孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

“死の商人”ボウト逮捕、それでも揺るがない武器ビジネス

2008-03-08 15:34:02 | 世相
タイのバンコクで6日、ロシアの武器密売業者ビクトル・ボウト容疑者が逮捕されました。
米麻薬取締局の覆面捜査官が12か月に及ぶおとり捜査を行っていたそうで、今話題のコロンビアの左翼ゲリラ「コロンビア革命軍(FARC)」と数百万ドル規模の武器取引契約を結ぶため訪れたところを逮捕したものです。

私は始めて知りましたが、この人物は“死の商人”としては最初に名前があがる、この世界では超有名人だそうです。
そのビジネスは、タリバン、アルカイダ、南米ゲリラ、アンゴラ武装組織、国際法廷で裁かれているリベリアのテイラー元大統領、その他コンゴ、パキスタン、ルワンダ、フィリピン、シエラレオネなど世界中にわたっていました。
もともとは旧ソ連の空軍士官で、ソ連崩壊に伴いソ連時代の中古武器、航空機、ヘリコプターなどを格安で入手し、それらを世界各地の紛争地域の武装勢力に売り飛ばし大金を入手するという武器密輸ビジネスを始めたそうです。

関係者の話では、「ボウト容疑者の闇ビジネスの仕組みは単純だ。中古航空機をただ同然で手に入れ、これに安価で購入した武器を詰め込み、そして顧客のもとへ空輸する。この3段階のビジネスを合体させた」とのこと。

誰しも思うところでしょうが、世界中でこれだけ多くの紛争が起こり、大勢の犠牲者が出ている、国際社会の大方も非難している、にもかかわらずその紛争がいつまでも継続するという現実を見るにつけ、「この紛争で使用されている無尽蔵とも思える武器・弾薬は一体どこから供給されているのだろうか?」「この武器供給さえ抑えられれば、紛争も収束するのに・・・」と常々考えます。
その意味で、ボウトのような武器ブローカーが逮捕されるというのは喜ばしいことではありますが、おそらく世界の武器市場の現実は微動だにするものではないのでしょう。

武器市場というものは、“死の商人”と呼ばれるようなブローカーで成立していると言うより、おおもとはその武器を生産・供給する国家・企業であり、それを求める国家・組織の存在でなりたっています。
ブローカーはその間を仲介している存在にすぎません。

世界の武器移転全体の88%は国連常任理事国5カ国で占められています。
紛争を収めるべき立場にある国々が、世界中に武器を垂れ流しています。
国連の禁輸などの措置がとられ、国際世論の批判があっても、いろんな抜け道で武器が生産され輸出されます。
表に出せない、出しづらい“非合法”の武器取引にボウトのようなブローカーが暗躍します。

よく話題になるアメリカ・ロシア・中国だけでなく、日頃りっぱなことを口にすることが多いEU諸国も同じです。
94年にルワンダで発生した大量虐殺に関与した軍閥に武器を供給したのは、ケニアにあるベルギーの武器製造企業です。
EUの武器輸出規則は、国内での抑圧や武力紛争に使われる恐れがある場合には、武器輸出の許可をしてはならないとしていますが、政治的動乱や民衆による抵抗が行われている国への武器輸出も禁じていません。
イスラエルがパレスチナの民衆抵抗を抑圧しレバノンに武力攻撃を仕掛けている2006年の間に、10億ユーロを超える武器が同国に輸出されています。
ダルフール危機が起こっているスーダンに対しては武器を禁輸するとの公式見解を採っていますが、現実には200万ユーロ以上の武器輸出が許可されています。(2006年)。
また、フランスは、戦闘がつづくチャドにも装甲車両の輸出を許可しています。【2月17日 IPS】

武器ブローカーもこうした供給側の国家・企業との親密な関係がなくしてはビジネスは成立しません。
大体、ボウトにしても、どうしてこれだけ著名な、これだけ活動内容が公にされている人物がこれまで逮捕されなかったのか、不思議です。
2003年アムネスティ・インターナショナル等の団体が、武器が人権侵害や国際人道法に反する行為に使用されるのを阻止する「コンロール・アームズ」キャンペーンを展開しており、そのレポートにボウトの活動についてもアンゴラ内戦へのかかわりを中心に詳しく紹介されています。
http://www.controlarms.jp/press/ControlArmsJapanReportFinal3printout.pdf

このレポートによると、2002年ICPOのロシア事務局が「ボウトはロシア領内にはいない」と発表したとき、当のボウトはクレムリンすぐ近くのラジオ局の生放送で自分の無実を訴えていました。
また、2004年12月には、ボウト関連の空輸会社数社が米国防総省から基地使用の便宜供与を受けて、イラクへの物資輸送を請け負い142回着陸していたことも報じられています。
2004年3月には国連安全保障理事会がリベリアのテイラー元大統領に武器供与した人物の資産凍結する決議案を採択しましたが、アメリカとイギリスの圧力でそのリストからボウトの名前が削除されたそうです。

むしろ、なぜ今になってアメリカがボウト逮捕に踏み切ったのか?そのほうが不思議なのが現実です。
なお、ボウトはもちろん合法ビジネスも扱っていましたが、ソマリアや東ティモールへの国連平和維持軍兵士輸送なども手掛けていたそうで、門外漢には理解できない世界です。

日本の場合、武器輸出に関しては、67年佐藤内閣時の武器輸出三原則、及び76年三木内閣時のその補足によって、基本的に武器および武器製造技術、武器への転用可能な物品の輸出をしていないことになっています。
しかし、実際には現地での武器への転用なども問題になっています。
チャド内戦ではトヨタのピックアップトラックに対戦車ミサイルを搭載したものが大活躍したそうで、海外では“Toyota War”と呼ばれているとか。【ウィキペディア】
また、最近では武器開発コストの問題やアメリカとの協力関係などで見直し論議もされています。

武器供給を受ける国家・組織の問題・・・これは言っても仕方がないことですが、膨大な資金がつぎ込まれています。
非合法武装組織は論外ですが、国家の正規の武器輸入にしても、この資金の一部を他に回せれば・・・と思ってしまいます。
上記レポートでもインドを例に、イギリスから輸入したホーク戦闘機66機の約17億ドルで1100万人のエイズ患者の1年分の薬代がまかなえること、ロシアからのT-90S主力戦車310台の約6億ドルでマラリア対策の殺虫処理された蚊帳2億枚が購入できることなどが紹介されています。

中国は先日から始まった全人代に3名の農民工代表を選出するというパフォーマンスを行っていますが、その膨大な軍事費の一部を、賃金未払いなどに苦しむ農民工の境遇改善に使えば・・・なんて考えてしまいます。

94年から03年までの間にアジア・アフリカ・ラテンメリカ・中東の国々が武器購入に費やした年平均の金額は、ミレニアム目標の「2015年までにすべての子供が小学校に通えるようにする」「2015年までに児童の死亡率を3分の2に引き下げる」このふたつを実現するのために年間必要とされる額を上回っていたそうです。

近年、“テロとの戦い”と称して、世界中への武器拡散がますます無原則に拡大する傾向にあります。
それにともない、武器価格も著しく低下し、誰でも容易に武器を手にできるようにもなってきているそうです。
その武器がテロに使われるという皮肉な結果にもなっています。
ケニアでは86年当時、AK47は牛15頭と引き換えられていましたが、01年には4ないし5頭の牛で入手できるとか。

正月プノンペンを旅行した際、射撃場でハンドガンを7発ほど撃つ経験をしました。
武器としては最もおとなしいハンドガンですら、その威力・衝撃は想像を超えるものがありました。
しかし、わずか7発撃つあいだに、その衝撃に馴染んでいくものも感じました。
武器を手にすることで人間の行動・考えは大きく変わるであろうことが実感されました。

世界中の紛争の温床となる武器の無原則な拡大には是非歯止めをかけてもらいたいものですが、現実世界はそのような考えとは無縁のようです。
ボウト逮捕にしても、本来闇の世界にいるべき人物があまりにも陽をあたりすぎたことの結果では。
表の世界で語られる人権・人道の裏では、今後も武器取引をめぐるビジネスがうごめくのでしょう。


コメント
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