漂着の浜辺から

囁きのような呟き。

心の泉

2009年01月04日 | 雑記
 
 正月休みも今日で終わり。
 明日は仕事初め。

 年初に、ネットを始めた当初からの付き合いの方からメールを頂いた。
 嬉しかったのだが、その中でちょっと「心の泉」という話が出た。

 心の泉。それは、感性の源泉。あるいは、感動する気持ち。魅惑される気持ち。そうしたものをあらわす言葉。
  
 心が枯れる。磨り減ってゆく。失われてゆく。心の泉を感じられなくなるとき、そういう言い方をする。誰にも覚えのある感情。それは恐怖感に近い。

 だが、心の泉が枯れるということがあるのだろうか、とも思う。枯れたのではなく、埋もれてしまっているだけなのではないか。そう思う。あるいは、そう思いたいのか。
 日々の中で、間違いなく鈍くなっているとは思う。それは否定しようがない。だが、ゆっくりと一人で時間をかけて、自分に向き合うなら、自分が思っているよりもずっと、まだ自分の中に湿った部分があることに気付くように思える。それには集中力が必要で、確かに簡単なことではないが、求めることができる。なぜなら、心の泉とは自分の生命そのもののことであり、自分が存在する限り、失われてしまうものではないからだ。

 年を重ねるにつれ、経験が増すごとに、逆説的に鈍くなってゆく。それは、自分の見知った場所から離れることが難しくなるからだ。心理的にも、距離的にも。それは仕方のないことかもしれない。だが、自分の中にあるものは、ずっとそこにある。だから、恐れる必要はないはずだ。

 年初から、そんなことを思っていた。自分に言い聞かせるかのようにして。

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2 コメント

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Unknown (玉青)
2009-01-05 06:25:41
美しい写真ですね。これは朝焼けでしょうか、夕焼けでしょうか。もちろん「事実」を確かめることに、あまり意味はないんでしょうが、どちらと見るかによって、記事全体の色調が微妙に変わって感じられます。人の心とは不思議なものです。

心の泉は不思議と枯れませんね。人為的に無理をして汲みだしすぎると、いっとき枯れたように見えることもありますが、しばらくすると、またジワジワと沁み出してきます。ただし、地下の深い所で何かが起きるのか、ときどき泉質が変わることがありますね。

私の場合は、どうも「酸性硫黄泉」らしく、効能書きによると、「酸性が強いと肌の弱い人には向きませんが、殺菌力が強いので水虫などの皮膚病に効果があります」とのことでした。
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玉青さんへ (shigeyuki)
2009-01-05 23:33:47
いいですね、「玉青の湯」。湯治にもってこいですね。その際は、ぜひお世話になりたいです。
「shigeyukiの湯」は、ミントのような爽やかな香りがすることもありますが、薬効はなさそうですし、天然温泉というにはどうもちょっと嘘くさそうです。

写真は、どちらとも言わないほうがよさそうですね。朝焼けと夕焼けは、見分けがつかないほど似ているということですね。
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