駅前糸脈

町医者をしながら世の中最前線の動きを感知、駅前から所見を発信。

思い出話

2009年09月25日 | 診療
 Mさんは90歳でほとんど寝たきりの生活をしている。とはいっても自分の身の回り最低限のことはなんとかできている。大正半ばの生まれにしては珍しくひらがな二文字でなく子が付いた名前なので、ご両親は教育のあった方だろうと想像する。
 月に一回往診している。ご自分では惚けたと言われるが、なかなかどうしてしっかりしておられる。普通のおばあさんと違って、言葉遣いが丁寧で「このごろ、小説が読めなくなったわ」。などと言われ、ぎょっとする。枕元の本箱には山本周五郎、司馬遼太郎や吉屋信子の本の他に最近の女性作家の本も置いてある。
 昔話で「長野の松本で生まれ、6歳まで居て東京に出たのよ」。「はあ」。「あの頃は今と違って言葉が違うでしょ。小学校で田舎者とからかわれたの」。「はあ」。「そいで、ほとんど学校じゃあ、話をしなかったのよ。でもちゃんと書けたから・・」。成績は良かったのかな?と想像。たぶんいろいろあって当地へ落ち着かれたのであろう。
 まあ世間的に言えば早く夫君を亡くされ、失礼ながら邸宅とは言い難いお住まいで、さほど幸運とは思えない来し方であったようだが、淡々としておられる。
 山の手の雰囲気というか、差し出がましくなく、愚痴らず、踏み込んだことを尋ねられない。近隣には稀なお婆さんで、遙か大正の文化を感じて懐かしく、さして重症でもないのについ長居をしてしまうことがある。
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