ウマさ特盛り!まぜまぜごはん~おいしい日本 食紀行~

ライター&編集者&散歩の案内人・上村一真(カミムラカズマ)がいざなう、食をテーマに旅をする「食紀行」を綴るブログです。

町で見つけたオモシロごはん105…白金台 『聚寶園』の、ふかひれそば

2007年10月12日 | ◆町で見つけたオモシロごはん

 仕事で、著名な料理評論家の先生が選ぶ、現在の東京でおすすめの店百軒を集めた味の店ガイドを編集した。もともと、週刊誌の巻末カラーページに連載されていたもので、これまた著名な写真家の方による撮影の、垂涎ものの写真を掲載。パラパラとめくるだけでも、おなかが空いてしまうほどの魅力がある一冊に仕上がった。
 選ばれた店は先生のお墨付きだけに、銀座や六本木、麻布のフレンチやイタリアン、老舗の寿司や天ぷら、ウナギなど、自分にしてみれば財布も胃袋もびっくりしてしまうようなところが確かに多い。でも一方で、トンカツとかそばとかうどん、さらに焼きそばやカレーの店だって載っており、有名店珍重の権威主義や、高価な店を重視した高級志向にとらわれず、純粋に味のみ重視で店を選んでいるのが、この本の面白いところだ。
 担当者として、掲載している店はもちろんすべて試食済み… な訳がなく、実は1軒も食べたことがある店がないのだから困ったもの。でも改めてページをめくってみると、さすがに百軒全軒制覇したら破産ものだけれど、3040軒ぐらいは頑張れば食べ歩けそうだ。無事刊行された本を片手に、掲載内容の確認をして店を訪れるのも、担当者としての責務だろう。

 でき上がった本を持参して先生にご挨拶をした帰り、さっそく掲載店のうちの1軒に寄る機会ができた。先生の事務所があるあたりにも、本で取り上げられている店はいくつかあるのだが、諸般の事情(笑)で上記30軒には入れられないところばかり。よってその近辺で予算的に守備範囲内の店を探した結果、足を伸ばして同じ地下鉄の沿線の白金台にある、『聚宝園』という中華料理の店をまずは訪れることとなった。
 本によると、店は駅から地上へ出て、目黒通り沿いにやや左に行ったところとある。立派なたたずまいの中華飯店を想像していたら、指示された場所にはいかにも町の中華料理屋、といった外観の、こぢんまりした店があった。店名が書かれている入り口の上の赤い幕はややすすぼけており、白金台という小じゃれた立地にあるせいか、ちょっと古びて見えてしまう。


白金台という立地にありながら、町の中華料理屋風の店構え

 店内は奥へ向かって細長く、中華料理店ならではの円卓もいくつか並び、外観の印象の割には本格的な雰囲気だ。まだ昼の営業が始まったばかりらしく、客は円卓に数人いる程度とガラガラなのに、薄暗い照明の店内に通されると、その円卓に座るように勧められた。ひとり客はほかに席が空いていても、ここに座るシステムらしく、カウンター席のような感覚なんだろうか。
 注文はもちろん、本に紹介されていたメニューに決めていたけれど、円卓の回転部分にのった、ビニールファイル入りの品書きを一応、眺めてみる。麺類がかなり充実しており、温麺だけでも五目そば、豚肉そば、かに玉そば、高菜そばなど10種類以上。さらに焼きそば、ごはんものも数種用意され、あまり熟読していると目移りしてしまいそうだ。
 初志が変わらないうちに、注文をとりに来たお姉さんに「フカひれそば」を注文。同じ円卓に座る客は、サラリーマンや作業員といった感じの風情で、大盛りのチャーハンにレバニラ炒めとか、チャーシュー麺とかを、黙々とかき込んだりすすったりしている。店頭にも掲げられていたランチメニューは、数種類揃っていずれも1000円以内と人気の様子。一方で本で推薦のフカひれそばを食べている客は、ざっと店内を見たところいないよう。2000円という値段は、ビニールファイルのメニューの中ではダントツに高く、近場の人が普段使いのお昼ご飯に頼むには、ちょっと高価すぎるのだろう。

 ややして運ばれてきたふかひれそばは、見た感じは中華風卵スープのようで、上からは麺の存在が全く確認できないほど。箸でかき回すと、その下に細めの麺が複雑にからまって沈んでいる。まずはひとすすり、とたぐると、からまる麺と濃い目のあんのおかげで、引き上げる箸がどっしり重くなりなかなか食べにくい。
 何とかひと口分をたぐってみたら、あんの卵にカニの赤い身、そして透明で細い春雨のようなふかひれが、かなりたっぷり入っている。スープの味はあっさりしていて、ほとんど塩気を感じさせない。それに卵のフワリとした食感に、カニのほのかな香ばしさ、細麺の甘みと、ほんのりと優しい味わいである。中華料理といえば、調味料をふんだんに使って味が複雑かつ濃い目という印象があるから、逆に鮮烈に感じてしまう。


見た目は卵スープ風だが、中にはフカひれがたっぷり

 「聚宝園のふかひれそばを食べずして、うまいのなんのと言うなかれ」とまで、料理評論家の先生がイチ押しのこの料理、中華料理の基本スープである上湯に、ふかひれとカニ肉と全卵を加えた、比較的シンプルな麺料理である。あっさり風味の上湯と、それ自体には味がないフカひれが主役のため、食感はかなり上品に仕上がっている。最初はちょっと薄味で物足りない、という印象だったが、食べ進めていくと自然な味わいがかえって良く、とろみのあるあんのため、食べ終わるまで熱々なのもうれしい。

 熱さと麺の食べにくさと格闘しながら、汗だくになって黙々と食べすすめ、すっかり平らげる頃には店内はほぼ満席になっていた。レジの近くには、順番待ちをしている客までいる。円卓のひとり客といえども、なるべく早く席を譲ったほうがよさそうだ、と、汗を拭きつつ席を立つ。
 大きめの丼を見て結構量があると思っていたけれど、店を出て地下鉄の駅へと歩いていても、食後にお腹にに重さを感じない。上品な仕上がりのおかげか、体にいいフカひれのおかげか、いずれにせよさすが評論家ご推薦の味、といった感じだろう。
 でも、タレがコッテリかかったレバニラ炒めに、お玉大盛りのチャーハンなど、円卓で同席の客が食べていたランチメニューも結構気になった。ローカルごはん愛好家の私の舌は、先生と比べてちと嗜好が俗というか、庶民的なのかも?(2007年9月20日食記)