あられの日記

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漫画 脳梗塞闘病記 その10

2014年03月12日 06時06分31秒 | 漫画【脳梗塞闘病記】
今日も脳梗塞闘病記の続きをお届けします。
   ● リハビリ開始 ● 【10ページめ】
脳梗塞患者のリハビリは、リハビリ開始が早ければ早い程効果があります。なぜならば、脳は普段から使われていない細胞が多いんです。ダメになった脳細胞は元通りになりませんが、ダメになった細胞に成り代わろうと周辺の眠ってる細胞が働き始めるのだよ。ああ。人間の身体の不思議です。ダメになった部分がやっていた仕事、つまり腕を動かすとかおしゃべりするだとかいう部分の細胞にうまく成り代わりが成立しますと、脳梗塞を発症する前とほぼ同等になれます。つまり見た目は麻痺があるように見えなくなるという…。患者さんからしたら病気にならなかった!と錯覚する程に素晴らしいのです。この「うまく」というのがポイントでして、機能の繋ぎ直しは時間との勝負。ダメになったら出来るだけ早く繋ぎ直しの作業=リハビリをすることが肝心なのです。患者さんは病気になってショックをうけてる暇があるなら、とっととリハビリやれっ!と。声を大にして主張します。
ちなみに私の場合、脳梗塞の発症が5月30日(金曜日)の早朝でした。ここを発症1日目として、病院へ行ったのが6月2日(月曜日)発症4日目。リハビリ開始が6月6日(金曜日)。発症から8日後というのは遅いリハビリ開始でした。それはリハビリの先生もつぶやいてたように記憶してます。またリハビリ開始が金曜日だったから、次のリハビリが翌週月曜になったのですよ。これはもう、脳梗塞の発症が金曜日。受診が翌月曜日というのがもうダメダメです。せめて発症した当日に病院へ行っておけばよかったんだよな。
















今、入院中メモしていたらくがき帳を繰っていたらば、お尻に汗疹が出来たのは6月9日(月曜)でした。って…。確かこの頃はまだ24時間点滴が続いていた時期でして、シャワーを浴びれたのが点滴が終わった6月12日のこと(あ~。6月12日の朝の計測で、血圧がまだ203/126もあったわ。)。6月9日のページのトップに1)頭あらいたい。2)着替えたい。と、デカデカと書かれてありますわ。優先順位がこの頃、リハビリ一番だったからね。とても乙女の生活じゃなかった模様です。記憶の彼方へ捨て去ってたわ。
 続きはまた明日~
徐々にリハビリ運動の種類が増えていきました。暇だった事もありましたが、私の入院していた病院はテレビの視聴は有料でした。入院患者はテレビカードを購入して、テレビに差し込んで視聴する仕組みです。地上波の他、ケーブルテレビも数チャンネル視聴が出来ました。ただケーブルテレビはちょっとの時間でガンガンテレビカードが減っていく仕組みでした。自力でテレビカードを買いに行けないし、ンで。リハビリ運動をやりまくってたのです。やり過ぎた。と思ったのはおケツの皮が剥けた時。
でもね。あとあとになって、ヤケクソでしまくったリハビリ運動は大正解だと知る事に!!
そうなの。ヤケクソでリハビリしまくったからこそ、後々に麻痺した大部分の機能がほとんど発症前と見た目変わらない所まで戻ったのですよ。そんなん、当時は誰も言ってくれなかったけど~。後々、ネットでたまたまそういうページを見つけて魂消たんだけど~。お尻の皮が剥けただけの成果があったのですっ!!
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