坂道には各種の植物が生えているが、エンレイソウ(延齢草)がかなり多いのに気づく。このエンレイソウの何代か前の、人間に例えるなら、いわゆる祖先が謙信公や御館の乱を見たのであろうか。
二ノ丸を過ぎると、山頂の本丸はすぐに着き、本丸跡には史跡春日山城址の大きな石碑がたっている。本丸に連なる南側に天守閣跡がある。山頂からの眺めは素晴らしいが、眺めるのは後回しにして、御館の乱で三の丸の景虎と闘った、景勝屋敷に急ぐため、山頂を通り越して反対側に降り始める。
物理の原理など知らぬ当時の武士は、神から授かった湧き水とでも思っていたことであろう。
大井戸の先はかなり深い掘割があり、その向こうの広い所が景勝の屋敷跡である。
ドラマでは景勝役の北村一輝が、極度に寡黙で気難しい役を熱演しているが、春日山城の館の配置からも、裏側の印象は拭いない。
景勝屋敷を見学した後は、ふたたび頂上に戻り、山頂からの上越市の街並みを展望する。
次回に記載する直江屋敷の方向に、米山と直江津の海が見える。
先ほどの景勝屋敷は、昔は展望は開けていたのであろうが、現在は樹木が茂って見ることができない。
次回は毘沙門堂などを見ながら、直江屋敷に下ることにする。 (上越市春日山)
この春日山が、景勝の後どうなったかというと、堀秀治の次の堀忠俊が平地に福島城を造り、さらに松平忠輝が高田城を造ります。
長岡はその後牧野家になりますが、南部の寅太の地元では高田の支配が続きました。
やがて高田藩に
春日山も香貫山も標高は低くても、海の近くですから高く見えます。
大井戸には水は見えましたが、多分、雨水でしょうね。昔はサイホォンのように流れてきた水も、深い井戸でズタズタになっているでしょう。
水は溜まっていた
エンレイソウが群生してますね。
春日山の頂上からの眺め素晴らしい!!
やはり花のブログなので、少しはこだわりを持っています。
最初のころは山野草だけで、だんだん園芸種や樹木まで広がってしまいました。
数年、続けるとそのうちネタ切れになるでしょう。
今回の旅ではエンレイソウは各所で見ましたが、観光客の多い春日山の頂上への道でみたのは以外でした。
エンレイソウに気づく人は