スピノザの『エチカ』と趣味のブログ

スピノザの『エチカ』について僕が考えていることと,趣味である将棋・競馬・競輪などについて綴るブログです。

国際自転車トラック競技支援競輪&一般的概念と個別的概念

2018-03-26 19:01:34 | 競輪
 小松島競輪場で行われた昨日の第6回国際自転車トラック競技支援競輪の決勝。並びは郡司‐神山の東日本,佐々木‐松浦‐池田の瀬戸内,山田‐大塚の九州で川口と藤木は単騎。
 山田がスタートを取ってそのまま前受け。3番手に藤木,4番手に佐々木,7番手に郡司,最後尾に川口で周回。残り3周のバックの出口から郡司が上昇。山田を叩きにいきましたが山田はそのまま誘導を斬って突っ張りました。引いた佐々木が巻き返し,バックで山田を叩いて打鐘。山田は4番手を確保。藤木も続いて郡司が7番手の一列棒状に。山田がバックの入口から発進。松浦が番手捲りを敢行し,池田が山田を牽制。しかし山田はそれを乗り越え,直線で松浦を捕えて優勝。松浦が4分の3車身差で2着。最終コーナーから外を自力で踏んだ藤木が1車身差で3着。
 優勝した佐賀の山田英明選手は1月の松山のFⅠ以来の優勝。グレードレースは初優勝。以前はFⅠなら優勝候補という選手であったのですが,昨年は優勝が1度だけ。しかし今年は松山の直前の小松島のFⅠも優勝,さらに全日本選抜競輪でも初日から3連勝していて,復調を感じさせていました。ここは自力型としては郡司が最大のライバルで,前を取って郡司には前に行かせないという走行をしたのがいい作戦であったと思います。瀬戸内勢の抵抗はかなり強烈で,それにも屈しなかったところからすれば,記念競輪の制覇は期待できるところまで戻っているとみてよいかもしれません。

 自己満足acquiescentia in se ipsoと自己嫌悪humilitasは反対感情であると同時に,相反する感情でもあります。つまりこの関係は愛amorと憎しみodiumの関係に同じです。ただし,ここでも次の点には注意が必要とされます。
 僕がいう反対感情は,感情affectusを一般的に識別した場合の概念notioです。これに対して相反する感情は,ある感情がひとりの人間のうちにあると識別した場合の概念ですから,一般的概念notiones universalesではなく個別的な概念です。したがって,自己満足と自己嫌悪は反対感情でありますが,Aという人間のうちにある感情としてみた場合は,Xに対する自己満足とXに対する自己嫌悪は必然的にnecessario相反する感情ですが,Xに対する自己満足とYに対する自己嫌悪は,反対感情ではあっても相反する感情とは限りません。これは実際に僕たちは,ある事柄に対しては自己満足を得ることができるけれども,それとは別の事柄については自己嫌悪に陥る場合があるということを経験的に知っているでしょうから,これ以上の説明は不要でしょう。同様にXについては愛するけれどYについては憎むという場合はいくらでもあるのであって,反対感情であるからといって相反する感情ではない場合があるということは,その対象を個別的に識別するなら明白であるといえます。
 このとき,Pという全体があって,そのPの一部はXとYによって構成され,かつXに対する自己満足とYに対する自己嫌悪が,同じ人間のうちで両立する,すなわち相反する感情ではないという場合はあり得ます。したがって,P全体についていえば,その一部が自己満足の原因となり,別の一部が自己嫌悪の原因となるということはあり得るのです。また将棋の例を用いれば,一局の将棋の中で指した手のうち,Xという手には自己満足を感じるけれどもYという手については自己嫌悪に陥るという場合があり得ます。これを一局の将棋全体に対する感情としてみたときに,自己満足と自己嫌悪が両立している,すなわち相反する感情ではないということができないことはないということは僕は認めます。ただ実際にはどちらかの感情が強力になるか,心情の動揺animi fluctuatioが生じるかのどちらかではあるでしょうから,現実的には相反する感情であると考えます。
コメント
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