孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

クルド自治政府とカタルーニャ自治州  分離独立運動に立ちはだかる中央政府・国際社会の“壁”

2017-10-31 22:55:12 | 中東情勢

(退任を表明したクルド自治政府のバルザニ議長【10月31日 Newsweek】)

クルド:バルザニ議長退任で、今後の交渉は新たな世代で
9月25日のイラク・クルド自治政府、10月1日のスペイン・カタルーニャ自治州、中央政府の反対を押し切って独立を問う住民投票を実施した両者とも、中央政府の強硬姿勢と国際社会からの孤立によって行き詰まっています。

クルド自治政府の方は、イラク軍のキルクークなどへの軍事展開、自治政府内部の対立などから、独立後の財政的な柱でもあった油田地帯キルクークなど、対ISの戦闘で獲得してきた自治区外の支配地域を失い、住民投票を主導したバルザニ議長は退任を余儀なくされています。

****<クルド自治政府>議長退任で混乱懸念 対抗勢力と対立激化****
イラク北部クルド自治政府の議会は29日、自治政府トップのマスード・バルザニ議長(71)が11月1日に退任することを承認した。

バルザニ氏はイラクからの独立の是非を問う9月の住民投票後に混乱を招いた責任を取る形で辞意を示していた。クルド系メディア「ルダウ」などが伝えた。
 
投票に反発したイラク中央政府は、クルド側が実効支配していた油田都市キルクークに軍を派遣して奪還するなど、自治政府に対する圧力を強化。苦境に陥った自治区ではバルザニ氏の退任を求める声が高まっていた。
 
29日の演説でバルザニ氏は「対話での問題解決を望む」と退任による事態好転に期待したが、「独立を求める声を消すことは誰にもできない」と独立運動への執念も示した。

また「クルドの山々のほかに誰も味方はいなかった」と述べ、周辺諸国や関係が近い米国が投票に反対したことに反発。

さらに「住民投票がなくても攻撃計画はあった。クルド側を不安定化させる文化は変わらない」と中央政府を非難した。
 
議長後任を巡っては権力闘争が発生しかねない。自治政府内部には、バルザニ氏を支えたクルド民主党(KDP)と、クルド愛国同盟(PUK)の抗争という断層が走る。今回のイラク軍進攻の際はPUK傘下部隊が撤退し、バルザニ氏は「裏切り」と非難、両陣営の対立は深まった。
 
周辺国の思惑も自治区内の緊張を高める。国内にクルド人が多い隣国イランは独立運動の波及を懸念し、軍事組織「革命防衛隊」のスレイマニ司令官を自治区に派遣、イラン国境地帯に地盤を持ちシンパも多いとされるPUK幹部に投票延期を働きかけていた。
 
一方、中央政府との関係改善の見通しは不透明だ。投票結果の「凍結」を表明した自治政府に、中央政府は「無効化」を求める。バルザニ氏退任が対話につながる保証はない。
 
バルザニ氏は2005年に議長に選出され、09年に再選された。任期は4年だが13年以降は選挙は行われず、近年は過激派組織「イスラム国」(IS)掃討を理由に議長職にとどまった。

クルド独立運動の闘士が父で人気は根強い。ただ親族を要職に配置する縁故主義的な統治手法で、住民からは「バルザニ王朝」とも呼ばれた。【10月30日 毎日】
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本格的な軍事抵抗もできずに撤退したことは意外でしたが、キルクークなどの係争地を含んだ形の住民投票実施がイラク中央政府の強硬姿勢、イラン・トルコなど周辺国の圧力を招くことは予想されていたことでもあり、バルザニ議長がどのように投票後の対応を考えていたのかやや不思議でもあります。

住民投票の強行自体が、与党内ライバル政党との権力争いや、縁故主義・汚職の蔓延に対する野党からの批判といった内政上の問題を抱えるなかで、独立に向けた世論によって求心力を維持しようという思惑が強くあったと指摘されていますので、ある意味“自滅”の感もあります。

長年クルド自治政府を主導してきたクルド民主党(KDP)のバルザニ議長が退任、また、もう一方のクルド愛国同盟(PUK)も創設者でイラク前大統領を務めたジャラル・タラバニ氏が死去ということで、クルド自治政府は新たな世代で厳しい現実に立ち向かうことになります。

****クルド独立運動に転換点 バルザニ議長の退任承認****
・・・・バルザニ氏が議長の座を降りることで、イラクにおけるクルド独立運動は大きな転換期を迎える。9月下旬に強行された独立を問う住民投票を機に中央政府は自治政府への締め付けを強めており、新たな世代にとって厳しい船出となることは確実だ。
 
バルザニ氏は16歳でイラク側との戦いに加わり、1970年代に父親の後を継いでクルド民主党(KDP)を率いてきた。山岳地帯での長い戦歴から「山の支配者」などと呼ばれる。

クルド人独立を掲げて戦ってきたもう一つの主要政党、クルド愛国同盟(PUK)も10月、創設者でイラク前大統領を務めたジャラル・タラバニ氏が死去したばかりだ。
 
クルド自治政府は現在、KDPのバルザニ氏の下でおいのネチルバン氏が首相を務め、PUK側では副議長のほか、タラバニ氏の息子のクバド氏が副首相を務める。

今後はこうした面々が主導的役割を果たす見通しだが、2005年からバルザニ氏が議長に居座り続けたため、「KDP側に権力のバランスが偏った」(現地の外交筋)といわれる。
 
11月1日に実施予定だった自治政府の議長・議会選は8カ月間先延ばしされることが決まっており、先の外交筋は「議長ポストは空席になる」との見通しを示す。

住民投票実施を受け、イラク中央政府が自治政府の実効支配下にあった北部キルクークへ進軍した際、PUKの部隊が戦わずに撤退したことなどでKDP側との関係は冷え込んでおり、この期間に対立の火種が権力闘争に発展する可能性も否定できない。
 
イラク中央政府を取り巻く環境も変わりつつある。ティラーソン米国務長官は今月下旬、イスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」(IS)との戦いなどに加わったイランの軍事顧問やシーア派民兵について、「イランに戻るべきだ」と表明。これに対し、中央政府のアバディ首相は「イラクの機関の一部だ」と述べて反発した。
 
ISとの戦いなどで良好な対米関係を維持してきたとされるアバディ政権も、来春の議会選を前に正念場を迎えつつある。自治政府との駆け引きにも影響を及ぼしそうだ。【10月30日 産経】
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【“変化”を嫌う国際社会 クルドの“見果てぬ夢”実現は難しく
住民投票において圧倒的多数で独立を支持(投票率72%、賛成は92.7%)した住民には、これまでの“国家を持たない最大民族”の悲劇的歴史からの脱却という“夢”がありました。投票には“お祭り”のような勢いもありました。

****夢は終わった****
クルド人たちは、現実はさておき、「いつかは、自分たちの国を持つ」という夢に投票した。
 
投票権を持たない人々も、クルド自治区が自分たちに与えてくれた安全や、医療や教育、ビジネスという恩恵に敬意を込め、あるいは、ISと戦うペシュメルガにエールを送るために勢いで投票した。
 
お祭り騒ぎが繰り広げられた。しかし、国際社会はクルドに対してはあまりにも厳しかった。
 
ただし、今まで虐げられ国を持てなかった民族だからこそ知恵もある。
「戦闘の継続はどちら側にも勝利をもたらさず、国を無秩序と混乱に陥れる」として、住民投票の結果を凍結してまでも話し合いの場を作ろうとしていることだ。
 
しかし、10月26日、イラク中央政府のアバディ首相は「投票の無効化しか受け入れない」という声明を出し好戦モード全開といった感じである。(後略)【10月30日 佐藤 真紀氏 JB Press】
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IS掃討の主力としてアメリカに協力し、イラク中央政府とも協調して戦ってきたクルド側には“国際社会から見捨てられた”“使い捨てにされた”との思い・恨みもあるでしょう。

しかし、クルド人独立後のイラクの治安悪化を懸念するアメリカや、自国のクルド人に独立機運が飛び火するのを恐れるトルコ、イラン、シリアなどの周辺諸国・・・・国際社会は“変化”を嫌い、“安定”を求めます。

そうしたなかで平和的に分離独立を実現することは極めて困難です。

クルド側がキルクークをあきらめたら、中央政府との交渉の余地はあるかもしれませんが、財政的には非常に厳しくなります。また、財政・経済的には、国内PKKを刺激することを懸念するトルコの同意を取り付ける必要もあります。

困難な交渉の過程で、自治政府内の政治対立が激化する可能性もあります。

自治政府は住民投票結果を凍結して“話し合い”を求めていますが、クルド人の“夢”をかなえるような結果はあまり期待できません。

独立の“必然性”が薄弱な感もあるカタルーニャ まずは12月の州議会選挙で再出発を
スペイン・カタルーニャ自治州も、中央政府による自治権停止、州首相・閣僚の解任、議会の解散、州首相などの訴追という強硬姿勢、EUや欧州主要国のスペイン中央政府支持という現実の前で、行き場を失っています。

****解任のカタルーニャ州首相がベルギー入り、弁護士と接触 亡命検討か****
スペイン北東部カタルーニャ自治州の独立問題をめぐり、州首相を解任されたカルレス・プチデモン氏がベルギーに渡り、亡命事案に関わった経験を持つ弁護士と連絡を取っていたことが30日、分かった。同氏ら州政府幹部に対してはスペインの検察当局が反逆などの容疑で訴追手続き進めている。
 
プチデモン氏は28日にテレビ演説を行い、州の自治権停止に踏み切った中央政府に「民主的な抵抗」をするよう地元住民らに呼び掛けていたが、それ以降は動静が伝えられていなかった。
 
しかしその後、ベルギーを訪れ、スペイン・バスク地方の住民の亡命事案を手がけた弁護士のポール・ベカルト氏と連絡を取っていた。

バスク地方では、非合法武装組織「バスク祖国と自由(ETA)」が分離独立を求めて数十年にわたって武装闘争を繰り広げた。
 
ベカルト氏は30日、ベルギーの公共放送VRTに対し「プチデモン氏は亡命を申請するためにベルギーにいるわけではない。本件についてはまだ何も決まっていない」と語っている。
 
スペインメディアは、プチデモン氏は複数の州政府幹部らとベルギーに向かったと報じている。
 
スペインの検事総長は、中央政府によって解任されたカタルーニャ州政府の幹部らを国家反逆や扇動の容疑で訴追する考えを示している。反逆罪で有罪となれば最大で禁錮30年を科される可能性がある。【10月31日 AFP】
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ただ、前出のクルドに比べると、カタルーニャの場合、独立の必然性が“希薄”な感もあります。

民族・文化・歴史の問題は別にして、クルド人が国家を持たないことで、フセイン政権による化学兵器攻撃、ISによる虐殺といった大きな犠牲を強いられてきたのに対し、カタルーニャの場合、税収の使い道が自分たちに不公平だというのでは・・・・。

また、独立に対して賛成・反対がほぼ拮抗している状態で、圧倒的多数が独立を求めているという話でもありません。

“スペインの主要紙エルムンドがカタルーニャ住民を対象に行い、29日に発表した世論調査によると、州議会選が行われれば、独立派政党を支持するとの回答は42.5%、独立反対派の政党支持率は43.4%とほぼ拮抗(きっこう)しており、住民の間の分断を象徴する結果となった。”【10月30日 毎日】

クルドの場合は、最悪の場合、武装組織ペシュメルガによって軍事対決で・・・という選択肢もない訳ではありませんが(成功するかどうかは別にして)、カタルーニャにはそうしたものもありません。

上記記事でバスク地方の名前が出ていますが、かつてのバスク独立運動のようにテロ活動に訴えるのでしょうか。
ことの是非は別にして、中産階級主導のカタルーニャの場合、そうした執念もないのでは。

これまでの展開は、州・中央政府双方が強硬派に引きずられた感もあります。

****カタルーニャ問題】2人の「弱い指導者」が招いた分断 強硬派に引きずられ、妥協探れず****
スペイン東部カタルーニャ自治州の独立問題は27日、州議会による「独立宣言」に中央政府が自治権停止で応じ、国と州の亀裂が決定的となった。

プチデモン州首相、中央政府のラホイ首相の2人はともに政権基盤が弱く、各陣営の強硬派に押され、妥協策を探ることができなかった。
 
プチデモン氏が所属する独立派政党連合は2015年の州議会(定数135)選挙で62議席を獲得。10議席を保有する独立強硬派の協力で政権を発足させた。同氏は組閣が難航する中、「独立派をまとめられる人物」として擁立された。元記者で、党内基盤は弱い。
 
自治権停止を前に、独立穏健派や国政政党の間からは、同氏が自ら州議会を解散し、選挙を行う妥協策が浮上した。報道によると、同氏は26日、その決断を各派に伝えたが強硬派の反発で断念、州議会に対応を丸投げした。その結果が「独立宣言」だ。
 
一方、ラホイ氏の与党・国民党は15、16年の下院選でいずれも過半数に至らず、少数政権を発足させた。同州が基盤で、独立に反対する中道右派新党シウダダノスに支持を奪われたことも痛手となった。

スペインではかつて、バスク州の分離派テロが続いた経験から、国民党内には地方の独立要求を力で押さえるべきだという意見が強い。
 
こうした中、ラホイ氏はカタルーニャ問題で強硬姿勢を貫き、現地を訪問して国家統合の必要性を住民に訴えようとはしなかった。1日の住民投票は警察を派遣して妨害。有権者の負傷が相次ぎ、州側の姿勢を硬化させた。【10月28日 産経】
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いまのところ、目立った混乱は起きていません。
今後に向けては、ラホイ首相は12月21日に州議会選挙を実施することを発表しています・

****スペイン検察、前カタルーニャ州首相を起訴 直接統治に混乱なく****
スペインの検察は30日、カタルーニャ自治州の独立運動を主導し、同州首相を解任されたプチデモン氏を国家反逆罪や扇動罪などで起訴した。検察はカタルーニャ州政府幹部について、スぺインからの独立を巡り違法な住民投票を実施したとして、国家反逆、扇動、詐欺、資金流用の罪を主張している。

カタルーニャ州の独立問題は10月1日に住民投票が強行されたことで、過去数十年で最大の危機に発展。カタルーニャ州議会は27日、独立に関する動議を可決し、スペインからの独立を宣言。

その後、上院からカタルーニャ州の直接統治権を承認された中央政府のラホイ首相は、同州政府の閣僚を解任し、議会を解散、さらに12月21日に州議会選挙を実施すると発表した。

プチデモン氏は28日、中央政府の直接統治に対する「民主的な抵抗」を呼びかけ、カタルーニャ州が直接統治を受け入れるかどうかが注目されたが、週明け30日に市民は普段通り職場に向かい、目立った抗議活動は起きていない。

プチデモン氏らカタルーニャ州の指導者は自治権停止を認めない考えを示していたが、同氏が所属する独立支持派の2政党は30日、12月の州議会選挙に参加する方針を明らかにし、中央政府による直接統治を事実上受け入れた。(後略)【10月31日 ロイター】
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12月の州議会選挙で改めて“民意”を問うことが、再出発への第一歩でしょう。
選挙結果を受けて、中央政府政府・ラホイ首相もいたずらに強硬姿勢に終始するのではなく、“自治”の範囲内での何らかの譲歩を示すことで、和解に取り組むべきでしょう。
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スウェーデン ロシアの脅威、移民への警戒感で変わる社会 軍備増強・NATO接近、移民排斥政党台頭

2017-10-30 22:27:37 | 欧州情勢

(【10月30日 WEDGE】)

ロシアの脅威に対し、軍事力を強化、NATOと接近
“北欧”諸国の安全保障に関するスタンスは、各国で差異があります。

“北欧諸国はいろいろな歴史的事情から、安全保障・同盟政策について戦後それぞれ異なった政策をとってきました。デンマーク、ノルウェーはNATOに加盟、スウェーデンは中立、フィンランドはいわゆるFinlandizationでソ連、ロシアに配慮する政策をとってきました。”【10月30日 WEDGE】

北欧諸国にとって最大の脅威はロシアの存在ですが、ロシア・プーチン大統領の威圧的な姿勢もあって、近年この地域の緊張が高まっています。

そうした状況にあって、NATO非加盟で中立的な姿勢を維持してきたスウェーデンも軍備強化・NATOへの接近を強めています。

来年1月からは徴兵制を復活させ、男女平等の国らしく、女性もその対象となっています。

****スウェーデン、徴兵制復活へ ロシアに対抗、女性も対象****
スウェーデンのフルトクビスト国防相は2日、7年前に廃止した同国の徴兵制を2018年1月から復活させる方針を明らかにした。兵士に志願する若者が減るなか、近隣の軍事大国であるロシアの武力外交をにらみ軍事力を強化する。
 
国防相の報道官によると、従来から18歳以上の国民に提出が義務づけられてきたウェブ調査票の回答に基づき、1999年以降に生まれた18歳の男女の国民約10万人からまず1万3千人を選び、適性検査を経て当面は年4千人に9~11カ月間の兵役を課す。女性の徴兵は初めてとなる。志願制度時代と異なり、徴兵を拒むと罰則がある。4千人の中には18歳以上の志願兵も含まれるという。
 
同国の徴兵制は1901年から100年以上続いたが、2010年7月に廃止された。しかし、好景気を背景に賃金の低い兵士に志願する若者が減り、年4千人の要員のうち約2500人しか集められていなかった。
 
フルトクビスト氏はAFP通信とのインタビューで、14年のロシアのクリミア併合を挙げ、「彼らは我々のすぐ近くで、より多くの演習を行っている」と危機感をあらわにした。
 
ロシアのクリミア併合を受けて、北大西洋条約機構(NATO)に加盟するバルト諸国では軍事活動が活発化。さらに、NATO非加盟のスウェーデンも米国との軍事協力を強化していた。【3月3日 朝日】
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軍事費も増額し、ロシアの飛び地カリーニングラードに向き合う島に常駐軍を再配備しています。

****スウェーデン、軍備強化へ転換 19世紀から軍事非同盟****
軍事非同盟を貫いて19世紀から他国と戦火を交えずにきたスウェーデンが、ロシアの脅威の高まりを受けて、軍備強化へと方針を一変させた。

島部に常駐軍を再配置し、7年前に廃止した徴兵制を復活させる。北大西洋条約機構(NATO)の加盟申請も現実味を帯び始めた。
 
バルト海に浮かぶスウェーデン領ゴットランド島。夏ともなると大勢の観光客が訪れるリゾート地だ。
 
だが、人口6万人足らずののどかな島は、国土防衛の要衝でもある。
5月中旬、紺碧(こんぺき)のバルト海を見下ろす島西部の高台で、陸軍防空部隊所属の兵士が地対空ミサイルの模擬弾を可動式発射台に載せる演習を行っていた。
 
島の南東約300キロのバルト海対岸には、ロシアの飛び地カリーニングラードがある。近年、ここに核搭載可能な短距離弾道ミサイル「イスカンデル」などが配備されたとされる。
 
ロシアによるウクライナ南部クリミア半島併合などを受けて、スウェーデン政府は2015年、16~20年の5年間の軍事費をそれまでの5年間に比べて170億クローナ(約2310億円)増やし、総額2240億クローナ(約3兆480億円)とする方針を発表した。ゴットランド島への常駐軍の再配置は目玉施策の一つだ。
 
島は100年以上前から軍の演習地として使われ、冷戦期は数百人規模が駐屯した。だが04年に駐屯部隊は引き揚げた。7月の正規軍の配置を前に、国内各地の中隊が昨年9月から回り持ちで島周辺の防衛を担った。新たに約8億クローナ(約110億円)かけて基地を再建する。
 
同島で軍を統括するマティアス・アーディン陸軍大佐は「バルト地域は戦争突入のリスクは低いが、不安定になっている。軍の再配備でバルト海沿岸の空と海を統制できる」と述べた。

影響は島民にも広がる。政府は今年に入り、島内に約350カ所ある冷戦期の民間シェルターの点検を指示した。
 
シェルターは集合住宅や学校など島の至る所にあり、目印に30センチ四方のパネルが掲げられている。80年代に建てられた教会の地下シェルターを見せてもらった。体重をかけてハンドルを回すと、厚さ10センチ以上の扉がきしみながら動いた。広さは50平方メートルほど。フィルターを備えた換気ダクトがあり、ミサイル攻撃などの際に人々が逃げ込めるようになっているという。
 
信者の女性(71)は、「私たちは西側、ロシアは『あちら側』。ロシアは危険だと島育ちの私たちは子どもの頃から十分認識し、備えてきたのです」と話した。【8月7日 朝日】
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9月には。周辺国、アメリカ、フランスの兵士も参加した、この20年間で最大規模となる軍事演習を実施しています。

****スウェーデン、過去最大規模の軍事演習を実施へ****
スウェーデン軍が発表した情報によると、スウェーデンは今月(9月)11日から29日にかけて、この20年間で最大規模となる軍事演習「オーロラ2017」を実施する。ロシア・スプートニクが11日に伝えた。

スウェーデン政府によると、今回の軍事演習はこの数十年間で最大規模となり、スウェーデンにとって唯一無二の演習となる。演習は陸海空で展開。

スウェーデン軍は「オーロラ2017はスウェーデン軍にとって前例のないものであり、この20数年間で最大規模の演習だ」と発表した。

演習は主にストックホルムと周辺地域、ゴットランド島、ヨーテボリで行われる。スウェーデンの約40の非軍事機構、1万9500人の兵士が参加。

スウェーデン軍のほか、デンマーク、ノルウェー、フィンランド、エストニア、リトアニア、米国、フランスなどの兵士1500人が参加する。(中略)

スウェーデンメディアは、同演習は非常に必要だと何度も報じている。近年の国際情勢の急激な変化を受け、スウェーデン議会は国防強化の決議を採択している。【9月12日 中国網日本語版】
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ロシアとNATOが互いに高めあう緊張状態
冒頭にも書いたように、スウェーデンは中立・NATO非加盟ですが、上記のようなロシアを意識した軍備増強の流れで、NATO加盟の選択肢も俎上に上がってきています。

****中立かNATO加盟か、スウェーデンの安保政策****
エコノミスト誌が、「おかしな中立:スウェーデンはNATOに参加すべきか」との解説記事を9月21日付けで掲載、スウェーデンが中立政策を変え、NATO加盟を考える可能性がある、と論じています。同記事の概要は次の通りです。
 
9月末までのスウェーデンの「オーロラ・17演習」は、中立国スウェーデンがここ23年で実施する最大の演習である。スウェーデン軍1万9千名(全体の約半分)のほかに、フィンランド、デンマーク、エストニア、ラトビア、リトアニア、フランス、ノルウェー、アメリカの1500名以上の兵士も参加する。

フィンランド以外、皆NATO加盟国である。演習の焦点はバルト海のゴトランド島(ロシアの飛び地カリーニングラードから350キロに位置する)の防衛であるが、スウェーデンが安全でないと感じていることの反映である。

プーチンはクリミアを飲み込み、ウクライナを攻撃し、バルト諸国とスカンディナビアで力を誇示している。最近のロシアの大規模演習Zapad-17に、ロシアは「西側の連合」を撃退する訓練のため、白ロシアとバルト方面に10万の兵士を送り込んだ。NATOの演習とは異なり、外国の観察者は排除された。
 
これ以外にも多くの不安要因がある。2013年3月、ロシアはTu-22M3爆撃機をSu-27戦闘機4機にエスコートさせ、ゴトランド島から40kmまで接近させた。

NATOの分析官はスウェーデンへの核攻撃の練習をしたと信じている。スウェーデンはデンマークのF-16(NATOのバルト海空中監視の一部)に対応を依存せざるを得なかった。2014年にはロシアは潜水艦をストックホルム列島に侵入させた。軍事演習も頻繁である。
 
多くのスウェーデン人が200年の中立をやめ、NATOに加盟すべしと考えるのは不思議ではない。そうすれば、スウェーデンへの攻撃は米国やNATO加盟国への攻撃となる。

スウェーデンの民主党(超国家主義のポピュリスト政党で親プーチン)を除く全野党は、NATO加盟に賛成である。
今年の始めに行われた世論調査では、47%が加盟に賛成、39%が反対であった。

しかし現在の社会民主党と緑の党の連立政権は、NATO加盟はせずにNATOに出来るだけ近づくとの方針である。

ハルトキヴィスト国防相はスウェーデンの自衛力強化を目指している。軍事予算は次の3年、毎年5%増える予定であり、徴兵制も来年導入される。

そのほかに、非NATOのフィンランド、米国、NATO加盟のバルト諸国との防衛協力を進めようとしている。「オーロラ・17」はそれを示すものであった。

今のところ政府はNATO加盟を排除している。スウェーデンの左派には反米主義がまだある。ヴァルストローム外相は、スウェーデンのNATO加盟がプーチンを挑発することを恐れている。それにフィンランドはスウェーデンと一緒にNATO加盟はしないだろう。
 
NATOがスウェーデンの加盟を歓迎する理由はある。バルト3国の防衛はスウェーデンの領土、空域へのアクセスが保証されていないと困難になる。
 
今のところスウェーデンのNATO問題ははっきりしないが、来年の総選挙では大きな争点になる。もしスウェーデンがNATO加盟を決断すれば、プーチンは彼自身を責めるしかない。(後略)【10月30日 WEDGE】
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スウェーデンがNATOに接近し、NATO加盟国との大規模軍事演習を行ったりすることを、ロシア・プーチン大統領は“NATOの拡大主義・ロシアへの圧力”と捉えて反発するのでしょうが、スウェーデンなど欧州側は、そうしたロシアの反発を“ロシアの脅威拡大”と捉えて更に対ロシア戦略を強める・・・・と互いに相手を刺激しながら軍事的緊張が高まる構図にあります。

“ロシアがスウェーデンのNATO加盟を止めさせるためには。スウェーデンのロシアへの不安を解消するのが最も効果的なはずですが、プーチンはそういう発想にはなかなか至らないように思われます”【同上】

プーチン大統領の言動の根底には、NATO拡大への不信感・不安感があることは、これまでも再三取り上げてきたところです。

移民排斥の高まり、寛容な社会に変化も
スウェーデンの内政面では、他の欧州諸国同様に、移民への警戒感が強まる傾向があります。

4月7日には、首都ストックホルム中心部のショッピング街で、トラックが暴走してデパートの入り口に突っ込み、4人が死亡、15人がけがをするテロが起きました。この事件では、ウズベキスタン出身男性が逮捕されています。

国内でイスラム過激派が急増しているとの報告も。

****スウェーデン国内のイスラム過激派が急増、情報機関長官****
スウェーデンの情報機関SAPOは16日、同国内の暴力的なイスラム過激派が2010年の200人から「数千人規模」に急増していると明らかにした。

ただし、テロ攻撃の遂行が可能とみられるのは、そのうちの一握りだという。
 
SAPOのアンデシュ・トーンベルグ長官はスウェーデン通信に対し、この状況は「深刻だ」と語った。
 
同長官によれば、SAPOには現在、テロや過激派に関する情報提供が月に約6000件あるという。2012年は月平均2000件だった。しかし「数千人規模」の過激派のうち襲撃を起こす意図と能力があるのはほんのわずかだと長官は強調した。【6月18日 AFP】
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こうした事件を背景に、移民排斥を主張する政治勢力が台頭しています。
政権与党の移民規制強化で一旦は低下した支持率が、テロ事件などを背景に再び上昇しているようです。

****<スウェーデン暴走>移民に寛容な社会に影 テロ1週間****
スウェーデンの首都ストックホルム中心部で起きた暴走トラックによるテロから14日で1週間となる。事件後、移民排斥を叫ぶ政党が支持率を伸ばし、移民に寛容な社会に大きな影を落としている。
 
世論調査会社「Sentio」によると、事件後の調査で、移民排斥を掲げるスウェーデン民主党の支持率は先月より1.2ポイント高い27.2%と過去最高を更新した。一方、与党で中道左派の社会民主党は1.3ポイント下げ23.3%となった。
 
スウェーデン民主党はシリアなどの紛争地からの難民が急増した2015年の夏以降、急速に支持を伸ばしている。国会(定数349)では社会民主党が113議席、スウェーデン民主党は47議席。来年9月の総選挙では議席の大幅増が見込まれる。
 
移民や難民受け入れに寛容だったロベーン政権は、昨年7月、難民流入を抑制するため審査を厳格化。難民申請件数は15年の16万2877件から、16年は2万8939件に減少。15年の申請のうち約8万件を却下しているが、支持率下落に歯止めはかからない。
 
ロベーン首相はストックホルムで10日に行われた追悼式で「我々の結束は、社会を引き裂こうとする力に勝る。民主主義は原理主義に打ち勝つ」と述べ、スウェーデン民主党を暗に批判。

一方、スウェーデン民主党のオーケソン代表は「テロが起きたことに対する政治的責任を求める」と、テロと寛容な移民政策を関連づけて政権を非難した。【4月13日 毎日】
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スウェーデン民主党は2010年の総選挙で初めて国政議席を獲得し、2014年は13%近い票を集めて第3政党へと躍進しましたが、来年総選挙では更に・・・といった情勢です。

男女平等社会は変わらず
中立の安全保障政策も、寛容な社会も、情勢変化に応じて変化の様相も見せていますが、男女平等の社会は以前と変わりないようです。

****仕事か育児」迷う女性ゼロ=平等支える「イクメン」―スウェーデン****
スウェーデンは1970年代から男女の雇用機会の平等実現に取り組んでいる。9月末に来日したヨハンソン雇用・社会統合相は「仕事か育児かを迷うスウェーデン人女性は一人もいない」と述べた。

日本では女性が職場で十分に能力を発揮できる環境づくりを目的とした女性活躍推進法の施行から1年半が経過した。厚生労働省によると、いまだに妊娠や出産などの理由で女性の半数が離職している。
 
スウェーデンは、世界経済フォーラム(WEF)による男女平等度ランキングで第4位。日本は111位だ。男女平等を支えるのは積極的に育児に参加するスウェーデンの父親たちだ。
 
両親合わせて480日間の出産・育児休暇が与えられるスウェーデンでは、両親間でこの休暇を時間単位で融通できる。ただ、このうち90日間は父親のみに認められている。この結果、男性の育児休業取得率は9割を超える。3%台にとどまっている日本とは対照的だ。
 
さらに、小学校から大学までの学費と19歳未満の医療費は原則無料だ。スウェーデンも一時は日本と同様、少子化に悩まされていた。しかし、20年近い歳月をかけて徐々に回復。2014年の合計特殊出生率は1.88と、日本の目標値1.8をすでに突破している。
 
消費税は25%と日本に比べて高いが、ヨハンソン氏は「全国民が手厚い社会保障制度の恩恵を受けており、不満は少ない」と強調した。(後略)【10月14日 時事】
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ちなみに、隣国ノルウェーでは、20日に発表された内閣改造で首相、財務相、外相の政権トップ3がすべて女性になったとか。【10月21日 AFPより】

考えてみれば、日本を含めてトップ3がすべて男性の国が多いことの方が、“異常”なのでしょう。
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ソマリア  アフリカのイスラム教徒住民が何百人死んでも話題にする価値もないのか?

2017-10-29 21:15:10 | アフリカ

(ソマリアの首都モガディシオで、トラック爆弾による爆発が起きたホテル前の現場(2017年10月14日撮影)【10月15日 AFP】)

360名ほどの死者 大統領は「戦争状態」を宣言 直後に再びテロ
7月14日ブログ“ソマリアのアルシャバブ、ナイジェリアのボコ・ハラム 支配地域を狭めながらも止まないテロ”でも取り上げたように、東アフリカのイスラム過激派「アルシャバブ」は面的な支配地域こそ多くを失ったものの、今も活発なテロ活動を続けており、最近の犠牲者数ではナイジェリアのボコ・ハラムを上回り「アフリカで最も危険なテロ組織」と指摘する声も出ています。

“ソマリアでは、AU部隊が掃討作戦を展開するほか、トランプ米大統領も3月にアルシャバブへの空爆強化を承認し、米軍は掃討作戦への関与を強めているが、いまだ治安悪化に歯止めがかからない状況。

アフリカの過激派に詳しいフリーステート大(南アフリカ)のフセイン・ソロモン教授は「アルシャバブは国内外でテロを繰り返す能力とネットワークを持ち、壊滅は容易ではない。ボコ・ハラムも衰退したとは言い切れず、両組織の脅威は今後も続くと見るべきだ」と今後もアフリカで過激派のテロが続くとの見方を示した。”【6月26日 毎日】

上記指摘のとおり、アルシャバブによる大規模テロが頻発しており、今月14日には首都モガディシオ中心部で死者が350名を超えるという自動車爆弾テロが起きています。(これほどの犠牲者が出たことについては、当のアルシャバブにとっても“想定外”だったのでは・・・との見方もあります)

このテロを受けて、大統領はアルシャバブとの「戦争状態」を正式宣言しています。

****<ソマリア>爆弾テロ死者358人 過激派と「戦争」宣言へ*****
ソマリアの首都モガディシオ中心部で14日に起きた爆弾テロについて、ソマリア政府は20日、死者数が358人になったと明らかにした。AP通信が伝えた。

アブドラヒ大統領は近く、イスラム過激派アルシャバブとの「戦争状態」を正式宣言し、米軍などの支援を受けて掃討作戦の強化に乗り出す。政府軍とアルシャバブの衝突やアルシャバブのテロ攻撃が一層激化する可能性がある。
 
オスマン情報相によると、56人が依然として行方不明。負傷者は228人に上り、122人が国外で治療を受けている。アルシャバブによるテロでは過去最悪の被害となった。
 
イスラム教の金曜礼拝の日に当たる20日は、テロ現場に多数の市民が繰り出し、犠牲者に追悼の祈りをささげ、現場周辺ではアルシャバブに対し抗議の声を上げた。
 
これまでの調べで、当初の標的はトルコが建設した軍の訓練施設や各国大使館がある国際空港だった疑いが浮上。大量の爆発物を積んだトラックが検問を通過できず目抜き通りで爆発し、付近のタンクローリーに引火したことで被害が拡大した可能性がある。
 
アルシャバブは犯行声明を出していないが、「一般市民に多数の被害が出たことで反発を招いた」(南アフリカ・フリーステート大のフセイン・ソロモン教授)ため、沈黙を貫いているとみられる。
 
一方、今回の被害規模がこれまでのテロを大きく上回った背景にはいくつかの要因があり、現場の状況や爆弾の製造能力の向上に加え、組織内部の主導権争いが影響した可能性も指摘されている。

ソロモン教授によると、アルシャバブは国際テロ組織アルカイダ系の武装組織だが、イスラム国(IS)との共闘を主張する派閥もあり、影響力を競い合っていたという。
 
1991年に内戦に陥って以降、混乱が続くソマリアでは、台頭したアルシャバブが2008年ごろからソマリア中・南部の広域を支配下に置き、12年にはアルカイダとの統合を宣言した。政府軍とアフリカ連合(AU)部隊の攻勢によりアルシャバブは支配地域を狭めてきたものの、テロ攻撃を繰り返している。【10月21日 毎日】
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これだけでもとてもない大事件ですが、まだ2週間ほどしかたたない28日、首都モガディシオで再び自動車爆弾テロが起きたとのこと。

こちらはいまだ犠牲者数は確定していませんが、最新の報道では25人と報じられています。今後増える可能性も。

****爆発テロの死者25人に ソマリア首都モガディシオ、過激派が犯行声明****
ソマリアの首都モガディシオで28日夕、爆弾を積んだ車がホテルに突っ込んで爆発し、ホテルに侵入した武装集団と警官隊との銃撃戦になった。

ロイター通信によると警官隊は約12時間後の29日朝に現場を制圧したが、25人が死亡した。国際テロ組織アルカーイダ系の過激派組織「アッシャバーブ」が犯行を認める声明を出した。
 
28日午後、ホテルの入り口で自動車爆弾が爆発したのに続き、武装集団がホテルに侵入した。大きな煙が上がり、銃撃戦となった。この直後、近くにある旧議会の建物付近でも自動車爆弾が爆発した。ホテル内部には治安当局者らが集まっていたとの情報もある。
 
モガディシオでは14日、爆弾を満載したトラックが爆発し、少なくとも約360人が死亡するテロが起きたばかり。

この事件では犯行声明は出ていないが、モハムド大統領はアッシャバーブの犯行と断定し、「罪のない市民ばかりが無差別に標的となった」と非難していた。同国でも過去最悪規模のテロとなり、住民らが街頭でテロに抗議するデモを行った。
 
ロイターによると、ソマリアでは昨年、爆発事件が400件近く起き、720人以上が犠牲になった。アッシャバーブは厳格なシャリーア(イスラム法)の適用を求める過激組織。【10月29日 産経】
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間隔を置かない連続テロは、前出“アルシャバブは国際テロ組織アルカイダ系の武装組織だが、イスラム国(IS)との共闘を主張する派閥もあり、影響力を競い合っていた”ということの現れなのか?

国際社会は“無関心” これはまともなことなのか?】
360人ほどの死者を出す爆弾テロ、その2週間後に同都市で再び二十数名の犠牲者を出すテロ・・・・これが欧米や日本で起きた事件なら、世の中はひっくり返るような大騒ぎとなるところです。

“連帯”を示す声が欧米社会のソーシャルメディアなどに広がるところでしょう。

しかしながら、ソマリアでの爆弾テロとなると、何百人が死のうが、そうした国際的“連帯”は全く見られません。
欧米・日本のメディア報道も、死者数を“淡々と”報じるものがほとんどです。

身近な欧米・日本社会で起きるテロと、遠いアフリカの、テロが日常茶飯事な国で起きたテロの違いであり、“当たり前”と言えばまったくそのとおりです。ただ、“きれいごと”“建前論”の批判を承知であえて言えば、その反応の違いに違和感も感じます。

もちろん現実を遊離した議論をもてあそぶつもりもありませんが、そうした“違和感”を感じなくなっているとしたら、それは大きな問題なのでは・・・とも思います。
現実に即して対応するにしても、頭の片隅には“違和感”を感じる部分、“これは本来はおかしい”と感じる部分がないと・・・とも。

****ソマリアの爆弾テロになぜ世界は無間心なのか****
10月14日にソマリアの首都モガディシオで起きた爆弾テロ(写真)は死者が300人を超え、ここ十数年で最悪の被害となった。だが欧米で起きるテロ事件に比べると、国際社会における注目度は極めて低い。
 
15年1月にパリで風刺週刊紙シヤルリーエブドの編集部がイスラム過激派に襲撃されて12人が殺害されると、ツイッターに「#私はシヤルリ」のハッシュタグが登場。2日間で300万件以上が投稿された。
 
15年11月にパリで同時多発テロが発生して120人以上が死亡した際は、フェイスブックがプロフィール写真にフランス国旗の3色を表示する機能を提供。3日間で1億2000万人以上が利用したとされる。
 
一方で、ソマリア史上最悪の惨事は、取り立てて話題になっているわけではない。
 
デトロイト・マーシー大学法学大学院のハレド・ベイドウン准教授はフェイスブックで、「悲劇を比較したくはない」としながら、モガディシオの死者数は、今年5月に英マンチェスターのコンサート会場で起きたテロ事件の10倍だと指摘。次のように書いている。
 
「白人の西洋人、ヨーロッパやアメリカの犠牲者はメディアで注目されて、世間に警鐘を鳴らす『価値』がある。黒人やアフリカ人のイスラム教徒にはその価値がない。そういうことだ」

こうした事態は初めてではない。パリ同時多発テロの前日には、レバノンの首都ベイルートで連続自爆テロが発生した。主なメディアは40人以上が死亡したと報じたが、パリの事件に比べると明らかに扱いが違った。
 
モガディシオで数千人の市民がテロ組織への抗議デモを行ったことも、ソーシヤルメディアなどを通じて国際社会で広く共有されてはいない。ソマリアは特にインター・ネットの普及が遅れていることも理由の1つだ。【10月31日号 Newsweek日本語版】
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ソマリア人ギャングの社会復帰を支援する活動に取り組む日本人若者
私は“ちょっと言ってみただけ”の人間にすぎませんが、世の中には“直情径行”というか、感じたままを実行に移せる人もいるようです。

****世界最悪の紛争地ソマリア。「ギャング」に挑んだ若き日本人がいる****
世界最悪の紛争地ソマリアに飛び込み、地元のギャングたちを脱過激化していく。誰にも真似のできないアプローチでテロと紛争に歯止めをかけようとする。NPO法人アクセプト・インターナショナル代表理事の永井陽右さんは、熱い志と、冷静な視点をあわせ持った、若き活動家だ。その活動の原点を聞く。

「世界で一番いじめられている人を助けたい」
・・・・もともと、ソマリアでの活動をしようと思ったきっかけは何だったんですか?
 中学時代の僕はいじめの加害者でした。そのことを強く反省して、罪滅ぼしというか……いじめられている側につきたいという気持ちが漠然と生まれたんです。

どうせやるなら、世界で一番いじめられている人を助けたい。日本でも東日本大震災を含めて大小いくつもの問題がありますけど、そこに目を向けて活動している人はたくさんいるし、日本ほど行政がしっかりしている国もなかなかありませんから。僕には世界で一番いじめられているのがソマリアの人たちだと感じられたんです。
 
最初にソマリアで何かやろうと言い出したときには、多くの大人に反対されました。地球で一番危険な地域だと。でも一番悲惨な状況がそこにあるのに、「危険だからやめろ」というのは論理としておかしいんです。

ソマリアをやりたいんだったらまず東南アジアで十年間修行しなさい、なんて言われましたけど、十年間ってお前ら誰もやれてないじゃんと思って(笑)。生意気ですけど、もう誰もできないならおれたちでやろうと言うようになりました。

一、二年目にやっていたのは、日本でスポーツ用品を集めて現地に送る「Cheer up Somali Sports Project」と、あしなが育英会と協力してソマリアの戦争孤児が日本の大学で長期留学できるよう支援する「Study Abroad Project」です。
これはもちろん無駄ではありませんけど、インパクトという意味では、「大したことをやっていない」と誰よりも僕がわかっていました。
 
大人ができることをやっても意味がない、僕たち若者にしかできないことをやらないと意味がない。そういう思いがずっとあったんです。
 
現地のニーズ調査をする中では、お金をくれ、治安をなんとかしてくれという要望が強く、それまでは大人のやることだと思って無視していたんですよ。

ただ2013年に詳しくヒアリングしてみると、治安悪化の背景にいるギャングが二十歳前後の若者だということを知りました。僕たちは同世代だからこそ、ギャングとアクセスできるのではないか。そこから実際にギャングと会って活動してみることにしたんです。

MGギャングと議論
ギャングはいきなり胸ぐらをつかんできた。でも「同世代」がキッカケに

・・・・現地のギャングに出会う……怖いという思いはなかったんですか?
 もちろん怖いですよ(笑)。最初はもう死ぬんじゃないかって。初めに出会ったギャングは「レッド・アイ」というニックネームで、目が真っ赤に充血しているギャングで、「おれの目を直せ!」と僕の胸ぐらをつかんできた。


後ろでは何人かのギャングがニヤニヤと笑っている。でも僕の後ろにも後輩が何人かいたので、そこでビビっていたら示しがつきません。「おれは医者じゃねえ!」とか怒鳴り返してました(笑)。
 
だから最初はムカついたし、いい経験じゃなかったんです。ただそこから「同世代」ということをキッカケにして、徐々に話せるようになっていきました。
 
というのは、彼らは国を失い、親を殺され、難民認定もされずに、政府からは排除されようとしている、強い不満感情を持った人間たちです。

「国連? 政府? あいつらは何もやってくれないだろ? じゃあ誰がこの社会を変えるんだ? おれたちユース(若者世代)だろ?」
「僕たちは社会を変えたいから、君たちの力を貸して欲しい」
という話しをしてやると、彼らも僕たちを認めてくれる。

常に「ギャング」というレッテルを貼られて排除されてきた彼らにとっては、受け入れてもらえる、必要とされることは初めての経験だから嬉しい。ここからソマリア人ギャングの社会復帰を支援する「Movement with Gangsters」というプロジェクトが発展していきました。
 
きっと僕たちが若者ではなかったら、そもそもギャングとの「対話」は生まれていなかったと思います。知識も経験もない、英語もしゃべれない、むしろそのおかげでギャングと一緒に物事を考えていくという共通基盤を作ることができたんです。 

紛争「中」のDDR。前例なんてほとんどなかった
・・・・ギャングのプロジェクト含め、今取り組んでいる活動は、他国の国際協力の具体例から学んで取り入れたんですか?
 分野として前例がほとんどなかったので、それはできませんでした。

もちろんDDR(武装解除・動員解除・社会復帰)分野の文献は一通り読みましたが、それらは何千人の部隊を動員して行うものですし、何よりも紛争「後」の活動です。ソマリアやナイジェリアでやらなければならないのは紛争「中」のDDRなんです。
 
そもそも武装解除を行うためには基本的な条件が三つあります。①和平合意があること、②最低限の治安、③各アクターの統一的な意思ですが、ソマリアの場合、これらが一つとしてないんです。

にもかかわらず、紛争「中」に武装解除して、過激派組織やギャングたちを社会復帰させなければならない。DDRの常識から言えば、本来やるべきことではないことを、やらざるを得ない。
 
前例がないので、どこかの組織のやり方をそのまま取り入れるということができません。
 
僕たちは自分たちで状況把握・ニーズ把握・プランニングしてトライ・アンド・エラーを繰り返していくしかないんです。

とは言え、僕たちだけでやっているというわけではありません。ソマリア最前線のモガディシュではイスラム武装組織「アルシャバーブ」向けのDDRをやっていますが、ここではアメリカの元ネイビー・シールズで構成されたコンサル会社と、ソマリア政府と組んでいます。「Movement with Gangsters」では地域のメディカル・クリニックや、現地の若者組織と連携して、話し合いの場を設けていますね。【10月27日 Best Times】
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世の中には“規格外”の人がいるようです。

「Movement with Gangsters」の活動については「日本ソマリア青年機構」HPで紹介されています。
ソマリアの隣国ケニアのソマリア人難民居留民居住区が主な活動フィールドのようです。
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ベトナム  ブロガーや人権活動家に対する弾圧 急速に進む高齢化の危機

2017-10-28 22:07:05 | 東南アジア

(ベトナム・ニャチャンの裁判所に出廷した反体制派ブロガーの「マザー・マッシュルーム」グエン・ゴック・ヌー・クイン被告(左、2017年6月29日撮影)【10月28日 AFP】)

報道の自由度ランキング3年連続ワースト6位の実態
言うまでもなくベトナムは中国同様に、政治的には共産党一党支配のもとで、経済的には資本主義的手法を取り入れて経済成長を図っています。

以前も取り上げたことがありますが、(観光で訪れただけではわかりませんが)これまた中国同様に、政府を批判するような報道の自由は厳しく制限されている国でもあります。

****報道の自由度ランキング、ベトナムは3年連続ワースト6位****
世界中の言論・報道の自由を主張するジャーナリストによる非営利組織「国境なき記者団」(本部:フランス・パリ)は、「2017年度 報道の自由度ランキング」を発表した。それによると、ベトナムは3年連続で180か国・地域中175位だった。日本は前年と同じく72位となっている。(中略)

ワースト1~5位は、最下位が北朝鮮で、これにエリトリア、トルクメニスタン、シリア、中国が続いた。

東南アジアでは、インドネシアの124位がトップ。以下、フィリピン(127位)、カンボジア(132位)、タイ(142位)、マレーシア(144位)、シンガポール(151位)、ブルネイ(156位)、ラオス(170位)、ベトナム(175位)となっている。【7月1日 VIET JO】
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ラオス170位、ベトナム175位、中国176位・・・このあたりはほとんど同列ということでしょう。

ベトナムもネット社会ですが、ブロガー等のネット上の発言に対する当局の言論統制が厳しく行われています。

****ベトナム:学生活動家の訴追 撤回を****
APEC首脳会議を控え、人権活動家への弾圧がエスカレート

ベトナム政府は学生ブロガーのファン・キム・カン氏への起訴をすべて取り下げ、即時釈放すべきだと、ヒューマン・ライツ・ウォッチは本日述べた。

ベトナムのドナーとASEAN各国の指導者は、2017年11月6日~11日までダナンで行われる、APEC首脳会議開催前に政治囚全員の釈放を求めるとの態度を明確に示すべきだ。

ファン・キム・カン氏の公判は、2017年10月25日にタイグエン省の人民裁判所で開かれる予定。氏は2017年3月にインターネットに政府批判の書き込みをしたとして逮捕され、「反国家プロパガンダ実行罪」(刑法第88条)で起訴された。

ベトナムには様々な国家安全保障関連条項があり、刑法第88条もその一つ。政府を批判する者を恣意的に処罰し、反政府勢力を沈黙させるために絶えず用いられている。

反国家プロパガンダ罪は、ベトナム政府を暴力によらずに批判する人びとを沈黙させるツールだ」と、ヒューマン・ライツ・ウォッチのブラッド・アダムズ アジア局長は述べた。「ベトナムはこうした法律を廃止するとともに、インターネット上で社会問題を話題にしたことだけを理由として、学生や一般市民を訴追するのを止めるべきだ。」

(中略)ファン氏はこう書いている。「(中略)毎日朝から晩まで一生懸命に働いていても、それでも生活は貧しいままでした(...)。大学2年から3年にかけて、私はベトナムが先進国入りできない理由について調べました(...)。私は近い将来、本物のマスコミで働きたい。ベトナムの民主主義と報道の自由を求める闘いに加わりたいのです。」

警察はファン氏を2017年3月21日に逮捕した。理由は「[反]汚職新聞」と「週刊ベトナム」という2つのブログを立ち上げ、運営したことだ。さらに、Facebookで3つ、YouTubeで2つのアカウントを開設したとされた。

当局は氏を「ベトナム社会主義共和国に反対する目的をもつ、虚偽で歪曲された内容を含む情報を継続的に公開した。またそのコンテンツの大半の出典は反動的なウェブサイトである」とした。

ファン氏の逮捕は、ブロガーや活動家に対する現在進行中の弾圧の一環だと、ヒューマン・ライツ・ウォッチは指摘した。

最近1年間で警察は、国家安全保障関連法令の曖昧な解釈を根拠に、少なくとも28人を逮捕・起訴している。直近では10月17日、警察はハティン省の環境運動家チャン・ティ・スアン氏を逮捕し、政府転覆を目的とした活動なるものに関与したとして起訴している。(中略)

現時点で活動家100人以上が、表現・集会・結社・信教の自由など基本的権利の行使を理由に投獄されている。ベトナム政府はこうした人びとを無条件釈放するとともに、平和的な表現を犯罪化する法律を全廃すべきだと、ヒューマン・ライツ・ウォッチは述べた。

「ファン・キム・カン氏による唯一の犯罪は、当局の気に入らない政治的見解を表明したことだけだ」と、前出のアダムズ局長は指摘した。

「学生は社会問題や政治問題についての意見表明を奨励されるべきだ。処罰などありえない。ドナー国と貿易相手国は、ベトナム政府指導部への圧力を強め、深刻な人権状況の改善を促すべきだ。APEC首脳会議はその第一歩にふさわしい機会である。」【10月25日 ハフィントンポスト】
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メラニア夫人主催の「国際勇気ある女性賞」受賞ブロガーも禁錮10年
学生ブロガーのファン・キム・カン氏同様に、「反国家プロパガンダ」で拘束されたブロガーとしてニュースになった女性がグエン・ゴック・ニュー・クイン氏です。

****ベトナム人ブロガー、「反国家的宣伝」で禁錮10年****
ベトナムでインターネット上に政府批判の書き込みを行っていた女性が30日までに、「反国家的宣伝を行った」として禁錮10年の有罪判決を受けた。同国の国営メディアが伝えた。

グエン・ゴック・ニュー・クイン被告(37)はブログで土地の収用や言論の自由、警察の暴力などで政府批判を繰り広げ、「あなたが言わなければ誰が言うのか?」のフレーズで有名だった。娘のニックネーム「マッシュルーム」にちなんで「マザー・マッシュルーム」のペンネームで投稿していた。

グエン被告は2009年にも当局の注視する対象となっていた。当時は中部高原のボーキサイト鉱山への中国による資金援助案件で、中国の「干渉」に率直な反対意見を示していた。

国営ベトナム通信(VNA)によれば、グエン被告は昨年10月に「反国家扇動者」として逮捕された。被告のフェイスブックのページは逮捕日を最後に更新が途絶えている。

米政府はベトナムに対し、グエン被告や他の「あらゆる良心の囚人の即時の」解放を求めている。

米国務省のナウアート報道官は「私たちはこの数年、ベトナムで人権状況がいくつか進展してきたのを見てきた。だが2016年初めから平和的な抗議活動に対する逮捕や有罪判決が増えており、非常に憂慮している」と述べた。

人権団体や言論の自由を求める団体からは判決を非難する声が上がっている。
ヒューマン・ライツ・ウオッチのアジア局局長代理フィル・ロバートソン氏は「ベトナム政府は活動家を黙らせ、自由な言論を締め付けるために、あいまいな国家安全保障関連の法律を利用している」と述べた。(後略)【6月30日 CNN】
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このグエン・ゴック・ニュー・クイン氏に関しては、今日続報が伝えられています。

****ベトナム反体制派ブロガーの10歳娘、メラニア米大統領夫人に母への支援求める****
米国のドナルド・トランプ大統領が来月訪問する予定のベトナムで収監されている反体制派ブロガーの娘(10)が、母親の釈放に助力してくれるようメラニア・トランプ米大統領夫人に支援を求めた。
 
少女の母親は「マザー・マッシュルーム」のブロガー名で知られるベトナムの反体制派ブロガー、グエン・ゴック・ヌー・クイン受刑者(37)。

自身のブログで、ベトナム国内の人権に関する記録や警察による拘束中の死亡例、環境汚染などへの批判を投稿してきた。今年3月にはメラニア夫人主催の「国際勇気ある女性賞」を受賞している。
 
ベトナムではここ1年の反体制派取り締まりによって20人以上が収監されている。ベトナム共産党による一党支配の政権は、人権問題への対応が手ぬるいとされているトランプ氏の米大統領就任で勢いづいている、というのがアナリストらの見方だ。
 
母親のブロガー名からとった「マッシュルーム」のニックネームを使い、メラニア夫人宛ての手書きの手紙で娘は「お母さんは何も悪いことをしていません。私の家族が再び一緒になるのを助けてください」と訴えた。この手紙は26日、娘の祖母のフェイスブックに投稿された。祖母によれば、孫娘がメラニア夫人宛てに書いた手紙は4通目だという。
 
トランプ大統領は11月に、アジア太平洋経済協力会議(APEC)のためにベトナムを初めて公式訪問する。
 
手紙についてベトナム政府は「両国関係の発展のために不適切で、何の利益もない」といら立ちを示している。【10月28日 AFP】
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メラニア夫人が「国際勇気ある女性賞」を主催しているというのは初めて知りました。

そういう事情があるなら、ベトナム当局に対しアメリカ側の何らかのコミットメントがあっても・・・というところですが、問題の本質は「マザー・マッシュルーム」個人の扱いというより、言論統制を続けるベトナム当局がトランプ大統領登場で“勢いづいている”ということです。

これまで、言論・報道の自由を世界に対して強く主張する立場にあったアメリカですが、“フェイクニュース”メディア報道を敵視するとトランプ大統領の登場は、ベトナム・中国など自由の問題を抱える国々の対応に“お墨付き”を与える結果ともなっています。

【「豊かになる前に老いさらばえるリスク」】
ベトナムに関する、もうひとつの話題。

日本が高齢化という大問題に直面していることは今更の話であり、日本だけでなく中国も、高齢化が進行する前に経済的豊かさを達成できるか、時間との競争になっていることもしばしば指摘されるところです。

事情はベトナムも同様のようです。

****ベトナム、高齢化社会に突入****
ベトナムは高齢化が急速に進んでいる。世界銀行が3月に発表した報告書で、ベトナムは2015年に65歳以上の高齢者が人口の7%となる630万人を超え、高齢化社会に突入したとの見方を示した。国営ベトナム・ニュースなどが報じた。
 
ベトナムは、経済発展による生活水準の向上などに伴い寿命が延びる一方で出生率が低下している。現在、労働人口がピークを迎え、今後は減少すると世銀は予測する。
 
同報告書によると、ベトナムは、世銀が定義する65歳以上が人口に占める割合が7%とされる高齢化社会から、14%を超える高齢社会となるまでに要する期間が18年と推測される。米国の69年、中国やシンガポールの25年などと比較しても、ベトナムでは高齢化が加速していることがわかる。
 
世銀の東アジア・太平洋地域のエコノミストは、ベトナムは今後、医療保険など社会保障制度の整備といった高齢者に対する経済支援の拡充などが課題だと指摘する。
 
ベトナム労働・傷病軍人・社会事業省の幹部は、高齢化による社会保障費の増大や労働力不足などが経済発展の妨げにならないよう対策に取り組む姿勢を示した。【2016年4月22日 SankeiBiz】
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言われてみると、ベトナムを観光した際、“子供がワラワラと・・・”という光景はあまりなかく、どちらかと言えば、公園でくつろぐ高齢者の姿の方が目立ったようにも。

“対策に取り組む姿勢を示した”・・・言うのは簡単ですが、実効ある施策を進めるのが困難なことは、日本も痛感しています。

****ベトナムを襲う高齢化危機****
順調に経済成長する若い国というイメージが強いが、急加速する高齢化に共産党政権は手を打てずにいる

国の未来は人目構成で決まる・・・そう見抜いたのは近代社会学の祖オーギュスト・コント。国富の源泉は国民の働きだが、未来の働き手の数は(戦争で領土を増やさない限り)今日の人口構成で決まる。
 
いまベトナム政府の高官は、この冷徹な予言が間違いであってほしいと願っていることだろう。現在の人口動態を見る限り、ベトナムの未来が明るいとは思えないからだ。
 
長期にわたる戦争とその後の混乱期を抜け出した今のベトナムは「若い国」、つまり若者が多い国と思われがちだ。だから外資はこの国の未来を信じて、積極的に投資している。(中略)
 
ところが15歳未満の人口は数十年前から右肩下がりだ。89年には人目全体のほぼ40%だったが、今や23%。しかも合計特殊出生率(女性1人が一生の問に生む子の平均数)は政府の「2人っ子政策」のせいで1.95前後で推移している(ちなみに80年には5.0、90年でも3.55だった)。
 
つまり、ベトナムの労働人口は今後ずっと減り続け、IMFのブログで指摘されたように「2020~50年にかけて民1人当たりGDPの成長の妨げになる」ということだ。
 
数年前にベトナムの生産年齢人口がピークに達した頃、この国の1人当たり国民所得はまだ中国の半分、タイの3分の1にすぎず、賃金水準は日本の10分の1だった。IMFの表現を借りるなら、ベトナムは「豊かになる前に老いさらばえるリスク」を抱えている。

もう親の面倒は見ない
WHO(世界保健機関)はベトナムを、高齢化の著しい国の1つとしている。既に60歳以上が約1000万人で全体の11%を占める。また世界銀行の報告によると、15年には65歳以上の高齢者が人目の7%を占め、「高齢化社会」の仲間入りをした。

さらに65歳以上が14%を超える「高齢社会」には2030~35年頃に、21%を超える「超高齢化社会」には50年頃に突入するものとみられている。
 
この高齢化スピードは、欧米や日本を含む先進国に比べて、はるかに速い。おまけにベトナムは平均寿命が75歳という東南アジア屈指の長寿国だ。
 
社会の高齢化が進んで労働力が減少すれば、医療費や年金の支出が増えて財政を圧迫する一方、税収やGDPは減ってしまう。まさにコントの予言どおりだが、果たして1党独裁のべトナム共産党に、この危機を乗り切る能力があるだろうか。
 
政府は25年までに全ての高齢者に健康保険制度を行き渡らせることを計画している。しかし一方で、ペトナムには子が親の面倒を見る伝統があるから高齢者ケアの公的負担は大きな問題にはならないと考えている節もある。   

しかし、そんな伝統は急速に消えつつある。主な原因は都市化(年間2.59%の割合で都市人目が増加)と、それに伴う生活環境の変化、つまり両親や祖父母の世代と同居しない核家族が増えていることだ。

もちろん政府も手をこまねいてはいない。例えば男性60歳、女性55歳という定年年齢(公務員は65歳と60歳)の引き上げを検討している。ただし共産党はこの案を今年6月にも検討したが、労働法規の改正には踏み切れずにいる。
 
定年年齢を延長すれば、その分だけ生産年齢人目を長く維持できるので、政府の社会保障負担は軽くなるだろう。しかし15年に年金納付期間が足りない退職者のための一括給付金を廃止する制度改革を発表したときは、何万人もの労働者がストライキに突入し、政府は譲歩を余儀なくされている。
 
増税という手もあるが、これにも反発が強い。筆者は数力月前にハノイに滞在したが、ただでさえ賄賂(地元では「潤滑油」と呼ぶ)の額が増えているのに税金まで上げるのかという不満をよく聞いた。

汚職度はアジアの2位
財務省はガソリン税を1リットル3000ドン(15円)から8000ドン(40円)に引き上げようとしている。政府は「環境税」と称しているが、国民の目には環境保護より役人の私腹を肥やすための増税と映る。しかも増税後のガソリンー1リットルの価格は、平均的な国民の1日の稼ぎの6分の1ほどにもなってしまう。 
 
財政は苦しい。公的債務の残高はGDPの約64.7%で、緊縮政策が必要だ。財政赤字も00年にはGDPの5%だったが、昨年は56.5%に増加。政府は20年までに赤字率を3.5%に下げるという目標を掲げているが、実現は難しい。
 
実際のところ、ベトナムが経済成長を続けるには今後4年間で空港や鉄道、道路などのインフラ整備に少なくとも4800億ドルを投じなければならないとされる。
 
しかし既に政府の金庫は底を突き、ホーチミン市(旧サイゴン)の地下鉄建設は遅れに遅れている。こんな状況で緊縮財政に転じれば、インフラ整備の目標達成は不昨能になる。
 
状況の打開には民間投資が欠かせないが、現状でインフラ投資に占める民問資金の割合は1割程度だ。そして政府が一段の経済改革を進めない限り、民間投資は増えない。
 
共産党独裁の正統性を国民に納得させるには、経済成長を維持して国民の生活を改善していくしかない。ベトナム国民が現状を受け入れているのは、共産党政権が教育や医療などの基本的サービスをそれなりに整備してきたからだ。
 
しかし、この現状が続く保証はない。何しろ汚職が増えている。国際的な汚職監視団体トランスペアレンシー・インターナショナルの今年の報告では、ベトナムは汚職が蔓延する国ランキングでアジア第2位。子供をいい学校に入れたり、優先的に入院させるために「潤滑油」を買わされた国民は65%に上る。
 
経済成長を維持し、生活レベルの改善を続けられなければ、国民はますます政府に不満をぶつけるようになる。しかもそこに人口構成の高齢化という重荷がのしかかる。ベトナム共産党の未来は暗くなるばかりだ。【10月31日号 Newsweek日本語版】
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言論・報道の自由の制限、「豊かになる前に老いさらばえるリスク」、「潤滑油」社会、経済成長で共産党独裁の正統性を国民に納得させる・・・南シナ海で争う共産党支配の中国とベトナムは“よく似た国家”でもあるようです。
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アメリカ  鎮痛剤「オピオイド」乱用による死者が年間3万人超 トランプ大統領「緊急事態宣言」

2017-10-27 23:10:37 | アメリカ

(画像はヴァイコディン(コデインから合成されたヒドロコドンとアセトアミノフェンを配合したもの)【8月26日 ロイター】 アメリカでは、薬物乱用で亡くなった人の死因ナンバーワンは、厳しく取り締まられるヘロインやコカインなどでなく、医者から処方される鎮痛剤であることが2014年の調べでわかっています。【2016年03月10日 GIGAZINE】)

トランプ大統領の緊急事態宣言 鎮痛剤の乱用による薬物中毒で年間3万人を超す死者
アメリカ・トランプ大統領が「緊急事態」を宣言しています。

対象は、“フェイクニュース”、与党・共和党や政権内部との対立、移民対策・国境の壁、オバマケア、税制改革、ロシア疑惑といった国内の問題でもなく、また、北朝鮮や中東情勢、対中国関係といった外交問題でもなく、あるいは自身の精神状態や人格・品位の問題でもなく、鎮痛剤の乱用による薬物中毒の蔓延です。

****トランプ大統領 鎮痛剤乱用の薬物中毒で緊急事態を宣言****
アメリカのトランプ大統領は、鎮痛剤の乱用による薬物中毒で国内で年間3万人を超す死者が出ていることを受けて、緊急事態を宣言し、対策を一段と強化する方針を発表しました。

アメリカでは、本来は鎮痛剤として使われる「オピオイド」と呼ばれる薬物を乱用して中毒となる人があとを絶たず、おととしは3万3000人余りが死亡しました。

トランプ大統領は26日、薬物中毒で死亡した人の遺族をホワイトハウスに招いて会見し、こうした状況について「国の不名誉であり、人類の悲劇だ。われわれは薬物中毒を克服する」と述べて緊急事態を宣言しました。

そのうえで、依存患者を迅速に治療するほか、「中毒性のない鎮痛剤の開発を進めていく」として、対策を強化する方針を発表しました。

薬物中毒による死亡率は、トランプ大統領の支持基盤である白人労働者層の間で急増していて、薬物対策を強化することで、支持を訴える狙いも見られます。

また、トランプ大統領は「中国で製造された安価で致死性のある薬物があふれてしまっている」と述べて、来月の中国訪問の際、習近平国家主席と話し合う考えを示しました。

中国からの薬物の流入をめぐってアメリカの司法省は、今月、中国で違法に生産された薬物を数年間にわたってインターネットを通じて販売し、アメリカ人を死傷させたなどとして、中国の密売業者とする2人を起訴しています。【10月27日 NHK】
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もちろん、アメリカ社会が各種ドラッグの蔓延という深刻な問題を抱えていることは周知のところです。
アメリカのドラマ・映画を観ているだけで、その程度が容易にわかります。

ただ、内外の多すぎるほどの問題・トラブルを抱える状態で、オピオイド乱用に対する「緊急事態宣言」というのは、国民の批判の目をそらす意図でもあるのでは・・・・とも勘繰ってしまいましたが、改めて確認するとオピオイド乱用は深刻な状況となっており、最近各方面から警鐘が鳴らされているようです。

適切な目的と用法・用量で使う限り、オピオイド鎮痛薬は強い痛みの治療に欠かせない有益な薬
最初にアメリカの現状と併せて、アヘン由来の鎮痛剤、および類似合成薬物「オピオイド」が本来“まっとう”で有用な薬物であることも医療サイト記事で確認しておきます。

****薬物大国アメリカでは年間1,150万人がオピオイドを乱用している 2015年の全国調査から****
アメリカでは薬物乱用が大きな問題となっています。背景として、モルヒネなどのオピオイド鎮痛薬が処方されすぎているという見方があります。全国調査により乱用をした人の数などが推計されました。

アメリカ全国の薬物使用状況の調査
アメリカ合衆国の薬物乱用・精神衛生管理庁などの研究班が、2015年に行われた全国調査のデータをもとに、国内でオピオイドの乱用をした人の数などを推計し、医学誌『Annals of Internal Medicine』に報告しました。(中略)

オピオイドとは?
モルヒネ、オキシコドン、フェンタニルなどが、オピオイドという種類に分類される薬剤です。オピオイドは治療上いろいろな用途で使われますが、中でも痛みを和らげる効果から、中等度から高度の痛みの治療としての用途があります。

一般的なNSAIDs炎症を抑える薬剤の総称(ただしステロイドを除く)で、鎮痛薬や解熱薬として頻用される。nonsteroidal anti-inflammatory drugsの略やアセトアミノフェンといった痛み止めの薬では効果が不十分な場合に、オピオイド鎮痛薬は非常に重要な役割を果たします。

多くのオピオイド鎮痛薬に共通する副作用として眠気、便秘、吐き気、依存何かしらの刺激や快楽を繰り返し経験した結果、求める欲求が抑えられなくなり、精神的にも肉体的にもそれ無しでは異常をきたしてしまう状態性、呼吸抑制などがあります。

依存性は時として薬物乱用につながる可能性もあります。犯罪行為とも関係する薬物乱用の問題の中でオピオイドもしばしば話題となります。

乱用の可能性がある一方で、適切な目的と用法・用量で使う限り、オピオイド鎮痛薬は強い痛みの治療に欠かせない有益な薬です。

オピオイド使用は37.8%、乱用は4.7%
調査結果からオピオイド使用について以下のことが見積もられました。(中略)

軍人や施設に入っている人を除くアメリカの市民の成人のうちで、2015年のうちに処方薬のオピオイドを使用した人は全体の37.8%にあたる9,180万人と推計されました。この中には乱用も含まれますが、適切に処方された人も含まれます。

そのうち1,150万人がオピオイドを乱用していると見られました。薬物使用障害にあたる人は190万人と見積もられました。(中略)

乱用・薬物使用障害は以下に当てはまる人に多い傾向がありました。
無保険 失業中 低収入 行動上の健康問題がある

また、(乱用した成人のうち、59.9%がオピオイドを処方なしで使用したと答え)乱用した人の40.8%が、最後に乱用した時には友人や親族から処方薬のオピオイドを無料で手に入れたと答えました。

研究班は「この結果から、証拠に基づいた痛みの管理にアクセスしやすくすること、未使用のオピオイドを潜在的に濫用可能な状態にする過剰な処方を減らすことが必要と思われる」と結論しています。

オピオイドの適正使用と、アメリカが抱える問題
アメリカのオピオイド乱用についての調査結果を紹介しました。オピオイド鎮痛薬が有効だといっても、人口の3割近くに処方されるといった状況は、やはり行き過ぎかもしれません。

アメリカで行われている薬物乱用の中でもオピオイド乱用は一部にすぎません。同じ2015年のNSDUHのデータでは、12歳以上のうち10.1%が最近1か月以内に薬物乱用を経験していること、そのうちマリファナの乱用が最も多く2,200万人以上にのぼることなどが推計されています。(中略)

オピオイド鎮痛薬が犯罪のイメージと結び付いた結果、本当にオピオイド鎮痛薬を必要としている患者が不当な扱いを受けたり、自分でもオピオイド鎮痛薬による治療をためらったりする事例が報告されています。

オピオイド鎮痛薬は現代の医療には欠かせない薬です。必要な人に必要な薬を届けるために、乱用やそれによる社会の偏見といった問題に取り組むことをアメリカは迫られています。【8月6日 MEDLEY】
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日本の医療現場では、法律上“麻薬”扱いになる煩雑さや、“麻薬”のマイナスイメージの問題もあって、オピオイドの利用はそれほど多くありませんでしたが、終末期医療における患者の痛み負担の軽減が重視される流れの中で、オピオイドの有効活用をもっと進めることが求められています。

労働市場、地域財政にも大きな影響
“オピオイド使用は37.8%、乱用は4.7%”というアメリカの現状に対する警鐘は、全くの畑違いとも思われるイエレン連邦準備制度理事会(FRB)議長からも。

****アメリカ労働市場をむしばむ「オピオイド系鎮痛剤****
オピオイド系鎮痛剤の拡大と米経済との関係-FRBも関心
米国の労働市場をむしばむオピオイド系鎮痛剤の中毒は、イエレン連邦準備制度理事会(FRB)議長も無視できないほどに影響が拡大している。
  
ペンシルベニア州ジョンズタウンで工場を経営するビル・ポラチェク氏は数年前、機械工と溶接士の採用候補者を100人に絞ったところ、犯罪歴がある、あるいは薬物検査で陽性反応が出た候補者が半数を占めた。「適性のある人材が来てくれない」と同氏は嘆く。
  
オピオイド中毒の問題がアメリカ社会で深刻化するにつれ、雇用主が抱える人材難の問題も拡大している。イエレン議長は先週の上院公聴会で、この問題について時間を割いた。オピオイド中毒が雇用の妨げになっていると報告した地区連銀も複数ある。

オピオイド乱用者
FRBが通常なら管轄外の薬物中毒問題を気にする理由は2つ。
一つは、働き盛り世代の労働参加率が歴史的に低い現状を理解する上で重要だということ。もう一つは、この数年にコミュニティーと労働力動向への関心を高めているFRBとしては、オピオイド危機は全米の人的リソースを損なう悲痛な現実であるということだ。

米薬物乱用・精神衛生管理庁によると、2015年時点で26歳以上の成人推定270万人が鎮痛剤を乱用していた。これとは別に現在では23万6000人がヘロインを使っている。
  
イエレン議長は先週の上院証言でオピオイド中毒について問われ、「働き盛り世代で労働参加率が低下していることと関係があると考えている」と発言。「問題はコミュニティーをむしばみ、雇用の機会が低下している労働者に特に影響している。これが偶然なのか、あるいは長期的な経済への弊害なのかは分からない」と続けた。
原題:Here’s Why Yellen’s Fed Cares About America’s Opioid Epidemic(抜粋)【7月21日 Bloomberg】
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地方自治体の財政にも、青少年対策や様々な面で大きな負担となっています。

****ヘロインなど「オピオイド系薬物中毒」 米国の地域社会に深刻な影****
米国でオピオイド系鎮痛剤の乱用による死者数が増加するなか、この新たな薬物危機の最前線に立つ地域社会が、財政負担という思わぬ打撃に直面している。

オハイオ州コロンバスから南に1時間の距離に位置する人口7万7000のロス郡は、オピオイド系鎮痛剤の乱用に関連する死亡件数が急増している。2009年の19人に比べ、昨年は44人に。薬物乱用のまん延は、人命を奪うだけでなく、郡の財政にも負担をかけている。

同郡当局者によれば、州の養護施設に収容されている児童200人のうち、両親がオピオイド中毒に陥っている割合は、5年前の約40%から約75%に上昇。こうした児童の場合、専門家によるカウンセリングや、長期収容や治療が必要になるため、養護コストがかさむという。(中略)

トランプ大統領は先月、オピオイド中毒を「国家的な緊急事態」と呼んだが、まだ国家非常事態宣言は発令されていない。もしそのような動きがあれば、各州は対策のために連邦予算を利用できるようになる。

全体像の把握はこれから
薬物過剰摂取の増加に取り組む郡は、緊急通報の増加、監察医や検視官への支払い増加、刑務所や裁判所の過密状態によるコスト高に直面している、と全米3069の郡や地方自治体を代表する全米カウンティ協会のエグゼクティブ・ディレクター、マット・チェイス氏は語る。(後略)【9月26日 ロイター】
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医師らに賄賂を渡し、オピオイドを必要ない患者にまで処方させた“製薬会社の過剰な売り込み”】
アメリカ疾病予防管理センター(CDC)は2016年3月中旬、処方される鎮痛剤の量を減らすことを目的として、医師が鎮痛剤の処方を管理するための新しいガイドライン(PDF)を公開しています。

****米国経済を蝕む「オピオイド中毒****
製薬会社は長年にわたり鎮痛剤を販売しており、そうした薬品を扱うディーラーや密輸業者が暗躍する闇市場は、活況を呈している。だがその一方で、鎮痛剤中毒を巡る米国の経済活動は、社会の中心にまで広く浸透している。

米ナショナル・フットボールリーグ(NFL)の王者を決める「スーパーボウル」では、鎮痛剤のオピオイド摂取による便秘の治療薬が宣伝される。

ニューヨークの駅には、中毒を治療する薬剤の広告がたくさん貼られている。リハビリ施設や警備会社、刑務所、そして葬儀場も、この国を飲み込む悲劇から利益を得ている。

今や、ペット用薬品のオンライン小売業者までが、この危機に乗じて利益を上げていると非難される事態となった。

アメリカ疾病予防管理センターの調査によれば、鎮痛剤乱用による2013年の経済損失は785億ドル(8兆6043億円)に上った。

医療費と薬物中毒の治療費は280億ドルに達し、そのほとんどが保険で支払われた。捜査・裁判費用は約80億ドルだった。その他の損失は、ほぼすべてが生産性低下と、若年死によるものだ。

現在の数字はさらに高いだろう。2015年にはオピオイド乱用による死者は3万3000人を数え、2013年から3割も増加した。そして、今も増加を続けている。(後略)【8月26日 ロイター】
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“ペット用薬品のオンライン小売業者まで”云々は、ペット用医薬品販売のペットメド・エクスプレス(PETS.O)がオピオイド常習者を対象にペット向け鎮痛剤をオンライン販売していたとの空売り調査会社の告発を受けた件です。

当然ながら、批判の矛先は今日の事態を招いた製薬会社にも向けられています。

***米製薬大手、中毒性のオピオイド「密売」でCEOら逮捕***
<トランプ米大統領が非常事態を宣言した「オピオイド危機」の背景には、製薬会社の過剰な売り込みがあった>

米捜査当局は10月26日、医師らに賄賂を渡し、鎮痛剤「オピオイド」を必要ない患者にまで処方させたとして、米製薬会社大手インシス・セラピューティクスのジョン・カプール最高経営責任者(CEO)らを逮捕した。

アメリカではオピオイドの乱用による死者が急増しており、ドナルド・トランプ米大統領は同日、全米を蝕む「オピオイド危機」に対して公衆衛生上の非常事態を宣言した。乱用の背景にあるとされる製薬会社の過剰な売り込みに対し、当局も取り締まりを強化していた。

オピオイドは、ケシを原料に作る医療用鎮痛剤の総称で、モルヒネ、コデイン、フェンタニルなども含まれる。がんの強い痛みに効果があるが中毒性も強い。

それが怪我や関節痛など通常の痛みに対しても安易に処方されてきたせいで中毒になる人が続出。米疾病対策センター(CDC)によれば、中毒患者数はざっと200万人、過剰摂取による死者は2016年だけで6万4000人に達している。

今回逮捕されたインシスの創業者でビリオネア(富豪)のカプールの容疑について、米司法省は「本来はがん患者の痛みを抑えるために処方されるオピオイドの一種、フェンタニル・スプレーを過剰に処方させ、不当な利益を得た」と発表した。医師に賄賂を渡し、フェンタニルを有効成分とする鎮痛剤「サブシス(SUBSYS)」を患者に処方させた罪に問われている。

「麻薬密売人も同然」
裁判所の記録によれば、カプールとマイケル・バビック元CEOは、医師や薬剤師に対し、講演料やマーケティング費、食費、娯楽費などの名目で、リベートや賄賂を渡していた。

同社のアレック・バーラコフ元営業担当副社長は、講演を依頼する医師について、「講演の質は問わない」と部下へのメールに書いていた。「必要なのは、大量の処方箋を書いてくれる医者だ」

がん以外の患者にはオピオイドを認めない保険会社には、従業員が身元を偽って電話をかけ、患者の病状や痛みの程度などについて嘘の説明をさせた。

「がん患者のための鎮痛剤で中毒性が高いオピオイドをがんでもない患者に売りつけるのは、麻薬密売人と変わらない」と、米連邦捜査局(FBI)ボストン支局主任特別捜査官ハロルド・ショウはインシス幹部を非難した。【10月27日 Newsweek】
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こうした流れで、鎮痛剤オピオイド使用に対する制約が大きくなれば、比較的副作用が軽いとされる大麻(マリファナ)が慢性疼痛緩和に更に利用されることになるのかも。

マリファナについては、10月15日ブログ“合法化が進むアメリカの大麻(マリファナ)事情”でも取り上げました。(最近、ネット動画配信で“Weeds ママの秘密”というTVドラマをよく観ていますが、夫をなくした主婦がマリファナの売人とななって生計を支えるコメディが成立するというあたりに、アメリカの現状にの一端が感じ取れます。)

言うまでもなく、乱用を防止し、“適正使用”に心がけることが重要です。
先述のように、日本ではむしろオピオイドをもっと広く利用してがん患者等の苦痛を軽減することが求められています。

日本の病院・薬局に対する麻薬規制の現状からすると、アメリカのような形で社会にオピオイドが流れ出す事態は想像しづらいものがありますが、今後より広範に使用されるようになる場合は、そうした乱用に対する注意も必要になります。
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IS協力者への憎悪・復讐、帰還戦闘員の社会からの排除 社会復帰支援の取り組みも

2017-10-26 21:55:59 | 中東情勢

(IS協力「容疑者」で過密状態のイラクの仮設刑務所【10月31日号 Newsweek日本語版】)

IS崩壊後もネット上で生き残る過激思想
「イスラム国」IS がイラクのモスルに続き、シリアのラッカを失い、その“支配領土”の大半を失った現在も、そして今後も、IS、あるいは類似過激思想の脅威がなくなった訳でないことは言うまでもないことです。特に、ネット上でその過激思想は生き続け、容易に増殖します。

****ラッカ陥落でもISISは死なず****
<首都と称してきた都市を失った後も、その思想は世界各国とネット空間で生き続ける>

・・・・拠点は陥落しても、思想は消滅させられない。とりわけISISは支配地域にイデオロギーを深く根付かせ、グローバルなネットワークを築き、ネット上でも影響力を誇っている。

(中略)ラッカが陥落しても、欧米でのテロは減らない。世界でジハード(聖戦)を起こす力が損なわれることもないだろう。今後もISISは攻撃を呼び掛け、最近の欧米諸国に見られるローテクで金のかからないテロをあおるだろう。

小規模集団によるテロやローンウルフ(一匹狼)型のテロは、以前より手数を掛けなくなっている。ナイフや車を使う単純な攻撃になり、細かな準備も外国の支援もほとんど必要ない。

だが拠点が陥落したことで、テロ攻撃を直接画策するISISの能力は弱まる。プロパガンダの質や量も低下するだろう。

さらには「敗退した」というイメージが、ISISに同調しようとする人々を思いとどまらせる可能性がある。今までは戦闘での華々しい勝利こそが、宗教的な正統性を象徴すると信じられていた。

ISISはネットワークを駆使して、こうした流れを覆そうとするだろう。拠点が陥落しても、彼らのプロパガンダは途絶えることがない。今後は内容が変わるだけのことだ。

ISISは今回の敗北も「神の意思」によるものと位置付けるだろう。(中略)今またカリフ国が欧米に滅ぼされた事実は長きにわたって嘆かれ、さらなる暴力を呼び掛ける手段に利用される。

いま重要な問題は、どうやって別のジハード勢力が灰からよみがえるのを阻止するかだ。

第1に、統治者のいない荒廃した地域を安全にし、社会にサービスをもたらすことだ。ISISは社会の緊張や不平等、非効率な統治、汚職を利用して、自分たちが社会にとって唯一の選択肢だと思わせていた。

ここで重要なのは、ラッカを陥落させたSDFが侵略者と見なされないようにすることだ。地元民の主導する勢力がコミュニティーの安全を維持しなくてはならない。

国境も世代も超越して
第2に、組織としてだけではなくイデオロギーとしてのISISに対峙することだ。

ISISが掲げる原理主義的なサラフィー主義は各国に拡大し、世代を超えて広がっている。サラフィー主義は人々の純粋な怒りに付け込み、コーランにはカリフ国の正統性が書かれていると解釈し、シャリーア(イスラム法)を厳格に守らせようとする。

既にシリア北部のイドリブ地方では、アルカイダ系の武装勢力が新たなイスラム国の樹立計画に着手。コミュニティーに浸透し、さまざまな反政府勢力の中で地位を築いている。

中東やアフリカで活動する同じような分派はこれから長く存続し、ISISと同じ価値観と目標を掲げるだろう。

しかし、ISISが本当に生き永らえる場はネット空間だ。彼らはさまざまなツールで、ジハードのコミュニケーション手段に革命を起こした。

ISISがプロパガンダに使うメディアは、雑誌や動画から、新聞、ラジオ、教科書、神学書にまで及ぶ。各国政府やテクノロジー企業による抑え込み戦略は成功しつつあるが、ISISは新たな戦術を生み出しながらコンテンツやネットワークを発展させてきた。

ISISの持つネット上での影響力は、過激な思想家やテロリストに永遠の命を与えてきた。彼らが死んでも、イデオロギーは生き残る。組織の指導者が入れ代わっても、思想は変わらずに生き続ける。

現在のISISは、アブ・バクル・アル・バグダディが率いているという。彼は生存しているらしく、録音された音声が9月にネットで公開された。

しかし死んでいようと捕らわれていようと、バグダディはジハードの輝ける殿堂に祭り上げられ、暴力をあおり続ける。同じように、牙城のラッカが崩れ落ちても、ISISは中東や欧米の都市に今後も暗い影を投げ掛け続けるのだ。
【10月26日 WSJ】
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IS協力者への暴力・不当な扱い・・・「法の支配は全ての人間に行き渡る」】
ISに付け込まれないように“荒廃した地域を安全にし、社会にサービスをもたらすこと”は、現実問題としては非常に困難なものがあります。

イラクでも、シリアでも、クルド自治区の独立問題、シリア政府軍と各勢力の争い、シリア・クルド人勢力の今後の扱い、イランの勢力拡大に対するアメリカの牽制等々、“IS後”の勢力争いという第2ステージに入っており、“安定・安全”とは程遠い状況です。

そうした各勢力・関係国の争いに加え、IS協力者とIS被害者間の住民同士の遺恨という問題もあります。

****モスルに渦巻くISIS協力者狩り****
仮設刑務所に「容疑者」があふれ、女性や子供までもが復讐の標的に 元ISIS最大の拠点に残る深過ぎる禍根

テロ組織ISIS(自称イスラム国)がイラク最後の拠点モスルから撤退した数日後、同市ニネベの裁判所を2人の女が訪れた。ISISに協力した「容疑者」を引き渡しに来たのだ。
 
といっても、連れて来たのは筋金入りの戦闘員ではなく、3歳にもならない彼女らの子供だった。「この子たちは要らない」と女たちは言った。「この子たちの父親はISISで、私たちをレイプした」
 
泣きじゃくる子供を置いて女たちは立ち去った。(中略)

イラク軍がモスルからISISを一掃して3ヵ月、市民はISISへの復讐に燃えている。ISIS協力者の家族と絶縁したり、隣人をISIS絡みの犯罪で告発する人が後を絶だない。

自警団を結成して自ら裁きを下す者もいる。春先にはチグリス川下流に多数の遺体が浮いているのが何度も見つかった。遺体の多くは目隠しされて縛られており、ISISに協力した容疑で政府側の部隊に処刑されたようだ。
 
市民が憤るのも無理はない。14年6月にモスルを制圧したISISは、住民約100万人に禁煙や男女の分離など厳格な法律を押し付けた。

市民を拷問・処刑し、住宅を占拠し、片っ端から略奪した。子供を兵士に仕立て上げ、女性を奴隷にした。昨年10月に米主導の掃討作戦が始まると、ISISはスパイ容疑者や逃げ出そうとした市民を処刑。7月の撤退までに、イラク治安部隊の兵±8000人以上を殺傷した。
 
「ISIS協力者」とその家族がひどい扱いを受けても、ほとんどの市民は意に介さないようだ。(中略)

(IS関係者のための活動も行う“一握りの”弁護士)ポートマンによれば、報復は今に始まったことではない。15年、イラク主導の連合軍はISISに対して攻勢を強めていた。

ティクリートやラマディ、ファルージヤなどの住民は、政府軍や武装組織が10代の若者や子供を含む「容疑者」を処刑・虐待していると報告した。

正当な法手続きが難しく
最近の攻防で虐待の規模が拡大しており、ISIS協力者への怒りはイラク戦争下の最悪の時期に匹敵すると、ポートマンは指摘する。

イラク治安部隊はISISに協力した可能性のある人間(未成年者も含む)を悪臭漂う仮設刑務所に押し込み、ISISメンバーの妻子を収容所に送っている。7月の国連報告書にょれば、ある収容所の環境は「人道的な基準以下」で、8日間に10人が死亡した。
 
その後イラク当局は、「報復から守るため」にISIS協力者の妻子1400人以上を逮捕した。「大勢の友人を失えば、復讐を願わずにはいられない」と、ポートマンは言う。
 
その感情が正当な法手続きを難しくしている。いい弁護士が付いても、裁判所の職員が不慣れだったり、裁判の多さに対応しきれなかったり、復讐に燃えていたりする恐れがある。
 
(現地でイラク人弁護士やソーシャルワーカーを雇っている米NPO)ハートランドに代わって裁判官や検察官向けのワークショップを運営する人権活動家のクライシの話では、若い戦闘員や無理やり仲間にされた人々に同情的な声もある。その一方で、指揮官でも12歳の新兵でもISISには違いないから「焼き殺せ」という声も聞くという。
 
あふれ返る拘束者が状況をさらに厄介にしている。クライシによれば、クルド自治区とイラク当局はISISと関係のある子供約5000人を拘束。

裁判待ちの列は伸びる一方で、場合によっては審理開始まで数力月かかり、ようやく始まっても短期結審になりがちだ。ヒューマンーライツーウォッチによれば、空き家を利用したニネベのテロ対策法廷は7月上旬、約2000件を審理。裁判官12人で1日40~50件を審理していたという。(中略)

ハートランドなどの法務チームは裁判官や検察官や弁護士に、訴訟ごとに状況を慎重に検討するようアドバイスしている。
 
「彼らは本当に過激派で犯罪者なのか。それともISISに強制されて行動を共にしていただけなのか」と、クライシは問い掛ける。「彼らは幼い犠牲者なのか、それとも殺人者なのか」
 
虐待や不当な有罪判決が深刻な事態を招く可能性もある。女性や子供を村八分にすれば、過激派の勧誘の標的になりかねず、未成年者を筋金入りのジハーディスト(聖戦士)と一緒に収監するのは新世代の殺人者を生み出すようなものだという。
 
「司法関係者に理解させなくては」と、クライシは言う。「法の支配は全ての人間に行き渡る。被害者にも、犯罪者にもだ」【10月31日号 Newsweek日本語版】
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“アムネスティー・インターナショナルのリン・マアルフ氏は、「このような暴力を行う犯罪者に、犯罪を犯しても罰されない、意のままになる権力があると思わせる、危険な免責の文化」が生まれていると指摘した。”【2016年11月3日 BBC】

ISの暴力に対する恨み、復讐心は当然すぎるものがありますが、そうした感情にまかせた復讐の連鎖が大きな悲劇をもたらすことは、フセイン政権崩壊後のイラクの混乱が示しているところでもあります。

戦闘員帰還を望まないフランス 「戦闘員が戦死するのはよいことだ」】
一方、ISの“領土喪失”に伴って、ISに参加していた外国人戦闘員の帰国という問題もあります。

****ISの外国人戦闘員 5600人が出身国に帰還か****
アメリカのシンクタンクは、シリアとイラクで過激派組織IS=イスラミックステートに加わった外国人戦闘員のうち、少なくとも5600人がこれまでに出身国に帰還したとする推計を発表し、今後、各国でテロを起こすおそれがあるなど、治安上の脅威になるとして警鐘を鳴らしています。(中略)

それによりますと、シリアとイラクでISに加わった外国人戦闘員は4万人余りに上りますが、両国での軍事作戦でISが領土の大半を失ったことなどを受けて、少なくとも5600人がすでに出身国に帰還したと推計しています。このうち、最も多いのはトルコの900人で、続いて北アフリカ・チュニジアの800人などとなっています。

報告書では、帰還後当局に拘束されず行方がわからない元戦闘員の中には、テロを起こすおそれがある者もいるとして、「これから数年間、多くの国にとっての脅威になる」と警鐘を鳴らしています。

また、中には自国に戻らず、東南アジアなどの第三国に転戦するケースも出ているということです。さらに、戦闘員の妻や子どもについてもISに洗脳されているおそれがあるため、精神的なケアや社会復帰を促すための仕組み作りが課題になると指摘しています。

【国別の帰還戦闘員数】
ソウファン・グループの報告書によりますと、帰還したISの戦闘員の数は、国別に次のように推計されています。

最も多いのが、シリアとイラクのどちらとも国境を接するトルコの900人で、続いて2番目がチュニジアの800人、3番目がサウジアラビアの760人、4番目がイギリスの425人、5番目がロシアの400人などとなっています。

また、シリアから戻った戦闘員や、ISの支持者などによるテロが相次いでいるEU=ヨーロッパ連合では、合わせて1200人が帰還したと見られています。【10月25日 NHK】
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チュニジアなどは、過激派がシリア・イラクに出ていくことで国内は比較的平穏に収まり、「アラブの春」の例外的成功を実現した・・・というようにも思われますので、帰国者が増えれば国内の混乱が大きくなる危険も。

テロに対する警戒感が強い欧州では、「帰ってこれないように、シリア・イラクで殺せ!」といった“本音”も。

****IS拠点陥落】「外国人戦闘員は戦死が望ましい」 欧州、帰国者の「テロ予備軍化」懸念****
「イスラム国」(IS)のシリアでの拠点ラッカが陥落し、欧州各国はIS入りした戦闘員の帰国に警戒を強めている。「テロ予備軍」となる危険があるためだ。
 
フランスのパルリ国防相はラッカ攻防戦さなかの15日、仏テレビで「戦闘員が戦死するのはよいことだ。できるだけ多くを無力化すべきだ」と述べ、シリア民主軍(SDF)によるフランス人戦闘員の殺害を容認する姿勢を示した。
 
ルモンド紙によると、マクロン仏大統領も「拘束者は少ない方がよい」として、投降者の帰国は阻止すべきだとの立場。帰国した場合、政府はテロ容疑で起訴する方針だ。(中略)
 
また、オランダ紙によると、同国で連立政権樹立を目指す4党は、ISからの帰国者にはジェノサイド(集団虐殺)容疑の訴追を視野に入れることで合意した。ISが民間人を「人間の盾」に使ったことは国際人道法違反に当たるとの立場からだ。(後略)【10月18日 産経】
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「戦闘員が戦死するのはよいことだ」・・・・“仏メディアによると、フランスはIS掃討を進めるイラク軍との間でフランス人戦闘員を殺害する合意がなされているという。帰還後の対策を重視するよりも、自国出身の戦闘員が帰国してテロを起こすリスクを減らすため殺害を容認しているとみられる。”【10月22日 毎日】とも。

帰国後に国内で有罪となり刑が科されても「脱過激化」できるかを疑問視する声も根強いということで、そうした感情はわかりますが、IS協力者の話と同様に、むき出しの憎悪や厄介者扱いから新たな憎しみしかうまれないようにも思えます。

“本音”と称するむき出しの感情に身をゆだねることで、自身の社会も“変質”していきます。

過激化抑止・帰還戦闘員の社会復帰に取り組むデンマーク
もちろん、そうした言い様が“きれいごと”に過ぎるとの批判はあるでしょうが、実際に「脱過激化」社会復帰に取り組んでいる国もあります。

****<IS帰還戦闘員>欧州対応分かれ デンマークは社会復帰策****
過激派組織「イスラム国」(IS)が首都と称するラッカの陥落を受け、ISに共鳴した若者らによるテロが続いた欧州では、帰還戦闘員への対応が焦点となりつつある。

潜在的なテロの脅威とみなして強硬策をとる国が多い中、自国の若者の過激化抑止に先駆的に取り組んできたデンマークでは、帰還戦闘員に社会復帰を促すソフトなアプローチを続け、周辺国の注目を集めている。
 
オランダのシンクタンク「テロ対策国際センター」によると、デンマークは2015年末までに125人前後がシリア・イラクの戦闘地域に渡航した。人口当たりではベルギー、オーストリア、スウェーデンに次ぎ欧州で4番目に多い。

約33万人が暮らす国内第2の都市オーフスからも計34人がシリアとイラクの戦闘地域に渡航したが、15年を最後に途絶えた。

過激化の兆候がある対象者を1人の「メンター(助言者)」が支える同市の過激化抑止・脱過激化プログラムが功を奏したとみられる。
 
市の担当部長ナターシャ・イェンセンさんは「メンターとの関係は最低1年から数年続く。長いプロセスだ」と話す。10年に始まったプログラムでは延べ400件の相談を受け、うち約30人にメンターが介入した。

講習を受けたメンターは有給だ。弁護士やソーシャルワーカー、宗教学専攻の大学生など多様な経歴の人をそろえ、対象者の性格などに合わせて選定される。定期面談だけでなくカフェでお茶をしたり映画を見に行ったり私的な付き合いを続ける。プログラム途中でシリアへの渡航を防げなかった例は1人だった。
 
メンターは帰還戦闘員にも同じ対応をとる。イェンセンさんによるとシリアに渡った34人のうち約半数が帰還した。デンマークでは帰還者はテロ組織に属した証拠が無ければ多くの場合、訴追されない。

「それならば普通の生活に戻る手伝いをしたい。彼らと社会のどちらにとっても有益だ」とイェンセンさんは社会復帰支援の意義を強調する。
 
オーフスには欧州以外からも視察が絶えない。イェンセンさんは「対象者の多くは社会から排除されたと感じていた。重要な教訓は、誰にでも(過激化は)起こり得るということ。1対1の強い関係を築くことは、他の地域にも適用できるやり方ではないか」と指摘した。【10月22日 毎日】
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ミャンマー  “民族浄化”で増え続けるロヒンギャ難民 イスラム教徒全体への嫌悪を扇動する仏教僧

2017-10-25 23:04:12 | ミャンマー

(ヤンゴンの集会でイスラム排斥の熱弁をふるう過激派仏教僧ウィラトゥ師(8月下旬)【10月13日 WSJ】)

スー・チー氏、国民が根強い差別感情を持つ中、問題の解決に向け理解を求める
再三取り上げているミャンマーのイスラム系少数民族ロヒンギャに対する国軍や一部仏教徒による“民族浄化”とも言えるような迫害の問題。

前回10月10日ブログ“再び増加するロヒンギャ難民 スー・チー国家顧問自身のロヒンギャに対するネガティブな意識”では、民主化運動の象徴でもあったノーベル平和賞受賞者スー・チー氏の消極的対応の背景には、単に軍への影響力を持たないことや、国民世論がロヒンギャを嫌悪しているという“動きにくい状況”の問題だけではなく、彼女自身のロヒンギャに対する認識も、「彼らはベンガル人であり、外国人なのだ」といった発言に見られるようにネガティブなことがあるのでは・・・という件を取り上げました。

スー・チー氏も全く動いていない訳でもなく、12日には、ロヒンギャの帰還を支援する資金や物資を集める組織を自ら主導して政府内につくることを明らかにしています。

****ロヒンギャ問題 スー・チー氏が新たな支援の枠組み作り表明****
ミャンマー西部の戦闘の影響で、少数派のイスラム教徒、ロヒンギャの人たちが隣国のバングラデシュに避難し、国際的な批判が高まる中、ミャンマーのアウン・サン・スー・チー国家顧問は、政府や国際機関などが連携して避難民の支援に当たるための新たな枠組みを作り、みずからトップを務めて事態の打開を目指す方針を明らかにしました。

ミャンマー西部ラカイン州では、ロヒンギャの武装勢力と政府の治安部隊の間で起きた戦闘の影響で、これまでにロヒンギャの住民51万人以上が隣国のバングラデシュに避難したと見られています。

この問題について、ミャンマーを事実上率いるアウン・サン・スー・チー国家顧問は12日夜、首都ネピドーで国民に向けたテレビ演説を行いました。

この中でスー・チー氏は、「私たち国民は、ミャンマーの平和を誰よりも強く願っているからこそ、団結して問題に取り組まなければならない」と述べ、国民の多くがロヒンギャの人たちに対し根強い差別感情を持つ中、問題の解決に向け理解を求めました。

そのうえで、政府や民間企業、NGO、国連などが連携して人道支援や復興に取り組むための新たな枠組みを作り、みずからがトップを務める方針を明らかにしました。

国際社会からは、政府がロヒンギャの人権を侵害しているなどと批判が高まっていて、スー・チー氏がみずから問題の解決に向け、取り組む姿勢を示したことで、今後、事態の打開につながるのか注目されます。【10月13日 NHK】
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ロヒンギャだけでなく、掃討作戦で家を追われた仏教徒やヒンドゥー教徒も援助の対象になるということですが、受け入れを拒んでいる国連人権理事会の調査団についての言及はありませんでした。【10月13日 朝日より】

国籍も付与されておらず、着の身着のままで非難したロヒンギャも多いなかで、帰還がどれだけ進むかはやや疑問もありますが、根強い差別感情を持つ国民に対し、彼女自身の言葉で訴えかけた点は評価できるでしょう。

なお、国軍も過激派掃討作戦が適切に行われたかどうかを調査するとのことですが、こちらは全く期待できません。形式的なものでしょう。

****ロヒンギャ問題「作戦適切か」 ミャンマー国軍が調査へ****
ミャンマーから50万人を超える少数派イスラム教徒ロヒンギャが隣国バングラデシュに難民として逃れている問題で、ミャンマー国軍は掃討作戦が適切に行われていたかどうかの調査をすると表明した。治安部隊がロヒンギャを迫害しているとの国際社会からの批判を受けた措置とみられる。(中略)

ミンアウンフライン国軍最高司令官は12日、日本の樋口建史ミャンマー大使と会談し「民族浄化は行われていない。写真を見れば、(ロヒンギャが)恐怖から逃げているわけではないとわかる」などと発言した。(後略)【10月15日 朝日】
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【“民族浄化”が進行する現状
国際人権団体等によって伝えられる情報は、ミンアウンフライン国軍最高司令官の認識とは大きく異なっています。

****掃討終了」後も焼き打ち=ロヒンギャの村破壊と人権団体―ミャンマー***
ミャンマー西部ラカイン州のイスラム系少数民族ロヒンギャの迫害問題で、国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウオッチは17日声明を出し、アウン・サン・スー・チー国家顧問が武装集団に対する掃討作戦の終了を宣言した後も、ロヒンギャの村に対する焼き打ちが続いていたと明らかにした。最新の衛星写真の分析で判明したという。
 
9月21日に撮影したとされる衛星写真では、ロヒンギャの村が灰燼(かいじん)に帰しているのに対し、隣接する仏教徒の村は無傷のままとなっている。
 
声明によると、ロヒンギャの武装集団と治安部隊の衝突が8月25日に始まって以降、焼き打ちで少なくとも288の村が完全あるいは部分的に破壊された。

スー・チー氏はロヒンギャ問題に関する9月19日の演説で、掃討作戦は同月5日以降は行われていないと語ったが、その後も少なくとも66の村が焼かれていた。
 
国連などによれば、戦闘を逃れるため、隣国バングラデシュに脱出したロヒンギャ住民は衝突開始後、53万7000人に達した。

ヒューマン・ライツ・ウオッチは「ミャンマー国軍は殺害や性的暴行、その他の人道に対する罪を働きながらロヒンギャの村を破壊し、住民を脱出に追い込んでいる」と非難。「関係各国は迫害を終わらせるよう強く求めるべきだ」と訴えた。【10月17日 時事】 
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****治安部隊が数百人のロヒンギャ殺害か アムネスティ報告****
ミャンマー西部ラカイン州から逃れた50万人を超すイスラム教徒ロヒンギャが難民になっている問題で、国際人権NGO「アムネスティ・インターナショナル」は18日、難民への聞き取り調査から、ミャンマー政府の治安部隊が数百人ものロヒンギャを殺したとする報告を発表した。国際社会に同国への武器禁輸などを求めている。
 
アムネスティは、バングラデシュに逃れた120人以上のロヒンギャの証言や衛星写真などを元に被害を検証。住人のほとんどが殺されたとされる村の12歳の少女は、「軍服を着た男たちが逃げる私たちを後ろから撃ち、父と10歳の妹が殺された」と証言。治安部隊によるレイプや焼き打ちの証言も数多くあったという。
 
アムネスティは報告の中で、「国際社会は制裁など行動を取り、軍による犯罪に明確なメッセージを送るべきだ」と主張した。
 
一方、国連児童基金(ユニセフ)は17日、8月以降に難民となったロヒンギャ計58万2千人の約6割が子どもだと発表した。必要額の7%程度の資金しか集まらず、極度に物資が不足しているという。【10月18日 朝日】
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アメリカ 「民族浄化」との認定を検討
こうした状況で、人権問題に関心がなく、ロヒンギャ問題への“腰が重かった”アメリカ・トランプ政権内部にも、ようやく動きが見えます。

****ミャンマー軍に責任=ロヒンギャ問題で米国務長官****
ティラーソン米国務長官は18日、ワシントンで講演し、ミャンマーのイスラム系少数民族ロヒンギャ迫害問題について、「非常に懸念している」と述べ、ミャンマー軍指導部が責任を負っていると強調した。迫害が起きている地域への人道支援団体や国連機関の立ち入りを完全に認めるよう軍当局に求めた。【10月19日 時事】
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“米国は23日、ロヒンギャの住民に対する暴力行為に関わったミャンマー軍の部隊や幹部らに対する軍事支援を停止すると発表した。”【10月24日 AFP】

****民族浄化」と認定検討か=ロヒンギャ迫害で米国務省****
ロイター通信は24日、米政府当局者の話として、ミャンマーのイスラム系少数民族ロヒンギャ迫害問題で、国務省がミャンマー当局による迫害を「民族浄化」と見なすことを検討していると報じた。実現すれば、米国がミャンマーに対して制裁を科す可能性もあるという。
 
「民族浄化」認定を含むミャンマー政策の見直し案が週内にもティラーソン国務長官に提出される見通し。長官が採用するかどうか判断する。【10月25日 時事】
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ただし、“マーフィー国務副次官補(東アジア・太平洋問題担当)は、追加制裁を検討中としながらも、制裁を発動すれば米政府のミャンマーに対する影響力低下につながる可能性があると慎重な姿勢を示した。”【10月25日 ロイター】とも。

悪化する避難先バングラデシュの状況
バングラデシュに避難したロヒンギャは今も増え続けており、60万人を超えたとされ、国連の部門間調整グループ(ISCG)の報告書によると“この1週間だけで1万4000人以上が越境したことが確認された”。【10月23日 AFP】とのことです。

避難先のバングラデシュの状況も悪化しています。

****ロヒンギャへの性暴力増加=国際機関が懸念表明****
国際移住機関(IOM)は27日、声明を出し、ミャンマーから隣国バングラデシュに逃れたイスラム系少数民族ロヒンギャに対する性暴力が増加しているとして、深刻な懸念を表明した。(中略)性暴力の現状は、コックスバザールでロヒンギャ難民の支援に当たる職員らの報告で明らかになった。女性や少女だけでなく、男性や少年も被害に遭っている。(後略)【9月28日 時事】 
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****<バングラデシュ>ロヒンギャ流入、宗教対立の飛び火懸念****
ミャンマーの少数派イスラム教徒「ロヒンギャ」の難民流入が続くバングラデシュ・コックスバザールで、ヒンズー教徒の難民や地元の仏教徒ラカイン族の間にロヒンギャへの警戒感が強まっている。

これまでミャンマー国内で両グループとロヒンギャとの対立が表面化してきたためだが、9月に入り、バングラ側でロヒンギャによるヒンズー教徒殺害事件が発生。宗教対立がバングラ側に飛び火する懸念が現実化しつつある。(中略)

コックスバザールに暮らす少数民族の仏教徒ラカイン族にも不安が広がっている。ミャンマーではラカイン族がロヒンギャと衝突を続けており、「報復」を恐れているためだ。(後略)【10月3日 毎日】
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****<ロヒンギャ>伝染病の懸念高まる・・・・バングラ・難民キャンプ****
ミャンマーの少数派イスラム教徒「ロヒンギャ」の難民が集中するバングラデシュ南東部コックスバザール周辺で、伝染病への懸念が高まっている。国連などによると8月末以降だけで50万人以上が流入し、難民キャンプの衛生状態が悪化しているためだ。現地の医師らは「発生すればすぐに広まる」と危惧している。(後略)【10月4日 毎日】
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こうした状況を受けて、バングラデシュ政府は大規模な難民キャンプ拡張計画を明らかにしています。

****バングラ、ロヒンギャ難民80万人超収容の巨大キャンプ建設へ****
バングラデシュは5日、隣国ミャンマーでの暴力行為から逃れてきたイスラム系少数民族ロヒンギャ80万人以上全員を収容できる世界最大級の難民キャンプを建設する計画を発表した。現在、国境付近の複数のキャンプに収容しているロヒンギャ難民全てを移す方針。(後略)【10月6日 AFP】
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財政的に余裕がないバングラデシュ政府が実行できるためには国際援助が必要となるでしょう。
国際社会は資金援助とともに、一定水準の質を確保するようにバングラデシュ政府に要請することも必要でしょう。

難民のミャンマー帰還に向けた、ミャンマー、バングラデシュ両国の協議も始まってはいます。

****国境に連絡事務所設置へ=ミャンマーとバングラデシュ****
ミャンマーのイスラム系少数民族ロヒンギャがバングラデシュに大量に脱出している問題で、両国政府は24日、国境に連絡事務所を設置することで合意した。
 
ミャンマーのチョー・スエ内相とバングラデシュのカーン内相がネピドーで会談。ミャンマー内務省によれば、ロヒンギャ難民の帰還に向けた身元確認作業について協議したほか、国境警備の強化やテロ対策をめぐり意見を交わした。【10月25日 時事】
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ロヒンギャから更にイスラム全体への嫌悪を拡散させる過激仏教僧
しかし、ミャンマー側のロヒンギャに対する否定的な意識が根強く、国軍が“民族浄化”を先導している状況では、あまり多くを期待できないようにも思えます。

ロヒンギャ差別の国民世論を煽っているのが、民族主義的な仏教僧勢力で、なかでも仏教指導者のウィラトゥ師が中心となっていることはこれまでも取り上げたことがあります。

軍政時代は、その過激言動で収監されていましたが、“民主化”によって釈放され、野に放たれたことが今日の状況をつくっている側面もあります。

ウィラトゥ師と軍情報部との密接な関係もあるようです。刑務所に入っていたときも、軍の情報部からの差し入れがあり、特別待遇だったようです。【10月13日 WSJ“ロヒンギャ排斥を主導するミャンマー仏教僧”より】

“ロヒンギャを除いてもミャンマーの人口の4%程度にとどまるイスラム教徒に対し、ウィラトゥ師はあらためて攻撃対象を広げる兆しを見せている。

「ミャンマーが抱えるのはベンガル人(ロヒンギャを指す表現)の問題だけではない」と同師はパアンの町の聴衆に告げた。「ムスリムという問題がある」”【同上】

ミャンマー国内には、ロヒンギャだけでなくイスラム教徒全体に対する不穏な空気もあります。
ウィラトゥ師等による扇動は、国民を分断する深刻な問題を惹起します。

****イスラム教徒お断り」拡散 民主化進むミャンマー****
仏教徒が9割近くを占めるミャンマーには「イスラム教徒お断り」を掲げる村や地区がある。「イスラム教徒がいるとトラブルが起こる」と住民たちは異教徒の居住を拒否する。英領植民地時代から続く反感は、民主化が進む中で強まる気配すら見せている。

中部のターヤーエー村で7月下旬の夜、ショベルカーが窓の少ない白壁の建物を崩すのを数千人が取り囲んだ。
「壊せ、とみなが口々に叫んでいた」と村に住むミンサンさん(36)は振り返った。

騒動のきっかけは、この村でモスク(イスラム教礼拝所)が建てられている、といううわさが、フェイスブックで拡散されたことだった。(中略)
  
しかし、後日、建物は映像編集用のスタジオだったとわかった。うわさが独り歩きした結果だった。
 
「人々のイスラム教への反感は今に始まったことではない」とユザナ師は言う。地区政府によると、2014年の国勢調査で約26万人が住むチャウパダウン地区に、イスラム教徒は1人もいない。「イスラム教徒は域内で一晩以上過ごせない」との不文律があるという。
 
住民らによると、1998年、地区政府の許可なしにモスクの建設が進められていることが判明。反対運動が起き、住んでいたイスラム教徒は地区を去った。その後、この地域の軍幹部から、「今後はイスラム教徒を住まわせないように」との指示が出たという。
 
この地区で生まれ育ったチョウトンさん(66)は「キリスト教徒やヒンドゥー教徒はいい。でも、イスラム教徒はダメ。彼らの目的は世界のイスラム化だと聞いた。仏教徒と結婚してイスラム教に改宗させている」と話す。
 
少数派のイスラム教徒らでつくる「ビルマ人権ネットワーク」(BHRN)によると、国内の少なくとも21の村が「イスラム教徒お断り」の看板を掲げる。

国内ではイスラム教徒ロヒンギャへの迫害が問題となっているが、BHRNのチョーウィン代表は「ロヒンギャ迫害の問題は歴史や国籍の問題が複雑に絡むが、根底には国民の反イスラム感情がある」とみている。

 ■表現過激、深まる溝
「インドネシアは仏教国だったが、イスラム教徒の国になった。同じことが起きないようにしたいだけだ」。最大都市ヤンゴンで取材した仏教僧のパーマウカ師(54)は口調を強めた。今年5月に解散した急進派仏教徒団体「マバタ」に所属し、週刊紙でイスラム批判を続けてきた。
 
イスラム教徒の多くは19世紀に始まる英領植民地時代以降に英領インドから流入したとされる。上智大の根本敬教授(ビルマ近現代史)は、「独立運動の過程で多数の市民が仏教国であることを強く意識し、『後から来た』イスラム教徒への反感を強めた」とみる。
 
ただ、反イスラム感情はここ数年で強まっている。英字紙ミャンマー・タイムズの元記者ジェオフレイ・ゴダードさんは、「民主化で言論の自由が広がり、過激な表現が宗教間の溝を深めた」とため息をつく。
 
マバタの中心メンバーで反イスラム仏教僧として有名なウィラトゥ師は、軍事政権下で人々を扇動したとして投獄されたが、民政移管後に改革を進めたテインセイン前大統領の恩赦で12年に釈放された。師の運動は広がり、15年には仏教徒女性と異教徒との結婚を規制する法律ができた。
 
マバタは高僧でつくる会議に「正式な団体でない」と宣告され解散したが、ほぼ同じメンバーが「慈善団体」を立ち上げ、週刊紙などの発行を続ける。
 
拍車をかけるのがインターネットだ。ミャンマーでは携帯電話がここ数年で急速に普及、9割の人々が使う。ネット上ではイスラム教徒への中傷が飛び交う。

 ■有効な対策、政府打てず
敏感な問題のため、政府も有効な対策を打てていない。文化宗教省の担当局長は、「イスラム教徒が入れない地区があるとは初めて聞いた。不文律だと政府が指導するのは難しい」と答えた。具体的な質問には、アウンサンスーチー国家顧問の役所である国家顧問省が「適切に処理するはずだ」と繰り返した。(後略)【10月24日 朝日】
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特定宗教を住まわせない不文律が存在するというのも憂慮すべき事態ですが、ウィラトゥ師のような扇動者とインターネットによる情報拡散で分断が深まっているのが現状のようです。
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シリア  ラッカ解放でも続く戦闘・悲劇 

2017-10-24 22:18:26 | 中東情勢

(シリア首都ダマスカスの東方に位置する東グータの病院で、深刻な栄養失調に苦しむ幼児(2017年10月21日撮影)。【10月23日 AFP】 
最初に写真を見たとき、ホラー映画に出てくるような趣味の悪い“つくりもの”の画像かと思いました。あまりにも“幼児”のイメージとかけはなれています。)

政府軍包囲が続く東グータ地区 栄養失調で失われる幼児の命
シリアでは、ISが首都としていたラッカが奪還されましたが、戦いは対IS、ラッカだけでなく、IS、政府軍、反体制派、イスラム過激派、クルド人勢力など多くの勢力が入り乱れ、更にこれを支援するロシア、アメリカ、イラン・ヒズボラ、トルコなども加わって、複雑で広範な戦闘が今も継続しています。

そのひとつが首都ダマスカス近郊に位置する、反体制派が支配する東グータ地区で、政府軍は5年にわたり包囲を続けています。

グータ地区は政府軍のミサイル攻撃などの他、複数回の化学兵器による攻撃も行われたとされ、特に、2013年8月の化学兵器攻撃については、オバマ米大統領が主張していた“レッドライン”を超えたものとして、アメリカの軍事介入が国際的に注目されました。結局、ロシア主導の化学兵器廃棄の線で落ちついたものの、オバマ大統領は自身の発言を実行しない“弱腰”との批判を受けることにもなりました。

その政府軍包囲が続く東グータ地区では、ユニセフによれば、1100人余りの子供が急性栄養失調に陥っているとのことです。そして次々に幼い命をなくしています。

****シリアの封鎖地域で、餓死する子どもたち*****
シリアの東グータで22日、肋骨が浮いて見えるほどやせ細った生後1か月の女児、サハルちゃんが息を引き取った。バッシャール・アサド政権軍に包囲された壊滅状態のこの町では、子ども数百人が飢餓に直面している。

シリアの首都ダマスカスの東方に位置するこの地域は反体制派の支配下にあるが、2013年以降、アサド政権軍が厳重な封鎖体制を敷いており、人道支援団体からの援助はこれまでほんのわずかしか届いていない。
 
内戦6年目に突入したシリアでは今年5月、政権軍と反体制派のそれぞれの支援国の間で交わされた取り決めによって、東グータを含む4か所の「緊張緩和地帯(ディエスカレーション・ゾーン)」が設置された。

しかし依然として、東グータに食料が届くことはめったになく、現地の医療当局者によると、子ども数百人が急性栄養失調に直面している。
 
生後わずか34日のサハルちゃんの両親は21日、東グータの町ハムーリアにある病院に娘を連れて行った。AFPと提携している記者が撮影した画像には、うつろな目を大きく見開き、ほぼ骨と皮だけになった女児が写っていた。
 
女児は泣き声を上げようとするが、体力が足りず大きな声が出せない。そばにいた若い母親からはすすり泣きがもれた。がりがりに痩せた女児のももは、ぶかぶかのおむつから突き出ていた。女児を体重計に乗せて測ってみると、2キロに満たなかった。
 
グータに住む他の数百人の子どもたちと同様に、サハルちゃんも急性栄養失調に陥っていた。母親は栄養不良のため十分な母乳を与えることができず、肉屋でわずかな賃金しか得ていない父親にはミルクや栄養剤を買うことができない。
 
サハルちゃんは22日朝、病院で死亡した。両親は一人娘を埋葬するため、遺体を抱いて近隣の町に向かった。
 
シリア人権監視団によると、グータでは前日の21日にも、別の子どもが栄養失調のため死亡している。「住民らは深刻な食料不足に陥っており、市場に商品が並んだとしても、法外な値段が付けられている」という。

■亡霊のような顔
東グータの病院や診療所の医師らは、栄養不良の子どもを1日に数十人は診察すると話しており、その数は増加の一途をたどっている。
 
グータに複数の医療センターを開設しているトルコのNGO「ソーシャル・デベロップメント・インターナショナル」の現地医療業務長を務めるアブ・ヤフヤ医師によると、同団体の施設がこの数か月間で診察した子どもの数は9700人に上る。

「このうち80人は重度の急性栄養失調、200人は中程度の急性栄養失調にかかっており、約4000人に栄養欠乏症状がみられた」という。
 
国連の統計によると、シリアの封鎖地域で暮らす人々は約40万人に上っており、その大半は東グータに集中している。
 
アサド政権を支援するロシア、イランの両国と、反体制派を支援するトルコの後押しを受けて緊張緩和地帯に関する取り決めが合意されたものの、同地域では依然として非常に限られた支援しか受けることができない。

アブ・ヤフヤ医師は、この地域には子どもたちが必要とする糖分やたんぱく源、ビタミン源となる基本的な食料が届いていないと話している。【10月23日 AFP】
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****シリア封鎖地域、子供1100人超が栄養失調 ユニセフ****
国連児童基金(ユニセフ、UNICEF)は23日、シリアの首都ダマスカス近郊に位置する反体制派掌握地域で、政府軍の包囲が続く東グータ地区で、1100人余りの子供が急性栄養失調に陥っていることを明らかにした。
 
AFPの取材に応じたユニセフのモニカ・アワド広報担当官は、過去3か月間に行われた調査により、1114人の子供がさまざまな栄養不良状態にあることが判明したと説明。うち232人が、危険度が最も高く、救命のための緊急治療が必要とされる「重度急性栄養失調」だった。
 
残る882人は中程度の栄養失調状態で、さらに1500人の子供が栄養失調の危険にさらされているという。アワド氏はまた、ここ1か月間で生後34日の女児と生後45日の男児の乳児2人が母乳不足により死亡したとも伝えた。(後略)【10月24日 AFP】
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東グータ地区については、記事にもあるように、今年5月、アサド政権を支援するロシア、イランの両国と、反体制派を支援するトルコの後押しを受けて緊張緩和地帯に関する取り決めが合意されています。

更に7月には停戦合意も成立しています。

****シリアの東グータで停戦、首都近郊に残る反政府勢力の拠点の一つ****
シリア政府は22日、同国首都ダマスカス近郊に残る反政府勢力の拠点の一つ、東グータでの停戦を宣言した。これに先立ち、シリア政府を支援するロシア政府と反体制派が、政府側が包囲していた東グータに安全地帯を設置することで合意していた。
 
シリアでは過去6年間に及ぶ内戦で、これまで多くの町や村が戦闘により破壊されており、ダマスカス近郊の東グータは、同国のバッシャール・アサド政権と戦う反体制派が掌握する最後の砦のうちの一つ。シリア政府への抗議行動として2011年3月に始まった同国の内戦ではこれまでに33万人以上が死亡している。
 
東グータは今年5月、シリア政府側を支援するイランとロシア、そして反体制派を支援するトルコが「緊張緩和地帯(ディエスカレーション・ゾーン)」を設置する対象として指定された4地域のうちの1つ。

しかし緊張緩和地帯の治安維持について意見が一致していないことから合意はまだ完全に履行されておらず、東グータは停戦合意に達した2つ目の地域となった。
 
国営シリア・アラブ通信(SANA)は政府軍の声明として「ダマスカス県東グータの一部地域で22日正午(日本時間同日午後6時)より停戦が実施される」と報道した。また声明では「(停戦)違反があった場合は軍が適切に報復する」と警告したが、東グータのどの地域が含まれるかについては言及しなかった。
 
この数時間前、ロシアはエジプト首都カイロで行われたシリアの「穏健な」反体制派と和平協議を行い、東グータの緊張緩和地帯をどのように機能させるかについて話し合ったと明らかにしていた。
 
ロシアは自国と反体制派が「緊張緩和地帯の境界線および兵力の配置場所と停戦監視部隊について」合意に署名したと述べ、また「人道支援物資の運搬や住民の自由な移動のためのルート」についても合意したと付け加えた。ロシアは「数日中にも」同地域で人道支援物資の運搬と負傷者の避難を開始するとしている。
 
しかし、カイロでロシアと停戦合意に署名したと主張する反体制派組織はおらず、反体制派の中でも影響力の強い組織の1つはロシアとの和平協議に関与していないと主張している。
 
5月に緊張緩和地帯に指定された4地域のうち、停戦合意に達していない残りの2つは反体制派が掌握するイドリブ県と中部ホムス県北部地域。この4地域には合計で250万人以上の住民が暮らしているとみられている。【7月23日 AFP】
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停戦合意し、ロシアは反体制派と「人道支援物資の運搬や住民の自由な移動のためのルート」についても合意したとしてはいますが、現実に餓死が進行する状況が続いています。

政府軍は、食糧封鎖継続は停戦順守には反しないという認識でしょうか。反体制派はこの現状をどのように認識しているのでしょうか。

戦争に犠牲者は不可避・・・とは言え、民間人を餓死に追い込むような封鎖状態は許容できません。
政府軍、反体制派双方が事態改善に向けた早急な対応をとることが求められます。

ラッカ解放 “人間の盾”、有志連合の空爆、IS処刑による多大な犠牲者も
冒頭にも触れたように、ラッカは20日、クルド人勢力によって“解放”が正式に発表されています。

****<シリア>ラッカ解放 シリア民主軍が正式発表****
過激派組織「イスラム国」(IS)が「首都」と称したシリア北部ラッカの奪還作戦で、米軍などの支援を受けるクルド人主体の民兵組織「シリア民主軍」(SDF)は20日、ラッカ解放を正式に発表した。
 
SDFはIS戦闘員が立てこもっていた市内のスタジアムを制圧した17日に事実上の奪還を宣言していたが、その後も残存勢力の掃討を続けていた。ISが2014年から実効支配してきた拠点は、これで3年ぶりに完全に解放される。
 
一方、ラッカを脱出したIS幹部らは東部デリゾールなどに逃亡しており、米軍などによる掃討作戦は今後も続く。【10月20日 毎日】
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ラッカでも、住民は“人間の盾”とされるなど、悲惨な経験をしています。

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・・・・ISは住民を「人間の盾」に抵抗。住民は食料が尽きると木の葉を食べ、止まった上水道の代わりに濁った井戸水を飲んだ。ライラさんは約2週間前、未明に家族と一緒に脱出を図った。監視役の狙撃手が銃撃してきたが、ユーフラテス川を渡って逃げ延びた。【10月19日 朝日】
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しかし、生き延びることができた者は、まだ“幸運”に恵まれていた・・・とも言えます。

****シリア市民犠牲1300人=有志連合のラッカ空爆―監視団体****
過激派組織「イスラム国」(IS)が首都と称するシリア北部ラッカの解放作戦で、在英ジャーナリストらでつくる監視団体「エアウォーズ」は19日、米軍を主力とする有志連合の空爆で少なくとも民間人1300人が犠牲になったとの推計を発表した。ISに殺害された民間人を含めると、犠牲者はさらに増えるとみられる。
 
同じく在英のシリア人権ネットワークは民間人1800人以上が空爆やISとの戦闘に巻き込まれて死亡したと推計。シリア人権監視団は死者数が計1100人以上に上ると発表した。同監視団によれば、ラッカでは市街地の8割がほぼ完全に破壊され、居住が不可能な状態という。
 
死亡した民間人の多くは有志連合が空爆した建物内にいたり、安全な地域に逃げようとした際にISに銃撃されたりした。親族の遺体を収容しようとして戦闘に巻き込まれた例もある。【10月21日 時事】 
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****IS、シリア政府の協力者とみなした民間人116人を「処刑****
シリア中部カルヤタインで今月、イスラム過激派組織「イスラム国(IS)」がシリア政府部隊に同地を奪還される前に、体制側と協力関係にあると疑われた116人を殺害していたことが分かった。英国に拠点を置くNGO「シリア人権監視団」が23日、発表した。
 
同監視団のラミ・アブドル・ラフマン代表は、「ISは20日間のうちに、政府軍と協力関係にあったとみなした民間人116人を報復として処刑した」と述べた。【10月23日 AFP】
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【“IS後”の勢力争いは政府軍を軸に展開 焦点はクルド人勢力の扱い
何とも言いようのない悲惨な状況ですが、これも冒頭で触れたようにラッカ解放で戦いが終わるものでもありません。“IS後”の勢力争いという“第2ステージ”に入るだけです。

****IS崩壊でシリア分裂いっそう鮮明化も 和平協議の行方混沌****
シリア北部ラッカの陥落により、イスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」(IS)は事実上、崩壊した。今後は内戦後のシリア統治の将来像をどう描くかが国際社会にとっての急務となる。

しかし、米露やトルコ、イランなど、シリア各地で個別に戦闘に関与してきた国々が合意できるかは不透明で、それぞれの国益を背景に駆け引きが活発化するものとみられる。
 
ラッカの市街をISから奪還したのは、米国の支援を受けたシリア民主軍(SDF)だ。国内少数派クルド人とアラブ人の混成部隊で、市街に進入して約4カ月の戦闘でISをほぼ排除した。(中略)
 
ロイター通信によると、SDFはラッカの統治を自らの政治部門主導で設置された「市民評議会」に委ねる方針だ。戦後の影響力を確保する狙いがあるが、SDFは、隣国トルコの非合法クルド人組織の実質的な傘下勢力が中枢を担っていることから、同国が反発を強めるのは必至だ。
 
一方、東部デリゾールでは、政権軍とそれを支援するロシアがISを追い詰めつつある。イランの影響下にあるレバノンのシーア派民兵組織ヒズボラも掃討に加わっているとみられる。これらがアサド政権維持を目指しているのは明白だ。
 
昨年末に反体制派から奪還した北部の最大都市アレッポでは、「ロシア軍とシーア派民兵が治安維持に当たっている」(外交筋)との見方もある。ロシアとイランは、内戦後の影響力確保に向けて着々と布石を打っているようだ。
 
今後は、アサド政権側と反体制派の和平協議の行方が焦点となる。しかし、その舞台は、国連が関与するジュネーブでの協議と、ロシアやトルコ、イランが主導するカザフスタン・アスタナでの協議に割れており、すぐに結論が出る見通しは低い。

和平協議が停滞する中、各勢力がISや反体制派から奪還した都市での支配を強め、シリアの分裂がいっそう鮮明になる可能性さえありそうだ。【10月18日 産経】
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****焦土のラッカ、混迷のシリア アサド政権・IS・反体制派、続く内戦****
(中略)
 ■カギは2地域、米の関与焦点
アサド政権は2015年春、要衝の北西部イドリブ県を反体制派に奪われ、劣勢に追い込まれた。だが同9月、後ろ盾のロシアが軍事介入に踏み切り、息を吹き返した。

ロシアは反体制派やISへの大規模空爆を続け、形勢は逆転。政権は昨年末、内戦勃発以来の反体制派の最重要拠点だった北部アレッポを制圧し、軍事的優位を盤石にした。
 
内戦の行方は、2地域が鍵を握っている。
一つは、IS支配地域が残る油田地帯の東部デリゾール県だ。

アサド政権軍は同地のIS拠点掃討を進めてきた。ラッカを制圧したクルド人勢力も南進しており、両者は今後、衝突する可能性がある。
 
もう一つはイドリブ県だ。同県では過激派組織「シャーム解放委員会」(旧ヌスラ戦線)が反体制派を放逐し、ほとんどを支配する。

このため、政権側のロシア、イラン、反体制派側のトルコが「呉越同舟」で旧ヌスラ戦線を牽制(けんせい)することを決めた。

注目は米国の関与だ。米国は対IS掃討を理由にクルド人勢力を支援してきた。米国が支援を続け、デリゾール県でアサド政権軍と衝突すれば、米ロ関係の悪化は必至だ。
 
一方、米国がクルド人勢力への支援をやめれば、同勢力の支配地域はアサド政権軍に奪還される可能性もある。

アサド政権に対しては、ロシアだけでなく、トランプ米政権が敵視するイランも支援する。政権の支配地域拡大はイランの影響力拡大につながり、米国は看過できない。米国は苦しい立場に置かれている。【10月19日 朝日】
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東部デリゾールに撤退したIS、冒頭の東グータの反体制派、イドリブのイスラム過激派などは、この先政府軍を軸にした展開のなかで次第に駆逐されるされるのではないでしょうか。

そうした現実を追認する形で、国際的な和平協議もアサド政権存続を軸に進むのでしょう。

残る大きな問題は、イラク同様、政府軍に次ぐ勢力となったクルド人勢力の支配地域をアサド政権がどこまで認めるか・・・という問題です。

すでに十分すぎる犠牲を払っているシリアですが、もうしばらくは混乱が続きそうです。
コメント

パキスタン  軍とテロ組織の切れない関係 軍によるテロ組織「政党化」の小芝居

2017-10-23 22:16:40 | アフガン・パキスタン

(テロ組織「ラシュカレ・トイバ」の政党MMLの選挙カーには国際テロリストに指定されている候補者の顔写真が【10月24日号 Newsweek日本語版】)

今も変わらない、建国以来のテロ組織との関係
アフガニスタンのタリバンや、カシミールなどで対インドテロを行うラシュカレ・トイバに代表されるように、パキスタンが多くのテロ組織に居場所を提供しており、更に、それらの多くと軍中枢の軍統合情報局(ISI)が密接な関係を有していることは周知のところです。

下記は、対インド戦略でテロ組織を利用してきたという、パキスタンとテロ組織の建国以来のつながりを論じた2010年の古い記事です。

問題は、7年以上が経過した現在も、(その後のISの出現に伴う、テロ組織をめぐる国際状況は変化しているものの)下記記事のほとんどがそのまま“パキスタンの現状”としてあてはまることです。

****パキスタンはテロリストの「デパート****
ニューヨークの車爆弾テロ未遂事件の背後にあると名指しされたパキスタンは、なぜテロリストを輩出し続けるのか
 
(中略)イギリス政府は、過去10年で暴いたテロ計画の70%がパキスタンにつながっていると見積もっている。イスラム世界でジハードへの支持が低下しているにも関わらず、パキスタンは今もテロリストの温床になっている。

エジプトからヨルダン、マレーシアやインドネシアまで、イスラム過激派組織は軍事面で弱体化していており、政治面での支持も大分失っている。

ではなぜパキスタンでは違うのか? 答えは簡単。建国の時からパキスタン政府はジハード集団を支援し、盛んに活動できる環境を作ってきたからだ。近年ではその方向性も一部変わってきているが、腐敗の根は深い。

建国まで遡るテロ組織との関係
協力を求めて「買い物」に出かけるテロリスト志望者にとって、パキスタンはスーパーマーケットのような存在だ。

ジャイシェ・ムハマド(ムハマドの軍隊)、ラシュカレ・トイバ、アルカイダ、ハッカニ・ネットワーク、パキスタン・タリバン運動(TTP)など、ジハード組織は枚挙に暇がない。

カシミール地方の分離独立を目指すイスラム教過激派組織ラシュカレ・トイバのような主要グループは、偽装団体を隠れ蓑にしてパキスタン全土で堂々と活動している。そしてどの組織も、資金や武器の調達には苦労していないようだ。

パキスタン人の学者で政治家のフセイン・ハッカニは名著『パキスタン――モスクと軍の間で』の中で、パキスタン政府と聖戦士の関係はイスラム国家としての建国まで遡ること、それは国内の支持を得て長年のライバル国インドを弱体化させるためにジハードを利用するという歴代政権の決定にも関係していることを書いている。

ハッカニは、軍高官がテロリストと「自由を求める戦士」を区別していることに触れ、問題は体系的なものだと説明する。

「この二元性は......歴史と、政府の一貫した方針に根ざす構造的な問題だ。ある政権の方針による偶然の結果ではない」。(中略)

ここ数カ月、パキスタン政府と軍は国内のテロリストに対してかつてないほど強硬な姿勢を取っており、軍も甚大な被害を出している。

それでも、「テロリストを区別する」という軍幹部の不可解な態度は変わらない。
パキスタン国民を脅かし、攻撃するテロリストに対しては激しい怒りを見せる。一方でアフガニスタン人やインド人、西洋人を脅かし、攻撃しするテロリストの多くは放置されている。

彼らの「買い物」に理想的な国
(中略)アフガニスタン事情に詳しいパキスタン人ジャーナリストのアハメド・ラシッドは最近、パキスタンはアフガニスタンのイスラム原理主義勢力タリバンに対して影響力を持ち続けていると報じた。

ただしその影響力をもって、タリバンとアフガニスタン政府の和平を仲介するのではなく、アフガニスタン政府に自分たちの言うことを聞かせようとしているという。
 
パキスタンが国益について総合的な見方(自国の安全保障にとって重要なのはアフガニスタンやインド相手の戦略的駆け引きではなく、経済発展だと考えること)をしない限り、テロリストたちはパキスタンを「買い物」に行くのに理想的な場所だと考え続けるだろう。
 
過去40年にわたり、イスラム主義によるテロのほとんどは2つの国とつながりがあった。サウジアラビアとパキスタンだ。

両国ともイデオロギー的なイスラム国家として建国された。何年もの間、政府が正当性を手にするため宗教的イデオロギーを強化したため、両国とも原理主義やジハードの温床になった。

おそらくサウジアラビアでは、分別ある絶対君主アブドラ国王の統治により、その流れは徐々に変わりつつある。それに比べて、パキスタンがジハードの過去を克服するのは容易ではない。【2010年5月10日 Newsweek】
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テロリストとの決別を迫るアメリカ
こうしたパキスタンとテロ組織につながりについて、アフガニスタンでタリバンと戦うアメリカは常々パキスタンに是正を求めたり、苛立ちを示したりしてきましたが、大きな変化がなかったことは、7年前の記事が今も通用することでわかります。

そうした経緯もあって、トランプ大統領は8月21日に示したアフガニスタンでの新戦略に関する演説で、「これまでの対応を変える」「アフガニスタンでアメリカと協力して多くを得るか、テロリストを保護し続けて多くを失うかだ」と、パキスタンに“テロリスト保護”をやめるように強く迫り、同時に、パキスタンの宿敵インドとの関係を重視する形でパキスタンを牽制しています。

もちろんパキスタン政府は「これまでテロリストを保護してきたが、今後はやめる」・・・なんてことは言いません。
それに、重要なのはパキスタン政府ではなく、実権を有する軍・ISIの意向でしょう。

****テロリスト保護批判に反発=米要求「受け入れず」―パキスタン首相****
AFP通信によると、パキスタンのアバシ首相は12日の記者会見で、テロリストの保護をやめなければ「同盟国」としての関係を改めると警告したトランプ米大統領の演説について「われわれはいかなる要求も受け入れない」と反発した。
 
パキスタンの対アフガニスタン国境地帯には、アフガンの反政府勢力タリバンの拠点があるとされる。トランプ大統領は8月21日の演説で、パキスタンに対し、タリバンへの影響力を行使するよう要求した。
 
一方で、アバシ首相は「米国との70年にわたる関係は、一つの問題によって再定義することもできないし、すべきでもない」とも強調。対アフガン国境地帯の警備強化やアフガンとの関係改善に取り組む考えも表明した。【9月13日 時事】 
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アメリカ側は、マティス米国防長官が今月3日、パキスタンに改めて対応変更を迫る発言を行っています。

****米、パキスタンに最後通告=アフガン問題で「もう一度協力****
マティス米国防長官は3日、上下両院でそれぞれ開かれた軍事委員会の公聴会で、トランプ政権が示したアフガニスタン新戦略に関し、「もう一度パキスタンの協力を得るよう試みるが、失敗に終われば大統領が必要なあらゆる措置を取る」と証言し、アフガンの和平実現に向けて協力するようパキスタンに事実上の最後通告を突き付けた。
 
パキスタンはアフガンの反政府勢力タリバンの幹部を国内にかくまい、越境テロを支援しているとされる。トランプ大統領は8月、「パキスタンへの対応を変える」と明言し、アフガン和平に非協力的な姿勢を続ければ支援を停止する可能性も示唆していた。
 
マティス長官はアフガン安定化には周辺諸国の協力が必要だと強調。パキスタンが果たすべき役割は大きいとしつつも、「パキスタンと新しい関係を築くに当たっては、適度に断固とした姿勢で臨む」と語り、「北大西洋条約機構(NATO)非加盟の主要同盟国」待遇の取り消しも視野に入れていると認めた。【10月4日 時事】 
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ISIによるテロ組織「政党化」の小芝居
アメリカとの関係がギクシャクするなかで、中国との関係が強化されている・・・ということはありますが、パキスタンにとってアメリカとの関係はやはり重要です。

****誘拐の米国人ら5年ぶり救出=米大統領、パキスタンを評価****
パキスタン軍は12日、2012年にアフガニスタンでテロリストに誘拐された米国人とカナダ人を5年ぶりに無事救出したと発表した。米国の情報機関と共同で救出作戦に当たったという。
 
トランプ米政権は、パキスタンがアフガンの反政府勢力タリバン幹部を国内にかくまい、アフガンへの越境テロを支援していると批判してきた。トランプ大統領は声明で「パキスタンとの関係において前向きな瞬間だ」と共同作戦を評価した。
 
救出されたのは米国人女性とカナダ人男性の夫妻と子供3人。パキスタン紙エクスプレス・トリビューンによれば、夫妻はアフガンを旅行中に誘拐された。米国務省によると、誘拐したのはタリバン内の強硬派「ハッカニ・ネットワーク」。子供3人は誘拐中に生まれた。
 
パキスタン軍は声明で「米情報機関が一家の消息を追っていた」と説明。この情報を基に「パキスタンの軍と情報機関が実施した作戦」により一家を救出したと述べた。【10月13日 時事】 
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アメリカをなだめるためには、テロ組織に対するある程度の対応を示す必要もあるのでしょう。

そうしたアメリカへの配慮もあってか、最近パキスタン軍の中枢ISIが「テロ組織の無害化」に取り組んでいるとか。
ラシュカレ・トイバなどのテロ組織に合法的政党を作らせる・・・・という方策ですが、どこまで効果があるかには疑問も。

****過激派「政界入り」戦略の欺瞞****
パキスタン 長年テロ組織を利用してきた軍部が仕掛けたテロリストの「無害化」は裏目に出かねない

パキスタンのイスラム過激派組織ラシュカレ・トイバの指導者ハフィズ・ムハマド・サイードは、どうやら「宗旨替え」したようだ。
 
08年にインド・ムンバイで起きた同時多発テロの首謀者とみられるサイードは、これまで民主主義を敵視していた。その彼が今や新たに誕生した政党「ミリ・イスラム教徒連盟(MML)」の顔となり、9月中旬に実施された下院補欠選挙では自宅軟禁の身ながら同党が推す候補者の応援に大いに貢献した。
 
選挙管理委員会はMMLの政党登録を認めていないが、補欠選が行われたパキスタン第2の都市ラホールでは、MMLのスタッフが堂々と選挙活動を展開。サイードの写真入りポスターが街中に貼られた。MMLの推す候補者ヤクーブ・シェイクは、12年に米財務省が国際テロリストに指定した人物だ。
 
ナワズ・シヤリフ前首相が資産隠し問題で議員資格を剥奪されたために実施された今回の補欠選で、MMLは非公式とはいえ5%の票を獲得した。
 
それにしても、テロ組織がなぜ政党を結成したのか。しかも政党登録を認められていないのに、なぜ堂々と選挙活動を展開できたのか。答えは1つ。軍の後ろ盾があるからだ。
 
パキスタンの情報機関・軍統合情報局(ISI)は、今年に入って複数の「非合法組織」と交渉を進めてきたと、パキスタン平和研究所のムハマド・アミール・ラナは話す。これらの交渉は過激派組織の「体制内取り込み」戦略の一環だという。
 
実際、北アイルランドのIRA(アイルランド共和軍)のように、政治参加に道を開くことでテロ組織の武装解除に成功した例はある。
 
だがこのやり方が成功するには、政府がテロ組織に対してムチ(軍事的な攻撃)を振るう一方で、アメ(政治的な影響力)を提供しなければならない。

今のパキスタン政府は、そのどちらにも及び腰だ。そのため、過激派の取り込み戦略は治安回復につながるどころか、むしろ逆効果になる公算が大きい。

ISIが打った小芝居
では、なぜ軍は政党結成を支援したのか。
 
国際的な基準に照らせば、パキスタン軍は規模、装備とも強力な軍隊だが、隣国インドの軍事力には到底太刀打ちできない。そこでパキスタン軍は姑息な手段でインドに対抗してきた。
 
パキスタン政府は米トランプ政権の意向を気にして今年1月、サイードを期限付きの自宅軟禁にした。しかし、ラシュカレ・トイバ傘下の慈善団体ジヤマートダワは公然と活動を続けている。軍のお墨付きがあるからだ。
 
ラシュカレ・トイバはパキスタン国内では攻撃を控えている。彼らの役割は軍に代わって、領土問題でもめているカシミール地方などでインドヘのテロ攻撃を行うこと。

08年のムンバイでのテロに関与して逮捕されたパキスタン系アメリカ人デービッド・ヘッドリーーは、ISIが「財政、車事、士気面で」テロ計画を支援したと証言している。
 
一方、慈善団体のジヤマートダワは軍の支援を受けて、国際NGOなどが活動できない国内の治安の悪い地域で貧困層の救済活動などを展開。幅広い層に支持されている。
 
ジヤマー・トダワヘの支持は、そのままラシュカレ・トイバヘの支持につながる。ピュー・リサーチセンターの15年の調べでは、ラシュカレ・トイバに批判的なパキスタン人は36%にすぎなかった。
 
ではなぜ今、軍はラシュカレートイバを「合法的な組織」に仕立てようとしているのか。政党結成の背後には、国際的な圧力をかわしたいという思惑が透けて見える。
 
トランプ政権はISIの庇護の下でテロリストがパキスタンに潜伏しているとの分析に基づき、今年7月、パキスタンヘの軍事援助の減額に踏み切った。
 
9月初めに開催された新興5力国BRICS首脳会議の声明でも、地域の安定に対する脅威としてラシュカレ・トイバが初めて名指しで非難された。

パキスタン政府もこれに同調したが、テロ対策でも外交政策でも軍が頼りとあっては、取り締まりを強化するわけにはいかない。
 
とはいえ、外交上の孤立は軍にとっても好ましい状況ではない。そこで、ラシュカレ・トイバを「政治的に無害化」する小芝居を打つたというわけだ。
 
この小芝居は思わぬ戦略的な実りをもたらしたようだ。軍はインドとの対話を目指すシャリフ前首相を目の敵にしていた。

ラホールでの補欠選ではパキスタン・イスラム教徒連盟シャリ派(PML-N)の候補が勝利したが、13年の総選挙と比べると2位との差は縮まった。MMLの候補者擁立で宗教的右派の票が割れたからだ。

ムンバイ攻撃の訓練も
パキスタン内務省はMMLを政党として認めていないが、いずれは軍の圧力に屈するだろう。そうなればMMLはかなりの支持を集めそうだ。

ジャマートダワは全土で慈善活動を行っている。約200校の学校を運営し、災害が起きれば支援に駆け付け、ヒンドゥー教徒やイスラム教シーア派などマイノリティーにも手を差し伸べている。
 
もちろん、それは表向きの姿にすぎない。ジヤマートダワは多額の寄付を受けて、ラホール郊外の広大な敷地に本部を構えている。

報道によれば、敷地内にある湖でラシュカレ・トイバが海と陸からムンバイを攻撃するための訓練を行っているという。

来年の総選挙でMMLが国政進出を果たせば、政治資金の一部がテロ計画に回されることは火を見るよりも明らかだ。
 
パキスタン軍の戦略は別の形でも裏目に出そうだ。ラシュカレ・トイバにインドを攻撃させるのは、パキスタンの軍と政府は関与していないと見せ掛けるためだ。しかしサイードの組織を体制に取り込めば、そんな言い逃れは通用しなくなる。
 
01年にラシュカレ・トイバがインドの国会を襲撃した後、インド、パキスタン間の緊張は一気に高まった。印パ両軍が国境地帯で対峙し、「あわや核戦争か」という事態となった。
 
パキスタン政府は当時、国会襲撃は過激派の仕業だと主張し、取り締まりを強化すると約束して全面戦争を回避した。これは当時でさえ苦しい言い逃れだったが、もうこの手は使えない。【10月24日号 Newsweek日本語版】
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政党登録を認められていないのに堂々と選挙活動を展開できる・・・というのも滅茶苦茶ですが、軍の力が政府や法律等を超越するパキスタンの実情なのでしょう。

そういう国が多くの核兵器を保有して、インドと激しく対立しているというのも怖い話です。パキスタンやイスラエルの核が容認される一方で、イランや北朝鮮の核が否定されるというのは、当事国としては理不尽なことでしょう。

いずれにしても、アフガニスタン人やインド人、西洋人を脅かし、攻撃しするテロリストは「自由を求める戦士」であり、糾弾すべきテロリストとではない・・・という発想と軍、そして国民世論が決別し、慈善活動を行う組織であってもテロ組織は容認できないという立場に立たない限り、何より軍・ISIがそうした組織との関係を絶たない限り、このような“小芝居”ではアフガニスタンの状況も、周辺国のテロの脅威も軽減しないように思われます。
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選挙ではなく抽選で 民主主義のもう一つのモデル「くじ引き民主主義」

2017-10-22 22:12:40 | 世相

(18世紀フランスの哲学者モンテスキュー【ウィキペディア】 著書「法の精神」で「籤による投票は民主制の性質をもち、選択による投票は貴族制の性質をもつ。」と述べているとか。
PTAや自治会役員選びの苦肉の策として多用されている“くじ引き”ですが・・・・。本来、役員・議員などは“厄介な仕事” それに自ら手をあげる人間には何か“下心”みたいなものもあるのかも)

【「選ぶという行為の空洞化」を埋める「くじ引き民主主義」】
総選挙の開票が始まり、出口調査などによれば、ほぼ予想されたような数字が出ているようです。

選挙による民意に基づく民主主義・・・・とは言うものの、昨今の欧米の選挙結果を見ると、極右と評されるような過激な勢力が台頭したり、ポピュリズムとも評されるような、現実を単純化した大衆受けするようなスローガンに扇動されたような結果になったり、あるいは、既得権益・利権に関わる政治情勢の改革は一向に進まず・・・・と、首をかしげるような結果も多々あります。

国民・有権者の選択だ・・・と言えばそうなんですが、そもそも“民主主義”とはいかなる制度なのか?という疑問を感じることも。

半数近い有権者は投票も行わず、投票した者も“すぐれた見識・能力”の代理人を選び、あとは任せる、「政治は難しくてよくわからないから」「政治には興味ない」と。

政治のプロである候補者たちが本当に“すぐれた見識・能力”を有するのかもよくわかりませんし、有能ではあっても民意に沿った政治を行ってくれるのかも定かではありません。そもそも、小選挙区などは、選択肢が数人に限定されており、思いを託したい候補がいないことも。

“だったら自分で選挙に出ればいいじゃないか”とも言われそうですが、現状で選挙に打って出るほどの酔狂でもありませんし、他の有権者の声を代弁できるといううぬぼれもありません。

そのあたりは多くの人が同じ思いでしょうが、そうした人々も裁判員制度のように「あなたに決まりました。やってください」と言われれば、なんだかんだ言いつつも、それなりに対応するのかも。

そういうこもあって、「くじ引き民主主義」という言葉には興味を惹かれるものがありました。

****くじ引き民主主義の導入を」 提言した政治学者に聞*****
議員とは何か。そんな再考を促す異色の提言が、論壇で政治学者から投げかけられた。吉田徹・北海道大学教授(比較政治)による「くじ引き民主主義」の勧めだ。足元で進む「選挙の空洞化」を直視し、歴史に手がかりを探っている。衆院選を前に話を聞いた。
 
吉田さんは今年8月、ウェブマガジンのαシノドスに「形骸化する地方自治――『くじ引き民主主義』を導入せよ!」を寄稿した。
 
選挙ではなく、くじ引きで自分たちの代表を決める仕組み。それを導入することで私たちは民主主義を強化できる、と吉田さんは訴えた。

古代ギリシャなど近代以前の民主政治では、実はくじ引きが普通に用いられていたのだ、とも。「地域の名士だけでなく、専業主婦だったおばあちゃん、子育てするお母さん、非正規のフリーターが集まる議会を想像してみよう」と論考に書いた。
 
引き金は地方選挙の「形骸化」だった。2015年に行われた統一地方選挙では、町村議選での無投票当選者の割合が21%に増えた。投票の洗礼を受けずに議員になる例が常態化しつつあるのだ。また、議員のなり手不足に苦しむ高知県大川村は今年、議会を廃止して代わりに有権者が直接審議する「町村総会」の設置を検討し始め、全国に衝撃を与えた(後に作業を中断)。
 
いま地方選挙の現場で目撃されているのは「選ぶという行為の空洞化」だと、吉田さんは話す。「選択肢がない状態では、選ぶという行為は意味を失う」
 
しかし、職業政治家だけでなく多様な人々が集う議会とは本当に良いものなのか。代表制民主主義の「代表」をどうとらえるかによるというのが吉田さんの考えだ。

代表とは何か。
いま標準的なのは「代表=選良(エリート)」という考え方だという。この場合、議員は人々に範を示す役割も期待される。

だがもう一つ、「代表=代理人」という見方が歴史のかなたにあった。代表には人々と同じ感覚を共有していることが期待され、議会は社会を映す鏡となる。そんな民主制を実現した手段がくじ引きだった。
 
「古代ギリシャでは、議会にかかわる公職や官職を担う人を決める際にくじ引きが採り入れられていた。政治的な意思決定に『社会の縮図』を反映させようとする工夫だ。しかし近代になるとエリート主導の民主制モデルが中心的になり、くじ引き型の民主制モデルは忘れられていった」
 
遠い昔のモデルをなぜ呼び起こすのか。
「エリートに対する人々の信頼が低くなってきたからだ。議員の不倫が重大なスキャンダルと意識される背景にも、議員=選良という発想の強さとエリートへの反感がうかがえる」
 
能力を基準に議員を選ぶことが必ずしも良いとは限らない、とも指摘する。
「政治理論の世界には、能力で人を競わせる選挙より、くじ引きの方が公正だという議論もある。世襲議員の優位が示す通り、能力はその人の環境に左右される。その点、くじ引きは万人を参加可能にし、立法過程を万人に開放する制度だ」
 
くじ引きでは原則、当たったら引き受けねばならない。抵抗もありそうだが、義務化することに意味があると語った。
「民主主義はうっとうしいものでもあり、立派な主権者であり続けることはつらいことでもある。『自分が政治家になったらどうするか』と考える機会を増やすことは、主権者としての当事者意識を涵養(かんよう)する効果を持つだろう。代表制を活性化させる可能性がある」
 
実際に世界では近年、くじ引きの効果を見直す動きが相次いでいるという。
「アイルランドで憲法改正を討議する憲法会議が設置された際は、メンバーの半数以上が市民からのくじ引きで選ばれた。アイスランドでも、抽選で選ばれた市民が新憲法に関する討議に送り込まれている」

■民主主義の形は様々
くじ引き民主主義に現実性はあるのか。
裁判員制度を考えてみては、と吉田さんは言った。「抽選で選ばれた素人の判断が入ることへの懸念が語られたが、今では定着しつつある」
 
では、選挙にも偶然性を導入できるのか。
「市町村議会について言えば、定数の3分の1をくじ引きで選ぶようにする選挙制度改革は、現状でも夢物語ではないと思う」

ただし国政選挙では「衆院や参院は政党政治を前提にしていることもあり、単純にくじ引きを一部に導入すればうまくいくとは思えない」という。
 
「民意をすくい上げる第3の回路としての協議機関を新設し、そこにくじ引きを生かすような手はある。単純な抽選ではなく、世代別に議員数を割り振ったり、主婦や給与所得者といった属性ごとに配分したりしたうえで選ぶ方法も可能だ。どう設計すれば『社会の縮図』に近づくか、国民が議論をする機会にもなる」
 
代表の意味を考えることは目前の衆院選にも無関係ではない、と語った。
「自分より優れた人を選ぶのか、自分と同じような人を選ぶのか。それを考えることは、自分が政治に何を求めているかを知る内省の機会になるだろう」
 
どんなに大きな選挙であれ、それが終わったあとも政治は続く。
「大事なのは、自分たちでいろいろな民主主義をデザインし続けることなのでは」(編集委員・塩倉裕)
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2015年に行われた統一地方選挙では、373町村議選のうち24%にあたる89町村が無投票だった。無投票当選者の割合も21%に上り、07年統一選より約8ポイント増えていた。議員のなり手不足に悩む高知県大川村は今年6月、議会の代わりに有権者が集まって予算などを決める「町村総会」の設置を検討すると発表して、注目を集めた。【10月22日 朝日】
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吉田氏の言う「じ引き民主主義」について、同氏が2015年4月に公表している下記で、もう少し詳しく。

****くじ引き民主主義」を考える*****
去る統一地方選挙では、選挙の結果云々よりも、その前から無投票選挙の多さが注目されていた。千葉県や埼玉県などの首都圏でも無投票選があったから、地方に限った話ではない。道府県議選では選挙区の33.4%、総定数の21.9%が無投票で選出され、これは記録の残る1951年以来の高水準という。
 
地方自治体が果たすべき役割と期待がこれまでになく増す中、その民主主義が空洞化しているというのは、笑うに笑えない状況である。

もっとも、人口流出といった構造的な流れや、議員のリクルートメントやインセンティブをどう育むかなどの制度的問題、各党の選挙戦略などが複雑に絡み、簡単な解決策は見出せそうもない。

ただ、旧来の代議制民主主義が空洞化しつつあるのは、どこの先進諸国でも一緒だ。そこで、ヨーロッパの運動家や政治学者らが注目しているのが、「くじ引き民主主義」だ。
 
なぜ「くじ引き」なのか。古代ギリシャや古代ローマ、あるいはルネッサンス期のイタリアまで、近代以前の民主政治では、統治者の選出にくじ引きが普通に用いられていた。古代ギリシャでは、行政官や裁判官を含む公職の約9割がくじで決まった。

政治学者E.マナンの見立てでは、近代になって選挙を通じた代議制民主主義が採用されたのは、民主化を嫌った貴族層が自らの支配を正当化するための方策だったからだという。

つまり、統治者と被統治者の同一性と平等性を前提にする「くじ引き」民主主義は、失われた民主政治のもうひとつの発展経路だったのである。
 
夢物語をいっているのではない。21世紀に入って、既存の民主主義が機能不全を起こしているとされる中で、再発見されたのは、このもうひとつの民主政治だった。

アイルランドでは2012年に憲法改正内容を討議する「憲法会議」が設置されたが、その構成メンバー100名の過半数を占めたのは議員ではなく、くじ引きで選ばれた有権者66人だった。経済危機で破綻の憂き目にあったアイスランドでも、市民の発案でもって、2010年にくじ引きで選ばれた市民25人が新憲法制定会議に陣取った。
 
その他にも、(西)ドイツやアメリカの自治体では1970年代から、やはり抽選で選ばれた「市民陪審員」が政策形成に携わる制度や、デンマークでは倫理的な問題について討議する「コンセンサス会議」などで「くじ引き」が用いられている。

カナダのブリティッシュ・コロンビア州では、抽選された市民が討議して決めた選挙制度を住民投票にかけるといった試みもあった。また自治体財政の支出の一部を市民自らが決めるといった制度を整えた国もある。

こうした動きを受けて、やはり地方議会での候補者不足に悩むフランスのあるシンクタンクは、地方議会の1割をくじ引きで選ばれた住民に割り当てるべき、と提言している。これらに共通しているのは、行政ではなく、飽くまでも立法のプロセスを一般有権者に開放することにある。
 
日本でも、司法の場では裁判員が抽選で決められている。ならば政治でも同じことができないわけがない。「衆愚政治に陥る」「ポピュリズムになる」といった指摘もあるかもしれない。裁判員制度が決まった時、死刑が増えることになるという指摘と同じだ。

「プロ」に任せておいた結果が無投票選の増加なのだとしたら、もはや選択の余地はない。「能力」ではなく「資格」を条件にして、民主主義の空洞を埋める必要性に迫られている。

もちろん、全ての公職を多忙な市民に委ねることはない。古代アテネでも、軍事や財務に係るポストは専門家に任せられた。

民主政治は単に市民の代表の定期的な選挙だけに還元されるものではなく、独立した司法や専門家委員会や、住民投票といった多種多様な回路が交差して成り立っている。

そのメニューの中に「くじ引き民主主義」があっても、悪くはないだろう。(『北海道自治研究』555号より転載)【2015年04月26日 吉田徹氏 BLOGOS】
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ちょっと面白いですね。

【「国民投票で決断する能力があるなら、国会でも意思決定できるのではないか?」】
下記は、現実に「くじ引き民主主義」導入を求めて活動しているスイスの提案実例。

くじ引きで選ばれたら、週の半分働く50%勤務で、報酬は現議員の活動費の半分が払われます。
任期は4年で、1年間の研修が義務付けられ、研修の間も任期中と同じ報酬が支払われます。
経験の空白が生じないよう、全200議席を一度に決めるのではなく、年に50議席ずつくじを引くというもの。

****直接民主制 くじ引きで国民議員を選んだら****
「くじ引き選挙」。それは突拍子もない提案だろうか。街角の声を聞くと、一考の余地ありと考える人の方が多数派だ。下院議員をくじ引きで決める仕組みの導入を求めるイニシアチブ(国民発議)に向け、準備運動を代表する2人が街ゆく人に意見を聞いた。
 
「週の半分働く50%勤務で年間12万フラン(約1360万円)の収入があれば、(その仕事を)やってみたいですか?」。イニシアチブの準備運動を行うシャーリー・パッシュさんとニコラス・ロカテッリさんがフリブールの中心で配っているポストカードに記された一文だ。パッシュさんは「指名の世代他のサイトへ」運動の責任者で、ロカテッリさんはその同志だ。
 
ポストカードは計画中のイニシアチブ「真の代表たる国民議員(下院議員)」という真剣なテーマについてユーモラスな切り口で説明する。投票の実現に向け、提案をさまざまな角度から解説する。
 
実際、12万フランという額は、スイスの国民議員が経費を含め1年の議員活動の50%で得る収入に相当する。イニシアチブ原案は、この労働条件がくじ引き選挙でも変わらないことを想定する。

参加機会と真の国民代表
(中略)彼らの意見では、今日の国民議会議員は国民を代表しておらず、民主主義が確保すべき政治参加の機会を満たしていない。
 
「平均的な国民議員の人物像は、男性、50歳代、大卒、軍隊で高い地位を持つ人。国民の大部分はこれに該当しないし、少なくとも釣り合いがとれていない。例えば若年層や女性を代表していない」。パッシュさんは2人の20歳前後の女性にこう説明した。

イニシアチブのポイント
イニシアチブ「真の代表たる国民議員」は、議員をランダムに選ぶことを提案する。選ばれた議員の任期は4年間だ。
 
国民議員は該当する選挙区、すなわち各州の選挙人名簿に登録された人全員の中から選ばれ、全200議席はこれまで通り、州の人口に応じて配分される。
 
経験の空白が生じないよう、全200議席を一度に決めるのではなく、年に50議席ずつくじを引く。
 
くじで選ばれた人は誰でも議席を拒否することができる。受諾した人には1年間の研修が義務付けられ、研修の間も任期中と同じ報酬が支払われる。報酬は選挙で選ばれた議員と同等の額とする。
 
スイス国会は今まで通り二院制を維持し、全州議会(上院)の議員は引き続き選挙によって選ぶ。これが同イニシアチブの概要だ。
 
パッシュさんら活動メンバーによると、くじ引き選挙においては全ての国民が平等に政治家になる可能性を持っている。この方法で国民議員を選ぶことで、さまざまなカテゴリーの国民を代表し、社会全体の課題や関心をより忠実に投影できる。
 
特定の政党や利益団体の恩恵で議席を得たわけではないため、議員は自由に意思決定し、公共の福祉に資する解決策を探ることができる。私的な利益関心や関連団体を優遇する必要がないからだ。そうパッシュさんは強調する。(中略)

専門知識に欠ける?
「根本的には賛成します。今日の国会議員は利益団体の意思を反映しすぎています。問題だと思います」と若い男性は話した。「しかし、一定の知識が必要だと思うのです。専門知識が豊富で、複雑なテーマについても意思決定できなければなりません。そうした専門知識は皆が備えているわけではありません」
 
パッシュさんは、この仕組みに関してこれまで十分に実証実験が行われたと話す。さらにスイスの国民は直接民主制の仕組みの中で、複雑な課題を巡って決断することに慣れているという。

「国民投票で決断する能力があるなら、国会でも意思決定できるのではないか?最終的には、くじ引きで選ばれた議員は1年の研修を受け、意思決定を下す前に各分野の専門家に助言を求めることができる」と説明した。
 
「もしかしたら…そうですね。しかしそれならば、議員がさまざまな専門家の意見を聞き、そうした専門知識に基づいて意思決定することが保障されるべきです」と男性は答えた。
 
ある若い女性も同じような批判をした。「アイデアとしては面白いと思うけど、夢想的すぎるのでは」。彼女の意見では、イニシアチブが予定する1年の研修は十分ではない。「選挙で選ばれた議員は、例え私の政党や私の意見を代表していないとしても、必要な専門知識を備えています」と話す。

パッシュさんが「本当にそう思いますか?」と問うと、女性はしばらく考えた後、「そうですね…もしかしたらそれは私の夢想かもしれない」と笑った。

長い道のり
「指名の世代」運動が通行人から脈を得たのはこれが初めて。イニシアチブの発議に着手すれば、18カ月以内に10万人分の有効な署名を集めなければならない。

パッシュさんとロカテッリさんはヒアリングの結果に満足している。だが極度に困難な課題を乗り越えなければならないことも認識している。彼らはスイスの直接民主制の歴史において大転換となるイニシアチブを、政党や大組織の支援なしに実現しなければならない。このため彼らは2017年を通じて広報活動を何倍にも増やす予定だ。【5月12日 swissinfo.ch】
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直接民主制の伝統があるスイスの事情もありますが、「国民投票で決断する能力があるなら、国会でも意思決定できるのではないか?」というのは、そうかも。
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