孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

トルコ  イスラム主義と世俗主義がせめぎあう“沸騰都市イスタンブール”

2008-07-06 14:40:26 | 国際情勢

(AKPによる大学でのスカーフ着用解禁に抗議する世俗主義派の集会 その後、解禁は無効とされましたので、恐らくは今はイスラム主義派が同様の集会を展開しているものと思われます。なお、プラカードに見える光る電球の図柄はイスラム主義政党AKPのシンボルマークです。 “flickr”より By moroccanmary
http://www.flickr.com/photos/97438398@N00/2267318843/)

【世俗主義のムスリム国家】
トルコは国民の99%がムスリムという国ですが、 “建国の父”アタテュルク以来、政治的には明確な政教分離を国是としており、公的な場から宗教の影響を排除するという“世俗主義”をとってきました。
しかし、国民の間でイスラム主義が台頭、大統領選挙をめぐる混乱から行われた昨年の選挙でも政権を担う穏健イスラム政党「公正発展党(AKP)」が勝利し、大統領にAKPのギュル氏が就任しました。
こうした、トルコのイスラム主義と世俗主義のせめぎあいについては、3月18日ブログ「トルコ 与党の非合法化、大統領・首相の政治活動禁止を求めて検察当局が提訴」など、これまでも何回か取り上げました。
http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20080318

選挙戦では比較的イスラム主義を抑制していたAKPですが、イスラム女性の象徴とされる髪を覆うスカーフを着用しての大学通学を禁止する規制撤廃に向けた憲法修正案を2月国会へ提出・可決し、ギュル大統領もこれを承認しました。
スカーフ着用問題は、イスラム主義と世俗主義のせめぎあいの象徴でもあります。

【イスラム主義の与党非合法化の動き】
政権はイスラム主義のAKPが押さえていますが、官僚機構・地方組織・司法・国軍など権力機構は世俗主義派が未だ主流です。
野党の世俗主義政党、共和人民党(CHP)は“大学でのスカーフ着用解禁”は国是の政教分離に反するとして、取り消しを求める裁判を憲法裁判所に起こし、6月5日、憲法裁判所はこの訴えを認める決定を行いました。

一方、上記ブログの表題にもあるように、3月、トルコ検察当局は憲法裁判所にAKPの非合法化措置を求めて提訴しました。トルコの国是である「世俗主義」に反するというのが提訴の理由で、訴えには、ギュル大統領、エルドアン首相ら党幹部70人の5年間の政治活動禁止も含まれています。

昨年の選挙で1650万票、47%の得票率を獲得した公正発展党AKPのエルドアン首相は、「(彼ら1650万人の)公正発展党支持者を、反世俗主義者だと糾弾することはできない」と批判していますが、スカーフ着用問題で世俗主義の訴えを認めた憲法裁判所の6月の判断により、与党AKP解党にも現実味が増してきていました。

トルコのイスラム主義政党の解党は別に今回が初めてではありません。
“初めてではない”と言うより、現在の与党AKPの前身が美徳党、その前身が福祉党、更にその前身が国民救済党、その前が国民秩序党・・・と、解党命令・再結成の繰り返しです。
憲法裁判所はこれまで24政党の解党を命じてきています。

そして、その背後には、トルコ近代化を目指したアタテュルク以来の世俗主義の守護者を任じる国軍の存在があります。
そんな流れから、今回もまた解党を受け入れ、新たに別組織で再出発・・・ということになるのかと思っていましたが、選挙で圧勝し民意を得ているとの自信を持つイスラム主義AKPもそう簡単には引き下がらないようです。

【与党側の反撃 “クーデター計画”摘発】
AKPに対する違憲審査は7月1日憲法裁判所で始まりました。
その同日、元軍最高幹部ら世俗主義の擁護者を自任する有力者21人が、クーデター計画に関与した疑いで一斉に身柄を拘束されました。
捜査当局は5日、退役軍人やアンカラの商工会議所会頭ら7人(4人との報道も)を、政権転覆を狙ったクーデター計画に関与した疑いで再逮捕。
どのような罪状で容疑者が逮捕されたのかは不明で、イスラム主義の政権与党AKP側による世俗主義派への反撃と見られています。

【ふたつの“危うさ” 国民の不満に目がいかない世俗主義】
トルコにおけるイスラム主義と世俗主義のせめぎあいの雰囲気は、先日放映されたNHKの“沸騰都市 イスタンブール”でも感じることができました。
そこには、ふたつの“危うさ”も感じました。

経済成長7%を継続する牽引となった大企業が所属するトルコ経団連を率いる女性会長。
EU加盟を目指すトルコ経団連は世俗主義の支持勢力でもあります。
数十年に及ぶEUへの“ラブコール”にもかかわらず、EU側はトルコ国内の民主主義・人権問題を盾にハードルを高くし、なかなか進展していません。
国民の間に広がるその反発・苛立ちは、イスラム主義台頭の下地でもあります。

地方自治体も世俗主義のもとで、脱イスラム・近代化・西欧化を追い求めています。
国有地に広がるスラム街を西欧化にそぐわないと強制的に再開発、行き場をなくした貧困層は不満を強めます。

ひたすら脱イスラム・西欧化を目指す世俗主義のその様子は、明治時代の鹿鳴館をすら連想させ、足元の国民の不満に目がいかない危うさを感じます。

【もうひとつの“危うさ” どこまで拡大するイスラム的な要求】
一方、最近急速に拡大しているイスラム系の経済団体。
AKPの熱烈な支持勢力でもあります。
恐らく、存在感を増すイランやオイルマネーを背景にした周辺アラブ諸国とのビジネスチャンス拡大が、このイスラム系の企業家集団拡大の背景にあるように思えます。

そのような企業家のひとり、女性服のアパレルメーカー社長はイスラムの戒律を踏まえたうえで大胆に西洋的ファッションも取り入れた女性服で世間の注目を集めます。
しかし、彼が商談を進めるイランでは、女性の服装チェックが厳しく行われています。
更に、そのイランの向こうアフガニスタンのタリバンは、女性一人での外出さえ認めません。

街頭で“イスラム復権・イスラム尊重”をシュプレヒコールする人々。
そのなかには多くの女性が。
この宗教的情熱は、“大学でのスカーフ着用を認める”というところから、“すべの公的な場”へ、更に“ムスリムだったら当然に着用すべき”へと容易に転化していくことが予想されます。
イスラム主義に見える“どこまで宗教的要求が拡大するのか・・・”という不安が、もうひとつのあやうさです。

イスラム系の経済団体は最近EU加盟推進に方針を転じたそうです。
これは、取引先である周辺イスラムの意向を反映したものとか。
しかしEUにすれば、ますますハードルを高くするものになるのでは?
周辺イスラム諸国の意を受けたトルコ加盟を認めることは、EU内に“トロイの木馬”を受け入れることにもなりかねません。

【もうひとつの対立軸 クルド人問題】
トルコの将来を左右する“イスラム主義対世俗主義”の軸のほか、トルコにはもうひとつ重要な軸があります。
国内に1200万人~1500万人も存在するクルド人の問題です。
クルディスタン労働者党(PKK)が分離独立運動を行っており、これもアタテュルクが達成したトルコ国家を破壊するものとして、トルコは厳しくこれを禁じています。
PKKが隣国イラクのクルド自治区を拠点としているとして、イラクへの越境攻撃を行っており、昨年来中東情勢不安定化の大きな要素になっています。

春先にも攻撃が本格化するのではとも懸念されていましたが、アメリカの説得が功を奏したのでしょうか、ここのこところあまり大きな動きは見聞きしません。
しかし、収束した訳ではありません。
イラク内では石油権益の扱いを定めた石油法をめぐって、クルド自治区側とイラク中央政府との対立が厳しくなっています。

トルコ国内でのクルド人対策、PKKへの対応も、イラク国内のクルド自治区の今後に連動したものになると思われます。
この問題が火を噴くと、イラク・トルコ、更にイランなど中東情勢は一気に流動化する危険があります。



コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする