ウマさ特盛り!まぜまぜごはん~おいしい日本 食紀行~

ライター&編集者&散歩の案内人・上村一真(カミムラカズマ)がいざなう、食をテーマに旅をする「食紀行」を綴るブログです。

ローカルミートでスタミナごはん7…tontonの町前橋/『レストランけやき』 『焼酎舎はんにち村』

2009年12月27日 | ◆ローカルミートでスタミナごはん

 

【群馬県の豚肉生産量】2010年の県農業振興プランによると8万6600トンが目標

 世界遺産登録を目指して、群馬県富岡市の官営富岡製糸場が注目されている。操業開始は1872(明治5)年。ここが日本初の、本格的な西洋式器械製糸工場と思われがちだが、同じ群馬県に開設された前橋製糸場の方が、操業開始が2年ほど早いことは、あまり知られていない。前橋藩士の深沢雄象、速水堅曹を中心として創設された、藩営の製糸工場で、殖産工業政策に基づいて輸出用の生糸を生産。「生糸の町」と称されていたように、大正時代から昭和初期にかけての前橋は、製糸業で隆盛を極めたという。
 前橋ほか周辺地域で生産された生糸は、前橋へ集積され、生糸商人によって輸出港である横浜港へと運ばれた。そして横浜へ入ってきた各国の文化が、生糸商人により前橋へ持ち帰られる。関東平野の奥に位置する前橋とはるか海外を、文字通り「結ぶ」生糸。それを伝わってくるかのように、前橋では早くから、さまざまな西洋文化が花開いたのである。

 中でも食文化は、その最たるものだろう。製糸業による好景気や、外国人技術者が多数居住しているという背景もあり、製糸業が最盛期を迎える昭和初期には、前橋の繁華街には洋食店や西洋料理のレストランが、何軒も店を構えていたという。製糸工場の工員だった地元・上州女たちは、カカア天下で働き者の気質。バリバリ働いたら、近頃で言う「自分へのごほうび」として、お昼休みにカレーやカツライスといった、ハイカラな料理を味わっていたのかもしれない。
 西洋料理は肉食文化圏の料理のため、これらの店では豚肉を使った料理が多かったのも特徴だ。加えて群馬県は、古くから有数の豚肉の生産地でもあり、食材として豚肉が調達しやすかったという背景もある。製糸業の好況で町がにぎわい、繁華街に西洋料理店が増えて、豚肉の需要が増大。それに目をつけ、周辺の地域に養豚業が広がっていった結果、前橋市は現在、日本有数の豚肉の生産地となった。市の豚肉産出額は、年によって全国ベスト10に入ることもあるほど。第二次大戦後、前橋の製糸業は沈滞してしまったが、とってかわった畜産業の隆盛は、生糸が縁でもたらされたものともいえる。

 

前橋駅前からのびるケヤキ通り。沿道にはとんとんのまちの幟も

 前橋駅に降り立つと、駅前からケヤキ並木の通りが伸びており、10分も歩けば市街を横断する、広瀬川のせせらぎに出くわした。「水と緑と詩のまち」にふさわしい散策を楽しんだはいいが、6月下旬の前橋は、蒸し上げられるような湿度のすごいこと。ほんの小一時間の散策で、Tシャツがじっとり体にひっつくほど汗ばんでしまった。
 繁華街である、中央前橋駅近くの千代田町界隈にやってきたところで、昼食に目指すはもちろん、豚肉料理だ。前橋では「TONTON(とんとん)のまち前橋」とのキャッチフレーズのもと、行政と市内の観光関連業者が組織する「ようこそまえばしを進める会」によって、豚肉料理での観光誘致に力を入れている。
 駅の案内所で入手した、豚肉料理店のガイドマップによると、とんかつや豚丼、カツ丼、カツカレー、ホルモン焼き、焼肉といった定番料理をはじめ、各種ソテー、中華風、豚肉うどん、天ぷら(トンプラ?)などオリジナル料理も。名物と銘打つだけに、さすがにジャンルが幅広い。
 その中から、流行の豚トロを使った一品料理にひかれ、お目当ての店の前まで来たところ、どうも居酒屋のようでまだ準備中の様子である。汗だくのままで食事するのも何なので、営業開始までの時間つぶしを兼ね、散策途中で見かけたスーパー銭湯で、さっぱり汗を流していくことにしよう。

 

前橋駅から歩いてすぐのところにあるゆ~ゆ。レストランけやきには座敷席も

 ケヤキ通りを駅のそばまで引き返し、普通のビルといった建物の看板には、「まえばし天然温泉ゆ~ゆ」の文字。駅から徒歩2分のところにありながら、地下1500メートルから天然温泉が湧出しているという。大浴場の湯は、鉄やマンガンを含む濃い泉質とあり、もちろん掛け流し。見た目は真っ茶色で、湯船に入ると皮膚がビリビリしびれるほどだ。どっぶり浸かっては、露天風呂のオープンエアで涼んで、を繰り返す。
 温泉の効能のせいかなかなか汗がひかず、Tシャツに裸足、タオル片手のスタイルで、冷房の効いた食事処へと避難。クールダウン用にジョッキ一杯、と品書きを見ると、やわらかロースとんかつ、やわらかカツ丼をはじめ、豚トロ焼肉丼、豚のしょうが焼き、香味焼豚など、温泉施設の食事どころにしては、豚肉料理がやけに多い。例のガイドマップを開いてみたところ、この『レストランけやき』もちゃんとのっている。
 ビールのアテに豚肉の一品料理を軽く、のつもりが、湯上がりの空腹が壁に貼られた「榛名豚のカツカレー」を要求する。さらりとゆるめのルーにのったカツをサクッとつまみ、ビールをググッ。やや薄めの肉の断面は白っぽく、熱の通り過ぎかと思ったら、かじるとふっくらと柔らかい。繊維のきめ細かさが感じられ、ホコホコ、さっくりした食感だ。脂はあまりない分、肉の香りが良く、芋や栗のような甘い芳香が後からふっと漂う。わずかな肉汁は雑味がなくすっきりしており、いかにも健康な豚といった感じである。

 

カツカレーのルーの味は、学食のカレー風。肉は鮮やかに白い

 前橋の豚肉料理の大きな特徴は、素材の豚肉を特定の銘柄と定めていない点にある。前橋周辺には赤城山の南山麓を中心に、銘柄豚の飼育が盛んで、群馬県内の銘柄豚肉の数は、およそ30ほど。前橋では店ごとに、それらの中から料理にマッチした銘柄を選んで使っているのである。
 中でも知名度が高いのが、「上州銘柄豚」と称される銘柄群。JAグループの契約農場により、肥育マニュアルにのっとって生産されている豚肉を指しており、上州麦豚や赤城高原豚、奥利根もち豚など、臭みがなく味のいい銘柄豚として評価が高い。
 ここのカツカレーの榛名ポークは、主に赤城山麓の牧場で生産されている銘柄豚である。麦や芋を中心に飼料として与え、ほかの動物性たんぱくを与えないため、肉に臭みがつかずにすっきりした風味になるのが特徴。スパイシーさに乏しいカレーのおかげで、淡い肉の味が際立って感じられる。カツでビール飲み、カレーライスを食べ終えると、もう一軒豚肉料理を食べ歩くには、少々腹にたまった様子。食休みの後に、再び温泉で腰ぐらいまででじっくり浸かり、空腹の促進を促すことにいそしむ。

 ところで飲食店街を歩いていたり、先のレストランでオーダーする際に感じたのだが、町おこしで豚肉料理をアピールしているにしては、店頭や店内でそれをPRしている様子がない。メニューにも「前橋名物の豚肉料理」などと謳われていることもなく、宣伝ポスターやゆるキャラ(?)も製作されておらず、ちょっと盛り上がりに欠けるか。ご当地ラーメンとか丼とかといったローカルグルメと違い、食材にターゲットを絞った町おこしは、バラエティに富んだ料理が揃う一方で、売るべき焦点が絞りにくいのかもしれない。
 先ほど目をつけていた居酒屋が、そろそろ夜の営業を始める時間となったので、日が暮れて幾分涼しくなった中、ケヤキ通りを再び千代田町界隈へと引き返した。『焼酎舎 はんにち村』との看板が灯る店構えは、小ぢんまりしているが年季があり、製糸工場の工員が勤務を終えてカウンターで一杯、というたたずまいにも見える。

 

繁華街にあるはんにち村。カウンターには酒をテーマにした本が並ぶ

 ガイドにも紹介されていた、豚トロの竜田揚げを注文して、ジャズボーカルのBGMのもと、突き出しのタコわさを肴にビールを傾けて待つ。この店も、メニューを見た限りでは豚肉料理を特に売りにしている様子はなく、お姉さんにガイドマップを見て豚トロ食べに来た、と話すと、そういう客は珍しいらしく驚いた様子だ。
 前橋の豚肉による町おこしの説明を姉さんから聞きながら、「名物料理」の話をしたところ、「まえばしtontonn汁」というものがあるという。県産の豚肉と野菜を豊富に入れた豚汁で、市内の料理人によるグループ「前橋の食を作る料理界の11人」により考案された。赤味噌と白味噌をあわせて使うこと、きのこをバターソテーしてから入れる、などの定義があり、提供する店は幟を店頭に立てて宣伝しているのだそう。
 ならば、前橋の豚肉料理の旗手として打ち出せばよさそうなものだが、汁物ゆえに原則として、冬場しか提供していない店が多いのが難点。確かにこの湿度の中でtonton汁、というのも、汗が止まらなくなりそうで大変だが、野菜がたっぷりなのに加え、豚肉はビタミンB1の含有量が多く、疲労回復に効果があるのだから、疲れがたまりがちな夏場でもありがたいと思うのだが。

豚トロ竜田揚げ。左のアボガドスライスがさっぱりうれしい

 などと、前橋の豚肉を語る討論が盛り上がるうちに、たっぷりのキャベツの上に、スライスした豚トロに衣をつけて揚げたのがのって運ばれてきた。見た目は家庭の節約惣菜である、豚バラの天ぷらに似ているが、肉は何といっても豚トロ。一般的には、豚の頬から首にかけての部分を指すが、背脂のスライスも含める場合もあり、どちらも相当に脂が強い部位だ。
 これに天ぷらの衣をつけて揚げているのだから、相当しつこいかと思いきや、熱が加わり香ばしい甘みの後、かみ締めるとジュッと良質のスープが実にジューシーだ。肉の部分はしっかり揚げてあるためバリッ、カリカリと、肉せんべいのように軽い風味。ビールに合いどんどん進む、と言いたいが、さすがに途中からペースダウン。キャベツといっしょに、ゆっくり、さっぱりと平らげた。

 ビール一本と料理一品でお愛想してもらうと、先ほどカツカレーを食べたばかりとは知らないお姉さんは、「長居の割にはずいぶん小食ね」と、あまりお金を使っていかないお客に、ちょっとあきれた様子。前橋の豚肉料理の印象は、西洋伝来のハイカラさというよりは、製糸工場で働くエネルギーとなるパワフルさ、といった感じだろうか。もっとも、食べた料理が揚げ物2品のはしごなのだから、当然といえば当然かも(2007年6月29日食記)

【参考サイト】
TONTONのまちまえばし 
http://www.maebashi-cvb.com/tonton/index.shtml
群馬県食肉品質向上対策委員会 http://www.gunmanooniku.com/buta.html
榛名ポークについて(ヨシケイ群馬)http://gunma.ocean-yoshikei.com/food/?ing=pork