孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

イスラエル  司法改革案採択強行で拡大する抗議 国内に広まる動揺 進まないサウジとの関係正常化

2023-07-31 22:58:41 | 中東情勢

(法案に抗議する人たちはイスラエル国会前の通りを封鎖した(24日)【7月25日 BBC】)

【ネタニヤフ政権 司法改革案採択を強行】
イスラエルの極右勢力を含む「建国史上最も右寄り」とされるネタニヤフ政権が進めようとする「司法改革」が1月に明らかになって半年以上が経過しましたが、民主主義の根幹たる三権分立を脅かすものとして、イスラエル国内では大規模抗議デモが続いています。


「司法改革」は複数の法案から構成されており、政権の政策や人事が過度に政治的に決められた場合、最高裁が「合理性」を基準に審査できるとの権限を無効とする法案の他、最高裁判事の指名に政権が影響力を行使できる内容の法案などを含みます。

世論の激しい反発を招きながらもネタニヤフ首相、極右勢力がこの「改革」にこだわる背景には、収賄や背任の罪で起訴されている首相自身の公判を有利に進めたい思惑などがあるとも指摘されています。

****イスラエルでデモ拡大 司法改革が国論二分 軍務拒否や通貨下落も****
(中略)ネタニヤフ政権は1月前半に改革の草案を公表した。イスラエル有力紙ハーレツ(電子版)によると、司法が持つ違憲審査権の制限が盛り込まれており、国会で成立した法律について、最高裁がイスラエル基本法(憲法に相当)に違反すると判断しても、国会がそれを覆すことが可能になる。裁判官の任命をめぐっても、政権の影響力を強化する条項がある。

昨年12月末にネタニヤフ氏を首相として発足した連立政権は、同氏が党首を務める右派「リクード」や、ユダヤ教の戒律を厳格に守る超正統派、対パレスチナ強硬派の極右政党などで構成されている。ハーレツ紙によると、各党にはそれぞれ司法への影響力を強めたい事情がある。

ネタニヤフ氏は2019年に収賄や背任の罪で起訴され、公判が進行中だ。改革には自らに有利な判断を示す裁判官を任命する狙いがあると指摘される。

また、超正統派の政党は信徒の若者たちの徴兵免除を法制化して定着させる思惑がある。超正統派は宗教やユダヤ人の歴史を学ぶことを最優先しており、慣例として徴兵が免除されてきたが、世俗派のユダヤ人らが不平等だとして反発を強めている。

さらに、極右政党は、パレスチナ人が多く住むヨルダン川西岸でユダヤ人入植地を拡大する方針を公言してきた。司法の違憲判断を覆せるようになれば、入植推進に向けて大きな障害が消えることになる。イスラエル軍は年初以来、70人以上のパレスチナ人を殺害しており、双方の緊張は近年になく高まっている。(後略)【3月10日 産経】
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この「改革」には同盟国アメリカも民主主義を変化せるものとして警告・反対しています。ただ、強硬派ネタニヤフ政権とバイデン民主党政権は折り合いが悪いこともあって、ネタニヤフ政権は強行の構えです。

1月以来の激しい抗議デモを受けて、(あるいは、上記のアメリカの説得も影響したのか)6月末にはネタニヤフ首相はWSJインタビューで最高裁判所の判決を覆す権限を議会に与える条項を削除したと明らかにしましたが。
“イスラエル首相、司法改革の争点を一部取り下げ=WSJ紙”【6月29日 ロイター】

さしものネタニヤフ首相も・・・と思ったのですが・・・。
その後の経緯は良く知りませんが、首相の削除発言にもかかわらず、実際には上記の条項を含む法案は国会で可決されました。

****イスラエルで司法改革案可決、最高裁の権限制限へ 抗議デモは国会前から全国に拡大****
イスラエル国会は24日、ネタニヤフ首相が推進する司法制度改革の関連法案を可決した。最高裁が「不合理」と判断した場合に政府の決定を無効にする権限をなくすなど、最高裁の権限を弱める内容が含まれており、司法の独立性を脅かすとして懸念されている。

野党議員は採決を抗議のためボイコットし、法案は賛成64、反対0で可決された。採決直後、政治監視団体や野党の中道派は最高裁に上告する構えを鮮明にし、主要労組はゼネストを実施すると警告した。
 
ネタニヤフ首相は可決後、裁判所は独立性を維持すると表明。11月末までに司法改革を巡り野党と合意に達することを望んでいると述べた。

レビン法相は演説で「司法制度を修正し、政府と国会から奪われた権限を回復するという、歴史的で重要な過程の第一歩を踏み出した」と表明。米国は繰り返し妥協を求めていたが、意に介さないもようだった。

米国家安全保障会議(NSC)の報道官は、イスラエル国会での司法改革関連法案の可決を「残念」と表明。「われわれは民主主義における主要な変化にはコンセンサスを得る必要があると確信している」とし、イスラエル指導部に対し「政治的な対話を通じコンセンサスに基づくアプローチ」に取り組むよう呼びかけた。

採決は抗議デモが継続する中で実施された。この日も早朝から抗議デモが行われ、デモ参加者は国会の前の道路を封鎖。夕方には抗議活動は全国に拡大した。

エルサレムでは数千人のデモ参加者が国会近くの高速道路に集結し、警察ともみ合いになった。また警察によると、イスラエル中部でデモ参加者の中を車が走り抜け、3人が軽傷を負った。

イスラエル国会での採決を受け、同国の金融市場は総崩れとなった。イスラエルの通貨シェケルは対ドルで1.4%下落し、12日以来の安値を付けた。株価指数は3.2%、国債価格は最大1.8%それぞれ下落した。【7月25日 Newsweek】
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【法案成立後も収まらない抗議デモ 予備役の兵役拒否も 国民の約3割が国外への移住検討】
反対する抗議デモを騎馬警察が蹴散らしての採決強行となっています。

****騎馬隊が突入…デモを強制排除 極右政権が“改革”イスラエル混乱****
(中略)
■騎馬隊が突入…デモを強制排除
イスラエルの国旗を掲げ、高速道路を埋め尽くすデモ隊に騎馬警察が突入。強制的に群衆を排除しました。
テルアビブでデモ隊と警察隊が激しく衝突しました。エルサレムでも当局がデモ隊の排除を強行しています。

人々は座り込み背中を向け、警察による放水に耐えますが、何人ものけが人も出ています。デモは全国規模で広がり、実に7カ月の長さにわたって続いています。訴えるのは独裁化への反対です。(中略)

イスラエル ネタニヤフ首相:「選挙で選ばれた政府が多数派の国民の決定に基づいた政策を実行するための法案を可決しました」

イスラエルの歴史学者、ユヴァル・ノア・ハラリ氏は民主主義の後退につながるものだと指摘しています。

 歴史学者 ユヴァル・ノア・ハラリ氏:「民主主義はチェックとバランスに基づいています。ただ、イスラエルでは政府の権限をチェックするものが1つしかない。最高裁判所です。もし政府がアラブ人から選挙権を奪おうとした時、これを止められるのは最高裁判所しかありません。これは単なる司法改革ではなく、イスラエル政府が無限の権力を得ようとする試みです」

■兵役拒否も続出「民主主義の後退」
イスラエル空軍の予備役らも法案に抗議し、可決されれば任務を放棄すると宣言しています。

兵役拒否を宣言 予備役:「とても悲しい日です。23年間、予備役を務めてきました。イスラエルのために戦ってきた人生です。だけど、これは正しいことであり、イスラエルの民主主義のための戦いだと思っています」

兵役拒否を宣言 予備役:「独裁者にも独裁制にも仕えません。兵役拒否はすごい苦しみですが、民主主義を勝ち取り、軍の友人と再び会えると信じています」

ネタニヤフ首相は兵役拒否には屈しないとコメントしています。【7月25日 テレ朝news】
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広がる予備役の兵役拒否には軍も懸念を示しています。

****イスラエル、司法改革法案可決で医師がスト 予備役は任務拒否****
イスラエル国会が最高裁の権限を制限する内容を含む司法制度改革の関連法案を可決したことを受け、同国各地で市民らの大規模な抗議活動が続いている。医師の団体は25日に24時間のストライキを宣言。予備役兵士の間では任務の拒否を表明する動きが広がった。

ネタニヤフ政権がこれまでで最も深刻な内政危機に直面する中、イスラエル軍は初めて抗議活動を巡る処分を科した。予備役兵士の1人は1000シェケル(270ドル)の罰金を科され、別の兵士1人は15日間の収監を言い渡された。

イスラエル軍幹部は記者団に対し「予備役兵士が長期にわたり任務を放棄すれば、軍の態勢が損なわれる」と述べた。

同国の主要新聞には、「司法改革を憂慮するハイテク労働者」のグループが「イスラエルの民主主義にとって暗黒の日」とする広告を掲載した。

ネタニヤフ首相は、今後の法案を巡っては11月までに合意形成を図ると表明した。【7月26日 ロイター】
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法案成立後も反発はおさまらず、29日には市民ら20万人以上が参加する大規模な抗議集会が行われました。イスラエル人口は936万人とのことですから、日本人口に置きなおすと、250万人規模ということにもなります。

建国以来、パレスチナ・アラブとの対立で国内外に厳しい状況にあるだけに、今回の「改革」をめぐる対立の激しさ、緊張感は日本における政治対立とは様相が異なるようです。
国民の28%が国外への移住を検討しているとの調査結果も。また、56%が内戦を懸念しているとも。

****イスラエル、国民の約3割が国外への移住検討 司法改革法案の可決で****
イスラエル政府が「司法改革」の関連法案を成立させたことを受け、イスラエルメディアは、国民の約3割が国外への移住を検討しているとの世論調査結果を報じた。今後、国内の対立が悪化することや、安全保障への影響を懸念しているとみられる。

イスラエルメディア「チャンネル13」と世論調査会社「カミーユ・フックス」が25日に実施した調査によると、28%が国外への移住を検討していると回答。

イスラエル軍の予備役約1万人が改革に反対し、任務を拒否する意向を表明したことから、54%が国内の安全保障が今後損なわれる可能性があると答えた。また、56%が改革を巡って「内戦」が起きることへの懸念を示した。

ネタニヤフ首相が24日、野党と協議して妥協案をまとめる意向を示したことについて「信じる」と答えた人は33%にとどまった。

また、仮にイスラエル国会(定数120)で選挙が実施された場合、ネタニヤフ氏率いる右派与党「リクード」は現有の32議席から25議席に減少し、野党側が過半数を獲得するとの予測も示された。(後略)【7月27日 毎日】
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【サウジアラビアとの関係正常化 アメリカの後押しも、早期の改善は困難な情勢】
一方、イスラエル・中東の国際情勢を見ると、サウジアラビアと宿敵イランの関係正常化が進むなかで、イスラエルとサウジアラビアの関係改善はやや停滞している感があります。

そうした状況への“テコ入れ”でしょうか、27日にはアメリカのサリバン大統領補佐官(国家安全保障担当)がサウジアラビアを訪問しています。

****米高官、サウジ皇太子と会談 中東安定化の取り組み協議****
米ホワイトハウスのサリバン大統領補佐官(国家安全保障担当)は27日、訪問先のサウジアラビアでムハンマド皇太子と会談した。ホワイトハウスが声明を発表した。

米国はサウジとイスラエルの関係正常化に向けた取り組みをここ数カ月行っているが、サウジは応じていない。

ホワイトハウスによると、「より平和かつ安全で、繁栄し、世界と結び付いている安定的な中東地域の共通ビジョンを推進するためのイニシアチブ」について話し合った。

イスラエルへの言及はなかったが、サウジとイスラエルの関係正常化は引き続き課題になっていると米高官は説明した。

イエメンの内戦収拾に向けた取り組みについても協議したという。【7月28日 ロイター】
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こうした動きも背景にあってか、ネタニヤフ首相は将来的にはサウジアラビアと鉄道で接続する可能性に言及しています。

****イスラエル、270億ドルの鉄道拡張計画 将来サウジと接続も****
イスラエルのネタニヤフ首相は30日、1000億シェケル(270億ドル)を投じて鉄道を拡張すると発表した。テルアビブと国内遠隔地を結ぶほか、将来的にはサウジアラビアと接続する可能性がある。

米政府高官は先週、サウジとイスラエルの国交正常化を促すため、サウジを訪問している。

ネタニヤフ首相は閣議で、国内のビジネス・政治の中心地を鉄道で2時間以内に結ぶ「ワン・イスラエル・プロジェクト」など、インフラ構想を推進すると表明。政府は2010年に同様の全国鉄道敷設計画を承認したが、計画は進んでいない。

首相は「将来的には(イスラエル南部)エイラートから地中海まで鉄道で貨物を輸送できるようになる。サウジアラビアやアラビア半島とイスラエルを鉄道で結ぶことも可能になる」と述べた。【7月31日 ロイター】
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ただ、与党「リクード」内にも、サウジアラビアとの早期の関係正常化には懐疑的な声があるようです。

****イスラエル与党幹部、サウジとの早期の関係正常化に懐疑的****
イスラエルの与党「リクード」の幹部は30日、サウジアラビアとの早期の関係正常化に懐疑的な見方を示した。

バイデン米大統領はサウジとイスラエルの関係正常化を優先課題としており、ホワイトハウスのサリバン大統領補佐官(国家安全保障担当)は27日にサウジでムハンマド皇太子と会談。バイデン氏は28日、改善の動きがあるかもしれないと述べていた。

一方、ネタニヤフ首相が率いるリクードの幹部は国営ラジオ番組で、「こうした動きにおいて合意について話すのは時期尚早だ」と述べ、早期の関係正常化の可能性を否定した。

イスラエルのハネグビ国家安全保障顧問は、記者団からサウジとの協議に進展があるかと聞かれ、「それを望んでいる」と語った。

サウジは国内の原子力発電建設で米国の強力を求めている。米国とイスラエルのメディアは、サウジが米国からの防衛関連の輸入を拡大しようとしているとも報じている。

イスラエルのネタニヤフ首相は30日、1000億シェケル(270億ドル)を投じて鉄道を拡張すると発表。テルアビブと国内遠隔地を結ぶほか、将来的にはサウジと接続する可能性がある。【7月31日 ロイター】
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また、イランを含めた中東情勢のなかでは、イスラエルとサウジアラビアの関係正常化は難しいとの指摘もあります。

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現在、米国内ではサウジとイスラエルの関係正常化について色々と議論されているが、この論説も指摘している通り、イランがサウジとの関係を正常化した大きな理由の一つは、サウジ・イスラエル関係の正常化を妨害するためである。

具体的には、イスラエルがイランの核施設空爆のためにサウジ領空や飛行場を利用することを阻止することが重要な目的の一つである。  

また、サウジ側も万が一、米国やイスラエルとイランが武力衝突する場合に巻き添えを喰わないことを意図している。

それゆえ、近い将来、サウジがイスラエルと関係を正常化する可能性はほとんどないのではないかと思われる。【7月28日 WEDGE「米国抜きで「安定」に向かう中東 存在感増す中国」】
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コメント
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ジョージア  政権にちらつくロシアの影 大量のロシア人流入で反ロシア感情が高まる国内世論

2023-07-30 22:49:55 | 欧州情勢

(ジョージア首都トビリシ 街中には「ロシア人お断り」の文字が【7月30日 テレ朝news】)

【15年前ロシアと戦ったグルジアに大量流入するロシア人】
ジョージア(旧グルジア)は、旧ソ連の国々の一つで、北はロシア、南はアルメニアとトルコと接し、西は黒海に面する南コーカサス(カフカス)にある共和制国家です。

ジョージアが世界の注目を集めたのは、2008年のロシアとのグルジア戦争。
ウクライナ東部同様に、ジョージア領内にはジョージアからの分離独立・ロシアとの併合を主張する南オセチア、アブハジアという二つの地域が存在しています。

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2008年8月7日の午後、グルジア軍は南オセチア地区の首都ツヒンヴァリに陸軍、空軍を投入して大規模な軍事攻撃を行った。ロシアはグルジア軍の動きを受けて南オセチアに軍を差し向け、グルジア領内への爆撃を開始した。【ウィキペディア】
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「待ってました」と言わんばかりのロシア軍の侵攻で、“五日間戦争”との別称があるようにロシア軍の圧勝に終わりました。(ウクライナに侵攻したプーチン大統領の頭には、このグルジア戦争圧勝のイメージがあったのではないでしょうか)

あのグルジア戦争から15年ほどが経過し、今はグルジアに徴兵などを嫌うロシア人が大勢押し寄せているという状況。

陸続きで、ノービザで入れるということで、文字通り“列をなす”状態でした。

****ジョージア国境、渋滞20キロ 徴兵逃れ、自転車買って越境も****
ロシアのプーチン大統領が部分動員令を出した後、陸路で出国を試みる国民の車がジョージア(グルジア)国境に殺到している。報道によると、26日時点で20キロ以上の渋滞が発生。かつての交戦相手国に逃げ込む形になる上、ウクライナ侵攻を支持する「Z」マーク付きの車もあったという。

車が立ち往生する中、自転車などでの越境も許可された。独立系放送局「ドシチ」の取材では、ロシア側住民が出国希望者に自転車を5万ルーブル(約12万4000円)で販売。使用後にジョージア側住民が5000ルーブル(約1万2400円)で買い取り、再びロシア側に運び込む「ビジネス」が見られたという。

インターネットには、混乱収拾のため連邦保安局(FSB)の装甲車や国家親衛隊(旧内務省軍)のトラックが続々と現場に到着する物々しい映像が投稿された。警察は国境検問所に臨時の「徴兵事務所」を設置する方針を明らかにしており、動員の対象者らに招集令状を交付し、徴兵逃れの波を食い止めたい考えとみられる。(後略)【2022年9月28日 時事】
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上記記事の昨年9月時点では、“1日に1万人のロシア人が入国している”【2022年9月30日 TBS NEWS DIG】とも。

ジョージアに流入したロシア人の数は、計算の仕方・時期で様々な数字があります。

“ジョージア政府が発表した統計によれば、2022年に11万人以上のロシア人がジョージアへ避難した。こうした動きはジョージアに好景気をもたらす一方、反ロシア感情の強い同国内での反発も招いている。”【2022年12月5日 Newsweek】

“日本経済新聞がロシア連邦観光局のデータをもとに分析すると、侵攻後に約60万人以上が隣国ジョージアへと向かったことが分かった。”【7月19日 日経】

“ウクライナ侵攻後、人口わずか370万人のジョージアに、140万人以上のロシア人がやってきた(去年3月〜12月/一時滞在を含む)。”【7月30日 テレ朝news】

いずれにしても、戦争の記憶で対ロシア感情がよくないジョージアに大量のロシア人が流入したことで、大きな軋轢が生じました。

****ジョージア国境にロシア人殺到 ジョージア人「国土の20%をロシアに不当に占領されているのに…」****
(中略)一方、受け入れるジョージア側にとっては複雑な思いを抱く人が多くいました。実際に話を聞いた複数のジョージア人は「自分たちはロシアに国土の20%を不当に占領されている状況なのに、なぜロシア人を受け入れる必要があるのか」と否定的に話していました。

ロシア人の流入が急増したジョージアでは、首都トビリシをはじめ、不動産の価格が急激に上がったことで賃貸契約の更新を断られる人が増えていて、こうした実際の生活での影響もあってか、国境の閉鎖まで求める声が一部では上がっています。【2022年9月30日 TBS NEWS DIG】
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一方で、マクロ経済的には、ロシア人大量流入によって好景気になったようです。

****徴兵逃れのロ技術者がジョージア流入、経済2桁成長へ****
戦火の影響で欧州経済が苦境に陥る一方で、ロシアの南西に国境を接する小国が、予想外の好景気に沸いている。ジョージアだ。

ジョージアは今年、世界で最も成長率の高い国の1つになろうとしている。ロシアによるウクライナ侵攻、さらには戦力補充のためプーチン大統領が発した部分動員令から逃れるため、10万人以上のロシア人が一気に流入したためだ。

世界の大半の国が危うい足取りでリセッションに向かう中で、複数の国際機関は、黒海に面した人口370万人のジョージアが、消費主導の好景気のもと、2022年に10%という非常に大きな経済成長を記録すると予想している。(後略)【2022年11月12日 ロイター】
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【民主主義が後退するジョージア現政権にちらつくロシアの影】
強権支配的な傾向を強めるジョージアの現政権とロシアとの関係は微妙。グルジア戦争のイメージがあるので、反ロシア・親欧米路線かと思っていましたが、必ずしもそうでもないようです。

****デモ隊に放水銃の攻撃、ジョージア「ロシアそっくり法案」はなぜ今だったのか****
<NGO弾圧法案が議会に提出され、市民が大規模デモで抗議。法案は取り下げられたが、国民の大多数がEU・NATO加盟を求めるこの国で、民主主義の空洞化が進んでいる>

焦点になっていたのは、活動資金の20%以上を外国から得ている団体を「外国の代理人」として登録することを義務付ける法案だ。

10年前にロシアでそっくりの法律が導入され、NGOや独立系メディアの弾圧に使われた。それが7日、ジョージア議会でも審議が進んだ(編集部注:その後9日に取り下げられた)。

かつてソ連の一部だったジョージアは、ロシアと国境を接しながらも、一時は強力な親欧米路線を取っていた。ところが近年の政治には、ロシアの影がちらつく。

それでも国民の大多数はEU・NATO加盟を希望している。最近の世論調査では、EU加盟支持が75%、NATO加盟支持が69%に達した。それだけに一般市民の間では、ロシアに対する警戒感が強い。

2012年にロシアで外国代理人法が施行されたときは、多くの市民団体が活動休止に追い込まれた。(中略)ジョージアでも同じことが起こるのではという危機感が、トビリシでの大規模デモにつながった。

「(外国代理人法を)葬り去るために、社会全体が結束した。皆ロシアで起きたことを知っているからだ」と、トランスペアレンシー・インターナショナル(TI)ジョージアのエグゼクティブディレクターを務めるエカ・ギガウリは語る。 「ウクライナでは戦争が起きているが、ジョージアでもロシア的統治との戦いが起きている」

ちらつくロシアの影
近年、ジョージアの民主主義は、空洞化が目立つようになった。国家権力の抑制と均衡が乏しくなり、与党「ジョージアの夢」が異例の存在感を示すようになった。

その設立者である大富豪ビジナ・イワニシビリは現在、公職には就いていないが、舞台裏から政府に大きな影響を及ぼしていると広くみられている。

そんななかで外国代理人法が採択されれば、ジョージアの民主主義は大きく後退していただろう。当局は、市民団体や独立系メディアに嫌がらせをしたり、ひょっとすると黙らせたりする強力な権限を手にすることになるからだ。(中略)

この法案が提出されたタイミングについては、いくつかの解釈がある。
選挙監視団体「公正な選挙と民主主義のための国際社会(ISFED)」のドリゼは、与党「ジョージアの夢」が権力基盤を固め、反対意見を抹殺しようとしている可能性を指摘する。ジョージアでは来年の議会選挙で、比例代表制が導入される。そうなれば、いずれかの党が単独過半数を獲得するのは難しくなる。

一方、「ジョージアの夢」は、ロシアの息がかかっており、実のところジョージアのEU加盟を阻止しようとしているのではないかと、TIジョージアのギガウリは推定する(同党は表向きはEU加盟推進を掲げている)。

EUは2022年、ウクライナとモルドバについては加盟候補国の地位を与えたが、ジョージアは法の支配やメディアの独立、司法の独立についてさらなる改革が必要だとして、認定を見送った。

今回の法案についても、EUの外相に当たるジョセップ・ボレル上級代表は7日、「EUの価値観や基準と相いれない」と改めて強調した。米国務省のネッド・プライス報道官も、言論の自由と民主主義にダメージを与える恐れがあるとの見方を示していた。

ジョージアの市民団体のリーダーたちも同じ考えだ。
「この国と、この国の民主主義の質が懸かっている」とギガウリは語る。「この国の今後の行方にも影響を与える。現時点で、正しい方向に向かっていないことは確かだ」【3月13日 Newsweek】
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上記「外国の代理人(スパイ)」法案に対する大規模な抗議デモについては、ウクライナのゼレンスキー大統領が「民主主義の成功」を願うとしてジョージアのデモにエールを送ったこともあって、ジョージア側はウクライナが内政干渉的に関与したと非難、これにウクライナが「ジョージア当局はロシアのプロパガンダをほぼ一字一句繰り返している」と反発するという展開にもなっています。

“ロシアの影がちらつく”現政権ということもあってか、ウクライナを支援する各国がロシアと関係を断っているなかで、ジョージアはロシアとの直行便を再開。この件でもウクライナはジョージアを激しく非難しています。

****ロシア便再開のジョージアを非難 ウクライナ****
ウクライナは17日、ジョージアがロシア行き直行便の再開を許可したことを非難した。

ウクライナ外務省のオレグ・ニコレンコ報道官はソーシャルメディアで、「世界がこの戦争を止めようとロシアの孤立化を図っているにもかかわらず、ジョージアはロシアからの航空便を受け入れ、モスクワ行きの便を運航しようとしている」と批判した。(中略)

ジョージアで2019年に反ロシア集会が開かれたのを受け、ロシアはジョージアとの直行便を停止していたが、ウラジーミル・プーチン大統領は先週、これを解除。また、ジョージア市民を対象に、90日以内の短期滞在の場合はビザを免除する措置も導入した。(後略)【5月17日 AFP】
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ジョージア現政権が再開を望んだのか、ロシア側の要請をことわりきれなかったのか・・・わかりません。

当然、ジョージア国内にはロシアとの接近に反対する声もありますが、これに対しプーチン大統領は「皆に『ありがとう、いいね』と言われると思っていた」「頭がおかしい」とも。

****プーチン氏、ジョージアでの反ロデモに「頭がおかしい」****
ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は26日、同国とジョージア間の直行便の再開を受けてジョージアで反ロシアデモが起きたことに驚かされたと述べた。

ジョージアの首都トビリシの空港には先週、2019年以来初めてロシアからの直行便が着陸した。しかし、空港前では数十人が抗議デモを実施。「お呼びでない」「ロシアはテロ国家」と書かれたプラカードを掲げた。

プーチン氏はテレビ中継された財界人との会合で、「正直に言って、この反応には非常に驚かされた」「皆に『ありがとう、いいね』と言われると思っていたが、この件をめぐる騒ぎは理解し難い」「ここから見ると、彼らは頭がおかしいとしか思えない」と語った。

ロシアは2008年、ジョージアに軍事介入し、親ロシア派地域の南オセチアとアブハジアの「独立」を承認した。このためジョージアでは反ロシア感情が今も根強い。 【5月27日 AFP】AFPBB News
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ひょっとしたら、プーチン大統領は本気で「皆に『ありがとう、いいね』と言われる」と思っていたのかも。ウクライナでも歓迎されると思っていたように。だとしたら、その思い込みが一番怖いかも。

【反ロシア感情が高まる国内世論 矢面に立つロシアからの避難民】
政権にロシアの影がちらつくのに対し、ジョージア国内世論は、冒頭の大量ロシア人流入によって反ロシア感情が高まり、ロシアからの避難者はその矢面に立たされています。

****「ロシア人は帰れ」国を捨てた先で待っていた“拒絶” 若者たちの苦悩【現地ルポ】****
『「ロシア人は家に帰れ」。でも私に帰る家はありません』
ロシアの隣国ジョージア(グルジア)の首都・トビリシ。観光客でにぎわう旧市街の一角で、ロシア人のナターシャさん(24)は表情を曇らせた。

ロシアがウクライナに侵攻を始めてから、1年5カ月。祖国を捨てた多くのロシア人が流入したジョージアでは、今、反ロシア感情が最高潮に達している。現地取材から見えたのは、さまよい続ける若者たちの苦悩だった。 (7月29日放送 「サタデーステーション」より)

■街中にあふれる“拒絶”『ロシア人お断り』
(中略)首都トビリシの、旧市街と現代の建築物が共存する美しい街を歩いていると、取材スタッフの目にあるメッセージが飛び込んできた。 『RUZZKI NOT WELCOME』…その意味は、『ロシア人お断り』。
真っ白な建物の外壁に、真っ赤な文字で、そう書き殴られていた。

実はいま、ジョージア国内で最高潮に達しているのが「反ロシア感情」だ。『ロシア製品は買うな!!!』 『ロシアはテロ国家!』…こうしたメッセージは、バス停や地下道、アパートや飲食店の外壁などに、文字通り“所構わず”書かれている。

矛先が向けられているのは、流入し続けるロシア人だ。ウクライナ侵攻後、人口わずか370万人のジョージアに、140万人以上のロシア人がやってきた(去年3月〜12月/一時滞在を含む)。

その中の一人がナターシャさん、24歳だ。(中略)
ユーチューバーとして活動する中でロシア政府を批判してきた。侵攻開始以降、ロシア国内で言論弾圧が強まるなか、「逮捕されるのではないか」という恐怖から、去年9月、家族をロシアに残し、ジョージアへと逃げ込んだ。しかし、そこで待っていたのは、自分たちロシア人を拒絶するジョージアの本音だった。(中略)

『「ロシア人は家に帰れ」。でも私に帰る家はありません。ロシア人がビザ無しで行ける国は、ジョージア以外、ほとんど無いんです』 ナターシャさんはメッセージを指差し、そう嘆いた。(中略)

■国民の69%「悪影響を及ぼす」 背景に15年前の侵攻も
しかしそれでも、ジョージア国民のロシア人に対する警戒心は消えない。ロシア人の流入について街で尋ねると、厳しい意見がジョージア国民から相次いだ。

『善良なロシア人でもジョージアへの移住そのものが、問題を引き起こすことを理解すべきです』(バー経営者)
『プーチンとロシア政府は「多くのロシア人がジョージアにいる」という事実を、自分たちの利益のために使おうとする可能性が高いと思います』(大学生・24歳)

その原因は、15年前に起きた、ロシアによるジョージアへの軍事侵攻だ。国土のおよそ2割が、今なお、ロシアによって占領され続けている。

この侵攻を指揮したとされる人物。それは、当時、首相だったプーチン大統領。現在のウクライナ侵攻の口実は、ウクライナにいる、“ロシア人”の保護だった。そのため、今年2月に行われたジョージアの世論調査では、ロシア人の流入に対し、69%の国民が「悪影響を及ぼす」と回答している。(中略)

こうした中、ロシア人の流入に拍車をかけるような動きが。今年5月から、ジョージアとロシアを結ぶ直行便が4年ぶりに再開したのだ。これを提案したのはプーチン大統領だったという。

これに対し、ジョージア国民は、『ジョージア政府は恐れていると思います。「プーチン大統領に従わなければ、ロシアはまたジョージアに戦争を仕掛けてくる」と思っているんです。何とか生き残るためにジョージア政府は戦っているようですが、国民はロシア人が移り住んでくることには、とにかく反対です』(大学生・20歳)と憤る。

反ロシア感情が最高潮に達したジョージア。孤独と生活苦に耐えながら、夢を追うロシア人の青年もいた。

■『母はプロパガンダに…』 徴兵拒否し、渡米志すロシア人の青年
取材スタッフを自宅に迎え入れてくれたのは、ロシア人のザックさん、21歳。部屋の中には、ウクライナ国旗が掲げられていた。侵攻が始まった当日、モスクワで反戦の声を上げたザックさん。

大学を辞めて、去年3月、ひとりジョージアへと逃れると、ロシアで徴兵される際に必要な証明書を焼き捨て、祖国を捨てる覚悟を固めた。(中略)

しかし、生活に余裕はない。(中略)ジョージアでは物価が高騰しており、平均家賃は侵攻前の約2.3倍になっている。しかしこれも、ロシア人の急増が原因だ。ザックさんは自炊で節約しながら、アメリカの大学で学ぶことを夢見ているという。

■さまようロシアの若者 探し続ける「安住の地」
ロシアの隣国ジョージアで出会った、2人の若きロシア人たち。母国以外の居場所を求め、さまよい続けている。ウクライナ避難民のための支援活動に取り組むロシア人のナターシャさんは、「自身のこれからをどう考えているのか」という問いに、こう答えた。

『次の行き先のことを考えると、不安です。怯えることなく、自由な表現ができ、自分の人生を歩むことができる、そんな国に住みたいです』(後略)【7月30日 テレ朝news】
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上記記事が紹介するような、「母国以外の居場所を求め、さまよい続けている善良なロシア人」だけでなく、「ほとぼりが冷めるまで大金を使って毎日遊び暮らすロシア人」もまたいるのでしょう。
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ロシア・アフリカ首脳会議  穀物無償提供表明のロシア対応に南ア大統領「物乞いではない」

2023-07-29 22:48:32 | アフリカ

(首脳会議での記念撮影で握手を交わすロシアのプーチン大統領(右手前)とアフリカ諸国からの出席者ら=ロシア北西部サンクトペテルブルクで2023年7月28日、ロイター【7月29日 毎日】 握手しているのは南アフリカのラマポーザ大統領(多分))

【アフリカ諸国にとってロシアは、欧米や中国に依存し過ぎないための「第三の選択肢」】
ロシアのウクライナ侵攻に対し結束して対抗する欧米諸国ですが、アフリカなどのいわゆる「グローバルサウス」と呼ばれる国々は必ずしもロシア批判ではなく、中立に近い立場を取ることが多いことはこれまでもしばしば取り上げてきました。

ロシアとアフリカの関係については、植民地支配の過去がないことや冷戦時代からのつながりもありますが、近年では軍事・安全保障面でのつながりが目立ちます。

****ロシア重視は「第三の選択肢」****
アフリカの対外貿易に占めるロシアの割合は2%に満たず、経済や援助の面では中国や欧米諸国に遠く及ばない。
ウクライナ産食料輸出を巡る合意からロシアが離脱したことで、アフリカ諸国には不満もくすぶる。

それでもアフリカの多くの国々がロシアと友好関係を維持する背景には、軍事・安全保障面での期待や、冷戦時代から続く交流がある。

マリではこの10年ほどイスラム過激派の活動が活発で、政府は当初は旧宗主国のフランスに支援を求め、掃討作戦を続けた。しかし、過激派の抵抗は収まらず、連携相手をロシアに切り替えた。

ロシアは大量の武器の供与に加え、民間軍事会社「ワグネル」の戦闘員も派遣。マリ国民の間では、これらの支援がテロ対策で一定の成果を上げていると評価されている。

同じく過激派に悩む隣国ブルキナファソもロシアとの軍事面での連携を急速に進める。中央アフリカは反政府武装勢力への対策としてワグネルを受け入れた。

ロシアは欧米が重視する民主主義や人権にこだわらないため、その支援は強権的な国にとって「使い勝手が良く、即効性がある」のが特徴だ。

一方、南アフリカは1990年代まで続いた黒人へのアパルトヘイト(人種隔離)政策で、反対闘争をするアフリカ民族会議(ANC)がソ連から軍事訓練などの支援を受けた。

ANCは政権を握った後、ソ連を継承したロシアとの関係を重視しており、ウクライナ侵攻に関しても直接的なロシア批判を避けている。また、アンゴラのように、政権がかつて内戦でソ連の支援を受けていたケースもある。

ロシアは、英国やフランスと異なりアフリカで植民地支配をしたことがないため、進出に当たってアフリカの市民から反発を受けにくい。アフリカ諸国は、欧米や中国に依存し過ぎないための「第三の選択肢」として今後もロシアを重視することになりそうだ。【7月29日 毎日】
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ロシアにとっては、ウクライナ問題におけるアフリカ諸国の欧米とは一線を画する対応は、国際的孤立を避け、自らの正当性を主張するのに重要な役割を果たしています。

【西アフリカで顕著なワグネルの役割 クーデターのニジェールでも・・・】
そうした重要なアフリカ諸国とつながりのなかでも、上記記事にもあるように特にマリ、ブルキナファソ、中央アフリカなど西アフリカにおいて、イスラム過激派・反政府勢力への民間軍事会社ワグネルの活用が顕著です。

ワグネルは欧米のように民主主義だの人権だの“うるさいこと”言わずに、敵対勢力を鎮圧してくれますので。そのため民間人殺害などの重大な人権侵害も起きますが、ワグネルを重用する国は、そういうことにはあまり関心がないようです。

こうしたアフリカ諸国におけるワグネルの存在価値が、ロシア国内での「ワグネルの乱」にもかかわらず、プーチン大統領がワグネルを存続させようとしている理由でもあります。

そして、西アフリカにおいてまた一国、親ロシア国家が増えそうです。

26日に西アフリカのニジェールで大統領警護隊チアニ将軍によるクーデターが起きて現在事態は進行中です。
拘束されたバズム大統領は“米欧諸国と良好な関係を維持してきた。隣国マリ、ブルキナファソはイスラム過激派の動きが活発で、米国がニジェールに軍事訓練で協力するなど、ニジェールは米欧諸国による対過激派作戦の拠点になってきた。”【7月27日 読売】というように親欧米的な立場でした。

これに対し、イスラム過激派に対しマリやブルキナファソと同様の対応、要するにロシア・ワグネルを使用した強硬な対応をとることを求めてのクーデターだったようです。

****大統領警護隊長が新指導者 ニジェール、国営テレビが紹介****
ロイター通信によると、西アフリカ・ニジェールの国営テレビは28日、バズム大統領の追放を発表したクーデターの指導者が大統領警護隊トップのチアニ将軍だと紹介した。肩書は政権移行を目指す暫定評議会の「議長」とされ、クーデターが成立して新政権が発足した際には暫定大統領に就任するとみられる。

チアニ氏は国営テレビで演説し、バズム政権がイスラム過激派への対テロ作戦で隣国マリやブルキナファソと協力的でなかったと批判した。マリとブルキナファソでは近年クーデターが起き、発足した軍事政権が対テロ作戦でロシアに近づいた。【7月28日 共同】
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こうした事態に、生死も定かでなかったワグネルの創設者プリゴジン氏が早速反応しています。

****プリゴジン氏、ニジェールの反乱称賛=ワグネル活動先として注目か****
ロシアの民間軍事会社ワグネルの創設者プリゴジン氏は、西アフリカ・ニジェールのクーデターを称賛した。関連団体が27日、同氏の音声メッセージを通信アプリに投稿した。ワグネルの戦闘員派遣に言及しており、新たな活動先として注目している可能性がある。

プリゴジン氏はクーデターについて「独立を獲得し、植民地主義者を排除することを意味する」と強調。西側諸国の治安・テロ対策ではニジェール国民を守れなかったと主張した上で、「ここにワグネルへの期待がある。戦闘員1000人で秩序を回復し、テロリストを粉砕することができる」と派遣の用意を示唆した。【7月29日 時事】 
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【ロシア・アフリカ首脳会議 ウクライナ問題では溝埋まらず】
ロシア・プーチン政権はアフリカ諸国とのつながりを強化すべく、27,28日にロシア北西部サンクトペテルブルクでロシア・アフリカ首脳会議(サミット)を開催しました。

前述のようにウクライナ問題でアフリカ諸国は欧米とは一線を画していますが、かと言ってロシア支持という訳でもなく、ロシアにウクライナとの和平を進めるように求めています。

****ロシアとアフリカ、反植民地主義で結束演出 ウクライナ問題では溝か****
ロシア・アフリカ首脳会議(サミット)は28日、2日間の日程を終え、多岐にわたる分野での協力を確認した。欧州の国々がアフリカのほぼ全域を植民地支配した歴史を批判する点でも一致。一方、ロシアがウクライナで続ける「特別軍事作戦」を巡っては溝が埋まらなかった模様だ。

ロシアとアフリカ諸国の首脳会議は2019年以来2回目。今回はロシア北西部サンクトペテルブルクで開き、アフリカから49カ国が参加。うち17カ国は首脳が出席した。会議では、テロ対策での協力▽宇宙空間での軍拡防止▽今後3年間の協力計画――などの合意文書を採択した。

サミットの宣言では、ロシアがソ連時代も含めて、アフリカ諸国と「伝統的な植民地主義の根絶に向けた共同の闘い」を実践してきたと主張した。ロシアのプーチン政権は、ウクライナでの特別軍事作戦を理由に対露制裁を科した欧米諸国への対抗姿勢を鮮明にし、植民地支配という負の歴史を取り上げている。

一方、特別軍事作戦やこれに伴う問題を巡りアフリカ諸国の首脳がプーチン氏に注文する場面もあった。

アフリカ諸国は6月、露軍のウクライナからの撤収や、国際刑事裁判所(ICC)がプーチン氏に出した逮捕状の停止などを盛り込んだ和平案を提示したが、ロシアとウクライナは拒否した。コンゴ共和国のサスヌゲソ大統領は28日の会議で「アフリカのイニシアチブは注目に値し、過小評価すべきではない」と発言。和平案の再考を促した。

プーチン氏は、和平協議に関心はあるが、ウクライナが拒んでいるため再開されていないと訴えた。

ロシアは今月中旬、黒海経由でのウクライナ産穀物の輸出を保障する合意から離脱した。このため国際的な穀物価格の高騰や、アフリカなどでの食糧危機の懸念が高まっている。エジプトのシシ大統領は28日の会議で「必要としている国を考慮し、穀物に関する合意で同意を得る必要がある」と述べ、合意に復帰するようロシアに呼び掛けた。

19年はアフリカから43カ国の首脳が出席したが、今回は17カ国にとどまった。ロシアは「米国やフランスなどが厚かましく干渉した」(ペスコフ大統領報道官)ことが理由だと主張している。【7月29日 毎日】
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アフリカ諸国のつなぎ止めにロシアも腐心しているようです。

****プーチン大統領 アフリカ諸国の“3兆円以上の債務”帳消し****
ロシアのプーチン大統領は28日、サンクトペテルブルクで開いた国際会議で、3兆円以上にのぼるアフリカ諸国の債務を帳消しにしたと発表しました。アフリカ諸国を取り込む狙いがあるとみられます。

プーチン大統領は28日、アフリカ諸国との会合でロシアが帳消しにした債務総額は230億ドル(3兆2000億円)にのぼると発表しました。

その上で、ロシアはアフリカの発展のためにさらに9000万ドル以上を(120億円以上)供与すると述べました。

プーチン大統領は27日にも「アフリカ6か国に穀物を無償で提供する」と述べていて、経済支援を通じてアフリカ諸国を取り込む狙いがあるとみられます。(後略)【7月29日 日テレNEWS】
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【ウクライナ産穀物輸出へのロシア対応にアフリカ側の不満が 南ア大統領「物乞いでない」】
今回首脳出席が少なかったことは、一昨日ブログ“ロシア  黒海穀物合意離脱 代替ルートへも攻撃 ロシア・アフリカ首脳会議で孤立回避図る”でも取り上げたところですが、ロシアのウクライナ対応への不満でしょうか。

特に、ウクライナからの食糧供給が滞る事態となっていることでは、「アフリカ6か国(中央アフリカ、マリ、ブルキナファソ、ソマリア、ジンバブエ、エリトリア)に穀物を無償で提供する」というロシアの対応にもかかわらず、アフリカ側に懸念・不満があります。

****ロシアのアフリカ穀物支援案は不十分、停戦必要=アフリカ連合議長****
アフリカ連合(AU)議長を務めるコモロのアスマニ大統領は28日、ロシアのプーチン大統領によるアフリカへの穀物提供の提案は十分ではないとの見解を示した。同時に、ウクライナ停戦が必要と表明した。(中略)

アスマニ大統領は首脳会議閉幕にあたり「プーチン大統領は穀物供給でアフリカを支援する用意があると表明した。これは重要なことだが、十分ではない。(ウクライナ)停戦を実現する必要がある」と述べた。

その上で「プーチン大統領は対話に応じ、解決策を見出す用意がある姿勢を示した。今は相手側を説得する必要がある」と語った。【7月29日 ロイター】
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南アフリカのラマポーザ大統領の「私たちはアフリカ大陸への贈り物を乞うためにここに来たわけではない」という発言は更にストレートなロシア批判です。

****南ア大統領、穀物合意再開を要請=ロシアの無償提供に「物乞いでない」****
ロシアを訪問中の南アフリカのラマポーザ大統領は28日、プーチン大統領に対し、ウクライナ産穀物輸出合意の履行再開を求めた。ウクライナ問題を巡るアフリカ7カ国首脳らとプーチン氏の協議の場で発言した。

プーチン氏は穀物輸出合意履行を停止後、食料価格高騰に見舞われるアフリカ最貧国に穀物の無償供給を約束していた。これについてラマポーザ氏は「私たちはアフリカ大陸への贈り物を乞うためにここに来たわけではない」と苦言。アフリカが求めているのは合意の再開だと主張した。【7月29日 時事】
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【8月に南アフリカで開催されるBRICSの首脳会議へのプーチン大統領出席をめぐり南ア苦慮】
ラマポーザ大統領の苦言は、8月に南アフリカで開催されるBRICSの首脳会議への国際刑事裁判所(ICC)の逮捕状が出ているプーチン大統領出席問題で、ロシア側に振り回されたことへの感情的なもつれもあってのことでしょうか。

ウクライナへの侵攻を巡り国際刑事裁判所(ICC)から逮捕状が出ているロシアのプーチン大統領が来訪した場合、ICC加盟国である南アフリカは同氏を逮捕しないといけない立場にあります。もしプーチン大統領を入国時に拘束しなければ、経済的つながりの深い欧米との関係悪化は必至です。

そのため、プーチン大統領に欠席を求めましたが、ICC逮捕状の有効性を認めることにもなる欠席にロシアが同意せず、南アフリカは対応に苦慮した経緯があります。

****南ア、プーチン大統領でジレンマ BRICS欠席提案も拒否****
南アフリカのマシャティル副大統領は14日、地元メディアのインタビューで、中国やロシア、南アなどBRICSの8月の首脳会議を巡り、ロシアのプーチン大統領の欠席を提案したものの、ロシアなどが拒否したと明らかにした。

南アには、ICCの逮捕状が出ているプーチン氏が入国した場合、拘束する義務がある。マシャティル氏は「われわれにとって大きなジレンマで逮捕するわけにはいかない。友人を家に招待して逮捕するようなもので欠席が最良の解決策になる」と語り、引き続き欠席を求める考えを示した。

首脳会議は8月下旬に南アのヨハネスブルクで開催。南アはBRICS加盟国に(1)プーチン氏の代理としてラブロフ外相の出席(2)ICC未加盟国の中国への会場変更(3)オンラインでの開催―の3案を示したものの、いずれも受け入れられなかったという。

ロシアはサンクトペテルブルクで今月27、28日、ロシア・アフリカ首脳会議を開催する。マシャティル氏は同会議に出席する南アのラマポーザ大統領を通じて、プーチン氏に翻意を求めていくとした。【7月15日 共同】
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結局、この問題はプーチン大統領がオンラインで参加し、ラブロフ外相が対面で出席するということで落ち着いたようですが、一時は「プーチン氏を逮捕すればロシアと戦争になる恐れがある」(南アのラマポーザ大統領)【7月19日 毎日】と言うように南ア側を悩ませました。大国の身勝手な振る舞いに対し、南ア側に「いい加減してくれ」といった思いがあっても不思議ではありません。
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ラオス  「一帯一路」の目玉プロジェクト、中国ラオス鉄道 進行する「中国化」

2023-07-28 23:28:25 | 東南アジア

(【7月25日 WSJ】)

【中国ラオス鉄道、「一帯一路」の目玉プロジェクト 将来的にはタイ・マレーシアまで延伸】
東南アジアの国々の現在の政治状況などについては、ニュース等である程度は見聞きするのですが、そうしたなかでほとんど情報に接することがないのがラオス。北朝鮮のように別に情報を遮断している訳ではありませんが、ちょっと“謎の国”ようなところも。政治的にも、経済的にも国際的に関心を引くようなものがあまりないため・・・というのが正直なところ。

面積は日本の6割強ほどですが、国土の約70%は高原や山岳地帯で、人口は733万人と小規模。
政治的にはラオス人民革命党による一党独裁で、経済的には中国・ベトナムのような市場経済を導入しています。

外交面では、後述のように中国の影響力が非常に強く、ASEAN内にあって、カンボジアと並んで中国の代弁者的な役割を果たしてもいます。

そんなラオスが国際的に取り上げられる機会が多いのは、中国支援による中国ラオス鉄道の話題でしょう。

中国ラオス鉄道は、中国雲南省昆明とラオス首都ビエンチャンを結ぶ高速鉄道で、中国側の発表によれば、コロナ禍の影響は受けたものの、利用者数は順調に回復・増加しいるとのこと。

****中国ラオス鉄道 累計乗客数が900万人突破****
中国鉄路昆明局集団が(1月)5日に明らかにしたところによりますと、中国ラオス鉄道は開通から1年余りを経て、沿線の人々の移動を大変便利にし、幅広く好評を得ています。

新型コロナウイルスの感染対策が新たな段階に入り、観光や帰省などのニーズの増加と共に中国ラオス鉄道の利用客数も徐々に回復しつつあり、1月5日現在、同鉄道の利用客数は延べ900万人を突破し、うち、中国国内区間が754万人、国外区間が146万人となっているということです。

中国鉄路昆明局昆明駅の袁佳当直駅長は、年明けから客足が徐々に回復しており、1日当たりの平均乗客数は約2万9千人、旅客輸送量は前年同期比で約2倍に達し、旅客のニーズに合わせて国内区間の高速列車を1日平均20本にまで増便したと話しました。

国外区間でも乗客数は安定的な伸びを見せており、当初の2往復からピーク時の5往復に増便されています。(後略)【1月8日 レコードチャイナ】
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今年4月には昆明とビエンチャンを結ぶおよそ1000キロの区間で直通の旅客運行も開始されました。

****中国=ラオスを結ぶ高速鉄道 直通の旅客運行始まる****
中国が掲げる経済圏構想「一帯一路」の目玉プロジェクトである中国ラオス鉄道について、両国を直通で結ぶ高速鉄道の旅客運行が始まりました。

中国ラオス鉄道は13日、中国南部の雲南省・昆明とラオスの首都ビエンチャンを結ぶおよそ1000キロの区間で直通の旅客運行を開始しました。

2021年に開通した中国ラオス鉄道はこれまで、国境での乗り換えが必要でしたが、コロナ禍でもすでにおよそ1400万人が利用しています。

輸送された貨物量も300万トンを超えるなど経済効果も大きく、ラオスの中国依存が強まる可能性もあります。

中国ラオス鉄道を巡っては、将来的にさらに南下してタイやマレーシアを通りシンガポールまで延伸する構想も示されています。【4月13日 テレ朝news】
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個人的にはこれまで2回観光でラオスを訪れていますが、中国雲南省・ラオス、更にはタイ・マレーシアを結ぶ観光路線として非常に関心があります。国際的にこの中国ラオス鉄道が注目されるのは、上記記事でも触れているように、中国が掲げる経済圏構想「一帯一路」の目玉プロジェクトであること、将来的にはタイ・マレーシアまで南下して、中国の東南アジア進出を象徴する鉄道になると予想されていることによります。

【「債務の罠」をめぐる議論】
また、「一帯一路」の目玉プロジェクトということで、いわゆる「債務の罠」の問題が常に論じられています。
こうした批判に中国側は、「関係国の救済に力を尽くしている」(ここ数日、失脚したと話題になっている秦剛外相)とのこと。

****一帯一路構想10年 中国とラオスを結ぶ鉄道 「債務の罠」批判に中国は…****
(中略)この鉄道は、中国が推し進める巨大経済圏構想「一帯一路」の一環で作られたものです。このような中国が展開する巨大プロジェクトをめぐっては、中国の影響力が強まることや巨額の貸し付け資金が返済できなくなり、中国にインフラを奪われる「債務の罠」に陥ることが懸念されています。

実際、ラオス区間の建設費、60億ドル=およそ6780億円の7割が中国からの貸し付けになります。

中国に対する債務などで国家財政が危機に陥った国があります、スリランカです。中国からの融資に頼って港を建設。返済に行き詰まり、中国企業に港の運営権をゆだねることになってしまいました。

中国 秦剛外相 「中国ラオス鉄道は陸の孤島だったラオスに外とのつながりをもたらした。『債務の罠』というレッテルを中国に貼ることは絶対にできない」

「一帯一路」構想が始まって今年で10年。鉄道建設の成果を強調した秦剛外相でしたが、「債務の罠」批判に対しては「関係国の救済に力を尽くしている」と述べるにとどまり、正面から答えることはありませんでした。【3月8日 TBS NEWS DIG】
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もっとも、債務が滞って一番困るのは中国側であり、インフラを差し押さえるために意図的に無理な融資を使わせている・・・といったイメージの「債務の罠」云々は、やや為にする議論のようにも思えます。 
実際、中国側は当初の政治重視の「大盤振る舞い」的な姿勢から、近年はより経済合理性を重視した投資を行うように方針転換しています。

【拡大する中国鉄道網による近隣諸国囲い込み 進行する「中国化」】
そんなこんなの中国ラオス鉄道に関する最新の記事。

****ラオス中国鉄道が快走、「一帯一路」なお健在 人や投資がラオスに流入し、「中国化」が進行****
中国との国境に位置するこの小さな町(ラオス・ボーテン)は数年前まで、熱帯雨林の中をほこりっぽい道が数本走る土地に過ぎなかった。今では、約60億ドル(約8400億円)かけて中国が建設した鉄道が通り抜け、都市が形成されつつある。

建設途中のオフィスビルや倉庫が何十棟もそびえ立っている。中国の開発業者、雲南海誠実業集団は、この16平方キロメートルの経済特区を中国と東南アジアを結ぶ玄関口として売り込んでいる。労働力は安く、新たな鉄道のおかげで輸出もしやすい。(中略)

中国の広域経済圏構想「一帯一路」は提唱から10年たつが、世界各地で後退しており、多くのプロジェクトが行き詰まるか、途上国に手に負えない債務を負わせている可能性などを巡って物議を醸している。しかし、東南アジアのこの地域では構想はまだ健在だ。

拡大する中国鉄道網
中国は、2021年終盤に開業した全長約422キロメートルのボーテンの鉄道路線を、地域一帯を鉄道で接続する壮大な構想が各地の経済をいかに変貌させ得るかを示す好例と位置づけている。自国の支援で建設された東南アジアの農業・工業の中心地を貫く鉄道網によって、近隣諸国を囲い込み、向こう数十年にわたって各国の経済を自国の経済と結びつけることを中国は思い描いている。

シンガポール国立大学東アジア研究所の上級リサーチフェロー、余虹氏は「中国にとって、これは重要なメガプロジェクトだ。この鉄道が完成すれば、『一帯一路』が今も順調に進んでいることを実証できる」とし、「それがまさに中国が世界に伝えたいメッセージだ」と述べた。

ラオス中国鉄道は、中国が計画している区間の最初の部分に過ぎず、中国の商業都市・昆明とタイとの国境に近いラオスの首都ビエンチャンを結んでいる。中国はさらに南に延長し、タイとマレーシアそれぞれの首都バンコクとクアラルンプールまでつなげることを目指している。

また、カンボジアを東に走る鉄道の改良や、昆明からミャンマー沿岸まで西に走る鉄道の建設も計画している。

ラオスでの勢いが他の地域の進展に弾みをつけることを中国は期待している。タイとマレーシアでも建設が進められているが、現地の懐疑論や計画の遅れに直面している。

世界銀行の試算によると、ラオス中国鉄道の運営がうまくいけば、ラオスの総所得は長期的に最大21%増加する可能性がある。しかし、その財務的根拠を巡ってエコノミストの意見は依然、割れている。

(開発業者はラオスのボーテン経済特区を「中国と東南アジアを結ぶ新たな玄関口」とうたっている)

ラオスは、鉄道建設資金の一部を調達するために中国輸出入銀行から15億4000万ドルを借り入れた際、既に借金の返済に苦しんでいた。鉄道自体からもさほど多くの収入は得られそうにない。

ラオスの出資比率は30%に過ぎず、残りの株式は中国企業3社が保有している。世界銀行によると、同国の総債務は2021年に約145億ドルという「危機的水準」に達しており、対外債務の約半分を中国が占めている。

豪シンクタンク、ローウィー研究所インド太平洋開発センターのシニアエコノミスト、マリーザ・クーレイ氏は「これ(鉄道)を本当に成功させるためには、他の多くの投資が必要だ」と指摘。道路などの補完的なインフラや観光収入を得るための容量拡大には、さらに借金が必要になるとし、「彼らは一種の債務スパイラルに陥っている」と述べた。

しかしラオスでは、中国はほとんど抵抗に直面していない。その一因は、ラオスが中国と同様、権威主義的な共産主義政権に統治されており、政権がさほど反対を受けずに迅速に行動できることにある。

また、同国の開発ニーズが巨大で、中国以外に頼れる選択肢がないためでもある。人口740万人で労働人口が少なく、天然資源もほとんどないため、中国のように戦略的な必要性を感じていない欧米や日本の投資家はほとんど関心を示してこなかった。

ラオスで鉄道が人気なことも、中国に有利に働いている。以前はバスで危険な山道を通って12時間かけていた移動が、今は鉄道を使用してほぼ同じ料金で4時間足らずでできる。学生や出稼ぎ労働者は帰省がしやすくなった。また、赤ちゃんを首都の病院に連れて行き、小児科の専門医に診てもらっていると話す夫婦もいる。彼らが住む農村部にはそのような専門医がいないという。

ラオス中国鉄道会社によると、現在2000品目以上が貨物ルートでの輸出を許可されている。ラオスから中国にはスイカやドリアンなどの果物、キャッサバ粉、ゴム、鉄などが輸出され、中国からラオスには機械設備や化学肥料、家電製品、太陽光パネルが輸入されている。

鉄道が開業した際、中国の習近平国家主席とラオスのトンルン・シースリット国家主席は、このプロジェクトが双方に繁栄をもたらすと述べた。北米初の大陸横断鉄道が田園地方に新興都市を生み出したように、ラオス中国鉄道が「ゴールデンルート」となって開発が促されることを習氏は約束した。都市を拡張できるよう各町から数キロ外れた場所に駅が建設され、貨物を処理する倉庫が路線に沿って建設された。

中国企業は近隣の土地を次々に買い上げ、農場や工場をつくっている。主要駅の一つ、ムアンサイから車で30分ほどの場所にある丘陵地では、輸出用の作物が育てられている。中国企業は何十年も前から周辺の土地で大規模なプランテーションを借りて、バナナやゴムの木、大豆、キャッサバを栽培してきたが、現在さらに拡大している。

桑農場では女性たちがカイコの餌となる葉を収穫しており、カイコが紡いだ糸は中国製の高級生地に織り上げられる。昨年、ハトムギを処理するための工場も新設された。ハトムギは、スープ状のデザートや漢方薬に使用される穀物だ。

地元住民は伝統的に自給自足の生活をしており、家族を養うのに十分なだけの米と野菜を栽培している。サイイ・ソウリボンさん(32)は、以前は小遣い稼ぎのために建設現場で仕事を探すのに苦労していたという。現在は、駅の近くに新設された企業向けの貸倉庫で日雇い労働者として働いている。「選択肢が増えた」とソウリボンさんは話す。

4月に国境をまたぐ旅客列車が開通して以来、ラオスでは中国からの旅行者が急増している。華麗な寺院や滝などの美しい自然で人気のある、国連教育科学文化機関(ユネスコ)世界遺産に登録されたルアンプラバンでは先日の朝、観光客が中国紙幣の新札を仏教僧に施しとして渡していた。

さらに北のボーテンでは、中国紙幣はラオス通貨のキップと同じくらい日常的に使用されており、看板はラオス語と北京語の両方で書かれている。

「ラオスというよりも中国のようになってきているが、彼らはいろいろなものをつくってくれるのだから、いいことだ」。近くの村から通い、屋台でラオス人労働者に焼き肉やリスのスープを売っているノイ・ケオマンチャンさん(43)はこう話す。 「それが現実だ。ラオス人は貧乏で、中国人は金持ちだ」【7月25日 WSJ】
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中国ラオス鉄道がラオス経済・社会に与えるインパクトは非常に大きなものがあるでしょう。そして中国以外にラオスに手を差し出す国もなかったのも事実。

世界各地での「一帯一路」の現況については、また別機会に。

【政治体質をうかがわせる「強制失踪」 「事実上の中国の植民地」での「出稼ぎ風俗」】
中国ラオス鉄道以外ではほとんどラオス関連記事は目にしませんが、ラオス政治体質をうかがわせる昨年末の記事と、最近の中国とのつながりも背景にある記事ふたつを。

****社会活動家の「失踪」、東南アジアで相次ぐ 当局関与疑う家族の訴え****
ラオスの首都ビエンチャンで10年前に失踪した同国の社会活動家、ソムバット・ソムポーンさん(70)について、当局が事件に関与したとみる家族らが真相究明を求め続けている。

ソムバットさんは「アジアのノーベル賞」と言われるマグサイサイ賞の受賞者で、国際的にも著名。米国務省も失踪から10年となった15日、ラオス政府に対して問題解決に向けた行動を取るよう求めたが、ラオス側は応じていない。

「この10年間、何度もラオス政府に調査を訴えたが『知らない』と言われるばかりだった」。ソムバットさんの妻ウン・シュイメンさんは13日、タイの首都バンコクで開いた記者会見でこう訴えた。

ソムバットさんはラオスの農業普及活動や開発教育に長く携わり2005年にマグサイサイ賞を受賞。12年12月15日、帰宅途中に失踪した。家族が入手した防犯カメラ映像には、ソムバットさんの乗った車が警官に止められた後、何者かに別の車で連れ去られる様子が映っていた。

人民革命党による一党体制のラオスの政権は体制批判につながる言動に神経をとがらせる。ソムバットさんは失踪の2カ月前に開かれた国際会議の運営に携わった。当時は政府による土地収用への批判が高まり会議でも話題になった。このため当局がソムバットさんを敵視したとの見方がある。だが当局は関与を否定し、17年に家族に「調査を続けている」と説明して以降、情報を提供していない。(中略)

ウンさんの会見に同席したタイの人権活動家、アンカナ・ニーラパイジットさんによると、人権活動家らが当局に拉致されたとみられる事件はラオスと周辺国で絶えず、こうした事案は「強制失踪」と呼ばれる。

弁護士だったアンカナさんの夫も04年3月、バンコクで車で連れ去られた。アンカナさんは「強制失踪は東南アジアで日常的に起きており、社会全体に恐怖を植え付けている」と訴える。

国際社会からも問題解決を求める声が相次ぐ。人権問題に取り組む世界各国の66団体は13日の共同声明でラオス当局の対応を非難し、すべての強制失踪事件を調査するよう求めた。(後略)「【2022年12月18日 毎日】
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****ラオス「出稼ぎ風俗」求人にSNSで気軽に応募、その知られざる裏側****
ラオス北西部にある経済特区が、大規模なオンライン詐欺や人身売買などの犯罪の温床になっている。日本でもラオスへの「出稼ぎ風俗」を呼びかけるツイートが物議を醸した。好条件につられて応募すると、不法入国の上、多額の賄賂を払わされる恐れがあるなど危険と隣り合わせの日々が待っている。

東南アジアのラオスでの出稼ぎ風俗に関する求人が、インターネット上で物議を醸している。実際にラオスに出稼ぎに出た女性からは、ラオスへの不法入国や賄賂請求などのトラブルが発生した事例も報告されている。ラオス北西部では近年、外国人を狙った人身売買や強制労働の被害が多発。日本の外務省は事件に巻き込まれないよう、注意を呼び掛けている。

6月、ツイッターではラオスでの出稼ぎ風俗の求人に関する投稿が相次ぎ、話題を呼んだ。
投稿された求人には「60分30000円〜 、15万保証(日保証)」「客層 中国の富裕層」「合法ソープの為、リスク無し」などの条件が並び(実際はラオスでの売春は違法)、出稼ぎ風俗に関心を持つ女性たちからのリプライも散見された。

一方で、同時にラオスでの出稼ぎ風俗の危険性を指摘する投稿も確認された。2022年に出稼ぎ風俗に行ったAさんによると、日本からラオスに行くためにまずタイへ渡航。夜間にタイの国境沿いにある川を船でわたり、非正規ルートでラオスへ不法入国したという。当初はブローカーから、そうした不法な手段で入国することは知らされていなかった。

Aさんは「現地には誰も味方なんていなくて、(不法入国時などの)賄賂の請求額も何百万だったし、これがトラウマで海外出稼ぎをやめました」と投稿している。(中略)

ラオスにある「事実上の中国の植民地」
法整備が未発達なラオスの状況も、こうした違法な出稼ぎ風俗を呼び寄せる原因となっている。中でもタイと国境を接しているボケオ県で、中国資本により開発されたゴールデン・トライアングル経済特区(SEZ)は、中国人を中心とした犯罪の温床となっているとして懸念が高まっている。

米政府系放送局ラジオ・フリー・アジア(RFA)は、同SEZを「事実上の中国の植民地」と表現し、売春斡旋やオンライン詐欺、マネーロンダリング、麻薬の密輸などのさまざまな犯罪が日常的に行われていると指摘する。SEZが設立された07年から22年8月までに、人身売買の被害者が1700人近く救出されたとしている。(中略)

米国務省の人身売買に関する報告書(23年版)によると、そのような状況下で生活苦に陥った女性らが、SNSで見た「高給、食事代、住宅家賃無料」といった好条件の求人に飛びつき、結果として人身売買や強制労働の被害に遭っているという。

同報告書によると、被害者はラオス人にとどまらず、タイやミャンマー、ベトナムなど東南アジアを中心とする外国籍にまで及んでいる。米政府系メディアのボイス・オブ・アメリカの報道(22年10月10日)では、こうした強制労働の現場から逃げようとすると暴力を振るわれたり、電気ショックに晒されたりし、被害者は身体的、精神的に追い詰められ、逃げ出せないように厳重な監視下に置かれていることが分かっている。(後略)【7月27日 新潮社Foresight】
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ロシア  黒海穀物合意離脱 代替ルートへも攻撃 ロシア・アフリカ首脳会議で孤立回避図る

2023-07-27 21:13:39 | ロシア

(【7月26日 時事】)

【ロシアの黒海穀物合意からの離脱 アフリカ最貧国を更に苦しめる懸念】
ウクライナ産穀物輸出を保証する黒海穀物合意から(条件が満たされれば復帰するとしながらも)ロシアが離脱することを発表したことで、世界の食糧事情が悪化することが懸念されています。

その影響は、アフリカや中東、特に現在でも危機的な状況にあるアフリカの貧困国において最も大きいとされています。

****ロシア穀物合意離脱にアフリカ衝撃、食料価格2倍予測も****
ロシアが黒海穀物合意からの離脱を発表したことにソマリアなどアフリカの貧困国は衝撃を受けている。こうした国々の多くは既にインフレや気候変動、紛争などに翻弄されており、合意停止に伴う穀物価格の上昇が追い打ちとなるためだ。

国連とトルコが仲介して2022年7月に成立した黒海穀物合意は世界的な食料価格の押し下げに寄与。援助機関は、緊急性が高まり、資金が不足する状況にあって、数十万トンの食料を手に入れることができた。

ソマリアの首都モガディシオでは、ロシアによるウクライナ侵攻で2倍に跳ね上がった小麦の価格が黒海穀物合意の調印後に25%下落した。今回のロシアによる合意離脱の発表に、トレーダーからパン屋、国内の武力紛争や干ばつの被害者に至るまで、みんな恐怖に慄いている。

5人の子どもの母親でモガディシオの難民キャンプで暮らすハリマ・フセインさんは、「どうやって生き抜いたらいいか分からない」と途方に暮れている。「援助機関は私たちの生活を支えるために最善を尽くしてくれている。できる限りのことをしている」と話す。

モガディシオのトレーダーの間では、小麦は1袋50キロの価格が今の20ドルから30ドル近くまで跳ね上がるとの予想も出ている。

ケニアの外務省幹部は、既に歴史的な高値となっている食料が一段と値上がりし、2倍程度になるとの見通しを示した。

国連のデータによると、ソマリアは昨年のウクライナからの小麦輸入が8万4000トンと、前年の3万1000トンから増加した。

それほどひっ迫していない国も危機感を抱きそうだ。世界最大の小麦輸入国であるエジプトはウクライナ戦争勃発後の世界的な小麦価格高騰で、何百万人もの国民に補助金付きのパンを支給し、財政を圧迫した。食料配給を担当する供給省は先月ロイターの取材に、「世界市場を落ち着かせる上で重要」なため、合意の延長を望んでいると述べていた。

<価格高騰>
ロシアは17日、同国産の穀物と肥料の輸出改善を要求したのに実現していないとして合意からの離脱を発表。貧困国に十分な穀物が届いていないことにも不満を示した。一方で国連は、合意が世界全体の食料価格を20%以上引き下げることに貢献したと主張している。

国連世界食糧計画(WFP)も、ソマリア、イエメン、アフガニスタンなど紛争や異常気象に苦しむ国々における食糧支援で、ウクライナ産穀物に大きく依存している。

アナリストによると、ロシアが合意離脱を決めたことで一部主要な食料の価格は上昇する可能性が高いが、穀物はロシアやブラジルなどの生産国からの供給が増えたため、ウクライナ戦争開始以来、世界的に入手しやすくなっている。

一方、国際救済委員会(IRC)の東アフリカ緊急責任者であるシャシュワット・サラフ氏は、「アフリカの角」と呼ばれる地域に属し、過去数十年で最悪の干ばつに直面しているソマリア、エチオピア、ケニアでは影響が広範囲に及ぶと予想した。

世界最大級の穀物供給国のひとつであるウクライナからの供給が減ることによる直接的な影響に加えて、世界的に市場が不安定になれば、少ないながらも余剰穀物在庫を抱える国々も輸出を手控える恐れがあるという。

IRCのような援助機関は食料価格が上昇すれば予算が苦しくなり、支給対象者を減らさざるを得なくなるのではないかと、シャシュワット氏は危惧している。

17日にモガディシオでは既に買いだめの動きが起きていた。商店主のモハメド・オスマンさんは、「大手が価格を吊り上げる前に、今すぐ小麦を買い足さなければ。そうしないと貧しい客は小麦など値上がりした食料を買えなくなる」と話した。【7月18日 ロイター】
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【米「ロシアは人類を人質に取った」 国連事務総長「深い失望」】
ロシア国防省は、20日以降、黒海からウクライナの港に向かう全船舶を「軍事運搬船」とみなすと発表、民間の船への攻撃も正当化する姿勢を見せています。 ロシア国防省はまた、ウクライナに向かう船の登録国はウクライナ側についたと判断するとも警告しています。

アメリカ国連大使は、「ロシアは人類を人質に取った」とロシアを非難しています。

****「ロシアは人類を人質」 米国連大使、穀物合意離脱の撤回要求****
ロシアが一時離脱を発表したウクライナ産穀物を黒海を経由して輸出する「穀物合意」について、米国のトーマスグリーンフィールド国連大使は17日、ニューヨークの国連本部で記者団に「ロシアは人類を人質に取った」と語り、一時離脱の撤回を要求した。

トーマスグリーンフィールド氏は穀物合意を、昨年2月のロシアのウクライナ侵略開始後に高騰した食料価格を引き下げた「希望の光」と評価した上で、この希望や進歩を「ロシアは投げ捨てた」と批判した。

穀物合意を巡り、ロシアは合意延長に応じる条件として露農業銀行を通じた国際決済ネットワーク「国際銀行間通信協会(SWIFT)」への再接続などを求めている。

トーマスグリーンフィールド氏は「ロシアが政治的な駆け引きをしている間に特に(ウクライナ産穀物への依存度が高い)中東やアフリカで子供や授乳中の母親らが実際に苦しむことになる」と訴えた。【7月17日 産経】
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ブリンケン国務長官も17日、ロシアが「食糧を武器として使用している」と非難。国連事務総長も「深い失望」を表明しています。

****国連事務総長「無視され深く失望」 米国務長官「非良心的だ」 露「穀物輸出」の合意停止****
(中略)合意停止を受け、国連のグテーレス事務総長は、強い危機感を示しました。

国連・グテーレス事務総長 「私の提案が無視されたことに深く失望している。ロシアによる決定は困窮している人々に打撃を与えるだろう」

事務総長は、先週、プーチン大統領に書簡を送るなどして合意延長に向けた提案を伝えてきましたが、受け入れられなかった形です。事務総長は、世界の食料安全保障と食料価格の安定を推進するため、「解決への道筋を見出すことに専念する」としています。

一方、アメリカのブリンケン国務長官は17日、合意停止について「非良心的だ」と非難した上で、一刻も早く合意を復活させるよう求めました。

また、ホワイトハウスのカービー戦略広報調整官は、ロシア政府に決定を覆すよう要請するとした上で、ロシアとウクライナの穀物を世界に供給できるよう、引き続き他の国と協力していく考えを示しました。【7月18日 日テレNEWS】
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【ウクライナが活用したいドナウ川を使った代替ルートへもロシアの攻撃が拡大】
ロシアのウクライナ産農産物をめぐる合意停止発表後、ロシア軍は、黒海に面し農産物を積み出す港がある南部オデーサの近郊でミサイルや無人機による攻撃を強めています。

穀物輸出が困難になったことで、当然ながらウクライナは大きな打撃を受けます。ウクライナは「代替ルート」の活用も検討しています。

****ウクライナ、穀物輸送臨時ルート確立へ ロシア穀物合意停止受け****
ウクライナ政府は19日、ロシアが黒海経由の穀物輸出合意(黒海イニシアティブ)の履行を停止したことを受け、穀物輸出を維持するために臨時の輸送ルートを設定すると発表した。

国連の専門機関、国際海事機関(IMO)に提出した18日付の公式書簡で「推奨される海上ルートの一時的な確立を決定した」と指摘。「その目的は、黒海北西部における国際航路のブロック解除を促進することだ」とした。

書簡によると、回廊の一部であるウクライナのチョルノモルスク、オデーサ(オデッサ)、ピブデンニの3港の近海に、ルーマニアの領海と排他的経済水域(EEZ)につながる航路を確立するという。【7月20日 ロイター】
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オデーサなどからの積み出しに代わるルートとしてウクライナが準備してきたのが、隣国ルーマニアとの国境地帯を流れるドナウ川の河口付近を経由してから黒海に抜ける「ドナウ川ルート」です。

まず南部イズマイールやレニなどウクライナの小規模港で穀物を積載。その後、小型船でドナウ川を使って黒海に抜け、ルーマニア東部のコンスタンツァなどより大規模な港で大型船に積み替えてから各国に輸出するというものです。

しかし、この代替ルートは大型船を使えないので量的に制約があるほか、ロシアはこのルートへの攻撃を強めています。

一方、中東欧諸国を経由する陸上輸送ルートは、ウクライナ支援のために関税免除の措置を受けた安価なウクライナ産穀物が通過国に滞留し、その国内市場に出回ることで通過国農家に打撃を与えるとして、通過国の中東欧諸国からの強い要請で制約を受けています。

****ロシア軍、穀物輸出の代替ルートもドローンで攻撃 ウクライナ南部****
ウクライナに侵攻するロシア軍は24日未明、ウクライナ南部オデッサ州の西南端に位置する河港都市レニの穀物倉庫を無人機(ドローン)で空爆した。州当局が24日、発表した。

レニは、黒海を経由するウクライナ産穀物輸出ルートの代替経路として使われるドナウ川沿いの物流拠点で、ロシアの攻撃が代替ルートにも拡大した。

オデッサ州当局によると、レニの穀物倉庫3棟がロシアのドローンによる攻撃を受けて破壊され、7人が負傷した。同州知事は通信アプリ「テレグラム」に、「ドナウ川の河港施設が標的になっている。ロシアは(ウクライナの)穀物輸出を完全に封鎖し、世界を飢餓に追い込もうとしている」と投稿した。ロイター通信は、レニで複数の倉庫が破壊されている映像を確認したと報じている。

ドナウ川はルーマニアからオーストリア、ドイツなどにつながる国際河川で、ロシアによるウクライナ侵攻開始以来、黒海の代替ルートとして輸送量が増加している。ドナウ川沿いのレニは、河港施設のほかに鉄道網も発達しており、穀物輸送の拠点となっている。

ロシアは7月17日、ウクライナ産の穀物を黒海経由で輸出する合意の履行停止を発表。その後、オデッサ周辺の黒海沿岸の穀物関連インフラなどを連日攻撃している。今回、代替ルートである内陸部の施設にも攻撃を拡大したことで、穀物輸出の安全確保が一層困難になった。

欧州連合(EU)は代替ルート強化のため、レニなどドナウ川周辺の施設整備を進めているが、計画に影響が出る可能性もある。

ウクライナ産穀物輸出の陸上経由の代替ルートを巡っては、比較的安価なウクライナ産穀物の流入で自国産穀物が値崩れを起こしたとして、通過国のブルガリア、ハンガリー、ポーランド、ルーマニア、スロバキアの農家が反発している。

EUは7月上旬、9月15日までの期限付きでウクライナ産穀物が5カ国を通過することを認める一方、各国内での販売を禁じる輸入制限を導入。EUは現在、制限の延長を協議している。

これに対し、ウクライナのゼレンスキー大統領は24日、テレグラムに、制限の延長は「いかなる形でも受け入れられない」と投稿した。【7月25日 毎日】
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****ウクライナ、ドナウ川の穀物輸送ルートにもロシアの脅威****
(中略)
24日の攻撃以降、ドナウ川の輸送ルートでは船舶交通の渋滞が解消されていない。
その正確な原因は不明だが、マリントラフィックのデータに基づいてロイターが計算したところでは、イズマイル港付近にいかりを下ろしたままの船舶は20隻に上り、出航可能なのは3隻のみで、24日以降、別の3隻も到着した。そこから約45キロ上流のレニ港の近辺でも7隻が停泊している。

<保険料高騰か>
関係者の話では、ドナウ川の港湾について一部保険会社が条項見直しを行っており、黒海穀物輸出合意の無効化の対象であるウクライナの港に対する戦争リスクのカバーはいったん停止されている。

保険業界関係者は25日、ウクライナのドナウ川沿いの港湾から貨物を積み出す船を新たにチャーターするための保険適用要請はほとんど見当たらないと明かした。

関係者の1人は「ロシアは輸送船舶を脅かすというより、インフラの破壊を狙っているように見受けられる。ただ、結果的には威嚇の効果になる」と説明する。

別の1人は「ドナウ川沿いの港湾に引き続き何らかの保険が適用されるとしても、保険料は著しく高くなる。何が起きるかは分からないのだから」と述べた。

それでも黒海経由の穀物輸出合意が機能しなくなったウクライナにとって、ドナウ川輸送ルートの重要性は高まっている。【7月27日 ロイター】
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【ロシアにとってもアフリカ諸国の反感を買う「瀬戸際戦術」】
ただ、ロシアにとっても、こうした食糧輸出を困難にする対応・攻撃は、アフリカ諸国などの反感を買う恐れがある「瀬戸際戦術」でもあります。

****「穀物合意」離脱 ロシアにもリスク 非欧米諸国と関係悪化も****
ロシアがウクライナ産穀物を黒海経由で輸出する手続きを定めた「穀物合意」からの一時離脱を表明したことは世界の食料事情を悪化させる恐れが強い。一方、合意離脱はロシアにとっても、合意維持を求めてきた途上国などからの支持の低下といったリスクをはらんでいる。

ロシアは合意復帰をちらつかせて自身の要求を認めさせる構えだが、国際社会がロシアの揺さぶりに屈する保証はなく、ロシアの「瀬戸際戦術」が成就するかは不透明だ。
(中略)タス通信によると、ロシアの合意離脱を受け、シカゴ取引所の小麦先物価格は3%超上昇した。(中略)

一方、ウクライナ侵略で欧米と敵対したロシアはアフリカや中東など非欧米諸国との関係を強化し、制裁の打撃や国際的孤立を回避しようとしてきた。合意の失効で各国の食料事情が悪化すれば、ロシアの外交戦略にも一定の打撃となる。

ロシアは今月下旬、19年に続き2回目となる「ロシア・アフリカ首脳会議」の開催を露北西部サンクトペテルブルクで予定している。ロシアはアフリカとの連携を強める思惑だが、合意を失効させたことで首脳会議にも水を差した形となった。

ロシアは従来、合意から離脱した場合でもアフリカなどに無償で食料を供給すると説明。だが、制裁下にあるロシアにそれがどこまで可能かは疑問が残る。【7月17日 産経】
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7月27日からサンクトペテルブルクで開催される「ロシア・アフリカ首脳会議(サミット)」は、アフリカ諸国首脳の参加が少なく、ロシアが期待するような盛り上がりを欠いているとの指摘も。

****アフリカ諸国にも嫌われた?首脳が少ししか来ないロシア・アフリカ首脳会議****
<27日開幕のロシア・アフリカ首脳会議に出席する首脳は、アフリカ54か国のうち17か国だけ。きてくれた首脳の一人、エチオピア首相とプーチンとの握手は感謝のあまり?長過ぎて話題に>

(中略)27日に開幕するサミットに出席を予定しているアフリカの国家元首はわずか17人と、2019年の43人に比べてかなり減る見通しだ。だがロシア政府は、これに加えてアフリカの32カ国が、政府高官または大使を派遣する予定だと強弁している。

AP通信によれば、ロシア大統領府のドミトリー・ペスコフ報道官は、サミットに出席する国家元首の数が以前よりも減ったことについて記者団から質問を受けると、「アメリカ、フランスやその他の国が厚かましくも介入し、アフリカ諸国の指導部に圧力をかけ、サミットへの積極的な参加を阻止しようとした」と述べけた。「とんでもないことだが、これによってサミットの成功が阻まれることはまったくない」

ウクライナ戦争や穀物輸出合意の離脱を非難する声も
(中略)ウクライナ内務省のアントン・ゲラシチェンコ顧問は、アフリカの一部の指導者が会議に出席しない決定を下したことについて、ロシアは「食糧テロリストで恐喝屋」だからだ、と非難した。

一部の有識者は、アフリカ諸国の指導者らがサミットへの出席を見送ったことについて、ロシアによるウクライナ侵攻と、ウクライナ産の穀物を黒海から安全に輸出させるための黒海穀物合意の履行をプーチンが反故にしたことが理由だと指摘している。ウクライナ産の穀物を黒海経由で輸出するためのこの合意が破綻したことで、世界の食料安全保障が脅かされている。

プーチンはロシア産の穀物を無償で供与する案などを提示し、アフリカ諸国の不安を和らげようとしてきた。24日には声明を出し、「我が国(ロシア)はウクライナ産穀物を有償でも無償でも代替できる」と述べた。(後略)【7月27日 Newsweek】
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なお“ロシアのプーチン大統領は27日、サンクトペテルブルクで開催されたロシア・アフリカ首脳会議で、ウクライナ産穀物のアフリカへの輸出をロシアが代替することは可能とした上で、3─4カ月以内にアフリカ6カ国への穀物の無償供給を開始する用意があると述べた。”【7月27日 ロイター】とのこと。

一方、アフリカ諸国については、“ロシアの合意履行停止の表明を受け、アフリカ連合(AU)当局者は遺憾の意を示し、履行再開を求めた。ケニア外務省高官も「裏切り」だと交流サイト(SNS)に投稿して批判した。ただ、大半のアフリカ諸国は沈黙を守っており、首脳会議を前にロシアを刺激したくないとの思惑がのぞく。”【7月27日 産経】とのことです。
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タイ  空白が長引く首相指名 前進党ピター氏排除で貢献党が主導権 更にタクシン氏帰国も

2023-07-26 23:13:35 | 東南アジア

(【7月20日 FNNプライムオンライン】 19日の憲法裁による前進党ピター党首の議員資格停止に国会前で抗議する支持者)

【司法も巻き込んで進むピター氏排除 第1回投票では過半数得られず】
タイでは首相指名をめぐって目まぐるしく事態が動いていますが、首相が決まらない政治空白が長引いています。

5月14日に行われた総選挙では、王制改革や徴兵制廃止を掲げる前進党(ピター党首)が選挙直前に若者らを中心に急速に支持を伸ばし、それまで勝利が確信されていたタクシン元首相系の貢献党を抑えて下院(500議席)の第1党の座を獲得しました。

もしピター氏の首相就任が実現すれば、軍部主導のタイ政治、あるいは、従来のタクシンvs.反タクシンという構図からタイが抜け出す可能性が膨らみます。

しかし、下院第1党となった前進党・ピター党首が首相に指名されるにはかなり高いハードルがあることは、7月3日ブログ“タイ 総選挙に勝利した前進党・ピタ党首は首相になれるのか? その前途は多難”でも取り上げました。

“前途多難”の理由は、貢献党を含めた反軍部勢力を合わせても、軍部の意向で選任された上院を含めると過半数に足りないこと、前進党・ピター氏の王制改革や徴兵制廃止といった主張に軍部などの拒否感が強いこと、ピター氏のメディア株保有問題というその拒否感を実現するための恰好の攻撃材料があることなどです。

そうした事情から予想はされたことですが、ピター氏排除の流れが現実のものとなりました。

7月13日に行われる第1回の首相指名投票直前の12日に、軍の意向を受ける選挙管理委員会は憲法裁判所にピター氏の議員資格停止の検討などを要求。

****タイ憲法裁が判断へ=首相候補のメディア株問題****
タイの選挙管理委員会は12日、5月の総選挙で第1党となった前進党のピター党首のメディア株保有問題について、憲法違反の疑いがあるとして、憲法裁判所に資料を提出して判断を求めた。議員資格停止の検討も要求しており、13日の首相選出投票に影響を与えそうだ。

憲法裁は今後判断を示す。前進党が公約に掲げた王室への不敬罪改正は、国家転覆を図るもので違法という訴えについても受理した。

ピター党首は5月、現在は放送事業を停止している放送局「iTV」の株式4万2000株を巡る問題が浮上。立候補者も含めた政治家のメディア株保有を禁じた憲法に違反するなどとして、親軍の政治活動家から選管に告発された。【7月12日 時事】
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下院議員選挙法の第42条は、メディア企業の株式を持つ候補者の立候補を禁止。第151条は、選挙に立候補する資格がないことを知りながら出馬した場合、10年以下の禁錮と20万バーツ(約82万円)以下の罰金が科せられ、選挙権を20年間剝奪すると規定しています。なおピター氏は総選挙後に親族に株式を譲渡しています。

活動休止中の放送局「iTV」の株式は父親から相続したもので、ピター氏は“「iTV」は長い間マスメディアとして活動していないため、規則違反にはならない”と主張しています。

こういう問題になることはわかっていたところで、選挙前に処分しておけば・・・と思いますが、今回選挙だけでなく2019年の前回総選挙への立候補も問題になるため、ピター氏としては対処しようもなかった・・・というところでしょうか。

こうした揺さぶりもあってピター氏は票の上積みが出来ず、1回目の投票では過半数を得ることができませんでした。

****タイ第1党党首のピター氏、首相指名選挙で過半数届かず 再投票へ****
タイ国会は13日、首相指名選挙を行ったが、5月の下院選で第1党になった革新系野党「前進党」のピター党首(42)は指名に必要な過半数の票を得られなかった。

ピター氏は連立政権を目指す野党8党の統一候補として指名選に臨み、他に候補者はいなかった。19日にも再投票が行われる見通し。ピター氏は2014年のクーデター以降続く親軍政権からの交代を目指している。

投票は上院(定数250)と下院(同500)の合同で行われ、ピター氏は324票を獲得したが、両院を合わせた議員数の過半数には届かなかった。

8党の下院での保有議席数は計312で、事実上軍政が任命した上院で票を上積みする必要があった。ピター氏は選挙結果という民意を尊重して投票するよう上院議員に呼びかけていたが、多くの議員が棄権や欠席により投票を避けた。

野党8党は次の投票に向けて、ピター氏を引き続き候補とするのかも含めて対応を協議するとみられる。

一方、親軍派はクーデターから9年にわたり政権を率いてきたプラユット首相が指名選の直前に政界引退を表明した。プラユット氏は下院選前に与党を分裂させて新党を結成していたが、政界引退により与党側の再編が進む可能性もある。次回投票で過半数を獲得する候補者がいなければ、政治空白はさらに長引くことになる。

指名選を翌日に控えた12日、選挙管理委員会はピター氏がメディア企業の株式を保有したまま下院選に立候補したのは憲法違反にあたる疑いがあるとして憲法裁判所に判断を委ねた。ピター氏は議員資格を停止される可能性がある。国会議員でなくても首相になれるが、混乱は避けられず投票にも影響した。

前進党の支持者らは親軍派からの妨害ともとれる動きに反発し、投票が行われていた国会議事堂の周辺に集まり抗議の声を上げた。【7月13日 毎日】
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【憲法裁、ピター氏の議員資格停止 更に、国会は第2回投票への立候補認めず】
そして第2回目の投票が行われる当日に・・・

****ピター氏の議員資格停止=タイ憲法裁、首相投票直前に****
タイの憲法裁判所は19日、5月の総選挙で第1党となった前進党のピター党首のメディア株保有問題を巡り、最終的な判断を下すまで同氏の議員資格を停止すると発表した。

同氏が立候補する2回目の首相選出投票は同日午後に予定されているが、実施されるか不透明となった。首相に議員資格は必須ではないものの、ピター氏が選ばれるのは極めて厳しい情勢だ。(後略)【7月19日 時事】
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司法機関も軍部の影響下にあるとされるタイにあっては予想された憲法裁判断で、前進党の前身、新未来党の党首だったタナトーン氏も2019年の総選挙で当選したものの、翌20年に憲法裁に議員資格を剝奪され、さらに党そのものも解党命令を受けています。

議員でなくても首相にはなれますが、国会はピター氏の立候補自体を認めませんでした。理由は、同じ会期に同じ議案を審議しない原則から「各議会会期で1度しか候補になれない」(ピシェート副議長)というものです。

【主導権はタクシン派のタイ貢献党に 親軍政党との「大連立」も】
これにより2回目の首相選出投票は27日に延期されました。

****「ピター首相」実現せず=タイ国会が再立候補拒否―政権樹立、主導権は貢献党に****
タイの国会は19日、5月の総選挙で第1党となった前進党のピター党首について、2回目の首相選出投票への立候補を認めないと決めた。これにより、ピター氏の首相就任が実現しないことが確定。

政権樹立の主導権は、第2党で旧野党のタクシン元首相派、タイ貢献党に移り、同党の不動産開発会社元社長、セター氏が首相候補となる。次回の首相選出投票は27日にも行われる見通しだ。

また、憲法裁判所は19日、保有株の問題に関連してピター氏の議員資格停止を決定した。国会審議中に議員資格停止を伝えられたピター氏は「5月の総選挙でタイ社会は変わった。ただ、(首相就任のための)戦いはまだ続く」と述べ、議場を出た。

19日の審議には上下両院の議員が出席。首相選出投票にピター氏が再立候補できるかどうかが議論され、715人による投票の結果、「立候補できない」が過半数となった。

今後の焦点は、貢献党が前進党との連携を維持するかどうか。旧与党の親軍政党などとの「大連立」を組むという臆測も広がっている。【7月19日 時事】 
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タクシン派のタイ貢献党が主導権を握ったことで、以前から取り沙汰されてきた貢献党と親軍勢力の「大連立」の可能性も現実味を帯てきました。

****「大連立」に現実味=保守派、前進党の政権入り拒否―タイ****
タイの首相選出を巡り、保守派の上院議員や旧与党議員らは21日、相次いで「連立政権に不敬罪改正を掲げる(第1党の)前進党が入るならば支持しない」と表明した。

次回の首相選出投票は27日に行われる予定だが、候補を出す旧野党のタイ貢献党と旧与党側との「大連立」が現実味を帯びてきた。

貢献党は2006年以降、クーデターで2回政権を倒されたタクシン元首相派。親軍政党と連携することになれば、支持者らの反発を招きそうだ。【7月21日 時事】 
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以前のブログでも触れたように、既成政治の枠を壊そうとする前進党に対し、旧敵同士とは言え、貢献党も親軍政党も既成政治の枠内にあるという点では共通の土俵上にあって、その意味では“手を結びやすい”関係にあるのかも。

貢献党の首相候補は不動産開発会社元社長、セター氏の他に、選挙戦で党の顔ともなったタクシン氏の次女ペートンタン氏(36)もいます。ペートンタン氏がセター氏立候補に同意しているのか・・・など、両者の関係についてはよく知りません。ペートンタン氏ではタクシン色が強すぎるという判断でしょうか。

いずれにしても、国民の多くは前進党ピター氏を望んでいます。

****国民の43%「ピター氏は選出まで立候補を」****
タイの国家開発管理研究所(NIDA)が16日発表した首相選出に関する調査結果で、国民の4割以上が「下院総選挙で最多議席を獲得した前進党のピター党首が上下院で首相に選出されるまで、何度でも候補にするべきだ」と考えていることが明らかになった。

「上下院による第1回の首相指名でピター党首が首相に選出されなかった場合、どうするべきか」との質問で、43.2%が「ピター氏が首相に選出されるまで何度でも候補にするべきだ」、20.69%が「あと1~2回はピター氏を候補にするべきだ」、13.0%が「前進党は、大半の上院議員が反対している政策を取り下げるべきだ」、7.9%が「8党連立の主導権を、議席数第2位のタイ貢献党に譲るべきだ」(中略)と回答した。

「ピター氏の首相選出が失敗した場合、誰にチャンスが回ってくると思うか」では、38.6%が「タクシン・チナワット元首相の末娘(次女)でタイ貢献党の首相候補であるペートンタン氏」、35.0%が「宅開発大手サンシリの前社長兼最高経営責任者(CEO)で、タイ貢献党の首相候補であるセター氏」、6.8%が「プラユット首相」、5.7%が「分からない」「関心がない」「回答しない」だった。

調査は11~12日、全国の18歳以上を対象に実施。1,310人が回答した。【7月17日 NNA ASIA】
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【27日に予定されていた第2回目、再延期】
しかし、(裏事情はよく知りませんが)ピター氏の首相指名選挙の候補資格を認めないとした議会の19日の決定を巡り、見直しを求める申し立てがなされたことなどを理由に、27日に予定されていた首相選出投票は再度延期されることに。

****タイ首相選出投票が延期、ピター氏の資格無効の見直し申請受け****
タイの国会のワンムハマドノー下院議長は27日に予定されていた首相選出投票を延期した。地元メディアが25日報じた。

5月の総選挙で第1党となった前進党のピター党首の首相選出が保守派議員らによって阻まれたため、第2党の貢献党が首相候補を指名するとみられていた。

ワンムハマドノー氏はニュースサイト、リポーターズのインタビューで「27日は会議を開かない。次回の投票の日程は追って知らせる」と述べた。

ピター氏の首相指名選挙の候補資格を認めないとした議会の19日の決定を巡り、見直しを求める申し立てがなされたことが延期の理由の一つと説明した。

前進党の要請を受けてオンブズマンは議会の決定を見直すよう憲法裁判所に申し立てた。議会の規則が首相指名に関する憲法上の規定に優先することはできないと訴えている。

ワンムハマドノー氏は憲法裁がオンブズマンの要請を退ければ、次回の投票は8月3日になるだろうと述べた。

25日に予定されていた野党8党の会合は取りやめとなった。ただ貢献党の議員は、打開策を見出すための協議は続いていると述べた。【7月25日 ロイター】
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オンブズマンの要請とのことですが、憲法裁がその主張を受け入れるとは思えません。おそらくピター氏排除で進むのでしょう。

ただ、“2回目はピター氏に代わって貢献党から候補者が出るとみられていたが、保守派も含めた党派間の駆け引きが続いている。”【7月25日 毎日】と、状況は不透明です。

【8月10日にタクシン氏が帰国 恩赦の裏取引か】
更に、“新たな混乱要素”が。あの亡命中のタクシン氏が帰国するとのこと。かねてより、孫(ペートンタン氏が選挙直前に出産した子供)の世話をしたい・・・とは言っていましたが。

****タクシン氏「8月10日に帰国」=次女が公表、恩赦期待か―タイ****
タイのタクシン元首相の次女ペートンタン氏は26日、フェイスブックに「父は8月10日に帰国する」と投稿した。タクシン氏は7月中に帰国する意向を示していたが、首相選出を巡る政治的混乱が続く中、慎重に日程を決めたとみられる。

ペートンタン氏によると、タクシン氏はバンコクのドンムアン空港に到着予定。26日はタクシン氏の74歳の誕生日で「父は家に帰る決断をした」と投稿した。

タクシン氏は2006年の軍事クーデターで失脚し国外逃亡中。公権力乱用罪などで計10年の実刑判決が確定しており、帰国すれば通常なら収監される。

先の総選挙を受けた次期政権樹立では、第1党となった前進党からの首相選出が保守派に阻まれ、第2党でタクシン派のタイ貢献党が主導権を握っている。

貢献党が前進党との連携を解消して親軍政党などと「大連立」を組むとの観測が広がる中、タクシン氏には貢献党主導の政権ができれば自身が恩赦の対象になるという思惑もあるもようだ。【8月26日 時事】 
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タクシン氏も10年間収監されるということなら帰国しないでしょう。何らかの恩赦の目途が立ったということでしょうか。

タクシン派の貢献党が前進党との連携を解消して親軍政党などと「大連立」、その条件としてタクシン氏の恩赦・・・というのはわかりやすいシナリオですが、そういう動きになるのか・・・。そのためには、首相は娘のペートンタン氏では露骨すぎる、他の人間の方がやりやすい・・・ということでしょうか。ただ、それでタイ世論がおさまるのか。
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カンボジア  静かに終わったフン・セン独裁・世襲を正当化するための「総選挙」 後退する民主主義

2023-07-25 22:47:27 | 東南アジア

(投票したことを示す黒いインク(現地の提供者撮影)【7月25日 デイリー新潮】) 政権の圧力のもとで思いどおりの投票行動ができなかった有権者は「この指を切り落としたくなる」とも。)

【独裁・世襲正当化のための選挙 与党圧勝、投票率84%のからくり】
23日に行われたカンボジアの総選挙は、予想されていたようにフン・セン首相率いる与党が圧勝しました。
これによって、首相の長男フン・マネット陸軍司令官への世襲が進むことになりそうです。

もっとも、支持を一定に集めそうな有力野党キャンドルライト党を事前に排除して行う選挙ですから、結果は「予想」するまでもないことですし、そもそも「選挙」の名に値するものかどうかも疑わしい、フン・セン独裁・世襲化を正当化するためのパフォーマンスみたいなものです。

****進む強権化、政権「世襲」へ カンボジア総選挙で与党大勝****
カンボジア選挙管理委員会は23日夜、同日投開票の下院(定数125)総選挙の暫定結果を発表し、親中派フン・セン首相(70)率いる与党カンボジア人民党が120議席を獲得したと明らかにした。

国政選挙で有力野党を排除した上での大勝は2回連続。欧米は民主主義の形骸化を憂慮するが、強権姿勢を一段と鮮明にした人民党政権は親中路線を維持しそうだ。

選管によると、投票率は84%で、正式結果は8月上旬に公表される見通し。人民党報道官は23日、ロイター通信に「われわれは大勝した」と宣言した。

フン・セン氏は総選挙での人民党大勝を目指し、有力野党キャンドルライト党の政党登録を「書類の不備」を理由に認めないなど締め付けを強めた。2018年の前回総選挙でも当時の最大野党を解党に追い込み、人民党が全議席を独占している。

継続する野党弾圧を受け、米国務省のミラー報道官は23日、カンボジアでの選挙は「自由でも公正でもなかった」と批判。カンボジアへの援助プログラムの一部を一時停止し、「民主主義を弱体化させた人物」への査証(ビザ)発給を制限すると発表した。フランスも選挙前にカンボジアでの民主主義の後退に苦言を呈している。

欧米の反発をよそに選挙大勝で権力基盤を盤石なものとしたフン・セン氏は今後、政権「世襲」に向けた動きを進めそうだ。投票から1カ月前後で長男のフン・マネット陸軍司令官(45)に首相職を譲る可能性を示している。

フン・マネット氏は米陸軍士官学校を卒業した経歴があり、〝知米派〟と目されている。ただ、近年のカンボジアの中国接近は顕著で、22年には中国の支援で国内初の高速道路が開通し、南部のリアム海軍基地では中国による拡張工事が進んでいる。

カンボジアは経済面でも中国への依存が強まっており、地元政策研究機関は、フン・マネット氏が首相を継承したとしても、「西側への接近は限定的なものになる」と分析している。【7月24日 産経】
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有力野党キャンドルライト党を排除するだけでなく、「棄権」という形でフン・セン体制への批判票がでないように有権者への圧力もかけられました。

****投票の棄権呼び掛け、罰金へ カンボジア下院選、法改正****
カンボジアのフン・セン政権は23日の下院選を前に、投票の棄権を呼びかけた人物に罰金を科すなど締め付けを強める法改正を断行した。上下両院を6月下旬に通過、今週にも発効の見通しだ。主要野党キャンドルライト党の排除後、下院選棄権の動きが拡大したのに対抗、スピード成立させた。

フン・セン首相(70)は長男フン・マネット氏(45)への首相世襲を目指し、野党弾圧を強化。低投票率では欧米から選挙の正当性が疑問視されかねず、批判をかわすために法改正に踏み切った形だ。

罰金は3千万リエル(約100万円)から500万リエル。投票権を行使しない人は次回選挙で被選挙権を失う。【7月2日 共同】
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更に選挙前に与党スタッフが各家庭を戸別訪問し、投票に必要な身分証の期限切れがないかをチェックして回るという形で「棄権は許さない」という雰囲気を醸成。

また、「棄権」だけでなく「白票」なども許さないと、投票用紙に記入する際に監視員が“記載台をのぞく”といった行為もあったようです。

こうして政権批判が封じ込まれたなかで“達成”された、投票率84%、125議席中120議席獲得でした。
政権に批判的な有権者からすれば、投票を奪われた選挙でした。

****「指先の黒インク」が無言の圧力になるカンボジア選挙事情 “投票率84%”に5つのカラクリ****
7月23日、カンボジアの下院(定数125)の総選挙が行われた。その日の夕方、与党・人民党を率いるフン・セン首相(70)は、早々と勝利宣言。「投票率は前回の83%を上まわる84%」と胸を張った。

しかしフン・セン氏(70)は、この84%の投票率を得るために、国民に5つの投票圧力をかけていた。

ひとつ目は5月、最大野党のキャンドルライト党の選挙参加資格をはく奪した。理由は書類の不備だった。
フン・セン氏に批判的な人々は投票先を失うことになる。そこで野党側は投票の棄権を呼びかけはじめる。

これに対してふたつ目の圧力をかける。投票の棄権を扇動した人に対する罰金制度をスピード成立させた。罰金は500万リエルから3,000万リエル(約17万円から約102万円)。同時に投票を棄権した人は、次回の選挙で立候補できない法案も可決した。

有権者への個別訪問
3つ目は選挙日程。投票は住民票を置いている土地に限られる。プノンペンや工業団地で働く若者の多くは田舎に住民票がある。投票日の前後を休日にした。

4つ目は投票に誘導する空気づくりだった。投票権の確認を名目に個別訪問をはじめる。コンポンチュナン州で農業を営むKさん(58)はこういう。
「人民党の人が3人でやってきて、説明を受けました。選挙に行かないと罰金だっていわれました」
罰金は投票の棄権を呼びかけた人たちが対象だったが、Kさんは投票に行かないと罰金と理解していた。

“指先”が無言の圧力に
この空気は、指に塗るインクにまで波及する。カンボジアでは二重投票を防ぐために、投票した人は人差し指に黒いインクを塗る。これはいくら洗っても10日間ぐらいは消えない特殊なもの。村のなかでは、投票後、指のインクのチェックがあるという噂が流れたという。これまでの選挙でも、この指に残るインクは無言の圧力になったという。

プノンペンで働く30歳代のFさんはこういう。
「選挙が終わって会社に行く。人差し指の先が黒くないと周りからなにかいわれそうな雰囲気がありました。打ち合わせのときは、無理と人差し指を見せる人もいる。ファイスブックに顔の前に指を差しだす写真をアップする人も多い」

白紙投票を警戒
そして5つ目は投票所。投票した人によると、選挙を管理するスタッフがそれとなく記入しているところに視線を向けることが多かったという。これまでの選挙ではあまり気にならなかったが、今回は……。

フン・セン氏を批判する勢力は、白紙投票を呼びかけてもいた。名乗りをあげている政党はフン・セン氏率いる人民党以外もあるが、選挙の態をなすための立候補の色合いも強いという。前回も全議席を人民党が独占していた。

強い圧力のなかで投票所に向かっても投票する先がない。白紙投票はそのなかでの抗議の意志でもあったが、フン・セン氏はそれさえ警戒していたようにもとれる。こうして獲得した84%という投票率だった。

「ポル・ポトを知っている身としたら…」の声
国際社会のフン・セン氏への批判は多い。40年近く実権を握り、強引に一党独裁をつづけるからだ。しかしカンボジアの人々に訊くと、フン・セン氏への批判はあまり聞こえてこない。とくに高齢者はフン・セン氏を評価する人も少なくない。

「ポル・ポト時代を知っている身としたら、あの時代からいまのカンボジアに導いたフン・セン氏の功績は大きい。中国との関係などいろいろ問題はあるけどね」と、シェムリアップに住むTさん(78)は語る。

反発は若い世代から起きてきてはいるが、前出のFさんはこういう。
「若い世代は本来の選挙を知らないんです。私だって。なにしろフン・セン氏は40年も首相の座にいるんですから」

選挙は波風ひとつたたずに静かに終わった。前回以上にシステム化され、有権者確認や開票もスムーズだったという。歓声は人民党関係者から響くだけだ。

フン・セン氏が今回の選挙にここまでこだわったのは、長男のフン・マネット氏(45)が出馬しているからだともいわれる。息子への花道選挙ということだろうか。3、4週間後にはフン・マネット氏が首相に就任する噂も流れている。【7月25日 下川裕治氏 デイリー新潮】
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【無効票44万票 有権者のせめてもの意思表示】
与党・人民党以外では、王党派・フンシンペック党が5議席程度を獲得しました。

****王党派、議席獲得の公算=前回はゼロ―カンボジア総選挙****
23日に投開票が行われたカンボジアの総選挙(下院定数125)で、王室関係者が党首の王党派・フンシンペック党が5議席程度を獲得する見通しとなった。複数の地元メディアが24日報じた。2018年の前回総選挙では、同党の議席はゼロで、フン・セン首相率いる与党・カンボジア人民党が全議席を獲得していた。
 
フンシンペック党は、シハヌーク元国王の孫が党首を務める。1993年の第1回総選挙では第1党となるなど歴史は古いが、近年は内部分裂もあり弱体化が指摘されていた。

今回の選挙では、有力野党・キャンドルライト党が排除されており、政権批判の受け皿となった可能性がある。【7月24日 時事】 
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政権批判の受け皿となった・・・とのことですが、フンシンペック党はシアヌーク国王の第二王子ラナリット全盛の頃は、フン・セン氏の人民党と政権を争った政党ですが、今では凋落し、“連続して議席をすべて独占することは欧米からの批判を招くとの判断から、人民党がフンシンペックが議席を獲得することを容認したとされる。”【ウィキペディア】との“裏事情”もあるようです。フンシンペック党は、現在は人民党の「衛星政党」で、そのコントロール下にあるとも言われています。

ということで、実質的に野党勢力がなく、フン・セン氏及び人民党の「独裁体制」が今後も続くことになります。

政権に批判的な有権者にとって、(監視員の目を気にしながらも)かろうじて意思表示が許される方法が無効票を投じることでした。

****無効票は44万票=反政権「受け皿」―カンボジア総選挙****
23日投開票のカンボジアの総選挙(下院定数125)で、「×」などが書かれた無効票が約44万票に上ることが25日、分かった。複数の地元メディアが国家選挙委員会幹部の話として報じた。

無効票は、有力野党キャンドルライト党(CP)が選挙から排除される中、独裁的なフン・セン政権に対する批判の「受け皿」として注目されていた。

選挙委によると、有権者は約971万人で、投票者は約821万人、投票率は約84%だった。
無効票は全体の約5%となる。

今回と同様に、有力野党の救国党が解党処分で参加しなかった2018年選挙の約8%より低下しており、政権側が無効票を促すことに対する罰則を強化するなど対策を強めたことが影響したもようだ。

ただ、CPが参加した22年の地方選挙の約2%よりは上昇した。カンボジア政治の専門家は「無効票が批判の受け皿となることが改めて示された」と指摘した。【7月25日 時事】
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アメリカ国務省のマシュー・ミラー報道官は23日、「選挙は自由でも公正でもなかったと憂慮している」とする声明を発表し、「民主主義を弱体化させた人物」にビザ制限を課し、一部の対外援助を一時停止する措置をとったと明らかにしています。

中国との関係を強めるフン・セン首相にとっては痛くも痒くもない措置でしょう。

【すでに世襲政権の名簿も】
フン・セン首相の頭にあるのは長男への権力世襲のこと。後継首相候補の長男フン・マネット氏(45)を中心にした次世代閣僚名簿をすでに作成しているとも報じられています。

****カンボジア、世襲政権の名簿作成 長男ら10人超、私物化に批判****
カンボジアのフン・セン首相(70)が、後継首相候補の長男フン・マネット氏(45)を中心にした次世代閣僚名簿を作成していることが24日、分かった。共同通信が与党関係者から名簿を入手した。

約40人の閣僚のうち10人超が与党幹部や現政権の閣僚の子どもで、一部閣僚も記載されている。政権の私物化との批判は必至だ。

与党カンボジア人民党は23日の下院選で圧勝し、125議席のうち120議席前後を獲得する見通し。40年近く首相の座を維持してきたフン・セン氏は首相職世襲へ環境を整えたが、交代時期は未定のまま。同氏は首相退任後も人民党党首を続けるとされ、人事権を握る狙いだ。【7月24日 共同】
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10人超が与党幹部や現政権の閣僚の子ども・・・・首相だけでなく、支配体制をそっくり世襲していこうということでしょうか。

政権の私物化との批判は必至・・・・誰が批判するのか? 議会には野党勢力は実質的になく、社会全体にフン・セン首相の強権支配が及んでいます。 国内では批判が表面化しないところが一番の問題です。

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台湾  「有事」への備え強化 東沙諸島などの離島が「発火点」になる可能性

2023-07-24 23:25:21 | 東アジア

(【2020年9月5日 産経】 台湾本島からは約480キロメートル。香港から310キロメートル。台湾より本土に近い東沙諸島です)

【台湾 「有事」への備えを強化】
台湾にとって中国の軍事進攻というのは現実的脅威であり、厳しい国際情勢にあって中国の脅威への警戒感も強まっています。

これまで男性に課されていた兵役は段階的に期間が短縮されてきましたが、中国への脅威増大を受けて、昨年末に現在の4か月から1年に延長されることが決定されました。

****台湾 兵役を4か月から1年間に延長 中国の軍事的圧力に対抗****
台湾当局は中国の軍事的な圧力が強まっていることから、18歳以上の男子に義務づけている兵役の期間を現在の4か月間から1年間に延長することを決めました。台湾の蔡英文総統は、27日、国家安全会議を招集してこの決定を行い、その後、記者会見して内容を明らかにしました。

現在、台湾では18歳以上の男子に4か月間の兵役を義務づけています。
これを再来年からは1年間に延ばし、2005年1月1日以降に生まれた男子に適用するとしています。

兵役期間を延長した理由は、中国の軍事的な圧力が近年強まっているためです。
台湾内部だけでなく、台湾防衛の最大の後ろ盾であるアメリカからも期間延長の必要性を指摘する声が上がっていました。

ロシアによるウクライナ侵攻を機に一層その機運が高まっていました。
記者会見で蔡総統は「4か月の兵役では今の軍備の必要に対処できない」としたうえで「台湾が自衛力を強化してこそ、国際社会からより多くの支持を勝ち取れる。われわれがしっかりと準備をすればするほど、中国が早まったことをする可能性は小さくなる」と述べました。

兵役の延長は若者にとっては負担が増すことになりますが、蔡総統は「台湾が十分に強くありさえすれば、戦場にはなりえず、若者も戦地に行かなくてすむ」と述べ、理解を求めました。

台湾の兵役期間の経緯
台湾では、1950年代から80年代にかけては、2年間または3年間の徴兵制が敷かれていました。

その後、国際情勢の変化、それに少子化などを背景に、90年代以降兵役期間は段階的に短縮され、2008年からは1年間になりました。

徴兵制から志願兵制への移行も進められ、2018年を最後に、1年間の兵役に服する義務のある人はいなくなり、現在は4か月間の軍事訓練が義務づけられるだけとなっています。

総統府の報道官によりますと、兵役の期間を再び延長する検討には2年余り前から取りかかったということで、ことし2月に始まったロシアによるウクライナ侵攻を機に、一層その機運が高まっていました。【2022年12月27日 NHK】
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更に退役女性兵士を対象に予備役訓練が始められました。

****台湾、初の女性予備役訓練を開始****
台湾・桃園で9日、退役した女性兵士14人を対象とした5日間の予備役訓練が始まった。女性予備役の訓練が行われるのは初めて。台湾は対中国の防衛能力強化を進めている。

台湾の国防部(国防省)は1月、戦力増強の一環として、200人以上の退役女性兵について志願制の予備役に登録することを初めて認めると発表した。

台湾では現在、男性のみに兵役や軍事訓練の義務があるが、女性も志願すれば入隊できる。

軍事アナリストは台湾政府に対し、女性への訓練拡充などを通じて予備役を増やし、中国による侵攻に対する民間人の備えを進めるよう促している。
一部の議員からは、女性にも何らかの形で兵役義務を課すべきだとの提案も出ている。【5月10日 時事】
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また、防空壕の存在など一般市民生活においても「有事」への備えが現実のものであり、高校においても授業の一環として射撃訓練が行われているそうです。

****「有事への備え」台湾はいま……有働キャスターが現地取材 夜市の隣に「防空壕」、高校に「射撃場」も…“圧力”で街に変化****
■中国本土まで300キロ…高雄で取材
日テレNEWS有働キャスター
(中略)「実際台湾に来ると、日本で想像するような台湾と中国の緊張は、一般の人たちの生活からは表立っては感じられません。ただ高雄は中国本土まで300キロ、日本なら東京と仙台ほどの距離です。中国が軍事侵攻した際には、上陸地点の1つになるとも言われています」(中略)

■有事の際に…街の中に多くの避難施設が
日テレNEWS有働キャスター
「有事に備えて、台湾の市街地にもさまざまな変化が起きています。高雄の夜市のすぐ隣の施設には『防空避難』、英語では『シェルター』と書かれた標識がはられています。これは防空壕で、普段は普通の駐車場として使われています」

「こうした避難施設になる所はたくさんあります。台湾当局は、こうした場所の標示についてより市民の目を引くよう、『しっかりと街の中で示すように』と指示しました」(中略)

■兵役を延長、高校でも射撃訓練が
日テレNEWS有働キャスター
「皆さんの生活の中に出ている影響の1つは、兵役です。今までは4か月でしたが1年に延長されることになっています」

「21日に高雄市立三民高校に行ってきましたが、今年から軍の射撃訓練場が校内にできました。生徒たちが、軍で使われているものと同じ重さ、同じ型の銃を持ち、まるで部活動をするかのように授業の一環として当たり前のようにやっていたことに驚きました」

「また、簡単に入手できるアプリがあります。地図上に黄色い点で示されるのが全て防空施設です。こうしたものを市民がすぐ手に入れやすいという備えも始まっています」

「来週には中国の軍事侵攻を想定した台湾の大規模な軍事演習も行われます。この後も台湾で取材してお伝えします。(7月21日『news zero』より)【7月22日 日テレNEWS】
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毎年恒例の大規模軍事演習に併せての空襲などを想定した大規模な避難訓練も行われていますが、今年は対象地域が拡大しています。

****「車が一台も走ってない」閑散とした街…台湾有事に備え、大規模避難訓練始まる****
台湾で、空襲などを想定した大規模な避難訓練が始まりました。中国の軍事的圧力が強まる中、去年より対象地域を拡大しています。

台北市内の市場。警報音が鳴り響く中、明かりが消され、従業員らが避難します。空襲などに備えた避難訓練です。
外の様子も一変します。

記者「許可をもらって撮影していますが、避難訓練が始まったため、この大通り、普段は車の通りが多いのですが、いま一台も走ってない状態です」

年に1度のこの訓練は、きょうから4日間、台湾のすべての地域で行われます。
市民は屋内や地下などの安全な場所へ避難する必要があり、指示に従わない場合、最高およそ67万円の罰金となります。

避難訓練に参加した市民「もしも戦争が起こったとき、避難が速やかに出来ます。(中国側は)何十年も『攻める』と言っていますが、大いに可能性はありますね」

台湾ではきょうから毎年恒例の大規模軍事演習も始まり、避難訓練もこれに合わせたものです。

国防部によると、今年は対象地域を拡大。中国が軍事的圧力を強める中、市民の防衛意識の強化を図る狙いがあるとみられます。【7月24日 TBS NEWS DIG】
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ことしの訓練は27日まで4つの地域に分けて1日ずつ行われることになっています。

避難訓練の様子については、以下のようにも。

****台湾で防空避難訓練 中国のミサイル攻撃など想定****
台湾で、中国によるミサイルなどの攻撃を想定した年に1度の防空避難訓練が、24日から始まりました。

“空襲警報” 街から消えた人影
ことしの訓練は27日まで4つの地域に分けて1日ずつ行われることになっていて、きょう24日は台湾北部の7つの市と県で行われました。

予定の時刻になると、街頭では空襲警報のサイレンが鳴り響き、スマートフォンにも警報のメッセージが届きました。

警報が出てから30分間、市民は屋外にいることは禁じられていて、警察官らの誘導に従わない人は罰せられることが法律で定められています。

台北駅に近い繁華街では、サイレンが鳴る前から大勢の警察官が出て、通行人に建物の中や地下に入るよう促しました。

サイレンが鳴ったあとは、大通りから人影が消え、路線バスなどの車両も路肩に停止し、商店も一時的に営業をとりやめるなど、街は静まりかえりました。

地下街では、足止めされて地上に出られない人たちがスマートフォンを見るなどして訓練が終わるのを待っていました。(後略)【7月24日 NHK】
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【中国 ロシアのウクライナ侵攻難航を見て、台湾侵攻の成功に懐疑的になっている 米CIA分析】
一方の中国。
中国にとっても軍事進攻は共産党政権の命運をかけたものになります。失敗は許されないし、成功が確信できなければ踏み出せません。

ウクライナ侵攻に難儀するロシアの状況を見て、習近平政権が侵攻の成功に懐疑的になっている・・・米CIAはそのように分析しているようです。

****「習氏は台湾侵攻成功に懐疑的」 ウクライナの反攻が影響とCIA長官****
バーンズ米中央情報局(CIA)長官は21日までに、台湾侵攻の準備を続ける中国の習近平政権が侵攻の成功に懐疑的になっているとの分析を示した。

ロシアがウクライナの侵略に難航する状況を受け、台湾侵攻に伴う犠牲が許容できるかとの疑問があるという。西側の支援を受けたウクライナの反攻の成功が、中国の抑止に結びつくことを強調したといえる。

バーンズ氏は今年2月、習氏が2027年までに台湾侵攻の準備を整えるよう軍部に指示していたとの情報を明らかにしている。

20日、コロラド州で開かれたシンポジウムでバーンズ氏は、27年をめぐる発言を「紛争が差し迫っているとか避けられないという意味ではない」と指摘。そのうえで「習氏と人民解放軍指導層は、台湾への全面的な侵攻が許容できる犠牲でうまく成功するか懐疑的になっている」と述べた。

バーンズ氏は、習氏ほどプーチン露大統領のウクライナ侵略を注視する外国指導者はいないと指摘。小規模のウクライナ軍が高い士気を維持して大規模な露軍への反撃に成功し、露側のシステム上の欠陥も明らかになったことが、台湾を想定する際の疑問につながっていると分析した。

さらに「プーチン氏だけでなく習氏も、バイデン大統領がウクライナへの強固な支援に西側を結束させ、対露制裁の経済的な負担も進んで受け入れていることを過小評価した」と指摘、そうした要因も「中国指導層を躊躇(ちゅうちょ)させている」との見方を示した。しかし、「台湾を支配しようとする習氏の決意を米情報機関の誰も過小評価していない」とも強調した。(後略)【7月22日 産経】
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【台湾本島侵攻より“低リスク”で一定の成果を示せる離島への侵攻】
習近平政権にとって台湾本島への軍事進攻は、台湾側の抵抗、アメリカの出方、国際的孤立など極めて危険な賭けにもなりますが、もっと軍事的に容易で、アメリカのとの直接対決の危険も少ない・・・という低リスクで一定の「成果」を国内的に示すことができる方策として、台湾が支配する離党を奪取するという方法があります。

****もう一つの台湾有事 東沙諸島という米中対立の火薬庫****
シンガポールのリー・シェンロン首相は今年4月、同国の国会で、米中の緊張が高まる中、最も危ない発火点は台湾だと指摘した。米中衝突は台湾周辺でいつでも起こりうる。中でも南シナ海に浮かぶ小さな東沙諸島が、特に危険な火薬庫になる恐れがある。

東沙諸島は台湾の高雄市が管轄し、台湾本島からの距離は約480キロメートル。東にバシー海峡、西に中国・海南島。香港から310キロメートルと近く、広東や香港に向かう船にとって玄関口に位置する。

最大の東沙島(プラタス島)は面積1.79平方キロメートル、海抜は最高7.8メートルの平らな島。青い海に浮かぶサンゴ砂の白い孤島は、美しさと裏腹にきな臭さに包まれている。

東沙諸島周辺で米中あわや衝突か
香港の英字紙、サウスチャイナ・モーニングポストが今年5月、東沙諸島周辺で米軍と中国軍が衝突しそうになる事態が起きたと報じ、世界の耳目を集めた。(中略)

中国のメリット大きい離島侵攻
中国軍が侵攻するかもしれない台湾の離島は、東沙諸島のほか、大陸に近い金門島と馬祖列島、台湾海峡の澎湖諸島、南シナ海の南沙諸島(スプラトリー諸島)の太平島がある。

うち東沙諸島は、20年8月にも中国が上陸作戦の演習を行ったと日本の共同通信に報じられ、台湾で緊張が一気に高まった。  

米国防総省が22年末に公表した中国の軍事力に対する報告書によると、東沙諸島、南沙諸島なら、通常の軍事訓練を上回る程度の準備で侵攻が可能。比較的防備が整った金門と馬祖でも、中国軍は既に侵攻の能力を持っている。 

報告書によれば、中国にとって離島侵攻はメリットが大きい。軍事的能力も政治的な決意をアピールでき、目に見える形での領土獲得が可能になる。

台湾の報道によると、台湾の軍事専門家も、中国にとって離島侵攻は、明確な武力攻撃を伴わない手段で台湾に打撃を与えられる「グレーゾーン作戦」で主たる目標となっているとしている。  

ただし、別の台湾の軍事専門家によれば、金門島と馬祖列島、澎湖諸島は台湾から比較的近く、台湾本島の防空、対艦ミサイルの射程圏内にある。中国軍が上陸作戦を行うため揚陸艦で押し寄せても、台湾本島からの精密射撃の餌食になる。東沙諸島と太平島は本島から遠く防衛が困難で、侵攻される可能性が一層高い。  

米シンクタンク、ケイトー研究所の研究員、テッド・ゲイラン・カーペンター氏は21年11月に米誌ナショナル・インタレスト(電子版)で、中国が台湾の離島、特に東沙諸島を狙う可能性が高いと指摘して注意を呼び掛けた。  

同氏によれば、台湾海峡中間線を越えて飛来する中国軍機の大半は、東沙諸島に近い台湾南西の防空識別圏(ADIZ)内に侵入している。台湾国防省の日々の発表でも、中国軍機の飛来が台湾南西部のADIZに集中する状況は現在も変わっていない。  

カーペンター氏によれば、中国にとって離島侵攻は台湾への全面侵攻よりもリスクが低い。台湾防衛に向けた米政府の決意を試す場ともなる。

フィリピンの米軍基地と連携か
東沙諸島は、グレーゾーンでなく、ずばり軍事面でも極めて重要な位置にあるようだ。  
陸上自衛隊OBで防衛省情報本部の情報分析官を務めた軍事評論家の西村金一氏は「中国海軍の艦艇や潜水艦が、フィリピンと台湾間のバシー海峡を通過して、太平洋に出ることを阻止する上で重要な位置にある」と話す。(中略)

台湾の最新揚陸艦が就役
台湾自身も離島防衛に力を入れている。台湾の軍事新聞通信社によると、台湾海軍初の排水量1万トン級の大型の新型揚陸艦「玉山」が6月に就役し、高雄・左営軍港の水星岸壁で記念式典が行われた。平時には離島守備部隊への人員や物資の輸送のほか、災害救助などに使用。戦時には水陸両用部隊に編入され、中国軍が離島を侵攻した時の奪還作戦などに従事する。(中略)

本島だけでない「台湾有事」
東沙島には既に40年も前に、強固な陣地が構築済みだ。台湾紙の自由時報によると、1980年代に当時の郝柏村参謀総長(後に行政院長=首相=に就任)の命令で、東沙島に立体的で坑道を巡らせた地下防御陣地を構築した。砂以外のセメントなどの材料を本島から送り込み、将兵一丸の突貫工事で完成させた。(中略)

東沙島の陣地は現在も健在で、約500人の海兵隊員が守備している。しかし、西村氏は「平坦地だと、いくらコンクリートで陣地を構築しても、中国軍が上陸すればすぐにやられてしまう」と語る。
ただ、フィリピンの米軍基地と連携し、周辺の海上と航空の優勢が保たれていれば、東沙諸島の攻略は容易でないという。  

「台湾有事は日本の有事」としばしば言われる。東沙諸島の重要性を考えると、この場合の「台湾」が、本島だけに限られないことは間違いない。【7月18日 WEDGE】
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東沙諸島が中台の発火点に・・・という考えは以前からあるものです。
習近平国家主席が国内政治的にどうしても「成果」を示す必要に迫られたとき、“低リスク”の離島への侵攻を行う・・・というのは現実的に可能性が比較的大きい選択でしょう。
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スウェーデン  コーラン焼却事件でイスラム諸国に広がる反発 表現の自由と宗教的価値観の衝突

2023-07-23 23:27:17 | 国際情勢

(20日、ストックホルムのイラク大使館前で、イスラム教の聖典コーランを手にするイラク難民サルワン・モミカ氏(EPA時事)【7月22日 時事】)

【ストックホルム警察 “集会を開くことに許可を与えるのであって、集会の中で行われる活動に許可を与えるのではない】
スウェーデンでのイスラム教の聖典コーランを焼却するという抗議行動が、イラク・イランなどのイスラム世界の反発を惹起しています。

イスラム諸国は、単に“燃やす”だけでなく、そうした行為が当局によって許可されたことに対して、スウェーデン政府への批判を強めています。

コーラン焼却はこれまでもあったことですが、6月末というスウェーデンのNATO加盟をめぐってトルコの賛同を必要としていた時期だけにその影響が懸念されました。

****モスク前でのコーラン焼却デモを許可 スウェーデン警察****
スウェーデン警察はイスラム教の犠牲祭(イード・アル・アドハ)の3連休初日に当たる28日、首都ストックホルムの主要モスク(礼拝所)の前でイスラム教の聖典コーランを燃やすデモを許可したと発表した。

焼却に伴う治安上のリスクが懸念されるものの「現行法下で(デモ)申請の却下を正当化できる性質のものではない」としている。

スウェーデンでは今年1月にトルコ大使館の前でコーランが焼かれたことをきっかけに、数週間にわたる抗議デモが発生。スウェーデン製品のボイコットが呼び掛けられたり、トルコ政府の態度硬化で北大西洋条約機構加盟プロセスのさらなる停滞が生じたりした。

警察はその後の2月、治安上のリスクを理由に、トルコ大使館とイラク大使館の前で計画されていた個人と団体による二つのコーラン焼却デモを禁止した。しかし控訴裁判所は2週間前、この決定を退けた。

28日のデモを申請したのは、2月に個人によるデモを却下されたサルワン・モミカ氏で、申請書には「ストックホルムの大モスクの前で抗議し、コーランに関する自分の意見を表明したい。コーランを破って燃やす」と記している。【6月28日 AFP】
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火を付けたのはイラクから数年前に逃れてきた難民の男性でサルワン・モミカ氏(37)、コーランの内容を批判していたとされています。

スウェーデン警察は7月に入ると、ユダヤ教の聖典トーラーなどを燃やす行為含む抗議デモも許可しています。
“集会を開くことに許可を与えるのであって、集会の中で行われる活動に許可を与えるのではない”とのこと。

****スウェーデン警察、ユダヤ教の聖典燃やすデモを許可****
スウェーデン警察は14日、首都ストックホルムにあるイスラエル大使館前でユダヤ教の聖典トーラーなどを燃やす行為を含む抗議デモを許可したと明らかにした。イスラエルやユダヤ系団体は猛反発している。(中略)

今回のデモは15日に予定され、ユダヤ教のトーラーと聖書を燃やすとされている。警察への許可申請書によると、コーランを燃やすデモへの対抗措置で、言論の自由への支持を表明するものになるという。

ストックホルム警察はAFPの取材に対し、同国の法律に従って公共の場で集会を開くことに許可を与えるのであって、集会の中で行われる活動に許可を与えるのではないと強調。担当者は「警察は、さまざまな宗教文書を燃やす許可を与えているわけではない。公共の場で集会を開き、意見表明することを許可しているにすぎない」「重要な違いだ」と述べた。 【7月15日 AFP】
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【イスラム諸国に広がる反発】
そして、6月28日にモスク前でコーランを焼却した男性が、再びコーラン焼却デモを20日に計画、当局はこれを許可。
反発するイラクではスウェーデン大使館が放火される混乱になりました。

****スウェーデン大使館に放火、コーラン焼却デモ計画に抗議 イラク****
イラクの首都バグダッドにあるスウェーデン大使館が20日未明、同国がイラク大使館前でイスラム教の聖典コーランを燃やすデモを許可したことに抗議するデモ隊により放火された。AFP特派員が伝えた。

スウェーデンの首都ストックホルムでは、コーランやイラク国旗を燃やす予定のデモが20日に計画されている。
これに対し、イラクでは反発が拡大。イスラム教シーア派指導者ムクタダ・サドル師の支持者が、バグダッドでの抗議デモを組織した。デモに参加した若者は「朝まで待たず、夜明けにスウェーデン大使館に火を放った」と語った。

一方、スウェーデン外務省はAFPに対し、大使館員は「無事」だが、大使館や外交官に対する攻撃は「ウィーン条約の重大違反に当たる」と非難した。イラク外務省も放火を非難し、治安当局に実行者の特定を要請した。(後略)【7月20日 AFP】
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イラク首相府は20日、スウェーデン国内でイスラム教の聖典コーランが燃やされた場合、「国交を断絶する必要がある」とスウェーデンに通告したと明らかにしましたが、20日行われたデモでは、参加者がコーランを踏み付けたものの、火を付けずに終了しました。

サルワン・モミカ氏は“今月20日のデモの後も、フェイスブックに「私はイスラム教のイデオロギーと対峙し続ける」と書き込んだ。地元紙の取材には、スウェーデンで政治家になる夢も口にした。「移民排斥」を掲げ、現政権に閣外協力している極右スウェーデン民主党から出馬したいと希望している。”【7月22日 時事】とのこと。

スウェーデン政府は、大使館の職員と業務を一時的にストックホルムに移すことを発表。

****スウェーデン、イラク大使館員を一時的にストックホルムへ移動****
イラクの首都バグダッドでスウェーデン大使館がデモ隊に襲撃されたことを受けて、スウェーデン外務省の報道官は21日、安全上の理由により大使館の職員と業務を一時的にストックホルムに移したと発表した。(後略)【7月21日 ロイター】
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イスラム世界の反発はトルコやイラン、更にエジプト、サウジアラビアにも拡大しています。

****「聖典への卑劣な攻撃」=トルコ、スウェーデンのデモ非難****
トルコ外務省は20日、声明を出し、スウェーデンの首都ストックホルムで同日行われたイスラム教の聖典コーランを蹴るなどしたデモについて「聖典への卑劣な攻撃だ」と強く非難し、スウェーデン政府に「ヘイトクライム(憎悪犯罪)を防ぐための断固たる方策」を取るよう呼び掛けた。【7月21日 時事】 
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****イランのハメネイ師、コーラン冒涜問題でスウェーデン非難****
イランの最高指導者ハメネイ師は22日、イスラム教の聖典コーランを冒涜した者は「最も厳しい罰」を受けるべきであり、スウェーデンはそうした者を支援することで「イスラム世界との戦争に向けた戦闘態勢に入った」と述べた。(中略)

スウェーデン当局はこうした行為を非難しているが、言論の自由の原則の下で阻止することはできないと表明している。

イラン国営メディアによると、ハメネイ師はスウェーデンに対し、責任者の引き渡しを要求。その後ツイッターに「彼らは全てのイスラム諸国とその政府の多くに憎悪と敵意の感情を植え付けた」と投稿した。(後略)【7月23日 ロイター】
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詳細は不明ながら、スウェーデン同様の事態がデンマークでも起きたとして、イラクでは抗議デモが。

****デンマークで聖典コーラン侮辱か イラク非難声明、デモも****
イラク外務省は22日、北欧デンマークの首都コペンハーゲンにあるイラク大使館前で、イスラム教の聖典コーランとイラク国旗が侮辱される事案があったとして非難声明を出した。

中東メディアによるとイラクの首都バグダッド中心部では22日未明、抗議のデモ隊がデンマーク大使館に押しかけようとする騒動があった。

デンマーク公共放送によると、地元警察は21日午後にイラク大使館前で「本」が燃やされたことを確認したが、コーランかどうかは不明とした。イラクなどでは、デンマークの極右団体がイラク大使館前でコーランを燃やしたと報じられた。【7月22日 共同】
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【表現の自由と宗教的価値観の対立】
スウェーデン政府を始めとして欧米諸国は、コーランを焼却するような行為そのものを是認するものではないものの、表現の自由を制約することはできないという立場ですが、イスラム諸国においては宗教的価値観が優先します。

その立場の違いは、大きな外交問題に発展しています。

****イスラム諸国と欧米で深まる溝 聖典めぐる抗議デモ、外交問題に発展****
スウェーデンでイスラム教の聖典コーランを巡る抗議デモが相次ぎ、イスラム諸国との関係が悪化している。7月中旬にはイラク政府が国内に駐在するスウェーデン大使の国外退去処分を発表し、外交問題に発展した。

欧米はデモの行為に懸念を示しつつも、表現の自由は守られるべきだという立場で、イスラム圏との溝が深まっている。(中略)

ストックホルムでは20日、イラク出身の難民男性らによるデモが予定通りに実施され、ロイター通信によると、男性らはコーランとみられる書物を蹴ったり破いたりした。男性らは燃やす行為には及ばなかったが、翌21日にもバグダッドで抗議集会が開かれたほか、イランの首都テヘランでも同日、スウェーデン大使館前に市民らが集結。「コーランは譲れない一線だ」と書かれたプラカードなどを掲げた。

スウェーデン政府は対応に苦慮している。警察は、治安を不安定化させるとしてコーランを燃やすデモの申請をたびたび却下したものの、司法当局が表現の自由は憲法に関わる問題として警察の判断を覆した。政府は事態の沈静化に向け法律の修正も検討している。

ストックホルムのデモを主導した難民男性は6月下旬、コーランに火を放ち、イラクのほかエジプト、サウジアラビアなどのイスラム諸国が反発していた。

トルコのエルドアン大統領は当時、「イスラム教徒の価値を侮辱することは表現の自由とは別問題だ」とし、デモを容認し続ければ、スウェーデンが目指す北大西洋条約機構(NATO)加盟で「トルコの支持は得られない」と警告した。エルドアン氏は7月中旬のNATO首脳会議の直前、スウェーデンの加盟を承認する意向を示したが、国会での批准手続きは今秋に始まる見通しだ。

表現の自由と宗教を巡っては2020年、フランスの週刊紙に掲載されたイスラム教の預言者ムハンマドの風刺画を巡り、表現の自由の立場から同紙を擁護したマクロン政権への抗議集会が中東などのイスラム圏で広がったことがある。

難民男性がコーランに火を放った6月下旬のデモを受け、国連人権理事会(47理事国)は7月中旬、宗教に起因する憎悪行為を非難する決議を賛成多数で採択した。ただ、イスラム諸国を含む28カ国が賛成したものの、表現の自由を重視する英米独仏など12カ国が反対し、立場の違いが浮き彫りになっている。【7月22日 産経】
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【繰り返す衝突】
この種の表現の自由を重視する欧米的価値観とイスラムの宗教的価値観を重視するイスラム諸国の対立・衝突は、今回だけでなく、これまでも繰り返されてきました。

2005年には、今回同様にデンマーク・スウェーデンの北欧におけるムハンマド風刺漫画が大きな問題になり、イスラム世界全体に反発が拡大しました。

****ムハンマド風刺漫画掲載問題****
2005年9月にデンマークの日刊紙に掲載されたムハンマドの風刺漫画を巡り、イスラム諸国の政府および国民の間で非難の声が上がり外交問題に発展した事件をさす。イスラム教を風刺する内容であった。同様な問題が、2007年8月18日にスウェーデンでも発生した。(中略)

デンマークで最多の発行部数を誇る高級紙であり一般的に保守的な論調を有しているとされるユランズ・ポステンは、2005年9月30日の紙面にムハンマドの風刺画を掲載した。この風刺画はムハンマドの12のカリカチュアからなり、それらの中にはターバンが爆弾に模されているなど、イスラーム過激派を連想させるものがあった。(中略)

欧州とイスラムの対立
デンマークのアナス・フォー・ラスムセン首相は「いかなる宗教であれ冒涜するのは許されない」と述べ、問題の解決の為、最大限の努力を払うと述べている。

しかし、右派政権を率いるラスムセン首相は、これまでも移民やイスラム圏に強圧的な態度を示して国民に人気を博しており、2005年の風刺画問題発生時に、断固デンマークと西洋の価値観を通すことで外圧に強いという政治的イメージを国民に与える意図から、イスラム教徒やアラブ諸国からの議論に応じなかった。(中略)

リビア、サウジアラビア、シリアの在デンマーク大使は本国に召還された。イランはこれを受け、デンマークとの一切の通商を断絶すると発表した。

2006年2月6日にはイランの首都テヘランのオーストリア、デンマーク両大使館にデモ隊が殺到し、火炎瓶などを投げつけた。アフガニスタンやパキスタン、リビア、ナイジェリアなどのデモでは、鎮圧する警察などとの間に激しい争いがおき、死者が出る騒ぎになったほか、キリスト教教会も襲撃された。(後略)【ウィキペディア】
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この事件は、その後も遺恨を残しています。
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2010年1月3日、風刺漫画を描いた漫画家クルト・ベスタゴーの自宅に、斧で武装した男が押しいったが、駆けつけた警察官に取り押さえられた。

2010年12月11日、スウェーデン・ストックホルムでストックホルム爆破事件が発生、二人負傷。スウェーデン外相は自爆テロと声明を発表。犯人はイラク系スウェーデン人。警察に送った電子メールで犬に模したムハンマドを制作した風刺画制作者を非難していた。【ウィキペディア】
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2015年にはフランス・パリでシャルリー・エブド襲撃事件が起きました。

****シャルリー・エブド襲撃事件*****
2015年1月7日11時30分にフランス・パリ11区の週刊風刺新聞『シャルリー・エブド』の本社にイスラム過激派テロリストが乱入し、編集長、風刺漫画家、コラムニスト、警察官ら合わせて12人を殺害した事件、およびそれに続いた一連の事件。

テロリズムに抗議し、表現の自由を訴えるデモがフランスおよび世界各地で起こり、さらに報道・表現の自由をめぐる白熱した議論へと発展した。【ウィキペディア】
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アメリカでも2010年ごろ、コーラン焼却が大きな問題にもなりました。
アメリカの場合はイラクやアフガニスタンに軍を駐留させていましたので、イスラム教徒を刺激する事件は駐留米兵の安全を脅かすものともなりますので、当局は対応に苦慮しましたが、なすすべがない・・・というのが実態。

****米国、コーラン焼却に打つ手無し 「言論の自由」が壁****
米フロリダ州ゲーンズビルにあるキリスト教福音派の教会が、米同時多発テロから9年目を迎える11日にイスラム教の聖典コーランを焼却するイベントの計画を宣言した問題に揺れる米社会。

しかし、米社会にはイベントを事前に中止させる手段がないのが現状だ。米憲法が言論の自由を保障しているからだ。

■米国旗や十字架の焼却をも認める
米憲法修正第1条は、米市民が自由に意見を表明し平穏に集会する権利を制限する法律の制定を禁じている。

これに基づき米最高裁は、たとえ一般社会に不快感を呼び覚ます行為や言論であっても、脅迫を意図したり暴力的なものでないかぎり政府は介入できないとの判断を何度か下している。

たとえば、米国民にとって米国旗を焼くという行為は非常に神経を逆なでされる行為だが、米最高裁は1989年、5対4の評決で、48州に米国旗を焼く行為を禁じる法律の廃止を命じた。

ウィリアム・ブレナン最高裁判事(当時)は、「修正第1条の根底にある原則によれば、政府は社会的に不快だとか、同意できないというだけの理由によって、ある考えの表明を禁じるべきではない」と書いている。

最高裁は、米国旗を燃やした人を守る判断を下したことさえある。白人至上主義団体クー・クラックス・クラン(KKK)が十字架を燃やす権利さえ保障されている。最高裁は2003年、KKKが公共の場で十字架に火を付ける行為に脅迫の意図はないとして、バージニア州がこの行為を禁じた州法を違憲と判断した。

■コーラン焼却も「言論の自由」
こうした事情から、ダブ・ワールド・アウトリーチ・チャーチのテリー・ジョーンズ牧師らによるコーラン200冊を公開焼却する計画に対して怒りや懸念の声が高まっていても、米当局には強制的に計画を中止させる手段がない。

当局にできるのは、火が手に負えなくなった時など、コーランに火をつけた事後に介入することだけだ。

消防署は屋外で火を燃やしたいという教会側の許可申請をすでに却下しており、教会側は自治体の条例に違反にすることになるが、あくまで軽罪。警察はだれも逮捕できず、せいぜい警告するか、出頭命令を出す程度で、科される罰金も250ドル(約2万1000円)ほどと見られている。【2010年9月9日 AFP】
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上記のように、これまで多くの軋轢・衝突を繰り返し、ときに多くの犠牲者を出してきた問題ですから、明快な答えなどはなく、立場によって考えが異なるとしか言い様のないところです。

もし、中国・韓国で日の丸や天皇の写真が焼かれたら、多くの日本人は憤りを感じるでしょう。外交的に強硬な対応を求める声も広がるでしょう。
ただ、そうした行為を「禁じる」となると、話は別の問題を引き起こします。
なんとも悩ましいところです。
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スペイン  台頭する極右政党  リベラルな政策への反感や経済的苦境 欧州に共通する右傾化

2023-07-22 22:06:49 | 欧州情勢

(【7月21日 日経】)

【フランコ総統支配を経験したスペインで拡大する極右政党支持】
スペインでは第2次大戦直前の1936年から1939年、左派の共和国人民戦線政府とフランコ将軍率いる反乱軍の間で「スペイン内戦」が戦われました。

ナチス・ドイツやイタリアなどファシズム陣営の支援を受けるフランコ反乱軍に対し、反ファシズムの立場から多くの文化人・著名人も左派政府軍を支援して参戦しました。そのひとりがヘミングウェイであり、そのときの経験をもとに書かれたのが「誰がために鐘は鳴る」です。

結果は、フランコ反乱軍の勝利。スペインはファシズム支配下に置かれました。

そうした内戦、フランコ支配の経験を有するスペインでは、極右勢力に対する強い抵抗感がありますが、そのスペインで、明日23日投票の総選挙を控える今、極右政党ボックス(VOX)への支持が拡大しています。

****「フランコだ」「当たり前」 スペイン総選挙、極右台頭に賛否交錯****
23日に投開票されるスペイン総選挙は、最新の世論調査でも右派陣営がリードを保ったまま最終盤を迎えた。首都マドリードでは政権入りの可能性が出てきた極右への警戒と期待が交錯する中、物価高による生活苦への不満も聞かれた。大勢判明は24日未明(日本時間24日朝)の見通し。

「日本の記者? ぜひ書いてほしい。スペインをフランコ時代に戻すな、と」。乗車したタクシーの運転手、フアン・カルロスさん(62)に選挙について聞くと、真っ先に名を出した人物は現在の候補者ではなく、1939〜75年に長期の軍事独裁体制を敷いたフランコ総統だった。

選挙結果次第では、世論調査で支持率3位の勢いの極右政党ボックス(VOX)が1位の中道右派・国民党と連立政権を組む可能性も浮上している。極右が政権に入ればフランコ時代以来となる。

カルロスさんは、「私が10代の時はまだフランコ独裁政権で、子供すら自由に発言できなかった。スペイン人はあの雰囲気を忘れたのか」と話す。ボックスのアバスカル党首の選挙ポスターが運転席の外に見えた時は、「あの男を信じるな」と語気を強めた。

一方、市内では極右への支持も聞かれた。サンチェス首相が率いる穏健左派・社会労働党を中心とした左派連立政権は今年2月、16歳以上は自己申告で性別を変更できると定めた法律を成立させた。

だがアバスカル氏はこうしたLGBTQなど性的少数者の権利保護に否定的で、法の廃止を訴える。飲食店従業員の男性(30)は、「アバスカル氏は極右と言われるが、単に当たり前のことを言っているだけ。男は男、女は女だ。性別を簡単に変える方が異常だ」と話した。

英調査会社ユーガブの17日発表の世論調査によると、支持率は国民党が32%、社会労働党が28%で、ボックスとスマール(旧ポデモスなどを含む左派連合)がともに14%と続く。ボックスが仮に小差で4位になっても、国民党と組めば過半数の議席を獲得する可能性がある。その場合、次期首相には国民党のフェイホー党首が有力視されている。

18年から続くサンチェス政権は、新型コロナウイルス流行期を除けば比較的経済運営も安定。欧州債務危機が深刻化した2010年代前半に20%台だった失業率は、22〜23年は12〜13%台に落ち着いた。だが物価高への国民の不満は根強く、市内の公園にいた無職の男性ペドロさん(40)は「生活がよくなるなら、(政権は)右でも左でもいい」と話した。

スペインは立憲君主制。選挙後は各党による連立交渉を経て、国王フェリペ6世が首相候補を指名し、下院の投票を経て正式に新首相が選出される。連立交渉が難航した場合、再選挙になる可能性もある。【7月22日 毎日】
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【極右政党は、中道左派サンチェス政権が進めるリベラルな社会政策への反発を前面に出して「文化戦争」の様相】
中道左派社会労働党のサンチェス首相が率いる現政府は閣僚23人のうち、3人の副首相や財務省、国防相など14人が女性で、ジェンダーバランスに配慮した組閣を続けてきました。更にジェンダーの平等を求める閣議決定も。

****閣僚や役員、最低4割女性 スペイン政府、新法案決定****
スペイン政府は7日、政治や企業経営などの場で男女の割合を均等に近づけるため新たな法案を8日の国際女性デーを前に閣議決定した。閣僚や上場企業の取締役会で女性の割合が40%を下回らないことなどを義務付ける。

社会労働党のサンチェス首相率いる左派連立政権は女性の権利向上策を積極的に推進しており、閣僚数は既に女性が男性を上回っている。(後略)【3月8日 共同】
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また、サンチェス政権はLGBTの権利拡大を目指す「トランスジェンダー法」を成立させましたが、こうしたリベラルな社会政策は極右勢力を刺激し、その勢力拡大に資する恰好の標的ともなっています。

****スペイン総選挙「LGBT法」が争点 優勢の右派、左派政権に攻勢****
スペインで23日、上下両院の総選挙が行われる。中道右派の野党「国民党」が支持率で首位に立ち、サンチェス首相の中道左派与党「社会労働党」が追う展開。選挙戦では、LGBT(性的少数者)政策が大きな争点になっている。

国民党のフェイホー党首は6月、サンチェス政権の看板である通称「トランスジェンダー法」の改正を公約とし、「この法は性別の変更を運転免許の取得より簡単にした」と批判した。

同法は2月、左派連立与党が国会で成立させた。16歳以上なら自己申告で性別変更できると定める。従来はホルモン治療証明の提出などが必要だった。

LGBTの人たちの差別禁止を明記。親が子供の性的指向を変えさせるため「セラピー(転向療法)」を受けさせることも禁じた。違反者には最高15万ユーロ(約2300万円)の罰金を科す。欧州でも「性の自己決定権」を強く打ち出した法となった。

この法に注目が集まるのは、右派が勝利濃厚となり、サンチェス政権が進めたリベラルな社会政策を標的にしたためだ。特に極右野党「VOX」は「法が犯罪に使われる恐れがある。親の役割も軽視した」と目の敵にし、法の廃止を公約にしてきた。東部バレンシア州ではVOXの町長が国民党と協力し、LGBTの権利擁護運動の象徴「虹色の旗」を役所で掲揚することを禁じたケースもある。

国民党はこれまでの総選挙で減税や財政再建など経済政策を主に訴えてきた。次期政権の樹立には、VOXの協力がカギを握るとみられるため、配慮せざるを得ない。17日の支持率調査で、国民党は34%。2位の社会労働党は28%、3位のVOXが14%と続く。国民党は首位に立っても、単独政権の樹立は難しい。

スペイン経済は新型コロナウイルス流行後、安定成長が続く。インフレも収束しつつあり、おのずと社会政策に関心が集まる。財政危機にあえいだ10年前は失業率が26%に達したが、今は12%台になった。

スペインの社会労働党は西欧カトリック圏で特にリベラル志向が強い。背景には1975年まで約40年間、右派のフランコ独裁政権下で弾圧された歴史がある。フランコの死後、政界に復帰すると、右派独裁の象徴だった中央集権、家父長制に対抗することが旗印となった。

サンチェス政権は性暴力廃絶を目指し、「同意のない性交」をすべてレイプと定める刑法改正を実現。上場企業の女性役員比率を「最低4割」と定める方針も決めた。

トランス法への支持は29歳以下で7割に上る一方、60歳以上では4割にとどまり、世代で差がある。今回の総選挙は5月の地方選で社会労働党が敗北したのを受け、サンチェス氏が前倒し実施を決めた。【7月21日 産経】
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【独仏伊にも共通した極右勢力台頭 背景には欧州の経済的苦境も】
経済は比較的落ち着いてきましたが、それでも物価高などへの不満が強いせいか【上記 共同】、あるいは、経済が安定してきたので社会政策に国民の目が行くのか【上記 産経】・・・いずれにしても、中道左派サンチェス政権への逆風が強い状況にあります。それを顕著に示すのが極右政党VOXの台頭です。

こうした極右勢力の台頭は、スペインだけでなくドイツ・フランス・イタリアなど欧州各国で見られる現象でもあります。

また、“極右政党は性自認や気候変動といった文化戦争の問題にますます照準を合わせるようになっている”という状況は、7月16日ブログ“アメリカ  「安全保障」をも「政争の具」とする「文化戦争」 多様化を受け入れられない白人の怒り”でも取り上げたアメリカの状況にも通じるものがあります。

****極右政党が台頭する西欧、注目のスペイン総選挙****
経済的困窮や難民危機、ウクライナ「支援疲れ」背景に支持集める

スペインは独裁者のフランシスコ・フランコ総統が亡くなってから数十年間、極右勢力が台頭する可能性の低い国とみられていた。それはもはや事実ではない。長年野党に甘んじてきた極右政党Vox(ボックス)が、23日投票の議会総選挙後の政権発足に大きな影響力を発揮し得る存在として浮上している。

西欧各地で今、わずか数年前には泡沫(ほうまつ)政党と考えられていた国家主義的志向の強い政党が、犯罪追放や伝統的価値観への回帰、福祉の充実、現実に疎いエリート層の権限を奪うことなどを公約に掲げ、政治の舞台の中心へ踊り出つつある。

こうした政党が人気を集める背景には、政府が労働者階級の経済的苦境への対処や難民危機の解決に失敗していることがある。一部の国ではロシアの侵攻を受けたウクライナへの「支援疲れ」も極右政党の追い風になっている。

「白人労働者階級による右派ポピュリスト的な反発は不可避だった」と指摘するのは、ベルリン自由大学政治学教授のトマス・グレーベン氏だ。同氏は「中道左派の社会民主主義政党が、グローバル競争の激化を社会的に受け入れられる形で管理することに失敗した」のが発端だとみている。

スペインはこの傾向を映し出す新たな例になりそうだ。23日の投票を前に、世論調査では野党で中道保守の国民党がリードしているものの、単独過半数に達する公算は小さい。

そのため同党指導部はボックスとの連立の可能性を渋々検討している。ボックスについて国民党の有力メンバーらは、過激、外国人排斥主義、女性蔑視の党などと表現してきた経緯がある。

急進右派は「普通になりつつある」と話すのはボックスの政治ストラテジスト、ラファエル・バルダジ氏だ。「(イタリアのジョルジャ・)メローニのような政権が誕生すれば、人々はもはや異臭を感じなくなる」

これは欧州全体でみられる現象だ。イタリアではメローニ首相が、ここ数十年の西欧で最も右派色の強い政権を率いている。北欧ではスウェーデン民主党が連立与党を外部から支え、フランスでは極右のマリーヌ・ルペン氏の人気が高まり、世論調査ではエマニュエル・マクロン大統領との差が縮まっている。

ドイツでは反移民を掲げるAfD(ドイツのための選択肢)の候補者が最近、初めて地方自治体の首長に選出された。AfDの人気は過去最高に近く、世論調査によれば政党支持率では国内2位となっている。

欧州の極右政党のメッセージは国により異なるが、その人気は概して、主に白人のキリスト教徒で、経済的に取り残されたと感じ社会的変化に反発する、下位中間層や労働者階級の有権者によって支えられている。

政治学者によれば、極右政党はそこで生まれた人々の利益を守ることに重点を置き、社会における多様性の高まりに抵抗するという点で、既存の保守勢力とは一線を画す。外国の強権的な指導者への憧れや、裁判所や報道機関などを「偏向的で左寄り」とみなし軽蔑する姿勢に表れる権威主義的傾向もそうだ。

極右政党は性自認や気候変動といった文化戦争の問題にますます照準を合わせるようになっている。選挙で勝たずとも主流政党を中道から引き離し、国の運営に影響を与えている。移民問題から気候変動、LGBTQコミュニティーの権利に至るまでの幅広い問題に関する欧州の政治的展望は、極右勢力の台頭によって一変する可能性がある。

スペインの選挙結果の予測は難しく、社会労働党のペドロ・サンチェス首相が続投する可能性も残る。しかし最新の世論調査によれば、野党・国民党のほうがはるかに優勢となる見通しだ。有権者の約35%は国民党に投票予定だと回答している。またボックスは前回選挙とほぼ同じ13%の票を獲得すると予想されている。

国民党党首で次期首相の最有力候補であるアルベルト・ヌニェス・フェイホー氏は、党員や支持者に独裁者フランコ総統の崇拝者もいるボックスとの協力は望んでいないと述べている。しかし、国民党が議会で安定多数を得るための手段として最も手っ取り早いのが、まさにボックスとの協力だ。

5月の統一地方選挙後、両党はスペインの中でも最も豊かで人口の多い地域の一つであるバレンシア州の中道左派政権を交代させるため、権限を分担する協定を結ぶことですぐに合意した。

ボックスにとって、これはクーデターともいえる出来事だった。数カ月前まで連邦政治システム内での存在感は薄く、スペイン17州のうちカスティーリャ・イ・レオン州で政権入りしているだけで、一部の州では1議席も持っていなかった。今では全州の議会で議席を持ち、4州で国民党と連立政権を形成している。この数はさらに増えるかもしれない。

ボックスの有力政治家カルロス・フローレス氏は「われわれは端にいることに慣れている」とし「バレンシアや他の地域、さらには全国レベルでも政権入りするならば、極めて大きな躍進だ」と語っている。【7月21日 WSJ】
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こうしたリベラルな社会政策に反発する極右勢力を支持する層は、グローバル経済を支持する社会民主主義政権のもとで経済的に苦境に置かれている層と大きく重なると思われます。そして、移民やLGBTが標的となっています。

****ジリ貧の欧州、中間層にも痛み****
稼ぐよりも自由時間を重視する高齢社会、コロナとウクライナ侵攻が追い打ち

欧州の人々は新たな経済的現実に直面している。それは何十年もの間、経験してこなかったものだ。彼らはより貧しくなりつつある。

市民の購買力が徐々に低下するにつれ、「アール・ド・ビーブル(生活そのものが芸術)」として長らく羨望(せんぼう)の的だった欧州での暮らしは、急速に輝きを失っている。

フランス人が食べるフォアグラは前より減っており、飲む赤ワインも減っている。スペイン人はオリーブオイルを使うのにけちけちしている。フィンランド人はエネルギーが割安な風の強い日にサウナを利用することを奨励されている。ドイツ全土では肉と牛乳の消費が30年ぶりの低水準に落ち込み、かつて盛んだったオーガニック食品の市場は急激に落ち込んでいる。イタリアでは、国民食パスタの値上がり率がインフレ率の2倍超になったことを受けて、アドルフォ・ウルソ経済開発相が5月に危機対応会議を開いた。

消費支出の急減で、欧州は今年初めにリセッション(景気後退)へと傾き、21世紀初めに始まった経済、政治、軍事の各分野での相対的な衰退感が強まった。

欧州の今の窮状は、長い時間をかけて生じたものだ。人口が高齢化したほか、稼ぐことよりも自由時間と雇用の安定を望む傾向が強かったことで、経済成長と生産性が伸び悩む時期が続いた。

そこに、新型コロナウイルス流行と、ロシアが長引かせているウクライナでの戦争というワンツーパンチを受けた。世界のサプライチェーン(供給網)が混乱し、エネルギーと食料品の価格が急騰する中、これらの危機によって何十年もかけて進んできた病が悪化した。

各国政府の対応は、事態を悪化させる一方だ。政府は雇用を守るため、補助金を主として雇用主に支払った。これにより、消費者は物価上昇の衝撃を受けても、現金による緩衝材で守られない結果となった。

これと対照的に、米国人は安価なエネルギーと政府による支援金から恩恵を受けた。消費者の支出を維持する狙いから、米国の支援金は主に一般市民を対象とした。

以前なら、欧州の力強い輸出産業が救いの手を差し伸べていたかもしれない。しかし、欧州にとって重要な市場である中国の景気回復が鈍いことで、そうした成長の柱が弱体化している。

高いエネルギーコストと、1970年代以降見られなかった激しいインフレは、国際市場における製造業者の価格優位性を鈍らせ、かつて円満だった欧州の労使関係を破壊した。世界貿易が冷え込む中、輸出依存度が極めて高い欧州のモデルは弱点になりつつある。輸出が国内総生産(GDP)に占める比率は、米国の場合10%だが、ユーロ圏では約50%に上る。

経済協力開発機構(OECD)によると、ユーロ圏20カ国の個人消費支出は2019年末以降、インフレ調整後で約1%減少した。労働市場が力強く、所得が増えている米国では、同時期の個人消費が9%近く増加した。

世界の消費支出に占める欧州連合(EU)の比率は現在約18%と、米国の28%を下回っている。15年前には、EUと米国はいずれも約25%だった。

インフレと購買力を調整後の賃金は2019年以降、ドイツで約3%、イタリアとスペインで3.5%、ギリシャで6%減少した。OECDのデータによれば、米国の実質賃金はこの間に約6%上昇した。

こうした欧州の状況に伴う痛みは、中間所得層にも広く及んでいる。欧州で最も裕福な都市の一つであるブリュッセルでは、最近のある日の夕刻、教師や看護師などの職を持つ人々が、半額の食料品を求めてトラックの後ろに並んでいた。(中略)

箱詰めされた食料品を手渡していたピエール・バン・ヘーデさんは「あなたのおかげで週に2、3回肉を食べられると客から言われることもある」と語った。

妻と2人の子どものために肉と魚を半額でまとめ買いしていた看護師のカリム・ブアッザさん(33)は、インフレの影響で「すべての費用を賄うには、ほぼ確実に二つ目の仕事が必要になっている」と不満を述べた。

同様のサービスが、食品廃棄物の削減と節約を兼ねる手段との宣伝文句を掲げ、欧州で次々に生まれている。(中略)

高級食品への支出は減少している。ドイツ人の2022年の食肉消費量は1人当たり52キログラムと、前年より約8%減少し、1989年の統計開始以来で最低水準だった。

健康的な食生活や動物福祉に対する社会的な関心を反映している面もあるが、ここ数カ月で食肉価格が30%も上昇していることがこの傾向に拍車をかけていると専門家はみている。また、連邦農業情報センターによると、ドイツ人は牛肉や子牛肉などから鶏肉などの安価な食肉に切り替えているという。(中略)

ハンブルク在住のコンサルタントで執筆業のロニヤ・エベリングさん(26)は、収入の4分の1ほどを貯金している。老後資金に不安を感じていることが理由の一つだ。衣服や化粧品にはほとんど出費せず、車はパートナーの父親と共有している。(中略)

国際通貨基金(IMF)のデータによると、過去15年間の経済成長率(ドルベース)は、ユーロ圏では約6%だが、米国では82%となっている。

ブリュッセルに本部を置く独立系シンクタンク、欧州国際政治経済研究所(ECIPE)が今月公表した報告書によれば、EU加盟国平均の国民1人当たりGDPは、アイダホ州とミシシッピ州を除く米国の全ての州よりも低くなっている。この報告書では、現在の傾向が続けば、2035年までに、米国とEUの1人当たりGDPの差は、現在の日本とエクアドルの差と同程度まで拡大すると指摘されている。【7月19日 WSJ】
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経済的に苦境にあり、政治から十分に救済されていないと感じる層が、移民やLGBT、あるいは環境に光を当てるリベラルな社会政策を重視する政府に反感を募らせて、極右勢力支持に向かっている・・・そうした構図に見えます。

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