孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

ドイツ  異例な高人気のメルケル首相 ただ、中道右派政権樹立は微妙

2009-08-31 21:50:55 | 国際情勢

(ラクイラ・サミットでのメルケル独首相 “flickr”より By Downing Street
http://www.flickr.com/photos/downingstreet/3700680533/)

【オセロゲーム】
昨夜、民主党は、選挙前のマスコミ各社が予測していた勢いを保ったままの結果を手にしました。
自民党の“負けっぷりのよさ”には、外国メディアも関心を持ったようで、日本の政変について驚きをもって報じています。

****「天が変わった」中国各紙、日本の行方に関心******
中国各紙は31日、民主党が圧勝した衆院選結果を大々的に報じた。
1972年の日中国交正常化以来、ほぼ全期間を通じて「自民党の日本」を相手にしてきた中国は、その政権が一夜にして消滅した現実を驚きをもって受け止めたようだ。中国は民主党政権下の日本の行方にも大きな関心を抱いている。
「日本が『大王の旗』を変えた」「天が変わった」「民主党が歴史的大勝利」――。各紙は、政権交代を伝える大きな見出しを掲げ、分析付きで結果を詳報している。民主党の鳩山由紀夫代表については「日本のオバマ」「宇宙人」などとの評を紹介した。
今後の日中関係については、「(関係発展の)大きな流れは変わらないだろう」(国営新華社通信)との見方が強い。【8月31日 読売】
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事実上の共産党による一党独裁下の中国の一般国民が、今回のような選挙による政権交代のシステムをどのように見ているのか・・・個人的には、そっちのほうに関心が持たれます。
300:100という勢力比がほぼ反転したことには感慨もありますが、自民党大敗に繋がっても不思議ではないいろんな事柄をここ数年見せられてきたこともあって、それほどの“驚き”という感じはしません。
有権者にことさらの意識変化というほどのものはなくても、また、“多分民主党政権になっても・・・”という覚めた思いがあったにしても、有権者の“いい加減にしろよ・・・”程度の気持ちの揺らぎで、小選挙区制の選挙というのはときにこういうオセロゲームのような結果になるものなのでしょう。

【異例の現象】
いずれにしても、国内で身近に接している政治情勢への見方に比べると、外国から眺める政治情勢は相当に皮相的なものなってしまいます。それを承知で敢えて、ドイツの政治情勢の話。

ドイツでは、メルケル首相率いるキリスト教民主・社会同盟(保守)と社会民主党(左派)の間で大連立が組まれていますが、9月27日に総選挙が行われます。
そのメルケル首相の個人的人気は相当なものがあるように報じられています。

*****独世論調査:80%が首相続投希望 大連立率いた手腕評価**********
9月27日投開票のドイツ総選挙まで2カ月に迫る中、メルケル首相の続投を望む有権者が80%に達している。首相対立候補のシュタインマイヤー副首相兼外相への期待は13%で戦術の再考を迫られる低迷ぶりだ。
世論調査では、メルケル首相のキリスト教民主・社会同盟は第1勢力として政権にとどまる可能性が高く、同党を軸とした次期連立政権の組み合わせが焦点だ。
世論調査機関エムニトによると、メルケル首相への8割に上る期待は現職首相として過去数十年見られなかった異例の現象という。首相の人気は与野党で広く浸透し、シュタインマイヤー外相が所属する社民党支持者も84%が首相の続投を望んでいる。(後略)【7月26日 毎日】
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メルケル首相は05年11月の就任以来、年金改革法、養育施設拡充法、健康保険改革法など憲政史上最多と言われる489件の政府提出法案を成立させ、また、議会勢力の72%に及ぶ大連立与党を率いながら、調整型の主導スタイルで与党間の対立を表面化させなかったと言われています。
“社民党支持者も84%が(ライバル党の)メルケル首相の続投を望んでいる”というのは、事情のわからない外国人からすると“驚異的”です。

米経済誌フォーブス電子版が8月19日発表した「世界で最も影響力のある女性100人」でも、メルケル独首相は4年連続でトップに選ばれています。
巨大なドイツ市場を率いるたぐいまれな指導力と、9月の総選挙で再選まちがいなしとされる人気の高さが評価されたとか。【8月20日 AFP】

【「中道右派連合」を目指すメルケル首相】
そのメルケル首相は、総選挙後は社民党との大連立を解消し、経済政策でより共通項の多い自民党との「中道右派連合」による連立を目指す考えを示しています。
民主・社会同盟と自民党の「中道右派連合」への支持は、冒頭記事時点の世論調査では、50%をわずかに上回っています。ただ、メルケル首相への個人的人気がストレートに民主・社会同盟支持につながるものでもなく、このあたりはかなり微妙な情勢のようです。

****ドイツ:総選挙まで1カ月…「新連立」樹立が焦点*****
世論調査によると、大連立政権を組む2大勢力のうちメルケル首相率いるキリスト教民主・社会同盟が第1党となる勢いで、野党・自由民主党との連立で中道右派政権を樹立できるのかが焦点になっている。
ただ、この連立で過半数議席を確保できない可能性もあり、その場合、民主・社会同盟と社会民主党が大連立継続に向け協議することになる。

世論調査機関フォルザの26日発表の調査によると民主・社会同盟の支持率は37%、社民党22%、自民党13%、緑の党12%、左派新党10%で、中道右派2党は計50%に達した。
だが、有権者は投票日の数日前に態度を決定する傾向が強く、前回総選挙は事前の世論調査と異なる結果が出た。フォルザのギュルナー代表は「社民党は5、6%上積みする可能性があり、その場合、中道右派連立は阻止される」と慎重な見方を崩していない。
与党の民主・社会同盟と社民党はいずれも大連立の解消を目指し、景気回復や雇用創出を焦点に選挙戦を展開している。(後略)【8月26日 毎日】
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支持率低迷に悩む社民党は、同党出身のシュミット保健相が休暇先のスペインで公用車を利用していた問題に「税金のムダ遣いだ」と批判が浴びせられていましたが、今度は、メルケル首相が昨年4月、ドイツ銀行のアッカーマン頭取の誕生日を祝うパーティーを首相府で公費を使って開いたことが「税の無駄遣いだ」と与野党から批判を招いています。
政治家の税の使途への感覚が問題とされるのは、日本やイギリスだではないようです。

【旧東独の独裁政党の流れをくむ「左派新党」が伸長】
最近注目されているのは、社民党から支持が流れている「左派新党」で、世論調査では10%前後を確保しています。
「左派新党」は、社民党の社会保障削減政策などに反発し離党したグループと、旧東独政権党・社会主義統一党の流れをくむ民主社会党が05年に合流した党で、「より平和で公正な社会」を求めて、失業手当の拡充や高所得者への課税強化、アフガニスタンへの派兵中止-などを訴えています。

民主社会党は、統一後の連邦議会選挙では、経済不振に喘ぐ旧東ドイツ地域住民の不満を代弁する形で一定の議席を保有していましたが、開かれた左翼政党に変革したとは言っても、旧西ドイツ地域では旧東独の独裁政党のイメージを強くもたれていたため支持が伸びていませんでした。
しかし、社民党離党グループと合同し「左派新党」になってからは、旧西ドイツ地域でも支持を伸ばし始め、各地の州議会選挙で議席を獲得しています。

この「左派新党」を、旧東独出身で独裁を経験しているメルケル首相は「赤い手」と呼んで、警戒感を示しています。
****独総選挙:独裁を経験した首相、左派新党の躍進を警戒*****
ドイツ総選挙(9月27日投開票)で、旧東独の独裁政党・社会主義統一党の流れをくむ「左派新党」が伸長している。世論調査での支持率が堅調なほか、最大の前哨戦となる3州議会選挙(30日投開票)のうち2州で州政権入りの可能性が浮上している。大連立政権に不満を持つ層が左派新党へと流れているとみられ、旧東独出身で独裁を経験しているメルケル首相は強い警戒感を示している。(中略)
社民党は州レベルでは、左派新党との政策の隔たりの大きい外交などは扱わないため、連立には柔軟だ。連邦レベルでの連立は「次期政権期間」に限定して否定している。
社民党、緑の党、左派新党の左派系3党の支持率の合計は45%程度と中道右派2党の合計に匹敵しており、中道右派政権樹立を狙うメルケル首相にとっては左派新党の伸長は潜在的脅威でもある
【8月28日 毎日】
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実際、30日の3州議会選挙で、ザールラント、テューリンゲン両州では、民主・社会同盟の得票が減少して左派連合が勢力を伸ばしており、民主・社会同盟が野党に転落する可能性があると報じられています。【8月31日 ロイター】

将来、旧東独の独裁政党・社会主義統一党の流れをくむ「左派新党」が連立与党になることがあれば、ベルリンの壁崩壊で旧西ドイツに飲み込まれた旧東ドイツの政治勢力が、統一ドイツの与党として復活する・・・という意味で興味深い流れです。

コメント

アフガニスタン  選挙でリードを広げるカルザイ現大統領 ただ、混迷の気配も

2009-08-30 13:35:12 | 国際情勢

(投票するアフガニスタン女性 “flickr”より By Canada in Afghanistan / Canada en Afghanistan
http://www.flickr.com/photos/camafghanistancam/3842162649/

正確なところはわかりませんが、アフガニスタンの保守的な地域では女性が家から出ることが少ないため、04年選挙から、男性が身内の女性の有権者カードを預かって代わりに投票する「代理投票」制度が認められているそうで、これも悪用されると不正選挙につながります。

そうした不正の問題とは別に、そもそも女性の参政権に対する認識の低さという問題があります。
2004年の選挙前に行われた調査では、回答者の87パーセント(男女両方を含む)が女性の投票には夫の許可が必要であり、72パーセントが女性の投票内容に関して身内男性からのアドバイスが必要であると答えているそうです。
【The Asia Foundation(TAF)ホームページより(http://www.tafjapan.org/programs/wep.html)】)

【選挙妨害か、国民の失望か】
日本では今日夜にも政権交代の結果が出そうですが、20日に行われたアフガニスタン大統領選挙の方は時間をかけて開票が行われており、29日に3回目の中間発表が出されました。

****カルザイ氏がリード広げる アフガン大統領選*****
アフガニスタンの選挙管理委員会は29日、全体の約35%の投票所から届いた大統領選の開票集計結果を発表した。現職のカルザイ大統領は2位のアブドラ前外相に15ポイント差をつけ、前回の中間発表からリードを広げた。

選管の29日までの集計では有効票は203万票余り。カルザイ氏が94万558票(得票率46.3%)、2位のアブドラ氏は63万8924票(同31.4%)、3位のバシャルドスト元計画相が27万7404票(同13.6%)だった。集計はアブドラ氏の地盤である北部と首都周辺で早く進んだため、他地区に広がるにつれカルザイ票が増えているとみられる。【8月29日 朝日】
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“全体の約35%の投票所”で“有効票は203万票”ということは、総投票数は約600万前後でしょうか。
(8月24日産経では、“開票済み約451万票、未開票分約200万票”とありますので、総数は約650万票)
そうなると有権者数1700万人に対し、投票率は35%~38%程度となります。
投票直後の報道では、投票率は2004年の前回選挙70%を大きく下回る40-50%になるとも報じられていましたが、よくて40%、もしかすると40%を切るかも・・・という感じです。
やはり、タリバンによる選挙妨害の結果なのか、それとも政治に対する国民の失望なのか、誰が当選するかとは別に、この投票率の低さが現在のアフガニスタンの置かれている状況を示す数字と言えます。

【過半数超えの勢い】
今後のスケジュールとしては、9月3日に暫定結果、17日に最終結果の予定ですが、このペースで3日の暫定結果に間に合うのでしょうか?
8月23日の選挙管理委員会の会見では、大統領選挙及び同時実施の州議会選と合わせ、不服審査委員会への不正申し立てが225件あり、選挙結果に影響を与えかねないものが35件あるということで、17日の最終結果が遅れる可能性も取り沙汰されています。

“選管によると、各投票所から集められた投票箱は、いったん管轄の投票センターごとに開票・集計された後、首都カブールに集められて再集計される。中間結果は首都での再集計を終えた暫定数値の位置付けで、その後に投開票に対する抗議の是非を検討した上で、9月17日に最終結果を発表する段取りだ。
選管は当初、選管職員の不慣れなどから、投票日から2週間後の9月3日に全国の暫定結果をまとめて発表する予定だった。しかし、カルザイ陣営やアブドラ陣営が投票翌日から「勝利」を宣言し合ったり、投票の「不正」情報が飛び交うなど混乱。メディアの報道合戦も熱を帯び、選管は五月雨式にでも結果を発表せざるをえない状況となった。”【8月25日 毎日】

これまでの中間発表を見ると、カルザイ現大統領の得票率は、1回目40.6%(開票率約1割)、2回目42%(同17%)、そして今回が46.3%(同35%)と伸びており、2位のアブドラ前外相との差も大きくなっています。
過半数を得票した候補がいない場合、上位2人による決選投票が行われますが、今後カルザイ現大統領の地盤であるパシュトゥン人居住地域の州の票が開いていきますので、今の勢いだとカルザイ現大統領が過半数を超えそうです。

【不正選挙への批判】
しかし、そうした結果をアブドラ前外相などの対立候補がすんなり受け入れる状況ではないようです。
対立候補側からは、すでに投票前から“不正選挙”の批判がなされていましたが、アブドラ前外相は投票日後の23日、記者会見を開き、「南部の州で政府職員が投票を妨害した」などと例を挙げ、「選挙で(カルザイ陣営により)大規模な不正が行われた証拠がある」と語り、服審査委員会に正式に不服申し立てをしたことを明らかにしています。

“不正選挙”への懸念は、対立候補だけでなくアメリカにもあって、ホルブルック特別代表とカルザイ大統領が「一触即発」の「大口論」を行ったとも。

****アフガン大統領選:米が第2回投票を要請 カルザイ氏激怒******
英BBCは28日、20日投票のアフガニスタン大統領選を巡り、米国のホルブルック特別代表(アフガン・パキスタン担当)が21日のカルザイ・アフガン大統領との会談で、選挙での不正への懸念から第2回投票の実施を促した、と報じた。第2回投票は決選投票を指すとみられるこの「干渉」に対し、カルザイ大統領は激怒し、会談は決裂したという。

米政府とカルザイ大統領との亀裂を示す新たな材料で、「選挙後」のアフガン情勢へのさらなる暗雲となる。ホルブルック氏の第2回投票「要請」の背景には、アフガン戦争への支持が先細りする米世論をつなぎ留めるためにも、選挙の「信頼性」を高めたいとの判断があるようだ。
BBCによると、複数の「高官筋」の証言として、ホルブルック氏は会談で投票プロセスでの不正行為に懸念を示した上で、第2回投票の実施について2度言及。会談は「一触即発」「大口論」となった。現地の米大使館は「怒鳴り合い」などはなかったと否定しているという。【8月28日 毎日】
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アメリカは、汚職と不正が横行して国内統治が改善しないカルザイ政権、また、とかく民間人犠牲者などでアメリカ批判を口にすることが多いカルザイ大統領に不信感・苛立ちを持っていると言われています。

“オバマ米政権は今春以降、カルザイ政権の「汚職」への非難を強め、カルザイ氏の実弟が麻薬密売に関与していると指弾。国内の「カルザイ非難」が高まる結果となった。さらに7月、ドスタム氏が01年11月に関与したとされる投降タリバン兵大量死事件の「調査」を命令。「カルザイ氏は戦争犯罪者の軍閥を取り込んでいる」と非難する人権団体と呼応し、カルザイ氏を揺さぶる。
背景には、米国の後ろ盾で政権を維持しながら、米国批判を強めるカルザイ氏へのいらだちがある。しかし同氏陣営は、「将来的な米軍撤退も視野に入れた政権作りが必要」と立場の違いを示す。”【8月9日 毎日】
こうした状況から、アブドラ前外相の陣営では「決選投票に持ち込めば米国の支持が得られる」との見方を示していました。

それにしても、結果も出ないうちに選挙での不正への懸念から第2回投票の実施を促すというのも、はっきりしていると言うか・・・。
当然カルザイ大統領の心中は「いったい何様のつもりか!この国はアメリカのものではない!」といったところでしょう。

【「タリバンとの対話」とアメリカ新戦略】
いずれ去っていく外国人と違い、タリバンとの共存を模索せざるをえない現実を見据え、カルザイ大統領は「再選されればタリバン指導者と本格対話を始める」と明言しています。他の有力候補者も「タリバンとの対話」を掲げています。

アメリカ・オバマ政権は、包括的な対アフガニスタン戦略で、先日も取り上げたように、「民間人の犠牲者を最小限に抑えること、民間人の安全を守ること」を第一とし、アフガニスタン人民のアメリカに対する敵意を和らげ、タリバンと引き離す方針に転換を図っています。
(8月27日ブログ「アフガニスタン 住民の支持獲得が勝敗を決める 米軍の新作戦 タリバンも“マニュアル”」
http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20090827

そのほか、タリバンの活動の主な資金源となっている麻薬対策に関しても、農民に負担を負わせるだけに終わっているこれまでのケシの栽培地を強制的に潰す対策に代えて、麻薬の取引業者の取り締りを強化する作戦に切り替えています。
また、イラクの治安改善に貢献した「イラクの息子たち」プログラムにならって、アフガニスタン国内の治安の悪化している地域において、部族に所属する戦闘員たちを治安要員として雇用する新しいプログラムも開始しています。

アフガニスタン政権側の取組みも、アメリカの取組みも、国内の意思統一とアフガニスタン・アメリカの緊密な連携を必要としていますが、今後選挙結果が公表されても、アブドラ前外相等の対立候補の抗議行動、後ろ盾アメリカとの関係で混乱が尾を引きそうな気配です。

コメント

アメリカ  医療保険改革で混乱する議論

2009-08-29 17:18:41 | 世相

(医療保険改革に関する対話集会で、怒りを爆発させる白人男性 これでは議論になりません。 彼等の怒りの背後にあるのは、変化する社会で追い詰められた危機感・恐怖心か? “flickr”より By bobster855
http://www.flickr.com/photos/32912172@N00/3812820275/)

【オバマのワーテルロー】
アメリカでオバマ大統領の進める医療保険改革とその難航については、8月2日ブログ「アメリカ  難航する医療保険改革」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20090802)で取り上げました。

現行制度では、64歳以下の現役世代は原則民間医療保険、65歳以上の高齢者は原則公的医療保険(メディケア)と公・民ミックスの仕組みを採用。そして、収入も資産もない貧困者に対してはメディケイドが医療給付を行っていますが、約4700万人に上る無保険者が存在して適正な医療を受けられていないこと。
失業したら企業が提供する医療保険からはずれ無保険となり、病気をすると自己破産するといった事態にもなりかねないこと。
医療費高騰により、医療費は現在でGDPのほぼ18%に達すると推定され、2040年までには34%に達するとも言われているように、財政的にこのままでは制度を維持できない状況となっていること。

こうした状況を踏まえて、公的保険の拡充・新設によって事実上の国民皆保険化を促し、公的保険と民間保険の競争、医療費の無駄の削減等によってコストダウンを図るというのが改革案の基本的な考え方です。
医療保険改革は「トルーマン大統領以来(戦後の)歴代大統領が口にしながら、実現できなかった」(オバマ大統領)悲願のテーマです。

しかし、財政負担増加への懸念などから、反対する意見がむしろ増加する傾向にあり、オバマ大統領への支持率をも引き下げることになっています。
共和党からは、医療保険改革をフランス皇帝ナポレオンが惨敗した最後の戦いにたとえ「オバマ氏のワーテルローの戦いになる」(デミント上院議員)との声も出ているとか。

****「大統領判断正しい」5割切る=医療改革で不支持逆転-米世論調査****
米紙ワシントン・ポストは21日、ABCテレビとの合同世論調査の結果を報じた。それによると、オバマ大統領が「国のために正しい判断を下す」と答えた人は49%で、4月より11ポイントも下落した。
オバマ大統領が目指す医療保険改革への反発などが影響しているとみられる。特に昨年の大統領選で勝敗を左右した無党派層の落ち込みが大きいという。 (中略)
世論を二分している医療保険改革に関しては、オバマ大統領の取り組み方を支持する人は4月より11ポイント低い46%で、不支持の50%に逆転された。(後略)【8月22日 時事】
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【「オバマはできない計画をできると主張している」】
支持が広がらない理由は、医療保険を持つ人々(全国民の85%)の多くが「自分は改革の恩恵を受けない」と感じている点にあるとも言われていますが、議論の混乱も一因のようです。
今回の医療保険改革案の内容については、全般的に解説した情報が少なく、個人的にはよく把握できないところも多いのですが、国民皆保険を前提とする日本における医療制度改革の議論ともよく似た側面を感じます。

医療保険制度が財政的に維持困難な状況にあること、改革の費用負担を誰がどういう形で負うべきかが常に問題となることは日米で同じです。
重要な医療費削減について具体的な方策が見えないまま議論が進められるところも、次期政権を担う民主党の財源問題に対する「無駄を省いて」という抽象論によく似ています。
公的保険を拡充すれば、ドラスティックな医療費改革に踏み込まないかぎり、財政負担は増加するでしょう。
その負担増加をやむを得ないとするのか、現行の診療・投薬すればするほど医療報酬が増える出来高払い制度を抜本的に改めるのか・・・。

「オバマは楽な道を選び、本格的な議論を見送った。そして現在、できない計画をできると主張している。オバマが提示しているのは現状維持の拡大バージョンにすぎない。そして彼自身が言うように、これは持続不可能だ」(ロバート・サミュエルソン 8月26日号 Newsweek日本版)というのは、議論に値する批判でしょう。

【“社会主義化”】
また、議論がとかく感情的、レッテル貼りになりがちなところも日米共通です。
日本の後期高齢者医療制度についても、“後期高齢者”という言葉が失礼だ、高齢者切捨ての制度だ・・・といった批判が、内容的な問題とは別次元の拒否感を煽るような形で展開されています。

アメリカでも、今回改革案によって政府の役割が増大するとの考え方から、“社会主義化”とか“(政府による)医療の配給制度”といったセンセーショナルなレッテルが反対派から貼られています。
こうしたレッテル貼りは、現在すでにメディケアやメディエイドのような公的保険制度によって国民生活が守られている事実すら無視してなされることもあります。

この考え方で言えば、公的保険による皆保険制度の日本などは完璧な「社会主義国」ということになります。
このあたりの感情的反応は、アメリカの自立精神と個人主義を重んじる精神風土、政府に手出しされたくないという国民性が窺えて興味深いものがあります。

アメリカが冷戦時代を通じてイデオロギー対立の一方の旗頭であり続けたのは、単に政治的な覇権争いということだけでなく、こうした国民性・精神風土が大きくかかわっているのでしょう。
政府の福祉政策・役割を一定に評価する傾向にある日本や欧州各国とは、一線を画するものがあります。
そうした面で言えば、アメリカ的な市場・自由競争を最重視する仕組みというのは、日本の精神風土とは馴染みにくいものだったのかも・・・という気もします。

【“死の審査会”】
話を本筋にもどしましょう。
感情的・センセーショナルな批判としては、ペイリン元副大統領候補が広めた“死の審査会”という批判もあります。
改革案では、終末期医療について高齢者が医師にカウンセリングする費用を公的保険メディケアで負担するよう求めていました。
これに対し、ダウン症の子供を持つ母親でもあるペイリン元副大統領候補は「私の両親や子供を、「死の審査会」(death panel)に呼び出して、役人の主観でその社会的生産性を勝手に判断し、健康保険の支出の要・不要を宣告する仕組みだ」と批判。
この批判は「高齢者に医療をあきらめさせて、ホスピスに送るものだ」との批判となって、全米各地で行われた対話集会を紛糾・混乱させました。

“オバマ大統領はペイリン氏の主張に「事実ではない」と反論し、民主党のナンシー・ペロシ下院議長はペイリン氏に「非米国的」という激しい非難を浴びせて、発言の撤回を求めた。だが「死の審査会」という言葉はさらに幅広い層に共感を呼ぶにいたり、オバマ政権側はついにその「高齢者末期介護」案を法案から削ってしまった。”【8月22日 産経】

日本でも後期高齢者医療制度に、患者の終末期医療の医療方針について患者や家族と話し合って文書化すれば「終末期相談支援料」として診療報酬2000円が認められるという制度がありました。
これについても同様趣旨の批判があって、結局、厚生労働省はこれを凍結することになりました。

また、改革案では不法滞在外国人の医療費も税金で負担しなければならなくなる、「子供をつくるしか能がない役立たずの移民が5人も子供を生めるようになる」といった批判(改革案では不法滞在者の医療費は保障されていない。救急医療は今でも保障されている)、「納税者の血税から人工妊娠中絶に補助金を与えるようなもの」(実際には、レイプや母体が危険な場合を除いて、中絶の費用には公的資金を使わないという現行法規定がそのまま残存しているが、民間の医療保険や、保険料の積み立て分からという条件付きで公的保険からの中絶費用の支払いを認めている)といった、国民的関心の高い問題に絡めた感情的・不正確な批判が、議論を更に混乱させています。

【川の水位が下がると・・・】
混乱する対話集会に、銃を携行する市民の姿が目立っているとの記事が。
****米国:「反オバマ」市民、銃持ち集合 対話集会を“脅す”*****
オバマ米大統領が全米各地で開催する対話集会(タウンホール・ミーティング)の会場周辺で、銃を携行する市民の姿が目立っている。今月11日には、大統領が医療保険改革法案の支持を求め、米東部ニューハンプシャー州で開催した集会の会場近くで、銃を不法に所持していた白人男性(62)が逮捕された。医療保険改革論議を引き金に、大統領の政策に反発する新たな動きとみられ、大統領の警備を担当するシークレットサービスは警戒を強めている。
米紙ワシントン・ポストなどによると、同州の同じ会場周辺では、拳銃を右足のホルダーにさした別の白人男性の姿もあった。合法的な銃所持者で、警察官が付近で監視した。
ホワイトハウスのギブス報道官は「各州には武器の規制法がある」と指摘。州法などが認める限り、大統領の出席する集会周辺でも、武器携行は認められるとした。シークレットサービスの報道官は米メディアの取材に、「銃を持った者が集会の会場に入らないよう努めている」と述べている。【8月24日 毎日】
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こうした話になると、アメリカ社会に存在するコアな保守主義が感じられ、日本社会とは異質なものがあります。
オバマはケニア生まれの“偽アメリカ人”で、大統領になる資格はないと本気で信じる「バーサーズ」運動なるものもあるそうです。
(川の水位が下がると、川底の岩が水面に現れるように)“合法的な保守主義やそれを支える共和党が弱体化している今、何にでも反対する原理主義者や偏執狂の人々に注目が集まる”【7月29日 Newsweek】といった見方もあるようですが、医療保険改革案をめぐる議論をみていると、“保守主義が弱体化しているのだろうか?”との疑問もあります。

コメント (1)

南アフリカ  経済悪化で噴出す社会混乱 深刻な犯罪多発

2009-08-28 21:43:11 | 世相

(アパルトヘイト時代の黒人居住区(1985年) 長い目で見れば、急速に社会状況は改善しつつありますが、まだ残る問題も少なくないようです。 “flickr”より By United Nations Photo
http://www.flickr.com/photos/un_photo/3312304596/)

【G14】
フランスのサルコジ大統領は26日、フランスが11年に主催する主要国首脳会議(サミット)では、参加国を現在の8カ国(G8)から、中国、インドなどを含めた14カ国(G14)に拡大したい考えを明らかにしました。

****サルコジ仏大統領:「G8をG14に拡大を」外交方針表明*****
大統領は、サミット拡大について、「既に14カ国拡大への道は前進しつつある」と発言。加盟国拡大を求めるブラジルへの支持を公言した上で、10年のカナダ会議でG14の枠組みを作り、11年にG14を正式発足する考えに自信を示した。
仏外務省関係者によると、拡大6カ国は中印以外にブラジル、南アフリカ、メキシコ、エジプトが考えられている。だが、日本など一部G8のメンバーは、加盟国増による発言力低下を懸念。今後、現加盟国との折衝が必要になるとみられる。【8月27日 毎日】
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経済問題についても、温暖化対策についても、新興国の意向と向き合うことなしには国際的な決定が成立しない状況になってきていますので、G8が残存するのか、G14に転換するのかは別にしても、主要な協議の場がG14に移っていくことは時代の流れに見えます。
先のラクイラ・サミットを主催したイタリア・ベルルスコーニ首相も、G8会合後の記者会見で「今後はG14が力を強め、世界のガバナンスにおいて基調的影響力を持つことになると考える」と語っています。
G14を主張するフランス、イタリアには、またそれぞれの思惑もあるのでしょうが。

もちろん、チベットやウイグルなどの民族・人権問題を抱え、経済成長重視の陰で環境問題・格差拡大が深刻化する一党独裁の中国、膨大な貧困層と身分制度が残存し、パキスタンとの対立が続く、核拡散防止条約(NPT)枠外の核保有国インド・・・など、新興国と呼ばれる国々には問題も多いのも事実ですが、これらの国々が世界の重要なパートを占めるようになっていることも事実です。

【ストライキと暴動】
上記記事にもあるように、G14ということになると、アフリカからは南アフリカが招かれます。
アパルトヘイトを廃止し、経済的にも順調に推移してきたアフリカの地域大国・南アフリカですが、成長と裏腹の格差拡大、世界的不況のなかでの経済的混乱などが、ここにきて表面化しています。

今も100万人以上が電気や水道もない粗末な小屋で暮らしており、失業率は23.5%に達するとも言われています。その失業者の4分の3は35歳以下で、7割は一度も働いた経験がないとも。

7月9日には、南アフリカで来年6月に開幕するサッカーW杯で使用される9都市10カ所の競技場建設現場の労働者ら約7万人が、賃上げを求めて無期限ストライキに突入しました。
ストは、公共交通機関や地方自治体の労働者にも拡大し、暴動も続発しています。
仕事のない黒人貧困層が外国人労働者を襲撃する事件も昨年から相次いでいます。

****南ア、16万人スト 失業率23%、暴動も続発 ズマ政権試練****
世界的な金融・経済危機で景気後退入りした南アフリカで、公共交通機関や地方自治体の労働者16万人以上が27日から1週間の大規模ストに突入した。失業率は23・5%に達し、黒人居住区では暴動が続発。警官隊はゴム弾や催涙ガスで鎮圧に乗りだし、約200人を逮捕した。黒人貧困層や労働組合の支持を受けて5月に就任したズマ大統領は早くも試練を迎えている。【7月28日 産経】
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“ズマ氏は、ムベキ元大統領を「緊縮財政と規制緩和で格差拡大を招いた」と批判した労組などの支持を集めて大統領に就任した。だが、就任後はムベキ時代の経済政策を継承、貧困解消などで目に見える成果を上げていなかった。今回の抗議行動は、ズマ氏への不満が噴出したものだが、南ア経済が17年ぶりの不況に陥る中、「ばらまき政策」の財源を確保するのは困難で、局面打開の見通しは立っていない。”【7月30日 読売】

「ばらまき政策」の財源に苦労しそうなのは、南アフリカのズマ政権だけではなく、あさっての総選挙後成立する日本の新政権も同様な気もしますが、その話は置いておきましょう。

混乱は更に拡大して、今度は兵士が賃上げを求めて無許可でデモを行う事態に。

****南アフリカ:大統領府前で兵士数千人がデモ 賃上げ要求で*****
南アフリカの首都プレトリアで26日、大統領府が入居するユニオン・ビルの前で、数千人の兵士が賃上げを求めて無許可でデモを強行、警察部隊との衝突で兵士2人が逮捕され、双方に負傷者が出た。デモ参加者の一部が暴徒化し、火炎瓶を投げるなどしたため、警察側がゴム弾や催眠弾を発射。車両が燃やされるなど現場は一時騒然となった。【8月27日 毎日】
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【1日約50件の殺人事件】
もともと、ヨハネスブルグが“世界一危険な街”と言われるぐらいに治安には問題があった南アフリカですが、最近の経済的混乱で更に治安悪化が進んでいるようです。

****南ア:安全とされるショッピングモールで強盗殺人が多発*****
サッカーW杯が来年開かれる南アフリカで、観光客が唯一安全に買い物ができるとされてきたショッピングモールを舞台にした強盗殺人事件が多発、今月だけでも少なくとも4人が射殺された。武装警備員を配置したモールが強盗団の「新たな標的」として浮上したことで、W杯観光が「命がけ」にもなりかねないと、政府は対策に頭を痛めている。(中略)
ショッピングモールは、経済成長の結果生まれた新富裕層を目当てに開設されたもので、高い柵で囲まれ、武装した警備員も随所に配備されている。1日約50件の殺人事件があるとされる南アでは、気軽に買い物し、飲食店を利用できる数少ない場所とされてきた。

事件が発生したモールを訪れた40代の女性は「最後の安全な場所も失った気持ちだ」と話し、警備員のシーボさん(32)は「給料が良くても殺されたら終わり。転職も考えたい」と恐怖を語る。
首都プレトリアや商都ヨハネスブルクを抱える同州はW杯の競技会場や宿泊施設も多い。モールでの犯罪の多発は、ファンの行き先が一層制限され、W杯の経済効果への阻害要因ともなりかねない。
事態を重く見た南ア政府は犯罪情報の共有化やモールも含めた犯罪多発地帯での警備強化を打ち出したが、効果は薄いのが実情だ。【8月27日 毎日】
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“南アフリカ犯罪統計(2007年7月3日南アフリカ警察当局発表)によると、2006年3月~2007年3月までで約1万9200件の殺人事件が発生した(前年統計に比べ2.4%増加)。1日に約53人が犯罪により殺害された計算で、1日の強盗発生数は約350件に上った。その中で7割以上で拳銃などの銃器が使用されたと発表されている。強姦発生率についても123.85件/10万人(国連薬物犯罪オフィス(UNODC))となっており、世界最悪の発生率(日本の約123倍)である。”【ウィキペディア】

サッカーW杯について言えば、電力不足も以前から懸念されていましたが、改善したのでしょうか?
経済成長で“黒いダイヤ”と呼ばれる黒人中間層が拡大し、アパルトヘイトがもたらした人種間の教育格差、それによる人種間の経済格差は改善しつつあるとも言われていますが、南アフリカが乗り越えるべき障害はまだまだ多いようです。

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アフガニスタン  住民の支持獲得が勝敗を決める 米軍の新作戦 タリバンも“マニュアル”

2009-08-27 20:23:09 | 国際情勢

(08年11月3日、南部カンダハル州で米軍機が民家を空爆。子供や女性を含む住民37人が死亡しました。
カルザイ大統領は5日、「爆撃されたのは結婚式会場だった」と非難。「米国の新大統領にまず求めたいのは、空爆による住民の犠牲を終わらせることだ」と述べ、オバマ次期(当時)米大統領に攻撃の抑制を強く求めました。
写真は、この結婚式誤爆事件で負傷した少女 “flickr”より By noodlepie
http://www.flickr.com/photos/noodlepie/3006759546/)

【日系企業が標的か?】
25日夜、アフガニスタン南部のカンダハルで大規模な爆弾テロがあり、内務省によると、この攻撃では民間人43人が死亡、65人が負傷しました。
現場付近には、アフガン情報当局の事務所や国連施設のほか、日系の建設会社「サイタ・アフガニスタン」の事務所があって、居合わせたアフガン人とパキスタン人の従業員数人が死傷しています。
AP通信は、同社が、タリバンの支配地域で道路建設事業を最近受注したため、標的になった可能性がある、と伝えています。【8月26日 読売より】

日系企業が標的になったのかどうかは定かではありませんが、戦乱のアフガニスタン、それもタリバン“発祥の地”カンダハルで日系企業が営業しているということに少々驚きました。

【「多くの国民が死亡したテロを非難する」】
上記記事では“犯行声明などはないため、事実関係は不明だが、カンダハル市周辺では、かつて本拠を置いた旧支配勢力タリバンによるテロ事件が頻発しており、タリバンによる犯行の可能性が高い。”としていますが、タリバンは犯行を否定しています。

****アフガンのテロ、タリバンが犯行否定*****
アフガニスタン南部カンダハル市で25日夜に起きた爆弾テロ事件で、旧支配勢力タリバンのユシフ・アフマディ報道官は26日、本紙の電話取材に、「我々はカンダハルの事件にかかわっていない。多くの国民が死亡したテロを非難する」と犯行を否定した。
ただ、今回のテロでは住民に多数被害が出ており、国民感情を考慮したタリバンが犯行を否定したとする指摘も出ている。【8月26日 読売】
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興味深いのは、“住民に多数被害が出ており、国民感情を考慮したタリバンが”という部分です。

【「敵の殲滅」より「民間人の安全確保」】
アフガニスタンでは、米軍などの空爆を中心とした攻撃が多大の民間人犠牲者を生んでおり、このことがアフガニスタン国民の反米感情を高め、米軍の作戦遂行を困難にしているとの考えがあります。
民心が離反した外国勢力が勝利を得ることはできません。
そのため、オバマ政権では、「民間人の被害を最小限に抑えること、民間人の安全を守ること」を前提とした新たな軍事作戦に転じています。

「民間人の犠牲者を最小限に抑えること、民間人の安全を守ること」を第一とする軍事戦略においては、「民間人の安全確保」を「敵の殲滅、タリバン戦闘員たちの掃討」より上位に位置づけているそうです。

*****民間人の安全を第一に掲げる新戦略*******
アフガン民衆のアメリカに対する敵意を和らげ、アフガニスタンに行政機関を作り経済を立て直す機会を与え、30年間にわたる戦争の痛みからこの国を癒す。それにより「タリバン優勢」の状況を変えていくことを目的に、オバマ大統領と彼の将軍たちは根本的に戦略を転換させている。

「われわれが理想としているのは、タリバンが出ていかなくてはならなくなった地域を無血で平定していく状況に近いものだ」とマクリスタル司令官は「TIME」誌とのインタビューで述べている。そして、こう発言した3日後に、現地の米軍及びNATO軍に対して新たな指令を通達した。
「われわれはタリバンを何人殺したかという基準で作戦を続けていてもこの戦争に勝利することはできない。アフガン人民をタリバンの武装反乱勢力と引き離すことができるかどうかが重要なのだ。そしてそのためには、各部隊指揮官たちが武力行使の原則を見直し、とりわけ住宅地域をはじめ民間人の犠牲者が出る恐れのある地域での近接航空支援を制限することだ」との指令を出している(「TIME」July 10)。
【8月21日 日経ビジネス 菅原 出 「タリバンは今や勝利しつつある」のか】
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実際、7月2日に4000名の海兵隊員と650名のアフガン軍をアフガン南部のヘルマンドに送り込んで行った大規模軍事作戦において、米軍は大砲を使用せず、航空機からの空爆も一切行われなかったそうです。

【民衆の中に身をさらす】
“これまでであれば、攻勢作戦を行う米軍は圧倒的な火力を用い、民間人の犠牲者もいとわずに激しい攻撃を仕掛け、作戦が終わると郊外の大規模で安全な基地に帰っていくという軍事作戦を繰り返していた。しかし、この作戦では民間人の被害者ばかり増えて、軍事作戦が終わった後の地域にはすぐに地下に潜っていたタリバン武装反乱勢力が戻ってきてまた支配下においてしまう。反米感情だけが強まり、タリバンに対する支持が高まるばかりだった。そうした不毛な軍事作戦を繰り返してきた。”【同上】

新たな軍事作戦においては、米軍は市内のあちこちに小さな拠点を築いてそこに留まり、治安維持に努める作戦をとっています。
兵士は安全な装甲車両の中から出て、現地の人々と触れ合ってコミュニケーションをとることから始めなくてはなりません。
これは、2007年初頭からイラクにおいてペトレアス駐イラク米軍司令官がとった作戦と同じ考えだそうです。

“「敵」に同情的な民衆の中に身をさらすわけだからその分リスクも高く、初期の段階では米軍側に大きな被害が出た。イラクの時も2007年の最初の数ヶ月間、米兵の犠牲者は急増し、このペトレアスの作戦は無謀ではないかと思われた。同様にアフガンでも新戦略の導入後米兵死者数が急増しているという訳である。”【同上】

【タリバンの「マニュアル」】
一方、タリバン側も「一般市民の犠牲を最小限に抑えるように」とマニュアルの中で指導していることが明らかになっています。
タリバンのスポークスマンは最近AP通信社に対して、60ページのブックレットを2万部コピーしてタリバンの戦闘員に配布したが、その中で「民間人の犠牲者を出さないように注意を喚起した」と述べているそうです。

(実際の関与があったのかどうかは別として)43名の民間人が犠牲となった25日のカンダハルのテロも、タリバンの“マニュアル”にも反するものとなります。
今回テロについて、タリバン側は「政府のプロパガンダの可能性もある。誰の犯行かを解明するのは政府の職務だ」とも述べています。

アフガニスタンの有力選挙監視団体「アフガニスタン自由公正選挙基金」は22日、カンダハルで、大統領・地方議員選の投票を済ませた有権者2人が指を切り取られたと発表しています。
同団体の選挙監視員が投票日の20日午後、投票したことを示すインクがついた指を切り取られた2人の有権者を目撃したそうです。
二重投票防止のためのインクがついた指を切り落とす・・・というのは、選挙前からタリバンによって脅迫されていたところですが、これについてもタリバンの報道官は犯行を否定しているとか。【8月23日 AFP】

米軍とタリバンのどちらがアフガニスタン民衆の支持を獲得できるのか・・・勝敗の行方を左右する重要な決め手となってきています。

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ロシア南部・カフカス地方(チェチェン、イングーシ、ダゲスタン)で続く混乱

2009-08-26 21:05:45 | 国際情勢

(昨年10月、チェチェン共和国の首都グロズヌイを訪れたプーチン首相(中央)を迎えるカディロフ共和国大統領(左)
人を見かけで判断するのは間違いですが、いかにも“こわもて”のお二人です。
“flickr”より By itrumpet
http://www.flickr.com/photos/28309171@N07/3258798959/)

【チェチェン「対テロ作戦体制」の解除】
ロシア政府は今年4月16日、ロシア南部・カフカス地方のチェチェン共和国で第2次チェチェン紛争(99年~00年)以降に敷かれていた「対テロ作戦体制」の解除を決定しました。
これにともない、チェチェン共和国側へ治安維持などの権限の委譲、チェチェン駐留軍の中心的な役割を担う2万人のテロ対策部隊の撤収が行われています。

この措置は、チェチェン共和国における大規模テロの終息など治安改善を理由としたものですが、“治安改善”はカディロフ共和国大統領による手段を選ばない強権支配によるものとも言われ、人権団体などは、カディロフ共和国大統領が私兵組織を駆使して恐怖で住民を抑えつけていると指摘しています。
また、チェチェンで“治安回復”が進む一方で、西隣のイングーシ、東隣のダゲスタンなどの共和国ではテロや爆発が頻発し、火種は周辺に拡散しただけとの批判もあります。

そうした表向きの“治安回復”のほか、ロシアの経済危機が深刻化し、ロシア政府が治安部隊を維持することが財政的に困難になったことがあるとも「対テロ作戦体制」の解除の背景にあると言われています。
一方、チェンチェン共和国側の事情としては、「対テロ作戦体制」の解除によって経済活動の足枷を取り除き、自由な経済活動を促進したいとする狙いがあるとのことです。
自由な経済活動によって、チェチェン移民が多く住むヨルダンやトルコ、欧州などとの行き来も便利になり、若者の武装勢力への加入を防ぐための失業対策も選択の幅が拡大します。【3月29日 朝日】

【カディロフ大統領の強権支配】
カディロフ・チェチェン共和国大統領は、首都グロズヌイ中心部の大通りを「プーチン大通り」に改名したり、「プーチン氏のためなら死ぬ覚悟がある」と発言するなど、プーチン前大統領への忠誠心を強調しています。
07年のロシア下院選では、プーチン氏率いる「統一ロシア」のチェチェンでの得票率は99%以上と発表されています。【08年10月6日 朝日】

その一方で、連邦政府が吸い上げる地元油田の利権分配を主張し、共和国内部においてはロシア政府のコントロールも充分でないような絶対的な権力を行使しています。
ロイター通信は、周辺のダゲスタンやイングーシが安定化しない理由について、連邦政府がカディロフ・チェチェン共和国大統領のような強権者の出現を警戒し、両共和国の指導部に十分な権限を与えていないため、と分析しています。【6月12日 毎日】

「カディロフ氏はロシア政府へ忠誠を誓う代わりに、自由に振る舞う権限を与えられた」(英字紙モスクワ・タイムズ)とも言われるカディロフ共和国大統領は私兵組織を駆使して、武装勢力の封じ込めために、メンバーの家族・親戚にたいする拉致・“苛酷な尋問”・放火などを行っているとも言われています。【8月29日号 Newsweek日本版】

また、対立・敵対する要人の暗殺にも関与しているとも。
1月にはウィーンで、カディロフ氏による人権弾圧を告発していた元護衛の男性が殺害されています。
3月末ドバイで、チェチェンの元特殊部隊司令官のスリム・ヤマダエフ氏が自宅近くで射殺。
ヤマダエフ氏は大統領と対立した結果、08年5月に司令官を解任され、国外逃亡していました。
08年9月には、ヤマダエフ氏の実兄ルスラン・ヤマダエフ元下院議員も、モスクワの路上で射殺されています。

ロシアの人権団体「メモリアル」のチェチェン共和国支部長だったエステミロワさんは7月15日朝、首都グロズヌイの職場へ向かう路上で乗用車に連れ込まれ、同日夕、隣のイングーシ共和国の森林で頭部などに銃弾痕のある遺体で発見されました。
****ロシア人権活動家暗殺、チェチェン大統領関与か*****
ロシア南部チェチェン共和国の人権活動家ナタリヤ・エステミロワさん(50)が暗殺された事件では、独裁支配を固めたラムザン・カディロフ大統領の関与疑惑が浮上している。
共和国では、親露派政権に批判的な人物を狙った誘拐、殺人が後を絶たない。
エステミロワさんは、「テロ対策」を理由にしたカディロフ政権の人権弾圧を告発し、独裁の無法ぶりを訴えてきた。所属する人権団体「メモリアル」のオレグ・オルロフ代表は16日、記者会見で「大統領が事件にかかわったと推定する根拠がある」と明言した。
カディロフ大統領は2007年の就任後、プーチン前大統領の後押しを受け共和国の政治、経済、軍事の全権を掌握。対抗勢力への暗殺や不当逮捕、拷問を黙認してきたとされる。【7月18日 読売】
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メドベージェフ大統領は7月16日、訪問中のドイツで、エステミロワさん殺害について、人権問題の調査活動に関連した事件との見方を示し、「最も厳しい方法で徹底的に捜査する。犯人はロシアの法律によって処罰されると確信している」と述べています。
しかし、“北カフカス地方は連邦政府の権力が及ばない無法地帯と化している。”【7月20日 産経】という状況では多くは期待できません。

【「カフカスの火薬庫」】
その“無法地帯”・・・“チェチェン化”とも言われるイングーシ共和国など周辺地域では、政権要人暗殺が相次いでいます。

ダゲスタン共和国の首都マハチカラで6月5日、マゴメドタギロフ共和国内相が射殺。
メドベージェフ大統領は6月9日、内相が暗殺されたダゲスタンを急きょ訪問。北カフカス地方で今年、112人のテロリストを殺害したと指摘し、「テロせん滅に向けた活動を継続する」と訴えましたが、その直後の6月10日、イングーシ共和国の主要都市ナズランで、共和国最高裁のガスゲレエバ副長官が狙撃され死亡。
イングーシでは、6月初めにバシル・アウシェフ元副首相が銃撃され暗殺。更に、首都ナズラニ郊外で22日、エフクロフ大統領を狙った暗殺未遂事件が起き、大統領は負傷、少なくとも1人が死亡しています。

メドベージェフ大統領は6月下旬、チェチェンのカディロフ大統領に、イングーシの治安回復作戦の指揮を命じました。
しかし事態は改善せず、7月4日、イングーシの治安機関と合同で行う武装勢力の掃討作戦へ向かう途中だったチェチェン共和国の警察官を乗せた車列がイングーシで手投げ弾などによる攻撃を受け、9人が死亡、10人が負傷。
イングーシ共和国の首都マガスで8月12日、アミルハノフ共和国建設相が、執務室に押し入った2人組の男に自動小銃で襲撃され、間もなく死亡。
ダゲスタン共和国で8月13、14の両日、武装集団による警官らへの襲撃が相次ぎ、民間人を含む計13人が殺害され、チェチェン共和国でも警官13人が戦闘で死傷。
イングーシ共和国のナズラニで8月17日、警察庁舎にトラックが突っ込んで爆発、16人が死亡し、50人以上が負傷。
チェチェン共和国の首都グロズヌイで8月21日午後、大規模な爆発がほぼ同時に2カ所で発生し、警察官4人が死亡。

カディロフ・チェチェン共和国大統領は、これまで対立を続けてきた国外の独立派勢力と和解する試みに乗り出したとも報じられています。
“共和国代表団と英国に亡命中の独立派勢力幹部ザカエフ氏は先週、オスロで会談し和解策を協議した。共和国側はザカエフ氏の取り込みにより反政府勢力の切り崩しを狙っている模様だ。”【7月27日 毎日】

【ロシアにとってのアキレス腱】
北カフカスでは今年に入って民間人含め100人以上が殺害されています。
こうしたテロが頻発する背景には、経済発展が進まず、汚職がまん延する状況で、民族主義者やイスラム教過激勢力の抵抗が強いためと見られています。
7月に殺害されたエステミロワさんは、昨年12月、外国人記者団の取材に「失業率は7割に達し、将来を悲観する若者が武装勢力に加わっている」と述べています。

「ロシア政府はチェチェンに関しては『領土保全』を前面に掲げて武力行使したが、グルジアに属する南オセチア自治州とアブハジア自治共和国には独立を認めた。この二重基準が将来、北カフカス地方の住民の不満をより強める可能性がある」との指摘もあります。
また、“一般のロシア人とは異なる宗教や文化、言語を有するカフカスの人々には、「血には血をもって報復する」という気性が根強く残る。武力でねじ伏せようとする限り、この地域がロシアにとってのアキレス腱であり続けそうだ。”【08年10月30日 産経】とも。


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イラク  防御壁撤去中止、マリキ政権の治安維持能力は?

2009-08-25 22:11:31 | 国際情勢

(新生イラク警察による建物内掃討のデモンストレーションのようです。
完全装備の米軍に比べると少し頼りなげな感じも・・・
もちろん重要なのは装備より、モラル、熱意、公正さ・・・等々ですが、そこがまた・・・
“flickr”より By DVIDSHUB
http://www.flickr.com/photos/dvids/2966573146/)

【日本企業 イラク油田開発へ】
イラク南部のナシリヤ油田の開発について、新日本石油など日本企業連合が権益の獲得に向け最終調整に入ったことが報じられています。

****イラク・ナシリヤ油田:日本連合、最終調整 イラク側と採掘権交渉*****
イラク南部のナシリヤ油田の開発を巡る交渉が大詰めを迎え、新日本石油など日本企業連合が目指す権益の獲得に向け最終調整に入った。ナシリヤ油田の生産量は日量60万バレルが見込まれ、合意すれば、日本勢が中心となって開発する油田としては、過去最大規模となる。
権益の獲得を目指しているのは、石油元売り最大手の新日石、国際石油開発帝石(INPEX)、プラント大手の日揮の3社による日本企業連合。

イラクは復興資金獲得のため、約40年ぶりに国内の油田・ガス田開発を外資に開放し、ナシリヤ油田の開発には日本勢のほか、イタリアの炭化水素公社、スペインの資源大手が名乗りを上げた。
その後、イラク政府は日本とイタリアの提案に事実上絞り込み、交渉を進めている。
日本企業連合は、製油所や発電所などのインフラ整備や国際協力銀行を通じた金融支援を提案した。
ナシリヤ油田は日量15万バレルで採掘を開始し、2年後には日本の消費量の約1割に当たる日量60万バレルの生産を目指す。
日本勢がこれまで開発した油田としては、ペルシャ湾のカフジ油田の日量30万バレルが最大だった。【8月25日 毎日】
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世界3位の原油確認埋蔵量があるイラクですが、現在は戦乱と施設老朽化のため産油量は日量約240万バレル(2008年)に留まっています。
イラクは最近、復興資金獲得のため、国内の油田・ガス田開発を1972年の石油産業国有化以来約40年ぶりに外資に開放する政策をとっています。

今年6月30日には、油田・ガス田8件の入札が首都バグダッドで行われ、日本勢も参加しましたが、落札企業が決まったのは国際石油資本の英BPと中国の国有石油大手、中国石油天然ガス集団(CNPC)の企業連合が落札したルメイラ油田1件だけでした。
大半の案件では金額面でイラク政府と企業側との隔たりが埋まりませんでしたが、その背景には、不安定な治安に加え、関係法令が未整備で、外資開放への反対論がイラク国内でくすぶるなどリスクのため、企業側が慎重姿勢を示していることがあげられています。【6月30日 共同より】

今回のナシリヤ油田は、6月30日に入札がなされたものとは別の、イラク政府との直接交渉によるものです。
“2年後には日本の消費量の約1割に当たる日量60万バレルの生産を目指す”という大規模開発ですが、どの程度の産出分を日本に回せるかなど不透明な部分が残されているとも言われています。

【防御壁撤去中止】
こうした開発が軌道に乗れば、日本にとっても喜ばしいことですが、最大の問題はイラクの治安です。
6月末に実施された駐留米軍戦闘部隊の都市部撤退を受けて、来る総選挙に向けて治安回復を誇示したい狙いもあってか、マリキ首相はバグダッドの不安定な治安の象徴的存在だったコンクリート製防護壁を9月半ばまでに撤去する指示を出しました。
(8月9日ブログ「イラク マリキ首相、宗派間を分断する防護壁撤去を指示 」
http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20090809

しかし、今月19日には首都バグダッドで政府機関を標的にしたとみられる連続爆破テロが発生、イラク赤新月社によると死者数は20日までに100人を超え、負傷者も約700人に達しました。
一連の爆発は午前10時ごろからバグダッド北部の財務省付近で始まり、数分後に警備の厳重な「グリーンゾーン」近くの外務省近くでも起きています。他の政府・軍施設周辺に迫撃弾が着弾したとの報道もありました。

防護壁撤去の発表後も市内では爆弾テロが相次ぎ、市民からは時期尚早との指摘も出ていたこともあって、市民からは過去1年半で最悪のテロを許した政府に対する厳しい批判の声が上がり、6月末で都市部から撤退した駐留米軍の復帰を求める声すら聞かれるとも。
市民だけでなく、ハシミ副大統領も時期尚早だったとマリキ首相を批判するなど、政権内部からの批判も出ていました。
こうした事態に、20日、マリキ首相は防護壁の撤去中止を決定しました。

【治安維持能力への疑問】
また、イラク治安当局は、テロ発生現場の治安担当の計11人を拘束、爆弾攻撃に使われたような大型トラックがバグダッド中心部に近づくことは規則により禁じられており、これらのトラックがどのように中心部に入ったのかなどついて取り調べを開始しました。

テロの容疑者が「わいろを渡して検問所を通過した」と供述した【8月24日 毎日】とか、ジバリ外相の「テロリストグループと治安部隊の間になんらかの共謀があった」との発言【8月23日 AFP】なども報じられています。
いずれにしても、イラク治安当局の能力に大きな疑問が投げかけられています。

24日には、シーア派が多いイラク中部クート近郊で2台の小型バスに仕掛けられた爆弾が爆発し、少なくとも20人が死亡(地元州・警察筋では11名)、10人が負傷しています。
こうした治安再悪化の兆しに、米軍からは一時的な共同警備の提案がなされています。

****イラク:治安悪化 米軍の都市撤退に時期尚早論****
7月以降、イラクでは北部を中心にイスラム教シーア派や少数派住民を標的にしたテロが連続。これを受け、イラク駐留米軍のオディエルノ司令官は17日、北部地域の警備強化のため、アラブ人主導のイラク軍と、クルド自治政府の治安部隊、米軍の3軍による一時的な共同警備を提案した。
領土や石油収入配分をめぐり対立するアラブ人とクルド人の間の信頼醸成措置の側面もある。実施には、駐留米軍地位協定に関しイラク側との調整が必要になるとみられる。

ロイター通信などによると、中央政府のマリキ首相とバルザニ自治政府議長には説明済みで、前向きの反応を得ているという。9月早々に具体的協議に入る予定だ。
オディエルノ司令官によると、共同警備対象はニネベ県の市町村や、アラブ人、クルド人、トルクメン人の緊張関係が続く石油都市キルクークなど。任務はイラク側が主導し、米軍は顧問的役割を担うことになるという。【8月24日 毎日】
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【イラク版政界再編】
政局がらみでは、シーア派中心の与党会派が分裂したことも報じられています。

****イラク与党会派が分裂 マリキ首相、総選挙控え難局*****
イラクのマリキ首相を支えてきたイスラム教シーア派中心の与党会派が分裂し、24日、首相の率いるダワ党を含まない新たな統一会派を発表した。来年1月に予定される国民議会選挙をにらんだ会派の再編で、マリキ氏は難しい政局運営を迫られることになった。
発表された新会派「イラク国民同盟」は、最大与党のイラク・イスラム最高評議会(SIIC)、反米強硬派のサドル師派などシーア派政党に、スンニ派や宗教色の薄い政党など計11の政党と無所属議員らで構成される。

24日の記者会見でSIICのハムーディ議員は、前日にマリキ氏との協議が決裂したと明らかにする一方、ダワ党の参加に向けた話し合いを続ける意向も示した。ただ、関係者によると、SIICはダワ党の求める首相ポストを拒否したといい、首相職にこだわるマリキ氏が妥協する可能性は小さいとみられる。
新会派は国会審議での対応方針は明らかにしていない。しかし、ダワ党と割れたまま選挙が近づけば、マリキ氏は法案成立への協力が得られなくなる可能性もある。(中略)
背景には、イランの影響の強いSIICやサドル師派に対するマリキ氏の警戒感や、中央政府の権限強化を目指すマリキ氏と、シーア派住民の多い南部に連邦政府をつくりたいSIICの思惑の違いがある。
マリキ政権がSIIC中心の政権に代わった場合、イランの影響力が高まるとの懸念もささやかれる。【8月24日 朝日】
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宗派を超えた「強い指導者」像を売り込んで1月の地方選挙に圧勝したマリキ首相ですが、防護壁撤去中止は、マリキ首相の狙う「強い指導者」像に傷をつけることになりました。
米軍との共同警備となると、ますますイメージが低下します。さりとて、このままテロが頻発すればそれどころではない事態にもなりかねません。
イラクの治安が保たれるのか、政局混乱はないのか、イランの影響は?・・・懸念材料はつきないようです。

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東ティモール  独立是非を問う住民投票から10年

2009-08-24 21:47:11 | 国際情勢

(東ティモールのビーチ。“flickr”より By Matthew Winterburn
http://www.flickr.com/photos/bezoire/137355305/)

【「ツール・ド・ティモール」】
久しぶりに東ティモール関連のニュースを目にしました。
東ティモールで初の国際自転車レース「ツール・ド・ティモール」が始まったとか。

****初の国際自転車レース=治安改善をアピール-東ティモール*****
1999年に東ティモールでインドネシアからの独立の是非を問う住民投票が行われてから30日で10周年となるのを記念し、東ティモールで24日、初となる国際自転車レース「ツール・ド・ティモール」が始まった。
東ティモール政府はレース開催により、豊かな自然など観光資源のアピールのほか、治安状況の改善を印象付けたい考えで、開会式にはホルタ大統領が出席して参加者の健闘を祈った。
AFP通信によれば、レースの日程は5日間で10カ国の約280人が参加。参加者は岩だらけのでこぼこ道や川、高地の森林など全長約350キロの難コースを駆け抜ける。賞金総額は7万5000ドル(約710万円)。【8月24日 時事】
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【度重なる暴動・破壊・虐殺】
記事にもある99年に行われた独立の是非を問う住民投票では、インドネシアによる「特別自治権提案」が拒否され、東ティモール住民の独立への意志がしめされました。
このことがインドネシア併合維持派による破壊と虐殺を呼び、99年8月前後に千人以上が殺害されたとされています。また、多くの犠牲者と難民を生みました。
このインドネシア併合維持派の暴動にはインドネシア国軍が関与していると当時から言われていましたが、インドネシア政府はその責任を認めていませんでした。

しかし、昨年7月15日、インドネシア併合下の東ティモールで起きた殺人や暴行、拷問などの真相究明のためインドネシア・東ティモール両国政府が設置した「真実と友好委員会」は、インドネシア国軍と警察、政府の組織的な関与と責任を認める調査報告書を両政府に提出し、インドネシアのユドヨノ大統領は会見で「深い遺憾を表明する」と語り、政府として初めて加害責任を認めました。

こうした甚大な被害を伴いながらも、東ティモールは国連管理のもとで、02年に独立を実現します。
しかし、独立後も政情は安定せず、06年には西部出身の軍人による反乱、07年には独立運動の中核となってきた与党フレティリンが下野し、グスマン連立政権発足することになったのを不満に思うフレティリン支持者が暴徒化。
08年2月には、06年の国軍反乱の指導者が指揮する武装集団にホルタ大統領やグスマオ首相が襲撃され、一時ホルタ大統領はオーストラリアの病院に入院する事態となりました。

【ようやく安定か?】
独立以降の東ティモールは上述のように混乱・暴動続きでしたが、ここのところは東ティモールの政治関連のニュースを目にしていませんでした。
“便りのないのはよい便り ”という訳で、政情も比較的安定していたのでしょう。
冒頭記事でも“治安状況の改善を印象付けたい”との政府の考えが紹介されていますので。

ただ、経済的には困難な状態が続いており、昨年の食糧価格・燃料価格高騰の影響もあって、度重なる暴動の被害からの再建・復興は進んでいないとも報じられていました。
今回の国際自転車レースで“豊かな自然など観光資源”をアピールして、復興へつなげていきたいところのようです。
治安が改善したのであれば、一度旅行してみたい国です。



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「ナイジェリアのタリバン」を生んだ“良き統治”の欠落

2009-08-23 11:15:13 | 国際情勢

(ナイジェリアでは昨年11月に中部プラトー州で、イスラム・キリスト両教徒の衝突によって300人以上が死亡する暴動がありましたが、その暴動で焼き討ちされたJosの教会跡で集会を再開した人々
“flickr”より By MikeBlyth
http://www.flickr.com/photos/blyth/3220293194/)

【ビアフラ戦争の残影】
豊かな石油資源に恵まれながら、そのことが国内での利権争い・腐敗・内戦のもとになり、混乱から抜け出せない事例のひとつが、アフリカ最大の人口を抱えるナイジェリアでしょう。
古いところでは、67年、部族対立に油田権益・経済格差・植民地時代からの社会格差などが絡んだビアフラ戦争の悲劇があります。
腹部だけが異常に膨らんだ餓死を待つ子供の写真は、アフリカのイメージを人々に固定させるほどの衝撃がありました。

今、アフリカが“腹部が膨らんだ子供”のイメージから抜け出した展開を見せているのも事実であり、そうしたかつてのイメージでアフリカを見ることへの批判もありますが、一方で、未だそのイメージの延長線上にあるような悲劇と決別できていないのも事実です。

【南部ニジェール川デルタの反政府活動】
ナイジェリアはビアフラ戦争後も、世界有数の石油資源を有しながら、部族対立、利権争い、腐敗・汚職による混乱が続いています。
国際的に注目されているのは、南部ニジェール川デルタの油田地帯で続く反政府武装勢力の行動です。
石油施設への攻撃が激化することで原油価格の国際相場が上昇する場面もしばしば見られます。

****石油施設攻撃、来月再開へ=武装組織が宣言-ナイジェリア****
ナイジェリアの反政府武装組織、ニジェール・デルタ解放運動(MEND)は22日、同国内の石油・ガス関連施設への攻撃を来月15日に再開すると宣言した。ロイター通信が伝えた。
MENDは7月15日、組織指導者が政府の恩赦で釈放されたのを受け、60日間の期限付きで石油施設への攻撃を停止。しかし、この日の声明で「政府との交渉で組織分断工作があった」と主張、期限切れ後に攻撃を再開するとしている。【8月23日 時事】
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【「ナイジェリアのタリバン」】
最近、これとは別の、北部で起きた「ナイジェリアのタリバン」と治安当局の衝突が報じられていました。

*****ナイジェリア:「タリバン」と衝突激化…700人死亡*******
西アフリカ・ナイジェリア北部で先月以降、イスラム系過激派武装勢力と治安当局の衝突が激化、AP通信によると、1日までに少なくとも双方の700人が死亡した。政府側は同勢力を制圧したと発表、衝突は沈静化に向かっているが、残存勢力が活発化する可能性もあり、緊張が続いている。

「ボコ・ハラム(西洋の教育は罪)」を名乗る武装勢力は欧米の教育や価値を否定。ナイジェリア全土にシャリア(イスラム法)の導入を求め「ナイジェリアのタリバン(アフガニスタンの反政府武装勢力)」と呼ばれている。
衝突は先月26日、北部バウチの警察署襲撃から始まった。警察によるボコ・ハラムのメンバー逮捕がきっかけとみられている。その後、衝突は近隣の北部各州へと急速に拡大。ボコ・ハラムの拠点があるボルノ州マイドゥグリでは特に激化した。
政府側は29日、ボコ・ハラムの拠点を制圧したと発表。さらに、ボコ・ハラムの指導者モハメド・ユスフ師が30日、拘束後に殺害され、混乱はいったん収束した。
しかし、マイドゥグリなどではその後も散発的な衝突が発生。指導者の殺害に反発する残存勢力が再び攻撃を仕掛ける恐れも残っている。【8月2日 毎日】
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7月28日に目にしたニュースでは「ナイジェリアでイスラム系組織が治安部隊襲撃、80人以上死亡」というものでしたが、国連の潘基文事務総長の「人命の不必要な損失と資産の破壊を非難する」との声明(28日)にもかかわらず、報じられる犠牲者の数は150人、250人、300人、600人・・・と日を追うごとに膨れ、上記記事にあるように700人にまでになりました。
“700人”という死亡者は、イラクやアフガニスタンでも、短期の戦闘としてはあまりない数字です。
戦闘というより、殲滅に近いものだったのでは・・・と思わせます。

【良き統治】
もともとナイジェリアでは北部にイスラム教徒、南部にキリスト教徒が多く住み、宗教間の緊張が続いています。昨年11月には中部プラトー州で、両教徒の衝突によって300人以上が死亡しています。
「西洋の教育は罪」を意味するボコ・ハラムは、「ナイジェリアのタリバン」と呼ばれており、西洋式の学校教育を禁じ、厳格なシャリア(イスラム法)を全土で施行するよう要求しました。

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ナイジェリアでは、一日1.25ドル未満で生活する貧困層の割合が70%を超える。その一方で、ごく一部の裕福で腐敗した政府関係者は法外に贅沢な生活を送っている。
ボコ・ハラムが蜂起したナイジェリア北部ほど貧富の差が激しい地域はない。大卒の若者でさえ仕事はほとんどなく、それが北部の人々が新たな政治システム、とりわけシャリア法による統治を選ぶ一因だ。
かつては活気に満ちていた農業や繊維工業はこの10年で衰退し、ナイジェリア南部で発見された油田が政府の主要な収入源となった。北部の人々がその恩恵を受けることはなかった。
石油で稼いだ巨額の富は公共サービスや雇用創出、開発事業に回すよう法律で定められているが、実際には政府関係者の懐に消えた。ナイジェリアの元財務大臣は07年、本誌に対して270億ドルが政府の金庫から消え失せたと認めた。 
人権擁護団体ヒューマン・ライツ・ウォッチは07年、ナイジェリアの実態は「民主的統治国家というより犯罪組織に近い」と語った。その状態は2年経った今も変わっていない。失業や経済停滞、汚職、腐敗した司法などの要因が相変わらずはびこっている。「広い意味ではナイジェリアという国家が破たんしつつある」と、ブリュッセルのシンクタンク、国際危機グループのリチャード・モンクリーフは言う。【8月5日 Newsweek】
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上記のような“良き統治”が失われた社会で、“厳格な復古主義を唱えるサウジアラビアのワッハーブ派や、エジプトのムスリム同胞団は、90年代半ばに進出。ナイジェリアでイスラム法の影響力が着実に増大している(この10年間で36州のうち12州がシャリア法の一部を採用した)”【同上】とイスラム主義が拡大しています。
ボコ・ハラムもそのような流れで生まれた組織ですが、タリバンとの実際的なつながりはなく、“彼らが「タリバン」を名乗ったのは単に注目を集めたかったからだろう。”と言われています。

しかし、“良き統治”が行われず、腐敗・汚職が蔓延するなかで、人々がイスラム原理主義に救いを求める・・・という構図は、まさにアフガニスタンでのタリバンの勢力拡大と全く同じ土壌です。
ソマリアで見られている無政府状態も同じです。
国家破綻という点ではコンゴも同様でしょう。

オバマ米大統領は7月11日、ガーナの首都アクラで「発展は良い統治にかかっている」と演説し、民主主義が真に根付くことこそが貧困問題解消など、発展に向けた基礎になると訴えました。
基盤となる“良き統治”を行う政府が存在しなければ、国際社会による平和維持活動といった外部が主導して和平を築く試みもうまくいかないことは、“オバマのアフガニスタン”でも実証されています。
しかし、ではどうすれば・・・となると、出口の見えない現実に立ちつくしてしまいます。

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アフガニスタン  大統領選挙は「成功」との評価あるも、選挙結果について混迷の兆し

2009-08-22 16:54:22 | 国際情勢

(警護された投票所を訪れた女性 アフガニスタン・カンダハル タリバンの拠点でもある南部カンダハルでは投票所近くにロケット弾も打ち込まれ、投票率は全国平均を大きく下回る10%前後ではないかとの推測もあります。
南部カンダハル州・ヘルマンド州はカルザイ大統領の地盤でもあり、この地域の投票率低下は選挙結果にも影響するのでは・・・との見方もあるようです。
“flickr”より By Canada in Afghanistan / Canada en Afghanistan
http://www.flickr.com/photos/camafghanistancam/3840606924/)

20日に投票が行われた01年のタリバン政権崩壊後でカルザイ政権が発足して以降、初の「アフガニスタン人の手による選挙」となったアフガニスタン大統領選の投票が、世界が注目する中、20日に行われました。

【「わたしたちにとって、とても幸福な状況」】
投票所は全国約2万9000カ所に設けられ、登録有権者数は約1700万人。うち約4割が女性とみられています。
今回の選挙の女性候補者の数は、大統領候補が41人(最終的には32人に減少)中2人、副大統領候補が82人中8人、地方議会の議員候補3196人中では全体の10%を超える328人が出馬しています。
学校に通う少女たちが襲撃を受けるような風土のなかで、これらの女性候補者のなかには、タリバン側からの殺しの脅迫を受けている候補もいます。

それでも、ある女性は「母たちの世代とわたしの世代は大きく違う。選挙権をもてることはとてもうれしい。選挙に参加して、自分の国の将来に意見を述べたいし、国に最も利益をもたらす候補を選びたい」「わたしたちにとって、とても幸福な状況。わたしたちが、政治に参加できるのよ」と語っています。【8月18日 AFP】

もちろん、女性を取り巻く現実は厳しく、多くの女性がこうした政治的自覚を持っている訳でもないでしょうが、治安悪化、汚職の蔓延など多くの問題を抱えるアフガニスタンにあって、タリバン政権時代と異なり、女性が政治参加の機会を与えられている点においては評価できるように思われます。

【政府より「タリバン法廷」を信頼】
民心の離反を招いているアフガニスタンに蔓延する汚職については、裁判所・司法の場にも見られます。
****岐路に立つアフガン:09大統領選/上 未熟な国造り、腐敗招く*****
「同じイスラム法廷なのに、政府の裁判所には誰も来ない」
旧支配勢力タリバンの影響力がじわじわと広がりを見せるアフガニスタンのカブール州東部サロウディ地区。元判事のスレイマン地区長(35)は、人けのない裁判所前でため息をついた。
アフガニスタンの裁判はイスラム法(シャリア)に基づく。しかし、国の裁判所を避け、タリバンが運営する「法廷」を頼る人々が急増している。理由は司法の腐敗だ。

「裁判で必要な証拠書類の作成を巡り、行政や警察などがわいろを求める。判事がイスラム法の知識に乏しかったり、有利な判決を条件に金品を要求する。一方、タリバン法廷では提訴後すぐにタリバン指導部内の司法委員会が協議し、一両日中に判決が出る」
2年前、若手判事仲間と腐敗追放運動を始めたが、スレイマン氏は「有力判事らにつぶされた」と証言する。
タリバンが州土をほぼ掌握した中部ガズニ州ギラン地区。強盗に遭い、警察に出した被害届を放置された商店主ザヘルさん(32)は、タリバン法廷に訴えた。「タリバンがすぐに犯人グループを逮捕し、顔にタールを塗って市中を引き回した。その後、強盗事件はなくなった」。地区にある国の裁判所は半年前から、仕事がないため判事が来なくなり、閉鎖されたままだ。
ただザヘルさんは「裁判所が機能していればタリバン法廷には行かなかった」と言う。厳罰主義が恐怖政治へと発展した旧タリバン政権の再来を恐れるからだ。

こうした構造的な腐敗は、米軍の攻撃でタリバン政権が崩壊した後の02年に始まった国際支援のあり方に根差しているとの指摘がある。当時、計画相として援助受け入れの実務に携わり、今回の大統領選に立候補しているバシャルドスト氏(44)はこう振り返る。「洪水のような復興資金は、拠出国側も使途をほとんどチェックせず、政府関係者らの不正使用を野放しにした。権限を持つ者が不法行為に罪悪を感じない風潮が広がった」
オバマ米大統領は、カルザイ政権の「汚職体質」を指弾する。しかし、「構造的な背景を指摘しない個人批判は、問題の本質にふたをしているように見える」とバシャルドスト氏は手厳しい。【8月18日 毎日】
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社会にはびこる不正にたいする厳罰主義と、それによる治安改善は、かつて軍閥が割拠する社会にあってタリバンが民心をとらえ、急速に勢力を拡大して、政権獲得に至ったときの事情と同様です。

【タリバンとの共存を模索】
タリバンとの戦闘が続き、治安改善が進まないなか、今回選挙において多くの有力候補は「タリバンとの対話」を掲げています。
****岐路に立つアフガン:09大統領選/下 有力候補「タリバンと対話」掲げ*****
 ◇現実見据え、共存模索
「生活苦はタリバン政権時代と変わらない。しかし、治安の悪化がひどすぎる」
アフガニスタンの首都カブール。地方から出稼ぎに来たものの戦争の影響で仕事を失い、コテサンギン地区の求職所に集まっていた約1000人の男たちが政府非難を始めた。
国際支援で復興が進むカブールでさえ、市民の8割は日雇い労働で生計を立てる。正規雇用のできる企業は少なく、国の経済を支えるのは麻薬密売などの犯罪組織だ。食料や生活物資の多くを輸入に頼るアフガンでは、隣国パキスタンでの掃討作戦が招いた物価高騰のあおりも受ける。
タリバンが勢力を広げる中部マイダンワルダック州から来たサヒーさん(35)が「タリバンが変わるのならば歓迎する」と言うと、無言でうなずく沈黙の賛同が広がった。変わるとは、恐怖支配をやめることを指す。

大統領選の有力候補者は「タリバンとの対話」を掲げる。カルザイ大統領は「再選されればタリバン指導者と本格対話を始める」と明言。政府の構造的汚職を追及するバシャルドスト候補も「各地を回ると、いかに国民が対話を求めているかが分かる」と語る。
何世紀にもわたり外国の侵略を排除してきたアフガンの人々は、超大国の米国でさえタリバンに「勝てない」ことを納得して見ている。対話への期待は、いずれ去っていく外国人と違い、タリバンとの共存を模索せざるをえない現実を見据え始めたからだ。(後略)【8月20日 毎日】
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【戦争が続く国で行われた選挙としては「成功」】
選挙戦は現職の現職カルザイ大統領をアブドラ元外相が追い上げる構図で行われました。
数日で大勢が判明する見通しで、最終結果は9月17日に発表されますが、過半数を得票する候補者がいなければ、上位2人の決選投票になります。

今回投票に関して、ワルダク国防相は、全土で計135件の襲撃があり市民や警官など26人が死亡したと発表。
このほか、タリバン側も少なくとも24人が死亡しています。
選挙管理委員会幹部は、タリバンの選挙妨害により全国約800カ所の投票所が開設できず、投票率は40~50%で前回04年の約70%を大幅に下回るとの見通しを示しています。

タリバンとの戦火が続くアフガニスタンの現状、タリバンによる選挙妨害を考えると、“この程度”の犠牲者・トラブルですんだことに、国連や国際監視団のメンバーは、戦争が続く国で行われた選挙としては「成功」だと一定の評価を与えています。
オバマ米大統領も20日出演したラジオ番組で、「タリバンによる妨害の試みにもかかわらず、選挙は成功しているようだ」と語り、武装勢力との戦闘が激しいアフガン東部、南部に投入された増派米軍が「圧力をかけている」と成果を強調しています。

バシャルドスト候補は、再投票防止のため投票した有権者の指先につけるインクが洗い落とせたと「不正選挙」を主張していますが【8月21日 毎日】、選挙をアメリカなどによる「策略」と主張するタリバンは、投票を禁じるビラを配布したり、票を投じたことを証明するインクがついた指を切り落とすと“警告”するなどして有権者の恐怖感をあおっていました。この脅迫にはリアルな怖さを感じます。

そうしたタリバンの脅威のもとでの40~50%の投票率は、非常に高い数字にも思えます。
日本国内の選挙でも、その程度の投票率しかない場合も散見します。そのことは、日本の民主主義の危機のようにも思えますが、その話はまた別の機会に。

【混迷の兆し】
今回選挙については、すでに投票前から、不正選挙への批判がカルザイ陣営以外の候補から主張されています。
投票終了後、アブドラ元外相陣営の担当者は「少なくとも3州で、大規模な不正があった」と主張、デモも辞さない構えを示しています。バシャルドスト候補(元計画相)は、投票後、「これは選挙じゃない。コメディーだ」と述べ、選挙戦の正当性を認めない考えを表明しています。

選挙後、さっそくカルザイ、アブドラ両陣営が、自分達が勝利したと勝手な主張を始めています。
選挙管理委員会幹部は、いずれの主張にも「一切コメントしない」としていますが、選挙結果をめぐって早くも混迷の兆しが見え始めています。
カルザイ大統領が過半数を抑えたという結果になった場合、イラン大統領選挙と同じように、アブドラ候補などが「不正選挙」を訴えて街頭行動にでる事態も考えられます。

ただ、イランと異なりアフガニスタンの場合、タリバンとの戦闘を抱えており、内政が混乱する余裕などどこにもありません。
女性の権利を守る社会を育て、腐敗・不正を正して民心の離反を防ぎ、タリバンとの対話でタリバン側にも恐怖政治からの変化を促す・・・そうしたことのためには、どこにも選挙結果で混乱している余裕はないはずです。

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