駅前糸脈

町医者をしながら世の中最前線の動きを感知、駅前から所見を発信。

先駆けている人のやろうとしていること

2018年08月17日 | 人物、男

   

 トランプ大統領が出てきて、フェイクニュースやポストツルースという概念が目新しく取りざたされた。確かにアメリカの大統領でこうした手法をあからさまに打ち出した人は居なかったかもしれない。しかし、こうした手法に慣れてくるとそういえば我が国に先駆ける人が居たと気付くことになる。

 背が高くバランスの取れた体型そしてよく通る声で淀みなく話し続ける能力は優れた役者であることを示してはいるが、よく考えればそれは演技なのだ。演技も優れてくると演技と思わせない、究極では演じているご本人も演技ではないと感じるようになる。その域になるとよほどの見巧者でないとコロッと騙されてしまう。ここにきて鎧が透かして見えるようになってはいるが、安倍的復古という本音は巧みにカモフラージュされてきた。この名優と取り巻きは戦略に長けている。経済優先は支持を取り付けるための戦略でもあるのだ。誰もが豊かな生活を望んでおり、この表看板には反対しずらく、弱者切り捨て格差拡大などの歪みを指摘する声はかき消されてしまう。本当に豊かさがもたらされたかというまともな問いさえ、もりかけと同じようにご飯論法でまやかしはぐらかしてしまう。

 枝野さんの内閣不信任演説が克明に不信任に値する問題点を明らかにしているが、多くの国民は長い文章を読む根気を失っており、殆ど読まれていないようだ。

 オリンピックという思考停止を招く錦の御旗を利用した戦略の向こうに、経済失速格差の歪拡大という崖があるのが隠されている。面と向かって指摘しているのは堺屋太一氏くらいだ。安倍的復古を一部でも実現できれば、後は野となれ山となれというのだろうか。金メダル、確かに人生の素晴らしい目標ではあるが、思考停止の目くらましに使われてはたまらない。東京オリンピックが終わった後も安倍政権の後も、安倍時代以上に我々は豊かに生き生きと生活したい、崖から落ちるのはご免こうむる。ポストツルースではなくポストアベを考えるのがまっとうな政治だと思う。

 一番の問題は戦略を優先しすぎたために安倍式復古に含まれているまともに論じなければならない政治課題が隠されてしまっていることだ。多くの人が内容を理解しようせず、二枚目でない太目の人がぼそぼそくどくどと話すのは聞こうとさえしない。

 署名してから事故が起きて、契約書をよく読むと話が違うということになっては困る。

コメント
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