及ぶ焼身自殺が頑なな中国政府の姿勢を動かした・・・とも言えます。

だからと言って、こうした焼身自殺を助長することもできませんので、抗議行動の沈静化を図るため中国政府とダライ・ラマ側のなんらかの妥協が生まれるといいのですが・・・・。
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チベット族焼身自殺、11月だけで24人 

2012-12-05 22:14:38 | チベット

(焼身自殺したジャンフェル・エシさんが暮らしていた、インド・デリーのチベット難民居住区マジュヌ・カ・ティラ “flickr”より By sigill  http://www.flickr.com/photos/sigill/6736099541/

自殺を図った大半が10~20代の若者
中国・チベット族居住区では、中国支配に対する抗議の焼身自殺が異常に頻発しており、中国共産党大会もあった11月は24人もの犠牲者を出しています。

****チベット族の自殺、最悪ペース 11月に24人****
中国のチベット族居住区で11月、共産党の統治に抗議して焼身自殺を図ったチベット族が28人にのぼり、うち24人が死亡したことが3日明らかになった。自殺を図った大半が10~20代の若者で、抗議の焼身自殺が始まった2009年以来、最悪のペースとなった。

焼身自殺は青海、甘粛、四川各省のチベット族居住区で起きた。09年以降、焼身自殺を図ったのは90人、死者は少なくとも70人を超えたとされる。米政府系のラジオ・フリー・アジアなどは、体が炎に包まれた様子が写った現地の写真を相次いで配信している。

青海省海南チベット族自治州などでは、学生による大規模なデモも発生。チベット語を学ぶ自由や、インドに亡命しているチベット仏教の最高指導者ダライ・ラマ14世の帰国などを求めた。

一方、中国政府は焼身自殺について、「ダライ・ラマの祖国分裂グループによる策略だ。チベット族の政治、経済、文化などの権利は保障されている」(中国外務省)との立場を崩していない。【12月4日 朝日】
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“焼身自殺は青海、甘粛、四川各省のチベット族居住区で起きた”とのことですが、ラサのあるチベット自治区ではあまり多くないのは何故でしょうか?単純素朴な疑問です。
当局側の監視体制の問題でしょうか?
チベット自治区はチベット族が93%(2002年)を占めており、一定に安定したチベット族社会が維持されているということでしょうか?それに対し、焼身自殺が多発している青海、甘粛、四川各省のチベット族居住区などでは漢族の比率が高く、漢族との軋轢が大きいということでしょうか?

焼身自殺は、学生らの抗議デモも誘発しています。
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・・・・今月の24件のうち13件が集中した青海省では、焼身自殺したチベット族の友人の僧侶2人が当局に拘束されたことに地元住民が抗議。26日には同省海南チベット族自治州で1千人以上の学生が街頭に繰り出し、「民族の平等を。正義を尊重せよ」と訴えるデモに発展した。
武装警察は催涙弾を使ってデモを鎮圧したとの情報もある。現地の写真には、頭部をけがして病院に運ばれる若者の姿が写っており、約20人がけが、3人が拘束されたという。

RFAによると、デモは地元共産党が、チベット族による焼身自殺は愚かな行為だとあざける内容の冊子を学校に配布したことに反発。チベット語を学んでも現実にはあまり役に立たないとの内容にも怒り、学生が冊子を焼き払った。

焼身自殺は、毎年3月の全国人民代表大会など共産党の重要行事を前に、当局がチベット族を厳しく監視する時期に月10人前後まで増えることはあったが、11月は異常に多い。10年に1度の政権交代がある共産党大会があったこともあるが、当局によるデモの鎮圧や僧侶らの拘束、寺院を治安部隊が取り囲むなどの対応にチベット族の怒りが増幅している可能性がある。【11月29日 朝日】
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中国共産党大会の開かれた11月上旬には、最大約1万人のチベット族学生デモも報じられています。
****中国・青海でチベット族学生デモ 「最大1万人」報道****
中国青海省同仁県で8、9の両日、チベット族の学生を中心としたデモがあり、地元政府庁舎前に最大約1万人が集まってチベットの自由を求めたと、米政府系の放送局ラジオ・フリー・アジア(RFA)や香港各紙が9日伝えた。

青海省など4カ所で7、8日、中国政府に抗議するチベット僧ら6人が焼身自殺を図り3人が死亡しており、チベット族学生がこれに呼応した。治安当局との衝突は無かったという。北京では共産党大会が開催中で、中央政府に不満を示す意図もあったようだ。

RFAなどによると8日、学生数百人が学校に掲げられた中国国旗を引き降ろしたり、地元政府の庁舎前でチベットの自由を叫んだりした。翌9日はチベット族の住民も参加してデモが拡大。数千人から1万人が庁舎前でチベット仏教最高指導者で亡命中のダライ・ラマ14世の長寿を祈るなどしたという。【11月10日 朝日】
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センゲ首相「非難されるべきものはチベット人を抑圧してきた中国政府だ」】
インド北部ダラムサラに置かれたチベット亡命政府のロブサン・センゲ首相は、焼身自殺が増加していることについて「非難されるべきものはチベット人を抑圧してきた中国政府だ」としたうえで、習近平新指導部への警戒と期待を語っています。

****チベット亡命政府 ロブサン・センゲ首相 新指導部に「警戒と期待****
チベット亡命政府のロブサン・センゲ首相は19日までに、インド北部ダラムサラの首相府で産経新聞のインタビューに応じ、中国チベット自治区でチベット人の焼身自殺が増加していることについて「非難されるべきものはチベット人を抑圧してきた中国政府だ」と述べ、中国・習近平指導部に対し、チベットへの弾圧をやめて、政策を転換するよう訴えた。

センゲ首相はインタビューで、習指導部について、「より保守的なグループだと報じられている」と懸念を示しながらも、「チベットに対する姿勢を判断するには時期尚早だ。過去の強硬政策を考えれば楽観はできないが、新たな対応を取ることを期待している」と表明。「来年3月の全国人民代表大会(全人代、国会に相当)までには、指導部の政策がわかってくるだろう」と述べた。

中国政府と対話を行うためのチベット亡命政府の特使2人が辞任し、その後、後任人事が決まっていないことについては「われわれは対話を続けるため、新たな任命をする準備ができているが、中国の新指導部の対応を待っている」として、中国政府との対話の糸口が見つかっていないことを示した。

また、チベット問題の解決に向け、国際社会に対し「中国政府にさらなる圧力をかけてほしいし、各国代表団やジャーナリストにチベットに足を運んで現状を見てほしい」と訴えた。
日本に対しては「アジアで指導力を発揮し、民主的にも経済的にも発展した国だ」と称賛し、チベットの自由に対する協力を求め、来年4月までに、今年4月に次ぐ2度目の訪日を行うことを計画していると明らかにした。【11月20日 産経】
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統一促進の原則重視で台湾に圧力を加えた江沢民政権で緊張した台湾との関係が、台湾・馬英九政権成立もあって、「両岸関係の平和的発展」を掲げる胡錦濤政権で大きく改善したように、指導部交代で状況が改善された事例はあります。

副首相を務めた父・習仲勲氏が、ダライ・ラマと親しかったと言われる習近平総書記ですが、就任にあたり、「私は、中華民族の偉大な復興こそ、中華民族が近代以来抱いてきた最も偉大な夢だと思う」と、対外的に強硬姿勢を貫く強国化路線を強調しており、今のところチベット問題での急速な変化は期待できません。

【「これはガソリン? 火をつけるなよ!」・・・ジャシはにっこり笑った
焼身自殺の報道は連日のように目にしますが、自殺した人間がどのように生活し、何を考えて自殺に至ったかを報じた記事はあまり多くありません。
インド、デリーの北はずれにあるチベット難民居住区で焼身自殺した青年を紹介した下記記事は、自殺者の生活の一端を垣間見せてくれます。少し長い記事ですが、全文を引用します。

****チベット人、ジャンフェル・エシの抗議****
中国のチベット族居住区で、中国共産党の高圧的政策に抗議して焼身自殺を図ったチベット族は、2009年以来、80人以上にのぼる。その1人が3月26日、自らに火を放った27歳の男性ジャンフェル・エシ(Jamphel Yeshi)さんだ。

焼身自殺を決意したジャンフェル・エシさんは、インド、デリーの北はずれにあるチベット難民の居住区マジュヌ・カ・ティラ(Majnu ka Tilla)に暮らしていた。居住区ができたのは1963年、最高指導者ダライ・ラマ14世が中国軍の侵攻から逃れてインドに亡命した4年後のことだ。

エシさんは友人たちからジャシ(Jashi)と呼ばれ、窓のないワンルームのアパートにチベット族男性4人と暮らしていた。彼のマットレスは今も、ダライ・ラマなどの高僧のポスターが貼られた一角にある。ほかの4人の寝床とともにU字形に配置され、薄い戸棚には所有していた本の多くが残り、仏教やチベットの政治、歴史の本など、手垢が付くほど読み込まれている。

焼身自殺する前夜、ジャシは陽気に振る舞っていた。マジュヌ・カ・ティラから500キロ弱離れたダラムサラの友人2人が訪ねてきていたからだ。インドのダラムサラにはダライ・ラマが住み、チベット亡命政府の拠点でもある。
その夜集まった7人の若い男たちの話題は、中国の国家主席、胡錦濤氏のインド訪問、そして翌日に首都デリーの繁華街で行われる中国共産党統治への抗議行動についてだった。

翌朝、ジャシはいつものようにルームメイトたちより早く起きた。まず、マジュヌ・カ・ティラの仏教寺院に行き、参拝者に茶を出す仕事を手伝った。部屋に戻ると、小さなバックパックと大きなチベットの旗を手に取った。そして毛布をきちんと畳み、まるで祭壇に供えるように、ダライ・ラマの本とチベットの歴史の本をのせた後、抗議行動の参加者を運ぶ5台のバスのうち1台に乗り込んだ。

バスには、近所の友人ケルサン・ドルマさんが乗っていた。2011年3月以降、チベットで前例がないほど頻発している焼身自殺について皆が話している。今日の抗議行動でも焼身自殺するチベット族が現れるかどうか、話題は集中する。ドルマさんはジャシが背負うバックパックを軽くたたき、「これはガソリン? 火をつけるなよ!」と冗談を言う。
ジャシはにっこり笑った。

抗議行動の会場まであと数キロの場所でバスは停車した。デモ行進には、チベット族の大義への関心を集める狙いがある。参加者たちには、主催者がペットボトル入りの水を配っている。参加者の多くが付けているピンバッジには、胡錦濤氏の顔と血まみれの手が重なるように描かれていた。

インド人による抗議行動が日常的に行われているジャンタル・マンタルに着く頃には、3000人ものチベット族が集結していた。
その頃、ジャシはこっそり抜け出して1つの門をくぐり、短い私道を通って砂岩でできた古い建物に入った。そして、ガソリンを全身にかぶる。肩から流れ落ちて服に染み込み、靴の中まで入ると、彼は火をつけた。

20歩ほど走り、バンヤンの巨木の下に倒れ込む。そこはまだ門の中で、外にいる群衆のところまでたどり着かなくては。ジャシは立ち上がって再び走り出し、今度は50~60歩進む。門をくぐって群衆の中に入ると、人々は火ダルマになったジャシのために道を開けた。歯をむき出しにするジャシは、満面の笑みを浮かべている。それとも極度の痛みに苦しんでいるのか、今となっては誰もわからない。

地獄が出現した。人々は泣き叫び、ペットボトルの水を炎に向かって必死に振り掛ける。ジャシの友人ソナム・ツェテンさんは、炎を消そうとバックパックをたたきつける。しかし、中には携帯電話が入っており、その重みで友人を傷付けるかもしれない。バックパックを投げ捨てたソナムは、シャツを脱いだ。「彼の上半身をシャツではたくと下半身が燃え上がり、下半身をはたくと上半身の炎が大きくなった」とツェテンさんは当時を振り返る。

一連の抗議行動で最初の焼身自殺は1998年、ハンガーストライキの最中に今回と同じ場所で起きた。炎に包まれたトゥプテン・ゴドゥップさんはジャシと同様、即死を免れ、ラーム・マノーハル・ローヒヤー病院に収容された。翌日、ダライ・ラマが見舞いに訪れ、頭に巻かれたガーゼの上からそっと言葉をかけたという。記録によれば、「心の中に中国政府への憎しみがあるのに、見て見ぬふりはいけない。あなたは勇敢に意思表示した。しかし、憎しみを動機にしてはならない」と話したという。ゴドゥップさんはこの言葉を受け入れた。

ゴドゥップさんの文字通り燃え上がる抗議は一度きりの出来事で終わった。10年以上が経過した2009年2月、再びチベット族が焼身自殺し、2年後の2011年3月にもう1人が続く。その後、後を追う者が急増した。自らに火を放ったチベット族は2012年11月までで80人を超え、近代ではほとんど例を見ないこの抗議行動が続発している。

捨て身の抗議行動が相次ぐ中、「中立な立場を維持しなければならない」とコメントを出すのみで、ダライ・ラマはほぼ沈黙を貫いている。
ダライ・ラマは観音菩薩の化身としてチベットの人々に広く崇められている。しかし、中国共産党に対する“中道的なアプローチ”は成果を上げていない。中国首脳部は現在、チベット亡命政府の主席大臣との面会も拒絶しており、状況はむしろ悪化しているように見える。伝統的にチベット族が暮らす地域に漢民族を大量に移住させ、チベットの宗教に対する弾圧は深刻度を増している。寺院には監視カメラが設置され、ダライ・ラマの肖像画には穴があけられている。遊牧民は定住を強要され、チベット語の授業もままならない。

ジャシは12時45分にラーム・マノーハル・ローヒヤー病院に到着、13時19分に正式に収容された。友人たちが病院の入り口で引き渡すとき、ジャシは最後の言葉を口にした。「なぜ連れてきた?」。
この短い言葉を発するだけでも大変な努力を要したに違いない。医師の診察によると、内臓が焼け焦げていることがわかった。有害な煙や炎を吸い込んだためだろう。やけどは体表の98%以上に及んでいた。

身分証明書などの書類が入っている赤い布袋の中から、チベット語で手書きされた手紙が見つかった。まずダライ・ラマのチベット帰還を求めた後、忠誠心と“精神的な指導者”の必要性、自由について語る彼の言葉を引用しよう。「失われた自由、600万のチベット族は風に吹かれたバターランプのようにさまよう」。

「目標に向けて最後の行動を決断するとき、財産があればそれを使い、教育を受けていればその成果を出すべきなのだ。自分の人生はだれにも左右されないと心に決めたなら、命を惜しむ必要がどこにあるだろう」。
“世界の人々”に向けて“チベットのために立ち上がる”よう求める言葉で手紙は締めくくられている。

ジャシは手紙のほかにも、ごく短い文章を2つ残していた。1つは感傷的な母親への賛歌だ。もう1つは“さまよう少年”と題されている。

「愛する母の子宮からこの世に生まれた瞬間、私は基本的人権も思想の自由も持たず、外国の支配下に置かれていた。だから私は祖国と決別し、インドに亡命するしかなかった。現在はデリーの小さな部屋で昼も夜も過ごしている。朝起きて東を向くと、涙が止めどなく流れてくる。これは決して朝露のようなかりそめの想いではない」。

病院に収容されてから43時間後、ジャシは息を引き取った。体の98%に火傷を負って生き延びた者はいない。

マジュヌ・カ・ティラに暮らすジャシのルームメイトたちは、以前とほとんど変わりない生活を送っている。白い壁には、亡き友“ヒーロー、ジャンフェル・エシ”の小さなポスターが2枚貼られている。しかし、感情の高ぶりは終わった。仕事を探す努力はしているが、チベット難民には賃金労働の資格がない。真昼の暑さの中、マットレスでうとうとしながら、太陽が沈むのを待つ日々だ。

ジャシの死から数カ月後、ダラムサラの友人が再びアパートを訪れ、ジャシの生前にも口にした同じ残酷な冗談を言う。「またここに来てみたら、相変わらず誰にも彼女がいないし、仕事もしていない。ただ死を待っているだけの役立たずめ!」。1人がこう切り返す。「君は次の焼身自殺を煽りに来たのか? 次は僕の番だ。でも、心配はいらない。僕は万全の準備を整えるから!」。ジャシ以降はまるで通らない冗談になってしまった。誰が次の番なのか皆わからない、それがチベット族の現実だ。 【12月4日 ナショナルジオグラフィック】
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11月に来日したダライ・ラマ14世は、焼身自殺が頻発する事態に中国当局の対応を批判しています。
****焼身自殺で現地視察を=国会内で講演-ダライ・ラマ****
来日中のチベット仏教最高指導者ダライ・ラマ14世は13日、参院議員会館で国会議員らに向けて講演し、「現在たくさんの(チベット族の)焼身自殺が起きているが、そのような地域を訪問し、実際に何が起きているかを報告してほしい」と訴えた。ダライ・ラマが国会の施設で講演するのは初めて。

ダライ・ラマはこの中で、中国でチベット族の焼身自殺が相次いでいることについて「中国政府は理由を調べるべきなのに、地域の役人はおそらく政府高官に現状を報告していない」と指摘した。 

また、「チベット文化を保存しても、チベットが分裂、独立する危険性は一切ない。それにもかかわらず中国高官は人権侵害、弾圧を繰り返している」と中国当局のチベット政策を批判した。講演には国会議員ら約230人が出席した。【11月13日 時事】
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ただ、ダライ・ラマ14世自身の口から焼身自殺を強く諌める発言もないことから、現在の状況を黙認しているとも考えられます。
中国及び国際社会にアピールする手段が他にない・・・という現実ではありますが・・・。
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チベット  後を絶たない焼身自殺  次期指導者・習近平の父がダライ・ラマ14世から贈られた腕時計

2012-11-01 21:22:46 | チベット

(文化大革命当時、“反党分子”として糾弾された父・習仲勲 “flickr”より By PRCHistory http://www.flickr.com/photos/prchistory/4380598751/

ダライ・ラマの腕時計云々を息子・習近平が意識しているかどうかは知りませんが、自身の下放の経験を含め、写真のような文化大革命によって家族と自身に降りかかった災難については記憶に深く刻み込まれているのは間違いありません。それがどういう形で表に出てくるのかはわかりませんが。)

繰り返し語られる“期待”】
中国の次期指導者とされる習近平の父親・習仲勲(しゅう ちゅうくん)は、1959年に副首相に就任しますが毛沢東に疎まれ失脚、文化大革命期間中16年間も拘束されましたが、その後復活、広東省で中心的役割を果たし、深せんの経済特区を実現した人物でもあります。

習仲勲は、チベット族・ウイグル族の他少数民族の権利を擁護し、また、1989年の 天安門事件での学生抗議に対する軍の対応に反対 、1987 年には保守派 よる胡耀邦解任をただ一人批判した“リベラル派・ハト派”であったとのことです。【8月31日 ロイターより】

習仲勲を紹介したのは、今朝のTVニュースで彼の名前が出てきたからです。
例によって朝の出かける前の慌ただしい時間帯に部分的に見聞きしただけで、どういう文脈・前後関係の報道だったかは定かではありませんが、習仲勲がチベットのダライ・ラマ14世と親交があり、彼から贈られた腕時計を長く愛用していたことからわかるようにチベットに対し比較的寛大であり、そうした父親の姿勢が息子・習近平の対チベット政策に影響する可能性も・・・といった内容でした。

この習仲勲とダライ・ラマ14世の関係については、前出【8月31日 ロイター】でも報じられています。
“Does China's next leader have a soft spot for Tibet?”(http://in.reuters.com/article/2012/08/30/us-china-tibet-xi-idINBRE87T1G320120830
あくまでも“?”付きですが。

また、2010年頃にも報じられていたことのようでもあります。
****ダライ・ラマ周辺、中国の次期指導者・習近平副主席に「期待」か****
消息筋によると、チベット亡命政府のダライ・ラマ14世周辺で、中国の次期指導者に実質的に決まったとされる習近平副主席に対して、話し合いの成果を期待する声が出ているという。

根拠は、習副主席の父親で、副首相を務めた習仲勲氏が、ダライ・ラマと親しかったことだ。ダライ・ラマは習仲勲氏に腕時計を贈ったことがあるが、習副主席も、同じものと思われる時計をつけていることがあるため、「状況の改善を考えているとの、意思表示」と受け止める人がいる。(後略)【2010年10月19日 サーチナ】
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1週間で計5人のチベット族住民が焼身自殺
現在のチベット情勢は極めて悪化し、中国当局への抗議の焼身自殺が後を絶たない状況に陥っています。

****チベット族の焼身自殺止まらず=中国****
米政府系放送局ラジオ・フリー・アジア(RFA)が28日までに伝えたところによると、中国チベット自治区ナクチュ地区で25日、チベット族男性2人が「チベット独立」などと叫び、焼身自殺を図った。このうち20歳の男性は死亡。25歳の男性は当局に運ばれ、生死は不明。

甘粛省甘南チベット族自治州夏河県では20日からの1週間で計5人のチベット族住民が焼身自殺。共産党大会開幕を11月8日に控え、焼身自殺で共産党のチベット政策に抗議の意を表そうとする動きがさらに高まる可能性がある。【10月28日 時事】 
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“チベット族居住区全体では2009年以降、60人のチベット族が自殺を図り、うち50人が死亡したと”【10月27日 時事】とも。

こうした情勢に当局側は治安維持体制の強化で臨んでいます。

****チベットでも治安維持強化=武装警察総隊を格上げ―中国****
中国国務院(政府)と中央軍事委員会は人民武装警察部隊の郭毅力チベット自治区総隊長を「正軍職」待遇の総隊司令官に任命した。中国紙・チベット日報(電子版)が29日報じた。

武装警察では、2008年に新疆ウイグル自治区総隊が「副軍級」から「正軍級」に格上げされ、新疆生産建設兵団指揮部も今月、「副軍級」に格上げとなった。11月の共産党大会を前に人民解放軍で大幅な人事異動が行われたが、武装警察でも治安維持の体制が強化されている。

チベット自治区では08年3月、ラサで大規模な暴動が発生したほか、チベット族居住区がある四川省や甘粛省などでも中国政府のチベット政策に抗議する活動が続き、焼身自殺を図ったチベット族は09年以降60人を超えている。【10月29日 時事】 
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胡錦濤は台湾関係を改善、習近平は?】
習仲勲がダライ・ラマ14世から贈られた腕時計の話は、次期指導者・習近平の政治姿勢に対する“予測”というよりは、“願望”に近いもののようにも見えますが、江沢民時代に悪化した台湾関係を胡錦濤が改善したように、前任者の残した課題を後任者が処理するという例もないではありません。

習近平は、父の残した腕時計をどのように扱うのでしょうか?
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チベット  チベット蜂起から53年 連続する焼身抗議 住民の焦燥感と亡命社会の無力感

2012-03-10 22:50:43 | チベット

(チベット亡命政府の若きリーダー、ロブサン・センゲ首相 アメリカ・ハーバード法科大学院で博士号も取得したエリートですが、強硬姿勢を崩さない中国を相手に事態の進展が図れるのか・・・ “flickr”より By Central Tibetan Administration http://www.flickr.com/photos/cta-tibet/6879998249/

【「真の自治」を確立する「中道政策」を追求
チベット蜂起から53年に当たる10日、チベット亡命政府主催の記念式典が、亡命政府があるインドのダラムサラで開かれました。

****チベット首相:中国側の弾圧政策を批判 蜂起記念式典****
・・・・中国でチベット僧らによる焼身抗議が相次いでいる問題に関し、亡命政府のロブサン・センゲ首相は「悪いのは中国の強硬派指導者だ」と述べ、中国側のチベット人弾圧政策を批判した。一方で、中国領内で「真の自治」を確立する「中道政策」を追求する考えを示した。

毎年恒例の式典にはチベット仏教最高指導者ダライ・ラマ14世も臨席したが、今回初めて発言はなかった。昨年「政治引退」を表明したためで、センゲ首相は記者会見で「多くのチベット人には異例だったかもしれないが、演説しないのはダライ・ラマ本人が決めた」と明かした。

また、センゲ首相は4月初めに日本を初めて訪問する予定を明らかにした。目的など詳細には触れなかったが、日本の国会議員らの招待を受けた模様だ。【3月10日 毎日】
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自身が亡くなった後を配慮して、政治活動を引退し政治的指導力を首相に移譲しつつあるダライ・ラマ14世は、敢えて発言を控えたようです。
センゲ首相は昨年3月の首相選で初当選し、8月に首相に就任しています。インド西ベンガル州ダージリン郊外の農村生まれの「亡命第2世代」で、アメリカ・ハーバード法科大学院で博士号取得しています。

抗議する場所すらない
チベットでは、この1年で中国に抗議するチベット僧らの焼身抗議が20件を超えていますが、センゲ首相は今後も増加する懸念があることを「非常に憂慮している」としつつ、平和的に抗議する場所すらないチベットの現状を訴えています。

****チベット亡命政府:「抗議の焼身20件超える」首相語る****
チベット亡命政府(拠点・インド北部ダラムサラ)のロブサン・センゲ首相(43)が16日、ニューデリーで毎日新聞の単独取材に応じた。

中国四川省のチベット族自治州を中心に、この1年で中国支配に抗議して若いチベット僧らが焼身を図るケースが20件を超えたと明かした。今月22日のチベット正月や、「チベット動乱」から53年に当たる3月10日に向け、焼身による抗議運動と、これを弾圧する中国側の動きが強まる恐れがあり、「非常に憂慮している」と述べた。

昨年、中東に広がった民主化運動「アラブの春」は、チュニジアの若者による焼身自殺が発端だったが、センゲ氏は「アラブ世界には人々が抗議できる場所があった」と語り、抗議する場所すらないチベット族との違いを強調した。(中略)

中国政府は、チベット高原一帯で「高度の自治」を求めるダライ・ラマを「分離独立主義者」とみなし、自治区のチベット族たちへの同化政策として中国語教育を施したり、かつては寺院の破壊などをしたこともあった。近年はインフラ整備などを通じてチベット族たちの生活改善を図るが、抗議デモなどは事実上禁じられている。

ダラムサラの非政府組織(NGO)などによると、昨年3月から16日までに焼身を図ったのは23人で、うち14人が死亡したとみられる。1月以降の1カ月半で焼身は11人(死者は6人)とエスカレート。死者には若い尼僧も含まれ、「チベットに自由を」と「ダライ・ラマの帰郷」などと叫んで火をつけたという。

センゲ氏は「中国がチベット族自治州に大量の軍を送って事実上の戒厳令を敷いており、平和的なデモすらできない。抗議しようとすれば拘束、殺害される」と述べた。
1月26日に焼身のような過激な行動をやめるようビデオメッセージで世界のチベット人に向けて訴えた。しかし、「呼びかけとは裏腹に抗議が続いている」「今後事態がどう展開するか分からない」と危機感を示した。

センゲ氏の就任から半年が過ぎたが、最大の課題である中国との交渉については、「対話を拒否する中国の強硬政策は成功しない。平和的な対話しか解決策はない」と述べた。【2月17日 毎日】
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【「チベットの現状は、外にいるチベット人には理解できないほど深刻なのかもしれない」】
しかし、現実には亡命政府の存在は中国に無視されており、中国チベットで焼身自殺が続発するなかで、亡命チベット人社会には無力感も漂っているとも報じられています。

****焼身抗議 弾圧を受け続けるチベット人たちの悲鳴****
中国のチベット族自治州で相次ぐ焼身抗議は、中国当局の弾圧を受け続けるチベット人たちの悲鳴だ。中国の次期最高指導者とされる、習近平国家副主席の米国訪問直前にも、19歳のチベット僧が焼身を図った。中国政府はインド北部ダラムサラを拠点とする亡命政府の存在を認めておらず、亡命社会には無力感が漂う。

今月に入り、衝撃的な焼身のニュースが相次いだ。3日、四川省北部の色達県で、遊牧民3人が一緒に焼身を図り、うち1人が死亡した。これまで抗議の焼身はチベット僧がほとんどだったが、一度に3人の一般住民による決死の行為は初めて。11日には、四川省のアバ・チベット族チャン族自治州で18歳の尼僧が焼身で死亡。あどけない顔でほほ笑むこの尼僧の写真がネットなどを通じて広く伝わり、人々は悲しみを深めた。
悲報が伝わるたび、世界に散らばる亡命チベット人社会に大きな動揺をもたらしている。ダラムサラでは、人々がろうそくをともし、祈りをささげている。

ダラムサラの社会活動家、ロブサン・ワンギャルさん(44)は、「センゲ首相ら亡命政府側がいくら訴えても焼身はやまない。中国の抑圧に苦しむチベットの現状は、我々のように外にいるチベット人には理解できないほど深刻なのかもしれない」と指摘した。

チベット支援の日本の非政府組織(NGO)「ルンタ・プロジェクト」代表でダラムサラに27年間居住してきた中原一博さん(59)は取材に、「チベット人の抗議が強まるほど、中国側は力による支配を正当化し、さらにその抗議で焼身が続く。悪循環だ」と話した。【2月17日 毎日】
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上記記事が報じられた2月17日にも、中国青海省海西モンゴル族チベット族自治州で17日朝、40代のチベット族僧侶が焼身自殺を図り、死亡しています。

****チベット族僧侶が焼身自殺=中国青海省****
・・・・中国のチベット族居住区では昨年3月以降、中国政府のチベット政策に抗議した焼身自殺が続発。同自治州では今年1月下旬の春節(旧正月)以降、寺院に軍隊を派遣するなど僧侶への管理を強化したことに抗議の声が高まり、自殺した僧侶も軍撤退を要求していたという。【2月18日 時事】
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ダライ・ラマ14世の生存中の帰郷を実現するには時間がない
焼身抗議が続発する背景として、「ダライ・ラマ14世が(76歳の)高齢となり、ご生存中の帰郷を実現するには時間がない。住民の焦燥感が背景にある」という声もあります。
また、中国国内では報道が厳しく制限されているため、こうした連続焼身抗議の実態は、当のチベット人にもあまり知られていないようです。

****チベット人僧侶:焼身抗議は「焦燥感」から****
中国チベット自治区から今年1月、インドに脱出した元政治犯のチベット人僧侶(26)が9日、チベット亡命政府が拠点を置くダラムサラで毎日新聞の取材に応じた。08年に中国の圧政への抗議デモに参加して拘束され、3年半にわたって刑務所などで受けた拷問の実態を語った。

四川省などで相次ぐ僧侶らの焼身抗議について「(チベット仏教最高指導者)ダライ・ラマ14世が(76歳の)高齢となり、ご生存中の帰郷を実現するには時間がない。住民の焦燥感が背景にある」と語った。

ダラムサラの非政府組織(NGO)などによると、11年3月以降の過去1年間で、焼身者は25人(未確認の3人を除く)、うち死者は19人(9日現在)。今月は3日から3日間連続で3人が焼身し、いずれも死亡した。これまでチベット僧による焼身がほとんどだったが、今回初めて、女子生徒(19)や子供のいる主婦(32)が死亡し、一般住民への広がりをみせている。

取材に応じた僧侶が脱出した1月中旬までに、焼身者は15人に上っていた。だが「口伝えに聞いた2件しか知らなかった。中国ではニュースでもまったく伝えられず、インドに来て、初めてこれほど多数に上っているのを知った」と話した。

08年からの拘束中は、刑務所の看守らから数日間にわたって直立不動でいるよう強要され、眠気で倒れると、電気ショックの棒を当てられたり、殴るけるの暴行を受けた。
昨年6月に釈放されたが、元政治犯とされたため、以前所属していた寺院に戻るのは禁じられた。仕事を見つけても、雇用主への当局側の嫌がらせで解雇されたという。「仏教や、その他の学問を身に着けるには、インドへの亡命しかない」と、脱出を決心した。

チベット自治区ラサから、複数のチベット人ガイドの案内を受けながら車や徒歩で移動。約10日間かけてネパールの首都カトマンズに脱出した。直前に30人の集団で脱出を図ろうとしたグループがいたが、ラサ郊外で当局に逮捕されたことから、単独行動を選んだ。
08年のチベット暴動以降、中国、ネパール双方で当局の監視が厳しくなったことから、ネパール到着後も、髪を染めるなど変装して移動した。ガイドへの謝礼4万5000元(約58万円)は借金で工面した。

僧侶は「今のチベットには宗教も言論も移動も自由がない。法王(ダライ・ラマ)の写真の携帯すら許されない。中国はチベット文化だけでなく、民族そのものを消そうとしている」と語った。
インド到着後はチベット亡命政府の亡命者受け入れセンターに住み、英語の研修や心理的なリハビリを受けてきた。近くインド南部のチベット仏教寺院に移り、僧侶として再出発するという。【3月10日 毎日】
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中国当局 チベット正月を前に警戒強化
一方の中国当局の対応ですが、2月22日のチベット正月を前に、チベット人を数百人規模で一斉拘束するなど、警戒を強めていました。

****中国当局「チベット人大量拘束」の理由****
ダライ・ラマ14世の宗教行事から帰国したチベット人を中国政府が数百人規模で拘束したと、人権擁護団体が報告。中国が警戒を高める「Xデー」とは

中国当局がチベット人を数百人規模で一斉拘束した----先週、米人権擁護団体ヒューマン・ライツ・ウォッチが衝撃的な報告を行った。
同団体に寄せられた情報によれば、拘束されたのはチベット仏教の最高指導者ダライ・ラマ14世がインドで開いた宗教行事に参加した中国在住のチベット人。帰国後に拘束され、現在は中国当局による政治的な「再教育」プログラムを受けているという。
中国政府がこれほど大規模にチベット人を拘束するのは70年代末以降初めてだろうと、ヒューマン・ライツ・ウォッチは言及している。

中国政府外交部の劉為民(リウ・ウェイミン)報道官は定例記者会見で、チベット自治区での焼身自殺や社会不安は中国国外の組織が招いたという従来の見方を繰り返したものの、チベット人の拘束については一言も触れなかったという。

インド東部のビハールでは、12月31日〜1月10日にダライ・ラマ14世による宗教行事が開かれた。この時、中国当局はチベット人約7000人にネパールやインドへの渡航を許可し、チベット人への締め付けが緩和される兆しとみられていたが、最近になってチベット人居住地域で暴動や焼身自殺が相次いだため、締め付け強化へと逆戻りしたようだ。

チベット自治区に大量の治安部隊を配備
ヒューマン・ライツ・ウォッチによれば、今回のような拘束の期間は20日〜3カ月とみられる。「この手の集会への出席を禁じる規制はない。再教育を受けさせられているチベット人たちは、文書偽造や不法入国などの犯罪で告発されているわけでもない」と報告書は記している。

一方、同じ宗教行事の参加者でも中国人は拘束されなかったとも指摘。とはいえ、帰国時にダライ・ラマに関する宗教的なものを所持していた者は、所持品を差し押さえられて拘束されたという未確認情報もあるという。

チベット暦の新年となる2月22日には、チベット人自治区周辺で再び暴動が起きる可能性がある。中国政府はそれを見越して封じ込めにかかった----チベット亡命政府のロブサン・サンゲイ首相は先週、AP通信にそうした見方を示した。

サンゲイは22日だけでなく、チベット蜂起の記念日である3月10日にもチベット人による暴動が起きるだろうと指摘。3月10日と言えば、1959年に中国軍の侵攻に対してチベット人がチベット自治区の中心都市ラサで大規模な抗議行動を起こした日だ。中国当局は既にチベット自治区に大量の治安部隊を送り込んでいる。【2月20日 Newsweek】
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祈りと抗議のチベット正月
2月22日のチベット正月については、四川省で数十人規模の抗議活動があったものの拘束者はなかったとのことです。ただ、青海省では自由を求める行進を行ったとして25人の僧侶が拘束されたという情報もあります。【2月22日 Radio Free Asiaより】
総じて大きな混乱はなかったようですが、チベット亡命政府のセンゲ首相が、中国当局による弾圧への抗議として祝賀を慎むよう声明を出したため、例年の賑わいは見られなかったそうです。

****中国の弾圧に抗議 チベット正月を自粛****
2月22日はチベット暦の新年「ロサル」たった。1年のうちでも重要な祝日で、3日間にわたりさまざまな祝賀行事が行われるのが恒例だが、今年はそのにぎわいは見られなかった。インドを拠点とするチベット亡命政府のセング首相が、中国当局による弾圧への抗議として祝賀を慎むよう声明を出したためだ。

中国当局は国内すべてのチベット寺院に、監視のための「管理委員会」を設置するなど容赦ない支配政策を取っている。米ワシントンの支援団体「チベットのための国際運動」によれば、こうした措置に抗議し僧侶や尼僧、一般のチベット人の焼身自殺が相次いでいる。その数はこの1年で20件を超えた。
自ら命を絶つことはチベット仏教の教えと相いれないが、僧侶らの行為をチベットの人々は非難していない。「究極の自己犠牲」と見ているからだろう。

アメリカ在住のあるチベット人は「祝賀行事の中止は私たちの団結の象徴だ」と話す。「同胞たちと苦しみや痛みを共有するという意味がある」
一方、中国国営の新華社通信は、チベット自治区の区都ラサがロサルの買い物客で混雑していると報道。祝賀が行われているかのように見せ掛けていた。【3月7日号 Newsweek日本版】
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チベット蜂起の記念日である今日3月10日については、北京五輪前の08年には大規模なチベット騒乱が発生しましたが、今年は今のところ混乱の報道は目にしていません。

ところで、このところの中国当局への焼身抗議や、当局との衝突は、チベット自治区よりは四川省・青海省のチベット族居住区で多発しているように思えるのですが、何か背景があるのでしょうか?
チベット自治区では当局の警戒が厳しくて抗議すらできないのか、チベット自治区外の方が漢族社会との軋轢が大きいのか、民族性に差があるのか、あるいは中国当局の民心融和のための経済政策がラサなどチベット自治区では一定に機能しているのか・・・。
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チベット  抗議行動が続発、高まる緊張

2012-01-31 22:14:47 | チベット

(1月30日 ドイツ・ベルリン 春節に行われた中国への抗議行動 “flickr”より By Joscha Be http://www.flickr.com/photos/51812575@N03/6794905885/

【「中国の人権状況は史上最高の時期にある」】
ここ数日、中国四川省のチベット族居住地域で住民の抗議行動が相次ぎ、治安部隊の発砲で少なくとも3人(【1月29日 毎日】では6人)が死亡したと報じられています。

中国共産党政権は、抗議に加わった住民を「暴徒」と非難し、統制強化を徹底する構えです。現地では治安部隊が多数投入され、道路が封鎖されるなど緊張が高まっていますが、インターネット遮断など情報も統制されているとみられ、一部地域への電話は通じない状況です。

****チベット族の抗議拡大3人死亡 中国「人権状況は最高*****
来月副主席訪米 平行線は必至

旧正月を祝う春節に入ってから、中国四川省のチベット族自治州で住民による抗議行動が続発している。治安部隊の発砲で少なくとも3人が死亡。国際社会からの批判が集まる中、中国当局が現地の統制を強化する一方、中国共産党機関紙は連日、人権状況の改善をうたって反論している。

英国を拠点とする人権団体などによると、同省カンゼ・チベット族自治州炉霍県で23日、チベット族住民数人の拘束に抗議する群衆に治安部隊が発砲し、1人が死亡した。24日には同州色達県に飛び火し、治安部隊の発砲で1人が死亡。26日にもアバ・チベット族チャン族自治州壌塘県で1人が犠牲になった。

国営新華社通信も、衝突で死者が出たことを報じ、治安部隊が発砲したことも認めるなど異例の対応を取った。しかし、僧侶の焼身自殺などに関する情報に扇動された住民が、刃物を手に警察署を襲撃したことに対する「正当防衛」と強調。襲撃は「計画的かつ組織的」と主張して、亡命チベット人勢力や外国勢力の関与を示唆した。

抗議行動が拡大の様相を見せる中、オテロ米国務次官(チベット問題担当特別調整官)が中国政府のチベット政策を批判し、治安部隊の自制を要求。人権団体は除夕夜(旧暦の大みそか)の22日を選んだかのように年度報告を発表し、中国側の感情を逆なでした。
欧米サイドとしては、2月に訪米予定の習近平国家副主席とオバマ米大統領との会談で、中国の人権問題を議題に上げる心づもりとみられるが、人権侵害の認識がない中国を相手に話がかみ合うはずもない。

一方、党機関紙、人民日報は連日「中国の人権状況は史上最高の時期にある」などとしてチベット族に対する優遇政策の成果を強調、人権問題の政治化を牽制(けんせい)する論文を掲載している。
住民の通信網を監視・遮断し、武装警察に加え人民解放軍を投入して統制を強めているとの情報もある。これらの措置も、中国当局から見れば「国情に合った管理」であり、国際社会の批判はすべて「偏見」によるものだという姿勢に、議論の余地はなさそうだ。【1月31日 産経】
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チベット問題に限らず、「中国の人権状況は史上最高の時期にある」という主張の空虚さは、今更言うまでもないところです。食うや食わずの時代を脱した・・・という意味では、一定の評価はできるでしょうが(そうした飢餓を招いたのも中国共産党の政策の誤りでもあった訳ですが)、一言で言えば「人はパンのみにて生くる者に非ず」ということでしょう。

今回の騒動の背景として、“チベット自治区では、中国の春節(旧正月)直前の22日、国旗を掲揚する式典があり、これに合わせ各地の寺に国旗や胡錦濤国家主席ら国家指導者の写真が大量に送られ、掲げられた。これに一部のチベット族が強く反発したことが抗議の背景にあるとみられる” 【1月29日 毎日】との指摘もあります。

****指導者肖像画・国旗100万枚を配布、狙いは寺院の共産党化か?―チベット自治区****
2012年1月22日、チベット自治区共産党委員会や同自治区政府が入居するビル「党政大楼」の正面入り口上部の外壁に巨大な肖像が登場。中国国旗の五星紅旗をバックに毛沢東、トウ小平、江沢民、胡錦濤の歴代指導者が描かれた巨大肖像画の除幕式が盛大に開催された。24日付で中国新聞社が伝えた。

チベット自治区では、現在「中国国旗と指導者肖像を村の各世帯、寺院に送ろう」キャンペーンを展開中。すでに100万枚の国旗と肖像画が送られているという。さらに昨年12月8日、同自治区共産党委員会統一戦線部は自治区内の寺院に対し「九有(国家指導者の肖像、国旗、道路、水道、電気、テレビとラジオ、映画、書庫、人民日報と西蔵日報の新聞の9つを有すること)」政策を推し進めると発表。その予算は自治区政府が負担するという。

このニュースが報じられると、中国のマイクロブログ・新浪微博にはユーザーからの辛らつなコメントが相次いだ。「寺の中で無神論者の毛沢東を拝むのか?ありえない!」「チベット自治区で文化大革命を起こすのか?」「自治区の民から信仰の自由を徹底的に奪うつもりだ!」など、党の民族政策に疑問を抱く内容のものがほとんどだった。【1月26日 Record China】
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国旗や指導者肖像・写真の強要は、個々人の権利や多様な考えよりは国家の意向・一体性を重視するような、威圧感を感じさせます。ましてや、チベットのような国家帰属に問題を抱える地域にあってはなおさらでしょう。

【「文化的ジェノサイド」に直面している
チベット僧の焼身自殺も昨年から続いています。
今月6日には、四川省アバ県でも元僧侶2人が焼身自殺を図って1人が死亡、8日には、青海省果洛ベット族自治州の吉邁でチベット人僧侶1人が焼身自殺しています。
過去1年にチベット人居住区域で起きた焼身自殺・自殺未遂事件は15件となっています。

****チベット人僧侶また焼身自殺、1年で15件に****
・・・・ダライ・ラマ14世は、一般的に仏教信仰に反するとみなされている焼身自殺に批判的だ。だが、最近になって、相次ぐ焼身自殺の原因はチベット人が中国の強硬な統治下で「文化的ジェノサイド(大虐殺)」に直面していることだと発言した。

中国では多数派の漢民族がチベット人の歴史的居住地域に移住を進めており、国内の多くのチベット人が政府による宗教弾圧や文化抹消の行為だと批判している。だが中国側は、チベット人は信教の自由を享受しており、また巨額の投資によって近代化がもたらされ、生活水準が向上したと主張している。【1月9日 AFP】
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宗教的最高指導者は国外亡命を余儀なくされており、“巨額の投資”による利益は移住してきた漢族とそれにつながる一部の者によって占められている現状にあっては、中国当局側の言い分はうつろに響きます。
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チベット問題  相次ぐ僧侶・尼僧の焼身自殺 アメリカ議会は中国の対応を強く批判

2011-11-05 14:20:04 | チベット

(チベット亡命政府があるインド北部ダラムサラで、焼身自殺した僧を悼む僧侶 “flickr”より By TibetanWomen http://www.flickr.com/photos/tibetanwomen/6186016380/ )

当局が制御できない最後の手段
信教の自由と高度な自治を求めるチベットで、僧侶・尼僧の中国政府に対する抗議の焼身自殺が相次いでいます。
3日に焼身自殺した尼僧で、今年11人目になるそうです。

****チベット仏教の尼僧が焼身自殺、今年11人目 中国****
中国・四川省甘孜チベット族自治州の大武で3日、チベット仏教の尼僧が焼身自殺したと、国営新華社通信が報じた。四川省では今年3月以降、チベット仏教の僧侶8人、尼僧2人が相次いで焼身自殺を図っており、人権団体によるとうち7人が死亡している。

人権団体「チベットのための国際キャンペーン(ICT)」が確認したところによると、自殺した尼僧は35歳で、信教の自由とチベット仏教の最高指導者ダライ・ラマの帰還を訴え、体に火をつけたという。

地元警察はAFPの取材に対し、コメントを拒否した。
新華社は、警察の初動捜査の結果「過去数か月に起きた一連の焼身自殺と同様、ダライ・ラマ一派による(中国の)分裂を狙った策略だと判明した」との地元当局者の談話を伝えている。【11月4日 AFP】
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焼身自殺が相次ぐ背景として、当局側がデモや集会などの抗議行動を抑え込むなかで、“当局が制御できない焼身自殺という手法に訴えている”という現状が指摘されています。
チベット側にも、宗教的高揚感みたいなものがあるのでは・・・とも思われます。

****デモ封じられ…「最後の手段*****
・・・命をかけた抗議行動は、今年3月にアバ県で起きた大規模デモのきっかけをつくった僧侶の焼身自殺を幇助(ほうじょ)したなどの罪で、僧侶や親族が懲役刑などを言い渡された8月下旬前後から急増している。

多数の拘束者を出したデモの後、各チベット族自治州では治安部隊による警戒が強化され、寺院の電気や水道を止めるなどの嫌がらせも行われているとされる。デモや集会などの抗議行動は不可能な状況とみられ、当局が制御できない焼身自殺という手法に訴えているようだ。

中国外務省の姜瑜報道官は19日の定例記者会見で「姿を変えたテロの一種」と罵(ののし)ったが、20日の会見では「事件が起きているのはチベット自治区ではなく四川省」などと苦しい言い訳を口にし、米欧の干渉に対する懸念をあらわにした。【10月21日 産経】
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北京の殺戮者たち」】
中国政府の強権的な対応、人権弾圧に批判的なアメリカでは、特にチベット問題を議会が取り上げています。

****チベットへの弾圧、米議会が糾弾****
「カルサン、18歳、チョエペル、19歳…」
米国議会の下院議員会館の一室に重苦しい声が響いた。3日午後、トム・ラントス人権委員会がチベットの人権弾圧について開いた公聴会に、証人として招かれたチベット仏教高僧のキャブジェ・リンポチェ師の声だった。議員側から最近のチベットで焼身自殺した9人の若い僧侶たちの名前と年齢をあげるよう求められての発言だった。

人権問題を熱心に提起した民主党のベテラン議員故ラントス氏を記念して創設されたこの委員会は、超党派の下院議員60人近くが加わっている。
この日は中国政府によるチベット弾圧を正面から取り上げ、チベット亡命政府のロブサン・センゲ首相や同師を招いての事情聴取となった。チベットでは固有の言語や文化、宗教が中国当局の抑圧で抹殺の危機を迎え、四川省アバ・チベット族チャン族自治州のキルティ僧院では若い男女の僧がこの数カ月で9人も抗議の焼身自殺をしたというのだ。

米国議会も危機感をみせながらチベット問題を追及するようになった。上下両院と行政府とが共同で組織した「中国に関する議会・政府委員会」は、中国当局による広範な人権弾圧の実態をまとめた年次報告を先月発表したが、そのなかでもチベット問題にはとくに厳しい光を当てていた。

下院外交委員会はこのラントス人権委員会の公聴会の数時間前の3日午前、その年次報告を検討する大公聴会を開いていた。共和党のイリアナ・ロスレイティネン委員長が民主党の筆頭委員ハワード・バーマン議員とともに、中国当局の宗教の自由の圧迫、妊娠中絶の強制、民主活動家の逮捕、ネット言論の抑圧などを指摘して、「中国の弾圧は前年よりも悪化した」と非難していた。証人にはチベット亡命政府高官のブチュン・ツェリング氏もいて中国のチベット締めつけの強化を訴え、若い僧たちの焼身自殺をも報告していた。

バーマン議員までが「中国の政治の自由の抑圧、人権の弾圧はさらにひどくなっており、米国の対中政策にその事実を反映させるべきだ」と主張した。共和党若手のデービッド・リベラ議員にいたっては中国共産党指導部を「北京の殺戮(さつりく)者たち」とまで呼び、米国の価値観だけでなく人道主義の普遍性からも中国にもっと強硬な姿勢を取ることを提唱した。

そのうえでの午後のチベット問題に焦点をしぼった公聴会だったのだ。ここでも議長は民主党のジム・マクガバン議員が務め、「かつてチベット鎮圧策を担当した胡錦濤国家主席にまで抗議すべきだ」と論評するほどだった。ラントス人権委共同委員長のフランク・ウルフ議員は「チベットは本来、中国とは別の国家だった。その民族をいま中国当局は浄化しようとしている」と非難した。
 
国の議会がこうして中国の人権状況へと立ち入って弾圧を糾弾するのは、外交政策にも相手国の民主主義度を反映させるという米国年来の特別な身の処し方のせいだろう。全世界で共通の普遍的課題の人権には積極的にかかわるという体質もあってのことだろうが、それにしてもいまの中国が国内の人権抑圧もさらに激しくして、チベット人に犠牲が増えているという現実は日本も無視はできないだろう。【11月5日 産経 古森義久】
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アメリカが中国の人権問題を大きく取り上げるのは、問題の本質にかかわる部分以外にも、中国の著しい台頭を苦慮する外交的な観点から、人権問題を対中国戦略のひとつのカードとして使用したいというアメリカの思惑もあってのことでしょう。

【「いかなる生き仏の転生も宗教の習わしや国家の法律法規に従うべきだ」】
今後のチベット問題の行方を左右するカギが、高齢のダライ・ラマ14世亡きあとの問題です。
3月21日ブログ「チベット  ダライ・ラマ14世の政治引退表明のなかでの新首相選挙」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20110321)でも取り上げたように、チベット側も対応を進めていますが、ダライ・ラマ14世の存在の大きさ、その転生をめぐる問題もあって、簡単ではありません。
ダライ・ラマ14世の死を待つ形の中国側は、ダライ・ラマ転生を認定する立場にあるチベット仏教第2の高位者であるパンチェン・ラマについて独自の後継者を擁しており、ダライ・ラマ転生についても当然に介入することが想定されています。

****ダライ・ラマ、継承者めぐる中国の発言権を否定****
チベット仏教の最高指導者ダライ・ラマ14世(76)は24日、「90歳ぐらいになったら」ダライ・ラマの輪廻(りんね)転生制度を続けるべきかどうかを決めると述べ、中国にはこの件についての発言権はないときっぱりと付け加えた。
ダライ・ラマは、インド北部ダラムサラで開かれたチベット仏教4大宗派の指導者の会合後、4200ワードに及ぶ声明を発表した。

ダライ・ラマは声明で「90歳ぐらいになった時に、チベット仏教の伝統について、ラマ高僧やチベットの人びと、それにチベット仏教に関連する人々と相談し、ダライ・ラマの制度を存続させるべきか否かについて再評価する」と述べた。さらに、「そうした正統な方法で認められた転生以外には、中国を含むあらゆる者による政治目的のために擁立された候補者の承認も認可も、行われるべきではない」と指摘した。
また、ダライ・ラマは「疑念や策略の入り込む余地がないように、次期ダライ・ラマを決めるための明確なガイドラインを肉体的・精神的に能力があるうちに」行うことを決めたと語った。

多くの人びとは、中国が独自のダライ・ラマ継承者を選出するとみている。それにより2人のダライ・ラマ――中国当局が認めるダライ・ラマと、亡命政府または現在のダライ・ラマが認定するダライ・ラマ――が擁立される可能性が出てきている。
同じことが1995年にチベット仏教で第2の高位者であるパンチェン・ラマの次期継承者を選んだときにも起きた。中国はダライ・ラマが選んだ次期パンチェン・ラマを拒否し、独自の転生者を選んだ。

パンチェン・ラマ11世に中国政府が認定したギェンツェン・ノルブ氏(21)は、たびたび中国政府のチベット統治を称賛している。
一方、ダライ・ラマがパンチェン・ラマ11世に認定したゲンドゥン・チューキ・ニマ氏は、1995年に中国当局に拘束されて以降、公の場に姿を現していない。【9月25日 AFP】
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中国の介入を警戒するダライ・ラマ14世に対し、中国側は当然のごとく反駁しています。
****ダライが次のダライ認定したことない…中国非難****
中国外務省の洪磊・副報道局長は26日の定例記者会見で、チベット仏教最高指導者ダライ・ラマ14世(76)が90歳前後になった際にダライ・ラマ制度の再検討を行う方針を示したことに対して、「ダライ・ラマ14世も当時の(中華)民国政府の認定を受けた。ダライが次のダライを認定したことはない。いかなる生き仏の転生(生まれ変わり)も宗教の習わしや国家の法律法規に従うべきだ」と非難した。【9月26日 読売】
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“国家の法律法規に従う”転生というのも笑える話ですが、中国側はチベット問題の封じ込めを狙って本気です。
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