トシの読書日記

読書備忘録

天衣無縫の人

2009-07-11 10:17:56 | た行の作家
武田百合子「富士日記」(上)(中)(下)読了


その昔、「ひかりごけ」で文学界を騒然とさせた武田泰淳の妻の日記です。

ずっと以前、「メロディアス・ライブラリー」で小川洋子が紹介していて、ずっと気になっていて、えいやっと3冊まとめて買ってしまいました。

読み始めてすぐ思ったのは、どれか1冊でよかったかなと(笑)まぁ日記ですから、そんなに頻繁に事件が起きるわけでもなし、毎日が淡々と進んでいくわけです。ただ、この日記にちょっと特徴があるのは、この夫婦は富士山麓に家を建てて、東京と、この富士の家を行ったり来たりする生活をするんですが、日記に記されているのは、富士の家のことだけなんですね。まぁそれで読みやすいといえば読みやすいんですが、でも苦行のような数日間でした(笑)


なんだかなぁと思いつつずっと読み進めていくと、(下)の半ばあたりから旦那さん(泰淳)の具合が悪くなり、日記は急に緊迫の度合いを増してきます。そして最後、泰淳が脳血栓で倒れ、山小屋で療養しているところで日記は終わるんですが、そこの最後のところ、ちょっと引用します。



「御二人が帰られても上機嫌は続き、花子(娘)と私相手に「かんビールをポンと・・・・・」をくり返し、手つきをし、ねだる。ダメと言うと「それではつめたいおつゆを下さい」と言う。花子「ずるいわねえ。それもやっぱりかんビールのことよ」と笑う。それからまた「かんビールを下さい。別に怪しい者ではございません」と、おかしそうに笑い乍ら言う。私と花子が笑うと、するとまた一緒になって笑う。(中略)私と花子、起きて明朝を待つ。向かいの丘の新築のマンションに、いつまで経っても灯りが煌々とついている部屋が二つあって、(中略)眠くなりそうになると、その部屋をみつめて夜が明けるのを待った。夜中ずっと雨が降って、風も強くなった。朝になると風はやんで、小ぶりの雨だけになった。



ここでこの日記は終わります。なんともおかしいこのやり取りの中に、そのおかしさと共に夫人と娘の泰淳に対する強い愛を感じずにはいられません。


途中の日記の中にも、この武田百合子という人の天真爛漫というか、天衣無縫っぷりが存分に発揮されている箇所が多々あり、そこもなかなかおもしろかったです。


「苦行」と言いましたが、(下)あたりからは相当真剣に読んでましたね(笑)おもしろかったです。

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