孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

ニューカレドニア  仏統治への暴動 古典的資源の問題に加えて中国をめぐる地政学的な問題も

2024-05-16 18:23:06 | オセアニア
(【JAL HP】)
【「天国に一番近い島」で起きた暴動】
南太平洋の「天国に一番近い島」とも称される仏領ニューカレドニアで、暴動が激化し憲兵1人を含む4人が死亡する事態となっています。

****フランス領ニューカレドニアで暴動、政府が非常事態宣言****
フランス領のニューカレドニアで15日に暴動が深刻化し、憲兵1人を含む4人が死亡した。現地に長期滞在するフランス人に地方参政権を与える憲法改革に対して独立派が強く反発し、暴動につながった。仏政府はフランス時間の同日夜、非常事態宣言を発令した。

仏議会はニューカレドニアに10年以上暮らすフランス人に地方選挙への参政権を与える憲法改正の審議を進めており、14日には国民議会(下院)が上院に続いて可決していた。

ニューカレドニアの独立派は憲法改正で独立が遠のくと反発し、抗議活動を展開していた。自動車や店舗が破壊され、安全確保のために学校が閉鎖されるなど混乱が深まっている。

仏大統領府は15日、「どのような暴力も容認できない」とのコメントを発表。マクロン大統領が非常事態宣言の発令を指示した。発令により、当局はデモの禁止や集会所の閉鎖といった措置を取りやすくなる。

軍隊が出動し空港や港湾の治安を維持する。動画共有アプリ「TikTok(ティックトック)」の利用も禁止された。仏メディアによると非常事態宣言はアルジェリア戦争中の1955年制定の関連法に基づき、2015年のパリ同時多発テロ時も発令された。【5月16日 日経】
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現地には警官などの治安部隊が1800人態勢で展開。エリゼ宮(仏大統領府)報道官は15日の記者会見で、暴力の拡大阻止へ500人の増派を明らかにしています。

また今朝の海外TVニュースによれば、現地住民は暴徒の略奪・暴力を恐れ自警団を組織し、道路を封鎖し、暴徒の地域への侵入を防いでいるようです。

ただ、そうした住民同士の争いが犠牲者を増やす結果にもなっているようです。

ニューカレドニアが「天国に一番近い島」と呼ばれるようになったのは、映画化もされた1966年に出版された森村桂氏の旅行に由来します・

****天国に一番近い島*****
子供の頃、亡き父(作家の豊田三郎)が語った、花が咲き乱れ果実がたわわに実る夢の島、神様にいつでも逢える島。働かなくてもいいし、猛獣や虫もいない…そんな天国にいちばん近い島が地球の遥か南にあるという。

それが、きっとニューカレドニアだと思い、ニューカレドニアへ行くことを心に誓う。死んでしまった父に、また会えるかも知れない…そう信じて。母が寂しがっていると言えば、心地よいその島暮らしを捨ててでも戻ろうと思ってくれるに違いない。そして、神様の目をぬすんで、父を連れて帰ればいい! 

そう信じて出発した旅行の顛末。
まだ海外旅行自体が自由にできなかった頃ゆえの苦労、夢と現実のギャップ、現地の人達との交流などの体験が書かれる。【ウィキペディア】
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私事で言えば、私も半世紀ほど昔に図書館でこの本を読み、(内容は完全に忘れましたが)その後の海外旅行趣味の下地にもなりました。

もちろん、“神様にいつでも逢える島。働かなくてもいいし、猛獣や虫もいない”・・・そんな現実があるはずもありませんが、この本によって確立されたイメージと実際の美しいビーチ、更に原田知世主演の映画によって、日本人にとっては一定にメジャーな観光地ともなっています。

【独立運動の経緯 形の上では結着がついたことにはなっているものの・・・】
しかしニューカレドニアは独立を果たした世界の植民地同様に、植民地としての悩みを抱えており、これまでも独立運動が繰り返されてきました。

住民投票による賛否は、一応形の上では独立否定ということで結着していますが、今回の騒動はそれが「形の上」に過ぎなかったことを示しています。

****フランス領ニューカレドニア、三たび独立否決*****
南太平洋の仏領ニューカレドニアで12日、フランスからの独立の是非を問う住民投票があった。反対票が96.5%となり、2018年、20年に続き独立は三たび否決された。投票の延期を求めた先住民ら独立派が投票をボイコットし、賛成票はわずか3.5%だった。

投票率は43.9%で、20年(85.7%)から大きく下落した。独立派幹部でニューカレドニア議会議長のワミタン氏は13日までに、仏メディアに結果を「受け入れない」と明言した。今後、デモや国連への訴えなど投票結果の正当性を巡り混乱が起きる可能性もある。

一方、フランスのマクロン大統領は12日演説し「棄権者が多数いたが、ニューカレドニア住民は独立を否決した。フランスの一部であり続けることが決まった」と強調した。

ニューカレドニアはオーストラリアに近い群島で、人口は約27万人。19世紀にフランスに併合され1946年に海外領土となった。電気自動車(EV)のリチウムイオン電池に使われるニッケルの世界有数の生産地でもあり、仏軍も駐留している。

住民はカナクら先住民が41%、欧州系が24%など。カナク系住民を中心に60年代から独立を求める運動が拡大した。欧州系住民の多くはフランスへの残留を希望する。

今回の住民投票は98年に独立賛成派、反対派、仏政府の3者でまとめた「ヌメア協定」に基づくものだ。合計3回まで住民投票の実施が可能で、今回が最後となる3回目だ。

独立賛成票は1回目(2018年)が43.3%、2回目(20年)が46.7%と伸び、3回目は賛成票と反対票が拮抗すると予想された。

ただ、21年9月から新型コロナウイルスの影響で外出規制が導入された。同月からの犠牲者数は280人に上る。独立派は死者の弔いや外出規制により十分な活動ができなかったと主張し、投票を延期しなければボイコットも辞さない姿勢を示した。しかし仏政府は12日に住民投票を実施し、多くの独立派がボイコットした。

独立は否決されたが、今後の混乱を懸念する声は強い。南太平洋では中国がインフラ支援を通じて存在感を強めている。仏軍事学校戦略研究所は10月の報告書で、米国やその同盟国の太平洋における影響力をそぐために、中国がニューカレドニアで独立運動を支援しているとの見方を示唆した。【2021年12月12日 日経】
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下記の情報からすると、今回の暴動は独立派の穏健派は賛同しておらず、一部の過激な若者らが主導しているようにも見えます。

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フランスの国民議会(下院)は今週、ニューカレドニアに10年間住んでいるフランス系住民に地方選挙での投票を認める法案を審議した。先住民カナクの発言権が低下するとの懸念が強まり暴動に発展した。

法案はその後、賛成多数で可決され、仏政府はニューカレドニアで選挙が民主的に行われるために投票規則の変更が必要と訴えた。

マクロン大統領は上下両院の特別会議で同法案が承認される前に、ニューカレドニアの独立賛成派と反対派の間で対話を開くことを提案した。

独立派の主要政治団体、カナク社会主義民族解放戦線(FLNKS)は15日の声明で、マクロン氏の提案を受け入れると表明。「ニューカレドニアが解放への道を歩むことを可能にする」合意に向けて取り組む用意があると述べた。【5月15日 ロイター】
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【フランスの思惑 近年重要性が増しているニッケル資源の存在に加え、中国の影響力拡大がもたらす地政学的な影響も】
多くのアフリカ植民地を手放したフランスがニューカレドニア統治を譲らないのは、島に豊富な重要資源ニッケルのためという古典的植民地支配の理由もありますが、最近ではそれに加え、中国の南太平洋地域への進出という国際情勢を受けて、地政学的重要性が増しているからでもあるでしょう。

“南太平洋では中国がインフラ支援を通じて存在感を強めている。仏軍事学校戦略研究所は10月の報告書で、米国やその同盟国の太平洋における影響力をそぐために、中国がニューカレドニアで独立運動を支援しているとの見方を示唆した。”【前出 2021年12月12日 日経】

ニューカレドニアが世界有数の生産量・埋蔵量を誇る金属ニッケル(生産量で世界第4位、埋蔵量で世界第5位)は、電気自動車など様々な分野のバッテリーにも使われている戦略物資ともなっていますが、そのニッケルの輸出先として存在感を強めるのが中国。

ニッケル類を主とする中国への輸出総額は、この10年で10倍以上に急増しており、貿易相手国としては断トツの1位になっています。(近年、フランス本国にどの程度輸出されているかは知りません。以前はニッケルマットとして輸出されていたようです。)

中国としては、ニューカレドニアが比較的近く、輸送コストが安くつくというメリットがあるとされています。(もっとも、生産量ではもっと近いインドネシア・フィリピンが世界1位、2位ですが。資源ナショナリズムも高まる両国より小島のニューカレドニアの方が扱いやすいという面はあるのかも)

この経済的状況でフランスが統治権を手放せば、ほどなく政治的にもニューカレドニアは中国の影響下にはいることが予想されます・

ニューカレドニアに軍事拠点も持つフランスとしては、対中国という観点でも譲る訳にはいかないところかも。

フランスと資源という観点では、原発大国フランスが必要としているウランの産出国であるアフリカの旧植民地ニジェールからも、ロシアの影響力拡大もあって、最近撤退を余儀なくされています。

ただ、島では先住民と白人移住者の子孫との貧富の差が依然大きいという植民地共通の歪みも生じています。

なお、この島と日本は無縁ではありません。

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1892年(明治25年)、海外で働きたいという600名の単身日本人男性が、移民社会の斡旋でニューカレドニアにやってきた。採用の際、ニッケル鉱山での5年間の労働契約書が用意された。

1919年までに合計5575名にのぼる移民がニューカレドニアに到着。やがて、彼らは現地の女性と所帯を持つようになった。鉱山を離れた後、島のあちこちに定住し、様々な仕事で成功した(菜園、塩田、商業、漁、コーヒー園、あるいは散髪屋、仕立て屋、大工、鍛冶屋など)。日本人は、当時の経済生活に活気あふれる豊かさをもたらす存在であった。

そして、真珠湾攻撃を境に、この第一世代の日本人たちは敵性外国人として見なされ、そのほとんどが連行され、ヌー島に収容された後、オーストラリアの強制収容所に送られた。

4~5年の抑留を経て、1946年2月に日本に送還された。太平洋を隔てた向こう側では、島に残った彼らの現地妻と子供たちが、一家の大黒柱を失い、とてもつらい日々を送った。

また、現地人と結婚しそのまま帰化した人も少なくなく、現在は約8000人の日本人入植者の子孫がいるとされる。【西南学院大学HP】
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ミャンマー  軍事政権に「崩壊の兆候」も タクシン元首相が少数民族側と「秘密会談」を持つなども

2024-05-15 22:26:50 | IT AI

(【5月15日 NHK】)

【「崩壊の兆候」も見え始めた軍事政権】
今夜のNHKクローズアップ現代でミャンマー内戦を取り上げていましたが、山間部に少数民族とともに潜伏し逃亡生活を送るビルマ族民主派映画監督の「こんなにうまくいくとは思わなかった。当初は国軍は大きな壁のように思えた。でも押してみたらあっけなく倒れた。壁の内部はスカスカだった」という主旨の発言が印象的でした。

****ミャンマー内戦、国軍と少数民族武装勢力が迎える「転換点」の攻防*****
ミャンマー南東部のドーナ山地。密林の中で、少数民族武装勢力の戦闘員が、ミャンマー国軍が送り込んだ増援部隊を撃退しようと戦っている。増援の目的は、タイとの国境地帯にある重要な貿易拠点ミャワディの奪還だ。

ミャンマーでは、2021年2月のクーデターで政権を掌握した国軍と武装勢力の衝突が3年以上続いている。最近ではミャワディをはじめとする戦略拠点を巡る攻防が激化しており、今後数週間の展開は、紛争の次の段階だけでなく軍事政権の命運を決めることになるだろう。

雨季の雲がミャンマー上空に広がる6月上旬を前に、軍事政権と武装勢力の双方にとって、支配地域の拡大や維持に向けて打てる手は限られている。アナリストらの指摘によれば、こうした天候のもとでは空軍力の優位性が損なわれ、前線で疲弊している国軍にとって特に不利に働くという。

攻防の焦点となっているのがミャワディのほか、西部ラカイン州、中国やタイとの国境沿いにある辺境地帯といった、貿易と軍事の要衝だ。

東南アジア情勢を専門とするザカリー・アブザ米国防大学教授は、そうした地域の一部では、反体制派が攻勢の継続を図る一方で、軍事政権側も雨期到来前の奪還または維持をもくろんでいる、と語る。

アブザ教授は、「国軍としては、今後数週間にわたって非常に重要な戦略的目標をいくつか抱えている」と語り、ミャワディやラカイン州の複数の街など、鍵となる現在進行中の戦闘を挙げた。

ロイターでは軍事政権の報道官に電話取材を試みたが、反応はなかった。

昨年10月以降、軍事政権側は戦場でいくつか敗北を重ね、経済への打撃と相まって、クーデター以来で最大の困難に直面している。

シンクタンクの米国平和研究所(USIP)の推計によると、軍事政権は、哨戒拠点や基地、司令部など軍事拠点5280カ所の約半数のほか、以前は国軍が統制下に置いていた少数民族地域の60%で実権を失いつつある。

ミャンマー国軍は現在、バングラデシュ、中国、インド、タイとの主要な国境地帯でさまざまな反体制グループの混成軍と戦闘を繰り広げているが、今後6カ月間でそうした地域の実権をすべて失う可能性もあるという。タイの政府当局者と外交関係者が、独自の評価に基づき、ロイターに語った。

それによると、軍事政権側は辺境地域一帯に広く薄く部隊を展開したせいで優位を失いつつあり、今後は部隊を統合し、重要な地域の優先度を上げることを模索する可能性があるという。

<不吉な前兆>
弱体化して兵力は低下しつつあるとはいえ、軍事政権側は反体制勢力に大きなダメージを与え得る火力を維持しており、国内多数派であるビルマ民族が暮らす中央低地地帯を握っている、とこの関係者は付け加えた。

バンコクを拠点とする地域政治アナリストのチチナン・ポンスディラク氏は、軍事政権側はたとえ包囲されたとしても強固な防衛線を敷き、紛争を長びかせる可能性があると指摘する。

ミャンマーの混乱について、「長期化の可能性はあると考えている」とチチナン氏は言う。ただし同氏は、長期的には軍事政権の支配は「持続不可能」だと述べ、「崩壊の兆候」として、戦場での敗北、反体制勢力の士気向上、国民の支持の欠如を指摘した。

国軍は4月にミャワディの支配権を失った後、奪還に向けた反攻をしかけた。同市を経由する貿易額は年間10億ドル(約1550億円)以上に及ぶ。

当初ミャワディから国軍を排除したのは、国内で最も古くから活動する少数民族武装勢力の1つ、カレン民族同盟(KNU)だ。現在は、軍事政権側の反攻を阻止しようと戦っている。

KNUの広報官はロイターに対し、「1000人以上の部隊がミャワディに向けて接近しているが、(KNUの軍事部門である)カレン民族解放軍(KNLA)とその同盟軍が、国軍を迎撃し、進軍を阻止して反攻を続けている」と語った。

「毎日のように激しい戦闘が展開されている」
ミャワディの西方約900キロのラカイン州では、国軍はアラカン軍との戦闘を続けている。アラカン軍がめざすのは、国軍の重要な地域拠点であるアンの掌握だ。

アンは、ミャンマーと中国を結ぶ793キロに及ぶ天然ガス輸送パイプラインの経由地でもあり、近郊には大規模なポンプ施設もある。アナリストらは、国軍は施設を管理下に維持するため全力を挙げるだろうと言う。

非政府組織「国際危機グループ」でミャンマーを担当するリチャード・ホーシー氏は、雨季に入れば軍事政権にとって重要なアドバンテージである空軍力の展開が難しくなると指摘。低く垂れ込めた雲により、空軍が通常使用している無誘導兵器に影響が出る、と説明する。

「雨季になると、ヘリコプターを使った補給や火力支援、反体制派に包囲されている基地への兵員輸送も困難かつ危険になる」とホーシー氏は言う。

前出のアブザ氏は、ミャンマー全土でここ数カ月に国軍兵士の脱走が発生しており、軍事政権が各部隊に食料や水、弾薬、医薬品の補給ができていないために士気が崩壊しつつあることがうかがわれる、と語る。

アナリストらは、雨季の到来はいくつかの大きな勝利に勢いづいている反体制勢力に優位をもたらすだろうが、こちらもさまざまな少数民族武装勢力と草の根の反体制グループの寄り合い所帯で、最低限の連携すらできていない、と指摘する。

USIPのイエ・ミョー・ヘイン氏は最近の報告書の中で、「数多くのグループのあいだで戦略的な調整を進めるには時間がかかるが、それがミャンマー内戦の今後を決定づけるだろう」と指摘した。

ミャンマー民主派による「挙国一致政府(NUG)」のチョー・ザウ報道官は、すでに軍事政権が統制できているのは中部地域の大都市だけだと述べた。

「そうした大都市でさえ、軍事政権の勢力は脅かされている」【5月11日 ロイター】
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【外国での就労を希望する男性の出国禁止で混乱も】
兵士の投降・脱走が相次ぐ国軍は兵士の補充に躍起となっており、徴兵制の実施に踏みきりましたが、若者らの国外脱出や民主派武装勢力への参加などを促す逆効果も出ています。

軍事政権はその徴兵制に加えて、外国での就労を希望する男性の出国禁止も。

****“外国での就労を希望する男性の出国禁止”ミャンマー軍事政権 徴兵制導入も兵力集まらず強硬手段か ミャンマー独立系メディア****
3年前のクーデターで実権を握ったミャンマー軍事政権が外国での就労を希望する男性の出国を禁止したと報じられました。徴兵制の導入で出国する若者が急増するなど混乱が広がるなか、兵力を確保しようと強硬手段に出た可能性があります。

ミャンマーの独立系メディアは2日、「軍事政権が1日から外国での就労を申請する男性の出国禁止を決定した」と伝えました。軍事政権からの正式な発表はなく、具体的な内容は明らかになっていません。

民主派や少数民族などの武装勢力との戦闘で劣勢に立つミャンマー軍は、今年2月に徴兵制の導入を発表し、すでに1回目の招集で5000人が入隊したとしています。

一方、徴兵から逃れようとミャンマーから出国したり、武装抵抗を続ける民主派勢力に加わったりする若者が急増し、混乱が広がっています。

ミャンマー軍としては、十分な兵力を確保できていないことから、若者らの出国を制限する強硬手段に出た可能性があります。【5月2日 TBS NEWS DIG】
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しかし、すぐに“再開”の報道もあって、事態は混乱しているようにも見えます。

****男性の“国外就労”再開 対象に年齢制限か…混乱続く ミャンマー*****
ミャンマーの軍事政権は、今月から一時停止していた男性の国外就労の手続きを再開したと明らかにしました。地元メディアは当局の話として、再開の対象には年齢制限があるとも伝えていて、混乱が続いています。

ミャンマー軍の統制下にある労働省は今月1日から、男性に限り国外就労の続きを一時停止していました。
ミャンマーでは徴兵から逃れようと国外に出る若者が急増していることから、手続きの一時停止は軍による兵員確保だとの見方が広がっていました。

地元メディアなどによりますと、送り出し機関は今月6日、労働省の担当者から「手続きを再開する。通常の50%程度を認める」と口頭で連絡を受けたということです。
労働省も8日、地元メディアの取材に対し、「通常通り許可する」と答えました。

早期の方針転換の背景には、国民の反発がさらに広がるのを防ぐ考えがあるものとみられますが、地元メディアは当局の話として、23歳から31歳までの男性の手続きは依然として停止しているとも伝えていて、混乱が続いています。【5月9日 日テレNEWS】
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【調停役にタイのタクシン元首相も】
現在、主戦場となっている南東部ミャワディはタイ国境に近く、タイも混乱の飛火を警戒していますが、そのタイのタクシン元首相が少数民族側と「秘密会談」を持つなどの動きをみせています。

****激化するミャンマー内戦の調停にタイのタクシン元首相が名乗り?****
<タイのタクシン元首相とミャンマーの民主派や少数民族との「秘密会談」が明るみに。元首相としての外交実績は十分だが、非公式協議のパイプ役としての力量は>

タイのタクシン・シナワット元首相が、激化するミャンマー内戦の調停に乗り出そうとしているようだ。
ミャンマーメディアの5月6日の報道によれば、タクシンはミャンマー軍事政権に対抗する民主派の代表的勢力である国民統一政府(NUG)の代表のほかカレン民族同盟、シャン州復興評議会、カレンニー民族進歩党、カチン民族機構など少数民族勢力の関係者らと会談したという。

米政府系放送ボイス・オブ・アメリカ(VOA)によると、この非公式会談は3~4月にタイ北部のタクシンの故郷、チェンマイで行われた。チェンマイはミャンマー国境に近く、亡命者の政治活動が活発であることで知られる。

タクシンは昨年、長期の亡命生活からタイに帰国。首相在任中の汚職などで禁錮8年の刑となったが2月に仮釈放され、早速セター・タウィーシン首相率いるタイ貢献党の政権に影響力を振るっている。

VOAが引用した匿名の情報筋によれば、タクシンは軍事政権と敵対する諸勢力との間を仲介する意向を示している。またミャンマー訪問の許可も求めているが、軍事政権から正式な返答はないという。

今回の一件との関連性は不明だが、タイでは最近、内閣改造への不満などから外相など閣僚が相次いで辞任。代わりにタクシンの長年の盟友、マリス・サンギアポンサが新外相に就任している。

マリス外相はチェンマイで非公式会談が行われたことを認めつつ「個人レベルのもので、タイ政府の政策の一部ではない」と強調。一方、「タクシン氏は著名で、コネクションがある。ミャンマーは彼が助けになると信じているようだ」とも付け加えた。

また7日、セター首相はタクシンの会談に関するいかなる情報を持っていないと表明。「そのような話し合いがあったかどうかは知らない。しかし、誰もがかの国に対して善意を抱いていると私は信じる」と語っている。

「黄金期」をもたらした男
ミャンマー国軍は8日、タクシンと民主派などとの接触に不快感を示した。だが今後、タクシンが仲介者として受け入れられる余地は十分ある。

なにせタクシンは2001年の首相就任後、国境紛争などで対立していたタイとミャンマー軍事政権の関係を改善させた実績がある。同年、タイ現職首相として初めてミャンマーを訪問。

政治学者のパビン・チャチャバルポンプンに言わせるとタクシン時代は両国関係の「黄金期」だった。
ただ、別の専門家は経済界出身のタクシンの対ミャンマー姿勢は、彼の外交政策全般と同様に「ビジネス志向」だったと指摘。「人権や民主主義よりも軍事政権との良好な関係を優先していた」という。

タクシンが今回も同じアプローチを取るかは不明だ。ただ、彼の影響力と政府への近さを考えれば、タイと内戦当事者との非公式協議のパイプ役にはうってつけだろう。

またタクシンは政府の役職に就いていないため、ASEANの内政不干渉原則に縛られない。このことがタイなどASEAN各国政府が消極的なNUGや武装勢力との会談に今回、結び付いたと言える。

とはいえ、戦闘が激化するなか、交渉による解決の可能性は依然として非常に低い。双方が話し合いに応じる時が来るまで交渉の窓口を開いたままにしておく以外、当面はできることがなさそうだ。【5月13日 Newsweek】
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“タクシンは政府の役職に就いていないため、ASEANの内政不干渉原則に縛られない”ということが話のミソのようです。

ただ、民主派勢力も軍事政権も中途半端な形で「停戦」というのはなかなか考えにくいところです。

****クーデター以降、軍の攻撃・弾圧で5000人が死亡 ミャンマーの人権団体が公表****
ミャンマーの人権団体は3年前のクーデター以降、軍の攻撃や弾圧によって死亡した人が5000人に上ったと明らかにしました。

ミャンマーの人権団体、政治犯支援協会(AAPP)は2021年2月にクーデターを起こした軍の攻撃や弾圧によって、5月10日時点で5000人が死亡したという集計を明らかにしました。

これまでに逮捕された人は2万6654人で、このうち2万人余りが依然、拘束されています。 また、これまでに166人が死刑判決を受けたということです。

ミャンマーでは軍と民主派勢力などとの戦闘が続いていて、犠牲者が増えることが懸念されます。【5月13日 テレ朝news】
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一方で、少数民族武装勢力は「自分たちの利権が守られるなら」軍事政権との停戦もありうるでしょう。

そのあたりにつけ込んで、軍事政権側が少数民族の分断や、民主派との離反を画策するというのは今後予想されるところです。

逆に言えば、民主派にとっては、少数民族側との連携をどこまで維持できるかが重要になってきます。
来日しているアウンサンスーチー氏を支持する民主派らが設立した「統一政府」(NUG)で教育、保健の両大臣を務めるゾーウェーソー氏と、少数民族武装勢力「カレン民族同盟」(KNU)で外交を担うソーニムロド氏が会見を開き、「連邦制と民主化を実現する」と強調しています。

****「連邦制と民主化実現する」=ミャンマー抵抗勢力幹部らが会見*****
ミャンマーでクーデターによって実権を握った国軍に抵抗する勢力の幹部らが15日、東京都内で記者会見し「連邦制と民主化を実現する」と強調した。日本政府に対しては、国軍に圧力をかけるよう求めた。

民主派組織「国民統一政府(NUG)」で「教育相兼保健相」を務めるゾーウェーソー氏は、2021年から続く内戦で子供を含む多くの民間人が犠牲になったと指摘。教育施設や病院が攻撃されていると述べ、「国軍は力を落としているが、残忍さは増している」と非難した。

共に会見した少数民族武装勢力のカレン民族同盟(KNU)で対外関係を担当するソーニムロド氏は、東部カイン州のタイ国境近くにある都市ミャワディを巡る攻防について「双方にとって戦略的に重要な拠点であり、戦闘を続けている」と話した。【5月15日 時事】 
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【悪化する国民経済】
軍事政権統治・内戦で国民生活の窮乏が顕著となっています。

****中間層ほぼ消滅、国民の半数が貧困生活 ミャンマー情勢で国連****
 軍と少数派武装勢力との戦闘で内乱の様相が深まるミャンマー情勢で国連開発計画(UNDP)は18日までに、国民の約半数が貧困ライン以下の日常生活を送る苦境に陥っているとの新たな報告書を公表した。

同国の総人口は約5400万人。このうちの49.7%が1日あたり76米セント(約117円)以下の収入で暮らしているとした。この比率は2017年以降、倍の水準に達した。

軍部がクーデターで実権を掌握してから約3年が経過したが、国内経済は急速に悪化。中間層の存在が消滅する瀬戸際まで追い詰められたとした。インフレ高騰で各世帯は食費、医療費や教育費の切り詰めを強いられた。

今回の報告書をまとめたUNDPの研究員らは、昨年10月の時点でミャンマー国民の新たな25%が貧困ライン以下の生活に突き落とされる間際にあるとも報告した。

この報告書の公開時以降、状況はさらにひどくなっている可能性にも言及。戦闘は一段と激しくなっており、日常生活を失った国民が増え、事業継続を断念した企業も拡大している可能性があるとした。

ミャンマーは11年の軍政から民政への移管後、経済、政治両面での改革もあり貧困率の削減などを達成。アジア開発銀行によると、16年には東南アジアで最高の経済成長率も誇った。世界銀行によると、11~19年の成長率は平均で年間6%に伸びていた。

民主化運動指導者のアウンサンスーチー氏率いる政権が軍部クーデターで崩壊した21年以降、事情は一変した。新型コロナウイルス禍の到来がさらに逆風ともなった。

UNDPのアジア担当責任者は、総体的に言えば、ミャンマー国民の約4分の3が貧困生活を強いられ、毎日を何とかしのいでいる国民も貧困ライン層へ突き落とされる忌むべき状態がまさにあることだと指摘。「貧困層を生み出す構造の深みは甚大」ともし、「中間層は文字通り消えつつある」とも評した。(後略)【4月18日 CNN】
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ジンバブエ  インフレ対応に苦慮 金本位制の新通貨発行

2024-05-14 23:01:32 | アフリカ

(アフリカ南部のジンバブエの銀行に、長蛇の列ができていた。目的は、新通貨への交換だ。【5月14日 テレ朝news】)

【かつて天文学的ハイパーインフレ 未だ安定せず2023年の物価上昇率は154%】
アフリカ南部のジンバブエ・・・形式的には私も行ったことがある・・・昨年10月に南アフリカをツアー観光した際に、ビクトリアの滝観光のためにジンバブエに入国し、2泊しました。・・・・もちろん、こうしたツアー観光の常でホテルと滝を往復しただけで、現地の暮らしぶりなどとは全く無縁。

ジンバブエで連想するのは、ムガベ前大統領時代の天文学的ハイパーインフレーション。インフレ率は2008年には5000億%を超えたとも言われていますが、数字は資料によって様々。もうこういう状態では貨幣・価格そのものが意味をなさない状況ではないでしょうか。

****ジンバブエドルとは?壮絶なインフレで廃止された通貨の歴史を分かりやすく解説!****
(中略)
ジンバブエとは
ジンバブエの正式な名称は、ジンバブエ共和国。アフリカ大陸の南部に位置しています。隣接する国は、南アフリカ共和国・ザンビア・ボツワナ・モザンビーク。国土の面積は日本より少しだけ大きく、38.6万平方キロメートルです。

2019年における人口は1,465万人で、ショナ族・ンデベレ族・白人といった民族で構成されています。経済の規模を示すGNI(国民総所得)は2019年で、204億米ドル(約2兆2,000億円)。おもな輸出品は、貴金属・タバコ・鉱石・ニッケル・鉄などとなっています。

近代の歴史についても振り返ってみましょう。ジンバブエは1980年に、ジンバブエ共和国として英国から独立しました。このときはムガベ首相が就任しており、1987年からはムガベ大統領となります。ムガベ大統領は6選され、2017年に事実上のクーデターが起こるまで大統領の座についていました。

その後2018年には総選挙が実施され、ムナンガグワ大統領が就任し、現在に至っています。「猛烈なインフレ」と言われる状況は、2000年から2009年の間に発生しています。

ジンバブエの通貨事情
ジンバブエにおける通貨の状況は、少し複雑です。現在ジンバブエの法定通貨となっているのは、2019年6月に導入された「RTGSドル」。これを新しいジンバブエドルと呼ぶこともあるようです。

最初のジンバブエドルは、1980年に導入されました。その後、激しいインフレにともなって、通貨の桁数を切り捨てる「デノミネーション」が数回おこなわれています。この旧ジンバブエドルは、2015年に通貨としての廃止が決定されました。公式の廃止は2015年ですが、2009年には事実上、流通が停止されています。

2009年1月に導入されたのは、複数外貨制。おもに米ドル、南アフリカランドが使われるようになりました。さらに2014年1月からは、日本円、中国元、豪ドル、インド・ルピーが新たに法定通貨として導入されます。2016年には、ジンバブエ国内だけで流通するボンド紙幣も導入されました。

2019年にはRTGSドルを唯一の法定通貨としましたが、紙幣不足を補うため、2020年に米ドルが再導入されることになります。(中略)

ジンバブエドルが廃止されるまで
ジンバブエドルは、2000年頃から激しいインフレーションを起こし、ついにはハイパーインフレーションという状況になりました。最終的には2009年に流通停止となり、2015年には通貨としての廃止に至ります。インフレやハイパーインフレの意味を確認しながら、ジンバブエドルのたどった歴史をくわしくみていきましょう。

ハイパーインフレの始まり
ジンバブエドルが最初に発行されたのは、1980年のこと。当初の交換レートは、1米ドル=0.68ジンバブエドルでした。英国から独立して以来、ジンバブエのムガベ大統領は、旧支配層に対する弾圧的な政策を実施していました。2000年には、白人が所有する土地を強制収用する法律を制定し、結果として農業の崩壊を招いています。これにより物の供給が不足することになり、ハイパーインフレの要因となりました。

激しい物価上昇のなか、ジンバブエ準備銀行は通貨の供給を減らしませんでした。公務員や兵士への給与を上げるため、政府が支払いに必要な通貨の発行を命じていたようです。これもインフレを加速させる要因と言えるでしょう。

また弾圧的な政策がつづくことで、富裕層が海外へ脱出し、治安も悪化しました。その結果、ジンバブエドルの為替市場での価値が下がり、輸入する際の値段が上がったことも物価上昇につながっています。

ジンバブエドルが廃止されるまでの流れ
ジンバブエにおけるインフレ率を、公式発表でみてみましょう。2000年が56%で、2003年には385%、2006年に1,281%を記録し、2008年には355,000%と発表されています。しかし実際にはこれよりはるかに高い数字だったようです。2008年における非公式の報告では「6月のインフレ率は1,120万%に達した」「7月のインフレ率は2億3,100万%」などとなっています。

こうしたハイパーインフレの状況では、物の値段が短期間に数10倍、数100倍…、と上昇します。物の価格を表示するのが、困難な状況です。これに対応するため、新しいジンバブエドルの発行と、デノミネーションが繰り返されました。デノミネーションとは、通貨単位を切り上げたり切り下げたりすることで、ジンバブエでは切り下げがおこなわれています。

2006年に2番目のジンバブエドルが発行されたときは、デノミネーションにより3桁の切り捨てが実施されました。2008年のデノミネーションでは、10桁が切り捨てられ、100億ジンバブエドルと新1ジンバブエドルが交換されることになりました。これが3番目のジンバブエドルになります。

それでもインフレは収まらず、2009年1月には100兆(100trillion)ジンバブエドル紙幣が発行されています。その直後の2009年2月に、12桁を切り捨てた4番目のジンバブエドルが発行されました。

2009年1月からは複数外貨制を導入し、米ドルと南アフリカランドが使用されるようになります。2009年2月に政府は、公務員給与を米ドルで支払うと発表し、ジンバブエドルの流通は事実上停止となりました。

2015年にはジンバブエドルの廃止が公式に決定され、同年の9月までに回収を終えています。自国の通貨は放棄しなければなりませんでしたが、外貨を使用することでハイパーインフレは終息しました。(中略)

ジンバブエの現在(筆者注:この記事がかかれた2021年当時の状況です)
2019年6月、ジンバブエ中央銀行は暫定通貨RTGSドルを唯一の法定通貨として指定しました。しかし2020年3月には、インフレによる紙幣不足への対策として米ドルも再導入しています。

ムガベ政権が終わった後、ムナンガグワ大統領が経済改革を進めていますが、外貨不足やロックダウンの実施などにはばまれているようです。

インフレについても燃料価格の高騰などから、2019年8月にインフレ率が前年同月比300%を超えたと言われています。2020年の経済成長率もマイナスで、経済が不安定な状況はまだつづきそうです。【2021年10月10日 楽天 みんなのマネ活】
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2008年当時の狂気のようなハイパーインフレーションは終息したものの、依然として高率のインフレが続いており、国連経済社会局が1月4日に発表した報告書「2024年の世界経済情勢と展望」によると、ジンバブエの2023年の物価上昇率は154%、24年予測は86%となっており、いずれもアフリカにおいて内戦が続くスーダンに次に高い数字となっています。(1月12日 JETRO“2023年のアフリカの物価上昇率は18.3%、2024年は14.5%との予測”より)

【模索する政府 対応に苦慮する国民】
政府もいろいろと模索はしたようです。 2022年には金貨を発行。

****ジンバブエ、インフレ抑制策で金貨導入****
ジンバブエは25日、インフレ抑制と米ドル依存の緩和を目的に、金貨を導入した。有名なビクトリアの滝にちなんで「モシ・オア・トゥニャ(雷鳴とどろく水煙)」と命名された金貨は、純度91.7%(22金)で重さ約31.1グラム。銀行が国際金相場で販売する。

シリアルナンバー入りの金貨は換金でき、国際取引も可能だ。1枚当たりの価値は22日時点で1725ドル(約23万5000円)相当。購入者は証明書付きで現物を所有するほか、銀行の金庫に預けることもできる。

政府は、インフレが急進しジンバブエ・ドルの下落が止まらない中で、金貨導入は経済へのてこ入れになると主張している。

金貨の鋳造枚数は不明。ジンバブエは金の主要産地で、材料には地元産の金を使用する。

ジンバブエの(2022年)6月のインフレ率は191.6%で、米ジョンズ・ホプキンス大学のスティーブ・ハンケ教授(応用経済学)によれば、公式数値で世界最悪の水準だ。ジンバブエ・ドルへの信頼は非常に低く、商品やサービスの価格設定はほぼ米ドルが基準となっている。

ただし、専門家は金貨導入の効果には懐疑的だ。経済学者のプロスパー・チタンバラ氏は「マクロ経済を安定させるという点で大きな効果はないだろう」とAFPに語り、ほとんどのジンバブエ国民は非常に貧しく、金貨を購入する余裕はないと指摘した。

同じく経済学者のギフト・ムガノ氏も、暗号資産(仮想通貨)が普及する中での金貨導入について「金で取引していた19世紀に逆戻りしているようだ」と一蹴。「わが国はもっとデジタル金融やデジタル通貨に注力する必要がある」と述べた。 【2022年7月25日 AFP】
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しかし状況は改善せず。

****「100兆ドル札」のジンバブエ、お釣りはゆで卵?****
ハイパーインフレが新たな段階に

ある日の午後、ルテンド・マニョワさんはジンバブエの首都ハラレにある人気のファストフード店でチキンとフライドポテト、ソフトドリンクを注文した。代金3.5米ドル(約460円)を支払うのに5ドル札を差し出すと、レジ係からお釣りの代わりに、店の名前と次回の購入時に使える金額が記された紙を3枚渡された。

かつて100兆ドル札をこの世にもたらしたジンバブエで、通貨の機能不全が新たな段階に入っている。小額通貨の不足で事業者が独自の「紙幣」――顧客が今後の買い物の支払いに使える紙片(手書きのこともある)――の発行を始めた。釣り銭分としてジュースやペン、チーズなど現物を渡すところもある。

こうした苦肉の策を生んだのが20年にわたる通貨管理の失敗だ。(後略)【2023年3月29日 WSJ】
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【新通貨ジンバブエ・ゴールド 金本位制採用 世界第2位の金埋蔵量、ただし金密輸が横行】
そして政府は今年4月、金を裏付けとしたジンバブエの新通貨ジンバブエ・ゴールドを発行しましたが、切り替えの発表が数日前だったため大混乱を招いたようです。

****新通貨ジンバブエ・ゴールド、波乱のスタート 旧通貨は無価値に****
金を裏付けとしたジンバブエの新通貨ジンバブエ・ゴールドが今週、波乱のスタートを切った。店舗は米ドルでの支払いしか受け付けず、銀行の前には困惑した人々が預金を引き出そうと長蛇の列を作っている。

旧通貨ジンバブエ・ドルが過去1年間で暴落し、高インフレに見舞われた同国は8日、新通貨の運用を開始した。だが、切り替えの発表が数日前だったため、多くの国民は準備ができていなかった。

大半の銀行は9日、新通貨に移行するためにシステムをオフラインにした。そのため首都ハラレでは、預金を引き出そうとする多くの人が銀行の前に何時間も並ぶ事態が起きた。

通貨切り替えによって、すでに価値がほとんどなかった旧通貨は、一夜にして完全に無価値となった。ハラレ郊外のカンブズマの路上では、子どもたちが旧紙幣の束で遊んでいた。中心部のビジネス街では路上に旧紙幣が捨てられていたが、誰も拾おうとしなかった。

一方、現時点では新通貨を入手することは不可能だ。 中央銀行は6日、新紙幣は印刷中で4月30日までは用意できないと発表した。

ハラレの公共交通機関は旧通貨での支払いを拒否しており、料金を平時の短距離料金の2倍に当たる一律1米ドルに設定しているため、足止めを食らった人もいた。

多くの店舗や屋台も同様に米ドルでの支払いしか受け付けず、硬貨が不足しているため、釣り銭の代わりにビスケットやキャンディーを渡している。

ハラレで商店を営むジュリアス・ムザさんはAFPに対し、客が旧通貨を「捨てる」ために急に店に殺到していることに気付き、取り扱いをやめたと語った。 【4月10日 AFP】
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切り替えの発表が数日前、しかも新紙幣は印刷中で月末までは用意できない・・・信じ難い対応ですが、かつてのハイパーインフレーションの経験に比べれば物の数ではない・・・でしょうか。

金を裏付けとした新通貨ジンバブエ・ゴールド・・・金本位制の復活です。
日本でも戦前の激動の昭和に、金解禁めぐる(金貨及び金地金の輸出許可制を廃止して金本位制に復帰すること)を激しい政策論争がありました。

世界的には、かつて金と交換できた米ドルの金交換停止が1971年に発表され、世界を震撼させました。ニクソン訪中宣言に続く第2次ニクソンショック(あるいはドルショック)と呼ばれたものです。

そうした「歴史」の世界の話にもなりつつあった金本位制を採用するというのは・・・

****国民混乱「バスでケンカ」も ハイパーインフレで経済崩壊…ジンバブエ“新通貨”流通****
かつて100兆という額面の紙幣が発行されるなど、ハイパーインフレに苦しんだジンバブエで、新たな通貨の流通が始まった。長く続く通貨危機の解決につながるのか?(中略)

新通貨の導入で混乱も
銀行を訪れた人「通勤のバスでは、通貨の変更で人々がケンカしたり叫んだりしていました」
新通貨の導入で混乱する人々。その背景には、迷走する経済政策があった。

長年の経済破綻状況…国民からは不安の声
(中略)
ムナンガグワ大統領 「経済を回復させ、若者の雇用を確保することで国民の貧困を減らしていく」
ムナンガグワ大統領は経済政策を次々と打ち出し、2022年には金貨を法定通貨にする試みも行ってきた。 今回の「ジンバブエ・ゴールド」も、こうした経済政策の一環なのだ。

ジンバブエ中央銀行総裁 「通貨が安定することで、日々の大きな価格変動が確実に起こらなくなります」

しかし、国民からは長年の経済破綻状況から不安の声が上がっている。
銀行を訪れた人 「お金の価値が分からない。銀行に価値を聞いても、分からないといわれました」

新通貨はインフレ防ぐこと可能だが…経済成長停滞する恐れも
新たに導入された通貨「ジンバブエ・ゴールド」には、これまでとは大きく違う特徴があるようだ。 AP通信によると、ジンバブエ・ゴールドは「金本位制」を採用しているという。

金本位制とは、政府や中央銀行などが保有している金といつでも交換できることを保証することで、その通貨の価値を担保するというものだ。

これにより通貨の価値は安定し、インフレを防ぐことができるというメリットがある。

一方で、金の保有量で発行できる通貨の上限が決まるため、十分な量の通貨を発行できず、経済成長が停滞する恐れもある。 そのため、現在ではほとんどの国が、金本位制を採用していない。

ジンバブエ・ゴールドに金本位制を採用した背景
そうしたなかでも、ジンバブエ・ゴールドに金本位制を採用した背景には、ジンバブエが資源大国であることが大きいようだ。

在仏ジンバブエ大使館のホームページによると、アフリカ大陸の南部に位置するジンバブエには豊富な鉱山資源が眠っていて、特に金は1平方キロあたりの埋蔵量が世界2位。確認埋蔵量(=現在の技術で回収可能とされる埋蔵量)は1300万トンに達するということだ。

多くの金を国外へ密輸
一方で、埋蔵量に見合った金を国が獲得できていない現状もある。  AP通信によると、ジンバブエの2021年の金産出量はおよそ30トンだったという。

実は、採掘業者らは金を中央銀行に売却することが定められているにもかかわらず、アメリカドルを得るために、多くの金を国外へ密輸しているという。 その量は、年間の産出量を超えるおよそ36トンに上るという。

一貫性がないように見える政府のジンバブエ・ゴールドへの対応
こうした背景もあってか、政府のジンバブエ・ゴールドへの対応は一貫性がないように見える。
政府は、企業にジンバブエ・ゴールドのみの使用を命じ、違反した場合は罰則も設けているという。

その一方で、一部の政府機関ではアメリカドルのみを受け入れているという。そのため、南アフリカの経済学の専門家は「政府が最初にジンバブエ・ゴールドを受け入れなければ、国民が続くことはない」と指摘している。
(「大下容子ワイド!スクランブル」2024年5月14日放送分より)【5月14日 テレ朝news】
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世界第2位の金埋蔵量というのが話のミソのようですが、その金も実際に国庫におさまって意味があるもの。ジンバブエの場合はどうでしょうか・・・・結局保有する金が不足してジンバブエ・ゴールド発行も大きく制約され、米ドル経済が続く、あるいは、新通貨金交換で大きな混乱が生じるということになるような感も。
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インドの民主主義は病んでいる  「世界最大の選挙」を実施中も、その民主主義には疑念も

2024-05-13 22:00:37 | 南アジア(インド)

(【4月18日 NHK】)

【世界最大の選挙】
インドでは有権者9億7千万人を対象に、世界最大の選挙が行われています。
投票所は約100万カ所に設置、約1500万人をスタッフを配置する・・・という規模の選挙ということで、4月19日から6月1日までの約1か月半の期間に、州や地域ごとに7回に分けて投票が行われ、6月4日に全国一斉開票されます。

****<14億の選択>山越え、ジャングルを抜け… あと1カ月投票続く「世界最大の選挙」****
世界最多の14億人が暮らすインドで総選挙の投票が続いています。6月1日まで、1カ月半に及ぶ長期戦。なぜこんなに時間がかかるのでしょうか? 「世界最大の選挙」の仕組みを解説します。

インドの面積は世界で7番目に広い328万7263平方キロで、有権者の数は日本の人口の8倍近い約9億7000万人に上ります。日本の国会議員にあたる下院議員を選ぶ今回の選挙では、約100万カ所の投票所が設けられることになっています。

投票が1カ月半もの長期間に及ぶのは、国土の広さと有権者の多さが影響しています。膨大な人数の担当者を投票所に配置して、州や地域ごとに7回に分けて投票が実施されるからです。

4月19日の1回目の投票では約18万7000カ所の投票所を設置し、運営に関わった職員の数は180万人に上りました。選挙管理委員会によると、41機のヘリコプターと84本の特別列車、10万台近い車両を駆使し、これらの職員や安全を守るための治安要員を各地の投票所に運んだそうです。

 ◇時には象やラバにまたがって
「私たちは、雪山の中でも、ジャングルの中でも入っていきます。すべての人々が投票できるように馬やヘリコプターを使い、象やラバにも乗ります」(選管委員長のラジブ・クマール氏)

最も高地に設けられるのは、中国との国境地帯にある北部ヒマチャルプラデシュ州の標高4650メートルの村にある投票所です。世界各地の選挙で「最も高い場所にある投票所」と言われます。

地元メディアによると、北東部アルナチャルプラデシュ州の山深い村では、村に住むたった1人の有権者のために、選管職員らが40キロの道のりをトレッキングして、投票所を開設したそうです。

こうした地道な努力の成果もあってか、2019年の総選挙の投票率は、約67%と過去最高を記録しました。今回も最初に投票があった各地の投票所では、朝から多くの人々が列を作りました。(後略)【5月2日 毎日】
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【与党圧勝の予測】
選挙結果については、モディ首相率いる与党「インド人民党」が、これまでの経済成長や国際社会でのインドの存在感増大といった成果をアピール、更にヒンズー至上主義で多数派ヒンズー教徒の支持を固めて圧勝するというのが大方の予測です。

****インド下院選、与党連合が圧勝の勢い=世論調査*****
最新の世論調査によると、インドで今月から始まる下院総選挙は、モディ首相が率いる与党連合が全体の75%近い議席を獲得して圧勝しそうだ。最大野党の国民会議派は、過去最低議席に沈むと予想されている。

モディ政権下では、雇用創出は低調で格差も拡大した。しかし経済成長率は高く、各種補助金が拡充されたほか、ヒンズー至上主義を掲げて多数派のヒンズー教徒を取り込んでいるため、高い支持率を誇っている。

こうした中で総選挙告示後最初の主要世論調査として地元テレビ局CNXが発表したところでは、与党連合「国民民主同盟」は543議席のうち過半数の272議席を大きく超える399議席を手に入れ、モディ氏の属するインド人民党(BJP)だけでも342議席を確保する見通し。

一方で国民会議派は2019年の前回選挙時の52議席から38議席に後退し、14年の44議席にも届かず過去最低になりそうだ。

今回400議席超えを目標に掲げている与党連合は、19年は350議席強だった。【4月4日 ロイター】
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【選挙直前の野党党首逮捕 今回選挙が“民主的”に行われているのか疑念も】
冒頭記事のような“雪山の中でも、ジャングルの中でも・・・”といった話を聞くと、さすが「世界最大の民主主義国」という感もありますが、モディ首相の統治、そして今回選挙が“民主的”に行われているのかという点では大きな疑念ももたれています。

“インドでは「民主主義の根幹である選挙」が正しくできていないのではないか? 専門家が指摘”【3月26日 ニッポン放送 NEWS ONLINE)】

その疑念を象徴するのが選挙直前になされた有力野党党首の逮捕でした。

****インド野党指導者を逮捕 下院選直前、強権批判も****
インドの捜査当局は21日、酒類販売政策を巡る汚職事件に関連し、デリー首都圏政府のケジリワル首相を逮捕した。地元メディアが報じた。

インドでは4〜6月に下院総選挙が実施される。直前に野党連合のリーダーの一人であるケジリワル氏が逮捕され、野党側はモディ政権の強権姿勢を示していると批判した。

与党インド人民党(BJP)を率いるモディ首相は高い支持率を誇る。野党連合は下院選で苦戦を強いられそうで、今回の逮捕はさらなる打撃となる。ケジリワル氏はデリー首都圏や北部パンジャブ州で強い勢力を持つ庶民党を率いている。  ケジリワル氏の逮捕容疑は不明。【3月22日 共同】
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ケジリワル氏は首都圏で強い反モディ勢力の有力者です。そのケジリワル氏が選挙開始直前に逮捕されるというのは偶然ではないようにも・・・。

アメリカもこの件を批判していますが、インド政府は「内政干渉」として取り合っていません。

****インド、米の「内政干渉」に抗議 野党指導者の逮捕巡り*****
インド政府は27日、野党指導者の逮捕を巡る米国の「内政干渉」に強く反発した。

4月19日からの総選挙を控える中、インド当局は先週、野党・庶民党(AAP)を率いるデリー首都圏政府首相のアルビンド・ケジリワル氏を汚職容疑で逮捕した。 AAPは「でっち上げ」による不当な逮捕だとしている。

米国務省報道官は25日、ケジリワル氏逮捕に関する報道を注視しており、公正な法的手続きを促すと述べた。

これを受けてインド外務省は27日、ニューデリー駐在の米代理大使を呼んで抗議した。

同省は声明で「インドの法的プロセスは客観的で時宜を得た結果を約束する独立した司法に基づいている。それを非難するのは不当だ」と指摘。「外交において、国家は他国の主権と内政を尊重することが求められる」などとした。

主要野党の国民会議派も先週、所得税に関する訴訟を巡り、銀行口座が凍結されたとし、政治的な動機による措置だと批判した。

連邦政府とモディ首相の政党は政治的な関与を否定している。【3月28日 ロイター】
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【他国の指摘に過敏に反応するインド 西側諸国も及び腰】
民主主義への疑念を抱かせるインド・モディ政権の対応への批判は多くの西側諸国にとって、国際的存在感を増すインドが相手ということで容易ではなく、アメリカにしても、対中国包囲網にインドを取り込みたい思惑がありますので、インド批判は腰が引けたものになりがちです。

****【インドの民主主義は病んでいる】圧勝確実の政権が続ける野党抑圧、西側諸国は問題提起できるか****
(中略)近年、モディ政権の強権化とインドの民主主義の弱体化などが強く懸念されている。
フィナンシャルタイムズ紙の4月3日付け社説‘The ‘mother of democracy’ is not in good shape’は、著名な野党指導者のアルビンド・ケジュリワルの逮捕など野党陣営に対する政権側締め付けが目立ち、インドの民主主義の後退が懸念されることについて、西側民主主義国は口をつぐむべきでないと論じている。要旨は次の通り。

*   *フィナンシャルタイムズ紙社説要旨*   *
自由な言論と野党に対する締め付けは、特に5年前の総選挙における2度目の勝利の後において、モディのBJP(インド人民党)の支配に特徴的である。

税務当局や司法当局による政府批判に対するハラスメントは日常のこととなった。BJPのヒンズー国家主義はインドの世俗的な民主主義の伝統を浸食している。

野党や野党政治家に対する抑圧に法執行当局が使われ、それは強化されている。その明白な例は2015年以来デリー連邦直轄領の首相を務め、最も著名な野党指導者の一人であるアルビンド・ケジュリワル(AAP(アーン・アアダミ党)の幹事長)が3月21日に逮捕されたことだ。彼は経済犯罪を取り締まる機関によって酒類販売に係わる「詐欺」に関して尋問された後に拘束された。

他の野党の幹部も法執行当局によって逮捕されハラスメントを受けている。BJPは、逮捕は政治的動機によるものでなく腐敗を根絶するモディの努力の一環だと言っている。野党はBJPの幹部やモディの仲間は誰も逮捕されていないと反論する。

BJPが野党陣営の締め付けを必要と思っていることは不可解である。世論調査によれば、BJPは3度目の5年の任期に向けて順調に進んでいる。

ライバルはBJPに代わる強力な選択肢を提示できていない。野党の統一戦線として組織されたはずのIndia National Development Inclusive Allianceは、内輪もめとBJPへの鞍替えにつきまとわれて来た。

インドは今日、世界で最大で最も活力ある経済の一つである。インドはその文化と伝統に従って民主主義を運営する必要がある。

米国、英国、その他幾つかの西側の民主主義体制には疲労の徴候が見られる。しかし、モディの民主主義擁護のレトリックと現実の間のギャップは広がっている。

これは、単にその国民の権利と自由にとっての問題ではない。インドの投資にとっての魅力、および権威主義的な中国を警戒する諸国にとっての地政学上のパートナーとしての魅力は、インドの民主的で法に基礎を置く国としてのイメージに主として依拠するものである。

インドの意を迎えたいとの願望ゆえに、西側民主主義諸国は往々にして民主主義の後退に口をつぐむことになる。しかし、それには変化の徴候が見える。

ニューデリーが米国大使館の次席を招致してケジュリワルの逮捕についてのワシントンの批判に抗議したが、その後も米国はその懸念を繰り返した。他の民主主義諸国も同様に強くあるべきである。

政治的自由の保全は、インドの成長と繁栄、およびグローバルな社会の指導国家としてのインドの役割を高めたいモディの政府の野心に資することである。
*   *   *
(論評)
権力保全のための「腐敗の摘発」
上記の社説が特に取り上げているケジュリワルの一件は、選挙直前の時期にたまたま起きた事件のようには見えない。他の野党指導者の逮捕など一連の抑圧的措置の一環と思われる。BJPは、腐敗の根絶のために法執行当局がその仕事をしているに過ぎないと言うが、腐敗の摘発が権力保全の関連で世界のあちこちで使われていることは指摘するまでもない。

議会下院選挙は、モディのBJPの圧勝が確実視されている。モディの人気は高く支持率は78%に達する。
543議席のうちBJPを中核とする与党連合で400議席を獲得することさえあり得る状況のようであるが(現在は346)、BJPによるヒンズー主義の強権的な政治に鑑みれば、寛容で世俗的な国であるはずのインドの将来が懸念される。

しかも、モディの後継者は更に極端なヒンズー主義者(例えば、内務相のアミット・シャーやウッタル・プラデシュ州首相のヨギ・アディティヤナート)かも知れないという憶測がある。

そのようなインドとどのように付き合うのか?そのインドは諸外国から国のあり方を批判されることに神経過敏に反応することがケジュリワル逮捕の一件でも明らかになっている。

3月28日、副大統領のジャグディープ・ダンカール(BJP)はニューデリーにおける米国法曹協会の会合で「世界にはわれわれの司法における振舞いについてわれわれにレクチャーをしたがる人々がある」「われわれは他人から教典を押し頂くような国ではない。われわれは500年を超える文明的精神を有する国である」と述べたと報じられている。

他国もインドを戒められるのか
上記の社説は、インドの民主主義の後退に口をつぐむことを戒め、他の西側諸国も米国に倣いインドに問題を提起すべく強くあるべきことを求めている。しかし、米国だけにはできても、他の諸国にとっては困難こともある。

例えば、昨年、インド政府の関与が疑われるシーク教徒の活動家の暗殺に係わるカナダと米国での事件が明るみに出たが、インドの両事件に対する対応の顕著な違いは、(両事件は性格を同じくはしないが)このことを想像させるに十分である。インドは、カナダの告発は馬鹿げているとしてカナダには激越な反撃に出た。

他の西側諸国はインドの地政学的な重要性を踏まえて個々のケースに慎重に対応せざるを得ないであろう。もっとも、米国とて、地政学的な観点は重視せざるを得まいが。

リチャード・ヴェルマ(国務副長官・元駐インド大使)は、2月20日、ニューデリーで講演したが、その中で「われわれはわれわれを結束させている共通の価値を遠く逸脱することは出来ないと知っている」「われわれの目標がもっぱら取引的なものとなるなら、60年代、70年代そして80年代の失われた時代に逆戻りするリスクを冒すことになる」と述べた。

正しくそういうことであろう。モディがなるべく早くこれに気付くことが望まれるが、その兆候はない。【5月10日 WEDGE】
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【実現していない農村部の経済底上げ 改めて農村支援策】
モディ首相のもとでインド経済は高い成長率を実現していますが、インドの問題点である農村部の所得倍増、都市部との格差是正はこれまで実現していません。

モディ首相・与党は、改めて農村支援策を打ち出しています。

****印モディ政権が農村支援策、1人当たり所得50%増 都市との格差是正****
インドのモディ首相が、農村部の1人当たり所得を50%引き上げる目標を立てた。同国では下院総選挙の投票が実施中で、モディ首相は3期目続投を目指している。

政府の文書によると、企業の投資対象に占める農業分野の割合を現在の15%から25%に増やし、小規模産業の強化を通じて非農業部門の雇用を拡大し内陸農村部の所得を引き上げる計画。

モディ氏が農業部門の改革と農村の生活水準向上を重視するのは、任期中に拡大した都市部との格差をこれ以上悪化させることなく高成長を維持するために不可欠だからだ。

モディ氏は1期目で2022年までに農家の所得倍増を実現する目標を掲げたが実現できなかった。21年には農業改革法案が農家の激しい抗議にあい廃案に追い込まれた。

米シンクタンク、カーネギー国際平和財団の南アジア政治・経済の専門家、ミラン・バイシュナブ氏は、国内総生産(GDP)における農業の比率は縮小しつつあるが、なお労働人口の40%以上を占めるとし、農業はモディ氏の経済運営の成果に影響すると指摘した。

モディ氏は、英国の植民地支配から独立してから100年となる2047年までの先進国入りを目指している。【5月8日 ロイター】
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【野党は若者失業率の高さを争点に その選挙結果への影響は?】
“病んだ”民主主義のもとで“圧勝”が予測される与党ですが、懸念材料としては若者の失業率の高さがあります。

****インド、若者失業率の高さが総選挙の結果にどう影響するか―独メディア****
2024年5月12日、独国際放送局ドイチェ・ヴェレの中国語版サイトは、インドで行われている総選挙で若者の失業率の高さが結果に影響を与える可能性について報じた記事を掲載した。

記事は、インドではここ数年道路や橋を始めとする各種インフラ工事を積極的に進め、経済振興と雇用の創出を図っているものの「その努力はなおも明らかに不足している」とし、22年度(22年4月〜23年3月)の国内失業率がモディ政権発足前の13年度の4.9%から5.4%に上昇したと紹介。民間シンクタンクのデータによると、今年2月の失業率は8%にまで上昇したと伝えた。

また、政府のデータでは、技術レベルの低下や高い技術を必要とする作業の不足など種々の理由により22年度には15〜29歳の約16%が仕事に就いていないことが明らかになり、民間シンクタンクはこの数字が45.4%に上ると指摘していることも紹介。

毎年膨大な若者が労働力市場に入る一方で、これに見合う高収入な職位を提供できていないことがインド政府にとっては大きな課題になっているとし、モディ首相を始めとするインド政府首脳部は「人口ボーナス」を強調しているものの、専門家からは「十分な雇用機会を提供できなければ、人口ボーナスは人口負債に変わってしまう」と警告したことを伝えている。

(中略)有権者の間では失業問題が投票先を左右する大きな焦点の一つになっており、現地のシンクタンクが4月に実施した世論調査では62%が「以前より仕事が探しにくくなった」と答えるとともに、27%が今回の選挙で投票先を決定する大きな要素として「失業」を挙げたことが明らかになったとした。

記事は、与党のインド人民党が選挙活動において基本的に失業問題の議論を避ける一方で、最大野党は失業問題をその他の経済や社会問題とともに重点的に訴えているとし「有権者が誰の主張を受け入れたのか、与野党ともに選挙結果が発表される日を今や遅しと待っている」と伝えた。【5月13日 レコードチャイナ】
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若者失業率と併せて、インフレの進行も野党側は争点としています。
経済状況に対する強い不満がインド人民党にとって逆風になる可能性もありますが、モディ氏にはそうした不満を覆い尽くすほどの個人の人気があります。

貧しいお茶売りの少年が、国のトップまで上り詰める。インドが台頭する中でアメリカや日本、ヨーロッパの首脳と渡り合う・・・“インディアン・ドリーム”の象徴でしょう。
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北朝鮮  極端な圧政で抵抗する気力・体力もなく生き抜くだけで精一杯の国民

2024-05-12 22:59:41 | 東アジア

(【4月28日 TBS NEWS DIG】)

【薬物蔓延 国民の心身が蝕まれ、社会そのものが衰弱】
北朝鮮の強権支配・国民弾圧が常軌を逸していることは今更の話です。

そのような理不尽な政治体制が目立った抵抗もなく(権力内部での窺い知れぬ争いはあるのかもしれませんが・・・)体制がつづくというのは不思議なことにも思えますが、北朝鮮ほどに徹底した恐怖政治のもとでは人々は自分が生きるのに精一杯で、抵抗とか抗議とか行う余裕もないのでしょう。

いかんともし難い現実の重圧から逃れるために薬物に依存する人々も少なくないようです。

****「この国はもうオシマイ」北朝鮮を脱出した女性が見た崩壊する社会の生々しい現実****
最近、北朝鮮の咸鏡北道(ハムギョンプクト)で、アヘン中毒にかかった住民が死亡する事件が相次いで発生したという。

デイリーNKの道内の情報筋によると、今月13日、吉州(キルジュ)郡ではアヘン中毒で離婚され、一人暮らしをしていた50代の男性が自宅を訪ねてきた人民班長(町内会長)によって死亡した状態で発見された。

普段から1日に2回以上アヘンを服用してきた彼は、今年に入って借金を返せないほどの経済難ためアヘンを手に入れることができず、情緒が不安定になっていたという。

また、3日にはアヘン中毒になってまともに経済活動ができずに家まで売って放浪生活をしてきた50代の男性が、路上で亡くなっているのが発見されたという。

北朝鮮でアヘンはかなり以前から「万能薬」と誤解されている。下痢など比較的ありふれた症状でもアヘンを服用するほど多く使われる。そうして医薬品の代わりにアヘンを使用し、その過程で量を調節できなかったり、過度に頻繁に服用したりして中毒者が発生する。

北朝鮮ではほかにも、「オルム(氷)」と呼ばれる覚せい剤の乱用が深刻だ。金正恩政権になって以降、北朝鮮当局は覚せい剤など違法薬物の根絶に向け、様々な手を打ってきた。それでも、乱用が下火になる兆しは一向に見られない。

日本に在住する脱北者のAさん(40代の女性)は、薬物の蔓延が北朝鮮を離れる決定的なきっかけだったという。
「隣家の10代の学生が覚せい剤中毒になって大変な騒ぎとなった。それをきっかけに薬物について独自で調べたところ、あまりにも薬物が蔓延する実情を見て、この国(北朝鮮)はもうオシマイだと思い、脱北を決意した」(Aさん)

また、咸鏡北道の別の情報筋は以前、韓国デイリーNKに対し、「中学生も覚せい剤をやらなければいじめられ、主婦は人民班(町内会)の会議の前にキメてくる。人民保安省の機動巡察隊員も夜勤の際にやっている。以前は挨拶代わりにタバコを差し出すのが習慣だったが、最近では顔を合わせると覚せい剤をやるようになった」と証言していた。 こうした状況は、今も大きくは変わっていないという。

金正恩体制は、国民に対する統制をますます強めており、脱北者の数も大きく減っている。彼の強権が、国民の反発によって脅かされる兆候は今のところ見えない。ただ、国民の心身が蝕まれ、社会そのものが衰弱していけば、国力そのものが弱体化する。

薬物不足の「入口」となっているのが医薬品不足ならば、それを解決できるかどうかが、金正恩体制の運命に直結する可能性もある。しかし、金正恩体制はこれまでのところ、民生を改善する能力を見せたことがないのだ。【4月26日 デイリーNKジャパン】
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【今年から公開された韓国の脱北者報告】
徹底した情報非公開を貫く北朝鮮の内情は表だった方法では得ることができません。一番詳しい内情は脱北者から得ることもできますが、脱北者の情報は自分たちを被害者に見立て、韓国が欲しがる情報を提供するために偏りもあるとの指摘もあります。

そこはともかく、韓国はこれまでは脱北者の調査結果を公表してきませんでした。理由は、韓国が北朝鮮のことをどれぐらい理解しているかを北朝鮮に知られないため・・・とも。北に融和的な前政権時代は北へ“配慮”もあったのでは。

しかし、今年はその調査結果が公表されました。 北朝鮮の人権問題を切り口に国際世論を見方につけて、最終的には北朝鮮の核やミサイルの問題に持っていきたいとの尹錫悦政権の戦略だとも指摘されています。

****韓国、脱北者報告を公表 食糧配給の減少や市場への依存浮き彫り****
韓国統一省は6日、脱北者への聞き取り調査に基づく北朝鮮の経済・社会状況に関する報告書を初めて公表した。
過去10年間に韓国に定住した脱北者の半数以上が政府から配給を受けたことがなく、闇市場に頼っていたことが明らかになった。

2013─22年に6300人以上の脱北者に対し聞き取りを行った。同省は10年に調査を始めたが、結果を公表するのは今回が初めて。

それによると北朝鮮で政府の食糧配給を受けたことがなかったのは、2000年以前の脱北者の62%で、16─20年に到着した人では72%強だった。

2000年以前の脱北者の約3分の1が給与や食料を受け取っていないと答えたが、16─20年の脱北者では約半数に増えた。

回答者全体の94%近くが市場でお金を稼ぐことができると答えた。家計収入のうち非正規収入が占める割合は、2000年以前の脱北者で約39%、16─20年では69%に拡大した。

金暎浩統一相は報告書で「北朝鮮では住宅、医療、教育環境が未整備で、生存のために生活の多くの面で市場化が続いていることが確認された」と指摘した。【2月6日 ロイター】
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【「苦難の行軍」の時期より厳しかったコロナの期間 毎日のように飢え死にする人々】
“16─20年”では現状とはややタイムラグもあるかも。
“生存のために生活の多くの面で市場化が続いている”とのことですが、金正恩政権は市場経済を抑制し、国営企業・国営商店を中心とするかつての(まがりなりにも社会主義経済がそれなりに回っていた時代の)国家が管理する経済に戻していこうとする動きが見られます。

しかし、配給などの国家による施策が十分になされないまま、市場が抑制されれば、国民の多くは生活のための術を失うことになります。

****「沢山の人が死にました」脱北者が撮影した北朝鮮内部映像 飢えて倒れる人の姿も****
北朝鮮からの脱北者の単独インタビューです。北朝鮮はコロナを理由にほぼ4年間、国を閉ざしました。この間何があったのでしょうか。この脱北者は北朝鮮内部の貴重な映像を撮影していました。

脱北者が撮影した北朝鮮内部映像 飢える人々の姿
行き倒れだろうか。男性がひとり倒れ込んだまま動かない。
撮影した脱北者「近くの店の主人に彼は死んでいるのかと聞いたら、前日の午後から倒れていて触ってみたけど、まだ死んでいない。飢えて倒れているようだが、まもなく死ぬだろう、と言っていた」

これは北朝鮮南部、黄海南道(ファンヘナンドウ)で、2023年4月に撮影された。
煙草をくゆらせる、物乞いに来た男性。
撮影した脱北者「あなたの作業班でも飢えている人は、ひとりやふたりじゃないでしょう?」

「凄く沢山いる。それでも働きに出て…。やむを得ず出てゆく人も多い。死にそうだ…」

これらの映像は、韓国に脱北した男性が北朝鮮のスマートフォンで撮影したものだ。コロナを理由に北朝鮮が国を閉ざす中、飢える住民たちをとらえた貴重な映像だ。

「失敗したら家族全員が処刑」命懸けの脱北
2024年3月、映像を撮影した青年にソウルで会うことが出来ました。30代前半だというキムさんです。インタビューには、軍や警察関係者も同席しました。警護と監視のためです。

日下部正樹キャスター「キムさんはソウルに来てどれくらいになりますか?」
脱北者 キムさん(30代)「2023年5月7日に入国しました」
多くの脱北者が中国やロシアなど、第三国を経由するのに対して、キムさんは海を渡って韓国に入りました。

これが脱北で使った木造船です。妊娠中の妻と母親、弟家族の総勢9人で、韓国・延坪島(ヨンピョン島)を目指しました。キムさんは、まず脱出の詳細を語り始めました。(中略)

キムさん 「あとで家族離れ離れの苦しみを抱えたくなかったんです。家族全員を連れていく方法を探しました。その方法を半年間ずっと考えていました」

キムさんが脱北を目指すようになった理由。 それは個人の自由や権利が認められない社会に、絶望したからだった。

「こちらでは全く理解できないでしょうけれど、北朝鮮では、家を一歩出たら、すべての物事を100%疑わないと生きていけません。 何も考えずに道を歩いていると、誰かが笛を吹いて、むやみに捕まえて身体検査をして、言いがかりをつけるのです。

『どうしてジーンズをはいているんだ。これは朝鮮社会主義式ではない』。『なぜ労働時間に出歩いているんだ』と。なんでも犯罪にでっちあげることができるのです」 

コロナ後、政府は国民の管理をさらに強化した。 食料は専売制となり、人々は足りない米などを闇取引で買い求めた。

ある日、キムさんの家に、取り締まり機関の保安員が捜査令状を持ってやってきて、蓄えていた米を運び去ろうとしたという。

キムさん 「『私たちのお金で買った食料ですから持って行かないで。私たちのものです』と主張したら、保安員に『この土地はお前のものか?お前が吸っているこの空気も全部党のものだ』と言われました。これ以上、ここに希望はない。この土地から逃げだそうと、決心しました」(中略)

コロナ以降、扉を閉ざした北朝鮮内部で一体何が起きていたのでしょうか。 2020年1月以来、北朝鮮はコロナ感染対策を理由に、厳格な出入国制限を行い、人と物の行き来が止まった。 韓国に渡る脱北者の数にも明確に表れている。

韓国統一省によると、多い時には年に2000人を超えたが、この4年間で激減している。 徹底的な統制によって北朝鮮は、「苦難の行軍」と呼ばれる1990年代の大飢饉以来の食料不足に陥っていたのだ。

キムさん 「苦難の行軍の時期より厳しかったです。その時でも、穀倉地帯の黄海南道では、飢え死にしませんでした。 しかし、コロナの間は毎日のように、町内の誰々の父親が死んだ、誰々の子供が死んだらしい。そんな話が聞かれるほど沢山の人が死にました」

食料不足が深刻化するとともに、凶悪犯罪が急増したと言う。
キムさん 「生きてゆくために凶悪犯罪が増えました。殺人や強盗が日常茶飯事でした。公開処刑も沢山ありました」(後略)【4月28日 TBS NEWS DIG】
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【乱発気味の公開処刑】
北朝鮮では最近、公開処刑が“乱発”されているようです。それも、韓流コンテンツを密売していたといった類の理由で。(北では韓流コンテンツは現体制への信頼を揺るがす存在であり、その密売は重罪です。みんなが裏で見ているものではありますが・・・)

****300人が強制された「令嬢カップル」の見せしめ体験****
米国務省は22日、世界各国の人権状況を記録した「2023年国別人権報告書」を発表した。

北朝鮮についてこの報告書は、「新型コロナのパンデミック(世界的大流行)後、公開処刑が減少したが、最近は国境封鎖緩和とともに再び大きく増加する様相を見せている」と指摘。また、民間人に現場学習という名目で公開処刑を参観させているとも言及した。

コロナ禍の下での典型的な事例のひとつが、2022年1月に行われた男女のカップルの刑執行だ。韓流コンテンツを密売していたことが罪に問われたもので、女性は平安南道保衛局(秘密警察)の政治局長の娘という「お嬢様」だった。

しかし、父親の権力も及ばず極刑の判決を受けた。刑場には300人が引き出され、執行場面を見ることを強制されたという。

コロナ禍の前には、より大規模なものもあった。
米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)は、咸鏡北道(ハムギョンブクト)の情報筋の話として、2019年2月に清津(チョンジン)市内中心部で公開裁判が行われたが、ここには数万人の住民が動員され、死刑判決を受けた被告がその場で銃殺される一部始終を見ることを強いられたと伝えている。

一方、3月には市内の水南(スナム)市場のそばの河原でも公開裁判が行われ、被告女性3人のうち、2人に極刑判決が下され、執行された。3人の罪状は「迷信行為」、つまり占いだった。

3人は「七星組」というグループを作り、「神が乗り移った」という3歳と5歳の子どもに占いをさせ、金品を受け取り、全国を回っていたという。北朝鮮では庶民から党幹部、占いを取り締まる立場の司法機関の幹部に至るまで、何か重要なことをする前に運勢を見るのが一般化しているが、当局はそれを体制維持のリスク要因とみて亡き者にしたものと思われる。(中略)

金正恩政権は2018年までの数年間、公開処刑を控えていた。国際社会の批判の声を意識してのものと思われるが、2019年より再開し、近年では乱発気味だ。

江戸時代のさらし首と同じように、犯罪者を見せしめにすることで犯罪を抑制しようという、現代の人権感覚では受け入れられないものだ。それでも犯罪は減らず、公開処刑を行えば行うほど国際社会の批判は高まる。まさに「誰得」なのだ。

金正恩総書記は、経済活動の自由を認め、国民の生活レベルを向上させることが、最も効果的な犯罪抑制策であることに、いつになったら気づくのだろうか。【4月28日 デイリーNKジャパン】
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【マンション地下室に住まわされ、住民の代わりに動員などに対処する孤児】
前出記事のように、毎日にように多くの人が飢えて死んでいく・・・当然、残された孤児も増加します。これまた当然ながら、そういう孤児を保護する体制もありません。孤児は自分の力で生きて行かねばなりません。「コチェビ」と呼ばれる子供たちです。それができなければ死ぬだけです。

****「金正恩に棄てられた子どもたち」とマンション地下室の秘密****
親と家を失い、路上で寝泊まりするストリート・チルドレンのことを北朝鮮では「コチェビ」と呼ぶ。彼らは首都・平壌にいることそのものが違法だ。革命の首都のイメージを乱すからだという。障がい者も同じような理由で平壌から追放された。

平壌市民には、コチェビを発見すれば安全部(警察署)や洞事務所(末端の行政機関)に通報することが求められているが、それに反して、コチェビを匿い、労働力として活用しようとする動きが現れている。米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)が報じた。

先月末に平壌へ出張した咸鏡北道(ハムギョンブクト)の情報筋は、郊外の西城(ソソン)区域の長慶一洞(チャンギョンイルトン)の親戚の住むマンションに6日間滞在した。そのマンションには年の頃12歳から15歳くらいの3人のコチェビが出入りしていた。

親戚に事情を聞いてみたところ、こんな答えが返ってきたという。
「地方からやってきたコチェビをマンションの地下室で住まわせる代わりに、人民班(町内会)の様々な社会的課題(動員)や作業をさせている。管理は人民班長(町内会長)が行っている」

人民班長は住民に呼びかけ、古着や残った食べ物を集めて、コチェビに分け与えている。彼らがきつい動員に出かけた場合には、みんなで少しずつ現金を持ち寄って、3人に渡すこともあるとのことだ。

一方で3人には「泥棒をしない。他のコチェビを連れてこない。昼間はできるだけマンションの周囲をうろつかない。トラブルを起こさない」などの誓約をさせているという。

各人民班に下された社会的課題を行う場合には、他の地区の住民がいないので、問題なく彼らを連れて行って仕事をさせる。早朝の動員には親でなく子どもが行く場合が多いが、コチェビにきれいな服を着せて、代わりに行ってもらう。

ただし、他の人民班と共同で行う作業の場合、彼らの存在がバレてしまうおそれがあるため、注意が必要だ。もしバレればコチェビは登録された元の居住地に送り返され、人民班長はあれこれ追及される。それでも、おおごとになる前にコネやワイロでもみ消すので問題になることはあまりないようだ。

コチェビを雇っているのは、この人民班だけではない。
別の情報筋の兄が住む、龍城(リョンソン)区域のマンションの地下室には、推定14歳のコチェビが2人住んでいる。彼らは、人民班の人がやりたがらない、ゴミ捨て場の掃除、ゴミの処理、雪かきなどを行っている。
「人民班に課された面倒な仕事をコチェビがやってくれるので、彼らの存在を嫌がる人は誰もいない」(情報筋)

元来、コチェビの「ねぐら」と言えば市場やゴミ捨て場、駅前の片隅の雨風と寒さをしのげるところが一般的なので、地下室は非常に快適なところだろう。また、優しい住民の配慮で衣食に困らず、連行されるリスクも少ないなどのメリットもある。

また、住民の立場からも、コチェビを保護することはメリットが大きい。動員があまりにも多いからだ。何よりも助かっているのは人民班長だ。
「社会的課題と作業で人民班の人々を動員しようにも難しいので、人民班長は窮余の策としてこのような手法にたどり着いたようだ」(情報筋)

本来、労働に対しては相応の代償が支払われてしかるべきだが、当局は一銭たりとも支払わないばかりか、交通費や食費まで動員される人々に転嫁する。かつてなら当たり前のものと受け止められていた動員だが、市場経済の進展や権利意識の伸長に伴い、タダ働きを嫌う傾向が強くなっている。

当局は、市場に対する抑制策を取ると同時に、配給制度に似た食糧供給システムを復活させるなど、北朝鮮という国のシステム全体がそれなりにうまく機能していた1980年代以前のものに戻したいようだ。

しかし、2020年代を生きる北朝鮮の人々の考え方、行動様式を40年前に戻すことは不可能だろう。【5月12日 デイリーNKジャパン】
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孤児を地下室で“飼い”、動員などで住民の身代わりに使う・・・・本来であれば、深刻な児童虐待・奴隷労働として批判されべき話ですが、それが“現実にうまく対応している話”と感じられるのが北朝鮮の歪んだ社会です。
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タイ  6月に上院改選 改選内容・改選後の動きに対する軍部の対応は? 混乱の可能性も

2024-05-11 23:27:34 | 東南アジア

(23年7月、「前進党」ピタ-党首の首相選出を阻んだ上院に抗議する前進党の支持者=ロイター【5月10日 日経】)

【現行の軍部任命上院が任期満了で、職業や専門分野別の立候補者の互選方式による改選】
タイでは軍部が任命する議員で構成される上院が、民主派勢力の議会での勢力拡大にブレーキをかけて、軍部主導の政治を維持する装置となっていました。

実際に、先の総選挙で第一党となった王制改革を掲げる革新的な「前進党」は、上院が軍部に掌握されている状況で政権獲得を阻まれることにもなりました。

その上院が任期満了となり、新たな互選方式で改選されます。

****軍任命のタイ上院、任期満了 新選出方式は業種別互選*****
タイ上院議員の任期が満了し、新たな方式での選出手続きの実施が11日、官報で公表された。

2014年のクーデターで軍が実権を握ったタイは19年に民政移管したが、上院議員は軍が任命しており、首相指名選挙などで影響力を保っていた。

新方式は職業や専門分野別に立候補を受け付けて互選で実施、結果は7月ごろまでに判明する見込み。
新方式でも国民に直接投票の機会はないが、定数250を200に削減。上下両院で実施していた首相指名選挙への上院の参加権を廃止する。【5月11日 共同】
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どうして軍部は権力の基盤ともなっていた上院を手放すようなことになったのか?

【軍事政権下の2017年憲法と、その2017年憲法に定められた新たな上院の仕組み】
今回の上院改選は、軍事政権下の2017年憲法の規定によるものです。

そこで、タイの2017年憲法制定に至る経緯を振り返ると以下のようにも。当時はタクシン派と反タクシン派の対立で政治が混乱しており、クーデターで権力を掌握した軍部は、将来的な民政移管を前提としつつ、タクシン派の権力獲得を阻止することを狙っていました。

****2017年憲法の起草過程と議会・選挙制度****
(中略)1990年代の民主化政治改革運動を背景に制定された1997年憲法は,タイで最も民主的な憲法といわれた。

しかしながら,2006年クーデタで追放されたタクシン元首相を支持するタクシン派と反タクシン派との対立が顕在化するなか,反タクシン派は,タクシン派の政党が台頭した背景に1997年憲法の議会・選挙制度があるとみて,その見直しを求めた。

2006年クーデタ後に制定された2007年憲法には反タクシン派の主張が反映されたにもかかわらず,2008年および 2011年の総選挙におけるタクシン派政党の勝利を阻止できなかった。

2014年クーデタで再びタクシン派を政権から引きずり下ろした対抗勢力は,2017年憲法で議会・選挙制度のさらなる変更を試みた。  

他方,2014年クーデタ以降のタイ政治においては,タクシン派と反タクシン派との対立軸に加えて,軍事政権の長期化とそれに対する反発という構図も鮮明になってきた。

2014年クーデタによって権力を掌握したプラユット政権は,政治安定のため国家改革の必要性を主張し,軍事政権を維持するための制度を2017年憲法にも盛り込ませた。(後略)【2020年 JETRO 今泉慎也氏 「タイ2019年総選挙 : 軍事政権の統括と新政権の展望」】
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こうした経緯で軍事政権によって制定された2017年憲法は、民政移管後の上院の在り方を規定しています。

****公選制から非公選へ逆戻りした上院****
2017年憲法の特徴として最も注目すべきは上院である。

タイにおいては1946年の憲法で下院と上院の二院制が採用されたが,1991年憲法までは,上院議員はすべて国王によって任命された。上院議員には軍・警察を含む官僚出身者が多く含まれていた。

1990年代の憲法改革においては,上院議員を選挙で選ぶことの是非が最大の争点のひとつであった。多くの論争の末,1997年憲法において,上院議員は完全に公選とされた。

憲法起草過程において上院に党派政治が浸透することへの強い危惧が表明されたことから,上院議員の資格要件として政党へ所属してはならないことが明記された。

しかしながら,実際の上院議員選挙では政党との関係が深い議員が多く含まれ,党派性を払拭するという意図は十分に果たされなかった。  

この経緯をふまえ,つぎの2007年憲法は上院議員150人のうち76人を公選(県を選挙区とし,各選挙区議員1人を選挙。なお,後に県の数が増えて77人),残りを「選出」(selection)するとした。

この「選出」という語が,上院議員について用いられたのは2007年憲法からで,従来の憲法における国王による「任命」とは異なることを強調する。(中略)

この上院議員の選出は,2007年憲法によって設置される上院議員選出委員会によって行われる(2007年憲法第113条)。同委員会は,憲法裁判所長官,オンブズマン長,国家汚職防止摘発委員会委員長,国家会計委員会委員長,最高裁判所裁判官(裁判官会議が委任),最高行政裁判所裁判官(裁判官会議で委任)によって構成される(第113条)。

選出委員会は,選挙委員会が,学術,公共,民間,職業およびその他の5つのセクターからまとめた名簿のなかから上院議員を選出する。(中略)

2017年憲法はさらに踏み込んで,上院議員をすべて非公選に戻してしまった。そして,その選出方法として,候補者による「互選」という新たな手法を導入した。 

被選挙権を有する者はすべて行政,司法,農民,産業,公衆衛生,女性,高齢者・障害者などの10のグループに分けられ,いずれかのグループから誰でも立候補することが認められる。

選出は,各グループの代表から選出された候補者の互選による。つまり候補者が自分以外の者に投票することによって選出される。

まず郡レベルで候補者のなかから選出が行われ,各郡で選出された者のなかから県レベルの候補者が選出される。最終的には,全国レベルで上院議員200人が選出されるというものである(一連のプロセスは選挙委員会によって管理される)。  

しかしながら,憲法の経過規定により,最初の上院議員は,この方式ではなく,NCPO選出の250人が国王により任命された(部分的には上記の互選方式も実施)。(後略)【同上】
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上記のように、2017年憲法では、国民一般の公選ではなく、職業や専門分野別の立候補者の互選を郡・県・全国レベルの三段階で行う方式になっていますが、経過措置的に最初の上院議員は軍事政権が選出した者を国王が任命することとなっていました。

その最初の経過措置的な上院議員の任期が満了し、2017年憲法が規定する「互選」による選挙が今般初めて行われる・・・ということです。

【改選でどのような政治勢力が伸張するのか、予想される前進党解党命令と世論反発・・・軍部の対応は波乱含み】
軍事政権としては、上記のような互選制度によって、民政移管を前提としつつもタクシン派などの拡大を阻止できると考えたのでしょう。

現在は、軍部とタクシン派は大連立を組むという、当時では考えられない状況になっていますが、タクシン派以上の脅威として、革新的な「前進党」が拡大しました。

そこで、選出規則では「前進党」を支持する若者らが多用するSNSの選挙利用を規制する措置なども定められています。

ただ、実際どのような者が選出されるのか、軍部が警戒するような民主派勢力が拡大するのか・・・不透明で、選出過程に対する軍部の干渉も懸念されます。

そうした事情もあって、スムーズに上院改選が進行するのかどうか危ぶまれてもいます。

****タイ、政情再混乱の懸念 国軍影響下の上院が任期満了****
(中略)
民政移管に向けて17年に制定された憲法の規定により、上院は今回の任期満了に伴い投票権を失う。

今後は下院だけの投票で首相選出が可能となる。前進党と貢献党は23年の総選挙後に連立を模索したものの頓挫した経緯がある。両党が再び手を組めば下院過半数となり、親軍政党を排除して新政権を樹立できる。

17年制定の憲法下で初となる上院選の結果次第では、国軍の政治への影響力はさらに弱まる。新議員は農業や教育などの職業団体から選出される。6月から選挙が始まり、7月初旬にも正式結果が公表される見通しだ。

こうした不利な状況に直面する国軍は民主派への圧力を強めている。上院が人事への拒否権を持つ憲法裁判所や選挙管理委員会は、民主派が不利となる判断を連発してきた。

憲法裁は1月末、前進党が23年の総選挙で王室に関する不敬罪の改正を公約に掲げたことを違憲と判断した。

6月後半から7月ごろに解党命令を出すとの見方もある。バンコクの外交筋は「国軍は民主派を弱体化させる最適なタイミングとして上院選の投票終了後を狙っている」と指摘する。

選管は4月下旬に公表した上院選の手続き規則で、候補者の個人情報をSNSなどで公開することを禁じた。SNSを通じて若者からの支持を伸ばした前進党を標的にしたとみられる。

上院選の手続きがスムーズに運ぶかも不透明だ。法政大の浅見靖仁教授は「上院選のルールは不明瞭な点が多い」と指摘する。国軍を中心とする保守派が規則を都合よく適用し、民主派の候補者が当選しても当選無効の訴えが相次ぐ可能性があるという。

タイでは1932年の立憲革命以降に軍事クーデターが未遂を含めて19回起きた。国軍は国内対立を収めることに主眼を置き、政治に関与し続けてきた。上院の任期満了により民主派が勢いづけば、国軍が強硬手段に動き、情勢が再び混乱する恐れもある。【5月10日 日経】
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今回選出される上院議員は首相選出に関与しないと憲法規定されていますので、タクシン派与党「貢献党」が「前進党」と再び手を組むと、軍部を排除した政権も可能になります。

その「前進党」については、憲法裁判所は4月3日解党の是非について審理を始めることを決めています。すでに今年1月には、2023年の総選挙で王室批判に厳罰を科す不敬罪の改正を公約に掲げたことが、立憲君主制の転覆をはかる憲法違反に当たる、と憲法裁は判断しており、この判断に基づき選挙管理委員会が解党を請求しています。

上院改選の動向、改選後の政局の動き、予想される「前進党」解党命令と世論の反発・・・こうしたものを睨んで軍部がどうのように動くのか波乱含みの状況です。
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フィリピン  中国と前政権との“密約”、現政権との“合意”問題過熱

2024-05-10 23:36:24 | 東南アジア

(共同記者会見する(左から)米国のオースティン国防長官、オーストラリアのマールズ国防相、木原防衛相、フィリピンのテオドロ国防相=2日、米ハワイ 【5月4日 西日本】)

【対中国強硬姿勢のフィリピン アメリカなど西側との関係強化】
フィリピンと中国の南シナ海での領有権争いは、依然として小競り合いが絶えません。

****中国海警局の船が放水、フィリピン当局の船が「損傷」 南シナ海で緊張高まる****
フィリピン政府は中国と領有権を争う南シナ海で30日、中国側からの放水で補給船が損傷したと発表しました。また、航路を妨害するブイが設置されていることも確認したということです。

南シナ海のスカボロー礁付近で30日午前に撮影された映像では、中国海警局の船2隻がフィリピン当局の補給船を挟み込み、両側から放水している様子が映っています。

フィリピン政府によりますと、この放水により燃料や食料を積んでいた補給船の一部が損傷したということです。

また、去年9月に南シナ海の海上に中国側が設置した妨害するためのブイを、フィリピン当局が撤去しましたが、中国側が再び、およそ380メートルのブイを設置したことを確認したということです。航路を妨害するためのものだとみられ、両国の間で再び緊張が高まっています。【4月30日 日テレNEWS】
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こうした中国との緊張が続く中で、フィリピンはアメリカを始めとする日本を含む西側との協調路線を強めています。

****日本、アメリカ、オーストラリア、フィリピン 南シナ海で初の共同訓練****
中国とフィリピンが領有権を争い緊張が高まる南シナ海で、日本、アメリカ、オーストラリア、フィリピンの4か国による初めての共同訓練が行われました。

南シナ海を巡っては、フィリピンと中国が互いに領有権を主張し、フィリピン側の船が中国当局の船から放水を受けるなど、衝突する事案が相次いでいます。

こうした中、7日、南シナ海のフィリピンの排他的経済水域で、日本の海上自衛隊とアメリカ、オーストラリア、フィリピンの軍が「海上協同活動」と位置づける初めての共同訓練を実施しました。(中略)

海洋進出を強める中国を念頭に、来週にアメリカで行われる予定の日米比3か国の首脳会談を前に、結束を示す狙いとみられます。

一方で、AP通信によりますと、中国の海軍と空軍が合同で7日、南シナ海のパトロールを行っていて、共同訓練をけん制する狙いとみられます。【4月7日 日テレNEWS】
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****米軍とフィリピン軍が合同演習 南シナ海EEZでの海上演習も****
米軍とフィリピン軍による定例の合同軍事演習「バリカタン」が22日、フィリピンで始まった。今回は初めての試みとして、中国が威圧的行動を強める南シナ海の排他的経済水域(EEZ)内で海上演習を実施するほか、米軍の中距離ミサイルの発射装置の配備訓練も行う。
 
米インド太平洋軍などによると、演習には1万6000人以上が参加し、5月10日まで行われる。初めて招かれたフランス軍に加え、フィリピンと「訪問軍地位協定」を結ぶオーストラリア軍が正式に参加。日本や韓国、インド、ベトナムなど14カ国もオブザーバーとして加わる。

実施場所は、フィリピンと中国などが領有権を争う南沙(英語名スプラトリー)諸島に近いパラワン島や台湾に近いルソン島が中心。敵艦を撃沈させる演習のほか、敵に占領された島を奪還する訓練も実施される。

米海兵隊のジャーニー中将は「バリカタンは単なる演習ではなく、我々が互いに決意を共有していることを示すものだ。地域の平和と安定のために重要だ」としている。【4月23日 毎日】
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また、フィリピンのマルコス大統領は「軍に死者が出れば、アメリカが相互防衛条約を発動する可能性がある」と、中国を牽制しています。

****フィリピン大統領「軍に死者出れば米比相互防衛条約を発動」中国の“威圧的な行動”をけん制****
南シナ海での中国側の威圧的な行動でフィリピン側に負傷者が相次ぐなか、マルコス大統領は「軍に死者が出れば、アメリカが相互防衛条約を発動する可能性がある」との考えを示しました。

フィリピン マルコス大統領 「フィリピンは南シナ海で、違法で攻撃的かつ無責任な行動のターゲットになっている」

フィリピンで15日、外国メディア向けに会見を行ったマルコス大統領は、中国の威圧的な行動を念頭に、「あらゆる手段を講じて主権を守る必要がある」と強調しました。

両国が領有権を争う南シナ海の南沙諸島では先月以降、中国艦船がフィリピン軍の駐留拠点に向かう船舶に放水などを繰り返していて、フィリピンの乗組員にけが人が相次ぐ事態となっています。

マルコス大統領は「フィリピン軍に死者が出た場合、アメリカが相互防衛条約を発動する可能性がある」との考えを示し、中国側をけん制しました。

また、日本との間で交渉が進むフィリピン軍と自衛隊の「円滑化協定」については、「もうすぐ締結できるだろう」としています。【4月16日 TBS NEWS DIG】
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【前政権との“密約”、現政権との“合意”問題で中比バトル】
こうした海上でのホットな争いと並行して、最近中比間でバトル状態になっているのがフィリピンのドゥテルテ前政権との“密約”、そしてマルコス現政権との“合意”問題。

****中国政府が南シナ海めぐるフィリピンとの「密約」を暴露 マルコス大統領「引き継ぎはなかった」****
中国政府は南シナ海での領有権をめぐり緊張が高まるフィリピンとの関係について、前の政権との間では対立を避けるために「紳士協定」を結んでいたと明かしました。

フィリピンにある中国大使館は18日、中国とフィリピンの間で領有権を争っている南シナ海のアユンギン礁をめぐり、前のドゥテルテ政権時代には「平和を維持し、紛争を防止する」という内容の紳士協定を結んでいたと明らかにしました。

アユンギン礁では、フィリピンが実効支配の拠点にするため古い軍艦を座礁させ、フィリピン軍の兵士を常駐させていますが、中国海警局の艦船は生活物資を運ぶフィリピンの船に対し放水砲を発射するなど妨害を繰り返し、緊張が高まっています。

また、中国大使館は今年初めにはマルコス政権とも「生活物資の輸送に対する新たな合意を両国間で行ったが、フィリピンが一方的に破棄した」とも主張しています。

フィリピンをめぐっては11日、日本・アメリカとの3か国による首脳会談が初めて行われ、海上自衛隊やアメリカ軍も加わった合同パトロール計画も発表されるなど日米がフィリピンを支援する姿勢を鮮明にしたことから、中国との対立がますます激しさを増しています。

今のマルコス政権は、この協定の存在を認めていないことから、中国政府としては公にすることで政権に揺さぶりをかけたい狙いがあります。一方、マルコス大統領は前政権が結んだとされる協定について「引き継ぎはなかった」と強調しています。

フィリピン マルコス大統領 「密約だろうが紳士協定だろうが、我々はそのことを知らされていなかった。誰かこのことを知っている人はいるか?どんな経緯があり、何が起きたんだ?」

マルコス氏は「協定があるとすれば撤回する」として中国に妥協しない姿勢を示していますが、中国側が指摘する現政権との「新たな合意」についてはコメントしていません。【4月19日 TBS NEWS DIG】
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****フィリピン国防省 “対立管理のためマルコス政権と合意”の中国主張に「プロパガンダ」と反論、南シナ海領有権めぐり激しい神経戦****
中国とフィリピンが領有権を争う南シナ海をめぐり、「対立を管理するための両国間の合意をマルコス政権が一方的に破棄した」とする中国側の主張について、フィリピン国防省は「中国のプロパガンダだ」として合意の存在を否定しました。

南シナ海のアユンギン礁では、フィリピン軍が実効支配拠点として座礁させた軍艦への補給活動に中国側が反発し、放水などの妨害を繰り返しています。

こうした対立の背景について、フィリピンにある中国大使館は、今年初めにマルコス政権との間で「対立を管理する新たな合意を結んだが、フィリピンが一方的に破棄した」などと主張していました。

これについて、フィリピン国防省は27日に発表した声明で、「中国側とのいかなる合意も知らない」と合意の存在を否定したうえで、「国防省は去年から、中国政府と一切連絡を取っていない」と強調。「中国のプロパガンダの一環だ」として、緊張の原因は中国側にあると反論しました。

中国政府は前のドゥテルテ政権時にも、アユンギン礁での対立を避けるため、「紳士協定」が結ばれていたと発表していますが、マルコス大統領は「もし協定があるとすれば撤回する」と反発していて、激しい神経戦が続いています。【4月28日 TBS NEWS DIG】
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ドゥテルテ前政権時代の協定だか密約だかについて、一般論で言えば、「引き継いでいない」「もし協定があるとすれば撤回する」というのは、中国からすれば腹立たしい対応でしょう。(もし日本が韓国の前政権との結んだ協定について、韓国新政権が同様主張をすれば、日本世論は激高するでしょう。「密約」とはそういうもの・・・でしょうか)

そういう腹立たしさもあってか、中国側はマルコス現政権との“合意”についてリーク戦術に。

****中国、フィリピンメディアに当局との電話内容を流す 南シナ海問題****
フィリピンが軍事拠点とする南シナ海、アユンギン礁(英語名セカンドトーマス礁)を巡り、フィリピンと中国が対立している問題で、フィリピン当局との電話協議内容とされる記録を中国側が一部のフィリピンメディアに対して一方的に公開し、フィリピン政府が強く反発している。

フィリピン紙マニラ・タイムズ(電子版)は7日に中国側に提供されたとして、1月に行われた中国外交官と比軍高官間の12分にわたる電話の記録を公開した。

フィリピン軍西部方面隊のカルロス司令官と中国側外交官が、アユンギン礁の補給活動について協議したとする内容だ。中国側が補給は水と食料に限り、2日前に中国側に知らせることや、両国とも1隻の船しか用いないとする「新モデル」を提案すると、カルロス氏が上層部も同モデルを「承認した」と伝えたとしている。

比政府はこれまで、「新モデル」とされる取り決めの存在を否定しており、中国側は、それを覆す「証拠」として記録を流出させたとみられる。

フィリピンのテオドロ国防相は中国は偽情報を出す傾向が強いとして「記録」の信ぴょう性に疑念を示したうえで「(無断で通話内容を録音したとすれば)国内の盗聴法に違反する可能性がある」と批判した。テオドロ氏は、南シナ海を巡る国際的な取り決めを結べるのは大統領だけだとも強調した。

フィリピンメディアによると、中国側と通話したとされるカルロス氏は7日以降、休暇を取っているという。

一方、中国外務省の林剣副報道局長は8日の定例記者会見で在マニラ中国大使館が関連するフィリピン側とのやりとりの内容を公開したと認めた上で「経緯は明白で証拠は固く、誰にも否定できない」と主張した。フィリピン側は情報を公開した中国外交官について調査する姿勢を見せている。【5月9日 毎日】
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フィリピン側は「国防省は去年から、中国政府と一切連絡を取っていない」としていましたが、上記「証拠」が真実なら、フィリピン側主張がウソだったことになりますが、いずれにしてもフィリピン側は大統領が承認していないものは意味がないと突っぱねる構えです。

情報リークで面子が潰れたフィリピンは、情報流出に関与した中国大使館員を国外追放する方針を発表しています。

****フィリピン、中国大使館員を国外追放へ 軍高官との電話記録を流出****
フィリピンが軍事拠点を置く南シナ海のアユンギン礁(英語名セカンドトーマス礁)を巡り、マニラの中国大使館が比軍高官との電話協議とされる記録を流出させた問題で、フィリピンのアニョ国家安全保障補佐官は10日、流出に関与した大使館員を国外追放する方針を発表した。

アニョ氏は声明で、中国大使館が「偽情報の拡散を度々指揮している」とし、「重罰を与えなければならない」と指摘した。マルコス大統領が承認すれば、館員は国外追放となる。

中国外務省の林剣副報道局長は10日の記者会見で「軽挙妄動をしないよう厳しく要求する」と反発した。

フィリピン紙マニラ・タイムズ(電子版)は、中国大使館側から提供されたとして、1月に行われた比軍西部方面隊のカルロス司令官と中国外交官との電話協議の記録を公開。アユンギン礁の軍拠点への補給活動を制限する中国側の提案について、比軍上層部が承認したとする内容だった。(後略)【5月10日 毎日】
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【マルコス政権の対中国強硬路線を訝しむ指摘も】
マルコス政権の対中国強硬路線は、日本を含めた西側にとっては好ましいもので、フィリピンをバックアップして・・・となるでしょうが、フィリピン自身にとってはこういう方向(中国に対し強硬路線をとり、アメリカに傾斜する戦略)がメリットがあるのか批判的に見る指摘もあります。

****日本以上に「アメリカの『駒』」状態。フィリピンはなぜ豹変したのか?****
4月11日に初めて実現した日米比の3カ国首脳会談を経て、フィリピンのマルコス大統領の中国に対する発言が強硬になっているようです。軍への攻撃を一切許さないと警告。

これに中国が激しく反応しなかったことを「救い」と捉えるのは、多くの中国関連書を執筆している拓殖大学の富坂聰教授です。今回のメルマガ『富坂聰の「目からうろこの中国解説」』では、ASEAN諸国を含めて両国のこれまでの関係性を解説。微妙に保ってきたバランスをフィリピンが壊そうとする意図と、中国の冷静さの理由を探っています。

いまや日本以上の「アメリカの『駒』」と中国が呼ぶフィリピンが豹変した理由
日本、アメリカ、フィリピンの3カ国の首脳がワシントンで、初の首脳会談を行ったのは先月11日(日本時間12日午前5時20分)のことだ。3カ国首脳は、中国による南シナ海や東シナ海における力による一方的な現状変更の試みに反対し、毅然として対応することを確認したという。

フィリピンが、ロドリゴ・ドゥテルテ前大統領の時代から大きくその面貌を変えたことの仕上げのような会談だった。訪米中のフィリピンのフェルディナンド・マルコス大統領は、終始にこやかで上機嫌だった。

米中が互いに影響力を競い合う世界において、その最前線となりつつある東南アジアの発展途上国のトップが、アメリカとの関係強化を喜ぶのは珍しいことではない。だが、たいていの国は米中の対立からは距離を置き、両方に良い顔を見せながら自国利益を追求する、賢い外交を展開してきた。

フィリピンが特殊なのは、訪米から帰国した直後からマルコスが米比の相互防衛条約を持ち出し、中国を挑発する発言を繰り返したことだ。

マルコスは、南シナ海の南沙諸島にある仁愛礁(アユンギン礁=セカンド・トーマス礁)で繰り広げられる中国との領有権をめぐる攻防について、「軍以外からの攻撃を受けた場合であっても、フィリピンの軍人に死者が出れば米比相互防衛条約が発動されるとして、アメリカに軍事的な対応を求める考えを示した」(NHK 4月15日)という。

海をめぐる対立では、緊張が一気にエスカレートすることを回避するため、互いの国が海上での法執行機関を前面に立てて対応するのが一般的だ。マルコスの今回の発言は、わざわざそうした緩衝材を無効にする意味を含む。しかも相手が民間の船(漁船など)であっても、米軍に行動を求めるというのだから、尋常ではない。

こうした発言はこれまで東南アジア諸国連合(ASEAN)が米中の対立を嫌い、「巻き込まれ」を回避してきた努力にも反する。アメリカがマルコスの要請に軽々に応じるとは思えないが、あまりに無責任な発言といわざるをえない。

救いは、いまのところ中国側が激しい反応を見せていないことだ。かつてはフィリピン産バナナの輸入規制を強め、輸送中のバナナを大量に腐らせるなど強硬に反応したが、そうした対抗策も発動されていない。

その理由はいつくか考えられる。まずマルコスの言動の裏側にアメリカという振付師がいて、中国が騒げば騒ぐほどその術中に嵌ることを中国自身がよく知っていることだ。

またフィリピン以外のASEAN諸国との関係を重視する中国がこの海域での対立をエスカレートさせたくないと判断した可能性だ。さらに緊張を高めることで経済発展のチャンスが失われるデメリットを考え、行動を抑制しているということだ。

だが、そうした動機のなかでも最も重要なのは中国がこれを「マルコスの個人的な事情」と見ている点だ。というのもドゥテルテ時代まで静かだった仁愛礁でにわかに緊張を高めても、フィリピンの国としての利益はほとんど見当たらないからだ。

ASEANの国々にとって中国が重要なパートナーであることは言を俟たない。多くの国は中国が最大の貿易相手だ。中国と対立するデメリットは計り知れない。実際、ドゥテルテ時代には仁愛礁での揉め事はほとんどなく、経済関係も順調だった。過去のメルマガでも指摘したように、両国間には現状維持を目的とした「紳士協定」が存在し、機能してきたからだ。

「紳士協定」とは「フィリピン側が仁愛礁の建造物の修繕や新設を行わない見返りとして、中国が食糧補給を容認する」こと。逆に「中国は、軍事拠点化したミスチーフ礁に構造物を新たに設置しないこと」を約したものとされる。対立をうまく管理し、貿易のメリットを享受しようとした両国の知恵だ。

そのバランスをわざわざ壊すメリットはどこにあるのだろうか──【5月9日 富坂聰氏 MAG2NEWS】
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「マルコスの個人的な事情」とは何でしょうか?
中国との緊張関係を演出して、国内の求心力を高めること? あるいは、親中前政権との違いを押し出すことで、ドゥテルテ家とのバトル・権力闘争を優位に展開したいこと?

なお、富坂氏は、日本の中国認識が偏った一面的なものと批判し、“「反中」亡国論・・・日本が中国抜きでは生きていけない真の理由”といった著作もあるようです。
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ロシア  戦術核配備の演習 「核戦力部隊は常に臨戦態勢」 「国家元首には恐るべき決断が必要」

2024-05-09 23:17:13 | ロシア

(「紛争が絶えないため、国家元首は時に運命的で恐るべき決断を下さなければならない」とのキリル総主教の話を伏し目がちに聞くプーチン大統領【5月8日 テレ朝news】)

【ウクライナ支援体制を強化する欧米】
ウクライナに対し物量に勝るロシアが優位に戦局を展開している現状ですが、ロシア・プーチン大統領としても今後に楽観はできない状況にあります。

ウクライナの苦境に反応して、西側の支援体制はむしろ強化される方向にあります。一番は5月5日ブログ“ウクライナ  物量に勝る露軍に対し後退 米の支援再開で立て直し図る 長距離ATACMS実戦投入”でも取り上げたようにアメリカが約610億ドル(約9・4兆円)の支援法案を可決して、ウクライナへの大規模な武器提供を再開したことです。アメリカの武器支援にはロシア領内を脅かしかねない長距離ATACMSも含まれています。

更にイギリス・キャメロン外相はウクライナのロシア本土攻撃を容認する発言を行っています。
また、フランス・マクロン大統領はウクライナが窮地に陥れば西側は地上部隊派遣の選択肢を「排除すべきでない」との考えを繰り返し表明しています。

欧州はウクライナ支援・対ロシア防衛強化の方向でまとまりつつあります。

****仏独も国防政策の転換を本格化 欧州の対ロシア防衛態勢確立へ英国との結束がカギ****
ロシアによるウクライナ侵略を受け、英国がウクライナ支援と対露防衛を主導する方針を打ち出す中、これまで経済的思惑に根差した対露融和姿勢が目についたフランスやドイツも国防政策の転換を本格化させた。

マクロン仏大統領は4月29日、英誌エコノミスト(電子版)とのインタビューで、米欧諸国はウクライナへの地上部隊派遣の選択肢を「排除すべきでない」と改めて主張した。

欧米の軍事専門家が本紙に語ったところでは、露軍が前線での攻勢を強め、ウクライナ軍が防衛に集中する必要が強まった場合、米欧がウクライナ西部の後方地帯に軍部隊を投入して兵站を担当することが想定の一つに挙げられている。

フランスには対米自主外交を唱えたドゴール元大統領の流れをくむ「ドゴール主義」の伝統が残る。ウクライナを巡る米国の関与低下が懸念される中、マクロン氏の発言は「欧州自主防衛」の強化に向けた流れの中で存在感の発揮を図っている可能性もある。

ドイツは、2022年に独軍の再建に1千億ユーロ(約16兆6千億円)を投じると表明した。このまま国防費が拡大すれば数年内に国内総生産(GDP)比3・5%に達する見通しだ。国内では11年に停止された徴兵制の再開に向けた議論も活発化しつつある。

米国では、民主党と共和党の大多数がウクライナ戦争の勝利とプーチン露政権への対抗の重要性を掲げる一方、中国こそが自国の最大脅威だとする見方が超党派で共有されている。
誰が次の米大統領になるにせよ、米国が対外戦略の軸足を中国に移し、欧州の比重を相対的に低下させるのは避けられそうにない。

英国の軍事専門家は「米国の欧州戦略の行方に左右されることなく欧州が対露防衛態勢を確立するには、英仏独が結束を強めることが肝要だ」と強調した。【5月8日 産経】
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【効果を発揮するアメリカのロシアへの二次制裁】
また、経済の面でも、アメリカが昨年末に発動した対ロシア制裁が相当に効果を発揮しそうな流れで、これまでロシアにとって最大の実質的支援国であった中国の金融機関の腰が引け始めています。

****【牙を剥くロシアへの二次制裁】「プーチンの戦争」支えた対中貿易に異変、禁輸分野からふさがれる“抜け穴”****
ウクライナ侵攻を続けるロシアを経済面から支えてきた中国との貿易関係に異変が起きている。米国のバイデン政権が昨年末、対ロシア貿易にかかわる中国の銀行に対する制裁圧力を高めたことをうけ、彼らがロシアとの取引から次々と手を引き始めているためだ。同様の動きは、経済面ではロシア寄りだった中国以外の第三国にも広がっている。

バイデン政権は金融分野以外でも、5月にはロシアによる化学兵器使用を認定するなど、対露制裁圧力を高めている。米議会でようやく巨額の対ウクライナ支援が可決され、停滞していた軍事支援の再開にめどが立つなか、11月の米大統領選に向けて、戦況でも確実に成果を出そうとしている米政権の狙いもうかがえる。

「中国との取引が止まった」
「昨年12月、浙江省の銀行が、制裁対象である〝一部の物資〟の支払いを止めたと通告してきた。しかし数週間後には、通貨や商品の種類にかかわらず、ロシアの(企業による)すべての取引を止めたと通告してきたんだ」

中国から機械製品を買い付けていたというロシア中部イジェフスクの同国企業関係者は、中国からの商品購入が突然困難になった状況を、ロシアメディアに打ち明けた。商品の支払いなどの取引を仲介していたのは、中国・浙江省の銀行だ。

このロシア企業関係者によれば、ロシアとの取引を止めたのは、同銀だけではないという。「中国のほかの大手銀行も、私たちの会社の外貨建て口座を凍結した」。浙江省は、中国企業の対ロシア輸出の拠点とみなされていた地域で、打撃の深刻さがうかがえた。

2022年2月に始まったウクライナ侵攻以降、欧米や日本などはロシアの戦争継続能力を削ぐために、経済、金融分野で大規模な対ロシア制裁を科した。

しかし、それらは当初狙った成果を上げることなく、ロシア経済は地盤沈下を避け、さらに成長軌道にすら乗りつつある。中国やインド、トルコ、アラブ首長国連邦(UAE)などが、ロシアの主力輸出品である原油を大量に買い付けたためだ。

特に中国は、原油の大量購入のみならず、ロシアに対し半導体や電子回路、工作機械など、軍事転用が可能な民生用製品の輸出を継続したとされる。結果、ロシアは防衛産業の立て直しに成功し、ロシア軍の戦争継続能力は維持された。中国とロシアの貿易額は、ウクライナ侵攻がはじまった22年に、輸出入ともに実に、前年比で二桁増の伸びとなっていた。

制裁を強化
そのような状況に変化が起きたのは昨年12月のことだ。米バイデン政権は新たに、ロシアによる制裁回避に関与した第三国の銀行に対して、二次制裁を科す方針を表明。ロシアの軍事産業を支える個人や企業との取引を行ったなどと判断される金融機関を対象とした。

米国内などで事業を営む第三国の金融機関には命取りとなる制裁で、これが対ロシアビジネスを事実上支えてきた中国の銀行の動きを封じ込めた。ロシア企業は、中国からの製品購入で支払いを行うことができなくなった。

ロシア側の報道によれば、米国の制裁導入後、中国の銀行は相次ぎロシアビジネスの見直しを開始した。取引に関与している人物や企業がロシアと関係を持っているかどうかが詳細に調べられるようになり、ロシアの市民権を持つ人物が社長を務める中国企業なども、銀行口座を開設できないなどの事態が発生した。2月ごろからは、中国の銀行から「この取引は当行の内部規定に反している」などと理由で、ロシア側からの支払いが返金されるケースが相次いだという。

米政府は手を緩めていない。(中略)

一連の事態は中国以外の国の金融機関にも当然、影響を及ぼしている。米シンクタンクによれば、バイデン政権の制裁導入を受け、トルコの銀行は24年初頭から、ロシアとの金融分野でのつながりをほぼ完全に解消したという。UAEの銀行も、ロシアからの撤退を開始した。

多くのロシア企業のビジネス拠点として知られるキプロスも、米連邦捜査局(FBI)と金融分野の調査で協力を開始したという。インドも、ロシアからの原油輸入の減少が指摘されている。

ロシア経済への影響は
(中略)今回の制裁強化により変化が生まれる可能性がある。特に輸入の停滞は、ロシア国内のインフレ懸念を高める。(中略)

ロシア経済は完成品を輸入に頼る構造となっており、輸入の停滞は物価上昇を引き起こしやすく、政権の中心的な支持層である年金受給者らをはじめロシア国民の生活に打撃を与える。

インフレが引き起こす市民生活への打撃は、ソ連崩壊後のハイパーインフレの記憶を持つ人々に強い心理的影響があり、過去にも繰り返し政権への脅威となっていた。プーチン政権が最も注意せねばならない経済指標とされる。(後略)【5月8日 WEDGE】
*********************

中国の1〜4月の累計での輸出動向については“ウクライナ侵略後も密接な経済関係を保つロシアとの貿易総額は4・7%増だったが、輸出は1・9%減とマイナスだった。米国が昨年末に発動した対露追加制裁が影響した可能性がある。”【5月9日 産経】

バイデン大統領としても、11月の大統領選挙に向けてウクライナ情勢の悪化、あるいは大規模支援でも情勢が改善しない事態は大きな打撃となりますので、対ロシア制裁強化でロシアに有効に打撃を与えている成果をアピールしたい思惑があります。

【現状は優勢でも見えない終わり 今後への不安 「国家元首には恐るべき決断が必要だ」(キリル総主教)】
****ウクライナ、防御戦立て直し 侵略長期化と対露制裁でプーチン体制の不安要因にも****
ロシアのプーチン大統領が7日、就任式を経て新たな6年間の任期に入る。プーチン氏にとって最大の課題であるウクライナ侵略では露軍が優勢にあるものの、ウクライナも態勢の立て直しを進めており、終わりが見えない。

欧米主導の対露経済制裁は今後も露経済をむしばんでいくとする観測も強く、プーチン氏の政治基盤が今後6年間、盤石であり続ける保証はない。

露軍は最激戦地の東部ドネツク州を中心に攻勢を継続している。(中略)露軍の戦力も損耗しており、攻勢をどこまで維持できるかは見通せない。

プーチン氏は露経済が堅調であり、対露制裁を「打破した」と繰り返してきた。ただ、露専門家やメディアは、経済を押し上げている主な要因は軍需生産の拡大であり、景気の継続性や将来性には疑念が残ると指摘している。

ロシアは国家歳入の3〜4割を占める石油・天然ガス輸出で、制裁前の主要販売先だった欧州での減少分を中国やインドなどでの増加分で補えなえておらず、財政赤字が増加。機械や電子機器、部品などの供給で依存してきた欧米の供給網から切り離されたロシアの生産力の低下が本格化するのは、これからだとする分析もある。【5月7日 産経】
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そうしたなかで、ロシアでは・・・・

****ロシア正教トップがプーチン大統領に「恐るべき決断必要」****
ロシア正教会のトップが通算5期目の任期を始めたプーチン大統領に対し、「国家元首には恐るべき決断が必要だ」などと述べました。

キリル総主教 「紛争が絶えないため、国家元首は時に運命的で恐るべき決断を下さなければならない」

ロシア正教会のキリル総主教は7日、プーチン大統領の通算5期目の就任式後にクレムリン内の教会でプーチン氏への特別礼拝を行いました。

その後の演説で、「国家元首が恐るべき決断を下さなければ国民、国家が危険に陥る可能性がある」などと述べました。

さらにプーチン大統領を中世ロシアの英雄でドイツ騎士団を打ち破ったアレクサンドル・ネフスキーに重ね、「ネフスキーは敵を容赦しなかったことで聖人となった」などと述べました。 ウクライナへの侵攻を正当化するとともに、さらなる攻撃の激化などを後押しする発言とみられます。

プーチン大統領は伏し目がちにキリル総主教の演説を聞いていました。

また、キリル総主教は演説の最後に「神よ、プーチン大統領がいつまでも権力の座にとどまりますように」と、プーチン氏の終身大統領を望むような発言をしましたが、ロシア正教会の公式映像からは削除されています。【5月8日 テレ朝news】
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ロシア正教会のキリル総主教は熱烈なプーチン支持者であり、ロシア正教会とプーチン政権は一体となって、これまもロシアの独自性を強調・強化してきています。

ですからキリル総主教がプーチン大統領を褒め称えるのは何ら不思議はありませんが、「国家元首は時に運命的で恐るべき決断を下さなければならない」とは何を意味しているのでしょう。

おりしも、ロシアは戦術核兵器の演習計画を公表しています。

“ロシア国防省は6日、ウクライナ侵攻の拠点となる南部軍管区で、プーチン大統領の指示を受けて「非戦略核兵器」の使用を想定した演習の準備を始めたと発表した。戦術核兵器を意味するとみられる。核使用も辞さないとの姿勢を示してウクライナ支援を続ける欧米を威圧する狙いだ。”【5月6日 毎日】

****ロシア戦術核兵器の演習計画、プーチン氏「異例ではない」****
タス通信によると、ロシアのプーチン大統領は9日、同国が戦術核兵器配備の演習を計画していることについて「異例なことではない」との認識を示した。

ロシア政府は6日、フランス、英国、米国からの脅威を受けて、軍事演習の一環で戦術核兵器配備の演習を実施すると表明した。

プーチン氏は「何も異例なことではない。計画されたものだ」とし「これは訓練だ」と述べた。
同氏は隣国ベラルーシに対し、6日発表した核演習の一部に参加するよう提案したとし「定期的に行っている。今回は3段階に分けて行う。2回目にベラルーシの盟友が共同行動に参加する」と述べた。

プーチン氏と同席したベラルーシのルカシェンコ大統領は、こうした演習は3回目だとし「ロシアでは恐らく数十回あっただろう。われわれもそれに合わせる。私がロシア国防相から聞いた話では、一般幕僚がすでに指示の実行を開始している」と述べた。

プーチン氏は昨年、一部の戦術核兵器をベラルーシに移転したと表明した。【5月9日 ロイター】
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また、プーチン大統領は「わが戦略部隊(核戦力部隊)は常に臨戦態勢にある」とも。

****プーチン大統領「核戦力は臨戦態勢」 対独戦勝式典で欧米威圧 軍事パレードの規模縮小続く****
ロシアは第二次世界大戦の対ドイツ戦勝記念日である9日、首都モスクワの「赤の広場」や各地で恒例の軍事パレードを行った。

プーチン大統領はモスクワの式典で「何者にもロシアを脅かすことは許さない。わが戦略部隊(核戦力部隊)は常に臨戦態勢にある」と演説。ウクライナ侵略で対立する欧米諸国を威圧した。一方、パレードの規模は縮小傾向が続き、露軍の損耗を示唆した。

プーチン氏は演説で「欧米のエリート」が世界の対立や紛争を激化させていると主張し、ウクライナ侵略を「ネオナチとの戦い」と改めて正当化した。侵略を対独戦と重ねて国民の愛国心を鼓舞し、支持拡大を図った。「(第二次大戦で)日本の侵略に立ち向かった中国国民の勇気に敬意を表す」とも述べ、近く訪問する中国との連帯を強調した。

赤の広場でのパレードには9千人超の軍人と約70超の兵器が参加。戦闘車両や核搭載可能な短距離弾道ミサイル「イスカンデルM」、大陸間弾道ミサイル「ヤルス」などが登場した。

ただ、参加した兵器の数は昨年より減少した。昨年は軍人約8千人と100超の兵器が参加。侵略開始直後の2022年は軍人約1万1千人と約130の兵器が、21年は軍人約1万2千人と約190の兵器が参加した。

パレードには、旧ソ連圏からベラルーシのルカシェンコ大統領や中央アジア5カ国の首脳が出席した。一方、ロシアとの確執を深めているアルメニアのパシニャン首相は欠席。アゼルバイジャンのアリエフ大統領も国内行事を優先して欠席し、旧ソ連圏でのロシアの影響力低下を示唆した。【5月9日 産経】
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西側のウクライナ支援強化、アメリカの制裁強化・・・というなかではロシアとしても長期戦を戦うのは決して楽観できる状況ではありません。

ここにきての戦術核兵器の演習計画、核兵器への言及はそうした西側に対し「いよいよの場合は戦術核兵器使用も辞さない」との牽制でしょうか。それが「国家元首は時に運命的で恐るべき決断を下さなければならない」ということでしょうか。

【核拡散の流れ】
ロシア以外でも、イラン最高指導者ハメネイ師の顧問であるカマル・ハラジ氏は、自国の存立がイスラエルによって脅かされれば核ドクトリンを変更すると述べています。【5月9日 ロイターより】

あるいは、ドイツでは“もしトラ”で核武装論が。“11月の米大統領選を前に、ドイツで独自の核武装論が浮上した。ウクライナ戦争でロシアが勢いづく中、米国で同盟軽視のトランプ政権復活の可能性が浮上し、「米国の『核の傘』に頼れなくなる」という不安が現実味を帯びたためだ。”【5月1日 産経】

韓国では、“北朝鮮の核・ミサイルの脅威を受け、韓国で核武装を求める議論が高まっている。米韓同盟を重視する尹錫悦ユンソンニョル大統領は慎重だが、与党議員らは「米国の『核の傘』に頼らない国防力が必要」などと主張する”“シンクタンク「峨山政策研究院」が昨年5月に発表した世論調査では核武装に賛成する韓国人が70%に上った”【1月4日 東京】

核軍縮は一向に進まず、現実世界では核拡散、ひいては核使用の危険性増大の流れにあります。
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AIの軍事利用 ウクライナのドローン イスラエルのガザ攻撃では民間人犠牲拡大の一因とも

2024-05-08 23:37:02 | 軍事・兵器

(【4月25日 NHK】)

【ウクライナ ドローンにAI利用】
先ほど夕食をとりながらTVをチラ見していたら、NHKのクローズアップ現代でAIの軍事利用を取り上げていました。

****“AI兵器”が戦場に 第3の軍事革命・その先に何が****
AIの軍事利用が急速に進み、これまでの概念を覆す兵器が次々登場している。

実戦への導入も始まり、ロシアを相手に劣勢のウクライナは戦局打開のために国を挙げてAI兵器の開発を進める。イスラエルのガザ地区への攻撃でもAIシステムが利用され、民間人の犠牲者増加につながっている可能性も。

人間が関与せず攻撃まで遂行する“究極のAI兵器”の誕生も現実味を帯びている。戦場でいま何が?開発に歯止めはかけられるのか?【5月8日 NHK クローズアップ現代】
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“第3の軍事革命”・・・第1が火薬、第2が核兵器、そして第3がAI

ウクライナのAI利用として取り上げていたのがドローンへのAI利用です。
ロシアに対し物量で劣るウクライナがその劣勢を幾分補うべく活用していたのがドローンですが、そのドローンもロシア側も大量に使用するようになっただけでなく、妨害電波で操縦不能になるという弱点も表面化しています。

そこでドローンにAIを組み込み、妨害電波にあっても自力で攻撃目標に到達・攻撃できるようにしているとのこと。

ウクライナが戦場で使用しているAIドローンとはややレベルが異なりますが、アメリカなどが開発しているAI自律飛行機は有人戦闘機と模擬空中戦を行えるほどに進歩しているようです。

****AI試験機とF16戦闘機が初の模擬戦 米空軍「飛躍的進歩」****
米空軍と国防高等研究計画局(DARPA)は、人工知能(AI)による自律飛行試験機が2023年9月にF16戦闘機との空中近接戦闘(ドッグファイト)の模擬戦を初めて実施したと発表した。

事故を起こさずに無事に模擬戦は終了。勝敗は明らかにされていないが、米軍は「良いパフォーマンスを見せ、航空宇宙分野の飛躍的進歩となった」と評価した。

米メディアによると、試験機はF16をベースに改良されたもので、性能を確かめたり、緊急時に操縦を代わったりするために2人が搭乗していた。有人のF16との1対1の模擬戦は2週間にわたって実施。試験機は最高時速1920キロで、垂直方向への飛行も行い、搭乗員に操縦を交代する場面もなかった。

米空軍は、F22ステルス戦闘機の後継機開発を含む「次世代航空優勢(NGAD)」計画を進めている。主力の有人戦闘機は、センサーやミサイル発射の機能を担う多数の無人戦闘機とネットワーク化して運用する構想を描いている。AI自律飛行機の試験成果も、無人機開発に生かされる見通しだ。【4月23日 毎日】
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ドローンにAIを組み込んだものではなく、もともとの有人戦闘機をAIで自律飛行させるもののようです。それなら機体の飛行性能も有人戦闘機と変わりませんので、あとは人間とAIのどっちが操縦の腕が優れているかという話になります。

AIはベテラン操縦士の技量を数か月でマスターしたとか。状況分析・反応の早さ・能力については人間はAIに到底及ばないでしょう。

【「AIが2年で人間を超える」(イーロン・マスク氏)】
話が軍事利用からそれますが、以前から議論されているAIは人間の能力を超えるのか、それはいつなのかという議論について・・・・

****「AIが2年で人間を超える」 イーロン・マスク氏が予測****
米企業家のイーロン・マスク氏は8日、人工知能(AI)が2年以内には人間よりも賢くなるとの予測を述べた。X(旧ツイッター)の音声サービス「スペース」で行われたインタビューで答えた。

マスク氏は、最も賢い人間よりも賢いAIの登場は「恐らく来年か、2年以内だろう」と述べた。マスク氏はAIの危険性と規制の必要性を唱える一方で、自身も生成AIを開発する企業「x(エックス)AI」を立ち上げている。

AIを巡っては、開発に適している米エヌビディア製の半導体の争奪戦が企業間で生じている。【4月9日 共同】
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訪中したマスク氏は“マスク氏はSNSでことし、AI開発に100億ドル、日本円でおよそ1兆5800億円を費やす方針であると明らかにしました。 自動運転技術などを念頭に置いているとみられ、マスク氏は「このレベルで支出できない企業は競争できない」と強調しています。”【4月29日 TBS NEWS DIG】

AIの“賢さ”の意味合いはよくわかりませんが、巨大企業が開発するAIが人間の能力を超え、やがて社会全般をコントロールする日も近いのかも・・・ターミネーターの世界の幕開けです。

【イスラエル ガザ攻撃での民間人犠牲者拡大の背景にAI利用の人物標的攻撃があるとの調査報告】
イスラエルのガザ攻撃では、ガザ保健当局発表で3万人を超える民間人犠牲者が出ているとのこと(2月29日時点)ですが、これほどの多大な民間人犠牲者が出ている一因にイスラエル軍によるAI利用があるとも指摘されています。

イスラエル軍はハマス戦闘員の特定、追尾・探索にAIを利用しているが、当該人物への攻撃は人間の判断でやっているとしています。

しかし、どういう情報をもとに戦闘員と特定するのか、人間の判断で攻撃というのは形式的なもので、実際にはAIの指示どおりに動いているだけではないのかという疑問、攻撃の際の民間人被害をどのように考慮しているのかという疑問などもあります。

AIが“標的”を探索特定してから人間がその者への攻撃を判断する時間的余裕は20秒とのことで、ゴム印を書類に次々に押すようにAI指示どおりの攻撃をしているのが実態であるとも。

****ガザの3万7千人を標的化:AIマシーン「ラベンダー」の存在明らかに イスラエル独立メディアが調査報道****
イスラエルの独立系ネットメディア「+972マガジン」とローカル・コールは共同取材チームでイスラエル軍がガザ攻撃で使用している人工頭脳(AI)マシン「ラベンダー(Lavender)」についての長文の調査報道を公開した。(中略)

取材はイスラエル軍情報部門に属し、今回のガザ攻撃に参加し、ハマスやイスラム聖戦の工作員・戦闘員の暗殺作戦のために標的を生成するAIマシンの使用に直接関与していた6人の将兵にインタビューをし、情報源としているという。

■AIの指示を『あたかもそれが人間の決定のように』
情報関係者への取材に基づいて、記事では「ラベンダーは、特にガザ戦争初期段階において、前例のないパレスチナ爆撃で中心的な役割を果たしてきた。実際、情報源によると、軍事作戦に対するAIマシンの影響は、彼らは本質的にAI マシンの指示を『あたかもそれが人間の決定であるかのように 』処理した」と書いている。

ラベンダー・AIマシンは、ハマスとイスラム聖戦の軍事部門に所属している疑いのある、すべての工作員を潜在的な「人物標的」としてマークするように設計されている。調査報道に証言した4人の軍情報部兵士によると、「下位の工作員まで含む37000人を工作員リストとして標的にした」という。

私(川上)がガザの取材を通して知る限りでは、37000人を工作員リスト というのは、想像できない数字である。ハマスの戦闘員の名簿は公開されているわけではなく、戦闘員は自分が戦闘員であることを家族や隣人にも言っていないのが普通である。つまり、ラベンダー・マシーンがマークする「暗殺リスト」は、上級の幹部など既に知られたメンバー以外は、様々な情報を重ね合わせて推定されたものでしかない。

■ラベンダーを動かす軍情報部エリート部隊「8200」
この記事は、ラベンダーがどのように工作員の標的を生成するかについても書いている。ラベンダーを動かしている軍情報部のエリート情報部隊「8200」の司令官が、匿名で書いたAI関連の著作が紹介され、その中でラベンダーと同様の「標的生成」マシンを構築するための短いガイドが出ているという。

このガイドには、個々の人物の危険評価を行う「数百、数千の特徴」から、既に知られている戦闘員の通信ソフト「Whatsapp」のグループに入っているとか、数か月ごとに携帯電話を変更するとか、頻繁に住所を変更するなど、 いくつかの特徴を示している。

「視覚情報、携帯電話情報、ソーシャルメディア接続、戦場の情報、電話連絡先、写真」など特徴となる条件を人間が選び、AIマシンが与えられた膨大な住民データを特徴をもとに独自に分類する。

■AIで「ガザの住民を1 から 100 までの危険評価」
+972マガジン に証言した兵士は次のように語っている。
「ラベンダー・システムはガザのほぼすべての人物に 1 から 100 までの危険評価を与え、彼らが戦闘員である可能性がどれほど高いかを示している。ラベンダーは、訓練データとして機械に情報が供給された既知のハマスとイスラム聖戦の工作員の特徴を学習する。そして、これらの同じ特徴を一般の集団の中で見つけ、いくつかの特徴を持っていると判明された個人は高い危険評価に達し、自動的に殺害の潜在的な標的になる」

■イスラエル軍の230 万ガザ住民の大量監視システムが基に
このようなAI標的評価システムが機能するためには、対象となるガザ住民の包括的なデータが必要となるが、それはイスラエル軍が「230 万人のガザ住民のほとんどの情報を収集する大量監視システム」で集められた個人データが、ラベンダーシステムに入力されることになる。

つまり、既に確認されているハマスの工作員・戦闘員についての特徴が徹底的に分析され、その人物とSNSなどで連絡をとっている人々や、その人物と似た情報の特徴を持つ人々が、危険人物評価にかけられるということだ。

一見合理的に思えるかもしれないが、ハマスの工作員・戦闘員という認定は、推測でしかない。推定をいくら重ねても、ハマスの工作員・戦闘員を完全に割り出すことはできない。(後略)【4月9日 川上泰徳氏 YAHOO!ニュース】
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230 万ガザ住民の大量監視システムをもとに様々な個人情報による推測・推定・・・当然“誤り”も生じます。
誤りの割合は10%とも。

****「10%の誤り」知りながらAI活用か ガザ、民間人被害が拡大 イスラエルのネット雑誌報じる****
イスラエルがパレスチナ自治区ガザで行ったイスラム原理主義組織ハマスへの攻撃で、「10%」の誤った標的を選定する恐れがある人工知能(AI)を活用したとの観測が出ている。ガザでは民間人の犠牲が急増し、米欧がイスラエルに標的を絞って精密攻撃を行うよう求めた経緯がある。(中略)

AIはハマスの奇襲を受けた昨年10月7日からの数週間で、住民3万7千人とその自宅を攻撃対象候補に選定した。うち数百件を無作為抽出して人間の手で確認したところ、90%はハマスと関係があったことが判明し、軍はAIに依存するようになったとしている。

証言によると、AIは対象人物が帰宅した時点で通知する仕組みで、同居する妻子らに多数の犠牲者が出た。国連は2月、ガザの死者の70%は女性と子供だと推計している。AIが帰宅を確認した標的が数時間後の爆撃時、別の場所に移っていたこともあった。

AIがハマス戦闘員と同じ氏名の人や、戦闘員が以前使った携帯を持っていた人を誤って攻撃対象候補に挙げた事例もあった。ある情報機関員は「(AIの対象選定は)現実と結びついていない」と証言した。

軍はハマス幹部1人を殺害するのに百人以上の民間人が犠牲になる攻撃も許可した。「幹部は病的な興奮状態」で「もっと標的(の情報)をよこせ」と要求したとの証言もあった。

軍は同誌に対し、AIは標的選定の「補助用具」に過ぎず、依存していないと主張した。(後略)【5月7日 産経】
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【確認作業なしにAIが特定した者を「ゴム印押す」ように人間が実行、家族の家を爆撃する方がはるかに簡単、重要でない人物に対して高価な爆弾を無駄にしたくないから“愚かな”爆弾使用】
“誤り”を犯すのはAIでも人間でも同じです。 NHKクロ現では、イスラエルのAI開発関係者は、AIを使わなければもっと犠牲者は増加したはず・・・とも主張していました。

問題はAIシステムの運用の仕方にあったように思えます。

なぜAIの曖昧な推定をもとに、民間人犠牲が生じる攻撃がなされるようになったのか・・・以前は「上位の軍事工作員」だけが人物標的にされており、そのような危険人物については、攻撃時に家族など民間人犠牲が生じても止むを得ないという判断がありました。逆に言えば、軍事的に重要ではない「下位の工作員」を殺害するのに空爆することはできないという判断にもなります。

しかし、昨年10月7日以降、イスラエル軍は「ハマスでの階級や軍事的重要性に関係なく、軍事部門のすべての工作員を人物目標として指定することを決定した」とのこと。

標的の範囲がいきなり広がったために、以前は、一人の人物標的(「上位の軍事工作員」)の殺害を許可するために、軍情報部が行っていた確認のための作業ができなくなりました。

****AI使用した攻撃で、人間は「ゴム印押すだけの役割」****
取材源によると、以前の戦争では、一人の人物標的の殺害を許可するために、担当将校はその人物が確かにハマスの軍事部門の上位メンバーであったという証拠を照合し、彼がどこに住んでいたか、彼の連絡先情報を見つけ、最後には彼が家にいることをリアルタイムで確認する作業を行っていた。

しかし、今回のガザ攻撃の初期段階で、軍がラベンダー・システムが作成する殺害リストを採用することを承認したことで、「人間の職員はAIシステムの決定に対してゴム印を推すだけの役割を果たすことが多かった。通常、彼らは爆撃を許可する前にラベンダーのマークが付けられた標的が男性であることだけを確認して、一つの標的の確認に約 20 秒だけ使った」と情報関係者は証言した。

■標的を追跡し、帰宅を知らせる「父さんはどこ?」システム
さらに、イスラエル軍は標的となった人物が夜、家族全員と一緒にいるに時に攻撃するのが通例だったという。情報筋によると、「(軍事拠点を爆撃するよりも)家族の家を爆撃する方がはるかに簡単だからだ 」という。

さらに、標的が家に戻ったことを追跡する「父さんはどこ?(Where’s Daddy? ) 」と呼ばれるAI自動化システムが使用されたことも、今回の調査報道で初めて明らかになったという。

「父さんはどこ?」システムでは、ラベンダーによって標的とされた人物を継続的に監視下に置き、彼らが家に足を踏み入れたらアラートを出して知らせる。それによって、空爆が指令され、家を破壊する。

このシステムは、ラベンダーと組み合わせで、標的と一緒に家にいた家族全員が殺害する致命的な効果を上げたと、情報関係者は+972マガジンに語った。

■工作員一人の殺害に「10人の妻と子供」の巻き添え
このことについて、標的作戦室の士官は取材に対して、「例えば、ハマスの工作員一人に加えて、家の中の民間人10人を計算すれば、通常、それら 10人は女性と子供になる。ばかげているが、殺した人々のほとんどは女性と子供ということになる」と語った。

「父さんはどこ?」システムが夜、標的の人物が自宅に入ったとアラートが出ても、実際に空爆するのは未明になるなど、時間差があり、標的攻撃の直前に標的が実際にその場所にいるかどうかのリアルタイムの確認はないため、標的の人物は一時的に家に戻っただけで、その後、家を出て、空爆して死んだのは妻と子供だったり、または夜中に家族全員が別の家に移ったために、空爆して死んだのは、何も知らない周辺住民家族だけだったという例も実際にあったとしている。

■下位の戦闘員の標的は無誘導の“愚かな” 爆弾使用
さらに悪いことに、ラベンダーがマークした下位の戦闘員とされる人物を標的にする時には、軍は無誘導ミサイルを使用することを求めたという。

一般に無誘導ミサイル は衛星で誘導されピンポイントで標的を攻撃できる“賢い” 精密爆弾とは対照的に “愚かな” 爆弾として知られている。そのために、居住者が住む建物全体が破壊され、多くの死傷者が発生する可能性があった。

+972マガジンの取材に応じた情報将校は「重要でない人物に対して高価な爆弾を無駄にしたくない。それは国家にとって非常に高価であり、精密爆弾は不足している」 と述べた。

別の情報関係者は、自らラベンダーがマークした若手工作員とされる数百の個人の家を爆撃することを許可したと述べた。それらの攻撃の多くは民間人と家族全員を殺害し、「巻き添え被害」となった。【前出 YAHOO!ニュース】
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確認作業なしにAIが特定した者を「ゴム印押す」ように人間が実行、家族の家を爆撃する方がはるかに簡単、重要でない人物に対して高価な爆弾を無駄にしたくないから“愚かな” 爆弾使用・・・なんともやりきれない戦争の実態です。民間人犠牲が膨らむのも当然でしょう。

****「10%誤り」認識なら人道法違反の可能性 防衛大学校・黒崎将広教授(国際法)****
報道が事実であれば、10%は間違える可能性があることを知りながらAIを使用したことになり、ジュネーブ諸条約や追加議定書などで構成される国際人道法に違反した可能性がある。

標的の評価を間違えて攻撃した場合、民間施設や民間人と区別して軍事目標を攻撃するよう定めた「区別原則」違反に問われる。

結果的に正しい標的を攻撃した場合でも、10%誤る可能性を防ぐ措置を取っていなければ、民間施設や民間人への誤った攻撃を防ぐ義務があると定めた「予防原則」違反となり得る。

イスラエルは追加議定書には不参加だが、この2つの原則は慣習法として順守する立場をとっている。

ハマスの司令官を攻撃する際、多数の民間人が巻き添えになってもよいとの命令をイスラエル軍が下していたとしても、ただちに違反にはならないが、標的を10%間違える可能性があると知っていて攻撃したのなら無視できない。

特に、敵対行為に直接参加していない民間人などの非軍事目標を直接攻撃する可能性を知っていたのであれば、故意の区別原則違反となり戦争犯罪に該当し、国際刑事裁判所(ICC)の訴追対象になると思う。

AIの軍事利用については規制の議論が進んでいる。人間の指揮命令系統の下で運用し、責任の所在を明確にすることが目的だ。米国が主導して作成された政治宣言には日本など50を超える国・地域が支持表明している。

昨年11月には米ニューヨークでこの宣言に関する初会合が開かれており、イスラエルとハマスの戦闘がAI規制の機運を醸成したことは間違いない。(談)【5月7日 産経】
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AIの軍事利用でも、もっとも議論になるのはAIが独自の判断で人間を殺す・・・自律型兵器システム(AIを使って人間の関与なしに敵を攻撃する兵器システム)ですが、アメリカ、ロシア、中国といった軍事大国の思惑もあって規制の議論が進みません。 そのあたりの話は長くなるので、また別機会に。
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イギリス  不法入国者のルワンダ強制移送 法案成立で7月までに始動予定

2024-05-07 23:08:40 | 難民・移民

(2021年11月24日、英国ダンジネスの海岸に上陸する移民たち【4月27日 JBpress】)

【紆余曲折を経て、不法入国者「ルワンダ強制移送法案」成立】
イギリスにたどり着いた一部の難民申請者を第三国である東アフリカのルワンダへと移送するための法案が4月23日未明、英議会を通過しました。

ルワンダ移送後に難民として認められた場合、彼らはイギリスではなくルワンダに再定住することになります。

計画はジョンソン元首相時代に始まりましたが、移送先ルワンダでの人権保護や移民支援体制を不安視する声も強く、法案成立までには紆余曲折がありました。

スナク政権が計画の実現にこだわる理由の一つは、年内にも実施される見通しの総選挙で、不法移民に反感を抱く保守派支持層にアピールしたいとの狙いがあります。保守党は最大野党の労働党に支持率で大きくリードされ、前哨戦とされる補選や地方選挙でも保守党は大敗し、次回総選挙で敗北・下野が現実味を帯びています。

****映画「ホテル・ルワンダ」の舞台に不法移民を送り込む…英国の計画に物議  安住できるか?大虐殺乗り越え「奇跡」の復興遂げた国の実情とは****
1994年の大虐殺を題材とした映画「ホテル・ルワンダ」で知られるルワンダ。アフリカ中部にある人口約1400万人の小さな国が今、世界の注目を集めている。庇護を求めて英国にたどり着いた不法移民を、6500キロも離れたルワンダに移送するという英政府の計画が物議を醸しているからだ。

大虐殺を乗り越え、ルワンダは「アフリカの奇跡」とも呼ばれる復興を遂げた。政府関係者は「悲劇を経験したからこそ、希望を与える国になりたい」と受け入れ準備を進めるが、人権保護や移民支援体制を不安視する声もある。ルワンダは移民にとって「安住の地」となり得るのか。現地を訪れて、実情を探った。

▽「ボートを止める」
英国はこれまで、アフリカや中東などから多くの移民や難民を受け入れてきた歴史がある。

しかし近年、英仏海峡を小型ボートで渡って入国する不法移民が急増。2022年は前年の約1・6倍の約4万5千人を記録し、亡命申請者の数も8万9千人以上に達した。審査を待つ人々を収容する費用も膨らみ、負担を強いられる国民の間で反発が高まってきている。

そこで英政府が打ち出したのが、ルワンダへの移送計画だ。2022年4月、当時のジョンソン首相(保守党)はルワンダ政府との協定を発表した。

合意によると、移民らはルワンダに移送されて亡命申請の審査手続きをし、申請が認められれば原則、ルワンダ国内で定住することになる。ルワンダ政府が申請審査や社会統合への支援を担い、英政府がその費用などを負担する仕組みだ。

保守党政権は「ボートを止める」とのスローガンを掲げ、不法移民に厳格な姿勢で臨む。ジョンソン氏は「ルワンダは世界で最も安全な国の一つだ。難民受け入れの実績もある」と訴えたが、移民を「国外追放」し、対応を丸投げするやり方に、難民支援団体などは「自国に送還される恐れがある」「非人道的だ」などと反発。

計画中止を求めて提訴したが、英高等法院と上級審の控訴院はいずれも移送を認め、第1陣が6月14日夜に出発する予定だった。

しかしその直前、欧州人権裁判所が、「難民認定を受けるための公平かつ効率的な手続きにアクセスできなくなる」とのUNHCRの懸念などを踏まえ、移送を差し止める仮処分を決定。これを受け、英政府は移送中止を余儀なくされた。

ジョンソン氏退任後も方針に変更はなく、スナク現首相も計画を推し進める。しかし、2023年11月、英最高裁は「移民が母国に送還される危険がある」とし、計画は違法との判断を下した。

国内の法律の壁にも直面したスナク氏は12月、ルワンダ政府との間で新たな条約を締結した。ルワンダが移民らの安全や支援を確保し、母国や安全ではない第三国に送還・移送しないよう保証することを柱とし、安全性への懸念を払拭する内容になっている。

さらに、ルワンダは「安全な国」だと定義し、移送を阻む裁判所の命令や拘束力を回避できるような仕組みを盛り込んだ法案も提出。早期に成立させて計画を実行できるように急ぐ。【3月8日 47NEWS】
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【受入国ルワンダの実情】
カネで移民対応を他国に丸投げしてしまうことへの“そもそも”の疑問もありますが、ルワンダの受け入れ態勢については以下のようにも。

****悲劇からの発展****
人権重視の欧州の価値観では「危険な国」との烙印を押されるルワンダの実情はどうなのか。そんな思いを胸に今年1月中旬、現地に赴いた。

ルワンダは面積が四国の約1・4倍。多数派のフツ人と少数派のツチ人が長年対立し、1994年にフツ人主体の政府軍や民兵がツチ人やフツ人穏健派ら約80万人を虐殺した惨劇の歴史がある。

1994年以降実権を握るカガメ大統領は民族和解を推進。外国投資の呼び込みにも取り組み、2022年の国内総生産(GDP)成長率は8・2%に達した。

首都キガリには経済成長の象徴でもある高層ビルが立ち並ぶ。国際会議場や高級ホテルもあり、インターネットが利用できるカフェでは若い人たちが集っていた。道路はゴミがなく清潔で、国民も穏やかだ。生活は決して裕福とはいえず、発展途上の国であることは否定できないものの、30年前の惨劇からは想像がつかないほど穏やかな時間が流れていた。

英国からの移民の受け入れ先となる施設「ホープ・ホステル」は、キガリの高台に建つ。「ゲストとして来て、友達として帰ってください」。敷地の入り口には歓迎の看板が掲げられていた。

ツインルームが50部屋あり、約100人を収容できる。吹き抜けの構造で日当たりがよく、イスラム教の礼拝室のほか、医務室やサッカー場なども備えている。

「快適に過ごせるよう、万全の準備を整えている」。手入れや掃除の行き届いた施設を案内しながら、運営責任者のバキナ・イスマイルさんが胸を張った。維持費は英政府が支出しているという。

ルワンダはこれまで、近隣のブルンジやコンゴ(旧ザイール)などから約13万人の難民を受け入れてきた。政府当局者らは、民族対立に伴う大虐殺の痛みが難民支援の根底にあると語る。

2019年にはUNHCRなどと協力して人道支援メカニズムを立ち上げ、ルワンダ南東部ガショラの難民キャンプで、密航業者らが暗躍するリビアから移送されてきた難民の欧州への再定住支援にも取り組んでいる。

UNHCRのグレース・アティムさんによると、キャンプには約700人が身を寄せ、1日3回の食事のほか、生活に必要な物資や現金などが支給される。難民認定の審査や再定住先の調整をUNHCRが担い、難民たちは審査や受け入れ先の決定を待つ間、語学や職業訓練などの支援も受けられる。

「やっと安全を感じられる」。祖国エチオピアから逃れてきたイェシアレムさん(26)が生後8カ月の娘ソリヤナちゃんを抱きながらほほえんだ。

エチオピアを出た後、スーダンで誘拐され、拘束先のリビアで倉庫に数カ月間も監禁されて「何度もレイプされた」という。夫とは離れ離れになり、定住希望先もどこにするかまだ何も決めていないが、「人生に希望を持てるようになった」とうれしそうに話した。

取材に訪れた日も、複数の難民たちがスーツケースや荷物を手にキャンプを旅立っていった。「カナダに向かうんだ」。1人の若い男性が晴れやかな表情で手を振り、ワゴン車に乗り込んだ。

また大学では、2023年4月から戦闘が続くスーダンから逃れてきた医学生たちを受け入れ、学業継続の支援をしている。南部フイエにあるルワンダ大の医学部で学ぶアルワ・アブドゥラヒムさん(18)は「安心して勉強が続けられて幸せだ」と支援に感謝した。【3月8日 47NEWS】
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ルワンダにおけるジェノサイドの実態については上記のような「フツによるツチ虐殺」という“一般的通説”以外に、カガメ氏率いるツチ人武装勢力の関与など異論もあって、話はそう単純ではなさそうです。

それはさてき、上記を読む限りは難民支援に理解がある“安全な国”との印象もありますが、一方で、ルワンダにおけるカガメ政権による野党弾圧なども問題視されています。

英紙オブザーバーは1月下旬、イギリス内務省が昨年、迫害の恐れがあるとしてルワンダの野党支持者ら4人を難民認定していたと報じました。オブザーバーは、この難民認定について「ルワンダは安全だという政府の主張に疑問を投げかけるものだ」と指摘しています。

****責任転嫁…英国に厳しい目****
ルワンダ政府には、大虐殺という負のイメージを払拭し、難民問題に貢献する国を目指したいという思いがある。

ただ、カガメ政権は野党弾圧などの強権的な側面も問題視される。移送計画を巡っても「自国に送還しない」との英政府との合意が守られない懸念がある。

難民問題を担当するルワンダ緊急事態省のハビンシュティ次官は取材に対し「強制送還は絶対にない」と断言した。「ルワンダ国民は自らが難民となり、他国に支援された経験がある。だからこそ支援を進め、アフリカの中で難民問題の解決に貢献できる国になりたい」とも強調した。

だが、計画により苦境に追い込まれた人もいる。受け入れ先の宿泊施設には元々、大虐殺で家族や住居を失った人々が生活していたが、英国との計画合意に伴い退去を強いられた。居住者らにはルワンダ政府からわずかな生活支援金が支払われただけだという。

UNHCRルワンダ事務所のリリー・カーライル報道官は、ルワンダ政府の努力を評価しつつも「包括的な支援策はあるが、資金や制度が不十分だ」と指摘する。難民たちの雇用の機会は乏しく、社会統合も容易ではない。先進国のような経済的な恩恵を受けられる状況ではないという。

移民移送計画ついては、亡命申請者を保護するという「国際的な連帯と責任分担の基本原則」に反し、責任を他国に転嫁する英国の方針に一番の問題があるとして、厳しい目を向けた。亡命申請の審査手続きにUNHCRが関与せず、ルワンダ政府が独自で実施することも問題視した。(後略)【3月8日 47NEWS】
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【隣国アイルランドは反発】
スナク首相は、法案がすでに“抑止力”として機能しているとアピールしています。

****ルワンダへの移民移送法案、既に「抑止力」として機能 英首相****
英国のリシ・スナク首相は27日に公開された英スカイニューズのインタビューで、亡命希望者が同国から隣国アイルランドに流れているのは、不法入国した移民をアフリカ中部ルワンダに強制移送することを定めた法案が既に抑止力として機能している証拠だと述べた。同法案は今週、英議会を通過した。

アイルランドのヘレン・ マッケンティー法相は今週、同国での難民認定申請者の約80%は、英国の北アイルランドから陸路で入国したとの推計を、議会の委員会で明らかにした。

この推計についてスナク氏は、同法案が抑止力として「既に効果を発揮している」ことを示すものだとの見解を示した上で、「わが国に不法入国しても、滞在できないと分かっていれば、(不法移民が)来る可能性は大きく低下する。だからこそルワンダ計画は非常に重要なのだ」と説明した。

また、「不法移民は世界的な課題であるからこそ、複数の国が第三国とのパートナーシップについて話している」とも述べた。 【4月28日 AFP】AFPBB News
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スナク首相は効果をアピールしていますが、かわりに亡命希望者が流入するアイルランドは反発しています。

****イギリスの不法入国者「ルワンダ強制移送計画」に非難轟々...「それぞれの理由」とは****
(中略)
隣国アイルランドも反発している。移送を危惧する人々がイギリスから流れ込む事態を懸念する同国は、北アイルランド経由の不法移民をイギリスに送還する法律を、5月末までに整備すると発表。
だがスナクは送還者受け入れに消極的で、混乱が続きそうだ。【5月7日 Newsweek】
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【亡命希望者らの宿泊費用1日15億円 世論の難民への反感も】
法案成立を後押ししている世論の難民への厳しい見方の背景には大きな経済的負担の問題もあります。
イギリス政府は、この負担を減らそうとしていますが、「隔離」との批判もあります。

****1日15億円…亡命希望者らの宿泊費用 イギリスで支援者らと警察が衝突****
不法入国した移民をアフリカのルワンダに移送する法律が成立したイギリスで、亡命申請中の移民などの移送を巡って支援者らが警察と衝突しました。

2日、ロンドン市内のホテルに滞在していた亡命希望者や不法移民が移民専用の宿泊施設に移送される予定でしたが、支援者らが妨害工作を行いました。支援者らは警察と衝突し、45人が拘束されました。

亡命申請中の移民
「(移民専用宿泊施設に移送を通知する)手紙を先週、受け取った」「3日間眠られなかった。正しくなく、むなしい日々を送っている」

亡命申請中の移民らはホテルなどでの滞在が認められていますが、宿泊費用として一日あたり800万ポンド=およそ15億円をイギリス政府が負担しています。

政府は「納税者の負担が大きく、ホテルの空室不足が観光にも影響を与えている」とし、地方の港に移民専用の宿泊施設を設け、移送を進めています。

移民らは施設から外出が可能ですが、人権団体などが「水上刑務所のようだ」と非難しています。

イギリスでは先月、2022年1月以降に不法入国した移民に対して亡命申請を認めず、ルワンダに強制移送する法律が成立しました。

地元メディアは内務省関係者の話として「今回移送される人は、ルワンダに移送される対象者ではない」と報じています。【5月3日 テレ朝news】
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イギリスがEUを離脱した最大の理由は、難民の流入を防止できるということでした。それだけ難民流入増加に対する世論の反発が大きいということでしょう。

イギリスだけでなく、そうした国民を顧みない既成政治・一部政治エリートによって自国がよそ者のために犠牲になっているという感情、難民に使うカネがあるなら自分たちの生活を何とかして欲しいという声が、欧州の極右勢力拡大や、アメリカの根強いトランプ支持の背景にあります。

ただ、「自分たちの生活が苦しいのは“あいつら”のせいだ」「“あいつら”のせいで犯罪が増える」という“わかりやすい”主張は、本当にそうなのか・・・冷静に考えてみる必要があります。

同じく移民の急増に悩むイタリアやデンマークも、イギリスのような政策を採用することを検討しているとのことです。

****英、亡命希望者をルワンダに初移送****
英国は、難民と認定しなかった亡命希望者1人をアフリカ中部ルワンダに初めて移送した。英メディアが4月30日に報じた。不法移民をルワンダに強制移送する法案は論争を呼ぶ中、先週、英議会で可決された。ただし、この男性は同法とは別の枠組みとされる。

リシ・スナク首相は、年内に実施されるとみられる総選挙をにらみ、支持率で最大野党・労働党の後塵(こうじん)を拝している状況に巻き返しを図るため、不法移民対策を優先課題の一つに掲げている。(中略)

ルワンダに移送された移民は、難民認定申請が認められた場合は同国に在留できるが、英国に戻ることはできない。
スナク政権は7月までに強制移送を開始するとしている。

複数メディアによれば、4月29日に英国を出発したアフリカ出身の男性は、昨年末に難民認定申請を却下された後、4月に成立した同法とは別の任意の制度で、ルワンダの首都キガリへの移送に同意していたとされる。サン紙は、男性はキガリ行きの民間便で出国したと報じている。

タイムズ紙が引用した政府筋の情報によると、男性は出国に同意した見返りに、最高で3000ポンド(約59万円)を受け取ることになっている。 【5月1日 AFP】
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