水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

短編小説集(31)秋の雲 <再掲>

2024年09月12日 00時00分00秒 | #小説

 別に急ぐ必要はなかったが、民夫の心は急(せ)いていた。急いていたのは真里に逢えるからだった。昨日、逢いたいと真里の方から携帯が入った。約束は10時だから、まだ30分ばかり余裕があった。
「待った?」
「いや、今来たとこ…」
 半時間待った、とは、とても言えない民夫だった。
「そう? よかった…。しばらく歩こうか」
 不満などあるはずもなかった。民夫は軽く頷(うなず)いた。二人は同時に歩きだしていた。
 空はすっかり秋めいて、青空にポッカリと秋の雲が浮かんでいる。爽やかに冷えた空気が清々(すがすが)しい。辺りは都会とはいえ自然公園だけのことはあり、時折りジョギングする人が通るくらいで、喧騒感はまったくなかった。
「私ね…帰らないといけないの」
「んっ? 今来たばっかりだよ」
「そうじゃなくって…」
 真里は突然、立ち止まると、浮かぶ秋の雲を指さした。民夫も立ち止って指先の雲を見上げたが、さっぱり真里の言葉が解せなかった。
「私、あの雲の彼方から来た宇宙人なの。昨日、帰るように命令が出たから、この星ではもう、あなたと逢えないの。よかったらあなたも来る?」
「えっ?! …」
 民夫は言葉を失った。真里の言葉が尋常とは思えなかった。真里が宇宙人な訳がない・・おそらく心を病んだか、下手(へた)な冗談・・いや、SF映画を見過ぎた挙句のなりきり思考か・・と思えた。
「馬鹿な冗談はやめろよ!」
 民夫は小笑いしてまた歩き出した。
「そう言うだろうけど、本当なの」
 真里は後ろ姿の民夫へそう言葉を投げかけた。民夫は、ふたたび立ち止ると振り返った。
「ははは…そういう映画、あったよな」
 民夫は否定したが、真里は真顔のまま右手の手の平を広げた。手の平には銀色の金属球が乗っていた。真里は瞼(まぶた)を閉ざした。すると、真里の手の平に乗っていた金属球は俄(にわ)かに輝き始め、フワ~っと数センチ上昇した。
「マジックか! これが見せたかったんだ」
 民夫は快活に言い切った。とても現実とは思えない展開だった。真里は静かに目を開けた。それと同時に銀球はストン! と真里の手の平へ落ちた。
「冗談でもマジックでもないわ。私は宇宙人なの」
 真里は静かに言い切った。その顔は笑っていない。民夫の顔から笑いが消えた。
「信じられないよ…」
「でも、ほんとう…」
 そう言うと真里は静かに歩きだした。民夫も続いた。
「俺も行く…」
「そう…。だったら明日の夜、月が昇る頃、この公園へ来て」
「ああ。分かったよ」
 次の夜、月が昇った。民夫と真里が静かに見上げる夜空から輝く未確認飛行物体(UFO)が静かに舞い降りた。謎の光が射し、やがて二人は船内へと消えていった。
 早朝、テレビ各局は未確認飛行物体の飛来を賑やかに報道した。空には秋の雲がぽっかりと浮かんでいた。

               THE END


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