孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

香港  「逃亡犯条例」改正案で岐路に立つ「一国二制度」・高度な自治

2019-05-19 22:00:02 | 東アジア

11日、香港立法会でつかみ合う民主派議員と親中派議員【511日 共同】)

 

【形骸化が進行する「一国二制度」】

香港の「一国二制度」が形骸化し、中国本土に取り込まれつつあることは今更の話です。

 

2014年の雨傘運動のような香港側の反対運動がときに盛り上がりますが、社会・政治の基盤となる経済面において、外堀を埋めるかのように本土経済との一体化が進展しています。

 

****中国「大湾区」構想が注目 広東、香港、マカオ一体化 1国2制度形骸化も****

北京で開会中の全国人民代表大会(全人代=国会)で、習近平指導部が広東省と「1国2制度」下にある香港、マカオを一体化させて大経済圏を築く「ビッグベイエリア(大湾区)構想」が注目されている。

 

香港の分科会では構想を支持する声が相次いだ一方で、香港の民主派からは高度な自治を保障する「1国2制度」の形骸化を懸念する声もある。

 

構想は2月に本格始動。中国の先端都市である広東省深センや広州などの9都市に加え、国際金融都市の香港、カジノで知られるマカオを中心に経済交流を活性化させ、2035年までにハイテクや新産業の重要な発信地にする内容。

 

中国メディアによると、18年の域内総生産(GDP)は約1兆6500億ドル(約185兆円)で、米ニューヨーク周辺一帯25郡の規模に並ぶ。現代版シルクロード構想「一帯一路」とも連動し、往来やビジネス、物流、教育分野などの交流を盛んにする。

 

これに先立ち中国政府は大湾区構想の中核となるインフラ整備を進め、昨年9月に広東省と香港を結ぶ高速鉄道が開業。同10月には広東省と香港、マカオを結ぶ世界最長(約55キロ)の「港珠澳大橋」が開通した。

 

ただ、中国との一体化が進むことに、香港の民主派からは「大湾区構想によって中国と香港の融合がさらに進めば、香港の『1国2制度』は消滅してしまう」(毛孟静立法会議員)といった見方も出ている。

 

7日に開かれた分科会中、香港代表団の馬逢国団長は毎日新聞に、民主派側の懸念について「『1国2制度』を脅かすことはあり得ない。それぞれの地域の特徴を十分に生かすものだ」と語った。【39日 毎日】

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政治的にも、「一国二制度」・高度な自治を形骸化する“中国寄り”の姿勢が加速しています。

 

****香港、「雨傘運動」デモ発起人2人に禁錮16月の実刑判決****

香港の選挙制度の民主化を求めた2014年の大規模デモ「雨傘運動」をめぐる裁判で、香港の裁判所は24日、デモの発起人であるとして有罪判決を受けていた大学教授2人に禁錮16月の実刑判決を言い渡した。

 

禁錮16月の実刑判決を受けたのは香港大学の社会学教授、陳健民氏と同法学准教授の戴耀廷(ベニー・タイ)氏で、2人は公的不法妨害などの罪に問われ有罪判決を受けていた。 【424日 AFP】AFPBB News

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今回量刑が言い渡された二名を含め、「雨傘運動」を主導したとされる活動家リーダーら9人は48日に有罪判決が言い渡されていました。

 

9人はまれにしか使われない英植民地時代の法律に基づき公的不法妨害などの罪に問われ、全員少なくとも1つの罪状で有罪となった。”【49日 AFP】

 

また、、元学生リーダーで民主活動家の黄之鋒氏も。

 

****香港「雨傘運動」主導の民主活動家、二審も実刑判決****

香港の若者らが民主的な行政長官選挙の実現を求めて中心部を占拠した2014年のデモ「雨傘運動」で、裁判所の命令に反して当局によるデモ隊の排除を妨害したとして法廷侮辱罪に問われた、元学生リーダーで民主活動家の黄之鋒氏(22)に対し、香港の裁判所は16日、禁錮2カ月の実刑判決を言い渡した。黄氏は判決後、収監された。

 

黄氏は昨年1月の一審で禁錮3カ月の実刑判決を受け、上訴していた。二審となる今回の判決は、黄氏が犯行当時、未成年だったことを考慮して、1カ月短い禁錮2カ月とした。

 

雨傘運動をめぐっては、民主的な行政長官選挙の実現に後ろ向きな中国政府に圧力をかけるため、道路など公共の場所の占拠を提唱した香港大の副教授らに対し、香港の別の裁判所が4月、禁錮1年4カ月の実刑判決を言い渡し、副教授らは収監された。【516日 朝日】

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今後再び「雨傘運動」ような“不祥事”が起きないように、中国本土政府の意を受けて、香港当局は徹底した責任追及を行う構えのようです。

 

【「高度な自治」を捨て去る自殺行為ともなりかねない「逃亡犯条例」改正案】

その香港で、「一国二制度」・高度な自治を形骸化をめぐりホットな論争となっているのが、香港から中国本土への犯罪容疑者の引き渡しを可能にする「逃亡犯条例」の改正案審議です。

 

****香港で「13万人」がデモ 犯罪人移送の条例改正反対****

香港民主派は28日、中国本土への容疑者引き渡しが可能になる条例改正に反対するデモを行った。

 

主催者発表で約13万人(警察発表は22800人)が参加。大規模デモは3月末に続き2回目で、前回の12千人(同5200人)より大幅に増加、市民の反発が強まっている。

 

香港立法会(議会)では、香港当局が拘束した容疑者の中国本土への引き渡しが可能となる「逃亡犯条例」改正案を審議中で、政府は7月の休会前に可決させたい考え。デモ参加者らは条例改正方針の撤回を求め、立法会まで行進した。【428日 共同】

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****香港議会で衝突、議員ら負傷 犯罪人移送条例巡り対立****

香港立法会(議会)で11日、中国本土への容疑者引き渡しが可能になる「逃亡犯条例」改正案の審議を巡り、民主派と親中派の議員がもみ合いとなり、議員ら数人が床に倒れるなどして負傷した。

 

民主派は、条例が改正されれば、中国共産党に批判的な活動家らが本土に引き渡される恐れがあるとして猛反発しており、混乱が深まっている。

 

11日は法案委員会が開催される予定だったが、中止となった。香港メディアによると、民主派と親中派は法案委員長選出などを巡り対立。前日から議場に泊まり込んでいた民主派議員らと、親中派議員らが複数回、激しくもみ合った。【511日 共同】

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いわゆる「民主派」だけでなく、「親中派」の議員・経済界にも異論があるようです。

 

****「中国へ容疑者移送」香港紛糾 条例審議入れず、親中派からも異論****

中国本土から逃げてきた刑事事件の容疑者を中国側に引き渡せるようにする香港の「逃亡犯条例」改正案に反対する動きが、勢いを増している。

 

市民の自由の制約につながるとして、中国に批判的な民主派に加え、親中派や外国からも異論が噴出。中国政府は譲歩を認めない方針とされ、板挟みの中で立案した香港政府の基盤が大きく揺らぐ事態となった。

 

14日早朝、香港立法会(議会)。逃亡犯条例改正案を審議する委員会の会議室には、普段はスーツを着ている民主派議員がTシャツ姿などのラフな格好で集合した。親中派議員が入室すると「違法開催だ」と叫び、激しいもみ合いに。委員会はわずか10分ほどで中止された。

 

香港政府の改正案提出から約40日が経つが、民主派の反対で委員長さえ選べず実質審議に入れていない。

 

親中派が多数を占める立法会で民主派が勢いづく背景には、「中国当局が事件をでっちあげ、香港の民主活動家が中国本土に引き渡される」との主張が市民の間に浸透しつつあるからだ。

 

4月末のデモ行進には主催者発表で約13万人(警察発表は約2万3千人)が参加し、2014年の民主化デモ「雨傘運動」以降、最大級のデモとなった。

 

親中派も一枚岩ではない。「中国とのビジネス上のトラブルが刑事事件として立件される」と警戒する経済界を支持基盤とする一部政党は、審議の先送りを公然と主張している。

 

14日に発表された香港大の世論調査によると、林鄭月娥行政長官の支持率は44・3%に急落。17年7月の就任後、最低の水準で、政権運営は試練を迎えている。

 

米国議会が今月、「香港にいる米国人のリスクが高まる」とする報告書を発表するなど、国際的な懸念も高まっている。

 

香港政府が掲げてきた条例改正の必要性にも、疑義が向けられた。昨年、台湾で起きた殺人事件で容疑者の香港人が香港に戻り、台湾当局の訴追を免れたことが改正の理由だが、台湾当局は今月9日、「香港から台湾人が中国本土に引き渡される」として、改正案に反対の立場を表明した。

 

 成立へ中国政府圧力

各方面から「集中砲火」を浴びる香港政府だが、今年7月までの成立をめざす方針を変えていない。中国と香港の関係に詳しい香港の外交筋によると、中国政府から民主派に譲歩しないよう圧力を受けているという。政府の方針が民意に振り回される事態が本土に飛び火することを警戒しているためとみられる。

 

実際、香港では03年、国家の分裂や政権転覆につながる動きを禁じた「国家安全条例」の立法に反対する大規模なデモが発生し、撤回に追い込まれた。

 

香港で最も市民の対立が大きい政治テーマになり、香港政府は中国政府から繰り返し立法化を要求されても慎重な対応を続けてきた。

 

民主派の活動家の一人は漏らす。「国家安全条例で摘発されても香港の刑務所に収監されるだけだが、逃亡犯条例改正案が成立すれば身柄が中国に引き渡されることもある。逃亡犯条例の方がはるかに脅威だ」

 

中国本土と香港の司法制度の違いは大きい。中国では司法機関共産党の指導下にあり、最高裁長官にあたる最高人民法院の院長は17年、「司法の独立など西側の誤った思想は断固拒否する」と発言した。中国は死刑の執行数が世界で最も多いとされるが、香港は93年に死刑制度を廃止している。【515日 朝日】

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香港政府は条例が改正されても、中国からの「政治犯」移送の要請は拒否するとしているようですが、香港政府の意向など中国本土政府の前では何の意味もなさないでしょう。

 

****逃亡犯条例 香港の自由守りぬけ****

香港立法会(議会)が、犯罪人の中国本土への引き渡しを可能にする「逃亡犯条例」改正審議で紛糾している。改正されれば、香港で中国批判の言論は影を潜め、政治的自由は形骸化しかねない。

 

(中略)香港政府は条例が改正されても、中国からの「政治犯」移送の要請は拒否するとしている。だが、中国本土では多くの民主、人権活動家が政治犯罪とは別件で勾留・逮捕されており、香港政府の説明は説得力を欠く。

 

さらに、外国人の香港への旅行者やビジネスマンらも中国本土への引き渡し対象となり、ことは中国と香港だけの問題にはとどまらない。

 

米国政府は五月、条例改正について「米国と国際企業にとって、安全なビジネス環境としての香港の優位性が失われる」とする報告書を発表した。中国に批判的な外国人にとっても、香港は安全な場所とはいえなくなる。

 

国際社会が、香港に対する中国の政治的干渉に疑心暗鬼になるのは、香港返還の際に国際公約したはずの「一国二制度」を骨抜きにする振る舞いをだんだんと露骨にしているからである。

 

二〇一七年の共産党大会の演説では、中国の習近平国家主席は「香港の全面的な管轄権を握り締める」とまで言い切った。

 

香港住民の動きに目を移せば、挫折はしたものの、香港住民は一四年、行政長官選挙の民主化を求める七十九日間の「雨傘運動」を闘い抜いた。

 

抗議デモに続き、立法会占拠の動きもある。暴力は避けねばならぬが、香港の民主的な自由を守ろうとする住民の気持ちが失われていないのは心強い。

 

条例改正は、香港自身が「高度な自治」を捨て去る自殺行為に近いように映る。立法会には丁寧で真剣な議論を望みたい。【518日 東京】

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【朝日】にある改正案に反対する親中派というのがどの程度の数なのか知りませんが、全体的には立法会は親中派が多数を占めていますので、数の力で押し切る可能性が大きいようにも思えます。

 

ここまで問題が大きくなった以上、習近平指導部も今更後には引けないでしょう。

 

そうなると、いよいよ香港の政治的独自性は・・・ということです。

現状でも香港当局は中国本土の意向で動いており、「高度な自治」は形骸化しています。

 

****天安門事件30年、陰る香港 国際会議断念、会場を台湾に変更 民主派団体、入境拒否を懸念****

1989年6月に起きた中国の天安門事件から30年を迎えるのを前に、中国の民主化の現状などを話し合う国際フォーラムが18日、台北で始まった。

 

主催者側は香港での開催を希望していたが、中国に批判的な人物に対する香港当局の入境拒否が近年相次いでいることを考慮し、断念した。

 

主催は香港の民主派団体「香港市民支援愛国民主運動連合会」など。この日は、当時の学生リーダーで、事件後に出国した王丹氏らが登壇し、明らかになっていない事件の死傷者数などについて議論した。同会によると、登壇者で現在も中国に住む人はいないという。

 

香港は高度な自治が保障される「一国二制度」が適用されている。しかし、中国の習近平(シーチンピン)政権は香港と台湾が独立運動で連携するのを警戒し、香港当局への圧力を強化。近年は、政治的な理由とみられる入境の拒否が相次いでいる。

 

王氏も過去に香港当局から入境を拒まれた経験がある。このため、主催者側は、フォーラムの他の出席者も香港入りできないことを危惧し、香港での開催をあきらめたという。台湾側の共催団体「華人民主書院」の曽建元・主席は取材に、「中華圏において民主化を果たした台湾は、中国の将来や変革を議論するのに適した場所だ」とアピールした。

 

香港政治に詳しい立教大の倉田徹教授はフォーラムが台湾で開催された経緯について、「欧米の人権団体が拠点を置き、中国の人権や民主化の情報を国際社会に英語で発信できる香港で、言論や研究活動が不自由になることは非常に問題だ」と懸念を示した。【519日 朝日】

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「逃亡犯条例」改正案が成立すれば、中国に批判的な人物は入境拒否ではなく、拘束され「中国当局が事件をでっちあげ、中国本土に引き渡される」危険性も。

 

コメント

欧米大企業のサプライチェーンに組み込まれた新疆ウイグル族の思想教育的(強制)労働

2019-05-18 23:25:04 | 中国

(新疆のトルファンで行われた春の祝祭で撮影されたウイグル族のナン 中央のナンには「私と私の国」を意味するスローガンが。 本来、ナンはウイグル族のアイデンティティを示す聖なる象徴でもある食材ですが・・・・【BITTER EINTER “新疆でナンの「中国化」が進む】)

 

【「強制収容所」ではなく「職業訓練センター」】

中国の新疆ウイグル自治区において、イスラム系ウイグル族などが100万人規模で「強制収容所」に拘束され、「再教育」されている・・・という話は、次第に定説となりつつありますが、過熱する米中貿易戦争・覇権争いの影響か、拘束人数について、300万人という数字もアメリカ側からは出ています。

 

****ウイグルの施設は「強制収容所」、米高官の非難を中国否定****

米国防総省幹部が先週、中国の新疆ウイグル自治区の「強制収容所」に300万人近くが拘束されていると非難したことについて、中国政府は6日、これを真っ向から否定した。

 

米国防総省アジア・太平洋安全保障担当のランドール・シュライバー次官補は先週の記者会見で、同自治区の収容施設を「強制収容所」と呼び、推計「300万人近く」が拘束されていると非難した。

 

これに対し中国外務省の耿爽報道官は定例会見で、シュライバー氏の発言は「完全に事実と矛盾している」と述べ、「中国側は強い不満と断固とした反対の意を表明する」と抗議。「米当局関係者に対し、新疆の問題を通じて中国に内政干渉することをやめるよう再度要請する」と述べた。

 

国連の委員会が引用している推計によると、新疆ウイグル自治区の収容施設には、イスラム教徒の少数民族ウイグル人や、同じくイスラム教徒が大半を占めるチュルク人ら100万人超が拘束されているという。

 

中国政府は、以前は収容施設の存在自体を否定していたが、現在はこれを認める方向に転換。しかし、施設は「職業訓練センター」であり、分離主義や宗教的な過激思想対策の要だと主張している。

 

耿報道官は「現在、新疆ウイグル自治区は政治的に安定しており、経済も発展している。そこでは社会の調和がとれている」と話し、「人々は平和な生活を送り、働いている」と述べた。 【57日 AFP】

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中国側は「職業訓練センター」と主張しており、施設の公開も行っています。

 

****中国、新疆の収容施設を公開 ウイグル族を「教育」と主張****

中国政府は(4月)27日までに、新疆ウイグル自治区カシュガル市で、イスラム教徒の少数民族、ウイグル族などの収容施設を一部の海外メディアに公開した。

 

国際社会では多くのウイグル族が強制収容されていると批判が高まっているが、当局者は「テロを防ぐため、法に基づいて教育している」と述べ、正当な措置だと主張した。

 

26日に公開されたのは「カシュガル市職業技能教育訓練センター」と称する施設で、日本の報道機関では共同通信だけに取材を認めた。

 

施設の責任者によると入所者は約1500人で、過激主義やテロ活動に関わったものの、程度が軽微とされた人たちが対象という。【427日 共同】

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一箇所を見せられても、その他の施設の実情はわかりません。

 

仮に、職業訓練を行っているにしても、強制的に入所させているなら、それは「強制収容所」と評されても仕方がないところです。

 

【思想・脱宗教教育を含むプログラムのもとで行われる「雇用創出」】

職業訓練云々はともかく、中国政府が、「仕事のある者は安定する」(習主席)と、新疆における「雇用」創出を重視していることは間違いありません。

 

そして、そのこと自体は正しい判断です。

 

しかし、現地で行われている「雇用」創出は、思想・脱宗教教育を含むプログラムのもとで行われ、“抵抗すれば過激派シンパと疑われ、拘束されかねない”とも。

 

そうなると、その「雇用」は強制労働に限りなく近いものともなります。

 

そして、その労働によって生産されたものが、最終的には欧米大企業の商品に使われ、欧米(多分、日本も含まれるのでしょう)消費者の手にわたる・・・・という構図があると指摘されています。

 

****中国のウイグル弾圧、欧米企業も無縁で済まず ****

欧米の大手衣料品メーカーや食品会社が、中国政府のイスラム教徒同化策に巻き込まれている。

 

アディダス、へネス・アンド・マウリッツ( HM )、クラフト・ハインツ、 コカ・コーラ 、ギャップといった企業が、新疆ウイグル自治区を通る同国の長く不透明なサプライチェーンの最後に位置しているのだ。

 

地元住民や国営メディアなどによると、同自治区では住民が強制的に訓練プログラムに送り込まれているが、その一環で地域の工場で働くケースが珍しくない。

 

複数の公式文書からすると、ウイグル人や他のイスラム教徒を対象とした同プログラムには政治的な教化という重要な要素がある。

 

プログラムの課程は職業訓練のほか、標準中国語、共産党の重要性や国家団結、法律や過激思想対策(あまりに保守的な服装や頻繁すぎるお祈りを避けること)を網羅している。軍隊さながらの訓練が含まれることもある。

 

労働者も工場の幹部も、そうしたプログラムに抵抗すれば過激派シンパと疑われ、拘束されかねない。

 

一部の企業はそうした強制的な訓練プログラムについて、差別のない職場環境を義務付けたサプライヤー規定に反するとしている。

 

ただプログラムの一環としての工場での労働は、企業側には気づかれないことが多い。中国政府は新疆での暴力や過激な宗教思想への対策の一環として、国内企業に同地での雇用創出を指示しており、それが欧米企業の関知しない下請け契約を通じて行われることも少なくないからだ。

 

地元当局者らは取材に対し、訓練プログラムが強制ではなく、貧しい住民の職探しを支援するための施策だと述べた。新疆の政府は文書を通じ、同自治区に強制労働はなく、そうした話は「うわさや中傷」だとしている。

 

綿製品を手掛ける 華孚時尚 (ホアフー・ファッション)がアクスに持つ大きな綿糸工場は、政府と協力して1カ月の職業訓練を実施している。

 

中国とカザフスタンの国境に近いこの都市は、有刺鉄線や警察による検問所、監視カメラで埋め尽くされている。住民の4人に3人はウイグル人だ。

 

華孚の訓練は201712月に600人でスタートした。ネットに掲載された発表文の写真には、迷彩服を着て直立不動の姿勢を取る女性労働者が写っている。地元政府は通達で、同社の工場を「大規模な職業訓練施設」の一部だとしている。

 

住民と話すのは難しい。ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)が最近行った現地取材は当局者に干渉された。

 

(中略)同社のことを良く知る関係者2人によると、華孚が新疆で生産する糸は中国の他地域のほかにバングラデシュやカンボジアの工場に運ばれ、HMの店舗で売られるTシャツになる。

 

そうした糸はアディダスやエスプリ・ホールディングスのサプライチェーンにも登場する。ただ、両社は華孚から直接の購入はしていないという。

 

アディダスは質問に対し、調査が終わるまで華孚からの糸購入を見合わせるようサプライヤーに助言したと述べた。同社はサプライヤーが新疆政府の機関を通じて人を雇うことを16年に禁止している。強制労働や差別への懸念が理由だ。

 

エスプリは華孚を調査中だと説明。HMは新疆でサプライヤーとの新たな関係を築く計画はないとしている。(中略)

 

一方で華孚は、労働者全員が自らの意思でそこにおり、同社の労働管理システムは「国際慣例と規制を完全に順守している」と主張。社内訓練プログラムは民族や宗教に関係なく、全ての新入社員に義務付けられていると説明している。

 

中国の習近平国家主席は数年前に新疆の本格的な抑圧を命じた。当局がイスラム武装派による犯行だとする爆弾事件などが相次いでいたためだ。

 

政府の戦略の中心にあったのが雇用促進であり、習氏は14年に地元当局者に対し、「仕事のある者は安定する」と述べている。

 

大手衣料品メーカーは新疆への生産移転に際し、5年間の税控除や電力・土地および職業訓練に対する補助金を提供されてきた。

 

米アパレル・履物協会(AAFA)の幹部ネイト・ハーマン氏は、同協会がウイグル人の置かれた状況や新疆のサプライチェーンの不透明性について議論してきたと述べた。

 

新疆南部のホタンおよびカシュガルの当局は2017年、「田舎の余剰労働者」10万人を職業訓練に送り込む3年計画を発表した。

 

アクス当局の文書によると、同地の当局者は過去2年に4000人を超える住民を招集し、工場労働のニーズに合った「集中的で非公開の軍隊式管理」の下、脱急進思想や布製造のコースを施した。多くは工場に向かったと書かれている。

 

(中略)カルバンクライン、トミー・ヒルフィガー、ナイキ、パタゴニアを顧客に持つという世界最大のシャツ製造請負会社、香港の溢達集団(エスケルグループ)は、綿花の一大産地である新疆に3つの製糸工場を設けた。

 

車克焘・最高経営責任者(CEO)は、当局者が2017年に新疆南部出身のウイグル人の紹介を始めたと述べた。

 

同社は過去2年に34人を受け入れたが、採用の決定や訓練は政府からは独立して行っており、「採用は強制されていない」という。

 

カルバンクラインとトミー・ヒルフィガーを傘下に持つPVHは、素材サプライヤーの精査を強化する計画だとした。ナイキは新疆産の綿を使用しているかどうかをサプライヤーに聞いていると述べた。パタゴニアはコメントを控えた。

 

政府の発表によると、新疆ジンリユアン・ガーメントは政府当局から紹介された村民の就業前に、「脱過激思想」を含む訓練プログラムを実施した。

 

同社は欧州を拠点とするコフラ・ホールディング傘下の小売りチェーン、CA向けにジャケットを生産した。新疆のテレビでは7月、ミニーマウスの描かれたピンク色の子供用パーカを同社工場の労働者が縫っている場面が流れた。

 

ディズニーの広報担当者は、同社には新疆の衣料品工場との関係は存在せず、アクスの同工場によるパーカ製造の許可もしていないと述べた。それらが偽造品かどうかは明らかにしなかった。

 

CAの広報担当者は、監査で問題が見つからなかったため同工場から昨年ジャケットを買ったと述べた。ジンリユアンはコメント要請に応じなかった。

 

7月に政府系の現地経済誌に掲載された記事によると、国有企業の中糧屯河(COFCO)の幹部らは政府の貧困緩和策に貢献するため、アクスのある村を訪ねて工場の労働者を採用した。同社は中国最大のトマト加工会社で新疆は最大の生産拠点だ。クラフト・ハインツやキャンベル・スープにトマトペースト、コカ・コーラに砂糖を供給している。

 

記事では、働きたがらない村民がいることにマネジャーらが言及していた。

 

中糧屯河は文書で、記事に書かれた出来事は「断じて起きなかった」と述べた。同社の労働者は自らの意思でそこにいるという。

 

クラフト・ハインツは、新疆産トマトは調達全体の5%を占めており、米国で売られているものはないとした。キャンベルは自社トマトペーストのうち中国産は2%未満で、オーストラリアとマレーシアで販売していると述べた。

 

コカ・コーラは、サプライヤーが「責任ある職場と人権に関する当社の厳しい規定」に従うことを義務付け、第三者機関を使って順守状況を監視していると語った。【517日 WSJ】

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経済がグローバル化した現在、先進国で消費される商品の多くが、多かれ少なかれ途上国の劣悪な労働条件に依拠したサプライチェーンによってもたらされています。

 

そして最終的なサプライヤーである大企業はそうした実態を十分に把握していない、もしくは敢えて厳しくチェックしようとはしていない・・・という実態も。

 

一応、形式上は劣悪な労働条件による企業はサプライチェーンから排除するように監査している企業も少なくありませんが、どこまで本気でチェックしているかということになると・・・・。

 

今はどうか知りませんが、かつて中国の下請け企業では、監査用に見せる表工場と、実際の生産主力となる裏工場を持っている・・・といった話もありましたが、それにしても最終生産者の大企業が本気でチェックしようと思えばわからないはずはないのでは・・・とも。

 

そうした現状を考えれば、上記【WSJ】の報じるような状況があっても不思議ではありません。

 

【顔認証技術による民族監視】

中国政府のウイグル族対策としては、“ご自慢”のAIを駆使した顔認証システムが、新疆だけでなく全国規模で活用されているとか。

 

****中国当局、ウイグル人の特定・追跡に顔認証技術使用か 米紙***

中国当局が、イスラム教徒の少数民族ウイグル人を国内全体で追跡するため、大規模な顔認証システムを使用していると、米紙ニューヨーク・タイムズが報じた。(中略)

 

同紙は14日、中国における監視カメラの巨大ネットワークに組み込まれた顔認証技術が、外見を基にウイグル人を特定し、国内での動向を追跡するために使用されているという記事を掲載。

 

これによると現在、浙江省の杭州市や温州といった富裕都市をはじめ、同自治区外に暮らすウイグル人を追跡する目的で、警察が人工知能技術を駆使しているという。

 

同紙は、同国中部のある都市では、住民がウイグル人かどうかを確認するために、月に50万回もの読み取りが行われたとしている。

 

中国政府は2017年、AI業界で世界をけん引していくとの計画を発表。その一方で近年、民族間の激しい緊張状態を背景に、最新技術が警察の厳重な監視に用いられているという懸念が国際社会に広がっている。

 

同紙が引用した専門家らの話では、中国政府がAI技術を民族分析に用いたのは、把握されている限り今回が初めての事例で、同国各都市でこの新システムへの関心が高まっているという。 【416日 AFP】

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中国はこうした監視技術に自信を深めており、一方で、そうした技術を欲しがる国も多々あります。

 

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顔認証など人工知能(AI)を使った技術を犯罪捜査などに幅広く利用しているのが中国だ。ハイテク強国を目指す習近平政権の国家戦略の一環でもある。(中略)

 

習氏は、全国の治安当局者が参加した今月上旬の会議でも、「ビッグデータを大きなエンジン」として活用し、治安対策の質と効率を高めるよう指示した。

 

中国は、高度な顔認証技術と治安当局のデータベースを基に、数秒で人物を特定できるシステムなどを開発。AIを逃亡犯の検挙に役立てている。

 

一部の都市では、歩行者の信号無視対策にも利用されている状況だが、中国共産党の一党独裁体制下、プライバシーや人権の問題を指摘する声は小さい。

 

100万人規模のイスラム教徒が「再教育」目的で施設に収容されているという新疆ウイグル自治区でも、膨大な顔認証カメラを設置しウイグル族らイスラム教徒を監視している。

 

同自治区にとどまらず、「中国国内全体でウイグル族を追跡するため顔認証システムが利用されている」という米紙の報道もある。

 

中国は巨大経済圏構想「一帯一路」の一環で、AIの監視技術をベネズエラやフィリピン、ジンバブエなど途上国に輸出しており、反政府デモの弾圧に悪用される可能性もある。【516日 産経】

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顔認証技術に関しては、アメリカ・サンフラシスコ市が、プライバシーとの関連や女性や肌の色の濃いひとの顔の識別に問題があることなどから、警察や行政機関などで顔認証技術の利用を禁止する見通しとなったことが最近話題になりました。

 

まあ、以下のような活用なら問題もないでしょう。

 

****野生パンダを顔認証で識別するアプリ、中国で開発****

中国で、顔認証技術を使って環境保護活動家らがパンダを個体ごとに識別するアプリが開発された。国営新華社通信が17日、伝えた。

 

研究者らはまた、ジャイアントパンダの画像12万点と動画1万点のデータベースを構築。これにより個々のパンダの正確な識別が可能となる。

 

中国ジャイアントパンダ保護研究センターの研究者らは新華社に「このアプリとデータベースは、山奥に生息して追跡が難しい野生パンダの個体数、分布、年齢、性比、出生と死に関するより正確で包括的なデータを集める助けになる」と語った。(後略)【518日 AFP】

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絶望的な格差が生む命がけの人々の流れ 「壁」が深める分断

2019-05-17 22:52:22 | 難民・移民

(高台から壁の向こうの米国側を見つめる人たち=メキシコ・ティフアナ【5月6日 GLOBE+】)

 

【欧州が門戸を閉ざし、南米経由で「ダリエンギャップ」を超えてアメリカを目指す人々】

アフリカから欧州を目指す人々、中南米からアメリカを目指す人々などの移民・難民に関する記事は多々あります。

 

どれも心に重く残るものがありますが、受け入れ国側にも無条件では受け入れられない事情(自分たちの利益を守りたいという思い)もあり、どうしたらいいのか・・・というところでは答えが見つかりません。

 

そうした記事の比較的最近のもののなかから、特に印象に残ったものをいくつか。

 

アメリカでトランプ大統領が壁で追い払おうとしている、主に中米「北の三角地帯」と呼ばれるホンジュラス、エルサルバドル、グアテマラの3カ国からアメリカを目指す人々はよく取り上げられており、それはそれで悲惨なのですが、その中にはアフリカ・アジア各地からの人々も混じっているそうです。

 

欧州への入国が難しくなったため、南米エクアドルやブラジルからコロンビア経由でアメリカを目指すためのようです。

 

また、そのように南米からアメリカをめざす場合、パナマにはルートの空白地帯「ダリエンギャップ」という「壁」が存在するそうで、彼らはそこを命がけで乗り越えてアメリカを目指すとか。

 

****4年で100倍、アメリカを目指す移民はなぜパナマのジャングルを目指すのか****

「エクソダス」壁を越える移民たち

南北アメリカ大陸は地図上ではつながってみえるが、車で渡ることはできない。北米アラスカから南米パタゴニアまで縦断する「パンアメリカン・ハイウェー」が途切れる空白地帯「ダリエンギャップ」があるからだ。

密林と湿地。マラリアや毒蛇。麻薬カルテルと武装組織。直線距離で100キロほどの「空白地帯」に潜むいくつもの危険が、豊かな北米への道を阻む「壁」になってきた。

 

ところがここ数年、ダリエンギャップを越え、遥かアフリカやアジアから米国を目指す移民たちが増えている。その先の道のりも、「エクソダス」(大量脱出)と呼ばれる移民集団の出現で一変しているという。何が起きているのか。

 

■おもちゃ屋2階の安宿

「ホテル・グッドナイトに行け」

南米から北米を目指す移民が集まる中継地と聞き、コロンビア北部メデジンからバスで9時間かけて着いた港町トゥルボ。材木が積まれた船着き場で移民がいそうな場所を尋ねると、一言、そう言われた。

 

それは、移民局のそばのおもちゃ屋の上にある安宿だった。「Good Nigth」とつづりを間違えた看板を掲げた2階からフロントに入ると、受付の女性のポロシャツの胸には、今度は「Goog Night」の刺繍。案の定、スペイン語しか通じない。

 

それでも、移民が集まる理由はこの宿の名にあった。宿帳にはインドやパキスタン、ガーナやエリトリアなどアジアやアフリカの国々の名が並ぶ。

 

ホテルの通路に、カメルーン人が集まっていた。同国では少数派の英語圏住民で、政府軍に家を焼かれ国を逃れたという。元大学生の男性(25)は「英語名のホテルだから言葉が通じるかも」と、ここを選んだ。同じ境遇の仲間を見つけ、ともにダリエンギャップを越えて北米を目指す。「家で兵士に射殺されるのを待つより、密林で死ぬ方を選ぶ。命がけです」

 

窓のない部屋の壁を見ると、「心配するな、神とともにある」と英語の小さな落書きがあった。

 

■「速度を落とせば転覆する」

翌朝、郊外の波止場からダリエン湾を渡るボートに乗り込むと、すし詰めの乗客45人のうち、41人が移民で、中には子どもも10人いた。ビーチリゾートの町に向かう一般の定期便だが、オフシーズンのいまは、移民船のようになっていた。

 

出発するや小さなボートは荒波を猛スピードで進む。すぐに波しぶきで目を開けていられなくなった。10秒ごとに波がしらを越え、乗客の体がそろって宙に舞い、着水のたびに椅子に打ち付けられて悲鳴が上がる。歯を折りかねない。慌ててハンカチを口に含もうとしたが、手すりから手を離せなかった。(中略)

 

■「天国」への道

船旅を終えた移民たちは夜明け前、「コヨーテ」と呼ばれる密航手引き人とともに数十人の集団になって、町はずれの山道から自然保護区のジャングルに入るという。その入り口には、看板が立っていた。

 

「El Cielo」。スペイン語で「天国」を意味する。いくつもの山を越えて崖を下り、川を渡った先に、天国を思わせる美しい湖沼があるという。だが道中は、誘拐や強盗、置き去りといった危険に満ち、けがや熱帯病で歩けなくなっても助けは来ない。港に面した宿のオーナー、ネシー・ホハナ(30)は「捨てられた服と人骨、とりわけ子どもの骨がよく見つかる」と話した。(中略)

 

■ジャングル最奥の多国籍な村

川を十数回渡り、いくつもの牧場を通り抜けて5時間半。隣町に着いた時には日が暮れかけていた。移民たちはこの密林の奥を、小川の水をすすり、ビスケットを食べながら1週間ほどかけて越えて、パナマ側にある人の住む村を目指す。

 

私は、パナマ市から移民が到着する地を目指した。その一つで、少数民族が暮らすジャングル最奥の村バホチキトを訪ねると、まるで国際会議を思わせるような多国籍の顔ぶれであふれかえっていた。

 

川べりで水浴びするハイチ人やペルー人、高床式住居の木陰には青いターバンを巻いたインド人。人口約250人の村に世界中からの移民が約450人も集まっていた。

 

国境警備隊の詰め所の黒板には、ネパールやスリランカといったアジア、コンゴやカメルーンなどのアフリカ、キューバなどのカリブ海まで、20を超す国名と人数がチョークで殴り書きされていた。

 

移民が増えたのは2015年ごろという。体を壊す人も少なくなく、前日にもアフリカ系の人の水死体が見つかっていた。村はずれの墓地には、土を盛ったばかりの跡があった。

 

女性や子どもの姿も目立つ。近くの村で会ったハイチ人女性は15人のグループで6日間、密林を歩いた。「食べ物がなくて本当に大変で、マラリアになった人もいます。でも子どもは米国で産みたいんです」と膨らんだおなかをさすった。

 

■コロンビアからパナマへ、4年で100倍

国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の統計を見ると、コロンビアからパナマに入った外国人は11年に300人足らずだったのが、15年と16年は約3万人に。わずか4年で100倍に膨らんだ。

 

その出身国はアフリカ、アジアを中心に約50カ国に及ぶ。なぜわざわざ南米に渡り、危険なダリエンギャップに身を投じて北米を目指すのか。

 

UNHCR中米キューバ地域代表ジョバンニ・バス(48)は、「欧州に向かう地中海ルートが困難になり、だれもが代替ルートを探していた」と話す。中東やアフリカなどから難民が殺到した15年の「欧州難民危機」で欧州諸国が門戸を狭めたため、代わりに米州に向かうようになった、というのだ。「密林を抜ける危険が、十分に理解されているとはとても思えない」

 

この新しい流れの中で、米州に目を向けた移民の「玄関口」になったのが、多くの国からビザなしで入国できるエクアドルや、五輪やワールドカップで外国人労働力を受け入れてきたブラジルだ。

 

国を逃れざるをえない人、貧しい母国に帰らずに豊かな国を目指す人。ダリエンギャップはこうして、彼らが明日を描くのに、どうしても越えなければならない「壁」になっていった。

 

 

ダリエンギャップを越えた移民たちはその後、さらに北上し、「北の三角地帯」と呼ばれるホンジュラス、エルサルバドル、グアテマラの3カ国から米国を目指す人たちの波に流れ込んでいく。

 

警察やギャングを恐れ、人目を避けて身を潜める「伏流水」だった移民の流れが突然、堂々とした「大河」に変貌したのは昨年10月のことだ。数千人規模のキャラバンを組んで米国境に迫り、中間選挙を前にした米大統領トランプが「侵略者だ」と非難したことで世界中のメディアの注目を集めた。

 

「エクソダス」(大量脱出)と呼ばれ、「完全にゲームを変えた」とも言われるキャラバンの背景に何があるのか。私は同行することにした。(後略)【5月6日 GLOBE+】

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【大量難民が出ている内戦国イエメンに命がけで渡る人々】

一方、激しい内戦と飢餓・コレラに苦しみ大量の難民を出している中東イエメンにアフリカ各地から命がけで渡ろうとする人々が絶えないそうです。イエメン経由でサウジアラビアを目指す人々です。

 

****密入国、内戦のイエメンへ アフリカから死の危険冒しても/はびこる密航業****

中東イエメンは内戦で「世界最悪の人道危機」と言われ、約18万人が周辺国に逃れている。ところが、逆にイエメン密入国するアフリカの若者が後を絶たない。さらに北隣の産油国サウジアラビアに渡って稼ぐためだ。

 

イエメンと海峡を隔てて約30キロのジブチ。首都ジブチから北へ向かう幹線道路に、1・5リットルのペットボトルを手に歩く若者を50人以上見かけた。ほとんどが隣国エチオピア出身で、国境から150キロ以上歩いて密航船が出るオボックを目指す。

 

エチオピア中部出身のムハンマド・イドリスさん(22)がのどの渇きを訴えて記者の車を止めた。手には水を入れるために拾った食用油の容器。気温は38度。野宿しながら国境から15日かけて歩いてきた。

 

イドリスさんは1年半前にも密航船でイエメンに入ったが、武装した男らに拘束され、親族は身代金を要求された。そのとき受けた拷問の傷が首筋に残る。解放後にサウジで羊飼いとして2カ月働き、不法滞在強制送還。だが故郷は仕事もなく貧しい。危険を冒してでも再びサウジに渡ることを決めた。

 

持ち物は刃渡り10センチのさびた護身用ナイフと2枚の顔写真。「途中で死んで顔がわからなくなっても写真があれば誰かわかるから」

 

ジブチは以前からサウジなど裕福な産油国への経由地になっていたが、2012年ごろから人の流れが増加。国際移住機関(IOM)によると、隣国ソマリアなどから出る者と合わせると、16年に11万7千人がイエメンに渡り、17年も9万9千人。大半がエチオピア人で、一部にソマリア人もいる。

 

夏場の気温は50度になり、のどの渇きや病で息絶える者もいる。船は強風や高波、客の乗せ過ぎで時折、転覆する。内戦状態と知らずに入ったイエメンで戦闘に巻き込まれたり、誘拐されたりすることもある。無事にたどり着けるのは、ごく一部だ。

 

オボック周辺には、対岸のイエメン人らと共謀して密航ビジネスで稼ぐ業者がいる。沿岸警備隊などが取り締まるが、当局者は「海岸線は100キロ以上あり、密航業者が動くのは夜中。すべてを止めるのは難しい」と話す。

 

「我々の助けなしでサウジにたどり着くのは不可能だ」。モウラと名乗る密航業者の男(48)はそう断言した。エチオピアやイエメンにネットワークを持つ「ビッグボス」の下で働いていると自慢した。(中略)

 

内戦下のイエメンに事情を知らない人々を送り込む点をどう思うのかと問うと「やつらは知っているさ」と反論し、こう付け加えた。「需要があるからビジネスをする。それだけだ」

 

 ■貧困背景、裕福なサウジ目指す

(中略)それでも多くの若者が流れ込むのは経済上の理由だ。中国などの支援で急速な経済発展を遂げるエチオピアだが、17年の1人当たり国民総所得は740ドル(約8万1千円)で、2万90ドルのサウジの27分の1程度。しかも都市と農村の格差が大きい。

 

「サウジに行けば金持ちになって仕送りもできる」といった密航業者の話が「サクセスストーリー」として広まる。

 

中部の農村出身のアブドルファッターハ・ムハンマドさん(19)は、家族が財産の牛1頭を売って密航業者に払う約6万円を工面。家は貧しく、8人兄妹の末っ子のムハンマドさんは学校には5年通っただけだ。

 

イエメンの内戦は知らず、ジブチで国際機関の説得を受けて思いとどまった。「金を作って送り出してくれたのに、家族にどう説明すればいいのか。期待されていたから帰るのも怖い」(5月16日 朝日)

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【「壁」で分断された二つの世界】

そして壁をはさんで分断される二つの世界。

 

****流れ作業で移民に有罪判決 壁が分かつ世界の現実****

米大統領トランプが掲げ、米社会を揺さぶり続けるメキシコとの国境の壁建設計画の現場をみようと2017年8月、私は米国とメキシコの国境3200キロをたどった。

 

四半世紀をかけて築かれた1100キロにおよぶ「壁」の周辺には、毎年数十万人が検挙され、数百もの遺体が見つかる異様な世界が広がっていた。

 

米南西部アリゾナ州ツーソンの地方裁判所。証言台にラフな格好の男性6人と女性1人が、弁護士に付き添われて横一列に並んでいた。数日前に不法入国容疑で逮捕されたメキシコなどからの移民だった。

 

「通関施設を通らずに入国しましたか」。裁判長が英語で、日時と場所だけを替えた通りいっぺんの質問をすると、移民たちはスペイン語で一言「シー(はい)」と答える。審理は1人わずか1分40秒。全員に有罪判決が言い渡され、すぐ次の7人が入ってきた。

 

「オペレーション・ストリームライン」(流れ作業)の名の通り、ベルトコンベヤー式に進む裁判に私は戸惑った。移民に犯歴をつけて再犯時の刑を重くし、再び越境するのを思いとどまらせる狙いで2005年に始まった。人権を軽視した「移民処理工場」との批判が絶えない。

 

だが、彼らは命があるだけまだ幸運かもしれない。私はツーソンにある移民の支援団体の事務所で、「デスマップ」(死の地図)と呼ばれる地図を見たときの悪寒を思い出した。国境周辺の広大な砂漠が無数の点で赤く染まっていた。一つ一つが遺体の発見場所だ。

 

「移民はどんどん砂漠の奥地に向かっています」。地図をつくっている団体の代表ダイナ・ベア(66)は、硬い表情を見せた。

 

米側で国境管理強化を求める声が強まり、1990年代に西海岸の都市部に壁ができると、2000年代には東の砂漠に回り道する移民が増加。

 

人里離れて警備が手薄な砂漠にあえて踏み込み、途中で力尽きたとみられる移民の遺体が年に百数十体も見つかるようになり、地元に動揺が広がった。

 

自動小銃で武装した自警団ができる一方、ベアたち支援団体が砂漠に水タンクを置く活動を始めた。

 

私は自警団や支援団体に同行して3日間、国境近くの砂漠を回った。雨期で緑は豊かだったが、気温は40度を超え、足元はトゲのあるサボテンだらけで、毒蛇もいる。「3週間もあれば白骨化し、身元も死因も分からなくなってしまう」。検視官の話にぞっとした。

 

国境は高さ5メートルほどの鉄柵で仕切られ、センサーを備えた監視塔が周囲を見下ろしている。この「壁」を越えたメキシコ・ノガレスは、米国を目指す移民の拠点だ。

 

夕方に支援施設を訪ねると、礼拝堂の床の上で数人が力尽きたように寝入っていた。マイクロバスが横付けされると、この日強制送還されたばかりの移民が続々と入ってきた。

  

「水が尽きてから2日間歩き続けた。たくさんの遺体を見た」(農場作業員)

「マフィアの許可なく壁を越えると殺される。金が払えないなら麻薬を背負えと言われた」(車塗装工)

移民たちは、追い詰められた様子で苦境を訴えた。

 

10年代に入ると、砂漠に加え、国境の東半分に沿って流れるリオグランデ川での遺体発見が相次ぐようになる。治安が悪化した中米から逃れ、川を渡ろうとする移民が急増したためだ。

 

トランプ政権が真っ先に目をつけたのも、この川だった。壁建設計画を示し、地元で激しい反対運動が起きていた。

四半世紀の間に雇用確保やテロ防止、麻薬対策など様々な理由で、壁は延び続けた。ひとたびできると、壁を隔てて新しい二つの世界が生まれていく。

 

その現実を取材の終盤に、西海岸で米国と国境を接するメキシコ北部ティフアナで出会った家族が教えてくれた。鉄柵を握りしめた看護師ベロニカ・ルビオ(41)の視線の先、壁の向こうに、生後3カ月のめいソフィアの姿があった。目を細めても、抱きしめることはできない。壁がつくった冷徹な現実だった。(後略)【5月3日 GLOBE+】

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【それでも「壁」を超える人々】

「壁」を築いて排除しようとしても、命がけで壁を越える彼らを思いとどまらせることはできません。

 

****「必死に壁をジャンプした」****

彼らの旅の終着点は、米国との国境を高さ5メートルほどの壁で阻まれたメキシコ国境の町ティフアナ。難民申請の窓口に行くと面接までに数週間待たされるため、壁を乗り越えて米国境警備隊に出頭する移民が多いという。

 

彼らはその後、施設に収容されたり、監視用のGPS機器をつけられたりしながら、米国内で審査の結果を待つことになる。(中略)

 

移民支援団体「ボーダーエンジェルズ」のウゴ・カストロ(47)は、壁を越える彼らの姿を思い起こした。「必死だった。地元住民にも迷惑がられ、もう待てない、と思ってジャンプしていったよ」

 

■得をしたのは誰だ

エクソダスが押し寄せたのは、米中間選挙の直前だった。(中略)トランプには最高の贈り物で、完璧なタイミングだった」という専門家もいた。得をしたのは、トランプだった。

 

そして、再選に向けて動き出したトランプは「壁をつくれ」に続く新しいキャッチフレーズをつくった。「壁を完成させろ」。国家非常事態を宣言し、中米3カ国への援助停止を表明した。

 

国境を閉鎖すると脅されたメキシコは4月下旬、数百人の移民の一斉逮捕に踏み切った。逃れた移民たちは貨物列車の屋根に飛び乗って、北を目指した。

 

■なぜ壁を越えるのか

ダリエン湾を渡るボートが出るトゥルボから米国境に面したティフアナまで、飛行時間でわずか10時間ほど。移民たちが命がけでたどる約7000キロの道のりを眼下に見ながら、日本のパスポートを持っているというだけで、自由に、そして安全を考えた上で目的地に行ける「特権」が不条理に思えた。

 

貧困、治安、政情不安など理由は様々だが、移民たちに共通しているのは、母国で生きることへの絶望だ。

 

失意の弱者たちは今、集団になることで、かつてない力を手に入れた。それが、グローバル化の恩恵を受けた国で格差にあえぐ弱者をいらだたせる。その連鎖が「自国第一主義」を加速させていく。

 

しかし、「壁」を築いて排除しようとしても、命がけで壁を越える彼らを思いとどまらせることはできない。その過程で多くの命が失われ、分断が深まっていく。

 

回り道のように見えても、人々が母国で希望を持てるようにするために、手を携えるしかない。移民集団の出現は、特権を享受している私たちにその責任を問いかけている。【5月6日 GLOBE+】

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米中貿易戦争 「中国が貿易戦争に勝つための3枚のカード」は有効か?

2019-05-16 23:16:54 | 中国

100ドル紙幣と100元紙幣【5月15日 ブルームバーグ】)

【また出てきた「レアアース輸出制限」】

米中貿易戦争だか、米中覇権争いだか、米中間の問題については読み切れないほどの記事が溢れています。

 

輸出依存度が低いアメリカに比べて中国は「持ち札」が少なく、対抗措置もとりづらいとされているなかで、「また出てきたか・・・」という感があるのがレアアース。

 

日本にとっては、記憶に新しいところです。(その後の展開は、日本の中国産レアアース離れもあって、中国のレアアース産業は苦しくなっているとも聞きます)

 

アメリカも中国産レアアースに依存しているのは日本同様です。

 

****米、対中関税対象からレアアース再び除外 資源依存浮き彫りに****

米国は、中国製品の関税対象から希土類元素(レアアース)など重要な原料を除外すると再び決めた。コンピューターや軍用機器などに使われる中国の原料資源に米国が依存する姿を浮き彫りにした。

米通商代表部(USTR)は13日、約3000億ドル相当の中国製品に適用する可能性のある最大25%の追加関税について、対象品目リストを公表した。

6月17日にパブリックヒアリングを開くとし、医薬品やレアアースを対象に含めなかった。バッテリーなどで使われるアンチモンやヘリウム、天然黒鉛は対象外となった。

米国内で産出されないものの研究開発で用いるセシウムやルビジウムのほか、ガソリンや鉄鋼製造で使うとされるホタル石も関税を免れた。

中国は世界最大のレアアース産出国だ。米国は昨年にも、対中関税第3弾の適用対象から、レアアースや希少金属(レアメタル)を除外している。

コンサルト会社の幹部は「これらの原料は米産業、防衛に死活的に重要で、短期の代替調達先も存在せず、関税となれば中国より米国の最終使用者がより大きな困難に直面する」と指摘した。【515日 ロイター】

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中国側からすれば、レアアースが交渉カードになる・・・・という話にもなります。

 

****米国の対中関税リストに含まれなかったものとは?―中国メディア****

2019515日、観察者網は、米国による対中関税リストに含まれなかったものについて指摘する記事を掲載した。 (中略)

記事は、関税リストに含まれなかったものは、「希土類元素(レアアース)、重要な鉱物、医薬品や医療機器」だと紹介。観察者網のコラムニストはこれより前に、「中国が貿易戦争に勝つための3枚のカードの1枚が『レアアースの対米輸出規制』」と指摘していたという。

コンサルタント会社のアダマス・インテリジェンスは、「米国の工業と国防にとってレアアースは何より重要であり、短期間で代替供給できるところはない。追加関税をかけると中国より米国の方が痛手になる」と分析した。

(
中略)さらに記事は、「レアアースの採掘のみならず、精製、生産などの全体的な供給チェーンにおいて、中国の実力は群を抜いている」と紹介。開発から生産できるようになるまで時間がかかるため、「中国が米国へのレアアース輸出を禁止するなら、米国は自分で開発生産しなければならず、需要量が大きいため、需要を満たせるようになるには数年が必要であり、空白期間ができてしまう」という。【516日 レコードチャイナ】

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ただ、中国がレアアースについて何らかの制限をすれば、(日本と違って)アメリカは黙ってはいないでしょう。

 

アメリカにとってのレアアースのように、中国もアメリカからの輸入を必要としているものがあるでしょうから、そうしたものへの報復措置も含めて、“両者リング中央、足を止めての流血の打ち合い”にもなりかねません。

 

あまり現実的とは思えません。

 

【「中国が貿易戦争に勝つための3枚のカード」】

そのレアアースを含めて、「中国が貿易戦争に勝つための3枚のカード」については、以下のようにも。

 

****中国が貿易戦争に勝つための3つの切り札―中国メディア****

2019512日、環球時報は、米中貿易戦争において中国が米国にしたたかな打撃を与えうる3つの切り札を持っているとする評論記事を掲載した。

記事は「米国との貿易戦争において、中国には2つの小さな切り札と1つの大きな切り札がある」とし、この3つの切り札について説明している。

1
つ目の小さな切り札は、米国へのレアアース輸出を完全に禁止すること。あらゆる半導体チップ製品に必要とされる有色金属の原料となるレアアースは中国が世界の産出量の95%を占めていることに言及し、「中国が徹底的にレアアースを禁輸すれば、米国では多くのものが製造できなくなる。

 

自国で採掘しようにも需要を満たすレベルに到達するには何年もの時間が必要になる。そのころには中国でハイエンドなチップ製品が作れるようになっているはずだ」と論じた。

2
つ目は米国債の大量売却を挙げている。2008年の世界金融危機時に中国政府は世界の流れに逆らって3カ月間米国債を売らずに持ち続け、これにより信用を安定させ、米国に活路を与えたと説明。

 

現在中国は2兆ドル(約220兆円)の米国債を持っており、これを売却すれば米国経済は悲惨な目に遭うことになるとした。

そして、大きな切り札として「米国企業が中国に持つ市場」を挙げた。記事は昨年米国企業が中国市場で3800億ドル(約416000億円)余り稼いだのに対し、中国企業は米国市場で200億ドル(約22000億円)余りしか稼いでいおらず、その差が非常に大きいことを指摘。

 

そこで市場の均等を訴えて中国市場における米国企業製品の販売を制限すれば、中国市場に依存してきた米国企業に大きな痛手を与えることができるとし、その例としてビュイックブランドを展開するGM(ゼネラルモーターズ)や、アップルを挙げている。【516日 レコードチャイナ】

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【いつも取り沙汰される米国債売却は可能か?】

2番目の米国債売却は、今回に限らず、米中関係が悪化するたびに取りざたされるものです。

 

もし、中国が米国債を大量売却し、米国債価格が暴落するようなことがあれば、アメリカ経済だけでなく、世界の金融市場が大混乱となり、中国同様に大量の米国債を保有する日本への影響も甚大なものが考えられます。

 

ただ、一般論としては、そのように世界経済にも甚大な影響があり、また、米国債価格が急落すれば中国自らも損を被り、核攻撃のように中国の方に被害が大きいため、「中国の大量売却はありえない」とみられています。

 

実際に中国が米国債価格を揺るがすような売却が可能かどうかについても疑問が。

 

****中国の対米報復、米国債売却は打撃にならず****

中国は11000億ドルの米国債を保有しているが、これを売却して米国債市場に冷水を浴びせる可能性をちらつかせている。だが、米企業を手当たり次第にたたくほうが、ドナルド・トランプ大統領の打撃になりそうだ。

 

(中略)米国債市場を巡る脅威は現実離れしている。2015年と16年には、諸外国が近年みられなかったほどの急速なペースで米国債の売却を継続した。

 

より高い利回りの投資先を探すポートフォリオ戦略の一環だった。これを受け多くの投資家が、米国債市場が売りに耐えられなくなると懸念を強めた。

 

だが、そうはならなかったし、そうなりそうな見込みも全くなかった。

 

国債価格はたいていの場合、中銀の政策金利を巡る投資家の予想に左右される。世界で最も流動性の高い米国債では特にそうだ。大量に売却されても、価格の変動は短期的なものにとどまる。

 

16年に米国債が市場に溢(あふ)れた際も、数カ月にわたって少しばかりの影響を及ぼしたかに見えたが、程なく吸収された。

 

しかもそれは、連邦準備制度理事会(FRB)が引き締め政策に余念がなかった頃の話だ。今回は、中国との緊張関係を背景に投資家が利下げを予想し、米国債に買いを入れている。利回りは価格と反対方向に動くが、10年債利回りは足元で2.4%近辺に低下している。

 

中国にとってさらに状況を複雑にしているのは、外貨準備の運用において安定性と流動性の面で米国債が最も便利な資産であることだ。

 

中国当局が利益を保管するための他の資産を探すのは難しいだろう。海外利益を国内に還流させれば人民元を押し上げるため、米国の関税に加え、輸出業者がさらなる問題に直面することになる。

 

だからといって、中国が米国債を売却できないわけではない。当局は現金を銀行に預けるか、他国で米ドル資産を購入することができる。ドルを人民元に換える代わりに、さらにユーロや円に換えることも可能だ。

 

だが、米国債市場にせいぜいかすり傷しか負わせられないのに、中国政府がそれほど骨折りする根拠があるだろうか。むしろ、中国の報復は米大手企業など、効果を出せる標的に向かいそうだ。例えばアップルやボーイングは、中国に顧客も工場も持っている。

 

ここ10年というもの、世界の投資家はFRBに逆らう度に痛い目に遭ってきた。中国であってもその手はうまく行かないと知れば、多少なりとも安心できるだろう。【515日 WSJ】

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要するに、中国の保有米国債を持ってしても、米国債市場を人為的に操作することは難しい・・・ということのようです。

 

ただ、ポートフォリオ戦略の一環としての15年、16年のときと、貿易戦争としての(アメリカに打撃を与えるための措置としての)今回では市場に与えるインパクトは全く異なるようにも思えます。市場全体が浮き足立てば、実際に市場はその方向に動き、更にそれが投資家を走らせる・・・ということにも。

 

いずれにしても、下記のブログによれば、アメリカが中国の米国債売却を危険とみなせば、ブレーキをかけることもできるようです。

 

****アメリカは、中国の米国債を凍結・没収できる****
アメリカには、「国際緊急経済権限法(IEEPA)」という法律があります。これは安全保障や外交、経済上の重大な脅威に対し、大統領の権限で金融制裁できるというものです。

また、2001年の9.11テロ後、「米国愛国者法」が成立しました(2015年に一部改正して「米国自由法」に名称変更)。これは安全保障上の脅威に対し、資産を凍結・没収できることを定めた法律で、米国債も対象になります。

この2つの法律によって、アメリカはボタンを押すだけで、中国の保有する資産を凍結・没収することができます(米国債は現物があるわけではなく、電子登録でアメリカによって管理されています)

経済評論家の渡邉哲也氏は、本誌20173月号の中でこう指摘していました。

「アメリカが本気で怒ったら、中国を潰すのは簡単なんです。アメリカには、脅威国に対して報復できる法律があるので、中国が所有するアメリカ国債をすぐに凍結できる。そうなれば、中国の信用は一気になくなり、経済は崩壊します」【2018729日 大阪 しげ太郎氏 「天使のモーニングコール ファンの会」】
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ただこれも、「中国の保有する資産を凍結・没収」というのは、核戦争一歩手前状態でもあり、現実問題としては誰も考えたくない局面です。(中国も、その点では同様でしょう)

 

なお、貿易戦争の手段としてではなく、“世界の金融市場に緊張が広がり、人民元の下落に歯止めがかからなくなれば、中国は米国への報復としてではなく、通貨防衛のため159000億ドル規模の米国債市場で自国保有分の一部売却に動く可能性はある。”【515日 ブルームバーグ】とも。

 

もっとも、元安は中国の輸出に有利で、元安が進むほど、米国による追加関税の痛みが和らぐことになりますので、中国が通貨防衛に乗り出すかどうかは、また別問題のようにも思えますが。

 

「中国が貿易戦争に勝つための3枚のカード」に戻ると、レアアースにしても、米国債売却にしても現実性については???ですが、3番目の「米国企業が中国に持つ市場」は意味があるでしょう。

 

巨大な中国市場に依存してきた米国企業(アップル、ボーイングなど)を標的に、中国市場から締め出すとの圧力をかければ、それは有効でしょう。

 

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アメリカとイラン  十分な説明がないまま煽られる危機感

2019-05-15 22:58:52 | イラン

(攻撃を受けた船。アラブ首長国連邦のフジャイラの港で13日撮影【5月15日 Newsweek】)

 

【「戦争ではない合理的な対応」が必要(アメリカの駐サウジ大使)】

イランとアメリカの緊張関係については、512日ブログ“トランプ政権のイラン圧力強化で高まる緊張 パレスチナ・シリアにも連動か”で取り上げ、一昨日ブログでもサウジの石油タンカーがアラブ首長国連邦(UAE)沖で攻撃を受けた事件について取り上げました。

 

そのサウジ石油タンカー攻撃事件の続報。

 

****石油タンカーへの「テロ攻撃」、海上安全への脅威 サウジが声明****

サウジアラビア政府は14日、アラブ首長国連邦(UAE)の領海付近で同国の石油タンカー2隻が受けた「テロ攻撃」は、海上安全への脅威だと指摘した。サウジプレス通信が14日に伝えた。

同通信によると、サウジ内閣は声明で、エネルギー市場へ影響が及び世界経済を危険にさらす可能性があることを踏まえると、海上と石油タンカーの安全を確保することは国際社会が共有する責務だと説明した。【515日 ロイター】

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海上安全への脅威」であることはわかりますが、依然として誰が攻撃したのは判然としません。イランは関与を否定しています。

 

わけがわからないまま、危機感だけが煽られているようにも。

 

アメリカの駐サウジ大使も“合理的な対応”を求めています。

 

****サウジ石油タンカーへの攻撃、戦争ではない合理的な対応必要=米大使****

米国のジョン・アビゼイド駐サウジアラビア大使は、サウジの石油タンカーがアラブ首長国連邦(UAE)沖で攻撃を受けた事件について、米国には「戦争ではない合理的な対応」が必要だとの認識を示した。

情報活動に詳しい米当局者は13日、この事件について、イランが実行した疑いが強いが、決定的な証拠がないと明らかにした。イランは関与を否定している。

同大使はリヤドで記者団に「何が起きたのか、なぜ起きたのか、徹底的な調査が必要だ。その上で、戦争ではない合理的な対応策を検討する必要がある」と発言。「紛争は(イランの)ためにも、我々のためにも、サウジのためにもならない」と述べた。

大使の発言は14日に公表された。【514日 ロイター】

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“情報活動に詳しい米当局者は、サウジの石油タンカーが攻撃を受けた事件について、米当局はイラン軍が直接関与したというより、イランに同調するあるいは支援を受けている勢力が実施した可能性があるとみていると明らかにした。

同当局者はイエメンのイスラム教シーア派武装組織「フーシ派」やイランを後ろ盾とするイラクのシーア派武装勢力による犯行の可能性があるが、明確な証拠はないとした。”【515日 Newsweek

 

イエメン「フーシ派」はサウジの石油パイプラインもドローン攻撃しています。

「フーシ派」とすると、イラン国内のどの勢力が後ろにいるのか?という話にもなります。もし革命防衛隊が・・・ということなら、実に危険な挑発行為です。

 

ベトナム戦争へのアメリカの本格介入の引き金として利用された“トンキン湾事件”の再現にならないことを願います。

 

【説明がないまま高まる危機感】

上記のサウジ石油タンカー攻撃事件もよくわからいまま危機感が煽られていますが、今回イラン問題については、アメリカ・トランプ政権の対応全般にそうした説明不足が感じられます。

 

****米軍、イラク駐留部隊への「差し迫った脅威」の可能性警告****

米軍は14日、イランの支援を受ける勢力によるイラク駐留部隊への差し迫った脅威の可能性にあらためて懸念を示し、イラク駐留米軍は警戒態勢を強めていると明らかにした。

 

これより先、イラクとシリアで過激派組織「イスラム国」(IS)の掃討に当たる米主導の有志国連合の英指揮官は、イラン傘下の武装勢力による脅威は高まっていないと発言していた。

米中央軍の報道官はこの発言について、イラン傘下の勢力に関する米国や同盟国からの情報で特定された信頼の置ける脅威に矛盾していると説明。有志国連合は警戒態勢を強めており、イラク駐留米軍に対する信頼の置ける、緊急の可能性のある脅威を引き続き注意深く監視すると述べた。【515日 ロイター】

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****米、イラク大使館員出国へ 「イランの脅威」に対応****

米国務省は15日、在イラク米大使館職員のうち、緊急性の低い業務に携わっている職員を出国させるよう指示した。大使館が発表した。米メディアは、イラクの隣国イランからの脅威が理由だと報じた。

 

首都バグダッドの大使館と、北部アルビルの領事館の職員らが対象。大使館は(1)民間交通機関でできるだけ早くイラクを離れる(2)イラクの米関連施設を避ける―などの行動を取るよう米国民に呼び掛けた。

 

イラン産原油の全面禁輸に踏み切ったトランプ米政権は、イランによる米国への脅威が高まったとして、空母打撃群や爆撃機をイラン近海に派遣している。【515日 共同】

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最大限に危機感を煽っているのが、例によってトランプ大統領です。

 

****米標的なら「イランは痛い目に」=トランプ氏が報復警告****

トランプ米大統領は13日、イラン情勢について、記者団に「もしイランが何かするなら、重大な誤りだ。彼らの方が痛い目に遭う」と語った。イランとの間で緊張が高まる中、米国の国益が攻撃の標的になった場合は強力に報復すると警告したものだ。(後略)【514日 時事】

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イラク駐留部隊への差し迫った脅威」「イランの脅威」とは何なのか?

上記【ロイター】にもあるように、有志国連合の英指揮官も疑問を呈しています。

 

****「イランの脅威は深刻化していない」 有志連合の英軍報道官、米と矛盾する見解****

イラクとシリアでイスラム過激派組織「イスラム国」の掃討を目的とした米軍主導の有志連合に加わる英軍の報道官が14日、中東におけるイランの脅威は深刻化していないと発言し、米国の主張とは矛盾する見解を示した。

 

米政府は、自国と同盟国に対するイランの脅威が差し迫っていると警告し、ペルシャ湾一帯の兵力を増強している。

 

しかし、有志連合による「生来の決意作戦」の英報道官を担当するクリス・ギカ少将は、テレビ会議システムを通じて米国防総省で会見し、「イラクとシリアでは、イランが支援する勢力の脅威は拡大していない」と断言した。

 

この発言の後、直ちに米中央軍は、イランの脅威は高まっていると反論。同軍報道官のビル・アーバン大尉は、「米国および同盟国の情報機関は同地域で、イランが支援する勢力の差し迫った脅威について確認しており、(ギカ氏のコメントは)これらの情報と矛盾する」と述べた。

 

米軍はイランの脅威に対抗するためとして過去9日間にわたり、湾岸地域の空母打撃群にB52戦略爆撃機やパトリオットミサイルなどを追加し、配備を増強していた。

 

この見解の相違は、米軍が裏付けとする情報を説明することなく、湾岸周辺の兵力を増強していることに対する疑問を強調する結果になった。

 

専門家の間では、ギカ氏のコメントに加え、米政府はイランが何を計画していると考えているのか、詳しい説明がないことから、トランプ政権が正当な理由なく中東の緊張を高めているとの疑いが生じている。

 

またイラン側も、何も計画などしていないと真っ向から否定。米国の同盟国らは、湾岸地域へのパトリオットミサイルや強襲揚陸艦の配備は偶発的な出来事が大きな紛争を誘発する可能性を高めるとして、事態が深刻化する危険性について警告している。 【翻訳編集】AFPBB News

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同盟国イギリスだけでなく、アメリカ与党内からも説明を求める声が出ています。

 

****米政権、議会とイラン問題の情報共有せず 「闇の中」と不満も****

トランプ米政権とイランの緊張が高まる中、米議員らはホワイトハウスから十分な情報が提供されていないことに不満の声を挙げている。

議員らはイラン情勢について政権から秘密裏に状況説明があってしかるべきだと訴えており、トランプ氏と同じ共和党の一部議員からもそうした不満が聞こえる。過去の政権は国家安全保障上の重要事項について、定期的に議会への説明を行ってきた。

共和党のリンゼー・グラハム上院議員は記者団に対し「われわれは皆、闇の中にいるようだ」と述べた。

ナンシー・ペロシ民主党下院議長は、ホワイトハウスに下院議員への説明を求めたが、まだ同意できないとの返答があったという。

上院関係者らによると、民主党が要請したが、上院での説明会は予定されていない。

上院外交委員会のボブ・メネンデス議員(民主党)は、イランによる米駐留部隊への脅威と米国の対応について「議会が具体的な情報を受け取るのを阻害し続ける政権の対応は正当化し難い」と述べた。

ホワイトハウスからはコメント要請への回答が得られていない。【515日 ロイター】

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サウジ石油タンカー攻撃事件がベトナム戦争介入の契機ともなった謀略“トンキン湾事件”を連想させるなら、こちらの「イランの脅威」はイラク戦争開戦の証拠とされたウソ“大量破壊兵器”をも連想させます。

 

【核合意の履行義務の一部停止】

イランは、ロウハニ大統領が表明していたように、核合意の履行義務の一部を公式に停止したと公表しています。

 

****核合意の履行停止を実行 イラン****

イランの原子力エネルギー当局者は、2015年締結の核合意の履行義務の一部を公式に停止したと述べた。ロイター通信が15日に伝えた。履行停止の方針は8日、ロウハニ大統領が表明していた。

 

当局者によると、低濃縮ウランは300キロ、重水は130トンに定められた貯蔵の上限を撤廃し、今後は無制限に貯蔵する。

 

いずれも核兵器開発に関連する物質だが、イランは余剰分を国外に搬出したり販売したりしており、核合意の上限に達するまでにはまだ余裕があるとみられる。

 

また、核兵器には濃縮度90%以上のウランが必要とされるが、核合意では濃縮度は3・67%までに制限されている。

 

ロウハニ師は核合意を離脱した米国を除く英仏独中露の当事国5カ国に60日間の猶予を設け、原油や金融などの取引が保証されなければ、規定の濃縮度を超えるウランの製造に着手するとしている。【515日 産経】

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この「核合意の履行義務の一部停止」の意味合いは、512日ブログでも触れたように、“核合意で定められた「数値」は違反するが、核兵器開発に直結する活動を困難にするという核合意の「精神」は尊重するというメッセージ”ともとれますが、いずれにしてもアメリカ・トランプ政権がこれを契機に更に圧力を強めること想定されます。

 

トランプ大統領は一応否定してみせましたが、政権内では最大12万人の部隊を派遣する案も検討されているといった話も取りざたされています。

 

****米大統領、対イラン軍事計画巡る報道否定 「派兵検討せず」****
米紙ニューヨーク・タイムズ(NYT)は13日、当局筋の話として、イランが米軍を攻撃したり、核兵器開発を加速させたりした場合に最大12万人の部隊を派遣する案などを含む最新の軍事計画を、シャナハン米国防長官代行がトランプ政権に提出したと報じた。

トランプ氏はホワイトハウスで記者団に対し、NYTの報道を「フェイク(偽)ニュース」とし、部隊派遣などを計画していないと指摘。「このような計画が必要にならないことを願う。もしこのような計画が実行されれば、計画以上の部隊を地獄に送ることになるだろう」と述べた。【515日 ロイター】

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【ハメネイ師 「イランは抵抗の道を選んだ」】

イラン側の対応は、アメリカとの「交渉」は否定しつつ、「戦争」も否定するというもので、ハメネイ師は「イランはレジスタンス(抵抗)の道を選んだ」とも。

 

要するにトランプ大統領が任期切れで退任するとかいった事態の変化を待って「耐える」というところです。

 

****米との交渉は「毒」 戦争は否定 イラン最高指導者****

イランのイスラム教シーア派最高指導者ハメネイ師は14日、政府高官らとの会合で、2015年締結の核合意から離脱したトランプ米政権について、敵対的な態度を取っているなどと批判し、交渉に応じることは「毒」だとして拒否する考えを強調した。イランのメディアが伝えた。

 

米政権は原子力空母やB52爆撃機などをペルシャ湾周辺に派遣し、イランに対する軍事的圧力を強めているが、そうした中でも交渉姿勢に転じることはないと宣言した形だ。交渉の否定には、国内の改革派から対米融和論が高まるのを封じる狙いもうかがえる。

 

ハメネイ師は一方で、「私たちは戦争を望まないし、彼ら(米国)も同様だ。彼らはそれが利益にならないことを知っている」と戦争への懸念を打ち消し、「イランは抵抗の道を選んだ」と述べた。

 

イランの最高指導者はロウハニ大統領がトップを務める行政府のほか司法府、軍などを掌握し、国政全般に決定権を持つ。ハメネイ師は反米の保守派として知られ、発言は米国との対決で指導部を一致団結させる思惑もありそうだ。【515日 産経】

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【ロウハニ大統領 「前例のない」圧力に国民結束を呼びかけ】

耐えきれるかどうかは国内情勢にもよります。

 

****「ガソリン値上げ」報道、誤報だった イラン各地で混乱****

イランで5月初旬、反米保守強硬派の有力通信2社が特ダネとしてガソリン価格の値上げを報道したことで、市民がガソリンスタンドに殺到し、各地で混乱が起きた。

 

政府はすぐさま報道を否定。司法当局が両通信社の幹部を事情聴取するなどして事態の収拾を図ったが、騒動の背景には国内の政治対立があるのではないかとみられている。

 

イランではガソリン代に政府の補助金が充てられており、ガソリンが1リットル1万リアル(実勢レートで約7円)と、ベネズエラやスーダンと並び、世界有数の安さを誇る。ガソリン価格が上昇すると、輸送費もかさみ、物価上昇に直結するため、市民はガソリンの値上げには神経をとがらせている。2007年には値上げに端を発して首都テヘランで暴動が起きたこともある。

 

核合意から離脱したトランプ米政権がイランへの制裁を再開して以来、物価高や現地通貨の価値急落などで経済は低迷。米国がイラン産原油の完全禁輸措置に踏み切る矢先の報道とあって、国家歳入の約6割を占めるとされる原油収入の激減が予測される中、政府が予算不足からガソリンへの補助金を削減するのではないかとの観測が強まっていた時期でもあった。【514日 朝日】

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イラン国内でも危機感を煽り、この機に乗じて穏健派政権を揺さぶろうとする保守強硬派の勢力があります。

一般に、対立する両陣営の強硬派と称される勢力は、互いにもっとも敵対する言動を示しながらも、危機が高まることで自らの存在感をアピールできるという点では共通する利害関係にあります。

 

これまで革命後のイランにとって最大の試練はイラン・イラク戦争でしたが、ロウハニ大統領はそのイラン・イラク戦争当時以上の圧力を受けているとも表明し、結束を呼びかけています。

****イラン大統領、米国から「前例のない」圧力 国内の結束呼び掛け****

イランのロウハニ大統領は11日、米制裁強化に直面する中、現在の状況は1980年代のイラクとの戦争時よりも厳しいかもしれないと指摘し、この状況を乗り切るため派閥間の結束を呼び掛けた。国営イラン通信(IRNA)が伝えた。

トランプ米大統領は9日、イランに対し 核放棄に向けた交渉の席に付くよう促した上で、両国の軍事衝突の可能性を排除しないと語った。

米国は今月、イラン産原油禁輸措置を強化したほか、湾岸地域での米軍の配備を拡大させている。

ロウハニ大統領は「現在の状況が(1980─88年の)戦時よりも良いのか悪いのかはいえないが、戦時には金融機関や石油販売、輸出入に問題はなかった。あったのは武器購入への制裁だけだった」と指摘。

 

「敵からの圧力はイスラム革命史上前例のない戦争だ。しかし、私は将来に大きな期待を抱いている。われわれが結束すれば、この厳しい状況を乗り切れると確信している」と述べた。

ロウハニ大統領は、2015年の核合意から米国が昨年離脱し、制裁を再開したことを受け、国内強硬派からの批判に直面しているほか、身内の穏健派からも一部離反が出ている。【513日 ロイター】

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トランプ政権がどのような対応を示すのか、ロウハニ政権が耐えきれるのか・・・不透明です。

 

日本外務省によると、イランのザリフ外相が来日し、16日に安倍晋三首相、河野太郎外相とそれぞれ会談するそうです。

 

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ベネズエラ  しぶといマドゥロ政権 クーデター失敗でアメリカの介入にすがる反政府勢力 

2019-05-14 23:05:54 | ラテンアメリカ

(ベネズエラ北西部コヘデス州エルパオの軍施設で、兵士らと行進するニコラス・マドゥロ大統領(中央)とブラディミル・パドリノ国防相(中央右)。大統領府提供写真(201954日撮影)【55日 AFP】)

 

【クーデター失敗で圧力を強めるマドゥロ政権】

べネズエラでは430日、暫定大統領就任を宣言した野党指導者のグアイド国民議会議長が、マドゥロ大統領政権の打倒を掲げ、軍に決起を促すとともに国民にも抗議行動を呼びかけ、国内各地で治安部隊と市民らの衝突がありましたが、大規模な軍の政権離反は起きず、“クーデターは失敗した”との評価が一般的です。

 

その後の流れを記事見出しで見ると以下のようにも。

総じて、マドゥロ大統領側が事態を掌握し、反政府勢力に対する圧力を強めている状況がうかがえます。

 

“マドゥロ大統領が空軍基地視察 軍掌握をアピール ベネズエラ”【53日 毎日】

“ベネズエラ、蜂起の市民ら18人に逮捕状請求”【55日 読売】

“ベネズエラ大統領、「米国の軍事介入に備えよ」 兵士らに指示”【55日 AFP】

“ベネズエラ、野党議員の逮捕状を請求中 特権取り消しへ”【56日 朝日】

“ベネズエラ、元国会議長ら捜査へ 反逆容疑で、米は圧力”【58日 共同】

“反体制派の国会副議長拘束=「クーデター未遂」関与で―ベネズエラ”【59日 時事】

“ベネズエラ、対ブラジル国境再開”【511日 時事】

“グアイド氏派の副議長を軍事刑務所に収容 ベネズエラ”【511日 AFP】

 

国民に多大な犠牲を強いる失政を続けるマドゥロ政権ですが、軍部の支持のものとで、これまでも“じぶとく”権力を掌握してきました。

 

これまでも何回も取り上げたように、単に失政がある、国民不満が大きいというだけでは強権的支配はなかなか覆らないという見本のようでもあります。

 

【マドゥロ氏の力を過小評価していたグアイド氏とアメリカ】

そして、1月以来のグアイド氏の“決起”は、アメリカ・トランプ政権の後押しを受けてのものでしたが、今までのところ、“しぶといマドゥロ政権”という構図を変えるには至っていません。

 

「野党指導者の力量を米国が過大評価している」「反対勢力がマドゥロ氏の力を過小評価していた」との指摘も。

 

****こう着状態のベネズエラ、打開策は限定的 米軍事介入の可能性は?****

南米ベネズエラの首都カラカスで430日に発生した軍の蜂起は、瞬く間に終息に向かった。

だが、ニコラス・マドゥロ大統領に残された時間はごくわずかだと米国は主張する──。

 

こうした状況について専門家らは、野党指導者の力量を米国が過大評価しているとしながら、長期化したこう着状態を打開するための選択肢は限られていると指摘する。

 

米国を含む50か国以上から、暫定大統領就任への承認を得ている野党指導者のフアン・グアイド国会議長は430日、カラカスの空軍基地で「勇敢な兵士」の一団から支持を得たと声を挙げた。この直後、政権に対する抗議デモが発生したが、マドゥロ氏がこれを鎮圧するまでにはそう時間はかからなかった。

 

これを受ける形で、マイク・ポンペオ米国務長官は1日、「軍事行動もあり得る」とベネズエラ政府をけん制した。

 

しかし、米国は過去3か月にわたってすでに、広い範囲を対象とした経済制裁を同国に科している。ベネズエラ政府にとって命綱である国営石油会社もその対象だ。

 

中南米地域における民主主義を後押しする「インターアメリカン・ダイアログ」のマイケル・シフター会長は、「反対勢力がマドゥロ氏の力を過小評価していたのは明らかだ。マドゥロ氏は抗議活動による相当な圧力に持ちこたえる能力がある」と述べた。(後略)【53日 AFP】

 

【トランプ政権の思い描くシナリオどおりには進まない現実】

グアイド氏は暫定大統領就任を宣言する以前から米トランプ政権と連絡をとっていたとの報道もありますので、同氏の決起、その後の展開はアメリカ・トランプ政権の描くシナリオに沿ったものでもあるでしょう。

 

あわよくばベネズエラらと結託するキューバも巻き込んで一網打尽に・・・という思惑もあるのでしょう。

 

ただ、状況は思い描いたようには進んでいません。

「軍事行動もあり得る」とのトランプ政権ですが、今は対外的問題だけでも中国、イラン、さらに北朝鮮の問題を抱えており、それらに比べてアメリカにとってのベネズエラの重要性・緊急性は劣後するでしょう。

 

また、仮に軍事介入すれば、アメリカの軍事行動に強いアレルギーを有する南米諸国の強い反発を招くという問題もあります。

 

そこらを考えると、アメリカが自らの血を流す覚悟でベネズエラに関与するとも思えません。

 

****ベネズエラ危機、独裁打倒の失敗とアメリカの無責任****

<グアイドの反政府デモは今回も不発 軍事介入をにおわせつつ何もしない米政府の罪>

始まりはサプライズだったが、終わりは今までどおりの尻すぼみ。ベネズエラの独裁政権打倒はならず、例によってトランプ米政権は、全てはキューバとロシアのせいだとかみついた。

それは430日の早朝だった。野党指導者で国会議長のフアン・グアイド(1月に暫定大統領への就任を宣言している)は、軍人や有力な野党政治家レオポルド・ロペスらを従えて軍隊に決起を呼び掛け、共にマドゥロ政権と戦おうと訴えた。

(中略)市民による大規模なデモ行進も、軍幹部の離反も現実には起こらなかった。

そしてグアイドによる動画公開から半日もたたないうちに、今回の「決起」は急速に勢いを失っていった。その後はさまざまな臆測が飛び交い、非難の応酬があり、ホワイトハウスは強硬姿勢を取り、ロペスとその家族はスペイン大使館に保護を求める羽目になった。

マドゥロ政権打倒を目指してグアイドが決起を促したのはこれが3回目。そして反政府運動自体はウゴ・チャベスが大統領選に勝利した98年直後から続いている。(中略)


今年1月に暫定大統領に就任すると宣言し、多くの外国政府から支持を受けているグアイドも、(街頭行動で軍の政権離反を促すというチャベス時代の反政府行動と)同じシナリオを描いて行動した。

 

まず、暫定大統領就任でマドゥロ政権の分断を狙った。それが失敗に終わると222日には人道支援を呼び掛け、コロンビアからの支援物資の搬入を試みた。いずれも、軍上層部や政権内部からの離反を期待したものだった。

この数年でベネズエラで最も信頼され、動員力のある民主的な指導者による政権打倒の挑戦は、果たして失敗だったのだろうか。

 

これまでも多くの反政府指導者が、市民の期待を膨らませるだけで成果を上げられず、揚げ句に戦略や指導力をめぐる内紛を起こして消えていった。グアイドも現時点では、彼らの失敗例と何ら変わるところがないように見える。

そこで背景に浮かび上がってくるのが、アメリカの政策だ。トランプ政権は、腐敗や不正、人権侵害などを理由に、マドゥロ政権の圧政への関与が疑われる個人を対象にした国際的な制裁を主導している。

 

今のところ約500600人が対象とみられており、アメリカ入国に必要なビザの発行禁止や、資産凍結などを行っている。

 

グアイドの暫定大統領就任による政権打倒が失敗に終わると、石油の禁輸を行い、ベネズエラ中央銀行を制裁対象に加え、マドゥロ政権を支援するキューバへの渡航制限強化を発表した。

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カ国封じ込めの一環
ジョン・ボルトン米大統領補佐官(国家安全保障問題担当)は、中間選挙を翌週に控えた昨年111日に、フロリダ州マイアミで演説を行った。そこはベネズエラやキューバからの移民が多い場所だった。

このとき以来、トランプ政権は対ベネズエラ政策と対キューバ制裁強化を関連付けるようになった。これは、ボルトンが「暴政のトロイカ」と呼ぶキューバとベネズエラ、ニカラグアの3カ国に対する広範な封じ込め政策の一環だ。

キューバとベネズエラを同時に締め付ければ、キューバはマドゥロ政権への支援をやめるだろう、そしてベネズエラの政権が代わればキューバへの石油供給は止まり、宿敵キューバの政権は沈没する。ボルトンらはそんなシナリオを描いていた。

だが、それは願望にすぎない。両国に圧力をかけることと、それぞれの国で政治的な変化が起きることの論理的なつながりはどこにも明示されていない。

キューバ経済を痛めつけ、革命後に接収された米企業の資産に投資する第三国企業への訴訟提起をちらつかせるといった制裁を強化すれば、苦しくなったキューバは一段とベネズエラにすり寄るかもしれない。

一方でベネズエラに対する原油の禁輸や腐敗官僚の資産凍結などを進めれば、困ったマドゥロ政権はキューバの軍事顧問団への依存を強めるだけだ。

 

キューバ以外の、やはり強権的な体制の国々にもすがるだろう。現に中国からは50億ドルの融資を受けた。ロシアからは軍事顧問100人を受け入れている。トルコはマドゥロ政権の金資産売却に手を貸している。イランの支援もあるはずだ。

制裁は切り札にならない
一方で、制裁がアメリカ政府の強力な切り札となったためしはない。制裁強化が政権転覆につながる理屈は示されていない。相手国を経済的に苦しめれば市民が一斉に蜂起し、エリート層が寝返って政権交代を促すという保証はどこにもない。

過去の例を見ても、制裁の強化で政権交代が実現した例はない。制裁強化を通じてベネズエラで平和的な民主化を実現するというシナリオは、論理的にも歴史的にも信憑性を欠く。

それでも4月末の蜂起が失敗に終わると、ボルトンはまたぞろマドゥロ政権を非難した。トランプはベネズエラ国内にいるキューバ顧問団を悪役に仕立て、対キューバ制裁のさらなる強化をちらつかせた。顧問団が残虐かつ無能なマドゥロ政権の存続に絶大な役割を果たしていると言いたいらしい。

 

一方で国務長官のポンペオは、追い詰められたマドゥロの国外脱出をロシアが制止したと語ったが、そうした形跡は確認されていない。

この間、トランプ政権は一貫して政権転覆を支持する姿勢を強調し、「あらゆる選択肢」を検討していると繰り返し、ベネズエラ国民の期待を高めてきた。

 

マドゥロ政権がまだ健在なことを認めた430日の記者会見でも、ボルトンは同じせりふを繰り返した。しかし、これでは「アメリカが助けに来てくれる」という期待をいたずらに膨らませるだけだ。

数々の専門家や関係者が指摘していることだが、アメリカが軍事介入することは政治的にも戦略的にも無謀過ぎる。米軍の幹部でさえ、軍事的選択肢は現実的でないとみている。

ホワイトハウスが強硬なのは口先だけだ。反政府勢力を軍事的に支援する具体的な計画は存在しない。それでもトランプ政権は威嚇を続け、反政府勢力に「いつかアメリカが助けに来る」という非現実的な希望を抱かせる一方、マドゥロ政権には「アメリカの軍事介入は近い」と内外の支援者に訴える口実を与えてしまっている。

中南米の現代史上最悪の人道危機を招いたマドゥロは、依然として権力の座にあるが、民衆の抗議と一部兵士の離反で足元が揺らいでいる。(中略)

こうして政権基盤が揺らいできても、あいにく政権交代には至っていない。とはいえマドゥロ政権の不確実性ともろさが露呈したのも事実。幹部の更迭や粛清もあり得る。同じことは、蜂起に失敗した反政府側にも言える。

 

しかし悲しいかな、アメリカの姿勢だけは変わりそうもない。失敗は明白なのに。【59日 Newsweek
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トランプ政権が“都合のいい”シナリオを思い描いて動いているというのは事実でしょう。(対イラン、対中国でも同様ですが)

 

“制裁の強化で政権交代が実現した例はない”・・・・そうかも。

ただ、ではどうすればいいのか? 軍事介入しかないのか?・・・という話にもなり、答えのわからないところです。

 

【“アメリカ頼み”を強めるグアイド氏だが・・・・】

“「アメリカが助けに来てくれる」という期待をいたずらに膨らませる”・・・“期待”というより、もはやアメリカに頼るしかないという“追い詰められた状況”がグアイド氏側の実情のようにも。

 

****ベネズエラ野党、米軍に協力を要請へ ****

政情混乱が続く南米ベネズエラの野党陣営は11日、米軍に協力を要請すると発表した。野党指導者のグアイド国会議長はこれまで米国の軍事介入を受け入れると発言しており、さらに一歩踏み込んだ。

 

軍人への蜂起呼びかけが不発に終わったことで追い詰められつつある中、米国の軍事力に頼ることで事態打開を狙うが、国内外の反発も大きく、実現は不透明だ。

 

11日、カラカスで開いた反政府デモでグアイド氏が演説し、自身が米国に送り込んだ「大使」に対し、米軍の中南米を管轄する米南方軍司令官と会談するよう指示したと明らかにした。「直接的で、広範囲に及ぶ協力関係を設立する」と説明している。

 

グアイド氏は既にメディアを通じ、「もし米国が軍事介入を提案したら私は受け入れるだろう」と発言している。足元でマドゥロ政権が野党議員の不逮捕特権剥奪や身柄拘束で攻勢を強めており、野党陣営は厳しい状況に立たされている。後ろ盾となっている米国の軍事力を盾に、政権をけん制する狙いとみられる。

 

もっとも、グアイド氏はこれまでマドゥロ政権の命令に従い国民を弾圧するベネズエラ軍に対し「政権の犠牲者だ」と説明してきた。仮に軍事介入を要請することになれば米軍に自国の軍を攻撃するよう求めることになるため、これまでの発言との整合性を問われることとなる。

 

軍事介入の実現には高いハードルが残る。トランプ米大統領はこれまで「全ての選択肢はテーブルの上にある」と述べ軍事介入を排除しないとしてきたが、米国内にも反対する声は大きい。グアイド氏を支持する欧州や中南米の周辺国も軍事介入には明確に反対する。【512日 日経】

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****グアイド国会議長、米軍からの支援を模索か 米南方軍との協議要請****

 政情不安が続く南米ベネズエラの反マドゥロ派のグアイド国会議長は13日、これまで以上に米国からの支援を求める姿勢を明らかにした。

 

グアイド議長が駐米大使に指名したカルロス・ベッキオ氏は13日に公開された書簡の中で、米南方軍とグアイド議長側の代表者との間での協議を要請した。書簡は米南方軍のファラー司令官にあてたものとなっている。同司令官はかねてグアイド議長の行動を支持する考えを明らかにしていた。

 

ベッキオ氏は書簡の中で、「戦略的な計画立案を歓迎する」と指摘。そうすることで、ベネズエラ国民への憲法上の義務を果たすことができるようになるとしている。ただ、軍事行動を明確に求めることはなかった。

 

米国はここ数カ月、グアイド議長支持に向けた軍事行動の可能性について排除していない。

グアイド議長については、米国をはじめとする50カ国以上が正統な大統領と認めている。

 

ベネズエラ国内で定期的に開催される全国規模の抗議活動にも停滞の動きが見えており、グアイド議長は変革に向けた新しい戦略を模索し始めている。

 

マドゥロ政権側は今回の書簡を一蹴。ロドリゲス副大統領は「ベネズエラへの軍事介入を要請すること」は国の不安定化を目指す試みだと指摘した。【514日 CNN】

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こういう「小国」の助けを求める声に「大国」が動くというのは、非情な国際関係にあってはあまり現実性はないように思えます。ましてや損得勘定で動くトランプ大統領は・・・(国内選挙対策として、中国・イラン・北朝鮮はどうにもならいけどべネズエラなら・・・という話なら別ですが)

 

一方、マドゥロ政権側には弾圧の格好の口実を提供することにもなります。

 

カリスマ性のある反政府指導者として期待したグアイド氏ですが、状況は次第に厳しさを増しています。

 

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オーストラリア  中国との関係悪化が続く中で、国内総選挙で重みをもつ華人票の行方

2019-05-13 22:08:11 | オセアニア

(華人有権者に中国語で話す野党・労働党のジェニファー・ヤン候補(左から3人目)【513日 朝日】)

 

【一触即発のイラン近海でサウジ・UAE船舶への破壊工作?】

今日の話題に入る前に、昨日とりあげたイラン・アメリカをめぐる緊張に関連する“奇妙な”“きな臭い”ニュースが今日報じられていますので、その件だけ少し。

 

****サウジ石油タンカー2隻、UAE沖で「妨害行為」受け損傷****

サウジアラビアの石油タンカー2隻が、アラブ首長国連邦沖で「妨害行為」を受けて損傷したと、国営サウジ通信が13日、エネルギー相の話として報じた。

 

SPAによると、ハリド・ビン・アブドルアジズ・ファリハエネルギー産業鉱物資源相が、「サウジの石油タンカー2隻が、アラビア湾(ペルシャ湾)を横断中にUAEの排他的経済水域内のフジャイラ首長国沖で妨害行為の標的となった」と述べたという。

 

UAE政府は前日12日にも、船籍の異なる商船4隻がフジャイラ沖で妨害行為の標的になったと発表していた。

 

ファリハ氏は、妨害行為による死傷者はおらず、石油の流出もないが、「2隻の船体が大きく損傷した」と述べた。うち1隻は米市場向けの原油を積み込むために、サウジの海上石油ターミナルに向かっていたとされる。

 

UAEは行為主体には言及していないものの、「商船や民間船への妨害行為に及び、乗客乗員の安全と生命を脅かすのは深刻な事態だ」と警告している。

 

同域では、「イランの脅威」があると訴える米国が、複数のB52戦略爆撃機を配置するなど、軍事的プレゼンスを拡大してきており、両国間の緊張が高まっている。

 

先週にはイランが、2015年に主要国との間で締結し、昨年米国が離脱した核合意の一部を履行しないと発表。その2日後に米国防総省はイランの脅威を理由に、輸送揚陸艦と地対空ミサイルシステム「パトリオット」を派遣すると明らかにした。 【513日 AFP】

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イラン側の動向については“イラン外務省の報道官は、12日に起きたサウジの石油タンカーへの攻撃への懸念を示し、捜査を求めた。イラン学生通信(ISNA)によると、同報道官は、こうした事件は海上輸送の安全にマイナスの影響を及ぼしていると指摘し、地域を不安定にするような策略に対して警戒するよう近隣諸国に伝えた。”【513日 ロイター】とのことで、関与を否定しています。

 

サウジ、UAE両政府とも、誰に襲われたのかという肝心の点については言及していません。

 

一体何が起きたのか?(あるいは起きていないのか?) 皆目わかりません。

わかりませんが、アメリカが原子力空母や戦略爆撃機、輸送揚陸艦、「パトリオット」を派遣するなど、一触即発の地域での話ですから「わからない」では済まされない話でもあります。

 

イランの革命防衛隊などの反米強硬派が動いたのか? 

“イラン国内では米との対決姿勢を強める保守強硬派が勢いを増しているようだ。イランのメディアによると、同国の裁判所は12日までに、米との間で「ハイレベルの取り組み」が必要だ−などと対米交渉を促した改革派の週刊誌「セダ」の発行禁止を命令した。”【513日 産経】といった動きもあります。

 

あるいは、どこかの国が事を起こすために謀略的な情報を流しているのか・・・。

 

サウジアラビアも、カショギ氏殺害事件に見るように、イラン以上に人権とか民主主義とは縁遠い国です。

アメリカ大統領は周囲の意見を聞くことなく、国内支持層受けしか考えず、後先考えず直感で行動し、後でなんとでも説明するような人物です。

 

昨日ブログでも触れたような“第二のトンキン湾事件”のようなことがなければいいのですが。

 

【国際政治的には中国との対立が続くオーストラリア】

でもって、今日はオーストラリアの話。

 

経済的にはオーストラリアは日本同様、あるいは日本以上に中国に“依存”する関係にあります。

 

“中国は2000年代から、鉄鉱石や石炭などへの需要で資源ブームをけん引し、豪経済の成長を下支えしてきた。2000年に1453億豪ドル(約112千億円)だった豪州のモノとサービスの輸出は17年には3866億豪ドルまで拡大。中国への輸出は68億豪ドルから1159億豪ドルと17倍に跳ね上がり、今や輸出の3割が中国向けだ。”【17日 日経】

 

(余談になりますが、“3月分の景気動向指数の基調判断について、内閣府は13日、これまでの「下方への局面変化」から「悪化」に引き下げた。景気が後退している可能性がより高いことを示しており、「悪化」の判断は2013年1月以来、6年2カ月ぶり。中国経済の減速が大きく影響した。”【513日 朝日】ということで、日本やオーストラリアにとって、米中間の対立・中国経済減速は大きな影響があります。経済だけでなく、消費税引き上げや衆参同時選挙など政治的アジェンダにも)

 

そうした中国との強い経済的関係の一方で、政治的には昨年ぐらいから急速に悪化・対立が目立っています。

 

****豪中関係、急速な悪化 ****
豪で規制法案、中国反発「貿易面の影響も」

 

オーストラリアと中国の関係悪化が深刻だ。豪州にとって中国は最大の貿易相手国だが、野党議員のスキャンダルなどをきっかけに反中感情が噴出。ターンブル政権は投資や政治献金を通じて影響力を広げる中国の動きを抑え込む対策を打ち出す。

 

中国側は反発しており、経済的な報復措置に訴える懸念が出ている。21日の外相会談でも沈静化の兆しは見えなかった。(中略)

 

豪州は6月末までに中国の影響力排除を念頭にした「重要インフラ保安法」を施行する。港湾やガス、電力への海外からの投資について「安全保障上のリスクがある」とみなせば、担当相がリスク軽減措置命令を出せるとの内容だ。3月末の法案審議はわずか45分で、野党も目立った反対意見を出さなかった。

 

昨年末には外国団体からの政治献金を禁止する改正選挙法案や、公職経験者が海外の団体に雇用された場合に公表を義務づける「外国影響力透明化法案」を議会に提出した。いずれも豪州での中国の影響力拡大を抑える意図が色濃い。

 

当初は親中派と見られていたターンブル首相が態度を変えたのは2017年後半だ。野党議員が中国人から資金援助をうけ、南シナ海問題で中国寄りの発言をしていたことが判明した。「中国による内政干渉」と豪州世論が猛反発したのがきっかけとなった。

 

ターンブル氏は「中国人民は立ち上がった」という毛沢東の言葉をもじり「オーストラリア人民は立ち上がった」とまで発言。1年以内にある総選挙をにらみ国内世論への配慮もにじむ。

 

一方、中国の成競業・駐豪大使は4月、豪メディアの取材で「昨年後半から中国に無責任かつ否定的な発言が目立つようになった」とターンブル政権を批判。「(貿易で)望ましくない影響が出るかもしれない」と豪州産品への輸入規制を示唆した。関連は不明だが豪ワイン最大手のトレジャリー・ワイン・エステーツは5月、中国向け輸出の一部に手続きの遅れが出ていると発表した。

 

オーストラリアの対中警戒は長年くすぶり続けている問題である。16年には米軍が巡回駐留する北部の要衝、ダーウィンの港を長期賃借する中国企業「嵐橋集団」の顧問に豪元閣僚が就いたことが発覚。中国からの投資マネーが豪州の近年の住宅価格高騰の一因ともされ、世論の硬化に拍車をかける。

 

ただ豪産業界からは緊張緩和を求める声が出ている。豪鉄鉱石大手、フォーテスキュー・メタルズ・グループのアンドリュー・フォレスト会長は「分断や狂信を招き、尊敬を失う行為」と政府を批判した。5月中旬には貿易関係への悪影響回避をめぐり、ターンブル氏が年内に中国を訪問するとの報道も出た。

 

豪州は米国との関係もギクシャクしたままだ。ターンブル氏は17年初め、最初の電話協議でトランプ米大統領と決裂。5月の首脳会談でトランプ氏は「(決裂は)偽ニュース」と良好な関係を演出したが、会談に大幅に遅刻し「豪州を冷遇」との報道も出た。中国との摩擦に加え、米国との間に吹くすきま風も懸念となっている。【2018522日 日経】

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モリソン首相に代わった現在でも、南シナ海問題や米中間の5G・ファーウェイをめぐる対立などでオーストラリアはアメリカに与する形で中国との対立が続いています。

 

****中国、豪からの石炭輸入禁止 両国関係の悪化背景か ****

中国の税関当局が東北部にある遼寧省大連など5つの港で、オーストラリアからの石炭輸入を無期限の禁止にしたことが明らかになった。ロイター通信が伝えた。

 

豪州にとって中国は石炭の主要な輸出先で、今回の措置は豪経済への一定の影響が避けられそうにない。(中略)

 

豪政府は中国の通信機器大手の華為技術(ファーウェイ)や中興通訊(ZTE)に対し、次世代高速通信「5G」への参入を事実上禁止している。また、豪州での多額の政治献金で知られる中国人実業家の永住権を取り消すなど両国関係の緊張が高まっており、今回の措置は中国による豪政府への圧力との見方もある。(後略)【221日 日経】

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****豪政府、中国人富豪の居住権剥奪 内政干渉対策に本腰****

オーストラリア政府が、中国による内政干渉に警戒を強めている。

 

経済交流の活発化を受け、豪州国内には中国から大勢のビジネスマンや留学生が流入したが、中国共産党がこれらの中国系住民を使い、政治的圧力を豪州に加え続けているためだ。モリソン政権は、中国を念頭に整備した反スパイ法なども使い、厳格な対応を粛々と進めている。

 

豪ABC放送(電子版)によれば、豪州政府が8日までに、同国内で事業を拡大しながら、巨額の政治献金を行っていた中国人の黄向墨氏の居住権を剥奪したと伝えた。中国共産党とつながって「内政干渉」を行い、スパイ活動の疑惑があったという。(中略)

 

豪州では、中国でのビジネス経験があり、「親中派」ともされたターンブル前首相が、黄氏ら国内の中国人実業家らによる内政干渉疑惑の持ち上がりを受け、対中強硬姿勢に転換。連邦議会は、外国からの政治献金を禁止する改正選挙法を可決させ、外国からのスパイ活動などを阻止するための法律も成立させた。

 

後継のモリソン首相も、ビジネスを名目にした中国によるスパイ活動の防止に向け、本腰を入れ始めた形だ。

 

豪州政府の一連の措置について、黄氏はメディアに対し「偏見に満ちた根拠のない臆測に基づいた措置だ」と批判している。【28日 産経】

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【国内総選挙で存在感を増す華人票の行方】

国際的な中国との関係という点では、上記のような緊張がありますが、一方で、「移民の国」オーストラリアは人口の5%ほどが華人という国です。

 

おりしも、オーストラリアは18日に総選挙が行われます。

 

****豪、6年ぶり政権交代の公算 18日総選挙、与党も追い上げ****

18日のオーストラリア総選挙まで1週間を切った。

 

最大野党労働党が優勢で、約6年ぶりの政権交代の公算が高まっている。

モリソン首相が率いる自由党主導の与党保守連合(自由党、国民党)も追い上げているが、政権奪還した2013年以降、自由党の内紛から首相が2回交代したことに有権者は冷ややかな目を向ける。

 

「強い経済を継続させる政策を持つ(保守連合)政権か、弱体化させるであろう労働党かの選択だ」。モリソン氏は現政権が昨年、若年層向けに10万以上の雇用を創出し、失業率も下がったとして経済運営の実績を強調するが、景気には減速感が出ている。【511日 共同】

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“景気には減速感が出ている”のも、恐らく米中対立・中国経済減速が大きく影響しているでしょう。

 

二大政党が得票を争う形になると、華人票の行方が存在感を増します。

 

****豪州、華人票を狙え 首相ら中国語で発信/華人対決の選挙区も 総選挙***

18日に投開票されるオーストラリアの総選挙で、各党が華人(中華系)の支持獲得に躍起になっている。

 

人口約2500万人の豪州で、華人は年々増えて現在約120万人。移民が多い大都市部では当落を左右する存在になっている。メルボルンでは「華人対決」の選挙区も現れた。

 

台湾系VS.香港系

8日朝、メルボルン東部の下院チズム選挙区。公民館でマージャンを楽しむ華人の高齢者たちの前に、最大野党・労働党のグループがやって来た。「政権を獲得したら、この地区に華人向けの高齢者福祉施設をつくる」という公約の発表の場にここを選んだのだ。

 

「華人の地域での貢献に感謝しています。華人の高齢者が母語に戻れる場所があるべきです」。チズム選挙区に立候補した労働党のジェニファー・ヤン氏(42)が党幹部の言葉を中国語に訳すと、華人のお年寄りが拍手をして喜んだ。ヤン氏は台湾出身。地元市議や市長をへて、今回は国政に挑んでいる。

 

労働党は日程を地元の中国語メディアに伝えており、報道陣にも華人が目立った。公約発表後も、ヤン氏は中国語であいさつを繰り返した。「私は華人の声をくみ取れる。同時にこの地域に長年住み、公衆衛生や教育など地域の問題を熟知している。選挙区民全員の代表になれます」

 

チズム選挙区の期日前投票所の前では、連日、「最後のお願い」をする女性がいる。与党・自由党から立候補した香港出身のグラディス・リウ氏(55)。8日昼も「私はグラディス。自由党の候補者です」と一人一人に声をかけていた。

 

チズム選挙区には9人が立候補しているが、事実上、ヤン氏とリウ氏の戦いになっている。両氏が参加した4月14日の公開討論会は、英語と中国語が飛び交う舌戦になった。

 

チズム選挙区には漢字で表記された店の看板が並ぶ。2016年の国勢調査によると、同選挙区の住民約16万4千人のうち華人は4万1千人で約2割を占める。ヤン氏かリウ氏のどちらが勝っても、豪州で初めて華人女性の下院議員が誕生することになる。リウ氏は「歴史的なこと」とその意義を強調する。

 

ヤン氏とリウ氏の接戦を選挙区の住民はどう見ているのか。中国・上海出身の新聞店主カトリーヌ・ルーさん(45)は「私たちの声を政治に伝えられる」と歓迎する。期日前投票に訪れた白人のグラハム・バウンドさん(70)は「2人とも豪州国民だ。アジア系が多い地区だから、彼らの代表が必要だ」と語った。

 

「竹の天井」破る?

豪州の16年の国勢調査によると、アジアや中東アフリカなどの「非欧州系」の人口は21%。だが、民間シンクタンク「パーキャピタ」によると、上下両院議員の非欧州系の割合(18年)は6%にすぎない。

 

豪州で「竹の天井」と呼ばれるアジア系の出世を阻む状況は政界にもあり、下院チズム選挙区はそこに風穴を開ける可能性があると期待されている。

 

豪州では欧州系が多数派を占める選挙区が大半で、非欧州系は各党の候補者選びで落とされるケースも目立つ。ただ、各党は候補者が欧州系の選挙区でも、非欧州系の主要グループである華人の支持獲得には全力を傾けている。接戦になれば、華人の得票が勝敗を決める可能性が高いからだ。

 

「私は莫里森(モリソン)。自由党党首です」。モリソン首相は今年2月から華人が使う無料通信アプリのWeChat(微信)で中国語での発信を始め、「多様な文化を受け入れる社会の推進」などの政策をアピールしている。チズム選挙区など華人が多い大都市部の選挙区をまわり、同党候補を応援している。

 

これに対抗し、労働党のショーテン党首も今年3月にWeChat上で質問を受け付け、中国語で回答した。また、今月1日には中国語が堪能な同党のラッド元首相が中国語で政策を訴える動画もWeChatに投稿した。

 

だが、政治家がWeChatを使うことについて、安全保障の専門家からは「WeChatは中国当局が厳しく管理しており、アカウントは監視されている可能性が高い」(豪マッコリー大のベン・シュリエ教授)と懸念する声も出ている。【513日 朝日】

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首相や野党党首が中国語で国内華人にアピールする・・・という、国際的な中国との関係とはまた別の世界が国内的にはあるようで、興味深く思われた次第です。

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トランプ政権のイラン圧力強化で高まる緊張 パレスチナ・シリアにも連動か

2019-05-12 23:17:54 | イラン

(9日、スエズ運河を通る米原子力空母エイブラハム・リンカーンを軸とする艦船群。【5月11日 朝日】)


【核合意の「精神」は守りながら「耐える」イラン】

イラン産原油禁輸の適用除外停止に続いて、イランの輸出の1割を占める鉄やアルミニウムなどの金属取引も新たな制裁の対象することで石油以外の活路をも遮断、さらには空母エーブラハム・リンカーンをペルシャ湾へ向かわせ、戦略爆撃機B52編隊もカタールの米軍基地に到着・・・・アメリカ・トランプ政権の対イラン圧力を経済的にも、軍事的にも最大限に強化しています。

 

アメリカとしては、もしイランがアメリカの挑発に乗る形で暴発(シリア駐留米軍への攻撃とか航行船舶への攻撃など)すれば、それを口実にイスラエル・サウジアラビアなどとともに一気にイランを攻撃するつもりでしょう。

 

もしイランが核合意再交渉に応じて、これまでより厳しい条件をのめば、トランプ大統領としては、「オバマによるイランに甘い合意を自分が正した」と大々的にアピールできます。

 

あるいは、イラン国内の不満が高まり、現在のイスラム体制が崩壊するような事態となれば、願ったりかなったりでしょう。

 

イランとしては、欧州も中国・ロシアもアメリカと事を構えてまでイランを支援することは期待できませんので、いまのところ“耐える”しかない状況です。

 

ロウハニ大統領の発表した対抗措置としての「核合意の一部履行停止」にそうした事情・考えがにじんでいます。

 

****「違反以上離脱未満」で核合意の「精神」を守ったイラン****

(中略)

堪え忍んできたイラン

こうした圧力の高まりに対して、イランはずっと堪え忍んできた。

 

20185月の米国による単独制裁が再開したことで、イランの外貨収入の大半を占める原油の輸出ができなくなり、適用除外によって一息つくことはできたが、それが停止されたことでさらに厳しい状況に追い込まれてきた。(中略)

 

最悪のシナリオ

こうした状況に加え、原油禁輸の適用除外が終了し、さらにアメリカが空母や戦略爆撃機を派遣する中、イランはついに打つ手がなくなり、追い込まれた状態になってきた。

 

とりわけ、イラン核合意を経済発展のための必要悪として渋々受け入れ、アメリカと交渉することすら認めたくない保守強硬派からすれば、現在のイランの経済的苦境の原因はロウハニ政権の失態であり、信じてはいけない「大悪魔」であるアメリカを信用して交渉し、合意を結んだことにあると見ている。

 

そのため、一部の保守強硬派は核合意からの離脱やアメリカとの対決も辞さないと主張し、ロウハニ大統領に圧力をかけている。

 

しかし、イランが核合意から離脱したとすれば、その先に待っているのは最悪のシナリオである。

 

イランにとって最悪のシナリオとは、核合意から離脱し、核開発を再開することで、アメリカがイランの核開発を止めることを口実に戦争を仕掛け、圧倒的な武力でイランを攻撃し、現体制が崩壊するまで戦争を続けることである。

 

しかも核開発を再開することは、これまでイランを支持し、核合意の維持に尽力してきた欧州各国からも敵視されることを意味し、アメリカが直接当事者となって戦争を仕掛ける以上、シリアやベネズエラのケースとは異なるため、ロシアや中国もアメリカと直接武力衝突する可能性のあるイランに軍事支援することは考えにくい。

 

実際、中国はアメリカがイラン制裁を強化しても、口先ではアメリカを批判するが、実際はアメリカの制裁を恐れてイランとの取引を止めている。米中貿易戦争で手一杯の状況に、さらにイランを支援してアメリカとの摩擦を高めるつもりは中国にはない。

 

つまり、イランが核合意から離脱することは、アメリカの武力行使を招くだけでなく、イランの国際的孤立をも導き出してしまうため、最悪の結果をもたらすことは明らかである。ゆえにアメリカがいかに圧力をかけてきても核合意から離脱するという選択はしないのである。

 

違反以上離脱未満

アメリカから圧力を受け、国内から保守強硬派の圧力を受けるロウハニ大統領だが、かといって核合意から離脱して核開発に邁進することもできない。

 

そんな中で選んだのが、今回の核合意の「違反以上」でありながら、「離脱未満」という選択である。(中略)

 

つまり、今回ロウハニ大統領はイラン核合意で定められた「数値」は違反するが、核兵器開発に直結する活動を困難にするという核合意の「精神」は尊重するというメッセージを発している。

 

言い換えると、ロウハニ大統領は核兵器の開発に直結するような措置、例えば遠心分離機の基数を増やす(中略)、IAEAの査察団を追放するといったことを選択していない。

 

(中略)そうなると、イランが核兵器を持つのは極めて難しい状態が継続される。これがまさに核合意の「精神」であり、ロウハニ大統領はその「精神」を尊重するというメッセージを発したのである。

 

今後の展開

今回は抑制的に対応したイランではあるが、アメリカは継続的にイランに圧力をかけ、何かきっかけがあれば偶発的に武力紛争に発展する可能性のある、厳しい状況は変わらない。

 

EUは、イランが設定した60日間の期間に何かアクションをとるつもりはなく、イランが核合意を完全に履行することを求めるとしている。(中略)

 

そのため、60日の期間が過ぎればロウハニ大統領の演説で示したように、核合意から逸脱した核開発を進めることになるだろう。

 

トランプ政権はそれを見て「イランは核合意に違反している!」と騒ぎ立てることは間違いないだろうが、しかし、それが武力行使を正当化するほどの活動ではないため、イランに対して好戦的な態度を取るボルトン補佐官やポンペオ国務長官であっても即座に軍事行動を取ることは難しいだろう(とはいえ、強引に軍事行動を始める可能性がないわけではない)。

 

さらにロウハニ大統領はアメリカが核合意に戻るつもりなら交渉に応じるという姿勢も見せているため、逆に交渉に応じようとしないアメリカに対する非難が高まると思われる(とはいえ、トランプ政権がそれを気にするとも思えない)。

 

その先にどうなるのかを予測することは難しいが、少なくともイランが期待しているのは2020年のアメリカ大統領選挙でトランプ大統領が再選されず、イラン核合意に戻ると宣言している民主党候補の誰かが当選することである。

 

つまり、イランは当面、2020年の大統領選の結果が出るまでは、「違反以上離脱未満」の状態を維持しながら、アメリカ国民の選択に自らの将来を委ねて、核合意の「精神」を尊重しながら、それまで耐え続けることを選んだのである。【510日 GLOBE+】

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問題は、“耐え続けることを選んだ”ロウハニ政権が、国内経済がさらに悪化し、市民の不満が高まる中で、国内保守強硬派の突き上げにどこまで耐えられるか・・・というところでしょう。

 

(仮に耐えたとして、2020年にトランプ再選という事態になったら、ロウハニ大統領にはもはや生き残る道はないでしょう)

 

【イランを追い詰め、軍事的緊張を高めるアメリカの思惑 “Bチーム”の存在も】

同時に、イラン国内には好戦的勢力(対立を煽ることで存在感を高め、権益を守るような勢力)が存在しますので、偶発的なアメリカとの衝突、そこからの戦闘拡大という危険性もあります。

 

更に言えば、アメリカ側にも好戦的勢力が存在し、何としてでも軍事的にイランを叩きたいということで、イランの暴発を誘導したり、イラクのときのように証拠もないないまま・・・・といった可能性も捨てきれません。

 

ベトナム戦争へのアメリカ介入の契機となった「トンキン湾事件」にも、アメリカ側のねつ造がったことが後日明らかにされています。

 

****“第二のトンキン湾事件”を懸念、米・イランの軍事的緊張高まる****

(中略)米軍は特に、ペルシャ湾を航行する木造のダウ船からのミサイル攻撃や、イラン支援のシーア派民兵組織がイラク駐留部隊に攻撃を仕掛けるのではないか、と警戒を強めているという。

 

ダウ船に移動式ミサイルの発射装置を積んだ形跡もあるとされる。米メディアによると、こうした“信頼すべき情報”はイスラエルからもたらされたとしている。

 

Bチーム”の暗躍?

ベイルートの情報筋は軍事的緊張の高まりが故意に作り上げられた可能性があると指摘する。「イランが挑発行動を起こすといった情報はすべて“ためにする”リークだ。信頼すべき情報の出所がイスラエルだというのも怪しい。ボルトン、ビビ(ネタニヤフ・イスラエル首相の愛称)2人のビン・ムハンマド(サウジアラビアとアブダビ首長国の両皇太子)の“Bチーム”が暗躍しているのではないか」。

 

Bチーム”とは反イランの4人の名前の頭文字をもじっての呼び名だ。とりわけボルトン補佐官については、ワシントン・ポストのコラムニスト、マックス・ブーツ氏が「トランプ大統領が中東への介入に後ろ向きであるため、ボルトン氏がイランに先制攻撃させようと挑発しているのかもしれない」と分析、ベトナム戦争拡大のきっかけになった「トンキン湾事件」を引き合いに出し、ペルシャ湾で“第二のトンキン湾事件”が起きることに懸念を表明した。

 

今回の軍事的緊張はイラン指導部による挑発指示が要因だったのかどうか、真相は闇の中だが、ワシントン・ポストの別のコラムニストであるデービッド・イグナティオ氏によると、イラクのシーア派民兵は最近の米軍の異常な動きが軍事行動の前触れだったと懸念した可能性があることを明らかにしている。

 

同氏によると、イラク中部ティクリート近くにある米軍基地「キャンプ・スペイサー」付近で最近、米軍ヘリが可燃物を投下して畑を焼き払った。この行動が民兵に、米軍の攻撃が切迫していると誤解を与え、民兵側が攻撃に備えた動きをし、米軍が狙われているとの誤った情報になったのかもしれない。(後略)【511日 WEDGE

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ボルトン補佐官ら“Bチーム”がねつ造してまでとも思いませんが、自分らに都合のいいように解釈して、それを利用する形で事態を拡大する・・・ということはあり得るでしょう。

 

前東京都知事の舛添 要一氏も「アメリカが自己に都合の良い情報操作をする国だということを忘れてはならない」と。

 

****イランに制裁、中東の緊張招く「トランプ第一主義」****

(中略)

ご都合主義に陥ったアメリカの外交政策

20033月にイラク戦争が勃発したが、当時国会議員だった私は、6月にイラクに入り、自衛隊派遣の事前調査を行ったことがある。この時の開戦の理由は、「イラクが大量破壊兵器を保持していること」とされていたが、その情報はアメリカによる捏造だったことが後に明らかになっている。アメリカが自己に都合の良い情報操作をする国だということを忘れてはならない。

 

もうひとつ、「独裁体制を倒してイラクに民主政を樹立する」というのも戦争の理由であった。だが、同じ中東にあるアメリカの同盟国サウジアラビアはどうなのか。

 

先のカショギ記者殺害事件にムハンマド皇太子が関与しているとされるなど、民主主義とはほど遠い国であり、イランと比較したときに遙かに民主的とは言えないだろう。この点でもダブルスタンダードである。(中略)

 

しかも、トランプの親イスラエル政策は、保守的な福音派キリスト教徒の支持を集めるための選挙戦術の一環であり、選挙で指導者を選ぶ民主主義の陥穽である。

 

49日のイスラエルの総選挙で、盟友ネタニヤフ首相の政党リクードを勝たせるために、前日に、トランプは、イランの革命防衛隊をテロ組織に指定している。

 

トランプ政権の中東政策は、安定よりも混乱を中東にもたらしている。米中貿易摩擦が世界経済を低迷させているのと同様である。

 

アメリカ第一主義とはトランプ第一主義ではないはずだ。いま彼がアメリカに取らせている態度はモンロー主義とも全く異質なものである。

 

パックス・アメリカーナの下で覇権国アメリカが、自国のことのみを考えて、世界の平和と繁栄のために大局的に行動する責任を放棄するとき、世界の未来は明るくない。

 

トランプの支持率が、直近のギャラップの調査によると46%と過去最高である。これは経済が好調なためである。しかし、ロシア疑惑をはじめ、アメリカ憲法に悖る行為が批判されている。トランプの資質同様、アメリカ民主主義の真価もまた問われているのである。【511日 舛添 要一氏 JB Press

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【パレスチナ問題との連動の可能性】

なお、いったん事あれば、イラン攻撃の先兵を買って出ると思われるイスラエル・ネタニヤフ政権ですが、先日にガザからロケット弾等700発が撃ち込まれたように、イラン攻撃が(ガザのイランに近い勢力をとおして)パレスチナ問題に飛び火する危険性はあります。

 

****今夏のガザでの本格衝突に関するパレスチナ幹部の発言*****

今回のガザを巡る衝突は、パレスチナ側から発射されたロケット弾等700発、イスラエルでの死者4名と言うあまり前例のない規模の衝突となりましたが(イスラエル紙では、このためかってイスラエル国防軍(IDF)が自慢していた対短距離ミサイル防衛網のiron dome の能力について疑問視する声も出ている模様)、イスラエルのy net news jerusalem post net は、ガザのイスラム・ジハードが、今回の衝突は本格的な武力対決の前のリハーサルのようなもので、今夏にはイスラエルとの本格的な軍事的衝突があるだろうと語ったと報じています。


これはイスラム・ジハードの指導者 Ziad al-Nakhala がレバノンのニュース局al mayadeenniに対して語ったとのことで、彼は同時に今回のガザを巡る戦いの停戦は、イスラム・ジハードがテルアビブ向けにロケットを発射しようとしていた直前に合意されたこと、およびイスラエルのパレスチナ指導者を狙った暗殺に対しては座視しないと語った由。(中略)

 

イスラム・ジハードはハマスに比したらはるかに小さい組織で、ある意味ではハマスと競合し、競争してきたイスラム過激派の一組織であるところ(イランとも密接な関係があるとされる)、上記指導者の発言は、その様な組織の宣伝と言うか、強がり的発言とも解されます。


しかし、今回の衝突ではその戦闘的姿勢が高く評価され、ガザで影響力を伸ばしているとの評価もある模様で、必ずしも実態のない強弁と解すべきではないと思われ、特に、イスラエル側やトランプ政権の動き(対イラン強硬政策やラマダン後に発表されるとされる「世紀の取引」等をも考えればなおさらのこと)、今年の夏にガザを巡る状況が過熱し、本格的軍事衝突の可能性も否定はできないと思われるので、ご参考まで。【58日 「中東の窓」】

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今回のガザ側の攻撃がここまで拡大した背景は不透明です。イスラエルの今後の対イラン攻撃を見越して、イランによる(イランを攻撃すれば、テルアビブも無事ではないぞ・・・といった)対イスラエル牽制の思惑もあったのかも・・・と想像もできます。(もっとも、ネタニヤフ首相がその程度でイラン攻撃を思いとどまるとも思えませんが)

 

【イラン原油途絶で苦しむシリア・アサド政権 クルド人勢力との関係にも影響】

アメリカの対イラン制裁強化によって、イランからシリアへの原油輸送も途絶し、シリア・アサド政権にも大きな影響を及ぼしています。

 

****内戦下シリア、石油危機 給油待ち数百メートル/タクシー運賃3倍****

シリア首都で4月、燃料切れの車を押す運転手ら

内戦下のシリアで先月以降、燃料不足が深刻化し、市民生活を圧迫している。米トランプ政権がシリアへの禁輸に加え、主な燃料調達元だったイランに対する経済制裁も再開したためだ。

 

軍事的優勢を確実にしたアサド政権だが、国内の不満は高まっている。

 

朝日新聞の電話取材に応じた市民らによると、アサド政権は4月中旬、国土の約6割に上る支配地域を対象に、政府の補助金が入った廉価な石油の販売を車1台当たり月100リットルまでに制限し始めた。

 

ただ、状況は今月も改善せず、各地で数百メートルに及ぶ給油待ちの車列ができている。都市部のバスの便数も減り、タクシーの乗車価格は2~3倍に高騰しているという。

 

北部の商都アレッポで裁縫業を営むアフマドさん(33)はミシンを動かす発電機に入れる燃料がなく、一時休業を余儀なくされた。今月になって工場を再開したが、補助金対象外で6割以上高い石油を購入し、不足分を補っている。

 

「コストは商品価格に上乗せせざるを得ない。市民は、問題を解決できない政府に怒っているが、拘束されたくないので文句は言えない」と語った。(中略)

 

 国産激減、米制裁強化も影響

産油国のシリアは内戦前には、欧州諸国に石油を輸出していた。だが、内戦で、ユーフラテス川東側の主要な油田地帯を過激派組織「イスラム国」(IS)に長期間、奪われた。一帯は現在も米国の支援を受ける少数民族クルド人の武装組織の支配下にあり、生産能力が制限されている。(中略)

 

不足分を補ったのが内戦でも政権軍を支援するイランからの原油だった。米エネルギー情報局は2015年の資料で、イランがシリアに日量で約6万バレルを提供していたとしている。

 

米国はもともとシリアへの石油輸出を禁じていたが、昨年11月にはイラン核合意離脱に伴うイラン産原油に対する禁輸制裁も再開した。さらに、イラン産原油をシリアに海上輸送したとして、9の団体や個人を制裁対象に指定。

 

秘密裏に続けられていたシリアへのイラン産原油の輸出を止めるため、シリアへの輸送に関わった船舶リストを公表するなど、海運関係者に支援しないよう警告した。

 

シリアの石油取引を取り締まることで、アサド政権へのイランの影響力をそぐと同時に、イランの収入源にも打撃を与える狙いがあるとみられている。

 

アサド政権は内戦で反体制派と過激派組織を北西部に追い込んで軍事的優勢を固めているが、クルド人の武装組織とは緊張が続く。燃料不足による市民の不満が続けば、今後、政権側がクルド人勢力との協議に向けて、譲歩を迫られる可能性もある。【512日 朝日】

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上記記事最後にある油田地帯を押さえるクルド人勢力とアサド政権の関係は興味深い点です。(アメリカの支援を受けているため、アサド政権としてもうかつには手が出せないのでしょうか)

 

上記のようにアメリカの対イラン圧力強化は、パレスチナ問題やシリア情勢とも連動する形で、中東全体を大きく揺さぶっています。

 

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マレーシア 政権交代から1年 「新しいマレーシア」に立ちはだかる民族・宗教の壁

2019-05-11 23:20:27 | 東南アジア

(クアラルンプールであった反政府集会にはイスラム教徒が大半を占めるマレー系住民が参加し、街を練り歩いた【511日 朝日】)

 

【政権交代から1年 前政権の腐敗追及を実績にあげるものの、経済状況は改善せず国民不満も高まる】

マレーシアでは周知のように、昨年59日に投開票された総選挙の結果、史上初の政権交代が起こりました。

しかも、92歳のマハティール元首相(現在は93歳)がかつて自らが追い落としたアンワル元副首相と手を結び、自らの弟子にもあたるようなナジブ前首相との争いに勝利するという、かなり劇的な勝利でした。

 

あれから1年が経過したということで、いくつかの記事が。

 

****マレーシア首相、最大の成果は汚職摘発=政権交代1年****

建国以来初の政権交代から10日で1年を迎えるマレーシアのマハティール首相(93)が9日、クアラルンプール近郊の新行政首都プトラジャヤで海外メディア向けに記者会見を開き「ナジブ前政権下で横行していた汚職を減少させたことが、新政権の最大の成果だ」と強調した。

 

マハティール政権は昨年5月から、政府系ファンド「1MDB」をめぐる巨額資金流用事件に切り込んだ。関与が取り沙汰されていたナジブ前首相とその側近への捜査に着手。ナジブ氏は背任など42件の罪状で起訴されている。【59日 時事】

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****アンワル元副首相への禅譲「約束守る」 マハティール首相 ****

マレーシアのマハティール首相は9日、1年前の首相就任時から公言しているアンワル元副首相への禅譲について「私は約束は守る」と明言した。ただ、「私は少なくともあと1年、首相を続けることができると思う」と述べ、就任から2年以内をメドと説明していた交代時期がずれ込む可能性を示唆した。

 

マハティール氏は歴史的な政権交代から10日で1年を迎えるのを機に、外国メディアの取材に応じ、明らかにした。

 

93歳のマハティール氏は「私は(与党連合が選んだ)暫定的な首相であり、(次の選挙までの5年間の)全ての任期を務めるつもりはない」と強調した。

 

アンワル氏の名前を自ら口にしなかったものの「与党連合内で既に後継者は指名してある」と禅譲シナリオは変わっていないと説明した。

 

「次の1年間で前政権の過ちの大半は解決する」とも述べ、禅譲前にナジブ前政権の負の遺産を一掃する決意を示した。(中略)

 

マハティール氏はこれまでの1年について「前政権の過ちをただすのに多くの時間が割かれた」と釈明し、実現していない多くの政権公約の達成に全力をあげる考えを示した。【59日 日経】

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マハティール首相率いる「希望連盟」は昨年5月の総選挙では、物品・サービス税(消費税)廃止を筆頭とする国民の物価上昇などに対する経済的不満を解消するための(ばらまき)経済政策、およびナジブ前政権の腐敗追及を掲げて戦い勝利しましたので、その公約は果たしていると言えます。

 

しかし、物品・サービス税(消費税)廃止によって財政的には厳しい状況ともなっています。

 

また、政権交代を実現した国民不満の根底にある経済状況は改善しておらず、マハティール首相が前政権の腐敗追及を最大実績として挙げているのは、経済状況改善をアピールできないということの裏返しでもあります。

 

更に、政権の先行きについては、前期記事も問題にしているアンワル元副首相への禅譲時期が不透明になっているという問題もあります。(マハティール首相は、政治活動ができないアンワル元副首相に代わって野党連合を率いて戦った経緯があり、2年以内にアンワル元副首相に禅譲する“約束”となっています)

 

****財政再建路線が後退 マレーシア、政権交代から1年 ****

1957年の独立以来初の政権交代から10日で1年となったマレーシアのマハティール首相の支持率が下降線をたどっている。

 

腐敗の象徴だったナジブ前首相を起訴し、消費税を廃止するなど国民の関心が高い政策に注力してきたが、財政再建路線は後退が目立つ。成長戦略も具体化には遠く、2年目の政権運営は厳しさを増す。

 

(中略)腐敗した国の再生を掲げて政権交代を果たしたマハティール氏にとって、政府系ファンド「1MDB」を巡る汚職の捜査は最優先課題だった。多額の資金を自らの懐に入れたなどとしてナジブ氏を42の罪で逮捕・起訴し、汚職を隠蔽していた前司法長官や、関与した元財務次官らを次々と更迭した。代わりに実力主義に基づいて非マレー系や女性を要職に登用した。

 

ただ前政権時代の負の遺産を掘り起こした結果、負担が増えるというジレンマも生んだ。4月には前政権の支持基盤と密接に結びついていた連邦土地開発公団(フェルダ)の救済のため、約60億リンギ(約1600億円)の資金注入を決めた。

 

従来7千億リンギ弱と公表していた国の債務は政府保証なども含めて1兆リンギを超え、歳出の削減が急務だ。しかしマハティール政権は4月中旬、前政権が中断したクアラルンプールの大型再開発計画を再開すると発表した。その1週間前には、中国と建設費用が440億リンギに上る大型鉄道計画の再開で合意した。

 

税収の4分の1を占めていた消費税を政権公約通り廃止したため、安定収入源は細っている。ナジブ前政権時代に一時約15%まで縮小していた石油関連収入への依存度は約30%に逆戻りした。

 

1人あたりの国内総生産(GDP)が1万ドルを超えるマレーシアにとって、先進国入り後を見据えた中長期の成長戦略づくりが急務だ。マハティール氏は「2年目は経済政策に注力する」と訴えるが、これまで目立つのは「第3の国民車構想」や「インダストリー4.0」戦略といったスローガンばかり。将来の成長を支える新産業育成の道筋は見えてこない。

 

東南アジア研究所(ISEAS)のケイシー・リー上級研究員は「マレーシアの製造業は日本や韓国の水準に達するはるか前に、ピークを過ぎようとしている」と指摘。先進国入り前に成長率が鈍る「中所得国のわな」に陥っていると警鐘を鳴らす。

 

政権交代前は5%を超えていた成長率が4%台に落ち込むなど、経済は伸び悩んでいる。生活水準が改善しないことへの国民の不満も高まっている。世論調査機関ムルデカ・センターの最新の調査では、マハティール首相の支持率は就任以来、初めて5割を切った。

 

93歳と高齢のマハティール氏は、首相就任から2年以内をメドにアンワル元副首相に禅譲すると公言してきた。9日には「私は少なくともあと1年首相を続けることができる」と述べたが、禅譲時期は明示しなかった。

 

2人は1年前の総選挙の際、政権交代という共通の目的で手を結んだものの、かつては激しく敵対していた。2人の関係が再びこじれれば、マレーシア政治は混乱状態に陥りかねない。【510日 日経】

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【「新しいマレーシア」への期待と多数派マレー系住民の警戒感】

特に、経済状況が改善しないことへの国民不満の高まりは、政権支持率に直結する問題であり、そうした不満にマレーシア固有の民族問題(多数派マレー系の不満)が絡むと、政権の求心力は急速に低下することにもなります。

 

もともと総選挙に勝利した「希望連盟」は、華人やインド人を中心とした非マレー人の間で支持者が多い民主行動党(DAP)を主要勢力に含んでおり、民族主義や宗教重視、あるいは“何とか”第一主義がもてはやされる昨今にあっては珍しく「共存」を実現した政権でもあります。

 

前政権の腐敗追及という民族・宗教にかかわらない問題を前面にだしつつ、非マレー系、非イスラム系勢力が政治の中核に立つことへの(特に地方の)多数派マレー系の警戒感を、マレー系政治家としての実績と人気を有するマハティール氏の存在が一定になだめる形で実現した政権です。

 

****政権交代から100日を迎えたマレーシア――希望連盟政権下での民主化に向けた実績と課題****

「新しいマレーシア」の行方 

今後の希望連盟政権の行方に影響を与えるのは、公約の達成、制度改革の進捗、政府・与党のガバナンスの問題だけではない。民族、宗教、セクシュアリティなどのアイデンティティをめぐる政治の動向も大きく影響する。

 

5月の総選挙は従来の選挙とは異なり、民族や宗教をめぐるアジェンダがほとんど表面化しなかったまれな選挙であった。このため、総選挙直後には、民族や宗教などの違いを超えて国民が団結する「新しいマレーシア」が誕生したとの言説がメディアを中心に広がった。

 

政権交代から100日が経過した今でも「新しいマレーシア」を信じて期待を寄せる人々は主に都市中間層の間で多いものの、それに反する現実も表面化しつつある。

 

まず、2018年総選挙の結果をみれば、そもそも新たに政権についた希望連盟は、国民の各層からまんべんなく支持を得たのではないとの研究者の選挙分析が登場してきた。

 

総選挙で希望連盟は、華人やインド人などの非マレー人からの圧倒的支持を得たものの、全人口の6割程度を占めるマレー人の間の支持は、(マハティール氏率いる)希望連盟、(前与党の)国民戦線(とその中核政党のUMNO)、(イスラム主義の)PAS3政党(連合)の間で分裂したままである。

 

5月の2018年総選挙で希望連盟は、生活コスト上昇やナジブ前首相の関与が疑われる1MDBスキャンダルなど、民族や宗教などとは直接的には関係ないアジェンダを前面に掲げて政権交代を実現した。

 

そのため、マレー人の間ではUMNOPASから希望戦線の構成政党に鞍替えしたものも少なくなかったが、依然としてマレー民族主義やイスラーム主義に基づいてUMNOPASを支持し続けているマレー人の存在も無視できない。

 

5月の総選挙で敗れて政権から転落した国民戦線では、連合から離脱する政党が相次いだ。(中略)

 

そこで、もともとマレー人の民族政党であって、国民戦線の他の構成政党を考慮する必要がほとんどなくなったUMNOが、今後ますますマレー人を対象としたイデオロギーや主張に接近していく可能性は十分ある。

 

実際に、84日にスランゴール州のスンガイ・カンディス州選挙区において、希望連盟所属のPKR候補と国民戦線所属のUMNO候補との間で争われた補選で、そのような傾向がみられている。

 

UMNOはマレー人有権者にターゲットを定め、マレー人の権利が希望連盟政権下で失われつつあるとして、民族的な危機意識を煽る選挙戦術をとったのだ。

 

加えて、補選では長年UMNOとマレー人票をめぐって対立してきたイスラーム主義政党のPASが、UMNOと事実上、共闘する姿勢をみせた。

 

補選結果は、投票率が49%と、マレーシアでは異例の低投票率(注2)のために、PKRUMNOの双方とも5月の総選挙と比べて大幅に獲得票数を減らしたものの、PKRが勝利した。

 

補選結果について様々な分析は可能だが、ここで重要なのは、UMNOPASが将来のさらなる連携の可能性をみせつつ、ともにマレー民族主義やイスラームのアイデンティティに沿った自党のブランディングを強めていることにある。

 

野党のUMNOPASが人口の多数を占めるマレー人へのアピールのために、民族や宗教に基づく政治へのシフトを今まで以上に強めるならば、希望連盟側もマレー人に向けて特別な対応を迫られる可能性が少なくない。(後略)【2018829日 伊賀司氏 SYNODOS

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【マレー系住民への優遇政策の維持を求め、民族重視で攻勢に出る野党勢力】

野党側がイスラム主義を強めて攻勢に出るというのは、先のインドネシア大統領選挙でも見られた傾向です。

マレーシアの場合は、宗教だけでなく民族も絡みますので、対立はより先鋭化する可能性があります。

 

更に、マレーシアはマレー系優遇策(ブミプトラ政策)を採用してきましたが、マハティール政権がこのマレー系優遇策を変更しようとしたことで、マレー系住民の不満は民族主義・宗教重視の流れを加速させる形にもなっています。

 

****マレーシア野党「反マハティール」デモ開催へ ****
8
日、2党共闘で数十万人規模に

マレーシアの有力野党2党は8日、マレー系住民への優遇政策の維持を訴える数十万人規模のデモを開催する。5月の政権交代後では最大級のデモとなる見通しで、優遇政策への対応でぶれをみせたマハティール首相を揺さぶりたい考えだ。

 

5月の政権交代以降、民族を問わず高い支持を得てきたマハティール氏だが、民族問題でのかじ取りを誤れば求心力の低下につながる可能性がある。

 

今回のデモはマハティール政権が国連の人種差別撤廃条約の批准方針を示したことがきっかけ。同条約の批准は、マレー系住民を優遇する「ブミプトラ(土地の子)」政策を脅かしかねないと人口の7割を占めるマレー系市民が強く反発。マハティール政権は11月下旬に一転、国連条約の批准見送りを決めた。

 

ただ、今春まで与党だった統一マレー国民組織(UMNO)はマレー系市民の支持を現政権から引き離す好機と捉え、批准の見送りによる問題の幕引きに反対する考えを表明。急進的なイスラム主義を掲げる全マレーシア・イスラム党(PAS)とも現政権の打倒で一致し、デモの共同開催を決めた。

 

一方、マハティール氏ら与党側は野党が民族問題を政治利用していると批判し、事態の早期収拾をはかる考えだ。【2018127日 日経】

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実際、今年に入ってからの選挙では、与党側は3連敗と苦境にあります。

 

****マレーシア与党連合が3連敗、州議会補選****

マレーシア中部のヌグリスンビラン州議会ランタウ選挙区の補欠選挙が13日投開票され、与党連合の候補が野党連合の候補に敗れた。

 

与党連合候補の敗北は1月の下院補選、3月のスランゴール州議会補選に続き3回連続。政権交代から1年を前にして、マハティール政権の支持率低下が続いていることを浮き彫りにした。(後略)【414日 日経】

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国際的には、東海岸鉄道計画をめぐり「大国」中国の足元をみすかしたようなマハティール首相の「老練な」駆け引きに高い評価が寄せられていますが、国内的な支持率は急速に低下しているようです。

 

****マハティール首相、苦境 多数派マレー系優遇、見直そうとして支持率激減****

昨年政権トップに返り咲いたマレーシアのマハティール首相が苦境に立っている。多数派マレー系住民の優遇策を変える動きを見せたことがきっかけだ。

 

7月で94歳になる「世界最高齢首相」は海外での評価は高いが、就任から1年で国内の支持率は激減し、足元がゆらいでいる。

 

「ともに闘おう」。4日、首都クアラルンプールで数千人規模の反政府デモがあり、参加者らはこう訴えた。大半は国民の7割弱を占めるマレー系の人たち。ファイサルさん(47)は「マレー人のマレーシアではなくなっていくのが心配だ」と話す。

 

 怒りの原因

怒りの原因は、マハティール氏がブミプトラ(土地の子)政策の見直しの動きを見せたことだ。

 

ブミプトラ政策は、経済的に優位な中華系やインド系に対抗し、先住民であるマレー系の教育・就職面などでの優遇策で、1971年に始まった。マハティール氏もマレー系で、81~2003年に首相を務めた時は政策を推進した。

 

だが、マハティール氏は昨年5月の総選挙で、政策の見直しを訴えてきた中華系政党などと選挙協力をした。当時は野党で、政権奪回のために必要な多数派工作の戦略でもあったが、マレー系には考えを変えたと受け止められた。

 

実際、首相に就くと、これまでマレー系が占めていた財務相や司法長官など、主要ポストに非マレー系を任命。昨年9月には、同政策との矛盾が指摘される人種差別撤廃条約を批准すると発表した。

 

これにマレー系は猛反発。政府は条約の批准の断念やブミプトラ政策の維持を発表したが、不満は収まっていない。

 

今年実施された下院議員や州議会議員の補選で与党は3連敗。民間調査機関ムルデカ・センターによると、就任直後に79%あった政権支持率は、3月に39%まで落ちた。

 

 海外は高評価

マハティール氏は中国が巨大経済圏構想「一帯一路」の事業に位置づける東海岸鉄道の建設について財政難を理由に中止を決めたが、中国との交渉の末、事業費の3割削減に成功して事業を復活させた。米フォーチュン誌に「世界の最も偉大な指導者50人」の一人にも選ばれるなど海外では評価が高い。

 

だが、ブミプトラ政策以外にも、汚職事件で逮捕されたナジブ前首相の時代にできたとされる1兆リンギ(約26兆円)の債務など課題は山積。

 

連立を組む人民正義党のアンワル元副首相との関係も微妙になっている。都市中間層から一定の支持を集めるアンワル氏に「2年以内に首相の座を譲る」と就任前から公言してきたが、最近は明言を避けるようになり、与党内に波紋を広げている。

 

マハティール氏は9日、記者会見で支持率について「何かをやろうとすれば反発はある」と受け流した。退任時期についても「あと3年か2年かもわからない」と言葉を濁した。

 

日本貿易振興機構アジア経済研究所の熊谷聡研究員は、「支持を急速に回復する政策は見込めないが、マハティール氏以外が首相になれば政権はさらにもろくなる」と指摘する。【511日 朝日】

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民族・宗教を超えた「新しいマレーシア」の実現ははなはだ困難な情勢です。

「マハティール氏以外が首相になれば政権はさらにもろくなる」というのも恐らく事実でしょう。

 

マハティール首相が禅譲を明確にしないのも、単に政権への色気が出たというだけでなく、自分以外ではこの難局は乗り越えられないという自負心があってのことでしょう。

 

マハティール首相の“老獪さ”で求心力を維持できるか、あるいは、“マレー系・イスラム”第一主義がマレーシアを覆うことになるのか・・・難しい情勢です。

 

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スーダン バシル失脚後の今も続く軍と市民の緊張 抗議行動の前面に立つ女性たち

2019-05-10 22:44:20 | アフリカ

(スーダンの首都ハルツームでのデモで音頭をとるアラ・サッラー。201948日【418日 クーリエ・ジャポン】)

 

【今も続く軍と市民の緊張】

アフリカ・スーダンでは、約4カ月間の市民の大規模反政府デモの結果、30年に及ぶ独裁支配を続けたバシル大統領(75)が411日、軍部のクーデターによって失脚しました。

 

しかし、実権を掌握した軍が2年間の移行政権を運営するとの宣言に市民は拒否反応を示し、暫定軍事評議会のイブンオウフ議長はわずか1日で辞任。

 

427日には、反政府デモの指導部と暫定軍事評議会は、民間人と軍人から成る合同の統治評議会の設置に合意しました。統治評議会は独立した統治組織となり、ゆくゆくは暫定的な文民政権に移行するものとされています。

 

しかし、新設される統治評議会の軍・民間人の構成などをめぐって今も軍と市民の間で緊張が続いています。

 

****スーダン反政府デモ「100万人行進」呼び掛け 軍事評議会との緊張高まる****

スーダンで430日、オマル・ハッサン・アハメド・バシル前大統領の失脚から3週間近くたった現在も暫定軍事評議会が民政移管に真剣に取り組んでいないとして、反政府デモ側が大規模な抗議集会を呼び掛けた。

 

反政府デモの指導部と暫定軍事評議会は427日、民間人と軍人から成る合同の統治評議会の新設で合意したものの、その構成をめぐり意見が対立。軍事評議会側が新評議会の定員を軍人7人と民間人3人の計10人と提案したことで、両者の溝が深まった。

 

さらにあるスーダン軍司令官は、暫定軍事評議会の議長を現在務めているアブデル・ファタハ・ブルハン・アブドルラフマン大将がそのまま新評議会の議長に就くとも発表している。

 

こうした動きに反発し、反政府デモ側は首都ハルツームの軍本部前に築いているバリケードを強化。デモを主導する民主化勢力「自由・変革同盟」は、「民政というわれわれの主要な要求を主張するため、52日に100万人のデモ行進を行う」と宣言した。

 

同じくデモを主導するスーダン専門職組合の指導者であるモハメド・ナジ・アッサム氏は、「暫定軍事評議会は民政移管に真剣ではない」と批判した。

 

反政府デモ側は新評議会の定員を15人とし、うち軍人を7人にとどめ、民間人が過半数を占める構成にするよう求めている。

 

両者の溝が深まっていることに加え、軍事評議会は429日、デモ隊との衝突で全土で計6人の治安要員が死亡したと発表。また、市場での火事や強奪も起きているという。

 

一方でデモ側の指導者らは軍事評議会に対し、ハルツームの座り込み現場以外で起きた出来事はデモ隊によるものではないと伝えたという。

 

抗議側の一団によると軍は429日夜、軍本部前のバリケードを撤去して座り込みを解散させようとしたという。

 

AFP特派員によると、430日にはハルツーム中心部に機関銃を装備した軍車両数台が配備された。 【51日 AFP】

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【市民によってコントロールされている反政府行動】

アフリカにおける政変というと、政党間の争いというよりは民族・部族を背景とした争いであることが多かったり、また、「アラブの春」が多くの中東イスラム国家で“失敗”と混乱に終わっていることもあって、スーダンのバシル大統領失脚・軍と反政府デモの対立という政変についても、個人的にはいささか先行きを懸念するような感じで見ていました。

 

しかし、今後の展開は不透明ながら、現段階における反政府デモは上記のようなイメージとは異なり、市民の手でコントロールされる形で行われているようです。

 

****検問も警備員もボランティア 民主化求めるスーダンの抗議デモの現場は****

30年にわたって長期支配を続けてきたバシル大統領が失脚したアフリカ北東部のスーダン。民衆による抗議デモが「独裁者」を追い詰め、最後は軍がクーデターを起こした。

 

だが、バシル氏が政権から去った後も、民衆は自由や民主化を求めて軍に対する抗議デモを続けている。現場の様子やデモを続ける国民の思いを取材した。

 

記者が首都ハルツームに入ったのは424日。現地の情報省から記者証を取得し、連日抗議デモが続く軍本部前に向かうと、3カ所の検問所があった。運営していたのは、抗議デモの参加者たち。武器などを持った不審者が入らないように、自分たちで警戒しているのだという。

 

現場では、太鼓をたたいたり、国旗を顔にペイントしたりした多くの若者たちが集まっていた。最高気温は42度。強烈な日差しを避けようとテントや給水所も設置され、露天商も繰り出していた。

 

気温が少しだけ下がる夕暮れ時になると、仕事を終えた人たちも加わり、数万人でごった返した。時折、デモ隊と治安部隊との衝突で負傷者は出ていたものの、幼い子どもを連れて来る人もいるなど、平和的な抗議デモが続いているように見えた。

 

特設のステージでは、デモを主催する団体のメンバーらが演説していたが、それを警備するのも民衆によるボランティア。大学職員のアブドゥラ・アルムールさん(30)は「何か役に立ちたいと思って参加した。民主的な政権ができるまで続けたい」と語った。(中略)

 

今回の抗議デモが始まったのは昨年12月。きっかけは、物価上昇やパンの価格が値上げされたことだった。現金が不足し、銀行の引き出し額は15千円程度に制限されるようになり、ガソリンスタンドでは給油不足から長蛇の列ができた。

 

デモは瞬く間に全国に広がり、経済低迷を招いたバシル氏の辞任や民主化を求める声が強まった。

 

411日、政権を長年支えてきた軍がクーデターを起こし、バシル氏を解任。事実上の軍事政権を立ち上げた。だが、国民は、バシル氏との関係が近かった軍幹部が権力の座に就くことに反発。抗議デモを続けた。

 

軍本部前では、大学生やヒジャブで頭を覆った若い女性の姿も目立った。抗議デモが始まった頃、バシル政権は現場近くのハルツーム大学を閉鎖したが、学生たちが大挙して抗議デモに参加する結果を招いた。

 

毎日のようにデモに参加しているというイスラ・ゼイダンさん(21)は「男性に比べて、女性は服装や就職、留学するのにも自由がなかった。将来世代のためにも、ここに来ている」と教えてくれた。

 

スーダン出身で、現在は学習院大学特別客員教授を務めるモハメド・アブディン氏は「他国に出稼ぎに行きやすい男性と違って、女性は国内にとどまることが多い。母国をより良くしたいという思いが強いのだろう」と説明する。

 

現地では、イスラム教徒が日の出から日没まで飲食を断つラマダン(断食月)に入り、昼間は抗議デモの参加者が減少。夜に活動が活発化しているという。

 

スーダン軍は、デモを主催する団体や野党関係者らと暫定政権の発足に向けて協議を続けている。だが、軍側を支援するサウジアラビアなどの隣国の思惑もあり、国民が求める民主化がかなうかどうかは、不透明なままだ。【510日 GLOBE+

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【飛び火を警戒する周辺国】

サウジアラビア・エジプトなど周辺国は、反政府デモの拡大・自国への飛び火を警戒しており、軍主導による「安定」を支援しています。

 

****周辺国はデモ拡大を懸念****

アラブ諸国や周辺国には、反政府デモの飛び火などを懸念し、スーダン軍を支援する動きも出ている。

 

バシル前政権と関係が深かったサウジアラビアアラブ首長国連邦は21日、食料品や石油製品を含む30億ドル(約3350億円)相当の支援を表明。スーダン軍が、サウジ主導のイエメンでの戦闘に参加していることを考慮したとみられる。

 

2013年にエジプト軍を動かして当時の政権を崩壊させた同国のシーシ大統領も、スーダンの治安悪化などに懸念を表明し、軍を支える姿勢を見せた。

 

中東・アフリカでは10年以降の民主化運動アラブの春」で、チュニジアエジプト、リビア、イエメンで長期政権が崩壊した。近年も、ジンバブエやアルジェリアで強権支配を敷いた大統領が民衆デモなどを受けて辞任した。

 

アフリカにはウガンダやカメルーン赤道ギニアなど、数十年にわたる長期政権を敷く国々がある。アフリカ連合は当初、スーダン軍主導の暫定政権を批判したが、民政移管を求める時期を「4月末」から「3カ月以内」に延ばすなど、軍側に譲歩し始めた。スーダンの新政権への影響力を維持したい思惑も透ける。【57日 朝日】

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【前面に立つ女性たち】

意外だったことの一つは、上記の市民によるコントロールが(今のところ)徹底していることですが、もう一つは、女性の参加が目立つことです。

 

(スーダンの首都ハルツームの軍本部前で424日、自由や民主化を求めて集まった女性たち=中野智明氏撮影【510日 GLOBE+】)

 

スーダンはイスラム国家ですから、社会的・宗教的に制約が多い女性が前面に出てくるというのは意外でした。

 

“特に女性たちは強権的な前政権から長く抑圧されてきた。紛争で夫や子を失った人も多く、今回の政変で民主化や平等の実現を期待する思いはとりわけ強い。”【430日 朝日】

 

存在感を示す女性に中にあって、市民革命の象徴ともなった一人の女子大生(冒頭写真)が。

 

22歳の女子大生、アラ・サラーさんが抗議する様子の動画がインターネットで広く拡散した。

白い服に身を包んだサラーさんは「革命の象徴」、さらには「ヌビアの女王」と呼ばれるようになった(ヌビアは、エジプト南部からスーダン北部にかけてのナイル川流域の地名)。“【424日 BBC】

 

****スーダン「市民革命」の象徴は22歳女子大生アラ・サッラー****

スーダン「市民革命」のアイコン
2019
48日、スーダン共和国の首都ハルツームで撮られ、ツイッターにアップされたある写真が世界中で注目されている。

白いトーブに身を包み、金色の大きな耳飾りをつけた若い女性が、乗用車のルーフパネル上に立ち、右手を挙げ、人差し指で天を指している。

この女性の名はアラ・サッラー、ハルツームで建築学を学ぶ22歳の大学生だ。

彼女をスマホのカメラで撮りアップしたのも、ラナ・H・ハロウンという地元の若い女性だ。

ハロウンがアップしたこの写真によって、サッラーは一夜にして反軍事独裁政権運動のアイコンになった。デモは201812月よりパンの値上げをきっかけにスーダン全土で始まり、20194月に入ってから激化していた。

イスラエルメディア「ハアレツ」によれば、アラ・サッラーは車上で、「われらの祖父はタハルカ、われらの祖母はカンダカ」と歌っている。タハルカはクシュ王朝の王、カンダカは古代ヌビア・スーダンの女王で、より一般的には女王戦士たちのことだという。

サッラーはすでに「現代のカンダカ」と称され、スーダン市民の権利のために闘う女性、またアラブ・ムスリム世界で女性の権利のために闘う女性たちが見習うべき模範と見なされているとハアレツは報じている。

英メディア「ガーディアン」の取材に、サッラーは次のように答えている。

「私の写真で、世界中の人々にスーダンの革命について知ってもらえたことがとても嬉しいです……抗議運動の始まり以来毎日出かけ、デモに参加してきました。祖国を愛するようにと両親が私を育ててくれたからです」

サッラーの母親は、スーダンの伝統衣装トーブのデザイナーで、父親は建設会社を経営しているとガーディアンは報じている。

トーブは、女性抗議者たちのシンボルになっており、サッラーも以前のデモでトーブをまとったときに逮捕されかけたという。

「トーブはある種の力を帯びており、カンダカたちを想起させます」とサッラーはガーディアンに語っている。

ただ、カンダカは、スーダンの多くの民族・部族のひとつを代表するのに過ぎず、ほかの共同体を排除することになりかねないとの懸念もあるとガーディアンは報じている。【418日 クーリエ・ジャポン】

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48日というと、まだ強権で知られるバシル大統領がその職にあった時期で、辞任はその三日後です。

 

そういう時期に反政府デモの先頭に立つということは、当然に大きな危険があります。

 

そのことについて聞かれたサッラーさんは、「あらゆる可能性は認識していましたが、怖くはありませんでした。銃殺されたり、腕や目をけがしていたかもしれません。何があってもおかしくなかった。誰もが尊厳と名誉とともに暮らせるより良いスーダンを思い描いたからこそ、この抗議に参加したのです。」と答えています。【424日 BBCより】

 

大きなうねりは、彼女のようなヒロイン、ヒーローを生み出します。

 

「ヌビアの女王」「現代のカンダカ」はともかく、多くの女性が男性に伍してデモに参加し、フェンスをよじ登る姿に、民主化成就後の女性の権利拡大実現を期待もするのですが・・・どうでしょうか。

 

そもそも、民主化が成就するのか、バシル大統領から軍政に変わっただけに終わるのか・・・そのあたりも未だ判然としませんが、前出の周辺国の思惑などもあって、個人的にはあまり楽観はしていません。

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