水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

分からないユーモア短編集 (13)なくもない

2020年08月05日 00時00分00秒 | #小説

 なくもない・・はビミョ~~な言い回しである。ないとは思うが、そういうことも起こり得(う)るだろう…という可能性を否定しない、ある種の逃げ言葉である。百パーセントそうだとは言ってませんよっ! と仄(ほの)めかすことで、違った場合の逃げを打つ訳だ。日本人的なセフティネット[落ちた場合に下で受ける安全のための網(あみ)]言葉といえる。分からない場合だと、分からなくもない…などと逃げを打って暈(ぼか)すことになる。^^
 ここは、世界的な公式戦が行われている、とあるサッカー場である。実況中継するアナウンサーがゲスト解説者に訊(たず)ねた。
「…と言いますと、サイドからアシストしたボールに飛び込んで合わせる、ってことですか?」
「ええ、まあ…。そういう攻撃の得点パターンもなくもない、ということです」
「なくもないと?」
「ええ。相手ディフェンス[防御陣]も馬鹿じゃない。自陣のクォーターエリア[四分の一領域]は完璧(かんぺき)に防ぎますよね。そうじゃないですかっ!」
 ゲスト解説者は、なくもないというよりは完全にないっ! と言いたげに、興奮した口調で返した。
「ええ、まあ…。そうですよねっ! いいところまで攻めてますが、インターセプト[相手チームにボールを取られる]され、逆にカウンター攻撃されてますからねっ!」
 その後、両チームの攻防は一進一退を続けたが、どうしたことか、指摘されたチームがクォーターエリアを突破して得点を入れたのである。
「ゴォ~~~ル!! 突破しましたねっ!」
「えっ!? ええ…。ブレーク・スルー[突破]でした…」
「サイド攻撃じゃなかったですが?」
 アナウンサーは力説した解説者をチラ見して嫌(いや)みを一つ言った。
「ええ、まあ…。こういう得点パターンも、なくもないということでしょう…」
 解説者は外(はず)れた自説の逃げを打った。
「なるほど…。なくもないですか?」
「はいっ!」
「…」
 アナウンサーはゲスト解説者の気分が分からなくもないから深追いはしなかった。
 なくもない・・という表現は、どちらか明確でなくよく分からないが、心情を汲(く)み取る言葉として日本人的ないい表現に思える。^^ 
 
                               完

 ※ サッカーファン以外の方には分からない話で、誠に申し訳ございません(そう言いながら記者席に向かい、深々と頭を下げる)。


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