漂着の浜辺から

囁きのような呟き。

ローリー・ウィローズ ・・・1

2017年06月03日 | ローリー・ウィローズ
 投げっぱなしの翻訳ばかりになってますが(笑)、ウォーナー女史の「LOLLY WILLOWES」を読んでみたくなったので、懲りずに訳文をぽつぽつと不定期連載(これまでの、投げっぱなしの翻訳も、実は全部終わってるのですが、校正が面倒なので、アップしないで投げてます……)。わざわざ全訳するのは、ぼくくらい英語が苦手だと、読むのも、訳すのも、あまり手間が変わらなくなるから(笑)。読んでいて、途中でよくわからなくなると、戻って読みなおすのがかなりの手間になるんですよね。訳しながら読んでるわけだし、間違っているところだらけになると思いますが、自分が読むためのものなので、ご容赦ください。変なところを教えてくださるのは、大歓迎です。




ローリー・ウィローズ


シルヴィア・タウンゼント・ウォーナー

ベア・イザベル・オーウェに

第一部

 父が死んだとき、ローラ・ウィロ―ズは、兄とその家族のところで住み込みで働くために、ロンドンへと向かった。「もちろん」とキャロラインは言った。「わたしたちのところに来るのよね」
 「でも、お邪魔じゃないかしら。いろいろと迷惑をかけると思うわよ。本当にいいの?」
 「あら、もちろんよ」
 キャロラインは親愛の情を込めて言ったが、頭は別のことを考えていた。彼らは既に、小さな客間のベッド用のケワタガモの羽布団を買うために、ロンドンへ戻る旅を終えていた。もし洗面台をドアの方へ動かしていたなら、洗面台と暖炉の間にライティング・テーブルを置くことが出来たんじゃないかしら?もしかしたら、ビューロのほうが、引き出しの数が多いから、もっとよかったかも?ああ、そうだったわ。ローリーは、取っ手が片方別のものと取り替えられていて、卓上に埋め込まれたインク壺の側の上盤が反り返った、クルミ材のビューロを持って来れるかもしれない。それはローリーの母親の持ち物だったもので、彼女がずっとそれを使っていたから、シビルにはそれを拒むことなど出来ない。実際のところ、シビルはそれに文句など全くなかった。彼女はジェイムズと結婚して二年しか経っていなかったし、もしそのビューロが居間の壁紙に跡をつけていたとしても、何か別のものをその場所に据えることは簡単だった。
 シダと鉢植えの植物を飾ったスタンドは、とても素敵に見えることでしょう。ローリーは優しい人だったから、小さな女の子たちは彼女を慕っていたわ。すぐに新しい家に馴染むでしょう。小さな客間は、どちらかといえば惜しかったかも。小さな客間は、普段の訪問客用に手頃だったから、彼らは広い方の空き室をローリーに与えることを諦めきれなかった。二泊か三泊かするためにやってくるたった一人のお客のために、一組の大きなリネンのシーツを洗濯するのは、バカバカしいように思えたのだ。それでも、まあ実際、ヘンリーは正しかった――ローリーは彼らのところに来るべきだった。ロンドンは、彼女に良い変化をもたらしてくれることだろう。彼女は洗練された人々と出逢うだろうし、それにロンドンでは、もっと良い結婚の機会にも恵まれるかもしれない。ローリーは二十八歳だった。もし三十歳になるまでに伴侶を見つけるつもりなら、急ぐ必要があった。可哀想なローリ―!黒い色は彼女には似合わない。彼女は血色が悪く見えたし、その醒めたグレーの瞳はさらに淡く、かつて、まるで似合っていない黒いマッシュルーム型の帽子の庇の下に見えたそれよりも、さらに驚くほど色を失って見えた。服喪は、人が田舎町で受け入れるには、決して良いものではないわ。
 そうした考えがキャロラインの心の中を通り過ぎてゆく間、ローラは全く何も考えていなかった。彼女は赤いゼラニウムの花を摘み取り、左の手首に潰した花びらの樹液を塗っていた。そう、もっと若かった頃、彼女は自分の青白い頬に塗って、自分がどんなふうに見えるのか、腰をかがめて温室の貯水槽を覗き込んだことがあった。だが、温室の貯水槽にはローラの黒っぽい影が映っただけで、レオナルドとかいう、居間に掛かっていた古い宗教画の中の女性のように、とても暗くてのっぺりとしていた。
 「女の子たちは喜ぶと思うわ」とキャロラインが言った。ローラははっとした。すべて決着がついたのだ、これからは、彼女はヘンリーとその妻であるキャロライン、それから二人の娘であるファンシーとマリオンとともに、ロンドンに住むことになるのだ。これまでは、義理の妹としてときどき泊まりに行くことがあっただけの、アスプレイ・テラスの背の高い家の囚人になるのだ。彼女は、家の番地とかドアのノッカーとかに目をやるよりも早く、家の外観に何か特別なものを嗅ぎ分けて、確信を持って、足を止めることができるようになるだろう。その家の中で、彼女はどちらの磨かれたブラウンのドアがどちらなのかをためらいもせずに見分け、そして貯水槽の位置に全く違和感も感じないようになって、ある夜、眠れずに横になったまま、その外壁の箱の中の家の全体をつかもうとしている時に、なんとも言えない気持ちになるのだろう。ハイドパークの中を散歩し、ポニーに乗っている子どもたちを眺めたり、ロットン通りで流行りのスタイルの女性たちを眺めたり、それからタクシーで劇場に出かけたりするのだろう。
 ロンドンの生活は何もかもが揃っていて、エキサイティングだった。たくさんの店があり、ロイヤルファミリーや失業者たちの行進があり、ホワイトレイの金の坑道があり、そして夜を光で彩る通りがあった。彼女は街灯のことを、誰の上にも等しく、揺るぐこともなく厳かに遠ざかって消えてゆくその様子を思い浮かべ、そしてその光の眼差しを前に、居心地の悪さを感じた。次から次へと順番に、先も分からぬ通りや広場を歩いてゆく彼女の上に、彼女とその影に、その手を差し伸べる――しかし街灯は、判で押したような未来へという要求に従っているうちは、親しげなのだろう。そしてまもなく彼女は、ロンドンの人々がそうであるように、それを当たり前のものとして受け入れるのだろう。しかしロンドンには、きらきらと光る水槽を備えた温室はないだろうし、りんご室も、鉢植えも、土の香りと暖かさも、天井から吊り下がったポピーの花の束や、それから木箱に入ったひまわりの種も、それに厚手の紙袋に入った球根、タールを塗った紐の束、茶盆の上の乾燥中のラベンダーもないだろう。ジェイムズとシビルが突然同情の気持ちを示してくれない限り、ヘンリーとキャロラインがそうしたように、彼女はこうしたものすべてに別れを告げるか、あるいは単に訪問客のように楽しむだけにしなければならないが、もちろんローラはヘンリーらと一緒に住まなければならないのだ。
 シビルは言った。「愛しいローリー!そう、ヘンリーとキャロラインはあなたと暮らすつもりでいるわ……わたしたちは、言葉では言い尽くせないくらい、あなたがいないと寂しいけれど、でもきっとあなたはロンドンの方を選ぶわね。ああ、まるで絵のような霧に包まれた、古都ロンドン、いろんな人たちがいて、なんでもあって。あなたが羨ましいわ。でも、レディ・プレイスをすっかり忘れてしまっちゃだめよ。わたしたちのところに来て、ゆっくり滞在してくれなきゃ。チトーが叔母さんのことを恋しがるから」
 「わたしがいないと寂しい?チトーちゃん」ローラは言って、背中を丸めて顔を彼のちくちくするよだれ掛けと滑らかで暖かい頭部に押し当てた。チトーは手を彼女の指に絡ませた。「この子はあなたの指輪が好きなのよ、ローリー」とシビルは言った。「ローリーおばさんが行っちゃったら、残りの乳歯で、そのかわいそうな古いサンゴのおしゃぶりをちぎっちゃうかもね、かわいい坊や?」
 「ねえシビル、この子が本当にこの指輪が好きだというなら、差しあげようかしら」
 シビルは目を剥いた。けれど、彼女は言った。
 「ああ、ダメよ、ローリー。それをもらうなんて考えられないわ。だって、それは家族の指輪だもの」

"LOLLY WILLOWES "
Sylvia Townsend Warner
(シルヴィア・タウンゼンド・ウォーナー)
翻訳 shigeyuki