トシの読書日記

読書備忘録

豊穣な言葉の海

2013-07-26 15:54:05 | は行の作家
久生十蘭「十蘭レトリカ」読了



久生十蘭というと、もっとおどろおどろしい世界を書く作家と思い込んでいたんですが、
全く違いました。これは、姉は何を見てこれを買う気になったのか。


ともあれ、内容はすごく面白かったです。八つの短編が編まれた作品集なんですが、どれもこれもいいですね。とにかく、とんでもない語彙の豊富さに圧倒されました。細部の描写、レトリック、ルビの振りかた…。どれをとっても一級品です。すごい作家です。例えばこんな文章。


〈風が全くないのに、見上げるような四方の突壁は絶間もなくビリビリと振動し、その上の桜のような花をつけた桐油樹の枝までが跳躍しながらユラユラと揺れている。ちょうど律動的(リズミカル)な連続的な地震が絶間なく襲って、この四浬半にわたる風箱峽(ふうしょうきょう)全体を揺りつづけているかのように思われ、虚空には大発電機の唸(うなり)に似た一種荘厳な唸声が満ちていて、それがなんともつかぬ無量の大叫喚と合して峽全体をどよもしている。〉(「花賊魚」より)


「花賊魚」は、日本料理店の女将やすが子飼の陳忠を引き連れて船を仕立てて重慶へ乗り込んでゆく話なんですが、これは長江を溯る船が難所にさしかかった場面の描写です。なんとも壮大です。「どよもしている」なんて表現、初めて聞きましたね。


またまた気になる作家が一人増えてしまいました。

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