孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

イギリス  脱EU論議の幻想  敢えて孤高の道を選択する愚策

2014-06-30 22:20:53 | 欧州情勢

(6月27日 EUサミットの2日目 キャメロン首相 (中央)とリトアニア・ダリア大統領(左)、デンマーク・シュミット首相(右)【6月27日 ブルームバーグ】)

【「夢は現実のものとなった」】
ナポレオンの時代から、イギリスは海の向こうにいて欧州本土に対する独自性を主張してきていますが、現代にあっても統合深化を進めるEUに対して、イギリスは国家主権を制限するようなEUの在り方をに反対しています。
ユーロにも参加していません。

そういう風潮もあって、5月末に行われた欧州議会選挙ではEU離脱を掲げる英国独立党が「歴史的勝利」で第一党となり、キャメロン政権に衝撃を与えました。

****第一党に独立党 英の離脱論勢い****
英国のキャメロン首相は5月26日、欧州議会選でEUからの離脱を主張する英国独立党が第一党となったことを受け、「国民はEUに変化を求めている。英国はEU改革を求めていく」と述べた。

台風の目となった脱EU派が、EU残留・離脱を問う英国での国民投票にも影響を及ぼすことは避けられない情勢だ。

英国での投票では、独立党が前回比約11ポイント増の27.5%を得票、同じく約10ポイント増の野党・労働党の25.4%、約4ポイント減の与党・保守党の23.9%を引き離す形で、「歴史的勝利」(英BBC放送)を収めた。

独立党のナイジェル・ファラージュ党首は25日夜、勝利宣言し、「夢は現実のものとなった」と述べ、保守党、労働党に次ぐ「第3の勢力」として来年の総選挙での勝利に向けて勢力を傾注していく姿勢を示した。

独立党は、保守党と連立与党を組む自由民主党(約7ポイント減の6.9%)の凋落(ちょうらく)につけ込み、政権参画を狙うものとみられる。

今回の連立与党大敗の背景にあるのはロンドンなど中央と地方の格差が拡大する現状への不満であり、来年の総選挙では脱EUが最大の争点にはならないという見方が根強い。

だが、キャメロン首相が2017年末までに実施すると約束したEU残留・離脱を問う国民投票の前倒しを含め、不満勢力への対策が急務だとの声は保守党内にも強い。英政権は、EUの欧州統合政策とは距離を置くとみられる。【5月27日 産経】
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英国独立党の支持拡大の背景には、04年にEUに加盟した東欧8カ国からの移民流入で「職を奪われた」との労働者の不満があるとされています。

反EUの世論を受けて、キャメロン首相は昨年1月、15年総選挙で勝利した場合、17年半ばまでにEU離脱の是非を問う国民投票を実施すると公約していますが、英国独立党躍進に危機感を抱く与党・保守党内部からもキャメロン首相への圧力が強まることが予想されています。

キャメロン首相自身は、EUに対してイギリスの主張をアピールし、何らかのイギリス寄りの改革を実現する、あるいはイギリスの特別な権利を認めさせることで世論をなだめ、イギリスの政治・経済的孤立を招くEU離脱は避けたい意向と思われます。

【「英国のEU離脱が近づいた」】
そうしたキャメロン首相の置かれている政治的状況から、次期欧州委員長の人選において、統合深化を進める立場のユンケル前ルクセンブルク首相に激しい抵抗を示しています。

****欧州委員長・ユンケル氏に反対 英、譲歩せず孤立鮮明****
 ■採決惨敗、「反EU」勢い?
欧州連合(EU)の次期欧州委員長の人選を通じて、英国の孤立が鮮明となった。

27日の首脳会議では前例のない採決が行われ、大半の加盟国がユンケル前ルクセンブルク首相(59)を支持したが、英国は反対を貫いた。

今後、EUの新指導部と他の加盟国は英国の一段の「EU離れ」を食い止める必要に迫られるが、その成否は予断を許さない。英紙タイムズ(電子版)は「英国のEU離脱が近づいた」と報じた。

欧州委員長は、EUの執行機関である欧州委員会のトップ。ユンケル氏の就任は7月中旬の欧州議会で承認された後、正式決定する。バローゾ現委員長(ポルトガル元首相)の任期は10月末までで、ユンケル氏の任期は11月から5年。

キャメロン英首相は、ブリュッセルで開かれたこの日の首脳会議後、「結果は受け入れねばならない。英国は(次期)委員長と協力する」と厳しい表情で語る一方、「きょうは欧州にとって悪い日だ」と強調した。

今回の欧州委員長の人選をめぐっては、欧州議会の最大会派が推す候補で、欧州統合推進派のユンケル氏を多くの加盟国が支持。国内に有力な反EU政党を抱える英国は反対してきた。

首脳会議では英国が多数決を要求。全会一致で委員長が指名されてきた原則を破る形で、初めて採決に持ち込まれた。

結果、加盟28カ国中、反対したのは英国とハンガリーのみ。来年に総選挙が控える中、キャメロン氏としては、「ユンケル氏反対」が根強い世論を前に、最後まで譲歩姿勢は見せられなかったようだ。

ユンケル氏は、ユーロ圏財務相会合の常任議長として欧州債務危機の対応を担い、「経験豊富で、EUの問題もわかっている」(サマラス・ギリシャ首相)と多くの首脳は期待する。

だが、EUの権限縮小を求める英国にとって、「ユンケル委員長」では逆にEUの権限強化につながりかねない。2017年末までにEU残留か否かの国民投票を実施するキャメロン政権としては、EU残留のための世論対策上も受け入れられなかったといえる。

他の首脳に“勝利感”はない。メルケル独首相は「英国の懸念を真剣に受け止める」とし、首脳会議の総括文書には英国の求めに応じ、委員長の人選手続きを見直す方針を明記。今秋に任期満了となるEU大統領など、他の新体制の人事でも配慮するとみられる。

ただ、今回の惨敗で英国のEU懐疑派が勢いづくとの見方は強い。EU改革で成果が出なければ、総選挙や国民投票に大きな影響を与えるのは必至だ。【6月29日 産経】
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キャメロン首相は負けは覚悟のうえで、一切の妥協に応じず厳しい反対姿勢を見せることで国内反EU世論を懐柔しようというところでしょうが、逆に反EU・脱EUの流れが加速するのでは・・・との懸念もあります。

単に国内の反EU票を取り込みたいというだけの思惑であれば、EU離脱に向けて抜き差しならないところに追い込まれることが懸念されます。

****欧州委員長選出:英首相のオウンゴールに波紋****
27日の欧州連合(EU)首脳会議で行われた次期欧州委員長選出で、敗退するのが分かっていながら多数決の決議にこだわり、26対2で敗れたキャメロン英首相の「オウンゴール」(英紙)が波紋を呼んでいる。

他の加盟国は「真意が分からない」(外交筋)と困惑し切っているが、来年に総選挙を控えたキャメロン氏が、急伸長する国内の反EU派を取り込もうと、あえて負けたとの見方が強まっている。

「戦争に勝つには戦闘で負けた方が良い事もある」。キャメロン氏は記者会見で晴れやかな表情で語った。
キャメロン氏は、次期委員長候補に決まったユンケル前ルクセンブルク首相に「EUに権限が集中する」などと強く反対。オランダなどを巻き込み就任を阻止しようとしたが、最後は周囲が逃げ、孤立した。

外交筋によると27日の会議では、保守系の他の首脳が政策上の条件を付けてユンケル氏を受け入れるようキャメロン氏を説得したが、同氏は一切の妥協を拒否。異例の多数決実施を望み、英、ハンガリーだけが反対した。

キャメロン氏は「英国の決意を示した」と自信たっぷりだ。反EU派が多い所属の英保守党から「殉教」を評価する声も出た。

だが、実情は先月の欧州議会選で反EUの独立党が第1党になった影響が大きい。現政権への批判票が独立党に流れたとみられ、この不満票を取り込むため、反EUカードを切ったとの見方が強まっている。

ただ、独立党への支持を広げてしまう危険性もあるうえ、国内事情ばかり優先する姿勢は他の加盟国から「信用ならない」(独公共第1テレビ)と思われるなど副作用も大きい。【6月28日 毎日】
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EU側もイギリスをあまり追い詰めないためにも、今回の総括文書では「EUの発展に関する英国の懸念に対応する」との文言を明記し、一定に配慮は示しています。

ただ、今後イギリスに特権的な立場を認めることはないでしょう。
どうしてもイギリスが「それなら出て行く」と言うなら、「どうぞ、ご勝手に」というところでしょう。

外国嫌い、大衆の愚かさ、政治的な無能さという致命的な組み合わせ
金融・財政政策や人の移動をめぐる国家主権とEUの関係は立場によって異論もあるでしょうが、少なくとも今のイギリスがEUから抜けて孤立する形でやっていけるの思うのは幻想でしかないように思えます。

****英国とEU、「半ば離脱」の折衷案が愚策である理由****
英国は欧州の国だ。これまでもそうだったし、今後も常にそうであり続ける。欧州連合(EU)は英国にとって飛び抜けて大きな貿易相手であり、ロンドンは欧州の金融の首都だ。欧州の近隣諸国で起きることは、英国にとって常に重大な関心事になる。

だが、その一方で、英国の歴史は大陸欧州諸国の歴史とは違っている。海に守られた英国は、侵略を防ぐことができた。海の向こうのチャンスを求め、欧州が1人の独裁的支配者の手に落ちないよう全力を注いだ。英国はそれに成功した。

現在、英国はもはや世界的大国ではなく、欧州は平和裏に一体化している。法的には、英国はEUの内側にいる。
心理的には、これまで以上にEUの外側にいる。要するに、英国は半ば分離しているのだ。

その事実は、英国によるユーロの拒絶や英国独立党(UKIP)の台頭、2017年にEU加盟の是非を問う国民投票を行うというデビッド・キャメロン首相の約束に表れている。

英国の選択肢は、内側か外側の二者択一
この国民投票が実施されるかどうかは、来年の総選挙の結果による。野党・労働党の党首、エド・ミリバンド氏は国民投票に熱心ではない。

だが、欧州における英国の立場という問題はなくならない。好き勝手に振る舞いながらEU市場への完全なアクセスを得ることは、英国が持ち得ない選択肢だ。

英国の選択肢はこうだ。独立性を強めて影響力を低下させるか、独立性を弱めて影響力を高めるか、どちらかだ。

欧州改革センター(CER)は6月9日、EU脱退の経済的影響に関する報告書を発表した(筆者はこの報告書を作成した委員会の一員だった)。その結論は厳しい。

考えられる折衷案はどれも、EU内にとどまることから来る独立性の欠如と、その外側にいることから来る影響力の欠如を同時にもたらすというものだ。
選択肢は「内側」か「外側」か、のいずれかだ。この2つのうちでは、前者の方がはるかに良い。

EU残留に代わる折衷案には、(ノルウェーのように)欧州経済地域(EEA)に加盟することや、(トルコのように)関税同盟に加盟すること、あるいは(スイスのように)2国間協定を締結することが含まれるかもしれない。

EEAの一員になったとすれば、英国は単一市場へのアクセスを維持できるが、単一市場のルール策定に対する発言権を持たない。もし関税同盟に加わるとすれば、英国は単一市場へのアクセスを失い、対外共通関税を受け入れなければならない。

2者間協定を締結しようとすれば、英国は、はるかに強力なパートナーに翻弄されることになる。英国は貿易の50%をその他EU諸国と行っているが、その他EU諸国が英国と行っている貿易は全体のわずか10%だからだ。

繰り返しになるが、英国が何らかのEU市場への特権的アクセスを望んでいるとすれば、英国はEUの規制を受け入れなければならない。これはEU懐疑派が毛嫌いしていることだ。

さらに、英国がEEAへの加盟を選択するとしても、英国はまだ人の移動の自由に関するルールに縛られることになる。

EEAにさえ参加しない場合、英国は人の移動に関する監督権は取り戻せるかもしれないが、それも市場アクセスに関する2者間協議の結果次第だ。

離脱後に見込めるEU予算への純額ベースの拠出金の節約(現在は国内総生産=GDP=の0.5%)でさえ、非現実的である可能性がある。

離脱後もまだ特権的な条件でのEU市場へのアクセスを希望していれば、英国はノルウェーやスイスがやっているように、財政的な貢献をしなければならないからだ。
現在、ノルウェーの1人当たりの拠出金は英国とほぼ同じだ。

完全なEU脱退は少なくとも正直だが・・・
英国により大きな独立性を与える唯一の方法は、EU市場に対するあらゆる形の特権的アクセスを断念し、世界貿易機関(WTO)の加盟に全面依存することだ。

だが、その場合にも英国は大国間の新たな多国間協定でほとんど発言権を与えられず、金融サービスの輸出に対するごくわずかな保護しか得られず、多国籍企業の対EU輸出拠点としての魅力が損なわれ、ユーロ圏がユーロ建て資産の取引をロンドンから移転するのを認めざるを得なくなるだろう。

確かに、EUから完全に脱退すれば、英国は自国の規制に関するより大きな自由を与えられる。だが、経済協力開発機構(OECD)が示したように、英国の製品・労働市場の規制は、EUに加盟しているにもかかわらず、先進国の中で最も非制限的な部類に入る。

夢想家の中には、英国がEUから脱退すれば、これらの規制が撤廃されると想像する者もいる。その時は英国人が労働・製品・環境規制をほとんどすべて撤廃するのを認めるだろうという考えは、正気の沙汰ではない。

思い出してほしい。経済的に最も大きな打撃を与えている英国の規制――土地の使用に関するもの――は、悲しいかな、完全に国内で作られたものだ。

外国嫌い、大衆の愚かさ、政治的な無能さという致命的な組み合わせが、次の議会の任期中に英国のEU脱退につながることは十分にあり得る。

だが、EU脱退の影響について明確にしておこう。EUの外側にいながら何らかの形のEU市場への特権的アクセスを維持するどんな試みも、他のあらゆる不利な状況に単に屈辱を加えるだけになるだろう。

完全な離脱は、少なくとも正直な選択だ。だが、それは極めて愚かな選択でもある。間違いなく多大なコストを発生させる一方で、重要な経済的恩恵は何ももたらさないだろう。

英国民は、自分たちの現在の立場が気に入らないかもしれない。だが、それはあらゆる選択肢の中でずば抜けて最善のものだ。国民投票では、英国民がこの分別ある結論に達することを期待する。【6月13日付 英フィナンシャル・タイムズ紙】
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先ほどの中国・李克強首相の訪英に際し、キャメロン首相は中国の人権問題を封印して経済的成果を引き出すことに終始しましたが、中国からは「英国の中でも気高さを重視する人々にとって受け入れがたい事実だろうが、英国の国力は今や、中国と同列に並べることができない」「英国人はこれ以上ないほど狭量になっている」と揶揄されています。

****中国は「落ち目の」英国抜き去った、国営紙が社説****
・・・・李首相とキャメロン首相は、チベット問題をめぐる論争で傷ついた両国間関係の修復に努めている。

しかし先週、英紙タイムズが、エリザベス英女王との会見を李氏が訪英の条件とし、かなわない場合は訪英中止をちらつかせたと報じ、両国関係の改善ムードに冷や水を浴びせた。

この報道について環球時報は「英国メディア、ひいては英国社会全体の偏狭さを反映する役割しか果たさない」ような「誇大な」報道であるとし、「かつて強大だった大英帝国は今では自分のプライドを示すために、このような策略に訴えざるを得ない」と論じた上で、「中国国民は英国の複雑な感情を許すべきだろう。成長国家は、古い落ち目の帝国の当惑と、時にその当惑を隠すために取られるおかしな行動を理解しなければならない」と続けた。【6月18日 AFP】
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もちろん、鼻持ちならない中国の尊大な姿勢が良識を欠いていることは言うまでもないことですが、イギリスも脱EU論議においては現在の政治的・経済的状況を直視して賢明な判断をする必要があります。もはや大英帝国の時代ではありません。

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「サラエボ事件」から100年 「民族の英雄」と「テロリスト」のあいだで埋まらぬ溝

2014-06-29 22:17:24 | 欧州情勢

(銃撃の瞬間を描いたイラスト。車上のフェルディナント大公と妻ゾフィーに銃口を向ける暗殺犯でセルビア人国家主義者のガヴリロ・プリンツィプ。【6月29日 The Huffington Post】)

【「この式典は、何百万もの死を越え私たちがどう行動していけるかを問うている」】
第1次世界大戦は日本ではあまり強いイメージはありませんが、戦場となった欧州では膨大な犠牲者を出し国土は荒廃しました。

また、機関銃や航空機、戦車、更には毒ガスといった新兵器の登場で、戦争の在り方がそれまでとは大きく変化した戦いでした。
更に、この戦争で生じた傷と憎しみが、次の第2次世界大戦を導くことにもなりました。

****第1次世界大戦【ウィキペディア****
古い戦争の思想のもとに始められた第一次世界大戦は、機関銃や航空機、戦車をはじめとする新しい大量殺りく兵器の出現や、戦線の全世界への拡大により、開戦当時には予想もしなかった未曾有の犠牲をもってようやく終了した。

戦線が拡大し、長期にわたった戦争は膨大な犠牲者を生み出した。戦闘員の戦死者は900万人、非戦闘員の死者は1,000万人、負傷者は2,200万人と推定されている。国別の戦死者はドイツ177万人、オーストリア120万人、イギリス91万人、フランス136万人、ロシア170万人、イタリア65万人、セルビア37万人、アメリカ13万人に及んだ。

またこの戦争によって、当時流行していたスペインかぜが船舶を伝い伝染して世界的に猛威をふるい、戦没者を上回る数の病没者を出した。

帰還兵の中には、塹壕戦の長期化で一瞬で手足や命を奪われる恐怖に晒され続けた結果、「シェルショック」(後のPTSDと呼ばれる症状)にかかる者もいた。

これまでの戦争では、戦勝国は戦費や戦争による損失の全部または一部を敗戦国からの賠償金によって取り戻すことが通例だったが、参戦国の殆どが国力を出し尽くした第一次世界大戦による損害は、もはや敗戦国への賠償金程度でどうにかなる規模を遥かに超えてしまっていた。

しかしながら、莫大な資源・国富の消耗、そして膨大な死者を生み出した戦争を人々は憎み、戦勝国は敗戦国に報復的で過酷な条件を突きつけることとなった。
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その第一次世界大戦の引き金となったオーストリア皇太子暗殺事件から28日で100年になるのを機に、EUは26日、当時の激戦地ベルギー北西部イーペルで首脳会議を開き、平和を祈念しました。

****第一次世界大戦100年:激戦地イーペルでEU首脳黙とう****
・・・・(EU)首脳らは当時の大英帝国戦没兵の名前が刻まれた門「メニン・ゲート」で黙とう。EUの公式24言語で「平和」の言葉が刻まれた「平和のベンチ」を設置し、和解と連帯の重要性を強調した。

ファンロンパウ欧州理事会常任議長(EU大統領)は「この式典は、何百万もの死を越え私たちがどう行動していけるかを問うている」と述べた。

(ベルギー北西部)イーペルの戦いでは60万人以上が犠牲になった。史上初めてドイツ軍が本格的な毒ガス攻撃を行った場所としても有名で、周辺には約150の戦没者墓地がある。メニン・ゲートは、大英帝国(現英連邦)戦没者墓地委員会が1927年に建立、5万4896人の名を刻む。

連合軍兵士はこの門付近を起点に戦場へ向かった。門にはオーストラリアやインド、カナダなどからの出征兵士の名前も多く、世界中から子孫が訪れる。(中略)

郊外にはドイツ兵の墓地もある。身元不明の遺体は一つの墓石の下に合同で埋葬されている。「不明の4人」。そう刻まれた墓石の前でひとりのお年寄りがじっと黙とうをささげていた。【6月27日 毎日】
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毒ガス兵器を開発したハーバー博士の話
話が少し横道にそれますが、イーペルの戦いでドイツ軍が初めて使用した毒ガスである塩素ガスを兵器として開発したのがドイツで「化学兵器の父」と呼ばれる化学者フリッツ・ハーバー博士。
アンモニア合成法の開発者として、化学の教科書で目にする名前です。

****第一次大戦100年:世界はいま 続く毒ガスの悲劇 最初の舞台はベルギー****
・・・・この塩素ガスを兵器として開発したのが、ドイツで「化学兵器の父」と呼ばれる化学者フリッツ・ハーバー博士だ。

「科学は、平時は人類のため、戦時は祖国のため。それが愛国者だった彼のモットーでした。開発に成功した時、ドイツ国内ではほとんど反対の声はなく、彼はまさに英雄だったのです」。ハーバーに詳しいハイデルベルク大学のエルンスト・ペーター・フィッシャー教授(67)=科学史=はそう話す。

同じ化学者だった妻クララは毒ガス使用に反対したが、夫は聞く耳を持たない。絶望したクララは15年5月、幼子を残したまま拳銃自殺してしまう。

それでもハーバーは研究を続け、その後再婚。18年にはアンモニア合成法の業績が認められ、ノーベル化学賞も受賞した。

だが、ナチスが政権を握ると、ハーバーの人生は暗転する。彼はユダヤ系だった。ドイツを愛し、ユダヤ教からキリスト教に改宗までしたが、ナチスのユダヤ人迫害政策の影響で33年に研究機関を追われる。家族と共に英国などに逃げ、34年にスイスで病死した。

世界はその後も、化学兵器を使い続けた。ベトナム戦争、地下鉄サリン事件、そしてシリア内戦と、第一次世界大戦開戦から100年たった今もその脅威は衰えない。

追放の身となったハーバーは死の直前、息子に遺言を残した。「クララと一緒の墓に埋めてほしい」。二人は今、スイス・バーゼルの墓に眠っている。【6月28日 毎日】
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ハーバー博士も歴史の荒波に翻弄されたひとりのようですが、最後になって「クララと一緒の墓に埋めてほしい」というのは虫がよすぎるような感じもします。絶望して自殺した奥さんはどのように思うのでしょうか?

熟年離婚も普通のことなった現代からすると、「それでいいのか?」という感もある結末です。
連れ添った妻なら許してくれる・・・というのは身勝手な男の思い込みでしょう。

閑話休題

【「テロリスト」と「英雄」 歴史認識の溝
1914年6月28日、当時のボスニアを領有していたオーストリア・ハンガリー二重帝国の皇太子が暗殺され、第1次世界大戦が勃発するきっかけとなったボスニア・ヘルツェゴビナの首都サラエボでも記念のコンサートなどが開催されましたが、欧州各国首脳の訪問もなく、国家主催の行事もありませんでした。

そこには、今も民族対立に苦しむボスニア・ヘルツェゴビナの現状があります。

****サラエボ事件、遠い和解 「テロリスト」「英雄」…政治が利用 欧州、消えぬ戦火の影****
・・・・サラエボでは28日、平和構築をテーマにしたパネル展が暗殺現場からも近い遊歩道で始まった。同夜には、オーストリアからウィーン・フィルを招いた記念コンサートが開かれる。

だが、首都を舞台とした国家主導の行事は開かれなかった。欧州連合(EU)各国の首脳らのサラエボ訪問もなかった。

一方、内戦をひきずってボスニア国内を二分する「準国家」の一つであるセルビア人共和国の側は、民族主義をアピールする機会としてこの日を設定。同共和国のビシェグラードで、暗殺実行犯のセルビア人青年をたたえる式典を開き、セルビアのブチッチ首相やセルビア人共和国のドディック大統領らが出席した。

首都サラエボで国家レベルの行事が開けなかった背景には、サラエボ事件の位置づけをめぐり、ボスニア内部や近隣旧ユーゴスラビア諸国間にある歴史認識の溝が作用している。

セルビア人側の指導層は、オーストリアによる支配からの解放をめざした実行犯の青年を英雄視する。この日の式典でも「彼が放ったのは自由への一撃だ」(ドディック大統領)と位置づけた。

一方、旧ユーゴ内のほかの民族勢力の間では「テロリスト」との見方が大勢。そうした説に対してセルビア人側は、大戦の開戦責任を自分たちに押しつけるものだ、と反発してきた。

ボスニアは国家の中に「セルビア人共和国」と、それ以外の主要民族であるボシュニャク人、クロアチア人で構成する別の政治体制が並立し、互いに牽制(けんせい)しあう状態が続いてきた。

このいびつな状態が最大の障害となり、事件についての統一した見解もまとめられずにいる。現地が和解を描けない以上、EU首脳らの訪問も不可能だった。

歴史の政治利用が続く中、歩み寄りの模索もある。サラエボではこの日まで、セルビアも含め欧米各国の学者らが出席し、サラエボ事件を学際的にとらえなおす国際会議が開かれた。ノビサド大(セルビア)から参加したボリス・クルシェフ教授は「事件をめぐり、全く異なる解釈ばかりが強調される現状は、歴史の事実とは関係ない政治の反映だ」と語った。【6月29日 朝日】
********************

ボスニア・ヘルツェゴビナは対立するセルビア人国家とボシュニャク人、クロアチア人の国家が併存するような特殊な状況にありますが、その首都サラエボで開かれたウィーン・フィルを招いた記念コンサートには、オーストリアのフィッシャー大統領は出席しましたが、セルビアのニコリッチ大統領は参加を拒否しました。

上記記事にあるように、「サラエボ事件」に対する評価はセルビア人とその他では全く異なります。

****第一次大戦100年:ボスニア首都で式典 民族間の溝深く****
・・・サラエボ市の式典会場は、ボスニア内戦(92〜95年)の初めにセルビア人武装勢力の砲撃で焼け落ち、今年5月に再建された国立図書館。
皇太子夫妻が暗殺直前に立ち寄った場所で、オーストリアのフィッシャー大統領も出席し和解をアピールする。

だが、セルビア側は「セルビア人犯罪者の手で焼け落ちた」と銘板に書かれたことなどに反発し、記念式典に応じない構えだ。

100年後の(皇太子暗殺犯)プリンツィプへの評価は、民族間のしこりを象徴する。
セルビア人の多くはプリンツィプを「民族自決に若き身をささげた聖人」(カフェ経営のミロスラブさん)などと「英雄」視するが、ボスニア人やクロアチア人は「暗殺者」と冷ややかだ。

現地の報道によると、サラエボのセルビア人居住区では27日、プリンツィプをたたえる銅像の除幕式が開かれた。

ボスニア・ヘルツェゴビナでは8カ月ごとの輪番制で、ボスニア人とクロアチア人、セルビア人の代表が国家元首を務めるが、出席したセルビア人代表のラドマノビッチ氏は「自由のための100年前の行動は、今後我々が進むべき100年の方向を示している」と事件を正当化した。【6月29日 毎日】
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歴史認識の違いを克服し、共存の未来につなげるには・・・
歴史認識の呪縛から解き放たれて互いの和解を進めるということが難しいのは、日本でも痛感するところです。

初代韓国統監を務めた伊藤博文を1909年10月26日に満州ハルビン駅構内で襲撃して殺害した安重根に対する韓国と日本の評価も、ボスニア・ヘルツェゴビナにおけるプリンツィプへの評価と重なります。

****民族主義の矛盾、今も サラエボ事件から100年 ヨーロッパ総局長・梅原季哉****
「20世紀が始まった街角」。

ボスニア・ヘルツェゴビナの首都サラエボで100年前、オーストリア皇太子夫妻の命を奪い、第1次世界大戦へとつながった2発の銃声が響いた「ラテン橋」のたもと。現場跡に建てられた博物館は、その看板を掲げる。

ハプスブルクのオーストリア・ハンガリー、オスマン・トルコ、帝政ロシア……。第1次大戦をきっかけに、中東からアジアまで含めて当時の世界を牛耳った多くの帝国が崩壊した。欧州ではその領域に、民族自決を旨とする新たな国民国家がいくつも生まれた。

しかし、その際に残された矛盾は、現代につながる相克の原因となった。
第1次大戦後、民族自決権を与えられず独立を認められなかったウクライナがその一例だ。1990年代、ソ連が崩壊してやっと独立を果たしたが、今もなお、ロシアの影響圏にとどまるのか、欧州寄りにかじを切るのか、両者のはざまで苦しみ続けている。

ボスニア自体も、まさに第1次大戦開戦時からの矛盾を引きずる。

暗殺犯の青年プリンツィプが銃弾に託した「南スラブ」の民族自決という理想を引き継いだユーゴスラビアという国家は、まず王国として、ボスニアも含む形で発足したが、第2次大戦によって分裂。この地は、複数の民族主義勢力による残虐行為を経験した。

戦後は共産党の独裁者チトーが率いる連邦国家として再びユーゴの旗を掲げたが、結局は冷戦終了とともに崩壊。連邦を構成した共和国の中で、多民族共生の好例だったはずのボスニアは、泥沼の内戦に陥った。

ユーゴ王国の統治下や共産主義の時代には、プリンツィプは「英雄」として描かれてきた。ユーゴを担う最大の民族だったセルビア人の間では、今も彼の行為をたたえる気風が強い。

一方、オーストリア・ハンガリー帝国の植民地統治がボスニアの近代化に一定の役割を果たしたと評価する派からみれば、彼は「テロリスト」とされる。

相反する二つの像が存在したまま、事件100年を迎えた。20世紀をめぐる歴史認識の溝に足を取られ、前に進めない姿は、東アジアの現状とも通じる。

民族主義によって立つ国家は、国家創造の歴史をめぐる「神話」に依存しがちだ。だが、その民族主義は、和解を妨げる「怪物」ともなりかねない。

歴史認識の違いを克服し、共存の未来につなげられるのか。戦争の世紀を終えた人類の英知が問われている。(サラエボにて)【6月29日 朝日】
********************

「民族の英雄」と「テロリスト」の間を埋めるのは難しいことですが、まずは、立場が異なれば全く異なる評価がなされるのはごく普通の自然な話だと冷静に対応し、いたずらに相手の異なる評価に感情的にならない・・・そういうあたりから和解に向けた最初の1歩が始まるのでしょう。

「事件をめぐり、全く異なる解釈ばかりが強調される現状は、歴史の事実とは関係ない政治の反映だ」(ボリス・クルシェフ教授)

更に、日本について言えば、朝鮮支配・中国進出をどのように総括するのかという話にもなりますが、自国の歴史を批判的に評価することがためらわれるような現在の風潮には、再び「サラエボ事件」を生むような怖いものを感じます。
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ロシアと欧州・アメリカ 天然ガスをめぐる攻防

2014-06-28 23:04:43 | ロシア

(オーストリア大統領府で、同国のフィッシャー大統領(右)と記者会見に臨むプーチン露大統領=ウィーンで24日、坂口裕彦撮影【6月25日 毎日】)

エネルギーの「脱ロシア依存」路線をかく乱する動き
ウクライナとロシアの対立のなかで、ウクライナ向け天然ガス供給をロシアが止めており、パイプライン下流の欧州各国への影響も懸念されています。

****ロシア、ウクライナ向けガス停止 EUでも不足懸念****
ロシアの天然ガス独占企業ガスプロムは16日、ウクライナのガス代金未払いを理由に「今後は、支払われた分だけガスを供給する」と発表し、ウクライナ向けのガス供給を止めた。パイプラインの下流に位置する欧州各国も、ガス不足となる可能性が高い。

ウクライナのヤツェニュク首相は16日、首都キエフでの閣議で、ロシアからのガス供給が止まったことを確認した。供給停止は2009年1月以来だ。

欧州連合(EU)は、消費する天然ガスの約16%をウクライナ経由のパイプラインで輸入している。ロシア側はEU向けには契約通りガスを供給すると説明しているが、パイプラインに流すガスが減り、末端まで届かなくなる可能性がある。(後略)【6月17日 朝日】
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ロシアからの天然ガスパイプラインが通るウクライナやベラルーシとロシアのもめ事は今に始まった話ではないので、かねてより欧州各国はウクライナなどの問題国を通らないパイプラインを求めています。

ロシアからバルト海の海底を通ってドイツに至る北ルート「ノルド・ストリーム」は2011年にすでに稼働しています。

ロシアから黒海・ブルガリアを経て、オーストリア及びギリシャ・イタリアに至る南ルート「サウス・ストリーム」の建設計画もロシアは推し進めています。

****ロシア:オーストリアにパイプライン建設 プーチン氏署名****
ロシアのプーチン大統領は24日、オーストリアを公式訪問し、同国のフィッシャー大統領と会談した。

並行してロシア国営ガス大手ガスプロムとオーストリアのエネルギー会社OMVは同日、ロシア産天然ガスをオーストリアに運ぶ「サウスストリーム」パイプラインの新たな建設契約に署名した。

ウクライナ情勢を受け、欧米諸国が目指すエネルギーの「脱ロシア依存」路線をかく乱する動きに米国などは反発している。

ロシアが主導するサウスストリームは、黒海からロシア産ガスをウクライナを迂回(うかい)する形で欧州に運び、2017年の稼働開始を目指す。

総延長2446キロのうち今回、オーストリア国内分の約50キロのパイプラインを約2億ユーロ(約278億円)で建設する契約に署名した。

サウスストリームについては、欧州委員会が「計画凍結」を求めている。だがプーチン大統領は同日の記者会見で「契約は何ら不自然ではない」と正当性を強調。「米国が欧州に自分たちのガスを売りたいのだ」と批判した。

3月のクリミア半島編入後、初めてとなる西側への公式訪問先に比較的親露的なオーストリアを選び、西側陣営の足並みの乱れを狙ったと見られる。

同席したフィッシャー大統領も「契約は有益なものだ」と説明。

しかし、在オーストリア米国大使館は24日、プーチン大統領訪問に対する声明を発表し、「オーストリアの政府や経済人、国民はもっと注意深く考えるべきだ」と不快感を示した。【6月25日 毎日】
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【「エネルギー同盟を構築する」】
EUとしては基本的にはエネルギーのロシア依存そのものを軽減していこうという方針であり、ウクライナ問題で「脱ロシア依存」を強調している、丁度その時期にオーストリアがロシアの「サウス・ストリーム」建設に合意するというのは、非常に具合の悪い話です。

****EU:ガス確保へ連携 露頼り脱却目指す****
欧州連合(EU)の執行機関・欧州委員会は28日、ロシアへのエネルギー依存を減らす「エネルギー安全保障のための包括戦略」を発表した。

EU全体でエネルギー購入の交渉にあたるほか、ガス供給停止などに備えて、備蓄の相互供給など「連帯メカニズム」を構築し、域内のパイプライン接続を強化して、ガスの逆流ルートを作って融通する力を高める方策を取る。6月末の首脳会議で本格的な討議を始める。来月4日からの主要7カ国(G7)首脳会議でも討議される見通し。

EUはロシアにガスの39%、原油の33%を頼っている。
ロシアが今年3月、ウクライナ・クリミア半島を編入したことで、ガス停止が「政治的な武器」にされかねないことから、3月のEU首脳会議で戦略を提示するよう欧州委に求めていた。(後略)【5月28日 毎日】
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****EU:「エネルギー同盟」首脳宣言採択へ 関連政策を統一****
欧州連合(EU)が26日から開催される首脳会議で、エネルギー安全保障と気候変動対策を並行して進める「エネルギー同盟」を構築する戦略文書を採択することがわかった。

EU全体でガス輸入の約3割を頼るロシアが16日にウクライナへのガスを停止。エネルギー安保情勢が緊迫しており、バラバラだった政策を統一して「エネルギーの将来を完全な管理下に置く」ことを目指す。「エネルギー同盟」は世界のエネルギー事情に大きな影響を与えそうだ。

毎日新聞が入手した戦略文書は「改革の時を迎えた戦略重点課題」と題され、今後5年間の最重点政策としてエネルギー・気候変動対策を挙げた。

EUはエネルギーを外部に依存する割合が高まりエネルギー安保体制が「脆弱(ぜいじゃく)」になったと総括し、「エネルギー同盟を構築する」と宣言する内容。

対策の3本柱にエネルギーの「適正化」「安全保障」「緑のエネルギー」を挙げた。具体的には、ガス市場の透明化▽ガス価格交渉の強化▽エネルギー源の多様化▽域内での相互供給の強化▽再生可能エネルギー、シェールガスなど地場エネルギー開発による外部依存低下▽効率化による消費低下−−を実現し、気候変動対策をリードする。

一方、別に採択する首脳宣言ではロシアのガス停止に備え、今年の冬を乗り切る短期対策で合意。
ガスの相互融通▽パイプライン逆流▽ウクライナを念頭に周辺国への協力−−を挙げた。

他の加盟国から供給がない「孤島」を2015年末までになくし、今年10月の首脳会議で温室効果ガス削減の30年の目標で合意、エネルギー安保長期策も決める。【6月27日 毎日】
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【「各国の利益のための計画だ」】
こうした「脱ロシア依存」のEU方針については、オーストリアとしてもその当事者の一員である訳ですが、EU方針と国の利害がぶつかるところで、「そうは言っても・・・」という話になっています。

****ロシアガス、欧州に亀裂 新パイプライン、波紋****
ウクライナ危機を受け、エネルギーのロシア依存から脱却を目指すはずの欧州連合(EU)で、足並みが乱れている。

加盟国の一部が、ロシアが進める新パイプライン実現のため動き出しているからだ。背後には、世界のエネルギー市場の変化を先取りしようと、輸入国と輸出国の双方が躍起になっているという事情もある。

 ■建設望む中南欧/脱依存探るEU
EUと対峙(たいじ)しているロシアのプーチン大統領は24日、EU加盟国のオーストリアにいた。
フィッシャー大統領との会談の主要議題は、ウクライナを迂回(うかい)してロシアと、オーストリアなど中南欧を結ぶ新たなパイプライン「サウスストリーム」の建設計画だ。

首脳会談に合わせて、両国のエネルギー企業は、2017年の稼働開始を目指して建設を進める文書に署名。オーストリアがロシアにエネルギー依存を強める方向性が固まった。

「EUは懸念するが、多くの国にとっては重要な問題だ」。フィッシャー大統領は記者会見で語った。オーストリアは、天然ガスの6割の輸入をロシアに頼っている。パイプライン建設でガスを安定的に得る大事さを理解して欲しいという思いがにじんでいた。

プーチン氏も「だれかと敵対しようというのではない。各国の利益のための計画だ」と援護に回った。

ウクライナ危機を巡り、EUとロシアの関係は冷え込んでいる。3月のクリミア半島併合宣言以降、プーチン大統領がEU加盟国を訪問したのは、第2次世界大戦の「ノルマンディー上陸作戦」記念行事以外ではこれが初めて。

ロシアは危機で延期されていた公式訪問の早期実現を望んだ。訪問と合意がセットになっていた「サウスストリーム」建設が、ロシアにとって重要であることのあらわれだ。

ブルガリア、イタリアなどとの協議も続く。

ウクライナ経由のパイプラインでガスを受け取っている国々は、調達ルートを多様化したい思いが強い。ロシアからウクライナへのガス供給が一時止まった09年、下流の各国にもガスが届かなくなった経験があるからだ。

EUの行政執行機関である欧州委員会は、その動きを複雑な思いでみつめている。

欧州は天然ガスの約3割をロシアからの輸入に依存。ロシアとの関係が不安定になる中、EUはエネルギーの「ロシア頼み」脱却を打ち出し、欧州委のバローゾ委員長は「加盟国の団結が何より大切だ」と訴えてきた。
27日のEU首脳会議でも、エネルギーでロシアへの依存をどう減らすかが重要な議題だ。

その直前の動きに、「プーチン氏はEUを分断しようとしている」(スウェーデンのビルト外相)との批判も出ている。【6月27日 朝日】
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ロシアの焦り
ロシアの「サウス・ストリーム」を推進しているのは、ひとつには“ウクライナ経由のパイプラインでガスを受け取っている国々の調達ルートを多様化したい思い”ですが、天然ガス輸出が経済の根幹をなすロシア側にも切迫した事情があります。

****ロシア、米の輸出に焦り シェールガス、市場に革命****
プーチン大統領が天然ガスの輸出先の確保に躍起になるのは、世界的なエネルギー地図の変化で自国の地位が脅かされかねない、というあせりがあるからだ。

プーチン氏は24日、「米国は欧州に天然ガスを輸出しようとしている」と米国への警戒心をむき出しにした。プーチン氏は、米国の「シェールガス革命」で、世界の天然ガス市場が大きく変わり始めていることに神経をとがらせている。

「シェールガス」は、地中の「頁岩(けつがん)」と呼ばれる地層に含まれている天然ガスのことだ。これまでは、硬い岩盤に阻まれて安いコストで取り出すことが難しかったが、技術の発達で通常の天然ガスと同じぐらいの費用で生産できるようになった。このことが、世界のガス市場に「革命」と言われる影響を与えている。

米エネルギー情報局(EIA)によると、米国の原油と天然ガスの生産量は昨年、ロシアを抜いて世界一となった模様だ。

国際エネルギー機関(IEA)の予測では、米国など各国でシェールガスの生産が順調に進めば、そうでない場合に比べて、2035年の世界の天然ガスの主要国の輸入市場は、3割も縮小する。米国が輸入国でなくなることが大きな理由だ。

その縮小する市場を、ロシアは、輸出国に転じる米国などと奪い合うことになる。米国が「ロシアへの依存度を下げるため、我々の欧州の同盟国は米国の天然ガスを強く求めている」(下院外交委員会のロイス委員長)と輸出に前向きになっていることがロシアの神経を逆なでしている。

それだけに、ロシアは長期的な供給先の確保を急いでいる。プーチン大統領は5月に中国を訪問し、今後30年間中国にガスを輸出することで基本合意した。

だが、欧州向けより安い価格と見られる上、順調に輸出が始まるかどうかは不確かだ。欧州は長期的に安定的な輸出市場とみられるだけに、食い込みをさらに強めようとロシアは必死だ。【同上】
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米ロ、両にらみの日本
アメリカのシェールガス輸出には、欧州だけでなく日本も大きな期待を寄せています。

****G7:エネルギー安保強化へ シェールガスが柱に****
・・・・そうした中で欧州が新たな調達先として期待を寄せるのが、「シェール革命」で大量のガスを生産できるようになった米国だ。米国は国内価格を抑えるため、輸出先を原則として自由貿易協定(FTA)締結国に限っているが、販路を広げたいエネルギー業界の要望も踏まえ、昨年5月に非締結国の日本への輸出を解禁した。

26日、ブリュッセルでEUのファンロンパウ大統領らと会談したオバマ大統領は「EUへの天然ガスの輸出を容易にしたい」と述べ、欧州向け輸出を認める可能性を示唆。実現すれば、米欧によるエネルギー安保協力の大きな柱となる。

ただ、即効性には乏しい。パイプラインのつながっていない米国からの輸出には液化天然ガス(LNG)にしなくてはならず、輸出拠点の整備が必要。

しかも、既存の輸出案件は日本など売り先が決まっており、EU向け輸出が実現するのは数年後になる見込みだ。

ロンドン大学国際研究・外交センターのヒューバウム氏は「ロシア以外の近隣資源国とのパイプライン整備など他の代替策も数年の期間が必要。当面ロシア依存を続けざるを得ない」と指摘する。

米国のシェールガス輸出の動向を日本も注視している。「米政府が輸出認可のハードルを下げれば、日本向けの輸出も増える」(日系商社)との期待がある一方、EUと競合し、価格上昇に見舞われかねないためだ。

日本は新たな天然ガス調達先にロシアを位置づけているが、米欧との関係悪化が続けば「ビジネス拡大とはいかなくなる」(外務省幹部)可能性も高い。【3月28日 毎日】
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LNGの輸入量の1割を、原油の7%をそれぞれロシアに頼る日本は、東京電力福島第一原発の事故後は、停止した原発を補う火力発電の燃料としてLNGの輸入が急増しています。

アメリカのシェールガスとロシアの両方を睨んで、少しでも安いガスを・・・というところです。
ロシアとの関係では、日本としては北方領土交渉に前向きな雰囲気を作りたい思惑もありますが、欧米との共同歩調を乱して一人日本が・・・というのも難しい問題があります。

勝者は?】
ロシアに話を戻すと、今回のウクライナ問題ではプーチン大統領の“力”による国境線の変更という横暴ぶりが欧米の批判の的になっています。

意のままにふるまったロシア・プーチン大統領が勝者で、なすすべがなかったアメリカ・欧州はこれに敗れたとの評価もあります。

しかし、ウクライナでの強引な手法は「やはりロシアは信用できない・・・」という思いを欧州各国に抱かせることにもなり、先述のように国家経済の根幹である天然ガスの将来が不透明なロシアにとって得策ではなかったように思えます。

もちろん、その国が置かれた立場によっては今回オーストリアのような選択もありますが、長期的・全体的には「脱ロシア依存」を推し進めることになります。

そういう意味で、今回のウクライナ問題で“力”をふるったロシア・プーチン大統領は“やり得”という訳ではなく、将来そのツケを支払うことになるかも。

プーチン大統領も、これ以上の欧米との摩擦はロシアにとって不利益と見て、なんだかんだ言いつつも事態を収束させる方向で動き出したのでしょう。

ただし、もめ事においては予期せぬ不測の事態、突発的な出来事が起こりえますので、その場合は振り上げたこぶしを下ろせなくなり、意に反して事態がエスカレートするということもあり得ます。
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シリア・イラクでの“ねじれ”に悩むアメリカ

2014-06-27 22:45:44 | アメリカ

(24日、バグダッドでイラクのマリキ首相(右)と会談するケリー米国務長官 ケリー米国務長官は、挙国一致政権を拒否するマリキ氏は挑戦的な演説にもかかわらず、7月1日までに新政権樹立を開始する意向のようだと話しています。【6月26日 WSJ】)

シーア派、スンニ派、クルド人の3分割
イラクのスンニ派居住地域でスンニ派住民や旧バース党勢力の支援も受けて首都バグダッドを窺う勢いだったイスラム教スンニ派過激組織「イラク・レバントのイスラム国(ISIL)」は、さすがにシーア派住民が多い地域への侵攻は難しく政府軍との一進一退の攻防になっていますが、シリア国境や中部油田など含むイラク北西部にその支配地域を広げています。

対抗するマリキ政権は、南部からシーア派民兵を募り、更にシーア派の盟主イラン、これに近いシリア・アサド政権の支援を受けるなどシーア派色を強めており、スンニ派対シーア派の宗派間内戦の様相を呈しています。

一方、北東部では混乱の中で北部油田地帯のキルクークを占拠したクルド人勢力(クルド自治政府)が独自性を更に強めており、独立も視野にいれた情勢となっています。

****イラクは三つの地域に分裂****
宗派対立、民族間抗争は一度火がつくと消すのは大変で、余程強力、英明な君主や独裁者が出ないと鎮定できない。

ましてISISには外国人が多く、イラクの平和や統一ではなく、イラクを分裂させ、シリアなどの政権も倒して、「イラク・シリアのイスラム国」(最近は「イラク・レバント(地中海東岸)のイスラム国」とも称してレバノンも含みたいようだ)を作ろうとしているのだから、和解はまず絶望的だ。

イランのロウハニ大統領は18日「イラン国民はイラクのシーア派を守るために全力を尽くす」と述べたが、多分これはISISを牽制するための発言で、イランが本格的に軍事介入して、スンニ派ゲリラとの内戦に巻き込まれ、他国からは「イラク支配をはかる」などと言われれば不利の極みだから、何らかの支援はするだろうが限定的になるのでは、と考える。

その情勢を見れば、イラクはバグダッドを含む南部と、モスルを中心とする北部、アルビルかキルクークを中心とする北東部のクルド地域の3つに分裂する可能性が高いと考えられる。

内戦や毎月1000人もの死者が出ているという激しいテロの応酬が続くよりは、分離で平和になる方が民衆にとって幸せだし、石油を輸入する大多数の国々にとっても原油の安定的供給が可能となるのが望ましい。

もしイラクが3つに分裂すれば、南部にはルメイラ、マジヌーン、西クルナなどの大油田があり、スンニ派との対立抗争を続けている今日よりも豊かになりそうだ。

北東部のキルクーク大油田は今回のISIS蜂起で政府軍が逃走したため、クルド自治政府が支配下に入れ、クルド民兵がISISの侵入も防いだ。

クルド自治政府は独自に北のトルコに向うパイプラインもすでに建設している。
それ以外の北部、スンニ派アラブ人の多い地域にもいくつか油田はあるが小さく、キルクーク油田の権益配分を巡って北部のスンニ派アラブ人とクルド人の対立が後日起こるかもしれない。

イラク北東部のクルド人500万人はイラクを占領した米国の後押しで、イラク国内のクルド自治政府を持つことを認められたが、もしイラクが分裂すれば、はじめて正真正銘のクルド人の独立国家が生れる可能性がある。

だが、これはトルコ東部に住むクルド人1300万人、イラン南部の570万人、シリア東部の100万人のクルド人が新興のクルド国家との合併を求める分離運動を高揚させるから、それらの周辺諸国にとっては迷惑千万で、周辺諸国がイラク内戦に対して今後どのような動きを示すのか予測するに当たって、一つの重要な要素となりそうだ。(後略)【6月26日 DIAMOND online 田岡俊次】
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ねじれ現象
シーア派中心のマリキ政権を支援するイランは革命防衛隊司令官がバグダッドにはいって支援にあたっていますが、その他でも“限定的な”支援活動を行っています。

****イラン、軍装備品空輸か=イラク支援、無人機も投入―米紙****
米紙ニューヨーク・タイムズは26日、イスラム教スンニ派過激組織の攻勢にさらされているシーア派主導のイラクのマリキ政権を支援するため、シーア派大国であるイランが秘密裏にイラク上空に無人偵察機を飛ばして情報収集を進めるとともに、イラク政府に大量の軍装備品などを提供していると報じた。米政府当局の話として伝えた。【6月27日 時事】 
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シリア・アサド政権は、ISILを他の反政府勢力と抗争させるために、これまであまりISILへの攻撃は敢えて行ってこなかったとも言われていますが、ISILがイラクにも勢力を伸ばして勢いを強める状況で、本格的なISIL攻撃に踏み込んでいます。

アサド政権にとっては、“「テロとの戦い」に取り組む姿勢を国際社会に示す「好機」”とも指摘されています。

****シリア、ISISに攻勢 「対テロ」で政権批判そらす****
イラク政府軍とアルカイダ系武装組織「イラク・シリア・イスラム国(ISIS)」の戦闘が続く中、隣国シリアのアサド政権が、ISISへの攻撃を強めている。

シリア東部の拠点のほか国境を越えてイラクで空爆を始めたとの情報もある。危機に乗じて「テロとの戦い」をアピールすることで、国際社会が突きつける退陣要求をかわす狙いとみられる。

AP通信などによればアサド政権軍は25日、シリア北東部ラッカ中心部を空爆。反体制派は「十数人が死亡した」としている。ラッカはISISが本拠地を置くとされる。政権軍は同日、ISISが支配する東部デリゾール近郊も空爆したという。

また、米国のアーネスト大統領報道官は同日、シリア国境に近いイラクのISISが支配する地域を、シリアが24日に空爆したとの見方を示した。

イラクのマリキ首相は26日、英BBCにシリアによる空爆を認めた上で、「歓迎する」と話した。シリア政府高官は朝日新聞の取材に対し、「空爆は事実無根」と否定していた。

アサド政権軍がISIS支配地域での空爆を頻繁に行うようになったのは、今月中旬から。ISISがイラク北部で攻勢を強めた時期と一致する。

3年以上続くシリア内戦はアサド政権に優位な情勢。東部を攻撃する余裕が生まれたことに加え、アサド政権自体の生き残りをかけた思惑もありそうだ。

反体制派との内戦は3年を超え、犠牲者は16万人以上。欧米など国際社会はアサド政権の退陣を求めてきたが、アサド大統領は拒否。今月3日の大統領選でアサド氏は3選を決めたばかりだ。

そんなアサド政権にとって、反体制派に加勢するISISを掃討することは、「テロとの戦い」に取り組む姿勢を国際社会に示す「好機」となる。【6月27日 朝日】
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このような情勢をアメリカから見ると、テロ集団ISILの侵攻を食い止め、イラク戦争で多大の犠牲を払って作り上げた“民主国家イラク”を守るためには、対ISILという点において宿敵イラン・シリアと共通の利害を有する形になっています。

場合によっては、シリアで敵対しているアサド政権・イランと、イラクでは手を組んでISILにあたるとことも・・・という“ねじれ”が生じています。

ただ、イランやアサド政権への強い不信感などで、さすがにそれは・・・というところもありますし、もし、そういう形になるとサウジアラビアなどスンニ派湾岸諸国との抜き差しならない関係に陥ることも予想されますので、なかなかそこまでは踏み込めません。

できれば、シーア派に偏重した結果イラクをぶち壊したマリキ首相の首を切って、スンニ派・クルド人を含めた挙国一致政権をつくりたいところですが、マリキ首相は続投の意思を示しています。

そんな情勢で、結果的にアメリカは有効な手が打てない状況になっています。

****イラク情勢 米、過度の介入に牽制も 共通の敵に対抗の「ねじれ現象****
イラクでのISILの攻勢を受け、米国、シリア、イランが共通の敵であるISILに対抗する「ねじれ現象」が生じている。

米政府はシリアのアサド政権が化学兵器を使用したと非難。イランの核開発も安全保障上の脅威ととらえてきただけに、両国のイラク介入を強く牽制(けんせい)している。

ケリー米国務長官は25日、訪問先のブリュッセルで記者会見し、「真空を埋めようとする外部の力なしでイラクを守るには、新政府の樹立が急務だ」と語った。両国の過度のイラク介入にクギを刺すと同時に、同国のマリキ首相に対して暗に退陣を促した形だ。

イスラム教シーア派主体のマリキ政権に代え、スンニ派やクルド人との挙国一致政府を発足させれば、宗派対立に加担することなく支援を行うことができるというのが米政府の発想だ。

ただ、マリキ氏はこれに先立つ25日、退陣を明確に拒否。米国が新政権への移行を視野に入れているのに対し、マリキ氏はイランやロシアの支持で意を強くしているとみられる。

ケリー氏は26日、パリでサウジアラビア、アラブ首長国連邦、ヨルダンの外相と会談。27日にはサウジアラビアを訪れ、アブドラ国王と「共通の脅威であるISILへの対抗策や、シリアの穏健な反体制派への支援を話し合う」(ケリー氏)としている。

3カ国はいずれもスンニ派が中心で、オバマ氏が掲げる「国際協調主義」に基づき、イラク政府に外交圧力をかける狙いがあるとみられる。

一方、米議会からは「シリアのISILを空爆して指導者に損害を与えれば、イラク情勢も変わる」(共和党のグラハム上院議員)との強硬論も出てきた。【6月27日 産経】
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アメリカ中東政策の破綻
シリア内戦を泥沼化させ、その中でISILが台頭するのを許したのは、アメリカのシリア戦略の失敗の結果と言えます。

アメリカはこれまで“アサド政権はじきに倒れる・・・倒せる・・・・倒れて欲しい・・・倒れろ!”(NHK放送)とアサド政権排除に固執してきましたが、もはやアサド政権は倒れないということが明白になっています。

アメリカもこの事実を認めて方向を転換すべきところですが、やはり反アサド政権の構図は変わっていないようです。

****シリア反体制派を軍事支援 米大統領が5億ドル拠出求める****
オバマ米大統領は26日、シリアの穏健な反体制武装勢力を軍事的に支援するため、5億ドル(約508億円)の拠出を米議会に対して求めた。

反体制派にアサド政権や、イラクで攻勢を強めるイスラム教スンニ派過激組織「イラク・レバントのイスラム国(ISIL)」と対抗する能力を獲得させるのが狙いだ。(後略)【6月27日 産経】
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更に言えば、イラク・フセイン政権を倒せば“民主国家イラク”を実現できると安易に考えていたという点で、今日の混乱は中東政策全般の破綻の結果とも言えます。

****田原総一朗「安倍政権はイラク戦争支持の過去を総括せよ****
・・・・「ニューズウィーク」誌で、政治コラムニストのレイハン・サラムは、「アメリカが03年にイラクに侵攻したのは大きな間違いだった。そして11年に米軍がイラクから撤退したこともまた、大きな間違いだった」と厳しく指摘している。

イラクに侵攻したときの大統領はブッシュ、撤退したときはオバマ大統領だが、両者ともに大きな間違いを犯したというのである。

確かにブッシュ大統領のイラク侵攻は、フセイン大統領がアルカイダと深くかかわりがあり、しかも大量破壊兵器を隠し持っているというのが理由だったが、その事実はなく、いわばイラクを制圧するための言いがかりだった。

要するにアメリカの言うことを聞く「親米政権」をつくりたかったのだ。フセインをつぶせば、イラクは「親米政権」で収まると、簡単に考えていた。歴史が200年しかないアメリカ人には、千年以上のイスラムの宗派の深いもつれ、対立など理解できず、また理解しようともしなかったのであろう。(中略)

ラマダン副大統領が言った言葉が、強く記憶に残っている。
「我々が核兵器を持っていないから、アメリカは安心して我々を攻める。そしてフセイン大統領を殺すだろう。だが、その後イラクは混乱を極める。収拾がつかなくなる。そのときになってアメリカは初めて、イラクを安定させていたフセイン大統領の能力を思い知るはずだ」

レイハン・サラムによれば、先代のブッシュ大統領の補佐官だったスコウクロフトが「フセイン政権は打倒できるが、政権打倒後、大規模かつ長期間にわたる軍事占領が必要だ」と指摘していたようだ。

イラクはシーア派が多数でスンニ派が少数派である。ところがフセイン大統領はあえて少数派のスンニ派による多数派のシーア派の支配という形を取り、独裁ではあるがイラクを安定させた。

それに対してアメリカは、シーア派のマリキ首相に当然のようにシーア派政権をつくらせて、それでイラクが安定すると考えて撤退したのであった。

それにしても、アメリカではブッシュ、オバマ両大統領ともに厳しく批判され、混乱しながらも、アメリカが犯した深い誤りを総括しようとしている。(後略)【6月27日 田原総一朗 dot】
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若干オバマ大統領を弁護すれば、シーア派のマリキ首相でイラクが安定すると考えた訳ではなく、前提としてアメリカが苦労して作り上げたスンニ派住民の協力体制を維持するということがありましたが、それをマリキ首相が壊してしまった・・・ということがあります。

もっとも、完全撤退したことで、そういうマリキ首相の独善を許してしまったというオバマ批判はあります。

イラクへの深入りを望まないアメリカ世論
そうしたオバマ批判はありますが、ではイラクに再度深入りするのか・・・という話になると、アメリカの世論は割れており、むしろ厭戦的な気分が強いように見えます。

****イラク政策、国民の過半数反対=空爆の是非も分かれる―米調査****
イラクで攻勢を強める過激派への対応をめぐり、米国民の過半数がオバマ大統領の政策に反対していることが24日、最新の世論調査で分かった。大統領が必要と判断すれば実施するとみられているイラク空爆の是非についても、意見は割れている。

24日発表のワシントン・ポスト紙とABCテレビの合同世論調査結果によると、大統領のイラク政策に反対している人は52%で、「支持」は42%だった。調査は18~22日にかけ、全米の成人1009人を対象に電話で行われた。

オバマ大統領はイラク対応の一環として、最大300人の軍事顧問を派遣すると発表。イラク指導者に挙国一致の新政権発足を求めるとともに、過激派への軍事行動も辞さない考えを示している。しかし世論調査の回答者の46%は米軍による空爆に反対しており、支持の45%と拮抗(きっこう)した。【6月25日 時事】
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シリア、ウクライナ、イラクでのアメリカの対応について、“弱腰”“優柔不断”との批判を受けるオバマ大統領ですが、それは国民世論の“外国の戦争にもう関わりたくない”という声の反映でもあります。

****戦争を叫び続けるネオコンの孤独****
・・・・イラクがまた内部崩壊した今、(2003年のイラク侵攻の前、米国防省高官だった)ウォルフォウィッツ氏は再び公の場に姿を現し、過激派との戦いに対するバラク・オバマ大統領の「真剣さを欠く」態度を批判している。(中略)

しかし今回は、ウォルフォウィッツ氏のようなネオコン(新保守主義者)には味方がいない。ヒッチェンズ氏は故人となり、リベラルな左派から戦争支持へ回った離反者は皆、元の場所へ戻ってしまった。

ネオコン――およびディック・チェイニー前副大統領のような伝統的なタカ派――がオバマ氏を批判するためにラジオやテレビ放送に相次ぎ出演するなか、彼らの孤立は鮮明になっている。
保守派のフォックス・ニュースでさえ、大惨事の責任を負う政策立案者らからの説教に顔色を変えた。(中略)

民主党の最近の政策はむしろ、通常は米国のリベラルが忌み嫌う反政府発言を繰り広げる共和党のティーパーティー(茶会)系上院議員、ランド・ポール氏のそれと合致している。

ポール氏が掲げる驚くほど孤立主義的な外交政策は多くの保守派の間で支持を得つつあるが、軍事的冒険に対する同氏の攻撃演説は民主党の大部分とも調和する。(後略)【6月25日付 英フィナンシャル・タイムズ紙】
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なお、次期大統領をうかがうヒラリー・クリントン氏は、“武力行使に前向き”“オバマ氏よりずっと強いタカ派的な本能を持つ”とも言われています。
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ゾウの密猟、違法伐採など環境犯罪による利益がテロ組織・犯罪組織の資金源に

2014-06-26 20:54:05 | 環境

(牙を切断されたゾウの写真は正視にたえませんので、押収された牙の写真 6月5日、ケニア・モンバサで押収された象牙(ロイター=共同)【6月13日 時事】)

巨大な牙をもつ「サタオ」の死
ケニアで巨大な牙を持っていることで有名だったゾウが、象牙を目的とする密猟者によって殺されたそうです。

****巨大な牙で愛されたゾウ、サタオ殺害****
ケニアで最も愛されていたゾウの1頭サタオが命を奪われた。巨大な牙を得ることが目的だった。専門家たちは“とてつもない”損失だと嘆いている。

非営利団体(NPO)のトサボ・トラスト(Tsavo Trust)によれば、サタオはトサボ・イースト国立公園で毒矢に倒れた。矢を放ったのは密猟者で、サタオが苦しみながら息絶えるまで待ち、象牙を得るために顔を切断したという。
トサボ・トラストは一帯の野生生物と地域社会を守るために活動している。(中略)

サタオはとても目立つため、特別な保護を受けていた。それでも、守ることができなかった。
トサボ・トラストとケニア野生生物公社はこの18カ月、空と陸からサタオの動きを追っていた。トサボ・トラストによれば、「生前、サタオの巨大な牙は空からでも容易に確認できた」という。(中略)

1930~1940年代、アフリカ大陸には500万頭ほどのアフリカゾウがいただろうと推測されているが、現在は47万2000~69万程度まで減少している可能性が高い。国際自然保護連合(IUCN)のレッドリストでは絶滅危惧II類に指定されている。

自然保護団体の見積もりでは、毎年3万~3万8000頭のゾウが象牙を得るために密猟されている。象牙の主な行き先は中国やタイといったアジアの消費国だ。(後略)【6月17日 National Geographic】
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密猟が絶えないのは、象牙が破格の値段で取引されるからです。

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現地の密猟者に支払われている値段が、キロが150ドルの値段ですが、これ150ドルというと、レンジャーの例えば給料の1か月分。

平均すると大体、残っている個体が13.5キロぐらいの象牙が取れるのですが、その13.5と言いますと、やっぱり年収をはるかに超えたキャッシュが、現金収入が一瞬にして手に入るということで、人をすごい迷わす道なんですが、そういうことが問題で、さらに高い値段で闇で取り引きされているので、それがほかに悪用されて、組織などに使われていることが多いです。【5月26日放送 NHK】
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象牙目的の乱獲を生み出す最終消費者は現在は中国が大きな割合を占めていますが、かつては日本が最大消費国でした。

****アフリカゾウ 乱獲の引き金****
乱獲の歴史は1970年代にさかのぼります。日本での象牙の大量消費が要因の1つでした。
高度経済成長期、人々はこぞって象牙の印鑑などを買うようになります。
アフリカゾウの象牙の3分の2を日本人が消費していたと言います。

1989年、ワシントン条約により象牙の国際取り引きは禁止され、乱獲に歯止めがかかります。

ところが、9年後、事態は一変しました。
きっかけは合法象牙の取り引きが制限付きで認められたことでした。 死んだゾウの象牙を市場に出すことは輸出国と消費国、お互いの利益にかなうと考えられたのです。

これまで2回にわたり取り引きが許可されています。輸入を求めた日本と中国が許可を受けました。

しかし、このことが密猟による象牙ビジネスを刺激しました。 象牙市場が再び活性化し、価格が高騰したからです。
日本でも違法な象牙が摘発される事件が相次ぎました。

こうした違法な象牙が流通しないように日本政府は、ワシントン条約以前の象牙と合法象牙に登録を求める制度を設けています。

しかし、登録証を悪用して象牙を売買するなどの事件も起きていて、密猟象牙が出回っている可能性も指摘されています。【同上】
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ソマリアのイスラム過激派アル・シャバーブ:活動資金の40%が密輸象牙取引から
ゾウの密猟が問題なのは、単にユニークな動物であるゾウの減少、絶滅が危惧されるだけでなく、密猟で得られる資金が、隣国ソマリアのイスラム過激派アル・シャバーブに流れ、そのテロ活動の資金源となっているからです。

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アッシャバーブは、どのような手口で地元の人々を密猟に巻き込んでいるのか。
ナイロビから北へ80キロ。 密猟が頻発する現場を訪ねました。

300人ほどが暮らすツルカナ族の貧しい村。 牛やヤギなどの家畜で生計を立てています。 出会ったのは3人の元密猟者です。 密猟を始めたのは10年前のことでした。

元密猟者
「ある日、ソマリアから男がやってきた。ゾウは肉は食えないが、金になると教えてくれた。 象牙だ、ゾウを殺して象牙を取ってくれば金になると。」

「仲買人は機関銃と自動小銃を持ってきた。 『いいか、これを使ってゾウを殺すんだ』って銃弾も与えてくれた。
『だけど、この銃と銃弾は俺のだから後で買い取れ』って言われたよ。とにかく、それで俺たちはこの道に入った。」

アッシャバーブは、紛争の続くソマリアからこの村に銃を持ち込み、貧しい村人に密猟をさせ象牙を手に入れていたのです。
こうした手口を使って活動資金の40%を、密猟象牙の取り引きで賄っていると見られています。

こうした事態に世界は敏感に反応しました。
元アメリカ国務長官 ヒラリー・クリントン「テロリストたちは活動資金を象牙の密輸で得ている。アメリカの人々の安全を脅かしている。 密猟の犯罪者に対し、私たちは行動を起こします。」

アメリカは、今年2月、国内での象牙の商業取り引きを全面的に禁止しました。
フランスはパリの中心部で違法象牙を粉砕。 取り締りの強化を宣言しました。【同上】
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密漁は取締り側との銃撃戦で命を落とすこともある危険な仕事ですが、住民がアッシャバーブの誘いなどで密猟に手を染めるのは、仕事が見つからない、干ばつで家畜が死んで生活ができなった・・・などの、厳しい生活状況があります。

【“森林犯罪”による取引額は世界の木材取引の30%
密猟とテロ組織の関係に類似したものは、違法伐採にも見られます。

****環境犯罪の巨額収益、年2千億ドル****
象牙売買、密漁、違法伐採、その他あらゆる環境犯罪に関わる世界の産業は、年間700億~2130億ドルの収益を上げ、その多くが犯罪組織、武装集団、テロ組織の資金源になっているという。国連とインターポール(国際刑事警察機構)が6月24日、報告書を発表した。

「過去の報告に比べ、その規模は急拡大している」と話すのは、国連環境総会の即応ユニットリーダー、クリスチャン・ネルマン氏だ。

「主な理由の一つは、特に木材や野生動物の生息環境に関して、組織犯罪に使用される手法がほんの数年前まであまり知られていなかったためだ」。

今回の報告書は「環境犯罪の危機(The Environmental Crime Crisis)」と題されたもので、毎年2万~2万5000頭のアフリカゾウが殺害され、推計1億6500万~1億8800万ドル相当の象牙がアジアへ渡っていると述べられている。

同時にサイの角の取引額は、推計6380万~1920万ドルに上る。密猟されたサイの数は2007年には50頭未満だったが、2013年には1000頭以上に増加している。

しかし今回の報告書で編集責任者を務めたネルマン氏は、違法な木材取引はさらに急速に成長しているようだと語っている。“森林犯罪”による取引額は年間推計300億~1000億ドルに上り、これは世界の木材取引の30%に当たる。(中略)

アフリカで消費される木材の約90%は、薪や木炭に使用されている。木炭は、エジプト、イエメン、サウジアラビア、オマーンなど中東の数カ国へ違法な輸出もされている。

報告書によると、ソマリア一国からの輸出額は年間3億6000万~3億8400万ドルと推計され、うち最大5600万ドルは、昨年ケニアで発生したウエストゲート・ショッピングモール襲撃事件に関与したイスラム過激派組織アル・シャバーブの支援に使われているという。(後略)【6月25日 ナショナルジオグラフィック】
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ミャンマーの少数民族問題も違法伐採・密輸の利権が絡んでいるという話は、6月11日ブログ「ミャンマー 少数民族問題  停戦後も残る地雷  停戦を複雑にする木材密輸権益」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20140611)でも取り上げました。

こうした環境犯罪を防止するためには、供給現場での取締りと同時に、最終消費段階において違法性が疑われるものを購入しないという消費国の対応が求められます。

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(ケニアで若者たちに密猟をやめさせる活動を行っている女性)ジョセフィンさんは、アフリカゾウ密猟を巡って社会が荒廃していく状況をなんとか変えたいと考えていました。

ゾウは生きていれば観光資源になり、私たちの未来につながる。そう考え、密猟者を説得しています。

ジョセフィン・エキリさん
「私はゾウだけでなく、若者の命も助けたいのです。これまで銃撃戦で多くの若者が亡くなっていきました。 同じ部族の仲間たちを助けたいのです。」

ジョセフィンさんが密猟をやめさせた若者は19人。
しかし、仕事が見つからず、再び密猟に走ってしまう若者もいると言います。

ジョセフィン・エキリさん
「日本や中国など、象牙消費国にメッセージがあります。どうか密猟象牙を消費するのをやめてください。」【5月26日放送 NHK】
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ウクライナ  停戦・交渉への期待と危うさ

2014-06-25 22:29:26 | 欧州情勢

(6月20日 東部ドネツク州イジュームを訪れた軍服姿のポロシェンコ大統領 【6月21日 AFP】)

大筋では事態沈静化の方向
イラクで激しい戦火が噴出す一方で、ブスブスとくすぶり続けるようなウクライナ東部の情勢ですが、すでに民間人を含む1000人以上が死亡していると言われています。

5月末にロシア・プーチン大統領がウクライナ国境からのロシア軍部隊の撤退を決定したことで大規模衝突の危険が当面回避されたのに続き、6月6日にはフランスでウクライナ・ロシア両首脳が会談、6月20日にはウクライナ・ポロシェンコ大統領が1週間の一方的停戦を宣言、当初これに応じていなかった東部親ロシア派もロシアの後押しがあってか、停戦に応じて初交渉に臨む・・・と、大筋では事態沈静化の方向が見えてきてはいます。

****ウクライナ:政権と親露派、一時停戦 東部ドネツクで初交渉****
親ロシア派武装集団と政府軍との戦闘が続くウクライナ東部ドネツクで23日、ポロシェンコ政権と親露派が初交渉を行い、一時停戦や人質の解放などで合意した。

ウクライナ国家安全保障会議のパルビー書記が地元テレビで明らかにした。交渉にはロシアと全欧安保協力機構(OSCE)の代表者も参加。東部情勢の沈静化につながり得る動きとして注目されている。

インタファクス通信によると、ドネツク州庁舎を会場とする交渉には、政権側代理人のクチマ元大統領、ロシアのズラボフ駐ウクライナ大使、OSCEのタグリアビニ現地代理が出席。親露派側からは「ドネツク人民共和国」の首相を名乗るボロダイ氏や「ルガンスク人民共和国」の代表者らが参加した。

パルビー氏によると、政権側と親露派は(1)27日午前10時までの一時停戦(2)人質解放(3)地域のインフラ復旧−−で合意した。激戦地のドネツク州北部スラビャンスクでは早くも断水の復旧工事が行われたという。交渉は今後も継続される見通し。

ポロシェンコ大統領は20日、平和構築プランと一方的な1週間の停戦を発表し、親露派側に武装解除を迫っていた。

ロシアのプーチン大統領もプランへの支持を表明し、ポロシェンコ政権と親露派の双方に交渉開始を呼びかけていた。

東部での戦闘では既に、民間人を含む1000人以上が死亡したとみられている。【6月24日 毎日】
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今回、親ロシア派が交渉に応じたことについては、“ウクライナ東部の親ロシア派勢力が支配する2地域は、プーチン氏の制止を振り切る形で今年5月に一方的に独立を宣言した。このことで親ロシア派へのプーチン氏の影響力を疑問視する見方も出ていたが、今回の発表から、プーチン氏の意向が親ロシア派の意思決定に決定的な役割を果たしていることがうかがわれる。”【6月24日 AFP】とも。

もっとも、“制止を振り切る形”だったのか、暗黙の了解・戦略だったのか・・・そこらへんの親ロシア派とプーチン大統領の関係はよくわかりません。

ロシアは表立っては親ロシア派武装勢力への支援は行っていないとはしていますが、ロシアがウクライナの親ロシア派武装勢力に戦車や自走式ロケット砲を提供しているとのアメリカの批判(6月13日)のように、一定に支援を行っているようにも見えます。

表の交渉においては、ウクライナ政府と親ロシア派の交渉を後押しして、緊張を緩和すべく、ロシア・プーチン大統領は“派兵取り消し”の措置をとっています。

ただし、“ロシアは常に「介入カード」を懐に用意している状態”というように、ストレートに緊張緩和に向かうというものでもないようです。

****ウクライナ 露大統領「派兵取り消し」 東部親露派、27日までの停戦合意****
ロシアのプーチン大統領は24日、露軍をウクライナに派遣することを認めた露上院の決定を取り消すよう要請した。上院は25日に決定を撤回する方針。

これにより、露大統領の国外派兵を可能にする法的根拠が失われる。

ウクライナ東部の親露派勢力も23日、ウクライナのポロシェンコ大統領の停戦提案を受け入れると表明。ロシア軍によるウクライナ侵攻の公算が当面は小さくなり、東部情勢は緊張緩和に向かう兆しが出てきた。

(中略)取り消しを求めた理由については、「ポロシェンコ氏が和平プロセスに向け重要な一歩を踏み出したからだ」と述べた。

ポロシェンコ氏はこの直後に声明を発表し、自らが打ち出した和平計画にプーチン氏が応じる「最初の実務的な一歩だ」として歓迎を表明した。

両者は今月6日にフランスで初会談し、その後も協議を重ねて露軍のウクライナ派兵撤回などで合意したとみられる。

プーチン政権がウクライナへの融和路線に転じる構えを示した背景には、追加制裁の姿勢を崩さない欧米諸国との関係改善を図る狙いもあるとみられる。

ロシアでは昨年来、国民のプーチン人気の原動力となってきた経済成長に陰りが見え、今年はウクライナ危機のあおりを受けてマイナス成長に転じる恐れを指摘する声も出ている。

ポロシェンコ政権の背後にいる欧米諸国との対立を和らげることは、自国経済を悪化させる不安定要素の解消にもつながる。(中略)

両国では、今回の動きは緊迫化する一方だった東部情勢が正常化に向かう契機になると評価されている。

しかし、西側外交筋は「プーチン政権はクリミアや東部地域を、自らの影響力を及ぼす『てこ』と考えており、簡単には手放さない」と語る。

実際、ドネツクの円卓会議にはプーチン氏と関係が深いウクライナの政治勢力代表が出席しており、専門家は「今後の交渉はロシア側に有利に進む」と指摘している。

ロシアは軍事派遣の選択肢を放棄したとしても、露側からウクライナに「義勇兵」や兵器を流入させれば、ウクライナ東部に圧力を加え続けることができる。

ロシアは常に「介入カード」を懐に用意している状態といえ、緊張緩和は一筋縄では進みそうにない。【6月25日 産経】
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ロシア・プーチン大統領は「ロシア系住民を守っていく」と、介入も辞さない姿勢を見せて交渉の成り行きを牽制しています。

****親露派住民「守っていく」プーチン氏が強調****
ロシアのプーチン大統領は24日、オーストリア大統領府での記者会見で、ウクライナのポロシェンコ大統領が発表した親ロシア派住民側との1週間の「停戦」について「停戦(宣言)だけでは十分でなく、実質的な話し合いが行われるべきだ」と述べた。

そのうえで「民族面や文化面、言語面でロシアと関係する人々を守っていく」と強調。親露派住民の権利が十分認められない場合、ロシアが介入する姿勢をちらつかせ、ウクライナ政権側をけん制した。【6月25日 毎日】
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ロシアの思惑など留意すべき点は多々あるものの、とにもかくにも戦闘沈静化・交渉の方向に向かい始めたことは、大いに喜ばしいことです。

停戦合意が崩れる恐れも
さしあたっては、27日までの停戦でさらなる前進が期待されるところですが、停戦中にもかかわらず政府軍ヘリが撃墜され、ポロシェンコ大統領が戦闘地域での反撃を軍に指示するなど、“さしあたりの話”についても予断が許さない状況です。

****ウクライナ親露派、政府軍ヘリ撃墜 9人死亡 停戦合意崩れる恐れ****
ウクライナ東部のスリャビャンスク郊外で24日、親ロシア派が指導者からの停戦指示に背いて政府軍のミル8(MI-8)ヘリコプターを撃墜し、乗っていた9人が死亡した。

これを受けてペトロ・ポロシェンコ大統領は、自ら宣言した停戦を撤回する可能性を示唆した。

ウクライナ軍の報道官によると、ヘリコプターは携帯式地対空ミサイルで撃墜されたという。

この事件により、ロシアの影響力が大きいウクライナ東部の工業地帯で、独自の規定に従って行動しているとみられる一部の戦闘員らに対しては、ロシアおよび親露派指導部の統制が行き届いていないことがうかがえる。(後略)【6月25日 AFP】
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実情はよくわかりませんが、反政府勢力すべてが必ずしもロシアのコントロール下にある訳でもないだろうことは、想像に難くないところです。

今後の交渉内容については、停戦の延長はともかく、親ロシア派勢力の武装解除、更には自治権付与といった東部のウクライナ内における位置づけなど、難題が山積しています。

何らかの合意が今後得られたとしても、「プーチン政権はクリミアや東部地域を、自らの影響力を及ぼす『てこ』と考えている」状況では、紛争の火種は当分残る、将来的には再燃もありうると見るべきでしょう。

なお、クリミアについてはロシアが手放すことは100%考えられません。
歴史的経緯、住民構成などからして、ロシア帰属を一概に否定できない側面もあります。

ウクライナ側も「クリミアを返せ」という主張をおろすことはできないでしょうが、実質的にはそこにこだわることなく交渉を進めるしかないでしょう。クリミアという“しっぽ”はロシアに差し出すかわりに、ウクライナ本体をどのように維持していくか・・・が、ウクライナ側の焦点になります。

“陣取り合戦”的な見方で言えば、欧米としてはウクライナ本体をロシアから切り離すことができれば、騒動の発端となった親ロシア派のヤヌコビッチ政権当時に比べて更に影響範囲を拡大した、ロシア側はソ連解体に続き更に影響範囲を狭めたということになります。

政府債務(借金)は総額700億ドル(約7兆円)を超える
ウクライナ・ポロシェンコ大統領としては、とりあえずの停戦、東部の位置づけという問題のほかに、今後に向けては経済の立て直しが急務となります。
決裂した形になっている、ロシアとの天然ガス交渉をどうするのか?という問題もあります。

**************
EUの天然ガス消費の約3割がロシア産で、うち42%はウクライナ経由で輸送されている。09年にはロシアが欧州向け供給まで停止し、厳寒期の各国に影響が広がった。

ウクライナには12月までのガス備蓄があるものの、需要が増える冬場までに事態が好転しなければ、同様の危機が起きる恐れがある。【6月18日 産経】
**************

今後の経済立て直しについては、ウクライナは当然にEU支援をあてにしていますし、EUとしてもウクライナ情勢安定化のためには支援していかざるを得ません。

****ウクライナとEU、接近 加盟向け、連合協定署名へ ロシアの反発必至****
欧州連合(EU)は23日、外相理事会でウクライナと将来の加盟に向けた「連合協定」に署名することを決めた。

27日の首脳会議には同国のポロシェンコ大統領が出席して協定に署名し、親ロシア派との衝突を終わらせる「和平計画」への理解も求める。

EUとウクライナの連携強化がまた一歩進み、ロシアがどう対応するかが今後の焦点になる。

連合協定をめぐっては昨年11月、ウクライナの当時のヤヌコビッチ政権がロシアの反対で締結交渉を中断したため、ウクライナで反政府運動が激化。現在の危機の発端になった経緯がある。

協定は行政や司法改革をEUと共有する政治部分と自由貿易協定(FTA)など経済部分に分かれ、ウクライナは3月、政治部分のみに署名。

5月の大統領選で「欧州統合への参加」を掲げて圧勝したポロシェンコ氏は締結を最重要課題の一つと位置づけ、経済部分の締結も実現した。

ウクライナが親ロシア派に対し、15項目の「和平計画」を示し、一方的に27日までの停戦を宣言したのも、親ロシア派との武力衝突の解決をEUとの連携強化と同時に進めたい考えがあったとみられる。

EU側にも締結を急ぐ理由がある。ウクライナの政府債務(借金)は総額700億ドル(約7兆円)を超える。政変を受け、ロシアからウクライナへの天然ガスは供給がストップ。EUは情勢の安定化には、ウクライナ経済の立て直しが最優先と判断したとみられる。

EU加盟を希望する国への本格的な財政支援は、協定締結が前提だ。EUはFTAの関税撤廃で、ウクライナの収入が年間約12億ユーロ(1680億円)増えると推計する。

ただ、27日にはモルドバやグルジアも連合協定に署名する見通しで、旧ソ連圏の経済再統合を目指すロシアの反発は必至だ。

欧州委員会のバローゾ委員長は13日、ロシアのプーチン大統領に電話で、ロシアとも話し合いを続けることを説明した。EU高官は「ウクライナで生産活動するロシア企業にもメリットがある。理解されるはずだ」と話す。

EUの外相理事会に出席したウクライナのクリムキン外相は23日、会合後の会見で「各国からの投資が促進され、雇用が増えることを期待している」と話した。【6月24日 朝日】
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見方を変えると、EUは“政府債務(借金)は総額700億ドル(約7兆円)を超える”という厄介者の面倒を見ないといけない困った状況に置かれている・・・とも言えます。

ウクライナをめぐる問題では、誰が得をし、誰が損をしたかは、もう少し長い目で見ないとわからないかも。
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西アフリカで深刻な「エボラ出血熱」流行 「もはや制御不能」とも

2014-06-24 21:47:21 | 疾病・保健衛生

(現地で対応にあたる「国境なき医師団(MSF)」スタッフ 車の窓に貼られたシールは“武器は持っていません。攻撃しないで!”というものでしょうか? “flickr”より By PortalPE 10 https://www.flickr.com/photos/125339423@N06/14307030549/in/photolist-nvnzeN-nxrzaY-nxqtmX-nRLjxd-nzpYWT-nzqN8p-nzqXTr-nzp3L8-nTFvNt-nCn53W-nvnxkN-nm6H8v-nCn8rQ-nEnjjR-cfSDY9-nUABVG-nYbmbJ-nwVEva-nNggJv-nUzyhU-nLSS2a-ngwTGh-nxJkD2-nxALme-nMgRvM-nKC7sC-nMdyhh-ny3AHW-nNe8vu-nxM5mE-nMYxjm-nxZrDH-nxdmNh-nJD1pR-nMfCjv-nED7wX-nFSQEq-nJvnWs-nWtxWS-nsGvrs-nqkrXt-nNgNXZ-nHzx9m-nxi1ES-nFUoNG-nJ5Fov-nJ6G8H-nVY9Xe-nxRQTp-ncBGfn/)

過去最悪の流行 「もはや制御不能」】
「エボラ出血熱」については、2012年8月1日ブログ「ウガンダ エボラ出血熱で14人死亡」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20120801)で、当時のウガンダでの流行を取り上げたことがあります。

西アフリカ・ギニアでの発生に関する報道を目にしたのは今年3月で、当時は「謎の病気」という扱いでした。

****ギニアで謎の病気発生、6週間で23人死亡****
西アフリカ・ギニアの保健省は20日、同国南部で正体不明の病気が発生し、6週間で少なくとも23人が死亡したと発表した。病気の正体については、まだ明確な特定には至っていないという。

同保健省で疾病予防を担当するサコバ・ケイタ医師は「、2月9日に発症例が初めて観察された発熱性の病気が、これまでに計36人で確認され、うち少なくとも23人が死亡した。死亡患者の中には、マセンタの病院の院長と職員3人が含まれている」と語った。

同医師は「被害が最も大きいのはゲケドゥ行政地区で、患者19人のうち13人が死亡した」と付け加え、「症状には発熱、下痢、嘔吐(おうと)が含まれ、一部の患者には出血もみられる」と指摘した。

この病気の症状は、ラッサ熱、黄熱、エボラ出血熱に似ており、感染力は非常に強い。ゲケドゥには、病気の特定を目指して医療専門家チームが派遣された。(後略)【3月21日 AFP】
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この報道直後の3月22日、ギニア保健省は同国南部で流行している非常に感染力の高い伝染病はエボラ出血熱だと確認されたと発表しました。この時点で死者は59人に上っていました。【3月23日 AFPより】

3月24日には、カナダにおいて、西アフリカ・リベリアへの旅行から帰った男性がウイルス性出血熱とみられる症状で重体となっていることも報じられるなど、人の移動に伴って遠隔地への感染拡大も懸念されました。【3月25日 CNNより】

前回2012年8月1日ブログで、“ウイルス感染によって引き起こされるエボラ出血熱は、感染したときの致死率が50~89%と非常に高いこと、現在のところ治療法が確立していないこと、自然界における宿主も定かでないこと、全身の内外出血というショッキングな症状を呈すること・・・などから、映画や小説のアウトブレイクものを連想されるところがあります。”と書いたように、強烈なイメージがある病気ですが、これまでも2008年のコンゴ、2011~2012年のウガンダで発生したように、散発的にアフリカで発生していますので、「またか・・・」という感もありました。

エボラ出血熱は毒性が非常に強いため、感染が拡大する前に感染者が死亡してしまい、インフルエンザのように爆発的に感染が拡大する心配はない・・・ということもあって、やがて終息宣言が出されるのだろう・・・と考えていました。

しかし、その後も犠牲者数が増え続け、範囲もギニアから隣国のリベリア、更にシエラレオネと拡大する“過去最悪の流行”となっています。

****西アフリカのエボラ、死者337人に 過去最悪の流行****
世界保健機関(WHO)は18日、西アフリカ3か国でのエボラ出血熱による死者が、これまでに起きたエボラ流行としては最多の337人に達したと発表した。

WHOによると、死者数は最も深刻なギニアで264人に達し、シエラレオネで49人、リベリアで24人。死者を含めた感染者数は3国で計528人となっている。

ただ、患者数の増加は感染の急速な拡大を意味しているわけではなく、同地域における警戒の高まりと、疑い例の感染が確認されたためにもたらされたものだと、WHO報道官は説明している。

今回発表された感染者数のうち、ギニアでの感染者は398人と、4月末時点で確認されていた121人の3倍を超える数となっている。

同国のアルファ・コンデ大統領は4月末、当局は十分な対応を取っており、これ以上の感染者は発生しないだろうと楽観的に語っていた。

一方、3週間前に最初の死者が出たシエラレオネでは、97人の感染が確認された。リベリアでは流行が数か月前に終わったとみられていたが、感染は再び拡大し、これまでに33人の感染者が確認されている。【6月19日 AFP】
*****************

WHOは“患者数の増加は感染の急速な拡大を意味しているわけではない”と抑制気味ですが、国際医療支援団体「国境なき医師団(MSF)」は“もはや制御不能”と深刻さを訴えています。

****西アフリカのエボラ出血熱、「もはや制御不能」 MSF****
西アフリカで流行しているエボラ出血熱について、国際医療支援団体「国境なき医師団(MSF)」は23日、感染が深刻な地域が60か所を超え、「もはや制御不能」な状態だと語った。

「国境なき医師団」は報道発表文のなかで、「現在のエボラ出血熱流行は地理的な拡大、感染者および死者の数において前例をみない規模にある」としている。

致死率が最大90%とされるエボラ出血熱のまん延が、あまりに急速なため支援団体や医療関係者らも手に負えず、感染地域の住民たちは恐怖に陥っていると、MSFのオペレーション・ディレクター、バート・ジャンセンズ氏は言う。

「新たな感染地域がギニア、シエラレオネ、リベリアで見つかっており、(エボラ出血熱が)他の地域へも拡大する危険が現実に迫っている」(後略)【6月24日 AFP】
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「もはや制御不能」と言われても困るのですが・・・。

WHOと国境なき医師団(MSF)は、以前から事態の評価に関して差がありました。
4月時点でMSFが“前代未聞”の状態と発表したのに対し、WHOは“過去の流行に比べ異例の規模ではない”と反論していました。

****エボラ熱流行「前代未聞」=医療団体が警告―西アフリカ****
国際医療支援団体「国境なき医師団(MSF)」は31日声明を出し、西アフリカで広がりつつある致死性の高い伝染病エボラ出血熱について、「これまでにない規模の流行であり、前代未聞」の事態だと警告した。【4月1日 時事】
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****エボラ熱流行、異例ではない=医療支援団体に反論―WHO****
世界保健機関(WHO)は1日、西アフリカのギニアで感染が相次いでいる致死性の高いエボラ出血熱について、過去の流行に比べ異例の規模ではないとの認識を示した。

国際医療支援団体「国境なき医師団」は「前例のない規模」との認識を示しているが、これに反論した。(後略)
【4月1日 時事】 
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現場サイドの見方であるMSFと、国際的な影響なども考える必要があるWHOの立場の違いもあるのでしょう。
WHOが決定を下すと、各国はそれに対応した対策(市民生活を制約するものを含め)をとる必要があり、事態は一気に拡大します。新型インフルエンザなどでも、どの時点でパンデミックを宣言するか、WHOは非常に難しい決定を強いられます。

抑制気味なWHOですが、事態の深刻さは否定していません。

****西アフリカ:WHO専門家「エボラ出血熱、深刻な状況****
世界保健機関(WHO)の感染症の専門家フォルメンティ博士は28日、ジュネーブで記者会見し、ギニアなど西アフリカで3月以降流行したエボラ出血熱について「依然として深刻な状況だ」と指摘、今も終息に向かっていないとの見解を示した。

フォルメンティ氏は最近ギニアからジュネーブに戻ってきたばかり。「地理的に感染が広がっており、憂慮すべきだ」と警告、地元住民にエボラ出血熱の危険性を周知させることが最優先課題だと強調した。(後略)【5月29日 毎日】
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葬儀の準備で遺体を手で洗うという風習が感染を拡大
今回の感染拡大の背景には“葬儀の準備で遺体を手で洗うという風習”があることが指摘されています。

****ギニアでエボラ感染拡大、原因と対策は****
・・・原因のウイルスは血液などの体液を媒介に伝染。進行すると、発症者の口腔や鼻腔、消化管などから激しく出血する。
世界保健機関(WHO)によると治療法は確立されておらず、致死率は90%に達する場合もあるという。

ニューヨークにあるコロンビア大学メイルマン公衆衛生大学院、ジョン・スノウ冠教授(疫学)のイアン・リプキン氏に話を聞いた。

◆ヒトはどのように原因ウイルスと接触するのでしょうか?

コウモリや霊長類など、発症した動物が感染源と考えられます。ヒトへの流行以前に、近隣地域でゴリラなどの類人猿が死亡するケースも確認されています。ただし今回は、霊長類の死亡に関する情報はまだありません。

◆動物からヒトに伝染する原因は?

最初の感染は野生動物の肉が媒介しました。コウモリや霊長類をタンパク源として食用処理する過程で、動物の血液に触れることになります。

◆ヒトからヒトへ伝染する経路は?

簡単には伝染しません。しかし、ある地域には、葬儀の準備で遺体を手で洗うという風習があります。魂を来世に送るための愛情深い方法なのです。このような行為を通じて患者の体液に非常に接触しやすくなり、感染してしまうんですね。

基本的に空気感染しないウイルスなので、遺体を洗う行為に歯止めがかかれば、流行のコントロールは比較的容易と言えるでしょう。

◆性的接触ではどうでしょう?

一部には性行為による伝染の証拠もありますが、大きな問題とは思いません。主な原因は、感染した動物の肉食と葬儀の習慣です。

◆今回のケースでは、ウイルスがギニアの地方から首都へ、さらに国境を越えて広がっているようです。

そこが通常とやや異なる点で、ヒトがキャリアになっていると見られます。エボラ出血熱の流行は、野生動物の肉と接触するジャングルや地方で発生するのが一般的です。

今後、疫学的調査を行えば、どのように国境を越えたのか興味深い事実が判明することでしょう。遺体の搬送も、有力な拡大原因の1つです。

ある地域で誰かが亡くなった場合、関係者が現地で遺体の世話をすれば、それ以上は感染が拡大しません。埋葬のために遺体をほかの場所に搬送したり、都市部の人間が地方の葬儀で往復するような場合、感染が広がる可能性があります。

◆エボラ出血熱は必ず死に至るのですか?

回復するケースもありますが、極めて危険な感染症です。感染の兆候を示した患者の大部分は死亡しています。

◆治癒は可能でしょうか?

まだ有効な治療薬はありませんが、研究が進められています。

◆ワクチンは効果がありますか?

ワクチンは基本的に、大規模な感染症の予防のために用いられます。有効なワクチンがある場合でも、使用には常に潜在的なリスクが伴います。

それよりも、患者の治療法をオンラインで公開する方が効果的ですね。回復した患者から採取した治療抗体も重視されています。ワクチンの迅速な作成や、ウイルスの自己複製を抑える医薬品開発につながるためです。

まだ流通している薬はありませんが、一部の動物実験では、ワクチンを接種して発症を抑えた例があります。

◆今回の流行はいずれは阻止されるでしょうか?

通常は、国境なき医師団のような国際団体が現地に入り、地域を封鎖します。さまざまな診断検査でスクリーニングを行い、感染者を特定します。葬儀の習慣のような行為があれば、やめるように指示します。このようにしてパンデミックが抑えられるのです。

しかし報道によると、今回は期待どおりには抑えられていません。多くの犠牲者が出るかもしれませんが、自然治癒性の流行であるよう願っています。既に死者は60人を上回っており、予断を許さない状況ですが。【3月28日 ナショナルジオグラフィック】
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“基本的に空気感染しないウイルスなので、遺体を洗う行為に歯止めがかかれば、流行のコントロールは比較的容易と言える”と思われていたのですが、事態は悪い方向に進んでいるようです。

前出【6月24日 AFP】にあるように、最前線で対応にあたっているMSFが「もはや制御不能」と言っていますので、残念ながら感染は更に拡大しそうです。

手が付けられない山火事が燃えるだけで燃えて自然鎮火するのを待つしかない・・・・そんな悲観的状況も想起されますが、遺体への対処法など、これまで以上に住民への周知徹底をすることで極力犠牲者を減らすように関係者の努力が望まれます。

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バチカン フランシスコ法王、中東の次はアジア外交 「マフィア」を破門

2014-06-23 22:56:03 | 国際情勢

(イタリア南部カラブリア州を訪問し、信者に手を振るフランシスコ法王 【6月23日 AFP】)

【「憎悪と暴力の連鎖」に終止符を
フランシスコ・ローマ法王の宗教者としての立場からの中東和平に対する積極的関与については、6月10日ブログ「ローマ法王 「平和の構築には戦争をするよりも勇気が要る」 中東和平交渉への取り組みを促す」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20140610)でも取り上げました。

****ローマ法王:中東和平に存在感 両首脳対面を仲介****
フランシスコ・ローマ法王は8日、イスラエルのペレス大統領とパレスチナ自治政府のアッバス議長をバチカンに迎え、中東和平を訴える合同祈願の集いを開いた。

対立するイスラエルとパレスチナの首脳がバチカンで共に祈りをささげたのは初めて。オバマ米政権の中東和平への取り組みが精彩を欠く中、法王は紛争解決の仲介者としての役割を国際社会に印象付けた。

法王外交の原動力は中東に暮らすキリスト教徒の域外流出に歯止めをかけ、窮状を改善したいとの願いだ。ローマ・LUMSA大学のボニーニ教授は「従来の力関係や紛争当事者の利害という側面でなく、(宗教という)別の角度から光を当てようとする新たな試みだ」と分析する。

平和祈願の集いが中断している和平交渉の再開に直結するとの見方は少ない。ペレス氏は任期切れを来月に控え、対パレスチナ強硬路線のネタニヤフ・イスラエル首相は歩み寄りの姿勢を示していないからだ。

ただ、イスラエルには今回の集いがネタニヤフ氏の強硬路線を国際的に孤立化させるとの見方もある。地元メディア「Yネット」は「首相に新たな打撃」との分析記事を掲載した。

イスラム原理主義組織ハマスを「テロ組織」と糾弾する同氏は、自治政府とハマスの統一政府を断固拒否しているが、米欧は既に支持する方針を示しており、今回の集いはむしろネタニヤフ氏の「孤立感」を際立たせたとの見方からだ。【6月9日 毎日】
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法王は中東歴訪中も、パレスチナ人の苦難を象徴する分離壁に額を押し当て祈りをささげるなど、予定にない行動で関係国に衝撃を与えました。

8月には韓国を訪問する予定だそうで、従軍慰安婦問題などで“予定にない行動”もひょっとしたら飛び出すのかも。
訪日の可能性もあるようです。

また、中国でのキリスト教への圧力が強まっている(4月29日ブログ「中国 拡大するキリスト教 宗教を管理しようとする共産党」http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20140429)状況で、中国との関係も注目されます。

****ローマ法王:アジア外交を本格始動へ 中東歴訪に続き****
フランシスコ・ローマ法王が5月下旬の中東歴訪に続き、対アジア外交を本格的に始動する。

日本にキリスト教を伝えた宣教師フランシスコ・ザビエル(1506~52年)で知られる修道会イエズス会出身の法王にとって、アジアは「重点地域」(バチカン報道官)。

今夏から2016年にかけてアジア諸国を相次いで歴訪する予定。訪日や中国との対話再開が実現するかどうか注目されている。

法王は8月14~18日、昨年3月の就任後初のアジア訪問として韓国を訪れる。報道によると、18日のミサには北朝鮮のキリスト教徒が参加する可能性がある。

また、宗教紛争を抱えるスリランカと、昨年11月に台風被害を受けたアジア最大のカトリック国フィリピンを来年1月中旬に歴訪する。2016年1月にはカトリックの重要行事「国際聖体大会」が開かれる同国を再訪する可能性が高い。

先々代のヨハネ・パウロ2世は129カ国を歴訪して「空飛ぶ法王」の異名を取ったが、前任のベネディクト16世は在位中にアジアを訪問する機会がなかった。
イタリアの「ヨハネ23世宗教科学財団」のメローニ所長は「バチカンの外交政策はアジアを向いている」と分析する。

法王は出身国アルゼンチンの神学生時代に日本での宣教を希望していたことで知られる。6月6日にバチカンで安倍晋三首相と会見した際には訪日招請に「ぜひ訪れたい」と応じた。日本の信徒は来年中の法王訪日の実現に期待を寄せている。

注目されるのは外交関係のない中国との対話再開の兆しだ。香港の英字紙サウス・チャイナ・モーニング・ポストは8日、双方が新指導部となったのを機に「対話再開を準備している」と報じた。

ミラノ・カトリック大学のジョバニョーリ教授(歴史学)は「双方の関係はここ数年、難しかったが、欧米出身でないフランシスコ法王の誕生で雰囲気が好転した」と対話再開の可能性を指摘する。

法王は5月24~26日の中東歴訪で、和平の仲介役として存在感を示した。6月8日にはイスラエルとパレスチナの首脳をバチカンに招いて中東和平祈願の集いを開き、「憎悪と暴力の連鎖」に終止符を打つよう要請した。【6月14日 毎日】
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法王の仲介で日中韓の険悪な関係が少しでも改善する方向に向かうのであれば、喜ばしいことですが、イスラエル・パレスチナ関係同様、なかなか・・・。ただ、先述のような“予定にない行動”などで、ある国が国際的に居心地の悪い立場に立たされることになる・・・ぐらいはありえます。

貧者のための教会
法王は従来からの形式にこだわらず、清貧を重んじ、「貧者のための教会」をアピールする姿勢を強調しており、贅沢を排するなど内部改革にも積極的に取り組んでいます。

****清貧なるローマ法王の怒り 枢機卿のぜいたく新居に****
ローマ法王フランシスコは、枢機卿時代からおよそぜいたくとは無縁の暮らしを送ってきた。

法王に選出されても、バチカン宮殿内の十数室からなる法王専用住居は、1人には広すぎると、執務や外国使節の謁見などにしか使っていない。普段は市内のサンタ・マルタ館の、2部屋とバスルームだけという質素な住居に住んでいる。

サンタ・マルタ館とは、4月に聖人になった故法王ヨハネ・パウロ2世が1996年に、法王選挙のために世界中から集まる枢機卿の宿泊施設として改築させたもので、普段はバチカン勤務の聖職者や外部からの訪問者の宿舎になっている。法王フランシスコは、食事も宿泊者と同様、セルフサービスの食堂で済ませている。

ところが、前法王庁国務長官のベルトーネ枢機卿が、サンタ・マルタ館の隣にある法王庁所有建物の最上階に、700平方メートルの住居を新築中とメディアに報じられた。自分と家事に従事する尼僧4人のためのついのすみかという。

現法王は「聖職者のぜいたくや見え」を厳しく戒めたばかりである。法王はこの件を知り、激しく怒ったとも伝えられている。【5月18日 産経】
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劣悪な現状に注目を集める目的も
そんな内部改革の一環として、日ごろ噂されるバチカンとマフィアの黒い関係の一掃にも乗り出しています。

****マフィアは破門する」と法王、3歳児犠牲のイタリア南部を訪問****
ローマ・カトリック教会のフランシスコ法王(77)は21日、犯罪組織「ンドランゲタ」が拠点とするイタリア南部カラブリア州を訪問し、マフィアのメンバーは全員「破門する」と宣言して組織犯罪を厳しく批判した。

フランシスコ法王は信者らを前に、マフィアは「悪魔を崇拝し、公益をさげすむ者たちだ。このような悪は叩きのめし、追放せねばならない」と糾弾。「マフィアのように悪の道を歩む者たちは、神に属すことはない。彼らは破門される」と述べた。

破門された人間は、カトリック教会から追放され、悔い改めない限り、死後に地獄で責め苦にあうと考えられている。

カラブリア州では1月、3歳の男児がマフィアの報復に巻き込まれて殺害される事件が起きている。

この男児「ココ」ちゃんは、祖父が麻薬の代金を支払えなかったことを理由に、祖父とそのパートナーのモロッコ人女性と共にンドランゲタに頭部を撃たれて殺害された。ココちゃんの遺体は焼け焦げた車の中から縛られた状態で見つかり、イタリア全土に衝撃を与えた。

その2か月後には近郊のプーリア州でも、やはり3歳児が殺害される事件が起きている。

バチカン広報当局によると、フランシスコ法王はココちゃんの父親と祖母に会い、慰めの言葉をかけるとともに「このような形で子供が犠牲になることが2度とあってはならない」と語ったという。

法王のカラブリア州訪問をめぐっては、ンドランゲタを挑発するのではないかとの危惧があった。フランシスコ法王はマフィアと決別するよう熱心に呼び掛けており、法王を標的にするとの警告も受けている。

カラブリア州はイタリアで2番目に貧しい地域とされる。法王の訪問には、子どもたちがマフィアの犠牲となっている問題に加え、貧しい若者たちが経済力のあるンドランゲタに取り込まれがちな現状に注目を集める目的もあった。

同州では25歳未満の失業率が56.1%にもなり、イタリア全土で最も高い。職のない若者たちは地元の犯罪組織が提供する仕事を引き受けて組織に取り込まれ、組織犯罪が活発化する構造がある。【6月23日 AFP】
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劣悪な現状に人々の目を向けさせ、世俗政治に対応・解決を促す・・・・という、「貧者のための教会」の面目躍如の感があります。

法王による“破門”宣告と言えば、中世(1077年)の“カノッサの屈辱”が連想されます。
“聖職叙任権をめぐってローマ教皇グレゴリウス7世と対立していた神聖ローマ皇帝ハインリヒ4世が、1077年1月25日から3日間に及んで雪が降る中、カノッサ城門にて裸足のまま断食と祈りを続け、教皇による破門の解除を願い、教皇から赦しを願った”【ウィキペディア】

もっとも、マフィア組織がハインリヒ4世のようにおののきひれ伏す訳でもないでしょうが。
逆にバチカン・法王に対し牙をむく可能性もあります。

バチカン銀行の改革
バチカン・教会とマフィアの一蓮托生的なつながりは公然の秘密でもあります。
「ゴッド・ファーザー」などのマフィア関連映画でもよく取り上げられるところです。

巨額資金を運用する「バチカン銀行」によるマフィア資金のマネーロンダリング、イタリア右派政治家を介した黒い関係・・・・。

また、マフィア大物は地元においては、教会へ多額の寄進を行うなどで、敬虔なカトリック教徒としての名誉ある地位を得ています。

不正の温床ともなっている「バチカン銀行」を改革しようとしたヨハネ・パウロ1世は就任後わずか33日で死去、その死へのマフィアの関与も噂されています。
フランシスコ法王も、この「バチカン銀行」改革を進めています。

****バチカン銀行の改革でマフィアとトラブル?フランシスコ法王の改革は進むのか****
フランシスコ新法王の下、バチカンでは金融システム改革が進められている。

フランシスコ法王は、透明性が低く一部からはマネーロンダリングの疑惑も指摘されていたバチカン銀行の経営体制を刷新しようとしている。だがこの動きに対しては一部から警戒する声が上がっている。

イタリアのマスメディアでは、南部カラブリア州の検察当局がマフィアの動きを警戒していると報道されている。カラブリア州はマフィアの活動が活発といわれている地域だが、バチカン銀行のマネーロンダリングの恩恵を受けていたマフィアの一部が、バチカンの新体制に対して反発しているというのである。

これらは憶測をもとにした報道であり、どの程度、信憑性があるのは定かではない。だがこれまでバチカン銀行がマフィアによる資金洗浄と深く関係していたのは事実であり、荒唐無稽な話というわけではない。
バチカン銀行とマフィアに関連したスキャンダルは過去に何度も起きているからである。

もっとも有名なのは1978年に起きたヨハネ・パウロ1世の暗殺疑惑である。本誌も含め、世間ではバチカン銀行と呼んでいるが、実際にバチカン銀行という銀行は存在しない。宗教事業協会という名称の団体のことを通称バチカン銀行と呼んでいるのだ。

この団体は、バチカンの完全な独立を保証した有名なラテラノ条約による賠償金を元に設立された資金運用組織で、実際の資金業務は民間の金融機関を通じて行われている。

莫大な資産の運用という利権が存在するため、この組織は何かとスキャンダルの温床になりがちである。1970年代には、米国人のマルチンクス大司教がマフィアと組んで大規模な資金洗浄を同行を通じて行っていた。

1978年に法王に就任したヨハネ・パウロ1世はバチカン銀行の改革に着手したが、就任後わずか33日で死去してしまった。その後、バチカン銀行の主力取引行が破綻し頭取が謎の自殺を遂げたり、この件を捜査していた捜査官が殺害されるなど、不可解な事件が相次いだことから、事件へのマフィアの関与が噂された。

日本でもみずほ銀行の暴力団融資が問題視されているが、数百年も欧州の地域生活に密着してきたカトリック教会が、地域の犯罪組織との関係を100%絶つことはなかなか難しい。

だが1970年代と異なり、カトリック教会をはじめとする特権的組織に対する透明性の要求はかなり高まっている。またフランシスコ法王は歴史上初のイエズス会出身の法王であり、改革への意欲は高いといわれている。

バチカンの金融システム改革は、ゆっくりとしたものかもしれないが、着実に進んでいくことになるだろう。【2013年11月19日 ニュースの教科書】
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就任後わずか33日で死去したヨハネ・パウロ1世は、その姿勢が現在のフランシスコ法王にだぶるものがあります。

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ヨハネ・パウロ1世は様々な意味で型破りな教皇であった。

複合名を初めて採用したことを皮切りに、虚飾的な事柄に対して非常に改革的に臨み、例えば、教皇演説の中で、これまでの教皇が伝統的に自らを「朕」と呼んでいたのを初めて「私」に変えた他、豪華な教皇戴冠式や教皇冠も拒否した。教皇用の輿の使用も拒否したが、これは周囲の圧力で使わざるを得なかった。

さらに、難解な宗教用語やラテン語を多用していた表現を、ジュール・ヴェルヌやピノキオなどを引用した、一般人にも理解しやすい平坦な表現へと改めたが、「威厳を損なう」などとして保守派からは反感を買うこととなった。

また、中南米やアフリカ諸国の聖職者をバチカンの要職につけた他、中南米やアフリカ諸国の貧困や独裁体制下で苦悩する民衆への同情を示し、アルゼンチンで行われていた「汚い戦争」を進めていたホルヘ・ラファエル・ビデラ大統領が戴冠式に訪れた際には、直接的な表現でアルゼンチンの現状を非難した。(後略)【ウィキペディア】
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現実政治が国家間の力学に終始し、現状を打破する意欲を失っているなかで、フランシスコ法王のアピールが改革のきっかけとなることを期待します。
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パキスタン  イスラム武装勢力との和平交渉を放棄、全面的な掃討作戦へ 懸念される治安悪化

2014-06-22 22:24:58 | アフガン・パキスタン

(「パキスタンのタリバン運動(TTP)」【6月16日 WSJ】)

TTP「これはまだ始まりにすぎない」】
パキスタンのシャリフ首相はイスラム武装勢力「パキスタンのタリバン運動(TTP)」との和平交渉を行ってきましたが、今月8日夜、南部の商業都市カラチの国際空港が武装勢力によって襲撃されたことで、対決へと方針転換を余儀なくされています。

空港襲撃については、昨年11月に米軍の無人機によって最高司令官を殺害されたことに対する報復であるとのTTP犯行声明が出ています。

****パキスタン空港の戦闘終結、死者は28人****
パキスタン軍は9日、南部カラチのジンナー国際空港で前夜から続いていた武装勢力との戦闘が終結したと発表した。(中略)

この襲撃による最終的な死者の数は、武装勢力側の10人を含め28人となった。(中略)

今回の攻撃については、イスラム武装勢力「パキスタンのタリバン運動(TTP)が、昨年11月に最高指導者だったハキムラ・メスード司令官が米軍の無人機に殺害されたことに対する報復だと声明を発表している。

また「これはまだ始まりにすぎない。パキスタン軍の空爆に倒れた何百という無実の女性や子どもたちの死に対する復讐もしなければならない」と述べている。【6月9日 AFP】
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これを受けて10日、パキスタン軍がパキスタン北西部にあるTTPの拠点を爆撃。
それに対し、TTPも10日、再び国際空港近くの空港警備隊関連施設を襲撃し、治安部隊との間で銃撃戦が展開されました。

また、隣国ウズベキスタンの武装勢力「ウズベキスタン・イスラム運動」がTTPと共同してカラチ空港襲撃に関与したことを明らかにしています。

シャリフ政権との和平交渉が行われてなかで、今になって昨年11月の司令官殺害への報復というのは、TTP内部で路線対立があることを窺わせます。

****分裂するタリバン―パキスタン=統率失い、混乱も****
・・・・襲撃した「パキスタン・タリバン運動」(TTP)は徹底抗戦を主張する強硬派と、政府との和平交渉を進めたい穏健派が分裂。司令部が統率を失いつつあることで、治安のさらなる混乱を招くとの懸念もある。

TTPは約30の武装組織の連合体で、主要派閥の代表者が司令部を構成する。
昨年11月、絶対的指導者だった最高司令官ハキムラ・メスード容疑者が米国の無人機攻撃で死亡。後任には強硬派ファズルラ師が就いたが、強盗などの犯罪行為をいとわない姿勢に反発が強まった。

そうした中、シャリフ首相がTTPとの和平を推進する意向を表明したことで、組織内の亀裂が顕在化した。

穏健派は政治参加を通じてイスラム思想を国政に反映させることを目指したが、強硬派はテロを継続して和平交渉を妨害。両派の対立は武力衝突に発展していった。【6月9日 時事】
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シャリフ首相「作戦は平和がもたらされるまで続く」】
イスラム法の厳格な適用を求めるイスラム武装勢力との妥協はそもそも難しく、和平交渉は弱体化した武装勢力に組織再編の時間を与えるだけとの指摘があり、軍は交渉には懐疑的でした。
個人的にも、「シャリフ首相はTTPとどんな交渉をするのだろうか?」との疑念がありました。

治安回復を目指すシャリフ首相は今年2月には初のTTPとの協議開催にこぎつけましたが、軍は断続的にTTPの基盤である北西部部族地域を空爆、TTPは報復としてテロ攻撃を繰り返すという状況でした。

今回のカラチ国際空港襲撃に軍はすぐに報復で反応、両者の抗争は一気に全面展開する形となっています。

****パキスタン:地上軍派遣 武装勢力掃討、和平路線を放棄****
パキスタン軍は15日、北西部の部族地帯にある北ワジリスタン管区に地上部隊を投入し、国内最大の武装勢力パキスタン・タリバン運動(TTP)などに対する「包括的軍事作戦」を始めたと発表した。

武装勢力との和平を主張してきたシャリフ政権下で、大規模な掃討作戦が行われるのは初めて。
南部カラチで8日発生した国際空港襲撃事件を受け、シャリフ政権は和平路線を放棄し、強硬路線へかじを切った形だ。

軍の声明によると、作戦は「国全体の支持」を得ているとし、政権も容認していることを明らかにした。従来の空爆中心の作戦に地上部隊を加えた「陸・空両軍による包括的な作戦」は、「敵が降伏するか排除されるまで続く」としている。

地上部隊の規模は不明だが、軍当局者はロイター通信に計8万人が展開すると述べた。

部族地帯は中央政府の統治が及ばず、武装勢力が隣国アフガニスタンとの国境を自由に行き来しているとされ、「テロリストの聖域」と呼ばれている。軍は地上部隊の投入で国境を封鎖し、武装勢力の壊滅を図るとみられる。

シャリフ政権は昨年6月の発足以来、武装勢力との和平交渉を追求してきた。一方、軍は和平に懐疑的とされ、アフガンで駐留外国軍の撤退期限を迎える今年中に大規模な掃討作戦に踏み切るとの観測もあった。

カラチの空港襲撃事件を受け、政府も武力解決に方針転換せざるを得なかったとみられる。

空港襲撃事件では武装勢力10人を含む36人が死亡し、TTPとウズベキスタン・イスラム運動(IMU)が犯行声明を出した。

軍は事件後、北ワジリスタン管区を数回にわたり空爆し、15日未明には武装勢力のメンバーら少なくとも80人を殺害。11〜12日には米国の無人機攻撃もあった。【6月16日 毎日】
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和平に懐疑的だった軍にとっては、今回襲撃は政府に方針転換を認めさせる絶好の好機ともなったようです。
パキスタン軍だけでなく、アメリカも中断していた無人機攻撃を再開しています。

****米軍の無人機復活で消えるパキスタン和平****
民間人への誤爆が相次ぎ、国際的な非難が高まっていたパキスタンでの無人機使用を米軍が封印したのは昨年12月のこと。

だが先週、半年近くに及んだ「自粛」は終わりを告げ、米軍の無人機が再びパキスタン領空を飛び始めた。

引き金となったのは先週、パキスタン南部カラチの国際空港付近で発生した2件の襲撃事件だ。犯行声明を出した国内最大の武装勢力「パキスタン・タリバン運動(TTP)」は、昨年11月に最高指導者ハキムラ・メフスードが米軍の無人機に殺害されたことへの報復だとして、「全面戦争」を仕掛けると予告している。

これを受けて、米軍の無人機がパキスタン北西部の北ワジリスタンで車両や住宅を2度にわたって攻撃。武装勢力のメンバーとみられる計16人を殺害した。

無人機攻撃の復活は、かすかに残っていた和平への希望がついえたことを意味している。昨年発足したパキスタンのシャリフ政権は、アメリカに無人機の使用中止を強く要請し、TTPとの和平交渉に取り組んできた。

だが協議は膠着状態に陥っており、今回の衝突で完全に暗礁に乗り上げてしまった。【6月24日号 Newsweek日本版】
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シャリフ首相も和平交渉を放棄したこと明確にしています。

****パキスタン:「平和になるまで」武装勢力の掃討作戦開始****
・・・・シャリフ首相は16日、下院で「作戦は平和がもたらされるまで続く」と演説した。だが、作戦が長引けば大量の国内避難民が発生し、政情不安を招く恐れもある。

シャリフ首相は演説で、南部カラチで8日に起きた国際空港襲撃事件を受け、作戦を決断したと明らかにした。
その上で「作戦により平和と安全がもたらされると確信している」と述べ、就任以来追求してきたTTPとの和平路線を完全に放棄する考えを示した。

ロイター通信などによると、軍は地上部隊で北ワジリスタン管区と隣接地域の境界を封鎖。隣国アフガニスタンにも国境を封鎖するよう要求した。
管区内では終日外出禁止令を出したほか、携帯電話のネットワークを遮断したという。

ただ、一部の武装勢力はすでにアフガン側に逃れたとみられ、今後アフガンのタリバンと連携を深める可能性もある。

一方、TTPは16日、首都イスラマバードやシャリフ氏の故郷である東部ラホールでの報復攻撃を予告する声明を出し、海外企業などにパキスタンを離れるよう警告した。【6月17日 毎日】
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外国からの避難民支援を拒否 目立つ支援の遅れ
上記記事にもあるように、TTPは16日、「全ての外国企業は即刻操業を中止し、国外に撤退するよう警告する。従わない場合は安全を保証しない」との声明を発表しています。
“日本貿易振興機構(JETRO)によると、国内には南部カラチを中心に、スズキやトヨタなど日系企業67社が進出している。”【6月16日 時事】 

これまでのところ、外国企業の被害は報じられていませんが、掃討作戦が本格化するにつれ難民の大量発生がすでに起きています。

****パキスタン:武装勢力掃討1週間 住民25万人が避難****
パキスタン北西部・部族地帯の北ワジリスタン管区で、パキスタン・タリバン運動(TTP)などの武装勢力に対する掃討作戦が始まってから22日で1週間。

パキスタン軍は地上部隊で同管区を封鎖し、断続的に空爆を実施。20日までに武装勢力の拠点20カ所を壊滅させ、252人を殺害したとしている。

一方、同管区からは約25万人の住民が脱出。早急な対応が求められている。

「深刻な人道問題が発生している。政府の支援は不十分でペースも遅い」。北西部ペシャワルで国内避難民の支援に携わるNGO職員、カディム・フセイン氏は訴えた。

同管区の人口は推定約60万人。18日に外出禁止令が一部解除となり、住民の多くは徒歩で脱出。避難民は約25万人に上った。

大半は女性と子供で、食料や住居も足りていない。だが、政府はテロ組織とつながりがある支援団体が入り込む恐れがあるとして、外国からの支援を拒否。作戦終了の見通しが立たない中、支援の遅れが目立っている。

軍は21日も管区で空爆を実施したほか、地上部隊も徐々に進軍しているとみられ、これまでに8人が路上爆弾などで死亡した。

軍によると、掃討作戦は地元部族の有力者の支持を得ているとされる。だが、避難民の支援が遅れれば、住民の間に反発が生まれる恐れもある。

治安問題を扱うシンクタンクに所属するイリアス・オラクザイ氏は「部族地帯の住民は福祉政策などで恩恵が少なく、国家から差別されてきた。今後の安定は政府や軍の政策にかかっている」と指摘する。

一方、首都イスラマバードでは20日夜、イスラム教の聖廟(せいびょう)で爆発があり1人が死亡、30人以上が負傷するなど、政府の掃討作戦に対する報復とみられるテロ事件も発生。各地で治安悪化が懸念されている。【6月22日 毎日】
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・・・・地元住民の話では、北ワジリスタンでは15日を含め過去2日間にわたり夜間外出禁止令が出されており、市民が戦闘から避難できる機会はなくなっているという。

ミルアリのある住民は「断水し、食料も底を尽き始めている。住民の80%がまだミルアリに残っている」と話した。軍の作戦の重点はウズベキスタン人など外国人武装勢力のハブとなっているミルアリに置かれているとみられている。

ウズベキスタン人武装勢力の「ウズベキスタン・イスラム運動(IMU)」はカラチの空港襲撃事件で犯行への関与を主張している。IMUは、TTPやアルカイダと密接に連携しており、北西部の部族地域に拠点を置く。

国際援助機関によれば、今回の作戦で北ワジリスタンから40万人もの避難民が出ると予想されている。【6月16日 WSJ】
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北西部部族地域の掃討作戦は、パキスタンだけでなく部族地域が隣接するアフガニスタンと共同して行わないと、あまり有効にはなりません。

しかし、アフガニスタンのタリバンをパキスタンの情報機関が支援している・・・・とも言われる状況で、両国関係はあまり良好とは言い難い状況です。

****テロ事件:パキスタンとアフガン、互いに批判****
スタンとアフガニスタンで相次ぐテロ事件を巡り、両国が互いに武装勢力の「越境攻撃」を非難している。
パキスタン北西部の国境付近に広がる「部族地帯」は中央政府の統治がほとんど及ばず、武装勢力が自由に行き来しているとみられるためだ。

パキスタンのシャリフ政権は武装勢力との和平を模索するものの、交渉再開の糸口は見えず、対策は容易ではない。

アフガンの地元メディアによると、パキスタン政府は南部カラチの国際空港で8日に発生した襲撃事件を受け、アフガン大使に「武装勢力がアフガンから越境している」と抗議した。事件ではパキスタン・タリバン運動(TTP)が犯行声明を出したが「アフガン側から出撃している」との主張だ。

一方、アフガンのカルザイ大統領は5月、西部ヘラートでインド領事館が砲撃された事件について、パキスタンを拠点とする武装勢力ラシュカレ・タイバが関与したと指摘する。

両国境界は「デュランド・ライン」と呼ばれ、英領インド時代の1893年に画定された。
境界をまたいでパシュトゥン人居住区が広がり、パキスタン側では強い自治権がある。

パキスタンの軍事アナリスト、ハッサン・アスカリ・リズビ氏は「TTPの指導者はアフガン【6月11日 毎日】
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もともと「テロ地獄」とも言われてきたパキスタンですが、更に治安が悪化するということになると市民生活がどうなるのだろうか?とも懸念されます。

ただ、4月にパキスタンを観光しましたが、確かに街中では警備がものものしい光景も見られますが、普段の暮らしのなかではあまりテロの危険は意識されていないようにも見えました。
私自身も、人混みや市場を歩く際にはテロのことなど忘れていました。

人間の危険に対する感覚というのは、そんなものでしょう。外部から眺めるのと、内部で生活するのでは異なります。

しかし、それもすぐ近くで爆弾がさく裂したり、銃弾が飛んできたりするまでの話でしょう。
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パレスチナの「オリーブ畑」も世界文化遺産登録 イスラエル人行方不明事件で高まる緊張

2014-06-21 21:45:33 | パレスチナ

(イスラエル軍兵士のパトロールを見つめるパレスチナ人家族=ヨルダン川西岸ヘブロン近郊で  6月15日、ロイター 【6月16日 毎日】)

委員会の投票で賛成多数により可決 イスラエルの猛反発が予測される
周知のように、国連教育科学文化機関(ユネスコ)は21日、カタールの首都ドーハで開催中の世界遺産委員会で、日本が推薦していた「富岡製糸場と絹産業遺産群」(群馬県)を世界文化遺産に登録すると決定して、地元は喜びに沸いているようです。

前日、ユネスコによって同じく「世界文化遺産」に認定されたのが、パレスチナ・エルサレム南方のオリーブ畑などのバティールの景観です。

先日、中国が「南京事件」と、いわゆる「従軍慰安婦」の問題に関係があるとされる資料のユネスコの「記憶遺産」への登録を申請したと発表して物議を醸していますが、パレスチナの「オリーブ畑」も極めて政治色が強い決定で、イスラエルの強い反発が予想されています。

****パレスチナ:段々畑景観が世界文化遺産に****
カタール・ドーハで開催中の国連教育科学文化機関(ユネスコ)世界遺産委員会は20日、オリーブやブドウの段々畑が広がるイスラエル占領地ヨルダン川西岸のパレスチナ自治区バティールの景観の世界文化遺産登録を決めた。

イスラエルはテロ防止などを名目に建設している西岸との分離フェンスを、バティールの段々畑の一部が破壊されるルートでも計画。

景観を守る緊急性があるとしてパレスチナが登録を要請していた。国際記念物遺跡会議(イコモス)は登録に否定的な勧告をしていたが、委員会の投票で賛成多数により可決された。

パレスチナ自治区の世界遺産登録は、西岸ベツレヘムの聖誕教会に次いで2件目。パレスチナは2011年、オブザーバーだったユネスコに正式加盟が認められた。【6月21日 毎日】
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‟国際記念物遺跡会議(イコモス)は登録に否定的な勧告をしていたが、委員会の投票で賛成多数により可決された”あたりも、強い政治性が窺えます。

そもそも、パレスチナ自治政府のユネスコ加盟自体が、イスラエルの抵抗で和平交渉が進まないことに業を煮やしたパレスチナ側がイスラエル・アメリカの強い反対を押し切って、2011年10月に強行した戦略の一環です。

****パレスチナUNESCO加盟が持つ意味****
九月、国連加盟申請を行って、国連総会会場のやんやの喝采(イスラエルと米国は除くが)を浴びたパレスチナ自治政府のアッバース議長だが、米国の拒否権など国連正式加盟には障害が大きいことを承知しつつ、着々と周りを固めている。

その皮切りが、UNESCOへの正式加盟決定だ。10月始めにUNESCO執行委員会がパレスチナ正式加盟を勧告、10月31日に賛成107、反対14、棄権52で採択された。

パレスチナ自治政府の狙いは、西岸にあるイエス・キリストの生誕地などをパレスチナの名のもとに世界遺産に登録して、土地と施設への主権を明らかにすることにある。

と同時に、国連本体への加盟が難しいとなれば、よりハードルの低い周辺機関への加盟を取り付けて国際社会での承認を既成事実化したいところ。

パレスチナがUNESCOへの正式加盟を最初に求めたのは1989年だったが、当時は勧告すらしてもらえなかった。

これまで棄権してきたフランスが賛成に回り、反対が確実な米国を脇目に英国が棄権に留まるなど、今やパレスチナ容認派の形勢が従来より強いことは確かだ。

これに対して、米国はUNESCOへの供出金を停止し、圧力をかけている。資金難に悩む国際機関としては打撃だが、中国やBRICSはパレスチナ支持だ。

ただでさえ唯一の超大国としての米国の影響力の低下が指摘されるなかで、米国が支援を引いても新興国が国際機関を支えていける、ということになると、米国にとってはあまりよろしくないのではないか。

次に加盟承認するのはWHOあたりかとも囁かれているが、下部機関であっても次々にパレスチナ加盟を認めていけば、少なくとも対国連協調を打ち出してきたオバマ政権は、それらを全て敵にまわすわけにもいかない。

また、国際刑事裁判所がパレスチナ加盟を承認すれば、そこでのイスラエル非難の動きは激しくなるだろう。(後略)【2011年11月5日 酒井啓子氏 Newsweek】
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【「ハマスが誘拐した。アッバス議長が統一政権を樹立した同じハマスだ」】
今回の「オリーブ畑」の世界文化遺産登録以上に、パレスチナ・イスラエルの関係を緊張させているのが、ヨルダン川西岸地区で起きたイスラエル人行方不明事件です。

****ハマスによる誘拐」=3人行方不明でイスラエル首相****
ヨルダン川西岸のパレスチナ自治区ヘブロン近郊のユダヤ人入植地で、16~19歳のイスラエル人3人が行方不明になっている。

イスラエルのネタニヤフ首相は15日、「(パレスチナのイスラム原理主義組織)ハマスが誘拐した。アッバス・パレスチナ自治政府議長が統一政権を樹立した同じハマスだ」と述べ、事件の責任はアッバス議長にあると主張した。【6月15日 時事】 
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“行方不明になっている3人は12日夜、ベツレヘムとヘブロンの間に位置するユダヤ人入植地、グッシュ・エツィオン付近でヒッチハイクをしていたところ誘拐されたと報じられている。3人は西岸地区の南部にある2つの神学校に通う学生で、1人は米国籍も持っているという。”【6月15日 AFP】

事件の背景には、ながらく分裂状態にあったパレスチナ側が、ガザ地区を実効支配しイスラエルと敵対する強硬派ハマスとの統一政府を樹立したことへのイスラエル側の強い反発・危機感があります。

事件を機にイスラエル側は、犯人と断定しているハマスのメンバーの一斉逮捕に乗り出しています。

**** ハマスが3少年を誘拐」とイスラエル首相、一夜で80人逮捕****
・・・・3人が行方不明になった日から10日前の今月2日、パレスチナ解放機構(PLO)とハマスはパレスチナ暫定統一政府を発足させていた。

PLOが、イスラエルを解体させると公言しているハマスと和解したことにイスラエル側は激怒。

ネタニヤフ氏は3人の若者を無事に返す責任はパレスチナ自治政府とマハムード・アッバス・パレスチナ自治政府議長にあると主張していた。

一方、ハマスの報道官は、「ネタニヤフの声明はばかげている。(パレスチナ人80人の)逮捕はハマスの運動の解体を狙ったのだろうが、それが成功することはないだろう」と述べ、一夜に多数の人を逮捕したことは、3人が行方不明になったのが誰の仕業なのかイスラエル当局には見当もついていない証拠だと指摘した。

さらに同報道官は、「パレスチナ立法評議会(PLC、パレスチナ自治区の議会。ハマスとパレスチナ解放機構主流派ファタハの対立で、長い間、開かれていない)の議員やハマス幹部が逮捕されたことはイスラエルの新たな侵略であり、イスラエルがやみくもに騒ぎを起こしていることを示している。われわれは国際社会に、この犯罪をやめさせてくれるようお願いする」と述べた。(後略)【6月15日 AFP】
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一方、イスラエル国内では“誘拐”に対する強い憤りが沸き起こっています。

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事件発生から丸3日たった15日夜、エルサレム旧市街にあるユダヤ教の聖地「嘆きの壁」前には約2万5000人が集まり、3人の無事を願い祈りをささげた。

子供3人を連れて訪れた女性医師のキャロライン・ベンショサンさん(50)は「何の罪もない少年たちを襲うとは卑劣な犯罪だ。イスラエルの占領が理由だなどと言い訳はできない」と怒りをあらわにしていた。”【6月16日 毎日】
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ハマスの犯行なのかどうか・・・という点に関しては、以下のように報じられています。

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イスラエルのハーレツ紙などによると、へブロンのハマス関係者2人の行方が13日から分からなくなっている。イスラエル軍が自宅を捜索し、家族を拘束して調べた結果、「ハマスの犯行」と判断した模様だ。ハマスは関与を否定している。

少年3人のうち1人は米国人。ケリー米国務長官は15日、容疑者について「詳しい情報を収集中」としたうえで、「ハマスの関与を示唆する兆候が見られる」と述べた。【同上】
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【「ハマスとの協力は、イスラエル、パレスチナ、地域にとって有害だ」】
ただ、ハマス関係者の犯行だったとしても、統一政府樹立に動いているこの時期、ハマス指導部の指示による組織的犯行とは思われませんので、こうした動きに不満を持つハマス内の対イスラエル強硬派の分派的あるいは個人的犯行の線が強いようにも思えます。

イスラエルにとっては、そのあたりはどうでもいい話で、ガザ地区で行ったことはすべてハマスの責任、自治区内で起きたことはすべて自治政府の責任・・・というシンプルな考えです。

イスラエルのネタニヤフ首相は16日、自治政府のアッバス議長と電話協議し、少年らの捜索への“協力”を求めたそうですが、“協力を求める”というような穏やかなものではなく、「ハマスと手を切るのか、それともイスラエルに敵対するのか・・・」と、選択を迫ったというところではないでしょうか。

****イスラエル・パレスチナ両首脳、少年誘拐で電話協議****
イスラエルの占領下にあるヨルダン川西岸パレスチナ自治区近郊で10代のイスラエル人少年3人が誘拐された事件で、イスラエルのネタニヤフ首相は16日、自治政府のアッバス議長と電話協議し、少年らの捜索への協力を求めた。4月末に和平交渉が中断して以降、両首脳の協議は初めて。

ネタニヤフ氏は、「誘拐者は自治区から来て自治区へ戻った」と指摘。アッバス氏が今月初旬の暫定統一政府発足で協力したイスラム組織ハマスが少年らを誘拐したとして、「ハマスとの協力は、イスラエル、パレスチナ、地域にとって有害だ」と述べ、関係を断つよう求めた。

米国のケリー国務長官も15日、「ハマスが関与した疑いが濃厚だ」との声明を発表し、ハマスをテロ組織とみなすとの考えを改めて示した。ハマスは事件への関与を認めていない。

イスラエル軍は16日までに、誘拐に関与した疑いでハマス幹部を含むパレスチナ人約150人を逮捕。

自治区ラマラでの捜索中には、20代のパレスチナ人男性が同軍の銃撃を受けて死亡した。自治政府は、同軍の作戦の手荒さを糾弾する一方、少年らの誘拐を非難する声明を発表した。【6月17日 朝日】
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夜中にパレスチナ人の住宅を調べたりするなど大規模な捜索
“4月末に和平交渉が中断して以降、両首脳の協議は初めて”ということで、首脳協議を機に関係が改善する・・・という話ならいいのですが、今のところイスラエル軍による捜索活動、ハマス関係者の拘束は一段と強まっており、緊張が更に高まっています。

****イスラエル軍が大規模捜索 緊張高まる****
中東のヨルダン川西岸でイスラエル人3人が誘拐されたとみられる事件で、イスラエル軍は300人以上のパレスチナ人を拘束するなど大規模な捜索を続けており、これに反発するパレスチナ人との衝突で死者が出るなど緊張が高まっています。

ヨルダン川西岸の都市、ヘブロン近郊では今月12日からイスラエル人の少年3人の行方が分からなくなっており、イスラエル政府はイスラム原理主義組織ハマスが誘拐したとして非難を強めています。

ハマスは関与を否定していますが、イスラエル軍はハマスの幹部を含むパレスチナ人およそ350人を拘束したり、夜中にパレスチナ人の住宅を調べたりするなど大規模な捜索を続けていて、20日、これに反発するパレスチナ人とイスラエル軍が各地で衝突しました。

衝突では、投石するパレスチナ人らにイスラエル軍が実弾を発砲し、これまでにいずれも10代の少年、1人が死亡し、1人が重体となっています。

イスラエル軍が大規模な捜索を行っているのは、パレスチナ暫定自治政府が統治する地域で、パレスチナ人の間では反発が強まっており、イスラエル政府が今後も捜索を強化するとしていることから緊張が高まっています。【6月21日 NHK】
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パレスチナ自治政府領域内の統治実態はよく知りませんが、その警察権などについては以下のように説明されています。

****統治者による区分****
2010年現在、ヨルダン川西岸地区は統治者によって、3分されている。

A地区…パレスチナ自治政府が行政権、警察権共に実権を握る地区。2000年現在で面積の17.2%
B地区…パレスチナ自治政府が行政権、イスラエル軍が警察権の実権を握る地区(警察権は、パレスチナ自治政府と共同の地区も含む)。2000年現在で面積の23.8%
C地区…イスラエル軍が行政権、軍事権共に実権を握る地区。2000年現在で面積の59%

現在でもヨルダン川西岸地区の主な統治者はイスラエルであり、また、C地区はA地区、B地区を包囲し、さらに細かく分断するように配置されている。
イスラエルが容易にパレスチナ人の交通を封鎖できるようになっている。

さらに、C地区でのパレスチナ人の日常生活は大幅に制限されており、家屋・学校などの建築、井戸掘り、道路敷設など全てイスラエル軍の許可が必要となる。

特に住居建設の許可が下りる事はほとんどなく、イスラエル軍は「違法」を理由にパレスチナ人住居を破壊し、罰金を取り立てている。

国連によると、2010年だけで少なくとも198の建造物が破壊され、300人近くのパレスチナ人が強制的に排除された。【ウィキペディア】
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自治政府が警察権を持つA地区は主に都市部、イスラエルが警察権を行使するB地区は辺境部とされています。

事件が起きた地点、捜索が行われて場所がどのエリアに該当するのかは知りませんが、“現在でもヨルダン川西岸地区の主な統治者はイスラエル”という実態のなかで、“夜中にパレスチナ人の住宅を調べたりするなど大規模な捜索”が行われています。

日本でも、北朝鮮による拉致事件は大問題ですが、敵に囲まれていると常に身を固くしているイスラエルにあっては、自国民拉致の問題性は日本の比ではないようです。

2006年7月12日、イスラエル国防軍所属の2名の兵士が、レバノンとの国境付近の村ザルイートでイスラム武装組織ヒズボラによって誘拐された“ザルイート事件”は、その後にイスラエルがレバノンに侵攻する第2次レバノン紛争を引き起こしています。
2011年には誘拐された兵士1人の釈放と引き換えに、イスラエル政府が1000人以上のパレスチナ人服役囚を釈放する“捕虜交換”もありました。

イスラエルにとって非常に敏感な問題だけに、反イスラエル側もこれを利用すべく、イスラエル軍兵士らを誘拐する“ザルイート事件”のような事件も起きます。

ただ、“ザルイート事件”はヒズボラによって組織的に綿密に計画された犯行でしたが、今回の事件は先述のように、少なくともハマス内主流派が意図したものではないのではないでしょうか。

イスラエルの高圧的な捜索活動はパレスチナ住民の憎悪を掻き立てるだけであり、イスラエルの自重が求められるところですが、そういう話が通じる相手でないところがパレスチナ問題が解決しない所以でもあります。

パレスチナ自治政府のユネスコ加盟が認められ、「オリーブ畑」の世界文化遺産登録が認められる・・・という国際社会の流れをイスラエル側が理解することが、結局はイスラエルの将来的安全保障にも資すると思うのですが。
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