ウマさ特盛り!まぜまぜごはん~おいしい日本 食紀行~

ライター&編集者&散歩の案内人・上村一真(カミムラカズマ)がいざなう、食をテーマに旅をする「食紀行」を綴るブログです。

魚どころの特上ごはん86…広島・呉 『磯亭』の、ウマヅラハギやトラハゼなど瀬戸内の地魚

2009年04月18日 | ◆ローカル魚でとれたてごはん

 呉の海軍ゆかりの見どころを巡る視察で、自衛隊の潜水艦を展示した「てつのくじら館」、戦艦大和を中心とした呉の海軍・造船の歴史を紹介した「大和ミュージアム」と見学。さらに郊外も巡った後、日が暮れてから市街を見下ろす灰ヶ峰より、明かりが「クレ」と読める夜景を眺めて、初日は無事、終了となった。
 視察の総仕上げには、お昼にいただいた「戦艦大和のオムライス」に続き、もうひとつ海軍グルメが味わえるそう。プラス、せっかく瀬戸内に面した街へやってきたのだから、地元で水揚げのローカル魚介を肴に、一日ご案内いただいたお二人の労もねぎらいつつ、お疲れ様会といきたい。
 呉名物の屋台街もひかれたが、案内人が常連のお勧めの店、とのことで、繁華街の中通にある『磯亭』へと落ち着くことに。5、6人のカウンターと、ちょっとした小上がりだえけのこぢんまりした店で、ご主人は某上方の有名落語家によく似ていらっしゃる。ご自身もそれには納得らしく、カメラを向けると丸眼鏡越しに、にこやかに目線をくれる様子が、ますますそっくりで吹き出しそうになる。

 小春日和の陽気の中、1日の渇きをまずはさっぱりと癒すべく、ビールで乾杯。ふたたびの「海軍グルメ」をお願いする前に、案内人に造りを適当におまかせしてもらった。すると、カワハギとタコが大皿に盛られて登場。カワハギは姿造りで、透明感のある身とともに、キモも盛られている。
 多島海の早い潮流でもまれ、身が締まったタコは、瀬戸内のローカル魚介として、よく知られているだろう。クキッと腰のある歯ごたえで、草のような青臭さに自然でほのかな甘みが、水揚げ地ならではのうまさだ。一方、カワハギが瀬戸内の名物とは、初めて聞いた。カワハギといっても、皿の上のはやや流線型の魚体のウマヅラハギ。「冬から春先の今頃がおいしいんです。そのへんでも結構よく釣れるんですよ」と、店のお姉さんが話すように、沿岸の底部の砂地が主な棲息場所という。

 

呉の繁華街に位置する「磯亭」。ご主人がどちらの落語家似かは、見てのとおり?

 桜のようにほんのり薄ピンクの身からいくと、これが瑞々しいこと。吸い付くようにしっとりとした舌触りのあと、ほのかで厚い甘みが口の中に控えめに広がっていく。一方、キモはピンク色がやや濃く、口に入れると体温で自然にとろけていく。鮮度がいいから、こってりしているが臭みはなく、まるで上質のレバーパテのような、澄んだコクのある旨みがたまらない。
 ウマヅラハギは一般的に、カワハギよりもランクが下に見られるが、瀬戸内から西日本では両者を区別せず、「ハゲ」「ハギ」とまとめて呼ぶことが多い。比べると、白身の味の良さはカワハギに譲るが、冬場のキモの大きさはウマヅラハギのほうが上なのだとか。
 そのキモの、地元流のうまい食べ方を案内人に勧められ、キモを醤油に溶いた「肝醤油」で白身をひときれ。するとさっぱりとこってりの相乗効果、対照的な味わいがお互いを引き立て合い、より広がりのあるうまさが楽しめる。

カワハギ(ウマヅラハギ)とタコのつくり。左手前がキモの刺身

 続々と運ばれてくる一品料理は、カキにアナゴにトラハゼと、瀬戸内ローカル魚介の定番ものに、このたび初体験ものと続く。
 
カキは酢ガキで、時期的にはそろそろ名残のカキだろうか。でもパンパンに丸くホクホク、滋味あふれる汁がたっぷりで、栄養分が体に染み入るようだ。呉の周辺のカキは、江田島や安浦のが有名で、2月のトップシーズンには、呉市ほか周辺でカキ祭りが続々開催されるという。
 アナゴも瀬戸内の有名なローカル魚だが、天ぷらではなくなんと刺身でいただくのが、鮮度が売りの水揚げ地ならではだ。薄造りにしてあり、フグ刺しの要領で2、3枚ガバッといくと、カワハギ同様にきゅっと締まった歯ごたえの後、ほんのり白身の旨みが漂う。淡さと瑞々しさがかもし出す、高貴な風味がいい。
 広島沿岸のアナゴは、広島湾の河口周辺や宮島周辺が、主な棲息場所である。カワハギと同様に、沿岸の砂泥の海底を好み、こぼれ落ちてくるゴカイなどの餌を狙って、カキ筏の下あたりにもひそんでいるらしい。土の香りがあまりしないのは、瀬戸内の潮流の速さのためだろうか、それともカキ筏のおこぼれの旨いものを喰っているからだろうか。

 トラハゼも、その名は初めて聞く瀬戸内のローカル魚である。名のとおり、体に虎のような縞模様があるそうで、体長は15センチはある中型のハゼ。東京湾の屋形船で、天ぷらで出される小振りのハゼとは、見た目も味も少々違うようだ。
 丸ごと揚げるためにやや時間がかかり、カキ酢とアナゴの造りを半分ほど平らげた頃に、ようやく姿そのままのから揚げがのった皿が運ばれてきた。さっそく、揚げたての熱々を丸ごとバリバリいくと、白身がスッキリ、舌にサラリと上品。東京湾のハゼとは違い、土の香りがあまりしない。頭と骨はしっかり揚げてあるので柔らかく、香ばしい風味が食欲をそそってくれる。
 お姉さんによるとこれもウマヅラハギと同様、「そのへんで釣れる」魚だそうで、ともに餌取り名人として釣り人の間では有名らしい。「意気込んで釣りにかかると、うまくかわされてしまう。無欲で竿を向けたほうが、結構釣れますよ」と、案内人が笑って話す。

 

左上が酢ガキ、右上が珍しいアナゴのつくり、下がトラハゼの唐揚げ。頭も骨も柔らかく揚げてある

 造りの数々に、呉に隣接する酒処・西条に蔵がある「賀茂鶴」を選んだところ、切れ味のいい辛口が生の魚介類にぴったり合う。さらにトラハゼのから揚げからは、呉に敬意を表して全国的に知られる地酒「千福」の冷酒にしたところ、これが揚げ物の力強さとの相性がバツグン。そのいい流れで、主役の海軍グルメの登場となった。運ばれてきた一品はなんと、カツ。トンカツ大のがドン、と、皿の上に豪快にのっている。
 揚げたてでシュワシュワいっているのをつまんでみると、肉の色がチョコレート色に近い赤茶色をしている。口に運ぶと肉は固からず柔らからずで、肉汁はないが凝縮した旨みが力強い。肉が薄めの分サクサクと軽い歯ごたえ、かみしめるたびに、味がグングンと染み出てくる。
 自分たちの世代では、学校給食の竜田揚げを思い出す懐かしい味の正体は、クジラ。近頃は一杯飲み屋でも肴で出される、鯨カツである。それがなぜ、海軍グルメなのだろう。呉は軍港の歴史はあるが捕鯨船の母港だったことはなく、海上自衛隊の潜水艦の資料館「てつのくじら館」にかけているのか。まさか戦勝祈願でカツ、という安直な理由ではないだろうが?

 海軍グルメマップによると、鯨カツはその名も「戦艦霧島の鯨肉カツレツ」と紹介されていた。戦艦霧島は、戦艦大和建造のベースとなった大型戦艦で、昭和初期に呉海軍工廠で改装工事を施した縁がある。その霧島をはじめ当時の軍の艦艇で、鯨肉は乗組員の食材として用いられていたという。
 当時、鯨肉は国策で食べることが奨励されていたが、冷蔵技術や流通システムが現在ほど発達していなかったため、粗悪品が多く国民からは敬遠されていた。戦時中や戦後期に鯨肉を食べていた世代が、鯨肉にあまりいい印象を持たない理由は、このあたりにあるのだろう。
 そのため海軍用の食材として回ってきた鯨肉を、艦艇の料理人がおいしく食べられるように工夫、レシピの出来を艦艇同士で競っていたという。戦艦霧島のこの料理は、鯨独特のくせがないので乗組員に大変好評で、中には鯨肉と気づかずに食べていた乗組員もいたほどだったとか。

 海軍グルメマップには、呉市街で鯨カツレツを出す店が6軒紹介されいて、居酒屋であるこの店のほかにも鯨料理を看板にした店、とんかつ屋、カフェなど、スタイルは様々。戦艦霧島で出していた当時と比べ、鯨肉の質は格段に良くなったため、シンプルなカツでもくせがなくおいしく味わえるのがいい。
 鯨カツレツを肴に、「千福」の冷酒のビンをいくつも空け、海軍尽くしだった呉の一日は更けていく。この後は、呉市公認の屋台街である蔵本通りではしご酒のつもりだったが、大変充実した視察スケジュールのおかげで、眠くなるのが少々早い。酔ったノリで、呉の街おこしに関する画期的? な意見を交わしながらも、頭の中ではもうトテトテと、就寝ラッパがなっているような(それは陸軍?)。(2009326日食記)