真実を知りたい-NO2                  林 俊嶺

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シベリア抑留と「和平交渉の要綱」

2009年03月23日 | 国際・政治
 草地文書や朝枝文書が作成される前に、近衛の側近である酒井鎬次中将によって下記の「和平交渉の要綱」が書かれ、関係者の了解が得られていたとすれば、草地文書や朝枝文書の棄兵・棄民を臭わせる表現は、当然のこととして理解できる。近衛がスターリンと会談するときに提出される予定であった「和平交渉の要綱」に「賠償として、一部の労力を提供することには同意す」という内容があるからである。国体護持のための棄兵・棄民は、軍部中枢では合意されていたと考えて間違いないであろう。天皇の戦争終結の決断を受けて、関係者は、講和の仲介役を引き受けてもらうために、「ソ連に64万の日本人を差し出すことも止むを得ない」と考えたのではないか。下記の文面からは、そう考えても不思議はない状況であったことがうかがえる。「ドキュメント シベリア抑留 斎藤六郎の軌跡」白井久也(岩波書店)からの抜粋である。
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               第3章 国体護持の画策

   国体護持と和平工作

 ・・・
 天皇が遅まきながら戦争終結のイニシャティブを取ったのは、終戦が長びいてこれ以上犠牲が増えたら、日本民族が滅亡するという危機感にとらわれたことがあった。だが、それ以上に恐れたのは、米英から無条件降伏を押しつけられて、天皇制の国体の護持ができなくなるという絶望的な状況に立ち至ることであった。大日本帝国の根幹を成す万世一系の天皇制──。それはいざとなれれば、天皇としてわが身を犠牲にしてでも国体を護らなければならないものであった。天皇のそういう切羽詰まった気持ちが、戦争の終結を急がせる動機となったことは間違いないであろう。『昭和天皇独白録』の中には、天皇制を支える「日本神話」の妄想の恐ろしさを思い知らされるつぎのような一文があり、天皇の当時の心情が手に取るようにうかがえる。

  当時私の決心は第一に、このままでは日本民族はほろびてしまうふ、私は赤
  子(せきし)を保護する事が出来ない。
  第二は、国体護持のことで木戸も同意見であったが、敵が伊勢湾に上陸すれ
  ば、伊勢熱田両神宮は直ちに敵の制圧下に入り、神器の移動の余裕はなく、
  その確保の見込みが立たない、これでは国体護持は難しい、故にこの際、私
  の一身は犠牲にしても講話をせねばならぬと思った。

 米英との講和の仲介役に選ばれたのは、当時、日本とは外交的に中立関係にあったソ連であった。小国に和平斡旋を頼むと発言権が弱いため、逆に米英から無条件降伏の取次をさせられかねない心配がある。そこへ行くとソ連は大国で、日本と中立条約を締結している義理もある。ソ連なら、きっとその政治的力を発揮してうまく立ち回り、日本に有利な条件で講和の斡旋をしれくれるに違いないという思惑が働いたのだ。


 早速、以前からあった広田弘毅元首相とマリク駐日ソ連大使のパイプを使って、和平工作が始まった。だが、マリクは広田から外務省が作った満州の中立化など日本提案を仕入れると、それをモスクワへ送ったきり、日ソ交渉の扉をぴたっと閉ざしてしまった。このため、広田・マリク会談は中断に追い込まれた。そこで、モスクワと直接交渉を行う話が決まり、天皇が7月12日に近衛文麿を宮中に呼び、特使として訪ソするように命じた。近衛は、この大命に基づき、スターリンと会談するときに提出する「和平交渉の要綱」を作成した。近衛の側近である酒井鎬次中将が原案を書き、元内閣書記官長の冨田健治も加わって推敲し、正文ができあがった。矢部貞治編著『近衛文麿(下)』によると、この和平要綱の「方針」に基づく「条件」の全文は、次の通り。

 (一)国体及び国土
   (イ)国体の護持は絶対にして、一歩も譲らざること。
   (ロ)国土に就いては、なるべく他日の再起に便なることに努むるも、止むを得
      ざれば固有本土を以って満足す。
 (二)行政司法
   (イ)我国古来の伝統たる天皇を戴く、民本政治には我より進んで復帰するを
      約す。これが実行のため若干法規の改正、教育の革新にも亦同意す。
   (ロ)行政は右の趣旨に基き、帝国政府自らこれに当たるに努むるも、止むを
      得ざれば、若干期間監督を受くることに同意す。
   (ハ)司法は帝国司法権の自主に努むるも、戦争に関係ある事項の処理につ
      き止むを得ざれば、戦争責任者たる臣下の処分はこれを認む。これが
      実行に関し止むを得ざれば、彼我協議の上一部の干渉を承諾す。
 (三)陸海空軍々備
   (イ)国内の治安確保に必要なる最小限の兵力は、これを保有することに努
      むるも、止むを得ざれば、当分その若干を現地に残留せしむることに同
      意す。
   (ロ)海外にある軍隊は現地に於て復員し、内地に帰還せしむることに努むる
      も、止むを得ざれば当分その若干を現地に残留せしむることに同意す。
   (ハ)略 (ニ)略
 (四)賠償及び其他
   (イ)賠償として、一部の労力を提供することには同意す。
   (ロ)条約実施保障のための軍事占領は、成るべくこれを行わざることに努む
      るも、止むを得ざれば、一時若干の軍隊の駐留を認む。
 (五)国民生活
   (イ)窮迫せる刻下の国民生活保持のため、食糧の輸入、軽工業の再建等に
      関し、必要なる援助を得るに努む。
   (ロ)国土に比し人口の過剰なるに鑑み、これが是正のための必要なる条件
      の獲得に努む。

・・・(以下略)

 http://www15.ocn.ne.jp/~hide20/ に投稿記事一覧表および一覧表とリンクさせた記事全文があります。一部漢数字をアラビア数字に換えたり、読点を省略または追加したりしています。また、ところどころに空行を挿入しています。旧字体は新字体に変えています。青字が書名や抜粋部分です。赤字は特に記憶したい部分です。「・・・」や「……」は、文の省略を示します。 

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