おととし辺りから、往診専門医が出てきた影響で、往診件数が減ってきた。それでも週に五,六軒往診をしている。開業当初は、近隣に往診する医師が殆ど居なかったせいか、往診することが知れ渡ると依頼が多く二年ほどで月に四十軒ほど往診するようになった。それがついこないだまで続いていた。死亡診断書も年に七八枚書いてきた。
往診すると外来の診察では分からない世界が見えてくる。往診は文字通り家庭に入り込む業務なので、ああ、おお、えーっという感想がある。学校医に赴任した中学校の校長が校内暴力で悩んでいたせいもあろうが、この辺は低所得者人が多くてと思わず口を滑らした地域なので、貧困というものを諸に実感することも多い。これは所得の多寡に係わらないことだが、綺麗に掃除が行き届いた家ともう滅茶苦茶というか玄関で靴を脱ぎたくないほど掃除の行き届いていない家がある。不思議なことだが、外来ではそうしたことは分かりにくい。分からないといった方がよいかも知れない。
市井の医者として世の中を見てきて、変わったと思うことはいくつかあるが、一つは一人暮らし二人暮らしが増えてきたことだ。一人暮らしは文字通り一人なのだが、二人暮らしは老親と独身の子供の組み合わせだ。介護保険制度は、厚労省のヒット商品というと不謹慎かも知れないが、本当に絶妙のタイミングで出てきた。勿論、老後の問題を解決するとまでは行かないが、この制度がなかったらどうなっていただろうと空恐ろしい感じがする。
Kさんは私より四歳年上なだけだが、男の一人暮らしで生活保護を受けておられる。膝が悪く歩行器がないと歩けない。認知は殆ど無く、性格も少し融通が利かない感じはあるが偏屈ではなく冗談を言われることもある。来し方のことは話されないので、立ち入った事情は知らない。自家用車はないが立派な歩行器をお持ちで、二百メートルの道程を三十分ほど掛けて来院される。交通事故に遭わなければ良いがと心配している。いつまで働けるか分からないし、四歳違いではどちらが先かも分からないが、可能であれば最後まで面倒を見て差し上げたいと思っている。
別れは人様々としか申し上げられません。
医者も年を取りますから、私がいつまで現役で働けるか分かりません。いずれ自分の番も回ってきます。