漂着の浜辺から

囁きのような呟き。

《ミッドナイトランド》/ エンドレスサマー/ 15

2009年09月13日 | ミッドナイトランド
 カムリルは黙り込んだ。遥かな地中に眠っている書物の山に想像を巡らしているようだった。
 「さらに大きな問題は言語だ」と僕は言った。「全く読めない言語で書かれている本も、少なくないんだ。例えば、単なる別の国の言語ではなくて、既に失われて久しい言語。そういうのは、ほとんどがもうどうしようもない。言語学者の領域だね。そこでその本の整理は完全にストップしてしまう。読めない本として、分類するしかないんだ。でもそうした本の中には、実は重要な本もきっと沢山あるんだろう。そう思うと、とてもやりきれなくなるね。図表なんかがあって、それがいかにも意味ありげだったりすると、なおさらだ。なんとか読めないか、手がかりだけでもないか、そう思っているうちに時間が過ぎてしまったりする。そんなことをしても、仕方ないのにね。でも僕の場合は、自分のためという個人的な事情もあるから、いちいち引っかかってしまうんだ。もっとも、司書のオルラさんによると、それは僕だけではなくて、こんな地下深くの穴倉のような場所で書物の整理をしようというような人は、何かしらの趣味の領域というか、古い本に対する愛着を持っているので、多かれ少なかれそういう傾向はあるということだったけれど」
 ふと、目の前を光が横切った。仄かな、緑色の小さな光だ。そしてその光を追うように、同じような光の点がいくつか、部屋を横切っていった。蛍だろう、とぼくは思った。だけどもしかしたら《渡り火》の種子かもしれない。この部屋に《渡り火》があるなら、の話だが。やがてその光は部屋の片隅に辿り着くと、光を点滅させ始めた。やはり蛍のようだ。僕は話を続けた。
 「僕が目にしたのは、書庫のほんの一部に過ぎないし、それでこれだけ打ちのめされたような気分になるのだから、気が遠くなるよ。でも楽しみでもある。さっき話した司書のオルラさんも、それから館長のヴァレックさんも、『太陽について書かれた本ならかなりある』と請け負ってくれたから。でもまあ、ヴァレックさんは『大半は何の参考にもならないだろう』とは付け加えてもくれたけれどね。結局はホープスン、ということになるらしい。太陽についての記述の最初の部分で、ホープスンはこんな風に書いていたね。『かつて世界を《太陽》が照らし出していたという《神話》に関して、その真偽を問う必要を感じない。この《ミッドナイトランド》に現在存在する、物言わぬ様々な事物が、それを《真実》だと雄弁に語っているからだ。テスラ・グラインの《太陽》は、わたしがこれまでに読んだ中で最も《太陽》についての詳細な研究がまとめられた一冊だが、改めてそうした書を開くまでもなく、現在この《ミッドナイトランド》に存在する生物や無生物のあらゆる断片に、《太陽》の痕跡が認められる。これほど多様な生物が存在するためには、その創世において途方もないエネルギーが消費されたに違いないが、そうしたエネルギーの供給源として考えられるものとしては、《太陽の光》という莫大なエネルギー以上に便利な素材はないように思える。従って、かつてこの世界に多様な生物を生み出した《太陽》は、確実に存在したと考えるのが自然であろう。現在この世界に存在する生物の多くが光に依存し、さらに光を放つ性質を持つものが多いというのは、その名残に他ならないだろう。また、物言わぬ鉱物や遺構の中にも、その断片が伺えるものが多数存在する』ホープスンはこのあと、様々な文献にある《太陽》に関する記述を引用しながら、数十ページに渡って分析をしているんだけれど、結局のところ誰も見たことがないのだから、いくらページを割こうとも、漠然としたイメージにしかならないんだ。そして、様々な書物の中にある《太陽》像は、ほとんど全てこの中に列挙されている引用部分のヴァリエーションにしかすぎないんだ。ヴァレックさんが言いたかったのは、純粋に学問的な知識を得ることは出来ても、僕が望んでいるようなものを得ることは不可能だろうという意味なんだろうね。ヴァレックさんには、僕が本当は《太陽》のことを単に知りたいというのではなく、それを体で感じたいのだということが、分かっているんだろうね。完璧に失われたものを取り戻すことはできない。だからそれが不可能だということは、僕にも分かってはいるんだけれど、心の中のどこかで、それがもしかしたら可能なんじゃないかと思っている部分もあるんだ」

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