トシの読書日記

読書備忘録

魂と魂の道行き

2015-03-26 23:38:25 | ま行の作家
村田喜代子「蕨野行(わらびのこう)」読了



単行本で1994年、文庫で1998年に発刊されたものです。


久々に胸にずしんとくる小説を読みました。この作家は以前にも「鍋の中」「龍秘御天歌(りゅうひぎょてんか)」「鯉浄土」等、何冊も読んできて、その構成の巧みさ、描写の鋭さに感服していたんですが、本書も傑作であると思いました。時代設定は、はっきりと特定されていないんですが、江戸時代末期くらいであろうことが推察されます。


馬庭(まにわ)の家に嫁いだ嫁、ヌイ、その姑、レンの心の対話というような形式になっています。


60になると村を出て二里ほど離れたところにある、ワラビ野という山へ入る掟があり、その年は男女合わせて九人のジジババが行くことになる。と、ここまで読むと、深沢七郎の「楢山節考」が思い出されるんですが、あにはからんや、本作は全く違う展開になっていくんですね。


毎日里へ降りて田畑の仕事を手伝い、なにがしかの食べ物をもらってまたワラビ野へ帰っていくんですが、その年の冷夏の影響で村は大凶作となり、ワラビの仕事納めと称して村に手伝いに来させなくする。彼らに分ける食べ物がないんですね。そこで九人の老人たちは、山で木の実を拾い、ワナを仕掛けて山鳥を獲り、川に入って魚を獲る。生きることへの執念もかくやと思わせるようなこのあたりのくだり、鬼気迫るものがあります。


そして最後、ヌイが孕み、隣の村では口減らしのため、生まれてくる子を殺すことが当たり前になっているような風潮の中、産むべきか、どうするか、悩みに悩むんですが、そのヌイの夢枕に立ったのが生まれてくる娘、これが姑のレンが成り代わった姿なんです。


嫁、姑の関係が、嫁の産む子が姑であるという、この発想がすごいですね。生と死が循環しているようなこの壮大なスケール、感動しました。村田喜代子、あなどれません。

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