孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

徹底される“日本流のサービス”の生む“疲れる社会” “内向き志向”世代の「今の幸せ」

2016-11-30 23:20:36 | 世相

(写真はANAのHPより 私は最近ANAには搭乗していませんので、本文内容とは一切関係ありません。)

【“ガラパゴス化”する感もある心地よい日本流のサービス
一昨日ミャンマー旅行から戻りましたが、その帰国便での出来事などから“中国系航空会社の格安航空券の“チャイナリスク” 乗客サービスへの意識の欠如”http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20161128を書きました。

その際、“中国で遅延が減少しない根底には、乗客の不便を解消したいという思いが空港・航空会社スタッフに欠如していることもあるのではないでしょうか。”といったことも書きました。

逆に言えば、他者に迷惑をかけないという思い、顧客サービスの徹底、「お客様は神様です」といった行動は、日本社会の美徳として中国でも一定に認識されつつあり、連日その類の記事が報じられています。

実際、帰国して国内フライトや新幹線などで日本流のサービスに接すると、「日本という国はなんと優しい穏やかな、配慮の行き届いた国なんだろうか・・・」としみじみ感じます。

****日本のコンビニに見た「顧客を絶対視するサービス精神」=中国報道****
日本を訪れた中国人旅行客は、日本の百貨店やホテルなどで提供されるサービスを口々に絶賛する。だが、中国人からすれば、日本のサービスの質の高さは決して百貨店やホテル特有のものではなく、コンビニエンスストアのように日常に密着した場所でも実感することができるという。

中国メディアの今日頭条は28日、日本のコンビニは「品揃えが十分で鮮度管理も完璧であり、店内は清潔であるうえ店員の接客態度もすばらしい」と伝え、これらは「顧客を絶対視するサービス精神」があるからこそ実現する要素であると絶賛している。

記事は、日本各地にあるコンビニはすべてが顧客のニーズに基いた経営がなされていることを紹介。例えば、冬に冷麺を食べたいと思っても中国のコンビニでは販売されていないと指摘し、それは「冷麺は夏に食べるもの」という固定概念があり、顧客のニーズを真剣に考えていないためだと論じた。

だが、日本のコンビニは「冬になると屋内は暖房によって温度が上がり、冷たい食べ物を求める人も出てくる」ということまで考え、冷たい食べ物もちゃんと販売されていると紹介し、「こうした品揃えは顧客のニーズを最優先するサービス精神があってこそ」だと論じた。

また、季節に応じて商品ラインナップを変化させるのも日本のコンビニの凄さであり、「顧客のニーズの先を読み、顧客のニーズが顕在した時にはすでに販売されているというのも、まさに顧客志向であり、サービスの質の高さを示す事例」であると称賛した。

中国にももちろんコンビニは存在するが、まだ顧客志向や徹底したサービス意識が低いためか、日本のように「生活に密着した、なくてはならない存在」となってはいないようだ。

記事も「中国人の仕事は心がこもっていない」、「どのような仕事であっても脳を使う必要がある」と指摘しており、製造業でも小売業でも成功するためには顧客に質の高い消費体験を提供するためのサービス精神が必要不可欠であると論じている。【11月30日 Searchina】
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****日本を訪れれば誰だって・・・中国人が日本を好きになる理由=中国報道****
反日感情を抱きつつも、日本を訪れたことをきっかけに対日観が一変したという中国人は少なくない。なかには、嫌いだった日本が「好きになってしまった」という中国人もいるようだが、中国メディアの今日頭条はこのほど、中国人が日本を好きになる理由について考察する記事を掲載した。

記事は、「日本を訪れたことのある中国人は誰もが日本を好きになってしまう」と伝えつつ、その理由を考察。

まず1つ目に挙げたのは「日本の清潔さと日本人の親切さ」だ。特に「日本人は他人に迷惑をかけることを嫌う一方で、他人に対しては非常に親切」だと称賛し、助けを求めている人には手を貸すことを厭わないと論じた。(後略)【11月29日 Searchina】
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ただ、心地よい日本流のサービス、心遣いではありますが、ときに「そこまでやる必要があるのだろうか?」という戸惑い・疑問も感じます。

空港に到着した際の機内アナウンスで「お席から立ち上がられる際には、頭上の荷物入れにお気を付けください」云々、空港ではゲートを出入りする女性スタッフが待合室の乗客に一礼する様子(スーパーの店員がバックヤードに戻るとき、店内に一礼するのと同じです)など。

一番驚いたのは、国内便機内でCAが飲み物を乗客に配る際でした。
写真入りのメニューを乗客に見せて「どれになさいますか?」と尋ねるのは、外国航空会社ではあまり見ない実に便利なサービス・配慮です。

驚いたのはそのあとで、頼んだ飲み物を受け取るときに聞いた「○○でお間違いなかったでしょうか?」という言葉でした。普段よく聞く言葉であり、自分自身も使いますが、機内サービスでそういった言葉を聞くのは初めてで驚きました。

何十人もの乗客に手早くサービスしながら、そこまで気遣いするというのは大変なことだと感じ入ったのですが、同時に、そこまでの気遣いが必要なのだろうか?という思いも。

なんだか、昔より一段とこうした“日本流のサービス”の徹底が進んでいるように思われます。

もちろん“おもてなしの心”とか行き届いた顧客サービスというのは素晴らしいことで、日本社会が誇るべき美点ではありますが、あまりにそこにのめり込んでいくと、そのことが自己目的化し、早さ・正確さ・効率などを求めている顧客ニースとやや乖離していき、日本特有の“ガラパゴス化”の懸念も感じた次第です。

まあ、何事についても徹底しないと気が済まない・・・というのも、日本社会の特性のひとつではありますが。

【“疲れる社会”の過労死や無理な24時間年中無休
常に心づかい・配慮を要請される社会は、正直なところ“疲れる社会”でもあります。
その極端な事例が過労死でもあります。

“花形企業”とも思われていた電通で起きた過労自殺について、中川淳一郎氏(ネットニュース編集者)は、その「お客様は神様」という日本式発想に疑問も呈しています。

****お客様は神様」変えよう****
電通で起きた過労自殺について、詳細を知っているわけではありません。でも、同じ広告の世界に身を置いた人間として、業界全体の構造的な問題は大きいと思います。
 
広告業界には、「お客様は神様」という文化が染みついている。最大手の電通も、本質は「客に忠義を尽くす出入り業者」でしかないと感じます。クライアントにいかに気に入られるかがすべてです。
 
少し重要な打ち合わせなら、チーム全員で行きます。とにかく数が多い方がアピールになる、そんな発想がある。十数人で行っても、実際にしゃべるのは4、5人で、若手はその場にいるだけ。必要もないのに付き合わされるから、どうしても長時間労働になってしまうのです。
 
ぎりぎりにクライアントから「ちょっと表現を変えて」などと求められても、「無理です」とは言えない。写真だって、ソフトでいくらでも加工できる。技術が発達すれば仕事は楽になるはずなのに、逆にやることは増えている。
 
広告の世界は、一般の人からのクレームを非常に恐れます。ネットの普及で、ものすごく増えました。現場は、法務部やリスク管理部門から厳しくチェックされる一方で、上司のおっさんからは「最近の若いやつは思い切ったことをしない」とか言われてしまう。板挟みですよ。
 
世間的には「いい勤め先」だと見なされる大手広告会社は、給料もいいし、社会的地位も高く、モテます。でも、むしろブラック企業と社会から認定されたほうがいいと思う。そうすれば「どうすれば長時間労働を減らせるか」などと、現実的な話になる。
 
そこで重要になるのが、同じ広告業界でも、下請け企業の過酷な実態にきちんと目を向けることです。大手に比べて下請けは給料が低く、労働時間はもっと長いのが普通です。でも「お客様は神様」という文化は共通だから、クライアントや元請けにかなり気をつかわなきゃいけない。
 
10月にブログで「下請けであるPR会社や制作会社の若者の疲弊にも目を向けてほしい」と書いたら、「あの部分に救われました」といろいろな人から反響がありました。長時間労働を、電通の問題だとクローズアップすると、業界のいちばんブラックな部分が覆い隠されてしまいます。
 
解決策は、コスト意識を持つこと。広告会社は必要以上の数の人間はチームに入れず、下請けまでを含めて、実際の働きに応じて利益を配分する。下請けの若手が書いたコピーが採用されたのなら、その人がたくさんお金をもらえるシステムにするのです。
 
「お客様は神様」という意識と下請けの過酷さの両方を変えないと、どの業界でも長時間労働の改善にはなかなかつながらないと思います。【11月29日 中川淳一郎氏 朝日】
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フランスなどでは日曜営業に対して働く側からの強い抵抗があるようですが、その対極にある日本の「24時間年中無休」にも“無理”があるのでは・・・という指摘も。

****24時間営業」から見る、日本のサービスの極致 そしてその背後にある「無理」=中国メディア ****
先日大手ファミリーレストランチェーンのロイヤルホストが、来年1月までに24時間営業を廃止することを発表したことが伝えられ、24時間営業の意味や是非を巡る議論に火を着けた。

日本の小売業界や外食業界はこれまで営業時間の拡大を進めてきたが、「長い時間営業していれば儲かる」という時代は、どうやら過去のものになりつつあるようだ。

中国メディア・今日頭条は24日、「24時間年中無休に見る、日本の極致のサービス」と題した記事を掲載した。記事は決して24時間年中無休という日本のサービス業界を手放しで賞賛しているわけではなく、むしろ「無理を強いてきたのでは」という観点に立って論じている。

記事は、ロイヤルホストが来店客の変化に基づき、24時間営業の廃止を決定し、定休日の設定まで検討課題となっているとしたことを紹介。人びとの生活習慣が変化し、深夜の客源が減り続けると同時に、労働力不足による賃金上昇が経営を圧迫し始めていると解説した。(中略)

記事は、このような営業形態は「極致」と称される日本のサービスの一部であるとの見方を示す一方、「このような日本式サービスの背後にあるのは、巨大な生理的、心理的圧力という代価である」と解説。「極致」を求めるサービスにより、過労死などといった一連の社会問題も引き起こしていると説明した。

そして、これからサービス業が大きな発展期を迎え、その進むべき道を模索している最中の中国にとって「日本の経験は、研究し参考にすべき価値が非常に大きいのである」と論じた。

ヨーロッパでは、商店が夕方にシャッターを下ろすのが一般的。商売っ気がないのではなく、夜は家族との時間を楽しむべし、という社会的観念によるものだ。

文化や習慣の大きく異なる日本でもそうしろ、というのはあまりにも乱暴でナンセンスな話だが、24時間営業や年中無休が決して「当たり前」ではないとの認識を持つのは悪いことではない。

日本では年々正月休みが簡素化していく。一方、中国では春節(旧正月)期間中に営業する店は、外国人経営の店や外資系ファストフード店やコンビニエンスストア、そして大型ショッピングモールを除けばわずかだ。この時期、軒並みシャッターが閉まる光景に不便さを感じる一方で、「休む時は休む」ことに対する羨ましさも覚えるのである。【11月28日 Searchina】
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自国の居心地の良さを重視する「内向き」志向
更に気になるのは、昨今“日本流のサービス”が一段と強調されるようになっている傾向と、日本人、特に若い世代の自国の居心地の良さを重視する「内向き」志向の間には、何か共通の背景があるのでは・・・ということです。

****奔放から内向へ・・・日本社会はどうしてしまったのか? =中国メディア****
近ごろ、日本人の「内向き志向」や留学離れが、しばしば議論のテーマになっている。一方、国外旅行者や留学生が急増し、富豪による外国移住や外国不動産購入ブームが起こるなど、中国社会は今まさに、「外向き」のエネルギーに満ちている。

中国メディア・環球網は17日、「奔放から内向へ 日本はどうしたのか」とする記事を掲載した。記事は、国外に出て行こうとせず、国内に引きこもる日本の若者に対して、日本国内の学者から将来の経済発展や科学研究能力を憂う声が出ているとしたうえで、「30年以上前には外の世界に対する好奇心に満ち溢れ、世界各地を奔走していた日本人が、どうしてこれほどまでに内向きになってしまったのか」と疑問を提起した。

そして、中国社会研究院日本研究所の専門家が「戦後日本社会の精神状態は、経済発展の軌跡と不可分である」とし、1990年代にバブル経済が崩壊し低成長時代に入ったことで、超富裕層を除く市民の生活水準が低下、これに伴い海外に向けた投資や消費も減り、それまで急増していた海外留学者数も増加にブレーキがかかり、21世紀に入ってからは減少に転じたと解説したことを伝えた。

さらに、バブル崩壊により、それまで日本に充満していた活力や野心が消え去ってしまい、その代わりに、疲弊や将来に対する恐れを抱くようになった、長期にわたる西洋化を経てもなお、日本には保守的な「島国文化」が根強く残っているなどと論じている。

その一方で、同研究所の専門家が、「国際社会における地位の変化とも直接関係している」とし、いわゆる「失われた20年」の中で日本は社会資本の蓄積、技術的な富の獲得、ソフトパワーの充実を進めるとともに、自らの政治や安全保障における戦略的な自主性に関心を持つようになったのだ、と説明したことを併せて紹介。日本人の「内向き志向」は必ずしも退廃的なものではないとの見方を示した。

「外向き」のエネルギーに満ちている今の中国社会から見れば、そのエネルギーが一段落している日本の現状は「衰退」と見えるのかもしれない。

「内向き志向」にはネガティブな部分もあることは否めないが、一方で自国の良さ、居心地の良さを感じている人が増えている、というポジティブな捉え方もできるのではないだろうか。【10月22日 Searchina】
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【「希望格差」の国における「今の幸せ」】
“自国の良さ、居心地の良さを感じている人が増えている”・・・・確かに表立った現象としてはそういう流れがありますが、額面通りに受け取っていいのか?

将来に展望が開けていないがために、「今の幸せ」にしがみついている・・・という見方も。

****新卒採用で人生が決まる、日本は「希望格差」の国****
<将来に「希望がある」と感じる日本の20代の割合は、他国と比べると格段に低い。なかでも男性の正規・非正規の間の「希望格差」が突出している>

人は将来を展望して生きる存在だ。今の状況が思わしくなくても、将来に展望が開けていると信じられるならば、それほど苦痛には感じない。前途ある若者の場合は、特にそうだ。

世論調査のデータによると、日本の若者の生活満足度が高まってきている。昨今の若者の厳しい状況を思うと違和感があるが、それは将来に展望が開けていないことの裏返しでもある。「今日よりも明日がよくならない」と思う時、人は「今は幸せ」と答えるのだという(古市憲寿『絶望な国の幸福な若者たち』講談社、2011年)。

逆に言うと、「今日よりも明日がよくなる」という展望が開けているなら、「今は不幸」と感じるとも言える。これからの見通しが開けているのに「今が幸福」と言いきってしまえば、将来の明るい展望に蓋をしてしまうことになるのだから。

未来を担う若者の意識を読み解くには、「希望」に着眼することが重要だ。しかし日本の若者は、他国にくらべて希望を持っていない。20代のうち、「希望がある」または「どちらかといえば希望がある」と答えた人の割合は、日本が54.6%、韓国が87.4%、アメリカが88.9%、イギリスが88.1%、ドイツが80.5%、フランスが80.7%、スウェーデンが89.2%となっている(内閣府『我が国と諸外国の若者の意識に関する調査』2013年)。日本の比率は格段に低い。

では、希望を持っていないのはどの層か。20代のサンプルを、性別と「従業上の地位(正社員か否か)」で分けて、グループごとの希望率を計算してみると<表1>のようになる。ここでの分析対象には、在学中の学生は含んでいない。

日本の数値は際立って低く、女性よりも男性、正社員よりも非正社員が希望を持っていない。男性では正社員と非正社員の差が大きく、後者の希望率は3割しかない。性別の役割観が強い日本では、低収入の非正規雇用男性は、結婚などの展望が持ちにくいためだと思われる。まさに「希望格差」だ。

正社員より非正社員の希望率が低いのは他国も同様だが、日本ほどの落差はない。ヨーロッパ諸国では、キャリアが非正規雇用から始まり、徐々に正規雇用に移行していくパターンが主流というが、こうしたキャリアパスの違いにもよるだろう。新卒時に正社員になれるかどうかが重要な日本とは異なる。

「希望が持てない」日本の若者は、自殺率も高い。1990年では主要国で最も低かったが、この四半世紀の間にトップになっている。「失われた20年」は、若者の人生に大きな影を落としている。(後略)【11月30日 舞田敏彦氏(教育社会学者) Newsweek】
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そもそも、若い世代が「今は幸せ」と口にするというのが、私のような古い世代にはなんとも“奇妙なこと”に思えます。

私が若い頃は、若い世代にとって現実世界は矛盾に満ち、自分の受入を拒む“対峙すべき存在”であるという感覚が“常識”でしたので・・・。もちろん、現実世界に飛び込み生きて行かなければならない・・・そこに悶々とした葛藤がありました。

****私達の望むものは****
私達の望むものはあなたと生きることではなく、私達の望むものはあなたを殺すことなのだ
今ある不幸にとどまってはならない まだ見ぬ幸せに今飛び立つのだ
私達の望むものは・・・・【岡林信康「私達の望むものは」】
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コメント

ミャンマー  国軍のロヒンギャ弾圧を黙認するスー・チー政権の限界

2016-11-29 20:56:57 | ミャンマー

(ジャカルタのミャンマー大使館前で25日、スーチー氏のポスターを掲げて抗議するデモ参加者=AP 【11月28日 朝日】)

家屋の焼き打ちやレイプなど 「民族浄化」との発言も
昨夜ミャンマー観光から戻ってきたばかりですが、旅行中の11月24日ブログ“ミャンマー  中国国境での少数民族との衝突 少数民族とも認知されないロヒンギャ”http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20161124でも少し触れたロヒンギャ問題について国際的な波紋が広がっています。

****民族浄化」とミャンマー非難=ロヒンギャ問題で国連当局者****
英BBC放送は24日、ミャンマー政府がイスラム系少数民族ロヒンギャの「民族浄化」を目指していると国連当局者が非難したと伝えた。
 
この当局者は、ミャンマーの隣国バングラデシュでロヒンギャの難民を支援している国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)コックスバザール事務所のマッキシック所長。BBCによると、ミャンマーの部隊がロヒンギャに「集団的懲罰」を実行し、虐殺や性的暴行、略奪を行っていると批判した。
 
バングラには最近、治安部隊と武装集団の衝突で治安情勢が悪化しているミャンマー西部ラカイン州から、ロヒンギャが国境の川を渡って続々と押し寄せているが、バングラ政府は受け入れを拒んでいる。
 
マッキシック氏は「バングラ政府が国境を開くと言うのは極めて困難だ」と指摘。「そうすることで、ミャンマー政府がイスラム教徒の民族浄化という究極の目標を達成するまで残虐行為を続け、(ロヒンギャを)追い出すのを助長することになるからだ」と語った。【11月25日 時事】 
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事の発端は10月、ロヒンギャとされる武装勢力が軍や警察の施設を襲撃し、兵士ら十数人が死亡した事件ですが、これを機に国軍による大規模な掃討作戦が行われ、ロヒンギャ住民の家屋の焼き打ちやレイプなどの被害も報じられています。

****<ミャンマー軍>少数民族との衝突激化 数万人が避難****
ミャンマー西部ラカイン州で軍と少数派イスラム教徒「ロヒンギャ」の武装集団との戦闘が起き、軍が取り締まりを強化している。

これに伴い大量の住居が焼き払われ、レイプ事件も起きたとして国際人権団体は軍などを批判。

一方、北東部シャン州でも少数民族武装勢力との戦闘が続く。両州では数千人が国境を越えるなど数万人が避難し、国連が懸念を深めている。
 
地元メディアによると、ラカイン州では10月8日夜から9日にかけ、バングラデシュとの国境付近の警察施設などが武装集団に襲撃され、警官9人が殺された。武装集団側も7人死亡したが、武器を奪い逃走した。
 
ロイター通信などによると、その後も衝突が続き、軍が取り締まりを強化。ロヒンギャの民家が焼かれたり、女性が強姦(ごうかん)されたりする事件が相次ぎ、少なくとも86人が死亡し、約3万人が家を追われた。バングラ側へ7000人以上が避難したとみられている。
 
政府や軍は住民弾圧を否定しているが、国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウォッチは「国軍は被害地域への立ち入りを認めず、何が起きたか政府にさえ報告していないようだ」と批判する。
 
戦闘で現地には人道支援がほとんど届かず、食料不足とみられる。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)バングラ事務所の久保真治代表は「避難民の流入は今後1、2カ月続くのではないか。国際社会は支援環境を整えるよう働きかけてほしい」と話す。(後略)【11月27日 毎日】
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スー・チー氏 ‟捏造された情報で「不当」な扱いを受けていると「怒り」を表明”】
ロヒンギャ問題の背景には“ラカイン州では人口増加を続けるロヒンギャに仏教徒の住民が危機感を抱き、2012年には双方が衝突して200人以上が死亡。昨年には弾圧を逃れて密航したロヒンギャ数千人が周辺国に漂着した。”【11月27日 産経】ということがありますが、ミャンマーはロヒンギャはバングラデシュからの不法移民であるとして、ミャンマー国民とは認めていません。

仏教徒が多数を占める国民の圧倒的なロヒンギャ嫌悪のため、人権を重視すると見られていたスー・チー氏も身動きがとれない状況です。ロヒンギャに有利な対応を示すと、国民の批判は自分にはねかえってきます。単なる民主化運動の象徴ではなく、今や現実政治家となったスー・チー氏は国民からの批判を招くような行動はとれません。

スー・チー氏がアナン前国連事務総長を委員長に据えたロヒンギャ問題調査の特別諮問委員会も、ロヒンギャに肩入れしているとの住民の抗議行動を招いています。

この状況に、スー・チー国家顧問が実質的に率いる新政権によるイスラム教徒ロヒンギャへの対応をめぐり、国際社会の非難が高まっています。周辺国ではミャンマー政府に対する抗議デモが起き、欧米からは新政権の対処能力を疑う声が漏れ始めています。

国際批判に対しスー・チー氏は、‟捏造された情報で「不当」な扱いを受けていると「怒り」を表明”しているとのことです。

****ミャンマー、ロヒンギャ迫害が深刻化 バングラに避難民数千人が越境 スー・チー氏、批判に「捏造」と反発****
ミャンマー西部ラカイン州で、国軍によるイスラム教徒少数民族ロヒンギャへの迫害が深刻化している。「人権弾圧」との国際社会の声に背を向けるミャンマー新政権の実質的トップ、アウン・サン・スー・チー国家顧問兼外相への批判も高まりつつある。
 
隣国バングラデシュにはロヒンギャの避難民が多数流入。バングラデシュ外務省は23日、ダッカのミャンマー大使に「数千人が越境し、さらに数千人が国境付近に集結している」として事態収拾を求めた。
 
ラカイン州では10月、ロヒンギャとされる武装勢力が軍や警察の施設を襲撃し、兵士ら十数人が死亡した。ミャンマー政府は、パキスタンなどでテロ組織から軍事訓練を受けた男が数百人の集団を率いて襲撃を実行したとして掃討作戦を実施し、「構成員ら約70人を殺害した」としている。
 
国連は、この混乱でロヒンギャ3万人が家を追われ、ロヒンギャが集中するラカイン州北部への15万人分の医薬や食料支援が40日以上滞っていると批判。

ロイター通信によると、パワー米国連大使は17日、安全保障理事会の非公開会議で「ミャンマー政府にこのまま任せるのは危険だ」とし、国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)の現地拠点開設を訴えた。
 
スー・チー氏はこの会議の翌日、米国や欧州連合(EU)などの外交団を呼び、捏造(ねつぞう)された情報で「不当」な扱いを受けていると「怒り」を表明した。
 
ロヒンギャは、掃討作戦と称して国軍に家屋を焼き打ちされ、婦女暴行などの被害も受けていると訴えている。

周辺諸国のミャンマー大使館前では25日、イスラム教徒が抗議デモを実施。マレーシア政府は25日、「民族浄化が疑われる事態を、あらゆる手段で是正すべきだ」とミャンマー政府に懸念を表明した。(中略)
 
スー・チー氏は9月、アナン前国連事務総長をロヒンギャ問題調査の特別諮問委員会委員長に据えたが、仏教徒団体などの反発で状況は改善していない。スー・チー氏としてはロヒンギャ問題が「政権発足から8カ月で最大の試練」(ロイター)となりそうだ。【11月27日 産経】
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ミャンマー政府は、冒頭記事にもあるUNHCR地方事務所長による「民族浄化」発言にも強く反発しています。

****<ミャンマー>政府反発 国連当局者の「民族浄化」発言に****
ミャンマーの少数派イスラム教徒「ロヒンギャ」の避難民が隣国バングラデシュに殺到している問題で、国連当局者が英BBC放送の取材に対し、ロヒンギャの「民族浄化」が進んでいると発言し、ミャンマー政府が反発を強めている。
 
発言したのは、バングラ南東部コックスバザールにある国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の地方事務所長。BBCの報道によると、所長はミャンマー軍が西部ラカイン州でロヒンギャの虐殺や略奪などを続けていると非難。

「バングラ政府は国境を閉鎖しているが、開放は難しいだろう。なぜなら開放すれば、民族浄化を狙うミャンマー政府の虐殺を助長するからだ」と述べた。
 
これに対し、ミャンマー大統領報道官は25日、「国連当局者は正確な事実に基づき発言すべきだ」と反発。26日には駐ジュネーブ国連・国際機関代表部を通じてUNHCRに抗議した。ミャンマー政府によると、UNHCR側は「民族浄化」発言について「公式な立場ではない」と釈明したという。(中略)

だが、メディアなどは現地入りが認められておらず、実態は避難民の話から推測するしかないのが実情だ。

国際人権団体アムネスティ・インターナショナルは声明で「隠すものがなければ、支援団体やジャーナリストのアクセスを認めるべきだ」と指摘している。【11月29日 毎日】
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インドネシア、マレーシアなどでもミャンマー政府批判の抗議行動
スー・チー氏は「捏造」だとしていますが、イスラム国のマレーシア、インドネシア、またイスラム教徒も南部に多いタイなどでは、ミャンマー政府の対応への抗議行動が拡大しています。

****ロヒンギャ問題、ミャンマーに批判 スーチー氏にも矛先****
・・・・「ロヒンギャの虐殺者であるアウンサンスーチーに法の裁きを」。国民の約9割がイスラム教徒のインドネシア。首都ジャカルタのミャンマー大使館前で25日、スーチー氏を非難するポスターを掲げた学生ら200人近くが抗議した。
 
イスラム教が国教のマレーシアでも同日、ロヒンギャ難民を含む約500人が首都クアラルンプールのミャンマー大使館前などに集結。抗議デモはこの日、タイのバンコクやバングラデシュのダッカでもあった。(後略)【11月28日 朝日】
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こうした煽りで、スー・チー氏のインドネシア訪問が延期にもなっています。

****スー・チー氏、インドネシア訪問延期=ロヒンギャ問題と関連か―ミャンマー****
ミャンマーの実質的トップ、アウン・サン・スー・チー国家顧問兼外相がインドネシア訪問を延期したことが28日、明らかになった。AFP通信などが伝えた。
 
AFP通信によると、インドネシア訪問は11月30日から12月2日のシンガポール訪問後の予定だった。ミャンマー外務省幹部は延期の理由について、治安部隊と武装勢力の衝突が続いている西部ラカイン州と北東部シャン州の問題を挙げたという。
 
インドネシアでは先週、ラカイン州でのイスラム系少数民族ロヒンギャに対する迫害に抗議するデモが発生。また、ミャンマー大使館などの爆破を計画した疑いで過激派組織「イスラム国」(IS)の支持者3人が逮捕される事件も起きている。【11月29日 時事】 
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国内的には掃討作戦の国軍への国民支持が高まる 黙認する文民政権「両者の方針は同じだ」】
国際的にも、周辺国からも批判を受けるミャンマーのロヒンギャ対応ですが、ミャンマー国内にあっては国軍のロヒンギャへの強硬姿勢は支持されています。軍の人気・影響力が高まっているとも指摘されています。。

****悪名高き軍がミャンマーで復活****
<スー・チー率いる文民政権誕生から1年。イスラム系少数民族ロヒンギャをテロリストとして攻撃する軍が好感されている>

あれは1年前だった。ミャンマー(ビルマ)の総選挙でアウン・サン・スー・チー率いる国民民主連盟(NLD)が地滑り的勝利を収めると、最大都市ヤンゴン(ラングーン)の同党本部前に詰め掛けた大勢の支持者が歓喜のダンスを踊り、旗を振った。半世紀続いた過酷な軍事政権が終わり、スー・チーが実質トップに立つ文民政権が誕生した......はずだった。

しかし今、この国を統治しているのが誰なのかはっきりしない。嫌われていた軍の人気が急上昇しているのだ。

なぜか。軍が長年悪役に仕立ててきた「敵」が再び頭をもたげ始めたからだ――現実はさておき、少なくとも人々のイメージの中では。イスラム教徒の少数民族ロヒンギャとの戦いを通じて、軍は政治的な力を取り戻しつつある。

ロヒンギャは昔から迫害を受けていて、隣国バングラデシュからの「不法移民」と決め付けられてきた(実際は、何世紀にもわたってミャンマー西部に居住してきたのだが)。最近は、テロ組織ISIS(自称イスラム国)などのイスラム過激派と関連付けられることも多い。いずれは、多数派の仏教徒を人口で上回るのではないかと恐れられてもいる。

ミャンマー軍は最近、ロヒンギャの組織的な武装反乱が起きていると主張している。その主な舞台とされるのが、バングラデシュと境界を接する西部のラカイン州だ。

先月、ラカイン州北部マウンドーの警察施設3カ所が、刀とピストルで武装した集団に襲撃された。警察官9人が死亡し、その後の戦闘でさらに兵士5人が死亡した。

軍の「でっち上げ」説も
政府によれば、武装集団はパキスタンでイスラム原理主義勢力タリバンの訓練を受けたロヒンギャのテロリストだという。根拠とされたのは、身柄を押さえた一部の「実行犯」から(おそらく力ずくで)引き出した証言だ(スー・チーは後にこの判断を撤回した。証言者が1人にすぎず、信頼性に欠けるというのが理由だ)。

その後の軍の動きは素早く、複数の証言によれば残虐なものだった。恣意的な逮捕、村の焼き打ち、司法手続きを経ない殺害、レイプが行われたという批判が上がっている。

それ以来、当局は「イスラムの侵略」に対して警告を発し、仏教徒の民兵勢力への武器供与を約束した。

これが12年の悲劇を再現させるのではないかという懸念が高まっている。同年、ラカイン州で仏教徒の暴徒がロヒンギャの地区を襲い、集落に火を付け、大量殺戮を行った。これにより、多くのロヒンギャが避難民と化した。このときの過激な仏教徒の行動は、地元当局がたき付けたと言われている。

先月のマウンドーの事件後、ラカイン州の仏教徒たちは軍への支持を叫んで行進し、ミャンマーの有力ジャーナリストたちはロヒンギャが軍に「非協力的」だと非難した。

兵士たちが丸腰のロヒンギャを撃つのを見たとニューヨーク・タイムズ紙に語った記者は、後にフェイスブック上で証言を撤回した(どのような圧力があったのかは分からないが)。

ラカイン州の州都シットウェ郊外の難民キャンプで暮らすロヒンギャのリーダー、ヌール・イスラムは、「ロヒンギャの反乱」自体が軍のでっち上げだと言う。「政府の狙いは民族浄化だ。(私たちを)痛めつけ、消し去ろうとしている。

軍のでっち上げを裏付ける証拠はない。しかし、非営利の人権監視団体フォーティファイ・ライツの創設者であるマシュー・スミスによれば、「軍がこの状況を利用して、自分たちに好意的な感情を高めようとしていることは間違いない」。

文民政権も軍を黙認?
襲撃事件への対応で軍の人気が高まっているのを尻目に、目立った対応をしていない文民政権はいかにも無能に見える。実質トップのスー・チー(役職は国家顧問兼外相)も、彼女の側近として大統領を務めるティン・チョーもラカイン州を訪れていない。

「ミャンマーには2つの政府が存在している。文民政権と軍事政権だ」と、国際NGO「人権のための医師団」のウィドニー・ブラウンは言う。国防省や内務省、警察、移民・人口問題省といった重要機関は、今も軍が押さえているのが現状だ。

「国境地帯では軍の影響力が強い」と、ブラウンは言う。「そこへもって反乱への不安が高まっているため、ラカイン州北部は文民政権ではなく軍のコントロール下にある」

それでも、マウンドーの事件の前は、文民主導で平和に向けた動きが前進しつつあった。文民政権は軍の強硬な抵抗に遭いながらも、ラカイン州の宗教対立に関する諮問委員会の設置にこぎ着けた。コフィ・アナン前国連事務総長を委員長とする同委員会は、同州で現地調査を実施し、来年後半に諮問を答申することになっている。

その雲行きが怪しくなってきた。「アナンを委員長に起用したのは、人権侵害に光を当てて、何らかの和解の環境を整えようという意図だったが」と、ブラウンは説明する。「委員会が影響力を持つ可能性は、もともと限られていた。あくまでも諮問機関にすぎないし、最近のラカイン州の動向により、委員会が成果を上げるチャンスが失われた恐れがある」

文民政権が軍に対して無力だという可能性以上に気掛かりなのは、文民政権が軍の行動に暗黙の了解を与えている可能性があることだ。スー・チーがロヒンギャについてどう考えているかは誰も分からないが、問題解決に動いていないとして批判されていることは間違いない。

襲撃事件の後に国営メディアは、軍による人権侵害が横行しているという「でっち上げ」の批判を厳しく非難する意見記事を掲載。民間のジャーナリストたちがテロリストと「グルになっている」と糾弾した。国営メディアを管轄する通信・情報技術省は、文民政権の影響下にある政府機関だ。

大統領府のゾー・テイ報道官はフェイスブックで、英字紙ミャンマー・タイムズの記者を名指しで批判した。軍によるレイプ疑惑を報じた女性記者だ。

その後、記者は解雇されたが(軍事政権時代からの高官である同報道官が同社に直接電話を入れたとされる)、スー・チーの指示で職にとどまることになった。

最近、同報道官は内輪の席で、ラカイン州のロヒンギャをめぐる問題について政府と軍は「協力している」と述べた。「両者の方針は同じだ」【11月29日 Newsweek】
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スー・チー氏がロヒンギャ弾圧に積極的に加担している訳でもなく、行き過ぎにはそれなりに対応はしているようですが、ただ政治家としては結果で評価されます。

国民のロヒンギャ嫌悪を逆撫ですることもできず、国軍の弾圧も阻止できない・・・当初からわかっていたことではありますが、スー・チー政権の限界を示しています。
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中国系航空会社の格安航空券の“チャイナリスク” 乗客サービスへの意識の欠如

2016-11-28 23:16:50 | 中国

(フライト遅延などに怒り暴力行為をはたらく「空怒族」用護身術を習う女性スタッフ ・・・・だそうです。【http://www.toychan.net/archives/2013/08/01_0515.php】)

北京空港 乗継で右往左往
先ほどミャンマーから帰国しました。ヤンゴンのホテルを出てからヤンゴン→北京、北京→関西、伊丹→鹿児島の3フライトを含めて約24時間かかりました。最近は歳のせいか、ちょっとしんどくなりました。

今回は中国国際航空(Air China)を使用しての北京経由でしたが、北京空港での対応の悪さが改めて印象に残りました。

格安航空券の検索サイトで安い順番に並べると、中国系の航空会社が目立ちます。
そのため、これまでも中国系はよく使っていますし、おそらく今後も利用するのでしょう。

ただ、中国系の航空会社を利用する場合、機内食がまずいとかいったどうでもいい話は別にしても、それなりのリスクも計算に入れておく必要があります。

今回、ヤンゴンから北京に到着したのが早朝の6時。
まず、地上スタッフが準備できていないということで、着陸はしたものの機内待機。

その後、乗継便のチェックインが必要になるのですが、これが問題。
乗継カンターには係員が1名しかおらず、「航空会社の人間がいないので、11番へ行ってくれ」とのことで相手にしてくれません。

自分は自分の仕事をするだけで、それ以外にはついては乗客が困っていようが関係ない・・・ととれるような対応でした。

私が理解できないなら語学力の問題ですが、他の欧米系乗客もみな怪訝な様子で、「向こう?あっちへ行けばいいの?」と、よくわからない様子。

仕方なく、乗客の流れで乗継ゲートに向かうと、「向こうでボーディングパスを発行してもらって来い」と追い返されます。

ようやくチェックインをしてくれるらしいカウンターがわかり、皆が向かったのですが、ここも係員は1名だけ。乗継乗客(ほとんどは外国人)の長い列ができます。

こんな調子でチェックインにどれだけ時間がかかるのだろうか?とも心配になったのですが、今回はまだ2時間以上余裕があったので、パニックにならずにすみました。これがもっと切迫していたら、泣きそうになります。

7時頃でしょうか、ようやく別の係員3名ほどがやってきて、ようやくスムーズに流れるようになりました。

早朝の北京空港での乗継で大渋滞した経験は以前にもあります。
そのときは疲れた乗客はカウンター前のフロアに座り込み、難民状態でしたが、係員は仲間同士で楽しくおしゃべりに精を出し、時間を気にして焦りまくる乗客のことなど眼中にない様子でした。

あれから10年ほどでしょうか、年月が経ちましたが、サービス優先の発想は未だに育っていないようです。

【“いつもの”フライト遅延
そんな乗継の問題もあって、ようやく乗継便に搭乗できたのですが、今度は飛行機が滑走路に止まったまま動きません。

「離着陸の飛行機が大変混雑しており、管制塔からの許可が出ない」とのことです。
ヤンゴンからの深夜便で殆ど寝ていないので、機内でうとうとしていましたが、目が覚めてもまだ北京空港で1mも動いていません。

北京、上海の空港の遅延は有名な話です。
これまでもしばしば経験していますが、今回は結局1時間10分遅れの離陸になりました。あやうく大阪での乗り継ぎが出来なくなるところでした。(“回復運行”で、関西空港到着時の遅れは40分ほどに短縮していたせいで、なんとか間に合いました)

やや古い記事では、下記のように北京・上海は世界の空港定刻運航ランキングでワースト1,2位を独占していました。

****世界の空港の定刻運航率、ワースト1、2位を北京と上海が独占―米情報会社****
2013年7月11日、米フライト情報サイト・FlightStatsの最新データによると、世界35カ所の国際空港で最も定刻運航率が低いのは18.30%の北京首都国際空港で、次いで28.72%の上海浦東国際空港だった。シンガポール華字メディア・星島環球網が伝えた。

今年1〜6月の「世界の空港定刻運航ランキング」では、中国の同2空港が常に40%以下を記録し、最下位クラスに居座る結果となった。世界35空港の6月の平均定刻運航率は69.26%で、北京首都国際空港や上海浦東国際空港との差は歴然。FlightStatsの「定刻」とは、実際の離陸時間と時刻表に記されている離陸時間の差が15分以内のことを指す。

実際に中国民用航空局(民航局)のデータでも、国内線の定刻運航率は毎年下降しており、昨年の全国平均定刻運航率は過去5年間で最も低い74.83%だった。

民航局によれば、航空機遅延は悪天候と流れの悪さが原因だという。吉祥航空の王均金(ワン・ジュンジン)会長は「中国の領空は軍が80%を管理しており、民間の航空会社は残りの20%しか使用できない」と嘆く。

だが、中国民航管理幹部学院の鄒建軍(ゾウ・ジエンジュン)副教授は「この統計で使われているデータは完全なものではない」と指摘。「滑走路の順番待ちは大空港ではよくあること。空の使用領域が少ないことが原因ではない。国内の航空機利用率が上昇し、空港建設やフライト増便が間に合わないことにある」と説明している。【2013年7月12日 Record china】
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最近も中国の空港の遅延は相変わらずですが、下記記事では北京空港はワースト5には入っていないようです。

****15年 遅延率上位5位は全て中国****
民用航空データ分析機関のCADASは1月28日、2015年度の世界の定時運航率報告書を発表。世界の空港の平均定時運航率は77.11%だった。また、世界で遅延率が最も高い5空港は全て中国だったほか、遅延率が最も高い航空会社5社のうち2社が中国だった。海南日報が中国旅游新聞網の報道を引用して報じた。

世界で遅延率が最も高い5空港は、杭州蕭山国際空港(47.74%)、南京禄口国際空港(50.12%)、呼和浩特(フフホト)白塔国際空港(52.85%)、上海浦東国際空港(53.39%)、厦門高崎国際空港(54.20%)だった。

遅延率が最も高い航空会社5社は、パキスタン国際航空(59.18%)、エズニス航空(62.52%)、中国聨合航空(65.41%)、フィリピン航空(66.92%)、厦門航空(67.74%)だった。

報告書によると、15年、中国大陸部のフライトの平均定時運行率は前年比1.76%減の64.29%だった。乗客とフライトクルーの離陸待ちの累計時間数は同比20.66%増、機内での平均待ち時間は45分、平均遅延時間は94分だった。

世界で最も定時運航率が高かった5空港は、オーストラリア・ブリスベン空港、日本・大阪伊丹空港、日本・東京羽田空港、日本・札幌新千歳空港、日本・福岡空港だった。また、最も定時運航率が高かった航空会社にも、日本から2社入った。【2016年2月5日 「人民網日本語版」】
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中国と対照的に日本の空港は正確性が際立っています。

北京空港はワースト5からは脱しても、依然としてワースト状態には変わりないようです。

****遅延・欠航雨あられ!中国航空便の定時運行率は世界最悪―中国****
2015年3月21日、RFI中国語版は記事「航空機の遅延・欠航、中国が世界最悪」を掲載した。

航空会社の運航品質などを調査する米フライトスタッツ社によると、世界の主要な61空港のうち、7空港で離陸遅延が目立つという。驚くべきことにこの7空港はすべて中国本土にある。

取りざたされたのは上海虹橋、上海浦東、杭州、深セン、広州、重慶、北京の7空港。上海虹橋の定時離陸率はわずか37.17%。61空港中トップである東京国際空港の89.76%には大きく差を付けられた。

また航空会社別の定時運行率でも中国系は厳しい状況だ。中国当局の統計によると、全体の平均はわずか65%。世界トップのKLMは88.66%で差を付けられている。【2015年3月22日 Record china】
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中国では、このような航空機の遅延に激怒する乗客たちを指す「空怒族」という新語まで登場しているそうです。
そして「空怒族」の暴力行為に備えて、CAは護身術の指導を受けているとも。

中国の空港での遅延の多さは、前出記事もあった「中国の領空は軍が80%を管理しており、民間の航空会社は残りの20%しか使用できない」という問題もあるようですが、基本的には乗客やフライトの増加に対して、施設の拡充が追いついていないことにあると指摘されています。

****中国では飛行機での移動はまるで悪夢、定時到着率は世界最低クラス、その特殊な原因とは?―ドイツ紙****
2016年6月20日、中国の空港の定時到着率が世界最低クラスであることが明らかになったが、その原因は極めて特殊だという。中国紙・参考消息(電子版)が伝えた。

独フランクフルター・アルゲマイネ・ツァイトゥング紙によると、ある日の午前10時、中国東方航空は乗客の携帯電話に「深夜、北京から上海に飛行する予定だった便が離陸できず、離陸までまだかなりの時間がかかる見込み」だと知らせた。

原因は「悪天候のため」とされたが、台風が来ているわけでもなく、北京の上空にはわずかに雲があるだけで、時折にわか雨が降る程度だった。

中国で航空機を使った移動は、とにかく時間を浪費するばかりで、「まるで悪夢」だと記事は指摘する。中国民用航空局によると、2015年の平均遅延時間は21分で、14年よりも悪化。公式資料では、全フライトの3分の1が遅延したとされている。中国の高速鉄道はたしかに混雑も騒音もあるが、大都市間の移動では航空機よりも圧倒的に優れている。

各国航空会社の運航などを分析している米国のフライトスタッツ社が世界188カ所の空港における定時到着率を調べたところ、中国の空港は信頼性のランキングで最低クラスとなった。最も悪いのは杭州空港で、上海や北京の定時到着率も軒並み低い。東京の空港は定時到着率がほぼ完璧だという。

中国の空港の定時到着率が低い原因は、乗客やフライトの増加に対して、施設の拡充が追いついていないことにある。現在、急ピッチで新空港の建設や施設の拡大が図られているが、それでも将来的に状況が改善されるかは疑問だと専門家は見ている。

原因は施設の不十分さだけではないからだ。欠航や遅延がたびたび起こる原因には、「民間航空機の飛行できる空域が狭すぎる」という特殊さもあり、空域が狭いことから、空港の離着陸は渋滞が付きものとなっている。【2016年6月22日 Record china】
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フライトの遅れを天候のせいにするのは万国共通です。
ミャンマーでの遅延については、11月21日ブログ“ミャンマーでのフライト遅延事情について考える”http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20161121でも取り上げました。

遅延するのは中国だけではありませんが、少なくとも中国の状況はミャンマーなど途上国と大差ない状態と言えます。利用客が桁違いに多く、ハブ空港の役割が期待されているだけに、影響も深刻です。

ミャンマーの事情でも指摘しましたが、中国で遅延が減少しない根底には、乗客の不便を解消したいという思いが空港・航空会社スタッフに欠如していることもあるのではないでしょうか。

こうした意識改革があって、はじめて中国は「先進国」とみなされ、中国が切望する「大国」としての尊敬も得られることになるのでしょう。

なお、空港での手続きに時間がかかるのは中国だけではなく、アメリカもテロ対策でとんでもなく時間がかかるようです。
中国同様に利用客の増大に対応が追い付かない、また、非効率さでは中国以上のインドの空港も恐ろしく時間がかかりました。

テロ対策で乗客への要求は増加しています。
今回は日本出国時に、預ける荷物にバッテリーやリチウム電池が入っていないことに関する同意書を要求されました。もし入っていると預けた荷物が北京でストップします・・・とも脅かされ、スーツケースに入れていた予備のデジカメもとりだしました。

とにかく選択の余地がないので、同意書の文面も見ずにサインしましたが、どんな文面になっていたのか、よく見ておけばよかったと後悔。

喫煙者としては、フライトごとにライターを没収されるのも困ります。

乗客になんだかんだ要求するのですから、自分たちもちゃんとした仕事をしてもらいたいものです。

なお、中国での乗り継ぎの場合、イミグレを受ける場所(経由地で受けることも)、手荷物の扱い、入国手続きが必要になることもなど、フライトによって様々で、困惑することも多々あります。
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ミャンマー タクシー半日チャーターで2800円 日本では?

2016-11-27 18:16:26 | 身辺雑記・その他

(チャウタンの“水中寺院”で、悩み事相談に応じているような雰囲気のお坊さん スマホで自撮りしながらの説教で、帰宅後も何度でも再生できる・・・といったところでしょうか)

ミャンマー旅行、最終日 今日は午前中、タクシーをチャーターしてヤンゴン郊外のタニン(比較的大きな寺院があり、遺跡っぽい感じのかつての王様の墓も)と、川の中州に築かれた水中寺院が地元住民の憩いの場ともなっているチャウタンを回りました。

約4時間ほどのチャーターで料金は2800円。日本に比べたら格安です。
大都会ヤンゴンではあまり見かけなくなったようですが、地方ではもっと安いバイクタクシー、トゥクトゥクなども手軽に利用できます。

また、街中には観光客を集めてワゴン車などで郊外観光地を回るようなツアーを提供する旅行社が数多くあって、こうしたものを利用すると格安で観光ができます。

こうした移動手段を格安で利用できることで、行動範囲も広がります。

日本を訪れる外国人観光客は急増していますが、個人でやってくる旅行者は足の確保はどうしているのでしょうか?

バスは料金的には安いですが、地元民以外にはハードルが高い乗り物です。(その路線、本数も減少していますが)

日本国内でタクシーを利用して観光していたら、大変な金額になります。

いつも言うように、“おもてなし”云々も結構ですが、こうした実際面の対応も検討する必要があるかと思います。

ただ、規制が厳しい日本では、そのあたりの規制緩和にもつながる柔軟な対応(安価な白タクを認めるようなもの)は難しいようにも思えますが。

ヤンゴン市内に戻り、路上で簡単に昼食。(中心部には思いのほか食べ物屋さんが見当たらなかったこともあって)

飲み物にしても、食べ物にしても、こうした路上屋台での皿を洗う様子など見ると不安が募りますが、何も見なかったことして、おなかの胃酸を信頼してたべます。どうせ今夜は帰国ですから・・・・

簡単な麺料理が約40円、持ち帰りに買ったクレープ様のデザートが約60円。100円で昼食完了です。

ホテルまでは1.5kmほどだと思いましたので、ホテルカードに係れた通り名を頼りに歩いて帰ることに。
ただ、ヤンゴンは通り名の表示があまりなされておらず、あってもミャンマー語表記。これでは外国人にはまったくわかりません。

ヤンゴンの気温は32~33℃ぐらいでしょうか。
歩いていると汗が吹き出します。

そろそろホテルに近づいたのではと思って、手当たり次第に人をつかまえて通り名を確認するのですが、よくわりません。

多分、方向的には大きくずれてはいないはずですので、とにかく歩きます。日陰を選んで、何人にも尋ねがらで、1時間以上かかってしまったように思います。

ヤンゴンは結構広いし、ワンブロックが長いです。そのせいで距離感が完全に狂っていました。

尋ねても要領を得ないことが多い中で、警官はやはり頼りになります。

汗みどろのゾンビのようになってホテルに到着。
あとは昼寝でもして、夕食後空港へ向かうだけです。

今回旅行もなんとか無事に終わったようです・・・と言うのはまだ早すぎます。これから何が起こるか・・・・。
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ミャンマー  「バス移動」と言っても、これがなかなか大変で・・・・

2016-11-26 23:54:17 | 身辺雑記・その他

(夜のシュエダゴン)

ミャンマー旅行6日目

カイン州の州都パアンから首都ヤンゴンに戻ってきました。
パアンからヤンゴンはバスで6時間ちょっと(休憩・昼食時間をいれると6時間30分程度)です。

今日1日はほとんど移動さけですので、観光的には何もないのですが、勝手がわからない異国での移動はあれやこれや神経を使います。

ヤンゴンでのホテルを予約していないので、ますはホテル探しから。

しかし、WiFi事情が悪く、なかなか検索できません。
なんとかかんとか予約したいホテルのページにたどりつき、「予約にはカードが必要だよね」とカードを探すと見つかりません。

あちこち探しましたがダメです。モウラミャインのATMで使用したのですが、そのときホテルに忘れるなど紛失したのでしょうか?
カード会社に紛失の連絡をしないと・・・・でも、どうやって?ネット検索もままならない状態ですので、いっそのこと国内の姉に連絡して手続きしてもらおうか・・・・

意気消沈してそんなことを考えながら、もう1回バッグを隅から隅まで探すと、ありました。
普段使用しないポケットに入り込んでいました。

「やれやれ・・・・」といったところで、気を取り直してホテル予約を再開。

でも、何回トライしても最後のカード決済のページがクリアできません。
ホテルの場所を示す地図も開きません。

そこで、日本のホテル検索サイトに電話して、電話予約することに。
これでなんとか予約を完了。おおよその場所とホテルの電話番号も聞きました。現場でホテルに電話すれば何とかなるでしょう。

次はバスの手配。
ホテルで確認すると9時の次は午後1時。9時まであと15分ほどしかなく、午後1時の便でお願いしたのですが、ホテルのすぐ近くから乗車できるとのこと。

それなら9時に間に合うかも・・・・大急ぎで荷物を放り込んでチェックアウト。なんとか9時に間に合ったようです。
のや
バスの時刻に合わせて、ホテルスタッフが乗り場へ連れていってくれるとか。こうしたところが、外国人専用と言ってもいい安宿ですが、便利なところです。

でも9時になっても一向にスタッフが来ません。どうなっているのだろうかと不安。ホテルに確認しても「大丈夫。そこで待ちなさい」とのこと。

9時15分頃にホテルをようやく出発。確かに歩いて1~2分のところでバスを止めて乗り込むようです。
でもなかなかバスが来ません。「もう行ってしまったのでは? だから、もう少し早く出たほうがよかったのでは・・・」と恨めしく思いながら20分ほど待ったところでバスが到着。9時というのはバスセンターを出発する時刻だったのでしょう。

朝からすいぶんバタバタしましたが、なんとかヤンゴン行きのバスに乗り込みました。エアコン付きの快適なバスです。

3時間ほど走って、昼食休憩。
大きなドライブインみたいなところで、食事をどうやって頼めばいいかわからず、トロトロしていました。
店の女性に、ランチが食べたいと身振り手振りを含めて伝えると、了解してもらえたようです。

外人用に決まったメニューがあるようで、特に注文することもなくフライドヌードルが出てきました。
これで昼食もクリア。

あとは一気にヤンゴンまで。
3時半頃、ヤンゴンのバス・ステーションに到着。

これでヤンゴンに着いたと思ってはいけません。
だいたいどこの国も長距離バスのステーションは郊外にあって、市内へ更に移動する必要があります。
特にヤンゴンのバス・ステーションは空港より遠い郊外にあって、バスで1時間、渋滞にはまると市内まで2時間近くかかります。

それは仕方ないとして、市内行きのバスにどこで乗ればいいかわかりません。

タクシーの客引きはしきりに声がかかるのですが、意地でもバスで行こうと、7~8人に聞きながらバス乗り場を探します。

乗り場もわかって、バスの路線番号もわかったのですが、ミャンマーの数字が判読できませんから、誰かに教えてもらう必要があります。

若い男性が教えてくると言っていたのですが、彼が乗るバスが先に来て、近くの売店の女性に引き継がれました。
女性は迷惑そう。


そんなこんなしているとき、市内行きの乗り合いワゴン車(ピックアップ)がやってきました。
女性も「これに乗れば」と言いますので、料金も日本円で100円ほどとタクシー(800円~1000円程度)に比べると格安ですから、このピックアップで行くことに。

ただ、この手の車は一定の乗客が集まらないと出発しません。
なかなか客が集まらずしばらく止まっていましたが、あきらめてスタート。ただ、行く先々のバス停で止まって呼び込みをします。

バスより快適で、料金もそんなに高くないのはいいのですが、これではいつになったら市内に着くのやら・・・ト
イレにも行きたくなったし・・・・

そのうち何とか順調に走りはじめ、1時間あまりで市内のランドマークでもあるスーレー・パゴダに到着。

ここからホテルの場所を探さないといけません。
さすがに、もう歩き回る気力はなくなっており、タクシーを拾って目指すホテルへ。


一言で「バス移動」といっても、なれないとこれだけの右往左往が必要になります。
なんだかんだ言っても、今日は極めて順調に移動できた方でしょう。

費用的にも、6時間のバスが500円、1時間の乗り合いワゴン車が100円、市内タクシーが300円ということで、リーズナブルな金額に収まったと言えます。

朝から慌てていたので、パアンのホテルのキーを返さずにもってきてしまいました。
ヤンゴンのホテルで、費用は払うのでパアンに送ってもらえないか頼んだのですが、「いくらかかるかわからない、作り直した方が安くつくのでは、そのまま持っていたら?」とのこと。

自分で明日郵便局から送ろうかと思ったのですが、明日は日曜日でした。残念。

ホテルチェックインを済ませるとすでに真っ暗。
夕食を食べたあと、とりあえずシュエダゴン・パゴダに“挨拶”に行ってきました。

ヤンゴンと言えば、やはりシュエダゴンです。ここを素通りはできません。
昼間の暑い時間帯より、夜の涼しい時間の方が参詣も楽です。
シュエダゴンはいつもの大賑わいでした。
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ミャンマー パアンで爆走 激安トゥクトゥクツアー

2016-11-25 23:10:38 | 身辺雑記・その他

(パアン それなりに印象的な「チャウ・カラット」)

ミャンマー旅行、カイン州の州都パアン2日目

今日はホテルに依頼したトゥクトゥクでパアン近郊のスポットを回りました。

料金は1台3万チャット(約3000円)で、参加者は1名なら全額を、複数参加の場合は人数で均等割りになります。

1名貸し切りでもいいかな・・・とも思っていたのですが、私以外に5名の欧米人が参加し、一人当たりは5000チャット、約500円というタダみたいな格安ツアーです。(入場料は各自負担)

ただ、ガイド等の案内は一切なし。トゥクトゥクのドライバーは全く英語を理解しませんので、着いた場所では「ここはどこだろう?」というところから始まります。

英語が苦手な私としては、この手の欧米人との混載ツアーはあまり好きではないのですが、なにせタダ同然ですから・・・。

回るスポットは、幻想的・印象的な風景でパアン人気を最近高めている「チャウ・カラット」のほか、数カ所の洞窟寺院などです。

「チャウ・カラット」については、11月20日ブログで、某旅行会社サイトの写真を紹介しました。
あの写真のように朝もやだか夕餉の支度の煙だかがたなびく光景ではなく、強い日差しが照りつける平板な光景です。また一人たたずむ僧侶ではなく、大勢の観光客が溢れています。

それでも、冒頭写真のように印象的な風景ではあります。

この「チャウ・カラット」の奇岩もそのひとつなのでしょうが、パアン周辺は中国・桂林のように岩山があちらこちらにニョキニョキしており、その岩山には鍾乳洞が穿たれています。そしてその洞窟には寺院がつくられていますので、あちこちに洞窟寺院が点在しています。

観光資源としては、モウラミャインもパアンも相当に高いレベルにあるように思えます。

ミャンマー全体としても、バガンの息をのむような圧倒的光景を筆頭に、ヤンゴンの壮麗なシュウェダゴン・パゴダ、古都マンダレー周辺のユニークな寺院、インレー湖周辺など素晴らしいものがたくさんあります。

よく「あちこち旅行して、どこが一番よかった?」と答えようのない質問を受けるのですが、面倒なので「ミャンマーなんかいいですよ。まだ日本人観光客もそんなに多くないですし」と答えることにしています。

それはそれで間違いないのですが、ミャンマーの道路事情はまだこれからです。
今日のパアン近郊トゥクトゥクツアーは恐ろしくタフなコースでした。

幹線道路は舗装されていますが、奥まった洞窟寺院に行く道は未舗装が少なくなく、そこをバイクで荷台を引っ張るようなトゥクトゥクで走るのでしから大変です。

振り落とされるようなロデオ状態で、屋根のむき出しのパイプに何回頭をぶつけたことか。
少ない脳みそが頭蓋骨のなかでシェイクされ、脳震盪でも起こしそう。

手すりを握る腕も、踏ん張る足も痛みます。

そんな状態で一日走りまわり、本当に疲れました。
ブログなんか書きたくない疲労困憊状態です。

電力事情の悪さも相変わらずのようです。
ホテルは自家発電を備えていますので、問題はないとも言えますが、通常電力と自家発電の切り替えタイミングなのでしょうか、さっきからときどき瞬間的にブラックアウトします。

インターネットを使っていると、そのたびに回線が切断され、回復の手間がかかります。

ミャンマーの人たちは、高い所、奇岩、洞窟を見ると仏塔・寺院をつくりたくてたまらない・・・・そんな性分のようです。

それでもまだ作り足りず、寺院建設の寄付集めなどが行われていますが、「そんなお金があるなら、発電所をまず作ったら?」というのは、昔から私が感じる意地悪な疑問でもありますが、寺院と発電所のどちらが人々の生活を豊かにするかは、非常に深遠な問題でもあります。

今日はとにかく疲れたので、これでおしまい。
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ミャンマー  中国国境での少数民族との衝突 少数民族とも認知されないロヒンギャ

2016-11-24 20:50:27 | 身辺雑記・その他

(タンルウィン川をボート移動中に目にした警備艇 10年前はこんな写真を撮ったらトラブルになりました。今でもよくなかったかも・・・・)

ミャンマー旅行4日目
モン州の州都モウラミャインからカイン(カレン)州の州都パアンへ移動。

移動と言っても、この2都市は非常に近く、バスでも2時間ほど。
バス移動を予定していましたが、昨日見つけたボートを利用してタンルウィン川を遡ることにしました。

数名しか乗れない小舟ですが、自動車から取り外したソファが置かれ、リクライニング状態の快適さです。
途中1時間ほどの観光を含め4時間でパアン到着。

州都とは言うものの、随分と小さな田舎町のように見えますが、ボート乗り場やホテル周囲がそういうエリアで、もっと都市っぽいエリアがほかにあるのでしょう。

ここ数日のメディア情報を見ると、ミャンマー関連では、北東部シャン州の中国国境付近における少数民族武装組織と政府軍の衝突が報じられています。

****武装勢力が軍・警察攻撃、8人死亡・・・・ミャンマー****
ミャンマー北東部シャン州で20日、少数民族の武装勢力が国軍や警察の拠点を襲撃し、民間人を含む8人が死亡、29人が負傷した。
 
同国政府によると、カチン独立軍(KIA)などの3組織が未明から明け方にかけ、軍の駐屯地や警察署に攻撃を仕掛け、橋を爆破するなどした。現場は中国との国境付近で、戦闘を恐れた住民がミャンマーから中国側に避難した。
 
ミャンマーのテイン・セイン前政権は昨年10月、8組織と停戦協定を締結したが、KIAなどは参加しておらず、和平の前提となる全土停戦は実現していない。
 
中国外務省の 耿爽 ( グォンシュアン )副報道局長は21日、ミャンマーとの国境近くで住民1人が流れ弾に当たって腕を負傷したと明らかにした。現地当局は、ミャンマーからの避難民を保護し負傷者を手当てしているという。【11月21日読売】
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カチン独立軍(KIA)、タアン民族解放軍(TNLA)、ミャンマー民族民主同盟軍(MNDAA)の三つの少数民族武装組織が20日未明以降、シャン州北部にある政府軍や警察の施設、橋などに相次いで攻撃を加えたとのことで、一部の戦闘地域からの流れ弾が中国領内に着弾し、中国人住民1人が腕を負傷したと中国メディア環球時報が伝えています。【11月22日 Record chinaより】

中国軍も警戒態勢を取っていると報じられています。中国国境での中国を巻き込んだ衝突は、中国系コーカン族が組織する「ミャンマー民族民主同盟軍(MNDAA)」による衝突など、以前からみられるもので、今回に限った話ではありません。

スー・チー国家顧問は全組織を網羅した全国的停戦合意に意欲を示していますが、カチン独立軍(KIA)などは未だ強硬なようです。あるいは、今後の停戦交渉へ向けたアピールでしょうか。

“ミャンマーは人口の約7割をビルマ族が占めるが、ビルマ族以外にシャン族やカレン族など大小135の民族が存在する。その多くは中国やタイ、インドなどの国境周辺の山岳地帯に暮らしている。ミャンマーが英国から独立した1948年以来、中央集権的な統治体制を敷いたビルマ族に反発した少数民族が武装闘争を展開してきてきた。”【2015年10月16日 Cilsien – ASEAN Info Clips】

少数民族問題は、密貿易などの経済利権をめぐる争いであるとも言われています。

衝突があった中国と接するシャン州は、現在私がいるカイン州からは遠く離れています。
カイン州はタイと国境を接し、対タイ交易が盛んなようです。

(モウラミャインのホテルのWiFi環境もよくなく、ページを開くのに2回、3回トライしないといけないといった具合だったのですが、パアンのホテルはもっとひどく、室内ではお手上げ状態です。フロント付近ならなんとか使えるのですが、椅子は固いし、蚊はいるし・・・・そんな事情で、情報検索も必要最小限ですますしかない状況です。)

以前はカイン州も、カレン民族同盟(KNU)、その軍事組織であるカレン民族解放軍(KNLA)が、国内では最大規模の勢力を擁して政府軍と対峙していました。

****カレン民族同盟****
カレン民族同盟(KNU= Karen National Union)は、ミャンマー(ビルマ)の反政府運動政治組織。ミャンマーの反政府武装組織としては最大の規模を誇り、ミャンマーとタイ国境地域に解放区・コートレイ(Kawthoolei)を持つ。

1948年のミャンマー独立以降、ミャンマー(ビルマ)連邦政府と軍事衝突を含む敵対関係を続け、その過程で軍事部門としてカレン民族解放軍(KNLA)を結成している。

KNUは1976年から2000年までボー・ミャ議長が最高指導者として君臨していた。KNUの主な活動資金源は、ミャンマーとタイの国境地帯で闇市場での密貿易を管理することによって得ていた。

1988年軍事政権に対する反政府暴動後、ミャンマー軍事政権は中国に接近し援助を得たことで軍事力を強化した。これに先立つ1992年から軍事政権は少数民族武装勢力へ停戦か戦闘継続かを選択させ、多くの少数民族と停戦に合意していった。

1994年に連邦軍の攻勢により、KNUの勢力圏は縮小した。また、KNLAの一部の仏教徒兵士は、民主カレン仏教徒軍(DKBA)を称し、軍事政権側へ離反した。

連邦軍の攻勢後もKNUとKNLAはゲリラ部隊を作り連邦軍との間で武装闘争を継続するとともに、ミャンマー・タイ国境地帯に根拠地を設営し一定の支配領域を確保した。現在、タイ国内の難民キャンプには内戦を逃れた約12万人のカレン民族が生活している。

軍事政権(国家平和発展評議会)との間で和平交渉を継続していたが、2012年1月12日に停戦合意に至った。これは米国などが経済制裁解除のための条件として民主化などとともに少数民族との停戦を挙げており、テイン・セインのもとで軍事政権が方針を転換したことによる。現在はビルマ連邦国民評議会に参加している。【ウィキペディア】
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テイン・セイン政権は2015年10月15日首都ネピドーにて、停戦合意を模索していた少数民族武装勢力のうち8組織との停戦協定署名を行いましたが、カレン民族同盟(KNU)も民主カレン仏教徒軍(DKBA)もその中に含まれています。

ただ、カレン民族同盟(KNU)と政府軍の関係が実際どのようなものなのかは知りません。

今日、ボートでパアンに向かっていた際に、パアンも近くなったあたりで、のどかな周囲の景色とは場違いな、ものものしい銃座をしつらえた比較的大きな警備船を見かけました。

何を対象とした警備船でしょうか?タイとの非合法交易でしょうか?タンルウィン川はタイとの国境を流れ、遡るとシャン州を経て中国に至ります。

タイ北部、ラオス、シャン州、中国雲南省が接するこのエリアは、第2次大戦後、国民党勢力が一時支配していたり、麻薬組織が実効支配したりと、歴史の表側とは異なるものが蠢くエリアでもありました。

ホテルチェックイン後、バイクタクシーで近場の観光スポットに向かった際には、自動小銃を手にした男性数名を乗せたピックアップが追い抜いていきました。(いわゆる軍服ではありませんでした)
ドライバーに「あれは政府軍か?」とも尋ねたのですが、回答内容は理解できませんでした。

のどかな風景とは異なるそんなものを見かけたこともあって、ミャンマーの少数民族問題が改めて気になった次第です。

中国国境沿いでもめている勢力は、ミャンマー国民としての少数民族と認識されていますが、少数民族とも認知されていない、つまりミャンマー国民とは認められていないのが、西部のラカイン州に暮らすロヒンギャです。

ロヒンギャの問題は再三取り上げてきたところですので、WiFi事情もよくない今日はパスします。
関連記事が1件だけ。

****米欧、ミャンマーの危機対応に懸念 少数民族襲撃めぐり=情報筋****
米欧各国はミャンマー北西部で続く暴力行為をめぐり、アウン・サン・スー・チー政権の対応に懸念を強めている。米国のパワー国連大使は、ミャンマーが自力で危機に対処できない可能性があると、外交官らに非公式に警告した。

北西部ラカイン州では、治安部隊によるとみられる襲撃で、イスラム系少数民族ロヒンギャ数百人が隣国バングラデシュの国境沿いに逃走した。

パワー大使は、米国の要請で17日にニューヨークで開催された安全保障理事会の非公開会合で懸念を表明した。

会合について説明を受けた2人の外交官によると、パワー大使は「ミャンマーに独力で改革への道を歩ませるという国際社会の当初の熱意は、現時点では危険だと思われる」と述べたという。

情報筋によると、スー・チー氏は首都ネピドーで翌日開かれた外交官らの会合で、ミャンマーが不公平に扱われていると発言。一方、支援を見直しや治安部隊の権利乱用に関する調査に着手することに合意したという。【11月24日 ロイター】
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「ミャンマーに独力で改革への道を歩ませるという国際社会の当初の熱意は、現時点では危険だと思われる」というのは、ミャンマー政府・軍に任せていたらとんでもないことになる・・・という懸念でしょうか。

かねてより、ロヒンギャ弾圧は国軍・警察なども加担して行われていると言われています。
彼らしてみれば、ロヒンギャはミャンマー国民ではなく、不法侵入者にすぎませんから。

圧倒的な反ロヒンギャ感情が国民にあるなかで、スー・チー氏もなかなか身動きがとれない問題です。
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ミャンマー  旧日本軍とのかかわり 泰緬鉄道建設のミャンマー側起点タンビュッザヤ

2016-11-23 19:56:16 | 身辺雑記・その他

(タンビュッザヤ「死の鉄道博物館」敷地内に置かれたC56形蒸気機関車と旧日本軍兵士と思われる人形)

ミャンマー・モン州の州都モウラミャイン3日目

今日は、山頂のがけっぷちに落ちそうで落ちない微妙なバランスで鎮座している大きな岩を祀ったアラボー・パヤーを見学したのち、市内に戻ってマーケットや博物館を一人でブラブラ・・・といったメニューです。

ホテルではブログを書いたり、情報集めのほか、時間があればテレビを眺めることもあります。
もちろん現地語ですから内容はわかりません。

それでも、ドラマであれば現地生活の様子とか、CMであれば現地の人が憧れる生活の一端が窺えたりして、結構面白いこともあります。

イスラム圏であれば、CMに出てくる女性はほとんどスカーフをしていなかったり、ドラマの中の慎み深い役柄の女性はスカーフをしており、悪役の女性はしていなかったり・・・・とか。

昨夜もチャンネルを切り替えていると、日本語が聞こえてきました。
ミャンマーのドラマで、第2次大戦中の農村が舞台のようです。

内容はまったくわかりませんが、日本語が多少できる男性が村にいて、若い別の男性にも日本語を教えたりしています。

そこへ日本軍がやってきます。日本語がわかる男性と若者は日本軍の協力者みたいになって、日本軍に抵抗する家族や他の村人と対立します・・・・なんだか、そんな状況のようでした。

日本軍は徹底して残忍に描かれています。
村の女性に襲いかかる日本兵も。ただ、若い妹がいるという日本軍指揮官はそうした暴行を許さず、襲った兵士を射殺したりも。

低予算の学芸会に毛のはえたような程度のドラマですから、日本軍の描写など恐ろしくマンガチックです。
別にそれをとやかく言うつもりもありませんし、日本軍の暴虐・残忍さについても、実際いろいろと侵略行為もあったのも事実ですから、それについてもとやかく言うつもりもありません。

反日ドラマと言うと中国や韓国のものが思い浮かびますが、中国・韓国だけでなく、旧日本軍の侵略は広く東南アジア全体に及んでいますので、こんなドラマもできるのでしょう。

見ていて何とも気になったのは、日本軍指揮官と日本語わかる村の男との会話は日本語でなされるのですが、指揮官役の役者さんの日本語がひどくて、ほとんど意味がわからないぐらいだったこと。また、指揮官の部屋に日本語とおぼしき漢字で書かれた壁掛け・掛け軸などが飾ってあるのですが、これも判別できない代物だったことなど。

ミャンマーにも日本人も大勢いるわけですから、いくら低予算ドラマとはいっても、もう少し日本語っぽくしてほしかった・・・。
(指揮官の妹役の女性の日本語は、比較的上手でした)

現実の話にもどると、ミャンマーを旅行していると、あちこちで旧日本軍関連の慰霊碑とかお寺などに出くわします。

マンダレーを旅行した際に訪れたザガインの丘にはインパール作戦関連の慰霊碑なども。
(「ミャンマー2007・・・ザガイン 慰霊碑のたつ丘」http://4travel.jp/travelogue/10118893

旧日本軍とミャンマーのかかわりで言えば、ビルマとタイを結ぶ泰緬鉄道建設の歴史もあります。

****泰緬鉄道*****
泰緬鉄道(たいめんてつどう)は、第二次世界大戦中にタイとビルマ(ミャンマー)を結んでいた鉄道。旧日本陸軍によって建設・運行されたが、戦後連合国軍によって部分的に撤去され、現在はナムトックサイヨークノイ停車場で途切れている。

日本軍の公式名称は泰緬連接鉄道。英語名称は「Thai-Burma Railway(またはBurma Railway)」だが、大量の死者を出した過酷な建設労働から英語圏ではむしろ「死の鉄道(Death Railway)」の名で知られる。(中略)

建設の作業員には日本軍1万2000人、連合国の捕虜6万2000人(うちイギリス人6904人、オーストラリア人2802人、オランダ人2782人、アメリカ人133人の合計1万2621人が死亡)のほか、募集や強制連行による「ロウムシャ」と呼ばれた労働者 ➖ タイ人数万(正確な数は不明)、ミャンマー人18万人(うち4万人が死亡)、マレーシア人(華人・印僑含む)8万人(うち4万2000人が死亡)、インドネシア人(華僑含む)4万5000人が使役された。

建設現場の環境は劣悪で、特に工事の後半は雨季にもかかわらずさらなる迅速さが要求され、食料不足からくる栄養失調とコレラやマラリアにかかって死者数が莫大な数に上り、戦後に問題となった。

犠牲者数は日本側とタイ・ミャンマー側の調査で食い違いが出るが、総数の約半分と言われる。

特に、巨大な一枚岩を掘り下げるなどしたヘルファイアー・パスと呼ばれる箇所や、断崖絶壁に沿わせるように木橋を建設したアルヒル桟道橋など未開発の地帯では、工作機械不足と突貫工事による人海戦術のため死者が多かったという。

こうした労働者の多大な犠牲のもと、当初5年は掛かると言われた建設が翌年10月には完成した。【ウィキペディア】
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犠牲者数やその実態については、南京事件など同様にいろいろの意見もあるところでしょう。

1979年に、泰緬鉄道で使用されていた2両のC56形蒸気機関車が帰還を果たし、その一両は東京・九段の靖国神社内の遊就館に保存されています。

日本側では靖国神社に奉納された戦果であり、ミャンマー・タイ・連合国側にとっては「死の鉄道」であるという加害者・被害者間の落差に、日本側も十分に留意する必要があると考えます。他の類似の戦前・戦中の出来事同様に。

昨日訪れたタンビュッザヤは、泰緬鉄道建設のミャンマー側起点であり、「死の鉄道博物館」があります。

また敷地内にはジャングルに埋もれていたC56形蒸気機関車も展示されています。

博物館から5kmほど離れた場所には、鉄道建設などで犠牲になったミャンマー人労働者を慰霊した「ジャパンパゴダ」も。

慰霊碑には「泰緬連接鉄道完成之秋ニ方リ 碑ヲ「タンビザヤ」ニ建テ 緬側人柱之霊ヲ慰ム」の文言が、緬側建設部隊長 佐々木陸軍大佐の名前で記されています。

碑の建設は昭和19年2月、当時においても日本軍兵士犠牲者だけでなく、現地労働者の犠牲に対する思いが軍内にもあったと思われ、やや救われた感も。

連合国軍捕虜は・・・という思いもありますが。

なお、連合国側兵士については、これも博物館近くに、公園様にきれいに整備された戦没者墓地が作られています。

戦後の捕虜虐待に関する裁判において、弁護側は“俘虜を使用しての工事の決定・計画は大本営が決めたことで現地部隊は決定に関与していないこと、鉄道建設使役者の健康に対して適切な注意と保護ができなかったのは、雨季が例年より早く到来して交通が途絶し、コレラが突発的に発生したためで、医薬品や食糧の欠乏も故意に行ったわけではないこと、また全体的に不足していたのであって、捕虜に対して差別的な扱いをしたわけではないことを主張した”【ウィキペディア】とのことです。

なお、“戦犯裁判は、連合軍の俘虜の虐待・虐待致死についての裁判であり、アジア人労働者の虐待に対する裁判はどこの国によっても行われていない”【同上】とも。

「死の鉄道博物館」展示品によれば、スー・チー氏の父アウン・サン将軍は、1946年12月にタンビュッザヤで行われた泰緬鉄道建設従事を強制され亡くなった犠牲者を悼む慰霊際において「So long as injustice and oppression and exploitation of man by man and naition by nation continue the world must come time and again to fall into the grips of Nemesis」と語っているそうです。Nemesisとはギリシャ神話の「復讐の女神」とか。
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ミャンマー  日本製中古車輸入による、右側通行の右ハンドル問題

2016-11-22 22:21:49 | 身辺雑記・その他

(ミャンマー 海中に突き出した“水中寺院”チャイッカミッ 厳島神社のミャンマー)

ミャンマー東部のモン州の州都モウラミャイン二日目。

昨日は市街地背後の丘陵部に点在するいくつかの寺院をまわり、夕方には、そのひとつの寺院境内からの夕日を眺めました。

今日は、郊外に足を延ばし、海中に突き出した“水中寺院”チャイッカミッ、旧日本軍が現地労働者や連合国軍捕虜を使って建設した泰緬鉄道のミャンマー側起点タンビュッザ、おそろしく巨大な涅槃仏ウィンセントーヤなどを回ります。

昨日から明日までのモウラミャインでの観光は、昨日、日本円が両替できるところを探して市内を歩いていた際に見つけた(あるいは、見つかった)ところで“丸投げ”してあります。

バイクの後ろに乗ってまわる形なら半額ですむと勧められましたが、近場移動ならともかく、3日間バイクの後
ろというのは、お尻は痛くなるし、振り落とされないように台座をつかむ手は痛くなるし、暑い中でかぶるヘルメットは不快だし、ほとんど拷問です。高くてもいいからと車にしてもらいました。

その車というのが、軽トラックでした。
私は助手席に座り、ガイド役のくだんの男性は荷台に乗る形です。(屋根はついていますし、日よけのカーテンもあります)

別に私は軽トラックでもなんでもかまいませんが、バイクをしきりに勧めたのは自分が荷台に乗りたくなかったせいかも。

ドライバー氏は、「この車は日本製だ。日本車はグッドだ」と。
私も「それは、ありがとう」と適当に話を合わせていたのですが、日本製中古車ですから右ハンドルです。
ミャンマーは日本とは逆の右側通行です。

昔は、イギリス植民地の名残で左側通行だったようですが、1970年に当時のネ・ウィン政権が旧宗主国の英国の名残を消そうと、自動車通行を左側から右側へと変更したそうです。

右側通行の右ハンドルですから、日本国内の左ハンドル外車と同じで、追い越しなどのとき非常に見づらそうです。大きなトラックなど追い越す際は、車も半分ほど対抗車線に乗り出し、ドライバー自身も助手席側に体を寄せて・・・といった感じです。

日本製中古車が溢れているのはミャンマーだけではありません。
東南アジア各国で車体に日本語で会社名などが書かれた車がたくさん走っています。(優秀な日本車の証として、あえて消さないそうです)

今までも東南アジアでの多くの旅行で同様体験をしていたはずですが、通常は後部座席に座っていましたので気がつきませんでした。

「日本車はグッド」はいいけど、なんだか危なそうだね・・・とも感じたのですが(私は原付免許しか持っていませんので、車のことは全くわかりませんが)、よく見ると(見るまでもないことですが)走っている車はほとんど全部が右ハンドルです。

ということは、ミャンマーの車のほとんどが日本製中古車の右ハンドル車ということになります。
暇なので、対向車のハンドルを確認していたのですが、左ハンドルは10台に1台もいません。

ホテルに戻ってから確認したところ、ミャンマー国内の新車販売台数はまだ2000台(2014年)ほどで、ミャンマー国内の自動車販売台数の95%以上が日本からの輸入中古車販売となっているのが現状のようです。

****登録車の9割以上*****
ミャンマーでは軍政時代、欧米による経済制裁が強まると、自動車の完成車はもちろん部品輸入も制限された。

このため、既存の車を修理したり、わずかな輸入車を大事に使ってきたりした。なかでも日本の中古車は、20~30年前の車でも整備を怠らなければ走り続けた。

そうしたことがミャンマーでの日本車人気につながった。現在、登録車数(二輪など除く)約50万台の9割以上が日本車だ。【2015年5月29日 SankeiBiz】
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通常、自動車輸出については新車が議論の対象となり、シェアをめぐる各国メーカーが熾烈な争いをしている訳ですが、ミャンマーなどにあっては、車イコール中古車であり、中古車ビジネスが巨大な市場を形成していると思われます。

そこから生じる利益も巨額なものになります。

右ハンドルについては“慣れたら問題ない”との声もあるようですが、やはりこの右側通行・右ハンドル問題は安全対策のうえでミャンマー政府においては大きな問題となっているようです。
現在は、新車の乗用車とバスについては左ハンドルでなければ輸入できませんが、それ以外は右ハンドルでも構わないことになっています。
ミャンマー政府は、左ハンドルの韓国車や中国車のディーラーに優遇措置を与えるなどして、左ハンドル車の普及を進めていますが、中古車輸入についても右ハンドルを禁止したい意向で、実際に法規制も行われています。

しかし、膨大な右ハンドル車の存在、そこに絡む販売業者の反対などもあって、右ハンドル規制は迷走しているようです。優秀な日本車への人気が厄介な問題を生んでいるようにも。

****中古車天国ミャンマーの今後の動向****
2018年からミャンマーで走れる自動車は左ハンドルのみにしようと政府が動いていたが、2015年12月19日に突然右ハンドル規制が出された。内容は2016年4月以降に新しく自動車を輸入する場合は左ハンドルしか認めないというものであった。

一方で、元々所有していた自動車を買い替える場合は右ハンドルが可能であり、ミャンマー国内の中古車価格が上がった。

しかしながら中古車業界の圧力によって、2016年1月7日に再度ひっくり返り、元の右ハンドル自動車が輸出できる状況に戻った。

これは現政権の計画であり、市場が混乱する結果となった。NDLの政権は4月からスタートする。自動車は税収面でのインパクトが強く多くの利権が絡むため不明な部分は多い。【川崎大輔氏 「都市から地方へシフトするミャンマー中古車流通」】
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右ハンドル輸入OKは“自動車基本政策策定委員会は、左ハンドル車の輸入規制の導入前に移行期間を設けることを明らかにし、規制により車輸入関係者が損害を受けないよう、左ハンドル車だけでなく右ハンドル車も輸入できる移行期間を6カ月~1年設けるという。”【3月2日 「左ハンドル車のみとする輸入規制が移行期間の設定に」http://www.credo-biz.com/?p=6663】ということで、“当分の間”の措置とも。

“当分の間”がずるずる続くというのは、よくある話ではありますが。

関係業界からは、いっそのこと左側通行に戻した方がいいのでは・・・との声もあるようですが、それはそれでまた大変なことです。

右ハンドル車問題以外にも交通安全対策としては問題が山積しています。
首都ヤンゴンはともかく、人口30万人ほどのモウラミャインでも信号はほとんど見かけません。(まったくない訳ではありませんが) 当然ながら、歩行者は勝手に道を横断します。

ミャンマーだけでなく東南アジア各国を旅行して、非常に危ない・怖い思いをするのがこの道路横断です。

特に、ミャンマーの自動車普及は他の国々から遅れており、これから急速に加速すると思われます。
(そもそも、日本中古車が急激に増加したのも、民政移管後の規制緩和によるもので、2012年頃からのつい最近の話のようです)

早急な対応が必要とされています。先延ばしにするほど問題は深刻化します。
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ミャンマーでのフライト遅延事情について考える

2016-11-21 21:28:20 | 身辺雑記・その他

(11月21日 夕日見物のポイント、モウラミャインの「チャイタンラン・パヤー」境内から、大河タンルウィン(サルウィン)川越しに、沈む夕日を眺める)

昨夜(20日)遅くミャンマー・ヤンゴンに到着。

市内には入らず、空港近くのホテルで“仮眠”して、早朝のフライトでモンラミャインへ移動。

フライトが朝の6:45ということで、5時前に起きて準備します。

ミャンマーのフライトは朝が早いです。いくつかの都市を回る形が多いので、出発も早くなるのでしょうか。
あるいは、単にミャンマーの人々が朝が早いということでしょうか。

ミャンマーの空港は昔と比べると随分と新しくなりましたが、ゲートに出発便の表示がなく、アナウンスと便名を書いたプラカードを持った係員が待合室を歩き回って、ボーディングの案内をするスタイルは相変わらずです。

アナウンスがあるといっても、現地語だか英語だか判別できないようなもので、勝手がわからない外国人にとっては、自分の便がいつ呼ばれるのかよくわからない不安な空港です。

朝の6時台は混雑のピークで、次々に“呼び込み”が行われます。

気合を入れて早起きし、“呼び込み”を待っていたのですが、定刻を過ぎても案内がありません。
何回か係員に尋ねて、どうやら遅延しているようです。

こうなると、更に訳がわからなくなります。
何時になるかなんて教えてくれませんので、ひたすら待つしかありません。

不安なことと、自分をアピールして置き去りを防ぐために、しつこく係員に「まだか?」尋ねます。

結局、2時間以上の遅れで、なんとか飛びました。キャンセルにならなかったことを喜ぶべきでしょうか。

遅延理由は「モウラミャインの天気がノーグッドだから」と言っていましたが、絶対にウソです。
ヤンゴンは快晴ですし、モウラミャインはヤンゴンから200km程度しか離れておらず、山深い訳でもありません。

機体の不良もないのでは。もし機体の不良なら2時間ではなく、対応に2~3日はかかるのでは。

私が勝手に想像した遅延理由その1。“フライトを忘れていた”
ヤンゴンとモウラミャインの路線は月曜だけ、週1便のコースです。
スタッフの誰かが、今日が月曜日でフライトの日であるのは忘れていた・・・・というのはありえるかも。

「機長、まだ寝ているのですか?」「ああ、今日は月曜日か・・・これから空港へ行くから」なんて。

遅延理由その2。“もともと定刻に飛ぶ気がない”
ミャンマーなど東南アジアでは、バスと乗り合いタクシーの中間みたいな交通手段がありますが、特に時間は決まっておらず、乗客がいっぱいになったら出発するシステムです。

そんなお国柄ですから、フライトにしても、週1便なら、「月曜の午前中に飛べばいいんだろ」ぐらいの感覚なのでは・・・・。

整備士が機体をバンバン叩いて、「機長、そろそろお願いします。席もほぼ埋まりましたし、変な外人が、まだか、まだかとうるさいそうです」「じゃ、そろそろ飛ぶか」なんて。

遅延理由その3.”政治的な理由”
フライトは“ミャンマーナショナル航空”ですが、その名前からわかるようにもともとは国営で、最近民営化された会社です。

民間会社に比べ機体はボロいう話もありますが、政府高官御用達とか。

例えば、スーチー氏がどこかへ出かけるとのことで飛行機の手配を。
「用意はできてる?」「はい。モウラミャインに飛ぶ予定のプロペラ機を抑えてあります。」
「プロペラ機?そんなものは大統領用にまわして、ジェット機を用意しなさい。私は大統領より上の国家顧問よ!」・・・・という訳で、モウラミャイン行きが復活した・・・・なんてね。

いずれも、「モウラミャインの天気がノーグッドだから」よりは、ありそうな話に思えるのですが。
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