孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

マレーシア  総選挙での与党敗北、多民族国家の今後は?

2008-03-16 13:35:23 | 国際情勢
“多民族国家”マレーシアの下院総選挙については今月6日(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20080306)にも取り上げましたが、8日に投票が行われ、前回04年の総選挙で9割の議席(199議席)を獲得し大勝した与党連合(国民戦線)は今回、過半数を制するのがやっとで6割(140議席)にとどまり、勝敗ラインとしていた3分の2を維持できませんでした。
与党が3分の2の安定多数を確保できなかったのは39年ぶりで、この歴史的大敗を国内新聞は“政治的ツナミ”と表現しています。
与党連合退潮の背景には、物価高や治安の悪化、汚職の蔓延に対する政権への失望感、多数派マレー系住民を優遇するブミプトラ政策への不満などが挙げられています。

与党連合・国民戦線はマハティール前首相を引き継いだアブドラ首相が率いるマレー人を支持母体とする統一マレー国民組織(UMNO)を中心に 、華人のマレーシア華人協会(MCA) 、インド系のマレーシア・インド人会議(MIC)等の14党の連合体です。
これまで、民族間のバランスを維持しながら、経済的に劣った地位にある多数派マレー系住民を資本・雇用(例えば銀行融資、入学試験、就職など)で優遇することで、その地位を穏やかに引き上げていこうとする“ブミプトラ政策”を推進してきました。

一方、アンワル元副首相が顧問を務める人民正義党(PKR)(解散前1議席)が31議席を獲得し野党第一党に躍進したほか、華人系主体の民主行動党(DAP)(同12議席)が28議席、全マレーシア・イスラム党(PAS)(同6議席)も23議席とそれぞれ大躍進し、野党全体で4倍増の82議席を確保しました。
総選挙と同時に実施された12州の州議会選挙でも、アブドラ首相の地元のペナン州を含む5州で野党勢力が過半数を制し、野党が政権を握る州は1州から5州へと増えました。

この事態に、マハティール前首相は、「(アブドラ首相は)UMNOをメチャクチャにした。日本人ならハラキリをしただろう」と辞任を求めていましたが、与党連合・国民戦線はアブドラ首相の続投を支持し、アブドラ首相は10日再任され引き続き政権を担当することになりました。
なお、ブミプトラ政策の生みの親であるマハティール前首相は選挙前「ブミプトラ政策を変更する時期にきている。ただし、急激な停止は成果を失うことになる。」といったコメントをしていました。

野党の中心に位置するアンワル元副首相はかつてマハティール前首相の後継者と思われていた人物です。
しかし、97年のアジア通貨危機の際、通貨・外資を統制しようとするマハティール前首相に対し、自由主義的な政策を打ち出し前首相の逆鱗に触れ、汚職と同性愛の嫌疑を掛けられ政界を追放されました。
アンワル氏は無罪を主張していましたが、裁判で有罪となり、汚職については刑期を終え、同性愛については刑期途中で釈放となりました。
しかし、今年4月14日までは政治活動が禁止されており、今回選挙には自身が立候補することはできませんでした。
身代わりに夫人が前回選挙から人民正義党を率いて唯一の議席を守っており、今回選挙では長女(冒頭の写真)も与党の現職閣僚を破って当選しました。
4月以降は補欠選挙に出て政界に復帰するものと見られています。

ブミプトラ政策の結果、マレー人にも経済的に成功した層がうまれており、“マレー人は華人・インド人より劣っているので、保護が必要だ”とする同政策、統制的な経済政策、強権的な社会体制に対する不満が大きくなっており、これがアンワル元副首相の人民正義党(PKR)躍進の背景にあるものと思われます。

今後、ブミプトラ政策を維持するのか、変更するのかが論点となると思われますが、野党勢力も“反国民戦線”では一致しても、その他の面では相当に大きな差異があります。
民主行動党(DAP)はシンガポールの分離・独立に至ったリー・クアンユーに繋がる、支持基盤を華人に置く中道左派の野党勢力であり社会民主主義を標榜しています。
親中国共産党、親北京的とも言われています。【ウィキペディア】

これに対し、全マレーシア・イスラム党(PAS)は急進的なイスラム原理主義政党です。
かつて、「PASが大勝したならば、非ムスリムは中国に送還されるか、南シナ海に捨てられるであろう」と公式の場で述べたことも、また、1974年にはマレー人だけが首相や閣僚に就任できるように憲法改正を提案したこともあります。

PASが長く州政権を握っている北部の州(住民の大部分がマレー人)のコタバルに旅行したことがありますが、お祈りの時間になるとマーケットが閉鎖され、全員半ば強制的にモスクに行かされる様な雰囲気で、非ムスリムには住みづらいものがありそうでした。

ただ、04年の総選挙でイスラム神権政治を訴えて敗北し、最近では、現憲法の基盤となっている世俗的な理念により理解を示し、中国系、インド系その他少数民族の権利や利益を認める大変革を図っている模様とも伝えられています。
中国系やインド系を準政党員として受け入れ、非ムスリムの候補者も考慮し、男性のみで構成している最高評議会に女性も迎えることなどを検討しているとも報じられていました。(実際どうなったかのかは知りません。)【06年6月21日 IPS】
そうは言っても、どうでしょうか?

今回州議会選挙で与野党が逆転したペラ州の新首相人事を巡って、野党連合の間に亀裂が生じかねない事態がありました。
ペラ州では民主行動党(DAP)が第一党となり、DAPとPAS、人民正義党(PKR)の3党の連立政府がつくられました。
しかし、PASのニザル氏がスルタンから州首相指名を受けたことで、「DAPあるいは共闘を張るPKRから首相を出すことを条件に連立政権樹立を承認したが、PASから首相を出すことは承認していない」とDAP中央が反発。
PKRもPAS 出身者の首相就任に難色を示しました。
ただ、同州憲法では元々、マレー・イスラム教徒しか首相になれないとあり、スルタンによる特別な指示があった場合のみ例外が認められるとなっていることがあって、結局DAPが譲歩するかたちで落着しました。【3月14日 JST】

個人的には“マレー・イスラム教徒しか首相になれない”という憲法に問題があるように思えますが。
恐らく今後、この種の不協和音が野党連合間で多く見られるのでは。
そうしたなかで、多民族が共存するためのひとつのかたちであったブミプトラ政策がどのように扱われるのか、マレーシアという国の枠を超えて関心が持たれます。

マレーシアの工業地域ペナン州で11日、野党・民主行動党(DAP)のリム・グアンエン書記長が州首相に就任、マレー人を優遇する「ブミプトラ政策」を放棄する方針を示しました。
同首相は「ペナン州は、縁故主義・腐敗・非効率な制度を生み出すブミプトラ政策にとらわれない政策を運営する」と表明したそうです。
マレーシア全13州のうち、ブミプトラ政策の放棄を明言したのは同州が初めてです。【3月11日 ロイター】

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