トシの読書日記

読書備忘録

端然とした人間の営み

2013-07-26 15:13:57 | か行の作家
幸田文「黒い裾」読了



以前、同作家の「流れる」を読んで、その端正な文体のとりこになってしまった私ですが、今回のこの短編集も良かった。切れのいい文体は相変わらずで、人生の機微を捕えて適格に表現する技は右に出る者がないくらいです。


特に表題作の「黒い裾」が良かった。主人公の千代が16のとき、初めて病身の母の名代に伯父の葬式に出向く。葬儀の手伝いをしているうちに段々その呼吸をつかむようになって皆にほめられる。その時初めて出会った劫という親類の青年と、翌年の春、今度は父方の叔母のつれあいの葬式で再会する。そしてまた次には本家の長男が亡くなり、そこでまた劫と会う、というふうに葬儀のたびに会う劫に千代の心は知らぬうちに傾いていく…。


このあたりの書き方が本当にうまい。 

そして最後、母方の伯父が亡くなって、その葬式に出向くため支度をしているとき、喪服の裾がほつれて裾芯の真綿が裾から垂れ下がっているのを見つける。もう時間がない。千代は、やおら喪服を脱ぎ、大きな裁ちバサミでその部分をばっさり切り、黒糸で綴じ付け、アイロンを当ててくっつける。このあたりの文章がテンポよく進んでいきます。そこでその手伝いをしていたばあやの次のセリフです。喪服を新調することをすすめておいてから…

〈あてなにし喪服を作るなんて縁起でもありませんが…その縁起は私が頂いて行くことになるんだろうと、そんな気あたりがしたもんで、なんだか涙がこぼれました…奥さま、ご厄介をお願いします。〉


こんなしゃれたセリフを言わせる幸田文のうまさ。ほれぼれします。


こういう小説を読むことが読書の大きな喜びであります。幸田文に感謝です。

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