スピノザの『エチカ』と趣味のブログ

スピノザの『エチカ』について僕が考えていることと,趣味である将棋・競馬・競輪などについて綴るブログです。

財産目的&比較

2018-03-13 19:11:26 | 歌・小説
 僕は奥さんはKが娘すなわちの結婚相手として,先生のライバルであったというようには認識していなかったと読解します。また,Kが「私は金がない」と言ったことをそのまま先生に伝えている以上,それを嫌味としては受け止めなかったと読解します。ということは,それを嫌味と感じなかった別の理由があったということになります。
                                     
 その理由はおそらく,それを嫌味と受け取る必然性が奥さんにはなかったからです。どういうことであるかといえば,Kの発言は,Kは金がないから静とは結婚できないけれども,先生は金があるから静と結婚することができる,すなわち先生と静の結婚は,静および奥さんが先生の金を目当てとした結婚であるという意味で嫌味になり得るのでした。それを嫌味として受け取る必然性が奥さんにはなかったというのは,簡単にいえば奥さんにはそんなつもりはまったくなかったということです。すなわち先生と静の結婚は,財産目的ではなかった,少なくとも奥さんの精神のうちでは財産目的によるものではなかったので,Kの発言が僕が示したような意味で嫌味になり得るということを奥さんは発想することができなかったのです。このように仮定しておけば,単に奥さんがそれを嫌味に受け止めなかったということだけでなく,この発言をそのまま先生に伝達したことの理由も明らかでしょう。奥さんはそれが財産目当ての結婚であるという意味になり得るということを思うに至らなかったために,当然ながら先生がそのような嫌味と受け止めるということも想像することができなかったのです。だからテクストの上では明らかに嫌味とも読解できる事柄を,そのまま先生に伝えるという,先生の受け止め方次第では自分たちにとって不利益になるようなことを平然としたのです。
 先生との同居を決定するときに,奥さんは面接をしています。そして下宿部屋として,一家の主に相応しい部屋を与えているのですから,それは単に下宿人として適格かということだけでなく,静の結婚相手に相応しいかという面接でもあった筈です。これはKとの同居が提案されたときの奥さんの拒絶からも明らかだと思います。しかしその結婚は,財産目的とは違っていたのだと僕は解します。

 悲痛な出来事に平然としている人間を表象するimaginariことによって,その人間を血も涙もない人間であると非難するとき,それは悲しまないことは不当とみているのであり,裏を返せば悲しむことが正当とみなしていると僕はいいました。この一例は,何が正当とみなされまた何が不当とみなされるかということの,もうひとつの特質proprietasを示唆しています。単純にいうとこれは,悲しむことと悲しまないことを比較して,前者を正当,後者を不当と認識しているのですが,この例のように,何が正当であり何が不当であると認識される際には,必ず何かと何かが比較され,一方が正当と認識されたり逆に不当と認識されたりするのです。
 これは非現実的な仮定ですが,ある人間が何か単一のものだけを認識し,ほかのものは何も認識しないとしてみます。するとこの人間は,認識することができるそのものについては,正当であるとも不当であるとも認識しないでしょう。より正確にいうなら,正当であるとも不当であるとも認識することができないでしょう。この仮定から理解できるように,僕たちは複数のものを認識することによってはじめて,正当とか不当とかいう概念notioを形成できるのであって,それら複数のものを比較することで,あるものを正当であるといったりまたあるものを不当であるといったりするのです。
 これもまたそれが事物そのものの性質ではなくて認識されるものであることと同じように,善悪の場合と一致します。スピノザの哲学では善bonumが認識されなければ悪malumは認識されないし,逆に悪が認識されなければ善は認識されないということになっているからです。このためにより大なる善とより小なる善が比較されるときにはより小なる善が悪と認識される場合がありますし,より小なる悪とより大なる悪が比較される場合にはより小なる悪が善と認識される場合もあるのです。僕たちは正当とか不当という場合にはあまりそれを量的には認識していないのではないかと思いますが,もし大なる正当と小なる正当があるなら,小なる正当はむしろ不当と認識されるでしょうし,大なる不当と小なる不当があるなら,小なる不当は正当と認識されることになるでしょう。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする