孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

カンボジアとタイの世界遺産登録をめぐる摩擦

2008-07-04 14:42:25 | 世相

(プレアビヒア寺院遺跡 坊さん達が立っている場所は崖になっており、足元にカンボジア平原、遠くはトンレサップ湖が見渡せます。“flickr”より By paniek
http://www.flickr.com/photos/paniek/1028911603/)

【「プレアビヒア寺院」騒動】
世界中どこにでもある“領土問題”“国境紛争”のひとつ。

****カンボジア国境のヒンズー教寺院 世界遺産登録巡りタイと摩擦****
カンボジアとタイの国境に位置し、長年その領有権が争われてきたヒンズー教遺跡「プレアビヒア寺院」の世界遺産登録を巡り、両国の摩擦が強まっている。カンボジア政府による登録申請にタイ政府が合意したのに対し、タイの野党や市民団体が批判。裁判所が政府決定を差し止めたためだ。カンボジア側は「両国の友好関係に悪影響を与えかねない」と懸念を深めている。【7月2日 毎日】
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カンボジア政府による世界遺産登録申請にタイ政府は一旦合意しました。
タイ大使館のホームページにも6月11日付けで“タイは1962年の国際司法裁判所の判決を認めていますが・・・(中略)・・・2008年6月5日にカンボジア側からプレアビヒア寺院遺跡と領域の地図が提出され、現在専門家に検討するように依頼しています。今回カンボジアが登録申請したのは寺院遺跡のみで、周辺の領域は対象外であり、心配されているタイ側の領有地については問題がないと考えられます。”との記載があります。
しかし、その後タイの野党や市民団体が反発。
裁判所が政府決定を差し止め、政府も1日、支持を撤回しました。

大体インドシナ半島領域は昔からタイ、カンボジア、ベトナムなどの勢力がその時代の勢力圏の拡大・収縮によって、奪ったり奪われたりを繰り返しています。更に近代に入るとこれに植民地宗主国フランスの意向が加わります。
「プレアビヒア寺院」もそんな歴史のなかで、幾たびかの領有の変遷がありましたが、記事にもある62年の国際司法裁判所判決でカンボジア領とすることになっています。
(同判決については、「プレア・ビヒア事件」(http://www.mekong.ne.jp/directory/politics/preahvihear.htm)に詳しく紹介されています。)

ただ、タイ東北部シーサケート県の南端から続く高い崖の上にあって、断崖の上からカンボジア平原を見下ろすという地形から、アクセスは通常タイ側からになります。(カンボジア側から行けるのかよくわかりませんが、まだ地雷が十分に除去されていないという情報も見たような気もします。)
国境線についても未画定部分があることから、タイ国内にはいまも自国の領有を主張する世論が根強く、世界遺産登録の妨げとなっていたそうです。

【タイの政局】
タイではここのところタクシン前首相の復権をめぐって、これに反発する市民団体が反政府行動を強め、サマック首相に辞任を求めています。
今回の「プレアビヒア寺院」の件についても、反政府勢力は「カンボジアでビジネス展開を考えるタクシン元首相の意図に沿った売国的行為」と批判しており、国内政局絡みの展開のようです。
カンボジア側は遺跡を閉鎖、軍を配備するなど政治問題化しています。

なお、反タクシンの市民連合による反政府・反タクシン活動については、先の軍部によるクーデターをもたらした背景にもなったものですが、世論調査では、議会軽視の市民連合の行動には7割の市民が「支持しない」と回答するなど、過激な政権批判への嫌悪感も招いています。【6月23日 毎日】

サマック首相自身がタクシン前首相とは一線を画したい立場でしょうから、自分がタクシン復権批判の矢面に立たされ、辞任まで要求されるのは納得できないところでしょう。
しかし、タクシン支持派に神輿として担がれている立場の党内にあって基盤が弱く、反政府運動を封じる強い政治力を持たないのが実情とか。

【アンコール・ワット騒動】
タイ・カンボジア間のトラブルというと、5年前の“アンコール・ワット騒動”を思い出します。
2003年1月、タイの有名な女優でカンボジアでも人気があるスワナン・コンジンが「アンコール・ワットはタイのものだ」という趣旨の発言をしたと報道され、カンボジアのフン・セン首相が激怒、カンボジア国内でTV放映されていたドラマを中止しました。

その後、プノンペンにあるタイ大使館前での抗議デモの一部が暴徒化して大使館を襲撃し、放火と略奪に至りました。そのきっかけは「バンコクのカンボジア大使館員が殺害された」とのウワサだったという報道もあります。
騒動は拡大して、タイ系企業への略奪行為、両国外交関係の実質的な途絶、バンコク側での抗議活動・・・と大騒動になりました。
個人的には、問題のアンコール・ワットを正月に旅行して、初日の出などを楽しみ帰国した直後だったので、あっけにとられてしまいました。
なお、騒動の発端となった“女優の発言”というのは事実無根の誤報だったと言われています。

この“アンコール・ワット騒動”の経緯等は、波田野直樹さんのサイト「アンコール遺跡群フォトギャラリー」に詳しく紹介されています。(http://www.angkor-ruins.com/kimagure/html/20030202.htm

【タイとカンボジア】
両国の言葉は非常に似通っており、カンボジア人はタイ語の会話は大体理解できると、今年プノンペンをガイドしてくれた青年は言っていました。私の住んでいる奄美の言葉と東京の言葉より差は小さいようです。
そんな文化的共通性の強い両国ですが、裏を返せば、それだけお互い侵略しあって入り乱れる関係にあったということでしょう。

アンコール・ワットのあるシェムリアップ周辺も、歴史の中で“奪ったり奪われたり”の土地ですが、タイがまがりなりにも独立を保ったのに対し、カンボジアはアンコールの都を失ってからは、タイ・ベトナム・フランスに絶えず侵略されてきた国です。
そういう歴史的経緯がもたらす近親憎悪に加えて、最近の両国の置かれた状況があります。

タイはこの地域では圧倒的な力を持った地域大国です。
カンボジア、ラオス、ミャンマーなど周辺国への経済進出も進み、街にはタイ産の商品が溢れています。
TVでもタイの番組が流されています。
一方のカンボジアは、ついこの間までポルポトの内戦に明け暮れ、地方に行くといまだに地雷が残っているような国です。

【加害者と被害者】
そんな両国民の心理を上記波田野氏は次のように述べています。
“タイ人の中にはカンボジアを見下している人が少なくありません。またカンボジアは危険なところだというのがタイ人の一般的な見方です。タイ国際航空の広告ではアンコールと彼らの文化との関係をsister civilization(!) と表現しています。タイ人には「カンボジアを助けてやっている」という意識が強いようです。また歴史的な経緯もあって、タイ人に「カンボジアはタイのもの」という意識が生まれたのでしょう。「アンコール・ワットはタイのもの」というのはタイ人には自然に受け入れられると想像します。総じてタイ人のカンボジアに対する認識と意識は単純であるという印象を受けます。これは関係性からいえば加害者に特有の心理です。
一方でカンボジア人のタイに対する意識は複雑です。これは基本的に被害者の心理です。タイはカンボジア誇るアンコール文明を滅亡させた宿敵であり、領土を蚕食された時期さえありました。ところが今は経済的にタイなしではやっていけない状況にあります。侵略的とも見えるモノと文化と資本の流入です。彼らは自国がいまだ貧しく、民主主義もひ弱であることを充分に知っていますが、そうした状況が強国のパワーゲームの結果もたらされたという事実も忘れていません。”

加害者の無神経さ、被害者の怨念・・・よくある話です。
また、波田野氏も述べているように、もうひとつの隣国ベトナムに対するカンボジア人の敵愾心はもっと強烈なものがあります。それが、あのポルポトの悲劇を生む背景にもなっています。

【領土問題よりは・・・】
まあ、アンコール・ワットのような文化的中心遺産は別として、大半の国境紛争・領土問題は第三者的には“どっちでもいい”ような些細な問題に見えます。
タイもカンボジアも観光を重視した国ですから、プレアビヒア寺院遺跡にしてもお互いが協力して世界にアピールすればいいだけのことに思えます。
世の中の多くのトラブルも、魚がとれるなら一緒に獲ればいいし、石油があるなら一緒に掘ればいい・・・それだけの話、領有権がどっちにあろうが大した問題ではないように思えます。

しかし現実には、こと“領土”となると、お互いに目を吊り上げて罵り合い、少しでも譲歩する者は“売国奴”“非国民”と罵倒する・・・お互いに譲らないから緊張が高まり、その緊張が一層妥協を困難にする・・・そういう風潮が古今東西はびこっています。

そんなことに意識を奪われる間に、タイ深南部ではイスラム教徒の反政府活動が止まず、04年からで3300人以上、今年だけでも500人近くが殺害されています。
カンボジアでは今月末の総選挙で、フン・セン首相のカンボジア人民党が圧勝し実質的な一党支配体制ができそうな勢いです。ポルポト派幹部を裁くガンボジア特別法廷は9月開廷予定ですが、すでに大幅に遅れています。
イエン・サリが投降と引き換えに受けた国王からの恩赦が一番問題になりそうです。


コメント
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