「どうも身体が、けだるいなあ」
「ですね…。でも、僕なんか、課長に比べれば3倍は、やってるんですよ!」
不満顔で肩を片手で揉みながら、課長補佐の杉下は戸山に返した。
「ああ、そうだったな、すまん。これも管理職の悲哀か…」
「…ですよね」
「慰め合っていても仕方ない。どうする、勝負は明日(あした)だ」
「ここまでの質問は飛ばない、とは思うんですが…」
「ああ、まあ決算書の数値はかなり細かいからな。ここまで勉強した議員さま方がおられれば別だが…」
「しかし、万が一ということもあります。流用充当の答弁文だけは片づけておきましょう」
「だな。そのときの逃げ筋は必要だ」
「別に悪いことをしている訳じゃないんですけどね。これも、結果として生じた予算の組み替えなんですから…」
自己弁護するように杉下は正当化して言った。
「そうだよ。俺達に比べりゃ国なんか悪いの一杯いるぜ」
杉下は頷(うなず)いて笑った。戸山は机から小瓶の錠剤を2粒、手の平に乗せると口へと運び、湯呑(ゆの)みで飲んだ。
「栄養剤ですか?」
杉下は湯呑みを机へ置いた戸山に訊(たず)ねた。
「ああ、○△薬品の総合ビタミン剤だ。これ飲むと身体が軽くなってな」
「○△薬品? 余り聞きませんね」
訝(いぶか)しげに杉下はその小瓶を見た。
「ははは…そりゃそうだろ。この前、回ってきたセールスマンにもらった地方製薬の試供品だ。それから病みつきになってさ。君もどうだい?」
戸山は小瓶を手にすると、2錠だして杉下に勧(すす)めた。
「ああ、有難うございます」
上司ということもあり無碍(むげ)には断れず、杉下はその2錠を受け取った。
「なんか、身体がフワ~っと軽くなったように疲れが消えるんだ。それも即だ。まあ、騙(だま)されたと思って。言っとくが、違法ドラッグじゃないぜ」
「はあ…」
勧められた杉下は半信半疑で錠剤を口へと運んだ。飲んだ直後、異変は起きた。身体がアドバルーンのように軽くなり、疲労感が消えた。
「軽いですね!」
「だろ?!」
二人は笑いながら残りの仕事を片づけた。これで、議会は乗り切れるだろうと思えたところで切りをつけ、二人は職場をあとにした。
翌日、定例議会が催された。
「おい! 担当課長の戸山君が見えんぞ! それに杉下君も…」
議長の海渡が不安げに見回しながら議会事務局長の服部に言った。
「それなんですが、疲れたから飛びます・・とだけ電話が」
「誰が?」
「それが、二人ともなんです」
「疲れたから飛ぶ? どういうことだ?」
「さあ? 疲れたんでしょう」
「どうするんだ、君!」
「大丈夫です。答弁用の原稿が机にありましたから…」
「そうか、それならいいんだ。疲れたか…」
海渡と服部は顔を見合わせ、ホッとした笑みで頷(うなず)いた。
その頃、戸山と杉下は優雅に空を飛んでいた。雲の下には区役所があった。
THE END