孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

クルド  トルコ国内でクルド人の騒動 クルド問題関係国・組織の思惑

2008-03-26 17:56:44 | 国際情勢
クルド人はトルコ・イラク北部・イラン北部等、中東の各国に広くまたがる形で分布し、独自の国家を持たない世界最大の民族集団と言われています。
人口は2500万~3000万人、そのうち最大の1200万~1500万人がトルコ南東部を中心にトルコ国内に居住しています。

第一次大戦でのオスマン・トルコの敗戦を受けたセーブル条約で、イギリス等の連合国はオスマン・トルコを解体しクルド人国家を認める方針を示したことがあります。
しかし、これを不満するトルコは“建国の父“ケマル・アタチュルクのもと、アルメニア人の独立運動を押さえ、更にギリシャの侵攻を退け、実力でトルコ解体を阻止し、結局改めてローザンヌ条約を連合国と交わすことになります。
この過程で、クルド人の国は幻と消え、現在のようなトルコ・イラク・イランに分割分布するかたちになりました。
そして、現在このクルド人の処遇が中東情勢の重要なポイントになっています。

なお、クルド問題もそうですが、第一次大戦中から上記ケマル・アタチュルクのアルメニア人独立阻止の間で行われたとされる“アルメニア人虐殺”(トルコ側は強く否定)に関する非難決議が昨年10月アメリカ議会下院外交委員会で採択され、これがトルコの態度を硬化させ、その後のトルコによるイラク領内のクルド人武装勢力PKK掃討への越境攻撃強行へ至った経緯もあるように、90年前のこの地域の混乱は未だに尾を引いています。

今月21日はクルドの新年「ネブロス」にあたり、新年を祝う集まりが開催されましたが、翌日以降もクルド人独立国家を目指す武装組織クルド労働者党(PKK)支持を訴えるデモに発展。
これをトルコ治安当局が警棒と催涙ガス・放水で厳しく鎮圧、22日段階で“数十人が負傷、約300人が拘束”、3日目を迎えた23日段階では“死者2名”とも報じられています。

トルコ国内のクルド人と非合法武装組織PKK、イラク国内のクルド自治政府は同一民族として当然つながりがある訳ですが、必ずしもその立場が同じという訳でもないようです。
イラク北部に集中するイラクのクルド人に対し、トルコのクルド人は南東部を中心に各地に分散しています。
そんなトルコ国内のあるクルド人の発言。
「私たちはトルコを通じて西欧を見ているが、イラクのクルド人は中東的な価値観だけ。イラク北部にクルド国家ができても、我々が加わるのは現実的ではない」。
こうした意見はトルコのクルド人社会では一般的だそうです。
ただ、実際に事態が動き、トルコ・イラク内でのクルド人への締め付けが強化されるといったことになれば、このあたりの話はまた別問題でしょう。

トルコは長年、少数民族の存在を公式に認めず、クルド語の使用も禁じてきました。
しかしEUへの加盟を果たすため、02年に人権改善関連法案を可決、クルド語による教育や放送を「解禁」するなど柔軟な姿勢をみせ始めているそうです。
トルコ南東部では現在、低所得者層に格安で譲渡する政府主導の社会・経済改革の一環として、あちこちで高層団地の建設が進んでいるとか。
開発から取り残されてきた同地でクルド人が不満を募らせ、分離独立に走ることを防ぐ狙いがあります。【3月25日 毎日】

固有の文化の圧殺、経済的開発による不満の懐柔、それにもかかわらず続く激しい抵抗・・・クルドだけではありません。
全く同じ構図が先日来のチベット騒乱にも見られます。
中国のチベット政策、騒乱の鎮圧を擁護する訳ではありませんが、海外メディアとの会見で中国当局者が「デモの鎮圧はどこの国でもやっていることだ。」と気色ばんでいたように、社会の異質グループに対する抑圧、騒動の力ずくの押さえ込みは、確かに“どこの国でも”、少なくとも世界中の多くの国々で普通に見られるところです。
ひとり中国だけが“人権無視”の圧政を敷いている訳でもありません。

もちろん、そのことは圧政の正当化にはなりませんし、特に中国のような国連常任理事国として本来世界をリードすべき立場にある国、実際問題としてもスーダン、ミャンマー、北朝鮮など多くの問題国に強い影響力を持っている国としては、他の国々以上に敏感な感覚を持ってもらいたいものですが・・・。

話をクルドに戻します。
上記の【毎日】の報道にPKK幹部のコメントも掲載されています。
対トルコ闘争について「クルド人として生きる権利の獲得が目的」と強調、「トルコからの独立やクルド統一国家樹立は考えていない」と明言。
「クルド人各組織の闘争は(クルド人の)アイデンティティーを守る戦いだ」、「トルコではクルド語を話すことが逮捕理由となり、拷問を受ける理由にもなる」と主張。
 一方、トルコ国内で頻発している爆発テロについては関与を否定、「我々は99年以降、自己防衛の立場を貫いている」と述べたそうです。
一般的な見方(PKKはクルド独立を目指しており、爆弾テロを実行している。)とは随分異なる発言です。

イラク国内のトルコ国境山岳地帯は、クルド自治政府の支配権は形式的なもので、その実態はPKKによる実効支配、PKKと住民との間の一種の「共存関係」とも言われています。
要塞の建設資材や食料の調達などで、PKKはイラク山岳部の村々に大きなカネを落としてきたと報じられています。

一方のイラクのクルド自治政府ですが、背後からのPKK掃討のトルコ軍越境攻撃と併せて、正面にイラク中央政府との関係の問題を抱えています。
イラク中央政府との関係で、当面の大問題はイラク最大の油田キルクークの帰属問題です。

05年に制定されたイラク憲法140条で「2007年12月31日までにキルクーク(及びその他の係争領土)を正常化し、国税調査及び住民投票を実施する」ことが規定されていますが、昨年末、中央政府側から「手続き、準備にあと数カ月が必要」と、年内に予定されていたキルクークの帰属を問う住民投票を半年延長することが提案され、自治政府側もこれを了承しました。

キルクークは従来クルド人とトルクメン人(トルコ系)が住民の多数を占めていましたが、クルド人を弾圧した旧フセイン政権はアラブ人を移住させる「アラブ化政策」を推進しました。
03年のイラク戦争後は、対米協力で“勝ち組”となったクルド自治政府がキルクークヘのクルド人住民の帰還を奨励しています。

その過程で、こんどはクルド人によるアラブ・トルクメン人に対するクルド治安組織による違法逮捕などの弾圧やクルド人による他民族への暴力的いやがらせなどが横行しているとも言われています。
残念なことに、いつもどこでも見られる悲しい現実、“憎しみの連鎖”です。

今後実際にキルクークの帰属を決める住民投票が実施されれば、その結果クルド自治区への編入ということになれば、アラブ人勢力の民兵組織が阻止に動く可能性があり、逆に、住民投票をいつまでも棚上げすると、クルド人側の独立へ向けた反発を加速させかねません。

いずれにしても大混乱が予測されます。
“クルド独立”のような事態になれば、PKK掃討を名目にトルコの介入もあるかも。
トルコが介入すれば、PKKの分派組織の活動に悩むイランも介入するかも。
イランが介入すれば、アメリカが反応し・・・大騒動です。

そこまでのことはないにしても、クルド問題はイラク治安を左右する時限爆弾には間違いありません。
コメント
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