孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

マレーシア  問われるブミプトラ政策と民主主義

2008-03-06 17:13:37 | 世相
今日はマレーシアの総選挙について書こうと思っていたところ、出勤の準備をしながら横目で眺めていた朝のTVで丁度、マレーシアのインド系住民のブミプトラ政策への不満、まさにブミプトラ政策の生みの親であるマハティール前首相の「政策を変更する時期にきている。ただし、急激な停止は成果を失うことになる。」といったコメントが流れていました。

マレーシアでは今月8日に総選挙が実施されます。
前回2004年の総選挙ではマハティール前首相を引き継いだアブドラ首相の率いる与党連合が全議席の9割、199議席を占めて圧勝しました。
今回選挙は、その結果とともに、ながくマレーシア社会を特徴付けてきたブミプトラ政策の今後がどうなるのかという点、それと、マレーシアにおける民主主義の実情はどうなのかという点、このふたつの観点からも注目されます。
それはひとりマレーシアだけの問題ではなく、世界各国で問題となっている異なる民族がいかに共存していくか・・・という大問題に関するひとつの参考事例になるのではないかとも思われます。

ブミプトラ政策については、昨年11月30日のブログ(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/m/200711)でも取り上げました。
そのときも書いたように、マレーシアはマレー系(約65%)、華人(中華)系(約25%)、インド系(約7%)の主要民族のほか、ボルネオ島のサラワク州、サバ州に住む多様な民族、更に細かく見ると、オラン・アスリと呼ばれるマレー半島の先住民族、あるいはポルトガル系など、多くの民族から構成される多民族国家ですが、民族間の緊張は比較的少ないほうだと一般的には思われています。

この多民族国家を束ねる基本政策がマハティール前首相らが導入したブミプトラ政策です。
経済的に劣った地位にある多数派マレー系住民を資本・雇用(例えば銀行融資、入学試験、就職など)で優遇することで、その地位を穏やかに引き上げていこうとするものですが、その推進にあたっては中華、インド系住民との協調も考慮し、民族間の衝突が噴出さないようにコントールしていく体制のもとで行われてきました。

その体制の中核となるのが与党連合である国民戦線(BN)で、マレー人を代表する統一マレー国民組織(UMNO) 、華人のマレーシア華人協会(MCA) 、インド系のマレーシア・インド人会議(MIC) の連合体です。
各民族を代表する政党が選挙協力体制をとって協調し、絶対多数の与党を形成しています。

多数派に対する優遇政策を中国・インド系住民が受け入れていることは奇妙にも感じられますが、マハティールは「マレー人は華人より経済観念、勤勉さで劣っている。だからこれはハンディキャップです。」とマレー人が他民族より劣っていることを率直に認めることで、他民族の理解を求めました。

一方で、優位な立場にある中国・インド系住民には、もし民族間の軋轢が先鋭化すると暴動という形で自分達の存在が危うくなるという不安がありますので、この穏やかなマレー人優遇策を受け入れることで、民族間の緊張をコントールしたいという考えがあると思われます。
実際、1969年の“5月13日事件”では、中国系の貧困層とマレー系の衝突が起こり、放火や襲撃などで196人の死者を出す惨事となりました。

また、マレー人優遇とは言っても、実際の運用にあたってはいろんな“抜け道”もありますので、そのような緩やかな運用も中国・インド系住民の政策許容の背景にはあるようです。

この政策のもとで、マレーシアは80年代の工業化の成功に続いて、90年代以降はIT先進国化に向けた長期戦略を実施しました。
そして経済成長の結果、一人あたりGDP(12,700ドル強)は、東アジアのなかで日本、シンガポール、韓国に次いで高く、50年前の独立当初、一次産品生産国で人口の半数強が貧困ライン以下で生活していた状況と比べると、大きな変貌をとげました。

さらに、ある世論調査で、「あなたの国で、選挙は自由で公正に実施されていると思うか」という質問に「はい」と回答した率はマレーシアがアジア各国の中で最も高率の74%だったそうで(ちなみに同調査で日本は50%)、こういった数字にもみられるように“民主主義”ということに関しても実績を作り上げてきたとも見られます。
http://www.ceac.jp/cgi/m-bbs/index.php?thread=&form%5Bno%5D=558

こうした経済・政治における自負が、冒頭のマハティール前首相の言う“成果”でしょう。

しかし、ここにきてマレー人優遇政策に対する不満が、特にインド系住民から強く出されています。
また、マレー人内部においても、見直し論が出てきているとも言われます。
マレー人との競合で経済的に困窮しているとか、すでに一定の生活水準を達成したとか、その置かれている立場によって、“見直し”の理由は様々と思われます。

昨年11月には、自分たちの経済的問題は旧宗主国・イギリスに責任があるとしてイギリスに対し数十億ドルの損害賠償を求める訴訟を起こしたインド系住民が、訴訟の支援を訴えるデモを行い、放水車・催涙弾で鎮圧する警察と衝突しました。
このデモは当局の禁止通告にもかかわらず、1万人規模に膨れ上がりました。
マレーシア政府に対しても「少数派」ヒンズー教徒の社会的・経済的水準の向上を求めています。
こちらのほうが本来の不満のようです。

このデモを実施した5人のメンバーが12月、国内治安法(ISA)により拘束されたことで、今年1月にはISAに抗議する集会が開かれましたが、これも警察により実力で排除されました。

更に、2月16日には、首都クアラルンプールで、マレー人主導の政府による「差別」に抗議する少数派のインド系住民が大規模な集会を開こうとしましたが、警察は催涙ガスや放水で解散させ、主催者集計で約50人が逮捕されました。
非暴力の集会が封じ込められたことで、マレーシアの民主主義が問われることにもなったという意見もあります。

国内治安法(ISA)は、もともと第二次世界大戦後に共産主義者をとりしまるために英国の統治下で制定された法律ですが、この法律によって、マレーシアでは国家の安全にとって危険と思われる人物の逮捕が、警察の任意によって行われ、その後は内務大臣によって無期限に拘留が延長できます。
また、裁判は行われず、接見禁止や、独房での拘留、自白の強要など様々なことが行われると言われています。
現在ではもっぱらイスラム教「戦闘員」に適用されているそうです。【1月6日 AFP】

このような“装置”が、ブミプトラ政策の民族協調を支える道具として使用されてきました。
マレーシアの非“民主的”側面、“事実上の穏やかな独裁”とも言われる体制に対する意義申し立ても相次いでいます。

昨年11月には、公正な選挙制度の改革を求める大きなデモンストレーションが、クアラルンプールで行われました。
4つの主要野党と67の市民団体からなる連合組織「BERSIH」によるもので、かつて政権から排除されたアンワール元副首相が重要な役割を果たしているようです。

また、国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウオッチ(HRW、本部ニューヨーク)は5日、総選挙では公正な投票が認められていないと指摘するとともに、野党の言論を封じ、総選挙のプロセスを操作しているとしてマレーシア政府を非難しています。

マレーシアでは、主要紙やテレビ局のほとんどが与党系の選挙関連報道で独占され、野党の活動が取り上げられることはほとんどありません。
そのため、インターネットのブログ等が野党の選挙活動の手段となっています。
これに対し、政府は野党に好意的な書き込みを行っているブロガーらを非難し、今後も書き込みを監視していくと警告しています。【2月22日 AFP】

欧米的な民主主義だけが唯一の価値観ではないとは思いますが、マレーシアの民主主義が民族対立を未然に防止する“アジア的民主主義”のひとつの形なのか、また、ブミプトラ政策が民族共存のひとつの形なのか、そうした問題も今回選挙で問われるところです。

コメント (1)
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