スピノザの『エチカ』と趣味のブログ

スピノザの『エチカ』について僕が考えていることと,趣味である将棋・競馬・競輪などについて綴るブログです。

尾行&無力の内容

2018-03-06 19:08:03 | 歌・小説
 一刻も早く先生に背中を押してもらいたいと思っていたKが,先生を探して図書館に現れるというのは僕には不自然に思えます。遺書は先生が書いたもので,先生の目線から書かれています。おそらくここには先生の気付かなかった事実が隠されていたのです。
 この日,Kが話す条件を整えるために,Kは先生の授業の終了を教室の外で待っていました。そして先生が教室から出てきたのです。Kは先生がひとりになるのを見計らって先生に声を掛けようと思い,気付かれないように先生を尾行します。これだと会ったのがいかにも偶然と先生には思われ,Kにとっても好都合だったからです。ところがこの日に限って先生はすぐには帰宅せず,図書館に寄りました。遺書によれば専攻の学科の教師から,次の週までにある事柄について調べるように命じられていたからです。
 図書館はKが話すのに適切な場所ではありません。そこでKは,先生が調べものを終えるまで,図書館内の先生からは見えない場所で,先生の様子を窺うことにしました。それが終れば先生が帰るであろうとことはKにも予期できましたから,それから声を掛けようと思ったのです。
 ところがその調べものがなかなか終りません。遺書によれば,必要な資料が見当たらないので二度も三度も雑誌を借り替えたとあります、あまりに先生の調べものが捗らないことに業を煮やしたKは,もうそれを終らせるべく意を決して図書館内で先生に声を掛けました。そして調べものをしている先生に散歩をしようと言い,先生が少し待つようにと答えると,わざわざ先生の前の席に腰を下ろしました。たぶんKは,そうすればすぐにでも先生は図書館を離れるだろうと思ったのでしょう。
 実際に先生はこの後すぐ,調べものを中断し,Kと散歩に出掛けました。だからKの作戦はここではうまくいったことになります。
                                     
 この後のKの動揺が,先生に恋をやめるように進言された点にあるなら,その前の部分はこうした読解が適当だと僕は考えます。よってこの読解は,『『こころ』の真相』に示された読解を補強するものになると思います。

 スピノザは第四部定理一四で,善bonumおよび悪malumの十全な認識cognitioがそれ自体では諸々の感情affectusに対して無力impotentiaであるということを示し,さらにその無力さが現実的にどんな事態を産出するかについても述べています。それが次の第四部定理一五です。
 この定理Propositioによれば,たとえ第四部定理四五により,他人に対する憎しみodiumという感情が善であり得ないと認識したとしても,そこから生じる欲望cupiditasという感情が,他人に対する憎しみから生じる欲望によって圧倒され,抑制され,凌駕されてしまう場合があるということになります。他人に対する憎しみが善ではあり得ない理由のひとつは,第三部定理三九により,憎んでいる人に対して害悪を与えようとするような感情であるからでした。よってAという人間がBという人間を憎むとき,AはAの現実的本性actualis essentiaによってBに害悪を与えようとするのです。しかるに第三部諸感情の定義一により,このようにして与えられる現実的本性が欲望といわれるのですから,AがBに害悪を与えようとするのはAの欲望そのものです。いい換えれば,AはBに害悪を与えること,すなわちBを悲しませることを欲望しているのです。このとき,同時にAがBに対する自分の憎しみは善ではあり得ないということを十全に認識しているとしても,Bを悲しませようとするAの欲望は,それが善ではあり得ないという認識から生じる欲望を,凌駕してしまうことがあるということを示しているのが第四部定理一五であるといえるでしょう。
 したがって,自由の人homo liberの自分が感じる他者への憎しみに対する対処の実践は,単にそのことが善ではあり得ない感情であるということを認識し,その認識による現実的本性に従ってその憎しみを回避しようとするだけでは,十分であるとはいえないともいうことができます。もしそれが他人に対する憎しみによって凌駕されてしまうのならば,結果的にAがなすことは,それが善ではあり得ないと知っていようと知っていなかろうと同じであることになるからです。
 もちろんこのとき,Aは自身が善ではあり得ないことをなしたということを知ることはできます。その観念ideaが発生する分だけは,まだましなことは確かです。
コメント
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