孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

カンボシア・タイ  対立が解けない「プレアビヒア寺院」問題

2008-07-29 21:53:44 | 国際情勢

(プレアヒビア寺院へのタイ側からの入口ではないでしょうか・・・ 境内はカンボジアが占有しています。 “flickr”より By Mofaitsontdm
http://www.flickr.com/photos/mofaitsontdm/2337274442/

【にらみ合いつつも、奇妙な“平和”】
今月ユネスコ世界遺産に登録されたカンボジアのタイ国境にあるヒンズー寺院遺跡「プレアビヒア寺院」の領有権問題で、これに抗議するタイ人3人が、国境の検問所を飛び越えて寺院へ行こうとし拘束されたのが15日。
以来、カンボジア・タイの軍隊がにらみ合う事態が続いています。
当初はそれぞれ数十人単位でしたが、日増しに“増強”され、今では数千人規模にまでなっているとか。
(「プレアビヒア寺院」問題の背景、タイ政局との関係などについては、7月4日ブログ「カンボジアとタイの世界遺産登録をめぐる摩擦」で取り上げたところです。
http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20080704

“にらみ合う”とは言っても、今のところは、そんなに張り詰めた緊張状態ではないようです。
「領有争いの地 奇妙な“平和”」と題する地元紙のルポによると、「両国軍がにらみあうというものではなく、国境未画定地域内での“混在”だった。両国軍の兵士は山中や野原に隣り合うようにテントを設営、警戒にあたるが、食事を交換し、冗談を言い合い、同じ池の水で一緒に体を洗うなど友好ムードに満ち、衝突とは程遠い雰囲気だ。」【7月25日 南日本】といった様子だそうです。
タイ語とカンボジア語のかなりの部分が似通っており、互いの意思疎通は可能だそうですから、“冗談を言い合う”ことも可能です。

【暴発の危険も】
ただ上記ルポでも触れているように、兵士は常時自動小銃や手榴弾を携帯しており、小競り合いもあります。
武装した軍隊が混在している限り、暴発は常に隣り合わせと言えます。
とりわけ印象的だったのは、あるカンボジア兵士(25歳)の言葉です。
「戦えればハッピー。タイが我々の領土を奪うのは許さない」と不敵な笑みを浮かべる・・・・。
“やるならいつでも相手になろうじゃないか”というところでしょうが、“不敵な笑み”が目に浮かぶようです。

【戦争への構図】
今回の衝突を見ていると、どのようにして“戦争”というものが起こるのかわかるところがあります。
タイは、一旦はカンボジア側の世界遺産登録申請に同意した経緯があります。
以前から領有権で揉めていたとはいっても、かつて国際司法裁判所の判断が出ていることもあり、一般的な認識としては「お互いが協力して世界にアピールすれば、観光的に両国のメリットになるじゃないか」という常識的な判断があったと思われます。

しかし、タイ国内ではタクシン前首相とつながるサマック政権に対する反政府運動が激しくなっており、“自国領土を譲り渡すのか! タクシン一派が観光利権を狙っているのではないか?”という形で、領土問題と反政府運動が結合して国内政局絡みの運動として激しさを増していきます。
世界遺産登録に同意した共同声明への署名が憲法裁判所によって「違憲」とされたこともあって、外相は辞任に追い込まれ、政治家は不用意にものを言わない状況が生まれています。

そうした状況の背景には「踏みにじられたナショナリズムがタイ・カンボジア両国民間の憎しみの感情を煽っている。南東の隣人に対して優越感を抱くタイ人は(寺院の件で)面子を失ったと感じ、反カンボジア感情が高まっているのだ」【17日タイ英字新聞The Nation】という国民感情(傷ついた理由のない優越感)があります。

一方のカンボジアでは、フン・セン首相が世界遺産登録を政権の“実績”として大々的に国民にアピールしてきており、しかも選挙戦を控え、これまた“弱腰”の対応はとれない状況にありました。
むしろ、強気の姿勢を示すことで、国内求心力を強め、選挙での圧勝を盤石のものにする・・・という方針がとられたように見えます。

その背景には、カンボジア国民のタイに対する鬱積した感情、歴史的に絶えず侵略されてきたという思い、しかし現在経済的にタイに大きく頼るかたちになっている現実への釈然としない思い・・・そういった思いがあるのでは。

人々に広がる“愛国的要求”に棹差すのは非常に難しい覚悟を要することです。
理性の通用しない、いわゆる“引くに引けない状況”となりがちです。
こうした状況で、何らか“不測の事態”が突発すると、両国首脳の思惑にかかわらず、国民に突き上げられるようして戦端が開かれることになるのでしょう。

【中国・ロシア 国境画定 「北京五輪へのプレゼント」】
領土を譲ることにつながる決断は政治家にとっては厳しい判断です。
どこの国にも扇情的に領土問題を煽る勢力はいます。
ロシアと中国は21日、北京で中ロ間の東部国境に関する追加議定書に調印し、表面上はロシア側が中国へ譲るかたちで、未解決のまま残されていたアムール川(中国名・黒竜江)とウスリー川の中州の国境線が画定しました。

今回中国領に決まったタラバロフ島(中国名・銀竜島)と大ウスリー島(同・黒瞎子島)西部の計174平方キロについて、ロシアは従来から“アヘン戦争後の北京条約(1860年)でロシア領になった”と主張してきました。
ロシアメディアは今回の“譲歩”を 「北京五輪へのプレゼント」と表現しているとか。

ソ連時代には武力衝突も起きて、タイ・カンボジア対立とは比較にならない衝撃を世界に与えた問題ですが、次第に欧米と対立を強めるプーチン大統領(当時)が対中接近に動き、04年10月の中露首脳会談で従来の方針を変更したと言われています。
この方針変更に対し、地元ハバロフスク地方の議員は当然のごとく反対しましたが、プーチン政権は地元への経済支援と“強権”で反発を抑え込んだそうです。
「極東の発展には中国との関係強化が不可欠」という考えも背景にあったそうです。
【7月26日 毎日】

表面上は譲歩ととられるような形で領土問題を解決することで、両者の関係を強化し、現実的な利益をはかるというような政策は、プーチンのように強権を振るえるような立場にないと難しそうです。

【問題解決へ向けて】
「プレアビヒア寺院」問題に戻ると、第三者的には、とても戦争を覚悟するような問題には思えません。
ここで衝突してもお互いなんのメリットもないように見えます。
観光を柱とする両国のダメージは大きなものがあります。
カンボジアにとって地域大国タイとの関係を絶つことは経済的に非常な負担となります。

カンボジアのナムホン外相とタイのブンナー外相は28日、問題の打開に向け、カンボジア・シエムレアプで協議を行いました。
12時間に及ぶ協議の結果、両外相は寺院周辺から軍部隊を撤収させることを“検討していくこと”で合意したものの、事態打開に向けた明確な解決策は示されなかったそうです。
協議では軍部隊の撤収に向けた明確な目標も立てられず、次回の会談日程も定められませんでした。
その一方で、両国は事態の平和的解決を主張し、国境線を確定するために必要な地雷除去などを含む事態打開策を提案しています。【9月29日 AFP】

“冷静な対応を期待する”と言えば月並みに過ぎますが、政局的に苦しい立場にあるタイ・サマック政権よりは、選挙で予想通り圧勝して“強権”もふるえる立場にあるカンボジアのフン・セン首相の方がフリーハンドを有しているようにも見えます。
多少タイ側の面子も立てる形で穏便に処理してもらいたいものです。



コメント
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